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2015.10.29

近代日本美術の煌き! 1920年(大正9) その三

Img_0002     富岡鉄斎の‘小かつ大胆図’(東近美)

Img_0001     平櫛田中の‘転生’(東芸大美)

Img     高島野十郎の‘絡子をかけたる自画像’(福岡県美)

富岡鉄斎(1836~1924)が84歳のとき描いた‘小かつ大胆図’は鳥獣戯画を思わせるユーモラスな絵。描かれているのは猿がぬるぬるっとしたなまずを瓢箪で捕らえようとしている場面。これは禅の画題‘瓢鮎図’のパロデイで人間が猿に変わっている。一体どうやってなまずを瓢箪のなかにいれるのか? 今だにわからない。

平櫛田中(1872~1979)は信じられないくらい長生きをした。亡くなったのは1979年で108歳になっていた。だから、お気に入りの木彫は長い時間のレンジのなかに分布している。東芸大美が所蔵している‘転生’は田中の長い人生の真ん中あたりに制作されたもの。

この作品でドキッとするのは鬼が口からなにかを吐き出しているところ。これはじつは子ども、ゴヤが好きな人はすぐ‘わが子を喰らうサトゥルヌス’を連想するにちがいない。なぜ子どもを吐き出しているかというとなまぬるかったから。

田中はこんな話をしている。‘私は子供のころ、生温ッ子は鬼も喰わない、って、よく父親から叱られたもんだァね。熱いなら熱い、冷いなら冷い、中途半端じゃいかんという訳だろうな、それを私がああいう風に制作したのです。鬼が子供を食ったが、なまぬるいので、こんな生温ッ子が食えるか生まれかわって来いって、火焔の中に吐き出しているところです’

高島野十郎(1890~1975)の絵はまだほんの数点しかみていない。自画像は4点あるそうだが、お目にかかったのは‘りんごを手にした自画像’(1923年 福岡丱美)のほうで‘絡子をかけたる自画像’はまだ縁がない。岸田劉生を彷彿とさせる写実に徹底的にこだわった表現は強烈なインパクトがある。

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