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2015.09.18

近代日本美術の煌き! 1898年(明治31)

Img_0004     富岡鉄斎の‘富士山図’(右隻 清荒神清澄寺)

Img_0001     横山大観の‘屈原’(厳島神社)

Img     下村観山の‘闍維’(横浜美)

Img_0002     菱田春草の‘武蔵野’(富山県近美)

風景画家というと日本全国を旅する求道僧のようなイメージが浮かんでくるが、富岡鉄斎(1873~1930)もそんなことを強く思わせる画家のひとり。

富士山は古来より多くの画家に描かれてきた。でも、実際にこの霊峰を登ったものは多くはいない。鉄斎は明治8年40歳のとき登頂している。その実体験をもとに描かれたのは‘富士山図’、右隻が全景で左隻には頂上付近を人物をいれて大きく描いている。インパクトのある青緑がとびこんでくる頂上とは対照的に全景はここに足を踏み入れた者にしか感じとれない登山道がリアルにとらえられており、造形的に印象深い白い雲が富士の気高さを際立たせてる。

横山大観(1868~1958)の‘屈原’は何度も開催される回顧展には定番の作品、厳島神社にどういう経緯でおさまったのか詳しくは知らないが、広島に住んでいたので親近感を覚える。この絵のなかにはドキッとするものが描かれている。それは右下の黒い鳥、その鋭い目は一度見たら忘れられない。

下村観山(1873~1930)の‘闍維’は2年前あった回顧展(横浜美)で久しぶりに会った。闍維(じゃい)は荼毘(だび)のこと。仏陀の金棺に荼毘の火がつけられた瞬間が描かれている。金色というのは感情が異常に高ぶるから、立ち尽くしてみていた。

雀の絵を描かせたらこの画家だというのは3人いる。長澤芦雪、竹内栖鳳、そして菱田春草(1874~1911)。‘武蔵野’はお気に入りの作品。手前の草にとまっている一羽の鳥は勝手に雀にしている。しなったススキをみると秋がすぐそこまでやってきていることを思わせる。

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