« 近代日本美術の煌き! 1887年(明治20) | トップページ | 久しぶりのガレ、ドーム兄弟! »

2015.09.03

近代日本美術の煌き! 1888年(明治21)

Img         狩野芳崖の‘悲母観音’(重文 東芸大美)

Img_0001  井上安治の‘東京名所従吾妻橋水雷火遠望之図’(ボストン美)

Img_0002     浅井忠の‘春畝’(重文 東博)

狩野芳崖(1828~1888)の絶作となった‘悲母観音’、東芸大美に通っていると2,3年に一回くらいの頻度でお目にかかれる。今年は‘ダブルインパクト 明治ニッポンの美’(4月)に展示された。

この絵をはじめてみたときまず目が惹き込まれたのが透明のガラス玉のなかにいるようにみえる嬰児、縦2mちかくもある大きな掛け軸のちょうど真んなかあたりに描かれており。お寺にいる可愛い小僧さんのイメージ。

これまでたくさんみてきた仏像の観音像と比べると芳崖の観音像はちょっと趣が異なる。木造では観音様は正面向きであるのに対し、この悲母観音は体を斜めにして下の嬰児をじっとみている。この人物表現から思い浮かんでくるのは西洋の聖母子像。芳崖は新しい観音像を見事に描ききってこの世を去った。

芳崖の死の一年後、豊かな才能に恵まれた浮世絵師、井上安治(1864~1889)が25歳の若さで亡くなった。師である小林清親の画風の影響を受け、東京の名所を活写した。お幸運なことにダブルインパクト展にボストン美から安治のいいえは里帰りしてくれた。

描かれているのは1887年にできあがった隅田川にかかる吾妻橋、画面の右には海軍省が実験していた水雷の水柱が上がっているのがみえる。

日本の農村風景を描いた画家ですぐ思いつくのは日本画家の川合玉堂と洋画の浅井忠(1856~1907)、浅井忠の回顧展を期待しているが、いっこうに開催の話が聞こえてこない。原田直次郎とか五姓田義松の回顧展がこれから行われるから、そろそろ浅井忠も登場するかもしれない。そのときはこの‘春畝’も多くの観客の心をとらえるにちがいない。

|

« 近代日本美術の煌き! 1887年(明治20) | トップページ | 久しぶりのガレ、ドーム兄弟! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65878/62212564

この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1888年(明治21):

« 近代日本美術の煌き! 1887年(明治20) | トップページ | 久しぶりのガレ、ドーム兄弟! »