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2015.08.27

近代日本美術の煌き! 1883年(明治16)

Img     柴田是真の‘茨木図額面’(浅草寺)

Img_0001     五姓田義松の‘操芝居’(東芸大美)

Img_0002     チャールズ・ワ―グマンの‘ジャパン・パンチ’(東芸大)

先週、湯島天満宮へはじめていったが、東京の名所を定期的にめぐるのもおもしろいかなと思った。古地図好きのタモリのように東京の街についての詳しい知識を得るには多くの時間と労力がかかりそうだが、ちょっとずつまわると興味の糸がいろいろ広がっていくだろう。

今頭の中にあるのは王子稲荷神社、ここにはとてもみたい絵がある。それは柴田是真(1807~1891)の‘鬼女図額面’(1840年)、これは是真34歳の出世作、是真には漆芸家としての顔と絵師としての顔があるが、この絵は是真が絵師としても並々ならぬ腕前をもっていることを示している。

この緊張感あふれる鬼女の姿は一度みると強く脳裏にきざみこまれるが、是真はいくつものヴァージョンを残している。今年NYのメトロポリタン美に寄贈されたバークコレクションのなかにも‘茨木図屏風’(1882年)がある。浅草寺が所蔵するのが‘茨木図額面’、武将に切られた腕を必死の思いで取り戻したという心の内が鬼女の表情からひしひしと伝わってくる。

五姓田義松(ごせだよしまつ 1855~1915)の‘操芝居’は義松がパリに留学していたときに描いたもの。フランス人を5人集めてこの絵の作者を尋ねたら全員がフランス人画家かヨーロッパ人と答えるにちがいない。義松は油絵を描くのに必要な豊かな表現力と高い技術をしっかり修得している。

義松は‘ジャパン・パンチ’を描いたリチャード・ワ―グマン(1832~1891)からも影響を受けている。父の五姓田芳柳が横浜絵を制作していたのを手伝っていたころ、ワーグマンに弟子入りしている。

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コメント

浅草寺の茨城は初めみました。迫力ありますね。私は綱町三井倶楽部に入れる機会に恵まれた事があります。そのお庭で渡辺綱の産湯の井戸ををみました。

投稿: Baroque | 2015.08.28 21:17

to Baroqueさん
柴田是真の絵画でみたいものがまだたくさん画集
に残ってます。アメリカのコレクターもかな
り是真を集めてますね。一点でも多く遭遇する
ことを願ってます。

投稿: いづつや | 2015.08.29 00:54

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