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2015.08.31

近代日本美術の煌き! 1886年(明治19)

Img         狩野芳崖の‘仁王捉鬼図’(東近美)

Img_0002     小林永濯の‘道真天拝山祈祷の図’(ボストン美)

Img_0001     原田直次郎の‘靴屋の阿爺’(重文 東芸大美)

狩野芳崖(1928~1888)の作品は回顧展などを体験して画集に載っているものがかなり目のなかにはいった。幸運には貪欲にライドするというのが美術鑑賞の基本的な心構え。だから、これからも一点でも多くみたいという気持ちに変わりない。

これまでお目にかかったもので特に思い入れの強かったのは芳崖が晩年に描いた‘仁王捉鬼図’。念願がかなったのは2006年東近美であった展覧会、、そのあと2008年の回顧展で再会し、昨年は東近美でも遭遇した。以前は個人蔵だったが東近美が購入していた。これからは平常展示でこの絵をみる機会が増えそう。

魅せられているのは鬼のユーモラスなj表情と目の覚めるような鮮やかな色彩。強烈なインパクトをもっている薄ピンクや明るい青や緑、こういう伝統的な日本画ではみられない色はフェノロサが西洋から輸入した絵具から生みだされたもの。この絵が当時の日本画壇に大きなショックを与えたことはまちがいない。

小林永濯(こばやしえいたく 1843~1890)の描いた菅原道真の絵は2度里帰りした。この戯画チックな道真をはじめてみたのは‘仁王捉鬼’と対面したのと同じ展覧会。それまでこの画家の存在を知らなかった。今年の4月‘ダブルインパクト 明治ニッポンの美’に再び‘七福神’と一緒にやって来た。芳崖といい永濯といい、日本画家の硬いイメージはこういう絵をみると一変する。そして、思う‘この絵すごくとんでない、こんなくだけたものも描けるんだ!’と。

原田直次郎(1863~1899)の情報をひとつ、来年2月埼玉県近美で‘原田直次郎展’(2/11~3/27)が開催される。いかにもドイツ人らしい人物を描いた‘靴屋の阿爺’とも久しぶりに会えるだろう。この肖像画をみるといつもワイエスの人物画がダブってくる。

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2015.08.30

サプライズ! 輪島塗の‘菊蒔絵貝桶’

Img       北村辰夫の‘菊蒔絵貝桶一式’(2015年)

Img_0001       貝桶の蓋の裏に施された貝の装飾

Img_0002              ‘菖蒲’

Img_0003             ‘合歓の木’

ここ数年TV局が制作する美術番組のなかで熱心にみているのは絵画ではなくて工芸品がとりあげられたもの。先月もBS朝日の‘アーツ&クラフツ’で輪島塗がでてきたので食い入るようにしてみた。

そして、28日金曜の深夜Eテレで‘よみがえる超絶技巧 輪島塗 貝桶プロジェクトの2年’が放送された。8月のTV番組ガイドを購入した際にこの番組が目にとまり気になっていた。一ヶ月前に輪島塗の職人たちがみせる熟練の技がしっかりインプットされているので、今回は一体どんな超絶技巧がでてくるのか、どんな輪島塗の絶品が登場するのか興味津々。

番組の冒頭は外国人コレクターが今年6月に完成した‘菊蒔絵貝桶一式’と対面する場面、720枚の貝とそれらをおさめる二つの貝桶、満足げな表情をみせていたのはこの貝桶を注文したオーストラリアの日本美術コレクター夫妻。この貝桶を2年かかってつくりあげたのは漆芸家の北村辰夫。はじめてお目にかかる人物で作品にはまったく縁がない。

番組をみていくうちにこの人が輪島塗に新風を吹き込み斬新な意匠と高度な技を結集させた作品を次々に生み出し海外でも高く評価されている凄腕の漆芸家であることがわかってきた。輪島に工房を構え2年前50人の職人たちからなる貝桶プロジェクトを立ち上げた。驚くのはこのなかに若い職人たちが多くいること。

北村のこの貝桶での新たな挑戦は蒔絵と沈金の融合。そのため番組の多くの時間が3人の女性沈金師の奮闘ぶりにあてられている。貝桶の蓋の裏側には蒔絵で貝が描かれ四季の草花がきれいに浮き上がっている。でも、これは最終の出来上がりの半分、ここに沈金師がノミをいれて削り金粉や金箔などを埋め込み模様を整え意匠に華麗さと深みを与えていく。

誰もこういうことをやったことがないので腕は確かな沈金師とはいえ大胆に細工をしていくことがなかなかできない。工房の棟梁である北村は出来栄えをチェックしひとことふたこと感想をいい3人の背中を押してやる。こういうリーダーのもとでは仕事がしやすい。そして、見事な‘菖蒲’と‘合歓の木’ができあがった。

手本にした江戸中期の貝桶の名品に施された職人たちの超絶技巧が平成の世によみがえり、さらに蒔絵と沈金を組み合わせた新たな技法も誕生した。なにかワクワクするような話。サプライズの職人たちの技と漆芸家北村辰夫の名前が強く心に刻まれた。

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2015.08.29

近代日本美術の煌き! 1885年(明治18)

Img_0001     狩野芳崖の‘谿間雄飛図’(ボストン美)

Img_0002     河鍋暁斎の‘大和美人図屏風’(河鍋暁斎記念美)

Img     小林清親の‘眼を廻す器械’(日本漫画資料館)

今年前半は思い出に残る追っかけ画との遭遇があった。それは4月東芸大美で開催された‘ダブルインパクト 明治ニッポンの美’で突然目の前に現れた。長年いつかこの目でと思っていた狩野芳崖(1828~1888)の‘谿間雄飛図’、こんな傑作がボストン美から里帰りしていたとは!

こういう絵は図版でもぐっとくるが本物はその3倍は惹き込まれる。芳崖は1883年末からフェノロサの指導を受けて画風を一変させる。それまでのガラスの破片が突き刺さったような山水の鋭角的なイメージを薄め余白を大きくとりゆるく曲がる線を効果的に使うことで山々の峻厳さと静かで内省的な情景との融合をはかった。

‘谿間雄飛図’はそのあたらしい試みがうかがえる。視線が集中するのは上空を舞う鷲とそれに呼応してせり出す岩にしっかり足をかけて前方をみつめる鷲の姿。鷲と鷲のあいだの空間がこれまでのような窮屈さがなく段差があったり歪んでみえるので乗り込んだヘリコプターで最接近しこの光景をみている感じになる。

河鍋暁斎(1831~1889)の最高傑作はなんといっても‘大和美人図屏風’、とくに惹かれるのが右の美人。背景に細かく描かれた田園風景や人物についてもついじっくりみてしまう。そして、目をいっそう楽しませてくれるのが着物の紋様、その精緻な描写と赤と黄金の煌く組み合わせが心をとらえて離さない。

鳥獣戯画を描いた古の絵師たちのDNAが入り込んでいると思わせる暁斎の戯画、明治時代この戯画で才能を発揮した人物がもう一人いる。あの光線画で世にでた小林清親(1847~1915)、練馬区美であった回顧展でびっくり仰天したのが‘眼を廻す器械’、このシュールさに200%KOされた。

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2015.08.28

近代日本美術の煌き! 1884年(明治17)

Img     河鍋暁斎の‘左甚五郎と京美人図’(千葉市美)

Img_0002          下村観山の‘騎虎鍾馗’(横浜美)

Img_0003        田能村直入の‘梅花書屋之図’(三の丸尚蔵館)

河鍋暁斎(1831~1889)が描いた美人画にはいろいろなタイプがある。女性が単独で登場するもので代表的なのが‘大和美人図屏風’、そして美人をいっそうひきたてる道化役的な男との組み合わせも多い。‘左甚五郎と京美人図’もその一枚。

彫り上げた作品の前でひょきんなポーズをとる左甚五郎、まわりにはノミや木の小槌が散乱している。その横で涼しげな顔をした京美人は‘甚五郎さん、いい仕事をなさっているのね’とかなんとかいって機嫌をとっているのだろうか。

暁斎がこの絵を描いたのは53歳のとき、同じ年に‘騎虎鍾馗’を描いた下村観山(1873~1930)は生まれてまだ11年しかたってない少年。この年でこんな絵を描き上げるのだから観山の腕前は半端ではない。まさに早熟の天才! 岡倉天心が観山を可愛がったのもよくわかる。

田能村竹田に師事し、竹田からその才能を認められ養子になった田能村直入(1814~1907)の作品でこれまでお目にかかったのは山種美にある‘百花図’や‘梅花書屋之図’などほんの数点。南画のDNAを引き継いだこの梅の絵はじっくりみるととても魅了される。

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2015.08.27

近代日本美術の煌き! 1883年(明治16)

Img     柴田是真の‘茨木図額面’(浅草寺)

Img_0001     五姓田義松の‘操芝居’(東芸大美)

Img_0002     チャールズ・ワ―グマンの‘ジャパン・パンチ’(東芸大)

先週、湯島天満宮へはじめていったが、東京の名所を定期的にめぐるのもおもしろいかなと思った。古地図好きのタモリのように東京の街についての詳しい知識を得るには多くの時間と労力がかかりそうだが、ちょっとずつまわると興味の糸がいろいろ広がっていくだろう。

今頭の中にあるのは王子稲荷神社、ここにはとてもみたい絵がある。それは柴田是真(1807~1891)の‘鬼女図額面’(1840年)、これは是真34歳の出世作、是真には漆芸家としての顔と絵師としての顔があるが、この絵は是真が絵師としても並々ならぬ腕前をもっていることを示している。

この緊張感あふれる鬼女の姿は一度みると強く脳裏にきざみこまれるが、是真はいくつものヴァージョンを残している。今年NYのメトロポリタン美に寄贈されたバークコレクションのなかにも‘茨木図屏風’(1882年)がある。浅草寺が所蔵するのが‘茨木図額面’、武将に切られた腕を必死の思いで取り戻したという心の内が鬼女の表情からひしひしと伝わってくる。

五姓田義松(ごせだよしまつ 1855~1915)の‘操芝居’は義松がパリに留学していたときに描いたもの。フランス人を5人集めてこの絵の作者を尋ねたら全員がフランス人画家かヨーロッパ人と答えるにちがいない。義松は油絵を描くのに必要な豊かな表現力と高い技術をしっかり修得している。

義松は‘ジャパン・パンチ’を描いたリチャード・ワ―グマン(1832~1891)からも影響を受けている。父の五姓田芳柳が横浜絵を制作していたのを手伝っていたころ、ワーグマンに弟子入りしている。

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2015.08.26

近代日本美術の煌き! 1882年(明治15)

Img     山本芳翠の‘西洋婦人像’(東芸大美)

Img_0001     橋本雅邦の‘竹鳩図’(三の丸尚蔵館)

Img_0002     狩野芳崖の‘懸崖山水図’(下関市美)

横山大観や上村松園のように日本画家の回顧展は何度も開かれるのに、洋画家の回顧展となるとその頻度はぐっと落ちる。岸田劉生を例外とすれば、黒田清輝、藤島武郎、青木繁といったビッグネームでも画集に載っている作品をたくさんみたという体験は本当に少ない。

そして、回顧展にまだ縁がない画家もいる。山本芳翠(やまもとほうすい、1850~1906)もその一人。好きな絵が2点ある。‘浦島図’と‘西洋婦人像’。1882年に描かれた‘西洋婦人像’は東芸大美へ通っているとときどき出くわすが、そのたびにガツーンとやられる。ヨーロッパ人と同じ土俵で日本の画家がこんな魅力的な婦人像を描いたのだと。白で描かれたドレスの筆触をみるとマネの白が頭をよぎる。

橋本雅邦(1835~1906)の‘竹鳩図’は2008年川越市美で開催された‘没後100年 橋本雅邦’でお目にかかった。竹がもやのなかにすっと立つ奥行きの感じられ画面に鳩が3羽描かれている。日本画らしいとてもやさしい絵。

雅邦の風景画では山々や岩がまるみをおび自然の雄大さが格調高く穏やかに表現されているのに対し、狩野芳崖(1828~1888)の‘懸崖山水図’は切り立つ崖が割れたガラスの三角形の破片が突き刺さっているような感じで人の侵入を阻む嶮しい山水のイメージ。

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2015.08.25

近代日本美術の煌き! 1881年(明治14)

Img_0003          狩野芳崖の‘枯木猿猴図’(下関市美)

Img     五姓田義松の‘清水富士’(東京都現美)

Img_0001     初代宮川香山の‘褐釉蟹貼付台付鉢’(東博)

明治以降に活躍した日本画家のなかで特別な存在だったのが狩野芳崖(828~1888)と橋本雅邦(1835~1908)のふたり。横山大観や菱田春草らにとっては仰ぎ見る偉大な先生だった。

回顧展はそれぞれ一一回ずつ体験した。そして、ボストン美が所蔵する傑作もいくつか里帰り展でみることができた。だから、画集に載っている作品でコンプリートを達成するために必要なピースはフィラデルフィア美のコレクションだけになった。でも、これはとても高いハードル。死ぬまでにみれるだろうか。

長谷川等伯の猿の絵を彷彿とさせるのが芳崖の‘枯木猿猴図’、これを所蔵する下関市美へは広島にいるときクルマを走らせたが、残念なことに展示されてなかった。東近美が狩野芳崖展を開催してくれるとそのリカバリーの可能性がでてくるのだが、果たして。

横浜のJR桜木町駅から歩いて10分くらいのところにある神奈川県歴博で来月の19日から五姓田義松(ごせだよしまつ 1855~1915)の回顧展(9/19~11/8)が行われる。前々から気になっていた洋画家だから、でかけてみようと思っている。たぶんすばらしい‘清水富士’も出品されるのではなかろうか。再会が楽しみ!

6年くらい前までは東博の平常展示を定期的にみて、図録に載っている作品を追っかけていた。そいうしたなかには明治時代につくられたやきものの名品も含まれている。初代宮川香山(1842~1916)の‘褐釉蟹貼付台付鉢’もサプライズの一品。なんと蟹が鉢の表面にくっついている!これには200%参った。

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2015.08.24

近代日本美術の煌き! 1880年(明治13)

Img     小林清親の‘鉄砲打猟師’(千葉市美)

Img_0002           小林永濯の‘七福神’(ボストン美)

Img_0001     高橋由一の‘桜花図’(香川 金刀比羅宮)

小林清親(1847~1915)は作域の広い絵師、歌川広重の‘名所江戸百景’を受け継ぎ光線画とよばれた‘東京名所図’でデビューし、そのあとは風刺画や動物の絵などを描いた。この動物画でもっとも惹かれるのが猫、そしてもう一点密度の濃い絵‘鉄砲打猟師’もとても気になる作品。

猫もこの猟師の絵も浮世絵。視線がむかうのは大きな猛禽、残念そうにしているのはとらえたキツネを下に落としたから。ここばかりに注意を注ぐと右端の鉄砲をもった猟師をつい見逃してしまう。狩野永徳の‘檜図’を連想させる巨木の枝振りと猛禽の鋭い目は一度みたら忘れられない。

‘ダブルインパクト 明治ニッポンの美’(東芸大美)にボストン美から里帰りした日本のなかに異色の絵師のものがふくまれていた。ふだんはほとんどみる機会のない小林永濯(えいたい 1843~1890)の‘七福神’、おもしろいのは本当なら神々が乗った宝船のなかにいなくてはいけないのに、どうしたことか布袋とその従者はおいてきぼりにされている。意表をつく発想と波のリアルな写実表現が強く印象に残る。

ものを本物そっくりに描くことにかけては高橋由一(1828~1894)は誰にも負けない。‘桜花図’では水汲みの手桶に生けられた桜の枝が手前の大きく描かれている。こういう描き方の静物画ですぐ思い浮かべるのはドラクロアとかデ・キリコ、そして日本の岡鹿之助。

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2015.08.23

湯島天満宮で‘古田織部展’!

Img     ‘黒織部六波文茶碗’(桃山時代)

Img_0002     ‘美濃伊賀耳付水指’

Img_0001     ‘伊賀耳付水指’(桃山時代)

Img_0003     ‘織部林文肩衝茶入 銘朝霧’(桃山時代 大光明寺)

里帰りしたフィラデルフィア美蔵の浮世絵コレクションをみるため出かけた三井記念美で気になるチラシが目に入った。今年は古田織部(1543~1615)の没後400年にあたるが、湯島天満宮で古田織部展を開催するという。会期は8/8~9/20。このチラシに鑑賞欲をそそるものが一点あった。これにつられて三の丸尚蔵館のあと湯島天満宮をめざした。

湯島天満宮へ行くのははじめて。ここの宝物殿で古田織部の展覧会を行うのはどんないきさつなのだろうか。作品は地下にある展示室に並んでいた。全部で200点くらい。今年一月、銀座の松屋で名品をたくさん集めた‘古田織部展’をみているから、織部好みの茶器には目が慣れている。古田織部展パート2もハッとする意匠や形が心を打つものがいくつもあった。

‘黒織部六波文茶碗’で妙に惹きつけられるのは波の色。波の形は波のお化けみたいで力強い、その4つが黒く塗られ、2つは波の輪郭だけ。バラエティに富んだ文様が魅力の織部、この波文はこれまでみたことない。こういう形のイメージは南蛮船を描いた絵などがヒントになっているのだろうか。

チラシで気になっていたのが‘美濃伊賀耳付水指’、目を釘付けにするのが茶色で描かれたVの字。大きくゆがんだ三足はこれぞ‘へうげもの’!という感じ。古田織部はやっぱり相当とんでいる。今年はぐっとくる伊賀の水指に会う機会が多い。心をとらえて離さないのが‘伊賀耳付水指’の口縁から大きくなだれているビードロと呼ばれる緑色の釉。

全部で17点ある茶入にも魅了された。とくにいい感じだったのが‘織部林文肩衝茶入 銘朝霧’、つけられた銘がピッタリ、まさに朝霧の情景が浮かんでくる。茶入のよさがだんだんわかってきた。

この展覧会はこのあと名古屋、京都を巡回する。
★熱田神宮宝物館 10/2~10/27
★本能寺宝物館  11/1~12/25

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2015.08.22

岩佐又兵衛の‘小栗判官絵巻’!

Img     岩佐又兵衛の‘小栗判官絵巻’(第七巻 17世紀 三の丸尚蔵館)

Img_0001     ‘小栗判官絵巻’(第十三巻)

Img_0002     ‘小栗判官絵巻’(第十五巻)

Img_0003     ‘彦火々出見尊絵巻’(17世紀 三の丸尚蔵館)

迎賓館で七宝を楽しんだあと向かったのは皇室つながりで三の丸尚蔵館、現在ここで‘絵巻を愉しむーをくり絵巻を中心に’(7/4~8/30)が開かれている。

三の丸尚蔵館へ来るのは久しぶり、前回何をみたのかすぐには思い出せない。定点観測しているHPに岩佐又兵衛(1578~1650)の‘小栗判官絵巻’が登場するとあったので出かけようという気になった。この‘小栗判官絵巻’は全15巻もある長い長い絵巻、じっくりみるのは2004年、千葉市美であった‘岩佐又兵衛展’以来。

絵巻は展示期間の前期後期で巻を替えており、後期の今は第七、十三、十五巻がでている。十三、十五巻は一度みたが、七巻ははじめてお目にかかった。小栗が乗りこなす馬が大きいこと!圧倒的な存在感で階段を駆け登り、傾斜のある建物の屋根を平気で進んでいく。あっけにとられてみていた。

十三巻のこの段は餓鬼姿で熊野をめざす小栗を照手姫が後ろから押している場面、ここは瀬田の唐橋。十五巻は小栗の死後の世界。絵巻の最後の見どころで多くの仏菩薩に供養される場面が描かれている。

展示されている絵巻はほかに祈祷の中で御酸をする姫君の身を案じて主人公が屋根から覗くところがおもしろい‘彦火々出見尊絵巻’、‘住吉物語絵巻’、‘酒呑童子絵巻’などがあった。絵巻は日本美術の華だからいずれも目に力をいれてみた。

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2015.08.21

迎賓館にある藤田嗣治の絵!

Img_0001     藤田嗣治の‘銀座コロンバン壁画 天使と女性’(1935年)

Img       ‘銀座コロンバン壁画 母と子’(1935年)

Img_0003       ‘銀座コロンバン壁画 葡萄の収穫’(1935年)

Img_0002       ‘銀座コロンバン壁画 野あそび’(1935年)

ヨーロッパの宮殿のなかをまわっているような気分にさせられる迎賓館、各部屋をひととおりみて1階の出口のところまできた。そこで、意外な絵との遭遇があった。それは藤田嗣治(1886~1968)がフランスの風俗をロココのヴァトー風に描いた作品2点、‘天使と女性’と‘母と子’。

迎賓館では涛川惣助の七宝にしか関心がいってなかったから、この藤田の絵にはちょっとドギマギした。そして、だんだん記憶がよみがえってきた。この絵は藤田が1935年銀座コロンバンの天井画のために描いた6枚のうちの2枚であることが。

2006年に東近美で大規模な‘藤田嗣治展’が開催された。それまで日本では藤田の作品をまとまってみる機会が長いことなかった。だから、この回顧展はひとつの‘事件’。ようやく実現した回顧展に多くの絵画ファンが足を運んだにちがいない。このとき迎賓館が所蔵する6点のうち2点が出品された。それが目の前にある‘天使と女性’と‘母と子’。

藤田の壁画が迎賓館にあるのは洋菓子店コロンバンの創業者門倉國輝が1975年に6点全部迎賓館に寄贈したから。‘葡萄の収穫’と‘野あそび’もじつは2009年の‘レオナール・フジタ展’(横浜そごう)に展示された。残る2点も気になるところだが図版の情報がない。気長に待つつもりだが、会えるだろうか。

涛川惣助のお宝七宝のおまけに藤田嗣治の壁画がついていたとは。抽選に当たってつくづくよかったなと思った。石野昭子さん、そしてミューズに感謝!

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2015.08.20

祝 東海大相模 2回目の全国制覇!

Img     45年ぶり2回目の優勝をはたした東海大相模

Img_0001

夏の甲子園の決勝戦で東海大相模が10-6で仙台育英を破り優勝した。拍手々!そして、惜しくも東北初の優勝にとどかなかった仙台育英の健闘にも拍手々!

今日の試合は全国一をきめるのにふさわしい好試合だった。東海大相模が初回と3回に2点づつとり4点をリードしたが3回の裏仙台育英も反撃し、4番5番のヒットで3点いれ1点差とした。これでゲームは互角になったなと思ったが、続く4回に仙台育英のエース佐藤投手が打たれ3点ひきはなされた。

これで東海大相模が勝利にぐっと近づいた感じだったが、仙台育英の粘りがすごい。6回裏の攻撃がすばらしかった。2死満塁で打席に入った1番の佐藤選手(3塁)、今大会NO.1の左腕小笠原投手の投じるチェンジアップにくらいつき空振りをせず、7球目のちょっと浮いたチェンジアップを見事にセンターに打ち返し、走者一掃の三塁打。これで6-6の同点。試合はふりだしに戻った。

7,8回東海大相の攻撃にたいしエースの佐藤投手はフォークをよく決め点をあたえない。仙台育英が逆転で勝利するような雰囲気になってきた。ところが、9回の表、東海大相模の先頭打者の小笠原投手が気持ちをこめたようなスイングでライトにホームランを放った。9番打者に勝ち越しのホームランを打たれ佐藤投手の頑張りもここまで、東海大相模の打線に火がつき4点を失った。

100年の歴史をもつ夏の高校野球、決勝戦には数々のドラマが生まれた。この試合も野球ファンの心に強く残る一戦。こんなにせった決勝戦は久しぶりなので200%感動した。

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2015.08.19

迎賓館赤坂離宮の一般公開!

Img      迎賓館赤坂離宮の正面

Img_0001     花鳥の間

Img_0002     涛川惣助の‘七宝花鳥図三十額 じょうびたきに牡丹’

Img_0003               ‘小鷺’

今日は特別な一日だった。5/25にアップした七宝の話に石野昭子さんからコメントをいただき、迎賓館赤坂離宮の一般公開の申し込み期間中であることを教えてもらった。さっそくメールで申し込んだところ、なんと抽選にあたった! 公開は8/18から8/27までだが、今日が希望した日。石野さん本当にありがとうございました。おかげさまで念願だった涛川惣助の無線七宝の傑作をみることができました。

迎賓館があるのはJRの四ツ谷駅から歩いて7分のところ。建物に近づくとTVのニュースで伝えられる世界各国の国王や大統領などをむかえる歓迎行事の様子が脳裏をよぎってくる。ここがその舞台なのだと。身分証明書の提示があったり、手荷物をチェックされたりでちょっと緊張気味。

迎賓館のなかは写真撮影はNGだが、外観を撮るのはOK、ブログ用と隣の方をいれたものと2枚撮った。2階にあがり5つの部屋を順番にみていく。どの部屋にもボランティアの人がいて説明してくれる。お目当ての涛川惣助(1847~1910)の七宝が飾ってあるのは‘花鳥の間’。

そして、国・公賓のサロンとして使われ表敬訪問や首脳会談が行われるのが‘朝日の間’。目を奪われるのがノルウエー産のうすピンク色をした大理石の円柱。この迎賓館は明治42年(1909)に建設されたが、ノルウエーから大理石を16本も運んできていた。また、壁に張られたインパクトのある西陣の織物も印象深い。

‘花鳥の間’の壁面に飾られた30の楕円形七宝、描かれた花や鳥はまるで絵画をみているよう。涛川惣助が生み出した無線七宝の技により鳥の羽や花びらをふわっとやわらかく表現しぼかしをいれることができるようになった。単眼鏡も使って30額をしっかりみて目に焼きつけた。

この七宝をみたことは一生の思い出、帰りがけに購入した七宝だけの図録をながめている時間が長くなりそう。

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2015.08.18

近代日本美術の煌き! 1879年(明治12)

Img     小林清親の‘高輪牛町朧月景’

Img_0001     高橋由一の‘鯛(海魚図)’(香川 金刀比羅宮)

Img_0002     河鍋暁斎の‘鳥獣戯画 蛙の蛇踊り’(大英博)

明治という時代に日本は近代化の道を大急ぎで突っ走っていくが、産業の発展とともに江戸や横浜は近代都市へと生まれ変わっていく。そして、明治5年(1872)には日本初の鉄道が開業し蒸気機関車が新橋と横浜の間を走った。

小林清親(1847~1915)はこの蒸気機関車を近代化を象徴する格好のモチーフとして描いている。この絵を歴史の教科書でみたのはもうずいぶん前のことだが、本物の作品をみたのはつい4か月前。練馬区美で開催された‘小林清親展’に運よく遭遇し、ようやく絵の前に立つことができた。

驚いたのは描かれた機関車が新橋・横浜間を実際に走っていたものとは違っていたこと。本来なら使われていたイギリス製を描くべきなのに清親は絵のインパクトを強めるためにアメリカ製にとりかえた。こういうところが絵画の力。これで都市が近代化していく様子が十分に伝わってくる。

香川の金刀比毘宮へは一度行ったことがある。長い階段を登るのはかなりしんどかった。急な階段や傾斜のきつい坂を往復するときつつくづく思うのは‘苦あれば楽あり’、ところがよく覚えているのは往きの苦ばかりで帰りはすいすい下ったことを忘れる。

金刀比羅宮には高橋由一(1828~1894)のいい静物画はいくつもあるが、‘鯛’はその一枚。竹内栖鳳が描く鯛も目の前にいるような感じだが、この由一の潮の香りのする鯛のリアルな描写にも目が点になる。金刀比羅宮には‘鮭’と同じ年に描かれた‘豆腐’があり対面を長いこと待っているが、まだ縁がない。いつかこの目でと願っているのだが。

河鍋暁斎(1831~1889)の‘鳥獣戯画 蛙の蛇踊り’は恐るべき絵。こういう絵をみる‘暁斎親分、本当に参りました!’という感じになる。豊かな絵心とそれを表現する技術の高さ、すごい絵師である。

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2015.08.17

今年修復が終了した‘ポンペイ秘儀荘の壁画’!

Img     2015年に修復が終了した秘儀荘の壁画

Img_0002     描かれたディオニソス祭の神秘的な儀式の一場面

Img_0001     最後の花嫁が婚礼の準備をしている場面

TBSの日曜日の夜6時に放送されている‘世界遺産’、このところほとんど見ていないが昨日は9年前に旅行したポンペイが登場したので心はすぐ見るぞ!モードになった。

番組にでてきたポンペイの街の遺跡や出土品などは現地で実際にみたり、たびたび制作されたTVの旅番組を通じておおよそインプットされているものだったが、ひとつ目を見張らされる場所がでてきた。それは今年修復が終了したという‘秘儀荘の壁画’。

確かに2006年にみた壁画の状態と較べると格段によくなっている。この建物に入ってこの神秘的な壁画をみられた人なら、修復によって鮮やかによみだえった29人の人物の姿や背景の目の覚めるような‘ポンペイレッド’をみてまた出かけようとなるかもしれない。

人間の血が流れているような感じがするポンペイレッド、洋画家の絹谷幸二さんの話によると赤が幾層にも塗り重ねられているが水と油を混ざらせるためにおしっこ(アンモニア)が加えられているそうだ。

紀元前2世紀、貴族の別荘として建てられたこの秘儀荘は観光客が大勢いる街の中心からは少し離れている。そのためたどり着くまでだいぶ歩くことになるが、そのしんどさも部屋の壁に描かれたデイオニソス信仰にかかわる秘密の儀式の様子を見た瞬間に忘れてしまう。

イタリア観光の順番がまわってくるのはかなり先になりそうだが、もし3度目のポンペイが実現したらいの一番に秘儀荘をめざしたい。

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2015.08.16

天下の名碗 国宝 曜変天目茶碗!

Img     藤田美所蔵の曜変天目茶碗

Img_0001     静嘉堂文庫美所蔵の曜変天目茶碗(稲葉天目)

Img_0002     龍光院所蔵の曜変天目茶碗

昨年10月、ビッグな日本美術の展覧会がふたつ開催された。‘日本国宝展’(東博)と‘東山御物の美’(三井記念美)。こういうお宝がびっくりするほどたくさん集結する展覧会は一生の思い出になる。これと同じような気持ちにさせてくれるのが今、サントリー美で開かれている‘藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美’(8/5~9/27)

後期(9/2~9/27)に登場する国宝‘紫式部日記絵詞’をみるために再度出動することにしているが、会場でまた長いことみていそうなのが、今回のとびっきりの目玉である国宝 ‘曜変天目茶碗’、ご承知のように日本に伝来した曜変天目茶碗(建窯 南宋時代12~13世紀)は三つ。いずれも国宝に指定されている。

この天下の名碗を所蔵しているのは藤田美、静嘉堂文庫美、そして京都の大徳寺・龍光院。三つの茶碗の大きさを較べてみると、単位㎝
               高       口径     高台径
   藤田美        6.8     12.3    3.6
   静嘉堂文庫美      7.2     12.2    3.8
   龍光院        6.4     12.2    3.4 

静嘉堂文庫の稲葉天目は見る機会が多く目に馴染んでいるので、今回久しぶりにみた藤田美のものについては稲葉天目よりはすこし小さいなという感じをすぐもった。曜変の美しさはみる人の好みだから、どっちがいいとかはいえない。

一番小さい龍光院のものは残念なことにまだ縁がない。これからも95%くらいお目にかかれないような気がする。1999年に‘宋磁展’ というすばらしいやきもの展が東武美(現在はなし)、大阪市立東洋陶磁美、山口県立萩美・浦上記念館で開かれた。当時、広島にいたので喜び勇んで萩までクルマを走らせた。

そのとき龍光院所蔵の曜変天目茶碗は東洋陶磁美だけに出品され、萩にはまわってこなかった。図録をみて残念でならなかったが、どうにもならない。この展示以降、龍光院の曜変天目がどこかの展覧会に登場したという話は聞いてない。だから、この名碗はこれから先も龍光院の外には出ないのかもしれない。

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2015.08.15

にっぽんの布!

Img     白洲正子著‘きもの美’(光文社文庫 2008年)

Img_0001

Img_0002    有松・鳴海絞り 雪花絞り

本は買ったらすぐ読むものがある一方で、本屋でたまたまみつけた本のようにしばらくの間本棚に積んだままのものがある。4,5年前My書庫に入った白洲正子著‘きもの美’もそんな本のひとつ。

ところが最近俄然この本がこちらを向いてきた。ときどきおこる不思議な体験だが本を読むのに機が熟してきたのかもしれない。書かれている内容について知識がなさすぎると関心があったとしても、たとえ30分でも充実した時間とはならないのでその時間はほかのことに使いたい。

でも、そういう気持ちがEテレで昨年末から今年の1月まで放送された‘にっぽんの布を楽しむ 訪ねて・ふれて・まとう’をみて変わった。染めや織りが職人さんたちによってどういう風に行われているのかがだいぶわかってきた。おかげで‘きもの美’で白洲正子が語っていることが腹にストン々と落ちる。こうなると読書は楽しい。

‘にっぽんの布’で染織史家の吉岡幸雄氏と女優の白石美帆、川上麻衣子が出かけたのは阿波藍染、有松・鳴海絞り、久留米絣、結城紬など8か所。これだけよくできた番組に遭遇するとNHKに頭を下げたくなる。

しかもテキストがなかなかのすぐれもの。色がよくでるいい紙が使っているのにたったの1000円。なにからなにまで本当に気がきいている。美術館が作成するアベレージクラスの展覧会図録に2500円くらい支払っているから、このテキストがキラキラ輝く宝物のように思えてくる。

今、ふたつの本を頻繁にながめにっぽんの布の美しさを心に沁み込ませている。

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2015.08.14

近代日本美術の煌き! 1878年(明治11)

Img     豊原国周の‘泰平有名鑑’(部分 ボストン美)

Img_0001     ワ―グマンの‘飴売り’(東博)

Img_0002     ファンタネージの‘不忍池’(東博)

Img_0003     百武兼行の‘母と子’(佐賀県立有田工業高校)

今年4月東芸大美で‘ダブル・インパクト 明治ニッポンの美’が行われた。会場にはいってびっくりしたのはチラシに載っている作品とは別にボストン美からすばらしい絵画や工芸品がたくさん里帰りしていたこと。足をとめてじっくりみたもののなかに興味深い浮世絵があった。

描いた浮世絵師は豊原国周(1835~1900)で‘泰平有名鑑’というタイトルがついている。ここには明治天皇をはじめ明治新政府の重鎮たちがずらっと描かれている。中心に明治天皇と皇后がいて、左のほうに三条実美、そしてその上には山県有朋や大山巌、国周はこのころ浮世絵師の頂点に立っていたのでこういう集団肖像画に腕をふるうことになった。

幕末日本にやってきて日本の風俗や事件を取材したイギリス人のリチャード・ワーグマン(1832~1891)、東博にある油絵‘飴売り’は街の通りの一端がうかがえる貴重な絵画でもある。イタリアからはアントニオ・ファンタネージ(1818~1882)が来日し、工部美術学校で2年間、西洋絵画を教えた。あたらしい絵画の創作に情熱をかたむける浅井忠らに示すお手本として描いたのが‘不忍池’、全体が暗褐色のバルビゾン派風の風景画は日本の洋画家たちに受け継がれていく。

百武兼行(1842~1884)の本職は外交官、米欧使節団に同行しロンドンやパリで絵画の制作にも励んだ。光の描写が印象深い‘母と子’はロンドンに滞在中に描いたもの。一度お目にかかりたい。

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2015.08.13

祝 岩隈 ノーヒットノーラン達成!

Img    オリオールズの最後のバッターを仕留めノーヒッターになった岩隈

Img_0001

2日前は上原の暗いニュースだったが、今日はとっても明るい話、マリナーズの岩隈がオルオールズとの試合でなんとノーヒットノーランを達成した。拍手々!

日本人投手でノーヒットノーランをなしとげたのは大リーグの扉をひらいたあの野茂についで二人目。14年ぶりの快挙である。今日の岩隈はコントロールが抜群で思い通りに球をあやつっている感じ。四球を3つあたえたが、まったく安定した投球だった。本当にすばらしい!これで4勝目。今年は前半出遅れたので8勝か9勝くらいで終わりそう。

マリナーズは現在西地区4位とふるわず、首位のアストロズに8ゲームの差をつけられている。優勝の望みはなく、2枚目のワイルドカードを手に入れることもかなり難しい。だから、残りゲームに登板する岩隈への期待は最後までいい投球内容を続け、シーズンオフのFA市場で高い評価を得ることしかない。

好投手の印象をより強く与えて今シーズンを終えるとマリナーズを含めて多くの球団から好条件のオファーが提示されるだろう。岩隈自身はシアトルという街が気に入っているようだが、そこは大リーグ、ポストシーズンに進出できるような強いチームから高額年俸で誘われると心がぐらっとくる。

まだ先の話だがヤンキースが動くかもしれない。またレッドソックスだって岩隈は獲得したいだろう。また、西海岸にあるナリーグのジャイアンツやドジャーズも先発の一員に加えたいにちがいない。今日の岩隈の快投は11月のFA市場を活気づけるきっかけになるかもしれない。

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2015.08.12

国宝‘一遍聖絵’、今秋 藤沢・遊行寺で全12巻公開!

Img     国宝‘一遍聖絵’(巻第十二 部分)

昨日の朝日新聞に嬉しい展覧会情報が載っていた。藤沢市にある遊行寺では今秋、国宝の‘一遍聖絵’(1299年)を12巻すべて公開するという。場所はリニューアルされた宝物館で展示期間は10/10~11/16

この展示はこのあとパート2がある。11月の後半からは宝物館、神奈川県立歴史博物館(横浜市桜木町)、そして金沢文庫で4巻づつ公開される(12月半ばまで)、そして東博でも所蔵している‘巻第七’(原本)がこれとコラボして11/3から展示される。

鑑賞のオプションは2つ、頑張って藤沢まで足をのばし遊行寺で12巻をしっかり楽しむ、藤沢は遠いという人は金沢文庫か県立歴博まで出かけ4巻をみ、そして東博のオリジナルの‘巻第七’をプラスワンとする。遊行寺、時宗総本山・清浄寺はまだ訪問したことがないが、HPをみるとJR藤沢駅北口から徒歩15分で着くらしい。

この絵巻は時宗の祖となった念仏聖・一遍上人(1239~1289)の生涯を描いたもの。2002年京博で保存修理の完成を記念した特別展があり、当時住んでいた広島から全12巻をみるため新幹線に乗り込んだ。絵巻は鎌倉時代の人々の生活や風景が描き込まれているから、信仰の尊さを表現しているだけでなく当時の風俗を知る貴重な資料としての役目もはたしている。

風俗画をみるのはとても楽しい。遊行寺を訪問することを決めた。

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2015.08.11

痛い! 上原 右手首を骨折

Img       右手首を骨折していた上原

今日は悪い日だった。7日タイガース戦に登板したレッドソックスの上原は打者の打ち返した球が直接右手にあたるというアクシデントに見舞われたが、これが最悪の右手首骨折だった。

このゲームのセーブを含めて25セーブをあげチームの成績があがらないなか好投を続けてきた上原だが、思わぬ怪我でまだ残りゲームもだいぶあるのに投げられなくなった。残念!もうレッドソックスの試合をみることはなさそう。

今年の大リーグ、日本人投手は期待通りの働きができない。けちのつきはじめはキャンプ中に起こったダルビッシュのひじの故障。メスを入れたが、今、リハビリは順調に進んでいるのだろうか。そして、新しい投法にトライしているマー君、2日前にブルージェイズとの試合に登板したが、またも失投で2本ホームランを食らい5敗目をきっした。コントロールのいいピッチャーはホームランを打たれることが多い、マー君もホームラン病にとりつかれている。これから中4日で登板して大丈夫だろうか? 勝ったり敗けたりをくりかえすような気がする。

ヤンキースは2位のブルージェイズに3連敗、これで1.5ゲーム差につめよられた。タイガースのエースプライスをトレードで獲得したブルージェイズの戦力はぐんと上がり、チームは現在8連勝、これまで首位を走ってきたヤンキースだが潮の流れが変わりつつあり、投手の駒が足りないヤンキースが逆転される可能性がでてきた。しばらく両チームの戦いから目が離せない。

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2015.08.10

久しぶりにみた国宝‘玄奘三蔵絵’!

Img_0003     国宝‘玄奘三蔵絵’(14世紀)

Img         円山応挙の‘蔦鴨図’(1766年)

Img_0004     菱川師宣の‘大江山酒呑童子絵巻’(1692年)

Img_0001     竹内栖鳳の‘大獅子図’(1902年)

藤田美術館のすばらしいやきものや絵画コレクションがたくさん東京にやってきたのは本当にビッグニュース。サントリー美の4階と3階の展示室をまわっているうちに東博で開催される日本美術の特別展とまったく遜色ないなと思った。

国宝の絵画は4点、‘玄奘三蔵絵’と‘両部大経感得図’は前期(8/5~8/31)、‘紫式部日記絵詞’と‘柴門新月図’は後期(9/2~9/27)に展示される。‘玄奘三蔵絵’の一巻をみるのは22年ぶり、玄奘三蔵がインドへ旅立つとき夢でみた光景が描かれている。海の波間から姿を現した怪獣のような魚がおもしろい。中央に岩山をどんと置く見栄えのする構図と海の鮮やかな緑がとても印象深い。

円山応挙(1773~1795)の‘蔦鴨図’にちょっとびっくりした。チラシに載ってないので期待値ゼロ。みた瞬間、藤田美にこの絵があることを思い出した。以前MIHO MUSEUMでこの絵とそっくりの別ヴァージョンに出会った。それで藤田美のものはみたことにしていたが、その絵が突然姿を現してくれた。これは楽しい!

こんな浮世絵も所蔵しているのか、という感じなのが菱川師宣(?~1694)の‘大江山酒呑童子絵巻’、この中巻では酒呑童子は酒が相当まわってきたのか顔が真っ赤、後期に首がはねられる場面が登場するのでまた足を運びたい。

4階からおりたところに獰猛なライオンがいるので要注意。能天気に歩いていたら大けがをする。描いたのは竹内栖鳳(1864~1942)、このリアリズムモード全開の‘大獅子図’をみるのは4度目。ライオンの毛や髭がこれほどリアルに描かれているとなんだか動物園へきているような気になる。

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2015.08.09

名品がずらっと揃う‘藤田美術館の至宝’展!

Img_0001    国宝‘曜変天目茶碗’(中国・南宋時代 12~13世紀)

Img     尾形乾山の‘銹絵絵替角皿’(重文 18世紀)

Img_0002     ‘田村文琳茶入’(宋~明時代 13~15世紀)

Img_0004     快慶の‘地蔵菩薩像’(重文 13世紀)

サントリー美ではじまった‘藤田美術館の至宝 国宝曜変天目茶碗と日本の美’(8/5~9/27)をみてきた。藤田美が大阪のどのあたりにあったか忘れてしまったが、ここへは一度行ったことがある。お宝をいろいろみたが、はっきりと覚えているのは国宝の‘曜変天目茶碗’と快慶の菩薩像だけ、国宝の‘柴門新月図’もこのときみたような気がするが記憶はあやふや。

国宝を一点でも多くみたいと常日頃思っているので、絵画や工芸品、やきもので国宝に指定されているものがどこの美術館にあるかはおおよそ頭のなかに入っている。だから、藤田美が所蔵する国宝もすぐでてくる。でも、これらを一度にみる機会がやってくるとは思ってもみなかった。

9点ある国宝のうち8点が前期(8/5~8/31)と後期(9/2~9/27)に登場する。目玉の‘曜変天目茶碗’はやきものだから通期の展示、久しぶりにみた‘曜変天目茶碗’、夜空の星のように輝く瑠璃色の斑文にやはり心を奪われる。展示ケースを3回まわり角度を変えて星の煌きをいろんな角度からみてみた。この曜変が生まれたこと自体が奇跡だし、これがやかれた中国でなく日本にあるというのも不思議な縁。このところ宇宙の話に傾倒しているから、前回よりいっそう銀河のイメージが湧いてくる。

じつは今回のお目当ては尾形乾山と兄光琳が一緒につくった角皿、ここには10点もあるが、これまでみたのは布袋図と鶴図のみ、チラシに載っているのは梅図。これはずっとみたかったものだから、ひとつでもみれれば心は晴れる、楽しみにしていた。ところが、なんと目の前に10点全部現れた!天にも昇るような気分、なんという幸運、夢中になってみた。美術品を鑑賞していてこういう期待値を大幅に上回ることがおきると真に腹の底から感動する。

茶入にもいいのが揃っている。足が思わずとまったのは‘田村文琳茶入’、小さな茶入だが存在感のある丸い林檎の形に魅了された。また、‘古瀬戸文琳茶入 銘霜夜’にもぐっと惹きつけられる。

展示室に入ってすぐ快慶のすばらしい‘地蔵菩薩像’と対面した。この菩薩像が快慶の仏像に開眼させてくれた。だから、鮮やかな色彩を感慨深くながめていた。

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2015.08.08

4年ぶりの‘歌川国芳展’!

Img_0001     ‘浮夜八会 えだまめ’(1849~51年)

Img_0002     ‘橋間のすずみふね’(1844~47年)

Img_0003     ‘山海名産尽 紀州鯨’(1828~1830)

Img_0004     ‘横浜本町之図’(1860年)

4年ぶりの歌川国芳(1797~1861)を大いに楽しんだ。場所は横浜そごう。8/1にはじまり今月30日まで行われている。大変充実した回顧展なので、横浜のあとの巡回展にもふれておきたい。
★広島県美 9/11~10/18
★松坂屋美 10/24~11/23

作品は全部で200点、初期の武者絵から戯画、風景画、美人画、肉筆画がどんと並んでいる。途中でまだあるのという感じ。一点々が刺激に満ちているので足を進めるうちに国芳ワールドにどっぷりはまり込んでしまう。これには工夫された会場づくりが一役買っている。作品の横にパネルを数多く設け描かれたモチーフを細かく解説してくれる。例えば、猫の戯画では衣装に鮑や蛸、小判の柄が使われているとか。これまで国芳の回顧展を7回体験したが、今回の解説が一番気が利いている。すばらしい!

収穫の絵がいくつかあったが、そのなかに夏らしいのが2点あった。女性がえだまめをもっているのと納涼舟を描いたもの。ビールのつまみに欠かせないえだまめ、このころすでにあった!こういうモチーフを絵にする国芳、親しさがいっそう増す。納涼舟にも思わずみとれてしまう。三つの舟の配置の仕方がなかなかいい。

日本画でも西洋画でも風俗画に魅せられているから‘山海名産尽 紀州鯨’にも夢中になる。沖に現れた鯨をみて赤ん坊を背負った母親と二人の子供はもう200%興奮状態。後ろの男の子は‘あの鯨、これくらいあるよ、すげぇー、すげぇー、’と大声でしゃべっている。愛すべき一枚。

‘横浜本町之図’は国芳が亡くなる一年前に描かれたもの。開港した横浜の賑わいがストレートに伝わってくる。俯瞰の視点で商店街と遠くの海を一緒に描き込む広々とした空間構成、日本と外国が港に出入りする商品を通じてつながっていることイメージさせにはうってつけの構図といえよう。

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2015.08.07

ふたたび春信の美人画!

Img     鈴木春信の‘そうめん干し’(1766~65年)

Img_0001     喜多川歌麿の‘高名美人見立車引’(1793年)

Img_0002     葛飾北斎の‘東海道五十三次 日本橋’(1807~08年)

Img_0003           歌川広重の‘鴨’(1832~35年)

現在日本橋の三井記念美で行われている‘フィラデルフィア美浮世絵名品展’をまたみにいった。会期は残り少なく8/16まで。今回出品作は前期・後期(7/22~8/16)で全部替るが、前期の半券をみせると200円割り引いてくれる。

これまでこの美術館はサントリー美同様、展示期間を細切れにするのを得意としてきたが、珍しく2回だけのスッキリ展示。でも、これはひとつの美術館のコレクションを展示しているからであって、次回からはまた美術ファンの気持ちを考えずに展示期間を複雑に組み合わせるパズル展示に戻るにちがいない。

2回目も‘春信一番’がお目当て、摺りの状態のいい鈴木春信(1725~1776)が一度に15点もみられるのだから里帰り展はありがたい。人々の日常生活のひとこまを描いた‘そうめん干し’に思わず足がとまる。白いそうめんは空摺り技法が使われ紙の色で表現されている。また隣の‘五常 智’では女の子が字のお稽古の真っ最中、半紙がだいぶ黒くなっているから何度も書き直したのだろう。

喜多川歌麿(1753~1806)の‘高名美人見立車引’ははじめてお目にかかる作品。4人いる女性のうち真ん中が人気NO.1の難波屋おきた、ここでおきたは菅原道真を陥れた藤原時平が乗っている牛車が襲われたとき、時平を守る松王丸に見立てられている。

葛飾北斎(1760~1849)の‘東海道五十三次’は前期が‘蒲原’で後期が‘日本橋’、魚を入れたかごを頭の上にあげて威勢よく歩いていく男に目が釘づけになる。動きのある描写が印象深いこの2点は大きな収穫だった。

海外の美術館が所蔵する浮世絵をみると、浮世絵は摺られたとき色の具合はこんなにきれいだったのかと思い知らされることがよくあるが、歌川広重(1797~1858)の‘鴨’もそんな一枚、水を表わすベロ藍の深いこと!こういう青にでくわすと体がふるえる。

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2015.08.06

スイカを食べる楽しみ!

Img_0001      鳥取のブランドスイカ ‘大栄スイカ’

Img     歌川国芳の‘五行之内 西瓜の水性’(1844~45年)

Img_0002     葛飾北斎の‘西瓜と包丁’(19世紀前半)

暑い夏で食べることの楽しみといえばスイカとそーめん、毎日スイカを食べているということはないが、口のなかにはいる回数は多い。

二週間くらい前、おもしろいことがあった。散歩も後半家にもどる途中、横を空になったスイカの段ボールをもった30代の女性が通りすぎていった。スーパーでもらったのだろうが、その段ボールには‘大栄’の文字が刻まれていた。そこで、気づいた。‘そうか、今スーパーで大栄スイカを売っているんだ!’と。

広島にいたころ、夏は大栄町(現在は北栄町)の美味しいスイカを食べることが一番の楽しみだった。だから、こういう幸運にはすぐ反応する。すぐ15分前には買い物をしていたスーパーに引き返し地下の食品売り場へ急いだ。なんだか宝物が目の前にあるよう。とにかく大栄スイカは糖度が高く甘いので最高、いい日だった。

過去にスイカの絵を2,3回とりあげた。今回は歌川国芳(1797蚊ら861)と葛飾北斎(1760~1849)、横浜そごうで開かれている‘歌川国芳展’に明日出動するのだが、このスイカの絵は出品されているだろうか?これをみるたびに‘国芳ちゃん、よくぞこんないい絵を描いてくれました’と拍手したくなる。

北斎の一枚は肉筆画、三の丸尚蔵館にも有名なスイカの絵があるがこれは長野県の小布施にある北斎館のコレクション。北斎はスイカが好物だったのかもしれない。スイカを半分に切った包丁を一緒に描くという趣向がさえている。これによって画面に時間の経過が表現されている。

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2015.08.05

暑いときは渓流の絵!

Img_0001     小野竹喬の‘奥入瀬の渓流’(1951年 東現美)

Img_0002     鈴木其一の‘夏山水図屏風’(19世紀中頃、根津美)

Img     円山応挙の‘保津川図屏風’(重文 左隻 1795年)

Img_0003     杉山寧の‘こう’(1985年)

今年は猛暑が続く日数が長い。明日も35度を超えそうだから7日連続、そのため家にいるときでも麦茶と氷をいれたミルクをがぶがぶ飲んでいる。

暑いときは水分を口から体の中に注入するだけでなく、目からも涼しさを運んでくれるものを入れる。それは渓流を描いた絵。夏になるとみているのは小野竹喬(1889~1979)の‘奥入瀬の渓流’、一度奥入瀬は行ったことがあるが、ご機嫌なところだった。

その美しい渓流に200%心を奪われたが、この景色は多くの画家たちの作画意欲を刺激し傑作がいくつも生まれている。そのなかで最も魅了されているのが竹喬の絵。言葉はいらない、この水の流れをみているだけで涼しくなる。

鈴木其一(1796~1858)の‘夏山水図屏風’、この屏風を根津美ではじめてみていっぺんに其一のとりこになった。以来、夏になると木にとまっているアブラゼミと水の勢いを強く感じさる群青の渓流をみるために山をわけいることにしている。

これまでみた日本画のなかで感動の袋が大きく膨らんだものはいくつもあるが、円山応挙(1733~1795)が最晩年に描いた‘保津川図’のそのひとつ。これは左隻だが、絹の糸の大きな束のようにみえる渓流がすべるように下っている。この絵と出会ったのは生涯の喜び。

杉山寧(1909~1993)の‘こう’に描かれた渓流は天然のクーラーといった感じ。近くにいれば暑さは吹っ飛び、肌にひんやりとした空気があたり心がリフレッシュされるにちがいない。

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2015.08.04

画家たちの夏!

Img     小倉遊亀の‘径’(1966年 東芸大美)

Img_0001     小倉遊亀の‘娘’(1951年 滋賀県近美)

Img_0002     伊東深水の‘宵’(1933年 埼玉県近美)

Img_0004     竹久夢二の‘日本の夜’(1931~32年 夢二郷土美)

画家が人物を描くとき季節をどこに設定するかということは作品の出来上がりに関係してくる。日本人は四季の移り変わりに敏感だから、みてる絵でもその季節感を感じとる。

日本画家の小倉遊亀(1895~2000)が亡くなったのは2000年。105歳の長寿を全うして天国へ旅立った。その2年後に東近美で大規模な回顧展が開催された。これを体験したので小倉遊亀がぐっと近くなった。作品は人物画と静物画が半々くらい。

身近な人物が描かれたもののなかにお気に入りの一枚がある。心がとても和む‘径’、お母さんの後を女の子、そして犬が同じような歩き方で続いている。母親は日よけの傘をさしているから、季節は暑い夏。横断歩道でこういう親子の光景をよくみる。そしてこの絵がすぐ目の前をよぎる。

小倉遊亀にはもうひとつ、夏らしい絵がある。浴衣をきたモダンガール風の女性が藤椅子に座っている。これが描かれたのは終戦から6年後の昭和26年、この年東博でマチス展がありマチスやピカソに傾倒していた小倉はマチスの作品に大きな衝撃を受けた。この‘娘’にはマチスの影響が色濃くでている。

最近ネットで知ったのだが朝丘雪路(72)が老人性うつ病になっているらしい。この女優の父親がご承知のように伊東深水(1898~1972)、‘宵’は親しみを覚える絵。暑い夏、人々が家にいるときはこんな恰好、横になっているときが一番気持ちがいい。

竹久夢二(1884~1934)の‘日本の夜’は夢二がアメリカとヨーロッパを旅行していたときに描いた作品。夜空には花火が勢いよくはじけているのに川面や団扇をもった女性がいる橋の上はいたって静か。ついいろんな物語を想像してしまう。

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2015.08.03

週末の水泳での悩み事!

Img    世界水泳100m背泳ぎ 5位で予選を通過した入江選手

週末のルーチンとしてもう何年も水泳をやっている。スタートした30年くらい前は日曜に会社が所有するスポーツ施設へ出かけていた。泳いでいる時間は1時間、スタイルはクロール一本。同行していた隣の人はサウナに入っていた。

そのときから勤務地が変わったりしたのでプールは5回変わった。現在会員になっているスイミングクラブでは土日コースに登録している。土曜が夜1時間、そして日曜は昼間に2時間、合計3時間を水泳のプラクティスにあてている。

5年くらい前までは1時間ノンストップで泳いで終了だったが、今は30分少しハードなクロールを続け7分休憩する方法をとっている。これは楽な泳ぎ方で長い時間泳ぐよりキツめに太ももを動かすほうが確実に体重が落ちることがわかったから。

元来太る体質なので飲み会が重なるとすぐ体重がアップする。そういうときは意識的に週末がんばってもとの体重にもどす努力をする。でも、以前は1キロのアップは1週間で戻ったが、今は2週間くらいはかかる。だから、体重を維持するのが大仕事。

体重アップとの戦いは長期戦、1キロくらい増えてもいいやと思った瞬間、気が緩みズルズルといってしまう。これは避けたい。ここ1ヶ月、‘減量’の二文字を忘れたことはないが、ちょっとハードにすると膝の調子が悪くなったりするので前のめりの減量モードがとれない。で、今は無理しないで時間をかけて減らしていこうと気持ちを切り替えている

もうひとつ水泳で悩み事がある。それは水着の劣化が早いこと。今年の3月にMIZUNOのフィットネス用水着を購入したのにもうお尻のところが破れてしまった。ここ2年くらい半年に1回のペースで¥6000を支払うはめになっている。

店員さんの話では水着素材のポリウレタンがプールの消毒剤として使われている塩素に弱いのと体を動かす量が多いと劣化が早くなるとのこと。SPEEDやARENAをずっと使っていて破れるのがあまりにも早いので日本のブランド、MIZUNOに変更したのだが、同じことだった。1年はもってほしいと思うのだが、新水着は6ヶ月以上使えるだろうか。

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2015.08.02

心の大半がむかっている科学雑誌‘NEWTON’!

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今年に入ってから宇宙のことや生命の進化など科学に対する興味がどんどん膨らんでいるが、そのきっかけとなったのはTV番組‘コズミックフロント’(BSプレミアム)と‘生命大躍進’(NHK総合)、そして科学雑誌‘NEWTON’。

今日、ついでに寄った本屋でわくわくする本に出会った。それは出版されたばかりのニュートン別冊シリーズ、‘光と色のサイエンス’(2015年8月15日発行 ニュートンプレス、¥2593)。この別冊、手にとってみてすぐ今年3月号の‘色と光の科学’の拡大版であることに気づいた。

3月号で色や光についての理解がぐっと進んだが、この別冊では話題をさらに広げもっと深く知りたいことやサイエンスの最先端をいく話などが沢山盛り込まれている。そのなかには美術好きを楽しませてくれるものも含まれている。

例えば、柿右衛門の赤はなぜ鮮やかなのか、また屏風に描かれた絵の色の解析に使われる‘蛍光X線分析’や‘X線回折法’は超ミクロの原子の模型からみるとどういうことを明らかにするのか、こうしたことは情報としてはインプットされているが、粒子や原子の世界まで突っこんだ説明は聞いたことがない。だから、小さなサイエンス脳でも敏感に反応する。

そしてこの本では光の自然現象、青い空の秘密、虹やオーロラのしくみなども画像やモデル図を使ってわかりやすく解説してくれる。しばらくほかのことには心がむかわなくなりそう。

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2015.08.01

好きになれない2020年東京五輪のエンブレム!

Img  リエージュ劇場のロゴ          東京五輪のエンブレム

7月24日にお披露目された2020年東京五輪のエンブレム、みた瞬間ガックリきたが今このエンブレムのデザインに盗作疑惑がもちあがっている。

よく似たデザインなのはベルギー東部のリエージュ劇場のロゴ。これだけ似ているとこのロゴをつくったベルギーのデザイナーだって、‘盗作しただろう’といいたくなる。デザインの専門家でなくても東京五輪のエンブレムが劇場ロゴのコピーであることは容易にわかる。

ベルギーのデザイナーはエンブレムの使用停止を求めているが、IOCも東京五輪の組織委員会も世界中の商標確認をしているので問題ないという見解を表明をしている。だから、このエンブレムをやめてほかのものを選び直すということはない。嵐がおさまるまでは‘NO PROBLEM!’を言い続ける。

変更はないこのエンブレム、どうも好きになれない。前回のときのエンブレムをこんなに意識する必要があったのだろうか?デザイン全体がどうみても硬い、スポーツの祭典なのに若さや躍動感が感じられない。そして色として致命的にまずいのが真ん中のどんと立った黒、デザインを重くする黒をこれほど強調するセンスがまったくわからない。

新国立競技場の問題に続いて、エンブレム盗作疑惑、‘オールジャパンで成功させよう!’とオリンピックを準備している人たちは言っているが、実態はコスト感覚がなくアイデアのでない官僚体質丸出しの組織。人材を相当入れ替えないとお金だけが膨らんでいくような気がする。

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