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2015.06.30

作品の数が少なすぎるサントリー美の‘乾山展’!

Img_0003     ‘銹絵山水図四方鉢’(1705年)

Img_0002     ‘色絵花唐草文水注’(18世紀 妙法寺)

Img     ‘色絵龍田川図向付’(18世紀 MIHO MUSEUM)

Img_0001     ‘銹絵百合形向付’(18世紀 MIHO MUSEUM)

今年はサントリー美へ何度も足を運ぶことになっている。今行われている‘着想のマエストロ 乾山 見参!’(5/27~7/20)も期待していた展覧会。だが、今回は消化不良の感が強い。

展覧会へ出かける回数が増えてくると、どうしても過去に行われたものを基準にして出品作をみてしまう。尾形乾山(1663~1743)のようなビッグネームの陶工の場合、回顧展は見逃さずみてきたから作品の揃え方や構成の切り口が好みに合っているかで満足度は変わってくる。

今回の乾山ははっきりいって絵画を含めて作品の数が少なすぎる。乾山の名品、もっともっと集めてきてよ!サントリーに期待しているのはそこなんだから、というのが率直な感想。乾山の回顧展に志野や織部(いずれもサントリーの所蔵)はいらないし、また、二代目乾山とか三浦乾也をぞろぞろならべることはない。こうした余計なものがやたら目立ち肝心の乾山は全部で60点しかない。これくらいの数だと回顧展に重厚感がなく乾山の世界へどぼっと入ったという感じがしなくなる。

2007~2008年にかけて出光美とMOA美で開催された‘乾山の芸術と光琳’には乾山だけで118点もでてきた。今回はその半分。だから、期待していたプラスαが少なく、追っかけリストにあるものとの遭遇もなし。例えば京博であった‘京焼展’(2006年)のとき展示替えで見逃した重文の絵画‘八橋図’も夢が叶わなかった。

思い出に残る展覧会というのはやはり作品の質が高く、数もそこそこ多いもの。この乾山展を質的なことで注文をつけているのではない。新規にお目にかかった‘銹絵山水図四方鉢’はみごたえ十分の傑作だし、定番の重文指定の蓋物、‘白泥染付金彩芒文’(サントリー美)も‘銹絵染付金銀白彩松波文’(出光美)も揃っている。

そして、中国のやきものを彷彿とさせる色彩の鮮やかさと丸い形の良さが魅力の‘色絵花唐草文水注’もどんとある。向付の形がモチーフそのものになっている‘色絵龍田川図’や‘銹絵百合形’も目を楽しませてくれる、このユニークな向付をみるたびにデザイナー、乾山のすごさを思い知らされる。

こんな発想が豊かな乾山だから、作品をもっとみたいのである。作品の構成に濃淡をつけて乾山の真髄をみせつけるところは作品を厚くしないと大きな感動はえられない。チラシのコピーはハッとさせるが、実際は周辺部分が多すぎてコアの乾山の印象が薄められている。同じ感想をもっている人も多いのではないかと思う。

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2015.06.29

里帰り浮世絵展の楽しみ!

Img     喜多川歌麿の‘歌撰恋之部 稀ニ逢恋’(1794年)

Img_0001     葛飾北斎の‘東海道五十三次 蒲原’(1808年)

Img_0002     歌川国芳の‘かごのとりすずめいろどき’(1846年)

Img_0003     歌川広重の‘諸国名所 宇治川ほたるがりの図’(1836年)

浮世絵の里帰り展はここ数年1回ないし2回くらい行われている。やって来る作品が全部が全部摺りの状態が最高ということはないが、日本の美術館にあるものとくらべると、大英博、ギメ美、ボストン美、メトロポリタン美、シカゴ美、そしてフィラデルフィア美といったブランド美が所蔵しているものはワンランクもツーランクも上のものが並ぶことが多いのは事実。

こうした特上の色彩の浮世絵が楽しめることは里帰り展に必ず足を運ぶ大きな理由。そして、もうひとつ心をかりたてることがある。それは手元の美術本に載ってない初物の浮世絵との出会い。浮世絵に限らず、関心を寄せている絵画のジャンルや好きな画家の画集などは頻繁にページを開いているので、今目の前にあるものがはじめてみるものかどうかは直感的にわかる。こうした足のとまる初物が楽しみを倍増させてくれる。

喜多川歌麿(1753~1806)は今回6点、このうちあまりなじみのないのが‘歌撰恋之部 稀ニ逢恋’。一度みたことがあるような無いような、、、おもしろいのは袖口にちらっとみえる手。この手が若い女の心のなかをうつしだしているかのよう。

浮世絵が好きなのはこれが風俗画だから。葛飾北斎(1760~1849)の‘東海道五十三次 蒲原’も夢中にさせる。描かれているのは二人の男女が天秤棒をかついで潮汲みに精をだしている場面。波の動きにあわせて海水をすくう桶の形がとてもリアル。しばらくながめていた。

大きな収穫だったのが歌川国芳(1797~1861)の動物戯画‘かごのとりすずめいろどき’、これまで雀を主役にしたものは2点お目にかかった、三枚続の‘里すずめねぐらの仮宿’と‘雀の百狂 鳥さし’、そしてまだみてない雀の絵がひょいと現れた。鳥籠が遊郭の格子になっている。そこにいる雀たちは客に愛想をする遊女という設定。昨年あった‘大浮世絵展’(江戸東博)ではベルリン国立アジア美が所蔵する‘魚の心’が出品された。今回また、貴重な雀絵に遭遇した。これだから里帰り展はやめられない。

宇治川は蛍狩りで有名なところ。歌川広重(1797~1858)が描いた‘諸国名所’も楽しくみた。小さい頃夏は蛍をよくみたし、かごにいれて家でもみていた。山より海が好きなので蛍との縁がなくなって久しい。こういう絵をみると蛍のあの明るい光が無性にみたくなる。

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2015.06.28

期待通りに楽しめる‘フィラデルフィア美浮世絵名品展’!

Img_0001     鈴木春信の‘水売り’(1765年)

Img_0002     ‘綿摘み娘と少年’(1767~70年)

Img     ‘後朝の別れ’(1767~69年)

Img_0004     ‘風流五色墨 咫尺(しせき)’(1768年)

三井記念美で今月の20日からはじまった‘フィラデルフィア美浮世絵名品展’(6/20~8/16)は今年開かれる浮世絵展ではもっとも注目しているもの。‘春信一番 写楽二番’の鈴木春信(1725~1770)の美人画に期待して足を運んだ。

三井記念美ではときどき浮世絵展のいいのをやる、前回楽しんだのがホノルル美の浮世絵コレクション。今回関心が高いのは‘春信一番’とあるようにフィラデルフィア美が所蔵する浮世絵のなかでとくに評価が高い春信。そのすばらしさを2002年に開催された‘鈴木春信展’(山口県美浦上記念館)で実感したので、胸が高まる。

目玉の春信、写楽をふくめて作品の数は全部で150点。これが前期(6/20~7/20)と後期(7/22~8/16)で半分々に振り分けられている。春信は30点もでてくる。だから、後期も当然出動する。13年前萩でみたときはフィラデルフィア美からは9点が里帰りした。このうち7点が今回もやって来た。

‘水売り’は回顧展ではみれなかった作品。これは浦上記念館には巡回せず千葉市美のみの展示だっので絵の前で‘おおっ’と思わず声が出た。男の子が水売りをやっているのが春信流。前期にでている16点のなかで色彩が強い磁力を発していたのが‘綿摘み娘と少年’、座敷の黄色にくらくらした。腰かけている少年は本当に男?どうみても女性。

春信が描く人物は男の子は男とわかるが成人の男子はほとんどが女と同じような姿で登場する。だから、最初は違和感があるが慣れてしまえば、これが春信の浮世絵の個性と割り切ってみれるようになる。

‘後朝の別れ(見立羽衣)’はお気に入りの一枚、一夜を楽しんだ男が朝帰りをするところだが、遊女が男の着物の裾をつかんで引き止めようとしている。それにしても女の手も振り返る男の手もちっちゃいこと。つい中国にあった女性の纏足を連想してしまう。

‘風流五色墨 咫尺’も思わずみとれる絵。視線がまず釘付けになるのが遊女の立ち姿。体の曲がり具合がいかにも遊女的。籠に乗って吉原にやってくる客をみながら、‘今日はお客が多いわね、そろそろスタンばってなくちゃいけないわ’とかなんとか言っているのだろうか。

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2015.06.27

圧倒されるドラクロアの‘ライオン狩り’!

Img     ドラクロアの‘ライオン狩り’(1855年)

Img_0002     ラクールの‘ボルドーの港’(1806年) 

Img_0001     ペルジーノの‘王座の聖母子と2聖人’(1510年)

Img_0003     ‘角をもつヴィーナス’(25000年前)

現在、西洋美で開催中の‘ボルドー展’(6/23~9/23)をみてきた。サブタイトルが‘美と陶酔の都へ’、ボルドーの街の歴史を知っている人ならこのキャッチコピーはその通り!となるのかもしれない。これは都市物語をテーマにしたオールラウンドな展覧会、10年くらい前確か千葉市美で‘ミラノ展’があったが、展示品の幅は今回のほうが広いのが特徴。

ボルドーという街の名前をきくとすぐ‘ワインの街’を思い浮かべる。だが、街が大西洋岸にあることはわかっていてもどのあたりかはアバウト。地図で確認するとこの街は北スペインからそう遠くないところにある。パリからはTGVで3時間でつくらしい。

展示会場のまんなかくらいにラクールがボルドーの港の様子を描いた大きな絵が飾ってある。風景画というより港で働く人々やそれをながめている貴族たちが綿密に描かれた風俗画なので、みていて楽しい。ボルドーは19世紀の初頭こんなに活気のある街だった。

今回のお目当てはなんといってもドラクロア(1798~1861)の‘ライオン狩り’、この展覧会の情報が入ってきたときとびあがるほど嬉しかったのがこの絵。絵の存在を知ったのは20数年前のこと。そのとき1870年の火災により一部が破損してしまったという情報もくっついていた。そして、ルドンが焼けるまえ模写したものがあるということも。でも、実際にこの絵がみれるとは思ってもいなかった。

時が流れてその絵が目の前にある。そして、横に展示してあるルドンの模写によって絵の全体像がわかった。もとの絵をみて、災難にはあったが運もずいぶん残っていたなと思った。主役のライオンがかろうじてみれるのは幸いだった。

ドラクロアは動いている人物や動物を描くのはとても上手い。ライオンに爪でひっかかれている人物の横にはひんまがった体が複雑骨折しそうな馬の姿、そして右にいる剣をもっている男の描写がちょっとややこしい。
こういう格好でしゃがんでいる?顔が異常に大きいため、ベラスケスの肖像画に登場する小人をみているような気分になる。ドラクロアが何度となく手がけたライオン狩り、ライオンの強さがいつも目に焼きつく。

じつをいうと今回はこの‘ライオン狩り’の1点買い。だから、ほかの作品(大半はボルドー美の所蔵)はさらさらとみた。そのなかで足がとまったのがペルジーノの‘王座の聖母子と聖ヒエロニムスと聖アウグスティヌス’と25000年前につくられた‘角をもつヴィーナス’。

パリから3時間で着くボルドー、大好きなゴヤもここで亡くなった。いつか訪ねてみたい。

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2015.06.26

竹久夢二、小林かいち どちらがお好き?

Img_0001        竹久夢二の‘ツキノセカイヘノボルユメ’(1923年)

Img     竹久夢二の‘七夕’(1926年)

Img_0002      小林かいちの‘二号街の女’(1915~1930年)

Img_0003      小林かいちの‘闇の花’(1915~1930年)

昨年は竹久夢二(1884~1934)の生誕130年の節目の年だったこともあり、横浜そごうで回顧展が開催されTVの美術番組にも数回とりあげられた。

夢二とのつきあいはまだ20年くらいなのだが、この間幸運にも回顧展を6回くらい体験した。女性を中心に人気の高い画家だから、美術館で展覧会が開催される機会も多い。おかげで横山大観、上村松園、東山魁夷、棟方志功同様図録がどんどんたまっていく。

夢二は藤田嗣治とともに子ども絵の名手。子どもにとって夜空にきらめく星は願いをかなえてくれる神様のようなもの、だから少しでも近づきたい。映画‘ET’の日本版をみているようなのが‘ツキノセカイヘノボルユメ’、日本の大正時代にも子どもが主役を演じるこんなファンタジックな世界があった。

女性は大人になっても少女のころみた夢をもち続ける。そんなことを思わせる一枚が大正15年の婦人グラフ3月号の表紙を飾った‘七夕’、‘今年の願いはと、、なんといってもあのイケメン君とのことを書かなくちゃあ’、女性は恋をしているときが一番輝いている。

大正ロマンの象徴のような存在だった夢二よりひとまわり若いのが京都で活躍した天才デザイナー、小林かいち(1896~1968)。絵葉書のデザインとして描かれた‘二号街の女’は衝撃的な作品、このアールデコ調の表現には度肝をぬかれる。レンピッカがこの絵をみたら裸足で逃げたにちがいない。そして思っただろう。‘すごい日本人がいる!’と、このモダンさはエッジが立ちすぎるほど立っている。

星がたびたびでてくるかいちのデザイン、ギリシャのスタイルをした女性の切ない姿を描いた‘闇の花’もじわーっと心をゆすぶる。これまで小林かいちの回顧展を2回みたが、またみたくなった。

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2015.06.25

心に沁みる平山郁夫の青!

Img_0003     ‘楼蘭遺跡を行く(月)’(部分 2005年)

Img_0002     ‘西域の馬’(1978年 高徳院)

Img_0001     ‘ナーランダの月 インド’(2007年 佐川美)

Img     ‘皓月ブルーモスク(イスタンブール)’(1989年)

西洋のものでも日本のものでも絵画を楽しむときある色が特別心に沁みる作品がある。例えばゴッホだと黄色、グレコだと緑、日本の画家でいうと東山魁夷の青、奥田元宋の赤、そして青の画家はもう一人、6年前に亡くなった平山郁夫(1930~2009)。

広島に9年住んでいたので広島県出身の平山郁夫に対する思い入れは強いものがある。これまで国内で開催された回顧展は同じ作品が何度出てこようと足を運んできた。風景画を描き続けた画家は旅に生きる画家でもある。平山郁夫も東山魁夷同様、生涯の大半を国の内外を旅し人々の心を打つ光景を絵にしてきた。

宇宙の成り立ちや無限に存在する銀河への関心がふくらんでいる今、平山郁夫が描いた群青色の世界が以前にも増して心に沁みている。ゴッホの‘星降る夜’と‘夜のカフェテラス’が心をとらえて離さないように、平山郁夫の星の絵にも大変魅了される。そして、この満天の星を現地でながめてみたくなる。

平山のライフワークである西域の風景、その西域のイメージにぴったりなのが砂漠を往来する隊商、この‘楼蘭遺跡を行く’には昼間の‘日’と夜の‘月’があるが、夜のタクラマカン砂漠を商人を乗せた駱駝が進んでいく情景を描いた‘月’にぐっと惹かれる。また、手前に疾走する馬を大きく描いた‘西域の馬’も忘れられない一枚。

平山は2000年に奈良薬師寺の玄奘三蔵院伽藍の壁画を完成させたが、これを50号の大きさに縮小したものが佐川美に所蔵されている。最後の場面が夜の光景の‘ナーランダの月 インド’、これをみると3度目のインド旅行があってもいいかなと思う。

1989年に制作された‘皓月ブルーモスク’も傑作、イスタンブールを観光するとかならず行く回教寺院、アヤ・ソフィアとブルーモスク、昼間のブルーモスクは建物の大きさばかりに気をとられているが、夜出かけるこんな幻想的なブルーモスクに会えるのかもしれない。また、この街を訪れることがあったらナイトツアーの参加を頭の隅にとどめておくことにした。

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2015.06.24

見慣れた星の光景!

Img_0002     アンリ・ルソーの‘眠るボヘミアン’(1897年 MoMA)

Img     マグリットの‘アルンハイムの領地’(1962年)

Img_0003     有元利夫の‘流れ星’(1984年)

Img_0001     ヴァロットンの‘ロキレックの風景’(1902年)

2013年NYで久しぶりにMoMAを訪ねたとき、以前と比べ作品に対する観客の注目度がだいぶ変わっていた。時代の変遷とともに人々の好みも変わるということをまざまざと見せつけていたのはアンリ・ルソー(1844~1910)。‘眠れるボヘミアン’と大作‘夢’の前には大勢いの人がおり、画面の隅から隅まで食い入るようにみていた。

25年前はじめてこの美術館に来たときとは大違い。当時はルソーはこれほどの人気はなかった。ところが、今はこのファンタジックな画風が若い人たちにおおいに受けている。NYのような大都市に住んでいると‘眠れるボヘミアン’に描かれているような空にきれいな星が輝く夜の砂漠地帯にひょいと飛んでいき、少し離れたところからこの怖くないライオンと呑気に眠っている女性をながめていたい気持ちになるのかもしれない。

マグリット(1898~1967)が描いた‘アルンハイムの領域’にはヴァージョンが数点ある。これは空に星が描かれているもの。マグリットのシュールさが魅力的に感じられるのは作品のなかにすっと入っていけるから。確かにこの絵では大きな鳥と岩山がダブルイメージになっているが、突起した岩の部分がこのようななにか別の見慣れたものにみえることはよくあること。マグリットだけが特別な感覚をもっているわけではない。

小さい頃空にできる雲の形をみて人物とか動物をいろいろ重ね合わせて想像をふくらまることがあったが、マグリットはそんな心をずっと持ち続けている画家、ダリのように夢をみたりミロのように空腹になって幻覚をみるようなことまではせず、自然を素直にみつめ意表をつくモチーフの組み合わせによって別の形のシュールさを表現してきや。

38歳の若さで亡くなった有元利夫(1946~1985)には星を描いた作品が3点ある。そのものずばりの‘流れ星’、‘土星’、そして‘七夕の夜’、いずれも天国に召される1年前の作品。お気に入りは‘流れ星’、幾筋もひかれた黄金の線が流れ星のイメージをかきたてる。

昨年三菱一号館美ですばらしい回顧展があったヴァロットン(1865~1925)も星座を描いている。ロキレックはブルターニュ地方の小さな港町、一見すると子どもが描いたような感じもするが、白い壁が印象的な家の向こうにきらめいている星々がロマンチック。

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2015.06.23

幻想的な星の絵なら象徴派!

Img_0001     デルヴィルの‘死せるオルフェウス’(1893年)

Img_0003     ヌンクの‘夜の天使’(1894年 オッテルロー クレラー=ミュラー美)

Img  ロセッティの‘ダンテの愛’(1860年 ロンドン テート・ブリテン)

Img_0002       ミュシャの‘プリンセス・ヒヤシンス’(1911年)

天体観察を趣味にしている人は大勢いる。そのなかには高校生のとき天文部に入って望遠鏡を夜空にむけ惑星や星々の動きをつぶさに観察していた筋金入りの天文マニアがいることだろう。

最近‘天文年鑑’というものがあることを知った。一年12カ月のうち、何月何日の夜何時から何時までは木星がみれるとか、惑星の動きが一目でわかるようになっている。星座についてはアバウトだが、夏の北の空にみえるといった具合にわかる。魅惑的な星座に目を奪われがちだが、木星とか土星だってしっかりみれる。いつか探してみたい。

宇宙船に乗って星々をながめることになったら、幻想的な星の絵を思い浮かべたい。そんな絵が一枚ある。ベルギー象徴派のデルヴィル(1867~1953)が描いた‘死せるオルフェウス’、この絵を2004年‘ベルギー象徴派展’(Bunkamura)でみたときは完璧にKOされた。

死んだ妻の再生に失敗したオルフェウスはショックのあまり女性を近づけなくなる。これが気性の激しいトラキアの女たちの機嫌をそこね八つ裂きにされてしまう。川に投げ込まれたオルフェウスの首と竪琴は海を漂流しレスボス島に流れ着く。そして神々によって救われ、竪琴は天空で琴座になった。

画家のなかで夜景画を得意とするのは少数派、そのひとりヌンク(1867~1935)の‘夜の天使’はかなりゾクゾクっとする絵。円をつくるように空を飛ぶ天使の背景に描かれた星の情景がじつに神秘的。これがヌンクの代表作。

ロセッティ(1828~1882)とミュシャ(1860~1939)の作品は二人のデザイナーとしての高い才能が発揮されている。‘ダンテの愛’では対角線で分割された右半分の画面が星の模様でうめつくされている。そして‘プリンセス・ヒヤシンス’のモデルは花で装飾された星の冠をかぶり正面向きのポーズをとっている。ここでも後ろの円にデザイン化された星座がみえる。

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2015.06.22

夢の絵画 ミロの‘星座シリーズ’!

Img_2    ミロの‘真夜中のナイチンゲールの歌と朝の雨’(1940年)

Img_0004    ミロの‘暁の目ざめ’(1941年)

Img_0002         マティスの‘イカロス’(1943年)

Img_0003    ポロックの‘彗星’(1947年 ヴィルヘルム=ハック美)

近代西洋絵画のなかで印象派とともに一生のつきあいと決めているのがシュルレアリスム、画面に描かれたものがわかろうがわかるまいがあまり気にしない。意表を突き発想でモチーフが組み合されたり不思議な世界がでてくるだけで心はハイになる。

若いころからずっと関心を寄せているミロ(1893~1983)、これまでバルセロナにあるミロ美へ足を運んだし、国内で行われた回顧展は見逃さず出かけてきた。だから、多くの作品が目に入ったはずだが、まだ縁のないものがある。それは23点描かれた‘星座シリーズ’、ミロ美でそのうちの1点をみたがほかは画集でながめているだけ。その多くはギャラリーや個人が所蔵している。

いつかこの目でと願っている‘真夜中のナイチンゲールの歌と朝の雨’と‘暁の目ざめ’はNYのギャラリー、個人のコレクション。ほかの作品もパリのギャラリーなどにある。対面できる可能性があるのはMoMAが所有する正面を向いたライオンの顔が印象深い‘恋人たちに未知の世界を明かす美しい鳥’。でも2年前MoMAへいったときこれは展示されていなかったから、次の訪問が幸運に恵まれるかどうかはまったく見当がつかない。この‘星座シリーズ’はタイトル通りはるかかなたの銀河のような存在であり続けそう。

マティス(1869~1954)が晩年に制作した切り紙絵で高い人気を誇るのが‘ジャズ’、その一枚‘イカロス’は忘れがたい作品。空から落下するイカロスのまわりを青に浮かびあがった星々がとりかこんでいる。黒で表現されたイカロスのシンプルな造形が目にやきつく。

アクションペインティングの旗手、ポロック(1912~1956)にも星の絵がある。抽象絵画全開の作品ではあるがなんとなくイメージできる‘彗星’、斜めに走る細長い白の線なら氷の塊の彗星とわかる。ポロックは星座や銀河をみるのが好きだったのかもしれない。

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2015.06.21

古典絵画に描かれた星座!

Img_0002_2ランブール兄弟の‘ベリー公のいとも豪華なる時祷書 5月の図’(1416年 コンデ美)

Img_0004        ‘7月の図’

Img_0001       ‘10月の図’

Img     ティントレットの‘銀河の起源’(1582年 ロンドン ナショナルギャラリー)

画集をながめていて一度はお目にかかりたいと強く思わせる絵画が古典絵画でも、近代に描かれた絵画にも相当数ある。そのなかにはなんとかやりくりすれば絵の前にたどりつけそうなものがある。だが、夢のままで終わることが確実にわかっているものが多いのも事実。

画集だけで楽しむほかないものの筆頭がランブール兄弟の彩装写本‘ベリー公のいとも豪華なる時祷書’、この貴重な写本で有名なのが冒頭を飾る月暦図、1月から12月まであるがここにあげたのは5月と7月と10月。この挿絵の連作を知ったのはもうずいぶん前のことだが、そのころはこれを所蔵するコンデ美(シャンティー)がどこにあるのか地理的なイメージがわかなかった。

その後、情報が入ってきてシャンティーへ行くのは難しいことはなく、コンデ美へも普通に訪問できることがわかった。だが、美術館へ入館したとしてもこの写本はみることができない。これがみれるのは美術の専門家のごく限られた人のみ。残念だがどうあがいてみても無理なものは無理。

どの月も半円の上の部分に星座がびっしり描かれている。10月の図では天秤座とさそり座、下の四角には宴を楽しむベリー公の姿(1月)、森へでかける貴族たち(5月)、農民たちが仕事をしている光景(7月、10月ほか)などが国際ゴシック様式で装飾性豊かに描かれている。

ティントレット(1519~1594)がギリシャ神話を題材にして描いた‘銀河の起源’は以前からお気に入りの一枚、天文学に心がむかいだした今、あらためてじっくりみてみるとティントレットの構想力のよさに感心してしまう。

女神ヘラの乳首を吸っている赤ん坊はヘラクレス、ヘラはこのヘラクレスが嫌い、‘ゼウスがアルクメネと浮気してつくったヘラクレスをどうして私が面倒みなくちゃならないの、冗談じゃないわ!’ まったくごもっとも。

こういうときはヘルメスが役に立つ。ヘルメスは乳をほしがるヘラクレスを寝ているヘラのところにつれていき、乳を吸わせる。そのときヘラクレスがあんまり強く吸ったので、ヘラは痛くて目をさましヘラクレスをふりはらった。そのとき乳がまわりにとびちった。そのヘラの乳が天の河になった。

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2015.06.20

星が好きだったゴッホ!

Img_0002     ‘星降る夜’(1888年 パリ オルセー美)

Img_0001 ‘夜のカフェテラス’(1888年 オッテルロー クレラー=ミュラー美)

Img     ‘星月夜’(1889年 NY MoMA)

宇宙に関心を持つようになってからいっそう好きになった絵がある。それはゴッホ(1853~1890)が描いた星の絵。そんな折り、‘美の巨人たち’がタイミングよくゴッホがサン・レミの療養所にいるときに描いた‘星月夜’を今日の一枚に取り上げてくれた。

この前、虹の絵を描いた画家に登場してもらったが、夜の星座が絵なることは極めて少ない。星を描く場合、絵の分類としては風景画になる。だが、夜の情景をモチーフにする画家は少数派。夜の画家としてすぐイメージするのはドイツロマン派のフリードリヒ(1774~1840)とあの‘叫び’のムンク(1863~1944)。

ところが、二人の絵には月が描かれることはあっても満天に輝く星々はでてこない。これに対して明るい南仏の地で傑作を次々に生み出したゴッホは夜の風景を3点描いている。どれもすばらしい作品だが、いずれも夜空にきらめく星がかきこまれている。

ゴッホがアルルに滞在していた1888年の9月に制作されたのが‘星降る夜’と‘夜のカフェテラス’、そして耳切事件の後移転したサン・レミで描かれたのが夜空を得体のしれない渦巻のような怪物が星々を引き連れて動き回っているような感じの‘星月夜’。

2年前、MoMAで久しぶりにみた‘星月夜’、ここでもゴッホの人気は高く大勢の人たちがこの激しい筆使いで描かれた糸杉や渦巻、そして11個の星に吸い込まれるようにみつめていた。この絵の前ではいつもぐるぐる回転する渦巻に目が釘付けになる。そして勝手な解釈をする。この渦巻はゴッホの魂なんだと。

星の数は11、ゴッホは明らかに創世記にでてくる11個の星はヨセフの兄弟たちをあらわすという話を意識している。これらの星は弟のテオや妹、そしてアルルで世話になった郵便配達夫ルーランとその妻たちかもしれない。ひょっとしたらゴーギャンも含まれている? どの星も大きく、生き生きしているのでそういう人たちの顔が浮かんでくる。

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2015.06.19

弱体化するセリーグ!

 [交流戦順位]
     チーム      勝  負    勝率
1  ソフトバンク     12  6   .667   
2  日本ハム       11  6   .647
3  西武         10  6   .625
4  楽天         10  8   .556
5  ロッテ        10  8   .556
6  阪神         10  8   .556
7  広島         9   9   .500
8  ヤクルト       8   9   .471
9  オリックス      8  10   .444
10 中日         7  10   .412
11 巨人         7  11   .389
12 DeNA         3  14   .176

プロ野球は交流戦が終了し、今日から通常の戦いにもどった。この時期TVでプロ野球の試合を最初からずっとみることはほとんどなく、せいぜい1イニングとか2イニングだけ。じっくりはみないが、結果はしっかりフォローし、今どこのチームが強くてどの選手が勝ち星をつみあげ、あるいはホームランを打ちまくっているかは押さえている。

だから、交流戦の成績についても戦況分析をしている。毎年のことだがセリーグの各球団はパリーグの球団に押しまくられてトータルではいつもパリーグに負けている。今年はとくにひどく、セリーグの野球のレベルの低さを露呈している。

今セリーグの首位の巨人が11位で2位のDeNAは最下位。交流戦前まではセリーグの話題をさらったDeNAなのに18回戦って3つし勝てないのだからまったくどうかしている。こんなセリーグの野球をみてどこがおもしろいのか?

個々の選手をみてもセリーグには球場に足を運んでそのプレーを生で見たい選手が本当に少ない。打者では将来大リーグに挑戦してもやっていけるのではないかと思っているDeNAの筒香、投手では前健と菅野くらいのもの。

これに対しパリーグにはスター選手が沢山いる。ソフトバンクの柳田、松田、西武の中村、秋山、日ハムの中田 大谷、オリックスの糸井、、、

セリーグがこんなに弱体化してしまった現状では交流戦を18試合したところでエキサイティングな試合は期待できない。来年からは10試合にして熱い戦いが繰り広げられているパリーグ同士の試合が多くみられるようにしたほうが野球ファンの楽しみはずっと大きくなる。

これからはFAで巨人や阪神などへ行く選手は少なくなるはず。パリーグは観客数の増加傾向が続いており、大谷、柳田、中田などプロ野球を背負って立つ看板選手の人気もうなぎのぼり、そうなると、パリーグで野球をしてみようというFA選手も当然増えてくる。するとパリーグはますます繁栄し、セリーグは地盤沈下していく。これは長い目でみるとプロ野球人気にとってマイナス。

何とかしなけければいけないのだが、不幸なのはセリーグの球団経営者に危機意識がないこと。これは致命的!日本のプロ野球は悪いシナリオにむかって進んでいることはまちがいない。

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2015.06.18

ダ・ヴィンチの‘糸巻きの聖母’が来年1月やって来る!

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  ダ・ヴィンチの‘糸巻きの聖母’(1501年 スコットランド国立美)

どの展覧会にでかけるかは手元にあるだいたい1年先ぐらいの情報がもとになる。日ごろから関心を寄せていたり好きな画家の回顧展をみつけると心がはやるが、展示される作品の情報がないときはしばらくは仮置きの鑑賞計画となる。

来年1月、江戸東博で開催される‘レオナルド・ダ・ヴィンチ展’(1/16~4/10)はその仮の予定だった。ところが、昨日入ってきた情報によってチケットを事前に買うことを決めた。この展覧会の目玉となる作品はスコットランド国立美にある‘糸巻きの聖母’。

でも、この作品すぐ頭に浮かばない。その理由は数多くあるダ・ヴィンチの画集にこの絵があまり掲載されてないから。手元にあるもので載っているのは小学館から2007年にでた‘西洋絵画の巨匠 レオナルド・ダ・ヴィンチ’
(池上英洋著)だけ。しかも、この本ではダ・ヴィンチの下絵にもとづく工房作という扱い。

ダ・ヴィンチやラファエロに強い池上氏の評価がオールマイティということではないが、こういうグレーゾーンの作品はダ・ヴィンチの手がどこまではいっているかについては研究者の間では意見が異なることが多い。当然のこととして作品を所蔵している個人や美術館はダ・ヴィンチの真作に近いということをいってくれる研究者や美術評論家を抱き込みダ・ヴィンチの作品としてPRし、ネガティブな意見には耳を貸さない。

メディア報道では‘糸巻きの聖母’は背景は後に別の画家が描き足したが、聖母マリアとイエスはダ・ヴィンチ自身が描いたということになっている。早く本物をみてみたい。ダ・ヴィンチは西洋絵画の世界では特別な存在、作品の数も少ないからちょっとでも本人の手がはいっているものなら見逃せない。開幕は半年先だが、楽しみがまたひとつ増えた。期待して待ちたい。

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2015.06.17

星の誕生を見事にうつしたハッブル宇宙望遠鏡!

Img     ハッブル宇宙望遠鏡

Img_0002     新しい星の誕生現場 ‘暗黒星雲’

Img_0001

今宇宙への関心が急速に高まりつつある。だから、‘コズミックフロント NEXT’やEテレの‘宇宙白熱教室’が楽しくてたまらない。

太陽系惑星や宇宙の星々、星雲、銀河についての知識がまったくないところから興味の輪がひろがっているので、宇宙創成の物語のひとつひとつがとても新鮮。先週のコズミックフロント、‘宇宙絶景に秘められたミステリー’
で取り扱った3つの話ははじめて学ぶ宇宙論としては知識欲をいたく刺激するテーマだった。

1.星はどのように生まれ死んでいくのか 
2.宇宙はどのように進化してきたのか 
3.宇宙はどんな運命をたどるのか、
とくにおもしろかったのが星の誕生の話。

‘カリーナ星雲’(7500光年)にある暗黒星雲の形に目を奪われた。切り立った山のような形をしており‘ミスティックマウンテン’と名づけられている。このガスやちりが濃く集まった暗黒星雲で新しい星が誕生する。山の先端のところでは2本の明るい筋がみられるが、これは暗黒星雲の内部にある‘星の卵’からガスが上下に噴出されたジェット噴射。番組ではハッブルから送られてきた赤外線画像にははっきりこの‘星の卵’がうつっていた。こうやって星ができるのか!という感じ。科学の進歩のおかげで星の誕生の姿をまのあたりにみることができる。素直に感動する。

TV番組をみたり科学雑誌ニュートンを読んでいるうちに世界中の研究者が注目しそして解き明かそうとしている宇宙の謎は一体何なのかが少しずつわかってきた。そのひとつが加速しているといわれる‘宇宙の膨張’、2014年12月にこの話とかかわる画像がハッブルによって撮影された。

‘アインシュタインの十字架’と呼ばれる重力レンズ現象を発見したのは2年前に博士号をとったばかりの若い研究者。重力レンズで超新星爆発が見つかる確率は1%というからこれは大発見! 同じ超新星爆発の光が今後5年以内にまた地球にとどくという。

次の光がとどくのに多くの時間がかかれば、つまり遅れれば途中の空間がより引きのばされていることだから、宇宙の膨張の勢いは増していることになる。ハッブルがまた大活躍をしてくれれば宇宙の運命がどうなるのかを知る貴重なデータが蓄積される。専門家でなくともこの話は興味をそそられる。

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2015.06.16

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた宇宙絶景!

Img_0003     ‘カリーナ星雲’ 7500光年

Img     ‘キャッツアイ星雲’ 3000光年

Img_0001     ‘バタフライ星雲’ 3800光年

Img_0002     ‘M83銀河’ 1500万光年

4月から内容がさらにパワーアップした宇宙番組‘コズミックフロント NEXT’(BSプレミアム 木曜よる10時~11時)、先週放送された‘宇宙絶景に秘められたミステリー’には美しい星雲や銀河がどどっとでてきた。気が遠くなるような広い宇宙空間にこれほど心を打つ形や色彩が存在していたとは、天体の美に200%嵌ってしまった。

ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられたのは1990年、それから25周年経つのを記念して今回とっておきの25枚の画像が発表された。こうした画像は宇宙の謎を解き明かすために撮影されたものだが、もとの白黒の画像に光の波長ごとにフィルターをかけて色をつけさらに立体化にも工夫を加えると、腕利きの写真家が撮った芸術写真のような極上のアートに一変する。

一瞬ローマにあるバルベリー二宮国立古代美の天井画をみているような気分になったのが地球から7500光年のかなたにある‘カリーナ星雲’、抽象絵画でこのイメージに近いのはやはりカンディンスキー、初期の抽象にみられる色彩の躍動感がこの星雲と重なる。

洒落たネーミングの‘キャッツアイ星雲’(3000光年)と‘バタフライ星雲’(3800光年)にも大変魅了された。何層にも重なっているガスは最期をむかえた星によって放たれたもの、これが大きなパネルになって発売されたら手に入れたくなる。

渦巻銀河の‘M83銀河’(1500万光年)は夜の白梅をながめているような感じ。ほかにも渦巻のもつダイナミックな動きが目をひく‘アンテナ銀河’(6600光年)やわれわれの天の川銀河と同じ棒渦巻銀河の‘NGC1300’(6100光年)にも心を奪われた。

この25枚は手元においておきたい画像、ニュートンが特集号を組み出版してくれたら、すぐ本屋にかけつけるのだが。

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2015.06.15

親しみがわくギリシャ神話絵画!

Img_0001 レンブラントの‘ガニュメデスの掠奪’(1635年 ドレスデン国立美)

Img_0002 カラヴァッジョの‘勝ち誇るキューピッド’(1602年 ベルリン美)

Img     カラヴァッジョの‘バッカス’(1595年 ウフィッツイ美)

Img_0003     ベラスケスの‘バッカスの勝利’(1629年 プラド美)

多くの画家たちがギリシャ神話を題材として作品を描いてきたが、そのなかで特別に親しみをおぼえるのは神話にでてくる人物が身近にいる人々をモデルに使って描かれたもの。神々や英雄たちの話が風俗画となると現実感がぐっとまし、ギリシャ神話祭りのイベントに参加しているような気分になる。

いつみても笑いがこぼれるのがレンブラント(1606~1669)の‘ガニュメデスの掠奪’、ガニュメデスはトロイの美しい羊飼いの少年、こういうかわいい子には目のないゼウスは鷲に変身して天に連れていった。レンブラントが描いたガニュメデスはヨチヨチ歩きの赤ちゃん、可哀想に鷲が怖くて小便をもらし大泣き。ゼウスよ、赤ちゃんをこんな目にあわせるのはやめてくれ、まったくもう。

カラヴァッジョ(1571~1610)は3点ギリシャ神話を描いている。そのなかで笑顔のキューピッドがとくにいい。小学校の児童が演じる劇を見ている感じ。この生感覚の人物描写がカラヴァッジョの一番の魅力、一方、バッカスのほうは冷めた表情をしており、お酒の神らしくない。ワインをすすめられているがこれでは盛り上がらない。このモデルはいやいや主役をやらされ気持ちが入らないのだろうか。

ベラスケス(1599~1660)の‘バッカスの勝利’には‘酔っぱらいたち’という名前がついている。バッカスの隣のいる男たちはすっかりできあがって、いつもの酔っぱらいおじさん、とくに目を引くのは右の顔が真っ赤になった男、‘酒はうまいねえ、、もう一杯いくか’酒飲みの喜びがよくわかる。バッカスを囲んだ酒宴はこうでなくちゃあ。

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2015.06.14

勝ったのは誰れ?

Img     レーニの‘アタランテとヒッポメネス’(1612年 プラド美)

Img_0003 ルーベンスの‘パリスの審判’(1635年 ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0001     ベラスケスの‘織女たち’(1657年 プラド美)

Img_0004     プッサンの‘パンの勝利’(1636年 ロンドン ナショナルギャラリー)

ギリシャ神話にも日本のかぐや姫の婿さん探しと似たような話がでてくる。それを絵画にしたのがレーニ(1575~1642)の‘アタランテとヒッポメネス’。

男勝りの娘アタランテを早く結婚させたい両親、アタランテははじめは気が進まなかったが、‘それじゃ私の条件で男を選ばせて’、と山育ちで自分の得意とする走りで男とレースをすることに同意する。そして、‘私が負けたらその男と結婚するが、もし私が勝ったらその人死んでもらうからね’と厳しいことを口にする。

こんなレースだと求婚する男は命がけ、だからヒッポメネスはヴィーナスに作戦を授けてもらった。‘いいかい、ヒッポメネス、アタランテが近づいて来たら、黄金のリンゴを投げるんだよ、ほら3つあげるからね、頑張りなさいよ’。ヒッポメネスはすでにひとつ投げたが、またアタランテが迫ってきた。ゴールはもう見えている、‘えい、2つ目のリンゴだ’と後ろをふりかえり投げる。女性はやはり黄金に弱い、アタランテがリンゴを拾っているすきに一気にゴールにかけこんだ。

リンゴはパリスが審判を任された美人コンテストで優勝した美女を指名する際にも使われた。こういう審査には袖の下がものをいうのは常識、ヴィーナス、ヘラ、アテナの3人はそれぞれパリスの心をぐらっとさせるものをちらつかせるが、パリスが最後に選んだのは世界一の美女を約束してくれたヴィーナス、そのおかげでヘレネと結ばれたがこの結婚がトロイ戦争の引き金になる。ルーベンス(1577~1640)の絵はお気に入りの一枚。

ベラスケス(1599~1660)の‘織女たち’は高慢ちきな織女、アラクネ(蜘蛛の意味)を最強の女神アテナがぎゃふんといわせるというお話を絵画化したもの。‘私の技術は完璧だって、生意気な子だね、まったく’と機織りを競ったアテナは頭にきてアラクネを蜘蛛に変えてしまった。

ロンドンのナショナルギャラリーにあるプッサン(1594~1665)の‘パンの勝利’はとても賑やかな場面が描かれている。パンは理想郷アルカディアにゆかりの深い牧神。パンとかシノレス、サテュロスが登場するとお酒が入りかなり猥雑になってくる。

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2015.06.13

神々、女性がいっぱい!

Img  ラファエロの‘神々の会議’(1511年 ローマ ヴィッラ・ファルネジーナ)

Img_0001 ドメニキーノの‘デイアナの狩猟’(1617年 ローマ ボルゲーゼ美)

Img_0003     マンテーニャの‘パルナッソス’(1497年 パリ ルーヴル美)


Img_0002    プッサンの‘フローラの王国’(1631年 ドレスデン国立絵画館)

ラファエロ(1485~1520)の作品には3つのタイプがある。まずあげられるのが聖母子像、これがなんといってもラファエロの代名詞、次がダ・ヴィンチから多くを学んだ肖像画、そして壁画にいくつか描いたギリシャ神話。

ヴァチカン宮殿の‘署名の間’に描かれたのが‘パルナッソス’、そしてヴィッラ・ファルネジーナには大勢の神々が横一列に並んだ‘神々の会議’(天井画)と生き生きとした人物描写がすばらしい‘ガラテアの勝利’を完成させた。キリスト教を題材にしたものとくらべると筆の運びが自由闊達で画面がとても明るいのが特徴。

ボローニャ派の画家として人気を集めたドメニキーノ(1581~1641)の‘ディアナの狩猟’はボルゲーゼ美自慢の絵画。この美術館にはカラヴァッジョやテイツイアーノ、ラファエロの有名な絵がずらっとあるのでぼやっとしているとこの絵は見落としそうになる。だが、運よく足がとまり近景,中景、遠景に多くの女性を巧みに配置し見事に描かれた活気のある狩りの様子を息を呑んでみていた。

女性がたくさん登場するものはまだある。ルーヴルにあるマンテーニャ(1431~1520)の絵も思わず見惚れてしまう。マルスとヴィーナスが2人揃って真ん中が穴のあいた岩の上に立ち、下では女性たちが跳んだり手を取り合ったりしている。この安定感のある構図が気持ちをリラックスさせ楽しげなギリシャ神話の世界に誘ってくれる。

プッサン(1594~1665)の‘フローラの王国’も忘れられない一枚、ドレスデン国立絵画館は質の高いコレクションで世界にその名が知られているが、このプッサンの作品はギリシャ神話をテーマにして描いたものとしてはプラド美にある‘パルナッソス山’と並ぶ傑作中の傑作。

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2015.06.12

怪物コンテスト!

Img  ピエロ・デイ・コジモの‘ペルセウスに救われるアンドロメダ’(15世紀 ウフィツツイ美)

Img_0001     ベルニーニの‘メデューサ’(1640年 カピトリーニ美)

Img_0002     ゴヤの‘わが子を喰らうサトウルヌス’(1823年 プラド美)

Img_0003 ボッティチェリの‘パラスとケンタウロス’(1482年 ウフィッツイ美)

フィレンツェのウフィッツイ美へ出かけると一日中用意した感動袋が大きく膨らんだままのことが多いが、そのなかにはギリシャ神話にでてくる怖さ200%の怪物たちとの対面も含まれている。

ルネサンス期に活躍した画家でこうした怪物を描き有名になったのがポライウォーロ(1431~1498)、無茶苦茶強いヘラクレスを描いたものが2点あるが、その一枚がヒュドラと戦う場面、多頭のヒュドラをやっつけるには骨がおれる。

もうひとりはピエロ・デイ・コジモ(1462~1515)、‘ペルセウスに救われるアンドロメダ’に登場する海の怪物がすごい迫力、その圧倒的な存在感は上に乗っているペルセウスがかすんでしまうほど。獰猛さとパワーではギリシャ神話界におけるNO.1怪物といっていい。

蛇は昔から大の苦手、だからローマのカピトリーニ美にあるベルニーニ(1598~1680)の‘メデューサ’の前には長くは立っていられなかったが、頭に髪のかわりに蛇を生やしているメデューサの造形が超絶技巧で見事に彫られているのでいつもよりは蛇の怖さに耐えられた。

プラド美での楽しみのひとつがゴヤ(1746~1828)、数が多いので団体ツアーの旅行だと館内を走るくらいでまわらないと全部みれない。でも、思わず足が止まるのが強烈なインパクトを放っている‘わが子を喰らうサトゥルヌス’、小さい頃この絵をみたら夜眠れなかったかもしれない。

昨年日本にやって来たボッティチェリ(1445~1510)の‘パラスとケンタウロス’、馬と人間の混血種だから、これも怪物の仲間、ところがこのケンタウロスはじつに情けない顔をしている。どうみても元気がたりない。理性によって野蛮性をこれほど押さえつけられることは普通は考えられない。誰だって理性から解放されてワイルドに行動したいという願望はもっており、ときどきはそうふるまっている。

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2015.06.11

青木 絶好調 4安打の固め打ち!

Img   メッツの剛腕投手ハービーの速球を見事に打ち返した青木

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今日、ジャイアンツの青木はNYのメッツ戦で5打数4安打の大当たり、その右に左と打ち分ける力強いバッティンぐ技術は今や大リーグファンの注目の的になっている。

初回初対戦のメッツのエース、ハービーの投じた150㎞後半の速球を見事にとらえライト前にもっていった。この剛腕投手の球を振り遅れずにライト前にヒットを放つのだから、青木の打撃の状態はとてもいい。その後の打席ではレフトにきれいな流し打ちを2本とラッキーな内野安打、青木はヒットを重ねるときはいつも爆発的に4本、3本と打ちまくる。こういう打撃スタイルはイチローに似ている。これで青木の打率は.333に上昇、ナリーグでは4位の成績になった。

青木のバットがチームの勝利に貢献することが多く、ジャイアンツは現在東地区2位につけている。首位ドジャーズとは差はわずか1ゲーム。しばらくはこの2チームの首位争いが続きそう。ジャイアンツ好調の原因は1番の青木から5番のベルトまでのバッテイングが好調なこと。2番を打つパニック(2塁)も快調に打っており、今日のゲームではヒットで出塁した青木をおきて2ランホームランを放ち打線の火付け役になった。

パニックの打率は.324、青木、パニックの1、2番コンビが打撃全開でチームを引っ張っている。こういうチーム状態だと先発投手が3,4点に失点にととめゲームをつくると勝機は広がっていく。内外野の守備は堅く、ブルペンも高い防御率を発揮しているから、勝ちだすと続けて勝利をものにする。

今気がかりなのは先発陣、エースのバムガーナーは順調に勝ち星をのばしているが、2人目の軸がまだしっかりしてない。そのためオールスター前後のトレードでいい投手を獲得することが大きな課題、新戦力を加えて後半戦に入れれば打線に切れ目がないので優勝の可能性はさらに高まる。

強いチームで青木が活躍するのをみるのはじつに楽しい。ジャイアンツの応援の力を入れることにした。

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2015.06.10

ギリシャ神話 苦しみの物語!

Img     ティツィ」アーノの‘ティテュオス’(1549年 プラド美)

Img_0001    ティツィアーノの‘シシュフォス’(1549年 プラド美)

Img_0004    ドレイパーの‘オデュッセイアとセイレン’(1909年)

Img_0002     シャガールの‘イカロスの墜落’(1975年 ポンピドー)

古典絵画に描かれた画題の多くはキリスト教の話、そのなかで人物の激しい感情表現がみられるのはイエスが処刑される場面くらいでほかは心が静まる聖母子や聖人の姿。これに対してギリシャ神話における神々や英雄の物語が描かれるときは画家の筆使いはなにか約束事に縛られるようなことはなくとても大胆になり激しい嫉妬の感情や怒り、苦悩そして残虐性までもリアルに表現する。

マドリードのプラド美にはこれ以上の拷問絵画はないというほどの作品がある。ティツイアーノ(1490~1576年)が1549年に描いた‘ティテュオス’と‘シシュフォス’、ギリシャ神話にはゾクッとする残酷な刑が執行される話がいくつかでてくるが、これもそのひとつ。

ティテュオスは地獄で禿鷹に胆をくわれるという拷問をうけている。肝臓はすぐ再生するからティテュオスは毎日毎日、つまり永遠に禿鷹に腹をつつかれるはめに、そして、シシュフォスも辛い目にあう。大きな岩を押し上げ、やっと頂上についたと思ったら、なにかの力で岩は傾き、底まで転げ落ちていく。その繰り返し。この無駄な骨折りが限りなく続く。

ドレイパー(1864~1920)の‘オデュッセイアとセイレン’はオデュッセイアが美女の歌の誘惑を断ち切るため部下たちに自分の体をマストに括り付けてもうら場面、これもある意味で拷問みたいなもの。体はセイレンの歌にしびれて一緒に行きたがっているのにその欲望をぐっと抑えなけらばならないのだから辛い。

イカロスの墜落が絵画化されたものは、今は真作とはいわれてないが以前はブリューゲルの作品となっていたものとシャガール(1887~1985)がすぐ頭に浮かぶ。父親のダイダロスの忠告を忘れて太陽に近づきすぎたバカ息子のイカロスは海にまっさかさまに落ちていく。親の才能が偉大でもそのすべてが子どもに引き継がれることはない、多くの子どもは平凡に生まれてくる。

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2015.06.09

巨匠たちのギリシャ神話!

Img_0001  ボッティチェリの‘ヴィーナスの誕生’(1485年 ウフィッツイ美)

Img ラファエロの‘ガラテアの勝利’(1511年 ヴィッラ・ファルネジーナ)

Img_0002_2  ティツィアーノの‘聖愛と俗愛’(1514年 ボルゲーゼ美)

Img_0003  ブロンズィーノの‘愛のアレゴリー’(1545年 ロンドン ナショナルギャラリー)

ギリシャ神話とはある時期集中的につきあった。岩波文庫の‘イリアス’‘オデュッセイア’からはじまってトータルで100冊ぐらい読んだ、古本屋をまわり岩波文庫からでているギリシャ神話ものを手に入れた時はもう嬉しくてむさぼるようにして読んだことが昨日のように思い出される。

こうして名著といわれるものを多く読んだことが絵画や彫刻をみるときにとても役立っていることはいうまでもない。ところが、ギリシャ神話に登場する神々や英雄たちの物語がひと通り頭のなかに入る前に作品の魅力にとりつかれたものもある。その筆頭がボッティチェリ(1444~1510)の‘ヴィーナスの誕生’、小さい頃絵の本で感動したこの絵をはじめてフィレンツェのウフィッツイ美でみたときは200%参った。以来、愛し続けている。

ラファエロ(1483~1520)の‘ガラテアの勝利’との出会いも衝撃的だった。この絵が飾ってあるのはローマのヴィッラ・ファルネジーナ、視線が集中するのは風になびく赤の衣装をまとった中央のガラテア、その躍動的で生き生きとした動きが明るい色彩で明快に描かれている。この絵と遭遇したのは生涯の喜び。

ローマのボルゲーゼ美にあるティツイアーノ(1490~1576)の‘聖愛と俗愛’とブロンズィーノ(1503~1572)の‘愛のアレゴリー’は美術評論家たちにより絵の解釈をめぐっていろいろ議論が重ねられてきた。絵に描かれたものが一体何を意味するかあれこれ想像するのもおもしろいが、そういう知識なしにこの絵をみたとしてもその完成度の高さによって画面のなかに強くひきこまれる。美術館にとって自慢の傑作であることはまちがいない。

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2015.06.08

心をザワザワさせるクリムトの‘ダナエ’!

Img     クリムトの‘ダナエ’(1907~08年)

Img_0001 ベラスケスの‘ヴィーナスの化粧’(1651年 ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0003 パルミジャニーノの‘弓を削るキューピッド’(1534年 ウイーン美術史美)

Img_0002 カラヴァッジョの‘ナルキッソス’(1599年 バルベリーニ宮美)

来年3月西洋美で行われるカラヴァッジョ(1571~1610)の回顧展のことを思うとアートと接する日々のくらしがいっそう楽しくなる。でも絵画に対する鑑賞欲は一人の画家にとどまっておらず、好きな画家であれば何人重なっても腹がいっぱいになることはない。だから、贔屓のクリムト(1862~1918)がまたやってこないかなと妄想する。

クリムト作品でずっとずっと追い求めているのが‘ダナエ’、この絵ほどギリシャ神話の話を生で感じさせてくれるものはない。変身術を駆使して狙った女性と交わるゼウス、このダナエと思いを果たすために変身したのが黄金の雨、牡牛ならわかりやすいが自然現象の雨とか雲に姿を変えるというのは??という感じ。

ベラスケス(1599~1660)の絵をだいぶみてきて、この画家の天才ぶりが理解できるようになってきた。ベラスケスの描く肖像画などもついみとれてしまうが、最も魅了されるのはベラスケスがスペインを離れてローマに滞在しているときに描いたもの。宮廷画家としてのしばりから解放されて芸術家心が刺激されるのか大胆すぎるほどの自由な筆使いで人物を描いている。

その傑作のひとつが‘ヴィーナスの化粧’、スペインでは裸婦はご法度、でもここはローマ。だから女性の描写も自由奔放、鏡を使って女性の顔をちらっとみせるという大サービスをしそのやわらかい肌を生感覚で表現していく。ベラスケスにとって、ローマは画家人生のなかで一番充実していた場所だったにちがいない。

この絵で鏡をもっているキューピッドが主役で描かれているのがパルミジャニーノ(1503~1540)の‘弓を削るキューピッド’、このキューピッドの綺麗な目が心を打つ。女の子のようにもみえる美少年、ヨーロッパを旅行しているとときどきこういうびっくりするほど美しい男の子に出会うことがある。別にそういう趣味があるわけではないが、ついみとれてしまう。

来年大きな楽しみをもたらしてくれるカラヴァッジョもギリシャ神話を題材にした作品を描いている。それはローマのバルベリーに宮国立古代美が所蔵する‘ナルキッソス’、自己陶酔に陥るナルキッソスの姿が映画とか舞台で演じられているような感じで描かれている。この絵をみるとあのイケメンの俳優も鏡の前にたってうっとりしているのかなとつい連想してしまう。こんなことを思わせるほどその描写がリアルなことがカラヴァッジョの大きな魅力。

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2015.06.07

体がフリーズするギリシャ神話絵画!

Img_0001 グレコの‘ラオコーン’(1614年 ワシントン・ナショナルギャラリー)

Imgジョルダーノの‘ピネウスと闘うペルセウス’(1680年 ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0002   ドラクロアの‘狂乱のメディア’(1838年 パリ ルーヴル美)

Img_0003  モローの‘オルフェウス’(1866年 パリ オルセー美)

ボルゲーゼ美にあるベルニーニの彫刻作品のようにギリシャ神話の緊迫した場面が画面の中に豊かに表現されている絵画も数多くある。体全体が一瞬フリーズしてしまうものをいくつか並べてみた。

グレコ(1541~1614)の描いた‘ラオコーン’は2年前、ワシントンのナショナルギャラリーでみた。2008年にこの美術館を訪れたときはなぜか展示されてなく残念な思いをしたので、久しぶりの対面がありがたかった。この絵は何度見ても緊張する。ヴァチカン宮殿にある古代ローマ時代につくられた彫刻と甲乙つけがたい見事な作品。

この場面では神官ラオコーンが恐怖におののきながら獰猛な蛇をつかんでいるが、ジョルダーノ(1634~1705)の作品では英雄ペルセウスは顔をそむけるようにしてメデューサの首を敵に向けている。このメデューサの顔は絶大な魔力をもっており、まともにみると皆石とかす。すでに敵兵の体の一部が白くなっている。この絵はとても大きな絵ではじめてみたときは体が震えた。そして、即ジョルダーノに開眼した。

女性をこけにすると恐ろしい目にあうという話がギリシャ神話にもでてくるが、ドラクロア(1798~1863)は恩知らずなイアソンの行動に怒り狂うメディアが彼とのあいだにもうけた二人のわが子を殺害する場面を描いている。金羊皮をメディアの魔法の力を借りて首尾よく手に入れたというのにイアソンはそのことをけろっと忘れほかに女に熱を上げてしまう。やはり魔女を怒らせるのはまずかった。

モロー(1826~1888)の‘オルフェウス’は竪琴とオルフェウスの首をもっているトラキアの女性の姿があまりに美しいのでよけいに怖さを感じる。オルフェウスは意図してトラキアの女たちを無視したわけではないのに、彼女たちの怒りを買ってしまう。妻を生き返らせられずその悲しみのため女性の顔もまともにみれなかっただけなのに八つ裂きにされたオルフェウス。これではオルフェウスが可哀想。

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2015.06.06

とってもサプライズのギリシャ神話彫刻!

Img     チェッリーニの‘ペルセウス’(1545~53年 フィレンツェ)

Img_0001   ベルリーニの‘アポロンとダフネ’(1625年 ボルゲーゼ美)

Img_0002 ベルニーニの‘プロセルピナの略奪’(1622年 ボルゲーゼ美)

Img_0004 ジャンボローニャの‘マーキュリー’(1580年 国立バルジェッロ美)

心のなかに強く刻まれている西洋彫刻はいくつもあるが、仮にベスト10を選んでみるとそこにはギリシャ神話をテーマにしてつくられたものが多く入ってくる。

そのサプライズ体験を鑑賞した時間の流れで並べてみると、まず最初はチェッリーニ(1500~1571)の‘ペルセウス’がくる。この傑作が設置してあるのはフィレンツェのシニョリーア広場の一角にあるロッジア・デイ・ランツイ、はじめてこの街を訪れたとき、なんともカッコいいペルセウスに200%目を奪われた。当時はまだ彫刻家チェッリーニの名前がインプットされてなかったから、作品だけを体に覚え込ませた。

そして、ローマのボルゲーゼ美でも衝撃的な出会いがあった。それは美術館のお宝中のお宝となっているベルニーニ(1598~1680)が彫り上げた‘アポロンとダフネ’と‘プロセルピナの略奪’、大げさないいかたをするとこの2体で美術をみる見方が変わった。こんなスゴイ技術をもった彫刻家がいたのか!以来、美術に興味をもっている人と話をすることがあるとボルゲーゼ美を訪問することを薦めている。

バロックの天才彫刻家ベルニーニに完璧にはまったのが2006年、その4年後、フィレンツェの国立バルジェッロ美で嬉しい対面があったのがジャンボローニャ(1529~1608)の‘マーキュリー’、この軽やかな造形に思わず見惚れてしまった。

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2015.06.05

100分de名著 ソポクレス ‘オイディプス王’

Img_0003

Img モローの‘オイディプスとスフィンクス’(1864年 メトロポリタン美)

Img_0001   アングルの‘オイディプスとスフィンクス’(1808年 ルーヴル美)

Img_0002 アングルの‘オイディプスとスフィンクス’(1864年 ウオルターズギャラリー)

Eテレの‘100分de名著’(水曜 よる10:00~10:25)はお気に入りの番組、新しい本が紹介されるたびにみているというわけではないが、関心のある本のときは一度読んだことがあっても時間がくると自然にチャンネルを合わせている。

昨日からはじまったのがソポクレスの‘オイディプス王’、話をしてくるのは美術通として知られる作家の島田雅彦、島田は若いころから日曜美術館など美術番組によく出演し豊かな鑑識眼を披露してくれるので作家のなかでは五木寛之同様一目置いている人物。だから、この1ヵ月楽しめそう。今は法政大学教授の肩書きがついている。へえー、先生やってるんだという感じ。

西洋の絵画や彫刻などを楽しむようになってよかったなと思うことが二つある。それは信者でもないのにキリスト教のことがだいたいわかったこととギリシャ神話の世界がイメージができるようになったこと。美術本のなかにもキリスト教やギリシャ神話に関するものが数多く出版されている。例えば‘ふくろうの本’(河出書房新社)にはこんなのがある。

★‘図説 聖書物語 旧約篇’(2001年)
★‘図説 ギリシャ神話 神々の世界篇’(2001年)
★‘図説 ギリシャ神話 英雄たちの世界篇’(2002年)

もうひとつ愛読書がある。東京美術からでている千足伸行さんが監修した
★‘すぐわかる ギリシャ・ローマ神話の絵画’(2006年)

‘オイディプス王’の話が絵画化されたものとして最も有名なのがモロー(1826~1898)とアングル(1780~1867)の作品、モローの描いた‘オイディプスとスフィンクス’はMETの至宝のひとつといっていい傑作、みるたびにモローの偉大さを痛感する。

アングルは28歳のときスフィンクスがオイディプスに謎を投げかける場面を描いたが、亡くなる2年前84歳でもう一度描いている。このときはオイディプスは右向きに変わっている。この絵を所蔵するのはアメリカのボルチモアにあるウオルターズ・アート・ギャラリー、一度この美術館にでかけてみたい。

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2015.06.04

日本の美! 紫陽花

Img     今が見ごろの紫陽花

Img_0002     葛飾北斎の‘紫陽花と燕’(1833~34年)

Img_0003 酒井抱一の‘立葵紫陽花に蜻蛉図’(1823年 三の丸尚蔵館)

Img_0001     速水御舟の‘翠台緑芝’(左隻 1928年 山種美)

梅雨時になると立ち止まってしみじみ見てしまうのが紫陽花、我が家の周りでも2,3か所でメロンパンのような愛嬌のある丸い花を咲かせている。色はうす青の花と白の花があるがお気に入りはうす青のほう。

紫陽花をよく描いた画家ですぐ思い出すのが山口蓬春(1893~1971)、過去にも何度かとりあげたが、東近美、山種美、そして葉山の山口蓬春記念館に心を奪われる作品がある。この紫陽花の画家、蓬春についで紫陽花好きなのが江戸琳派の酒井抱一(1761~1828)。

三の丸尚蔵館が所蔵する絶品の花鳥画のひとつを飾る‘立葵紫陽花に蜻蛉図’をはじめとても品のいい紫陽花が数点ある。生き生きとした立葵の赤とちょっと控えめな紫陽花のうす青が見事に融和しすっきりとした花鳥画に仕上がっている。

抱一よりひとつ年上の葛飾北斎(1760~1849)が描いた傑作が‘紫陽花と燕’、これは天保初年(1833~34)頃描いた大判花鳥シリーズのなかでもとくに惹きつけられる一枚。中央にどんとおかれた大きな紫陽花の脇に燕が急降下してくるいう意表を突く構図が心をとらえて離さない。

速水御舟(1894~1935)の紫陽花の描き方も忘れられない。北斎とはちがって御舟は紫陽花を兎と組み合わせた。御舟は兎が好きだったのだろうか?モチーフはともかくこの絵には琳派的な装飾性を狙った表現が強くでている。平面的に描かれた紫陽花はデザインのような印象をうける。

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2015.06.03

レッドソックス上原 11セーブ目!

Img     1点差を守り11セーブ目をあげた上原

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今日BS1で中継されたレッドソックスとツインズの試合でレッドソックスの守護神上原は1点差でマウンドにあがり、得点を与えずチームに勝ちをもたらした。これで11個目のセーブ。

上原は前回の登板で抑えに失敗、2点タイムリーを打たれ逆転負けを食らった。この嫌なキズを引きづらなければいいがと心配な面もあった。先頭バッターのハンターにはいい当たりのショートゴロ、ドキッとしたが打球の方向がよかったのでまず1アウト、続くツインズの顔であるマウアーに対しては見事なフォークで三振をとった。

これでもう大丈夫という感じ、次の打者を慎重にいきすぎて四球を与えたが、最後のスズキをセンターフライに打ち取ってゲームセット。投げるたびにセーブをあげていた2年前と比べ、今年の上原はときどきヒットを打たれることはあるが守護神としては十分な働きをしている。

現在チームはアリーグ東地区の4位、首位ヤンキースとはまだ4.5ゲームしか離れていないのでこの先勝負はどう転ぶかわからない。混戦はずっと続きそうなのはレイズ、オリオールズ、ブリージェイズを含めどのチームも先発投手がしっかりそろってないから。そのため勝ったり敗けたりの状態、だから、核となる先発が3人できたところがこの混戦から一歩抜け出せる。

今首位のチームの勝率が5割ちょっとなの東地区だけ。勝率が低いと2つのワイルドカード争いに加われず、ポストシーズンへ進出するの地区で優勝したチームだけになる。こういう状態から脱して勝ち進むために必要なのは投手陣の強化。各チームのGMたちはオールスター後にトレードで獲得したい力のある投手をいろいろ検討しているにちがいない。

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2015.06.02

バーク・コレクション メトロポリタン美へ寄贈!

Img_0003     ニューヨークのメトロポリタン美

Img_0001_2     俵屋宗達の‘伊勢物語図色紙 宇津山図’(17世紀)

Img             曽我蕭白の‘石橋図’(1779年)

Img_0002     伊藤若冲の‘月下白梅図’(1755年)

今日の朝日新聞にとても興味深い記事が載っていた。2006年日本で公開された日本美術のコレクションでは評価の高いバーク・コレクションがこの度、NYのメトロポリタン美に寄贈されることになったという。3年前に亡くなったメアリー・バークさんはMETの近くに住んでいたそうでなので、この寄贈の話ははたからみると落ち着くところに落ち着いた感じ。

その数は300点、東京都美に里帰りした絵画ややきものなどは全部で116点、当然そのなかにはいっているだろう。記事によるとMETでは今秋10月20日からバーク展が開催されるようだ。METの日本美術部門を訪れる人たちはここ数年増加傾向にあるという。

その立役者は4年前に日本部門を担当することになった学芸員のカーペンター氏。この方は3年前BSプレミアムが鈴木其一の‘朝顔図屏風’にスポットをあてたとき登場した。日本語はペラペラ、新しい視点で所蔵の日本美術作品を展示し美術ファンの目を日本にむけさせているとか。

ワシントンのフリーア美で10/24から開かれる‘俵屋宗達展’をみるため再度アメリカを旅行する計画なので、NYではこのバーク展がみれるかもしれない。もしそうなれば、日本で200%魅了された宗達の‘伊勢物語図色紙 宇津山図’、曽我蕭白の‘石橋図’、そして伊藤若冲の‘月下白梅図’ともまた会える。日程をうまく調整をして楽しみを実現したい。

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2015.06.01

作庭家 重森美玲!

Img     東福寺 本坊庭園南庭

Img_0001     東福寺 市松模様の庭

Img_0002    国宝‘東福寺龍吟庵’の庭

Img_0003     東福寺光明院 波心庭

日曜美術館をみるようになって長い年月がたつ。だから、とりあげる内容がどういう思いで企画されたのかがおおよそわかる。一番多いのが今話題の展覧会を紹介するもの。その展覧会が出かけることになっている場合は格好のガイダンスの役目を果たしてくれる。そのため目にも力がはいる。

こういう情報が即役立つものがある一方で、このタイミングでなぜこの作家なの?というのもある。5月に登場した作庭家、重森美玲(1896~1975)はそんな思いが強かった。美玲のつくった庭を番組の司会者でもある俳優の井浦新、ジャズミュージシャンの菊池成孔、そして作家の高橋源一郎が訪ねるという趣向。

すぐにピントきた。井浦新は昨年2回にわたって南禅寺界隈の別荘群にある庭をめぐっている。この流れで井浦は番組スタッフに‘東福寺にある重森美玲さんのつくった庭もじっくりみたいな’と言ったのだろう。勝手な推測だがそれでこの番組ができあがった?

東福寺で美鈴が手がけた枯山水の庭をみた。もう随分前のこと。まるで竜安寺の枯山水の庭をみているようだった。まさに日本の美が現代に蘇ったという感じ。これはとても深く心が静まる空間、理想をいえば年に一回くらいはこういうところに身を置いてみたい。

裏側にあるという石と苔でできた市松模様が目を惹く庭はその存在を知らなかった。ここはいつ出かけてもみれるのだろうか?ダメなような感じもするが、いつかこの目でという思いが強い。

そして、サプライズの庭がでてきた。国宝‘東福寺龍吟庵’の庭。東福寺に国宝の庵があったとは!まず目が集中するのは竹垣に表現された稲妻。そして、その後ろでは龍が庭一面に舞っていた。これは是非お目にかかりたい庭、でも、ここも普段は非公開のような気がするから実現は難しそう。

東福寺光明院にある波心庭には石がたくさん置かれている。重森がつくった設計図をみると左上の3つの石から放射状に線が引かれており、それに沿って石が並べられている。だから、ビジーな感じがしない。‘永遠のモダン’をつくりだすことに精進した重森美玲、こうした現代の古典ともいえる庭の傑作をひとつひとつ見て歩きたくなった。

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