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2015.03.31

花見は楽し!

Img_0002     ‘上野花見図屏風’(部分 17世紀末)

Img_0001     渓斎英泉の‘江都飛鳥山花看之光景’(19世紀 太田記念美)

Img  歌川広重の‘東都名所 吉原仲之町夜桜’(1836年頃 太田記念美)

Img_0003     鳥文斎栄之の‘乗合舟図’(19世紀初頭 出光美)

ここ数日TVで報道される上野公園の花見、今年はレポーターが日本の桜を楽しむ外人観光客に話を聞くことが多い。とくに目立つのは中国人、春節でどっと来たばかりなのにまた花見するために日本を訪れる。

若い女性は中国にも桜はあるが日本の桜のほうがきれいだという。皆ネットに満開の桜を載せるから友人知人の間でも関心を持つ人が増えているらしい。

マレーシアからやってきたという20代前半の3人の女性は屋台の前で食べ物に豚が入ってないか確認している。桜をみたいし屋台の食べ物もいっぱい食べたいという。こういう光景をみると春の風物詩である上野の花見は日本人だけが楽しむものではなくなってきた。そして、この現象は各地の桜の名所でもみられるにちがいない。

花見のころはいつも江戸時代に描かれた風俗画や浮世絵をみている。江戸の庶民にとって春に桜をみるのは今と同様、元気の出る最高の娯楽。上野でも八代将軍徳川吉宗が桜を植樹させた飛鳥山でも体全体で楽しんでいる。

夜桜ですぐ思い出すのは歌川広重(1797~1858)の描いた‘東都名所 吉原仲之町夜桜’。びっくりするのは構図、二点透視図法が用いられ建物と道が立体的になっている。広重ちゃん、やるねぇー!

春の明るい感じがよくでているのが鳥文斎栄之(1756~1829)の‘乗合舟図’、きれいな女性たちを乗せた渡し舟は遠くの桜並木をながめながら渡し場に向かっている。

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2015.03.30

プラスαがいろいろあった若冲!

Img     ‘象と鯨図屏風’(1797年 MIHO MUSEAM)

Img_0002     ‘雪竹に錦鶏図’(1771年 平木浮世絵財団)

Img_0004     ‘白梅錦鶏図’(18世紀 MIHO MUSEUM)

Img_0003             ‘蓮図’(1796年)

伊藤若冲(1716~1800)の回顧展をみるのは2010年に開催された静岡県美と千葉市美のジョイント展以来のこと。それから5年たったので新規に発見されたものがいろいろでてくるだろうと期待してサントリー美に向かった。

今回の‘若冲と蕪村’(3/18~5/10)にでてくる作品を全部みるためには3回も足を運ばなければならない。展示期間を細切れにするのはサントリーの得意とするところ。スッキリ展示にする気持ちがまったくないので、もうこの美術館には愛想をつかしているが、一生つきあうと決めている若冲の作品をみるためだからやむを得ない。

まずお気に入りの作品から、会期中を通して展示される‘象と鯨図屏風’、若冲はどんな気持ちでこの組み合わせを思いついたのだろうか?象は鯨をみつめる目がなかなかいい。そしてダンボを連想させる大きな耳。愛嬌のある姿は人気のゆるキャラにすぐ変身できる。そして左の鯨、しぶきをあげて豪快に前進するこのパワー、何時間でもこの屏風の前にいたくなる。

平木浮世絵財団が所蔵する‘花鳥版画’は6点全部が3/18~3/30と4/1~4/6に展示される。このすばらしい花鳥画が全点揃ってみられるのは滅多にないこと。だから、目をかっと開いてみた。とくに魅了されているのが‘雪竹に錦鶏図’、背景の黒の地に美しく映える錦鶏の胸と首のまわりの橙色と黄土色。羽の色調全体にみられる微妙なグラデーションはまるで京友禅のぼかしをみているよう。

収穫のひとつは手元にある若冲全集では個人蔵となっている‘白梅錦鶏図’、現在これはMIHO MUSEUMのコレクション。MIHOは若冲作品を着々と増やしている。象と鯨もあるからMIHOは今や若冲の大事なピースを揃える主力美術館になった。

初見の‘蓮図’にも思わず足がとまった。あと2回新規の作品との出会いが待っている。本当に楽しみ。

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2015.03.29

生誕300年 ‘若冲と蕪村’! 蕪村

Img     ‘蜀桟道図’(1778年)

Img_0002     ‘鳶・鴉図’(重文 18世紀 京都・北村美)

Img_0003     ‘風虎図屏風’(18世紀)

Img_0001     ‘仔犬図襖’(18世紀)

今年はサントリー美へ足を運ぶことが多くなりそうだが、春の楽しみは‘若冲と蕪村’(3/18~5/10)、二人は同じ年1716年に生まれた。 今年は生誕300年の節目の年。豪華なコラボ展を思いついたのはサントリー美と滋賀県にあるMIHO MUSEUM。東京の後、MIHOでの開催は7/4~8/30

これまで二人の回顧展は運よく体験しているので、今回はプラスαとどのくらい会えるかで満足度の度合いが決まる。一番期待していたのは昨年92年ぶりにシンガポールで発見されたという与謝蕪村(1716~1784)の‘蜀桟道図’。今も残っている蜀の桟道の跡を映像でみたことがあるが、足がすくむような険しい道。

馬と人物が進むこの桟道を下から追っかけると中央で途切れる。その上にでてくる道とはどこでつながっているのか?画面に立体感を強く感じるのは道がもこっと盛り上がった山をぐるぐるまわりながら上へあがっているから。そして、ところどころにみえる鮮やかな胡粉の白が視線をとめる。何度もお目にかかりたい傑作だが、これを所蔵しているのはシンガポールの会社。残念なことだがこれも海外流出のひとつと割り切るしかない。

再会を楽しみにしていたのが‘鳶・鴉図’、この絵は本当に心を揺すぶる。鳶は激しく吹く風のなか木の枝にとまり、二羽の鴉はしんしんと降る雪に体を寄せ合うようにしてじっとしている。この絵といい‘夜色楼台図’といい蕪村が晩年にたどり着いた描き方は日本人の心情にはぴったりくる。蕪村はやっぱりスゴイ絵師!

‘風虎図屏風’にはちょっと驚いた。蕪村にこんな虎の絵があったのかという感じ。もう一つのサプライズはMIHO MUSEUMであった回顧展(2008年)でもみた‘仔犬図襖’、この仔犬は円山応挙や長沢蘆雪が描く仔犬とまったく変わらない。肩の力が自然にぬけしばらくいい気持でみていた。

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2015.03.28

久しぶりの‘インドの仏’展!

Img  ‘法輪の礼拝’(シュンガ朝 紀元前2世紀頃 パールフット 砂岩)

Img_0001     ‘仏頭’(クシャーン朝 2世紀頃 ガンダーラ 漆喰)    

Img_0003     ‘仏坐像’(クシャーン朝 2世紀頃 ガンダーラ 片岩)

Img_0002     ‘仏立像’(グプタ朝 5世紀頃 サールナート 砂岩)

インドはこれまで2回訪問したので、インドの地図はおおよそ頭に入っている。まだ縁がないのが東インド、その中心がコルカタ、昔はカルカッタといっていた。ここにあるコルカタ・インド博物館(1814年創立)は有名な美術館であることは以前から情報として入っていた。

だから、この美術館が所蔵する仏像などで構成される‘インドの仏’展(東博 3/17~5/17)への期待値はことのほか高い。作品約90件は表慶館で公開されている。入ってすぐのところにいきなりこの美術館の至宝が現われた。

インド中部、パールフット遺跡から出土したインド仏教美術の黎明期につくられた欄楯(らんじゅん)浮彫、今回5点でており‘法輪の礼拝’はそのひとつ。ブッダの存在を表した法輪はしっかり力強く彫られている。6年前サーンチーのストゥーパの周りを囲む欄楯を熱心にみたことが思い出された。

うっとりながめていたのがガンダーラの仏像‘仏頭’、これほど美しい顔をしたブッダは2003年広島で体験した‘パキスタン・ガンダーラ&インド・マトゥラー 彫刻展’でもお目にかからなかった。また。‘仏坐像’も心を打つ傑作、噂には聞いていたがコルカタ・インド博のコレクションは一級品揃い。

最初に出迎えてくれる‘仏立像’はグプタ朝の時代サールナートでつくられたもの。静かな表情と体のラインをうつしだす無紋の衣が目に焼きついた。ブッダの慈悲の心を感ぜずにはいられない。

今月は以前ビデオ収録した‘ブッダ最期の旅’(案内人五木寛之 2007年 BSプレミアム)をみてブッダの物語に深く傾倒している。そして、岩波文庫の‘ブッダ最後の旅’を購入した。だから、この展覧会では一点々敏感に反応する。まさに脳が本気になっている。

ブッダに関心がある方のためにひとつ情報を、Eテレの‘100分de名著’では4/1(水)から‘ブッダ最後のことば’(4回 10:00~10:25)がはじまる。‘般若心経’もよくできていたから、これも期待できそう。

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2015.03.27

Bunkamuraの‘ボッティチェリとルネサンス’!

Img  ‘聖母子と洗礼者ヨハネ’(1470年代末 ピアチェンツァ市立博)

Img_0001 ‘聖母子と二人の天使、洗礼者ヨハネ’(1468年頃、アカデミア美)

Img_0003  ‘聖母子と二人の天使’(1468~69年、 ストラスブール美)

Img_0004   ‘ロレンツォ・デ・ロレンツィの肖像’(1492年頃、フィラデルフィア美)

昨年は春と秋にボッティチェリ(1445~1510)の絵をみる機会に恵まれたが、今年もまたBunkamuraにどどっとボッティチェリが集結した。展覧会のタイトルは‘ボッティチェリとルネサンス’(3/21~6/28)、GWをはさんで3ケ月のロングラン興行。多くの観客を集めそう。

今回一番のお目当てはピアチェンツァ市立博からお出ましいただいた‘聖母子と洗礼者ヨハネ’、この絵だけは5/6までの展示となっている。要注意! 西洋画の展覧会で日本画のように展示期間が限られているのは稀なケース、だからこのボッティチェリは美術館にとっては特別のお宝ということだろう。

確かに色の鮮やかさや絵の完成度はとびぬけていい。手元にあるボッティチェリ本にはどれもこの絵は載っておらずチラシだけの情報だったが、本物の前に立って言葉を失った。聖母の青の衣裳と背景に描かれた薔薇の緻密な筆使いを夢中になってみてしまう。

工房作でないボッティチェリの真筆はこの絵を含めて全部で9点ある。このうちウフィッツィ美が所蔵する‘受胎告知’など3点とアカデミア美からやってきた‘聖母子と二人の天使、洗礼者ヨハネ’は幸いにもこれまでお目にかかった。だから、新規の作品は5点。

ピアチェンツァ市立博の聖母子をみてしまうとほかの作品の感激が薄れてしまうが、大好きなボッティチェリを軽くみるわけにはいかない。見事な線描で描かれた優しい聖母や天使たちをじっくりみた。

赤の衣装が目にとびこんでくる‘ロレンツォ・デ・ロレンツィの肖像’も収穫だった。2年前フィラデルフィア美を訪問したとき古典絵画が展示されている部屋では必見リストに入れていたボスやファン・エイクの絵はしっかりみたのに、ボッティチェリのこの肖像画は見逃した。急いでまわったのでリスト漏れの作品は目にとまらない。この展覧会でリカバリーできたのはついている。

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2015.03.26

わかるマグリットと謎のマグリット!

Img_0001      ‘光の帝国Ⅱ’(1950年 NY MoMA)

Img_0003     ‘白紙委任状’(1965年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img     ‘透視’(1936年) 

Img_0002     ‘恋人たち’(1928年 NY MoMA)

シュールな作品で西洋絵画の歴史にその名を刻んだ画家は何人もいるが、マグリット(1898~1967)は表現の深い意味はかっこにいれるならまあわかりやすい画家。そして、みる者にとってマグリットの絵にはそこに描かれたものから勝手にイメージを膨らませられる自由さがある。作品が開かれていることがマグリットの人気を支えている理由のひとつかもしれない。

‘光の帝国’をマグリットは何点も描いた。このMoMAが所蔵するのは2作目のもの、これまで4点みたが、どれもシュルレアリスム絵画をみているという感じがしない。描かれているのは夜の屋敷とその前に広がる池、不思議なことといえば空が昼であること。

でも、今の時間が夕暮れ時だとしたら、こんな光景はよく目にする。空の白と家の周りの黒のコントラストを少しゆるくすると、いい風景に遭遇したという気分になる。このようにマグリットは現実の光景が時間の移行のなかでみせるよじれやずれの断面を大胆に表現し意表を突く空間を出現させる。だから、シュールな絵だといって構えてみないで素直に対面するとすっと入っていけることもある。

‘白紙委任状’も同じタイプの作品。タイトルは白紙委任状となっているが、マグリットとつきあうとき題名はかえって邪魔になることがあるから、あの絵にはそんな名前がついていたな、くらいの調子でいたほうがいい。心にとどめるべきは絵の内容とイメージ。

マグリットが好きな方はこの絵を何度もみられているはず。Bunkamuraのだまし絵展には2回ともやって来た。だから、2年連続の登場。女性の乗った馬が森のなかを疾走するとき、木々が数多く並んでいたら馬の胴体や足は一部がこの絵のように分断されてみえるかもしれない。まさに木の間をすりぬけるように移動していく感じ。

‘透視’はじっとみているとなるほどね、と得心がいく。卵がかえって鳥になる、マグリットは時間という要素を画面のなかに描き入れている。モチーフの形をキャンバスに写し取るのが画家にとって絵を描くという行為だが、マグリットがみているのは鳥がその姿になる前の卵。本当におもしろい作品。

画集では何度もお目にかかっている‘恋人たち’、ようやく本物に会えた。今回2点でている。わかりにくいのが2人が顔に布をまきつけて素顔を隠していること。これはなぜ?デ・キリコの影響を受けたマグリット、ひょっとするとデ・キリコの描いたマネキンから霊感を得たのかも。

お気に入りのマグリットがこれほど沢山みれて腹の底から喜んでいる。ミューズに感謝!

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2015.03.25

大マグリット展に乾杯!

Img_0003     ‘ゴルコンダ’(1953年 メニル・コレクション)


Img_0002     ‘終わりなき認識’(1933年)


Img     ‘不思議の国のアリス’(1946年)

Img_0001     ‘自然の驚異’(1953年 シカゴ現美)

今日から国立新美ではじまった‘マグリット展’(3/25~6/27)を早速みてきた。前回みたマグリット(1898~1967)の回顧展は2002年、Bunkamuraで行われたもの。その前はというと、これは出かけていないのだが、27年前の1988年にもあった。場所は東近美、そのときの図録を古本屋で偶然見つけ手に入れた。

今回の回顧展は全部で125点でている。この特別展を監修したのはブリュッセルのベルギー王立美のなかにあるマグリット美(2009年オープン)、だから、出品作には現地でみたものが多く含まれているのだろうと思っていた。ところが、予想がはずれた。目立ほどでもない。

日本の美術館にあるものはシュルレアリスムというタイトルのつく展覧会ではお馴染みの定番作品がずらっとそろっている。これらををみると日本にある西洋絵画ではマグリットが一番充実しているかもしれない。オールスター級のラインナップだから見ごたえがある。

そして、海外からは12か国から美術館や個人が所蔵するものが並んでいる。このうち過去やってきたのは40点くらい。マグリットの作品を130近く集めてくるのだから、二度目のお目見えがこれくらいあるのは仕方がない。全体の2/3は新規の作品でしかもぐっとくるものがここにもあそこにもあるという感じだから、豪華この上ない一級の大回顧展であることはまちがいない。

まずは、これまで体験したことがなくマグリットワールドに200%魅了された作品から。‘ゴルコンダ’はアメリカのヒューストンにある有名なメニル・コレクションのひとつでTASCHENのマグリット本にも掲載されている。この絵をみると戦争映画に映し出されるシーンを連想する。それは兵士たちは空からパラシュートで落下している光景。

ここで空中を埋め尽くしているのはシルクハットを被りコートを羽織った紳士たち。みな同一人物で背丈が3つに分類されているだけ。地上近くにいるのは最も背が高いのと真ん中のグループ、そして上にいくにしたがって背の低い人物になっていく。この計算されたグルーピングにより空は無限に広がる感じになり画面は同じ人物が異様に密集するという不思議な世界に変わる。

ハッとする作品はいくつもあったが、最も驚いたのは‘終わりなき認識’、正面は部屋の壁のはずだが、ここだけは窓になり外の風景をみせている。その風景はすぐ近くにみえるものではなく遠くの峻厳な山々、そして谷間の上には白い巨大な球が浮かんでおりそのてっぺんに男性が立っている。どうやらそこからこちらを眺めているよう。これはおもしろい。

ニヤニヤしっぱなしだったのが‘不思議の国のアリス’、隣の女子大生も笑ってみていた。太い幹の一部は人間の顔になっているのはじつにシュール、この幹人間、あまり違和感がなくすっと近づいていける。そして、幹の色彩表現が目に焼きつく。ルノワールの筆致によく似ている。

この底抜けに楽しい絵に対して、ちょっと緊張感を強いられるのがシカゴからやってきた‘自然の驚異’、海上に浮かぶ帆船や空は晴れ晴れした明るい色調で描かれているのに浜辺では岩のベンチに不気味な姿をした魚人間が2人肩を寄せ合っている。このアンバランスな取り合わせが強く心に刻まれる。

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2015.03.24

ズームアップ 名作の響き合い! 2004年

Img_2     安田侃の‘白大理石の彫刻’(イタリア ピエトラサンタ駅前)

Img_0003_2     舟越桂の‘言葉をつかむ手’

Img_0001_2     マリーナ・カポスの‘077、白鳥、2004’

Img_0002_2     ビル・ヴィオラの‘ラフト/漂流’

イタリアの大理石の産地として知られているカッラーラ、そのすぐ近くにあるピエトラサンタという町に彫刻家安田侃(1945~)はアトリエを構え制作に励んでいる。駅の前に設置された白大理石の作品はどっしり安定感があり、中央に大きく開けられた穴が開放的な印象を与える。

舟越桂(1951~)の具象彫刻をまとまった形でみたのは7年前東京都庭園美で開かれた回顧展、ここには本人が目に前に入るような感じの写実的な肖像彫刻に足がとまったが、それ以上に刺激的だったのがシュールな感覚をいだかせる不思議な作品。

そのひとつが‘言葉をつかむ手’、はっとするのが女性の後ろからでた男性の手、二人の関係を暗示しているのだろうか、この手をみてすぐ頭をよぎった絵があった。レンピッカが晩年に描いた‘花と手’、この絵でレンピッカはにょきっとでた腕のない手を花の上にのせているのに対し、舟越は手で男の影を表現している。

マリーナ・カポス(1972~)の‘077、白鳥、2004’は化粧品会社のポスターのような作品、惹きつけられるのは背景の黒に浮きあがった白い顔のマリーナ、この強い平面のコントラストがとても新鮮、マリーナは左にいる二羽の白鳥が変身したかのよう。この絵でいっぺんにカポスのファンになった。

ビル・ヴィオラ(1951~)の作品には炎や大量の水がでてくる。‘ラフト/漂流’は19人の男女が突然激しい津波に襲われたようなシーン、巨大な水のエネルギーによって吹っ飛ばされる人たち、その自然の巨大な力はどうすることもできない。こういう災害の一瞬がスローモーションで再現されるとどうしようもない悲しみと絶望感につつまれる。

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2015.03.23

ズームアップ 名作の響き合い! 2003年

Img_0001     北岡教授の‘蛇の回転’

Img     ヴィック・ムニーズの‘自画像(話すには悲しすぎる)’

Img_0003     村上隆の‘とんがり君’

Img_0002     堂本尚郎の‘連鎖反応ーモネに捧げる’(部分)

昨年の12月たまたま入った本屋で出版されたばかりの‘大人の錯視入門’(宝島社)を手に入れ、以来錯視アートに嵌っている。京都の立命館大学にこの分野で大活躍されている先生がいる。北岡明佳教授(1961~)、オプアートを次々を生み出し、アーティストからも注目されている。

‘蛇の回転’はじつに不思議なデザイン、宗達が描いた雷神の持物である連鼓を何重にも巻いてこしらえたような円盤が沢山重なりあっている。これ自体は静止画、だがじっとみるとひとつひとつの輪はぐるぐる回転している。だから長く見ていると目がまわりそう。

Bunkamuraで行われた‘だまし絵展 パート2’、ここにヴィック・ムニーズ(1961~)の‘自画像’がでていた。タイトルが絵とピッタリの‘話すには悲しすぎる’、映画では俳優のこういう表情をアップでよくみせるが、驚くのは人物の描き方、鮮やかさがすごく目立つ赤や青は日常生活のなかにある様々なものをそのままあるいは断片を置いたもの。こんなユニークな発想は普通の頭からはでてこない。才能に恵まれたアーテイストは目のつけどころがちがう。こうした自由なものの見方が芸術を進化させていく。

北岡教授とムニーズは同い年の54歳、村上隆(1962~)は53歳。‘とんがり君’ははじめてお目にかかった村上隆の作品。六本木ヒルズの横にある毛利庭園池に出現した高さ7mのとんがり君、やっと思いの丈が叶ったので夢中でみていた。

堂本尚郎(1928~2013)の‘連鎖反応ーモネに捧ぐ’は大変魅了されている作品。回顧展(2005年)があった世田谷美、初日でセレモニーがあったので画伯が来ておられた。滅多にない機会だから少し話した。‘お仲間のザオウーキーにもモネに捧げた作品がありましたね’というと、優しい眼でニヤッとされた。その笑顔が今も忘れられない。

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2015.03.22

白鵬 6場所連続優勝 34回目!

Img     日馬富士を破り34回目の優勝を飾った白鵬   

Img_0001     豪栄道との接戦を制した照ノ富士

大相撲春場所は予想通り白鵬の優勝で幕を閉じた。白鵬はこれで2回目の6場所連続優勝、通算優勝回数の記録を更新し34とした。

今日の一番、日馬富士は頭をつけてねばったが、徐々に劣勢をはねかえした白鵬がまわしをとり寄り切った。13日目に関脇の照ノ富士のがむしゃらの攻めに屈し優勝決定を延ばされた白鵬、二つ前の取り組みで照ノ富士は大関の豪栄道と大相撲をとり最後力でねじふせたから、もし日馬富士に敗ければ照ノ富士との決定戦になるところだった。

だが、やはり白鵬は大横綱、観客が喜ぶようなことは絶対回避し優勝に突き進む。ほかの力士をまったく寄せ付けない圧倒的な強さ、白鵬時代がまだまだ続きそう。

ところで、今場所白鵬はいつもと違う行動をとった。取り組みのあと報道陣とは一切言葉を交わさない。背を向け記者のインタビューを拒否している。天下の横綱がマスコミの人間を無視するというのは異常事態、NHKも困り果てるだろう。こんな調子なら千秋楽の翌日に行われる優勝力士のインタビューが心配になってくる。実施できるの?

先場所優勝回数を33にのばし大鵬のもっていた記録をぬき世間からその偉業を大いに称えられたのに、場所後白鵬は稀勢の里との一番が取り直しになったことに不満をのべ審判部の決定を批判した。これは多弁すぎた。その言動が批判され一応謝罪した。だから、この騒動は一件落着したと思った。

でも実際は、白鵬の心はまだもやもやしているにちがいない。とにかく大横綱がメデイア嫌いになっているのは事実。それで今場所無言を貫いている。白鵬は朝青龍とはちがって多くの相撲ファンに愛されている横綱なんだから、早くこの異常事態には終止符を打つべきだろう。親方でも理事長でも、誰でもいいから白鵬の気持ちをほぐしてやってほしい。

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2015.03.21

ズームアップ 名作の響き合い! 2002年

Img_2     マリーナ・カポスの‘059、ロニー、2002’

Img_0002_2     吉岡徳仁の‘ウォーターブロック’

Img_0005     杉本博司の‘北太平洋、大黒崎’

Img_0003_3     シュヴァンクマイエルの‘食虫動物Ⅱ’

アメリカ西海岸のカリフォルニア州パサデナ生まれの女流アーテイスト、マリーナ・カポス(1972~)は今年43歳、9年前展覧会で出会って嵌ってしまった。作家との縁は不思議なものでその1年後には渋谷のギャラリーで最新作が披露された。これでカポスとは一生つきあっていくこと決めた。

カポスの画風はグラフィックな平面的描写が特徴、日本の浮世絵などにも影響を受けているのですごく親しみを覚える。‘ロニー’は30歳のとき描いたお茶目な自画像、パンダの帽子がカワイイ。彼女はアートの勉強をしたあとイエール大学で学び修士号を取得した。優秀な人物はいつの時代もマルチな才能を発揮する。

パリのオルセー美が展示室を新装した際、部屋に備えつけるベンチを吉岡徳仁(1967~)がデザインした‘ウォーターブロック’を採用した。光の美しさを追求した印象派の作品との親和性を考えると、光が屈折して静かなさざ波のような模様が生まれているこのガラスのベンチはベストマッチだった。

杉本博司(1948~)の写真作品をはじめてみたのは森美で開催された開館記念展‘ハピネス’(2003年)、写真は今でもそうだが、絵画や彫刻、やきものに比べると関心は薄い。だから、長くみていることはないが、杉本の‘北太平洋、大黒崎’はちがった。腹の底からつき動かされる感じ。目の前に静寂な大海原が広がっている。写真をみているという印象ではなくゆっくり動く映像をみているようだった。

神聖ローマ帝国の首都をプラハに移した皇帝ルドルフ2世は美術収集家としても有名な人物、そのなかにはドキッとするグロテスクな生き物の置物などもある。そのDNAを受け継いだシュヴァンクマイエル(1934~)、皇帝へのオマージュとして河豚と鳥を合体させた‘食虫動物Ⅱ’をつくったのかもしれない。

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2015.03.20

ズームアップ 名作の響き合い! 2001年

Img     吉岡徳仁の‘ハニーポップ’

Img_0003     大平洋一の‘ノスタルジア’(コーニングガラス美)

Img_0002     ビル・ヴィオラの‘ミレニアムの5天使’

Img_0001     十二代三輪休雪の‘摩利耶 初夏’

ビジネスの世界で商才に長けた人が市場をクリエイトし巨額の富を築くことはよくあるが、個性豊かなア―ティストがひしめき合う美術界にあってもきらきらと光る表現によって多くの人の関心を集めるスターが出現する。

吉岡徳仁(1967~)のその売れっ子スターの一人であることは知ったのは3年前のこと。BSプレミアムの美術番組でルノワールを特集したとき、吉岡が出演しルノワール絵画の光の魅力を解き明かしていた。ここではじめて吉岡の作品を目にし大変魅せられた。

それから1年後の2013年、この気になるトップデザイナーの最新作をみる機会が訪れた。出かけた東京都現美では気分は高揚しっぱなしだった。最後の部屋に飾ってあったのがサプライズの椅子、‘ハニーポップ’、積み重ねた紙を広げてハニカム構造にして椅子に必要な強度を与えている。座ってみたかったが、これは断念した。

ヴェネチアン・グラスで世界的に高く評価されているのが大平洋一(1946~)、2011年サントリー美であった展覧会で遭遇し200%KOされた。絵柄の感じはとてもヨーロッパ的で重厚。団体ツアーでヴェネチアにでかけると、定番となっているヴェネチアグラスのお店でのお土産購入タイムがある。ここにあった目をひくグラスより大平洋一の‘ノスタルジア’のほうが数倍魅力的だった。

ビル・ヴィオラ(1951~)の‘ミレニアムの5天使’は今でもその映像が強烈に心に刻まれている。暗い部屋のなかに5つの画面があり、服を着たままの男が水に真っ逆さまに飛び込んだり、潜水艦からミサイルが発射されたように水中から激しいスピードで上昇していく姿が映しだされる。インパクトのある映像にしばらく放心状態だった。

十二代三輪休雪(1940~)が生み出すオブジェのやきものにはアヴァンギャルドの創作スタイルが貫かれており、その表現意欲は年を重ねてもまったく衰えない。2001年にはエロスの香りが漂う‘摩利耶シリーズ’を5、6点生み出した。イタリアのザウリにも乳房をモチーフにした作品があるが、心がザワザワするのは休雪のほう。

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2015.03.19

ズームアップ 名作の響き合い! 2000年

Img_0003     フアン・ムニョスの‘小さな椅子に座る2人’

Img_0001     ヴィック・ムニーズの‘ナディア・コマネチ’

Img_0002     ビル・ヴィオラの‘アニマ’

Img     メサジェの‘残りもの(家族Ⅱ)’(パリ ポンピドー)

ムニョス(1953~2001)が制作する人間の彫刻はどれも灰色一色、笑うのは東洋人だけかと思ったら西洋人もまた笑っている。‘小さな椅子に座る2人’は仏像好きの人がみたら‘空也上人をみたでしょう!’というにちがいない。

‘空也上人像’(重文 京都・六波羅蜜寺)の開いた口からは六体の阿弥陀仏が吐き出されている、これをムニョスは真似て左の人物の口からは針金でつないだ小さな立ち姿の像が6つでている。アートは時をこえてつながっている。鎌倉時代の仏師と現代のアーテイストの響き合いに乾杯!

ブラジルの現代美術家、ヴィック・ムニーズ(1961~)の個性的な作品をみると、アートにおけるモチーフの形は絵の具だけによって生み出されるものではないことがよくわかる。有名な体操選手コマネチの演技を撮影した報道写真をムニーズはインクで模写して、それを写真におさめている。ほかにもチョコレートや宝石を使ったものもある。

ビデオ・アートの作家を何人も知っているわけではない。最初に見た作品の質がいいとそのあとほかの作品をみたときそれが効果的なレファランスの役目を果たしてくれる。そういう意味でビル・ヴィオラ(1951~)との出会いは貴重な体験。映像は絵画や彫刻と違って作品の表現意図を受けとめるのに時間がかかるが、腰をすえてみると物語性のあるメッセージは心に深く刻まれる。

‘アニマ’が表現しているのは人間のもっている4つの感情、‘喜び’、‘悲しみ’,‘怒り’,‘怖れ’、生来人の顔をみるのが好きだから3人の表情がだんだん変わっていく映像に強く引き込まれていく。

小さな女の子が作品をみたらとびはねて喜ぶだろうなと思わせるのがメサジェ(1943~)の‘’残りもの(家族Ⅱ)、動物の人形などの衣裳や布でつくった小物の飾り物が白い壁に打たれた釘にいっぱい括り付けられている。

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2015.03.18

ズームアップ 名作の響き合い! 1999年

Img_0001     石田徹也の‘父性’

Img     石田徹也の‘囚人’

Img_0003     杉本博司の‘ウイリアム・シェイクスピア’(国立国際美)

Img_0002     フレッド・トマセーリの‘蜘蛛の巣’

展覧会で絵画をみるときはよく知っている画家のものであれば、目の前にある作品に精神が集中するが、はじめてお目にかかる画家の場合、自分の心にしまってある作品ファイルを総動員して誰の絵と感じが似ているか探そうとする。

石田徹也(1973~2005)の‘燃料補給のような食事’をみたときすぐ思い浮かんだのはマグリット、そして‘父性’の前に立ったときは二人の画家の絵が重なった。速水御舟とボス、この絵で目が点になるのがすりきれた畳のリアルな描写。畳の質感をまさに生のまま表現できるのだから石田はスーパーテクニックの持ち主、御舟の‘舞妓’に描かれた畳がすぐ目に浮かんだ。

もうひとつこの絵ではっとさせられるのは頑固オヤジがひっくり返した電気炬燵の足の先、よくみると小さな手と足が描かれている。怒り狂っているオヤジの頭とそのまわりを囲む手足、ボスの代表作‘快楽の園’には不思議な怪物がいろいろでてくる。そのひとつが胴体がなく頭と足がくっついた男。オヤジの姿とこの怪物が重なった。

‘囚人’も200%KOされた一枚。学校生活というのは誰もが楽しいわけではない。小学生だって朝目が覚めたら学校へ行くのが憂鬱になる子だっている。そんな子には教室での授業は苦痛でたまらない。体を横にして校舎のなかに入っている少年は囚人のように感じて毎日をすごしていたにちがいない。

Bunkamuraのだまし絵展に登場した写真家、杉本博司(1948~)の‘ウイリアム・シェイクスピア’、まるで本物のシェイクスピアと会った感じなので肖像画をみていると錯覚する。でもこれは蝋人形に光をあて露出などを入念に考えて撮影したもの。杉本博司という写真家は画家とか写真家とかという枠をこえたア―ティスト。

森美の開館記念展‘ハピネス’ではじめてお目にかかったフレッド・トマセーリ(1952~)、4点でていた作品のひとつが‘蜘蛛の巣’、錠剤やカプセルが張り付けられた蜘蛛の巣に虫たちがびっしりいる。息を吞んで画面の隅から隅までみていた。

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2015.03.17

ズームアップ 名作の響き合い! 1998年

Img_0002     フアン・ムニョスの‘角にむかって’(ロンドン テートモダン)

Img     オロスコの‘ピン=ポンド・テーブル’(金沢21世紀美)

Img_0001     深見陶治の‘瞬Ⅱ’(茨城県陶芸美)

Img_0003     十二代三輪休雪の‘やわらかい海ー2’(山口県美)

ロンドンにあるテートモダンでものすごく存在感のある人物像のインスタレーションに遭遇した。ベンチの上に立ったり座っている7人の男たちはみな東洋人の風貌、タイトルは‘角にむかって’。この作品をつくったのはてっきり中国人アーティストと思った。

ところが実際はスペイン、マドリード生まれの彫刻家フアン・ムニョス(1953~2001)。灰色一色に彩られた人物は全員笑顔、そのためはじめは心が緩くなるが、次第に不気味な雰囲気に包まれてくる。この笑いの裏にあるものは何か?狂信的な新興宗教の世界にひきこまれやしないか、ちょっと不安。

昨日は今話題の街金沢のことを書いたが、この街にある金沢21世紀美は前々から関心をもっていた。風の便りで現代アートがいろいろあることはわかっていたが、具体的な作品情報はゼロ、最近この美術館の名前がひょいとでてきた、ガブリエル・オロスコ(1962~)の回顧展で最もみたかったX型の卓球台はなんと金沢21世紀美のコレクションだった!こんないい作品があるのならほかも期待できそう、俄然訪問したくなった。

現代陶芸の鬼才、深見陶治(1947~)のシャープな造形感覚に大変魅了されている。思わずみとれてしまう‘瞬Ⅱ’から連想するのは米空軍のステルス戦闘機、深見のオブジェはハイテク社会に生まれたデザインの力を象徴している。

十二代三輪休雪(1940~)の回顧展をこれまで2回体験した。目の前にでてきたのは普通の萩焼の茶碗とはまったく異なる前衛度200%の作品、そのひとつ‘やわらかい海ー2’をみてちょっと慌てた。脳みそが鋭い刃物の束で突き刺されている!

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2015.03.16

北陸新幹線開通! 金沢の和菓子

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北陸新幹線が開通して、富山や金沢がぐーんと近くなった。これまで東京から4時間近くかかっていた金沢は2時間半で到着する。この1時間半の短縮は大きい。金沢へ旅行したくなった。

友人や知人で金沢の出身の人がいないのでこの街のことはほとんど知らない。観光旅行も一度だけ。どこをどう回ったか記憶が薄れているが、有名な兼六園と金沢城はまだ覚えている。バスで街のなかを走ったときは車中からガイドさんが金沢21世紀美を案内してくれた。

ここ数日のTVの金沢リポートにでてくる名所観光スポットで気になるところは近江町、ここは築地の場外店舗のイメージ、カニやエビ、新鮮な魚が山盛りになった海鮮料理は美味しそう。ここでの食事が出かけたときの一番の楽しみになりそう。

金沢のお土産はもう決まっている。昨年放送された‘美の壺’で情報を得た和菓子。日本三大和菓子所は京都、金沢、松江、広島にいたころ出張でよく松江に出かけたのでこの話は知っていたが、金沢の和菓子はこれまで縁がなかった。

番組によると金沢では‘福梅’という梅の花を形どった紅白の最中を食べるのが正月の風物詩とのこと。おもしろいのはこの最中のなかには‘金花糖’という砂糖菓子が入っており、これが子どもたちの楽しみ。金花糖は江戸時代からあるらしい。その伝統の技をひきつぐ老職人は流れるようなリズムで真っ白な鯛をつくりあげる。そこに食紅を塗って紅白の鯛のできあがり。

‘長生殿’という落雁も食べてみたい。落雁は茶会で使う干菓子として欠かせないものだから、様々なものがつくられた。落雁は木型でつくられるが、この木型がなかなかのもの。腕の立つ職人がノミをふるって細かい模様をきっちり彫りだす。こういう手仕事の美は目を釘付けにする。いろんな木型をじっくりみるのも楽しいかもしれない。

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2015.03.15

初物の‘グエルチーノ展’!

Img‘聖母のもとに現れる復活したキリスト’(1630年 チェント市立絵画館)

Img_0003  ‘聖母と祝福を授ける幼児キリスト’(1629年 チェント市立絵画館

Img_0001     ‘ルクレティア’(1638年)

Img_0002     ‘聖フランチェスコの法悦’(1620年)

上野の西洋美で行われている‘グエルチーノ展’(3/3~5/31)をみてきた。ヨーロッパにある美術館をまわるとグエルチーノ(1591~1666)という画家には時々出会う。でも、その作品を時間をかけてみたというのは1点だけ、たいていはさらっとみて終わり。だから、これまでグエルチーノは印象の薄い画家だった。

そんな馴染みのない画家の回顧展が東京で行われることになった。作品の数は全部で39点、その多くがグエルチーノが生まれたチェントにある市立絵画館が所蔵するもの、チェントはフェラーラとボローニャの中間に位置しており、ボローニャからも11点来ている、また周辺のモデナ、パルマ、そしてグエルチーノが2年あまり滞在したローマにある作品も集結した。

今回作品をみるとき頭に浮かべた基準作があった。それは5年前ローマのカピトリーニ美でみた‘聖ペテロネラの埋葬と被昇天’。これは新しく教皇になったグレゴリウス15世に呼ばれてローマにやってきたグエルチーノがサンピエトロ大聖堂の礼拝堂のために描いた大きな祭壇画。声を失うほどの見事な絵で立ち尽くしてみていた。この一枚でグエルチーノのイメージが一変した。こんなスゴイ絵を描いていたのか!

この絵が目に焼きついているので、出品作が楽しめたかどうかはこれとの比較になる。だから、展示室に入ってからずっとテンションがあがることはなかった。正直なところ、長く見ていたのは3点だけ。チェント市立絵画館蔵の‘聖母のもとに現れる復活したキリスト’と‘聖母と祝福を授ける幼児キリスト’、そして最近発見されたという‘ルクレティア’。

この3点はグイド・レー二(1575~1642)の作品から大きな影響を受けている。絵の様式としては古典主義、人物が理想化されているのでカラヴァッジョのような生の感じがない。だから、ほかの作品に比べると魅了されるが、好みの画風は200%カラヴァッジョなのでカラヴァッジョ風のところがある‘聖ペテロネラの埋葬と被昇天’のようにまたみたいという気持ちがおこらない。

ロンドンの個人が所蔵している‘ルクレティア’は大収穫、レーニの描いたものよりぐっと惹かれる。これまでレンブラントの描いたルクレティアがお気に入りだったが、基準作はこのグエルチーノのものに変わった。暗い背景にルクレティアの白い肌が浮き上がっており、金属の質感がよくでている短剣や深いえんじ色の衣裳の描写がすばらしい。

‘聖フランチェスコの法悦’は一度ドレスデン国立美でみたことがあるのですぐ反応した。こういうカラヴァッジョを連想させる作品は見逃せない。横にあるレーニが同じ画題で描いたものからはすぐ視線がこちらにむかった。

宗教画の展覧会で知名度の低いグエルチーノとなると、多くの人を集めるのは難しいだろう。館内にいる人の数は風俗画が人気を集めているルーヴル美展(国立新美)の1/5くらい。ところで日曜美術館はこれを取り上げるのだろうか?

バロックというとすぐ思いつくルーベンスの絵のように色が鮮明で構図にダイナミックな動きがあり生き生きした人物描写といったものをイメージして出かけると消化不良になる。‘よみがえるバロックの画家’は確かにそうだが、カラヴァッジョやルーベンスで想起されるバロックとは距離がありすぎるからこの際忘れたほうがいい。

そして、カラヴァッジョとの関連性もそれほど意識することもない。カラヴァッジョよりもグエルチーノが近づきたかったのはラファエロ、画業の後半は第二のラファエロになろうとしたレーニを凌駕して第三のラファエロになったかもしれない。それがこの展覧会の一番の見どころ。

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2015.03.14

二度目の‘小杉放菴展’!

Img     ‘金時遊行’(昭和時代 出光美)

Img_0003     ‘羅摩物語’(1928年 東近美)

Img_0002     ‘白雲幽石図’(1933年 小杉放菴記念日光美)

Img_0001     ‘瀟湘夜雨’(昭和時代 出光美)

出光美では現在‘小杉放菴 東洋への愛’(2/21~3/29)が行われている。ここで小杉放菴(1881~1964)の回顧展をみるのは二度目、2009年に横山大観とのジョイントで‘小杉放菴と大観’があった。今回は単独だから出展数は多く数点のやきものなどを含めて82点もある。

小杉放菴は二刀流の画家。はじめは洋画をやっていたが、パリにいたとき池大雅の南画に心を奪われ俄然日本画に目ざめる。油彩も水墨画も描けるといってもその画風は半人半馬のケンタウロスのようなハイブリッド的な画面になっているわけではない。

パリから帰った33歳ころからは西洋画で会得した技術はモチーフの描写に生かされるが、画題や構成は東洋や日本のものが中心になっていく。放菴のすごいところは画業を重ねるにつれ構図のつくりかたが自在になっていくこと。最晩年に制作された屏風などは木の枝振りに言葉を失うほど魅了される。

一番お気に入りの絵はみるたびに元気をもらう‘金時遊行’、浮世絵にも鳥居清長らが金時を描いているがみてて楽しいのはにこやかな表情が完璧にすばらしい放菴の金時。手をあげて踊るようなポーズにつられてこちらの体も揺れてくる。

目を見張るような大きな腰をした女性が3人描かれている‘羅摩物語’は久しぶりに会った。‘湧泉’、‘炎帝神農採薬図’と一緒にこの大作がみれるのは回顧展だからこそ。しばらく息を吞んでみていた。すると昨年あったシャヴァンヌ展のことが思い出された。

思わず足が止まるのが‘白雲幽石図’、ぱっとみたイメージは宇宙を飛んでいる巨大な隕石に仙人が乗っている感じ。このところ地球科学関連のTV番組をよくみるので、墨の濃淡やたらし込みにより表現されたボリューム感あるれる岩山がすぐ隕石にみえてくる。

池大雅の‘瀟湘八景’に刺激を受けて描いた‘瀟湘夜雨’も心を打つ一枚。川辺の柳とその前を通りすぎていく小舟を巧みに配置する構図によって水墨画のもっている魅力をいっそう引き出している。しばらくいい気持ちでみていた。

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2015.03.13

予想以上に楽しめる‘動物絵画の250年’!

Img_0002     宋紫石の‘鯉図’(18世紀後半)

Img_0004     原在明の‘水呑虎図’(19世紀後半)

Img_0001        円山応挙の‘芭蕉と虫図’(18世紀後半)

Img     長沢蘆雪の‘狗子蓮華図’(18世紀後半)

久しぶりに府中市美を訪れ開催中の‘動物絵画の250年’(3/7~5/6)をみてきた。府中市美へ着く前にいつもひとつの選択がある。京王線の東府中駅で下車したあとバスを待つか歩くか、どっちにするか、今回はバスが出る5分と35分の中間あたりに電車がついたのでバスに乗ることにした。

動物を描いた絵を集めた展覧会は2007年にもあった。題して‘動物絵画の100年 1751~1850’、だから今回はその続編、作品の数は166点、前期(3/7~4/5)と後期(4/7~5/6)で半分ずつ展示される。8年前の構成がどうだったか忘れたが、いい絵がいくつもあった。

こういうテーマの場合、作品を描いた画家の格や知名度はゼロクリアにしたほうがいい。作品の魅力を決めるのは描写のおもしろさや珍しさ、並んだ作品をみると主催者の思いがよく伝わってくる。こんなおもしろい描き方をした動物の絵があるんですよ、是非みてください!そんな感じ。

宋紫石(1715~1786)の‘鯉図’にすぐ反応した。若冲が鯉の絵を描くとき胴体の一部を画面から消えさせるのはこの絵の影響ではないかと。鯉は全部で6点でてくる。

虎は収穫があった。それは原在明(1778~1844)、富士山を描いたいい絵がある絵師でインプットされているが、こんな迫力のある目をした虎も描いていたとは。体をすこしよじらせて水に映った自分の顔をみるポーズがなかなかいい。忘れられない虎になりそう。

今回の大発見は円山応挙(1733~1795)の‘芭蕉と虫図’、この絵が飾ってある部屋に入り、遠くからみて、ああ、ここにも若冲がある、それは楽しみ!と思った。順番にみていき絵の前に来た。するとこれを描いたのは応挙とある、ええー!?これ応挙の絵、応挙と若冲が墨の絵でコラボしているとはまったくイメージできなかった。

狗子を描いたものは前期4点、後期5点、長沢蘆雪(1754~1799)の最近発見されたという‘狗子蓮華図’がとてもいい。応挙でも蘆雪でも狗子の絵をみると心が和む。

この展覧会、みる前は後期はパスでもいいかなと思っていた。でも、そうもいかなくなった。図録をみると後期にも鑑賞欲を刺激する作品がいくつも登場する。とくに興味をそそるのが若冲の‘河豚と蛙の相撲図’、これは楽しみ!

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2015.03.11

ズームアップ 名作の響き合い! 1997年

Img_0002    安田侃の‘天泉’

Img_0001     チリーダの‘自由の檻’(スペイン 州立銀行広場)

Img_0003     ダンテ・マリオーニの‘青い花器’(東近美)

Img     ニキ・ド・サンファルの‘法王Ⅳ’(ニキド美)

北海道を旅したのは2回、これで人気の観光スポットはざっと回ったので次は別の目的で行くことにしている。それは札幌にあるイサム・ノグチが設計したモエレ沼公園と美唄のアルテピアッツァ美唄を訪れること。

アルテピアッツァ美唄には世界的に有名な安田侃(かん、1945~)がつくった彫刻が野外と部屋の中に飾られている。安田は美唄の生まれ、以前ある展覧会で偶然この彫刻家に出会い少し話をしたことがある。人柄のよさそうな人で、近々NHKの美術番組でアルテピアッツァが取り上げられるのでみてください、と案内された。

番組にはとても魅了される作品がいくつもでてきた。この芸術文化交流施設は廃校になった小学校の広い校地と老朽化した木造校舎を彫刻作品の展示空間として再生させたもの。美唄を訪問する気はだんだん熟しているが、肝心の作品との出会いはまだほんの数点。白大理石を彫った‘天泉’はそのやわらかい造形感覚に思わず足がとまる。これはパン屋さんが子ども用に形を曲げてつくった小さなパンのイメージ。

スペインの現代彫刻家、チリーダ(1924~2002)の鋼鉄を使った野外彫刻、そのひとつ‘自由の檻’はスペインの都市に設置されているが、スペイン以外でもベルリン、フランクフルトなどヨーロッパの主要都市でもそこに住む人々の目を楽しませている。

ダンテ・マリオーニ(1964~)はアメリカのガラス作家、東近美の平常展示でときどき見かける‘青い花器’は紫がかった青の神秘性とユニークな瓶の形が大きな魅力。器肌のつるつるした質感は色は違うがきれいにコーティングされたチョコレートをみているよう。

イベントなどで子どもたちを喜ばせるのはぬいぐるみの動物とかゆるキャラのお友達。ニキ・ド・サンファル(1930~2002)が生み出した‘法王Ⅳ’も会場に現れたらちびっこたちに取り囲まれるにちがいない。顔の骨格を3本の柱でつくるというアイデアに声がでない。

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2015.03.10

ズームアップ 名作の響き合い! 1996年

Img_0002     石田徹也の‘燃料補給のような食事’

Img_2     村上隆の‘727’(NY MoMA)

Img_0001     シュヴァンクマイエルの‘生と死をめぐる対話’

Img_0004     ビル・ヴィオラの‘クロッシング’

求龍堂から2010年に出版された‘石田徹也全作品集’、展覧会の図録が3冊買える8500円もの値段がついていたが石田徹也(1973~2005)の才能を高く評価しているので手に入れた。その表紙に使われているのが‘燃料補給のような食事’。

この絵をみた瞬間、石田徹也は日本のマグリット!と思った。180点近くある油彩のなかでこれが最高傑作、スペースが狭く客の回転率を上げる必要のある店における店員の仕事が石田の目にはこの絵のようにイメージされた。‘はい、お客さん、口を開けて’、これではガソリンスタンドでの給油と同じ。確かに大都会で忙しく働く日本のサラリーマンが食事するときの光景はこんな風かもしれない。

秋に森美で期待の展覧会がある。村上隆(1962~)の回顧展(10/31~3/6)、3年前中東のカタールでお披露目された‘五百羅漢図’が漸く日本でも見れることになった。村上隆は‘俺は世界のMURAKMIだ!’という自負があるから、日本の美術館なんてどうでもいいよ、という気分があったのだろうが、美術界の外でながめている村上隆の一ファンとしては一言いいたい‘羅漢さんだってアラブの人にみてもらうより日本の人たちに楽しんでもらったほうが数百倍嬉しいのでは’と。

ミッキーマウスを連想させるキャラクターDOB君が‘信貴山縁起絵巻’に描かれた護法童子に見立てられている‘727’、今この作品はMoMAの所蔵、NYへまた行くことがあったら現地でお目にかかりたい。

10年前葉山の神奈川県近美で行われたシュヴァンクマイエル(1934~)の回顧展、そこで最もドキッとしたのが‘生と死をめぐる対話’、この彫刻はショックだった。相対するつるっぱげの男たちは顔からでた手に持ったフォークで刺し合っている。彫刻という立体作品がこれほどの強い表現力で人間社会を諷刺する場面に出会ったことがない。

アメリカのビデオ作家、ビル・ヴィオラの作品を2006年森美で体験した。ビデオ作品をみるのははじめてのことだったので一から十まで新鮮だった。そのなかで圧倒的なインパクトがあったのが‘クロッシング’、小さな人物像がだんだん大きくなり燃えさかる炎に包まれる。そして、その隣はエンデイングで上から落ちてくる大量の水をあびる男。炎と水がクロスするダイナミックな映像は深く心に刻まれた。

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2015.03.09

ダルビッシュ 右肘靭帯を部分断裂!

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アメリカからショッキングなニュースが入ってきた。キャンプで右肘の違和感のため投球を控えていたダルビッシュにとって、MRIによる精密検査は靭帯の部分断裂という最悪の結果だった。昨年のマー君と同じ損傷にダルビッシュも見舞われてしまった。期待していた4年目なのでガックリ。

ダルビッシュはマー君のようにスプリットをあまり投げないので肘の故障はないとみていたが、残念ながらダルビッシュも例外ではなかった。トミージョン手術に踏み切るのか、マー君のような処置で乗り切るのか近日中に判明するらしいが、手術を選択するような気がするが。

もし手術することになれば、アメリカに渡った日本人投手としては4人目になる。これまで松坂、和田、藤川が肘にメスを入れている。復帰までには長い道のりが待っている、2年は覚悟しなければならない。時間が経つにつれ全力で投げられるようになるのはわかっているが、松坂の例があるから、不安な気持ちはぬぐえない。先のことを考えると本当に暗い気持ちになる。

今年はダルビッシュ、マー君、岩隈、和田の日本人カルテットの勝ち星競争を楽しみにしていたが、その一角が崩れた。さらに、シーズンに入ってマー君に肘痛が再発でもしたら目も当てられない。そうならないことを祈っている。

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2015.03.08

ズームアップ 名作の響き合い! 1995年

Img_0002     ヘリ・ドノの‘飛翔する天使’

Img_0001     石田徹也の‘みのむしの睡眠’

Img     ケニー・シャーフの‘アルツェンション’

Img_0003     ウングワレーの‘ヤムイモのアウェリェ’(部分)

六本木ヒルズにある森美は2003年10月に開館した。美術館ができると街の知名度のアップに大いに貢献する。だから、そこで行われる展覧会は注目の的、オープン記念展のタイトルは‘ハピネス’、若冲のモザイク画やコンスタブルの傑作‘水門を通るボート’、そしてカンデインスキー初期の作品など画集に載っているものがどっとでてきた。

また、現代アーティストの作品も多くあった。記憶によく残っているもののひとつがインドネシアのへリ・ドノ(1960~)の人形のインスタレーション‘飛翔する天使’、大きな目はインドネシア観光局がつくるビデオに必ず登場する踊り子のイメージ、胴体には機械仕掛けが組み込まれ、横からはインパクトのあるトンボのような羽がでている。このトンボ人形が9体、こちらに向かって飛んでくる。天使を見たという感じはしなかったが、目を楽しませてくれた。

31歳の若さで天国へ旅立った石田徹也(1973~2005)、魅了されている作品はいくつもあるが、‘みのむしの睡眠’もそのひとつ。小学生のころ度々みのむしをいじくってなかの虫をとりだした。そのみのむしがネクタイをした丸坊主の男性に変身している。これもあったか、スゴイ発想をする!

アメリカで制作されたアニメにでてくるようなキャラクターがワイワイガヤガヤ騒いでいる‘アルツェンション’、作者はキースへリングやバスキアと同世代のケニー・シャーフ(1958~)、真ん中のうす青緑で描かれた宇宙人を思わせる物体は村上隆の作品にでてくるキャラクターを彷彿とさせる。子どもも大人も遊べるアートは夢があっていい。

ウングワレー(1910~1996)が最晩年に描いた作品は色彩的にも造形的にも非常にすっきりした抽象画になってくる。‘ヤムイモのアウェりェ’はもう頭がくらくらするくらい見事な作品。明るい黄色や赤、白で彩られた線のフォルムはのびのびと優雅に絡み合っている。

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2015.03.07

ズームアップ 名作の響き合い! 1994年

Img     草間彌生の‘南瓜’

Img_0003     サイ・トゥオンブリーの‘四季:秋’(ロンドン テートモダン)

Img_0001     ウングワレーの‘大地の創造’(部分)

Img_0002     シュヴァンクマイエルの舞台装置‘映画・ファウスト’

1月BSプレミアムで草間彌生(1929~)が富士山に挑戦し、出来上がった富士の絵を浮世絵にするというとても興味深い番組が放送された。その作品が新宿の草間彌生ギャラリーに展示してあるそうなので出かけてみようと思っている。

草間彌生は今年86歳、この年になってもまだ制作意欲が衰えることなく毎日手を動かし新作を生み出している。まさにアートの権化みたいな存在、3年前埼玉県近美で最新作を並べた回顧展をみたが、サプライズを受け続けたその作品群はさらに数を増やし、トレードマークの水玉模様は強い色彩を放ち軽やかに飛び回っている。南瓜のオブジェはお気に入りの作品。

サイ・トゥオンブリー(1928~2011)の抽象画は細い線で落書きをしたようなのが特徴、思いつくまま適当に描いた感じだから、誰でも真似しようとすれば描ける。画像はテートモダンにある四季のなかの‘秋’、赤の部分はぱっとみるとキツツキの群れを連想する。また、ジャコメッティの‘鼻’という彫刻が絵になったともとれる。

ウングワレー(1910~1996)の‘大地の創造’は亡くなる2年前に制作された壮大なスケールをもつ作品。使われた色の多さはこれが一番、緑をベースに黄色、青、赤の色面が大地のエネルギーを生き生きと表現している。Myカラーは緑&黄色なのでこういう作品を目の前にすると心が過剰に高ぶる。言葉を失ってみていた。

チェコのアーティスト、ヤン・シュヴァンクマイエル(1934~)はマルチ才能の持つ主。シュルレアリスムの画家であり舞台デザイナーでもある、そしてアニメーション作家、人形劇の‘ファウスト’を題材にした映画もつくった。チェコのプラハには人形劇をみせる劇場があるが、このファウストはおもしろそう。

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2015.03.06

ズームアップ 名作の響き合い! 1993年

Img_2     オロスコの‘La DS’

Img_0002_2     新宮晋の‘光のさざ波’

Img_0001_2     ナイクサタムのタペストリー‘高地の早春’(横浜美)

Img_0003_2     ソル・ルウイットの‘ウオール・ドローイング’

オロスコ(1962~)はパリにいたころ制作した二人乗りの自動車のオブジェ‘La DS’は当時大きな話題になった。でも、今このクルマが実際に公道を走っているのをみてもそう驚かない。そんな光景はみかけたような記憶がある。

‘La DS’は1950年代製のシトロエンDSを3つに分解して真ん中をとりのぞき残りの2つをくっつけたもの。オロスコはクルマ好きの芸術家、世の中には度をこえたクルマの改造マニアはごろごろいるが、ここまで大胆に変えることには躊躇する。こうした変装は芸術家の独壇場。

小さいころ竹の笹でつくった舟を川や池に浮かべて遊んだ。その思い出がよみがえってくるのが新宮晋(1937~)の‘光のさざ波’、田舎の畑や池に置かれた風のオブジェをみると自然のエネルギーがもっているしなやかさや優しさがふわーっと伝わってくる。本物をいつかみてみたい。

横浜美をはじめて訪問したときそこで行われていた展覧会がどんなものだったかまるで忘れているのに、通常展示の部屋に飾られていた大きなタペストリーのことはよく覚えている。縦2.5m、横3.1mの壁掛けが5つあった。その絵柄がとても惹かれる抽象画風、200%KOされた。‘高地の早春’はそのひとつ。ここにもやさしい風が吹いている。

このタペストリーをつくったのはインド生まれの織物デザイナー、ナイクサタム(1929~)、1981年に来日し1989年から長野県八十穂村にアトリエを構えている。今年86歳。回顧展をずっと待っているのだがなかなか実現しない。横浜美が音頭をとってやればいいのに。

ソル・ルウイット(1928~2007)の作品をみたのはほんの数点、‘ウオール・ドローイング’は2年前ワシントンナショナルギャラリーで遭遇した。これは用意した必見リストにはいれてなかったが、作品の前では正方形の画面の縦、横、そして斜めに並ぶ美しい色彩の帯を立ち尽くしてみていた。そして思った、ステラもいいが、ルウイットのなかなかいいじゃないかと。

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2015.03.05

ズームアップ 名作の響き合い! 1992年

Img_0001     新宮晋の‘コロンブスの風’

Img_0002     オロスコの‘テーブルの上の砂’

Img_0003     メサジェの‘槍’(パリ ポンピドー)

Img       リヒターの‘抽象絵画 780-1’(ワシントンナショナルギャラリー)

今年78歳になる新宮晋(1937~)は風の彫刻家、風で動くアートをつくり続けている。自然のエネルギーをものが動くことによって感じるというのは日常の暮らしのなかではよくあること。だから、風によってぐるぐるまわったり左右に揺れたりするオブジェはとても親しみを覚える。

代表作のひとつ‘コロンブスの風’はジェノヴァであった博覧会のために制作されたもの。多くの来場者の目を楽しませたにちがいない。

つい一週間前衝撃的な出会いをしたガブリエル・オロスコ(1962~)、東京都現美の展示室の最初に飾ってあったのが写真の作品、絵画や彫刻と比べると写真への関心はぐっと低下するのでさらっと通り抜けるつもりだったが、意外におもしろい。

‘テーブルの上の砂’には思わず足がとまった。広い砂浜のなかに木のテーブルが置かれ、そこに下の砂が山のように盛られている。砂浜にできた小さな凹凸とテーブルの砂山の形が響き合う景色は造形の楽しさをみつけるきっかけを与えてくれる。

2008年六本木の森美で開催されたアネット・メサジェ(1943~)の回顧展、そのタイトルは‘聖と俗の死者たち’、俗のイメージは戦争と深く関わっている。その戦争は古い時代は剣や槍で敵の兵士を殺していた。‘槍’ではメサジェはぬいぐるみの動物や剥製の獣を編物針の上で串刺しにしている。

2年前アメリカの美術館をまわったとき、ワシントンのナショナルギャラリーにも出かけた。過去の訪問では鑑賞時間の多くはどうしても古典絵画や印象派の作品に費やすことになるため近・現アートのほうは駆け足にちかい見方だった。そこで、事前に必見リストに作品をしっかり書き込んで展示室へむかった。

その努力が実って、みたかったロスコやウオーホルやリキテンスタインなどは目のなかに入った。残念だったのはリヒター(1932~)、画面の黄色が光があたった木の太い幹のようにみえる‘抽象絵画 780-1’は姿をみせてくれなかった。次はうまくいくだろうか。

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2015.03.04

ズームアップ 名作の響き合い! 1991年

Img     ロバート・ゴーバーの‘無題’(NY MoMA)

Img_0004     チリーダの‘北斎へのオマージュのためのマケット’

Img_0002     ザオ・ウーキーの‘モネに捧ぐ’(部分)

Img_0001     ウングワレーの‘カーメ 夏のアウェリェⅠ’

現代アートの作品をみたとき時間があまりたたないのにすっと記憶から消えるものとそれとは逆に長く心に刻まれるものがある。2004年森美で開催された‘モダンってなに?’には後者にはいる作品がふたつあった。

このシリーズの‘1989年’でとりあげたブルース・ナウマンの‘吊るされた頭部’とロバート・ゴーバー(1954~)のタイトルがとくについてない作品。見た瞬間ドキッとした。うすぶせになっている男は腰と足しかない。そして、なぜか臀部と足の裏側に蝋燭が立てられている。

すり減った靴の裏が妙にリアルなので心臓の高まりがおさまってくると、この男性はなにかの拍子で上から落ちてきた壁によって体の上半身が隠れてしまったのかなと思ってしまう。想定外の事故が起こった現場に居合わせたよう。そして、蝋燭の謎、これによって想起されるのはマグリット、シュールな立体としていろいろな物語が浮かんでくる。

エドゥアルド‣チリーダ(1924~2002)の鋼鉄でできた硬い硬い作品には日本人にとっては嬉しくなるタイトルがついている。‘北斎へのオマージュのためのマケット’、勝手な想像だが北斎の名前がでてくるのはこのオブジェがあの有名な‘神奈川浪沖裏’を意識しているのかもしれない。つまり、真ん中の黒い鍵みたいなものが小舟でそれを囲む鋼鉄の厚い板は巨大な波。

2年前92歳の天寿をまっとうしたザオ・ウーキー(1921~2013)の‘モネに捧ぐ’は心に深く残る傑作、オランジュリーにあるモネの睡蓮の絵を思わせるような大きな絵で横は4.85mもある。中央の竜巻のような形はモネの描いた柳をイメージさせる。

オーストラリアの大地が生んだアボリジニの天才お婆ちゃん、エミリー・ウングワレー(1910~1996)、回顧展があった国立新美ではサプライズの連続だったが、薄ピンクの上に黄色い小さな点を天空の星座にように重ねていった‘カーメ 夏のアウェリェⅠ’も夢中でみた作品のひとつ。自然の魂がここにつまっている感じ。

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2015.03.03

ズームアップ 名作の響き合い! 1990年

Img_0004     フィリップ・スタルクの‘腰掛’(パリ ポンピドー)

Img_0001     キース・へリングの‘祭壇衝立’(NY ホイットニー美)

Img_0002     リヒターの‘森(3)’

Img    李禹煥の‘風と共に’(東近美)

海外の美術館では作品を見終ったあとミュージアムショップで図録を購入するのも楽しみのひとつ。だから、ここで本や絵葉書を買う時間を頭に入れて展示室をまわることにしている。

パリにあるポンピドーでゲットしたものは‘ポンピドー100選’(英語版 2002年)と‘ポンピドーセンター・ガイド’(日本語版 2002年)の二つ。‘100選’に選ばれている作品は幸運なことにかなりの数お目にかかることができたが、まだ姿をみせてくれないものもある。

そのなかでみたくてしょうがないのがフランスのスターデザイナー、フィリップ・スタルクが制作した‘腰掛’、青磁を思わせる色もぐっとくるがその斬新なデザイン力がじつに刺激的。スタルクの作品で知っているのはこれだけ。まとまった数をみると気分が相当ハイになりそう。それが実現することをミューズに祈っている。

エイズのため1990年に亡くなったキース・へリング(1958年生まれ)が最後につくったもののひとつがブロンズに金箔した‘祭壇衝立’。8年くらい前府中市美でホイットニー美展が行われたときお目にかかった。へリング独特の強い線で描写されたキリストや堕天使たちが深く心に刻まれた。

2005年川村記念美でリヒター(1932~)の回顧展をみて、このア―ティストに開眼した。ただし、魅せられているのは色彩が深く乱舞する抽象画のほうでピントをぼかした写真のような作品には心はむかっていない。このとき最も惹きこまれたのが‘森(3)’、ゲルマン地方の森のなかを歩いたことはないが、古代ローマ帝国とゲルマンとの戦いをテーマにした映画でみた光景がふと目の前をよぎった。

李禹煥(リ・ウファン 1936~)の作品は余白の芸術といわれている。‘風と共に’で描かれているのは組み立て式本棚の棚を支える錨みたいなものがひとつだけ。抽象表現ではモチーフが少ないほうがかえってインパクトがあることが多い。これはそんな思いに駆られる一枚。

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2015.03.02

木喰の愛らしい微笑仏!

Img_0003     ‘地蔵菩薩’(1801年 日本民藝館)

Img_0004     ‘薬師如来’(1805年 新潟・柏崎市)

Img_0001     ‘如意輪観音菩薩’(1804年 長岡市・寶生寺)

Img_0002     ‘不動明王’(1797年 山口市・善門寺)

円空(1632~1695)と木喰(1718~1810)の木彫仏を一緒にならべる展覧会は2008年東博であった‘対決 巨匠たちの日本美術’でも体験した。このとき木喰は14体でてきた。今横浜のそごうに集結しているのは114体。

はじめて木喰の仏像をみたのは日本民藝館。ここにある微笑仏をみていっぺんに木喰に嵌った。どれもいいが最もお気に入っているのが‘地蔵菩薩’、頬っぺたをまるくふくらまして満面の笑みをうかべる姿に200%魅了されている。こんなに嬉しそうな顔をした仏さんがほかにあっただろうか。

‘薬師如来’さんにもニコニコしてもらった。愛嬌のある団子鼻に細い目と厚い唇口、このやさしいお顔をみたら明日からの人生が楽しくなる。生きる勇気をもらえる仏像に会えるのは幸せなこと。

初見のものが沢山あったが、思わず足がとまったのは頬に手をあててすましたポーズをとる‘如意輪観音菩薩’、忘れられない仏像になりそう。大きな収穫だった。

‘不動明王’は円空も木喰もつくっている。木喰のものは5体、いずれも火焔光背があり、その忿怒の形相は迫力満点。そのなかでは山口市のお寺からやって来たものがいい。体型は赤ちゃんのようだが、目だけはぎょろっとして真剣に怒っている。‘悪いことをしたら許さないからね’、といわれている感じ。

円空、木喰にまた惚れ直した。ミューズに感謝!

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2015.03.01

心打たれる‘円空・木喰展’! 円空

Img_0001     ‘観音菩薩’(1682年以降 板葺町 阿弥陀堂)

Img_0003     ‘大黒天’(1677年頃 岐阜市 円空美)

Img     ‘不動明王’(1686年頃 岐阜・関市)

Img_0004     ‘宇賀神’(1686年頃 愛知・岡崎市)

横浜そごうで開催中の‘円空・木喰展’(2/7~3/22)を楽しんだ。円空(1632~1695)はそごうと縁が深い。10年前にも円空展を行っており、このときは155体が展示された。今回は木喰(1718~1810)とのコラボ、全部で81体でている。

円空をまとまった形でみるのは3度目なので円空仏には目がだいぶ慣れてきた。やさしい顔をした仏から相当怖い不動明王までいろいろでてくる。微笑みの円空仏で最も心を打たれたのが‘観音菩薩’、説明文に観音像のなかでこれが表情の優しさでは一番と書いてあったが、確かにそのとおりかもしれない。

初見で圧倒されたのが素朴だがボリューム感あふれる‘大黒天’さん、こういう木彫をみると俄然ノミをもって山に入り似たような木を探したくなる。彫られているのは首から上だけだから頑張って手を動かすと少しは形になりそう。たぶん10分の一くらいだろうが。

今回の収穫は荒々しい彫りのあとが心にぐさっとささる‘不動明王’と‘宇賀神’、鼻がデカくて厚い唇をした‘不動明王’をじっとながめているとピカソやモデイリアーニが心惹かれたアフリカの仮面のイメージが重なってくる。

2年前、東博であった回顧展でこうした激しい感情を表現した円空仏に開眼した。野性味にあふれ怖い仏にも円空の魂が表出されている。息を吞んでみていた。

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