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2014.04.19

ズームアップ 名画の響き合い! 1895年

Img_0005     セザンヌの‘赤いチョッキの少年’(ビュルレコレクション)

Img_0004ロートレックの‘ムーランルージュの女道化師’(ラインハルトコレクション)

Img_0001     ミュシャの‘ジスモンダ’

Img_0002     ムンクの‘マドンナ’

絵画鑑賞の体験をいろいろ積み重ねるにつれて西洋絵画史に残る名画がどこの美術館におさまっているかもわかってくる。一旦情報をえると‘夢の美術館’なのに気持ちの上では‘美術館訪問モード’のスイッチがオンになる。そう思ってアートライフを生きるほうが楽しいからどうしてもそうなる。

スイスのジュネーブに若い頃住んでいたことがあるが、当時美術にたいする関心は普通のレベルを少しこえる程度で今ほど強くなかった。だから、この国にある美術館が印象派や近代絵画のいい絵を沢山所蔵していることはまったく知らなかった。

それから時が流れ今ではいつかスイスで美術館めぐりをしようという気になっている。われわれの歩んできた道というのは予測のつかないことばかり。チューリッヒを再訪したとき是非訪問したいのはビュルレ・コレクション。

ここでみる名画のシミュレーションはもうできている。真っ先に足を運びたいのはなんといってもセザンヌ(1839~1906)の‘赤いチョッキの少年’、美術の教科書かなにかでこの絵をみて以来少年の異様に長い右腕が気になってしょうがない。

チューリッヒからそう遠くないところにあるヴィンタートゥールという街には美術館がいくつも存在しているようだ。そのなかで美術本に載っている印象派の名画をごそっと所蔵しているのがオスカー・ラインハルト・コレクション。

ここにロートレック(1864~1901)の追っかけ画がある。‘ムーランルージュの女道化師’、リトグラフのものはみたことがあるが油彩はこの美術館へ出かけないとみれない。コレクションはほかにもゴッホの有名な絵などがあるからなんとしても行きたい。とにかくこの美術館とモスクワのプーシキン美を訪問しないと印象派ライフワークは完結しない。

1895年はミュシャ(1860~1939)の名前がパリ中に知れ渡った年でもある。女優サラ・ベルナールに依頼されてつくったポスター‘ジスモンダ’が大当たり。この絵によってミュシャは時代の寵児になった。この絵がパリっ子に快感を与えていたころ、北欧ノルウエーではムンク(1863~1944)がドキッとするような‘マドンナ’を描いている。

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コメント

今晩は。
オスカー・ラインハルト・コレクション!
私はこの美術館だけはどうも縁がありませんで、以前夫々全く別の時期に3回トライして、休館や何やかやで3回とも全滅でした(笑) 
実は私が一生の内に是非これだけはという残りのあと三点の絵の中の一点、ブリューゲルの「雪中のマギ」がここにあるのですが、
現在私の興味はここ20年位ですっかり東洋美術に移ってしまったためヨーロッパに出かける気力が失せ気味なのと、先立つ物との相談とかで・・・
さあどうでしょう、私は果たして見ることができるでしょうか(笑)
ですので、もしこのMに行かれましたならば、「雪中のマギ」(この深々とした人間信頼の世界!)のことも私に代わって頂いて是非お忘れなくということで宜しくお願いいたします(笑) ではまた。

投稿: minchou | 2014.04.20 03:40

to minchouさん
オスカーラインハルトにはブリューゲルもあるの
ですからすごい美術館ですね。私もこの雪の絵を
追っかけ画リストに入れてます。行くことができ
ましたら、minchouさんの思いもしっかり記憶して
おきます。

3回もおでかけになって入館できなかったのはつ
いてませんね!なぜか相性の悪い美術館があり
ますね。私の場合、ブリュッセルのベルギー王立美
がそうです。2度訪問したのですが、いずれも
お目当てのダリとデルヴィルの絵がみれませんで
した。海外の美術館へでかけるのは特別な体験で
すからこういうときは落ち込みます。

投稿: いづつや | 2014.04.20 12:23

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