« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014.04.30

ズームアップ 名画の響き合い! 1898年

Img     クリムトの‘パラス・アテナ’(ウィーン市立歴史美)

Img_0002     シュトゥックの‘パラス・アテナ’

Img_0001     レヴィ・デュルメルの‘突風’

Img_0003      ヴァロットンの‘化粧台の前のミシア’(パリ オルセー美)

昨年の5月、宇都宮美でクリムト(1862~1918)の展覧会があったので、がんばって遠征してきた。大好きな画家だから1点々積み上げていこうという作戦。遠くまで足を運んだ甲斐があったのは2点、風景画の‘アッター湖のほとり’(レオポルト美)とワシントンのナショナルギャラリーが所蔵する‘赤子(揺りかご)’。

好きな画家の場合、ベスト5の選定にはおおいに迷う。こういうときは5点差し上げるといわれたと仮定して選ぶことにしている。宇都宮で展示された2点はいい気持でみたが、このラインにはとどかない。

5点のうち最初にでてくるのはまさに世紀末の1898年に描かれた‘パラス・アテナ’、この絵は日本に確か2回やって来た。だから、クリムトファンにとっては馴染みのファムファタルかもしれない。兜もゴルゴンをかたどった胸当てもそして、手に持つ槍もみな黄金、暗い背景に浮かび上がる妖艶なパラス・アテナ、この姿は一度見たら忘れられない。

同じモチーフをミュンヘンの画壇の中心的な存在だったシュトゥック(1863~1928)も描いている。こちらのパラス・アテナはまだお目にかかってないが、美形タイプの女性で理知的なイメージ、と同時にどこか冷やか。でも、‘罪’に登場する蛇を体にまきつけたファムファタルとくらべたらみるのは楽。

化粧品会社のCMとか装飾品の宣伝媒体などに出てきそうな女性が描かれた‘突風’はパステル画家のレヴィ・デュメル(1865~1953)の作品。18年前、Bunkamuraで開催された‘象徴派展’でこの画家の作品を5点みたが、この甘美な赤につつまれた女性の横顔が目に焼きついている。

三菱一号館美で来月から回顧展が行われるヴァロットン(1865~1925)は以前から気になっている画家。その作品が心に響くのは明るい光の描写。4年前にあった’オルセー美展ポスト印象派’(国立新美)に出品された‘化粧台の前のミシア’は俯瞰の視線でとらえた‘ボール’同様、お気に入りの一枚。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.29

バルテュスと節子夫人!

Img_0004      晩年のバルテュスと節子夫人

Img_0002   ‘朱色の机の日本の女’(1967~76年 ハリス・コレクション)

Img_0003     ‘トルコ風の部屋’(1963~66年 パリ ポンピドー)

今から17年前の1997年に東京都現美で大規模な‘ポンピドー・コレクション展’があり、美術の本に載っているマティやレジェらの有名な絵が沢山やってきた。そのとき2点目のバルテュス(1908~2001)と遭遇した。日本の女性をモデルにして描いた‘トルコ風の部屋’。

最初に出会ったバルテュスの絵は‘コメルス・サンタンドレ小路’、1987年の頃だが、それ以来本の図版でながめているが本物にはとんと縁がない。本物の作品と対面したのはそれから3年後、足を運んだメトロポリタン美にあった‘山’、その次に目の前に現れたのが大きな絵の‘トルコ風の部屋’。このときバルテュスが日本の女性と結婚したことを知った。

その節子夫人の美貌に仰天したのが2000年に放送されたNHKのバルテュスを特集した番組。二人の出会いはバルテュスが54歳で夫人が20歳のとき、年の差34歳!結婚はその5年後。着物がよく似合う節子夫人はフィギュアの真央ちゃんのように卵形の顔、番組に登場したころが58歳で画像でも十分に伝わってくる美しさ、若い頃は誰もが振り返る天使のような存在だったに違いない。

バルテュスの妻になった節子夫人をみてすぐ連想するのが女優の岸恵子、大変美しい彼女も25歳のときフランス人映画監督イヴ・シャンピと結婚している。若い岸恵子は世代がだいぶ違うから知らないが、‘金田一シリーズ’に出演したり日曜美術館にゲストでよく登場していたので関心の高い女優だった、今81歳だがお元気だろうか?

今回‘朱色の机の日本の女’をみることができた。平板な描き方も体を横向きにし丸い顔は正面性をだしているところも‘トルコ風の部屋’と同じ。節子夫人をモデルにした作品はもう一枚‘黒い鏡を見る日本の女’があるが、好みは今回出品されているほう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.28

バルテュス VS カラヴァッジョ プッサン

Img_0001     バルテュスの‘夏’(1935年 NY メトロポリタン美)

Img_0006 プッサンの‘エコーとナルキッソス’(1630年 パリ ルーヴル美)

Img_0004     バルテュスの‘目ざめ(Ⅰ)’(1955年 スコットランド近美)

Img_0005  カラヴァッジョの‘勝ちを誇るアモール’(1601年 ベルリン美)

展覧会を開催するとき製作される図録は見終わったあとしばらくは手元において感動した作品を中心によくながめている。だが、そこに書かれている論考はほとんど読まない。そして、作品毎に記述されている解説文についても気に入っているものにさらっと目を通すだけ。

今回のバルテュス(1908~2001)の回顧展についてもこのスタイルは変わらない。東京都美を退館したあと隣の方と感想を言い合いながら歩いていたら、絵の前についているプレートを読んだのか‘バルテュスはカラヴァッジョの影響を受けているのね’という、ええー、カラヴァッジョにも影響されていたの?そのあと別行動になったので電車のなかで図録をみてみた。

その絵は‘目ざめ(Ⅰ)’、その解説を読むとカラヴァッジョの‘勝ち誇るアモール’に想を得たとある。絵をみたときは変な顔だなというイメージが強く、惹かれないのであまりみず次の作品に移動した。この図録にはカラヴァッジョの絵がもう一点でてくる。‘おやつの時間’で参考にされている静物画の傑作‘果物籠’。

バルテュスが影響を受けた画家の話で知っているのはこの展覧会にもその作品の模写が出品されているピエロ・デッラ・フランチェスカだけ。だから、バルテュスとカラヴァッジョ(1571~1610)やプッサン(1594~1665)とのつながりはまったく気がつかなかった。とくにカラヴァッジョとの関連はとても興味深い。

今回の回顧展で心を強く打たれたのはバルテュスの光と影の表現、そのためカラヴァッジョのことがでてくるとすぐ合点がいく。バルテュスはカラヴァッジョが好きだったのだと。もう一人、プッサンの影響もあったのか!という感じ。‘夏’の手前に描かれている女性の姿、この大地に横たわるポーズはプッサンの‘エコーとナルキッソス’に登場するナルキッソスによく似ている。これも図録をみて目が覚めた。

図録のお蔭でバルテュスがフランチェスカだけでなくカラヴァッジョ、プッサン、そしてクールベともつながっていたことがわかった。才能のある画家は過去の偉大な画家から多くを学びそれをしっかり消化して自分流の表現を生み出す。バルテュスもその例にもれない。そして、バルテュスはカラヴァッジェスキでもあった!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.27

バルテュスのユニークな風景画!

Img_2     ‘崖’(1938年)

Img_0001_2      ‘樹のある大きな風景’(1960年 パリ ポンピドー)

Img_0003_2     ‘コメルス・サンタンドレ小路’(1952~54年)

Img_0004_2‘モンテカルヴェッセの風景(Ⅱ)’(1994~95年 バルテュス財団)

バルテュス(1908~2001)の描いた風景画でこれまで体験したのは‘夏’(今回出品作)と‘山’(ともにメトロポリタン美)の2点のみなので、回顧展で新たに遭遇した8点がいずれも新鮮にうつる。

‘崖’の前に立ったときすぐ頭をよぎったのはクールベの絵。大きな岩の塊をどーんと描いた作品をクールべは何点も描いており、この崖の感じとよく似ている。造形的な点からはそういえるが、光の描写はバルテュスのほうが明らかに強い。

9点のなかで最も長くみていたのが‘樹のある大きな風景’、この絵で連想したのはセザンヌ、ピカソ美にある‘レスタックの海’では手前の左右に大きな木が描かれているから、ひょっとするとバルテュスはこの絵を構図の参考にしたのかもしれない。

セザンヌ的なのは家々がコの字のように配置されたところだけ、地面にあたる光の輝きや画面の多くを占める影の部分の描写は光の画家バルテュスならではのもの。また、家の向こうの山は平面的な表現なので山の高さはあまり感じられない。

この絵ではっとすることがあった。それは左に描かれている後ろ向きの男性の姿。じつはこの人物は長いこと見慣れている。図録にも参考の絵として載っている‘コメルス・サンタンドレ小路’にこの人物がおなじ姿で登場する。

この絵の存在を知ったのは27年前、わが家における西洋絵画のバイブル‘世界 名画の旅(朝日新聞日曜版)’(全5冊 1987年 朝日新聞社)にバルテュスのこの絵が載っている。回顧展に‘部屋’同様、展示されることを密かに祈っていたが、儚い夢だった。でも、バルテュスの自画像といわれる後ろ姿の人物が‘樹のある大きな風景’に登場してくれたのでもって瞑すべしといったところ。

晩年の作‘モンテカルヴェッセの風景(Ⅱ)’にも足がとまった。目が釘付けになるのが右に描かれている細い川、図版では十分に色がでてないのだが、白と薄青がほかの色と比べて異様と思えるほど輝いている。バルテュスは自然の美しさや力強さを水の流れに強く感じたのだろうか。

回顧展に連動してバルテュスに関する美術番組が2つ制作されている。これも楽しみ!
・5/17 BSプレミアム ‘バルテュスと彼女たちの関係’(PM9時)
・5/25 日曜美術館 ‘バルテュス 4つのアトリエ’(AM9時)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.26

バルテュスの描く怖い顔の人物!

Img ‘トランプ遊びをする人々’(1966~73年 ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美)

Img_0001_3 ‘トランプの勝者’(1948~50年 ティッセン=ボルネミッサ美)

Img_0002_2     ‘部屋’(1952~54年)

1993年に東京ステーションギャラリーでバルテュス(1908~2001)の回顧展が行われたことを以前Baroqueさんに教えてもらった。当時名古屋にいたが、仮にその情報が入ったとしても新幹線に乗って見に行くことはなかったと思う。それほどバルテュスは遠い存在だった。

その画家に関心をいだくきっかけになったのが2000年にNHKで放送された‘バルテュスの光の世界へ’、ビデオの一部が東京都美の展示室の一角に再現されたバルテュスのアトリエ(スイス・ロシニエール グラン‣シャレ)で流されている。番組で紹介された作品のうち今回‘16歳の自画像’、‘猫たちの王’、‘夢見るテレーズ’、‘窓、クール・ド・ロアン’を運よくみることができた。

この番組のあとバルテュスの情報を集め画業の一部を把握し、それらの作品をみたいという気持ちがだんだん強くなってきた。でも、実際にお目にかかったのは7点ほど、‘キャシーの化粧’、‘鏡の中のアリス(ポンピドー)、‘夏’、‘山’、‘目を覚ましたテレーズ’(MET)、‘トランプの勝者’(マドリード ティッセン=ボルネミッサ美)、‘街路’(MoMA)、バルテュスの作品はその多くを個人が所蔵しているので、7点もみれたのは上々かもしれない。

‘部屋’(個人蔵)が購入した美術本に現れたときは衝撃が走った。カーテンを開けている少女の顔の怖いこと!この絵が東京都美の回顧展にやって来ることを密かに願っていたが、やはりダメだった。この少女のように不気味な印象を与える目と鼻をもつ人物は‘トランプの勝者’にも描かれている。カードを持った手をうしろにまわしている右の男性。

今回同じような怖い顔をした人物が登場する作品が1点でていた。ロッテルダムにある美術館が所蔵する‘トランプ遊びをする人々’、描かれている2人の男女、彫刻のような目と鼻はまったく同じだから性差を感じない。この顔で睨まれたら体がちじみあがってしまう。図録の解説によるとこの絵はバルテュスが日本でみた歌舞伎に想を得たとある。そして、学芸員は‘人物は歌舞伎でいう見得をしているかのようである’と続ける。

これをさっと読むバルテュスは見得に刺激を受けて人物の目をこういう風にしたのかと思ってしまう。これは誤解を与える。バルテュスは1954年に‘部屋’を完成させており、日本にはじめて来たのは1962年のことだから、歌舞伎の見得は関係ない。ただ、見得のことをバルテュスが知っており‘部屋’にでてくる少女に見得をきらせたという話なら、間違ってないのだが。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014.04.25

光の画家 バルテュス!

Img_0003     ‘キャシーの化粧’(1933年 パリ ポンピドー)

Img_0002     ‘夢見るテレーズ’(1938年 NY メトロポリタン美)

Img_0006  ‘美しい日々’(1944~46年 ワシントン ハーシュホーン美)

Img_0001     ‘地中海の猫’(1949年)

昨年NYのMoMAでバルテュス(1908~2001)の‘街路’をみることができた。この絵をみるのに長い時間がかかったが、それから1年経ち今度は上野の東京都美で願ってもない大回顧展(4/19~6/22)。こんな風にこれまで作品に縁がなかった画家が短期間で近い存在になることがときどきある。

関心の高い油彩は全部で48点でている。よく描かれたモチーフは猫と少女、そして風景画も9点ある。今回大きな発見があった。それは画集の図版ではわからない光や影の描写、バルテュスは類まれな光の画家だった!
展示室では照明を通常より落としているのは自然の光のもとで絵肌を輝かせるように描いたバルテュスの思いをくんでいるから。

光の輝きに驚愕する作品が4点あった。‘キャシーの化粧’、‘夢見るテレーズ’、‘美しい日々’、‘読書するカティア’。一度ポンピドーでみたことのあるキャシー、白い肌が発光体のように輝いている。画面から少し離れてみるとその様子が実感できる。その横にいるのがバルテュス、大変なイケメン。

バルテュスのアトリエの近くに住んでいたテレーズ、思春期を迎えたこの少女に左から強い日差しがあたっている。曲げた片足のすねと傾けた顔の頬にあたる強い光と腿の部分の影のコントラストがとてもリアル。この絵がMETにあることは展覧会のチラシをみて知った。昨年この美術館を訪れた際はお目にかかれなかったから、嬉しい出会いになった。

‘美しい日々’はMET同様足を運んだワシントンのハーシュホーン美のコレクション、バルテュスのこんないい絵を所蔵していたとは。驚くことに今回ここから3点出品されている。アメリカの美術館はこれだからスゴイ。目を奪われるのは右の暖炉の火の輝き!火の勢いを調整している男に動きのあるポーズをとらせ、中央の静かに手鏡をみる少女に大人の魅力をまとわせた画面構成、思わず息を吞んでみていた。これが図録の表紙に使われているのは即納得。

今回最も魅せられたのは‘地中海の猫’、そのシュールな表現に200%KOされた。7色の虹からなんと魚が飛び出してくる!そして、最後にテーブルの上の皿に体を横たえる。これを目をつりあげた猫男が食べるのか、こんなおもしろいアイデアをバルテュスはどこから思いついたのだろうか?この絵をみたらダリでもマグリットでも裸足で逃げるにちがいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.24

嬉しい‘キトラ古墳壁画’の公開!

Img_0001     ‘キトラ古墳壁画 朱雀’(南壁 7世紀末~8世紀はじめ)

Img_0003_2     ‘白虎’(西壁)

Img_0004_2     ‘玄武’(北壁)

Img_0005     ‘キトラ古墳壁画 天井 天文図’(複製陶板)

待望の‘キトラ古墳壁画’の公開(4/22~5/18)が東博ではじまったので昨日出かけてきた。GWに入るとかなりの混雑が予想されるため出動はいつもより特別早くした。10時15分に本館の前にできている列の最後尾に並んだ。これで30分待ち。

展示されている部屋は‘土偶展’や‘円空展’をおこなった1階の正面5室。チケットをみせて中に入ってから最後に飾ってある本物の壁画までたどりつくのにさらに30分くらいかかる。2年前同じように長い列に並んでみた‘清明上河図巻’とちがって、モチーフは5つしかないから、ひとつ々目に焼きつけてぽんぽんぽんとみると感じ。

単眼鏡を使うにしても立ち止まるわけにはいかないから、顔の目に照準を合わせて歩きながら素早くみた。わずかな時間ではあるがこの壁画を奈良県明日香村へ行かなくて東京で今この目でみたというのは何事にもかえがたい貴重な体験。だから、すごく充実感がある。おそらく皆同じような気持ちではなかろうか。

‘四神’のなかで南を守る‘朱雀’、高松塚古墳にはないので目に力が入る。朱雀とか鳳凰とか、そして孔雀は鳥のなかでも別格扱いの存在、鋭い目に魅せられる。羽の色は土色にまじって朱がうすく残る。順番としては3番目に配置されている。

体全体の輪郭がよくわかるのが西方の守護神‘白虎’、目が大きく鼻は人間みたいで口を正月の獅子舞のように大きく開けているのが印象的。躍動感のある前足をみて視線を後足のほうへ移すと、目がしっかり形をつかまえられない。尾っぽが二つに分かれる感じ、そのどちらかが右の後足のはずだが、このへんがはっきりしない。

最初にみられる北の守り神‘玄武’はユニークな造形が目を惹く。亀は頭をうしろに反り返らせるようにして蛇を睨みつけている。蛇の形がとても複雑、その顔を円周のように丸めた体を上下にくぐらせて亀の前に突き出している。ぱっとみただけでは体の曲がり具合はわからず、絡まった一筆書きを解きほぐすよう。

部屋に入ってすぐのところに並べてある複製陶板では天井の‘天文図’を興味深くみた。星が金箔で表現され星座は朱線で結ばれている。隣の方が‘北斗七星’をみつけてくれたのでそれをしっかりみた。そして、東の日像、西の月像もわかった。

今年はこのキトラ古墳壁画をみることを楽しみにしていた。ミューズに感謝!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.23

マー君 レッドソックス戦に好投 3勝目!

Img     1回裏 レッドソックスの主砲オルティスを三振にとるマー君

Img_0001

Img_0002     マー君はインド僧無著の生まれ変わり?

ヤンキースのマー君は本日のレッドソックス戦に好投し3勝目をあげた。今のマー君のピッチングをみていると、こんなにうまく大リーグに適応できるものなのか、夏場あたりから出来すぎることへの反動がくるのではないかと逆に心配になってくる。

ボストンの本拠地での登板なので、投球にも多少は影響あるかなと思っていたが、その心配もどこ吹く風、1回の裏、先頭バッターのサイズモアに左中間にいい当たりをされたが、昨年までこのフェンウエイパークでセンターを守っていたエルズベリーが好捕してくれピンチを防いでくれた。

次のペドロイアにレストに2塁打を浴びたが、そのあとのピッチングが圧巻だった。三番の主砲オルティスを最後スプリットで空振り三振にとると次のナポリからも三振を奪った。ランナーを2塁に背負ってもまったく落ち着いており、ばたばたした投球にならない。この安定感はスゴイ。

今日のヤンキースの打線は活発で9点とり、7回1/3まで投げたマー君は2失点のみ。4回に与えたこの2点は迫力がある対戦だった。1アウトをとり迎えたバッターはオルティス、今度はこちーんと右中間スタンドに運ばれた。流石、オルティス。惚れ惚れするようなホームラン、この一発はご愛嬌だったのに、続く4番のナポリにもレフトにガツンと放り込まれた。

マー君のようにコントロールのいい投手と対戦するとき、打者は荒れ球がないぶん打てそうなところにくるといいスイングができる。だから、すこしでも高低を間違うとスタンドにもっていかれる。この2本の連続ホームランはコントロールのいいピッチャーの落とし穴の典型的な例。

ダルビッシュがまだ1勝なのにマー君はこれで3勝。その安定した投球内容は今やヤンキース先発陣のエース的存在。ストレートが150キロ前後でてスライダー、スプリットはずばずば決まれば、そう連続して打ち込まれることはない。ヤンキースは今のいい状態を続けられるかはまだわかないが、マー君がチームに活気を与えていることはまちがいない。ヤンキースの試合をみることが多くなりそう。

ところで、マー君の顔が誰かに似ていると思っていたが、その人物に最近はたと気がついた。運慶が彫った‘無著立像’!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.22

ズームアップ 名画の響き合い! 1897年

Img_0006     ゴーギャンの‘われわれはどこから来たのか?’(ボストン美)

Img_0005_2     アンリ・ルソーの‘眠るジプシー女’(NY MoMA)

Img_0003_2     アンソールの‘仮面と死神’(リエージュ市美)

Img_0001_2     バーン=ジョーンズの‘愛に導かれる巡礼’(テート・ブリテン)

アメリカのボストン美が所蔵する絵画などのコレクションは頻繁に日本で公開されるので、パリのオルセーやルーヴル同様ボストン美は日本の美術ファンにとってはとても身近な感じのする美術館ではなかろうか。

今年は6月の下旬から世田谷美で開かれる‘華麗なるジャポニスム展’(6/28~9/15)でモネの‘ラ・ジャポネーズ’やゴッホの‘ルーアン夫人’が展示され、秋には三菱一号館美にミレーの‘種まく人’がやって来る。だから、現地に出かけなくとも、美術好きを長く続けていれば日本に居ながら西洋絵画の傑作を楽しむことができる。美術鑑賞の心得はあせらず急がず。長いレンジで目の前に現われる名画をしっかり味わうにかぎる。

5年前、東近美になんとゴーギャン(1848~1903)の最高傑作‘われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへいくのか’が登場した!この絵がボストン美から離れてよその国へ貸し出されたことが過去にあっただろうか? こんな‘事件’ともいえるような名画の展示が行われるのだから日本はつくづく美術大国だなと思う。

アンリ・ルソー(1844~1910)の‘眠るジプシー女’は昨年1月にMoMAでみたばかりだからまだ記憶が鮮明に残っている。おとなしいライオンとその横で眠るジプシー女、そしてマンドリンが並行的にぺたぺたと貼られている感じ。変な絵だが、このトリッキーな組み合わせが不思議な魅力を生み出している。

現在改修工事のため休館している東京都庭園美、ここで何年前アンソール(1860~1949)の回顧展が開かれ、代表作の一つ‘仮面と死神’が展示された。髑髏とか仮面のような普段目にしないものがでてくると心がザワザワする。強い存在感のあるのが左の白塗りを顔。中央の髑髏とこの口をあけ感情をあらわにする人物の静と動の対比が今も目に焼きついている。

つい2ヶ月前にみたバーン=ジョーンズ(1833~1898)の‘愛に導かれる巡礼’は大収穫の一枚。図版ではよくながめていたが、本物がこれほど大きな作品だったとは。大変惹かれているバーン・ジョーンズのいい絵が三菱一号館美であった回顧展(2012年)と今回の‘ラファエロ前派展’で姿を現してくれた。めぐり合せの良さを胸にかみしめミューズに手を合わしている。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.21

わくわくワールドツアー! 敦煌・莫高窟

Img_2      莫高窟のシンボル 巨大楼閣

Img_0001_2      第45窟の7体の像(部分)

Img_0002_2        美しい脇侍菩薩像

Img_0003_2      第57窟の莫高窟一番の美人画

先月TBSの‘THE 世界遺産’に2週連続で敦煌・莫高窟が登場した。TV各局は砂漠の大画廊、莫高窟を特集する美術番組を定期的に制作しており、2年前にも大竹しのぶがナレーションした‘シルクロード’(BSフジ)にもでてきた。こうした番組をみるたびに敦煌への旅心が掻き立てられる。

じつは2010年の3月に敦煌旅行をすることにしていた。だが、ローマで開かれた‘カラヴァッジョ展’のほうへ心が強く動いたため敦煌行きはキャンセル。この変更はいい判断だったと思っているが、敦煌が遠のいたことは確かで今は中国ツアーの優先順位がなかなか上がってこない。

かなり前NHKが制作した‘シルクロードシリーズ’や平山郁生らが出演した莫高窟のライブ中継などを熱心にみたから、この石窟のなかに描かれた仏教壁画や仏像彫刻の概要はおおまかにはインプットされている。どの番組でも必ず取り上げられるのが第45窟の7体の像(唐時代 8世紀)。

このなかでとくに魅せられるのが真ん中の弥勒仏坐像の左右にいる脇侍菩薩像。抜けるような白い顔が美しいこと!日本にある仏像でこの菩薩の魅力に勝るものはない。シルクロードでこの菩薩をみて以来、いつか対面したいと思い続けている。

492ある石窟に描かれた仏画のなかで一番の美人といわれているのが第57窟の壁画。この女性も心を打つ。世界遺産ではこのほかに第130窟にある26mの大仏(奈良の大仏の2倍の大きさ)や涅槃像などがでてきた。実際、敦煌へ行くとなると莫高窟のどの窟へ入るかが大きな関心となってくる。ツアーでいくつの窟をまわるのかチェックしてないが、45窟と57窟は含まれている? 気になるところ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.20

ズームアップ 名画の響き合い! 1896年

Img_2 ロートレックの‘ボレロを踊るマルセル・ランデ’(ワシントン国立美)

Img_0002_2          モローの‘ユピテルとセメレー’(パリ モロー美)

Img_0003_2           バーン=ジョーンズの‘希望’(ボストン美)

Img_0001_2     クノップフの‘愛撫’(ブリュッセル ベルギー王立美)

来年の話だが三菱一号館美でワシントンのナショナルギャラリーが所蔵する印象派コレクションをお披露目する展覧会(2/7~5/24)が開催される。3年前、国立新美にマネやモネ、ルノワールなどいい絵がどっとやってきて多くの美術ファンを楽しませてくれた。それからあまり時間がたってないのにアゲイン印象派展。

さて、三菱一号館はどんな名画をみせてくれるのだろうか?期待したいのは前回数が少なかったロートレックとゴーギャン。ここにはロートレック(1864~1901)のいい絵がいくつもある。過去2回の訪問で運よく10点くらいみることができた。昨年は追っかけ画の‘シルぺリック劇場でボレロを踊るマルセル・ランデ’との対面が叶ったからいうことなし。

もし、この絵あるいは‘ムーラン・ルージュのカドリール踊り’、‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの片隅’が展示されたらご機嫌になる、はたして?ついでにいうとゴーギャンの狙いは‘自画像’、‘悪魔の言葉’、‘ファタタ・テ・ミティ’のどれか。

モロー(1826~1898)の最晩年の傑作‘ユピテルとセメレー’が生まれたのが1896年、今から23年前パリのモロー美を訪問した。だいぶ前のことなのでみた作品の記憶が一枚を除いてすっかり消えている。目に焼きついているのは‘出現’、これがみたくて足を運んだのだから忘れようがない。

ところが、大きな絵‘ユピテルとセメレー’についてはみたぞ!という実感が消えている。でも、当時のアルバムをみたらちゃんとこの絵の絵葉書も張り付けられているからみたことはみている。おそらく、‘出現’があまりに衝撃的な絵だったので、鑑賞エネルギーが全部そこに吸い取られ‘ユピテル’を保存する場所がなかったのだろう。だから、もう一度美術館へでむきこの絵をじっくりみようと思っている。

アメリカの美術館でラファエロ前派の作品をみる機会は極めて少なく、3点しかない。バーン=ジョーンズ(1833~1898)の‘希望’(ボストン美)と‘愛の歌’(メトロポリタン美)、そしてロセッティの‘ベアタ・ベアトリクス’(シカゴ美)。‘希望’がどんな経緯でボストン美のコレクションに加わったのか知らないが、白い花をいっぱい咲かせた枝を右手にかかえ上のほうを見つめているこの女性に大変魅了されている。

バーン・ジョーンズの画風に影響をうけたベルギー象徴派のクノップフ(1858~1921)が43歳のときえがいたのが代表作‘愛撫’、この絵をブリュッセルではじめてみたときはいつになく興奮した。視線が向かうのが右のスフィンクスの女、その体は誰でも豹を連想するにちがいない。左の人物は男性のようでもあり女性のようでもある。つまり両性具有、この絵でいっぺんにクノップフに嵌った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.19

ズームアップ 名画の響き合い! 1895年

Img_0005     セザンヌの‘赤いチョッキの少年’(ビュルレコレクション)

Img_0004ロートレックの‘ムーランルージュの女道化師’(ラインハルトコレクション)

Img_0001     ミュシャの‘ジスモンダ’

Img_0002     ムンクの‘マドンナ’

絵画鑑賞の体験をいろいろ積み重ねるにつれて西洋絵画史に残る名画がどこの美術館におさまっているかもわかってくる。一旦情報をえると‘夢の美術館’なのに気持ちの上では‘美術館訪問モード’のスイッチがオンになる。そう思ってアートライフを生きるほうが楽しいからどうしてもそうなる。

スイスのジュネーブに若い頃住んでいたことがあるが、当時美術にたいする関心は普通のレベルを少しこえる程度で今ほど強くなかった。だから、この国にある美術館が印象派や近代絵画のいい絵を沢山所蔵していることはまったく知らなかった。

それから時が流れ今ではいつかスイスで美術館めぐりをしようという気になっている。われわれの歩んできた道というのは予測のつかないことばかり。チューリッヒを再訪したとき是非訪問したいのはビュルレ・コレクション。

ここでみる名画のシミュレーションはもうできている。真っ先に足を運びたいのはなんといってもセザンヌ(1839~1906)の‘赤いチョッキの少年’、美術の教科書かなにかでこの絵をみて以来少年の異様に長い右腕が気になってしょうがない。

チューリッヒからそう遠くないところにあるヴィンタートゥールという街には美術館がいくつも存在しているようだ。そのなかで美術本に載っている印象派の名画をごそっと所蔵しているのがオスカー・ラインハルト・コレクション。

ここにロートレック(1864~1901)の追っかけ画がある。‘ムーランルージュの女道化師’、リトグラフのものはみたことがあるが油彩はこの美術館へ出かけないとみれない。コレクションはほかにもゴッホの有名な絵などがあるからなんとしても行きたい。とにかくこの美術館とモスクワのプーシキン美を訪問しないと印象派ライフワークは完結しない。

1895年はミュシャ(1860~1939)の名前がパリ中に知れ渡った年でもある。女優サラ・ベルナールに依頼されてつくったポスター‘ジスモンダ’が大当たり。この絵によってミュシャは時代の寵児になった。この絵がパリっ子に快感を与えていたころ、北欧ノルウエーではムンク(1863~1944)がドキッとするような‘マドンナ’を描いている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.18

ズームアップ 名画の響き合い! 1894年

Img     ロートレックの‘ムーラン街のサロン’(アルビ ロートレック美)

Img_0001  セガンティーニの‘悪しき母たち’(部分 ウィーン オーストリア美)

Img_0003     ヌンクの‘夜の天使’(オッテルロー クレラー=ミュラー美)

Img_0002  イーヴリン・ド・モーガンの‘フローラ’(ド・モーガン財団)

ロートレック(1864~1901)の油彩をもっとみたいと思うようになったのは2008年にアメリカで美術館めぐりをしてから。昨年は幸運なことにワシントンのナショナルギャラリーでTASCHENのロートレック本の表紙に使われている‘シルペリック劇場でボレロを踊るマルセル・ランデ’にお目にかかることができた。

これで残りは3点。そのひとつがロートレックの故郷アルビにあるロートレック美が所蔵する‘ムーラン街のサロン’、ここは客を待っている娼婦たちのいる部屋。ぱっとみると人物や部屋の様子が平板に描かれている感じだが、女たちの配置がよく計算されており、部屋がとても広くみえる。右の立ち姿の女は体の半分が画面の外にはみ出しているが、これは明らかに浮世絵の影響。

4.5年前サントリー美で充実した内容のロートレック展があった。アルビからも数点出品されたが、この絵はダメだった。やはり、美術館の目玉だから期待すること自体だいそれている。日本にやって来るとすれば改築工事のため休館するときくらいだろう。まあ、これも可能性は低い。だから、どうしてもこの美術館を訪ねていくしかない、夢が実現するだろうか?

11年前ウイーンを旅行したとき、クリムトのあの有名な‘接吻’が飾ってあるベルヴェデーレ宮殿へ出かけた。予定通りお目当ての絵を楽しんだが、それとは別に意外なイメージをいだかせる絵と遭遇した。それはセガンティーニ(1855~1899)の描いた‘悪しき母たち’、‘ええー、セガンティーニにこんな官能的な女性の絵があったの!?’というのは率直な反応だった。

この画家の画風は大原美にある‘アルプスの真昼’でできあがっていたから、二つの絵のギャップの大きさに正直とまどった。この絵によりセガンティーニには象徴派という顔もあることを知った。クノップフにしてもデルヴィルにしてもベルギー象徴派の絵に登場する女性はとても美形。描かれた舞台は静かで霞がかかったような演出がされているのでよけいに女性の容貌の美しさに惹かれていく。

夜景画を得意としたヌンク(1867~1935)の‘夜の天使’は月明かりに照らされた夜の森の情景だが、絵全体の雰囲気はセガンティーニの絵と通じるものがある。天使の羽と衣装が一体となって緩やかな円弧をつくり、これに呼応するように道も左右にまがりながら遠くまでのびている。

ボッティチェリの‘春’を連想させる‘フローラ’を描いたのは陶芸家のウィリアム・ド・モーガンの妻、イーヴリン(1855~1919)。ボッティチェリの作品をこよなく愛しているので、この絵を15年くらい前日本の展覧会でみたときは心に響いた。ルネサンスモードに満ち溢れているのはこの絵がフィレンツェで制作されたためかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.17

上質の岡田コレクション!

Img_0001     尾形乾山の‘色絵紅葉文透彫反鉢’(18世紀)

Img_0002     ‘青磁象嵌雲鶴菊文瓢形水注’(高麗時代 13世紀)

Img_0004         伊藤若冲の‘花卉雄鶏図’(18世紀)

Img_0005     東山魁夷の‘朝の聖堂’(1971年)

特別公開の‘深川の雪’をみたあと、岡田美の所蔵作品も一通りみた。実業家岡田和生氏が蒐集した日本と東洋の美術品のなかで以前みたことがあるのは2点だけ。驚くのはその数を多さだけでなく、目の前に現れる絵画や陶磁器、工芸品にいいものが多いこと。だから、見終わるのに予定の倍の時間がかかった。

残念なことにコレクションを掲載した図録がないので、販売している絵葉書に選ばれた作品しか紹介できない。4点だけではコレクションの質の高さを十分に伝えきれないので、足がとまったものを記憶違いがあるかもしれないがざっとまとめておきたい。( )の数字は作品の数

<絵画>
雪村(1) 狩野探幽(1) 狩野山雪(1) 狩野秀頼(2) 俵屋宗達(1) 尾形光琳(2) 酒井抱一(1) 鈴木其一(1) 鈴木守一(2) 池田孤邨(1) 神坂雪佳(2) 円山応挙(1) 長沢蘆雪(2) 呉春(2) 伊藤若冲(2) 曽我蕭白(2) 与謝蕪村(1) 森狙仙(2) 原在中(1) 谷文晁(1) 渡辺崋山(1) 浦上玉堂(1) 喜多川歌麿(2) 葛飾北斎(2) 歌川広重(2)

橋本雅邦(1) 横山大観(2) 菱田春草(1) 下村観山(1) 上村松園(4) 村上華岳(1) 速水御舟(1) 小林古径(1) 前田青邨(2) 松林柱月(1) 東山魁夷(1) 森本草介(1)

<陶磁器・工芸品> 
野々村仁清(4) 尾形乾山(6) 古九谷(10) 鍋島(10) 志野(1) 織部(1) 絵唐津(1) 板谷波山(2) 唐三彩(6) 砧青磁(3) 天目茶碗(2) 豆彩(3) 青磁象嵌(5) 薩摩切子(2) 

尾形乾山(1663~1743)の‘色絵紅葉文透彫反鉢’は同じモチーフを扱ったものが数点あるが、これが最もいい。ずっと個人蔵としてインプットされておりこれまで3度みたが、岡田コレクションだったとは!光琳との合作の角皿も1点あった。乾山の横に飾ってある仁清もいいのがある。

高麗時代につくられた‘青磁象嵌雲鶴菊文瓢形水注’は絶品。思わず、‘うわー!’と唸ってしまった。ほかにも清時代の大きな豆彩に目が釘付けになった。 

絵画はこんなにいい絵をもっているの!という感じ。伊藤若冲(1716~1800)の‘花卉雄鶏図’は手元にある画集に載っていない作品。もう一点ある戯画‘三十六歌仙図貼絵貼屏風’もはじめてお目にかかった。これは収穫。蕭白の2点もインパクトのある絵。

明治以降に活躍した画家の作品では上村松園の4点がすばらしい。そして、逸品室と名のついたコーナーに展示してあった東山魁夷(1908~1999)の‘朝の聖堂’にも大変魅了された。また洋画家の森本草介が一点あった。草介の絵は現在号100万円だから、この女性の絵はおそらく1億円を超えている。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014.04.16

歌麿の‘深川の雪’と対面!

Img     歌麿の‘深川の雪’(1802~06年 箱根 岡田美)

Img_0001

Img_0003

Img_0004

箱根の岡田美で公開されている歌麿の‘深川の雪’(4/4~6/30)をみてきた。13日の日曜美術館で紹介されたことでさらに関心が高まっている感じで平日なのに大勢の人がいた。10時半頃に着いたとき段々畑風につくられた駐車場の下から3つ目を案内された。75台のキャパがあるが、土日はかなり混みそう。

お目当ての‘深川の雪’は2階に展示されている。部屋の中は照明を落としているため大きな絵が発光体のように輝いてみえる。これまでこれほど大きな喜多川歌麿(1753~1806)の絵にお目にかかったことがない。縦199㎝、横341㎝。この大きな画面に描かれている人物は27人。左下の坊やを除くとみな女性。大半は深川芸者であとは女中たち。

絵としては一枚だが、描かれた女性たちを単独あるいは数人のかたまりとして切り離して鑑賞しても十分楽しめる。だから、歌麿の作品を何点もみたような気分。さらに嬉しいことに絵全体の色の具合がなかなかいい。これは発見されたとき絵の部分はそれほど痛んでいなかったことと修復を念入りに行ったため。

じっくりみて気がついたことをいくつか。これは芸者を描いたものだから当然のように一人々の容貌や体のポーズ、手の動きに視線が集中する。とても印象深いのが下唇の緑の笹色紅、芸者は全員この化粧をしている。緑の口紅ですぐ思い浮かべるのは渓斎英泉の絵に登場する遊女。英泉の女が笹色紅でそのくずれた妖艶さが増幅されるのに対し、歌麿が描く芸者たちはそんなイメージはなく流行に敏感な女性の気持ちがそのまま現れている。

歌麿の細やかな描写がみてとれるのは一番手前で背をこちらにむけ腰をまげながら火鉢のまわりにいる女たちをみている芸者。腰のところに右手の一部を小さく描いているのがじつにいい感じ。鳥居清長の絵に同じようなポーズで料亭の二階から海のほうを眺めている女が描かれているのを思い出した。歌麿はホイッスラーのように清長の絵を意識したのかもしれない。

女性たちの顔の表情で思わず口元が緩むのが庭の向こうの座敷にいる女中ふたり。眉毛がハの字に描かれ顔はまさにお多福、なにか可笑しいことがあったのか口元に手をやりほほほっと笑っている。外は雪が降り寒む寒むとしているのに、この座敷のなかには笑い声があり、また隣では女たちが拳の遊びに夢中になっている。歌麿の女たちをみつめる目は本当に優しい。

三部作‘雪月花’のうち最晩年に描かれ最も大きな‘深川の雪’が日本で奇跡的に発見され66年ぶりにここ箱根で公開されている。体が熱くなるくらい嬉しい。この絵の次は‘吉原の花’(ハートフォード ワズワース・アセニアム美)、東博で数年のうちに‘大歌麿展’が開催され、‘深川の雪’と‘吉原の花’が並んで飾られることを確信している!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.15

ズームアップ 名画の響き合い! 1893年

Img ゴーギャンの‘果実を持つ女’(サンクトペテルブルク エルミタージュ美)

Img_0001     ムンクの‘叫び’(オスロ国立美)

Img_0003     デルヴィルの‘死せるオルフェウス’

Img_0005 トーロップの‘三人の花嫁’(オッテルロー クレラー=ミュラー美)

海外旅行を団体ツアーに参加し楽しんでいる方は美術に対する知識が豊富になくても、観光の行程に美術館への入場が入っていることが多いので絵画や彫刻の傑作に接しているとアートへの関心が知らず知らずのうちに高まっていくことがあるのではなかろうか。

だから、個人旅行による美術館巡りでなくても一般的なツアーに参加すれば、名の知れた大きな美術館ならかなりの成果が得られるのは請け合い。15年前、サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美を訪問したくてロシア旅行に参加した。

この美術館で強く印象に残る画家は3人、レンブラント、ゴーギャン、そしてマティス。今手元にそのとき購入した日本語版の図録が2冊あるが、15点所蔵するゴーギャン(1848~1903)は5点掲載されている。ところが、展示室では相当興奮していたせいかみたという実感が残っているのは心を奪われた‘果実を持つ女’ともう一点のみ。

タヒチの女を画面の大半を使って描いた‘果実を持つ女’はそれ以来魅せられ続けている。このあと2回みる機会があった。一度は日本で、そして2010年にはロンドンのテートモダンで開催されたゴーギャンの回顧展で対面した。

ムンク(1863~1844)の描いた‘叫び’は今最も関心のある絵。小さいころから美術の本で知っているのにこの名画は本物との距離がとても遠い。北欧はロシアへ行ったときトランジットでヘルシンキに立ち寄っただけ、ムンクの作品がどどっとみれるオスロ、どんな街だろうか。

ベルギーの象徴派の画家デルヴィル(1867~1953)、これまで体験した作品の数は少ないがその幻想的な空気につつまれた細緻で耽美的な世界には惹かれている。見たい度の強いのはブリュッセルのベルギー王立美にある‘悪魔の宝物’、この美術館に2回も足を運んだのにいずれも姿を現してくれなかった。この絵が日本にやってくることはおそらくないだろうから、みるためには再度ベルギー旅行をするしかない。ムール貝で隣の方を誘っているが、反応はよくない。

オランダのクレラー=ミュラー美にあるトーロップ(1858~1928)の‘三人の花嫁’は現地ではなく、日本であった展覧会でお目にかかった。一見すると、花嫁たちの描き方が少女漫画にでてくる女性のよう。異常に長く垂れ下がる髪の毛は蔦がうねっている感じ、視線が釘付けになるその描線はどこかクリムトの金色の絵と重なる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.14

ズームアップ 名画の響き合い! 1892年

Img_0006     ゴーギャンの‘昼寝’(NY メトロポリタン美)

Img_0007     ロートレックの‘ムーラン・ルージュにて’(シカゴ美)

Img_0001     セザンヌの‘カード遊びをする人たち’(パリ オルセー美)

Img_0003     ドニの‘四月’(オッテルロー クレラー=ミュラー美)

印象派やポスト印象派が好きな人にとってパリのオルセー美は特別の美術館、日本で馴染みの東博のようにここへ頻繁に訪問できれば理想的なアートライフ。そういう風になりたいが、実現はまだまだ先。

オルセーでは印象派のオールスターたちの名画の数々が楽しめる。マネ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ロートレック、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、この9人の作品でMYベスト5に入れているのはモネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ほかの画家はオルセー以外の美術館が所蔵するものを選んでいる。

これは裏を返せば印象派の作品が世界中で愛されているということ。とくに名画がごそっと集まっているのがアメリカ。その感を強くしたのがロートレック(1864~1901)の油彩、08年美術館巡りをしたときシカゴ美で出会った‘ムーラン・ルージュにて’は忘れられない一枚になった。

この絵をロートレックのベストワンにしているのは構図に惹かれているから。浮世絵ファンならこの構成に間違いなく嵌る。ライトを下から浴びてうす青緑の顔が不気味に浮かび上がる右端の踊り子、顔の一部が画面からはみ出すところはまさに広重の描く浮世絵風。これが心を揺すぶる。

同じ年にメトロポリタンでみたゴーギャン(1848~1903)の‘昼寝’にも完璧にKOされた。描かれた4人のタヒチの女性はきれいに円をつくっており、後ろむきに座っている女が体を傾ける姿はロートレックの対角線の構図同様、画面に動きを与えている。そして目に焼きつくのが真ん中で横向きに寝そべっている女の衣服の赤。ゴーギャンの赤や緑、紫には強烈なパワーがある。この絵は一生の思い出。

セザンヌ(1839~1906)の作品ではこの‘カード遊びをする人たち’はどうしても外せない。肖像画の傑作も多く残したセザンヌだが、この人物画は風俗画だから、カード遊びに興じる農夫からは個性は消えている。二人は無表情でカードを静かに楽しんでいる。勝負がついたあとは、‘今日は俺の勝ちだな’とつぶやいて椅子から離れるのだろう。

4年前、国立新美で‘オルセー美展ポスト印象派’が開催され、ドニ(1870~1943)の作品が結構な数展示された。そして、2011年には損保ジャパン美で回顧展に遭遇。この二つの展覧会によりド二の画業にだいぶ近づくことができた。‘四月’はクレラー=ミュラー美で魅了された作品。S字に曲がる道にそって白い衣装を着た女性たちが野原の草花を摘んでいる。この絵の画面構成も浮世絵をみているような気分になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.13

千葉市美の‘中村芳中展’!

Img       ‘扇面貼交屏風 大根とくわい’(18~19世紀 細見美)

Img_0001            ‘白梅図’(18~19世紀 千葉市美)

Img_0002     ‘蝦蟇・鉄拐図屏風’(18~19世紀)

Img_0003     ‘光琳画譜 仔犬’(1802年 千葉市美)

美術館が好きになる要素としてアクセスの良さというのがある。少しばかり体を動かせばたどり着くというのはなんといっても魅力。でも、アクセスだけが美術館へ行く決め手ではない。多少時間がかかっても足を運ぼうと思う美術館だってある。千葉市美はそんな美術館のひとつ。ここで期待の‘中村芳中展’(4/8~5/11)がはじまった。

中村芳中(?~1819)の回顧展に遭遇するのははじめてのこと。琳派の作品を集めた特別展があるとき、芳中(ほうちゅう)の作品も出品されるが数はほんの数点。だから、これまでみたものはほかの絵師と比べると圧倒的に少ない。

この状況がずっと続くものと思っていたら、流石、回顧展が得意の千葉市美、3年前開催した‘酒井抱一展’の勢いで‘中村芳中展’にまでチャレンジしてきた。エライ!お蔭で芳中にぐぐっと近づくことができた。

会期は一ヶ月ちょっと。二週間で作品が入れ替わる。作品は全部で216点、このうち芳中は120点ほど。最初のほうに展示してある扇面貼交屏風にはいろいろなモチーフが登場する。思わず足がとまったのが‘大根とくわい’、そしてある絵が頭に浮かんだ。それは若冲が描いた野菜の絵、茄子、南瓜などとともに大根、くわいがでてくる。

芳中というとすぐイメージするのが墨や色のたらし込み技法。それをとても美しく感じさせてくれるのが‘白梅図’、縦に伸びる枝ぶりと太い幹のどんとしたおさまりかたは生け花をみるようでもあり、また盆栽のイメージ。でも、そのフォルムはかなり前衛的。

今回の収穫は人物や動物を描いたもの、そのなかで長くみていたのが‘許由巣父・蝦蟇鉄拐図屏風’、画像は左隻の‘蝦蟇鉄拐図’、芳中もほかの絵師たちと同様に古代中国の話にでてくる人物を描いていた。二人の着ている衣服の模様にたらしこみが使われているので、妖怪のイメージが強まっている。

江戸にいるとき描いた‘光琳画譜’に登場する仔犬は宗達風でもあるし応挙風でもある。3匹ともじつに可愛い。仔犬同様、肩の力がすっとぬけるのが光琳の‘大黒図’、MIHO MUSEUMが所蔵するこの絵を長く追っかけていたが、ひょいと目の前に現れてくれた。ミューズに感謝!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.12

5年ぶりの国宝‘風神雷神図’!

Img_0003     俵屋宗達の‘風神雷神図’(17世紀)

Img     海北友松の‘雲龍図’(重文 1599年)

Img_0005     長谷川等伯の‘松に童子図襖’(17世紀)

Img_0006     曽我蕭白の‘山水図’(18世紀)

俵屋宗達の‘風神雷神図’がみたくて東博へ出かけた。現在ここで‘栄西と建仁寺’展(3/25~5/18)が開かれている。

‘建仁寺展’は2002年京博で開催されたのを体験したから、今回はパスしてもいいのだが、琳派狂いのためどうしても上野へ足が向かう。この‘風神雷神図’とか雪舟の‘秋冬山水図’、そして長谷川等伯の‘松林図’は特別な絵という思いが強いから、何度でもみたい。これはクラシックのモーツアルトやベートーベン、マーラーを聴くのと同じ心持ち。

真打の風神雷神様は最後の最後にその雄姿をみせてくれた。ピーク&エンドの法則にのっとった展示の仕方。絵画の楽しみに限っていえば、ピークにあたるのが海北友松(かいほうゆうしょう 1533~1615))の大迫力の‘雲龍図’でエンドが雷神のおおらかな笑いが聞こえてきそうな‘風神雷神図’。

昨年、BSプレミアムのアーカイブスで放送された‘天才画家の肖像 宗達’のなかで風神が乗っている雲の部分が黒くなっているの元は銀泥が塗られていたからではないかと推測されていた。背景が金箔や銀泥で装飾されていたとすると、風神と雷神の姿はよりいっそうカッコよくみえたにちがいない。この二神の魅力はユーモラスで漫画チックなところ。つい‘また会いに来たよ、元気だった’と声をかけたくなる。

京博で開催されたときと同様、海北友松の襖絵がどどっと飾られている。その白眉が‘雲龍図’、ぼこっと盛り上がる背骨の形をみると恐竜の骨を連想させ強そうだなと思わせるが、視線をヒトデみたいな眉毛と下品にでている鼻毛に移すと老いの悲哀を感じさせ、ちょっと親しみを覚える。蕭白はボストン美蔵の雲龍図を描いたとき、この龍を参考にしたのかもしれない。

美味しいメインディッシュ二皿のほかにもいいのがでてくる。長谷川等伯、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢蘆雪、白隠、ここまでは京博と同じラインナップ、等伯(1539~1610)の‘松に童子図襖’は前回もそう感じたのだが、右の童子が宙に浮かんでいるようにみえる。

蕭白(1730~1781)の‘山水図’(京都・久昌院)は2年前千葉市美であった曽我蕭白展にも展示された。画面下半分の家々や岩は三角のフォルムが目立つのに対し、上半分は山々が丸く量感豊かにもこもこした感じで描かれている。右では山間から滝が流れ落ち、左の山の風景の向こうに月が顔をみせる。こうした北宋風の蕭白の山水は心に響く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.04.11

予想外に収穫のあった‘のぞいてびっくり江戸絵画’展!

Img_0002     小田野直武の‘不忍池図’(重文 1770年代 秋田県近美)

Img_0004     円山応挙の‘眼鏡絵 三十三間堂’(1751~64年)

Img_0001     ‘西洋婦人図鞘絵’(19世紀 神戸市博)

Img 歌川広重の‘即興影法師尽し 根上りのまつ 梅に鶯’(1830~44年)

サントリー美の‘のぞいてびっくり江戸絵画’(3/29~5/11)はもともと出かける予定はなかったが、たまたまみたHPにより小田野直武(1749~1780)の‘不忍池図’が出品されることがわかったので、急遽出動した。いわゆる‘一点買い’というやつ。

この展覧会ではサントリーにしては珍しく158点の作品を前期(3/29~4/21)と後期(4/23~5/11)の2回に分けたすっきりスタイルでみせている。‘不忍池図’は前期の展示。この秋田蘭画を代表する絵は入室するとすぐ出迎えてくれる。長年追っかけてきたが、ようやくみることができた。

目を惹くのが構図。手前になぜか鉢植えの芍薬が大きく描かれている。花弁の白の胡粉と薄ピンクが異様に輝いているのがじつに印象的、そして、目が釘づけになるのが池にむかって長くのびる鉢の影。この陰影法は西洋画となんら変わりない。

こういう自然の風景を背景にした静物画をドラクロアやデ・キリコ、日本の洋画家の岡鹿之助らも手がけており、画面の構成が小田野のこの絵とよく似ている。ちがいは描写の細やかさ。‘不忍池図’では遠景に空を舞う鳥や人々を単眼鏡でないと確認できないくらい小さく描き込んでいる。

収穫がもうひとつあった。それは円山応挙(1733~1795)の描いた眼鏡絵の‘三十三間堂’、これは絵としてはみたことがあるが、西洋で発見されたのぞきからくりにどのようにみえるのかイメージできなかった。今回美術本に載っているような反射式覗き眼鏡が展示してあり、鏡に反射させた絵をレンズのむこうにみれるようになっている。これは嬉しい体験!

眼鏡絵自体が遠近法を使って描かれているので立体的にみえるが、レンズをのぞくとさらに臨場感が増し通し矢の場面がまるで3D映像のような感じにみえる。反射式では鏡に映すので絵はモチーフがはじめから左右逆に描かれている。

ほかの作品はこれまで目にしたものが多かったのでさらっとみた。4階から3階に降りたところに江戸時代の人たちが楽しんだエンターテイメントが再現されている。絵を切り抜いていろいろなものにこしらえる‘立版古’、奇妙にゆがんだ絵を丸い筒の形に写してみる人にその形の変化をおもしろがらせる‘鞘絵(さやえ)’。夢中になってみてしまうのが鞘絵、この装置のまわりを回ってみたり、体をかがめたりすると絵に描かれたおかしな人物がたしかにまともな姿にみえてくるから不思議。

歌川広重(1797~1858)の影絵にも思わず足がとまる。障子のうしろの影はどうみても根が張った松、その形は男が傘を頭にかぶりそして両手にいくつも持つことによってつくられたものだった。これをみて、浅草演芸場で芸人が扇を口や手に数多くくわえたりもったりする演技を思い出した。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2014.04.10

ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美の横顔美人がやって来た!

Img_0001     ポッライウォーロの‘貴婦人の肖像’(1470年頃)

Img_0002     ボッティチェッリの‘キリストの哀悼’(1500年頃)

Img_0004     カナレットの‘廃墟と古代建造物のカプリッチョ’(1756年頃)

渋谷のBunkamuraで今月4日からはじまった‘ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美 華麗なる貴族コレクション’(4/4~5/25)をみてきた。この美術館の名前を覚えたのは美術館自慢のお宝、ポッライウォーロ(1432~1498)の‘貴婦人の肖像’によってだった。今から23年前のこと。

当時は美術館の情報としてはこの絵一枚のみ。その後購入した画集などによりここのコレクションが目にとまったがそれもほんの数点。だから、同じミラノにあるブレラ美と比べると情報量にだいぶ差があり、遠い存在の美術館だった。

ところが、4年前、ミラノを旅したときこの美術館にぐっと近づいた。確かに建物には近づいた。が、肝心の作品には一点も会えなかった。なんと、その日は休館だった(拙ブログ10/7/25)。ガックリ、原因はガイドブックが休館日を間違って表示していたため。

ここへ足を運ぶ前、ミケランジェロの‘ピエタ’をみたスフォルツェスコ城美へ行った。そして、ミュージアムショップで偶然みつけた美術館のガイドブックによってコレクションの全貌がアバウトに頭のなかに入った。ここまではとてもいい流れ、それなのに美術館の前では冷水をぶっかけられた。ちょっと前心をとらえた絵をわくわく気分でシミュレーションしていたから、残念々!

そのリカバリーがなんと日本で実現した。しかも、みたい度の強い横顔美人‘貴婦人の肖像’とボッティチェッリ(1445~1494)の‘キリストの哀悼’が一緒にやって来たのだから夢みたいな話。Bunkamuraが好きなのはこういう普通では無理だろうなという美術館のコレクションにチャレンジしてくれるから。本当にいい美術館。だから、海外のみたい美術館があるとBunkamuraに一番に期待してしまう。

‘貴婦人の肖像’ですごく惹きつけられたのがペンダント付きの真珠のレックレスと髪飾りの真珠のギルランダ、真珠のきらきら光る質感描写が見事。図版ではよくわからなかったが、耳のまわりも薄いヴェールでおさえている。精緻に描かれた髪の毛や真珠をみればこの絵が美術館の代名詞になっていることが腹にストンと落ちる。

‘貴婦人の肖像’のやわらかさ、アンニュイさに感じ入り、時間をおかず次の部屋でボッティチェッリの‘キリストの哀悼’をみるとその狂乱的な耽美性にちょっと面食らう。心のエレベーターに乗り別の世界に急降下する感じ。この絵も念願の一枚なのでじっくりみた。

ほかの絵画では関心を寄せているクリヴェリやマンテーニャに足がとまったが、残念ながら小品。収穫はカナレット(1697~1768)の廃墟と古代の建造物を描いた作品。廃墟を照らす光と影のコントラストと奥行きのある構図がとても印象深い。こういう風景画をみると現地に今立っているような錯覚を覚える。

コレクションは絵画だけでなく、兜などの武具や織物などもある。見てのお楽しみ!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014.04.09

ズームアップ 名画の響き合い! 1891年

Img_0009     モネの‘積み藁(日没)’(ボストン美)

Img_0010     ゴーギャンの‘アベ・マリア’(NY メトロポリタン美)

Img_0002     セガンティーニの‘アルプスの真昼’(セガンティーニ美)

Img     クノップフの‘私は私自身に扉を閉ざす’(ノイエ・ピナコテーク)

モネ(1840~1926)が連作シリーズで取り組んだいくつかのもモチーフのなかで最も気に入っているのが‘積み藁’と‘睡蓮、1890年の夏の終わりから1891年の春にかけて描いた‘積み藁’は25点ある。コンプリートできてはいないが、それに近づいている。

この積み藁は一つ描いたものと大小二つのものを描いたのがある。季節や一日の時間帯で光の状況が変わるため積み藁の表情にはいろいろなバリエーションが出てくる。連作の魅力はこうした作品を一緒に並べてみると十二分に感じられるが、運よく24年前ロンドンのロイヤルアカデミーで開催された‘モネ連作展’に遭遇した。

このとき出会ったボストン美蔵の‘積み藁(日没)’が生涯忘れられない一枚になった。日没の赤く染まる光に照らされた大きな積み藁、その光の輝きに体が震えた。それ以降この絵とは4回もみる機会があったが、そのたびにいい気持になる。

ゴーギャン(1848~1903)の‘アベ・マリア’は全作品のなかで最も魅せられている作品。昨年の1月、メトロポリタンで再会し、タヒチの美しいマリア様に惚れ直した。ゴーギャンはキリスト教の主題を南国の人々に置き換えて描いているが、これは浮世絵の見立絵と同じ発想。その特徴は現地の女性を現実感たっぷりに描いたリアルは風俗画に比べると女性の顔を意識的にヨーロッパの女性を思わせるように描いていること。

1891年に生まれた名画は特別な思いがするのはセガンティーニ(1858~1899)も同様。3年前新宿の損保ジャパン美で大変ありがたいセガンティーニの回顧展があった。いつか訪問したいと願っているスイスのサンモリッツにあるセガンティーニ美が所蔵する作品が披露されるという。そしてそのなかに有名な絵‘アルプスの真昼’があった。この絵が日本でみられるとは。普通では縁がなさそうな海外の美術館のコレクションがやってくるときは喜びもひとしお。名作‘アルプスの真昼’をみるたびに‘セガンティーニ、万歳!’と心のなかで叫んでいる。

ミュンヘンのノイエ・ピナコテークはまだ訪問したことがない。ここにはゴッホの‘ひまわり’とかマネの息子を描いた絵とかみたい絵がいくつもあるが、クノップフ(1858~1921)の‘私は私自身に扉を閉ざす’もその一枚、手前に大きく描かれたユリが3本あり、そのむこうからあごの下に手をおいた女性がこちらをじっとみている。象徴派の絵というのは画面全体が静けさにつつまれどこか夢想的なイメージ、いつかこの絵の前に立ちたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.08

黒田 オリオールズを2点に抑え勝ち投手!

Img      オリオールズのデービスをうちとる黒田

Img_0001

ヤンキースの先発2番手をまかされている黒田が本日の対オリオールズ戦に登板して、6回1/3を2失点に抑え勝ち投手になった。

今年40歳になる黒田、この年齢になってもまだヤンキース先発陣を支えているのだから本当に立派。前回の登板では2失点としっかりクオリティスタートをはたしたのに打線の援護がなく敗け投手になってしまった。今日のオリオールズ戦の同じような展開だったが、6回までに4点とってくれたから、勝星がつく可能性は高かった。

でも、黒田がマウンドを降りたあとのブルペンは今年からクローザーの指名された投手が早くも故障したので安心はできない、が、なんとか2点差を守ってくれチームに勝利をもたらした。黒田の勝ちは昨年の8/12以来のこと。後半戦黒田は勝ち投手から見放されていたから、この1勝は嬉しいだろう。

現在DL入りしているマリナーズの岩隈を除いて、日本人先発投手はマー君、ダルビッシュ、黒田がともに勝ち星を一つあげた。4人には15勝くらいを期待したいが、はたしてどうなるか。勝利数への関心も高いが、それよりもっと楽しみなのが日本人投手の同士の投げ合い。

マー君が加わったことでこうした対戦が昨年以上に多くなる。いずれ先発に戻ってくる岩隈とマー君は日本では楽天でチームメイトだったが、アメリカでは競い合うことになる。そして、ダルビッシュ VS マー君も大リーグファンをおおいに沸かせる、はたしていつごろ実現するだろうか。もし二人の対決がヤンキーススタジアムでのゲームだったら、NYへ日本人ファンがどっと押し寄せるかもしれない。

先発陣といえば、メッツの先発枠に残れなかった松阪、マイナーでのスタートとなったが、なんとかメジャーへ戻ってきてもらいたい。そして、同じくシカゴカブスのマイナーで投げることになった和田、二人を熱く応援したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.07

3年目のダルビッシュ 初登板は好投!

Img     上々に滑り出しをみせた3年目のダルビッシュ

Img_0001

オープン戦の終盤に首の故障で登板が一試合とんだダルビッシュが敵地のレイズ戦で好投し、勝ち投手になった。

毎年投球術を進化させてきたダルビッシュ、今シーズンは3年目なので大リーグの投手としては堂々たるエースになる予感がするのだが、今日のピッチングをみてそれを強く確信した。試合はレイズの先発のコブもいい投球内容でともに7回を無失点で投げきった。

ダルビッシュの球数は89球、打たれたヒットは7本、6奪三振。スライダー、ストレートのコントロールがよく与えた四球は1つのみ。オープン戦で取り組んだ課題は球数を抑えて長いイニングを投げること。そのため三振にこだわらず、打たせてアウトをとる投球スタイルも心がける。

その目指すピッチングのイメージに近いものがはじめての登板でできた。今日は初登板だから7回でマウンドを降りたが、89球しか投げてないのでもう一回はいけたところ。三振は6つと昨年のダルビッシュと比べると少ないが、三振の取り方に変化がでてきた。

6つのうち三球三振が4つ。1,2球でツーストライクと追い込んだら三球目も渾身の力をこめて投げズバッと三振をとる。これで三振がとれなかったら、三振が欲しい場面でないかぎり三振にはこだわらず、打たせてアウトをとりにいく。こういうピッチングをシーズンを通して続けられれば、チームの勝利に貢献でき20勝がみえてくる。

ダルビッシュの新しい投球スタイルへの挑戦に打線が援護してくれた。レイズのピッチャーが交替した8回、2アウトランナー無しから新加入の一番チュシンス(レッズ)が内野安打で出塁すると、2番アンドラスが左翼へ見事なホームラン、これでダルビッシュに勝ちがついた。マー君同様、ダルビッシュの登板が待ち遠しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.05

マー君 初登板で初勝利!

Img     ブルージェイズ3番のバティスタを三振にとるマー君

Img_0001

ブルージェイズの初戦に登板したヤンキースのマー君が見事強力打線をヒット6本の3点に抑え、初勝利をあげた。拍手々!

初回味方が2点をとってくれ気持ちが少し楽になったところで、ブルージェイズとの対戦がはじまった。ところが、いきなり先頭打者のカブレラに右中間のホームランを食らってしまった。打たれたのは高く入ったスプリット。これは緊張感からくる明らかな失投。

でも、そのあとの投球が見事だった。普通なら動揺して四球でも出すところだが、3番のバティスタ、4番のエンカルナシオンを連続3三振にとり追加の失点を防いだ。2回は守備の乱れがありランナーがたまったあと、左前にタイムリーヒットを打たれ2点を失ったが、失点はこの3点のみ。

4回にヤンキースがイチローの内野安打などで2点をとり4対3と逆転、これでマー君は昨年楽天で勝ち続けたあの勝利モードにスイッチが入った。過度に力むことなく力ストレート系の球を中心にしてヒットを許さず7回まで0点に抑えた。球数は97球。理想的な先発マウンドだった。

レンジャーズのダルビッシュが初登板したときは球がすっぽぬけたり、四球に苦しんだりとマリナーズにかなり打たれたが、それと比べるとマー君は安定した投球内容だった。日本とのボールのちがいやマウンドの固さや傾斜のちがいなど投球に影響が与えることがいろいろあるのに、この無四球のピッチング。

チームに黒田がいるのが新人のマー君にとっては大きなプラスになっているのだろう。わからないことは黒田に聞けばみな教えてくれる。もともとコントロールがいいピッチャーだから、投球環境の変化に対する修正の仕方がわかると、大リーグのバッターを打ち取る術を早く身につけるにちがいない。

今日のイチローは内野安打2本ときれいなレフト前ヒットと昨日につづいてマルチヒット。マー君が好投して、イチローが得点にからむ活躍をする、思い描いた通りの展開になった。なんだか日本人トリオがヤンキースの勝利を支えている感じ。次のマー君の登板が楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.04

初スタメンのイチロー 2安打!

Img     3試合目で先発出場したイチロー

ヤンキースのイチローが対アストロズ戦の3試合目で先発に起用され、2本のヒットを放った。このヒットがいずれも得点にからみチームは3連敗をまぬがれ4-2で初勝利をおさめた。

3回に打席がまわってきたイチローはライトで8番、なんとも軽い扱われ方だが残念ながらこれが今のヤンキースでも評価。次のバッターが大リーグにはじめて昇格したルーキーだから、打つことで期待されてないも同然、こういうときイチローは燃えるものがあるのだろう。軽打でショートの横を抜る左前ヒット。このあと1番のガードナーのタイムリーヒットでホームにかえった。

7回の3打席目、2アウトからランナー無しで打席に入ったイチローはアストロズの替わった右ピッチャーから今度は左中間に見事な2塁打。やっぱりイチローは‘もっている’ところを見せつける。2本もヒットを打てば、監督もイチローの打撃力を見直さざるをえないだろう。

ヤンキースの打線は滑り出しは予想外によくない。レッドソックスから移ってきたセンターのエルズベリーはまだヒットがなく今日は先発を外れた。外野の先発を争うソリアーノもバットが振れてない。そうしたなかでイチローは俺はいつでも打てるよとばかりに存在感をアピール。

明日のぶブリュージェイスとの初戦は待望のマー君の先発。他の投手が投げるのだったら、イチローは先発から外されるところだが、マー君のことを考えはじめからライトかレフトを守らせるのではないかと思う。マー君がいいピッチングをしてイチローが好打でチームの勝利に貢献する。思い通りにいくと楽しいが、果たして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.03

ズームアップ 名画の響き合い! 1890年

Img     アンリ・ルソーの‘私自身、肖像=風景’(プラハ国立近美)

Img_0002     ホーマーの‘夏の夜’(パリ オルセー美)

Img_0004     ホドラーの‘夜’(ベルン美)

Img_0005     アンソールの‘陰謀’(アントワープ王立美)

海外の美術館でパリやNYなどにある美術館なら個人旅行でなくても団体ツアーに参加すると容易にたどり着けるが、ツアーが組まれてないような都市にある場合はなかなか大変。

プラハにある美術館の場合、古典絵画を収蔵する国立美は‘中欧をまわる10日間’に申し込むと入館が行程に入っているのでレンブラントやブリューゲルの名画などを楽しむことができる。ところが、アンリ・ルソー(1844~1910)の‘私自身、肖像=風景’やクリムトの絵のある近代美へ出かけるとなると、かなり足力(My造語)が必要になる。

新しい美術館を開拓するとき、体を前に進めるものは気になる絵をみたいという強い思い入れしかない。これさえあればなんとかなるもの。知らない街の電車に乗り、道行く人に場所を聞いてなんとか美術館にたどりつく。不安と緊張が入り混じる道中だったから、お目当ての作品の前に立ったときは本当に嬉しい。

中央でどーんと立っている髭のルソーをみるといつも映画俳優のアンソニー・クイーンを思い浮かべる。もうひとつ、背景の空に浮かぶ左の雲、太陽が雲の間にみえるが、よくみるとこの雲、日本地図にみえてくる。何年か前TVの美術番組でこの絵を研究した日本人の美術研究家が登場しそんな話をしていた。いわれてみると確かにそうみえる。ルソーは日本に興味があったのかもしれない。

アメリカの国民的画家ホーマー(1836~1910)に関心をもつきっかえとなったのがオルセーでみた‘夏の夜’、波が打ち寄せる風景をバックに踊りを楽しむ二人の女性、強く印象に残るのが月の光に照らされて輝く波の青、こういう幻想的な光景を体験してみたい。

ホドラー(1853~1918)の描いた‘夜’は一瞬ドキッとする絵。真ん中にいる男の何かに怯えた表情が真に迫っている。‘死神だぁー、うぉー、やめてくれ!’こういう時間が静かにながれていくような映像的な描写は目に焼きつく。6年前パリに行ったとき運よくオルセーでホドラーの回顧展が開催中だった。お蔭でホドラーにだいぶ接近できた。この秋西洋美で‘ホドラー展’(10/7~1/12)が開かれる。2ラウンド目を期待して待ちたい。

新宿の損保ジャパン美は年に一回くらいは思い出に残る展覧会を開催する。だから、美術館に対する好感度は悪くない。2011年には‘セガンティー二展’があり、2012年は‘アンソール展’、アンソール(1860~1949)は過去に東京都庭園美でまとまった形でみたが、アントワープ王立美蔵が公開された損保ジャパンのものも大変充実した内容だった。

その目玉が画集に必ず載っている仮面画の‘陰謀’、この絵が日本でみられたのは大きな収穫。緑と赤のインパクトの強さに体が震えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.02

ズームアップ 名画の響き合い! 1889年

Img_0001     ゴッホの‘アルルのゴッホの寝室’(パリ オルセー美)

Img_0003     ゴッホの‘ルーラン夫人’(シカゴ美)

Img_0002     ロートレックの‘赤毛の女’(オルセー美)

Img_0005 サージェントの‘マクベス夫人役のエレン・テリー’(テートブリテン)

ゴッホ(1853~1890)は一度描いた絵をまた描くことがあった。‘アルルのゴッホの寝室’はアムステルダム美にある原画のほかにレプリカが2点ある。ほかのモチーフでは有名なひまわりはアルルで全部で7点も描いている。

こういう絵が並ぶとどれが一番いいのかちょっと迷う。ところが、絵をじっくりみると出来映えにはやはり差がある。みる人の好みにもよるが、最初に描かれたものが一番よく描けているというわけでもなく、これを模写したレプリカのほうが魅力あるものに仕上がっていることもある。

‘アルルのゴッホの寝室’の場合、原画(アムステルダム美)より耳切事件の後サンレミで制作したオルセー美蔵のものに惹かれている。4点ある‘ルーラン夫人’についても、原画(ボストン美)のあとにできあがったシカゴ美蔵がお気に入り。幸運にも4点全部みることができたが、目の描写が最もいいのがシカゴにあるもの。

この絵を11年前損保ジャパン美でみた瞬間からゴッホの人物画の最高傑作に位置付けている。2番目に好きな原画は嬉しいことにもうすこしするとボストン美の作品で構成される‘ジャポニスム展’(世田谷美)にやって来る。再会が楽しみ。

女性を描いた作品のなかには顔をみせずこちらに背中をみせているものがあるが、このタイプの絵は昔からダメ。だが、例外が1点だけある。ロートレック(1864~1901)の描いた‘赤毛の女’、日本の展覧会でもお目にかかったが、オルセーではじめてみたとき、無性に惹かれた。娼婦が足を大きく広げて座る姿には生の現実感があり、MY好きな風俗画に即登録した。

サージェント(1857~1925)の女性肖像画をみていると特別に気持ちが高ぶる。理由は絵がとても大きいから。昨年訪問したワシントンのコーコランギャラリーでもすばらしい肖像画があった。

この圧倒的な魅力をもった女性と最初に遭遇したのはテートブリテン、ここに飾ってあった‘マクベス夫人に扮するエレン・テリー’には度肝を抜かれた。その美しい衣装、端正な顔立ち、立ち尽くしてみていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.04.01

タモリの‘笑っていいとも!’終了!

Img    最終回で絶妙のトークをみせたさんまとタモリ

タモリが司会をつとめる人気番組‘笑っていいとも!’は昨日32年という長い番組の歴史に終止符をうった。昼にはたけしが登場し、そして夜の最終回スペシャルには日本のお笑い界のビッグネームたちがこぞって出演、タモリとともに過去の思い出を語りタモリへの感謝の気持ちを口にした。

番組最後の座をおおいに盛り上げたのが明石家さんまとタモリのトーク、さんまはたけしが‘さんまのトークにはかなわない’というくらいやはりトークの達人、なにげない話しをしながらそれをネタにして笑いを魔法のようにひきだしていく芸は誰にも真似ができない。さんまのこういう芸をみる機会は今ではほとんどないが、ひさしぶりのタモリとのからみでさんまのトーク芸がさく裂しまくった。

そのおかげでタモリのしゃべりも本気モード。芸人でない普通の人が過去の出来事を懐かしく語るときでも‘うんうん、それでどうなったの?’と相の手をいれ熱心に聞いてしまうが、タモリが若いころこんなことがあったと昔の芸能界の世界を語ってくれると素人の好奇心はいやがおうにも膨らむ。

昼にたけしと話していたとき、二人はおもしろいことをいっていた。

タモリ ‘俺たちが若いころ、ディレクターは威張っていたよね’

たけし ‘そうだったね、TV全盛の時代からもう威張ってんの、俺がこの漫才おもしろいでしょう、というと、どこがおもしろいの?っていいやがんの、その人、俺たちの人気がでるとTV局に行ったら部屋の前で手を振ってやんの、あの話おもしろかったよと’

タモリ ‘俺もさ、話がうけなかったからもう居てもしょうがないと思って、じゃあ失礼しますと言って帰ろうとするとそのディレクター、なんだ帰るのか、もうひつとのネタ聞いてもらえないですかという元気もねぇのか、といいやがるの’

友人のなかに今老舗のレコード会社の社長をしているものがいるが、社内では時代は変わっているかもしれないがそういうディレクターのDNAを多少は引き継いだ人たちと仕事をしているのだろう、もとは別の業種にいたのによくやっているので感心する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »