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2014.03.31

ズームアップ 名画の響き合い! 1888年

Img_0005_2     ゴーギャンの‘説教のあとの幻影’(スコットランド国立美)

Img_0003_2     セザンヌの‘マルディ・グラ’(モスクワ プーシキン美)

Img_0002_2 ウォーターハウスの‘レイディ・オヴ・シャロット’(テートブリテン)

Img_0001_2  アンソールの‘キリストのブリュッセル入城’(部分 ポールゲティ美)

美術鑑賞で最も気分が高揚するのは長年追っかけていた作品との対面が叶ったとき。そのお気に入りの絵画の情報は美術本や画集によってもたらされる。そうした本のうち専門書でない一般的なものは頁数は限られているから、誰もが評価する代表作中の代表作しか載せられない。だから、こういう作品がターゲットの一列に並ぶ。

ゴーギャン(1848~1903)の‘説教のあとの幻影’は北斎漫画の影響を受けている絵ということがわかっているので、絵の存在を知って以来鑑賞欲はずっと刺激されてきた。ところが、この絵があるのはイギリスの北、エジンバラのスコットランド国立美。ここへ行くのは簡単ではないので、はたして縁があるかどうか、可能性は低いと思わざるをえない。

でも、みたいという気持ちを切らさずにいることはとても大事、4年前ロンドンでゴーギャンの大回顧展(テートモダン)があり幸せな対面がめぐってきた。地面の赤と向こう向きの人物を手前に大きく描く構成に目が強く惹きつけられ、しばらく息を吞んでみていた。

まだお目にかかってないセザンヌ(1839~1906)の‘マルディ・グラ’を所有している美術館はモスクワのプーシキン美。昨年横浜美でこの美術館のコレクションがどどっとお披露目されたが、この絵は残念ながら展示されなかった。もしモスクワを再訪することがあったら、このセザンヌの傑作と会うためにプーシキン美に足を運ぶつもり。

ウォーターハウス(1849~1917)の作品はテートブリテンでみた3点とプラス2点しかない。その1点が‘シャロットの乙女’。気になっていた絵だから、はじめてであったときは大変魅せられた。が、ほかの2点は魅力のない絵だった。だから、この画家に対する評価はガクンと低下した。

昨年東芸大美であった夏目漱石展に出品されたウォーターハウスの2点にちょっと期待していた。結果はやはりダメ、1点だけよくてほかの4点はつまらなかったからもうこの画家には興味なしという感じ。

ロサンゼルスへの旅を数年のうちに実現しようと思っているが、自由時間を使って出かけたいのがポール・ゲティ美。お目当ての作品のひとつがアンソール(1860~1949)の‘キリストのブリュッセル入城’。画集でこの絵を知ってもう30年近くになるのにまだ縁がないが、今はそろそろという気でいる。

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2014.03.30

ズームアップ 名画の響き合い! 1888年

Img    ゴッホの‘アルルのはね橋’(クレラー=ミュラー美)

Img_0001     ゴッホの‘夜のカフェテラス’(クレラー=ミュラー美)

Img_0005     スーラの‘ポーズする女性たち’(バーンズ・コレクション)

Img_0004    スーラの‘サーカスの客寄せ’(NY メトロポリタン美)

日々の生活の中で楽しいことがあったとき、それを親しい人に伝えたり教えてあげたいと思うのはまず一番が味しい食べ物に出会ったとき、次が旅行で体験したすばらしい風景とか建物、そのあとがいい音楽と美術品。この順序はどうしても‘花’より‘団子’が先にくる。

5年前、大学時代からつきあっている友人から美味しい栗饅頭をいただき、今ではわが家でも秋の食べ物の定番になっている。芸術に関しては自分が満足したものを熱く語るのは楽しいが、聞いている人がそれに共振するかどうかはその人の好み次第。‘私はね、この絵にそれほど惹かれないのよ’と返され、話の腰を折られることはよくある。

それがわかっていながらつい大きな声でしゃべりたくなる絵がいくつも生まれたのが1888年という年、1回ではおさまらないので2回続けることにした。今日はゴッホ(1853~1890)とスーラ(1859~1891)。

ゴッホの絵で最も魅せられているのは1888年と翌年の1889年にアルルで描かれたもの、そのトップ2はクレラー=ミュラー美にある‘アルルのはね橋’と‘夜のカフェテラス’、人気の高い‘夜のカフェテラス’は幸運なことに2005年東近美であった回顧展でお目にかかることができた。このときの感動は一生忘れられない。以前みた美術番組で片岡鶴太郎もこの絵が大好きといっていた。

3年前念願のクレラー=ミュラー美を訪問し、長年対面を待ち望んでいた‘アルルのはね橋’の前に立った。この絵は日本にやって来ることがあるだろうか?この絵や‘夜のカフェテラス’をみるたびに西洋絵画で最も好きなのはこの2枚かな、と思ってしまう。色が明るくてのびやかで、何時間でもみていたくなる。

スーラの点描画の傑作がこの年に2点誕生した。‘ポーズをする女性たち’と‘サーカスの客寄せ’。今から20年前、西洋美で‘バーンズコレクション展’があり、‘ポーズをする女性たち’に遭遇した。1886年に描かれた‘グランドジャット島の日曜日の午後‘が左に画中画として描かれその前に3人の裸婦が3様のポーズをとっている。あの光輝く静謐な絵画で世間をあっといわせたスーラが今度は室内画にいどみ裸婦を点描で描いた。この落差に心がザワザワしたのを今でも鮮明に記憶している。

NYのメトロポリタン美にある‘サーカスの客寄せ’も魅力あふれる一枚。この絵はみどころは正面性の美学。人物はじつに平板に描写されているのに画面には活気がある。目に焼きつくのが中央でトロンボーンを吹く男。絵から少し離れてみると、軽快に演奏するカッコいい姿が浮き上がっている。

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2014.03.29

メガネをかける生活!

Img 安井曾太郎の‘安倍能成君像’(1953~55年 ブリジストン美)

朝起きてからのルーチンは皆同じだろうと思う。顔を洗い歯を磨く、そしてコンタクトを入れる。コンタクトはどのくらいの人が入れているのだろうか、2割くらい?

もう長いことしているコンタクト(ハード)がここ3ヶ月くらいときどき調子がよくない。今使っているのはメニコンのもの、メルスプランに入ているので定期的にレンズの状態をチェックし交換してもらっている。だから、レンズはいつもいいコンディションで使っているはず。

ところが、このところ左目のほうに違和感があるので先週診察をしてもらった。すると先生からは角膜がすこし傷ついているので目薬をしばらくつけて下さいといわれた。昨年12月に出かけたときは目薬はなく3,4日コンタクトをはずすという過去にもときどきあった対処法だった。だから、気にすることもなくコンタクトは一時停止して過ごした。

今回は慎重をきしてコンタクトは1週間使わずにいた。その間はメガネをかけざるをえないが、このメガネが悩みの種。見え方は問題ないのだが、ずいぶん前に買ったので今のものと較べてメガネそのものが重くフレームが緩くなっている。メガネのバランスがよくないためか3日目くらいから耳のところが痛くなってくる。これが何とも苦痛!

これまではコンタクトお休みタイムは年に一回あるくらいだから、1日か2日の苦痛をなくすためにわざわざメガネを変えることもないなと思ってすごしてきた。だが、メガネをかける頻度が増えるとこの苦痛はもうやりすごせない。で、近くのメガネ屋さんで新しくつくり直すことにした。度はあっているのでレンズをカットしフレームだけを今風の軽いものに取り換えた。これでかけるのが1週間でも2週間でもOK。

懸案だったメガネ問題が解消し目も治ったので、またコンタクトの生活に復帰した。やはりフレームの圧迫がないコンタクトのほうがいい。

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2014.03.28

ズームアップ 名画の響き合い! 1887年

Img_0002_2     シニャックの‘ダイニングルーム’(クレラー=ミュラー美)

Img_2  セザンヌの‘サント=ヴィクトワール山’(フィリップスコレクション)

Img_0005_2     セガンティー二の‘ギャロップで走る馬’(ミラノ市近美)

Img_0003_2     バーン=ジョーンズの‘深海’(ケンブリッジ フォッグ美)

印象派やポスト印象派の画家たちには特別の思い入れがあるので、いつも野球のオールスターゲームに出場する選手のような感じでとらえている。その数は9人をゆうにこえる。だから、どうしても先発メンバーの9人と途中からでてプレーするグループに分けざるをえない。

スーラとともに点描画を代表する画家であるシニャック(1863~1935)は先発メンバーではないという位置づけ。スーラの作品で好きなベスト5をあげろ、といわれたらすぐ答えられるが、シニャックの場合5点もでてこないのが正直なところ。でもとびっきりの絵が2点ある。

3年前クレラー=ミュラー美を訪問したとき、お目当てのゴッホの絵をみて大きな満足を得られたが、ほかにもいい絵がいくつもあった。事前の追っかけ画としてリストアップしていたのがスーラとシニャック、期待度はスーラの4点を10とするとシニャックは4くらいだった。

スーラについては昨年国立新に展示された‘ポール=アン=ベッサンの日曜日’などを予想通り楽しめた。サプライズだったのはシニャックのほう。日本にもやって来た‘ダイニングルーム’は図版でみるより数倍よかった。すぐにこの絵がシニャックの代表作だと認識した。だから、再会したときはまたテンションが上がった。

セザンヌ(1839~1906)が何度も描いた故郷のサント=ヴィクトワール山、2年前あった回顧展(国立新美)と昨年旅したアメリカの美術館で5点みることができた。その中でフィリップスコレクションにあるのはお気に入りの一枚、魅了されるその構図。セザンヌ自身は浮世絵に触発されたとは決していわないが、前景左に描かれた松の木は広重や北斎の絵から着想を得ているのは間違いない。

若い頃スイスのジュネーブに住んでいたのでアルプスの画家、セガンティー二(1858~1899)に関心を寄せている。これまで日本の大原美やイタリアのブレラ美(ミラノ)やローマの国立近美などでで4,5点みる機会があったが、作品の数が飛躍的に増えたのは2011年にあった回顧展(損保ジャパン美)。この回顧展のほかにも印象深い作品と遭遇した。それが躍動感にあふれる馬を描いた‘ギャロップで走る馬’。宙を飛ぶ馬の姿が目に焼きついている。

バーン=ジョーンズ(1833~1898)にのめり込むきっかけとなったのが2002年に行われたフォッグ美の‘ウインスロップコレクション展’(西洋美)、ロセッテイらとともにバーン=ジョーンズも10点くらい出品された。そこで最も魅せられたのが‘深海’、人魚が男を抱きかかえている場面は旭山動物園のイルカの水槽を連想する。

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2014.03.27

4月 Eテレで白熱教室‘行動経済学入門’!

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長年月末購入していたテレビガイド誌‘TV太郎’が3月で休刊になった。同じようなものが4,5冊あるがあまり売れないのかもしれない。わが家ではこのテレビガイドは美術番組の情報を得る貴重な媒体なので、代わりとして一番売れてそうな?‘TVnavi’にスイッチした。

ルーチンとしてまず目を走らせるのは定番の‘日曜美術館’&‘美の巨人たち’、その次がBS朝日の‘名画の旅’(金曜、9時)。でも、困ったことが。この本にはTV太郎には記載されていた番組の内容がなし、これは不便。
ほかでチェックするのはBSTBSの‘江戸のススメ’(月曜 10時)とBSプレミアムの‘イッピン’(火曜 7時半)

美術関連の番組はこれくらいだが、ほかの分野のものもざっとみる。関心を寄せているのがBS朝日の‘BBC地球伝説’、Eテレの‘地球ドラマチック’と‘白熱教室’、‘白熱教室’は毎回欠かさずみているわけではないが、おもしろそうなもののときはチャンネルをまわす。明日は今楽しくみている‘MITの物理学教室’の最終回がある。

この番組、4月は興味深いテーマが登場する、題して‘お金と感情と意思決定の白熱教室~行動経済学入門~’(金曜 11時) 日程はつぎの通り、
①人間は‘不合理’な存在である!(4/4)
②こうしてあなたも人に迎合する!(4/11)
③人々の感情を動かすにはどうするか?(4/18)
④だからあなたはダイエットに失敗する!(4/25)

この講義をする先生はギリシャ神話のシシュフォスの話(拙ブログ13/5/15)が出てくる‘不合理だからすべてがうまくいく’(2010年 早川書房)を書いたデューク大学のダン・アリエリー教授、2冊でている本を読んだので1から4回のタイトルがどんな話なのかおおよそ推察できるが生の講義だからおもしろいにちがいない。ここ10年くらい行動経済学に知的エネルギーを注ぎ込んでおり、関連の本もだいぶ読み理解が進んだ。だから、アリエリー教授の講義はとても楽しみ。

2006年5月に出版された友野典男著‘行動経済学 経済は感情で動いている’(光文社新書)はよく書けているいい本。行動経済学に関心のある方にはお薦めしたい。

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2014.03.26

ズームアップ 名画の響き合い! 1886年

Img_0002_2     スーラの‘グランドジャット島の日曜日の午後’(シカゴ美)

Img_0001_2     モネの‘アムステルダムのチューリップ畑’(パリ オルセー美)

Img_0004_2     サージェントの‘カーネーション、ユリ、バラ’(テートブリテン)

Img_2      ドガの‘たらいを洗う女’(ファーミントン ヒルステッド美)

1886年に現れた西洋絵画というとほかの絵がちょっとあやふやだったとしてもスーラ(1859~1891)の‘グランドジャット島の日曜日の午後’はすぐ頭に浮かぶ。

この絵はスーラの点描画を代表する傑作として美術の本には必ず載っている。だから、絵に関心をもちだしたころから馴染んでいる。ところが、本物をみるとなるとそう簡単ではない。パリのオルセー美の場合、日本の美術館でそのコレクションがよくやって来る、そのためモネでもルノワールでも、そしてゴッホ、ゴーギャン、セザンヌも日本にいながら名画の数々を楽しむことができる。

シカゴ美にも印象派のいい絵が沢山ある。それらは一度まとまった形で日本の美術館で公開されたことがある。でも、スーラの‘グランドジャット島’だけは含まれない。理由は所蔵者の遺言で門外不出になっているから。この絵をどうしても見たいと思ったら、シカゴに足を運ぶしかない。

2008年にそのチャンスがめぐってきた。ある旅行会社が‘アメリカの美術館巡りの旅’を売り出し、そこにシカゴ美が入っていたのである。案内のチラシを見た瞬間参加を決めた。アメリカのブランド美術館にうちシカゴ美とフィラデルフィア美へ入館するツアーは滅多にないので、即座にとびついたというわけ。

こういういいことが重なり絵の前に立てたので感激もひとしお。これがスーラの代表作か!という感じ。点描の効果により光は美しく輝き濁りのない鮮やかな色彩が広い画面の隅から隅まで広がっている。絵に近づいたり離れたりしながら、この整然と配置された静かな人物群像画を時間の許すかぎり楽しんだ。まさにエポック的な鑑賞体験。

モネ(1840~1926)がこの年仕上げた作品はゴッホの絵をイメージさせる‘アムステルダムのチューリップ畑’と左向きと右向き2点の‘パラソルを持つ婦人’。お気に入りの‘チューリップ’に出会うのに長い時間がかかった。この絵はオルセーでは常時展示されてなく、4年前パリのグランパレであった大回顧展でようやく願いが叶った。絵の描き方からするとモネはゴッホにとって頼りになるひとまわり年の離れたお兄さんのようにみえる。

1998年に東京都美でテートギャラリー展が開催されたとき、心に残る作品がいくつもあった。そのひとつがサージェント(1856~1925)が描いた少女と花の絵。目が点になったのがカーネーションやユリなどの花に囲まれた2人の少女が手に持っている提灯。このころ提灯は日本から大量に輸入されロンドンのリバティー百貨店で販売されていた。ジャポニスムのブームがこんな絵にも現れている。

ドガ(1834~1917)のパステル画にだんだん惹かれるようになっている。アメリカのヒルステッド美にある‘たらいを洗う女’はとても気になる一枚。いつか現地まで追っかけたい。

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2014.03.25

ズームアップ 名画の響き合い! 1885年

Img_0003_2   ゴッホの‘じゃがいもを食べる人たち’(アムステルダム ゴッホ美)

Img_0002_2     ルドンの‘沼の花、悲しい人間の顔’(岐阜県美)

Img_0008_2     ホーマーの‘にしん漁’(シカゴ美)

Img_0005_2     スーラの‘グランカンのオック岬’(ロンドン テートモダン)

人気の高いゴッホの展覧会は昨年国立新美であったから、今年はお休み。でも、数年後にはまたどこかのコレクションが披露されるにちがいない。来年のはじめ三菱一号館美でワシントンナショナルギャラリーが所有する印象派作品に焦点をあてた展覧会が行われる。一番早いところではここでゴッホがみれそう。

ゴッホ(1853~1890)をみるのはクラシックのモーツァルトの名曲を聴くようなもの。何度みてもいい気持になるのは絵の魅力がとびぬけて高いから。初期の農民たちを描いたものにもいいのがある。最も魅かれるのは‘じゃがいもを食べる人たち’、この絵の別ヴァージョンがクレラー=ミュラー美にあるが、二つを比べるとやはりゴッホ美にあるもののほうがいい。

人物が何人も描かれる場合、視線は最初は全員をみるが、次はどうしても印象深い顔をした人物をみている時間が長くなる。この食卓を囲んでいる5人では左から2番目の大きな目をした女性。ゴッホもそれを意識してランプの光がこの女性を強く浮かび上がらせるように描いている。

6,7年前、岐阜県美の所蔵するルドン(1840~1916)のリトグラフ作品がBunkamuraで多数公開された。そこはちょっと不安になる暗闇の世界、怪しげな一つ目小僧や眼球の気球などが登場し小さい頃サーカスの隣にあった見世物小屋に入ったような気がした。

でも、全部が全部怪奇モードにつつまれているわけではなく、ユーモラスなクモがいたり、ふっとみつめてしまう‘沼の花、悲しげな人間の顔’もあった。これはダブルイメージ、シュルレアリスムの画家たちだけがこの手法で特殊なイメージを表出したのではない。こういうアーチストでなくてもふと空想をめぐらせる表現はなら絵の中にすっと入っていける。

アメリカの美術館をまわっていると当たり前のことだが、アメリカの画家が残した名画に多く会う。ホーマー(1836~1910)は2008年シカゴ美で遭遇した‘にしん漁’で関心が一気に高まった画家、海の絵がとくにすばらしく、‘にしん漁’も傑作の一枚。じっとみていると海面の揺れに体がシンクロして船酔いする感じ。

スーラ(1859~1891)の風景画はどの絵も静謐な画面が特徴だが、この‘グランカンのオック岬’は例外的に風の音、鳥のさえずり、そして波のさざなみが聞こえてくる。この絵はどういわけかナショナルギャラリーでみた。中央の蟹の爪のような形をした岩の迫力に圧倒されたことを今でもしっかり覚えている。

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2014.03.24

ズームアップ 名画の響き合い! 1884年

Img_0002     スーラの‘ア二エールの水浴’(ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0004     ドガの‘アイロンをかける女たち’(パリ オルセー美)

Img_0008     サージェントの‘マダムX’(NY メトロポリタン美)

Img_0006 バーン=ジョーンズの‘コフェチュア王と乞食の娘’(テートブリテン)

昨年は新印象派の画家スーラ(1859~1891)との相性がとてもよかった。この画家の代名詞となっている点描画をみる機会はなかなかないのに、NYのMoMAで追っかけ画と運よく対面できた上、秋にはスーラ自らがクレラー=ミュラーから相棒のシニャック、レイセルベルと連れだって日本へ特別出張してくれた。

過去のスーラとの出会いは単発的。1点みてそれからだいぶ経ってまた1点出食わすという感じ。ロンドンナショナルギャラリーで‘アニエールの水浴’をみたときの感激は今でも強く残っている。まったく大きな絵だった!縦が2m、横が3mもある。図版では絵のサイズがイメージできないから、思ってもいなかった大作に会うと一気にテンションがあがり興奮状態でみてしまう。

でも、画面はいたって静寂。皆声を出すようなことはせず寝そべったり腰をおろしてそれぞれの休日をこの川べりで過ごしている。点描がみられるのは一部にすぎないのに、脳はスーラのいい点描画をみたと喜んで反応する。これはスーラ様式はもう出来上がっていることの証。

ドガ(1834~1917)の‘アイロンをかける女たち’は風俗画の傑作、ドガは人々が日常生活のなかでみせるありふれた仕草や表情をとらえるのがじつに上手い。まさに人間観察の達人。裕福な家庭に育ちながらこういうアイロンかけという辛い仕事をする女たちにも目をむけ、女が大あくびをする瞬間を見逃さない。ドガの絵ではこの絵と‘アプサント’が最も気に入っている。

サージェント(1856~1925)の回顧展を日本でみれないかと長いこと夢みている。今のところ、その気配はない。今年は12月に待望のホイッスラー展が横浜美で開催される。となると、次の期待はサージェント。回顧展を企画する手順はいろいろある。まず軸となる目玉作品をどれにするかだが、、その候補のひとつがメトロポリタンにある‘マダムX’、METはこの交渉に応じてくれるか?この透き通るような白い肌のマダムが日本にやって来たら大きな話題になることはまちがいないのだが、東京都美とかBunkamura、三菱一号館美あたりが実現にむけて動くことがあるだろうか?

イギリスの後期ラファエロ前派のバーン=ジョーンズ(1833~1898)とドガは同世代、だが島国と大陸では描く画題ががらっと異なる。中世文学や神話、聖書の世界を題材にして幻想的な画風をつくりだしたバーン=ジョーンズ、テートブリテンにある‘コフェチュア王と乞食の娘’にも魅了されている。

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2014.03.23

ズームアップ 名画の響き合い! 1883年

Img_0008     ルノワールの‘ブージヴァルのダンス’(ボストン美)

Img_0003     クラムスコイの‘忘れえぬ女’(モスクワ トレチャコフ美)

Img_0002     レーピンの‘クールス県の十字架行進’(トレチャコフ美)

Img_0004     シャヴァンヌの‘夢’(パリ オルセー美)

西洋の美術史をみていて名画が生まれた年でも頭によく残る年となかなか覚えられない年がある。1883年はある作品をイメージするから強く記憶されている。

ルノワール(1841~1919)は1882から83年にかけて一組の男女が踊るところを描いた作品を3点制作した。オルセー美にある‘田舎のダンス’‘都会のダンス’、そしてボストン美の誇るお宝‘ブージヴァルのダンス’。いずれのお気に入りの絵だが、あえて好みの順番をつけると‘ブージヴァル’が一番で、そのあとが‘田舎’、‘都会’。

この3部作にはおもしろい話がある。‘都会’と‘ブージヴァル’のモデルはご存知のようにユトリロの母親であるシュザンヌ・ヴァラドン、当時17歳。一方、‘田舎’は後にルノワールの妻になるアリーヌ・シャリゴ。このころルノワールはシュザンヌに熱をあげていた。怒り狂ったアリーヌは‘なによ、シュザンヌばかり描いて、田舎のダンスは私にしなかったら承知しないからね!’と強く迫った。で、一枚だけアリーヌになっている。

5年前Bunkamuraでモスクワの国立トレチャコフ美が所蔵するロシア絵画にスポットをあてたとてもいい展覧会があった。目玉の作品として多くの来館者の目を楽しませてくれたのがクラムスコイ(1837~1887)の描いた‘忘れえぬ女’。

この女性肖像画の存在を知ったのは30年前、朝日新聞の日曜版に‘世界名画の旅’という連載シリーズがあり、1984年12月にこの絵が登場した。大変惹きつけられたがモスクワの美術館にある絵、だから、本物をみることはないだろうと思っていた。ところが、この美女、なんと日本にやって来た!Bunkamuraという美術館を高く評価しているのはこういう美術本に載っている名画をもってきてくれるから。この絵をみるたびにクラムスコイってスゴい画家だなと思う。

1999年にモスクワを旅行し、トレチャコフ美へも入館した。当時はロシア絵画の情報は乏しかったので今のようにグループを離れての単独行動はせず、ガイドドさんの後をついて説明してくれる作品を楽しんだ。そのなかで大きな感動を覚えたのがレーピン(1844~1930)の大作‘クールス県の十字架行進’、この絵でロシア絵画のリアリズムに開眼した。

シャヴァンヌ(1824~1898)が60歳のころ描いた‘夢’は‘貧しき漁夫’とともに魅了されている作品。空中を飛ぶ3人の乙女と眠る旅人の位置関係がじつによく、左上の三日月の光によってここで何がおこっているかがイメージできる。

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2014.03.22

鶴竜 初優勝・横綱へ前進!

Img      白鵬を寄り切りで破った鶴竜

Img_0001       大一番を制し初優勝・横綱へ前進

大相撲3月場所は14日目、12勝1敗で並んだ横綱白鵬と大関鶴竜が結び前に激突、勝ったのは鶴竜、これで鶴竜は単独トップに立ち明日千秋楽に琴奨菊に勝てば念願の優勝をかちとり同時に横綱へ昇進する。

今日の一番は鶴竜の闘志が白鵬を圧倒した。立ち合いから激しく突っ張り、下から休まず攻め白鵬にいい形にさせない。昨日の琴奨菊戦で右手を痛めているためか白鵬は防戦一方、最後は鶴竜が渾身の力で寄り切った。力の入った本当にいい相撲だった。

鶴竜の優勝はこれで決まりだろう。明日の対戦相手の琴奨菊は今日日馬富士を破り勝ち越したので、鶴竜に勝つエネルギーは残ってないはず。それにしても日馬富士にしても鶴竜にしてもモンゴル勢は強い精神力をもっている。プレッシャーを感じるどころか目の前にある横綱昇進という大きなチャンスをなんとしてもつかみとるんだと、もてる力を全部出している。プレッシャーに弱い稀勢の里とは大違い。

大関になってからの鶴竜は優勝争いに絡むことなく、成績もあがらなかった。が、先場所から相撲がどっしりしてきた。これは体重が7キロくらい増えたことが大きく影響している。以前は軽量の日馬富士にくらべてもあまり変わらない体つきだったが、今はふたまわりくらい大きくなった感じ。

もともと鶴竜は四つの型はいいものをもっており投げはよく決まる。今場所はこれに突っ張りが力強く、相手を寄り切りや押し出しで勝負をつけることが多くなった。とにかく相撲に力強さと安定感がでてきた。相撲取りはひとつのきかっけでものすごく強くなることがよくある。鶴竜も体重の大幅アップによりここ2場所で一気に強くなった。実力横綱になる可能性は十分ある。

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2014.03.21

ズームアップ 名画の響き合い! 1882年

Img_2  マネの‘フォリー=ベルジェールのバー’(ロンドン コートールド美)

Img_0006_2       ルパージュの‘ロンドンの靴磨きの少年’(パリ 装飾美)

Img_0002_2     レーピンの‘休息’(モスクワ トレチャコフ美)

Img_0004_2   クラムスコイの‘ソフィア・クラムスカヤの肖像’(国立ロシア美)

お気に入りの絵画というのは出会った瞬間から強く惹きつけられるものがある一方で、長いこと図録でみているうちにその魅力を感じることが増していくものもある。マネ(1832~1883)の描いた最晩年の傑作‘フォリー=ベルジェールのバー’は後者のタイプの絵。

今から19年くらい前、この絵を日本橋の高島屋で開かれた展覧会でみたときはルノワールの‘桟敷席’のほうに惹かれていた。しかし、その後マネの作品をみる機会がいろいろあり、マネという画家のスゴさがわかってくると、この絵が大変な傑作だなと思うようになった。

はじめての体験ではこちらを向いている女性バーテンダーと後ろの女性が別の人物だと思ってみていた。ところがあとでわかったのだが、後ろの女性は鏡に映っているバーテンダー、ええー?!どうしてそうなるの?カウンターの向こうに鏡があり、そこにバーテンダーと対応している男の客が映っている、これはマネが仕掛けた巧妙なトリック。マネの動きや立体感をつくる構図のとりかたは並みの画家からは生まれてこない。

マネの影響を受けた自然主義派のルパージュ(1848~1884)は気になる画家のひとりだが、その作品をみた数は少なく両手もいかない。豊かな才能をもちながらルパージュは35歳の若さでこの世を去る。一級の風俗画として視線を釘づけにする‘ロンドンの靴磨きの少年’とはまだ縁がない。4年前パリを訪問した際に装飾美にも足を運んだが、どういうわけか展示されてなかった。いつかこの逞しく生きる少年に会いたい。

ときどき開かれるロシア絵画を集めた展覧会、関心の的はレーピン(1844~1930)やクラムスコイ81837~1887)、2年前に開かれた‘レーピン展’(Bunkamura)にとても魅了される肖像画があった。1882年に妻を描いた‘休息’。その穏やかな寝姿をしばらくみていた。レーピンは同じ年に5歳の息子も描いている。母親の衣服と同じような赤褐色をした布を背にしてちょこんと座る姿が愛くるしい。

クラムスコイが16歳の娘を描いた作品も強く印象に残っている。この絵が出品されたのは2007年東京都美で開かれた‘国立ロシア美展’、いい絵がいくつもサンクトペテルブルクからやって来たが、この美しい色白の少女を息を吞んでみていた。

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2014.03.20

ズームアップ 名作の響き合い! 1881年

Img_0005_2  ルノワールの‘舟遊びの昼食’(ワシントン フィリップスコレクション)

Img_0008_2     ルノワールの‘テラスにて’(シカゴ美)

Img_0001_3     ドガの‘14歳の小さな踊り子’(NY メトロポリタン美)

Img_0003_2     シャヴァンヌの‘貧しき漁夫’(パリ オルセー美)

モネとルノワールが好きなので、彼らが絵を描くためにでかけたセーヌ川沿いの町の場所が行ったこともないのに、地図の上ではイメージできるようになった。作品と親しんでいるうちに覚えた町のなかでもお気に入りの絵にでてくるところは強い思い入れがあり、いつかその場に身を置いてみたいと思うことがしばしば。

シャトゥーはそのひとつ。ルノワール(1841~1919)は1872年から1882年の間、たびたびここに滞在していい絵をいくつも描いている。その2点に200%魅せられている。1881年に制作された‘舟遊びの昼食’と‘テラスにて’。モデルたちがいるところはどちらもシャトゥー島にある家の2階につくられたレストラン‘ラ・メゾン・フルネーズ’。

‘舟遊びの昼食’はルノワールの友人や知人たちが生き生きと描かれた見事な群像肖像画、2005年日本で会ったときの喜びは一生忘れられない。そして昨年、ワシントンで2度目の対面をし、この絵がオルセーにある‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’とともに最高傑作であることを確信した。

また、2008年シカゴ美でみた‘テラスにて’もMy‘好きなルノワールベスト5’の一枚。赤い帽子を被り深い青色の服を着ているモデルは女優のダルロー、娘を愛するやさしい母親役にはぴったりの女性。アメリカの美術館にはこの2点のほかにも、‘ブージヴァルのダンス’(ボストン美)や‘劇場の桟敷席’(クラークコレクション)などルノワールのいい絵がいくつもある。つくづくアメリカの美術館巡りをしてよかったなと思う。

4年前、横浜美で待望のドガ展を楽しんだとき、ドガ(1834~1917)が制作した馬や踊り子の彫刻が全部で17点も展示されていた。そのなかで際立つ存在感をみせていたのが過去にオルセーやメトロポリタンなどでみたことのある‘14歳の小さな踊り子’。ほかの作品と違ってこの踊り子はドガが生前に発表した唯一の彫刻。みるからにバレリーナという感じで本人が目の前にいるようだった。

シャヴァンヌ(1824~1898)の‘貧しき漁夫’は心を揺すぶる作品、Bunkamuraでシャヴァンヌの描いた大作壁画の縮小版を何点か体験したが、この画家のイメージはまだ半分以上がこの絵で占められている。貧しい漁夫の家族の光景が描かれたシンプルな画面構成、男の深い内面描写によって生きていくことの尊さが静かに伝わってくる。

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2014.03.19

土偶‘仮面の女神’が国宝指定!

Img_0003      土偶‘仮面の女神’(縄文時代後期 茅野市尖石縄文考古館)

Img_0008     狩野山雪の‘寒山拾得図’(17世紀前半 真正極楽寺)

Img_0006     山本芳翠の‘裸婦’(1882年 岐阜県美)

Img_0004     村上華岳の‘裸婦図’(1920年 山種美)

今年国宝・重文に指定される美術工芸品50件が昨日文化審議会から発表された。国宝となるのは1点で2000年に発見された土偶‘仮面の女神’、つくられたのは今から約4000年前の縄文時代後期前半。

5年前東博で‘土偶展’があったとき、この土偶は顔が逆三角形で精悍なイメージの造形だったのでよく覚えている。これで土偶の国宝は4つになった。ほかの3つは‘縄文のビーナス’、‘中空土偶’、そして‘合掌土偶’。

重文に指定されるもののなかにすぐピンとくる絵画があった。古い順からあげると狩野山雪(1590~1651)の‘寒山拾得図’。昨年京博で行われた‘山楽・山雪展’でもお目にかかった。このグロテスクっぽい風貌をした観山と拾得は曽我蕭白が描く人物となにか似ている。蕭白が山雪のDNAを引き継いでいるのは間違いない。

山本芳翠(ほうすい 1850~1906)のパリ留学時代の代表作‘裸婦’がやっと重文になった。この絵をいつどこでみたか忘れたが、びっくりするほど魅力的な裸婦像の前で息を吞んでみていたことは強く記憶に残っている。芳翠はダビッドの画風を受けついだ古典主義の画家から影響を受けたので人物の描き方は群をぬいて上手い。外人に名前をふせて見せたら皆ヨーロッパの画家と答えるだろう。

日本画家が描いた裸婦像というとすぐ思い浮かぶのは山種美にある‘裸婦図’、描いたのは村上華岳(1888~1939)。この絵はもっと早く重文になってもよかった傑作、はじめてみたときは日本画なのにルネサンス時代にジョルジョーネやティツィアーニらによって描かれた裸婦をみている気分になった。丸い顔と豊満な乳房が目に焼きついている。

華岳の作品は‘日高河清姫’と‘裸婦図’の2点が重文になった。重文の数では狩野芳崖、橋本雅邦、横山大観、上村松園、今村紫紅、速水御舟と並んだ。ちなみに最も重文が多い画家は菱田春草で4点、1点についてもふれておくと竹内栖鳳、下村観山、川合玉堂、鏑木清方、小林古径、前田青邨、土田麦僊。

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2014.03.18

ズームアップ 名作の響き合い! 1880年

Img_0002       カイユボットの‘カフェにて’(ルーアン美)

Img_0003_2     ロダンの‘考える人’(西洋美)

Img_2     ベックリンの‘死の島’(NY メトロポリタン美)

モネの連作のひとつに‘ルーアン大聖堂’がある。モネの大ファンとしてはルーアンの街を訪れこの聖堂の前に立つことを夢見ている。実際にその機会がやってきたら、もう一カ所でかけてみたい所がある。それはルーアン美。

この美術館にある作品の情報はほんのちょっぴりだが、カイユボット(1848~1894)の描いた‘カフェにて’はずいぶん前から目に刻まれている。元来肖像画の好みは女性のほうにあるからこれは例外的な絵。

視線がむかう先は帽子を被り両手をポケットにつっこんでいる男性ではなく、椅子に腰かけた二の人物が映っている鏡。これにはわけがある。じつはマネが晩年の傑作‘フォリー=ベルジェールのバー’を描いたとき女性の後ろに鏡をもってきたのはカイユボットのこの絵からアイデアをいただいた。だから、この絵には興味津々。本物をいつかみてみたい。

‘近代彫刻の父’と称されるロダン(1840~1917)が1880年につくった‘考える人’はあまりにも有名で本物との出会いのほかに映像や写真などによりで目に入ってくることが多い。2年くらい前のCMに鶴瓶が‘考える人’になっていた!だから、一回の体験でもう体の隅から隅までみた気分になって、今は近くに寄ってじっくり見ることはほとんどない。西洋美へ出かけても、ちらっとみることもしないで横を通り過ぎていく。こういう作品こそが真の芸術、その思索する人物像は彫刻の美を表すものとして永遠に記号化され心のなかに存在し続けている。

フランスの隣のスイスにはベックリン(1829~1901)というビッグネームの画家がいる。だが、体験した作品はみたうちにはいらないくらい数が少ない。そのなかで緊張感を強いられてみたのが‘死の島’。メトロポリタンへ足を運ぶたびにベックリンが気になる。

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2014.03.17

ズームアップ 名画の響き合い! 1879年

Img_0001     マネの‘ラティユ親父の店’(トゥルネ美)

Img_0003     マネの‘ビアホールの給仕女’(ロンドン ナショナルギャラリー)

Img_0004     レーピンの‘あぜ道にて’(トレチャコフ美)

Img_0006     ポレーノフの‘画家レーピンの肖像’(トレチャコフ美)

芸術にはいろいろな分野があり、どれにも頭を突っ込めないのであるていど範囲を絞って楽しむことになる。現在心がむかっているのは絵画と彫刻、そしてやきものなどの工芸品。展覧会に作品がでてくるのはほかに書があるが、書道教室に通っているわけではないので目はまだ普通の反応。

多くの時間を割いて画面に描かれたものを感じとろうとしている絵画、そのなかでのめり込んでいるのは女性画と風俗画。日本の浮世絵と印象派に惹かれているのはこの二つが楽しめるから。印象派で風俗画の名手はマネ、ドガ、ロートレック、昨年まではこの3人だったが、今はもう一人いる。ブリジストン美で回顧展があったカイユボット。

4年前、三菱一号館美でお目にかかったマネ(1832~1883)の‘ラティユ親父の店’は好きな一枚。この絵には特別な思い入れがある。それはこの絵が2日前‘美の巨人たち’にとりあげられたカラヴァッジョの‘いかさま師’と人物描写、画面構成がよく似ているため。

このことは以前拙ブログ10/7/19でとりあげた。マネはカラヴァッジョの‘いかさま師’に想を得たと200%確信している。じつはマネはカラヴァッジェスキのひとりなのである!マネの絵で若い男に言い寄られている右の女性とカラヴァッジョが描いた背中をこちらにむけているいかさま師の姿をじっとながめていると、マネとカラヴァッジョがつながっていることがすぐわかる。

マネは庶民が集まるビアホールの光景も生き生きと描いている。ロンドンのナショナルギャラリーで左手にジョッキーをもち忙しそうに客の席にビールを運んでいる女の姿をみて、マネの魅力の虜になった。こういう場面は酒飲みなら誰しも体が動くのではなかろうか。女店員が体をやや傾け視線を別の席にむける仕草は飲み屋の雰囲気をあますところなく伝えている。‘ビールおかわり!’とおもわず声をかけてしまいそう。

ロシアの画家レーピン(1844~1930)とポレーノフ(1844~1927)はモネ(1840~1926)やルノワール(1841~1919)と同世代の画家、レーピンは印象派の影響を受けていて‘あぜ道 レーピン夫人と子どもたち’はモネやルノワールの描いた野原にいる母子の作品がすぐ思い起こされる。ポレーノフを体験したのはわずかしかないが、Bunkamuraでみた‘画家レーピンの肖像’が強く記憶に残っている。

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2014.03.16

ズームアップ 名画の響き合い! 1878年

Img ルノワールの‘シャルパンティエ夫人とその子供たち’(メトロポリタン美)

Img_0002 カサットの‘青い肘掛椅子の少女’(ワシントン ナショナルギャラリー)

Img_0004     ドガの‘手袋をした歌手’(ケンブリッジ フォッグ美)

Img_0005         ロセッティの‘祝福された乙女’(フォッグ美)

昨年はアメリカの美術館と国内の展覧会でルノワール(1841~1919)をおおいに楽しんだ。年が変わりその余韻はなくなり、今は次に現れる新規の作品のことをぼやーっと夢みている。

JR東京駅の八重洲口から歩いて5分くらいで着くブリジストン美、以前ここの理事をしていた人と知り合いだったのでまあまあ足を運んでいたが、最近はその方もいなくなったので訪問する回数は年に1回程度になった。昨年はカイユボット展が好評だったが、今年は秋に行われる‘デ・クーニング展’に出かける予定。

ブリジストン美にあるとびっきりの印象派の絵はなんといってもルノワールの‘すわるジョルジョット・シャルパンティエ嬢’、このお嬢ちゃんはまだ4歳なのに足を組むポーズは大人の女性のような身のこなし。当時文芸サロンを主催していたシャルパンティエ夫人の愛娘だけのことはある。

ジョルジョットが6歳になった1878年に描かれたのが‘シャルパンティエ夫人とその子供たち’、ルノワールの作品に魅せられパトロンとなった夫人の黒の衣装が印象的だが、それ以上に視線が釘づけになるのが2人の女の子、でも、正確にいうと女の子は大きな犬の上にのっているジョルジョットだけ、夫人の隣にいるのは3歳の男の子ポール。当時裕福な家庭では男の子に女の恰好をさせていた。どうみても可愛いお嬢ちゃん。

この2人に負けないほど愛らしく描かれているのがカサット(1844~1926)の‘青い肘掛椅子の少女’、この絵を3年前国立新であった‘ワシントン・ナショナルギャラリー展’でみたときはしばらく息を吞んでみていた。目の覚めるほどインパクトのある椅子の青は白い肌をした少女を浮かび上がらせている。Bunkamuraか三菱一号館美あたりでいつかカサット展をやってくれないかなと、ひそかに期待している。

ドガ(1834~1917)の‘手袋をした歌手’をみたのは今から24年前のこと、ハーヴァード大のなかにあるフォッグ美の印象派とポスト印象派コレクションで構成された展覧会が伊勢丹美で開催された。心に残る作品がいくつもあったが、衝撃度ではドガのこの絵が一番強烈だった。印象派でこんなびっくりする絵はほかにない。手を前にあげ熱唱する歌手の歌声が聞こえてきそうな感じ。これは写楽の役者大首絵をみたときのザワザワ感と似ている。

フォッグ美にあるロセッティ(1828~1882)もお気に入りの一枚。ラファエロ前派で最も魅かれているのはロセッティの女性肖像画、どの絵をみても同じ人物がモデルではないかと思ってしまうが、歌麿の描く美人画と同じで一人々じっくりみると目や鼻の形が微妙に違っている。こういう作品をみていると森アールセンターへまたふらふらと寄ってみたくなる。

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2014.03.15

大リーグ開幕まであと2週間!

Img      ヤンキースのマー君

大リーグは2014年のシーズン開幕まであと2週間、今年はマー君がヤンキースに入団したので例年以上に開幕が待ち遠しい。

ヤンキースと大型契約をしたマー君の動向を内外のメディアは大きく報道しているが、今のところキャンプは順調に消化している感じ。投げたのはまだ2試合、これは球団が投げる球数を完璧にコントロールしているため。マー君には大変な投資をしているので肩の消耗にはすごく神経を使っている。

大リーグのキャンプはオープン戦をやり、試合の実感をつかむのが目的。レギュラーシーズンは162試合の長丁場、そして強いチームはそのあとのワールドシリーズまでを計算に入れて戦うので、開幕から1ヶ月は前のめりになって戦うようなことはしない。そのためレギュラークラスの選手はオープン戦では実戦にむかって徐々に体調をあわせていくことに注意をはらい、疲労が残らないことを心掛ける。

だから、ヤンキースはオープン戦でもマー君には50球くらいしか投げさせない。この段階で相手バッターに打たれることがあっても気にしない。昨年楽天ですごく沢山投げ勝ち星を重ねたことでマー君のイメージをすごくあがっているのはまちがいないが、逆にその反動がくるのではないかという心配もあるので球団はとにかく無理をさせず、開幕を迎えさせようとしている。

ヤンキースの開幕は4/1(日本時間4/2)敵地でのアストロズ戦、4/3の第3戦にマー君が登板するのではないかと思う。そこまで怪我をせず、体調を整えていってもらいたい。

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2014.03.14

心に響くホイッスラーの名画!

Img_0005 ‘シシリー・アレキサンダー嬢’(1872~74年 テート・ブリテン)

Img_0006 ‘白衣の少女’(1862年 ワシントン ナショナルギャラリー)

Img      ‘バタシーの古橋’(1872~75年 テート・ブリテン)

Img_0002      歌川広重の‘名所江戸百景 京橋竹がし’(1857年)

今から16年前の1998年に東京都美で‘テートギャラリー展’が開かれた。現在、森アーツセンターで行なわれている‘ラファエロ前派展’はテートギャラリーが所蔵するものによって構成されているが、東京都美のときはロセッティやミレイをはじめブレイク、ターナー、コンスタブルなどビッグネームがずらっと揃った豪華なラインアップ、テートにあるイギリス絵画の名作を全部みせますという感じだった。

そのなかにホイッスラー(1834~1903)も2点あった。その一枚が‘シシリー・アレキサンダー嬢 灰と緑のハーモニー’、この絵によってホイッスラーとの付き合いがはじまった。ホイッスラーは肖像画家という顔とジャポニスムに影響を受けた風景画家という二つの顔をもっている。

東京都美でホイッスラーを体験したあと、肖像画と霞のかかった川や海の情景を描いたものを半々ぐらいの割合でいくつかの美術館でみた。パリのオルセー美、NYのメトロポリタン美、フリックコレクション、ワシントンのナショナルギャラリーとフリーア美、コーコラン美、そしてフィラデルフィア美。

肖像画のお気に入りベスト3は‘シシリー・アレキサンダー嬢’、‘白衣の少女’、‘磁器の国の姫君’、もしこの3点のなかでお好きな絵をさしあげるといわれたら、すぐに‘シシリー・アレキサンダー嬢’を指さす。この愛らしいシシリーちゃんは8歳、お父さんは銀行家でコレクター。

シシリーはホイッスラーに70回以上もポーズをとらされたから、もうふくれっ面、‘おじさん、まだぁー?、もう遊びたいよー’と言っているにちがいない。我慢も限界にきているので顔の前に蝶々がひらひら飛んでいても心は和まない。本当にご苦労さん、とってもきれいに描かれているよ、といつも声をかけている。

風景画は‘ノクターン 青と金 バタシーの古橋’に魅せられている。この絵は歌川広重(1797~1858)の晩年の傑作、‘名所江戸百景 京橋竹がし’に構図を学んでいる。インパクトがあるのがなんといっても画面中央の橋桁、広重の‘名所江戸百景’の魅力のひとつになっているのがモチーフを手前でクローズアップでとらえる近像型と呼ばれる構図。ホイッスラーはこれを近景ではなく中景でおこない橋の存在感をだしている。

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2014.03.13

ズームアップ 名画の響き合い! 1877年

Img_0004     モネの‘サン・ラザール駅’(パリ オルセー美)

Img_0001     カイユボットの‘パリ、雨の日’(シカゴ美)

Img_0006     ホイッスラーの‘ピーコック・ルーム’(ワシントン フリーア美)

Img_0007     ホイッスラーの‘ピーコック・ルーム’

モネ(1840~1926)の作品のなかに‘連作’シリーズがある。睡蓮、積み藁、芥子畑、ポプラ、クルーズ川、ルーアン大聖堂、最も魅かれているのが1889年から描きはじめた‘積み藁’とその10年後の1899年から亡くなるまで描き続けた‘睡蓮’。

こうした同じモチーフを繰り返して描く連作の原点となったのが‘サン・ラザール駅’、モネはこの駅の近くにアトリエを借り1877~78年にかけて12点制作している。そのうちお目にかかったのはオルセー、シカゴ美、、ロンドンのナショナルギャラリー、そしてハーヴァード大のなかにあるフォッグ美などが所蔵する6点。このなかで駅舎や機関車をつつみこむ光と大気が最も輝いているのはオルセーにあるもの。群を抜いていい。

昨年ブリジストン美で回顧展があったカイユボット(1848~1894)、この画家が気になりだしたのは2008年シカゴ美で‘パリ、雨の日’に遭遇したから。絵画鑑賞を長く続けていると時々エポック的な作品と出会う。この大作はそんな一枚。カイユボットってこんないい絵を描いていたの!評価が一変した。

とにかくこの絵は構図がすばらしい。雨が降るなか雨にぬれることをいやがるふうでもなくゆっくり歩いている人々の光景が見事に切り取られている。そして目が吸い寄せられるのが雨に濡れた路面のリアルな描写。雨のときの道路やあたりの湿潤な空気はまさにこんな感じ。

ワシントンのフリーア美内につくられている‘ピーコック・ルーム’はもとはロンドンにあったレイランド邸の食堂。室内装飾のうち壁画を手掛けたホイッスラー(1834~1903)は1877年に完成させた。金一色の孔雀というのはまさに東洋美術の象徴的な画題。孔雀と対面する形で‘磁器の国の姫君’も青花の瓶や壺に囲まれエキゾチックなジャポニスムの香りを放っている。

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2014.03.12

回転寿司でコーヒー販売!

Img     コーヒーが注文できる回転ずしチェーンのくら寿司

Img_0001

食事のあとスイーツを食べる日はわが家では週3日と決まっている。もともと体重が増えやすい体質、だから太らないように甘いものはこうして縛りをかけている。いつごろから始めたかは記憶があやふやだが、長いこと続いていることだけは確か。

お気に入りのものは今はだいたい固まっており、それをローテーションする。年間を通じて最も食べているのはカステラとレーズンパン、そしてジャムとバターをつけて食べるフランスパン。このため、パン屋さんとのつきあいが密になる。

昔からパンが好きなのでいいパン屋に出くわすと日々の暮らしが楽しくなる。広島にいるとき家の近くにアンデルセンの支店があり美味しいイギリスパンを頻繁に買っていた。今も散歩の途中にいい店が2軒あるので小さな幸せを感じている。

菓子パンのなかでこだわっているのがレーズンパン、美術館まわりをしているとき日本橋の三越や高島屋に入っているパン屋をトライしているが、今食べているもののほうが美味しさは上回る。まさに究極のレーズンパンという感じ。こういうめぐりあわせは本当に嬉しくなる。

飲み物はほとんどコーヒー、一日に飲む回数は昼食、夕食の後の2回。世の中に大勢いるコーヒー好きと較べたら少ないほうかもしれない。わが家はモーニングコーヒーはなし、一日3回のコーヒーは重いのでコーヒー好きの隣の方にもこれにつきあってもらっている。

並みのコーヒー党からみると衝撃的なチラシが先月目に入った。それは回転ずしチェーン くら寿司のもの。なんと、お店でコーヒーを販売している! 値段は157円。昨年12月から全327店で売り始めたらしい。注文すれば寿司と一緒にレーンにのっかってくるそうだ。

回転寿司は7,8年前に行ったきりでとんと縁がないが、今や寿司を食べたあとコーヒーまでも飲める時代になった。寿司とくればお茶だから、これって革命的ではない!食文化の形も時代とともに変わってくるので、この組み合わせもはじめは違和感があるかもしれないが、すぐに普通の光景になるのだろう。

とくに若い人や外国人観光客にとって、コーヒーが飲めるのはウエルカムにちがいない。

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2014.03.11

フリーアの日本美術趣味に影響を与えたホイッスラー!

Img     ホイッスラーの‘磁器の国の姫君’(1864年 フリーア美)

Img_0001     ホイッスラーの‘バルコニー’(1865年 フリーア美)

Img_0002 鳥居清長の‘美南見十二候 六月 品川の夏’(1784年 シカゴ美)

Img_0006 鳥居清長の‘美南見十二候 四月 品川沖の汐干’(1784年 シカゴ美)

ワシントンのフリーア美には日本人ならとても親近感を覚える部屋が二つある。そこに飾られているのはフリーア(1854~1919)が日本美術にのめり込むのに大きな影響を与えたホイッスラー(1834~1903)の作品。2008年はじめてこの美術館を訪問したとき、ホイッスラーに開眼することになったのはここのコレクションのお蔭。

フリーアはロンドンで会った20歳年上のホイッスラーから浮世絵などの話を聞き、次第に日本美術に関心を寄せるようになった。当時ホイッスラーはジャポニスムの影響を受けた作品を沢山制作していたから、日本美術の指南役としては最適の人物。

ホイッスラーも浮世絵を所蔵しており、その9点が1万点あるといわれる大英博の浮世絵コレクションにおさまっている。1864年に描かれた‘バルコニー’はホイッスラーがもっていた鳥居清長の‘美南見十二候’を下敷きにしていることは明らか。

フリーアはホイッスラーとつきあいがあったからこうした女性たちの群像表現を目にし、浮世絵の美人画への興味を深めていったのかもしれない。鈴木春信の作品にも清長の絵のような遊里の座敷から女性が海の風景をながめるものがあり、‘バルコニー’は春信からも刺激をうけている。すると、フリーアの目は春信、歌麿へと向かう。そういう視覚体験の積み重ねがフリーアの眼力を鍛え、歌麿の‘品川の月’との出会いにつながった。

昨年‘ピーコックルーム’で‘磁器の国の姫君’と再会した。海外ニュースに時々パリとかロンドンで行われる‘ジャパンデイ’のイベントが報じられ、必ずそこにはこんな格好で着物を着た外人女性が登場する。ブロンドや青い目の女性は着物の着方が少々変でも一向にかまわない。むしろこういう着方のほうが愛嬌がある。

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2014.03.10

フリーア美にある浮世絵肉筆の傑作!

Img_0001      ワシントン フリーア美

Img_0002      喜多川歌麿の‘品川の月’(1788年頃)

Img_0003     葛飾北斎の‘雷神図’(1847年頃)

Img_0004       葛飾北斎の‘富士と笛吹童図’(1839年頃)

美術本に載っている名品を追い求めるアートライフは命があるかぎり続けるつもりなので、まだ対面を果たしてない作品は定期的に図版をながめている。よくコレクターが望みのものを手にいれるためにその複製を部屋に飾っているという話を耳にするが、気持ちはまったく同じ。

日本美術で今思い入れが最も強いのはワシントンのフリーア美にある3点。日本にあったら国宝まちがいなしといわれる俵屋宗達の‘松島図屏風’、そして浮世絵肉筆2点、喜多川歌麿(1753~1806)の‘品川の月’(拙ブログ3/2)と葛飾北斎(1760~1849)の‘富士と笛吹童図’。

これまでフリーア美を訪問する機会が2度(2008年、2013年)あったが、残念ながら思いの丈はとげられなかった。この3点とフォートワースのワズワース・アシニアム美にある歌麿の‘吉原の花’を除くと、日本絵画はほぼ済マークをつけていいところまできている。だから、最後に残った作品をみたい気持ちがより強くなっている。

昨年ここを再訪したとき、‘品川の月’が飾ってある画像のような展示室を念じていた。そして、サプライズの鑑賞となるはずだった。が、そううまくはいかない。出迎えてくれたのは与謝蕪村の絵だった。2008年のときは収穫が多く、北斎の肉筆の傑作‘雷神図’と‘玉川六景’を運よくみることができた。でも、対面を恋こがれている‘富士と笛吹童図’はダメだった。

この美術館にある浮世絵肉筆をみるとチャールズ・ラング・フリーア(1854~1919)の日本美術をみる目はつくづくすごいなと思う。世界一の数と質を誇る北斎に加え、1903年には歌麿の‘品川の月’もパリでビング(東洋美術商)を通じて購入しているのだから恐れ入る。

あと何回ワシントンへ行けば夢が叶うかわからないが、諦めないで追い求めたい。

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2014.03.09

歌麿本ならこの二冊!

Img_0001_2       ゴンクール著‘歌麿’(2005年 東洋文庫 平凡社)

Img_0002_2 近藤史人著‘歌麿 抵抗の美人画’(2009年 朝日新書 朝日新聞出版)

歌麿のすごい大作肉筆画が日本で見つかったというビッグニュースに出くわし、今心の大部分は歌麿に占領され、いろいろなことに脳が反応している。

まずは箱根の岡田美で行われる‘深川の雪’の特別展示(4/4~6/30)にいつでかけるか、GWは相当込みそうだからこれは避けてその前に訪問することにしている。次はそのあとのこと、この絵が貸し出される場合、すぐ思いつくのは2011年からはじまったという栃木市の‘歌麿まつり’。

まつりが行われる時期については‘歴史ヒストリア’ではふれてなかったが、例えば、来年市内の美術館とか特別会場で‘深川の雪’が展示されれば‘歌麿まつり’はおおいに盛り上がるはず。すでに‘品川の月’と‘吉原の花’の精巧な複製ができているようなので、‘雪月花’の三部作がつくりだす歌麿ワールドはほかのイベントと連動し大勢の人を巻き込む浮世絵エンターテイメント空間と化す。これは楽しそう!栃木市が所蔵している‘女達磨図’の一緒に展示されるだろうから、これが実現したらクルマを走らせようと思う。

歌麿の‘雪月花’は浮世絵の本などで存在は知っていても、これまでは遠い存在なので作品との距離がどうしてあった。でも今はちがう、‘雪’が近々みれるので3点が描かれた経緯や栃木と歌麿とのつながりにも関心が及ぶ。また、これまで読んだ歌麿本の頁をまためくってみようという気にもなる。

いい本が二冊ある。2005年に平凡社から出版されたゴンクール著‘歌麿’、‘ヒストリア’に登場した。これを訳したのはモローの研究者として有名な隠岐由紀子さん。今この本は書店では手に入らないかもしれない、神田の古本屋でもすぐみつかるかどうか。

もう一冊、とても読み応えのあるのが元NHKのディレクターだった近藤史人氏が書いた‘歌麿 抵抗の美人画’、情報量も多く、歌麿が生み出した美人大首絵と三部作の技法上の関連性や2007年に栃木で発見された‘女達磨図’の話もでてくる。

‘ヒストリア’がゴンクールの‘歌麿’(1891年)にでてくる‘深川の雪’の来歴を引用していたので、その前に書かれている絵の感想について全文を紹介したい。

‘肉筆画についての章を終わるにあたり、ビング氏の店で見せられた幅3.5m、高さ2.4mという巨大な掛け軸にも言及しておきたい。軸いっぱいに26人の女が集う有様が描かれている。

そこには、雪をかぶる灌木が植わった庭の前に、一軒の‘青楼’内部の廊下の曲がり角が描かれている。素足に豪華な着物をまとった遊女たちは、さまざまに集い、美しく並んで、物憂そうに立ち止まったり、階段を足早に登っていったりしている。

子犬と戯れる女、軽食を運ぶ女、欄干に身を乗り出して雄弁な手つきで階下と会話を交わす女たち、階段の支柱に手を回して寄りかかるように立ち、ぼんやりと物思いにふける女、音曲を奏でる女、湯の沸く鉄瓶がかかった火鉢の周りに寒そうにうずくまる女、奥の方に通りかかった女は緑色の袋に入った寝具を背負って運んでいる。

ここには、歌麿風の優雅な仕草、姿態、女のタイプなどが認められる一方で、その素早い筆致の中に少々大仰な装飾性や絵具の透明性のなさも感じられる。署名のない作品ではあるが、来歴からしてたしかに歌麿の作と思われる。伝えられる来歴は以下のとおりである。

ある諷刺的な版画を刊行した後、投獄されるかもしれない危険を感じた歌麿は、しばらく遠い地方の友人宅に身を潜めた。この巨大な掛け軸は、そこで受けたもてなしの返礼として描いたものだという。’

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2014.03.08

ウォーホルと日本!

Img       ‘坂本龍一’(1983年)

Img_0001          ‘広告 神奈川沖浪裏’

Img_0002      ‘タイム・カプセル102 歌麿 北斎 広重’

Img_0003      ‘タイム・カプセル102 相撲 報知グラフ 浮世絵’

アーティストとの距離があるとき急に近くなることがある。ウォーホル(1928~1987)の場合、きっかけは3年前の夏BSプレミアムで放送された‘極上美の饗宴 ウォーホル’だった。

番組の案内役を務めたのが日本画家の千住博、はじめはなぜ千住がここにでてくるのかわからなかったが、ピッツバーグにあるウォーホル美を訪問した千住が色彩豊かな‘キャンベルスープ缶’を前にして唸っているのをみて、出演の理由を理解した。

以前千住のカラーヴァージョンの‘ウォーターフォール’に大変魅せられたことがあった。素直に千住の色彩感覚もなかなかだなと感心した。そのときは、千住とウォーホルが結び付かなかった。番組をみてわかった、これはウォーホルの手法に刺激をうけたものだったことが。

このウゥーホルと千住のコラボがウォーホルと日本のつながりのはじまりだったのだが、森美の回顧展にその続きがでてきた。ウォーホルは注文肖像画を1000点くらい描いたそうだが、そのなかに日本の坂本龍一が入っていた。若い頃の龍一はこんなにイケメンだった?鼻の下があまり長く描かれてないのがおもしろい。

海外の芸術家が日本の浮世絵に魅せられるという話はよく耳にするから、ウォーホルが若い頃に描いた北斎の‘グレートウエーブ’に遭遇しても驚くことはないが、あのウォーホルも浮世絵のファンだったことがわかるとわけもなく嬉しい。

最後のコーナーに興味深いものが沢山展示されていた。1974年からウォーホルは‘タイム・カプセル’と称して身の回りのものを片っ端からダンボールにつめこんでいく。600箱以上あるという、そのなかの‘タイム・カプセル102’には日本に関するものが入っており、今回それらが公開された。

歌麿、北斎、広重の浮世絵版画や日本美術の雑誌、そしてノスタルジックな気分にさせてくれるのがあの強い北の湖や天才長島が表紙を飾るスポーツ誌、またどういうわけか地下足袋、刺繍入りの長財布まである。

ウォーホルがポップアートの旗手として活躍したとき日本は昭和の時代だった。ウォーホルの色彩の輝く作品をみて古臭さはちっとも感じないが、作品が生まれたときからはそこそこの長い時間が経っていることもこうした日本の資料によって教えられる。

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2014.03.06

近年見つかった歌麿の肉筆画!

Img       ‘女達磨図’

Img_0002      ‘三福神の相撲図’(左)と‘鍾馗図’(右)(栃木市)

Img_0006          ‘芸妓図’(1801~04年 岡田美)

昨日夜放送されたNKHの‘歴史ヒストリア’を心をときめかせながらみた。3月の‘TV太郎’を手にいれ注目の番組をチェックしていたとき、喜多川歌麿(1753~1806)が‘歴史ヒストリア’に登場することがわかったので楽しみにしていた。でも、これがNHKが独占取材した‘大発見の歌麿の大作肉筆画’だったことは思ってもみなかった。

NHKの美術番組スタッフは歌麿をよく特集する。秀逸な美術番組として強く記憶に残っているのが7年前に制作された‘ボストン美のスポルディングコレクション’、その多くを占める歌麿の美人画の色の鮮やかなこと、これには200%仰天した。今回また‘深川の雪’で大ホームランをかっとばした。本当に歌麿と相性がいい。

この番組は浮世絵ファンをはじめ多くの美術好きがみたのではなかろうか、そして同じことを思ったにちがいない。‘箱根の岡田美術館にみに行くぞ!’、展示は4/4~6/30、本当に楽しみ。

岡田美はこの傑作を今後はMOA美(熱海)で梅の季節に国宝‘紅白梅図’が公開されるように、年一回のペースで展示するものと思われる。では、ほかに公開の機会は、もちろんある。それは東博での大歌麿展!? これはもう決まったようなもの。

日本美術史におけるモニュメンタルな傑作が日本に戻って来たのに歌麿展を実施しないのなら、今すぐ東博の学芸員をやめたほうがいい。国立の名が泣く。‘深川の雪’は世界に誇れる日本美術の宝、この世紀の大発見を祝う大歌麿展を行い、上野の森を歌麿祭り一色にする。日本全国から大勢の人が押し寄せ、外国人観光客も列をなすことは請け合い。

出品作のなかには近年国内外で発見された肉筆画も当然含まれる。いくつかある、2006年にフランスで見つかった‘芸妓図’、これは‘大浮世絵展’にも展示されたが、岡田美が所蔵している。明治の中頃まで‘雪月花’があった栃木市では2007年に‘女達磨図’、そして2010年には‘鍾馗図’と‘三福神の相撲図’がでてきた。

‘深川の雪’の出現は日本美術を活気づける。歌麿展を早くみたい。

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2014.03.05

飛び跳ねる色彩 ‘ウォーホル展’!

Img_2       ‘花’(1970年)

Img_0001_2      ‘$(9)’(1982年)

Img_0004_2       ‘絶滅危惧種 アフリカゾウ’(1983年)

Img_0003_2      ‘船’(1983年)

ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホル(1928~1987)の大回顧展(2/1~5/6)をみてきた。森アーツセンターで‘ラファエロ前派展’をみたあと昼食をとり、元気をつけて森美へ向かった。この美術館で展覧会をみるのは5、6年ぶり。ふだんは縁がないが、ウォーホルが登場すれば出かけないわけにはいかない。

昨年8月、国立新美でみたウォーホルはあるひとりのコレクターが所蔵するものだったが、今回の回顧展に出ているのはピッツバーグにあるウオーホル美にあるもの。絵画、写真、シルクスクリーン、スケッチ、3Dインスタレーション、彫刻、資料など700点。ウォーホルの創作活動の流れがよく頭のなかにはいる構成になっている。

ウォーホル物語がまだまとまった形でインプットされてないので、どのコーナーもすごく新鮮、時間をじっくりかけてみたのでこれまで描いていたウォーホルのイメージをあらためて強く心に刻むことになった一方で、意外な側面に接しはっとすることも多くあった。

広告の仕事をしていた若い頃のドローイングに思わず足がとまった。線の流れが滑らかでマチスのドローイングが重なってきた。とにかく絵が上手い。ウォーホルで最も魅せられているのはその豊かな色彩感覚、シンプルな造形に色付けされ飛び跳ねる色面の響き合いにぐっと惹きこまれる。

定番の‘キャンベルスープ缶’、‘マリリン・モンロー’、‘毛沢東’、‘花’、‘$’、注文肖像画にははじめてみるものが多数でてきた。‘ヴァレンティノ’、‘マイケル・ジャクソン’、今日本に来ている‘ミックジャガー’、‘アレサ・フランクリン’、‘モハメド・アリ’、そして‘坂本龍一’。坂本龍一の肖像もあったとは知らなかった。

ウォーホルってこんな絵も描いてたのか!と感心したのが‘絶滅危惧種’シリーズと子どもたちのために描いた‘玩具の絵画’、ここでアフリカゾウ、グレービー・シマウマ、ジャイアント・パンダ、オオツノヒツジに出会うとは思ってもみなかった。

画商の依頼で制作された‘玩具の絵画’は心温まる作品、‘魚の壁紙’を背景にして飾られた船、蒸気機関車、ヘリコプター、子犬、魚などは子どもたちが見やすいように低い位置に掛けられている。ウォーホルのやさしい心根が現れている。

昨年1月のアメリカ美術館めぐり、夏のアメリカンポップアート展、そして今回の大回顧展、リキテンスタイン同様ウォーホルにもグーンと接近できたことを心から喜んでいる。

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2014.03.04

魅了される‘黒田辰秋の世界’!

Img      ‘拭漆楕円盆’(旧白洲邸 武相荘)

Img_0001     ‘拭漆樽彫花文椅子’(1964年 豊田市美)

Img_0002      ‘乾漆耀貝螺鈿喰篭’(1974年)

Img_0003      ‘赤漆捻紋蓋物’(1949年 豊田市美)

横浜そごうのなかにある美術館で現在‘黒田辰秋の世界’展(2/1~3/10)が開かれている。木工芸の人間国宝に1970年指定された黒田辰秋(1904~1982)の回顧展に遭遇するのははじめてのこと。以前から黒田の作品をまとまった形でみたいと思っていたから、楽しみにしていた。

展示されている家具、茶道具、食器類などの木工作品は全部で90点くらい。これまで日本民藝館や東近美で体験したものは両手をちょっと上回るほどしかないから、目の前に現れるすばらしい漆芸1点々に吸いこまれていく。

黒田辰秋の作品は多くの芸術家や文士、実業家に愛された。そうした錚々たる目利きたちのお気に入りの品々が順番にでてくる。河井寛次郎、柳宗悦、鍵善良房、白洲正子、小林秀雄、武者小路実篤、梅原龍三郎、川端康成、黒澤明。

今回、家具、食器類などに施された拭漆によって浮かびあがる木目の模様を存分に味わった。木工芸の魅力はこの素朴で温もりのある木目の景色、楕円の盆の連続する木目をいい気持でながめていた。映画監督の黒澤明
が御殿場に山荘を建てたとき家具一式を黒田に依頼した。そのひとつ、大きな椅子に度肝を抜かれた。

じつにどっしりした椅子で背もたれの彫花文の造形のよさが目をひく。黒田は‘王様の椅子’と名付けている。まさに監督が座るのにふさわしい椅子、クライアントの要望に200%応えるのが一流のプロの技、座りたくてしょうがなかった。財政が豊かな豊田市美は絵画だけでなくこういう工芸の名品までコレクションしていたとは。

螺鈿の作品も数多くある。とくに魅せられるのがメキシコ鮑の貝(耀貝)を用いたもの。妖艶な輝きに息を吞んでみていた。円形の喰篭のほかに茶器、タバコ入れ、飾箱、箸入れ、いずれも欲しくなるものばかり。これまでみたのは小さいもの。これほど大きくて見事な細工だと宝飾品をみているのと同じ感覚。気持ちがぐっと高揚する。

黒田のデザインセンスが光るのが赤漆の作品、流れるような捻紋が心を揺すぶる蓋物、そして東近美でお目にかかったことのある流綾文の大きな飾箱の前に長くいた。このモダンさ、黒田の豊かな感性にほとほと感服させられた。

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2014.03.03

丸い形の榮太樓の金鍔!

Img_0001

Img_0002      榮太樓の‘名代金鍔’

昨年の4月BSTBSの番組‘江戸のススメ’で知った榮太樓の‘金鍔’の話をアップした(拙ブログ13/5/15)。そのあと、この丸い形をした金鍔を食べてみようと思いつつもその機会がなかなかつくれなかった。美術館巡りでは4、5館まわるので最後の美術館が日本橋から離れていると金鍔を買うのは先延ばし。26日のときは最後が両国の江戸東博、それでようやく榮太樓に足を運ぶことができた。

日本橋界隈のミニ地図があるので榮太樓総本舗はすぐみつかった。店内は半分が喫茶室、お目当ての金鍔がありました、ありました。値段は179円。とりあえす隣の方の分もあわせて4つ買った。国内を旅行したとき、土産物屋の試食できんつばにありつくことがあるが、きんつばを購入するのはこれがはじめてかもしれない。

あんのまわりにうす皮でおおったきんつばのアイデアは偽装してつくられた金の鍔にヒントをえたものだという。たしかにこのうす皮はこれまで食べたものにくらべるとうすい。だから、美味しいあんをどっと食べている感じ。大福はお餅の割合が多いが、きんつばは丸ごとあんこなので、お茶を飲まないと口のなかが砂糖だらけになる。

わが家では昨年の中頃から、お気に入りの和菓子ができた。それは横浜そごうの1階で売っている今川焼、一個80円でとても美味しいので人気があり、いつも人が並んでいる。今は甘いあんこを食べるのはこの今川焼まで、どら焼きはちょっと重たく、うす皮の金鍔はこれよりもっとヘビー。

この3つの和菓子の関係を洋菓子にあてはめてみると、カステラ、シュークリーム、ショートケーキ。ショートケーキはクリスマスのときを含めて年間で数回しか食べないから、榮太樓の‘金鍔’も年に一回くらいの楽しみになりそう。

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2014.03.02

ビッグニュース! 歌麿の幻の大作が日本にあった

Img       ‘深川の雪’(部分 1802~06年)

Img_0001      ‘品川の月’(1788年頃 ワシントン フリーア美)

Img_0005 ‘吉原の花’(1791~92年 ハートフォード ワズワース・アシニアム美)

本日浮世絵に関するすごいニュースが入ってきた。喜多川歌麿(1753~1806)が晩年の寛政期に栃木で制作した肉筆画の大作が日本で見つかったという。これは大変なことになった!

その絵は‘深川の雪’、絵のサイズは縦2m、横3.5m以上。NHKの映像をみると相当大きな絵。これは‘雪月花’の三福対のひとつ。あと二つは‘品川の月’と‘吉原の花’、ともにアメリカの美術館が所蔵している。手元にある歌麿本によると、この‘深川の雪’は昭和23年(1948)東京であった展覧会にフランスから里帰りして3日間だけ展示された。そのあとはどこにいったのか行方知れず。

そんな幻の肉筆画がなんと日本にあった!古美術商が2年前深川の倉庫で発見したのだという。まったく奇跡のような話。これを昨年箱根に開館した岡田美術館が手に入れ痛んでいたところを修復していたが、それが完了したので今日お披露目となった。4/4~6/30に特別公開されるという。箱根までクルマを走らせることになりそう。

巨大な‘雪月花’の三福対は栃木の旧家善野伊兵衛家に蔵されていたが、明治の中頃、海外に流出した。歌麿の画集で色付きでみられるのは‘品川の月’と’吉原の花’だけ、歌麿狂いだからいつかこの目でという思いは強いが、これはなかなか大変。

‘品川の月’はフリーア美にある。昨年ここを訪問したとき展示されていることを念じていたが、ダメだった。フリーアの遺言で作品は門外不出になっているので、みるためにはここに足を運ばなければならない。宗達の‘松島図’同様諦めてはいないが、道は遠い。

‘吉原の花’をコレクションしているコネチカット州のハートフォードにあるワズワース・アシニアム美は2年前‘夢の美術館’で紹介した(拙ブログ12/5/25)。カラヴァッジョとダリがあり、そしてとびっきりの歌麿の肉筆画があるのだから、とても惹きつけられる。いつか訪問してみたい。

画集でみていても心がはずんでくる‘吉原の花’は1995年千葉市美が開館記念展として行った‘喜多川歌麿展’に里帰りした。ところが、当時名古屋に住んでいたのでみることが叶わなかった。それから、19年が経った。そろそろ大規模な歌麿展が開催されてもいいころ。勝手に東博がビッグな歌麿展をやってくれると妄想している。そうしたら、‘深川の雪’も‘吉原の花’も一緒にみれる。ここ数年のうちにそれが実現すると信じている。

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2014.03.01

大入り盛況の‘大浮世絵展’!

Img     勝川春章の‘大谷広次と坂東又三郎’(1773年 日本浮世絵博)

Img_0001 歌川国芳の‘魚の心’(天保末期1830~44年 ベルリンアジア美)

Img_0002 渓斎英泉の‘江戸高輪之景’(天保前期1830~44年 江戸東博)

Img_0003 歌川広重の‘東海道五捨三次之内 蒲原 夜之雪’(1833~35年)

3回目の‘大浮世絵展’(3/2まで 江戸東博)もいい作品に出合いご機嫌だった。過去、北斎や写楽、国芳などの回顧展とかボストン美をはじめてとする海外の定評のある浮世絵コレクションの里帰り展などに遭遇し、浮世絵の魅力を存分に味わってきたが、今回もそうしたエポック的な鑑賞体験とかわらないすばらしい浮世絵展だった。

2/18~3/2に展示される作品に中で新規にお目にかかるものは59点。北斎や広重の定番の風景画や何度も回顧展をみた国芳の作品を除くと大半がはじめて目にするもの。海外の美術館や個人が所蔵している浮世絵にこれほど多く会える機会は滅多にないから1点々目に気合をいれてみた。

まず足が思わずとまったのが勝川春章(1726~1792)の役者絵、石の鳥居の前で道標を一緒にもっている二人の役者の姿のカッコいいこと。これを所蔵している日本浮世絵博は確か長野県にあったはず、訪問することがなかなか叶わないが、お蔭様でいい作品を何点もみせてもらった。

歌川国芳(1797~1861)の描いた戯画、‘魚の心’はこれまでみたことがある。だから、絵の前ではこれは一度みたかな、という感じだった、でもよくみると3割くらい別のヴァージョンのような気も。家に帰って図録と照らし合わせてみると、別の魚の群れ。‘魚の心’は2点あったのだ!大収穫、役者の心と顔を演じためばるちゃん、かがみだいちゃんよくぞベルリンから里帰りしてくれました。

風景画で魅せられたのが渓斎英泉(1791~1848)の名所絵シリーズの一枚‘江戸高輪之景’、富士山と帆船の取り合わせが心を揺すぶる。浮世絵風景画の前景、中景、後景を順番に見せていく描き方と昨日とりあげダイスの断崖の絵は画面の構成が似ている。

歌川広重(1797~1858)の‘蒲原 夜之雪’をみるのは久しぶり、大雪が続けて二回もあったからこの雪景色に敏感に反応した。やはりこの絵はぐっとくる。

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