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2013.12.19

植田正治とターナーをつなげる光!

Img         植田正治の‘童暦 運動に出された仔牛’(1969年)

Img_0001     植田正治の‘白い風’(1981年)

Img_0002_2     ターナーの‘カラカラ浴場、ローマ’(1819年)

はじめて体験した写真展‘植田正治のつくりかた’(10/12~1/5 東京駅ステーションギャラリー)ですっかり植田正治(1913~2000)ファンになってしまった。楽しかったのは作品がいろんなことを思いおこさせてくれたこと、植田は写真のマグリットではないかとか、植田とオキーフが花の表現でコラボしているではないかとか。

もう一人画家とのつながりがあった。それは直接の作品ではなく太陽の光に対する感じ方。この展覧会では作品とともに植田の写真制作への思いや芸術観について語ったことがパネルにして表示されている。そのなかに思わずうなずくような話が、植田はこんなことをいっている。‘山陽は光が強くすぎるのであまり長くいたくない’

これを読んだ後すぐターナー(1775~1851)のイタリア旅行の話が頭をよぎった。ターナーは44歳になる1819年にイタリア各地を旅行している。でかけたのはヴェネツィア、ミラノ、フィレンツエ、ローマ、そしてナポリまで足をのばしている。

雨が多く湿潤なイギリスで育ったターナーだから太陽の国イタリアはどこへ行っても楽しい気分だったろうと想像するのだが、意外にもローマとフィレンツエの風景はさほど心を震わせなかったようだ。理由は空気が乾燥し太陽がまぶしすぎたため。目の前の風景がぱさぱさに感じられたのだろう。

山陰の空と日差しを体験した方なら植田の気持ちはすぐ理解できるはず。写真家は総じて強すぎる日差しは避けるが、山陰で写真を撮っている植田は光の感じ方がさらに繊細。植田とターナーが光に対して同じように感じていたのはとても興味深い。

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