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2013.12.11

点描から生まれる美  風景画!

Img_0002     スーラの‘グラヴリーヌの水路、海を臨む’(1890年)

Img_0003     シニャックの‘ポルトリューの灯台’(1888年)

Img_0004     トーロップの‘海’(1899年)

Img_0008     リュスの‘モンマルトルのはずれ、シャンピオネ通り’(1887年)

現在国立新美で開催中の‘印象派を超えて 点描の画家たち’(10/4~12/23)をみてきた。開幕から2ヶ月以上も経った今頃出かけたのは今回展示されている作品の大半を占めるクレラー=ミュラー美コレクションを2年前現地でしっかりみたから。

名画はそれが展示されている美術館でみれるのが一番の幸せ、そして作品をみたあと図録も手に入れ掲載されている図版にただいまの心の高まりを固くパックする。そうすると、その感動は長い間にわたって保たれ心を豊かにしてくれる。

でも、心を揺るがした作品が頁数の関係で館のつくる図録に載ってないことがよくある。クレラー=ミュラー美のミュージアムショップで手に入れた図録(日本語版)にはゴッホの絵しか載ってない。残念ながらほかの作品もずらずらと載ったものは用意されてなかった。だから、今は写真で撮ったもので感動をリフレインしている。

クレラー=ミュラー美にはそうした消化不良があったのだが、今回の展覧会によってそれが解消された。図録に魅了された作品がいくつも載っているのである。これはありがたい、じつは出かけたのはこの図録をゲットするためだった。

そんな顔がほころぶ絵の筆頭がスーラ(1859~1891)の‘グラヴリーヌの水路、海を臨む’。スーラが小さな色の点を置いていく点描の技法によって描いた海景画は静謐さと透き通った空が特徴。人は描かれてない。あらためてじっくりみていると心臓の脈拍数がだんだん少なくなっていくような感じがした。

同じように心が安まったのが再会したヤン・トーロップ(1858~1928)の‘海’、淡い色調で表現されたいくつもの波が遠くの水平線まで白い波頭をたてている。心に沁みる絵とはこのこと。スーラの音のない海と違ってここには心地よい風が吹いている。

シニャック(1858~1928)とリュス(1858~1941)の絵は現地でお目にかかってないもので思わず足がとまった。リュスは今回4点でており、いずれも強く惹かれた。この画家の作品はこれまで数点しかみてないので想定外の収穫だった。

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コメント

この展覧会は、『分割主義』という概念でゴッホからモンドリアンまで括っているところが面白いと思いました。

クレラー=ミュラー美術館は、19年ほど前に一度行きました。森の中の落ち着いた雰囲気の美術館ですね。そのときは、ゴッホの有名作品以外あまり時間をかけなかったので後悔しています。

私もスーラのファンです。人物の描かれた大作以上に純粋な風景の描かれた小品に惹かれます。

画像を載せていただいたスーラ、シニャック、ト―ロップの作品は、ともに時が止まったような静謐さ。おっしゃるように見ていると脈拍数が減るような感じです。(笑)いずれにしても科学的理論から生まれた点描技法がこんなに詩的な雰囲気を持つなんて不思議ですね。

投稿: ケンスケ | 2013.12.12 08:07

to ケンスケさん
点描で描かれた作品がこれほど集まる展覧会は
はじめて体験しました。一見するとみな同じよ
うな絵にみえますが、画家によって小さな色の
点の集まり具合、影のつけかた、光の表現の
仕方にちがいがあるのがよくわかりました。

スーラは今回3点きていますが、‘グラヴリーヌ’
は図版がなく写真でがまんしてましたが、やっと
いい図版が載り本物の感じで楽しむことができ
ます。静寂さにつつまれたスーラの海景画をみる
と心がシーンとします。

投稿: いづつや | 2013.12.12 10:38

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