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2013.12.31

ルノワールの絵をみるという幸せ!

Img_0003‘舟遊びの昼食’(1880~81年 ワシントン フィリップスコレクション)

Img_0002  ‘鳥と少女’(1882年 ウィリアムズタウン クラークコレクション)

Img_0004     ‘ブージヴァルのダンス’(1883年 ボストン美)

今年はアメリカの美術館巡りをし国内の三菱一号館美と八王子にある東京富士美ですばらしい印象派の展覧会を体験したので、印象派の作品を数多くみることができた。だから、美術鑑賞のときに用意する感動袋は一年を通して膨らみっぱなし。

その感動袋をとりわけ大きくしたのがルノワール、体験した作品の数はアメリカで17点、三菱一号館美であった‘クラークコレクション展’22点、‘プーシキン美展’(横浜美)1点、‘光の賛歌 印象派展’(東京富士美展)2点、合計すると42点にもなった。回顧展を1回みたようなもの。

ルノワールが好きなのは絵をみてなにか幸せな気分になれるから。いつも幸せ気分に満たされてないと生きていけないということはないが、ときどき‘今幸せじゃない’と素直に思えることがあると楽しい。それが美味しいものを食べたときだったりすることもあれば、モーツァルトの音楽を聴いているときだったりもする。団子も花も小さな幸せをもたらしてくれる。

絵画の場合、大好きなカラヴァッジョの絵をみているとき幸福感は生まれてこないし、モネの‘睡蓮’やクリムトの‘接吻’でもそういう感情にはならない。西洋絵画でそれほど大げさでもない幸せ感を感じるのはラファエロの聖母子像とルノワールの描く女性の絵。

今年数多くみたルノワールのなかで幸せモード全開にさせてくれたのはフィリップスコレクションで再会した‘舟遊びの昼食’、クラークコレクションの‘鳥と少女’、そして東京富士美で3年ぶりに出会った‘ブージヴァルのダンス’。

‘舟遊びの昼食’は大作で色彩がとても明るく賑やかな絵だから、じっとみていると自分たちも隣で一緒に食事をしているような気分になる。やはりこの絵とオルセーにある‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’に最も魅せられる。この2点がルノワールの最高傑作。

前景の左で子犬と遊んでいるのは後にルノワールと結婚するアリーヌ・シャリゴ、そしてアリーヌの向かい側に座っているのは今年ブリジストン美で回顧展が開かれたカイユボット、また、右奥で山高帽をかぶった男性と話している女性は横浜美の‘プーシキン美展’に肖像画が展示された女優のジャンヌ・サマリー。

今年も拙ブログにおつきあいいただきありがとうございました。
皆様よいお年をお迎えください。

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2013.12.30

麗しの女性画 エル・グレコ ゴヤ フラゴナール!

Img_0005   エル・グレコの‘白貂の毛皮をまとう貴婦人’(1577~90年 グラスゴー美)

Img_0009  ゴヤの‘サバーサ・ガルシア’(1806~11年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0002   フラゴナールの‘読書する少女’(1776年 ワシントンナショナルギャラリー)

わが家では年末必ず行っているルーチン作業がある。年初に更新した追っかけ美術品のリストをながめこの一年で鑑賞した作品に済みマークをつけていく。これがじつに楽しい。女性画部門は運よく18点に済みマークがついた。

★エルグレコの‘白貂の毛皮をまとう貴婦人’(グラスゴー美)
★ゴヤの‘サバーサ・ガルシア’(ワシントンナショナルギャラリー)
★ゴヤの‘バスキーニャをまとった少女’(ワシントンナショナルギャラリー)
★フラゴナールの‘読書する少女’(ワシントンナショナルギャラリー)
★フラゴナールの‘恋文’(メトロポリタン美)
★ルノワールの‘ティラ・デュリューの肖像’(メトロポリタン美)
★ルノワールの‘海辺にて’(メトロポリタン美)
★ルノワールの‘女性大水浴図’(フィラデルフィア美)
★ドガの‘バレエのレッスン’(フィラデルフィア美)

★マネの‘ベルヴューのマネ夫人’(メトロポリタン美)
★ゴッホの‘麦藁帽子を被った若い農婦’(ワシントンナショナルギャラリー)
★ゴッホの‘カミーユ・ルーラン’(フィラデルフィア美)
★サージェントの‘バラを持つ婦人’(メトロポリタン美)
★ホーマーの‘秋’(ワシントンナショナルギャラリー)
★クリムトの‘踊り子’(ノイエギャラリー)
★クリムトの‘黒い羽根帽子’(ノイエギャラリー)
★クリムトの‘メーダ・プリマヴェージの肖像’(メトロポリタン美)
★クリムトの‘純白の婦人の肖像’(メトロポリタン美)

そのなかで思い入れの強いのがここにあげた3点。ゴヤとフラゴナールは08年ワシントンナショナルギャラリーを訪問したときは改築工事のためみれなかった作品。5年経ってようやく対面できたので感激もひとしお。‘サバーサ・ガルシア’は誰かに似てない?そう今年大ヒットした連続ドラマ‘あまちゃん’に出演した薬師丸ひろ子。そのためこのスペイン女性には親しみを覚える。

エル・グレコの‘白貂の毛皮をまとう貴婦人’は‘夢の絵画’のラベルがずっととれないと思っていたら、なんとグラスゴーからやって来てくれた!ミューズに感謝。グレコがこんな麗しの女性の肖像を描いていたことが今だに信じられないのだが、その絵を前にして天にも昇るような気持ちだった。

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2013.12.29

心を震わせる現代アートの美!

Img_0001     フリップスコレクションの‘ロスコルーム’(1953年)

Img オキーフの‘ジャック・イン・ザ・プルピットⅢ’(1930年 ワシントン国立ギャラリー)

Img_0002     ウォーホルの‘キミコ・パワーズ’(部分 1972年 パワーズコレクション)

アメリカの美術館をまわっているとヨーロッパでは味わえないアメリカならではの作品と数多く遭遇する。それは豊かな才能に恵まれたアメリカ人現代アーティストが生み出した傑作アート。

はじめて訪問したワシントンのフィリップスコレクションでは期待の作品を運よくほぼみることができた。そのなかで、心が半端じゃないほど震えたのがロスコルームに飾ってあった4点。緑、えび茶色、黄色、橙色、黒の色面が美しい輝きを放っている。ロスコ(1903~1970)がいくつも描いた色面の組み合わせで最も惹かれるのはこうした鮮やかな色がぐっと迫ってくるもの。あとからこの美術館巡りをふりかえってみると、全部で12点遭遇したロスコは最初に出会ったこのロスコルームが最高だった。

20世紀以降きら星のごとく美術界に出現したアメリカ人アーティスト、今関心を寄せているのは10数人ほど、オキーフ、ポロック、ロスコ、ニューマン、ステラ、ケリー、ジョーンズ、デ・クーニング、ラウシェンバーグ、ウォーホル、リキテンスタイン、ローゼンクイスト、ウェッセルマン。

オキーフ(1887~1986)の作品をまとまった形でみたのは08年と今年の2回。巨大な花や空に浮かぶ牛の骸骨が心をとらえてはなさない。ワシントンナショナルギャラリーでは念願の絵が姿を現してくれた。TASCHENのオキーフ本の表紙に使われている‘ジャック・イン・ザ・プルピットⅢ’、まさに現代アートの美の真髄をみる思い、時間があればずっと絵の前にいたかった。

日本の川村記念館で有名な作品がみれるロスコやワシントンやNYのメトロポリタンでかなりの数を体験したオキーフに対して、ポップアートの旗手ウォーホル(1928~1987)についてはみた作品の数は多くなかった。ところが、今年はアメリカの美術館めぐりと夏に国立新美で開催された‘アメリカン・ポップ・アート展’によって鑑賞作品が飛躍的に増えた。おかげでウォーホルのスゴさがだんだん身に染みてきた。

ウォーホルに一番魅せられているのはその色彩感覚、天性のカラリストといっていい。これは国立新で披露されたパワーズコレクションでもいかんなく発揮されている。初見の‘キミコ・パワーズ’では赤や青など背景の色と着物の色を同じにし顔には浮き出すような色を使っている。来年2月に森美で‘ウォーホル展’が開かれる。わくわくしながら開幕を待っている。

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2013.12.28

ビッグニュース! 来年秋 国立新美で‘チューリヒ美展’

Img_0004     アンリ・ルソーの‘ピエール・ロティの肖像’(1891年)

Img_0001     ルソーの‘虎と水牛の戦い’(1908年 クリーブランド美)

Img     モネの‘陽のあたる積みわら’(1890~91年)

近くの本屋で来年の展覧会をまとめた雑誌が目に入ったのでぱらぱらみていたら、とても嬉しい展覧会が載っていた。

国立新美で10/1~12/22に‘チューリヒ美展’がおこなわれるとのこと。作品の情報は1点のみだが、これが嬉しいアンリ・ルソー(1844~1910)の‘ピエール・ロティの肖像’。4日前今年感動した作品でルソーをアップしたばかりだから、この情報に敏感すぎるほど反応する。

何年か先スイスで美術館巡りをしようと思っているが、そのなかにこのチューリヒ美も含まれている。どんな作品をこの美術館がもっているかについては断片的な情報だけでコレクション全体はみえてない。噂では印象派やスイス出身のホドラー、ジャコメッティのいいコレクションで有名だが、わかっている作品は片手ほど。

そのひとつがルソーの肖像画。これは画集に載っているので以前から馴染みの絵、でもチューリヒ美は遠い美術館のため本物との出会いに現実味がなく‘夢の絵画’のラベルがついたまま。だから、これが日本でお目にかかれるとなると俄然元気がでる。

ルソーとの縁がだんだんよくなっている。年が明けて15日から東博ではじまる‘クリーブランド美展’はメインディッシュの日本画にビッグな西洋絵画がオマケでついている。期待で胸が高まるのがルソーの‘虎と水牛の戦い’、年初にこれを楽しみ、そして秋にはチューリヒ美のルソー、とてもいい流れ。

チューリヒ美展のラインナップはおいおい判明するだろうが、このなかに入れて欲しいのがモネの‘陽のあたる積みわら’、3年前パリのグランパレであったモネの大回顧展で遭遇したこの絵はカンディンスキーが衝撃を受けた作品。はたしてやって来るだろうか?

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2013.12.27

2013年感動の展覧会 ベスト10!

Img_0002

今年みた展覧会のベスト10を選んだ。出動回数は40ちょっとだから、以前ほど10に絞りむのに苦労しなくなった。でかける展覧会は減っているけれど、それによってアートライフのテンションが下がっているわけではない。その逆でいい展覧会を心の底から楽しむことが多く、芸術の力が日々のくらしを豊かなものにしてくれている。いつものように選んだ10の展覧会には順位はつけない。開催された順番に並んでいる。

★‘エル・グレコ展’     1/9~4/7       東京都美

★‘円空展’          1/12~4/7     東博

★‘狩野山楽・山雪展’   3/30~5/12    京博

★‘貴婦人と一角獣展’   4/25~7/15    国立新美

★‘プーシキン美展’     7/6~9/16     横浜美

★‘アメリカン・ポップ・アート展’ 8/7~10/21  国立新美

★‘竹内栖鳳展’       9/3~10/14    東近美

★‘ターナー展’       10/8~12/8     東京都美

★‘カイユボット展’     10/10~12/29   ブリジストン美

★‘光悦展’          10/26~12/1   五島美

展覧会のタイプとしては一人の作家に光をあてる回顧展に鑑賞エネルギーの大半が注がれており、テーマ型のものにでかけるのは追っかけ画が出品されているときだけ。だから、感動の総量が大きい回顧展がずらっと並ぶ。

そして、これが一番の決め手なのだが、追っかけ画をはじめとして初見の作品が沢山でていたものは感動が最高に高まる。このためすでにみている作品が多い‘ラファエロ展’(西洋美)はすばらしい回顧展だったが、選から外れる。

今年ははじめて体験する回顧展が3つあった。カイユボット、竹内栖鳳、そして今村紫紅。夢中になってみたのが竹内栖鳳とカイユボット。栖鳳展を開催した東近美は上村松園展と同様実力をみせつけた。そしてカイユボット展を企画したブリジストン美、予想を大きく上回るいい作品が次から次とでてくるのでびっくりした。忘れられない展覧会になった。

ビッグネームのエル・グレコとターナーの回顧展をみれたのも特筆もの。グレコの晩年の傑作‘無原罪のお宿り’とターナーの光輝く‘レグルス’には体が震えた。こうした傑作が日本でみれたことを心から喜んでいる。そして日本の展覧会シーンはすごいなと思わずにはいられないのがパリのクリュニー中世美からやって来た‘貴婦人と一角獣’。噂通りの美しいタピスリーに心を奪われた。

日本画の大収穫はなんといっても京博で行われた‘狩野山楽・山雪展’、一度みている作品もかなりあったが、アイルランドから里帰りした‘長恨歌図巻’などがみれたので大満足。山雪のすごさを再認識した。京博に次期待したいのは池大雅展、これも是非実現して欲しい。

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2013.12.26

今年はクリムトイヤー!

Img_0001 ‘メーダ・プリマフェージの肖像’(1912年 NY メトロポリタン美)

Img_0003  ‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ’(1907年 NY ノイエギャラリー)

Img_0004      ‘踊り子’(1916~18年 NY ノイエギャラリー)

一年間にみた絵画をふりかえってみて嬉しさがこみあげてくるのはやはり贔屓の画家のことを思い出すとき。今年わが家はクリムトイヤーだった。クリムト(1862~1918)にぞっこん惚れており画集に載っている作品をコンプリートすることを夢見ているので、アメリカの美術館と宇都宮美で15点もみれたことは一生の思い出。

1月に訪問したニューヨークのノイエギャラリー。06年にクリムトの‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ’が展示されるようになってから、このギャラリーはNYの人気のスポットになったという話を聞いていたので館内では心が踊った。

クリムト好きの女性は多くおられると思うが、その人たちにとってニューヨークはご機嫌な街かもしれない。ノイエギャラリーでは‘アデーレ’、‘踊り子’、‘黒い羽毛の帽子’の3点の肖像画と風景画3点、合わせて6点と対面でき、ここから5分も歩けば着くメトロポロタン美では‘メーダ・プリマフェージの肖像’と‘純白の婦人の肖像’と遭遇、そしてMoMAに寄ると‘希望Ⅱ’もみれる。しめて9点。これは本当に浮き浮きするラインナップ。

手元の画集をみると背景に中国人たちが描かれた‘フリーデリケ・マリア・ベーアの肖像’という作品がMET蔵となっているが、残念ながら姿を現してくれなかった。アメリカにはもう1点ある、それは4月宇都宮美で開かれたクリムト展にやって来たワシントンナショナルギャラリー蔵の‘赤子(揺りかご)’。

宇都宮美まで遠征して鑑賞したクリムトは‘アッター湖のほとり’(ウィーン、レオポルト美)が忘れられない一枚になった。この回顧展にでていた油彩は全部で6点。うち3点は日本の美術館にあるもの。お気に入りは名古屋に住んでいたときよくみた‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’(愛知県美)。久しぶりに会ったので、しばらくいい気持でながめていた。 

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2013.12.25

ロートレックの傑作‘ボレロを踊るマルセル・ランデ’!

Img  ‘ボレロを踊るマルセル・ランデ’(1896年 ワシントン・ナショナルギャラリー)

Img_0003 ‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの片隅’(1892年 ワシントン・ナショナルギャラリー)

Img_0006 ‘ムーラン・ルージュのダンス’(1890年 フィラデルフィア美)

08年に待望のシカゴ美術館を訪問したときは目の前に現れる名画の数々に体がほてりぱなっしだった。そのひとつがロートレック(1864~1901)の油彩‘ムーラン・ルージュにて’、これと出会ってからロートレックの油彩にいっそうのめりこむようになった。

アメリカのブランド美術館にはロートレックの魅力あふれる油彩が沢山ある。それまで好みはポスターより油彩のほうにあったが、それらはオルセー以外ではアメリカの美術館が多くコレクションしているためなかなか縁がなかった。だから、08年のアメリカ美術旅行はその夢を実現させる第1ラウンドとなった。

今年1月に出かけた2ランド目でも嬉しいことに大収穫だった。わくわく気分でみたのがワシントンナショナルギャラリーに展示してあった‘シルクペリック劇場でボレロを踊るマルセル・ランデ’。この絵は08年のとき残念ながら姿をみせてくれなかった。なにしろTASCHENのロートレック本の表紙を飾っている絵だからみたくてしょうがない絵。

ポスターとちがって大きな絵なので、劇場の華やかな雰囲気と生き生きとボレロを踊る主役の息づかいがストレートに伝わってくる感じ。念願の絵と対面できたのでなんだか大仕事をしたような気分。ナショナルギャラリーではほかに4点あったが、前回もみた‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの片隅’を長くみていた。

この手前の人物を横からとらえた構図はフィラデルフィア美蔵の‘ムーラン・ルージュのダンス’でも同じ。そして後ろのほうには多くの人物をゆるい円をつくるように配置していくのがロートレックの画面構成の特徴。これにより奥行きができホールの広がりがイメージできる。

ナショナルギャラリーとはじめて出かけたフィラデルフィア美で赤丸つきの2点がみれたので今年はすごく充実したロートレックだった。ミューズに感謝!

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2013.12.24

アンリ・ルソーワールドの魅力!

Img_0004     ‘カーニバルの夕べ’(1886年 フィラデルフィア美)

Img      ‘夢’(1910年 NY MoMA)

Img_0002 ‘詩人に霊感を与えるミューズ’(1909年 モスクワ プーシキン美)

アメリカは美術大国だから美術館が所蔵する西洋絵画のなかにはヨーロッパを訪問するより充実した鑑賞体験だったなと思わせるものがある。その一つがアンリ・ルソー(1844~1910)。

08年にシカゴ美やワシントンナショナルギャラリーなどを訪問したが、そのときはルソーとはまったく相性が悪かった。だが、今年は大収穫、9点もみることができた。うち初見は5点。上々のヒット率だったので満たされた気分が1年中続いていた。

そのなかで最も心に響いたのはフィラデルフィア美でみた‘カーニバルの夕べ’、この絵のことは何年も前から知っていたものの、所蔵するのは遠い存在の感じがするフィラデルフィア美。このため、どうしても‘夢の絵画’になってしまう。その夢がようやく叶えられた。西洋絵画の鑑賞というのはやはり長い旅にでるようなもの。夢を持ち続けて本当によかった。

ルソーの作品でもう1点すごく感激したものがある。20年ぶりにみた大作‘夢’、NYのMoMAにはこの絵ともうひとつ有名な‘眠るボヘミアン’がある。前みたときはまだルソーに開眼してなかったためか、眠る女性の横におとなしくしているライオンばかりが気になり、‘夢’の印象は弱かった。

ところが、今回は‘夢’に200%KOされた。このジャングル画の人気は相当なもの、絵の前には大勢の人たちがいる。じっくりみて確信した。‘夢’がオルセーにある‘蛇使いの女’とともに最高傑作であることを。ルソーの技術、色彩感覚、構想力すべてがこの絵に結実している。

今年は日本の展覧会でもルソーのビッグな作品をみることができた。横浜美で開催されたプーシキン美展に出品された‘詩人に霊感を与えるミューズ’、こんないい絵と日本でお目にかかれるのだからたまらない。手が異様にデカいミューズのモデルはアポリネールの恋人ローランサン、ここでは本人と似ているかどうかは問題ではない。ルソーは小柄なローランサンを量感豊かな芸術の女神に変身させた。

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2013.12.23

2013年ゆるーり回顧 目に焼きついた光輝く絵!

Img     ミレーの‘松明での鳥の猟’(1874年 フィラデルフィア美)

Img_0002     ターナーの‘レグルス’(1827年 テート・ブリテン)

Img_0005     ピサロの‘ルーアンのボワエルデュー橋、日没’(1896年 バーミンガム美)

今年の美術鑑賞は横浜美の‘下村観山展’で終了。1月のアメリカでの美術館めぐりをふくめて今年は54回絵画をはじめとする美術品をみる機会があった。昨年は59回だから、ほど同じくらいのペース。で、今日から1年を通して印象深かった作品、あるいはサプライズの作品をならべてみたい。

ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨークにある美術館を10館まわり、心にとまった作品を数多く紹介した。拙ブログは掲載する作品は4点ないし3点に決めている。そのため、グルーピングや組み合わせの流れにより割愛せざるを得ないものがでてくる。フィラデルフィア美で遭遇したミレー(1814~1875)の絵もそんな一枚。

この‘松明での鳥の猟’は事前に作成した必見リストに載せていたもの。暗い画面のなかに一際輝く松明、これに寄ってきた鳥たちを棒のようなものでたたき落とすのだろうか、二人の男女が地面に這いつくばって必死に鳥を捕まえている。一瞬、薪能能の舞台を連想した。この強烈な光の輝きが目に焼きついている。

国内であった展覧会でも眩しい光が印象的な作品が2点あった。ターナー(1775~1851)の回顧展(東京都美)に展示された‘レグルス’と1ヶ月前東京富士美で開催されている‘光の賛歌 印象派展’(来年1/5まで)でお目にかかったピサロ(1830~1903)の‘ルーアンのボワエルデュー橋、日没’。

‘レグルス’の眩さはエポック的な鑑賞体験となった。この絵がどんな物語を描いたかは横に置いたとして、こんな強い光を放つ太陽と真正面から向きあう絵をこれまでみただろうか、太陽が山のむこうにみえるような情景だと強烈すぎるかもしれないが、これは海景。だから、眩しさは水面でいくぶん和らげられるのでじっとこの光景に見入ってしまう。特別な絵に出会ったという思いが長く残りそう。

ピサロの橋の絵をみたあと画集などでピサロの作品をレビューしてみたら、この画家はほかにも眩しい絵を描いている。例えば、オルセー美のある‘焚き火をする若い農婦、白い霜’は点描の効果で明るい光が画面にあふれている。ルーアンの橋の絵でピサロに対する見方がちょっと変わった。

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2013.12.22

模写でわかる観山の卓越した画技!

Img_0001_2     下村観山の‘遊歴の騎士(ミレイの模写)’(1904年 横浜美)

Img_0005_2     ミレイの‘遊歴の騎士’(1870年 ロンドン テート・ブリテン)

Img_0002     下村観山の‘椅子の聖母(ラファエロの模写)’(1904年 横浜美)

Img_0007_2     ラファエロの‘椅子の聖母’(1515~16年 フィレンツェ ピッティ美)

プロの画家になろうと思ったら優れた日曜画家がもっているテクニックのさらに上の技量を身につけないととても生きてはいけない。そうした確かな腕前をもった画家たちだけが顧客の注文に応えることができる。プロ同士の競争は大変厳しいが、仲間たちをうならせるほどのテクニックを発揮し独自の画業を切り開いていく画家も存在する。下村観山((1873~1930)もそんな画家のひとり。

横浜美で開催中の回顧展(12/7~2/11)には観山の技量が抜群だったことがすぐわかる作品がでている。それは西洋画の模写、観山は30歳のときイギリスへ2年間留学し、そのとき西洋画の技法を習得するため名画を貪欲に摸写した。その模写の一枚がミレイの描いた‘遊歴の騎士’。

原画は5年前Bunkamuraで開催された‘ミレイ展’に展示されたので、記憶に新しいところ。この油彩画を観山は水彩で描いている。じつはこの模写をみるのは3度目なのだが、手元にあるミレイ展の図録と一緒にならべてみるとびっくりするほどよく描けている。もう完璧な模写という感じ。日本画家の観山が描いたこの模写をみて当時の洋画家たちは‘参りました!’だったにちがいない。

横浜美はラファエロの作品を模写した2点も所蔵しており、今回一緒に展示してある。‘椅子の聖母’と‘まひわの聖母’。観山は2点ともラファエロの原画ではなくロンドンにあった模写を前にして描いたので原画とはすこしちがうが、どちらもラファエロの絵をみているような気分にさせてくれる。はじめて接する西洋画なのにこんなに原画の雰囲気を忠実に伝えられるのだから、観山の絵描きとしての才能は本当にスゴイなと思う。

模写ではない作品で西洋絵画の描き方がそのまま使われた異色の絵があった。‘魚籃観音’、中央の観音の顔がなんとあのダ・ヴィンチの‘モナリザ’、これには誰だって足がとまるし、誰だってモナリザだとわかる。日本画の展覧会をみにきて西洋絵画が楽しめるのは観山のほかには誰もいない。

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2013.12.21

待望の‘下村観山展’!

Img_0001       ‘闍維(じゃい)’(1898年 横浜美)

Img_0003     ‘蒙古襲来図’(1895年 東京大学)

Img      ‘弱法師(よろぼし)’(重文 1915年 東博)

Img_0002             ‘酔李白’(1918年 北野美)

今年の後半、横浜では関心の高い日本画家の回顧展が3つ続いた。まず‘横山大観展’(横浜美)があり、次が‘今村紫紅展’(三渓園)、そして最後が‘下村観山展’(横浜美 12/7~2/11)。

下村観山(1873~1930)の回顧展を体験するのは2度目、はじめての観山展は7年前に三渓園で行われたもの。このときは重文の‘弱法師’や‘大原御幸’(東近美)などが25点出品された。今回横浜美が主催する回顧展は規模としては最大級、作品は前期(12/7~1/8)・後期(1/10~2/11)合わせて138点もでてくる。でかける前は三渓園でもみているから1回でいいかなと思ったが、図録をみると鑑賞欲をそそる作品が後期にも登場するので年が明けてからまた足を運ぶことになりそう。

展示室に入っていきなりいい絵と対面することになった。釈迦を荼毘にふすところを描いた‘闇維’、10年前はじめてこの絵をみたときなんて読むのはわからなかったが、今は‘じゃい’(荼毘のこと)とすっといえるようになった。やっぱりすごい絵。息を吞んで見入ってしまう。

次に足がとまったのが観山が22歳のときに描いた‘蒙古襲来図’、これは初見の絵だが迫力のある戦闘シーンは劇画をみているよう。視線がむかうのは日本の武者よりも攻めてくる蒙古軍のほう、円の陣形をつくり攻め立ててくるさまは強靭でスピード感が感じられ思わず唸ってしまった。収穫の一枚。

東博にある‘弱法師’をみるのは久しぶり、この絵がみるといつも3つのことを思う。失明した俊徳丸が御爺さんのように老けていることの不思議さ、地を這うような枝ぶりが目をひく臥龍梅、そして左の金地に映える大きな夕日。弱法師のストーリーを知っていなくても、この絵はじっとみていると心が揺さぶられる。

中国や日本の歴史上の人物を描いたものが沢山でているが、最も魅了されたのが‘酔李白’、西洋風にとらえると偉大な王が眠っている感じ。また、松岡美蔵の‘一休禅師’も見ごたえのある肖像画、一休は一度みたことのある永青文庫蔵のものが後期に展示されるが、好みは今回みたもの。

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2013.12.20

マー君はFAで大リーグへ移籍したら!

Img_2

予想通り楽天がマー君の新ポスティングを使っての大リーグ移籍に煮え切らない態度をみせている。新ルールを日米で合意してもう何日もたっているのに決断できないのだから、まったくつまらない球団である。

そこでマーク君に提案、あと2年日本でプレーし、FAをとって大リーグに挑戦したら。27歳で投手としては一番いい時期だしアメリカでも十分活躍できる、あせらないこと。ケチで有名な三木谷オーナーがもっている楽天に入団したのだから、運が悪かったと諦めるほかない。

残留するのだったら年俸は7億くらいで2年契約を要求すること。日本で最後がばっと稼いで、大リーグの球団とは12億くらいで4年契約を勝ちとる。お薦めのチームはズバリ、暖かいロサンゼルスを本拠地とするドジャーズ!奥さんの里田まいは寒いNYよりLAのほうが好きなんじゃない。落ち目のヤンキースよりいい投手が揃っているドジャーズのほうが絶対いい。あるいはダルビッシュのいるレンジャーズ、またエンゼルスという選択肢もある。

マー君がFAで大リーグに移籍したら、楽天には一銭も入らない。ところが、新ポスティングを使うと20億円の臨時収入が入るうえ、マー君の来年の年俸7億も払わなくてすむ。そりゃ50億円の移籍金を手にするほうがいいが、上限20億円にしたのは大リーグ機構が公平の原則を重視したうえでの結論。

まあ、ケチな三木谷オーナーはもくろんでいた50億円以上の臨時収入がパーになったので頭に血がのぼっているのだろう。この人はこの程度の経営者、だからマー君に払う年俸は5億がいいところか、マー君我慢々、2年後にいいことがやってくる。

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2013.12.19

植田正治とターナーをつなげる光!

Img         植田正治の‘童暦 運動に出された仔牛’(1969年)

Img_0001     植田正治の‘白い風’(1981年)

Img_0002_2     ターナーの‘カラカラ浴場、ローマ’(1819年)

はじめて体験した写真展‘植田正治のつくりかた’(10/12~1/5 東京駅ステーションギャラリー)ですっかり植田正治(1913~2000)ファンになってしまった。楽しかったのは作品がいろんなことを思いおこさせてくれたこと、植田は写真のマグリットではないかとか、植田とオキーフが花の表現でコラボしているではないかとか。

もう一人画家とのつながりがあった。それは直接の作品ではなく太陽の光に対する感じ方。この展覧会では作品とともに植田の写真制作への思いや芸術観について語ったことがパネルにして表示されている。そのなかに思わずうなずくような話が、植田はこんなことをいっている。‘山陽は光が強くすぎるのであまり長くいたくない’

これを読んだ後すぐターナー(1775~1851)のイタリア旅行の話が頭をよぎった。ターナーは44歳になる1819年にイタリア各地を旅行している。でかけたのはヴェネツィア、ミラノ、フィレンツエ、ローマ、そしてナポリまで足をのばしている。

雨が多く湿潤なイギリスで育ったターナーだから太陽の国イタリアはどこへ行っても楽しい気分だったろうと想像するのだが、意外にもローマとフィレンツエの風景はさほど心を震わせなかったようだ。理由は空気が乾燥し太陽がまぶしすぎたため。目の前の風景がぱさぱさに感じられたのだろう。

山陰の空と日差しを体験した方なら植田の気持ちはすぐ理解できるはず。写真家は総じて強すぎる日差しは避けるが、山陰で写真を撮っている植田は光の感じ方がさらに繊細。植田とターナーが光に対して同じように感じていたのはとても興味深い。

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2013.12.18

東京の街角でみれる吉岡徳仁の作品!

Img     メゾンエルメス銀座のウインドーデザイン

Img_0001     六本木ヒルズけやき坂道路にある‘雨に消える椅子’

Img_0002      ‘ハニーポップ’

先週東京都現代美で体験した吉岡徳仁の個展、展示されているのは9作品だけなのでさっとみるなら20分もあればそれで終わりとなる。でも、今回は関心の高かったデザイナーのものだから倍の時間をかけてみた。最後に展示してあった‘ハニーポップ’と‘パーネチェア’をみたので、引き上げようと思ったら隣の部屋で映像が流れていた。

時間をみると50分とある、ううーん、長い!どうしようかと迷ったがほかに寄る展覧会は2つしかないのでみることにした。50分のメイキング映像だから吉岡徳仁がデザインした作品がいろいろでてくる。クリスタルのものは高級ファッションブランドとの親和性が高いからブランドの魅力を演出するつくりものには格好の素材になる。銀座にあるスワロフスキーの店のファサードが目をひいた。

映像のなかで最も気になったのが同じ銀座にあるメゾンエルメスのウインドー。じっとみていると映像のなかの女性がふっと息をかけると前に掛けられているスカーフが飛ばされる、一瞬目が点になった。これはおもしろいアイデア、一体どういう仕掛けになっているのか?俄然本物をみたくなった。いまでもお店に行けばみれる?

吉岡徳仁を知るきっかけとなったのは新オルセー美に設置されているガラスのベンチ、これと同じ素材でつくられた椅子が映像で紹介された。場所は六本木ヒルズのけやき坂道路、どのあたりかすぐイメージできないが、来年は‘ラファエロ前派展’が森アーツセンターであるからこのときみてみるつもり。

紙を数多く積み合わせてハニカム構造にし、それを椅子に変形した‘ハニーポップ’、この発想には200%感心した。MoMAやポンピドーセンタ―などがこれを永久所蔵品に選んだのはよくわかる。こんなものを生み出せる芸術家はそうはいない。やっぱりスゴイ才能、これから吉岡徳仁の作品をみる機会があったら見逃さずに出かけようと思う。

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2013.12.17

アートに乾杯!  山陰の芸術家

Img     水木しげるの‘ゲゲゲの鬼太郎’

Img_0001     河井寛次郎の‘三色扁壺’(1961年 河井寛次郎記念館)

Img_0004     橋本明治の‘赤い椅子’(1951年 東近美)

Img_0003     前田寛治の‘赤い帽子の少女’(1926年 兵庫県美)

仕事の関係で広島に住んでいたとき、山陰の島根、鳥取へは出張でよく出かけた。だから、写真家植田正治(1913~2000)の撮った写真に境港や鳥取砂丘がでてくるととても懐かしく、はじめての写真展なのに緊張することもなくUEDA-CHOの演出写真をこれまで何度もみているような気分で楽しむことができた。

当時植田正治についてはNO情報、このため境港は水木しげる(1922~)が育った街というイメージが強い。街の中心の通りが‘水木しげるロード’になっていてお馴染みの妖怪漫画の登場人物たちを形どったブロンズ像が沢山設置してある。

植田正治が生まれた境港に住み続けて写真を撮っていたことを知ったのは5,6年前のことだから、今もあるという植田写真館へ足を運ぶことなど思いもよらなかった。将来、この街を再訪することがあったら、是非寄ってみたい。

それにしても境港はすごい芸術家を輩出した。妖怪漫画の巨人、水木しげる、そして世界的に知られた写真家植田正治。もうひとり芸術家ではないがお笑い界で有名な人物がいる。漫才師の宮川大助もこの街の出身。

境港からそう遠くない島根県の安来市にも陶芸界のビッグネームがでている。濱田庄司とともに民藝運動の中心人物となった河井寛次郎(1890~1966)、20年くらい前足立美術館でみた緑と赤が鮮やかに映える扁壺をみたときから河井寛次郎とのつきあいがはじまった。この扁壺をみるたびに体が震える。

日本画家で山陰の出身というと橋本明治(1904~1991)がいる。この人は浜田市の生まれ。黒の太い輪郭線が特徴の人物画、この線は好みの分かれるところだが昔から魅せられている。洋画家ですぐ思い浮かべるのは米子と鳥取の真ん中あたりの北条町(現在は北栄町)に生まれた前田寛治(1896~1930)、お気に入りはふっくらした顔が印象深い‘赤い帽子の少女’。

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2013.12.16

植田正治とオキーフが花でコラボ!

Img         植田正治の‘花視る’(1990年代)

Img_0001         植田正治の‘花視る’(1990年代)

Img_0004     オキーフの‘ブラック・アイリス Ⅲ’(1926年 NY メトロポリタン美)

Img_0005     オキーフの‘オニゲシ’(1928年 ミネアポリス大美)

東京駅にあるステーションギャラリーは改築前は3回くらい訪問したことがあるが、新しくなってからは気になる展覧会がなくずっとパスしてきた。やっと出かける気になった展覧会がはじめて体験する写真展‘植田正治のつくりかた’(10/12~1/5)というのは想定してなかったが、これが植田正治(1913~2000)との不思議な縁のはじまりとなるかもしれない。

プロフィールをみるとこの写真家は2000年に亡くなっている。享年87だから長生きしたのである。日曜美術館に境港で現在写真館を継がれた三男の方が出演され、晩年の植田正治は静物を撮って楽しんでいたと語っておられた。植田の助手をつとめた鳥取の写真家池本喜己氏の話がとても興味深い、植田はこう言っていたという‘俺は静物にはじまって静物に終わるんだ、体が動かなくなったら最後は静物を撮る’

ステーションギャラリーの最後の部屋に1990年代にカラーで撮影した花の写真が8点展示してあった。どれも接写したものだから花は画面からはみだすほどで大きい。ぱっとみて花とは思えないところがあり抽象表現にも近いアートフルな写真というイメージ。強く惹かれるのは形だけでなくその色調の強さ、血を思わせるような赤、優雅さを漂わせるベージュ、そしてやわらかいうす緑。

息をのんでみているうちにある画家の絵が頭に浮かんできた。それはアメリカの女流画家ジョージア・オキーフ(1887~1986)の描いた巨大な花の絵。今年の一月、ワシントンのナショナルギャラリーやフィリップスコレクション、NYのメトロポリタン美で幸運にもオキーフの作品を数多くみることができた。

オキーフが描く大きな花などの静物画は写真家の夫の仲間がやっていたキュビスム風の写真に強く影響されている。‘プラック・アイリス’や‘オニゲシ’にみられる画面の構成や色彩は植田の撮った写真にすごく似ている。対象にぐっと近づくと具象のイメージが半分消え抽象表現の世界になっていく。写真家植田と画家のオキーフがとらえた花の姿が同じになっても不思議ではない。二人の時空を超えたコラボがとてもおもしろく感じられた。

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2013.12.15

植田正治の写真はこんなに楽しかったの!

Img_0002     ‘パパとママとコドモたち’(1949年)

Img_0003     ‘ボクとわたしのお母さん’(1950年)

Img_0004     ‘砂丘モード’(1883年)

Img_0005     ‘幻視遊間’(1987~92)

絵画や彫刻に較べて写真は関心が薄いので、これまで写真展をみるために展覧会に足を運んだことはない。ところが、植田商正治という写真家の回顧展(10/12~1/5)が東京駅ステーションギャラリーが行われるという情報に接し、心がちょっと揺れた。行くか行くまいか迷っていたら、2週間前日曜美術館に登場した。写真についての知識がないぶんすごく新鮮でおもしろかった。これで決心がつき東京駅まで出かけてきた。

写真のことはほとんど知らない。木村伊兵衛や土門拳や林忠彦、篠山紀信、荒木経惟、杉本博司くらいは知っているがそのほかの写真家となると誰だっけ?という感じ。植田正治(1913~2000)の名前はインプットされているが、お目にかかった写真は6、7年前横浜美であった展覧会でみた3点のみ。でも、その中の一枚‘パパとママとコドモたち’がそれ以来ずっと気になっていた。

その後、この写真家が生まれ故郷の鳥取の境港市で写真館を営みながら写真を撮り続けていたことや伯耆町(ほうきちょう)に植田正治写真記念館があることを知った。植田正治についての情報はこれくらいしかない。だから日曜美術館にでてきた話は興味深く、写真界の動き、技法、そして植田正治の写真のスタイルと撮り方などがすこしばかりわかった。

植田の作品は世界中の写真家の間ではUEDA-CHOとして絶賛され、1978年にフランス国立図書館から作品14点が買い上げられた。そして、1980年代フランスのファッションブランドの広告写真の撮影を依頼される。家族を撮った演出写真の舞台だった鳥取の砂丘で30年後ファッション写真のためにカッコいいモデルたちがポーズをとっていたとは!ところでファッションブランドってどこ?シャネル、ピエール・カルダン、カルチェ、ルイ・ヴィトン、エルメス?

今回の回顧展で沢山収穫があった。筆頭は‘ボクとわたしのお母さん’、お母さんの優しい笑顔がすばらしい、200%感動した。‘砂丘モード’のシリーズのなかで外人のモデルを撮った作品をみてすぐ連想したのがマグリット。‘パパとママとコドモたち’のときはその不思議な感覚はマグリットのシュールな絵に結びつかなかったが、お面をつけた男性と宙に浮く帽子は完璧にマグリットの世界をイメージした。

また、赤や青や緑で殻の先が彩られた落花生が暗い空を浮遊している‘幻視遊間’もマグリットの得意とするシュール表現と似ている。植田正治はマグリットの絵が好きだったのだろうか?これについてはまったく情報がないが、マグリットをかなり意識していたように思える。当たっている?

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2013.12.14

凄いデザイナーがいた! ‘吉岡徳仁ークリスタライズ’

Img      オルセー美にある‘ウォーターブロック’(2002年)

Img_0002     ‘ウォーターブロック’(2002年)

Img_0005     ‘白鳥の湖・結晶の絵画’(2013年)

Img_0003     ‘レインボーチェア’(2007年)

現在東京都現代美で開かれている‘吉岡徳仁ークリスタライズ’(10/3~1/19)をみてきた。この美術館を訪問するのは2006年にあった‘大竹伸朗展’以来なので、地下鉄の清澄白河駅からの道順があやふや、案内に沿って歩いていくうちに記憶がよみがえってきた。10分ほどで到着。

1967年生まれで今年46歳になる吉岡徳仁(とくじん)というデザイナーをなぜ知っているかというと、昨年3月BSプレミアムで放送された‘極上美の饗宴 ルノワール’に登場し、ルノワールの光の表現を読み解いていたから。またこの頃新オルセーを紹介する特番があり、‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’の前に備えつけられているガラスのべンチが吉岡徳仁の作品であることを知った。そしてすぐ新装なったオルセーのベンチに採用されたのだからこのデザイナーは世界的に有名なのだろうと直感した。

‘美の饗宴’で取り上げられた作品は数は少なかったが、とても興味をそそるものだった。ナレーションによると2012年世界最高峰の国際展示会で‘クリエーターオブザイヤー’に選ばれ、今世界が最も注目するデザイナーとのこと。吉岡についての情報はこれだけだが、その作品に遭遇する機会があればいいなと思っていた。その願いが意外にも早く叶えられた。

地下の展示会場に並べられている作品は全部で7点、そして1階にもう2点ある。ガラスのベンチ‘ウォーターブロック’が最初に出迎えてくれるので緊張感がすこしほぐれた。座りたいが、ここはぐっと我慢。まわりにはなぜか細長いストローがこれでもかというほど積み上げられている。

隣の部屋に入ると耳に心地いいチャイコフスキーの名曲‘白鳥の湖’が流れている。女性はこういうのに200%感動するにちがいない。先のとがった雪の結晶をこんなふうにみるのははじめてだが、たしかにこれも美の形。部屋の真ん中の水槽では結晶ができている。この結晶にチャイコフスキーの名曲を聴かせるとその形は変わっていき絵画となる。自然と音楽と絵画のコラボレーション、参りました!吉岡徳仁は生命の感じ方が並みの人とはちがい、繊細かつ創作的。

巨大なインスタレーション、‘虹の教会’では嬉しいことに横長のガラスのベンチに座ることができる。これで新オルセーのなかに入った気分になった。‘虹の教会’はマティスが晩年手がけた‘ロザリオ礼拝堂’を体験したことが創作の刺激になったという。これはモニュメンタルなインスタレーション!

‘レインボーチェア’の造形に大変魅せられた。吉岡の造形センスは本当に素晴らしい、顔だけをみると理工系のサラリーマンという感じだが、頭のなかはシャープでやわらかい形の造形物がいっぱいつまっているのだろう。

吉岡の生まれた佐賀県は幕末西洋式の大砲を他藩に先んじてつくった鍋島藩、佐賀県人は鍋島藩の教育の伝統が今も続いているのか勉強好きの人が多い。吉岡徳仁のアート心は鍋島藩のDNAを受け継いだ工学的な知識欲に支えられているのかもしれない。

吉岡徳仁がデザインする作品に遭遇したのは一生の思い出になる。すっかり嵌ってしまった。

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2013.12.13

ゴッホ、ドニ、モンドリアンの点描画!

Img_0001     ゴッホの‘レストランの内部’(1887年)

Img_0003     ゴッホの‘種まく人’(1888年)

Img_0005     ドニの‘カトリックの秘蹟’(1891年)

Img_0007     モンドリアンの‘砂丘’(1909年)

国立新美でゴッホ(1853~1890)の作品をまとまった形でみるのは3年前あった‘没後120年 ゴッホ展’についで二度目、前回は東近美で開催された回顧展(2005年)と同様作品の大半はアムステルダムにあるゴッホ美とクレラー=ミュラー美(オッテルロー)のものだったが、今回はクレラー=ミュラーだけ。

それにしてもこの2大ゴッホコレクションは日本によくやって来る。これまで5回みる機会があった。大好きなゴッホの絵がみれるとあれば見逃すわけにはいかない、だから皆勤。何度もでかけていると展覧会には欠かせない定番作品があるのに気づく。‘レストランの内部’と‘種まく人’はお馴染みの作品。

ゴッホがパリにいたとき描いた作品のなかでこの点描で仕上げた‘レストランに内部’に最も魅せられている。点描画の真骨頂である明るい画面がなんといっても心に響く。ゴッホは辛抱強く小さな色の点をおいていったにちがいない。でも、描き終わったあと直感的に‘この技法は確かに色彩を明るく表現できるが自分にはむいてない、色の輝きはもっとのびのびとしたタッチで描きたい!’と思った。

アルルに移ってゴッホの色彩表現は一段と輝きをます。‘種まく人’では黄色の太陽をはじめ‘イエローパワー’が全開、空は青ではなく黄色、麦畑はもちろん黄色、そして黄色は種まく人の衣服の紫がかった青と鮮やかなコントラストをなしている。太陽の光景がみるたびに強く心に刻まれる。

ドニ(1870~1943)はここ数年その平面的な画風に引き寄せられている画家、クレラー=ミュラー美で5点みたが、今回プラスαの2点とお目にかかった。じっとみていたのが点描が使われた‘カトリックの秘蹟’、これはドニが19歳のときから2年にわたって描いた宗教画‘受胎告知’の一枚だが、浮世絵の見立絵と同じ発想。こういう受胎告知もあったのか!という感じ。古典絵画にもしっかり通じているところが才能豊かな画家の証。

モンドリアン(1872~1944)の‘砂丘’は少し離れてみると、いろいろなイメージが湧いてくる。こうした点描画がやがてあのシンプルな基本三原色で構成された抽象画へと発展していく。モンドリアンの求めた究極の色彩美の原点がこの点描画。色がこれくらい生き生きしていると楽しくなる。

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2013.12.12

点描から生まれる美  風俗画!

Img_0002     シニャックの‘ダイニングルーム作品152’(1886~87年)

Img_0003     レイヘルベルヘの‘7月の朝’(1890年)

Img_0004     トーロップの‘版画愛好家’(1897~1900年)

Img_0005     リュスの‘鋳鉄工場’(1899年)

国立新美にクレラー=ミュラー美が所蔵するスーラ(1859~1935)やシニャック(1863~1926)などの作品がやって来るという情報得たとき、あの傑作がみられると喜びが隠せなかったのはスーラよりもシニャックのほう。その期待の絵は‘ダイニングルーム’

それまでにみたシニャックの点描画というとほとんどが海景画、オルセー蔵の作品や西洋美や宮崎県美にあるものなどいろいろみてきた。スーラの点描から生まれてくる風景画が‘静の美’につつまれているのに対して、シニャックの海の絵は‘動の美’であり、軽音楽がバックに流れるパラダイス映像をみている感じ。

そういうイメージがシニャックの作品として体に刷り込まれているので、この‘ダイニングルーム’には強い衝撃を受けた(拙ブログ12/1/4)。圧倒的な存在感で椅子に座っているのが右の横向きの老人。じつに威厳のある顔。まさに裕福な家庭の旦那様という感じ。

現地ではスーラがパリのダンスホールで繰り広げられるシャユ踊りの場面を描いた作品の横にこのシニャックの絵が並べられている。スーラは海の絵では音が消え人の気配がしない静寂な光景に仕上げているのに、人物が大勢登場する風俗画では激しい踊りにより画面が揺れ動き音楽がガンガン聞こえてくる。

シニャックはこれとまったく逆。海に停泊する船や波の動きは鮮やかな色の点々を使い輝く光のなかにとけこませて描いたが、人物の描写は形がよく整いとても静か。この描き方の違いが興味深い。そんなことを思いながらこの老人をしばらくながめていた。

レイヘルベルヘ(1862~1935)は点描ではスーラ、シニャックに次ぐビッグネーム。ぐっとくる作品が多く、以前から気になる存在だった。今回6点でている。お気に入りはなんといっても2年前にも大変魅了された‘7月の朝’、この絵がこれまでみた作品のなかではベストワン。

この絵のタイトルはスーラの代表作‘グランド・ジャットの日曜日の午後’を意識してつけられている。構図がとても巧み。画面の中央に夫々別の方向をむいている5人の女性が描かれている。右の二人は大きな幹の木を挟んで椅子に座らせ、木に顔が隠れている女性のむこうには3本の木を縦に配置する。これにより画面に奥行きをつくっている。

そして、遊んでいる3人のこどもを極端に小さく描かれているため空間が広々としているとつい錯覚してしまう。この絵はまさに光の賛歌、木漏れ日がつくる衣服の白い丸をみているとルノワールの初期の傑作が目の前をよぎり光の描写に釘づけになる。

再会したトーロップ(1858~1928)の肖像画も嬉しい一枚。昨日とりあげた‘海’同様、長くみていた。リュス(1858~1941)の鋳鉄工場を描いた一枚にはびっくりした。溶鉱炉や溶けた金属がでてくる絵が点描の技法で描かれていることがすごく新鮮、瞬時に日本画家の川端龍子が建艦の作業の現場を描いた‘海洋を制するもの’を思い浮かべた。

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2013.12.11

点描から生まれる美  風景画!

Img_0002     スーラの‘グラヴリーヌの水路、海を臨む’(1890年)

Img_0003     シニャックの‘ポルトリューの灯台’(1888年)

Img_0004     トーロップの‘海’(1899年)

Img_0008     リュスの‘モンマルトルのはずれ、シャンピオネ通り’(1887年)

現在国立新美で開催中の‘印象派を超えて 点描の画家たち’(10/4~12/23)をみてきた。開幕から2ヶ月以上も経った今頃出かけたのは今回展示されている作品の大半を占めるクレラー=ミュラー美コレクションを2年前現地でしっかりみたから。

名画はそれが展示されている美術館でみれるのが一番の幸せ、そして作品をみたあと図録も手に入れ掲載されている図版にただいまの心の高まりを固くパックする。そうすると、その感動は長い間にわたって保たれ心を豊かにしてくれる。

でも、心を揺るがした作品が頁数の関係で館のつくる図録に載ってないことがよくある。クレラー=ミュラー美のミュージアムショップで手に入れた図録(日本語版)にはゴッホの絵しか載ってない。残念ながらほかの作品もずらずらと載ったものは用意されてなかった。だから、今は写真で撮ったもので感動をリフレインしている。

クレラー=ミュラー美にはそうした消化不良があったのだが、今回の展覧会によってそれが解消された。図録に魅了された作品がいくつも載っているのである。これはありがたい、じつは出かけたのはこの図録をゲットするためだった。

そんな顔がほころぶ絵の筆頭がスーラ(1859~1891)の‘グラヴリーヌの水路、海を臨む’。スーラが小さな色の点を置いていく点描の技法によって描いた海景画は静謐さと透き通った空が特徴。人は描かれてない。あらためてじっくりみていると心臓の脈拍数がだんだん少なくなっていくような感じがした。

同じように心が安まったのが再会したヤン・トーロップ(1858~1928)の‘海’、淡い色調で表現されたいくつもの波が遠くの水平線まで白い波頭をたてている。心に沁みる絵とはこのこと。スーラの音のない海と違ってここには心地よい風が吹いている。

シニャック(1858~1928)とリュス(1858~1941)の絵は現地でお目にかかってないもので思わず足がとまった。リュスは今回4点でており、いずれも強く惹かれた。この画家の作品はこれまで数点しかみてないので想定外の収穫だった。

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2013.12.10

パリ ピカソ美術館の忘れもの!

Img_0004_2          ピカソ美術館

Img_0001_2               アンリ・ルソーの‘女性の肖像’(1895年)

Img_0002_2     ルソーの‘自画像 ジョセフィーヌ・ルソー’(1900~03年)

Img_0003_4     セザンヌの‘レスタックの海’(1878~79年)

パリ、ロンドン、ニューヨークにある美術館を東京や横浜で美術館めぐりをするような感覚で訪問したいと強く願っているが、そう思い通りにはいかない。それでも、新開拓を目指す美術館や再訪する美術館はざっくりだが頭のなかにある。

パリの場合、オルセーやルーヴル以外では昨日とりあげたカルナヴァレ美のように新規に開拓したいところもあることがあるが、鑑賞のエネルギーの多くは一度出かけた美術館にあるリカバリー作品に使おうと決めている。気になる作品があるところはマルモッタン美、モロー美、ピカソ美。いずれも1991年に訪問したところでそれからもう22年も経っている。

カルナヴァレ美の近くに位置するピカソ美は写真をみるとどんな建物だったかはかすかに記憶が戻るが、館内をどう進んだかはまるっきり覚えてない。ピカソの絵はここでみたことに加え、その所蔵作品は3回くらい日本でも公開されたからめぼしいものはほとんどみたのではないかと思う。

記憶に新しいところでは2008年国立新美とサントリー美で行われた‘ピカソ展’、この回顧展はピカソ美が修復のため休館したことで実現したが、美術館の改築工事は2009年から2011年にも実施されたから、現在は以前みた美術館とは外観や展示室が大きく変わっているものと思われる。刺激のいっぱいつまった空間に変身している予感がするので、はじめての美術館を体験するような気分になるかもしれない。

ここへ足を運ぶ目的はピカソの絵ではなく、アンリ・ルソー(1844~1910)の2枚の絵とセザンヌ(1839~1906)の風景画。とくに気になっているのがルソー、1月のアメリカの美術館めぐりでルソーは運よく8点もみることができた。これは大きな収穫。コンプリートにはまだ何年もかかるが、ピカソ美にある‘女性の肖像’と‘自画像 ジョセフィーヌ・ルソー’は次のターゲットの筆頭においている。

でも、懸念されるのがこの作品が新装なった美術館に展示されていない可能性。いつもは倉庫にあり、限定期間のみの展示ということは十分ありうる。この心配はセザンヌの絵についてもいえる。だから、この美術館はちょっと厄介。実際に訪問する際はこれをよくチェックするつもり。

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2013.12.09

いつか行きたい美術館!  パリ カルナヴァレ美

Img     パリ 美術館MAP(拡大で)

Img_0001          カルナヴァレ美術館

Img_0002               ミュシャがデザインした‘フーケ宝飾店’

Img_0003      羽が色ガラスで装飾された孔雀

BS朝日の‘世界の名画 世紀末パリ ミュシャの旅’にとても気になる美術館がでてきた。名前だけはインプットされているカルナヴァレ美。場所はポンピドゥーセンターの右のほう。この美術館の少し先にあるバスティーユ広場は一度うろうろしたことがあるが、美術館のあるマレ地区は未開拓ゾーン。

カルナヴァレ美にある美術品の情報はほんのわずか、惹かれる絵画とか追っかけ画がここにあるわけではない。だから、今後パリを訪問することがあったとしても、ここへ足を運ぶことはまずなかった。だが、‘ミュシャの旅’をみて気が変わった。ここには驚愕するアール・ヌーヴォーの美の世界があった!

3年前堺市が所蔵するミュシャコレクションを展示するミュシャ展を体験し、ルビーやオパールが使われた‘蛇のブレスレットと指輪’を目を丸くしてみた。これはサラ・ベルナールのためにミュシャがデザインし宝石職人のフーケがつくったもの。フーケについての知識はここまで。この職人の店のことは番組をみるまで知らなかった。

19世紀末多くのセレブ客たちで賑わったに違いない‘フーケ宝飾店’、この店の入り口から内装、インテリアまでミュシャがすべてデザインした。そのアール・ヌーヴォーの殿堂と呼ばれた宝飾店が当時のままこの美術館に移築されていた!これはすごいものがあった。目を惹くのが中央の暖炉の上に飾られた羽を大きく広げる孔雀、その羽は色ガラスで装飾されている。

以前どこかの局で放送された美術番組に高級レストラン‘マキシム・ド・パリ’の2階にある‘アール・ヌーヴォー美術館’(レストランの直営)が登場し、ガレのつくったテーブル、ルイス・ティファニーのランプ、ガウディのデザインしたソファなどがでてきた。このとき、いつかここを訪れようと思ったが、これと同じくらいの衝撃を‘フーケ宝飾店’にも感じた。こういうときはすぐミューズに深い祈りをささげることにしている。アール・ヌーヴォー全開の魅惑の空間に身をおくことができますようにと。

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2013.12.08

ミュシャの‘ジョブ’に影響を与えた浮世絵!

Img_0003_2     ミュシャの‘ジョブ’(1896年)

Img_0001_2     喜多川歌麿の‘婦人相学十躰 ポペンを吹く娘’(1793年)

Img_0006_2     喜多川歌麿の‘北国五色墨 川岸(かし(’(1794~95年)

先月横浜そごうでミュシャの展覧会をみたので、2日前BS朝日で放送された‘世界の名画 世紀末パリ ミュシャの旅’にすぐとびついた。この番組をみはじめてから2年経つが、ミュシャが登場したのははじめてのような気がする。今年はミュシャ(1860~1939)を美術番組でみるのは2度目、4月日曜美術館でもとりあげていた。

番組の構成は1時間全部がミュシャの話でもなく、19世紀末のパリでポスターの黄金時代を築いたもう一人の立役者ロートレックの作風にもふれ、パリで流行したアールヌーヴォーが建築の分野ではどんな形で表現されたかも紹介していたから、情報量は予想以上に多かった。

そのなかではっとする話があった。大女優サラ・ベルナールが演じた舞台の宣伝ポスター‘ジスモンダ’(1895年)がパリ中で人気を博し、一躍脚光を浴びたミュシャ、企業からはデザインの依頼が殺到し次から次と魅力的なポスター芸術が生み出されていく。

1896年に制作された‘ジョブ’はとてもぐっとくるポスターの一枚、そごうの展覧会でもお目にかかった。この絵柄の説明のなかでなんと喜多川歌麿(1753~1806)の‘ビードロを吹く娘’の名で記念切手にもなった‘婦人相学十躰 ポペンを吹く娘’がでてきた。ミュシャは歌麿の描いた美人画のポーズから霊感をうけ、この‘ジョブ’を描いたのだと。

この関係性はまったく想定外。工芸におけるアールヌーヴォーの旗手ガレだとジャポニスムや浮世絵の影響がすぐイメージされるのに、ミュシャと歌麿のコラボは思いつかなかった。たしかに、ミュシャの女性が煙草を手に持っている姿と歌麿の娘がビードロを吹いているところがなにか似ている。そして下にのびた長い髪の曲がり具合と着物の袖の流れるような曲線が造形的にパラレルに感じられる。ううーん、これはおもしろい!

歌麿の美人画で大変気に入っているのがふてぶてしい表情をした‘北国五色墨 川岸(かし)’、これは歌麿の美人画のなかでは異色の一枚。視線が向かうのはこの勝気そうな下層遊女が口にくわえた楊枝。ミュシャは‘ポペンを吹く娘’だけでなくこの絵もみたのかもしれない。

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2013.12.07

黒田はヤンキースに残留し カノはマリナーズへ!

Img     マリナーズへ移籍するカノ

FA市場が活発に動き出した。内野手の目玉、ヤンキースのカノ(31歳 セカンド)はなんとマリナーズと10年総額245億円の大型契約を交わしヤンキースを去ることになった!ヤンキースに残ると予想していたが、カノは要望する金額に首を縦にふってくれないことがわかり、大金を払ってくれる弱小球団マリナーズ(西地区4位)でのプレーを選択した。

これでマリナーズは来季優勝争いに加わることができるかもしれない。新監督のもとビッグネームのカノが攻撃の軸になり、エースのヘルナンデス、岩隈が今年並みにフル回転すればシーズンの終盤までいい戦いをすることは十分可能。岩隈の勝ち星は4つくらいアップしそう。

一方、黒田は来年もヤンキースで投げることが決まった。年俸は16億3000万円、これは予想通り。ヤンキースとしては黒田はどうしても確保しておきたい投手、黒田と今年は悪かったサバシア、そしてノバの3人を先発の軸にし、ポスティングシステムで獲得する若手のマー君を加える。これがベストの投手編成だろう。

野手陣の補強は強力に進めている。キャッチャーのマッキャン(ブレーブズ)、センターのエルズべりー(レッドソックス)を獲得し、今日はライトの大物選手ベルトラン(37歳 カージナルス)と3年契約(1年約15億円)を結んだ。去っていくのはカノとメッツへ移るグランダーソンの2人。

イチローはこのままだと完全な保険の選手。先発出場はガードナー、エルズベリー、ベルトランの誰かが故障したときだけに限られる。ヤンキースはイチローを保険としてとっておくのかトレードに出すのか、

野手陣は控えの選手もふくめてだいたい固まったので、あとはブルペン投手の確保、いい中継ぎ投手を獲得するためにイチローを出すことは十分考えられる。イチローにとっても先発で試合にでられるほうがいい。たぶんほかのチームのユニフォームを着ることになるのではなかろうか。ひょっとすると古巣のマリナーズだったりして!

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2013.12.06

修復されたダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’がみたい!

Img_0001     修復されたダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’(1510年頃 ルーヴル美)

Img_0003        修復前の‘聖アンナと聖母子’

Img_0004       聖アンナと背景の拡大図

Img_0005     復元想像‘モナ・リザ’(1503~06年頃 ルーヴル美)

パリをまた訪問することがあったら短時間でもいいから寄ってみたい美術館がある。西洋絵画の殿堂、ルーヴル美。展示される部屋が大きく変わったオルセーは2時間くらいは館内にとどまっていたいが、ルーヴルは30分でOK。

では、その30分に何をみるのか。お目当ては1点、ダ・ヴィンチ(1452~1519)が最後まで手元においていた3点のうちのひとつ‘聖アンナと聖母子’。先月‘美の巨人たち’でこの絵がとりあげられたとき、なんでこのタイミングと思ったがそこにはちゃんと理由があった。この絵は2009年から2012年まで3年かけて修復され、聖母マリアの衣服の青が見事に甦った。番組をみるまで修復の話はうかつにもNOタッチ。

美術番組の‘美の巨人たち’や‘世界の名画’をいつも熱心にみているのはこういう新しい情報に接することができるから。修復によりこれまでみていた実物のイメージがガラッと変わった。目を奪われるのは明るく輝くラピスラズリ―が使われた聖母マリアの衣服の青、絵の前に立ったらこの青に体が震えそう。そして聖アンナの背景に描かれた遠くの山々、青みをおびたうす明るい色合いがなんとも目に心地いい。これぞ空気遠近法の真髄という感じ。

これと同じ色調でぼんやりした感じの風景を2010年12月に開催された特別展‘ダ・ヴィンチ モナ・リザ25の秘密’(日比谷公園)で体験した。フランスのパスカル・スコットは自らが発明したマルチスペクトル高解像度カメラを使って‘モナ・リザ’が描かれた当時の姿を再現してくれた。これは絵ではなく画像なのに半端じゃないほど心を打つ。モナ・リザの顔の表情や髪の毛や衣服の襞の精緻な描写、そして紫もまじった明るい青で描かれた遠くの山々の光景を息を吞んでみた。

この青みがかった風景が本物の絵で甦った。‘聖アンナと聖母子’をみるだけでもルーヴルへ足を運ぶ価値がある。パリでの楽しみがひとつ増えた。

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2013.12.05

ヤンキース FAのエルズベリー獲得!

Img        ライバル ヤンキースへ移るエルズベリー(レッドソックス)

FA選手の目玉として注目されていたレッドソックスのエルズベリー(30歳 センター)がライバル球団のヤンキースと7年総額153億円の大型契約を結んだ。このニュースを聞いてすぐ来年のイチローは大変だなと思った。

エルズベリーはケガが多いのが欠点だが、俊足好打のいい選手。今シーズンは3割近くを打ち盗塁はリーグ1位となる52、エルズベリーの加入で今年センターを守っていたガードナーはレフトにまわる。打順は1番がエルズベリー、2番はジータ―か足の速いガードナー、ジータ―が2番で打つ場合はガードナーは9番。

そしてライトはロングが打てるソリアーノが守り打順は4,5番。もうひとりいるホームランの打てる選手グランダーソンはたぶんメッツへ移籍。そうすると、イチローは控え選手。これにより来年は先発出場する試合が今年に比べ大幅に減ることが予想される。イチローにとってこれは相当厳しい!

イチローが是非とも達成したいと願っている大リーグ3000本安打まであと258本。今年は打率が2割6分まで低下したから136本しか打てなかった。今年と同じほど試合にでることができるならあと2年で大台にとどく、しかし、ヤンキースにいるかぎりこの記録をうちたてるのはとても難しい。

だから、当面の心構えとしては契約が1年残っているヤンキースで来年もプレーして、そのあとはほかのチームへ移って少しでも多く試合にでて3000本安打をしぶとく達成する、あと4年はかかると思う。イチロー本人はそのくらいの覚悟でプレーを続ける気でいるのではなかろうか。

心配なのは来年試合数が激減してヒットを打つ感覚が鈍ること。そうするとヤンキース以外のチームでかなりの試合に出場して調子をあげるということが難しくなり、3000本安打がさらに遠ざかる。イチローの心のなかは読めないが、いっそのこと来年トレードにだしてもらったほうがいいのかもしれない。応援するほうはそのほうが楽しい。日本でビールのTVコマーシャルにでているビッグスターのイチローがヤンキースで控えなんて寂しすぎる。

ベテラン選手ばかりが目につき打者でも投手でもいい若手のいないヤンキースはチーム力が落ちていることは頭のいいイチローならとっくにわかっているはず。西海岸のアスレチックスとかエンゼルスとかナリーグのジャイアンツなどでプレーするほうがイチローの打撃、守備力、走塁がずっと生きる。打順は6、7番でも毎日試合にでられるチームでプレーするほうがイチローの選手寿命は確実にのびる。再起を期すジャイアンツへ移ったら。

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2013.12.04

夢の絵画 ダ・ヴィンチの‘救世主キリスト’!

Img     2011年‘ダ・ヴィンチ展’が開かれたロンドンナショナルギャラリー

Img_0001     ダ・ヴィンチの‘救世主キリスト’(1500年頃 個人蔵)

Img_0003      右手の赤外線撮影 親指が2つみえる

Img_0002       描き直された右手の親指

昨日放送されたBS朝日の‘BBC地球伝説 ダ・ヴィンチ’(2011年制作)を興味深くみた。BBC地球伝説は半年くらい前から平日毎日放送されなくなり、火曜日の2時間に縮小されている。月刊TV番組誌を手にいれるたびにビデオ化する番組をチェックしているが、以前にくらべビデオの回数が減ってきており、美術関連のものは久しぶりに遭遇した。

番組が制作されたのは2011年、だから今回はじめてオンエアーされるのではなく再放送かもしれない。心の半分は前にみた‘最後の晩餐物語’かなとも思っていたが、嬉しいことに新作だった。しかも2011年話題になった新発見の‘救世主キリスト’にスポットをあてたものだから目に力が入る。

ダ・ヴィンチ(1452~1519)が1500年頃描いたといわれる‘救世主キリスト’、この絵が2011年11月9日から2012年2月5日までロンドンのナショナルギャラリーで開催された‘ダ・ヴィンチ展’に世界初公開されたことは一応耳に入っている。9点が展示されたこの回顧展は入館するのが大変だったらしい。memeさんが運よく少ない当日券をゲットされ楽しまれたとブログに書いておられた。そして‘救世主’も、羨ましい!

番組に登場した修復家によると‘救世主’の右手の親指は最初はもっとまっすぐのびていたが、あとで描き直されていた。赤外線撮影で判明したという。これでダ・ヴィンチの贋作の疑いが晴れた。この絵の価値、なんと160億円!所蔵しているのはNYの画商グループ。気になるのがこの絵がいつ売りに出されるのかということ。

メトロポリタンが手に入れたらいいのにと、勝手に思っている。 ワシントンのナショナルギャラリーには‘ジネヴラ・デ・ベンチの肖像’があるから、もし‘救世主’ がMETの所蔵になればバランスがとれる。美術大国アメリカに2点目のダ・ヴィンチが実現することを切に望んでいる。

この絵は2年前に公開されたので個人蔵のままだとこの先夢の絵画に終わってしまう。だが、METにおさまってくれたらこの目でみることができる。さて、どこの美術館に落ちつくのだろう?  

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2013.12.03

アートに乾杯! アメリカにあるターナーの傑作

Img_0001_2      ‘国会議事堂の炎上’(1834年 フィラデルフィア美)

Img_0002_2     ‘奴隷船’(1840年頃 ボストン美)

Img_0003_2     ‘ヴェネツィアの景色’(1835年頃 NY メトロポリタン美)

Img_0005_2 ‘月明かりに石炭を積み込む水夫たち’(1835年 ワシントンナショナルギャラリー)

現在、東京都美で開催中の‘ターナー展’(10/8~12/18)は会期が残り2週間となった。先月日曜美術館で取り上げられたので、観客の数はグッとふえているかもしれない。

回顧展があると心が弾むのは画家の作品が沢山みれるだけでなく、これに合わせて制作されたTV局の美術番組からもいろいろな情報が入ってくるから。ターナー(1775~1851)の場合、9月に‘美の巨人たち’が‘戦艦テメレール’の制作の謎を解き明かしていたし、つい2週間前にも日曜美術館で松岡正剛さんがターナー作品の深い読み解きをしてくれた。

そしてもうひとつターナーに最接近するのに役立ったものがある。それは展覧会の図録にオマケとして添付されている地図。これは大変気が利いていて出品作に描かれた風景のある場所がイギリス国内、フランス、スイス、イタリアのどこにあるかが一目でわかるようになっている。お蔭でターナーが追い求めた崇高な自然美や大気や光をよりイメージしやすくなった。

わが家は今年のはじめアメリカで美術館めぐりをしたため、西洋絵画のビッグネームが何人も当たり年になった。その双璧がともに東京都美で回顧展が行われたエル・グレコとターナー。日本で多くの作品に出会っただけでなく、アメリカでも予想を上回る作品が姿を現してくれた。

ターナーの収穫はなんといってもフィラデルフィア美で念願の‘国会議事堂の炎上’に遭遇したこと。さらにワシントンナショナルギャラリーでも08年のとき工事のため展示されてなかった‘月明かりに石炭を積み込む水夫たち’と‘ヴェネツィア、税関舎とサン・ジョルジョ・マジョーレ’もみることができた。

ボストン美にある有名な‘奴隷船’とか日本に昨年やって来た‘ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む’(メトロポリタン美)、そしてNYのフリックコレクションが所蔵する5点のターナー作品は以前みたので、これでアメリカの美術館にあるターナーは済みマークがつけられる。ここまでくるのに長い時間がかかったのでちょっと感慨深い。

今、ターナー旅行地図をみながら名画の数々を楽しんでいる。

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2013.12.02

今年の新語・流行語大賞は‘じぇじぇじぇ’など4つが受賞!

Img          年間大賞に喜ぶ能年玲奈 

本日、年末恒例の今年の新語・流行語大賞が発表され、‘じぇじぇじぇ’、‘今でしょ!’、‘倍返し’、‘お・も・て・な・し’の4つが年間大賞に選ばれた。

大方の人はこの4つが皆選ばれると予想していたのではなかろうか。この賞はひとつに限定されているわけではないだろうから、納得の結果という感じ。このなかでとくに思い入れがあるのが‘じぇじぇじぇ’、NHKの連続テレビ小説‘あまちゃん’を毎日楽しくみ、能年玲奈の演じる主人公が発するこの言葉にどれだけ頬をゆるませたことか。じつにおもしろかった。

脚本家宮藤官九郎のコミックに最初に嵌ったのは同じくNHKで2年前?に放送された‘サラリーマンネオ’、そして今年の‘あまちゃん’。民放でこの脚本家のドラマをみたことがないから詳しくはわかってないが、今日本で最もおもしろい映画やTV番組をつくっている脚本家は宮藤官九郎と三谷幸喜ではないかと思っている。当たっている?

10/1付けの朝日新聞に宮藤官九郎へのインタビュー記事が載り、その‘あまちゃん論’にいたく共感した。コミックをやる人は誰もそうかもしれないがこの人は‘いいもの、楽しいもの、笑えるものをいつも探している’という。

‘サラリーマンネオ’と‘あまちゃん’をみて感じたのはドラマで演じられる笑いはとても自然。つくりこんだ笑いという感じではなく、気の合う友達や仲間と語らうとき素のままにでてくる小さな笑いをすぐ忘れてしまわないで鋭くつかみとりストーリーのなかにおとしこんでいく。このあたりの心のあやの描写力と笑いのセンスが絶妙。その豊かな才能にはほとほと感服させられる。

予備校講師の林修先生の‘今でしょ!’もいいフレーズ。業績が上がっているいい会社では‘今でしょ!’は職場のあちこちで飛び交っているにちがいない。目指す大学に受かるために日夜頑張っている予備校生だけでなく、林先生はこの言葉でサラリーマンにカツを入れた。本当にたいした人物である。

半沢直樹の決めセリフ‘倍返し’は続編でさらにパワーアップするだろうか、楽しみ!滝沢クリステルが東京五輪招致のプレゼで日本をPRするのに使った‘お・も・て・な・し’、日本人のこころを表す象徴的なものなのに、現実は困ったことになっている。そう、食材偽装問題!

ネットや動画でこのニュースが世界中に流れると‘おいおい、日本はおもてなしの国ではなかったのか!日本人の笑顔ややさしい振る舞いに騙されないでホテルやレストランの食事は気をつけよう’と思う外国人がふえてきてもおかしくない。そして、‘おもてなし’はもうひとつの話が。東京の魅力をアピールした猪瀬知事が徳洲会から‘おもてなし’されていた。おもてなしをする側の人間がおもてなしされてどうする!

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2013.12.01

ルーヴルの水彩‘出現’はみれるだろうか?

Img_0002     モローの‘出現’(1876年 水彩 ルーヴル美デッサン室)

Img_0004       ‘出現’(1876年頃 油彩 モロー美)

Img_0005       ‘出現’(1876年頃 油彩 フォッグ美)

Img_0007     マティスの‘王の悲しみ’(1952年 ポンピドゥーセンター)

サロメを題材にした作品は多くの画家が手がけているが、衝撃度の強さではモロー(1826~1898)のサロメが一番。ヴァージョンがいろいろあり‘出現’、‘踊るサロメ’、‘牢獄のサロメ’といったタイトルがつけられている。これまで3点お目にかかった。モロー美とボストンのハーヴァード大フォッグ美が所蔵する油彩の‘出現’2点、そして西洋美にある‘牢獄のサロメ’。

モローが1876年のサロンに出品したのは水彩で描かれた‘出現’。この絵の存在を知ったのは26年前のこと。画集にはルーヴル美デッサン室の所蔵になっている。当時思ったのはこの絵が実際にルーヴルでみれるかどうかということ。あの広い展示室に飾ってあるのは大半が油彩、だからこいういう水彩は通常はでてこない。お目にかかれるのは西洋絵画の専門家とかモローの研究者にかぎられる。

一般の美術ファンがみる機会があるとすればモローの回顧展が開催されたとき。だから、これをずっと待っている。ところが、日本で回顧展を2,3回体験してもいずれもルーヴルの‘出現’が特別出品されるという‘事件’には遭遇しなかった。

もっともこの水彩だけでなくモロー美蔵の油彩‘出現’も日本にやって来たことはない。モロー美のものはたびたび展示されるが(現在汐留ミュージアムにも展示されている)、やはりお宝中のお宝は貸し出してくれない。これは仕方がないこと。

日本で‘出現’がみれたのは2002年にあった‘ウインスロップ・コレクション展’(西洋美)。このフォッグ美が所蔵する油彩の‘出現’はモローがサロンに出品した水彩画に基づいて制作したレプリカ。水彩画のサイズが縦105㎝、横72㎝であるのに対し、これは56㎝、47㎝の小品で顧客の依頼により描かれた。

2点の油彩‘出現’をみたのだから水彩もみてコンプリートしたいのだが、これから先も縁がないような気がする。この絵は西洋美とかBunkamuraあたりが動いてもダメなのかもしれない。

サロメ絡みの絵でもう一枚みたくてしょうがない作品がある。それはポンピドゥーセンターへ何度出かけてもふられ続けているマティス(1869~1954)の切り紙作品‘王の悲しみ’。この絵はヘロデ王の前で踊るサロメを描いたともサウル王がダヴィデの弾く竪琴を聴いて土師サムエルに見捨てられた悲しみを癒している場面を描いているともいわれている。

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