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2013.03.31

MoMA(9) ビッグネームが続々登場!

Img_0001_2     ウォーホルの‘ゴールド・マリリン・モンロー’(1962年)

Img_0002_2     ローゼンクィストの‘マリリン・モンロー Ⅰ’(1962年)

Img_0005_2     コーネルの‘マリー’(1940年代はじめ)

Img_0004_2     シーガルの‘バスの運転手’(1962年)

MoMAはアメリカで生まれた現代アートの殿堂だから、ビッグネームの作品が次から次と現れる。その中で最も有名なのがウォーホル(1928~1987)の代名詞ともいえる‘ゴールド・マリリン・モンロー’、もうずいぶんご無沙汰しているからとても新鮮にみえる。

ワシントンのナショナルギャラリーにあった‘グリーン・マリリン’は写楽の大首絵のように画面いっぱいに描かれているのに対し、このマリリンの顔はとても小さい。でも、ゴールドを背景にした小さい顔にはすごいインパクトがある。マリリンの死のショックがまだ尾をひいているときにこの作品をみた人たちはマリリンが聖母マリアのようにみえ、涙がまたとめどもなく流れたにちがいない。

同様にマリリン・モンローをモチーフに使ったローゼンクィスト(1933~)の作品はすぐにはマリリンとむすびつかない。中央に文字が書かれているからマリリンのことだなと気がつくが、これがなかったら化粧品のポスターにでてくるモデルが逆さになっているのね、で終わり。図録だと動かせば人物の表情が読み取れるが、本物の前で上下が逆転した口と目をみてマリリンにみえる人はまずいない。これはひねりのアート。今、ローゼンクィストに開眼しつつある。

コーネル(1903~1972)は何点か川村記念美に展示されているので多少目が慣れている。ところが、20年前はこの作家は知らなかったから‘マリー’とはまったく縁がなかった。これは少女おたくの部屋に飾ってある作り物のよう。コーネルは少女趣味があったの?少女はかわいらしい顔をしているがこの情景はとても怖い。細い草木にぐるっととり囲まれるマリーはホラー映画に出てくる人形を思わせ、腹の底からじわじわ怖くなってくる感じ。

シーガル(1924~2000)の彫刻をみたのはこれまでほんの数点しかないから、‘バスの運転手’に出会ったのは貴重な体験。シーガルは1960年代に人体から直接型取りして石膏像をつくった。顔の型を取るとき目が開けられないのでどの作品も目をつぶっている。このバスの運転手も目をつぶって運転をしている。大丈夫かなぁー。

これでMoMAは終了。残すはグッゲンハイムとノイエ・ギャラリー。

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2013.03.30

MoMA(8) 目を奪われるニューマンの赤!

Img_0002_2     モンドリアンの‘ブロードウェイ・ブギウギ’(1942~43年)

Img_0003_2     ニューマンの‘英雄的にして崇高な人’(1950~51年)

Img_2     ロスコの‘NO.3/NO.13’(1949年)

Img_0004_2           ポロックの‘五尋の深み’(1947年)

MoMAが所蔵する作品の情報を得るベースとなっているのは前回訪問したとき手に入れた図録。日本語版はなく英文だが、150点が掲載されている。今回リカバリーできたのを含めこれまでみたのは93点。全点に済みマークがつくのはまず無理だが、みたかった作品はおおよそ目のなかにおさめたので気持ち的には楽になった。

モンドリアン(1872~1944)の‘ブロードウェイ・ブギウギ’は抽象絵画の美を競ったら確実に五本の指にはいる傑作。この画面ではそれまでの作品にみられた黒の線が消え、縦横にのびた黄色の帯が明るく輝き活気に満ちたNYの街並みを見事に表現している。感心するのは余白のつくりかた。交差する線と正方形、長方形でつくりだす全体の構成に間があいたり、またビジー過ぎることがないように余白をうまく配置している。

リストに◎をつけていたニューマン(1905~1970)の赤の色面、本物は圧倒的な赤だった!大変デカい作品で縦が2.42m、そして横はなんと5.43mもある。その巨大なカンバスにどどっと赤一色。ジップと呼ばれる5本の垂直の線条は即興的に引かれた感じだが、線と線の間隔が絶妙で画面を引き締めている。ニューマンを沢山体験しているわけではないが、この作品がベストワン。一生の思い出になりそう。

ニューマンより2歳年上で同じ年に亡くなったロスコ(1903~1970)、1949年に制作された‘NO.3/NO.13’はフィリップスコレクションでみた作品同様、その色彩の美しさに心がとろけんばかりだった。ロスコの描きだす色面の組み合わせは言葉では言い尽くせない魅力を秘めている。色彩美を肌で感じたいと思ったらロスコとニューマンをみるのが一番かもしれない。

ポロック(1912~1956)は2点あった。一点は初見だったが、‘五尋の深み’は日本で2001年お目にかかった。ポーリング全開の作品に魅了されているので、分厚くぬられた塗料を隅から隅まで夢中になってみた。とくに緑色のところは目に力が入る。

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2013.03.29

MoMA(7) シュルレアリスム エンターテイメント!

Img_0003_2     マグリットの‘光の帝国Ⅱ’(1950年)

Img_0002_2     マグリットの‘偽りの鏡’(1928年)

Img     クレーの‘魚のまわりで’(1826年)

Img_0001_2     クレーの‘猫と鳥’(1928年)

美術本に載っている有名な絵と対面するときは特別な感情が湧き上がってくる。MoMAにはそんな絵が4点ある。ピカソの‘アヴィニョンの娘たち’、シャガールの‘私と村’、ダリの‘記憶の固執’、そしてモンドリアンの‘ブロードウェイ・ブギウギ’。

1990年、1993年にここへ来た時この4点は2回とも揃い踏みだった。ところが、今回はちがった。展示してあったのは‘アヴィニョンの娘たち’と‘ブロードウェイ・ブギウギ’、シャガールとダリはローテーションのため倉庫でお休みなのか、それともたまたま他館へ貸出し中なのかわからないが、定番の名画がないと面食らう。

フィラデルフィア美でシャガールは数点みることになっていたが、時間に追われパニック状態になり展示室をひとつとばすという決定的なミスと犯したため対面のチャンスが消えてしまった。そして、MoMAでも‘私と村’と遭遇できず、悪い流れが2日続いた。

シュルレアリスムは代表格のダリは1点も展示してなかったが、マグリット2点、ミロ4点、タンギー2点、エルンスト1点のラインナップ。そして、半分シュルレアリストのクレーが‘魚のまわりに’や‘猫と鳥’など5点。このなかでとくに印象深いのがマグリットとクレー。

ここにあげた4点はすでにみているものだが、こういういい絵は何度みても楽しい。展示室のなかで一際輝いているのがマグリット(1898~1967)の‘光の帝国Ⅱ’、ブリュッセルの王立美にあるものは縦長のカンバスなのに対してこちらは横長。この絵はぱっとみるとどこがシュールなの?という感じ。夕暮れ時は昼間の残像があるのでこんな光景に出くわすことはままある。

‘偽りの鏡’もなんとか絵のなかにはいっていける。画面いっぱいに描かれた目が強いインパクトをもっているが、瞳と雲のダブルイメージはまあわかりやすいし、瞳のむこうに大空が広がっていることもイメージできる。マグリットのシュール画はダリの夢の世界とはちがっていつも見慣れている光景がモチーフに使われているので、エンターテイメント感覚で楽しめるのが特徴。

クレー(1879~1940)の作品のなかで最も好きな絵‘魚のまわりで’と再会した。魚や丸は小学生の子どもでも描けそうだが、お皿の青やまわりの黄色の配色には天性のカラリスト、クレーならではの豊かな才能が発揮されている。しばらくいい気持でみていた。

絵の前でニヤニヤしていたのが‘猫と鳥’、額のところに描かれた鳥はこの猫がこれから食べてしまおうと考えている鳥が頭にちらついていることの表現だろう。猫の気持ちがこれほど伝わってくる絵を歌川国芳がみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2013.03.28

MoMA(6) お目当ての未来派に釘づけ!

Img_0002     セヴェリーノの‘舞踏会のダイナミックな象形文字’(1912年)

Img_0004_2     ボッチョーニの‘去る者’(1911年)

Img_2     ミロの‘鳥に石を投げる人物’(1926年)

Img_0001_2     デ・キリコの‘モンパルナス駅(出発の憂鬱)’(1914年)

何年か前ローマの国立近代美術館を訪問したとき大いに魅了されのが未来派の作品。幸いなことに2度も縁があったので、セヴェリーノ(1883~1966)やボッチョーニ(1882~1916)、バッラ(1871~1958)の作品にだいぶ目が慣れた。

といっても、未来派が展示されている美術館は限られているから体験した作品は印象派との比較でいうと月とスッポンくらいの差がある。イタリアでほかにみる機会があったのはミラノのブレラ美とヴェネツィアにあるグッゲンハイム美、イタリア以外の美術館で未来派とむすびつくところはどこ?

パリのポンピドーやロンドンのテート・モダンはボッチョーニがあった?という感じ。これに対しMoMAは未来派をしっかりコレクションしている。今回お目当ての作品は5点、バッラの‘アマツバメ’とボッチョーニの‘蜂起する都市’はダメだったが、3点はヒットした。まあ1点か2点みれれば御の字かなと思っていたから想定外の成果。

セヴェリーノの‘舞踏会のダイナミックな象形文字’はワクワクするような絵。右下に書かれた文字‘VALSE’はワルツ、これはピカソの総合的キュビスムの手法。壊れたガラスの破片を連想させるフォルムを複雑に重ねて密度の濃い空間をつくり、そこに踊り子や人物の顔を断片的描き込んだり全身像を小さく思いつくままに配置している。

ボッチョーニの作品は三部作‘心の状態’の一枚、‘別れ’、‘去る者’、‘あとに残る者’が並んで展示してあった。この‘去る者’に描かれた彫刻的な造形をもつ顔が目に焼きつく。幾筋もの斜めの線により心がめざすところへどんどんへ向かってる感じ。こういう時間を表現している作品は想像力をいろいろ掻き立ててくれるので絵に力がある。

しばらくこの顔をみているとある絵が思い出された。それは香月康男の‘シベリアシリーズ’に描かれた人物の顔、ひょっとすると香月はボッチョーニの絵をみたのかもしれない。

ミロ(1893~1983)の‘鳥に石を投げる人物’の前では思わず足がとまった。フィラデルフィア美にあった‘月に吠える犬’同様、こんなへんてこでおもしろい絵にでくわすと抽象度の強い現代アートとはいえいっぺんにリラックスモードになる。たしかに子どもが鳥に石を投げて遊んでいる場面が目に浮かぶ。

デ・キリコ(1888~1978)の‘モンパルナス駅’は1993年日本で開催されたMoMA展に出品された。そのときの疑問がまだとけない。どうしてこの孤独感の漂う静かな空間に大きなバナナが登場するのか?デ・キリコにとってバナナは何を意味するのだろうか?不安な気持ちにつつまれる今の状況から解放されてバナナに象徴されるまったりした南国の世界に身を置きたいとふと思ったのだろうか?

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2013.03.27

MoMA(5) 名画の揃うマティス!

Img_0001     マティスの‘赤いアトリエ’(1911年)

Img_0003     マティスの‘モロッコ人たち’(1916年)

Img          レジェの‘3人の音楽家’(1944年)

Img_0002     ベックマンの‘船出’(1932~33年)

マティス(1869~1954)はMoMAではミロとともに追っかけ画の多い画家。予定では4点と出会うことになっていたが、実際にみれたのは‘赤いアトリエ’だけ。でも、これまで画集でみたことのない作品が3点あった上、お気に入りの‘モロッコ人たち’や大作‘ピアノのレッスン’と再会したのでとても充実したマティスになった。

室内の床も壁も赤一色に描かれた‘赤いアトリエ’はぱっとみると平板な絵という印象、ところが不思議なことに画面をじっとみていると床は横にのび、壁はそこから垂直の面になっているようにみえてくる。どうやら後ろに置かれた完成作品の配置に仕掛けがありそう。そして、赤の色がところどころで濃淡がつけられている。

これに対して‘モロッコ人たち’では人物や建物はトランプの絵柄みたいに整然と割り付けられている感じ。だから、描かれた対象に動きはない。強く印象に残るのは左下の円いメロンの緑と黄色を鮮やかに引き立てている背景の黒。この絵をはじめてみたのは1990年、ワシントンのナショナルギャラリーを訪問した際、運よく‘モロッコのマティス展’が開催されていた。以来、画面をひきしめる濃密度200%の黒とメロンの緑に魅了されている。

Myカラーは緑&黄色だから、隣に飾ってある‘ピアノのレッスン’にも敏感に反応する。この絵は縦2.45m、横2.12mもある大きな絵。ピカソの‘アヴィニョンの娘たち’やルソーの‘夢’同様、絵の大きさをすっかり忘れているから、新鮮なサプライズ3連発だった。

レジェ(1881~1955)はリカバリーを願った‘大きなジュリー’は姿をみせてくれず初見の2点が目を楽しませてくれた。画像は音楽家3人の絵。明快な色彩と黒の輪郭線で形どられた彫刻的な人物をみているとたちまち心が軽くなる。

ドイツ表現主義のベックマン(1884~1950)が三幅対の作品を手がけたのはちょうどナチスから退廃芸術家と烙印を押されたころ。その第一作が‘船出’、左右のパネルは拷問の場面で、中央はその拷問から解放され自由を手に入れたところ。時間があればじっくりみたいところだが、追っかけ画がいっぱいあるのでそういうわけにもいかない。

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2013.03.26

MoMA(4) 絶大な人気を誇るアンリ・ルソーとピカソ!

Img_0003     ルソーの‘眠るジプシー女’(1897年)

Img_0004     ルソーの‘夢’(1910年)

Img_0001     ピカソの‘アヴィニョンの娘たち’(1907年)

Img     ピカソの‘泉の女たち’(1921年)

5階に展示されている作品のなかで多くの人が集まっているのはゴッホ、ピカソ、そしてアンリ・ルソー。ちょっと驚きなのはルソー(1844~1910)、20年前はこんなに人はいなかった。でも、今は大変な人気。

‘眠るジプシー女’も‘夢’も大きな絵、本物をみたのはずいぶん前だから普段は美術本の図版でのつきあい、これに慣れると絵のサイズはとんでしまう。‘夢’が縦2m、横3mもあるどデカい絵であることをすっかり忘れていた。

‘眠れるジプシー女’はへんな絵だが、不思議な魅力をもっている。一見舞台の書割りの感じ、右からマンドリン、横たわるジプシー女、そして置物のようなライオン、幼稚園の園児たちがこの3つの作り物を斜めにべたっと貼り付けたのかなと思ってしまう。それにしても怖くないライオン、ライオンキングはこの絵から生まれた?

この絵がとても静かでポエジーなのに対し、‘夢’は東洋風にいえば極楽浄土の世界。草木の緑が‘蛇使いの女’(1907年 オルセー)同様印象深く、果物の橙色や花びらのうす青やピンク色も目に心地いい色調。主役の植物に囲まれて裸婦がソファーに横たわり、ライオンや象、猿、そして大きな鳥が思い々のポーズをとっている。まさに熱帯の楽園、時間はあればずっとみているのだが、、

ピカソ(1881~1973)が生み出したキュビスムを象徴する作品‘アヴィニョンの娘たち’、この有名な絵を拙ブログではまだとりあげてなかった。なんとはなしにその機会がなかった。1990年にやって来たとき、この絵の前では‘これが本物か!’と夢中になってみた。

印象に強く残っているのは右の2人の女、その刷毛を緩やかに曲げたような鼻からは小さいころ動物園でみたマントヒヒの鼻を連想した。今回は左端に立つ女をMETで会った‘クーロス’の逞しい足のことを思い浮かべながらみていた。

ピカソの作品は数多く展示してあったが、リスト載せていた新古典主義時代の‘泉の女たち’と対面できたのは幸運だった。量感のある人物表現にぐっと惹きこまれる。

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2013.03.25

MoMA(3) リカバリー上々のスーラ!

Img_2     スーラの‘オンフルールの夕暮れ’(1886年)

Img_0001_2     スーラの‘ポール=ベッサンの外港の入り口’(1888年)

Img_0002_2     ゴッホの‘星月夜’(1886年)

Img_0003_2     セザンヌの‘シャトー・ノワール’(1903~04年)

MoMA用に作った必見リストに書き込まれている作品は64点、その大半は近現代絵画だがポスト印象派が3点入っている。スーラ2点とセザンヌ1点。

アメリカの美術館にはスーラ(1859~1891)の作品が結構ある。今回みれたのはスタートのワシントンナショナルギャラリーで2点、そのあとNYの3館で5点、トータルで7点。このうち3点が追っかけ画だから、上々の成果だった。

MoMAにあるスーラは4点、その3点が運よくずらっと並んでいた。言葉を失ってみていたのは‘オンフルールの夕暮れ’、図版でみて魅了されそうな絵だなと思っていたが、本物は期待通り心に響く夕暮れだった。これまでみたスーラの海景画ではこれが一番印象深い。

はじめてこの美術館を訪れたのは1990年、有名な作品が次々と現れるので館内ではずっと興奮状態だった。こういうときはインパクトの強い作品でないと長く記憶にとどまらない。点描法で描かれた‘ポール=ベッサンの外港の入り口’はよく覚えている。絵に最接近したり少し離れてみたり、不思議な体験だった。

ゴッホ(1853~1890)の‘星月夜’の前には大勢の人がいた。いくつもある糸杉の絵ではこれが一番のお気に入りなので、すぐ‘みるぞ!’モードになる。炎を連想させる糸杉と夜空に描かれた渦巻きが激しくコラボし、みる者の心を揺すぶる。右上の三ケ月は静かにあたりを照らしているのに対し、大小の〇で表された星は輝きを増す度に前後に動いている感じ。やっぱりゴッホはスゴイ!

追っかけセザンヌ(1839~1906)は‘レスタック湾’だったが、これはまた縁がなかった。展示されていたのは好きな風景画‘シャトー・ノワール’と日本にやって来たことのある‘水浴の男’。久しぶりの対面だから、気持ちを新たにしてこの名作と向き合った。

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2013.03.24

MoMA(2) 96億円で落札されたムンクの‘叫び’と遭遇!

Img_2     ムンクの‘叫び’(1895年)

Img_0001_2     ムンクの‘メランコリー’(1891年 個人蔵) 

Img_0004_2     アンソールの‘死と向き合う仮面たち’(1888年)

Img_0002_2     フリーダ・カーロの‘変化と私’(1937年)

‘犬も歩けば棒に当たる’とはよくいったもので、MoMAで大変嬉しい展示があった。なんと、昨年5月サザビーズのオークションで史上最高の96億円で落札されたムンク(1863~1944)の‘叫び’が公開されていた!

1893年~1910年の間に描かれた4点の‘叫び’のうち、この作品は1895年に描かれたパステル画。美術館に入口のところにこの絵の展示をを知らせる告知物があったのにそれには気づかず、5階の一角が大いに混雑しているのをみてここで今ミニムンク展をやっていることがわかった。

画集に必ず載っている‘叫び’(オスロ国立美&ムンク美)はまだみていないので、これらとの比較でこのパステルル画の感想はいえないが、パステルの特徴として後ろの赤く染まった空と海や男の衣装の青が大変鮮やか、話題の絵を運のいいことにみれたのだから、オスロ国立美にある油彩の‘叫び’を必ずみることを決心した。

ほかにも前から気になっていた‘メランコリー’や日本にやって来たことのあるMoMA蔵の版画‘マドンナ’や‘吸血鬼Ⅱ’などがあったので夢中になってみた。こんな想定外のビッグなオマケがついてくるのだから美術館めぐりはやめられない。

前日訪問したフィラデルフィア美で残念だった絵はセザンヌとダリのほかにもう一点あった。それはアンソール(1860~1949)の‘仮面のある自画像’、世の中そう思い通りにはいかないもの。そのかわり、MoMAで同じような仮面が登場する作品に出くわした。

これは20年前にみたという記憶は残っている。骸骨と仮面という組み合わせなら忘れようがない。昨年損保ジャパンで対面した‘陰謀’に続いてまた仮面の絵を、アンソールの仮面にぐっと近づいてきた。次のターゲットはポールゲッティ美にある‘キリストのブリュッセル入城’、なんとしてもという気になっている。

フリーダ・カーロ(1907~1954)の作品が2点あった。じっくり見ている人も多い。アメリカにはメキシコ人が沢山住んでいるからこの異色の女流画家は人気があるのだろう。館内ガイドのパンフレットにはピカソとかダリと並んでカーロの名前が記載されている。子ザルを抱くカーロ、黒髪と濃い眉毛が目にやきつく。

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2013.03.23

MoMA(1) 20年ぶりのニューヨーク近代美術館!

Img_0001_2     MoMAの入口

Img_0002_2     バルテュスの‘街路’(1933年)     

Img_0004_2     ワイエスの‘クリスティーナの世界’(1948年)

Img_2     クリムトの‘希望Ⅱ’(1907~08年)

ニューヨークの近代美術館(MoMA)を訪問するのは20年ぶり、04年に新しい美術館になってからははじめての機会だから気が張っている。入り口は54Stと53St側2つあり、写真は54Stのほう。

NYの観光を案内してくれるのは現地の日本人ガイド、METではこの男性が館内で作品の解説をしていたが、ここは別の専門のガイドさん(アメリカ人女性)がするらしい。で、この方が現れるのをロビーでしばらく待った。そしてようやくチケットが配られたので、意気込んで5階の展示室へ向かった。

お目当ての絵画は5階、4階、2階にあり、2階は現代美術を展示している。5階ではいきなり追っかけ◎の絵が展示してあった。バルテュス(1908~2001)の‘街路’、前回この作品をみたという実感はまったく、作品の存在はそのとき購入した図録(英文)で知った。このころはまだバルテュスに関心がいってないから、それで終わり。

この画家の作品が気になりだしたのはそれからだいぶ経った2001年ころ。NHKがこの年ヴェネツィアで開かれた大回顧展を特集してくれたおかげでバルテュスを1点でも多くみたいと思うようになった。この‘街路’はピエロ・デッラ・フランチェスカの作品を彷彿とさせる。遠近法による画面構成は綿密に計算されてできあがっており、通りを行き交う人たちのリアルな動きやリズム感がそのまま伝わってくる。期待通りのいい絵だった。

再会した作品で長くみていたのがアメリカンリアリズムのワイエス(1862~1918)の代表作‘クリスティーナの世界’、この絵にまた会えて幸せだなと思ってみていたら、小児マヒで足が不自由なクリスティーナがみつめる丘の中央に建つ小屋のまわりに鳥が小さく々描かれていることに気づいた。前は草の精密な写実描写にばかり目がいき、遠くのほうまでしっかりみてない。みるたびに新たな発見があるのは名画の証。

クリムト(1862~1918)がどこの美術館でも作品の前には大勢の人がいる。その人気は不動、METに続いてここでも‘希望Ⅱ’がみれたことをミューズに感謝しなくてはならない。一度みているとはいえずいぶん前のことだから、はじめて会うようなもの。金地の背景に浮かび上がる横向きの女性、赤い衣装に映える円い模様が強く印象に残った。

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2013.03.22

メトロポリタン美(11) 追っかけ西洋彫刻はこれ!

Img_0002_2     ‘クーロス(若者の像)’(BC600~580年頃)

Img_0003_2     カノーヴァの‘メドゥーサの頭をもつペルセウス’(1808年)

Img_0005_2     俵屋宗達の‘燕子花に鴨’(江戸時代 17世紀)

Img_0004_2     河鍋暁斎の‘猿を襲う鷹図’(明治時代)

絵画をみおえたあと最後のひと踏ん張りと思って西洋彫刻のある部屋へ向かった。お目当てはギリシャの大理石像‘クーロス(若者の像)’。1階の正面左にあるギリシャ・ローマ美術の部屋に入るのは久しぶり、20年前ここにある彫刻の数々は一通りみたはずだがほとんど忘れている。

今回の目的は‘クーロス’1点のみ、これはギリシャ彫刻の歴史のなかではとても大事な作品。左足を一歩前に出したこの若者像は人間の体より大きく身長は193センチもある。ギリシャでつくられていた像はそれまで小さなものだったが、紀元前6世紀の初頭、こういう大きな彫刻をつくるようになる。お手本は当時盛んに交易していたエジプトの石の像。サイズはエジプトと同じだが、肉体の表現はまだ図形的なところもあるがだいぶ写実的になっている。やがてあの美の頂点を極めるギリシャ彫刻が生まれてくる。

これをみたあと目指したのがベルニーニの彫刻、ところが展示室は改装中でクローズ、ううーん、これは想定外。残念だが頭を切り替えてほかの作品をみた。ここのコーナーは以前みたかどうかあやふや、だからどれも新鮮、とくに魅せられたのがカノーヴァ(1757~1822)のペルセウス。そのみごたえのある造形に言葉を失ってみていた。3年前ローマの国立近代美でヘラクレスの像に遭遇しこの彫刻家に開眼、カノーヴァの天才ぶりがだんだんわかってきた。

集合の時間まで残りわずか、走りながら日本美術をぐるっとみた。収穫は結構あった。宗達の‘燕子花に鴨’、河鍋暁斎(1831~1889)の獲物を襲う鷹の絵4点、長澤芦雪の‘鶴図’、柴田是真の‘三羽黒鳥図’、そして昨年日本にやって来た尾形光琳の‘八橋図’。このなかでぐっと引き込まれたのが暁斎の鷹の絵。鷹の鋭い爪に掴まれて猿は身動きできない。瞬時に蕭白が描いた鶴を追っかける鷹が頭をよぎった。

これでメトロポリタンは終了、明日からはMoMA。

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2013.03.21

メトロポリタン美(10) 額縁にハエがとまっている!

Img_0001_2     クリストゥスの‘カルトゥジオ会修道士の肖像’(1446年)

Img_2     エル・グレコの‘黙示録第5の封印’(1608~14年)

Img_0002_2     ベラスケスの‘エマオの晩餐’(1622~23年)

Img_0003_2     フェルメールの‘窓辺で水差しを持つ女’(1662~65年)

メトロポリタンにある古典絵画はワシントンナショナルギャラリーと同じように前回時間をかけてみたので、リカバリーリストに書き込んでいるのは数点。集合時間が迫っているので大急ぎで回った。

作品が展示してあるのは2階の中央部分の部屋、まず目指したのはファン・エイクの一世代後のクリストゥス(~1476)が描いただまし絵。この修道士の肖像のどこがだまし絵? 額縁の下のところにハエがとまっている(拡大画像で)!前回この絵はリストに載せてなくて見逃した。09年Bunkamuraでだまし絵展があったとき、この絵のことを思い出しほぞを噛んだ。

フランドルの画家たちは自分の技術の高さを誇示するためこういう本物そっくりのものを描いて見る者をびっくりさせた。これも絵画をみる一つの楽しみ。普通こんな肖像画にハエがでてくるなんて思わないから、絵の情報がないと見落とす。関心のある方はこのハエをお忘れなく。

次の追っかけ画はベラスケス(1599~1660)の若い頃の作品‘エマオの晩餐’、前回は肖像画の傑作‘ファン・デ・パレーパの肖像’など4点をみたが、この絵はでてなかった。作品の存在を知ったのもこの後のこと、カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’はキリストを正面からとらえているが、ベラスケスはキリストを横向きに描き手をあげ驚いた表情の弟子たちを手前と奥に配置。テーブルを囲む3人を画面いっぱいに描くことでこの奇跡に出くわした弟子の驚きの大きさを表現している。

エル・グレコ(1541~1614)はすでにみている4点、プラスαはなかった。大作‘黙示録第5の封印’の鮮やかな緑と枢機卿の見事な肖像画をしばらく言葉を失ってみていた。ワシントンナショナルギャラリーとMETにあるグレコは真に傑作揃い。作品の質の高さにはほとほと感心させられる。アメリカのコレクターたちはスペイン絵画をスゴイ情熱をもって収集していたに違いない。

今回フェルメール(1632~1675)の部屋では特別の思いがあった。昨年9月、BSプレミアムの‘極上美の饗宴’に出演した歌舞伎俳優の中村獅童がフェルメールの作品に対しおもしろい見方をしていた。それを思い出しながら大好きな‘窓辺で水差しを持つ女’にうっとり。アメリカにあるフェルメールではこの絵に最も魅了されている。

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2013.03.20

メトロポリタン美(9) ポップアートは楽し!

Img_0001_2     デイヴィスの作品

Img_2     リキテンスタインの‘カンバス台Ⅲ’(1968年)

Img_0002_2      ウォーホルの‘36回のエセル・スカル’(1963年)

Img_0003_2     ローゼンクィストの‘火の家’(1981年)

5年前メトロポリタンに来たとき、現代アートの部屋で作品の数が多かったのがオキーフ、クレー、そしてデイヴィス。だから、そのイメージで部屋を進んでいたら今回は少し違っていて、クレーは無く、オキーフが7点に減り、デイヴィスも数点しかなかった。

都市における賑わいを明るい色彩で描いたデイヴィス(1892~1964)の作品はピカソのコラージュが使われており、対象のフォルムはマティスの切り紙絵を連想させる。子供のお絵描きみたいだが、都市の楽しさ、スピード感やダイナミズムが生き生きと伝わってくるので気分がぱっと陽気になる。

リキテンスタイン(1923~1997)が大変気に入っているのは作品の中に黄色が多くでてくるから。黄色はMyカラー、リキテンスタインというと画面いっぱいに描かれた女性の顔をすぐ思い浮かべるが、こういうカンバスの裏ははじめて、黄色の枠を目に焼きつけた。

今回重点鑑賞作家のリキテンスタインはここで1点、そしてワシントンで2点、フィラデルフィアで1点遭遇しトータル4点。残念だったのはMoMAで会う予定だった‘ボールをもつ少女’とグッゲンハイムにある‘戦備’が姿をみせてくれなかったこと。でも、リキテンスタインの1回目の追っかけとしてはまずまずの成果、次回に期待したい。

ウォーホル(1928~1987)の‘36回のエセル・スカル’にはびっくりした。手元にある‘ラ・ミューズ ホイットニー美’にこの絵が載っているのでMETで会うのが不思議。シルクスクリーンだから同じものをいくつも制作したのだろうか?時間がたっぷりあればモデルをつとめたコレクターの違う表情をじっくりみたのだが、、

前回みたという実感がないのがローゼンクィスト(1933~)の‘火の家’、三幅対で最も印象深いのは右の大砲が並んだような赤やオレンジの口紅、真ん中は鋳造されたバケツ、で左は?これはバナナや卵、フランスパンが入った買い物袋、これを逆さにして描いている。

ローゼンクィストの作品は組み合わされるモチーフにうちどれかを逆さに描くのが特徴、ポップアートが描くのは日常のありふれたもの、ウォーホルはキャンベルスープの缶を記号化し反復繰り返し描き、リキテンスタインは漫画を使った、そしてローゼンクィストは商業写真などを意表をついた組み合わせで構成し大衆社会を切り取ってみせた。

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2013.03.19

メトロポリタン美(8) 美術館のお宝ポロックと再会!

Img_2     ポロックの‘パーシパエー’(1943年)

Img_0001_2     デ・クーニングの‘屋根裏部屋’(1949年)

Img_0002_2          ロスコの作品

Img_0003_2          ニューマンの作品

好きな美術館のひとつであるロンドンのナショナルギャラリーへ行くとルネサンス絵画からバロック、印象派の傑作に沢山お目にかかることができる。でも、近現代絵画はないので、もしこれらを見たい場合はテートモダンへ足を運ばなくてはいけない。

これに対してメトロポリタンはどうかというと、古典絵画、人気のカラヴァッジョ、フェルメールがあり、印象派も傑作を多数揃えている。ここまではナショナルギャラリーと一緒だが、METにはまだ楽しみが残っている。それは2階の左奥に移動すると出迎えてくれるポロック、ロスコ、ウォーホルといったアメリカの現代アートで絶大な人気をほこる作家の作品。

この部屋の主役はずばり、ポロック(1912~1956)、3点あった。あの有名な‘秋の律動’(1950、拙ブログ08/5/19)と‘パーシパエー’は前回もみたからおそらく常時展示しているのだろう。‘パーシパエー’は同じ頃描かれた‘雄と雌’(フィラデルフィア美 3/5)と人物の配置の仕方がよく似ている。

こういう絵は抽象絵画をみているという思いがあるから、描かれたフォルムひとつ々に馴染むのに時間がかかるし、頭のなかが大いに混乱してくる。でも、気持ちを落ち着かせてみると両端に立っている人物をとらえることができる。二人の間では胴体と手足のようなものがなにやら激しく動いている様子。タイトルの‘パーシパエー’はポロックではなく支持者の一人がつけたもの。ポロックはクレタ王ミノスの妻パーシパエーの話は知らなかったという。

デ・クーニング(1904~1997)の‘女シリーズ’の前に描いた‘屋根裏部屋’はポロックの絵の色彩を消し黒と白に変換するとこんな感じになる?人間の顔をぐにゃっとつぶしたり引き延ばしたり、あるいは逆さにしたり回転させたりして即興的に形をつくっていったのだろうか。じっとみていると確かに複雑に絡み合う感情表現が感じとれる。

ロスコ(1903~1970)の3点とニューマン(1905~1970)の作品が並んで展示してあった。08年のときこの二人はみた記憶がないので収穫だった。ロスコはこの赤の色面が目を惹く作品がお気に入り。今回ロスコはMoMAでも1点みたので全部で12点、予想を大きく上回る成果となった。一方、ニューマンは7点、こちらも上出来。

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2013.03.18

メトロポリタン美(7) ホッパー、オキーフに出会う喜び!

Img_0001_2     ホッパーの‘小さな町のオフィス’(1953年)

Img_0002     ホッパーの‘夫人のためのテーブル’(1930年)

Img_0006_2     オキーフの‘遠くて近いところから’(1937年)

Img_0007_2     オキーフの‘ブラックアイリスⅢ’(1926年)

メトロポリタン美で近現代美術が展示されているところは1階と2階の左奥、順番としては印象派をみたあとの流れで2階をみて1階へ降りていくことになる。今回の重点鑑賞、ホッパーとオキーフがあるのは1階。

1階ではちょうどマティス展が開催中、すごく誘惑に駆られたが時間がないので当初の鑑賞計画を貫徹することにした。ホッパー(1882~1967)は追っかけ画の‘小さな町のオフィス’とシカゴであった回顧展でみた‘夫人のためのテーブル’の2点。今回ホッパーはワシントンナショナルギャラリーで期待していた作品が姿を現してくれなかったので、結局この2点にとどまった。

アメリカの小さな町を体験したことはないが、ここにも大都市同様アメリカ現代社会に潜む影の部分が厳然と存在している。大きな窓のあるオフィスで強い孤独感を感じさせるこの男性、この角度からでは顔の表情はよみとれないが、視線の焦点は定まってないだろう。

‘夫人のためのテーブル’をみているとはドガやマネの描いたパリのレストランやビアホールで働く女の姿が重なってくる。受付係と奥のテーブルで話している男女、そして手前でテーブルを準備しているウエイトレスが三角形構図をつくり画面に奥行きができている。この絵は風俗画の系譜のなかでは傑作に数えられる一枚ではなかろうか。

08年の訪問の際20点の作品があったオキーフ(1887~1986)は今回7点でていた。半分以下に減ったのはマティス展のため展示の部屋が制限されたからかもしれない。とくに惹かれたのは天空に巨大な動物の頭骸骨が描かれた‘遠くて近いところから’。古い映画で恐縮だがザ・ピーナッツが出演した‘モスラ’が目の前をよぎった。

抽象画はどうやって生まれるかを理解する上でいい例がオキーフの絵。花のモチーフを極限にまで拡大すると画面は具象が消えたフォルムとその空間を彩った色彩の面でおおいつくされる。‘ブラックアイリスⅢ’はまだ具象の姿を残しているが、部分々をみると抽象表現そのもの。この度の美術館めぐりでオキーフは15点みることができた。この偉大な女流作家にだいぶ近づいてきた。

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2013.03.17

メトロポリタン美(6) はじめてクリムトに出会った!

Img_0002_2     クリムトの‘メーダ・プリマフェージの肖像’(1912年)

Img_0004     ピカソの作品

Img_0005     バーン=ジョーンズの‘愛の歌’(1868~1877年)

Img_0001     ベックリンの‘死の島’(1880年)

クリムト(1862~1918)の絵を1点でも多くみたいと願っているので、訪問の可能性のある主要な美術館が所蔵する作品はおおよそ頭の中に入っている。必見リストに書き込まれているクリムトは3点。今回‘メーダ・プリマフェージの肖像’と‘純白の婦人’の2点が姿をみせてくれた。前回ゼロだからリカバリーは上々といったところ。

ルドンの花の絵があった部屋で遭遇した‘純白の婦人’がサージェント的な肖像画なのに対し、‘メーダ・プリマフェージ’は気丈な少女を明るい色彩やメルヘンチックな文様を用い装飾的に描いたクリムトらしい作品。晩年のクリムトは黄金から離れこうした明るい色彩表現に新境地をもとめた。画集にこういう作品が4,5点載っているが、今回運良くMETとすぐ近くにあるノイエ・ギャラリーで3点もみることができた。この余韻は半年くらい続きそう。

印象派の部屋にどうわけかピカソ(1881~1973)の絵があった。青の時代の‘盲人の食事’もお気に入りだが、この黄色を基調にしたこの作品にも吸いこまれた。これは画集でみたことがないので大収穫。ワシントンナショナルギャラリーにある‘サルタンバンクの一家’とともに初期に描かれた作品のお気に入りリストの上位に即登録した。

アメリカのブランド美術館でラファエロ前派のバーン・ジョーンズ(1833~1898)を体験したのはボストン美とここの2館だけ。ボストンの‘希望’は画集に載ることが多いが、’愛の歌’はでてないので撮影した写真を使った。昨年、三菱一号館美で行われた回顧展にはバーミンガム美蔵のエッチングが出品された。目が寄っていくのが金属の質感がリアルに表現された騎士の甲冑、その硬さを手前に描かれた色鮮やかな花々が優しくほぐしている。

ベックリン(1827~1901)の‘死の島’はとても重い絵。館内は大勢の人がいるため図書館みたいに静かな空間のなかを進んでいるというわけではない。が、この絵のまわりだけは静寂な空気につつまれている。絵のなかの静けさは画面の外にも広がり周囲を暗く音のない世界に変えている感じ。緊張気味にみてしまうのは岩の島に向かう小舟に乗っている人物が身にまとう白の衣装、なんだか魔術師のイメージ。島でこれから謎の儀式をとりおこなうのであろうか。

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2013.03.16

待望の‘杉山寧展’!

Img_0004_2     ‘悠(ゆう)’(1963年)

Img     ‘嵤(けい)’(1982年)

Img_0006_2     ‘灔(えん)’(1884年)

Img_0001     ‘晶’(1969年)

現在、日本橋高島屋で行われている‘杉山寧展’(3/6~3/25)をみてきた。これまで杉山寧(1909~1993)の作品をまとまった形でみたのはポーラコレクション(拙ブログ10/4/26)の1回だけ、だから東山魁夷同様日本画家では別格扱いされる杉山寧の回顧展を首を長くして待っていた。ようやくその機会が巡ってきた。

同じような思いの方もおられるかもしれないので東京展のあと巡回する会場を案内しておくと、
★名古屋松坂屋美  6/15~7/21
★京都高島屋     9/4~9/16
★横浜高島屋    10/16~10/28

出品作の数は70点、初期に制作された西洋のモチーフや描き方を意識した作品やロスコをちょっと感じさせる抽象画をみただけで杉山寧という画家が一般的な日本画の枠にはとうていおさまりきらない豊かな才能をもった画家であることは容易にわかる。

絵の前で思わず、うわーと声がでたのが‘悠’、ピラミッドとスフィンクスをこの角度からとらえたのか!これは参った。しばらく息を呑んでみていた。これは個人の所蔵、美術館におさまっていたら東近美蔵のスフィンクスのように何回かみる機会があるのに、、最接近してあの盛り上ったマチエールを確認、気が遠くなるような長い作業をへてこの傑作が生まれたのだろう。スゴイ絵に出会った。

エジプトの連作のあと杉山はカッパドキアの奇観を作品にした。12年前ここを旅したので展示されていた5点に敏感に反応。とくに‘嵤’に惹かれる、描かれた夕暮れ時に赤く染まるとんがり帽子のような岩にちょうどで出くわしたのである。この神秘的な光景を画家と共有したのだから昔から縁があったのだ。

ポーラ美でとても感激した鯉の絵と再会した。鯉はほかに3点あったがこの絵を長くみていた。白と橙色の鯉の背びれと尾びれは光があたって透き通っている。じつに美しい。花鳥画ではもう1点、それはそれは優雅な白孔雀の絵がある、見てのお楽しみ!

鯉の姿と重なってみえてくるのは水中を泳ぐ二人の裸婦、これは水野美展が東京駅大丸店であったときお目にかかった。裸婦の作品は初見の大作‘生’と‘曈(とう)’にも魅了された。

満足度200%の回顧展だった。高島屋に感謝!

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2013.03.15

仏像力を全身で感じる円空仏!

Img_0001_2     ‘両面宿儺坐像’(江戸時代17世紀 千光寺)

Img_0003_2     ‘金剛力士(仁王)立像 吽形’(17世紀 千光寺)

Img_0004_2     ‘迦楼羅(烏天狗)立像’(17世紀 千光寺)

Img_0002_2     ‘千手観音菩薩立像’(17世紀 清峰寺)

現在東博で開催中の‘円空展’(1/12~4/7)にでている円空仏は飛騨の千光寺にあるものが中心、その数100体、チラシに使われているのは美術の本によく載っている‘両面宿儺坐像’(りょうめんすくなざぞう)、これが高山市に出向かなくてみれるのだから有難い話、開幕してから2か月経っての鑑賞となったが存分に楽しんだ。

会場は本館正面の部屋。この1室に大きい円空仏から小さいものまでびっしり並んでいる。全部で100体あるからじっくりみると結構時間がかかる。長いことみていたのはいつかこの目でと願っていた‘両面宿儺座像’、この怪物は2つの顔をもっている。こういう顔が複数ある仏像をみるのははじめてではないが、その造形にはちょっと戸惑う。

右にある顔がとても不安定、胴体から切り離された顔がぽんと置かれた感じで、横に揺らすところっと下に落ちてきそう。そして、もう一つの違和感が肩のところにみえる手、右肩の後ろにある手は人差し指が目に入ってくるからすぐ気づく。でも左肩の手はぼやっとみていると見逃す。

この手はぱっとみると右の顔の怪物の手にみえる。だから、2つの顔と4本の手を持つ怪物が描かれているというより、2人の怪物が体を寄せ合ってるようにみえる。じっとみてしまうのは眉毛や目じりのところに刻まれた力強い線。また、厚い唇や大きな鼻にも目がいく。この怪物に会ったことは生涯の思い出になりそう。

吽形は部屋の中央にどーんと飾られている。地面から生えた立ち木が円空の即興パフォーマンスで金剛力士像に変身。頭がやけにデカく未完成の像という感じだが、木の形をそのまま生かした造形がかえって強い存在感を与えている。こういう仏像ははじめて体験したのでぐるぐる回ってみた。

烏天狗の立像も一度みたら忘れられない造形力を発揮している。これは正面よりは横からみるほうがいい。ノミを勢いよくふるい、対象の形をざざざっと彫りだす円空の造形感覚はとても前衛的で重厚。8年前横浜そごうであった回顧展(拙ブログ05/6/7)のときはこういう円空仏はなかったからすごく新鮮に感じられる。

日曜美術館でとりあげられた‘千手観音菩薩立像’は期待の一体。この像は全国でも数体しかないそうだから、貴重な体験。体の横からでた千手は見慣れているが観音の微笑む顔は円空仏にしかないもの。この慈愛にみちた微笑みをこの先もずっとながめていたい。

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2013.03.14

アゲイン ‘ルーベンス展’!

Img_0004_2     ‘ロムルスとレムスの発見’(1612~13年 ローマ カピトリーニ美)

Img_0002_2     ‘復活のキリスト’(1616年 フィレンツエ パラティーナ美)

Img_0001_2     ‘熊狩り’(1639~40年 ノースカロライナ州立美)

Img_2     ‘ヘクトルを打ち倒すアキレス’(1630~35年 ポー美)

昨年秋国立新美で開かれたリヒテンシュタイン美展の目玉として多くの美術ファンの目を楽しませてくれたルーベンス(1577~1640)、それからあまり時間が経ってないのにまた日本に上陸した。今度は渋谷のBunkamuraでワンマン興行(3/9~4/21)、早めに出動してきた。

バロック絵画というとルーヴルにあるルーベンスの‘マリー・ド・メディシスの連作’をみることが通過儀礼みたいになっている。この絵がバロックのスタートのはずなのにこれをみてしまうとルーベンスはもういいやという人も多いかもしれない。そして、ルーベンスは大きな絵でないと物足りないという気分も生まれてくる。

天井の高い部屋いっぱいに飾られたルーベンスの大作を日本で展示するのはまず無理。国立新美で公開された‘デキウス・ムスの連作’は例外中の例外。だから、Bunkamuraには見あげるようなものはでてない。

ローマのカピトリーニ美にある‘ロムルスとレムスの発見’は3年前現地でみた。絵の存在はずいぶん前に知っていたが本物と向き合うのに長い時間が流れた。ローマへ何度も出かけている方は別にして少ない訪問だとヴァチカン美へは足を運んでもカピトリーニ美にはなかなか縁がない。その意味ではこの絵が日本でみれるのは幸運なことかもしれない。惹かれるのはじつはロムルスとレムスではなく狼のほう。散歩のとき出会う犬がここにいるような感じがしてじっとみてしまう。

今回長くみていたのは肌の生感覚の描写に魅了される‘復活のキリスト’とアメリカから出品された‘熊狩り’。‘復活のキリスト’があるのはフィレンツェのピッティ宮、ここでは‘戦争の惨禍’や‘4人の哲学者’が記憶に強く残っているが、‘復活のキリスト’はまったく知らなかった。

‘熊狩り’は古代ローマのコロッセオで繰り広げられた剣闘士と猛獣の戦いの場面をみているような錯覚を覚える。獰猛な熊のうなり声が聞こえてくるよう。暴力的で緊張感に満ちた絵画表現はルーベンスの真骨頂。色の鮮やかさが弱い‘ヘクトルを打ち倒すアキレス’と比べるとこちらのほうに軍配があがる。

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2013.03.13

魅了されるラファエロの男性肖像画!

Img_0002_2     ‘エゼキエルの幻視’(1510年 フィレンツエ パラティーナ美)

Img_0004_2     ‘ドヴィーツィ枢機卿の肖像’(1516~17年 フィレンツェ パラティーナ美)

Img_0003_2     ‘友人のいる自画像’(1518~20年 パリ ルーヴル美)

Img_0001_2     タピストリー‘聖ステパノの殉教’(1517~19年 ローマ ヴァチカン美)

天才と称される画家はその才能の現われ方が多面的であることが多いが、ラファエロ(1483~1520)も例外ではない。それをなしえたのはラファエロの高い吸収力。天才は天才を知るといわれる通り、先輩のダヴィンチやミケランジェロのスゴイ技をすぐマスターし、優雅な聖母像からリアルな肖像画、さらには見る者をうならせる大壁画までなんでも描きあげてしまう。まさにワンランク上の天才という感じ。

人物画への関心は8割が女性を描いたものに向かっているが、ラファエロについては男性の肖像画のほうに魅せられている。今回出品された23点のなかにぐっとくる作品があるので、今日はそれを中心に男性の絵ばかり4点。

‘エゼキエルの幻視’は小さな絵なのだが、神や翼をつけたライオンなどの動きのある描写と立体的な配置により絵の世界は心のなかで大きく膨らんでいく。そして、気持ちを高揚させるのは背景の黄金と上部と左下にみえる光の筋、神の出現を効果的に装飾している。

フィレンツエにあるピッティ宮をはじめて訪れたとき、2点の聖職者の肖像が強く印象に残った。ひとつは斜視の聖職者、もう1点はこの‘ドヴィーツィ枢機卿の肖像’。頭のよさそうな枢機卿と今まさに対面しているよう。こういう目力を200%感じる肖像画にはそうお目にかかれない。

ルーヴルにある‘友人のいる自画像’をみるたびに連想するのがカラヴァッジョの絵。この絵がバロックに一歩も二歩も踏み込んでいると思わせるのは友人の短縮法で描かれた右手。カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’に描かれたキリストの手がダブってみえてくる。

今回大きなタピストリーがでている。ヴァチカン美で傑作‘変容’が展示してある部屋でビッグサイズのタピストリーが4,5点飾ってあったが、この‘聖ステパノの殉教’だったかどうかは覚えてない。石打ちの刑というのは見るからに痛そう。あんな大きな石を頭に落とされたら痛いどころではなく即死だろう。死の恐怖に怯える聖人のゆがんだ顔が目に焼きつく。

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2013.03.12

ラファエロの‘大公の聖母’がやって来た!

Img_0001_2     ‘大公の聖母’(1505~06年 フィレンツエ パラティーナ美)

Img_0006_2     ‘天使’(1501年 ブレーシャ トジマ・マルティネンゴ美) 

Img_0003_2     ‘聖セバスティアヌス’(1501~02年 ベルガモ アカデミア・カッラーラ美)

Img_0005_2     ‘リンゴを持つ青年’(1504年 フィレンツエ ウフィッツイ美)

ラファエロの‘大公の聖母’をみるため上野に出かけた。今、西洋美では‘ラファエロ展’(3/2~6/2)が行われている。日本にいてあの有名な‘大公の聖母’がみられるなんて夢みたいな話、これが本当に実現してしまうのだから日本は真に美術大国。

この絵は21歳のラファエロ(1483~1520)がフィレンツエへでて来たばかりの頃描いた初期の聖母像。これまで幸運にも2回みる機会があった。最後にみたのは1999年だから14年ぶりの対面である。この聖母像がスペシャルな感じがするのはほかの聖母像とちがって背景が暗闇になっているため。

ピッティ宮の2大看板である‘小椅子の聖母’も背景は同じように黒だが、円い画面でもうひとりヨハネがいるのでこの黒はあまり意識されない。これに対して‘大公の聖母’は典型的な長方形の画面に正面向きの聖母が描かれており、背景の黒が聖母の醸し出す静謐な美しさを一層浮かび上がらせている。

収穫は初見の2点、‘天使’と‘聖セバスティアヌス’。‘天使’は着ている鮮やかな赤い衣服が印象的でカールする金髪とともに視線を釘づけにする。ラファエロの描く聖人セバスティアヌスはどうみても女性の顔、この聖人の顔の形は‘大公の聖母’の聖母マリアの顔によく似ている。口、あご、眉毛がそっくり。

今回ハッとすることがあった。ウフィッツイにある‘リンゴを持つ青年’はこれまで女性とばっかり思っていたが、タイトルをみると青年だった!この髪のせいでずっと女性の肖像画としてながめていた。訂正されたことがよかったのか戸惑っている。

はじめてお目にかかった‘無口な女’(ウルビーノ マルケ州国立美)はなんとも地味で平凡な女性、聖母像ではマリアを慈愛にみちた理想の女性として描いたラファエロ、でも描きたい画題だけでなく依頼されればとりたてて魅力のない女性の肖像も描かざるをえない。ラファエロは元来性格がよく顧客対応も抜かりがなかったので、こういう肖像画が生まれたのかもしれない。後世の美術ファンは勝手だから、退屈な気分でこの絵をみている。

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2013.03.11

メトロポリタン美(5) ピサロのとても気になる絵!

Img_0003_2     モネの‘緑の波’(1866~67年)

Img_0005_2     モネの‘ポプラ’(1891年)

Img_2     セザンヌの‘サント・ヴィクトワール山’(1902~06年)

Img_0002_2     ピサロの‘ポントワーズのジャレの丘’(1867年)

事前に作成した必見リストは時間をかけてつくったのに、一部の美術本をうっかり忘れることがある。モネ(1840~1926)が27歳のころ描いた‘緑の波’は絵の前に立ってそのことに気づいた一枚。こういうときは優しいミューズに心のなかで手をあわせることにしている。

大きくうねる波の描き方はクールベやホーマーを彷彿とさせる。今回の美術館めぐりではホーマー、マネの海の絵に魅了されていたが、ここでも深い緑を使って荒れる海の光景をリアルに表現したモネの絵が姿をみせてくれた。左右に大きく揺れるヨットの動きをみているとこちらの体もゆーらゆーらしてくる。

‘ポプラ’はフィラデルフィア美にあったものと同様、23年ぶりの鑑賞。1990年ロンドンのロイヤルアカデミーで開催された‘モネの連作展’では‘積みわら’、‘エプト河のポプラ’、‘ルーアン大聖堂’、‘睡蓮’などの連作が80点展示された。大変な人気で入場するのに2時間並んだ。このMETから出品された4本のポプラはその明るい光をあびた紫と黄色の色使いがなんともすばらしく腹の底からしびれた。大好きな‘サンタドレスの庭園’は残念ながらみれなかったが、この絵がその消化不良の思いをしっかりフォローしてくれた。

前の日にみたセザンヌ(1839~1906)の‘サント・ヴィクトワール山’がまたでてきた。このヴァージョンはモザイクがかさなるようで抽象ぽくなっている感じは同じだが、キャンバスが横に長いため空間がより広く感じられる。この絵は図版でみたことがないのですぐ写真を撮った。

METの図録は2冊もっている。ひとつは93年ここに来た時買った縦長の分厚いもの(英文)、もうひとつは5年前に見つけた大判のベストセレクション(英文)、日頃よくながめているのは縦長のほう、3年前たまたま寄った古本屋でこの日本語版が並んでいた。今はこれを重宝している。掲載されている作品のうちすでにみたものは例によって鑑賞済のマークがついている。絵画については前回の訪問でこの印がぐっと増えた。

残っているものが今回のリストに書き込まれているが、そのなかにとても気になる絵があった。それはピサロ(1830~1923)の‘ポントワーズのジャレの丘’。ピサロが2年住んだポントワーズに縁がないので、村の景色を実感できないが、前景の日陰がさした道と遠くにみえる丘との距離はだいぶある感じ。丘の斜面につくられた畑は土色と緑の色面が交互に繰り返されている。ポントワーズにでかけてみたくなった。

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2013.03.10

メトロポリタン美(4) 魅了されたマネとモネはこれ!

Img_2     マネの海景画

Img_0005_2     マネの‘あいさつする闘牛士’(1866~67年)

Img_0002_2     モネの‘ひまわりのブーケ’(1881年)

Img_0001_2     モネの‘睡蓮’(1919年)

印象派絵画をみることはライフワークなのでリカバリーをなしとげたい作品は手元にある画集や美術本を総動員して入念に作成してある。リストに載せているマネ(1832~1883)は6点。はたして、対面できたのは5点、フィラデルフィア美同様調子がいい。しかも嬉しいことに情報のなかったプラスαが2点。

スペインの風土や人々の生き方を愛し、ベラスケスやゴヤなどスペインの画家が描く作品から大きな刺激をうけたマネ、ワシントンのフィリップスコレクション、ナショナルギャラリーとMETにはそのスペイン趣味を表現した作品がいくつもある。

‘あいさつをする闘牛士’はその一枚、黒みをおびた黄土色の背景に観客にあいさつをする闘牛士が浮き上がっている。目を惹くのがソックスの白と靴の黒のコントラスト、頭の髪の毛と頬のひげの黒はまさに純黒といった感じ。頭のほうは違和感はないが、頬はこんなに黒くはないはずだが、まるでつくりもののひげをつけているよう。もう一点、右腕に赤いケープをかけてポーズをとっている粋な闘牛士を描いた作品も横に並んでいた。

予定通りリカバリーがうまくいったのでほっとしていると、これらよりぐっとくる作品が現れた。今回縁がある海を描いた絵。タイトルや制作時期は確認しなかったが、波が大きくうねるリアルな描写に目が釘づけになった。そして、遠くに見える船と手前の小さな帆船をむすぶ対角線によってつくられる奥行きのある空間構成が広々とした海の情景をイメージさせてくれる。いい絵をみた。

お気に入りのモネは全部で17点、ここでも数は最も多い。08年のときは16点、そのなかに3点の花の静物画があったのだが、今回それらが強く印象に残った。その1点がひまわり。10年パリのグランパレで開催された大モネ展で心を奪われる花の絵と遭遇したが、そのときと同じように感動の袋が大きく膨らんだ。海外の美術館でもモネのこういう静物画をみる機会はほとんどないから、その美しさにハッとするのかもしれない。

さらに横長の睡蓮の絵にも足がとまった。このキャンバスは珍しいので、前回もいい気持ちになったことをよく覚えている。横にお馴染みの‘睡蓮の池と日本の橋’があったが、この睡蓮の明るい黄色のほうが倍の磁力を放っていた。

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2013.03.09

メトロポリタン美(3) お楽しみはフラゴナールの‘恋文’!

Img_0006_2     フラゴナールの‘恋文’(1770年代)

Img_2     クールベの‘女とオウム’(1865~66年)

Img_0005_2     ルノワールの‘海辺にて’(1883年)

Img_0001_2     ルノワールの‘少女’(1879年)

アメリカウイングの次に目指したのは同じ2階にあるロココ絵画の部屋。5年前ここをどういう風に歩いたかはすっかり忘れている。キョロキョロしているとロココの後のダヴィッドの作品が姿を現してくれた。となると、お目当てのフラゴナール(1732~1806)に近づいているはず。

すると、ありました、ありました、‘恋文’が、前回はブーシェの‘ヴィーナスの誕生’に心がとろけそうになったのにこの絵にはふられた。恋文というタイトルはまさにロココ的、フェルメールの絵だってつけようと思えば何点も恋文とつけられるが、オランダはプロテスタントの国だから私事をあからさまにすることはなく手紙の内容は曖昧にしている。

ところが、ロココ時代のフランスでは貴族たちは屈託がなく恋のやりとりはゲーム感覚で繰り広げられる。こちらをじっとみている女性の艶っぽい目線はゲームに夢中であることを物語っている。‘あら、みていたの?そうフィリップからの手紙を読んでいたのよ、彼が積極的なので私もちょっと心が揺れているのよ、、、’

前回METを訪問したときクールベ展をやっていたので、通常の展示スタイルは体験しなかった。ここはクールベ(1819~1877)の作品をいくつも持っているが、それらがずらっとでていた。世界中の美術館をみわたしてみてクールベをこれほど楽しめるのはオルセーとここだけ。極めつきの官能美が心をザワザワさせる‘女とオウム’の前にいる時間がどうしても長くなる。

クールベ同様作品の数が多いのがコロー(1796~1875)、今回はプッサンの影響が色濃くでている‘ハガル’やフェルメールの絵を彷彿とさせる‘手紙’などをかたっぱしから写真に撮っていった。

印象派ではルノワール(1841~1877)に◎をつけている。その絵は前回縁がなかった‘海辺にて’、対面が叶い嬉しいことは嬉しいが、色の力が思っていたほどなかった。これよりぐっと惹きつけられたのが1879年に描かれた‘少女’、これは画集に載ってなくはじめてお目にかかった。今回出会ったルノワールのなかでは別格扱いのフィラデルフィアの‘浴女たち’とフィリップスコレクションの‘舟遊びの昼食’を横に置くと、この少女がベストワンだった。

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2013.03.08

メトロポリタン美(2) 心を奪われるサージェントの肖像画!

Img_0002_2     サージェントの‘マダムXの肖像’(1884年)

Img_0003_2     サージェントの‘バラをもつ婦人’(1882年)

Img_0001_2     ホイッスラーの‘テオドール・デュレの肖像’(1883~84年)

Img_2     ホーマーの‘北東風’(1895年)

今回の美術館めぐりで重点鑑賞画家にしていたのはアメリカの画家とアンリ・ルソー、そのうち出会った作品が10点をこえた画家はサージェント(15点)、オキーフ(15点)、コール(12点)、ロスコ(12点)、ホーマー(10点)、そしてルソーは8点。

一番多くみることができたサージェント(1856~1925)、METには5点あった。08年のとき印象派の部屋に飾ってあったのは‘マダムX’と‘三姉妹’の2点、大変魅せられた肖像画なのに絵のサイズの記憶が消えていた。再会してまず驚いたのは絵の大きさ。女性たちは大きな縦長のキャンバスに描かれている。このインパクトは実際絵の前に立たないと感じられない。

肖像画を依頼する女性はいずれもパリやニューヨーク、ボストンなどの大都会における社交界の常連、だから、住んでいる家は大きな肖像画を飾るのにふさわしい大邸宅。で、サージェントは見ごたえのする肖像画を次から次へと制作していったのであろう。

‘マダムX’の驚くばかりの白い肌にあまり見とれていると追っかけ画がみれなくなるので、頃合いをみて神経を◎の‘バラをもつ婦人’に集中させた。とてもチャーミングな女性、着ている黒の衣服をみるとマネとかベラスケスの絵がダブってくる。サージェントはベラスケスを敬服していたから、その影響とみていいだろう。フラゴナールの‘読書する少女’と同様この絵との対面を楽しみにしていたので、しばらくぼーっとしてみていた。

隣の部屋に展示してあったホイッスラー(1834~1903)の‘テオドール・デュレの肖像’にも思わず足がとまる。一見するとフリーア美にある男性の肖像の別ヴァージョンかと思ってしまうが、二人は別人物。あごひげたくわえているところや立ち姿のポーズがよく似ているので、今回も同じイメージでインプットされた。

ホーマー(1836~1910)の海景画‘北東風’は2度目、でも嵐を予感させる波の大きなうねりがあまりに真に迫っているのでつい移動するスピードを緩めざるをえなくなった。海の色はまさにこんな緑がかった色をしているし岩にくだける波しぶきも荒れた浜辺でみる白さ。ホーマーの描く海の絵に200%魅せられている。

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2013.03.07

メトロポリタン美(1) ハドソンリバー派の揃い踏み!

Img_0003_2       メトロポリタン美の正面

Img_0001_2     コールの‘雷雨のあとのホウリオウク山からの眺め’(1836年)

Img_0002_2     チャーチの‘アンデスの山奥’(1859年)

Img_2       ビーアスタットの‘ロッキー山脈 ランダーズ・ピーク’(1863年)

ニューヨークのメトロポリタン美を訪問するのは5年ぶり、前回は館内に3時間いたのでお目当ての古典絵画や印象派は高いヒット率でみることができた。だから、今回はそうした絵はパスして見逃したものを中心にした鑑賞。滞在時間は2時間、のんびりみてると目的の半分にも達しないのでスタートするとギアはすぐ‘みるぞ!’モードに切り替わる。

真っ先に向かったのは2階の右手奥にあるアメリカ絵画が展示してある部屋。前回ここは工事のため封鎖されており、サージェントの‘マダムX’など数点を別のところでみたにすぎない。そのため、アメリカ絵画はほとんど初対面。期待の作品はハドソンリバー派。

前回縁のなかったコール(1801~1848)の‘雷雨のあとのホウリオウク山からの眺め’とビアースタット(1830~1902)が予定通り姿を現してくれた。ハドソンリバー派のことを知ったのは03年、NHK教育の番組‘人間講座 美は時を超える’、講師を務めた日本画家の千住博がこの画家たちの作品に導いてくれた。それから10年経ちようやくその絵に出会った。

前回買った美術館の図録を何度もみていたので絵の中にすっと入っていけた。‘雷雨’は右にみえる中洲があって大きく蛇行して流れる川に視線がむかう。その形がとても気になる。そして次に心をとらえるのが左の幹や枝の折れ曲がった大きな木。ここに雷が落ちたのだろう。そこから下の川のほうへ目を移動させると、一人の男性がいることに気づく。ここまでは事前のシミュレーション通り。どうも絵を描いている様子。こういう大きな作品は時間があればずっとみていたくなる。

‘ロッキー山脈’も待望の作品、見事な大風景画といったところ。遠くをみると雪の帽子を被った雄大なロッキー山脈が横に連なり、中景では滝が流れ落ちている。この雪や滝の白が心に強く刻み込まれる。幸運にもワシントンのコーコランギャラリーとここで2回も目を奪われる傑作に遭遇、今年はハドソンリバー派に開眼したモニュメンタルな年になった。

チャーチ(1826~1901)の‘アンデスの山奥’は前回作品を収蔵している倉庫の一角でみた。どうしてこんなところでみるのか不思議に思ったが、1点とはいえハドソンリバー派とはじめて対面したので溜飲を下げた。その絵が今回はコール、ビーアスタットと揃い踏み、3人にもっと近づきたいという気持ちがだんだん大きくなってきている。

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2013.03.06

フィラデルフィア美(6) ウェイデンの傑作と対面!

Img_0006     ボスの‘この人を見よ’(1470~85年)

Img_0005_2     ウェイデンの‘聖母と聖ヨハネと十字架上のキリスト’(1450~60年)

Img_0002_2     ファン・エイクの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’(1420~40年)

Img_0004_2     プッサンの‘海神ネプチューンの勝利’(1635年)

2階に展示してある15世紀から17世紀にかけて制作された作品を大急ぎでみた。必見リストに載せているものは数点だから、そう時間はかからない。不確定要素は貸出しによる不在だけ。

事前の作品情報でつかんでいるボス(1450~1516)は2点、‘東方三賢王の礼拝’はダメだったが‘この人を見よ(群衆の見世物にされたキリスト)’はみることができた。アメリカの美術館でボスがあるのはこことワシントンのナショナルギャラリーだけなので、目に力が入る。キリストの隣にいる男の残虐性に満ちた顔つきが強く印象づけられる。ウンベルト・エーコの小説‘薔薇の名前’の映画にこんな顔をした大男がでてくる。

今回大傑作があった。それはウェイデン(1399~1464)の‘聖母と聖ヨハネと十字架上のキリスト’、絵画を鑑賞しているとき画集でみるのと本物とで印象が大きくちがうことが時々ある。この絵は普通の宗教画だろうと思っていたが、その想像を3倍くらい上回る傑作だった。これまでみたウェイデンはプラドで体験した‘十字架降下’に最も感動したが、この絵も‘うゎー、これはスゴイ!’と思わず声がでた。深紅の背景が目に焼きつく見事な宗教画がこの美術館におさまっていたとは。これは一生の思い出になる。ミューズに感謝!

ファン・エイク(1390~1441)の絵はリストに入れるのをうっかり忘れていた作品なのに、目の前にひょいと現れてくれた。獲物を追っかけるハンターのような目つきをしていたから、‘俺のことも忘れないでくれよ!’と声をかけたかったのかもしれない。すぐ画集にこの絵があったことを思い出した。幸運というほかない。

プッサン(1594~1665年)は5年前メトロポリタンで遭遇した回顧展によりぐっと距離が縮まった画家なので、‘海神ネプチューンと海の女王アムピトリーテーの勝利’を夢中になってみた。これだけ多くの人物がいると目移りがするものだが、巧みに配置されているため一人々の姿や動きが順々に目に入ってくる。

よくみると中央の裸の女王を中心にして三角形がつくられ、そして宙を舞うクピドたちをつなぐと逆三角形になっている。前列で目を奪われるのが正面向きに全力で車輪を引っ張る3頭の馬。その躍動感みなぎる前足に呼応するように右の裸婦も足を大きく広げている。

フィラデルフィア美は6回で終了です。明日からはニューヨークでの美術館めぐりのことを。

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2013.03.05

フィラデルフィア美(5) ビッグネームの共演!

Img_0002_2     レジェの‘街’(1919年)

Img_0005_2     ポロックの‘雄と雌’(1942年)

Img_2     リキテンスタインの作品

Img_0003_2    ジャスパー・ジョーンズの作品

フィラデルフィア美は印象派が充実しているだけでなく、ほかのブランド美術館同様近代絵画や現代アーチでもビッグネームの作品が次々と現れてくる。

立体派のレジェ(1881~1955)の初期の作品‘街’の前に長くいた。この絵とよく似たものをMoMAがもっており日本の展覧会で見たことがある。ぱっと見ると街の一角で工事が進捗している建物を横目にみながら歩いている気分。円や長方形で表された建物の外壁とか窓などの大半は平板に配置されているのに、大きな赤い円柱が1本建っているだけで、画面全体が立体的な空間になり対象にも量感性がててくる。そして、目に楽しませてくれる赤や黄などの色のコントラスト。久しぶりにレジェに感動した。

ポロック(1912~1956)は今回の美術館めぐりの重点鑑賞作家のひとり、その◎作品‘雄と雌’が目の前にある。この絵にはポロックの特徴的な手法ポーリングがわずかにみえる。でも、それよりぐっと惹きつけられるのは向かい合う男女やそのまわりにとびかうひし形や渦巻のフォルムがミロやピカソの絵を連想させるから。絵の存在を知ってからずいぶんな時が流れたがやっと出会った。ちょっと感慨深い。

ワシントンのナショナルギャラリーに次いでここでもリキテンスタイン(1923~1997)に遭遇した。タイトルは見逃したが、これぞポップアートの真髄、女シリーズ。歌麿の美人大首絵よりもっとアップでとらえた女性の顔、この女性にはどんな物語があるのか?これまで底抜けに笑っている顔、目をとじて泣いている姿、瞳から涙がこぼれる女と出会った。このなにか思い悩んでいる風の女性は少し距離をおいてみつめるほうがよさそう。

ニューヨークでホイットニー美へ足を運ぶオプションがあたったが、これはやめにしてメトロポリタンにながくとどまった。そのため、またもジャスパージョーンズ(1930~)の星条旗をモチーフにした作品‘3つの旗’をみる機会が消えた。また、MoMAでも別ヴァージョンは展示されてなかった。

だから、フィラデルフィアでみたこの絵が貴重な体験。ホイットニーにあるものとはちがいコラージュ的ではなく、ごくシンプルなアメリカ国旗。ジョーンズはこのシリーズを一体何点制作したのだろうか?まず一歩を踏み出したが、次は本丸にある作品との対面を果たしたい。

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2013.03.04

フィラデルフィア美(4) マティスの不思議な肖像画!

Img_0003_3     ミロの作品

Img_3     タンギーの‘雷雨’(1926年)

Img_0006     クプカの‘ニュートンの円盤’(1912年)

Img_0002_3     マティスの‘イヴォンヌ・ランズベール’(1914年)

折角念願のフィラデルフィア美にやって来たのだから必見リストに書き込んだ作品は全部みるつもりだった。ところが、3点思惑がはずれた。セザンヌの‘大水浴図’のことはすでにふれた。

もう2点はダリの‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造ー内乱の予感’とデュシャンの遺作‘のぞき穴の向こうの世界’、館内をいろいろ動き回ったのだがみつからなかった。後からわかったことがこの原因かもしれない。というのは展示のパンフレットをよくみると地下1階に近現代美術を展示する部屋がもう2つあったのである。ひょっとすると、ここに展示してあったのかもしれない。

1時間半の鑑賞なので、心に余裕がない。しかもはじめての美術館のため展示室の配置がよくわからない。1階で印象派をみたあと、近現代美術のある細長い部屋に進んだ。事前にシミュレーションしておいた‘ラ・ミューズ’にでているレイアウトとまったく変わっていたから、案内図をみてここでダリもデュシャンも姿を現わしてくれるものとふんでいた。ところが勝手がちがう。デュシャンはお馴染みの木の箱などがすこしあった。でも、お目当ての小さな穴からのぞく遺作は見当たらない。係員に聞くと今はみれないという。拍子抜けした。

この時点でだいぶパニクりはじめてきた。ダリの隠元豆がみれないなんて!ショックは大きい。仕方がないから、頭を切り変えてほかの追っかけ画に集中した。ダリが地下1階の部屋にあったのか、それとも貸し出されていたかは不明。どこかへ出かけていて今回は縁がなかったと思うことにした。

ミロ(1893~1983)の作品は10点ほどあった。画像はそのうち足がとまったものの一枚、ワシントンのハーシュホーン美でみたのとモチーフの構成が似ている。ほかにも日本の展覧会に出品された‘月に吠える犬’のようなユーモラスなものもあった。

タンギー(1900~1955)の‘雷雨’は期待していた作品。雷雨とタイトルはついているが、ここは深海の底のイメージ、こんなところでも雷雨があるのだろうか?真っ暗な世界に印象的なのが水流や雲を思わせる白のフォルム。左では土のなかからぎょろ目の生物が顔をだしている。タンギーの絵というとしーんと静まりかえっていてだんだん不安な気持ちになってくる架空の情景を描いたものが多いが、この絵にはそうした雰囲気だけでなくどこかとぼけた味がある。

再会した作品のなかで、興奮気味にみたのがクプカ(1871~1957)の‘ニュートンの円盤’、これは1994年愛知県美で開催された‘クプカ展’のとき遭遇した。このスペースワールドを連想させるクプカの抽象絵画に200%魅せられているので、絵の前ですぐ反応した。19年前と同様赤や黄色の輪にいざなわれて体がふわりと宙に浮いてきた。

大きな収穫はマティス(1869~1955)の不思議な肖像画、女性の白い衣服のまわりに白い線が装飾的に描かれている。作品の制作過程でひいた体の輪郭線をそのまま残している感じ。こんな肖像画はみたことないが、なぜか強く惹きつけられる。

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2013.03.03

フィラデルフィア美(3) ここにもゴッホのひまわりがあった!

Img_0002_2     ゴッホの‘12輪のひまわり’(1889年)

Img_2     マネの‘イルカのいる海景’(1864年)

Img_0001_2     マネの‘エミール・ベローの肖像’(1873年)

Img_0003_2     アンリ・ルソーの‘カーニヴァルの夕べ’(1886年)

ゴッホ(1853~1890)がアルルで描いたひまわりを全点みるのが生涯の夢、今残っているのは3点。その1点がフィラデルフィア美にある‘12輪のひまわり’。ゴッホ美とかロンドンナショナルギャラリーにあるものとの違いは背景をうす青にしていること。そのため、絵全体がちょっと落ち着いている感じ。必見リストに載せているゴッホはほかに2点あったが、どちらも展示しあったのでニコニコ顔。

ゴッホ同様、マネ(1832~1883)のヒット率もよくお目当ての3点がみれたうえ、プラスαが2点あった。このうち4点が海の絵。日本であったフィラデルフィア美展でみた‘キアサージ号とアラバマ号の海戦’との再会を楽しんだが、飛び跳ねるイルカの姿が目を惹く海景画にも足が止まる。これまでみたマネの海景画は今回のぶんも含めて7点くらいだが、こうしてまとまった形でみるとその魅力がよく伝わってくる。すぐ思い浮かぶ海の絵の名手はクールベ、マネ、ホーマー、モネの4人。

銅版画作家エミール・ベローを描いた肖像画は大きな収穫だった。でっぷり太ったこの男性は右手にビールの入ったグラスをもち気持ちよさそうにはパイプをふかしている。おもわず‘ご機嫌だねえー、仕事がはかどったのかい’と声をかけたくなる。

今回◎の追っかけ画はアンリ・ルソー(1844~1910)の初期の作品‘カーニヴァルの夕べ’。この絵があるのはルノワールの‘浴女たち’やセザンヌの‘サント・ヴィクトワール山’が飾ってある部屋。ルソーは大変人気があるから、美術館のお宝中のお宝と一緒に展示しているのだろう。

この絵の隣には森の猿たちを描いた‘陽気なおどけもの’が並んでいる。このジャングル画は日本であったフィラデルフィア美展に登場し目を楽しませてくれた。ここには‘ピンク色の少女’と‘牛のいる風景’もあるのだが、パーフェクトとはいかなかった。

‘カーニヴァルの夕べ’で脳を本気にさせるのが精緻に描かれた木々、細い線で枝一本々までじつにていねいに描写されている。まるで加山又造の風景画をみているよう。細部へのこだわりがこれほどあるのだから、ルソーの心根は特別繊細なのかもしれない。

この絵は背の高い木をペタペタと横に貼っていき最後にその前に白い衣装で仮装した男女のシールを置いてできあがりという風にもみえるが、よくみると木の高さを変えたりして奥行きのある空間をつくっている。待望の絵なのでしばらく息を呑んでみていた。

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2013.03.02

フィラデルフィア美(2) ホーマーの‘ライフライン’にフリーズ!

Img_0001_2     ホーマーの‘ライフライン’(1884年)

Img_2     ターナーの‘国会議事堂の火災’(1835年)

Img_0004_2     モネの‘鉄橋 アルジャントゥイユ’(1874年)

Img_0002_2     モネの‘ポプラ並木’(1891年)

今回重点鑑賞画家のひとりとして注目していたのが海洋画を得意とするホーマー(1836~1910)、フィラデルフィア美には最もみたい絵があるので1階のアメリカ絵画が展示されている部屋へ急いだ。

災害映画の一シーンをみているような‘ライフライン’を美術本ではじめてみたのは27年前のこと、それ以来いつかこの目でと思ってきたが、ようやくみることができた。本物は本に載っている画像と色がかなり違っているので、画質はすこし落ちるが写真で撮ったものを使うことにした。

難破船から救いだされ救難隊員にしっかり抱かれている女性はすでに気を失っている様子、二人の体は大きくうねる海面すれすれ、緊迫感にみちハラハラドキドキの場面をホーマーは見事に描きあげている。ルノワールやセザンヌだけでなく、こういうアメリカ絵画の傑作が目を楽しませてくれる。やはりここはビッグな美術館。

ターナー(1775~1851)の‘国会議事堂の火災’も◎の追っかけ画、いくつかある画集をめくってみるとどの本にもこの絵は載っている。アメリカにあるターナー作品では最もいいかもしれない。ターナーは難破船とかこの絵のように火災とか時々おこる大事件とか自然災害の情景を激しいタッチで描いた。炎に包まれる国会議事堂は大半が燃え落ちており、火事の激しさを物語っている。

今回びっくりしたのはモネ(1840~1926)。なんと18点も展示してあった。必見リストに載せていた2点が姿をみせてくれたので大安堵だったのに、初見のオマケがここにもあそこにもという感じ。だから、写真をばかばか撮った。また、これまでみたことのある傑作にも多数出会った。

23年ぶりにみたのが‘ポプラ並木’。ロンドンの王立アカデミーで開かれた‘モネの連作展’でみたときのように気持ちが一気にハイになった。じつはここにはもう1点この連作があり、こちらは日本に3度もやってきた。ところが、画像の絵は一度も登場しない。美術館は出張させる絵とがっちりガードする絵をちゃんと決めているのである。

‘鉄橋 アルジャントゥイユ’.も立ち尽くしてみていた。よく似た絵がオルセー、ワシントンナショナルギャラリーにもあるが、ここにあるこの絵に一番魅せられる。10年の大モネ展(パリ グランパレ)のとき体を震わせた列車の噴き出す白い煙の輝きを再度目に焼きつけた。

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2013.03.01

フィラデルフィア美(1)大イベント ルノワール&セザンヌとの対面!

Img_0004_2          フィラデルフィア美の外観

Img_0002_2     ルノワールの‘浴女たち’(1887年)

Img_0003_2     セザンヌの‘サント・ヴィクトワール山’(1904~06年)

Img_0001_2     ロートレックの‘ムーランルージュのダンス’(1890年)

Img_0005     ドガの‘踊りのレッスン’(1878年)

アメリカの東海岸の都市をめぐるツアーはどの旅行会社も売り出している人気のツアーで、ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨーク、ボストンなどをまわる。そのなかにちょっと異色のものがA社からでてきた。その違いはフィラデルフィアでは名所観光を見学するだけでなく、フィラデルフィア美へも入館すること。美術館に入るものはこれまでなかったのですぐ参加を申し込んだ。

喜び勇んでの鑑賞時間は1時間半、追っかけ画が必見リストにいっぱい書き込んであるからとても忙しい。大げさにいうと走りながらみている感じ。まず、向かったのがルノワール(1841~1919)の絵がある部屋。印象派は1階にある。

ルーム164に待望の‘浴女たち’がどーんと飾ってあった。印象派の描き方から離れ、ルノワールが整然とした古典的な様式に新しい境地をもとめたこの水浴図との対面を何年待ったことか、やっとみることができた。画集ではイメージしにくいが結構大きな絵。三角形構成のとんがったところにいるちょっと官能的な姿態をみせる女性に自然に目が寄っていく。その前の横向きになっている裸婦をよくみるとキャンバスの表面にひび割れの線がふたつ走っている。ルノワール作品でこういう保存状態がよろしくないものをみたのははじめて。魅了される作品だけに心が痛む。

この部屋にはもう一つの追っかけ画があった。セザンヌ(1839~1906)の‘サント・ヴィクトワール山’、このシリーズをこれまで何点かみてきたが、この美術館にある絵との縁はとても薄かった。過去日本でセザンヌ展が2回開かれたがこうした傑作中の傑作は200%やってこない。また4,5年前にあったフィラデルフィア美展(東京都美)でも当然ダメ。でも、この傑作をみないとセザンヌは済みにならない。その絵の前にようやく立った。

画集で惹かれる通り、画面の多くを占める緑の塊が目に心地いい。そして、紫を中心にしたモザイク画のようにみえるサント・ヴィクトワール山が緑と青とうすい褐色のなかで存在感のある姿をみせている。この絵の隣にもう1点、この山を描いたものが並んでいる。色調はよく似ており、じっくりみないと違いに気づかない。

2枚目の絵よりもうひとつみたい作品が残っている。そう、有名な‘大水浴図’。ところが、どこをみわたしてもない!これは想定外の展開。大変残念だが、こういうことはよくあること、もう一度やって来なさいということかと、気をとりなおして次の部屋に移動した。

リストで◎をつけていたロートレック(1864~1901)の‘ムーランルージュのダンス’は期待通り姿をみせてくれた。アメリカにあるブランド美術館でをみてまわるときの楽しみのひとつがロートレックの油彩画。シカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、ボストン、メトロポリタン、どこへいってもいい作品が1,2点ある。ここでも画面に目がはりつくこの絵と対面した。ワシントンでみた‘マルセル・ランデ’とともに大収穫だった。

ドガ(1834~1917)の‘踊りのレッスン’は画面構成に魅せられる。左下と右上をむすぶ対角線で画面は二つの分けられ左が動きのある踊りの場面、そして右は男の先生が静かに踊り子たちをながめ、婦人は椅子に座って新聞を読んでいる。この動と静のコントラストがおもしろい。

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