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2011.05.31

アートに乾杯! 滝のフォルム どれがお好き?

2731_2     長沢芦雪の‘鶴亀図屏風’(江戸時代 18世紀)

2732_2           葛飾北斎の‘木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧’(1833年)

2733_2          葛飾北斎の‘下野黒髪山きりふりの滝’(1833年)

2734_2      渓斎英泉の‘日光・素麺之滝(左)’‘裏見之滝(右)’(1843~46年)

長沢芦雪(1754~1799)が描いた滝の絵は今回の回顧展に4点でている。鯉の滝登りが2点と‘赤壁図’と‘鶴亀図’。このうち長くみていたのが‘鶴亀図’(6/5まで展示)。六曲一双の屏風で滝と亀は右隻に描かれている。

この屏風をみるのは2度目。芦雪が描く鶴(左隻)はおもしろくないので、視線は滝とその下にいる亀ばかりにいく。この滝のフォルムは水しぶきをあげて落下する滝のリアルさはなく、デザイン化された水の流れが上から下へ階段を下っていくように繰り返されている。

これをみてすぐ頭に浮かんだのが葛飾北斎(1760~1849)の‘諸国瀧廻り’シリーズの一枚、‘木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧’。この滝は円で囲まれた滝口の左右に柔らかく曲がる水の線とは対照的に、落下ししだすと大根の先みたいにべたっとした細長い色面になっていく。芦雪の滝もこの滝も意匠的な表現となっている。

これに対して滝の量感あふれるダイナミックなフォルムに圧倒されるのが‘下野黒髪山きりふりの滝’と渓斎英泉(1790~1848)が描いた日光にある2つの滝。‘きりふりの滝’をはじめてみたときは滝のお化けに出会った感じだった。また、大蛸の足のようにもみえた。

英泉の‘裏見之滝’はお気に入りの絵。ドドドッと滝壺に激しく落ちる大きな水の帯は水量豊かで迫力満点。近づくと飛び散る水しぶきでずぶぬれになりそう。この裏見の滝をいつかこの目でと思ってはいるが、その機会がなかなかつくれない。

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2011.05.30

アートに乾杯! 芦雪のおもしろい富士の絵

2727_2                長沢芦雪の‘遠見富士図’(18世紀)

2730_2     歌川広重の‘東都名所 五百羅漢さゞゐ堂’(1830~44年)

2728_2     モネの‘アンティーブ岬’(1888年)

2729_2     モネの‘トルーヴィルの海岸’(1881年)

MIHO MUSEUNでみた‘長沢芦雪展’(6/5まで 拙ブログ5/22)の余韻が続いている。で、印象深い作品をほかの画家の描いたものをまじえて紹介したい。

縦長の富士の絵‘遠見富士図’(後期のみ展示)は個人が所蔵するもので、画集に載ってなくはじめてみた。目が釘付けになるのが異様に長い木。あまりに長いのでこの木ばかりに気をとられ、むこうにもう2本あることを忘れてしまう。そして、下に描かれた富士山もかすみがち。絵でも脇役が主役を食うことがたまにある。

長沢芦雪(1754~1799)の奇才ぶりが発揮されたこの絵と響き合うものはほかにある?浮世絵が好きな方はすぐ思いつかれるはず。歌川広重(1797~1858)の風景画にも真ん中あるいは中心を少しずらしたところに大きな木がどんと描いたものが結構ある。そのなかで芦雪の木と似た雰囲気をもつのが‘東都名所 五百羅漢さゞゐ堂’。

日本の浮世絵にでてくるこういう真ん中立ちの木をフランス人画家なのに大胆にも取り入れて人々を驚かしたのがモネ(1840~1926)。‘アンティープ岬’((愛媛県美)や‘トルーヴィルの海岸’(ボストン美)のような絵はパリのアカデミーで美術教育を受けた画家は思いもつかないだろう。

光と影の効果を求めて新しい風景画を生み出そうとしたモネにとって、浮世絵の構図はとても新鮮で風景画の単調さを消し自然に命を吹き込んでくれる魔法の杖だったかもしれない。何であれで新しいことに挑戦する者はいつの時代でも貪欲にアイデアを求めそれを活用する。

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2011.05.29

アートに乾杯! ラファエロ vs ゴヤ

2724_2             ラファエロの‘ラ・フォルナリーナ’(1518~19年)

2725_2        ラファエロの‘ヴェールをかぶった婦人’(1515~16年)

2726_2     ゴヤの‘裸のマハ(上)’(1800年) ‘着衣のマハ(下)’(1805年)

梅雨に入ったこの時期に秋の展覧会の話をするのはまだ早いのだが、プラド美から西洋美にやってくるゴヤ(1746~1826)の‘着衣のマハ’とこの絵に関連してふと気づいたことを少しばかり。

すでにできあがっている‘ゴヤ展’(10/22~1/29)のチラシをみると、流石、西洋美と唸らせるものが入っている。大ホームランの‘着衣のマハ’のほかにクリーンヒットが2本。1月のプラド美感想記(拙ブログ2/17)でもとりあげた‘ホベリャーノスの肖像’と‘自画像’。ふたをあけてみたらほかにもいい作品があるような気がする。とても楽しみ。

現地で‘裸のマハ’と‘着衣のマハ’を久しぶりにみたあと、日本に帰りマハのモデルとなった女性や作品が描かれた経緯などについてレビューしてみた。そして、その余禄として美術本の図版をサーフィンしていたら、マハの絵と響き合う絵にふと気がついた。それはラファエロ(1483~1520)が描いた‘ラ・フォルナリーナ’(ローマ バルベリーニ宮国立古代美)と‘ヴェールをかぶった婦人’(フィレンツェ ピッティ美)

ゴヤに先立つこと285年くらい前、ラファエロはマハの2つの絵を連想させる絵を描いていた! 勝手に名前を変えさせてもらうと‘裸のフォルナリーナ’と‘着衣のフォルナリーナ’。ご存知のようにフォルナリーナは‘パン屋の娘’の意味。‘裸のフォルナリーナ’の腕輪には‘ウルビーノのラファエロ’と書かれている。ムム、こりゃ、なんじゃい!?ラファエロは愛する女性を美しく描くだけでは足りず、思いをこめた文字まで描き込んだ。

これと同じことを実はゴヤもやっている。‘黒衣のアルバ女公爵’(1797年)でゴヤと恋仲にあったアルバ女公爵が指さす先にはなんと‘ソロゴヤ(ゴヤだけ)’の文字が。ラファエロとゴヤをつなぐ糸がみえてきた。となると、おおいに妄想したくなる。ゴヤは2枚のマハを描くとき、ラファエロの絵が頭のなかにあったのではないかと。

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2011.05.28

個人コレクション 夢の傑作選!(6)

2721_2     川合玉堂の‘月天心’(1954年)

2720_2     横山操の‘ふるさと’(1965年)

2722_2     小野竹喬の‘近江富士’(1971年)

2723_2     安井曾太郎の‘裏磐梯の初秋’(1935年)

展覧会の体験を重ねるにつれ、絵画でもやきものでも美術品の鑑賞というのは本当にロングランだなと思う。人生の長さを自分では決められないが、見たい作品を書いた紙を船の帆に貼っておけば、天がなにかの拍子でそれに気づきいい風を送ってくれるかもしれない。

今日とりあげるのは風景画の名品。いずれも作品の存在を知ってから長いこと経つがまだ縁がない。これまで川合玉堂(1873~1957)と小野竹喬(1889~1979)の大きな回顧展(拙ブログ10/3/7)を夫々2度体験したのに、とても惹かれる水墨画‘月天心’と美しい色彩に心が軽くなる‘近江富士’は姿を現わしてくれなかった。

画集に載っているのだから、どこの誰がもっているかはわかっているはず。ところが、展覧会にでてくるものとまったく公開されないものがある。個人コレクションは一筋縄ではいかない世界。公開されないグループの絵とは思いたくないが、回顧展にでてこいないので夢の傑作で終わりそうな気がしてきた。

横山操(1920~1973)の回顧展を首を長くして待っている(06/10/4)。この画家の作品は大作が多いから、東近美とか国立新美が企画してくれるのがベストだが、実現するだろうか?‘ふるさと’は真っ赤な夕陽と金色に染まった草花をみていると心がゆすぶられる。いつか本物の前に立ちたい。

04年ごろ?茨城県美であった安井曾太郎(1888~1955)の回顧展を見逃してしまった。当時、横浜に帰ってきたばかりでこの美術館が心理的に遠かったのである。安井と梅原は洋画家では別格の存在でずっと関心を寄せているので、今思うと残念なことをしたなと悔いている。

そのとき‘裏磐梯の初秋’が出品されたか知らないが、もしでていたら次回の展示は当分先になる。この絵は大原美にある‘外房風景’同様、傑作のかおりがする。遭遇するようにミューズに祈っておきたい。

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2011.05.27

個人コレクション 夢の傑作選!(5)

2718_2        藤島武二の‘芳蕙’(1926年)

2719_2                上村松園の‘朝’(1942年)

2716_2     鏑木清方の‘若き人々’(1912年)

2717_2     安田靫彦の‘斎宮女御’(1950年)

近代の日本画家が描いた女性画は運良く巡りあった追っかけ作品や突如現れたサプライズの絵はすべて漏らさずとりあげてきた。追っかけが100%終わったわけではないが、狙っていた絵がほぼみれたので今は安堵感につつまれている。で、これからは遭遇するプラスαの名作を気軽に楽しんでいきたい。

日本画がこんな気持ちになってきたので、このところ心を占領しているのは藤島武二
(1867~1943)が描いた横顔の女性画‘芳蕙(ほうけい)’。でも、以前にもとりあげたこの絵(拙ブログ09/12/24)との距離はすごくあり、絵に近づいているという気がしない。

これは洋画家の回顧展が日本画家とくらべて開催されることが少ないことが影響している。5年くらい前、黒田清輝展があったので、藤島武二展もそろそろかなと期待しているが、そんな情報はどこからも入ってこない。来年あたり、待望の‘芳蕙’との遭遇が叶うようミューズに祈っておきたい。

昨年あった超一級の‘上村松園展’(10/9/8)に‘朝’が登場することを強く望んでいたが、ふたを開けてみると出品作に入ってなかった。長い間見たいという思いが募っていたので残念でならない。松園(1875~1949)の回顧展はこの先15年はないだろうから、夢の傑作のまま。

鏑木清方(1878~1972)の最高傑作‘築地明石町’(09/12/23)は個人蔵となっているが、行方がわからないという話だから99%諦めている。個人蔵でプラスαにしたいのは‘若き人々’。鎌倉の記念館ではこれまでいい絵をいくつもみせてもらったので、この絵も密に期待している。

安田靫彦(1884~1978)の‘斎宮女御’は古典画では松園の‘雪月花’と双璧をなす傑作。2年前茨城県美であった回顧展に展示されなかったから、みる機会は永遠に遠のいたかも。テーマ展かなにかでこの絵の美しい色彩や精緻な描写がみれると嬉しいのだが。やはり無理かな。

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2011.05.26

個人コレクション 夢の傑作選!(4)

2713_2            菱田春草の‘月下の雁’(1907年)

2712_2              竹内栖鳳の‘おぼろ月’(1928年)

2715_2     前田青邨の‘竹取物語・昇天の場面’(1914年)

2714_2     速水御舟の‘常夏ノ花’(1933年)

MIHO MUSEUMで開催中の‘長沢芦雪展’(6/5まで)をみたので、次の期待は秋に千葉市美である‘酒井抱一展’。これが終わるとビッグネームの回顧展はちょっと一段落する。

来年以降どの画家の回顧展が行われるのだろうか?長谷川等伯(東博)が済み、伊藤若冲がMIHOと千葉市美で2回あり、蕪村も芦雪(ともにMIHO)もあった。明治以降に活躍した画家でいうと、昨年は上村松園(東近美)、田中一村(千葉市美)、小野竹喬(東近美)がすばらしかった。

大物画家をみわたしてみて残っているのは池大雅。もう何年も前から大きな回顧展を願っているがなかなか実現しない。大雅はやはり京博でやってもらいたい。準備が進行中?と思いたいが、果たして。また、京博には狩野永徳展が済んだので狩野山楽&山雪展も是非お願いしたい。

近代日本画家は来年誰だろう?大きな菱田春草展を待っているのだが、これは10年くらい前愛知県美であったから、まだ先にかもしれない。西洋絵画同様、日本画でも個人が所蔵する作品は回顧展でもない限り一生縁がない。だから、図版でながらく見続けている絵との対面を果たすためにも菱田春草(1874~1911)と竹内栖鳳(1864~
1942)の回顧展が待ち望まれる。

前田青邨(1885~1977)の‘竹取物語’は5年前岐阜県美であった回顧展に出品されなかったから、この先も縁がないかもしれない。これをみないと青邨の古典画は終わりにならない、気持ちだけは切らないようにしておきたい。これまでの経験からいうと、追っかける気持ちが萎えたら作品はすーっと消えていく。

2度回顧展を体験した速水御舟(1894~1935)はまだまだみたい絵がある。個人蔵で惹かれているのは‘常夏ノ花’と風景画の‘潮来所見’。のーんびり鑑賞の機会を待つつもり。長期戦はいつものこと。待てば海路の日和あり!

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2011.05.25

個人コレクション 夢の傑作選!(3)

2710_3       ドラクロアの‘オダリスク’(1857年)

2709_2          アングルの‘ベッティ・ロスチャイルド男爵夫人’(1848年)

2708_2           レンピッカの‘ギターを弾く青衣の女’(1929年)

2711_2        モディリアーニの‘黄色い上着の女’(1909年)

画集をながめて気づくのは個人が所蔵する絵画は19世紀以降に描かれたものが多いこと。それ以前の作品の場合、カラヴァッジョなど一部の画家は個人がコレクションするケースもあるが、大半は公的あるいは私的な美術館におさまっている。

ドラクロア(1798~1863)の絵で数少ない個人蔵のひとつが‘オダリスク’。モロッコを旅行したとき目に焼き付けた女性がベースになっているが、ポーズはヌードモデルを撮った写真を参考にしている。ドラクロアが写真を使ったのはこの絵一枚だけ。

新古典派のアングル(1780~1867)は‘グランド・オダリスク’とか‘泉’といった美術の教科書に載っている作品には心はあまり向かっていかないが、肖像画には大変魅せられている。とくに見たい度が強いのが女性の肖像。これまで最も感動したのは‘ブロイ公妃’(メトロポリタン 拙ブログ08/5/13)と‘ドーソンヴィル夫人’(フリックコレクション 08/5/24)。

‘ブロイ公妃’に会ったときと同様の感激が沸き起こるのではないかと思っているのが‘ベッティ・ロスチャイルド男爵夫人’。透き通るような白い肌、すべすべしたシルクのドレスの質感、なにもかも完璧な肖像画という感じ。パリでアングル展があればひょっとして展示されるかも。この絵はなんとしてもみたい。

昨年Bunkamuraであった‘レンピッカ展’(10/3/19)を体験し、いっぺんにレンピッカ(1898~1980)に嵌った。画集をみると個人蔵ガ多い。そのなかで心を揺すぶるのが‘ギターを弾く青衣’。この女流画家はアングルに影響を受けており、彫刻的に表現された人物は鮮やかな色使いと強い明暗対比により密度濃く印象づけられる。

モディリアーニ(1884~1920)は好きな画家のひとりで、なるべく多くの裸婦図や男女の肖像をみたいと常々思っている。個人コレクションも多いからその道のりは厳しいが、回顧展にまた遭遇し1点でも目の前に現れてくれたらいうことなし。そのときは‘黄色い上着の女’でありますようにと今からミューズに祈っている。

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2011.05.24

個人コレクション 夢の傑作選!(2)

2704_2       マネの‘胸をはだけた黒髪の娘’(1872年)

2707_2      ゴッホの‘アドリーヌ・ラブーの肖像’(1890年)

2705_2         ゴーギャンの‘ジャワ女アンナ’(1893年)

2706_2     ドガの‘犬の歌’(1876~77年)

マネ(1832~83)は昨年三菱一号館美であった回顧展で‘ラテュイユ親父の店’と出会い、今年は1月マドリードのティッセン美で‘乗馬服姿の女’をみた。そして、6月に入ると国立新美にワシントンのナショナルギャラリーから大好きな‘鉄道’がやってくるから、マネお楽しみモードはまだまだ続く。

今残っている絵のうちでいつかこの目で思っているのは片手くらい。そこに個人コレクションの‘胸をはだけた黒髪の娘’も入っている。この娘の美貌ぶりはベルト・モリゾに次ぐ。いつかグラン・パレで大マネ展が開催され、これが出品されることを夢見ていたい。

今年手に入れたゴッホ(1853~90)の全油彩画本(TASCHEN、日本語版 10年)を頻繁にみている。驚かされるのはこ‘アドリーヌ・ラブー’など個人が所蔵するいい絵がいくつも載っていること。本物をみる機会はないだろうが、色がよく出ているから、これをみているだけでも結構いい気分になる。

ゴーギャン(1848~1903)が描いたジャワ女の絵は強烈なインパクトをもっている。女がペットにしていた猿も一緒に描かれており、画面はゴーギャンの好むエキゾチシズムに満ち溢れている。昨年11月、ロンドンであったゴーギャン展にこの絵が展示されるのを期待していたが、ダメだった。永遠に遠のいたかもしれない。

横浜美術館は当初通りのスケジュールだとドガ展に続いて話題を独占したプーシキン美展だったが、残念ながら幻の展覧会になってしまった。1本目のホームランのドガ展はすばらしかった。大の収穫が‘綿花取引所の人々’。この回顧展でドガ(1834~1917)のパステルに魅了されたが、‘犬の歌’も明るいパステルで描かれている。手を曲げて犬のようなポーズをとる女の姿がおもしろい。

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2011.05.23

新シリーズ 個人コレクション 夢の傑作選!(1)

2700_2     デ・キリコの‘街角の神秘と憂鬱’(1914年)

2701_2     ダリの‘水に映る白鳥が象になる’(1937年)

2703_2     マグリットの‘誘惑者’(1953年)

2702_2       シャガールの‘チェリスト’(1939年)

新シリーズ ‘個人コレクション 夢の傑作選!’(不定期)を立ち上げます。画集に載っている美術品の個人コレクションは公的あるいは私的な美術館にあるものとはちがって、作家の回顧展や企画展に出品されたとき以外はみることはできません。ですから、その作品にいくら魅せられていても一生縁のない夢の美術品に終わる可能性が大。で、そんな夢の傑作を集めてみました。一緒にお楽しみ下さい。

デ・キリコ(1888~1978)の‘街角の神秘と憂鬱’はこの画家を知るきっかけになった作品。だから、デ・キリコの絵というとすぐ輪回しをして走っているこの少女を思い浮かべる。それから30年くらい経った。この形而上絵画の傑作はNYの個人の所蔵。大回顧展が開催されると、出品されるのだろうか?NYやパリの美術館でこの絵と巡りあったら、卒倒するかもしれない。

ダリ(1904~1989)の作品を愛しているコレクターは沢山いるから、画集にも個人蔵のワクワクするような作品がいくつも載っている。そのなかでとりわけ魅了されているのがダブルイメージ画‘水に映る白鳥が象になる’(ジュネーブ)。1月、マドリードでイメージを複雑にとりこんだ‘永遠の謎’(拙ブログ2/6)を楽しんだので心はこの絵にぐっと向かっているが、作品ははるか遠いところにある。

ダリとともに大好きなシュルレアリスト、マグリット(1898~1967)は日本で一度回顧展を体験し、ブリュッセルの王立美でも魅力的な作品を満喫した。でもいい絵がまだまだ残っている。個人コレクションで惹かれているのは‘迷える競馬騎手’と‘誘惑者’。‘誘惑者’は横からとらえた帆船が全部海の波で描かれている。現実にはありえない不思議な絵なのに、割りと絵の中に入れる。海が広いため、船が大海原と一体化してみえるからかもしれない。

シャガール(1887~1985)の‘チェリスト’を知ったのは5年前。‘こんないい絵がまだあったのか!’と目を見張った。そして、近現代絵画の世界は奥深く、美術館のガラスケースの中におさまっている作品とは別に個人が秘蔵する傑作が数多く存在していることを再認識した。以来、この絵を定期的にながめている。

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2011.05.22

奇は新なり ‘長沢芦雪展’(後期)!

2698_2     ‘群龍図’(江戸時代 18世紀)

2697_2     ‘鍾馗と蝦蟇図’(1787年)

2699_2               ‘富士越鶴図’(1794年)

2696_2     ‘白象唐子図屏風’(江戸時代 18世紀)

‘長沢芦雪展’の後期(4/26~6/5)出品作をみるため再度信楽までクルマを走らせた。前期(拙ブログ4/24)にあったものは数点、大半は新規の作品(43点)なので存分に楽しめた。

一番のお目当ては大原美が所蔵する‘群龍図’。これは図録でみてとても気になった絵。四角の画面にいろんな向きをした龍が沢山描かれている。一体何匹いる?画像は拡大しても正確に数えるのは無理だが、なんと28匹!こんなに龍の目に釘付けになったのははじめて。

龍をどういう姿にしてどう配置するか、芦雪(1754~1799)は何回もシミュレーションしたにちがいない。おもしろいのが龍の向きのヴァリエーション、真横向き(左右)、上下斜め向き、正面向き、そして斜め後ろ向き。

5つある群れの塊は右2つは龍の目は左のほうを、左の3つのグループは右のほうをみており、対峙する形になっている。墨の濃淡をきかせて描かれた胴体は輪郭がぼやているが、インパクトのある顔を立体的に重ねあわせ臨場感あふれ画面をつくりだしている。

画集によく載っている‘鐘馗と蝦蟇図’は長らく追い求めていたが、やっとみることができた。愛嬌のある蝦蟇の姿がとてもいい。瞬間的に若冲の‘菜蟲譜’に登場するカエルが目の前をよぎった。これに会えたのでニコニコモード全開。

‘富士越鶴図’は芦雪が好きになるきっかけとなった絵。この絵は構図が新鮮。丹頂鶴が富士山の後ろのほうから現れ緩くカーブをえがきながら左方向へ旋回している。まるで子どもが遊ぶ飛び出し絵本をみているよう。こういうハットする構図が芦雪の一番の魅力。

04年に金閣寺でみた‘白象唐子図’(06/7/29)と嬉しい再会。この絵が展覧会に出品されるのは昭和12年(1937)以来のことらしい。子どもたちは象の頭の上に登ったり、大きな鼻をさわったり、背中に乗っかりワイワイガヤガヤ。やさしい目をした象は元気に遊ぶ子どもたちを嬉しそうにみている。

前後期でみた芦雪の絵は84点。今は満ち足りた気分である。芦雪の大きな回顧展を2回も体験できたのは幸運なめぐり合わせというほかない。ミューズに感謝!

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2011.05.20

いつか行きたい美術館! ヴェネツィア ドゥカーレ宮

2692_2              ボスの‘天上界への上昇’(1485~1505年)

2695_2     ボスの‘聖ヒエロニムス’(1485~1505年)

2693_2     カルパッチオの‘聖マルコのライオン’(1516年)

2694_2               ヴェロネーゼの‘ユノがヴェネツィアに宝を授ける’(1533年)

ヴェネツィア観光にドゥカーレ宮の見学は必ず入っているから、内部の様子は一応わかっている。でも、ツアーの場合は時間の関係でどんどん進んでいくからここに飾ってあるヴェネツィア派の絵画をゆっくりみる余裕はない。だから、しっかり覚えているのは2階の大議会の間にあるティントレットの大壁画‘天国’くらいのもの。

で、あとでガイドブックに載っている絵をみて‘この絵どこにあった?しっかりみたかったな’という思いが胸のなかにわきおこる。もう遅い!そのリカバリーを次のヴェネツィア訪問で是非果たしたい。

ボス(1450~1516)の気になる絵‘天上界への上昇’と三連祭壇画の中央に描かれた‘聖ヒエロニムス’はドゥカーレ宮のどこに展示してあるのかわからない。通常の導線でまわってこれに出会うことはないから、別の部屋があるのかもしれない。自由時間を使って入場するのだから、まずボスの絵をめざしたい。

そのあとみたいのがカルパッチオ(1460~1526)の迫力のあるライオンの絵。この絵もこれまでみた記憶は無い。カルパッチオはヴェネツィアで両手くらい体験できそうだが、これもお目当てのひとつ。とても楽しみ。

黄金色の輝きが目にまぶしいヴェロネーゼ(1528~1588)は06年のとき、みたようでもありみなかったようでもあり、とにかく記憶はあいまい。しかとみたという実感がもてるように次回は単眼鏡をもっていき、ティツィアーノやティントレットの描いた天井画、壁画とともにじっくりみるつもり。

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2011.05.19

大リーグ序盤戦 日本人選手の成績!

2691大リーグは開幕してから40ゲームちょっと、全試合の1/4を消化した。現時点での日本人選手の成績をざっとみてみた。

投手で調子がいいのがドジャースの
黒田。昨日勝ち投手になり、これで5勝目(3敗)。

ナショナルリーグ全体ではトップの勝利数(タイ)。ここ2試合、相手に得点を与えていないのだから、上々のすべりだし。

黒田のここ3年間の成績は1年目の08年が9勝10敗(防御率3.73)、09年が8勝7敗(3.76)、そして昨年が11勝13敗(3.39)。今シーズンはもう5勝、大リーグを3年経験して自分の投球術に自信がもてるようになった感じ。

体は大きいし(身長185cm)、その堂々としたピッチングスタイルは古風なサムライのイメージ。勝ち星の予想は10勝前後としていたが、この調子を維持していけば15勝をこえる可能性は十分ある。

黒田とは対照的に調子がどうも読めないのがレッドソックスの松坂、体調不良で故障者リスト入りしてしまった。2つ敗たあと3勝したが、戦線離脱がこう早いと先が思いやられる。今年も10勝にとどかないような気がする。

野手で大誤算はツインズで大リーグデビューした西岡、開幕早々足の故障でダウン。復帰に関する情報はないが、オールスター前を再出場できればいいのだが。試合に復帰したら活躍できる能力はあるのだから、あまり思い悩まないこと。

開幕前一番心配だったカブスの福留は例年通りスタートはよく現在打率は.330。いつものパターンはこれが3ヶ月経つと急に下降をはじめること。今年は契約の最終年だから、出場したとき打たないと、来年は契約してもらえない。本人もそのことはわかっているだろうが、調子が落ちてきたときの調整の仕方に学習効果が発揮できなければ、来期は確実に日本返りとなる。薩摩隼人の意地をみせられるか。

われらが松井(アスレティック)のバッティングが心配。ここ数年で急に老け込んできた感じ。なんとか頑張ってもらいたい。

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2011.05.18

いつか行きたい美術館! ヴェネツィアの聖堂

2689_2            ベリーニの‘サン・ザッカリアの祭壇画’(1505年)

2688_2            カルパッチオの‘2人の貴婦人’(1495年 コッレール博)

2690_2         ティツィアーノの‘受胎告知’(1566年 サン・サルヴァトーレ聖堂)

2687_2     ティントレットの‘最後の晩餐’(1594年 サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂)

昨年1月、ヴェネツィアへ行ったときは街のなかをあちこち歩きまわったので、建物の位置関係や目的地へたどり着くまでの所要時間のイメージがおおよそわかった。そうはいってもこの街は複雑にできている迷宮。次回、くねくねおれまがった狭い路地をうまく通り抜けめざす聖堂へ行けるかどうかは自信がない。

サン・ザッカリア聖堂はドゥカーレ宮から近いから迷うことはあまりなさそう。ここの期待はベリーニ(1434~1516)の描いた‘祭壇画’。アカデミア美(拙ブログ10/2/3)や今年でかけたプラドでみたベリーニの輝く色彩に心が大きく揺すぶられ、この画家の作品をみるのがますます楽しみになっている。

カルパッチオ(1460~1526)の‘2人の貴婦人’を所蔵するコッレール博はサン・マルコ広場に面した建物の中にあるから、気分的には楽。広場には馴染んでいるのにこの博物館はこれまで縁がなかった。メッシーナやベリーニの作品もあるようなので、じっくりみたい。

ヴェネツィアでみれるティツィアーノ(1485~1576)の絵は意外に少ない。アカデミア美がほぼ済みになったので、次はサン・ザッカリア聖堂の近くにあるサン・サルヴァトーレ聖堂。ここにあるのは画家が晩年に描いた‘受胎告知’。大きな絵だから感激するかもしれない。

ティントレット(1519~1594)の‘最後の晩餐’は画集には必ず載っている代表作のひとつ。長いこと気になっている絵ではあるが、この絵はドゥカーレ宮殿の前方にみられるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の聖堂に飾られている。水上バスに乗ると10分くらいで着く感じなので、次回はいの一番に行こうと思う。

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2011.05.17

いつか行きたい美術館! パルマ大聖堂

2684_2     コレッジのパルマ大聖堂天井画‘聖母被昇天’(1526~30年)

2685_2       コレッジョの‘聖母と幼い洗礼者ヨハネ’(1516年)

2686_2             コレッジョの‘ガニュメデスの誘拐’(1530年)

イタリアは国全体が大きな美術館みたいなものだから、美術めぐりの旅をいろいろ計画するのはとても楽しい。昨年2回でかけたのですこし間があくが、次のそしてその次の行き先へと夢はふくらむ。

パドヴァのスクロベーニ礼拝堂(拙ブログ10/10/11)でジョットのフレスコ画、マントヴァのドゥカー宮殿でマンテーニャの絵(10/10/12)をみたら、どうしても同時に目に焼きつけたい作品がある。それはパルマ大聖堂の天井にコレッジョが描いた‘聖母被昇天’。今これが頭の中にある‘イタリア夢の3点セット’。

コレッジョ(1489~1534)はフィレンツェから北へ100km、人口2万人の小さな町コレッジョで貧しい織物商人の家に生まれた。マンテーニャのもとで修行したあと、ダ・ヴィンチやラファエロなど先人たちの技術を貪欲に吸収する。1月プラドでみた‘聖母と幼い洗礼者ヨハネ’は洞窟の場面といい、髪の毛の描き方といいダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’を彷彿とさせる。

その高い画力が世に知られるようになり、コレッジョは37歳のときパルマの大聖堂からクーポラの天井画を依頼される。4年の歳月をかけて描いた‘聖母被昇天’は図版でみるとローマのサンティニャーツィオ聖堂やジェズ聖堂の天井画と同じように仰視遠近法を用いて描かれたイリュージョン画。コレッジョはバロック絵画を先取りしていた!

これはどうしても現地でみたくなる。そのときは天井に神話が描かれたサン・パオロ女子修道院やパルマ国立美にも足を運び、コレッジョ尽くしといきたい。それが達成できれば03年訪問したウィーン美術史美で貸し出しかなにかでみれなかった‘ガニュメデスの誘惑’のリカバリーにひとがんばり。運がよければ今のところ5割くらいのコレッジョがすごく近くなる。

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2011.05.16

お馴染みになった‘芸大コレクション展’(後期)!

2680_2     国宝‘絵因果経’(天平時代 8世紀前半)

2681_2        尾形乾山の‘銹絵染付山水図鉢’(江戸時代 18世紀)

2683_2                  高橋由一の‘鮭’(1877)

2682_2          黒田清輝の‘婦人像(厨房)’(1892年)

春と秋に開催される芸大コレクション展(後期5/10~5/29)がいつごろからはじまったのか定かではない。もう何年も前からあるのか、or5年くらい前?意識して楽しむようになったのは4、5年前からのような気がするが。

いつも書いているように美術館へ出かけるのは追っかけ作品をみるため。年初に更新している‘追っかけ作品リスト’のなかで東芸大美蔵は雪村の花鳥画2点。展示されるのを首を長くして待っているのだがなかなか出てこない。今回公開されているコレクションには入ってなかったので、秋に期待したい。

とりあげた4点は皆通期の展示だから前期も楽しんだ(拙ブログ4/10)。国宝の‘絵因果経’はほかの美術館の展覧会でみたことはなくここで鑑賞している。いつも通り鮮やかな赤と橙色の衣裳に釘付けになった。‘絵因果経’にはもうひとつ国宝に指定されているものが醍醐寺にあるが、こちらのほうは相性が悪い。

尾形乾山(1663~1743)の大ぶりな鉢をみるのは4年ぶり。重厚な感じのする山水画に惹きこまれる。銹絵ではこれが最も見ごたえがあるかもしれない。後期のみ展示される田口善国の‘ピアノとルリ鳥蒔絵盃’にも足がとまった。

昔の流行歌とか歌謡曲を聴くとそれを楽しんだ頃のことが一緒にくっついてくるのでとてもノスタルチックな気分になる。絵ではこういうことはあまりないが、一部の洋画をみるとそれが起こる。その絵が今展示されている。高橋由一(1828~94)の‘鮭’と黒田清輝(1866~1924)の‘婦人像(厨房)’。

中学か高校のころ人生における西洋絵画との付き合いがはじまるが、レンブラントの‘夜警’とかフェルメールの‘牛乳を注ぐ召使い’といった有名な絵にまじってこの2つの絵もしっかり心の中に刻まれる。‘鮭’のリアルな描写は図版で驚いて、のちに美術館で対面してまた目が点になる。まるで本物の鮭がつるされているよう。その感じは何度みても同じ。

‘婦人像’のモデルは‘読書’に描かれた女性と同じ。でも、2人は別人のようにみえる。この絵を本ではじめてみたとき、西洋画そのものだった。日本人でもこんな西洋画が描けるのかと感心した。今でもこれをみるたびに、黒田清輝にしろ藤島武二にしろ日本人の絵を描く能力というのはたいしたものだなと思う。

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2011.05.15

二度目の‘香り展’(後期)!

2677_2            宮川長春の‘遊女聞香図’(江戸時代 18世紀)

2676_2          鈴木春信の‘夜の梅’(江戸時代 18世紀) 

2678_2            円山応挙の‘楚蓮香図’(1794年)

2679_2            小茂田青樹の‘緑雨’(1926年)

満足度の高かった‘香り展’(拙ブログ4/9)の後期(5/10~5/29)がはじまったのでまた東芸大美へ足を運んだ。前回100円引きになるチラシを提示するのを忘れたから、館に近づくとバッグから出しておいた。

後期展示の28点を1点々チェックして進むだけだから、あまり時間はかからない。関心の大半は絵画にあり、お目当ての作品の前に長くいた。宮川長春(1682~1752)の肉筆浮世絵‘遊女聞香図は’これまで数回東博の平常展でみたが、およそ2年サイクルででてくる。前回は09年の1月。遊女の体からでて空に立ちのぼる煙香が漫画の吹きだしのように描かれているのがおもしろい。

黒地に梅の花が鮮やかに浮き上がる鈴木春信(1725~70)の‘夜の梅’にとても惹かれている。男は気がはやるが、若い娘はまだ梅をみていたそう。この絵は2年前から毎年この時期平常展に登場したが、この度はお隣さんからお呼びがかかった。

日本画や浮世絵を鑑賞していると古代中国や日本の歴史上の人物とか文学に登場する人物の名前を覚える。楚蓮香や羅浮仙も絵でその存在を知った。楚蓮香は唐時代の絶世の美女、体から発散されるフェロモンの香りに誘われて蜂や蝶が集まってくるというのだから、その美力は神がかり的。円山応挙(1733~95)の描いた楚蓮香には蝶が3匹寄ってきている。

川越市出身の小茂田青樹(1891~1933)は関心を寄せている画家。この‘緑雨’(五島美)を画集で知ったのは15年くらい前だが、なかなか縁が無かった。昨年、五島美で改築前に行われた名品全部見せます展を期待していたが姿をみせず、ようやくの対面となった。雨が降りしきる中、大きな緑の芭蕉の葉を傘がわりに雨宿りしている青ガエルをじっとみていた。

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2011.05.14

写楽の大首絵と歌麿の極上美人画が夢の共演!

2673_2      ‘婦人相学十躰 ポペンを吹く娘’(ホノルル美)

2674_2          ‘難波屋おきた’(ホノルル美)

2672_3            ‘高島おひさ’(ギメ美)

2675_2           ‘歌撰恋之部 物思恋’(ギメ美)

‘写楽展’のサプライズは写楽の大首絵28枚のすごいラインナップのほかにもうひとつある。それはまったく予想外だった歌麿の美人画。会期中に10点でてくるが、この中に追っかけ画がなんと5点も姿を現してくれた。事前の情報がまったくなかったから、‘写楽を生み出した蔦屋重三郎’のコーナーでは夢の御殿にいるような気分だった。

その嬉しい5点とはホノルル美が所蔵する歌麿の絵というとすぐ思い浮かべる‘ポペンを吹く娘’と‘難波屋おきた’、そしてパリのギメからやってきた‘高島おひさ’と‘歌撰恋之部シリーズ’の‘物思恋’、‘深く忍恋’。これらは手元にある歌麿本、浮世絵ギャラリー‘歌麿の美人’(小林忠著 小学館 06年)、週間‘日本の美をめぐる 歌麿’(小学館 02年)に載っており、いつかこの目でと思い続けてきた。

絵自体は東博とか海外の美術館の里帰りでこれまでみているので一応済みのマーキングをしている。でも、仮りのマーク。ほかの日本画や西洋絵画ではこういうマークのつけ方はしないのだが、浮世絵の場合は美術館や個人が所蔵するベストの摺りを見ることを到達点にしている。ホノルル美とギメにあるこの5点はカッコつきで最もいいもの。

カッコつきとしているのはボストン美のスポルディングコレクションが頭にあるから。4年前NHKスペシャルで紹介されたこのコレクションのなかに5点が全部含まれているかわからないが、美術雑誌に載った‘物思恋’を見る限り、ギメのものより摺りの状態はさらにいい。上には上がまだあった。

でも、スポルディングコレクションは永遠に公開されないため、ほんの一部の専門家は別として普通の浮世絵好きには縁がない。だから、今回お目当ての絵がみれたので大満足。いずれも美しい顔をとらえるのびのびとした線や精緻に描かれた黒髪、着物の模様は目を見張らされるものがあり、うっとりしながら眺めていた。

東博は北斎、写楽と世界中の浮世絵ファンを唸らせるすばらしい回顧展を開催してくれた。となると、次は歌麿を期待したくなる。今からそこで最後の追っかけ画‘月見の座敷図’(フリーア美)と‘吉原の花’(ワーズワース・アテネウム)に会うことを勝手に妄想している。

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2011.05.13

‘写楽展’のビッグなオマケ! 歌川豊国

2669_2           歌川豊国の‘役者舞台之姿絵 とらや’(大英博)

2670_2          歌川豊国の‘役者舞台之姿絵 かうらいや’(東博)

2668_2     東洲斎写楽の‘楠正成が女房(左)&相模次郎(右)’(ベルギー王立美)

2671_2   東洲斎写楽の‘大童山文五郎の土俵入り’(中右コレクション)

‘写楽展’に公開されている作品287点のうち写楽作品はおよそ170点。この中には絵としては同じものだが、摺りの状態の違うものがあるから絵自体の数としては140点ほど。

寛政6年(1794年)5月に28枚の革新的な役者大首絵でデビューした写楽が浮世絵界から姿を消すまでの10ヶ月の間に制作した役者絵は145点。今回東博の優秀な学芸員がおおいに汗を流してくれたお陰で、皆写楽通になれる。

心を奪われるのは写楽の絵だけではない。もう2人の絵師についてもすばらしい絵が目を楽しませてくれる。それは歌川豊国と喜多川歌麿。豊国の絵は28点ある。北斎や春信などビッグな浮世絵師の回顧展をいくつも体験したが、まだ残っているのが豊国と歌麿。歌麿については、まとまった回顧展には遭遇しないが海外の美術館の里帰り展などで追っかけ画を含め名品に会う機会があるので、達成感はそこそこのところまできている。

これに対し、豊国は期待値の3割くらい。だから、今回のようにドドっとでてくると夢中になってしまう。一番の収穫は大首絵で写楽に奪われた人気を奪い返した‘役者舞台之姿絵シリーズ’が18点もみれたこと。そのなかでお気に入りは‘とらや’(大英博)と‘かうらいや’(東博)。‘とらや’は日本にあるものはみたが、この大英博のものは摺りの状態がとてもいいので、思わず足がとまった。カッコいい姿に胸がスカッとする。当時の江戸の人々も同じように惹きこまれたにちがいない。

写楽のデビュー作以降の作品でグッとくるのは少なく、好みはやはり豊国のほう。ベルギーからやってきた2点は太田記念美の展覧会にも登場した。これはともに世界に1点しかない。写楽が最後のころに描いた相撲絵は95年あった回顧展ではじめてみていっぺんに好きになった。この大童山をみるたびに元横綱の若乃花のお兄ちゃんを思い出す。

写楽のもうひとりのライバルである勝川春英は‘男山御江戸盤石’の三立目の暫に登場する2人を画面いっぱいに描いたもの(平木浮世絵美)と‘大童山の豆まき’(相撲博物館)が印象深い。

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2011.05.12

世界中からベストの役者大首絵を揃えた‘写楽展’に大感激!

2665_3           ‘三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛’(メトロポリタン美)
  
2664_2           ‘谷村虎蔵の鷲塚八平次’(ベルギー王立美)

2667_2           ‘二代目坂東三津五郎の石井源蔵’(ギメ美)

2666_2           ‘三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房’(個人)

一ヶ月遅れではじまった‘写楽展’(東博 5/1~6/12)を楽しんだ。予想以上にすごい作品が世界中から集まっていたので、もう大感激。この余韻は半年くらい持続しそう。地震の余震は嫌だが、こちらの余韻はいくら続いてもいい。

作品は全部で287点。このうち前期(5/1~5/22)、後期(5/24~6/12)あるいは変則期間に展示されるのが49点、残りの238点は会期中出ずっぱり。でも40日の公開だから、急がないとすぐ終わってしまう。こういう超一級の回顧展は滅多に体験できないので後期も勿論出動する。

16年前みた‘大写楽展’(東武美、今はない)のときもパリのギメ美や大英博物館など浮世絵コレクションで知られた美術館が所蔵する一級の大首絵が公開されたが、今回の作品はこのレベルをさらに上回るすばらしいものが揃っている。写楽のデビュー作となった28枚の今、知られているベストのものを世界中から集めている感じ。これは本当にすごいこと!こんなことはこれから先30年くらいないかもしれない。

このオールスター28枚の所蔵先をみてみると、ギメ7点、ベルギー王立美4点、個人4点、マーン・コレクション2点、大英博2点、メトロポリタン美、ベルリン国立アジア美、リー&ジュディ・ダークス・コレクション、ホノルル美、アムステルダム国立美、デイヴィド・ワインバーグ・コレクション、太田記念美各1点。

今回とても印象深いのが同じ絵を摺りの状態の違う作品を2,3点並べてみせてくれたこと。その中に個人が所蔵しているすばらしいのが2点あった。‘田辺文蔵女房おしづ’と‘二代目嵐龍蔵の金かし石部の金吉’。こんな摺りのいい写楽の大首絵はもう二度とみることはないだろうと思いながら夢中になってみた。

‘田辺文蔵女房おしづ’は鉢巻と着物のしだの紫が退色せずよく残り、背景の黒雲母の状態もすごいいい。そして‘金かし石部の金吉’は体が震えるくらい色が鮮やか。完璧な黒雲母に黒光りする髪、黒襟で引き締まった格子縞入り黄橙々色の着物が浮き上がっている。

大谷鬼次の‘奴江戸兵衛’はメトロポリタンが所蔵する最もいいものだが、これは95年名古屋市博であった‘メトロポリタン美浮世絵名品展’のとき以来の鑑賞。当時着物の鮮やかな朱や緑にびっくりしたのを今でも鮮明に覚えているが、また会えたのだからこれほど嬉しいことはない。東博蔵(拙ブログ06/11/17)もいい摺りの部類にはいるが、これには敵わない。

ベルギー王立美の‘鷲塚八平次’はそのアクの強い顔が強烈に印象づけられる。これは3年前太田記念美であった展覧会に登場したから、まだ記憶に新しい。大英博や東博のものと比べてみると、これは紫が残っておりやはり一番惹かれる。

インパクトの強い奴江戸兵衛や鷲塚八平次に対し、なんとも頼りないのが‘石井源蔵’(ギメ美)や無精ひげの‘初代尾上松助の松下造酒之進’(大英博)。写楽の個性豊かな役者絵をこんな摺りのいいもので楽しめるのだから、幸せな気持ちになる。東博に拍手々!

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2011.05.11

いつか行きたい美術館! ノルトライン=ヴェストファーレン美

2663_2          クレーの‘へそ・中心の教え’(1939年)

2661_2     カンディンスキーの‘コンポジションⅩ’(1939年)

2660_2     ポロックの‘ナンバー32、1950’

2662_2     ブラックの‘アトリエⅡ’(1949年)

デュッセルドルフはケルンからエッセンに行く途中にあるライン川沿いの街。ここにノルトライン=ヴェストファーレン美があり、そのクレーコレクションは画家の生国スイスに次ぐ質量を誇っていることを06年川村記念館で開催されたクレー展(拙ブログ06/7/4)で知った。

このクレー(1879~1940)作品は2年前にも今度はBunkamuraにピカソやシャガールの絵などと一緒にやってきた。でも出品された27点は川村でみた44点と半分くらいがダブっており、プラスαにもぐっとくるのがなかったので刺激はあまりなかった。

現在ここにあるクレーの作品はおよそ100点。そのなかの目玉は美術本に載っている‘へそ・中心の教え’ではないかと思う。これを展示してくれたらいっぺんにKOされただろうが、こういう自慢の作品は海外には絶対貸し出さない。真ん中にいる赤や黄色の大きな丸や四角の色面で表現された人物は女性のようにみえる。これを現地ではいの一番にみたい。

クレーの絵同様に惹かれているのがカンディンスキー(1866~1944)の‘コンポジションⅩ’。この画家の抽象画でとくに魅了されているのは画業後半に描かれたもの。このスッキリしたフォルムと明るい色彩がおりなす象徴的でファンタジックな世界の前では心がわけもなく躍る。

ポロック(1912~56)の絵というとヨーロッパではパリのポンピドーとかロンドンのテートモダンのような美術館にしかないと思っていたが、ここにも引き込まれる作品があった。1950年に制作された‘ナンバー32’。これは縦2.7m、横4.6mの大作だから半端じゃなく圧倒されるにちがいない。

09年のBunkamuraで公開されたこの美術館の作品で大感激だったのがピカソとベックマンの絵(09/2/27)。はかにも日本で2回みたマティスの‘赤い室内、青いテーブルの上の静物’(08/6/22)やブラック(1882~1963)の‘アトリエⅡ’などがある。ケルンのルートヴィヒ美のようにここの近現代アートも相当レベルが高そう。

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2011.05.10

いつか行きたい美術館! エッセン フォルクヴァング美

2658_2     ゴッホの‘ローヌ川の小船’(1888年)

2656_2         ゴーギャンの‘扇をもつ娘’(1902年)

2657_2         シャガールの‘マルスの練兵場’(1954~55年)         

2659_2     フリードリヒの‘虹のある山岳風景’(1810年)

ドイツはスイスに住んでいたときミュンヘンやハノーヴァー、ロマンティック街道、ライン川沿いなどをクルマでまわったので、街や農村の風景やそこに住んでいる人々の気質は知っている。でも、随分時が流れたから記憶も薄くなっている。そのためまだ行ったことのないところは情報がなく多少不安な面も。

エッセンは地図を見るとケルンの北100kmくらいのところにある。この街のフォルクヴァング美の名前はかなり前からインプットされている。ゴッホやゴーギャンがお好きな方ならたぶん知っておられるのではなかろうか。手元にある情報ではともに3点ずつ所蔵している。なんとも豪華なコレクション!

ゴッホ(1853~1890)で最もみたいのは‘ローヌ川の小船’。日本でこの美術館の名品展が開催され、この絵が目玉としてやってこないかと少しだけ考えるが、これは逆立ちしても無理。これがおそらく館の一番有名な絵だから、まず貸し出されない。

ゴーギャン(1848~1903)の‘野蛮な物語’は09年東近美であった回顧展で目を楽しませてくれ、昨年テートモダンでも再会したが、ここにはもう2点いい絵がある。‘扇をもつ娘’と‘海辺の旗手たち’。娘の内面がよくでている肖像画にとても惹かれている。

美術館のミニ解説を読むと印象派のほかに近代絵画や表現主義の作品を所蔵しているようだが、情報はほんの数点。シャガール(1887~1985)の‘マルスの練兵場’は以前から画面いっぱいの青に深く印象づけられている。本物の前ではこの青に圧倒されそう。

ロマン主義画家のフリードリヒ(1774~1840)の絵を見た回数は本当に少なく片手くらい。その静かで崇高な雰囲気が漂う風景画を一度まとまった形でみたいが、そのチャンスはなかなかこない。ドイツの美術館だから、フリードリヒの絵が‘虹のある山岳風景’の1点ということはないだろう。期待したい。

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2011.05.09

いつか行きたい美術館! ケルン ルートヴィヒ美

2652_2     シャガールの‘安息日’(1910年)

2653_2          ゴンチャローワの‘ラリオーノフの肖像’(1913年)

2654_2         クレーの‘本道と脇道’(1929年)

2655_2     リキテンシュタインの‘絶望して’(1963年)

ヨーロッパにおける美術めぐりで最も縁が薄い国がドイツ。これまでミュンヘンのアルテ・ピナコテークとベルリンのペルガモン博の2つしか行ったことがない。それでも、国内ではドイツの美術館の名品展がなんだかんだいっても結構開かれるから、美術館の名前はそこそこインプットされている。

昨年は横浜そごうでケルンのルートヴィヒ美展が開かれ(拙ブログ10/4/30)、秋には三菱一号館美にミュンヘンのレンバッハコレクションのいい絵がやってきた。今年は
現在Bunkamuraでフランクフルトにあるシュテーデル美のフェルメール1点豪華主義展をやっている。

この3つのなかでは満足度の高かったのはカンディンスキーとマルクの有名な絵が揃ったレンバッハコレクション展。残りの二つは期待値の半分だった。手元にある美術本にはもっともっといい絵が載っている。美術館にとってランキング上位の作品は貸し出さないことはわかっているが、やはり消化不良の感が残る。だから、ルートヴィヒとシュテーデルは機会があれば訪問しようと思っている。

オランダに近いケルンの思い出は何といっても壮大な大聖堂。このゴシック建築の傑作の高さはなんと157m。下からみあげると首が痛くなるくらい高い!当時は聖堂訪問やライン下りというごく普通の観光客の楽しみ方だったから、この街に質の高い近現代絵画を集めたルートヴィヒコレクションがあることは知る由もない。

ここのコレクションはヴァラエティに富んでいる。横浜そごうにも興味を覚える絵はあったが、惹かれる絵というと画家本に載っているもの。シャガール(1887~1985)とクレー(1879~1940)の絵がランキングの最上位だろう。クレーの横断歩道が重ね合わさったような造形をいつかこの目で思い続けている。

ロシア・アヴァンギャルドのナターリャ・ゴンチャローワ(1881~1962)が描いた夫の肖像画は跳んでる感覚の表現がおもしろい。また、ポップアートのリキテンシュタイン
(1923~1997)の‘絶望して’もなかなか魅力的。この美術館ではサプライズがいっぱいあるような気がする。

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2011.05.08

いつか行きたい美術館! ボイマンス=ファン・ベーニンヘン美

2648_2           ボスの‘カナの婚宴’(1475~1480年)

2649_2    ダリの‘眠り’(1937年)

2650_2       ダリの‘スペイン’(1938年)

2651_2       ゴッホの‘アルマン・ルーランの肖像’(1888年)

オランダにある美術館でこれまで体験したのはアムステルダム国立美、市立美、ゴッホ美、そしてハーグにあるマウリッツハイス美の4館。いずれも1回ないし2回の訪問だから、ルーヴル、ロンドンナショナルギャラリー、プラドのように済みマークはついてなく、お目にかかりたい作品はまだ残っている。

とはいっても、気持ちの入り方からすればまだ訪問してない美術館のほうが断然強い。今頭の中にあるのはオッテルローのクレラー=ミュラー美とロッテルダムのボイマンス=ファン・ベーニンヘン美。クレラー=ミュラーの場合、美術館見学が行程に入っているツアーがあるので安心気分。

一方、ベーニンヘンは一工夫が必要。アムスからロッテルダムまでは列車で1時間半くらいで着く感じなので、アムスで半日の自由時間ができるとまあなんとかなる。この美術館へ駆り立てられる一番の理由はぞっこん惚れているボスとダリの絵があるから。この2人は生涯を通してその作品を一点でも多くみようと思っている画家。だから、画集に載っているこの美術館所蔵の絵が目に焼きついている。

ボス(1450~1516)は5点、うらやましい限りのコレクションでプラドに次ぐ多さを誇る。是非みたいのが‘カナの婚宴’と円形画‘放浪の旅人(放蕩息子)’。ダリ(1904~1989)もこれまた多く、TASCHEN本には7点載っている。そのなかで関心の高いのが顔が松葉杖で支えられている‘眠り’と割りと簡単にダブルイメージが読み解ける‘スペイン’。

もう1点とても惹かれる絵がある、ゴッホ(1853~1890)の‘アルマン・ルーランの肖像’。この絵を知ったのはつい2ヶ月前。TASCHENから出版された‘ゴッホ全油彩画’(10年 日本語版)に載っていた。頁を開いた瞬間、視線が釘付けになった。早くこの絵の前に立ちたい。

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2011.05.06

いつか行きたい美術館! ジュネーブ 美術歴博・プティパレ美

2647_2     ホドラーの‘ジュネーブとモンブラン’(1918年)

2646_2     ホドラーの‘長槍の一撃’(1917年)

2644_2     キスリングの‘ジャン・コクトー’(1916年)

2645_3     キスリングの‘キキの半身像’(1927年)

国際都市ジュネーブの思い出というとやはり美しいレマン湖。そして食べ物では美味しいチョコレート(拙ブログ05/2/4)と熱々のチーズフォンデュ。パリやフィレンツェヘ出かけたときはルーブルやウフィツィをしっかり訪問したのに、ホームのジュネーブでは‘花より団子’に終始。だから、美術館はどこへも足を運んでない。

それが今では街のどこにあるかも確認できてないプティ・パレ美に行ってみようというのだから、人生どう変わるかわからない。ジュネーブを再訪したら、もうひとつ美術歴史博物館にも寄ろうと思っている。ここの期待はホドラー(1853~1918)の絵。オルセーであった回顧展(08年)で5点ほどみたが、図録には展示されなかったものが5点載っている。

画像はそのなかのとても惹かれる2点。レマン湖岸の一等地からはヨーロッパ一高い
モンブラン(4810m)の雄姿が眺められる。ただし、運よくみえるのは年に10日もない。たまたま日本から観光旅行でやってきてモンブランをおがめられたら、よほど日頃の行いがいい人。

欧州の古い歴史の中でスイス軍団の強さは長く語り継がれてきた。その武器が名槍。これで攻め込んでくる相手を撃破する。ホドラーの絵はその様子を生き生きと伝えている。スイス軍団はその強さと忠誠ぶりから各国の王家から引っ張りだこだった。1506年にはヴァティカン法王庁がスイス傭兵をヴァティカンの衛兵として採用した。その軍服のデザインを考えたのがミケランジェロ。今もスイス人による近衛兵は続いている。

07年横浜そごうで開催された‘キスリング展’(07/7/27)にどさっと展示されたのがプティ・パレの有名なキスリング(1891~1953)のコレクション。びっくりするほどの数があったが、やってこなかったのがジャン・コクトーを描いたものとキキの半身像。この2点とカイユボットの‘ヨーロッパ橋’(10/9/14)のところへ真っ先に進むつもり。

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2011.05.05

いつか行きたい美術館! セガンティーニ美・ゾロトゥルン美

2641_2     セガンティーニの‘死’(1896~98年)

2640_2     セガンティーニの‘アルプスの真昼’(1891年)

2642_2          マティスの‘ローレットの顔とコーヒーカップ’(1917年)

2643_2                 クリムトの‘金魚’(1901~02年)

新宿の損保ジャパン美で4月下旬から開催されることになっていた‘セガンティーニ展’は東日本大震災の影響で中止になってしまった。スイスのサンモリッツにあるセガンティーニ美蔵の作品を公開するというのはビッグニュースだったのに、プーシキン美展同様、夢の展覧会に。復活はあるだろうか?

展覧会の目玉だったのが06年Bunkamuraであった‘スイススピリッツ展’にも出品された‘アルプスの真昼’(拙ブログ06/3/4)。澄み切った明るい空が印象的なこの傑作との再会を楽しみにしていたが、サンモリッツの渓谷からお出ましいただけなかった。

ジュネーブに住んでいたときスイスの東南部に位置するサンモリッツへは一度クルマで行ったが、当時はセガンティーニ(1858~98)を知らなかったから、ここにこの画家の作品を展示する美術館があることに気づきようがない。画家の代表作である三部作‘生ー自然ー死’は日本に帰ってから見たTVの美術番組で知った。

以来、この三部作を鑑賞するという夢をずっともち続けている。セガンティーニの画風は印象派みたいなものだから、ゴッホやモネ、ルノワールらと同じく見たい度はとても大きい。‘生ー自然ー死’の前に立ったらさぞかし感激するだろう。さて、どうやって美術館へ行くか。チューリッヒから列車でいくと乗り継いだりして4時間半くらいかかりそう。これだと日帰りができるかもしれない。

ベルンから北へそう遠くないところにクリムト(1862~1918)の‘金魚’を所蔵するゾロトゥルン美がある。3年前‘もっとみたいクリムト’でこの絵をとりあげたが、この頃はスイス美術館めぐりを構想してなかったからここは縁がないだろうと思っていた。

でも、今はこの心をザワザワさせる‘金魚’を見るぞ!という気になっている。所蔵品の情報はほとんどないが、マテイス(1869~1954)の画集に仰向けになっている女性を上から画面いっぱいに描いた絵が載っていた。これもよさそう。

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2011.05.04

いつか行きたい美術館! ベルン美

2639_2     ホドラーの‘選ばれし者’(1893~94年)

2637_2          セザンヌの‘帽子を被った自画像’(1879~82年)

2636_2             モディリアーニの‘裸婦立像’(1918年)

2638_2     カンディンスキーの‘赤の中の小さな夢’(1925年)

海外旅行の計画は旅行会社から送られてくるコースプランの情報をベースに3年のスパンでつくっている。今は主たる目的は名所観光から美術館めぐりにシフトしているので、お目当ての美術館が沢山はいるコースがあるかどうかを入念にチェックする。

その際、決め手となるのは自由に動ける時間と連泊の日数。連泊の状況をみているのは、連泊だとホテルの場所がわかっているので行程に入っている名所観光をパスしやすく、その時間を美術館めぐりにあてられるから。例えば、パリで一日まるまるフリーになれば4,5館訪問できる。

こうしたツアーで行く都市にある美術館はこの作戦で願いを達成できるが、ジュネーブくらいしかコースにはいってないスイスのような場合は、別途旅行会社と相談して計画を立てることになる。このスイスシリーズを書きながら、4,5日滞在するのはジュネーブよりチューリッヒのほうがいろいろと都合がいいことがわかってきた。

ベルン美はチューリッヒから1時間40分くらいで着く。この美術館の看板は長いことクレーとホドラーのコレクションだったが、クレーの作品は新たにつくられたパウル・クレー・センター(05年6月開館)にごっそり移った。そのクレー・センターの所蔵する作品が今月の末から開催される‘クレー展’(5/31~7/31 東近美)で公開される。楽しみ々!

ベルン美のお目当てはスイス人画家、ホドラー(1853~1918)の代表作‘選ばれし者’(拙ブログ05/1/28)。3年前、オルセーであった回顧展(08/2/22)には展示されなかったので、現地で夢を叶えたい。そして、プラスαにも期待大。セザンヌ(1839~1906)の自画像は画集ではもう随分前から馴染みの絵。

昔購入した‘ラミューズ・世界の美術館’によると、ここにはモディリアーニ(1884~
1920)が3点もある。そのなかで惹かれるのが療養のため訪問した南仏で描かれた少女の裸婦像。

バーゼル美同様、カンディンスキー(1866~1944)もしっかり揃っている。情報は‘赤の中の小さな夢’と‘追憶’の2点だが、もっとありそうな気がする。また、重点鑑賞画家のアンリ・ルソーの‘虎狩り’も気になる絵。

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2011.05.03

いつか行きたい美術館! バーゼル美(2)

2632_2     ゴッホの‘ドービニーの庭’(1890年)

2635_2       ゴーギャンの‘いつ結婚するの’(1892年)

2634_2     マティスの‘牡蠣のある静物’(1940年)

2633_2     カンディンスキーの‘矢印’(1943年)

本日は一度とりあげたことのあるバーゼル美(拙ブログ09/4/13)。ここは質の高い
20世紀絵画の宝庫としてつとに有名なので、前回セレクトしたもののほかにも見たい絵はある。

ここにあるゴッホ(1853~1890)の絵ですぐ思いつくのは亡くなる直前に描かれた‘ドービニーの庭’。よく知られているようにこの絵と似た作品がひろしま美にある。先に描かれたバーゼル蔵には猫が描かれているが、ひろしま美のものはこれが塗りつぶされている。ゴッホは2作目を仕上げたときも猫を描いており、後に誰かが勝手に消した、一体なぜ?絵の前に立ったら、この猫ばかりみているかもしれない。

昨年11月、幸運なことにロンドンのテート・モダンで大きなゴーギャン展を体験したから、ますますゴーギャン(1848~1903)に欲が出てきた。次の狙いはあの絵、その次はこの絵という感じで心はとても張り切っている。絵画鑑賞には張り切ってみる気持ちが大事なんだと、いつも言い聞かせている。体重を1㎏減らしたら、もう1㎏がんばろうというのとちょっと似ている。

ここにはいい絵が2点もある。‘市場(タ・マテテ)’(09/7/12)とTASCHEN本の表紙に使われている‘いつ結婚するの’。じつは回顧展でこの2点が展示されてことを期待していたが、ダメだった。タヒチの女の絵では画面いっぱいに一人か二人がドーンと描かれたものに惹きつけられる。だから、‘いつ結婚するの’にKOされたい。

印象派以外にも画集に載っているものが沢山ある。アンリ・ルソーの‘豹に襲われる黒人’と‘詩人に霊感を与えるミューズ’、クレーの‘ゼネツィア’(09/1/18)、マティス
(1869~1954)の‘牡蠣のある静物’と‘マニラのショール’、シャガールの‘牛売り’と‘黒い手袋のフィアンセ’、カンディンスキー(1866~1944)の‘矢印’、、

南ドイツのアウクスブルクに1497年頃生まれたハンス・ホルバインは主にバーゼルとロンドンで活躍した画家。この美術館にホルバインの作品が何点あるかわからないが、画集にはホルバインの妻と子どもを描いた絵が載っている。ホルバインは今関心を寄せている画家で、1月マドリードのティッセン=ボルネミッサで小さな肖像画‘ヘンリー8世’をみた。この家族の肖像も是非みてみたい。

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2011.05.02

いつか行きたい美術館! オスカー・ラインハルト・コレクション

2628_2     ゴッホの‘アルルの病院の中庭’(1889年)

2629_2     ゴッホの‘アルルの病院の共同寝室’(1889年)

2630_2       ロートレックの‘ムーランルージュの女道化師’(1895年)

2631_2     セザンヌの‘シャトー・ノワールの眺め’(1894~96年)

本棚からスイスへ行くときに買った古びたトラベルガイドをとりだしチューリッヒの位置とその周辺地域を確認している。チューリッヒを北上しドイツとの国境にむかっていくと途中にラインフォールがある。このライン川が滝になったところへは確かにでかけ、写真も撮っているのだが、このあとミュンヘンへ向かったのか、ほかのスイスの町をまわったのかよく覚えてない。

有名な2つの美術館が最大のみものとなっているヴィンタートゥールはチューリッヒの北東25キロ、列車で行くと20分くらいのところにある。チューリッヒからはツアーがでているという。ガイドによるとオスカー・ラインハルト・コレクションは郊外の小高い丘に、昨年世田谷美で作品が公開されたヴィンタートゥール美は市の中心部にあるらしい。

オスカー・ラインハルト・コレクションには見たい度のとても大きな絵が2点ある。ゴッホ(1853~1890)の‘アルルの病院の中庭’とロートレック(1864~1901)の‘ムーランルージュの女道化師’。ゴッホは1888年12月に‘耳切り事件’をおこしたあとサンレミの精神病院に入るが、ここで描かれた絵のなかの2点をこのコレクションが所蔵している。

‘共同生活’のほうは画面全体から精神病院をイメージさせる重い空気が伝わってくるのに対し、‘中庭’は鮮やかな色使いといい奥行きのある構図といい傑作のかおりがする。ゴッホ好きなので追っかけ画全リストの上位にこれを載せている。

また、ロートレックの描いた女道化師も魅力いっぱい。今ロートレックで心をとらえて離さないのはこの絵とワシントンナショナルギャラリーにある‘シルペリックのボレロを踊るマルセル・ランデール’、そしてアルビのロートレック美蔵の‘ムーラン街のサロンにて’。アルビは縁がないかもしれないが、あとの2点はなんとかしたい。

チューリヒにある美術館はセザンヌ(1839~1906)の宝庫。いい肖像画、風景画、静物画がいろいろ揃っている。ラインハルト・コレクションにも‘シャトー・ノワールの眺め’がある。この美術館では大きな満足が得られそうな予感がする。

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2011.05.01

いつか行きたい美術館! チューリッヒ ビュルレ・コレクション

2624_2            セザンヌの‘赤いチョッキの少年’(1890~95年)

2627_2          セザンヌの‘パレットをもつ自画像’(1885~87年)

2625_2     ゴッホの‘沈む太陽と種まく人’(1888年)

2626_2     ゴッホの‘2人の農婦’(1890年)

ある時期までチューリッヒ美とビュルレ・コレクションが一緒くたになっていて、チューリッヒは印象派作品と会える一大拠点というイメージができあがった。昨年、世田谷美であった展覧会でチューリッヒの北東25キロにあるヴィンタートゥール美のことを知った。ここにはもうひとつオスカー・ラインハルト・コレクションもある。

チューリッヒとその周辺に高い質を誇る印象派コレクションがなんと4つも集結していた!今になるとジュネーブに住んでいたころ絵に対する関心が普通以上にあったらと思うが、仕事以外の趣味の世界というのはあれもこれも手がだせないから、こういう長くのびた心のタイムラグを感じるのも自然なことかもしれない。

各コレクションにおける名画の一端がわかってきだしたので、いつかまとめて一気に見るぞ!という気分になりつつある。ビュルレ・コレクションで最もみたいのはなんといってもセザンヌ(1839~1906)の‘赤いチョッキの少年’。右手が異常に長いこの少年の絵は印象派に開眼したとき目にして以来ずっと気になっている。

でも、これが展示されているところはオルセーやメトロポリタンのような気軽に旅行できる都市ではなく、通常のツアーでは行かないチューリッヒ。だから、一生縁がないかも、とつい思いがち。が、旅行先の優先順位はだいぶ上がってきているので、この絵との対面もだんだん現実味を帯びてきている。

セザンヌはほかに何点あるかつかめてないが、‘パレットを持つ自画像’は画集によく載っている。セザンヌの描く肖像画は魅力に富んでおり、これもよさそう。‘赤いチョッキの少年’同様、ここの自慢の絵がちょうど1年前大阪にやって来たルノワールの‘可愛いイレーヌ’(拙ブログ10/4/21)。現地ではどんな表情で迎えてくれるだろうか。

ゴッホ(1853~1890)の絵は‘沈む太陽と種まく人’に興奮しそう。同じ構成で描かれた別ヴァージョンがアムスのゴッホ美にあるが、図版をみるとチューリッヒにあるほうがよさそうにみえる。果たして?画面中央斜めに配置された2人の農婦を描いた作品は今年に入ってその存在を知ったが、心が晴れる感じ。是非みてみたい。

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