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2011.04.30

いつか行きたい美術館! チューリッヒ美

2622_2     モネの‘陽のあたる積みわら’(1890~91年)

2620_2     ゴッホの‘トランクターユの橋’(1888年)

2621_2     シャガールの‘戦争’(1964~66年)

2623_2          レジェの‘階段’(1913年)

若い頃、スイスのジュネーブに住んでいたことがあり、いつかこの国を再訪しようと思っている。当時は美術鑑賞よりクラシック音楽に心が向かっており、ジュネーブ響の演奏会によく出かけたが、キスリングのコレクションやカイユボットの絵で有名なプティ・パレ美に入館したことは一回も無し。ジュネーブでさえこんな調子だから、ほかの都市でも美術館にはまったく縁がなかった。

時が流れ、今ではスイスで美術館めぐりを計画するほど絵画への思い入れが強くなっている。ラフな旅のイメージはできており、ジュネーブに4、5日滞在し、ここを基点にしてお目当ての美術館へ出かける作戦。美術館の情報はまだ少ないが、頭にあるのはチューリッヒ美、ビュルレ・コレクション、オスカー・ラインハルト・コレクション、昨年世田谷美で公開されたヴィンタートゥール美、バーゼル美、ベルン美、クレー美、セガンティーニ美、そしてプティ・パレ美。まずはチューリッヒ美から。

ドイツ語圏の中心都市チューリッヒはどこかへクルマで旅行するとき立ち寄っただけで、街をじっくりみたことはない。当時の記憶もすっかり消えているからはじめての街みたいなもの。印象派が大好きなので、チューリッヒ美とビュルレ・コレクションの名前は有名な作品と一緒にインプットされている。

モネ(1849~1926)の‘積みわら’はカンディンスキーが頭がクラクラするくらい魅了されたという有名な絵。この絵はロンドンのロイヤルアカデミーであった‘モネ連作展’
(1990年)に出品されなかったから、いつかこの目でと思い続けている。

ここにはゴッホ(1853~1890)の絵が画集によく載っている‘トランクターユの橋’や‘サント・マリの白い小屋’など4点ある。また、セザンヌの塗り残しのみられる‘サンク=ヴィクトワール山’や髑髏の絵も評価が高い。

印象派以外の作品はよくつかめてないが、以前からシャガール(1887~1985)の‘戦争’やレジェ(1881~1955)のすっきりキュビスムの絵‘階段’に惹かれている。ほかにもミロの初期の絵やルドンなどもある。そして、スイス人画家のホドラーやイタリア人ででスイスアルプス育ちのセガンティーニも揃っているにちがいない。

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2011.04.29

北斎の絵をみたくてまた‘江戸の人物画’展へ!

2616_2     曽我蕭白の‘寒山捨得図’(重文 18世紀後半)

2618_2             円山応挙の‘波上白骨座禅図’(18世紀後半)

2617_2               葛飾北斎の‘花和尚図’(19世紀前半)

2619_2     狩野探幽の‘唐子遊戯図屏風’(左隻 17世紀後半)

‘江戸の人物画’展の後期(4/19~5/8)をみるため、また府中市美を訪問した。今回は京王線東府中駅からのバスの乗り継ぎは理想的で5分の待ち時間で乗れた。

前期の作品(拙ブログ4/8)はほとんど展示替えとなり、あたらしい絵は44点、これに通期展示の6点が加わりトータル50点。料金は600円。数的にはとても気軽な展覧会。内容がアベレージなら観覧料より高い交通費を払って出かけないが、図録をみると気になる絵が登場するのでもう一度という気になる。

企画展はやはり画集に載っている有名な絵がしっかり揃い、さらに‘ええー、こんないい絵があったの!’と感激させられる作品に遭遇するとき、長く記憶に残る。入館するとすぐ曽我蕭白(1730~1781)の大きな人物画、‘寒山捨得図’が出迎えてくれる。いきなり美味しいステーキを食べる感じだが、これはうまい展示の仕方。左の経巻をもっている寒山は正面向きで陽気なのに対し、右のシルエットをみせる捨得のほうは身につけている衣は濃い墨で表わし動きのある姿で描かれている。

円山応挙(1733~1795)の波の上に白骨が座禅を組んでいる絵は二度目の対面。この骸骨は西洋画にでてくる‘メメントモリ(死を忘れるな!)’を意味する骸骨の絵とそう変わらない。同じ骸骨なのだから、根っこの考えは同じことかもしれない。でも、心はおおいにザワザワする。‘あの写生の神様みたいな応挙がこんな絵を描いたのか!?’と。

今回のお目当ては北斎(1760~1849)の‘花和尚図’。大げさにいうとこの1点をみるために遠くまで足を運んだ。これまで北斎展を何度か体験したがこの絵はみたことがないし、手元の画集にもこれは載ってない。だから、図録を手にしたときびっくりした。

上半身裸のこの男は両手に長い棒を持ち、体を思いっきりひねっている。左足がやけに大きく右足がみえない。このダイナミックなポーズをみていて、ふとあるものが頭のなかに浮かんだ。それはギリシャ神話にでてくる半人半馬のケンタウロス。大きな足はケンタウロスの腰から下の馬のイメージ。

狩野探幽(1602~1674)の‘唐子遊戯図’はお気に入りの絵。これを所蔵する三の丸尚蔵館で4年くらい前展示された。左隻は元気のいい子どもたちの獅子舞などが描かれ、右隻には闘鶏をする子どもや地べたに座り込んで花合わせをしている子らがいる。

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2011.04.28

いつか行きたい美術館! ケンブリッジ フィッツウィリアム美

2611_2       モネの‘ポプラ’(1891年)

2614_2       ルノワールの‘クリシー広場’(1880年)

2615_2     コンスタブルの‘ソールズベリー、境内の壁’(1821年)

2612_3             スーラの‘サン=ジョヴァンサン通り’(1884年)

ケンブリッジはオックスフォードよりすこし遠くロンドンからは高速を走って2時間くらいで到着する。半日観光ツアーではこの両学園都市とウィンザー城が一番気楽。ケンブリッジの街の様子はもう覚えてないが、バスのなかから眺めた美しい田園風景は旅の思い出として心に深く刻まれている。

次回まず足を運びたいのがフィッツウィリアム美。当時ここの美術館があることはガイドブックには載ってなかった。もっとも、今ほど絵画鑑賞にのめりこんでなかったから、情報を得たところで入館はしなかっただろうが。この美術館の所蔵品については、よくつかめてない。手元にある美術本にでているのは印象派の絵ばかりなので、印象派のいいコレクションなのだと思う。

美術館のHPを開けば概要はわかるのだけれど、現地でのサプライズを大事にしたいという気持ちがあるので今欲しい情報は休館日と開館時間の二つのみ。所在地は街で聞けばなんとかなる。手元にある作品はわずか5点。最もみたいのはモネ(1840~
1926)の‘ポプラ’。

この絵は以前紹介したが(拙ブログ10/9/1)、1990年ロンドンのロイヤルアカデミーで開催された‘モネの連作展’で一度みているはず。でも、館内では大好きな‘睡蓮’や‘積み藁’を前に興奮状態にあったので、このポプラをしかとみたという印象が消えている。絵と再会すると記憶が蘇るかもしれない。

ルノワール(1841~1919)の女性画の体験がここ数年続いている。昨年は三菱一号館美で、今年は1月マドリードで嬉しい対面があった。後ろから横向きの姿を眺めることになるこの‘クリシー広場’の女性にも興味をそそられる。

コンスタブル(1776~1837)とターナー(1775~1851)、二人の絵のどちらに惹かれているかというと6対4でコンスタブル。この画家にだんだんのめりこみ今ではナショナルギャラリー、テートブリテン、ヴィクトリア&アルバートにあるいい絵は全点鑑賞するぞ!という気になっている。フィッツウィリアムにある2点もよさそう。また、スーラ
(1859~1891)の初期作品も楽しみの一点。

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2011.04.27

いつか行きたい美術館! グラスゴー美

2607_2            ダリの‘十字架の聖ヨハネのキリスト’(1951年)

2608_2             バーン=ジョーンズの‘真鍮の塔をみるダナエ’(1888年)

2609_2     セザンヌの‘メダンの館’(1879~81年)

2610_2     ホイッスラーの‘トマス・カーライルの肖像’(1872年)

西洋絵画はルネサンスでも印象派でも近現代絵画でも、名画といわれるものはなるべく多く鑑賞するのが生涯の夢。だから、作品情報をゲットするため値段の高い画集からそこそこの画家本、そして週間ベースで発行される手軽な世界の美術館や巨匠シリーズまで貪欲に集めている。

情報収集のコツとして多少の重複は気にしないことがよくいわれる。あるテーマについて情報にダブりがなく効率的に集められればコストも少なくてすみ一番いい。だが、仕事にしても遊びにしてもそう上手くはいかない。画集でも同じことで、ある程度の重複があっても関連本をいろいろ揃えていると贔屓の画家の作品群がみえてくる。

スコットランドの旅はエジンバラどまりでグラスゴーはまだ縁が無い。エジンバラ城のすぐ近くにあるスコットランド国立美については、イギリスツアーに参加することがあったら体験済みのエジンバラ城はパスして、その間美術館でティツィアーノの傑作‘人生の三世代のアレゴリー’(拙ブログ09/4/1)など4点をみるというイメージがもうできている。

一方、グラスゴー美は具体的な旅行プランは白紙の状態。普通のツアーはグラスゴーへは行かないので、ここへたどり着くためには工夫がいる。段取りに時間はかかってもこの美術館には是非とも見たい絵がある。その筆頭がダリ(1904~1989)の‘十字架の聖ヨハネのキリスト’。これはどの画集にも載っている有名な絵。磔刑に処せられたキリストを頭上から描いている。はじめてみたときこの意表をつく構成に仰天した。いつか絵の前に立ちたい。

バーン=ジョーンズ(1833~1898)も見たい度の強い絵。ロセッティ同様、画集に載っている油彩は全点追っかけたい気持ち。高速鉄道の計画がこれから進展していくので、イギリスの美術館を楽しむ機会が増えそう。セザンヌ(1839~1906)の‘メダンの館’はダリの絵とともにその存在を知ってから久しい。色の輝きに大感激するような気がする。

ホイッスラー(1834~1903)は08年ワシントンのフリーアで作品を沢山みて、より惹かれるようになった。このカーライルの肖像は2年前に購入した画集に載っていた作品。図版でも充分に魅せられるから、本物はすばらしいにちがいない。

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2011.04.26

いつか行きたい美術館! オックスフォード アシュモレアン美

2603_2     ウッチェロの‘夜の狩り’(部分 1460~65年)

2606_2     ジョルジョーネの‘読書する聖母’(1500~05年)

2604_2     ロセッティの‘ベアトリーチェの一周忌’(1853年)

2605_2     ゴッホの‘アニエールのレストラン・ド・ラ・シレーヌ’(1887年)

ロンドンからクルマで1時間40分くらいで到着する学園都市オックスフォードは2度訪問したが、もうずいぶん前のことなので街の記憶はほとんど消えている。当時はまったくの観光客気分。だから、ガイドブックに載っている定番のクライストチャーチなどをまわって終わり。ここにあるアシュモレアン美のことは知る由もなかった。

美術の本でこの美術館が目にとまることは少なく、所蔵作品に関する情報はほんの片手ほど。絵の存在を知ってからいつかこの目でと思い続けているのがウッチェロ(1397~1475)が描いた‘夜の狩り’。図版でみると典型的な遠近法を用いて描かれている。絵の前に立つと自分も狩りに参加しているような錯覚を覚えそう。

ジョルジョーネ(1476~1510)は大変惹かれている画家なので、画集にでている作品は追っかけ画のなかに入れている。当面のターゲットはイギリスにある2点。この美術館にある‘読書する聖母’とハンプトン・コート・パレス蔵の‘笛をもつ羊飼い’。次回のロンドンでは思いを達成できるかも。

昨年11月はじめて行ったヴィクトリア&アルバート美ではロセッティ(1828~1882)のお目当ての絵‘白日夢’(拙ブログ10/12/16)がみれて大満足だったが、このあと出かけたテートブリテンはズッコケ。展示室が修復中のため、必見リストに載せていた‘聖ゲオルギウスとサプラ姫の結婚式’と‘七塔の調べ’は姿をみせてくれなかった。この2点と同じような調子で描かれているのが‘ベアトリーチェの一周忌’。このダンテは早くみてみたい。

ここの印象派の情報は今のところ2点のみ。ゴッホ(1853~1890)がパリにいるとき描いた印象派風の風景画‘アニエールのレストラン’と以前とりあげたピサロの‘私の家の窓からの眺め’(10/9/13)。これにプラスαがついてくればいいのだが。

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2011.04.25

アートに乾杯! 燕子花の響き合い

2601_2     尾形光琳の‘燕子花図屏風’(右隻 18世紀前半)

2602_2     神坂雪佳の‘百々世草・八つ橋’(1909~10)

2599_2     川端龍子の‘八ツ橋’(左隻 1945年)

2600_2            福田平八郎の‘花菖蒲’(1934年)

メトロポリタン美からやってくる予定だった尾形光琳(1658~1716)の‘八橋図屏風’は残念ながら東日本大震災の影響のため公開が来春に延期となった。期待の展覧会があれもこれも消えていくので、展覧会めぐりがグッと減っている。根津美は急遽‘燕子花図屏風’の展示に切り替えたが、あまり気がすすまないので今回はパス。で、図録で琳派風作品と一緒に楽しむことにした。

国宝‘燕子花図’は何度みてもいい気持ちになる。これは金地を背景にして花の群青、葉の緑青が鮮やかに輝いているから。とくに花の表と裏で諧調を変えた群青が目にしみる。これほど青に酔える絵というのは本当に少なく、日本画をみる幸せをこの絵は感じさせてくれる。

デザイナー、神坂雪佳(1866~1942)が明治42年から43年にかけて手がけた木版摺図案集‘百々世草’はとても気に入っており、時々眺めている。これは食べ物で例えると上品な京都のお菓子のイメージ。‘八つ橋’は上部にたらしこみがみられ、燕子花は平面的に横に並んでいるが光琳のように意匠化されておらず、より自由にデフォルメされた造形になっている。

メトロポリタンにある光琳の絵や酒井抱一の‘八ツ橋図屏風’(拙ブログ3/13)を意識して描かれたのが川端龍子(1885~1966)の作品。これは山種美の所蔵で、15年くらい前にあった龍子の回顧展に展示された。それ以降山種でも05年の回顧展でもお目にかかってない。これをみたとき、日本画家はどこかで琳派の画風に惹かれているのだなと思った。

加山又造の‘千羽鶴’が俵屋宗達の‘鶴下絵三十六歌仙和歌巻’の現代版なら、福田平八郎(1892~1974)の‘花菖蒲’(京近美)は光琳の燕子花へのオマージュ。‘千羽鶴’とこの‘花菖蒲’を現代琳派の最高傑作とみているのだが、若手の日本画家がこうした琳派のDNAを受け継ぎ、21世紀の今これに続く作品を生み出してくれないかと密に願っている。

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2011.04.24

満足度200%の‘長澤芦雪展’!

2597_2     ‘龍図襖’

2595_2           ‘蹲る虎図’

2598_2     ‘唐子遊図屏風’

2596_2     ‘仔犬図屏風’

昨日、信楽にあるMIHO MUSEUMまでクルマを走らせ開催中の‘長澤芦雪 奇は新なり’展(3/12~6/5)をみてきた。この美術館までは高速を利用すると食事タイムを含めて5時間かかる。往復で10時間の運転になるが、ここは何度もクルマで行っているから慣れたもの。後期にもう一度行く予定。

今日までが前期。いつ出動するかは展示リストとにらめっこして決めた。MIHOのビッグネーム回顧展は前期、後期(4/26~6/5)で作品がすっきり分けられておらず、前期でも展示がすでに終わっていたものが数点ある。見たい度の大きい絵の展示期間を優先する作戦なので、これは仕方がない。で、今回みれた作品の数は長澤芦雪(1754~99)が38点、プラス円山応挙(1733~95)が3点。

通期で芦雪は98点でてくる。06年、奈良県美であった‘応挙と芦雪’展のときが43点だから、その2倍以上。まさに大回顧展である。そして内容がすばらしい。奈良県美に出品されたものから17点が再度登場しているが、はじめてお目にかかる作品にはぐっとくるものが多い。まだ後期が残っているが、お陰さまで芦雪は済みマークがつけられる。

最も期待していたのが島根県の西光寺が所蔵する‘龍図襖’(展示は4/12~5/8)。この襖絵(8面)を知ったのは07年にでた‘別冊太陽 江戸絵画入門’(平凡社)。以来、いつか対面できないものかと願ってきた。広島にいるときなら島根は気楽にいけたが、今は遠い地。だから、この絵は一生縁がないかもしれないと思っていた。

が、幸運なことにみることができた。右に雲龍が左に単独の龍が襖いっぱいに描かれている。本に載っていたのは左の龍だったが、足が止まったのは右の雲龍のほう。胴体があるのかないのかわからないようなこの龍の鋭い目つきにく釘づけになった。これに較べたら和歌山の無量寺にある龍(4/19~5/8)は目が三角の瞳で、豚のような鼻をしているから漫画みたいな龍にみえてくる。

収穫はもう一つあった。蹲る(うずくまる)虎。これは大きな絵なので、真正面向きの虎がぐっと迫ってくる感じ。でも、この虎はちっとも怖くない。ぱっとみてまるまる太ったビーバーかと思った。口からでている歯と前足をちょこっとそろえた姿がかわいい。無量寺の猫ちゃん虎(拙ブログ08/7/12 4/19~5/8) VS 駄々っ子ビーバー虎ちゃん。ともにいいキャラクター。芦雪はこんな虎と戯れるのを夢想していたのかもしれない。

芦雪の癒し系のモチーフは唐子と仔犬、そして雀。唐子を描いた屏風は‘唐子遊図’と後期にでてくる‘白象唐子図’(鹿苑寺)の2点。はじめてみる金地に描かれた仔犬図は画面手前で横に並んだ4匹がじつに楽しい。左の犬は今から逆立ちでもするのだろうか?

再会を楽しんだのは青緑の目が印象的な‘牛図’(06/10/24 4/5~5/8)やグロテスクな顔が忘れられない‘山姥図’(06/11/24 4/19~5/8)、砂浜を進む亀の群れに頬がゆるむ‘蓬莱山’(09/4/30)。図録をみると◎の絵が後期に登場するし、見てのお楽しみの大変小さな絵が通期で展示される。満足度200%の芦雪展だった。

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2011.04.22

西洋画・日本画比較シリーズ!  ブリューゲル VS 川合玉堂

2591_2     ブリューゲルの‘干草の収穫’(1565年 プラハ国立美)

2592_2     ブリューゲルの‘穀物の収穫’(1565年 メトロポリタン美)

2593_2     川合玉堂の‘早乙女’(1945年 山種美)

2594_2     川合玉堂の‘麦秋’(1953年)

西洋の風景画は時代の流れからいうと、まず農村の風景が描かれ近代になると農村だけでなく印象派のように都市における人々の生活も描かれるようになる。

仕事に勤しむ農民の様子を描いた画家としてすぐ思いつくのはミレー。代表作の‘落穂拾い’や‘種蒔く人’は美術の教科書に載っているから、農民画というとミレーの絵が反射的にでてくる。そして、もう一人忘れてならないのがブリューゲル(1526~1569)。

ブリューゲルの作域は広く、農民画だけでなくボスを思わせる怪奇的絵もあるし、‘バベルの塔’のような空想的風景画もある。農民の仕事ぶりや自然の移り変わりをあたたかい眼差しでとらえたブリューゲルの作品のなかで、最も気に入っているのが‘干草の収穫’。15年前だったか、20年前だっか忘れたが、この絵は日本にやって来た。確か、このとき‘絞首台の上のカササギ’も一緒に展示された。ブリューゲルの油彩を日本でみる機会はなかなかないから、この展覧会は今でも強く心に残っている。

視線の集まるのが左方向へ元気に歩いていく3人の若い女性。鋤を肩にのせている真ん中の女性はこちらをじっとみつめており、その明るい表情にぐっと惹きこまれる。そして、中景にみられる人物の細かい描写や遠くの起伏にとむ山々の風景が広々とした空間のイメージを与えている。真に見事な風俗風景画。

メトロポリタンにある‘穀物の収穫’はリズミカルな動きが感じられる‘干草の収穫’とは違い、収穫の作業の現場そのままといったところ。木の下では男が疲れ果てたのか足を大きく開き眠っており、その横で女たちが食事をしている。画面の大半を占める実り豊かな穀物の黄色にいつも心を奪われてしまう。

ブリューゲルの描く農村の風景はどこか川合玉堂(1893~1957)の絵とシンクロする。人々の表情やしぐさ、そして全体の雰囲気がどこか似ているので、玉堂を勝手に‘日本のブリューゲル’と呼んでいる。‘早乙女’の腰を伸ばし一息入れている女性を見るたびに‘穀物の収穫’の眠っている男が頭をよぎる。

‘麦秋’は大変魅了されている絵。秋の収穫で忙しい農村の風景が俯瞰の構図で見事に描かれている。斜面に広がる畑とその向こうの木々が奥行きのある空間をつくり、秋の空気が四角の画面に満ち満ちている。

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2011.04.21

西洋画・日本画比較シリーズ! 子どもの遊び絵

2587_2     ブリューゲルの‘子どもの遊戯’(1560年)

2589_2     ‘十二ヶ月風俗図・5月’(桃山時代 16世紀)

2590_3     ‘十二ヶ月風俗図・12月’(桃山時代 16世紀)

2588_2     歌川広重の‘風流おさなあそび(男)’(天保初め頃 1830~34年)

折鶴の話で子どもの遊び絵をとりあげたので、ブリューゲルの絵と日本画にでてくる遊びを響き合わせてみた。

ウィーンにある美術史美術館を訪問するとブリューゲル(1526~1569)の描いた‘バベルの塔’や農民の絵が目を楽しませてくれる。その一枚が画面いっぱいに子どもたちの遊ぶ姿が描かれた絵。子どもはおよそ250人、興じている遊びは90種。森洋子女史の本には確か遊びの名前はこと細かく解説されているはず。

8年前に再会したときはこの絵だけに時間をかけられないので、ひとつ々の場面を追えなかった。記憶に残っているのは手前の車輪まわしと中央の馬跳び、そして正面にみえる家の前で横棒にぶら下がっている男の子。次回この絵をみるときは森さんの本をしっかり読んでおこうと思う。

日本では、ブリューゲルの絵の3、40年くらいあと土佐派によって描かれた‘十二ヶ月風俗図帖’(重文 山口蓬春記念館)に子どもの遊びがでてくる。5月の‘菖蒲葺き、更衣’には少年たちが竹竿や小弓を持ち出して印地打ち遊び(合戦遊び)をしている。威勢のいい声と竹竿がバチバチアあたる音が聞こえてくるよう。もうひとつは12月の‘雪転’。転がしている雪の塊は球体のイメージではなく、口に入れたくなるような甘いロールケーキ。

江戸天保期の初め頃、ブリューゲルタイプの遊び図鑑が登場する。これを描いたのは浮世絵師、歌川広重(1799~1858)。丸っこい子どもたちの体つきや表情がとても可愛い。

折り紙が描かれたのが女の子版(拙ブログ4/18)でこれは男の子の遊び(拡大図で)。上段右から、子をとろ子とろ、たこ揚げ、竹馬、目かくし鬼、火消しごっこ、中段は芝居ごっこ、相撲、じゃんけん、こま回し。そして下段は花火、金魚、水鉄砲、将棋倒し、こうもり取り、いもむしごろごろ、神楽遊び。

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2011.04.20

いつか行きたい美術館! 英国王室コレクション

2583_2      ルーベンスの‘自画像’(1624年)

2584_2        レンブラントの‘アガサ・バス’(1641年)

2585_2        ヴァン・ダイクの‘馬上のチャールズ1世’(1633年)

2586_3     マンテーニャの‘カエサル凱旋’(1480~95年)

昨年11月、ロンドンで美術館めぐりをしたとき1館だけ満足の得られないところがあった。それはバッキンガム宮殿の横にあるクイーンズ・ギャラリー。5ポンドを払って入館する前に確かめておけばよかったのだが、お目当ての絵が全然展示されてなく、たいして心が動かない企画展‘ヴィクトリア&アルバート 芸術と愛’をみるはめに。

王室コレクションを公開するために1962年に開館したこの美術館についての情報は桜井武著‘ロンドンの美術館’(平凡社新書 08年2月)だけ。これを読んでみたい絵が常時展示されていると勝手に思い込んでしまったのである。カラヴァッジョの‘ペテロとアンデレの召喚’に会えるぞ!と、わくわく気分で館内したらとんだ肩透かしを食ってしまった。

ここでは会期の長い企画展が年に1回行われており、カラヴァッジョの2つの絵が真筆として披露されたのは07年3月~08年1月に開催された‘ロイヤル・コレクションのイタリア美術ールネサンスとバロック’展。じつは08年にロンドンへ行ったとき、残念ながらこの展覧会は1週間前に終了していた。

その後カラヴァッジョが公開されたかどうかはチェックしてないが、おそらく展示されてないのだろう。そこまで頭が回らず、08年にみれなかったリカバリーを妄想することに。だから、次回のロンドンでこの美術館にこだわるのなら館のHPを定点観測するほかない。で、追っかけ画との遭遇は長期戦になりそうだが、旗だけは高く掲げておきたい。

カラヴァッジョ以外でお目にかかりたいのはルーベンス(1577~1640)の‘自画像’、レンブラント(1606~1669)の‘アガサ・バス’。そして、ヴァン・ダイク(1599~1641)のチャールズ1世や子供たちの肖像画。もう1点、フェルメールの‘音楽のレッス’も。これは男が登場するのでそれほど惹かれてないが、フェルメールは未見が残り4点となったので追っかけないわけにはいかない。

マンテーニャ(1431~1506)の数点ある‘カエサル凱旋’はロンドンの中心からちょっと離れたところにあるハンプトン・コート・パレスへ行けば鑑賞できるのか、それともクイーンズギャラリーで行われる企画展で展示されるのか、今のところ確たる情報はつかめてない。でも、パレスヘ足を運べばみれそうな気がするので、次回はまずここへいの一番行こうと思っている。 

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2011.04.19

アートに乾杯! 心をとらえて離さない鯉の絵

2580_2     速水御舟の‘春池温’(1933年)

2579_2     前田青邨の‘鯉’(1963年)

2581_2     川端龍子の‘五鱗図’(1939年)

2582_2     福田平八郎の‘鯉’(1954年)

鯉や鶴は日本画ではよく描かれるモチーフだが、画家にも好みや得手不得手があるから、鯉だったらあの画家とか鶴ならあの画家が絶品というようなことは当然でてくる。これは絵の世界に限ったことではなく、投手の投げる球種にも、柔道の選手や力士の得意技にもある。例えば、フォークボールだったら野茂、内股なら井上康生、小手投げだったら魁皇というように。

明治以降に活躍した日本画家で鯉の絵をよく描いたのは川端龍子(1885~1966)、前田青邨(1885~1977)福田平八郎(1892~1974)、奥村土牛(1889~1990)、徳岡神泉(1896~1972)。お気に入りはやはりこの画家たちと数は少ないが速水御舟(1894~1935)の絵。

御舟の‘春池温’を所蔵しているのは山種美。鯉単独ではなく左に桃の花を描き、体をゆるりとくねらせる鯉を真上から見下ろす構図がとてもいい。山種にはもうひとついい鯉の絵がある。それは龍子の‘五鱗図’。この絵は山種の平常展示にはでてこず、これまで体験した2回の回顧展でしかお目にかかってない。5年前に再会したがまた感動した。画面の中央下に頭を寄せ合う4匹の真鯉と1匹の緋鯉の色がびっくりするほど美しい。

背景の群青の水が目に沁みる青邨の‘鯉’も心に残る一枚。たらし込み風の群青を背景にして鯉の群像を真上や横から多視点でとらえる表現は青邨独自のものだが、その装飾性の強い画面に心がふわふわしてくる。別ヴァージョンが広島のウッドワン・コレクションにもある。

平八郎は鯉の絵を生涯に沢山描いているが、これは画業後半の作品。青邨の絵同様、平木浮世絵財団の所蔵。右と左向きの2匹の鯉は何も描かれてないうす土色の背景に浮かんでいるようにみえ、棒を立てればそのまま鯉のぼりになる。そして、様式化された鯉が象徴的に描かれたこの絵は鯉の形をデフォルメし写実性を消したら即抽象画に変容する。

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2011.04.18

震災復興の祈りをこめ海外から届けられる折鶴!

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2577_3     歌川広重の‘風流おさな遊び(女)’

2578_2        ‘折りもの(折り紙)’(部分)

2,3週間前、TVで東日本大震災からの復興を願い熱い支援メッセージを送ってくれる世界各国の人たちを沢山紹介していた。その多くは現地で日本語を学んでいる人たちとか以前日本に住んでいたことのある人たちだったが、心温まる言葉とともに色とりどりの紙で折鶴はつくってくれていた。

高校野球が行われる甲子園の外野の応援席で見るとき以外にあまり縁のない折鶴なのに、こういうビデオレターに折鶴が何度もでてくると、日本の折り紙は外国人の心を予想以上にとらえているのだな思う。一枚のただの四角い紙が形のある鶴や兜や飛行機に変わる折り紙、確かに紙のマジックともいえるたいした技であり、魅力に富んでいる。

09年秋、インドを旅行したとき参加者のなかにこの折り紙を行く先々で披露し現地人に喜ばれる年配の女性がいた。おもしろかったのはデリーの人気名所でのこと。明らかに上流階級の子供とわかる女子高校生たちがわれわれの横を一緒に進んでいたが、年配の方が折鶴を折ってあげると大喜び。すると、私も私もとリクエストがとまらなかった。

浮世絵のなかにもこの折り紙がでてくる。それは歌川広重(1797~1858)の‘風流おさな遊び’。これは天保の初め頃(1830~1834)に描かれたもので、‘男の遊び’と‘女の遊び’がある。‘折りもの’は‘女の遊び’の下段にでてくる。二人の子のまえにはカエルの折り紙があり、右の子は鶴を折っている。

この絵(拡大図で)をじつに楽しく、小さい頃の馴染みのあそびに頬がゆるむ。上段右から、歌かるた、あやとり、ままごと。中断がおいばね、きさごはじき、道中すごろく、手玉、手まり、ほたる狩り、そして下段はぼんぼん、折りもの、狐つり。

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2011.04.17

鯉のぼりの季節!

2572_2            歌川広重の‘名所江戸百景・水道橋駿河台’

2574_2         鳥居清長の‘子宝五節遊・端午’


2575_2                   渓斎英泉の‘鯉の滝登り’

今日のTVニュースにいわき市の子供たちが岡山から送られてきた鯉のぼりに喜んでいる映像が流れてきた。まわりを見渡して鯉のぼりをあげている家はみかけないが、今日本各地で春の空に大きな鯉が元気よく泳いでいることだろう。となると、これに鯉の絵でコラボしたくなる。

鯉のぼりの絵というとすぐ思いつくのは歌川広重(1797~1858)の‘江戸名所百景’にでてくる絵。大きな真鯉(黒い鯉)が縦長の画面の中央にどーんと描かれている。このインパクトが強すぎて、むこうにもう2匹いることや富士山が描かれた背景の印象はほとんど消えている。

実際の鯉のぼりは風をはらませて吹流しは水平になっているイメージなのだが、これは画面の関係で縦にのびている。でも、違和感は全然ない。くの字にまげた鯉の姿は元気いっぱい。その量感のある体全体で‘がんばれ日本!’と励ましてくれているよう。

浮世絵に描かれた鯉のぼりの絵は知っているかぎりではこれ1点のみ。同じ風になびく正月の凧揚げの風景は沢山あるのに、鯉のぼりは意外に無い。鳥居清長(1752~1815)の‘子宝五節遊・端午’では右の男の子が鯉のぼりのおもちゃをもっており、金太郎、桃太郎、高砂が描かれた幟をながめている。

端午の節句は武士の家では男児の立身出世、武運長久を祈る年中行事。後ろから目隠しをされている子は頭に厄払いの菖蒲の鉢巻をし、手には菖蒲刀をもっている。

渓斎英泉(1790~1848)の立身出世を象徴する‘鯉の滝登り’は4年前あった‘ギメ美蔵浮世絵名品展’(太田記念美)でお目にかかった。それほど荒々しい感じの滝登りではないが、緩いカーブで下に落ちる細い2本の水の流れが鯉の体を挟み込む描き方に目が点になった。どこかマグリットのシュールな絵に通じるものがある。

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2011.04.16

散歩で街角ウォッチング! 飲料自販機25%電力削減

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飲料自販機のことで石原東京都知事がいろいろ発言している。今、電力節電は企業でも個人の家庭生活でも喫緊の課題。都知事の発言で、散歩をしていてこれまでは道端の木と同じ感覚でみていた自販機を今では繁々見るようになった。

歩きながら設置してある自販機の数を数えたことはないが、確かに多い。でも、これは昔からそうだから、別にこの状態が良くないなんてことは思わない。人間がつくったもので世の中に存在するものは市場の需給バランスで多い少ないが決まっている。これは常識!人々の生活に要らないものだったらとっくに無くなっている。

石原さんは‘自販機がこれだけ沢山あるのは世界で日本だけ’とこの状況がさも世界の常識からハズれているみたいなことをいうが、これはまったく的外れ!日本にこれだけ多くのコインロッカー、自販機があるのは日本が窃盗犯の少ない安全な国の証。外国では金庫が中に入っているのと同じ自販機を外におくなんてことは考えられない!知事もこんな国際感覚の無さをさらけ出すようなことを口にせず、もっと節電の努力をしてくれとだけいっておけばいいのに。

全国清涼飲料工業会は15日、7~9月における東電管内の自販機の消費電力を25%削減すると発表したし、日本コカコーラも自販機25万台の冷却運転を午前10時から午後9までの時間帯に輪番で停止することを決定した。自販機は便利でニーズがあるから存在している。電力消費をほかの業界、企業と横並びで25%削減すればそれで十分ではないか。

電力の消費という視点だけから自販機の数が多いといった議論をしだしたら、ではこれはどうなんだ、という別の話が百出する。例えば、

★‘コンビニは24時間営業する必要があるのか?こんなのは海外にない’

★‘インターネットカフェの終日営業は不可!’

★‘新宿の歌舞伎町の風俗店は数が多すぎる、もっと減らせ!’

★‘海外では日曜はお店は休みなんだから、日本でも休業にすべきだ!’

★‘正月はスーパー、デパートも昔のように4日から営業開始したら!’

もちろん、こういう議論の中にはいわれてみればそうだな、もうそろそろこういう考え方のほうがいいかもというものもある。そういうことは人々の生活意識、価値観にもとづいて決まってくるものだから、無理やり権力がある方向へもっていくということではない。今すべきは本当に必要なことが何であるかを一人々がよく考えることではないか。

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2011.04.15

根津美の‘KORIN展’は来春に延期!

2570_2     国立新美の‘ワシントンナショナル・ギャラリー展’(6/8~9/5)

来週、根津美の‘KORIN展’をみにいく予定だったが、今日これは来春に延期されていたことを知った。拙ブログ4/2で気になる展覧会のことをUPしたときは予定通り明日
4/16からはじまることになっていたのだが、、出かけてガックリするよりはよかったけれど、延期になったのはとても残念!

横浜美の‘プーシキン展’がダメで、メトロポリタン美蔵の光琳の絵もやってこない。こうなると、印象派の名画を揃える期待の‘ワシントンナショナル・ギャラリー展’(国立新美 6/8~9/5)も本当に開催されるのだろうかと心配になってくる。変更がないことを強く願っているが、3/11の大地震から1ヶ月経ってもまだM7クラスの余震が起き死者がでている状況では、キャンセルになっても仕方がないなとも思う。

福島原発事故の評価がレベル7に上がったのもイメージ的にはすごくマイナス。海外の美術館は作品を貸し出せば、通常ならば展覧会の開幕に合わせて館長とか学芸員なども日本にやってきてレセプションで挨拶したり、講演会で話をしたりして主催した美術館の関係者や専門家、そして一般の美術ファンとの間で交流の輪が広がる。

でも、放射性物質のことを考えると今は日本へは行きたくない人が多いだろう。作品を余震で壊されたくないという心配と原発事故ショックが重なって、彼らのマインドは相当萎縮していることは容易に想像がつく。

原発事故の心理的な影響は当分続くと思われるから、今入手している西洋美術関連の展覧会についても安心はできない。放射性物質の悪い調査データがあらたに出たりすると、美術館側の考えが一気にブレることはおおいにありうる。そういうことにはならないで欲しい展覧会をあげてみると。

★‘クレー展’:5/31~7/31 (東近美)

★‘古代ギリシャ展’:7/5~9/25 (西洋美)

★‘モダンアート アメリカ・フリップスコレクション’:9/28~12/12 (国立新美)

★‘プラド美蔵 ゴヤ展’:10/22~1/29 (西洋美)

★‘生誕100年 ジャクソン・ポロック展’:12/2/10~5/6 (東近美)

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2011.04.14

江戸時代の‘解き放ち’が東日本大震災でもあった!

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津波で流失した戸籍の再製の話とともに、今回の震災で昔の事例が連想されることがもうひとつあった。それは福島地検や仙台地検が勾留中の容疑者を釈放していたこと。

この話が3月29日のニュースで流れたとき、これは江戸時代牢屋の近くで火事があると行われた囚人の‘解き放ち’と同じだなと思った。福島地検は窃盗、覚せい剤取締り違反、強制わいせつなどの容疑者を31人、仙台地検は27人を3月11日の震災発生後から16日にかけて釈放したという。その理由として、地検は震災で警察官が不足し起訴に必要な捜査や食事の提供が十分でなくなると判断したとのこと。

そのあと、釈放された38歳の女性容疑者が4月2日、福島市内のコンビニへ侵入し現行犯逮捕されたことが報じられた。まったく性懲りも無くという感じ。やはり、悪はずっと悪で変わらないか!これは江戸時代だったら死罪。

ご承知のように江戸時代の‘解き放ち’では、決められた期日例えば3日とか5日後に戻ってきた囚人は罪一等を減じられる。逆に逃亡したものは死罪となる。模範囚は戻ってくるだろうが、こういう囚人は10人いて1人いるかいないかだろう。残りの者は娑婆にでられてニンマリ、でもまた悪の虫がうずき福島の女のようにまた岡っ引に捕まえられる。そこで小さな罪でも即死罪、ジ・エンド!

ところで、地震が起きたあと津波が押し寄せてきた刑務所はなかったのだろうか?もし津波にまきこまれた刑務所があったとして、そのとき囚人たちをどうしたのだろうか。このあたりの情報はまったく入ってこないが、できたら聞いてみたいものである。

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2011.04.13

大津波のため流出した戸籍で思い出した映画‘砂の器’!

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4月11日の報道によると、東日本大震災の大津波で流出した被災地4市町(陸前高田市、大槌町、南三陸町、女川町)の戸籍約3万8千件は法務局に残された副本などの記録から月内に再製できることになったという。

運転免許証の再発行やら戸籍のリカバリーやらとにかく被災者は元の生活にもどるまで一からやらなくてはいけないことが沢山ある。戸籍の再製のことを知ったとき、すぐ頭をよぎったのが映画‘砂の器’(1974年)にでてくる戸籍の偽造。今日はこの話を。

‘砂の器’はお気に入りの映画で、My‘日本映画ベスト5’に入れている。74年公開されたとき確か横浜の映画館でみた。見終わったあと一緒に鑑賞した友人と奥さん3人で‘いい映画だったね!’と興奮気味に語り合ったことを今でも鮮明に覚えている。

印象深い場面はいくつもあるのだが、そのひとつが今西刑事(丹波哲郎)が大阪の浪速区役所で元巡査の三木謙一(緒形拳)を殺害した新進気鋭の作曲家和賀英良(わがえいりょう、加藤剛)の戸籍を調べるところ。

今西:いままで仕事柄戸籍原簿を時々みせてもらったが、紙がちょっと新しいですね。

職員:前のは空襲で焼けましたから。

今西:それでは法務局の写しをとったのですか?

職員:法務局も確か、、やっぱりそうです。法務局のほうも燃えている。

今西:としますと、これは一体何に基づいて原簿を作るのですか?

職員:そりゃあ、本人の申し立てです。

今西:本人の申し立て?

職員:ええ、戦災で原簿が焼けてしまったときには、本人の申し立てで本籍再製という手続きがとられます。これは法律的に認められています。

場面が変わって、今西刑事は恵比須町で空襲のころを知る飲食店組合長(殿山泰司)から話を聞く。

組合長:和賀さんの家はあそこの角のたばこ屋のところですよ。空襲で焼ける前、あそこで自転車屋をやってました。わてらは早めに疎開したからよかったんですが、英蔵さんはええ人やったけど。

今西:しかし、ご夫婦亡くなられて、子供だけよく助かりましたね?

組合長:子供さんはいらはらしませんで。

今西:ええ?子供がない!

組合長:ほかには小ちゃな小僧さんが一人や。店員さんでな。可愛い子で夫婦も自分の子のようにかわいがっていた。

この店員が和賀英良で本当の名前は本浦秀夫(もとうらひでお)。秀夫は6歳のときハンセン病にかかった父親本浦千代吉(加藤嘉)と石川県の村から放浪の旅に出、やがて島根県の亀高にたどり着く。ここで善良な巡査三木謙一に保護されるが、療養所に隔離される父親とは引き離される。一人になった秀夫は三木巡査の思いをくみとることができず、亀高を離れまた放浪する。そしてたどりついたのが大阪。自転車屋の和賀家に身を寄せるのだが、空襲による戸籍の焼失に乗じて和賀夫婦の子供になりすます。

今、岩手・宮城県の町で本籍再製の手続きが行われようとしている。今度は戦争によってではなく天災のためである。

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2011.04.12

江戸おもしろ話! もし道端で小判入りの財布を拾ったら?

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つい先だってとりあげた‘江戸時代の貨幣展’(拙ブログ4/5)で小判の話をしたので、今回は小判を拾った男たちのショートストーリーを佐藤雅美著‘縮尻鏡三郎 捨てる神より拾う鬼’(文春文庫 2010年10月)から。

8つの話からなるこの本の第3話がタイトルになっている。装画を描いているのは贔屓の村上豊。小判入りの財布を拾う話はこれではなく第7話の‘過ぎたるは猶及ばざるが如し’。縮尻鏡三郎シリーズは以前NHK金曜時代劇でドラマ化(主演は中村雅俊)されたので、ご存知の方もいるかと思われるが、これは第5弾。昨年5月には6弾の‘老いらくの恋’がでた。

7話は読み終えたあとタイトルがなるほどねと、合点がいくほどよくできた事件物。話は小判入り財布を4人の大工が拾ったところからはじまる。どんな顛末が待っているかは読んでのお楽しみ!で、ここでは江戸における拾い物事情について少々。

小判が12枚入った財布を道端で拾った大工4人はすぐに商家の小僧とか手代が集まってきたので猫ばばするわけにもいかない。だから、近くの自身番屋(交番兼区役所)に届ける。番屋ではこれを受けとり、‘金子の落し物あり。心当たりの者は届け出られたし’と書かれた立て札を脇に三日間出しておく。これを三日晒しという。

三日間告知して、落とし主が現れたとする。その場合、拾い主と落とし主とで折半する。今は拾った者は10%の謝礼しか受け取れないが、この頃は落とした者にも不念(不注意)があるということで半分の謝礼をはずまなければならなかった。落とし主が現れなかったら6ヶ月後にそっくり拾った者のものになる。これが‘御定書’で決められたルール。

おもしろいのは立て札には中に入っていた金子の額とか財布の形や柄についてはいっさい書かないこと。これは‘わたしが落とし主です’という、やたらな者の顔出しを防ぐため。でも、‘わたしのものだと思うのだが’と番屋に顔をだすやつが結構でてくる。いつの世にも図々しく恥知らずな者はいる。

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2011.04.11

津波で流された五浦の六角堂!

2566_3     津波で流される前の五浦海岸の六角堂

2565_2     横山大観の‘五浦の月’(1935年 東博)

2564_2            平櫛田中の‘岡倉天心像’(1931年 東芸大美)

東芸大美のコレクション展で横山大観の‘村童観猿翁’をみていたとき、東日本大震災で起きた大津波がもたらした悲しい出来事を思い出した。

地震が起こって1週間ごろだったか新聞に茨城県の北にある五浦海岸の六角堂が津波によってあとかたもなく流されたという記事が載っていた。ほかにも重要な歴史的建造物が甚大な被害を受けたようだ。写真でおわかりのように六角堂は岬の先端にあるので、あの巨大な津波がやってきたらひとたまりもなかったことは容易に想像がつく。

横浜からクルマでいくと3時間くらいかかる茨城県天心記念五浦美へはこの7年間で4回出かけた。そのうち一回は展覧会を見終わったあと、美術館からクルマで5分走ったところににある六角堂まで足をのばした。ここは絶景のビューポイント。前に大海原がひろがり、とてもいい気分になった。その朱色の六角堂が残念なことに無くなってしまった!

岡倉天心(1862~1913)が中国の詩人杜甫の草堂に倣い六角堂を建てたのは明治38年(1905)。都落ちした天心の心情を察するに、この小堂で波の音を聞き風を感じ、心の安まるひとときをすごしたにちがいない。天心を師と仰ぐ横山大観(1868~
1958)は天心の死の22年後に‘五浦の月’を描いている。これは東博の所蔵で、3年サイクルくらいで平常展にでてくる。

平櫛田中(1872~1979)の制作した天心のブロンズ像は4年前東芸大で開催された‘岡倉天心展’ではじめてお目にかかった。田中には天心が釣竿をもった木彫の‘五浦釣人’もある。

東芸大関係者や地元の方は六角堂が流されたことに深く心を痛めておられるだろう。そして、再建をきっと考えているにちがいない。その日が来るのを静かに待ちたい。

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2011.04.10

見逃せない芸大コレクション展!

2561_3            快慶の‘大日如来坐像’(鎌倉時代)

2562_2             平櫛田中の‘転生’(1920年)

2560_2     小倉遊亀の‘径’(1966年)

2563_2     杉山寧の‘野’(1933年)

東芸大美では春と秋に所蔵コレクションを公開している。これが‘香り展’と同じタイミング(4/7~5/29)で行なわれていたので、ぐるっとみて回った。

仏像彫刻8点のなかに惹かれるのがあった。以前ここでみたかもしれないのだが、快慶の‘大日如来坐像’。その切れ長の目にハッとした。こういう顔つきをした女子高校生に時々会うことがある。不安にとりつかれているほどでもないが、周囲にピリピリしすぎという感じで、うかつに近づけない雰囲気が漂っている。こういう作品をみると、運慶や快慶の彫刻は写実的造形へとむかっていることがよくわかる。

明治以降に制作された彫刻は平櫛田中(1872~1979)の‘転生’と高村光雲の‘聖徳太子’、そして最近亡くなった佐藤忠良の‘あぐら’の3点。長くみていたのは6年ぶりくらいに会った‘転生’。この彫刻を暗いところでみると、相当怖い!。この忿怒の表情をした不動明王が口にくわえている?あるいは吐き出している?のは一体何?これが大正9年(1920)の院展に発表されたときは‘転生(吐きだされたる人’という題名がついていた。

この像は仏の装いをした鬼。田中(岡山県井原市の生まれ)はこういっている。‘私は子供の頃、生温ッ子は鬼も食わないって、よく父親から叱られたもんだァね。熱いなら熱い、冷たいなら冷たい、中途半端じゃいかんいう訳だろうな、それを私がああいう風に制作したのです。鬼が子供を食ったが、なまぬるいので、こんな生温ッ子が食えるか生まれかわって来いって、火焔の中に吐き出しているところです’。

小倉遊亀(1895~2000)の‘径’はとても心が安まる絵。‘散歩で街角ウォッチング!’(拙ブログ09/8/18)でとりあげたように、母親と女の子、犬はカルガモの親子よろしく縦に並んで歩いている。横断歩道をお母さんを先頭にして渡る親子連れをみるとすぐこの絵が頭をよぎる。

この絵同様、大きい絵なのが杉山寧(1909~1993)の子供たちを描いた‘野’。背が低いのでいっぱいあるススキの白い穂に体全体が囲まれている。自然につつまれて遊ぶのはじつに楽しい。ふと小さい頃を思い出した。

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2011.04.09

香りの美にあふれる‘香り展’!

2559     ‘蘭奢待’(らんじゃたい)

2558_2     伊東深水の‘聞香’(1950年)

2557_2                   速水御舟の‘夜梅’(1930年)

2556_2     鏑木清方の‘菊寿盃’(1936年)

東芸大美の‘香り展’(4/7~5/29)を初日にみてきた。この展覧会のチラシを手に入れたときタイトルのバックに使われている速水御舟の梅の絵にとても惹かれた。といっても未見の絵ではなく、所蔵する東近美ですでに鑑賞済み。でも、絵葉書は用意されてないのでこの絵をいつも手元でみることがかなわなかった。

そこで、この展覧会へ出かけおそらく用意されている絵葉書をゲットして、あとは軽くみて終わりにしようと思っていた。でも、入館するとそうもいかなくなった。ほかにも興味をそそるものが予想外に多くあり、結局いつものようにバッグのなかには図録が。この表紙にも御舟の絵が使われており、なんだか念願の宝物を手に入れたような気分。

香道についての知識は無いに等しいが、香木には関心がある。いきなり‘蘭奢待’(徳川美)がでてきた。これが正倉院にある有名な香木から切り取られたものか、とじっとみていた。でも、残念ながらガラスケースのなかにあるから香りは嗅げない。この香木の正式名称は‘黄熟香’。この世に知られた‘蘭奢待’は雅名で、おもしろいことに‘東’、‘大’、‘寺’と正倉院を管理している東大寺の三文字が隠されている。

‘蘭奢待’は聖武天皇の御世(724~749)に渡来したといわれる。長さ156センチ、重さ11.6キロもある巨大な香木、今も豊かな香りを放つらしい。こういうお宝はこれまで一般に公開されたことがあるのだろうか?これの切り取りを許されて最初に香りを嗅いだのは源頼政(今回出品物)。切り取りは武門の誉れとされ、足利義政、織田信長、徳川家康らが2寸ほど切り取っている。

TVの映像で香席の様子を数回みたことがあるが、東近美にある伊東深水の絵‘聞香’でこの作法をイメージすることが多い。以前香道をされている年配の女性と話をする機会があり、この絵でおおいに盛り上がった。一体どんな香りを楽しんでいるのだろうか?

お目当ての御舟の‘夜梅’が心を揺すぶる。墨のグラデーションをきかせた背景に浮かび上がる白梅がえもいわれず美しい。図録が手に入ったから、梅の季節になったらこの絵が楽しめる。御舟はもう一点芍薬の絵がある。ちょっと驚いたのが小茂田青樹の‘春の夜’。これは‘日本の美! 紅白梅’で紹介したばかりだが(拙ブログ3/7)、また会えるとは思ってもみなかった。

今回嬉しい絵があった。それは鏑木清方の‘菊寿盃’。清方のこんないい絵がまだあったなんて、天にも昇る気持ち。清方好きをミューズはよく知っておられ、御舟の絵にビッグなオマケをつけてくださった。感謝々!上村松園の描いた女性のなかで最も艶っぽい‘楚蓮香’(10/9/8)とこの絵の前に長らくいた。

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2011.04.08

見ごたえ充分の‘江戸の人物画’展!

2552_2     池大雅の‘柳下童子図屏風’(重文 18世紀後半)

2554_2     曽我蕭白の‘太公望・登竜門図’(18世紀後半)

2555_2     円山応挙の‘元旦図’(18世紀後半)

2553_2     ‘舞踊図’(重文 17世紀前半)

現在、府中市美で開催中の‘江戸の人物画’展(3/19~5/8)を楽しんだ。京王線東府中駅からでているバスへのタイミングが今回も悪かった。25分も待てないので、美術館まで歩くことにした。公園のなかの道の両サイドは桜が満開、ちょうど昼時だったから展覧会を見る前に花見をかね売店でしばし食事タイム。

府中市美は横浜からは遠くにある美術館だが、ここの企画展は内容が充実しているのでいつも大きな期待をもってでかけている。展示されている作品は江戸時代に描かれた人物画、その数99点。これをいくつかにグルーピングしてみせているのだが、その分け方がとても新鮮。しかも、びっくりするほどの絵をさらっと展示しているので、サブタイトルの‘姿の美、力、奇’がすとんと腹に落ちる。ここの学芸員の企画力は相当なもので、その美的感性は洗練されている。

会期の前期(3/19~4/17)と後期(4/19~5/8)で作品がほとんど変わる。前期は54点、後期も同じくらいの数がでてくる。ビッグネーム絵師の作品数(通期)をみてみると、最も多いのは曽我蕭白で9点、次が円山応挙の6点。そして、伊藤若冲4点、長澤芦雪3点、池大雅2点。与謝蕪村はお休み。

配分は前期のほうが厚い布陣になっている。蕭白5点、応挙、芦雪(ともに全点)、そして大雅の重文作品1点。若冲は前期は1点のみで3点は後期、だから若冲が好きな方は後期に出かけるほうがいいかもしれない。蕭白も4点あるし、葛飾北斎の興味をそそる絵が登場する。長く浮世絵をみているが、北斎のこの絵は画集などでお目にかかったことがない。とても楽しみ。

じつはこの展覧会に足を運んだのは池大雅(1723~1776)の‘柳下童子図’をみるため。この絵は長年の追っかけ画。やっと会えた!画像は左隻だが、橋を上にいる体のまるい童子二人を空中からながめている感じ。でも、乗っているヘリコプターは高度をあげたり下げたりしているから、まわりの笹や柳は真横あたりからとか斜めからの視線で目に入ってくる。多視点と濃淡描写によってできる立体感覚がなんともおもしろい。

収穫はこの絵だけではなかった。びっくり仰天の絵が1点あった。それは蕭白(1730~1781)の‘太公望・登竜門図’。息を呑んでみたのが右の竜。トンネルを形づくるように立ち上がるいくつもの波頭に挟まれる感じで竜の頭が描かれている。蕭白にこんなすごい構図の絵があったとは!

応挙(1733~1795)の絵で思わず立ち止まったのは‘元旦図’。裃の武士の後ろ姿に意表をつかれるが、もっとびっくりするのが長い影。これまで浮世絵を除いて、人物の影にであったのは静嘉堂文庫にある英一蝶の絵しかない。この応挙の絵は小さな発見だが大きな収穫。

京都市が所蔵する‘舞踊図’は一度、サントリーやニューオータニ蔵のものと一緒にみたことがある。揃いでみるとこれが一番コンディションがよかったことを覚えているから、また夢中になってみた。描かれた6人のなかではこの画像の左の女がもっともきれい。癒し系の絵は長澤芦雪の‘唐子睡眠図’(拙ブログ09/10/11)とも嬉しい再会。

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2011.04.07

西洋美の‘レンブラント展’にサプライズの絵があった!

2550_2     ‘書斎のミネルヴァ’(1635年)

2548_2     ‘ヘンドリッキェ・ストッフェルス’(1652年 ルーヴル美)

2551_2     ‘旗手’(1654年 メトロポリタン美)

2549_2     ‘石の手摺りにもたれる自画像’(1634年 レンブラント・ハウス)

3/27(日)に入館できなかった西洋美の‘光と、闇と、レンブラント’展(3/26~
6/12)をみるため、再度上野へ足を運んだ。開館期間が短縮された(4時まで)ためなのか、レンブラント人気なのかわからないが、館内には大勢の人がいた。

レンブラントの画風の特徴である明暗表現に焦点をあてたこの展覧会はおよそ100点の版画と油彩12点で構成されている。版画は横におき、油彩がこれだけまとまった形で展示されるのは02年に京博で開催された‘大レンブラント展’以来のこと。

チラシに使われている‘東洋風の衣裳をまとう自画像’は昨年11月プティ・パレ美で鑑賞したばかりだし(拙ブログ10/12/7)、ボストン、ルーヴル、メトロポリタンからやってきているものは以前みたことがあるから、今回は期待で胸がふくらむというほどではなかった。

ところが、未見の絵のなかにサプライズの1点があった!チラシにも載っている‘書斎のミネルヴァ’。これは個人(NY)が所蔵するもの。手元にレンブラントの画集が数冊あるが、どれにもでてない。あまりにすばらしいので言葉を失い、放心状態でみていた。顔の赤い頬や光が当たっている左手の描写はじつにリアル。そして、指のつるっとした爪に目が点になった。ケンウッドハウスの自画像に続き、また心を打つ絵をみることができた。ミューズに感謝!

3年ぶりの‘ヘンドリッキェ’と‘旗手’の前にも長くいた。ルーヴルやメトロポリタンで鑑賞するときはレンブラントのいい絵がほかにもあるから、1点々にあまり時間をかけられないが、こうしてじっくりみるとレンブラントの肖像画はやはり強い磁力をもっている。

レンブラントの版画がこういう風に沢山みれるのは大変ありがたい。西洋版画のなかではデューラーとレンブラントは特別という思いがあるから、目に力を入れてみた。足がとまったのはお気に入りの‘石の手摺りにもたれる自画像’や‘窓辺で描く自画像’、‘金細工師ヤン・ルトマ’、そして初見の‘ヤン・シックス’。また、数点のヴァージョンが並んだ大きめサイズの‘エッケ・ホモ’、‘3本の十字架’も画面の隅から隅までみた。

満足度200%のすばらしい展覧会!

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2011.04.06

もっと見たいレンブラントの名画!

2547_2     ‘自画像’(1663~65年 ケンウッドハウス)

2546_2     ‘使徒パウロとしての自画像’(1661年 アムステルダム国立美)

2544_2     ‘自画像’(1669年 マウリッツハイス美)

2545_2     ‘ヤン・シックス’(1654年 シックス・コレクション)

絵画鑑賞を長く続けていると、時々一生の思い出になる作品に出くわすことがある。昨年、ロンドンにあるケンウッドハウスでみたレンブラント(1606~1669)の‘自画像’(拙ブログ10/12/18)はそんな一枚。

レンブラントの自画像は若い頃のものからいろいろ体験してきたが、感激の大きさからいうとケンウッドハウスのものがNYのフリックコレクション蔵とともに最も印象深い。この絵はじっとみていると晩年のレンブラントと今まさに会っているような気になる。美術本に載っている図版でも気になっていたその深い内面描写に言葉を失った。

レンブラントの追っかけは残り3点。うち2点は自画像。アムステルダム美にあるものは愛嬌のあるお爺さんという感じ。30年近く前はじめてこの美術館を訪問したとき、この絵は見ているはず。だが、あの‘夜警’のインパクトが強すぎてこの自画像は記憶から消えてしまった。だから、なんとしても会いたい。

ハーグのマウリッツハイスは05年に体験したが、最晩年の自画像はどこかへ貸し出され展示されてなかった。レンブラントの亡くなる年に描かれた自画像はもう一点、ロンドンナショナルギャラリーにもある。ハーグにあるほうが顔がふっくらし、髪が長い。来年7月東京都美で開催される‘マウリッツハイス美名画展’にフェルメールの‘真珠の首飾りの少女’が公開されるが、ほかの作品のなかにこの自画像が入っていることを今から熱く祈っている。

あと1点はアムステルダムのシックス・コレクションが所蔵する‘ヤン・シックス’。この人物はレンブラントと親交があったインテリ都市貴族。図版をみるだけでもすばらしい肖像画だとわかる。現在、西洋美で行われている‘レンブラント展’にシックス・コレクションのヤン・シックスの版画がでているが、油彩肖像は無理だった。やはりこれはお宝だから貸し出さない。

次回のアムスではなんとか思いの丈をとげたいところだが、このシックス・コレクションなるものの情報が今はない。ガイドブックなどには載ってないから、美術館のようなものはないのかもしれない。となると、この絵とはずっと縁がない?でもみたい。

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2011.04.05

神奈川県立歴博の‘江戸時代の貨幣’展!

2543_3               ‘文政小判’(文政2年・1819年)

2542_2

神奈川県立歴史博物館では現在、コレクション展‘江戸時代の貨幣’(2/19~4/10)が行われている。ここは展覧会のスケジュールを定点チェックし、出動するのは年に1回か2回。良質の浮世絵展などがあるから館への好感度はいいほう。

今、江戸の文化に関心をもっておられる方は結構多い。NHKの‘ぶらタモリ’の視聴率はいいと聞く。そして、古地図を片手に浅草とか隅田川周辺を散策している人も増えているようだ。本屋にいくと情報満載の江戸本がかなりみられる。タモリではないが、いずれ隣の方を誘って江戸の町をぶらぶらしてみたいと思っており、そのレポートのタイトルはもう決めてある。

この貨幣のコレクション展へ出かけたのは江戸についての知識をふやすいい機会だから。金貨、銀貨、銭貨が一通り揃っている。目がいくのはやはり小判、‘慶長大判’から‘万延大判’まで表と裏がセットで並べてある。そして、会場に用意されている解説資料やパネル、説明プレートには下の図(拡大図で)に示されている三貨の貨幣単位の関係や小判の重さや金の含有量が書かれているので、貨幣の品位がどのように落ちていったかがよく理解できる。

画像は文政2年(1819年)にでた‘文政小判’。時の老中、水野忠成は逼迫する財政を立て直すため、貨幣改鋳を実行し、そのとき流通していた‘元文小判’(金の含有量
65.7%)を回収し、金の量をさらに少なくし56.4%の小判を発行した。この出目(貨幣改鋳によって生じた益金)に将軍家斉(いえなり)はニコニコ顔。

最近、‘お気に入り本’に載せている佐藤雅美著‘十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯’(講談社 07年)が文庫本になった。‘十五万両の代償’とは何か? 一般的な歴史書よりこの本を読んだほうがこのころの江戸の政治、社会、武家町民のくらしが200%わかる。興味のある方は是非!

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2011.04.04

癒しのアートにつつまれて! 永遠の女性美

2539_2     ボッティチェリの‘ヴィーナスの誕生’(1485年)

2538_2     ミケランジェロの‘デルフォイの巫女’(1508~09年)

2541_2        フェルメールの‘真珠の耳飾りの少女’(1665年)

2540_2          ルノワールの‘女優ジャンヌ・サマリーの肖像’(1878年)

西洋の宗教画はルネサンスになると人物描写はぐっと人間らしくなる。だから絵との距離も心理的にはすごく近い。絵にもっと近づきたい気持ちにさせ、そして心が鎮められる絵の筆頭はボッティチェリ(1444~1510)の描いた‘ヴィーナスの誕生’。My‘永遠の女性美’は彫刻では‘ミロのヴィーナス’とミケランジェロの‘ピエタ’、絵画では‘ヴィーナスの誕生’。

フィレンツェのウフィツィ美での楽しみが‘ヴィーナスの誕生’なら、ローマのシスティーナ礼拝堂に入ったとき天井画でいの一番に捜すのはミケランジェロ(1475~1564)の‘デルフォイの巫女’。この大きな目にうっとりする。腕とか足は男性っぽいがこの愛くるしい顔がそんなことを忘れさせる。

ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、皆心を打つ美しい女性を描いた。そして、ヴェネツィア派のベリーニ、ティツィアーノも親しみやすくて美しい女性を描くことでは負けてない。例えば、ティツィアーノの‘聖母被昇天’の聖母は完璧に癒される美しさをたたえている。

男性でも女性でも肖像画では目がポイントであることはいうまでもない。やさしい目、憂いのある目、そんな女性をじっとみているだけで心は自然と落ち着く。フェルメール
(1632~1675)の振り返る一瞬をとらえたような‘真珠の首飾りの少女’にぞっこん惚れている。少女は半身像、これだけ内面がしんみり伝わってくるとかえって近づけない。この絵は嬉しいことに来年7月、新東京都美の開館記念展にやってくる(拙ブログ09/10/28)。その前に現地で会うことになりそうだが、再会するのは何回あってもいい。

ルノワール(1841~1919)の女性画は日本画の鏑木清方同様、数多くでとりあげてきた。1点々好みの順位をつけてはいないが、上位にランクづけしているものはほとんどご登場願った。この女優ジャンヌ・サマリーの肖像も以前エルミタージュ美のお宝として紹介した。10年以上前になるが損保ジャパン美にやってきたので、このすばらしい女優の立ち姿を楽しまれた方も多いはず。こういう明るくて性格のよさそうな女性が周囲にいると本当に気も晴れる。

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2011.04.03

癒しのアートにつつまれて!  女性画

2534_2     黒田清輝の‘湖畔’(重文 1897年)

2535_2       上村松園の‘母子’(1934年)

2536_2     鏑木清方の‘たけくらべの美登利’(1940年)

2537_2           片岡球子の‘むすめ’(1974年)

拙ブログは西洋絵画でも日本画でも女性を描いた作品を数多くとりあげてきた。絵画が好きなのは美しい女性や清らかな女性と会えるからといっても過言でない。そのお気に入りの女性画のなかから、心をとてもとても癒してくれるものを選んでみた。まずは日本の絵から。

子供を描いた癒し系の絵で最もいいのは岸田劉生の麗子像。では、大人の女性で心を静めてくれるのはどの絵か。すぐ頭に浮かぶのは黒田清輝(」1866~1924)の
‘湖畔’。この絵は美術の本には必ず載っているからすごく目に馴染んでいるが、実際にみたのは3回しかない。

この前みたのは07年東京芸大美?であった‘黒田清輝展’。07年から東博の管理になり、平常展(本館1階)でみる機会が多くなるのかなと思っていたが、あまり登場しない。見逃したのかもしれないが、もう4年経った。そろそろ対面したいところ。

東近美が所蔵する上村松園(1875~1949)の‘母子’は日本画の聖母子像。後ろ頭にちょこっと髪を残した坊やを母親はやさいい眼差しでみつめている。昨年あった大回顧展にも出品されたから、同じように癒された方は大勢おられるのではなかろうか。

鏑木清方(1878~1972)の描く女性画をこよなく愛しているので、これまでこの画家の作品を沢山紹介してきた。そのなかで心が安まる女性というと京近美にある‘たけくらべの美登利’。この絵に魅せられるのは構図が三角形になっているから。そして水仙をもつきれいな手にも惹きつけられる。

片岡球子(1905~2008)の‘むすめ’は山種の所蔵。丸ぽちゃの顔がとても愛らしい。不安なときとか暗い気分のとき、こういう天性の明るさをもった女性に出会うと救われる。女性はやはり太陽みたいな存在である。

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2011.04.02

横浜美の‘プーシキン展’は開催中止!

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横浜美で4月から行われる予定だった‘プーシキン美展’が開催中心になった!東日本大震災の影響で開催が延期になった時点で中止になると思っていたが、現実に決まってしまうとかなり淋しい。

また、三井記念美のホノルル美蔵による‘北斎展’(4/16~6/19)も開催されなくなった。いずれも美術館が作品を貸し出してくれないからだ。美術館側が貸し出したくないのはやはり余震が怖いのだと思う。強い余震がまだ起きているから、彼らには今日本へ作品を送り出すことのリスクは相当大きく感じられるのだろう。

では、福島第一原発の事故も貸し出しNOの一因? お宝の絵画が放射線に当たるのは避けたい!?青空の下で展示されるのではなく、美術館の中で展示するのだから問題はないはずだが。ほかに何が考えられる?これもありかな?というのがひとつある。

横浜美はプーシキン展を開催する際、開幕に先立って内覧会およびレセプションを行う。そこには当然モスクワからプーシキンの館長あるいは副館長が出席し、一言挨拶する段取りになる。ここがくさい。プーシキンの人たちは日本で放射能を浴びたくないのだ!チェルノブイリ事故がトラウマになっているから、日本へ行くのがとても怖いのかもしれない。中止の本当の理由はこれ?

この展覧会では‘いつか行きたいプーシキン美’で紹介したルノワールの‘ジャンヌ・サマリーの胸像’(拙ブログ10/7/20)とアンリ・ルソーの‘詩人に霊感をあたえるミューズ’に会うのを楽しみにしていた。主催者は開催の可能性をさぐるといっているが、多分ダメだろう。となると、モスクワを再訪するしかない。

メトロポリタン美からは予定通り光琳の傑作が根津へやってくる。今秋、西洋美で公開されることになっているゴヤの‘着衣のマハ’(プラド美)も変更がないことをしっかり祈っておきたい。

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2011.04.01

癒しのアートにつつまれて!  日本の子供たち

2530_2     岸田劉生の‘麗子微笑’(重文 1921年)

2529_2          竹久夢二の‘かげやとうろくじん’(1912年)

2532_2     ‘橘直幹申文絵巻’(部分 重文 鎌倉時代)

2531_2     渓斎英泉の‘木曾街道 倉賀野宿・烏川之図’(江戸時代 天保中期)

日本で子供が描かれた絵を絵巻から水墨画、江戸絵画、浮世絵、近代日本画、洋画までひっくるめてみたとき、癒される作品としてすぐ頭に浮かぶのは岸田劉生(1891~1929)の‘麗子微笑’(東博)

この絵は日本画と違って油彩なのだから、常時展示されているのが本来の姿。でも、重文に指定されているので展示期間が制限され、ある一定の間隔でしかみることができない。パリのオルセーはいつ行ってもルノワールの傑作‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場’を楽しむことができるのに、世界に誇れるこのすばらしい麗子像はたまにしかみれないのである。

油彩の場合、展示ルールはまったく意味がない。こんなつまらない展示の仕方はいい加減やめてもらいたいが、日本の美術館は権威主義で頭の硬い人が多いからこの願いは100%実現しない。洋画の最高傑作である麗子像は東博にやってくる外国人を
200%いい気持ちにさせるのは間違いないのに、本当に残念。

竹久夢二(1884~1934)には雑誌の表紙などを含めると子供の絵が沢山ある。その中ですごく惹かれているのが地面に影を映す男の子の絵。こういう絵は描けそうで描けない。黒でなく青の影だが、違和感なくすっと目のなかにおさまるのが不思議。

出光美が所蔵する‘橘直幹申文絵巻’の巻頭に肩の力のぬける風俗描写がでてくる。5,6年前、これを出光でみたときは目が点になった。鎌倉時代にこんな楽しい絵があったとは!万屋の店先で女が忙しく働いており、女の横では裸の幼児がなにかを手伝っている。じつにいい光景。

西洋画に描かれた大勢の天使を連想するのが渓斎英泉(1791~1848)の絵。茶店の裏手の川で母親は洗い物をし、男の子たちは楽しそうに水遊びをしている。とても心が和む。

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