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2011.03.31

癒しのアートにつつまれて!  子供の絵

2526_2        フォルリの‘ヴィオラを弾く天使’(1480年)

2527_2     ベラスケスの‘赤いドレスのマルガリータ王女’(1654年)

2525_2     ゴヤの‘マヌエル・オソーリオ・デ・スーニガ’(1788年)

2528_2       ハルスの‘笑う少年’(1627年)

西洋絵画をみていて可愛い天使や子供を描いた作品にでくわしホットすることがよくある。そのなかからとくに気に入っているのをならべてみた。

天使の絵、NO.1はヴァティカン博にある‘ヴィオラを弾く天使’(拙ブログ10/3/12)。これは1480年頃、メロッツィオ・ダ・フォルリ(1438~1494)によって教会の後陣に描かれた。フレスコ画なので描かれた当時の色がそのまま残っており、明るく輝く天使のカールした金髪に心を奪われる。

ベラスケス(1599~1660)の描いた王女マルガリータのなかでは3歳ころの肖像に最も惹かれている。赤とグレイの組み合わせがとてもいい衣裳を着て、しっかりポーズをとる姿には王家の子供の雰囲気が漂っている。所蔵するウィーン美術史美の図録に収録されたマルガリータの肖像3点のうちこの図版が一番大きい。だから、日本には貸し出さないだろうと思っていたら、なんと3年前国立新美の展覧会にやって来た!

肖像画を500点くらい描いたゴヤ(1746~1828)に1月またのめりこんだ。子供の絵でかぎりなく好きなのが赤いコンビネゾン(つなぎ服)を着た男の子の絵。これをみるのがメトロポリタン訪問の楽しみのひとつになっている。この男の子とオスーナ公爵家族の肖像に描かれた4人の子供たちをみると、真に心が安まる。とにかくゴヤは子供を愛らしく描く。

笑う人物を描かせたらハルス(1580~1666)の右にでる者はいない。子供でも大人でもその屈託のない笑顔をみているとこちらも自然と頬がゆるむ。これはフェルメールの絵があるマウリッツハイス美が所蔵している。

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2011.03.30

大リーグいよいよ開幕!

2524大リーグがいよいよ日本時間の4/1からはじまる。で、今日は日本人選手の話を。

今年新たに海を渡った選手はもとロッテの西岡(ツインズ)とオリックスからテキサスレンジャーズへ移った投手の
建山。

西岡はオープン戦での調子は悪くなく、上々の出だし。内野手として大リーグでプレーするのは松井稼、岩村(ともに現在楽天に所属)に次いで3人目。

入団したミネソタ・ツインズはアリーグ中地区にある球団。この地区は例年、ホワイトソックス、タイガーズ、ツインズがシーズン最後まで優勝を争っているから、西岡はいいチームに入ったのではないかと思う。

さて、西岡はレギュラーとしてのプレーを続けられるか?この選手のバッティング技術は確実に向上している。昨年206安打を放ち、打率.348のいい成績を残したのだら、自信をもって大リーグのピッチャーにむかっていったらいい。打てなくなっても過度に悩まないこと。自分の技術を信じメンタル面でタフだったらなんとか乗り切れる。

このチームには首位打者を3回もとっているキャッチャーのマウアーという天才打者がいる。西岡にとって、マウアーの存在はおおいにプラスになるはず。いい環境のもとでプレーできるのだから、期待に応える活躍をしてくれるような気がする。

野手ではイチローはまったく心配いらない。活躍するのはもう当たり前みたいなもの。でも、マリナースは今年もダメそう。アスレチックスでプレーする松井はどうだろうか?体調は良さそうなのでやってくれると思うが、ホームランは30本にとどくか。

心配なのは4年目の福留(シカゴカブス)。打率が3年連続、2割5分とか6分では話にならない。学習効果がみられないのは、人の話を聞かない頑固な性格が災いしているのだろう。おそらく今年はあまり使ってもらえず、来年は日本に帰ってくることになるのでは。

投手は残念ながらあまり期待できない。松坂(レッドソックス)は二桁は無理だろう。ドジャーズの黒田には15勝くらいしてもらいたいのだが、今年も10勝前後がいいところか。

3年目の川上(ブレーブス)はマイナースタートになったし、上原(オリオールズ)もいつ故障するかわからないから多くは期待できない。二人とももう年だし、福留同様日本でプレーしたほうがいい。

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2011.03.29

気になる展覧会の開催情報!

2523
東日本大震災の影響や計画停電などにより、展覧会の開催スケジュールを変更する美術館がいくつもでてきた。で、関心の高い展覧会について、現在把握していることを少しまとめてみた。

★‘レンブラント展’:3/26~6/12 (国立西洋美)  開催中

先週の3/26(土)からスタートした(当初予定は3/12から)。開館時間は10時~
4時、ただし入館は3時まで。普通なら30分前の入館OKなのだが、節電のため1時間前の入館になっているので注意が必要。3/27(日)、3時5分に門のところに着いたら入れてもらえず、大弱り。

★‘プーシキン美術館展’:4/2~6/26 (横浜美)  開催延期

最も期待している展覧会だが、いつから開催されるのかは未定。

★‘写楽展’:4/5~5/15 (東博)   開催延期→5/1~6/12

1ヶ月遅れの開幕となるが一安心。

★‘セガンティーニ展’:4/29~7/3 (損保ジャパン美)  予定通り開催

これは元旦のプレビューのときは情報がなかった展覧会。国内では33年ぶりの回顧展(作品数60点)。倉敷の大原美から自慢の絵がやってくるし、セガンティーニ美蔵の傑作‘アルプスの真昼’も再登場。

★‘KORIN展’:4/16~5/15 (根津美)   予定通り開催

★‘歌川国芳展’:6/1~7/28 (太田記念美)   予定通り開催

これもプレビューに載せてない展覧会。太田の国芳展だから期待大!

★‘ワシントンナショナル・ギャラリー展’:6/8~9/15 (国立新美)  予定通り開催

プレビューの時点では出品作の情報はなかったが、発表された作品はすごいのが揃った。マネの‘鉄道’(チラシに使われている)をはじめとして、昨年パリのグランパレであった大モネ展にもでていた‘ヴェトゥイユの画家の庭’、ルノワールの‘モネ夫人とその息子’などがやってくる。キャッチコピー‘これを見ずに、印象派は語れない。’は決してオーバーな言い方ではない。

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2011.03.28

見ごたえのあるサントリーコレクション!

2519_2     ‘色絵五艘船文独楽形大鉢’(重文 江戸時代 18世紀後半)

2520_2      ‘薩摩切子紅色被皿’(江戸後期 19世紀中頃)

2521_2 本阿弥光悦&俵屋宗達の‘鹿下絵新古今集和歌巻断簡’(江戸時代 17世紀前半)

2522_2          伊藤若冲の‘墨梅図’(江戸時代 1787年)

今年開館50周年を迎えるサントリー美では‘美を結ぶ。美をひらく。’と題した記念展が4回行なわれるが、その1弾‘夢に挑むコレクションの軌跡’が1週間遅れで26日からはじまった(会期は5/22まで)。

こういう開館○○年記念展は美術館にとってはお祝い事なので、‘お宝全部お見せします!’の展示スタイルをとることが多い。だから、ここの主だった作品はほとんどみているのについ出かけてしまう。お馴染みの名品がここにもあそこにもあるという感じなので、テンションは大いにあがる。

やきものでお気に入りは‘色絵五艘船文独楽形大鉢’。この絵柄の大鉢はMOAなどにもあるが、これが最も大きく全体の仕上がりもすばらしい。重文に指定されていることは数点比べてみれば即納得できる。

薩摩切子は4点。‘藍色被船形鉢’(拙ブログ04/12/20)の藍色に見蕩れ、3枚並んだ‘紅色被皿’では夢の世界に誘われるような気分。透明感のあるガラス製品をみているときの心の揺れ方はジュエリーを前にしているときと同じ。薩摩切子や江戸切子とくれば、ガレもみたくなる。そこはぬかりなく、てんこ盛りの12点。ランプ‘ひとよ茸’(04/12/21)や花器‘かげろう’などを息を呑んでみていた。

鹿の描かれた和歌集の断簡は2年くらい前ここで開催されたシアトル美名品展でも展示された。鹿をモチーフに使った光悦と宗達のコラボ作品のなかで、サントリー蔵のものは鹿の数が多く大きな群れになっているので見ごたえがある。二人の合作はほかに3点でている。

今回のお目当ては新収蔵品の伊藤若冲(1716~1800)作、‘墨梅図’。ぱっとみるとシリーズ‘日本の美!紅白梅’で紹介したもの(3/4)と似ている。同じくあらたにコレクションに加わった狩野山楽の‘西湖図屏風’も目を楽しませてくれた。

新コレクションではⅡ期(4/20~5/9)Ⅲ期(5/11~5/22)に、伝つきだが狩野永徳や岩佐又兵衛の絵が登場する。再訪するかパスするか悩ましいところ。

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2011.03.26

‘ボストン美浮世絵名品展’! 清長・栄之・豊国・春章

2515_2      鳥居清長の‘初春の越後屋’

2516_2      鳥文斎栄之の‘隅田川の船遊び’(部分)

2517_2      歌川豊国の‘六玉川 調布の玉川’

2518_2             勝川春章の‘見立琴棋書画図’

歌麿が登場する前、美人画で人気を集めたのが鳥居清長(1752~1815)。ボストン美が所蔵する清長を最初にまとまった形でみたのは4年前、千葉市美であった大回顧展。このときボストンからは17点出品されたが、‘美南見十二候七月 夜の送り’とか‘吾妻橋下の涼船’といったワイド画面の美人風景画が目を楽しませてくれた。

1年後の名品展(江戸東博)でも心が浮く浮きしてくる花見の絵‘当世遊里美人合’や背景に富士を描いた‘日本橋の往来’など6点が登場。さて3度目の里帰りとなる今回はドドッと37点!3つの展覧会をあわせると全部で60点。これほどいいものをみれば当分、清長はお休みでもいい。

3枚続のワイド画面は前2回でいいものが出品されたので‘仲之町の牡丹’1点のみ。‘初春の越後屋’は本来3枚続で、ボストンにあるのは真ん中と右の2図。正月気分はとっくになくなっているが、暖簾の上部にある飾り短冊がひらひら揺れる様を感心しながらみていた。真ん中遠近法の消失点のところに富士山がちらっとみえる。

鳥文斎栄之(1756~1829)は隅田川の光景を沢山描いているが、ここにでているワイド版4点はいずれもすばらしい出来栄え。国内でもこれほどいいのはなかなかみれない。‘隅田川の船遊び’では視線は手間の船に載っている女だけでなく、中景の小さな船や向こうの土手の上を往来する小さく描かれた人々にまでおよぶ。こういう風に画面の隅から隅まで神経が集中するのはボスやブリューゲルの絵とかルーベンスの風景画をみるときとまったく同じ。風景画の楽しみはまさにここにある。

この展覧会のチラシを手に入れたときから関心を寄せていたのが歌川豊国(1769~
1825)の描いた‘六玉川 調布の玉川’。中央の流水をみて大方の人が同じことを連想されるはず。そう、光琳の‘紅白梅図’の流水。こういう構図を思いつく豊国の想像力もすごい。女たちは忙しそうに布を杵でつき、足で踏み、そして砧で打っている。水の音を聞きながらその作業をじっとみていた。

最後のコーナーに飾ってあったのがお気に入りの絵師、勝川春章(1726~1792)の肉筆画‘見立琴棋書画図’。衣裳の柄の緻密な描写がいつものように夢中にさせる。ボストン美が所蔵する春章の一級の肉筆をまたみれたのはなんとも幸せなこと。ここにある浮世絵は期待にたがわずいいものが揃っている。

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2011.03.25

極上の‘ボストン美術館浮世絵名品展’! 歌麿

2513_2          ‘青楼仁和嘉女芸者 茶せん売 黒木売 さいもん’

2511_2     ‘大川端夕涼’

2512_2     ‘台所’

2514_2            ‘覗き’

ボストン美が所蔵する浮世絵の里帰り展は4月千葉市美でみる予定だったが、計画停電の影響で展示が休みになったりする可能性があるので、今確実にみれる山種美に変更することにした。

ボストン美の浮世絵名品展(2/26~4/17)は2回目。前回は08年江戸東博であった(拙ブログ08/10/16)。ボストン美にある浮世絵は色がよく残っており、浮世絵の楽しさを存分に味合わせてくれることはわかっているから、展示室に足を一歩踏み入れたらすぐ‘みるぞ!モード’にスイッチが入る。

今回は鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽を軸にした構成。まずはお気に入りの歌麿から。作品は全部で51点。図録にはほかの会場で展示されたものが5点載っている。これに前回の7点を加えると歌麿はトータル63点公開されたことになる。1点々見ごたえがあるから、歌麿の魅力を200%感じることができた。

いくつも収穫があったなかでとくに魅せられたのをあげてみると。美人画でいいのは3美人の‘青楼仁和嘉女芸者’、雲母摺の地に浮き上がるはっきりした顔立ちの芸者に心を奪われる。そして、賑やかな宴席‘大名屋敷の山東京伝’や奥行きのある構図がすばらしい‘琴棋書画’にも吸い込まれる。

3枚続きの‘ワイドスクリーン‘大川端夕涼’の見所は川に浮かぶ舟の明かり。墨のグラデーションのなかぽっと照らすうす朱色がえもいわれず美しい!是非ご自分の目で。

歌麿の絵で楽しいのは風俗画。その代表作の一つが‘台所’。じっとみつめてしまうのは右のほう。頭に手ぬぐいをした女はほっぺをふくらまして火吹き竹で竈(かまど)の火を熾している。そのそばにいる女の顔がじつにリアル。どんどんでてくる煙のまえでは皆こんな顔をなる。‘ああー、眼をあけてられないわ’

‘覗き’は一度メトロポリタン蔵をみたことがある。鏡で化粧する母親に幼子が近づき、‘おかあたん、まだァー’。‘まだなのー’と母親は舌をべろべろさせている。なんとも愛らしい親子の風景。歌麿の心根は本当にやさしい。

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2011.03.24

期待値を大きく上回る‘白洲正子 神と仏、自然への祈り’展!

2507_2     ‘日月山水図屏風’(重文 室町時代 16世紀)

2510_2     ‘長命寺参詣曼荼羅図’(桃山時代 17世紀)

2508_2       ‘女神坐像’(重文 平安時代 9世紀)

2509_2     ‘狗児’(重文 鎌倉時代 13世紀)

‘白洲正子 神と仏、自然への祈り’展(3/19~5/8)をみるため、世田谷美へ足を運んだ。当初この展覧会は鑑賞することにしていたのに、チラシに載った展示作品をみて気が変わり今回はパスでもいいかなと思っていた。

が、3.11の大地震のため美術館めぐりの計画が大きく狂ってきた。開催中だった展覧会や開催の決まっていたものの多くが休館になったり延期になったりしているのである。そのため、急遽開館中の世田谷美を訪問することになった。ここは到着するまで随分時間がかかる。用賀駅から出ているバスは30分に1本、タイミングが悪いと長く待つはめになる。今日はその悪い日。交番で地図をもらい歩くことにした。

この特別展は白洲正子の生誕100年を記念するもの。といっても、白洲正子の眼を通して日本美術を深くみようなんて考えははじめからなく、いつものスタイルで思いは追っかけ作品を一つでも二つでも眼のなかにおさめることだけ。だから、この大変な目利きが書いた紀行文を立ち止まって読むことはせず、気楽にみてまわった。

感心するのは作品の見せ方。この演出はこの展覧会に携わった人たちのセンスの良さを物語っており、白洲正子の美に対する豊かな感性と自然や神仏へむかう心情をよくくみとり、仏像、絵画、能面などを印象深く見せてくれる。いい展覧会を体験していると思わせるのはとにかく作品の内容がいいから。ズバリ、東博で行われる展覧会となんらかわらない一級の展覧会である。見てのお楽しみ!満載。

再会したかったのは大阪の金剛寺にある‘日月山水図屏風’。3,4年前あったサントリーの屏風展にも出品されていた。これは右隻のほう。じっくりみているうちに加山又造の絵(拙ブログ06/3/1107/2/20)が重なってきた。又造はこの山水図を参考にしていることは知っていたが、よくみるとこの絵に描かれているモチーフをいくつもとりこんでいることがわかった。左上にみられる金箔や銀箔の小さな四角がそうだし、複雑な波濤フォルムをベースにしこれをさらに洗練させ立体的な波の形に昇華させたのは間違いない。

参詣曼荼羅図が数多くでていた。そのなかで色がよく残り、画面の隅から隅まで楽しめたのが‘長命寺参詣曼荼羅図’。右のほうには大勢の参拝客にまじって犬や鶏がみえ、左には蹴鞠に興じる人たちがいる。そして、眼が点になるのが連続して綿密に描かれている波の線。こういう曼荼羅図だと眼が疲れないし飽きない。

今回の追っかけ作品は‘女神坐像’(京都・松尾大社)と‘狗児’(高山寺)。量感があり存在感いっぱいの‘女神坐像’で釘付けになるのが長い髪。この黒髪パワーにたじたじといったところ。高山寺にある狗児の木彫は前々から気になっていたが、本物はやはりよかった。いっぺんに魅せられた。

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2011.03.23

癒しのアートにつつまれて! 西洋彫刻

2506_2            ‘ミロのヴィーナス’(紀元前100年頃 ルーヴル美)

2503_2     ミケランジェロの‘ピエタ’(1498~1500年 サン・ピエトロ大聖堂)

2504_2        ミケランジェロの‘聖母子と幼児聖ヨハネ’(1505年 バルジェロ美)

2505_3        ロッビアの‘女性の肖像’(1465年 バルジェロ美)

昨年2度イタリアを訪れ、古代彫刻やルネサンスに活躍したドナテッロやミケランジェロ、バロック時代のベルニーニの彫刻を沢山みたおかげで西洋彫刻の流れがだいぶわかるようになった。その造形は力強い男性彫像から優美な雰囲気をたたえたヴィーナス像、そして人物を写実的に表現したものまでいろいろある。

心を鎮めてくれる彫刻というとすぐ頭をよぎるのがルーヴルにある‘ミロのヴィーナス’。ルーヴルは08年、昨年の2回とも絵画中心の鑑賞に終始したので、有名な‘ミロのヴィーナス’や‘サモトラケの勝利の女神’は展示室を移動中横目でちらっとみて‘うんうん、ここにあるんだよな’ですましている。

‘ミロのヴィーナス’はS字にゆるく曲がる人体描写がなんといってもすばらしい。手は一体どうなっていたの?TVでみたシミュレーション映像を思い出しイメージしてみるのだが、それはすぐどうでもよくなり目に焼きついているこの美しいプロポーションに見蕩れてしまう。

数ある西洋彫刻のなかで最も心が癒されるのはミケランジェロ(1475~1564)の‘ピエタ’。キリスト教徒ではないから宗教的に感情が高ぶることはないが、この聖母マリアの姿をみていると、世の中の母親が子供に抱く愛情というものはかくも大きく、子供はいい子だってできの悪い子だって皆同じように母親の深い愛情によって守られているのだと、言い聞かされているような気持ちになる。

彫刻は絵画と違って立体なので、聖母子像も目の前に聖母と幼子イエスがいるような錯覚を覚える。このリアル感が彫刻の魅力。昨年ミケランジェロの円形浮彫りを3点みたが、フィレンツェのバルジェロ国立美にある‘聖母子と幼児聖ヨハネ’が一番印象深い。

バルジェロ美にはもうひとつ心の安まる浮彫りがあった。それはロッビア(1399~
1482)が制作した色つきの‘女性の肖像’。とても線の細い静かな女性で、息を呑んでみつめていた。彩釉の技法を確立したロッビアはフィレンツェにある孤児養育院に青地に映える愛くるしい幼児を描いた円形浮彫りを残している。次回はこれを是非みようと思っている。

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2011.03.22

癒しのアートにつつまれて! 仏像

2499_2      平等院 定朝作‘阿弥陀如来坐像’(1053年)

2500_2        広隆寺 ‘弥勒菩薩半跏像’(7世紀)

2501_2        中宮寺 ‘菩薩半跏像’(7世紀)

2502_2     興福寺 ‘阿修羅’(734年)

最近は国内を旅行する機会が少なくなっているが、大地震とそれによって引き起こされた想像を絶する津波が東北・関東にもたらした甚大な被害や福島第一原発の容易ならざる事態を映像や新聞の写真でみるにつけ、今すぐにでも京都や奈良へでかけ仏像の前でずっと祈っていたくなる。

こういうときにすぐ思いつく仏像はある程度絞られる。とにかく穏やかな顔をしている仏さんとか静かでやさしい雰囲気をもった仏像の前に立ちたい。宇治平等院へはまだ一度しか行ってないが、鳳凰堂にある国宝‘阿弥陀如来坐像’の非常にはっきりした顔立ちは目に焼きついている。金色といい安定した形といい、その穏やかで調和のとれた阿弥陀さまの姿をみていると気持ちが自然と落ち着いてくる。

微笑みの仏像として有名なのが広隆寺と中宮寺にあるもの(いずれも国宝)。二体とも本物をみたのはもう随分前のことだが、その高い芸術性が感じられる造形はいつまでも体の中に残っている。‘弥勒菩薩半跏像’は7世紀前半、朝鮮から伝来した新羅仏という説が有力。右膝に肘を立てて細い指を頬にあてる姿はとてもやさしく、そしてかぎりなく美しい。

新羅仏にくらべると中宮寺にある‘菩薩半跏像’はいくぶん丸みをおびた顔をした日本オリジナルの微笑み像。その表現はより優美で写実的になり、像の前では心が静かに浄化されいくようだったことは今でもよく覚えている。この二つの半跏像は世界に誇る日本の宝ではなかろうか。

興福寺の‘阿修羅’(国宝)をみていると本当に癒される。2年前東博にやってきて大勢の観客を集めたが、地元奈良へ帰ってからは新装された国宝館に飾られ、相変わらず存在感抜群の姿で人々に感銘を与え続けている。今は阿修羅にひたすら祈りたい。

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2011.03.21

癒しのアートにつつまれて! ダ・ヴィンチ コレッジョ ムリーリョ

2495_2     ダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’(1502~16年 ルーヴル美)

2496_2     コレッジョの‘幼いキリストを礼拝する聖母’(1525年 ウフィツィ美)

2497_3     コレッジョの‘バスケットの聖母’(1525年 ロンドンナショナルギャラリー)

2498_2          ムリーリョの‘ロザリオの聖母’(1650~55年 プラド美)

数多くある聖母子や聖家族の絵のなかで心が鎮めれられるものはラファエロのほかにまだいくつかある。ダ・ヴィンチ(1452~1519)が描いたもので癒しの絵はなんといっても‘聖アンナと聖母子’。聖アンナの慈愛にあふれる顔をみるたびに、男でも女でも子供でも大人でも人は母親の愛に抱かれているときが一番幸せだなと思う。

ラファエロの5,6歳年下のコレッジョ(1489~1534)の聖母子にも大変魅せられている。この画家に開眼したのは03年に訪れたドレスデン美で‘聖夜’をみてから。そしてその3年後、ウフィツィで以前は気にもとめてなかった‘幼いキリストを礼拝する聖母’と遭遇し、聖母子ならラファエロとコレッジョ、そしてムリーリョが決定的になった。

コレッジョの描く聖母マリアはラファエロよりさらに母親の深い愛情が感じられ、やさしい眼差しで生まれたばかりのキリストをみつめている。コレッジョは小さいころから内気な性格だったようで、まわりの人たちに対しても心やさしかったにちがいない。この絵はこれまで見たコレッジョ作品のなかで最も印象深いものだが、5年くらい前西洋美にやってきた。

ロンドンナショナルギャラリーが所蔵する‘バスケットの聖母’も心がとても安らぐ絵。赤ちゃんを膝にのせたお母さんの姿はどこにでも目にする光景。これほど人間味にあふれる聖母子像はみたことがない。奥のほうで仕事をしているのは父親ヨセフで、強い絆でむすばれた家族の情景が生き生きと描かれている。

ムリーリョ(1617~1682)の絵はプラド美の感想記で紹介したばかりだが、この絵をはずすわけにはいかない。コレッジョの絵から130年くらいあとだから、人物描写もさらに身近になっている。聖母マリアはスペインの街を歩けばすぐにでもでくわすような若い女性という感じ。赤ちゃんも可愛いいから、かけよって声をかけたくなる。

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2011.03.20

癒しのアートにつつまれて! ラファエロ

2491_2        ‘小椅子の聖母’(1513~14年 ピッティ美)

2492_2         ‘システィーナの聖母’(1513年 ドレスデン国立絵画館)

2493_2        ‘ベルヴェデーレの聖母’(1506年 ウィーン美術史美)

2494_2            ‘大公の聖母’(1504~05年 ピッティ美)

世の中には絵画が好きな人は大勢おられるが、絵もいろいろあるから心の安まる絵も人それぞれ。風景画に心を奪われる人もいれば、女性画に夢中の人もいるだろう。また、宗教画を中心に美術館を巡っている人も多い。そして具象画だけが見る人に感動を与えるわけではなく、表現媒体としての絵画の可能性は広く抽象絵画やコンテンポラリーアートによって精神がリラックスする人だっている。

西洋絵画のなかで大きな割合を占めているのが宗教画。だから、海外の美術館めぐりをしていると聖母マリアやキリストを描いた絵には数多く出くわす。そのなかでとりわけ惹かれているのがラファエロ(1483~1520)の描く聖母子像。美術ファンなら誰しも生涯の思い出となる絵との遭遇があるはず。‘小椅子の聖母’(拙ブログ05/1/4)と‘システィーナの聖母’(10/8/17)はまさにそんな絵。

‘小椅子の聖母’があるのはフィレンツェのピッティ宮殿。ここは通常のツアーは行かない。だから、訪問するとしたら自由時間のとき。でも、はじめてのフィレンツェだとこの時間がミケランジェロの‘ダヴィデ’が展示してあるアカデミア美とかドゥオーモの頂上のぼりなどにあてられることが多いから、街の中心からすこし離れたピッティ宮殿まで足が向かわない。

ここはまだ一回しか行ってなく、記憶が薄れてきたので次回のフィレンツェでは必ず行こうと今から決めている。顔をくっつけるようにしている聖母マリアと幼子キリスト。でも、この絵の前では宗教画をみている感じはしない。ほのぼのとした親子の情愛にあふれるこの絵をみていると真に心が癒される。

ドレスデン美にある‘システイーナの聖母’は下にいる二人の天使の姿がじつに愛くるしい。ひとりは頬杖をつき、もうひとりは手の上にあごをのせて上のほうを眺めている。ベリーニもティツィアーノもルーベンスも天使をいっぱい描いているが、可愛さではこの二人が横綱。

三角形構図で描かれた聖母子ではルーヴルにある‘美しき庭師’(08/2/25)とウィーンの‘ベルヴェデーレの聖母’がお気に入り。どちらの絵でも聖母は本当にやさしいお母さんという感じ。ピッティ宮殿にはもうひとつ心が和む聖母子がある。‘大公の聖母’。マリアが抱くキリストは赤ちゃんそのもの。昨日は岩手県山田町の避難所で赤ちゃんがお風呂にいれてもらっていた。お母さんも大喜び。

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2011.03.19

癒しのアートにつつまれて! 棟方志功

2490_2          ‘弁財天妃の柵’(1974年 棟方板画美)

2487_2     ‘両妃飛天図’(1956年)

2488_2     ‘桃太郎図屏風’(1953年 棟方板画美)

2489_2       ‘みみずく図’(部分 制作年不詳)

東北・関東に大きな被害をもたらしたM9.0の巨大地震が起きて一週間がたちました。犠牲者の数の多さ、家が津波や地震で壊され、愛する家族や友人、知人を失なわれた多くの方々のことを思うと本当に心が痛みます。復興へむけての支援といってもできることといったら義援金くらいしかないのですが、横浜にいてこの地震を同時に体験しましたから、これから長い復興の道を歩まれる被災者の方に心を寄せて暮らしていこうと思っております。

拙ブログはアートの鑑賞記を中心に毎日更新しているのですが、地震に見舞われて今辛い思いをされている方々の気持ちがすこしでも和らぎ、心の平穏が保てることを願いまして新シリーズ‘癒しのアートにつつまれて’(不定期)をスタートさせることにしました。

現代にあっては芸術が宗教かもしれません。西洋画でも日本画でも、また彫刻でもアートには心を癒してくれるもの、そして静かに祈りたくなるようなものが沢山あります。そんな作品をできるだけ多く集めてみようと思います。一回目は東北が生んだ偉大な版画家、棟方志功。

棟方志功(1903~75)の作品は最近とんとご無沙汰している。これは3年前までは半年に一回のペースで出かけていた鎌倉の棟方板画美の作品をほとんど見終わったから。で、棟方の絵を見る機会は日本民藝館のみになった。作品をアップする回数はぐっとへっているが、画集は一定のサイクルで眺めている。今回、癒し系とか元気がでそうな絵を選んだ。

このシリーズを思いついたとき真っ先に頭に浮かんだのが‘弁財天の柵’(拙ブログ05/11/5)。豊満な女人像の大首絵はいくつもあるが、この絵が最も気に入っている。立姿の仏像画では青森の記念館にある絵(06/9/26)に癒される。躍動感のある姿に見蕩れるのが‘両妃飛天図’。鮮やかな黄色や緑の色使いが心をふわふわさせてくれる。

画面全部を使って描かれている桃太郎は目がきりりとして勇ましい。大きな目、ふっくらした頬、太い手足。幼稚園くらいの子供にこうした格好をさせお化粧をすると可愛いくなる。子供の笑顔は悲しいとき皆を和ませる。志功の生き物の絵には鷲や鯉などもあるが、可愛いのはみみずく。この枝に止まっているみみずくはそれぞれ目の描き方が異なり個性を持たせている。どのみみずくもすぐゆるキャラとしてでデビューできる。

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2011.03.18

楽天は東北の球団? 主催試合は関西ではなく首都圏だろう!

2486パリーグは4/12から開幕するが、仙台が本拠地の楽天は地元で試合をすることができない。

球場が地震で壊れたためだ。どの程度壊れ、復旧がいつごろになるのかまったく知らないが、当分使えないことは確か。

で、楽天球団は甲子園で主催試合をしたいと阪神に協力を申し入れたという。この行動はまったく理解できない!昨年までは楽天を応援していたが、今年はあのアホ星野が監督をやるので関心はない。だから、この情報についてとりあげなくてもいいのだが、楽天の三木谷オーナーや球団幹部があまりに東北をないがしろにしているので、一言いいたくなった。

楽天のこうした意向の背景には昨年まで形としては阪神に籍をおいていた星野がいることくらい野球好きの人ならすぐ察しがつく。が、これはまったくの愚策!震災に苦しむ東北のことや選手のことが全然考慮されてないファン無視の拙速案といっていい。主催試合を甲子園でやる意味がどこにあるの?深く考えもせず、よくこんな行動をするものである。

仙台の球場が使えないのなら、まず検討すべきは東北のほかの球場ではないか。地震の被害を受けてないという前提ではあるが、例えば、山形とか青森とか盛岡にある球場もしくは過去プロ野球の試合が行われたことのある球場をリストアップする。もちろん設備が充分でなく収容人数が1万人くらいかもしれない。でも、そこは目をつむり試合数を積み上げる。

これだけではとても希望する主催試合に達しないのであれば、これを補うため東京、神奈川にある東京ドーム、神宮球場、横浜球場、川崎球場を貸してもらう。埼玉も検討したいところだが、ここは西武ライオンズの地元だから遠慮する。依頼するなら甲子園よりこの4球場にするほうが筋が通っている。一番いいのはこの地域には東北出身の人が多くいること。関西より多いことは子供でもわかる。だから、球場さえ確保できれば、楽天を応援しに大勢の人が足を運んでくれる。

もうひとつこれは監督、コーチ、選手、スタッフにとっていいことだが、首都圏の球場なら選手たちは仙台の家から球団が用意するバスや新幹線を乗り継いで球場入りすることができる。3連戦があると一日くらいホテル住まいになるかもしれないが、遠い大阪でのホテル暮らしよりはずっと楽。

楽天の球団関係者は本当に東北のファンのことを一番に考えているのだろうか?三木谷氏の経営センスには昔から?をつけているが、今回の件もこの人の考えそうなことだなと思った。要する楽天は利益追求オンリーで東北のファンのことは二の次だということである。アホ星野は山形や盛岡の小さな球場で試合はしたくないのだろう。そんな男が東北のことを腹の底から考えているはずがない。

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2011.03.17

セリーグ3/25開幕を強行する巨人はどうしようもないダメ球団!

2485今日、プロ野球のセパ分離開幕が決まった。

セリーグは予定通り3/25(金)から、パリーグは延期し、4/12(火)から開幕する。

この決定を聞いて、日本のプロ野球は本当にダメな組織だなとあらためて思った。お気づきのように拙ブログではプロ野球にはもう何年も前から愛想をつかしていると書き続けている。

今、日本は大変は時を迎えている。巨大地震に見舞われた東北・関東では3万人にも達するかもしれない多くの犠牲者がでて、30万人の人々が辛い避難生活を強いられている。また、福島第一原発の事故で漏れ出した放射能の影響についてその周辺に住む人たちだけでなく、関東を含む広い範囲の人々までもが非常に心配するようになってきている。さらに、計画停電による不便な生活が日常化してくると人々の心はだんだん穏やかではなくなる。

こういうとき、セリーグの幹部はどう言っているか。巨人の清武球団代表は‘プロ野球は人を鼓舞する力がある。毎日試合するのが責務’といい、あのどうしようもないナベツネは‘開幕を延期しろ、プロ野球をしばらくやめろという俗説もあるが、太平洋戦争に負けた後に3ヶ月で選手、監督から試合をやりたいという声が強まって、はじめた歴史がある’と3/25の開幕は当然とばかりに主張している。

セリーグのオーナー、球団関係者はもうどうしようもない連中である。パリーグの楽天の本拠地である仙台および東北がこれほど傷つき悲しみにくれているのに、‘パリーグさんは楽天さんが大変そうだから延期してスタートしたら、われわれセリーグは予定通り開幕します’。こんな思いやりのない考えがプロ野球球団幹部の素顔なのである。最もたちが悪いのは勿論球界を牛耳っている巨人だが、阪神も中日も本当に情けない。‘自分たちは震災に会わず、試合ができるのだからやればいい’、今日本が遭遇している未曾有の国難にあって、そんな割り切りで事は進められないということがこの連中にはわからないのである。

まっとうな考えの持ち主だったら、開幕は震災にあった地域の復興状態や福島原発事故の状況、計画停電の影響などを考えてひとまず1ヶ月延期する。たとえ2ヶ月遅れのスタートであっても野球ファンは理解する。今、大方のファンは開幕が遅れてもいいと思っているはず。試合減になるので今年の交流戦は無し。試合数が少なくてもいいゲームを選手たちがしてくれたらそれで十分。そうしたプレーはまた被災された方々を元気づけることにもなる。

巨人主導で決まった分離開催はまったく賛同をえられない。現に選手会は反対している。選手は世間や野球ファンの気持ちがわかり、経営者はファンから支持されないことを実行しようとする。巨人は計画停電で企業でも家庭でも節電を心がけることを迫られているとき、東京ドームに赤々と照明をともし野球をするの?東北の人は巨人ファンが多いから試合をTVでみてもらって被災者を勇気づける?

そう、だから1ヶ月後、2ヶ月後のセパ同時開幕なのである。そのとき‘がんばれ、東北!’を掲げ、プロ野球界全体で‘野球の力’をみせる。誰も来週からプロ野球をみて楽しもうと思ってない。今は不条理にも大地震に見舞われ家を失い愛する家族、友人を失われた方々に対して遠く離れたところにいても心を寄せできることをしてあげたいのである。プロ野球はこれを実施したら確実に見放される!

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2011.03.16

久しぶりの東近美平常展!

2481_2           杉山寧の‘穹’(1964年)

2482_2           東山魁夷の‘道’(1950年)

2484_2     冨田渓仙の‘紙漉き’(右隻 1928年)

2483_2     藤田嗣治の‘猫’(1940年)

東近美の‘岡本太郎展’をみたあと、時間があったので久しぶりに平常展示(前期
2/22~3/21)も楽しむことにした。いつものように展示リストをもらい4階をめざす。

3年前まではここへは頻繁に通いリストを保管している。だから、どの絵が初見かがわかる。今回、いずれも大作の小林古径の‘柳と桜’、中村貞以の‘浄春’、山口華陽‘洋犬図’が新鮮だった。

平常展をみるときはあまり時間をかけない。どんどん進むことにしているが、はたと足がとまる絵もいくつかある。杉山寧(1909~1993)の‘穹’(きゅう)は色彩の密度の濃い絵である。一度体験したこのスフィンクスを夜みるとこんな風にみえるのかもしれない。静かな砂の大地で巨大な像が悠久の時の流れを物語っている。

東山魁夷(1908~1999)の‘道’も定番の傑作。人間の目は高性能カメラのレンズのように遠くまではっきりみることができないから、この絵のもやっとした光景には親近感を覚える。道端と緑の草花が接するところはぼかされ、画面全体はうっすら霞がかかったように白が塗られている。目はまっすぐのびる道が遠くで右に曲がっているところまで追っていく。

冨田渓仙人(1879~1936)の‘紙漉き’に描かれた女性を見るたびにすぐ思い浮かべる女優がいる。知ってる人は知っている川上麻衣子。目が大きくあごがないくらいぽちゃっとした丸顔。紙を漉いている四角い木の箱は子供が描いたような感じだが、水が流れている様子はじつにうまく表現されている。

洋画はお馴染みの名画を楽しんだ。ざっとあげてみると、梅原龍三郎の‘北京秋天’、安井曽太郎の‘奥入瀬の渓流’、岸田劉生の‘麗子肖像’、香月泰男の‘水鏡’。そして、藤田嗣治(1886~1968)の獰猛な猫たちの前に長くいた。

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2011.03.15

小林清親の光線画はお好き?

2480_2            ‘開花の東京両国橋之図’(1880年)

2477_2     ‘東京新大橋雨中図’(1876年)

2479_2     ‘今戸橋茶亭の月夜’(1877年)

2478_2     ‘猫と提灯’(1877年)

太田記念美で開催中の‘小林清親展’(3/1~3/27)を楽しんだ。明治のころ活躍した小林清親(1847~1915)の回顧展を体験するのははじめて。作品は全部で83点あり、展示替えなし。

光と影を強調した‘光線画’という西洋風の新しい浮世絵を生み出した小林清親(きよちか)は徳川幕府の御家人だった。徳川幕府が倒れたあと慶喜とともに駿府に下っていたが、28歳のとき東京に戻ってきて絵を描くようになる。そして、写真や西洋画や日本画を学び、2年後に光線画の風景画で一躍有名になった。

西洋のおけるジャポニズムへ関心がむかっていたとき出会ったのが‘開花の東京両国之図’。ホイッスラーの‘ノクターン 青と金色’(拙ブログ08/12/17、テート・ブリテン)は誰がみても清親のこの絵に影響を受けて描いたものであることはわかる。縦長の画面なので高さが感じられ、黒いシルエットで描かれた橋や人々に次第に近づいていくような錯覚を覚える。

‘東京新大橋雨中図’を最初にみたのは横浜美術館。傘をさした後ろ姿の女性に大変魅せられ、以来My‘好きな風景画’の上位にランクづけしている。こういう構図のとりかたはすぐにも思いつきそうにもみえるが、これほど見栄えのする橋の光景を描いた絵はそうない。

‘東京名所図’シリーズには光と影が強く印象づけられる絵がいくつもあるが、‘今戸橋夕景’もお気に入りの一枚。水面に映る部屋の明かりや橋脚を見入ってしまう。

猫の絵で思わず足がとまったのが2点ある。提灯に逃げ込んだ鼠の尻尾をつかんだ猫をじつにリアルに描いたものとカンバスに描かれた鶏に猫が飛びかかる‘カンバスと猫’。ユーモラスな絵は猫だけではない。収穫は世相を風刺したポンチ絵。思わず笑ってしまい、ニヤニヤしながら隣の方と絵解き。見てのお楽しみ!

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2011.03.14

畠山記念館の‘酒井抱一展’!

2473_2           酒井抱一の‘風神雷神図’

2475_2     酒井抱一の‘十二ヶ月花鳥図’(7~9月)

2474_2           尾形乾山の‘立葵図’

2476     尾形乾山&光琳の‘銹絵染付火入 銘赫々’

畠山記念館では現在‘酒井抱一展’(後半2/19~3/21)が行われている。ここでは4年くらい前琳派展が行われ、館蔵品はほとんで展示された。が、ひとつ残念だったのが今回の主役、酒井抱一(1761~1828)の‘十二ヶ月花鳥図’がスペースの制約のため12ヶ月全部公開されなかったこと。そのリカバリーの機会が巡ってきたので、前半と後半それを楽しみにでかけた。

後半に展示されている抱一作品は5点。そのひとつ‘風神雷神図’は屏風形式。左の雷神と右の風神が対角線で向かい合うように配置されている。互いに見つめあう姿が戯画チック。どっちが好みかというと折れ曲がる緑の布と背後の太鼓の輪が躍動感を盛り立てる雷神のほう。

お目当ての‘十二ヶ月花鳥図’は前半が1~6月で、後半は7~12月。画像は‘7月むくげと頬白’(右)、‘8月芙蓉に鶉’(真ん中)、‘9月菊にひたき’(左)。これでようやくここの十二ヶ月を目のなかにおさめることができた。このシリーズに大変魅せられているのでなんだか一仕事終えたような気分。

タイトルは‘生誕250年 酒井抱一’となっているが、作品全体をみると琳派のオールスターが揃っている。尾形乾山(1663~1745)には立葵のいい絵が多い。これはそのひとつ。正面性の強い白と赤の立葵が安定感のある三角形構図で描かれている。

乾山、光琳(1658~1715)の合作のなかで、こういう六角の器はこの‘銹絵染付火入’しかみたことがない。直線的な枝振りと光琳梅をじっとみていた。乾山のやきものでは‘黒楽茶碗 銘武蔵野’にも心がゆるむ。

今年前半に行われた出光と畠山の抱一展を見終わったので、次の楽しみはすこし間があくが秋に千葉市美で開催される‘酒井抱一展’。ここに追っかけ画ができるだけ多く登場することを今から熱く祈っている。

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2011.03.13

出光美の‘琳派芸術’展!

2469_2     酒井抱一の‘紅白梅図屏風’(左隻)

2470_2     酒井抱一の‘八ツ橋図屏風’(右隻)

2471_2     酒井抱一の‘四季花鳥図屏風’(右隻 部分)

2472_2     鈴木其一の‘芒野図屏風’

出光美の‘琳派芸術’展は今は酒井抱一(1761~1826)の作品を中心にした第2部(2/11~3/21)。琳派という名がつく展覧会は皆勤を心がけているので二度の出動。琳派狂いだから、そのあたりはぬかりなくチェックしている。

当初、今年生誕250年をむかえる抱一の単独回顧展を期待していた。が、それは叶わず後期に抱一作品をどっと展示する形をとっている。じつはここに展示される雛屏風の‘四季花鳥図’と裏に描かれた‘波濤図’がお目当てだった。いわゆる1点買い。

畠山記念館の‘酒井抱一展’(後期2/19~3/21)へも出かけたが、琳派のいいコレクションで知られる美術館へ通っているのはもちろん作品を楽しむためだが、もうひとつ期待しているのは琳派を特集した図録。今回出光も立派な図録を作成してくれた。06年の‘風神雷神図屏風’から5年ぶりの琳派もの図録。根津美には‘光琳展’(05年)があり、畠山記念館も07年に館蔵品の‘琳派’を作成しているから、これで3館の琳派図録が揃ったことになる。素直に嬉しい。

抱一の銀地の‘紅白梅屏風’は紅梅(右隻)と白梅(左隻)のどちらに視線がいくか? 大方の人は‘白梅’にちがいない。月夜をイメージさせる銀地に映えるのは白梅のほう。しばらく息を呑んでみていた。この屏風を江戸時代のようにもうすこし暗い部屋でみるとぐっと惹きこまれるにちがいない。

ここで‘八ツ橋図’に再会して目慣らしをしておいて、根津美にやってくるメトロポリタン蔵の光琳作‘八橋図’(4/14~5/15)で一気に気分を盛り上げる。見る者としては、美術館単位で行われる企画展を心のなかでうまくコラボさせ琳派ワールドに対する感性を豊かにしておくことも必要。

長らく待った‘四季花鳥図’にやっと会えた。これは内裏雛の後ろに立てる小さな雛屏風だから、なかなか展示されない。多分この先当分はでてこないだろう。これは右隻だが、描かれている草花は陽明文庫にある‘四季花鳥図’とよく似ており、上品で雅な雰囲気につつまれている。裏の銀地に描かれた波濤の生き生きとしたフォルムを腰を屈めたり立ったりしてじっくりみた。

銀地の白梅や波濤の残像に刺激され印象深かったのが鈴木其一(1796~1858)の‘芒野図’(千葉市美)。一見地味な絵なのに、画面いっぱいに描かれた芒(すすき)が視線を上下させて背景の銀地をみたため、左右に揺れてきた。これはおもしろい体験だった。

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2011.03.12

岡本太郎に惹かれるのは絵画ではなく彫刻!

2465_2            ‘ノン’(1970年)

2466_2     ‘午後の日’(1967年)

2467_2     ‘手ー赤’(1981年)

2468_4         ‘電撃’(1947年)

昨日、東北・関東が巨大地震に見舞われ、津波や家屋の倒壊により多くの人命が失われました。被害に会われた方々に心からお悔やみ申し上げます。そして、避難所で悲しみにくれる人たちに十分な支援物資が届けられ、仮設住宅が一日も早く建てられることを切に願っております。

東近美で行われている‘岡本太郎展’(3/8~5/8)をみたのは10日。一日の違いで隣の方ともども帰宅難民になるのを免れた。岡本太郎が生まれたのは1911年。で、今年は生誕100年。‘節目の記念展は出かけるべし!’はMy‘展覧会鑑賞五訓’のひとつ。

出動はするが、楽しみの中心は絵ではなく彫刻やオブジェ。正直いって岡本太郎の絵に対する関心は4年前から急にしぼみ、今は2点を除いて心が動かされない。

最初の部屋にお気に入りの彫刻が沢山出迎えてくれた。‘ノン’は河童のイメージ。三角目とギザギザ歯は‘ゲゲゲの鬼太郎’にでてくる妖怪とも親和性があり、その毒気のある表情はとにかく楽しい。もうひとつつの‘河童像’はユーモアがあり、ゆるキャラ風。

可愛さ一番は‘午後の日’。奇怪なパフォーマンスがイメージされる芸術家、岡本太郎だが、その素顔は案外こんなところにあるのかも。照れ屋だから、純朴なところは見せたがらないが。

川崎市岡本太郎美に展示してあるオブジェ‘手ー赤’、‘手ー青’とか‘手の椅子’は造形的にみるとすばらしい作品。手のひらに顔をつくったり、手そのものを椅子に変えてしまう発想は並みのアーティストからは生まれてこない。岡本太郎の作品で真に価値があるのは二次元平面の絵画よりはやはり立体のほう。そこには豊かでのびのびとした造形力が十二分に発揮されている。

岡本太郎の絵画を05年から07年にかけて熱心にみたが(拙ブログ05/8/307/5/1207/6/14)、 見るたびに熱が冷めていった。その理由は対象のフォルムが角々し、鋭角的な線が目立ち柔らかい曲線が少ないから。

1947年に描かれた‘電撃’(07/8/21)と‘森’(06/12/30)は直線的なところが比較的少なく丸みのある造形が多いため、魅了されている。06年に発見された‘電撃’は男の顔と岩がダブルイメージになっていることと稲妻を表す鮮やかな赤い流線型が眼に焼きつく。

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2011.03.10

フェルメールの‘地理学者’だけでは物足りない!

2462_2           フェルメールの‘地理学者’(1669年)

2464_2             ボルヒの‘ワイングラスを持つ婦人’(1656年)

2463_2        マースの‘黒い服の女性の肖像’(1668年)

Bunkamuraでは現在、フランクフルトにあるシュテーデル美所蔵品を公開する展覧会が開かれている。タイトルはフェルメールの‘地理学者’とオランダ・フランドル絵画(3/3~5/22)。オランダ・フランドル絵画への関心は薄いが、フェルメールの絵がでているのでパスするわけにはいかない。

でも、これがちょっと悩ましい。フェルメールに対する思い入れはほかの画家にくらべると強いことは確かに強い。‘青いターバンの少女’(マウリッツハイス美)にぞっこん惚れており、まだ縁のない‘真珠の首飾りの女’(ベルリン美)にも会いたくてしょうがない。ところが、男性が単独あるいは女性の引き立て役として描かれている絵には昔から心が動かされない。できることなら男は画面から消えてくれと常々思っている。

だから、‘地理学者’を02年大阪市美であった‘フェルメールとその時代展’でみたときも目に力は入らなかった。で、今回もこの学者はあまりみないことにして、左の窓から差す光のすばらしい描写や手前の布に見られる白の細かい点々などを夢中になってみた。

背景の棚や上にある地球儀、そして右の置き台、いずれも木の質感がじつにリアルに表現されている。こういう光に満ちた静かな世界の主人公はやはり女性。男にこの静寂さは合わない。だから、‘絵画芸術’のように画家が後ろ姿でいるのがちょうどいいのである。

シュテーデル美が館の工事のため、その所蔵品を日本に貸し出すということを知ったとき、心がときめいた。ひょっとして‘いつか行きたい美術館’でとりあげた3点(拙ブログ09/4/9)が入っているのではないかと。そのうち、作品の概要が明らかになるにつれ、期待値は低下していった。

フェルメールの‘地理学者’は大阪でみているし、レンブラントがあるといってもこの‘サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ’(京博の大レンブラント展に展示)はこの美術館一番の自慢である‘眼をつぶされるサムソン’(京博で同じく展示)と比べれば横綱に対する前頭筆頭という感じだから、いまひとつもりあがらない。

チラシに‘オランダvsフランドル、巨匠対決’とある。冗談でしょう!これ、学芸員も心苦しいにちがいない。ルーベンス&ブックホルストの‘竪琴を弾くダヴィデ王’はアベレージ作品。せっかくシュテーデル美の作品をもってくるのだから、日本で人気が高いとはとてもいえないオランダ絵画に絞って展示するより、ルネサンス、バロックなど幅広く作品を集めてくれたほうがずっとよかった。ボスの絵でもやってきたら大ヒットだったのに。残念!

‘日本人はフェルメールが好きだから、地理学者1点豪華主義でいいではないですか!オランダ絵画をたんとつけますから’とでもシュテーデル側にいわれたのだろう。目玉
1点で見る者が満足すると思っていたら、大間違い。オランダ人ではないから、知らない画家の絵がずらずら並んでいるとだんだん退屈になってくる。とにかく、物足りない!たぶん多くのひとは会場を出るとき、そんな気持ちだと思う。

今回は3点選ぶのが精一杯。ボルヒとマースの女性画の前にしばらくいた。

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2011.03.09

美術に魅せられて! 写真撮影OKの海外美術館

2459_2     ポンピドゥーセンターの館内

2460_2           ソフィア王妃芸術センター

2458_2           ピカソの作品

2461_2           ダリの作品

昨年11月訪問したパリのポンピドゥーセンターで残念なことがあった。国内の美術館をまわるときカメラを持参し展示されてある作品を撮る習慣がないので、このときも隣の方にカメラの入ったバッグを預け一人で入館した。

はじめは追っかけ画に心が集中していたので気づかなかったが、ゆったりモードになると若い人が作品の前でさかんにデジカメのシャッターを押しているのが目に入ってきた。ここはフラッシュなしなら写真OKなのである。こんなことならカメラをもってくればよかった!と思ったが、後の祭。

ポンピデゥーは近・現代美術の殿堂だから刺激的な作品はそれこそドドッとある。図録は鑑賞をあとから振り返って感動をリフレインするのに欠かせないものだが、頁数の関係で惹きつけられた作品が全部載っているわけではない。でも写真OKならデジカメでばんばん撮れる。次回は自前の図録ができるくらい写真を撮りまくろうと思っている。

1月のマドリード美術館めぐりで写真がOKだったのはソフィアセンターだけ。プラドもティッセンもフラッシュなしでもNG。ソフィアでも写真OK(フラッシュなし)に気づいたのはまたしても途中から。だから、ダリのお目当てのシュルレアリスム絵画がある部屋やピカソの‘ゲルニカ’がある部屋ではシャッターは押してない。ゲルニカの下絵やゴンザレスの彫刻などを撮り逃がしたのが悔やまれた。で、後半はミロ、グリス、キュビスムのダリ、ピカソ、マグリットなどの作品を忙しく撮った。

パリでもマドリードでもコンテンポラリーアートを展示する美術館では写真OKだったから、連鎖的にロンドンのテートモダンのことが思い浮かんだ。ここは2回体験したが写真を撮っている人はいなかった。念のためパンフレットで確認すると写真はフラッシュなしでもNG。では、NYのMoMAやグッゲンハイムは?以前出かけたときは写真を撮る人はみかけなかったからNGだと思うが。それとも新MoMAはOKになった?

ルーヴルはフラッシュなしならOKなのに対し、ロンドンのナショナルギャラリーやプラドは基本的に写真撮影はダメ。美術館の方針もまちまちである。

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2011.03.08

日本の美 紅白梅! 現代琳派の梅コラボ(7)

2457_2           前田青邨の‘水辺春暖’(1973年)

2455_2     加山又造の‘紅白梅’(1965年)

2456_2               安田靫彦の‘紅梅’(1961年)

2454_2     福田平八郎の‘梅と竹’(1941年)

日本画において現代琳派という特定の画家集団が存在しているわけではないが、装飾性豊かな琳派の画風を意識して制作された作品は数多くみられる。そのなかでも琳派の象徴的なモチーフである紅白梅の絵は名作揃い。梅シリーズの最後は現代の感性で表現されたコンテンポラリー琳派の共演。

前田青邨(1885~1977)は紅白梅を何点も描いているが‘水辺春暖’(大松美)に最も惹かれている。これをはじめてみたとき小さい頃祭でよく買った風車を連想した。日本画の花鳥画は象徴的に描かれているから、こうした夢想的なイメージを目いっぱい感じさせる紅白梅のフォルムは抽象画と案外近いところでつながっている。画面のバランスをとっているのが水辺の鴨。紅白梅のリズミカルな楕円運動を止めないため、4羽は中央に固まって描かれている。

‘現代版紅白梅図’という感じなのが加山又造(1927~2004)の絵。尾形光琳も‘又造はん、すごい感性してまんな!’と感心しているにちがいない。この絵をみる度に琳派のDNAを受け継ぐ若手画家が現われ、また新たな画法と感性で紅白梅図を描いてくれないかなと思う。そんな現代アーティストがはたしているだろうか?

梅をこよなく愛した安田靫彦(1884~1978)は昨日の‘羅浮仙女’をはじめてとして梅の絵を沢山描いている。この絵に描かれた紅梅は大磯にあった自宅に植えていたもの。梅の造形としてはとてもユニーク。斜めに枝が垂れ下がる様に引き寄せられる。その先をよくみると緑の若枝が上向きにのびている。くすんだ金箔地は加山同様、光琳の紅白梅図に倣っている。

‘羅浮仙女’と‘紅梅’のほかに魅了されているのは梅が花瓶に生けられた‘紅梅高麗扁壺瓶’と‘梅花窯瓶’、そして梅の花を手にする秀吉が茶室で座っているところを描いた‘伏見の茶亭’。また、泉屋博古館にも小品ながらとても可愛らしい紅白梅がある。

カラリスト福田平八郎(1892~1974)はお気に入りの画家。最も好きな絵は琳派的というより琳派そのものといっていい‘花菖蒲’(京近美)。4,5点ある梅では‘梅と竹’が目を楽しませてくれる。心が自然に暖かくなるような絵で京都の香りがする

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2011.03.07

日本の美 紅白梅! 梅&弱法師、梅の精、木菟(6)

2450_2       下村観山の‘弱法師’(上が右隻・下が左隻 1915年)

2452_2              安田靫彦の‘羅浮仙女’(明治末~大正初期)

2453_2     小林古径の‘木菟’(1929年)

2451_2               小茂田青樹の‘春の夜’(1930年)

明治以降活躍した日本画家の多くが梅を描いている。そのなかで梅を体中で感じさせてくれるのが画壇の第一世代ともいうべき下村観山(1873~1930)の代表作、‘弱法師’(よろぼし、重文 東博)。今年の1月平常展に展示されていたから、記憶に新しいところ。

この絵は謡曲の俊徳丸の悲話を題材にしており、描かれているのは四天王寺をさまよう盲目の弱法師(俊徳丸)が極楽浄土へ行けることを願って西に沈む夕日を拝んでいる場面。枝が横に広がる見事な臥龍梅につつまれ、一心に日想観を行う姿が胸を打つ。

安田靫彦(1884~1978)の‘羅浮仙女’を所蔵しているのは松岡美。この画家の大きな回顧展を過去2回体験したのだがどういうわけかこのすばらしい絵は登場せず、2年前の茨城県美のときは別ヴァージョン(個人蔵)が出品された。そして、昨年ニューオータニ美であった安田靫彦展でみたのも個人蔵。

この‘羅浮仙女’を十何年前にどこかの展覧会でみたときは思わず足がとまった。みてわかるように中国の女性。でも人間ではなく梅の精。梅の名所で知られていた広東省にある羅浮山に住み、ここへやってくる男たちを酒席に誘う。こんな美女と杯を交わせばすぐ酔いがまわり、ついうとうとっとなる。目がさめるとあの美女はいない、‘梅の精だったのか!’美女に会えただけでも幸せというもの、羅浮山へ行ってみたいィー!

幻想的な雰囲気の漂うのが小林古径(1883~1959)の‘木菟’(みみずく、大倉集古館)。この絵に大変魅せられている。紅梅を水平的にみせるというのが意表をついているし、枝にとまっているのが鶯でなく木菟というのも新鮮。これは1930年ローマで開かれた展覧会に大観や青邨らの作品とともに展示されたが、イタリア人の心を惹きつけたにちがいない。

小茂田青樹(1891~1933)の‘春の夜’(埼玉県近美)でも木菟が梅の香りを楽しんでいるが、こちらは可愛い木菟ちゃんという感じ。獲物を口にくわえた猫がこっそり歩いているのをじいーっとみている。春信の‘夜の梅’に小茂田は着想を得ているが、叙情的な香りは消え、装飾性の強い琳派風の味付けで表現されたやさしい梅と漫画チックな猫の登場する楽しい絵に変容させている。

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2011.03.06

日本の美 紅白梅! 浮世絵で梅といえば広重・春信(5)

2447_2            歌川広重の‘名所江戸百景 亀戸梅屋敷’(1857年)

2446_2           鈴木春信の‘夜の梅’(1766年)

2449_2     歌川国芳の‘梅の魁’(1848~53年)

2448_2              勝川春章の‘中村仲蔵の菅丞相’(1780年)

浮世絵で梅の絵というとすぐ思いつくのは歌川広重(1797~1858)が描いた名所江戸百景にでてくる‘亀戸梅屋敷’。広重はもうひとつ‘蒲田の梅園’も描いているが、こちらは影がうすい。梅屋敷は亀戸天神の近くにあった。

目をひくのは手前の奇妙な形の梅の木。これは枝の張りようがまるで龍が地を這う姿に似ていることから‘臥龍梅’と呼ばれていた。この奇木を広重は手前から画面奥に向かって斜めに配置し、そして中央の梅見客を極端に小さくして横に並べている。前の大きな木と人物の大小対比が効果的で、そこには広々とした空間が生まれている。また、紅色の夕景に映えるかわいい白梅が印象深く、おもわず見入ってしまう。

鈴木春信(1725~1770)の‘夜の梅’はこれまでみた春信の絵のなかで最も気に入っているもの。1995年名古屋市博であった‘メトロポリタン美浮世絵名品展’は浮世絵鑑賞のエポック的な体験だった。これを浮世絵コレクションで知られるボストンやギメなどが所蔵しているという情報は得てないから、二度目の鑑賞はもうないかもしれない。

娘のかざす手燭に照らされて闇夜に浮かび上がる白梅がじつに美しい。このロマンチックは情景をひきだしているのが背景の黒。こんなに黒を魅力的に感じる絵がそうない。どこかの美術館でまたメトロポリタンが所蔵するすばらしい浮世絵をみせてくれないかと密に思い続けている。

甘党の方は‘夜の梅’に敏感に反応されるかもしれない、そう、とらやの羊羹。とらやの代名詞‘夜の梅’の銘は羊羹の切り口の小豆が夜の闇にほの白く咲く梅を表すことからつけられた。わが家は週末だけ甘いもの解禁なのだが、久しぶりにこのおいしい‘夜の梅’を食べようかなという気に80%なっている。

歌川国芳(1797~1861)の美人画にも梅がでてくる。三枚続の‘梅の魁’には春信の絵とはまた違った情趣が感じられ、V字形に開く梅の幹が目に焼きつく。国芳ではもう一枚、障子に写る梅の影が女を引き立てている‘三拍子娘拳酒’が目を楽しませてくれる。

天神さまは江戸時代には浄瑠璃や歌舞伎の題材になり、浮世絵にも登場した。勝川春章(1726~1792)の絵は菅丞相こと菅原道真が雷神になる場面。右手に梅の枝をもち風雨の中、髪を振り乱す姿は迫力満点。観客は誰だって道真に同情しているから、この怒り爆発にグッと感情移入したにちがいない。

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2011.03.05

日本の美 紅白梅! 広がる梅ワールド(4)

2443_2     ‘源氏物語絵巻・竹河一’(復元模写 12世紀前半)

2442_2     狩野山雪の‘老梅図襖’(1647年)

2444_2     円山応挙の‘紅梅鶴図’(1770年代)

2445_5     伊藤若冲の‘月下白梅図’(部分 1755年)

日本画は西洋絵画と違って花鳥風月がモチーフの中心になっているから、草花や生き物と数多く接する。だから、冬の終わりから初春にかけて見ごろを迎える梅の花にしても、名所訪問はとんとご無沙汰しているのに美術館で体験した絵や工芸品で梅をみたような気分になっている。美術品というのは真にありがたいものだなと思う。

源氏物語絵巻で梅の花がでてくるのは‘竹河一’。平成の復元模写によって形のいい梅の若木が見事に再現された。まん中あたりに幹と同じ緑で描かれた鶯がみえる。御簾の前の階段のところに座っているのは玉鬘を訪ねてやって来た薫。この‘竹河一’では梅が、そして‘竹河二’では桜が描かれる。

老梅ですぐ思い浮かべるのは光琳の‘紅白梅図’の左隻の白梅とNYのメトロポリタンにある‘老梅図’。このユニークな‘老梅図’の作者は狩野山雪(1590~1651)。2年前東博であった‘妙心寺展’でみたときの強烈なイメージがまだ体の中に残っている。グロテスクさまで感じてしまう大きな幹の角々に折れ曲がる姿は水道の配管を連想する。この絵の主役は完璧に存在感200%の梅樹。花は遠慮がちに咲いている感じ。

三井記念美が所蔵する円山応挙(1733~1795)作、‘紅梅鶴図’はすばらしい絵。過去2度みたが、ものすごく感動した。この絵はじっとみていると、不思議なのだが自分が後ろをふりむく丹頂鶴に変身した気分になり、上から垂れる紅梅とそれに交差するように下からのびる白梅がかもし出す梅ワールドにつつみこまれるのである。

伊藤若冲(1716~1800)が10年の歳月をかけて描いた‘動植綵絵’(30点)のなかに梅の絵が3点ある。その1点‘梅花皓月図’はこの‘月下白梅図’(バークコレクション)を下敷きにして描かれた。この絵が6年前日本にやってきたとき、再接近して夢中でみた。心を虜にするやさしい梅の細密描写(拡大画像で)、まさに美は細部に宿っている!

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2011.03.04

日本の美 紅白梅! お気に入り水墨画(3)

2439                狩野永徳の‘渡唐天神像(1570年)

2438     曽我蕭白の‘林和靖図屏風’(1760年)

2440     尾形光琳の‘竹梅図屏風’(18世紀前半)

2441          伊藤若冲の‘梅図’(1793年)

今、高校・大学入試の真っ最中だから、天神さまにお参りし合格を祈願するする受験生は多いことだろう。京大の試験で大胆なカンニングをした予備校生はヤフーを利用することなど考えずに学問の神様、菅原道真にお願いしておけばよかったのに。

その菅原道真(845~903)が幼いころから愛したのが梅花。二つの歌が有名、道真が5歳のときはじめて詠んだ ‘うつくしや、紅の色なる梅の花、阿呼が顔にもつけたくぞある’と都を離れる日梅に別れを告げた ‘東風ふかば匂ひおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな’。

天神像というと‘束帯天神像’と‘渡唐天神像’があるが、梅が描かれるのは狩野永徳(1543~90)の絵のように‘渡唐天神像’。これは室町時代に禅宗の僧たちがはじめたもので、天神さまは頭巾をかぶり中国の道服を身につけ、手に梅枝をもつ姿で描かれている。この像は禅宗普及に一役買った。

梅は中国江南の地から日本に伝わったといわれている。その中国で梅を愛したのが北宋の文人林和靖(りんなせい)、この詩人は西湖孤山に隠棲し‘梅を妻とし鶴を友として’暮らした。曽我蕭白(1730~1781)の林和靖を描いた屏風は強いインパクトをもっている。こんなに巨大で生命力みなぎる梅は見たことがない。枝は自由にのび、そしてしなやかに曲がり、そこに花が美しく咲いている。

尾形光琳(1658~1716)の水墨画‘竹梅図’はお気に入りの絵。絶妙に配置された竹とささっと描かれた感じの梅のフォルムが心をとらえて離さない。これを所蔵する東博は2,3年に一度くらいの頻度で展示しているが、なるべく見逃さないようにしている。

昨年、一昨年と2年連続で伊藤若冲(1716~1800)の回顧展を体験し、梅の絵をトータルで7点みた。梅単独で描かれたものが5点、松竹、鸚鵡と一緒なのが2点。ここでとりあげた梅だけの絵は小品ながら、画面左からすっとでてきてシャープに折れ曲がる枝が目を釘付けにする。

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2011.03.03

日本の美 紅白梅! 梅をモチーフにした工芸の美(2)

2434_2         野々村仁清の‘色絵月梅図茶壺’(17世紀)

2437_2     尾形乾山&尾形光琳の‘銹絵梅図角皿’(17世紀)

2435_2     千代姫婚礼調度 ‘初音蒔絵硯箱 蓋表’(1639年)

2436_2     藤田喬平の飾筥‘紅白梅’(1995年)

梅が描かれたやきものですぐ思いつくのは京焼の野々村仁清がつくった‘色絵月梅図茶壺’(重文、東博)。本館1階の平常展示でお馴染みの名品である。月下に咲き誇る紅白梅が器面にぐるっと描かれている。

普通のやきものの絵付けではモチーフがこれほど沢山描き込まれないのに、仁清の腕にかかると横長の紅白梅の屏風が巧みに茶壺に巻きつけられていく。画像の面のうしろ側にある月と白梅は銀彩のため今は酸化して黒ずんでいる。この茶壺がぽんと置かれただけで、そこはもう華麗な宮廷世界になる。

尾形光琳(1658~1716)、乾山(1663~1743)の兄弟コンビは角皿を何点も合作しているが、これは梅が描かれたもの(根津美蔵)。光琳が絵付けをおこない、乾山がやいた。数点ある梅の角皿のうち、根津美のものは梅が上のほうから垂れ下がっている。この景色がなかなかいい。未見の藤田美蔵(重文)との対面を長らく待っているがまだ会えない。いつになることやら。

これまで体験した蒔絵で最も大きな感動を味わったのは名古屋の徳川美にある国宝‘初音の調度’。これは三代将軍家光の千代姫が寛永16年(1639)、尾張家二代光友に嫁す際に持参した調度の総称。硯箱、文箱、貝桶などいろいろある。

全体の意匠は‘源氏物語・初音の帖’の‘年月を松にひかれてふる人に 今日鶯の初音きかせよ’の歌意を表現しており、上の句の文字を葦手書きに散らしている。意匠は調度類によってヴァリエーションをもたせているが、硯箱がとくにすばらしい。左にいる鶯やそれをはさむように配置されている紅梅に視線が集中する。梅花に使われているのは珊瑚。どこに文字はあるの?右の大きな三角の岩のところに‘年月を’、そして左下の梅花のあたりに‘ふる人’がみえる。

07年、日本橋高島屋で藤田喬平(1921~2004)のガラス作品(拙ブログ07/9/26)をみたときの感動は今でも忘れられない。とくに夢中になってみたのが琳派様式を現代の感性で表現した飾筥。なかでも数点あった‘紅白梅’に大変魅了された。

それぞれの角のところに丸みのついた安定感のある箱に金銀箔で紅白梅が装飾性豊かに描かれている。琳派のDNAは横山大観や加山又造らの日本画家に受け継がれただけでなく、ガラス芸術家の心もしっかりとらえていた。この飾筥50点が収録された図録を時々ながめ楽しい時間をすごしている。

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2011.03.02

日本の美 紅白梅! 琳派にみる梅の絵(1)

2430_2     尾形光琳の‘紅白梅図屏風’(18世紀前半)

2431_2           酒井抱一の‘梅樹文様小袖’(18~19世紀)

2433_2     酒井抱一の‘四季花鳥図屏風’(左隻 部分 1816年)

2432_2       中村芳中の‘草花図色紙 一月白梅’

シリーズ‘日本の美’の第三弾は今が見ごろの梅。熱海のMOAで恒例行事となっている国宝‘紅白梅図屏風’の公開情報(3/23まで)が新聞の展覧会案内に載っていたし、先々週だったかTVのニュースで水戸偕楽園の梅の開花が報じられていた。桜の花見は数えきれないほど行っているが、梅の名所へ出かけたのは後にも先にも偕楽園しかない。それも一度だけ。

本物の梅をみる機会は本当に少ないが、絵画や工芸品の鑑賞を通して梅は桜や紅葉同様、身近な存在として心の中にある。今年に入ってからも、記事にするタイミングを失っしたが出光美で開催中の‘琳派芸術展’や畠山記念館の‘酒井抱一展’に出かけ、前期に登場した尾形光琳(1658~1716)や酒井抱一(1761~1828)が描いた梅の絵を楽しんだ。後期についても近々足を運ぶことにしている。

日本画で梅の絵というと大方の人が光琳の‘紅白梅図屏風’を思い浮かべるのではなかろうか。これほど有名な絵だが、まだ3回しかみてない。視線がまず向かうのが右隻の若々しく描かれた紅梅。梅樹の根元の形がおもしろい。変ないいかただが、土木工事現場で作業靴をはいたオッサンがこういう極端な外股姿で立っているのをよくみかける。

様式化された文様としては‘光琳梅’よりは真ん中の‘光琳波’をみているほうが楽しい。この流水模様はいつまでみていても飽きない。柔らかくて変幻自在に変化する見方をかえればとっても前衛的なフォルムが江戸時代を生きた絵師の手から生まれたというのがすごい。着物文化に支えられた日本の洗練されたデザイン力がこういうところに現れている。

酒井抱一の梅の絵で最も魅了されているのは‘梅樹文様小袖’(国立歴史民族博)。この小袖はとにかく見ごたえがある。まさに‘紅梅だ!’という感じ。白梅のお気に入りは‘四季花鳥図屏風’(陽明文庫)。下に積もった雪に呼応するかのように枝ぶりのいい白梅が美しい花を咲かせている。‘四季花鳥図’をみるたび抱一に惚れ直す。

たらしこみが好きな中村芳中(?~1819)にいい梅の絵が2つある。12ヶ月の草花を描いた色紙の最初にでてくる‘白梅’(細見美)。もうひとつは千葉市美蔵の花がもっと沢山ある‘白梅図’。こちらはなんだか盆栽をみている気分になる。

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2011.03.01

心をうきうきさせる‘ヴィジェ・ルブラン展’!

2426_2        ヴィジェ・ルブランの‘自画像’(1791年)

2428_2        ヴィジェ・ルブランの‘自画像’(1800年)

2427_2   フラゴナール&ジェラールの‘盗まれた接吻’(1780年代後半)

2429_2     ブノワの‘ジャン=ドミニク・ラレイ’

画家との出会いはときどき思わぬ展開をすることがある。フランスの女性画家、ヴィジェ・ルブラン(1755~1842)の絵を知ったのは昨年の損保ジャパン美であった‘ウフィツィ美蔵自画像展’(拙ブログ10/9/15)。画家の名前は知っていたが、これほどの美貌の持ち主だったとは!いっぺんにファンになった。

そのルブランの描いた肖像画を三菱一号館美が沢山みせてくれるというのでうきうき気分で出かけた。回顧展の会期は3/1~5/8。ほかの女性絵画の作品も展示されているのだが、心は‘ルブラン、ルブラン、、’だから、どんどん進んだ。ルブランの絵は3箇所に分けて展示してある。全部で23点。これまで体験したのはウフィツィ蔵の自画像と昨年11月ロンドンのナショナルギャラリーでみた‘麦わら帽子の自画像’(10/12/24)の2点しかないので、どの作品もとても新鮮。

お目当てはチラシに載っていた‘自画像’、絵の前に立つまではまたフィレンツェからやってくるのだろうと思っていた。一見すると同じにみえるが、損保ジャパンでみたときは全体の色がもうすこし薄かったイメージが残っている。説明書きを読むと、これはウフィツィ蔵のあとに描かれた別バージョンだった。こんなきれいな女性の絵を半年の間に2度もみれたのだから、天にも昇る気持ち。

心がふわふわする自画像がもう2点ある。ともにすばらしいのだが、1800年に描かれたもの(エルミタージョ美蔵)の前に長くいた。なんと美しい目だろう。ここでも赤のリボンをたすきがけしている。色の白い女性には赤が似合うがこれほど赤が映える肖像はそうない。自画像以外の肖像では‘クリュソル男爵夫人’が群をぬいていい。見てのお楽しみ!

手にしていたチラシに載ってなく会場でびっくりさせられる絵があった。それは12年前エルミタージュでみたフラゴナール(1732~1806)&ジェラール(1761~1837)作、‘盗まれた接吻’。この絵はエルミタージュ自慢の絵の一つで、館の図録(英語版)の表紙に使われている。こういう絵をさらっともってくるのだから、流石、三菱一号館美!

男性の肖像で足がとまったのは同じく女性画家ブノワが描いた‘ジャン=ドミニク・ラレイ’。どうでもいいことだが、しばらくみていて誰かに似ているなと思った。大リーグへ行きそこね今年再度挑戦することになった楽天のピッチャー岩隈。岩隈がんばってネ。

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