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2010.12.31

10年感動の展覧会・ベスト10!

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今年の12月は‘パリ・ロンドン美術館めぐり’が入ったため、恒例の‘感動の展覧会・ベスト10!’のアップが大晦日になってしまった。毎年のことだが、この一年に出かけた展覧会のうちどれが最も感動した展覧会だったかを振り返り、その感動のシーンを思い起こすのはじつに楽しい。

今年美術館へ足を運んだ回数は海外も含めてちょうど200回。昨年の170回より増えた。ここ数年鑑賞する企画展を絞り込んでいるのに回数が増えたのは海外の美術館めぐりが多かったから。この美術館訪問&旅行感想記を全部で92回、3ヶ月も書いた。

これをアップしているときは国内でみた企画展を連チャンで書くことを心がけていたのだが、終了したものについては古新聞みたいになるので割愛せざるを得ない。そんなわけで、出動したのに記事にしなかった展覧会が結構あった。

拙ベスト10はお気づきのように順位をつけない。そして、ここに入れるか入れないかは展覧会で味わった感動の総量を基準にしている。大きな感動をもたらしてくれるのはずっと対面を待っている追っかけ作品。企画展のテーマにもとずいて集められた作品全体をトータルで鑑賞することには興味がなくて、展覧会へ行くのはひとえにまだみぬ名品に会うため。こういう鑑賞スタイルだから、いくら名画や名品が揃っていても既に鑑賞済みの場合は感動がどうしても目減りするのでリストに残らない。

熱くなった絵画、やきもの、彫刻をあれこれ思い出しながら決定した10の展覧会は西洋美術と日本美術から仲良く5つずつ。記事にした順番で並んでいる。画像はロンドンのテート・モダンで開催中の‘ゴーギャン展’だが、これが最もよかったということではない。

‘長谷川等伯展’         2/23~3/22    東博

‘大遺唐使展’          4/3~6/10     奈良博

‘マネとモダンパリ’展      4/6~7/25    三菱一号館美

‘カラヴァッジョ展’        2/19~6/13  スクデリア・デル・クイリナーレ美

‘若冲アナザーワールド’展   5/22~6/27   千葉市美

‘オルセー美展ポスト印象派’  5/26~8/16    国立新美

‘田中一村展’           8/21~9/26   千葉市美

‘上村松園展’           9/7~10/17   東近美

‘ モネ展’             9/22~1/24    グラン・パレ

‘ゴーギャン展’          9/30~1/16    テート・モダン


回顧展が展覧会の華だと常々思っているので、‘オルセー美展’を除いて回顧展を選んだ。今年は08年のときと同様、海外の美術館で天にも昇るような気持ちになった展覧会に遭遇した。5月にでかけた‘カラヴァッジョ展’と11月にみた‘モネ展’と‘ゴーギャン展’。この感動の余韻が2年くらい持続しそう。

国内で行われた‘マネ展’は追っかけ作品の‘街の歌い手’と‘ラテュイユ親父の店’があったから大変嬉しかった。久しぶりに訪ねたパリのプティ・パレ美でいい男性の絵があるなと思ったら、この展覧会に出品された背の高い男の肖像画だった。

国立新美の‘ポスト印象派’は94年の‘バーンズ・コレクション展’とともに、これまで日本で行われた印象派・ポスト印象派展のなかでは最高のものだった。アンリ・ルソーの傑作2点を含むこれほど多くの質の高い絵が揃うのはこの先30年くらいないかもしれない。

日本美術も充実の一年だった。長年待った‘長谷川等伯展’はあるし、‘大遺唐使展’では念願の‘吉備大臣入唐絵巻’をみるこができた。また、大規模な若冲展を再度静岡県美と千葉市美が開催してくれた。はじめての画家としては田中一村の南国の絵が忘れられない。ルソーを連想させるその画風は衝撃的で、200%心を突き動かした。

美人画の鑑賞は着実に進んだ。鏑木清方の名画数点と対面したのをはじめ、‘上村松園展’でもうっとりするような絵に出会った。これほど多く松園のいい絵が集まった回顧展は過去にない。東近美の学芸員に拍手々!

今年も拙ブログを読んでいただきありがとうございました。
皆様よい年をお迎え下さい。

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2010.12.30

期待値を大きく上回る千葉市美の‘ギッター・コレクション展’!

2249               伊藤若冲の‘白象図’

2248     呉春の‘双鹿図’

2250     酒井抱一の‘朝陽に四季草花図’

2251                  鈴木其一の‘蓬莱山図’

米国にあるギッター・コレクションの存在は知っていたが、過去体験したのは数年前森美であった展覧会に出品された伊藤若冲の‘達磨図’など数点しかない。だから、千葉市美で‘ギッター・コレクション展’(12/14~1/23)が開催されることを知ったときは胸が高まった。果たして、期待値を大きく上回る質の高い日本美術コレクションだったので館内にいる間中気分は高揚しっぱなし。参りました。

‘帰ってきた江戸絵画’のキャッチコピーがついた今回の出品作は107点。数の多いのは人気絶頂の若冲、池大雅、与謝蕪村、谷文晁、白隠と江戸琳派。驚くのは宗達の‘鴨に菖蒲図’や昭和初期に描かれた富田渓仙の‘遊里風俗図’まであること。ニューオリンズに在住のギッター・イエレン夫妻の日本美術をみる目は相当高く、そして深い。米国にはこういうすごい眼力をもったコレクターが数多くいることを再認識した。

われらが伊藤若冲(1716~1800)はなんと8点もある。初見の6点では‘白象図’の前に長くいた。若冲の絵の特徴である正面向きの象を形どる太い墨の輪郭線と地の黒が目に強く焼きつく。この白象は静岡県美蔵の‘樹花鳥獣図屏風’(拙ブログ6/1)にでてくる象とそっくりに描かれている。これでまた‘樹花鳥獣図’に若冲の手が入っていることを確信した。プライス氏がもっているデザイン画‘鳥獣花木図’(09/10/8)を日本で展示する必要はまったくない。まだプライス氏に貸し出しを依頼する学芸員や美術評論家がいるとしたら、お笑いものである。

円山応挙にとって客人的な存在だった呉春(1752~1811)の‘双鹿図’に大変魅了された。鹿の絵というと竹内栖鳳の絵がこれまで心のなかにあったが、これからは呉春の鹿がとって代わりそう。横向きで大きく描かれているのがいいのかもしれない。目の前を本物の鹿が通りすぎていくような気がした。

今回一番の収穫は酒井抱一(1761~1829)の‘朝陽に四季草花図’。この絵は手元の美術本に載っておらず、こんないい絵がまだあったのか!というのが率直な感想。とくに痺れるのが水流を挟んで桜と杜若を描いた右の一幅。抱一の絵はやはり花鳥画が最も心に響く。来年は抱一の回顧展が3つの美術館(出光、畠山、千葉市美)で開催されるが、これはメインディッシュを食ってしまいそうなプレリュードだった。

鈴木其一(1796~1858)は3点。そのひとつ‘蓬莱山図’がなかなかいい。画面の下はたらし込みで描かれた岩肌(蓬莱山)を荒々しい波しぶきが生き物のように這えまわっているのに対し、上は霞がかかる太陽の横を2羽の鶴が美しい姿で飛んでいる。動と静の対比描写を溶けあわせる構成がなんとも見事。

ほかにもサプライズの絵がいくつもある。是非ご自分の目で!

なお、この展覧会は次の美術館にも巡回する。
・静岡県美 (11/2/5~3/27)
・福島県美 (6/11~7/24)
・京都文化博 (9/3~10/16)

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2010.12.28

好企画の‘デューラー版画・素描’展!

2245_2     ‘聖カタリナの殉教’(1498年)

2244_2     ‘犀’(1515年)

2246_2     ‘アダムとイヴ’(1504年)

2247_2     ‘書斎の聖ヒエロニムス’(1514年)

北方ルネサンス最大の画家であるデューラー(1471~1528)は絵画作品だけでなく版画で比類のない才能を発揮したことはもうずいぶん前から承知しているが、その版画を体験したのはまだ両手くらいしかない。いつか画集に必ず載っている‘アダムとイヴ’などをみる機会がやってこないかなと思い続けてきたが、西洋美が‘デューラー版画・素描’展(10/26~1/16)で長年の願いを叶えてくれた。好企画に感謝!

作品数は157点、デューラー版画のコレクションで名の知れたメルボルン国立ヴィクトリア美から105点、西洋美の49点、そしてベルリン国立版画素描館の3点で構成されている。ヴィクトリア美から質の高い版画がやってきたのも嬉しいが、西洋美がこれまで蒐集してきたものが一気にみれるのは特筆もの。

デューラーの高い技量が存分に発揮されたこれらの絵は‘宗教’、‘肖像’、‘自然’の3つの切り口でグルーピングされている。宗教画の連作はいろいろある。‘聖母伝’、‘大受難伝’、‘小受難伝’(いずれも木版画)、‘受難伝’(銅版画)。カラヴァッジョの絵のせいですぐ反応するのが‘聖カタリナの殉教’(ヴィクトリア美)。左にカタリナが手足を括りつけられることになっていた車輪がみえるが、壊れてこの残虐な拷問は失敗、それじゃあ首をはねるしかない!殉教とは痛ましいもの。

これまでみたことのある犀の絵はヨンストン著の‘自然誌’に載っているものだが、これはデューラーが油ののりきった44歳のときに描いた絵の模写。これが原画か!とじっくりみた。すぐ目がいく角のまわりはえらく細かな描写、そして耳のなかや口元にはえている毛もじつにリアル。肩口のところにも角があるが、これあった?

大きな収穫は追っかけ画リストに入っている‘アダムとイヴ’と‘書斎の聖ヒロニムス’(ともに西洋美)がみれたこと。この2点と何年か前にあった‘大英博物館展’でみたことのある有名な‘騎士と死と悪魔’(1513年)や‘メレンコリアⅠ’(1514年)はてっきりヴィクトリア美からやってきたものと思っていたが、全部西洋美の所蔵だった。それならもっと早く見る機会があってもよかったが、ここ数年西洋美が行った版画展シリーズには展示されなかったような気がする。この展覧会のために温存していたのかもしれない。

‘書斎の聖ヒエロニムス’の完成度の高さにびっくりした。明確な陰影表現と奥行きのあるすっきりしとした画面構成、緻密な対象描写。すごい絵である。これは一生の思い出になる。

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2010.12.27

‘モネとジヴェルニーの画家たち’展に傑作2点あり!

2241_2     ‘積みわら(日没)’(1891 ボストン美)

2240_2     ‘睡蓮のある池’(1900 ボストン美)

2243_2     ‘睡蓮’(1907 ワズワース・アシニアム美)


2242_3      ‘睡蓮’(1908 東京富士美)

現在、渋谷のBunkamuraで行われている‘モネとジヴェルニーの画家たち’展(12/7~2/17)を楽しんだ。この展覧会に77の作品がでているのだが、モネは14点、あとはモネの画風を継承したアメリカ人画家の作品。

一般的には馴染みがないが、モネ(1840~1926)が住んだジヴェルニーにメトカーフらアメリカ人画家が滞在し、モネ風の風景画を描いた。08年名古屋ボストン美であったモネ展でメトカーフやヘールの作品を体験した。こうした作品に光をあてたのが今回の展覧会だが、主催者には悪いがジヴェルニーの画家への関心は薄く、足を運んだのはモネの絵のヴァリエーションを増やすため。

モネ14点のなかに画集に載っている傑作が2点ある。それはボストン美蔵の‘積みわら(日没)’と‘睡蓮のある池’。ここは92年に‘モネと印象派’展を開催しており、ボストン美と強力なコネクションがある。このときも2点はやってきた。以降このペアはモネ展に度々登場する。ざっとレビューしてみると、94年(ブリジストン、睡蓮のある池のみ)、07年(国立新美)、08年(名古屋ボストン 拙ブログ08/6/1)、10年(森アーツセンター)。

この2点は90年ボストン美、シカゴ美、ロンドンのロイヤル・アカデミーで開催され多くの入場者があった‘モネの連作展’の80点のなかにも入っており、モネの傑作として名高い。ロイヤル・アカデミーで‘積みわら’をみたとき、その燃えるような朱色に200%KOされた。モネの絵を沢山みてきたが、この絵の光の輝きを超える絵とはまだ出会ってない。

今回、睡蓮の絵は5点ある。そのなかで密度が濃く強烈なインパクトを持っているのが日本の太鼓橋と睡蓮を描いた‘睡蓮のある池’。この絵の1年前同じく太鼓橋を描いたオルセー、ロンドン・ナショナル・ギャラリー(12/4)、メトロポリタン、プリンストン大美が所蔵するものが画面全体が緑につつまれているのに対し、このボストン、オルセー、シカゴにあるものは池の水面や睡蓮、まわりの草木が茶色がかった赤や黄色で色彩が激しく乱舞するように描かれている。

初見のワズワース・アシニアム美蔵の‘睡蓮’と再会した東京富士美のものは睡蓮の連作としては、第3期にあたる1907~1908年に制作されたもの。ロココ様式を思わせる優美で柔らかい雰囲気をもった睡蓮である。今回出かけたのはじつはワズワース・アシニアム美の睡蓮に会うためだったが、東京富士美とは構図の違いはあるものの色調はほとんど同じなので、期待したほどではなかった。

でも、上述の2点をまたみれたので気分はとてもいい。海外から作品をもってくる場合、いつも言っているように画集に載っている名画が2点もあれば(3点が理想だが)、立派な展覧会。だから、Bunkamuraは今回も◎。

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2010.12.26

ミケランジェロの彫刻作品全点鑑賞!

2238_2         ‘聖母子と聖ヨハネ(トンド・タッデイ)’(ロイヤル・アカデミー)

2237_2        ‘聖母子と聖ヨハネと天使たち’(ナショナリ・ギャラリー)

2239_2     ‘サウロ(聖パウロ)の回心’(ヴァティカン パオリーナ礼拝堂)

ロンドンの中心地、ピカデリー・サーカスからグリーン・パークに向かって5分くらい歩いたところにロイヤル・アカデミー・オブ・アーツがある。ここは90年にあった‘モネの連作展’を2時間並んで見た思い出の美術館。

再訪問したのはコンスタブルの‘跳ねる馬’とミケランジェロの彫刻‘トンド・タッデイ’をみるため。前回館の前の広場に長く立っていたので、外観の記憶はすぐ蘇ってきた。が、館内はもうまったく覚えてない。建物は3階まであり、大きな企画展は2階で、中規模な展覧会は3階のガラスと鉄鋼を使ったデザイン感覚のいい展示場で行われる。

ミケランジェロ(1475~1564)が1504年ころ制作した円形の浮彫り彫刻は3階の展示室の入り口の横にドンと飾ってあった。周りはガラス張りなので外から入ってくる光で白い大理石が美しく輝いている。幼児キリストに鳥をさしだしている左のヨハネや背景は未完成だが、浮彫りの厚みは浅いものの聖母子は立体的な量感があり、背景から浮き出すように彫られている。

じつはこれはミケランジェロ彫刻の最後の追っかけ作品だった。これでダ・ヴィンチの絵画に続いてミケランジェロの彫刻も全点鑑賞することができた!幸運に恵まれ大好きなミケランジェロを全部みれたのは生涯の喜びである。今年は1月のイタリア旅行から調子がよかった。ミラノ市立美、シエナ大聖堂、フィレンツェのバルジェロ国立美、カーサ・ブオナローティ、そしてここロイヤル・アカデミー。

思い起こすとミケランジェロの彫刻を最初にみたのは1983年のフィレンツェ訪問。ここであの‘ダヴィデ’と対面した。このときからミケランジェロにのめりこんでいったが、‘これから全点見るぞ’と大きな旗をあげたわけでもない。エルミタージュとかブルージュ、イタリアを旅行し、そこでミケランジェロと出会っているうちに鑑賞作品がだんだん増えていき、27年で全点鑑賞にたどり着いた。

また、今回ナショナル・ギャラリーで2年前みれなかったミケランジェロの絵画‘聖母子と聖ヨハネと天使たち(マンチェスターの聖母)’(未完成)にも会うことができたから、一般公開されている‘システィーナ礼拝堂壁画’プラス3点の絵画作品、‘聖家族(トンド・ドーニ)’(ウフィツィ美)と‘キリストの埋葬’(未完成、ナショナル・ギャラリー)もコンプリートになった。ヴァティカンのパオリーナ礼拝堂にある‘サウロの回心’と‘聖ペテロの磔刑’も一度みてみたいが、これは専門家でないと無理だから諦めている。

パリ・ロンドン美術館めぐり感想記に長らくお付き合いいただき、ありがとうございます。これで終わりです。

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2010.12.25

心を惹きつけてやまない風景画の傑作!

2233_2     ルーベンスの‘ステーンの城館のある風景’

2236_2     プッサンの‘蛇に殺された男のいる風景’

2234_2     ホッベマの‘ミッデルハルニスの並木道’

2235_2     コンスタブルの‘牧草地から見たソールズベリー大聖堂’

ナショナル・ギャラリーは展示室が61もある大きな美術館ではあるが、所蔵する作品は全部2階に展示されているのでパリのルーヴルに比べれば楽にみてまわれる。2年前の訪問でフロア全体のレイアウトがイメージできているので、見たい度の大きい作品がある部屋をピンポイントでまわった。

今回お目当ての絵のひとつが風景画。まずめざしたのがルーベンス(1577~1640)の部屋。狙いは前回展示されてなかった‘羊飼いと羊の群れのいる風景’だったが、思った以上に大きくない絵。で、さっとみて向かい側の壁にある‘ステーンの城館のある風景’をあらためてじっくりみた。これはウォレス・コレクションが所蔵する‘虹のある風景’(拙ブログ12/17)と対をなす絵。右上に広大な光景がみえる開放的な画面構成に惹きこまれる。

視線は手前の二人の男女が乗った荷馬車、ヤマウズラをこれから仕留めようと屈みこんでいる狩人にいき、そのあと雲がいっぱいの遠くの空にむかう。画面の半分は褐色で占められているが、真ん中は緑、そして遠景の山々や平野は空気遠近法により青くなっている。手前の人間臭い場面と遠くの晴れやかな自然がうまくとけあっているので、みてて楽しい気分になる。

ロンドンでラッキーにもルーベンスが晩年に描いた風景画をコートールド美蔵の‘月光の風景’もいれて4点全部みることができた。‘フランドルのケルメス’(ルーヴル)と‘野良の帰り’(フィレンツェ、ピッティ美)は既にみているので、長らく夢見ていた6点制覇が達成できた。ミューズに感謝!

ここにはプッサン(1594~1665)の絵が10数点あるが、前回展示してあったのは‘黄金の子牛の崇拝’(08/12/15)などの神話を題材にした絵だった。今回期待したのは広々とした風景のなかで歴史上の出来事や神話の場面を描いた歴史的風景画。これが大当たり。08年、メトロポリタン美で開催された‘プッサン展’に出品された‘蛇に殺された男のいる風景’と再会しただけでなく、NY展では展示されなかった‘川から水をすくう男のいる風景’と‘休息をとる旅人のいる風景’もみることができた。プッサンは今関心の高い画家。絵のヴァリエーションが増えていくのは大変嬉しい。

オランダ人画家、ホッベマ(1638~1709)の‘ミッデルハルニスの並木道’はその一点透視法が目にしっかり印象づけられる風景画だが、これまで縁がなかった。図版ではわかりにくいが人物が3箇所に描かれている。こちらに向かって道を歩いている犬を連れた狩人、家の前にいるカップル、そして右で苗木をいじっている男。現地でこの風景をみたら、いつまでも佇んでいるかもしれない。そんなことを思わせる見事な風景画だった。

7点あったコンスタブル(1776~1837)は‘干し草車’(08/2/7)と‘牧草地から見たソールズベリー大聖堂’の前に長くいた。晩年の作、‘ソールズベリー大聖堂’は過去に描いた作品のいいところを集めてきたような絵。きらきらした水面や馬車は‘干し草車’がダブるし、左の力強いフォルムの樹木はコンスタブルの自然に対する熱情がそのままでている感じ。そして、天につきさす尖塔が心を揺さぶる美しい大聖堂のうえには大きな虹がかかる。メトロポリタン美で遭遇した‘主教の庭からみたソールズベリー大聖堂’(08/5/11)についでこの絵もみれたから満足度は高い。

コンスタブルは重点鑑賞画家にしていたから、必見リストには画集からとった絵がいくつも並んでいる。今回、V&A、テート・ブリテン、ナショナル・ギャラリーでみれたのは全部で13点。そのうち追っかけ作品のヒット率は50%だった。残念でならないのがロイヤル・アカデミーの‘跳ねる馬’が展示されてなかったこと。この絵を見るのを楽しみにしていたのでガックリ。でも、これでまたロンドンに来るインセンティブができたと思えばいい。

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2010.12.24

リカバリーがとてもうまくいったナショナル・ギャラリー!

2230_2          ラファエロの‘ナデシコの聖母’

2231_2     ベラスケスの‘マルタとマリアの家のキリスト’

2229_3          ヴィジェ・ルブランの‘麦わら帽子の自画像’

2232_2          ルノワールの‘はじめての外出’

今回のナショナル・ギャラリー(拙ブログ08/2/7)における名画鑑賞ではテート・ブリテンとは対照的に高いリカバリー率を果たすことができた。だから、閉館時間の6時に退出したときは一仕事を終えたような気分だった。今日はクリスマスイブなので、そのなかから魅力あふれ女性の絵を。

前回最も期待していたラファエロ(1483~1520)の絵は2004年に館に入った‘ナデシコの聖母’だった。ところが展示してあったのは‘アレクサンドリアの聖女カテリーナ’(08/2/1)など6点で、この絵は残念ながらみれなかった。今回は強い願いが叶い、初対面となった。ラファエロが24歳のときに描いたこの聖母はとても小さな絵(29cm×23cm)で、エルミタージュにあるダ・ヴィンチの‘ブノワの聖母’と雰囲気が似ている。

思いの丈が叶えられたのはこの絵だけではなかった。これまた小さな‘ガルバの聖母’とか師匠のペルジーノの様式を残した大作‘トッタ・デイ・カステッロの祭壇画’とか‘スキピオの夢’も一気にみれたので嬉しくなった。‘待てば海路の日和あり’である。

ベラスケス(1599~1660)の絵が展示してあるルーム30は前回改装中で入れなった。だから、ここでベラスケスの絵をみるのは久しぶり。最も好きな‘ヴィーナスの化粧’(09/2/10)と歓喜の再会をはたしたあと足をとめてみたのは‘マルタとマリアの家のキリスト’。視線が集中するのが半身像の若い女。テーブルの上のすり鉢で何かをすっている女の目にとても力があるのが印象深い。ラファエロ同様、追っかけ画がずらずらとあった。‘パトモス島の福音書記者ヨハネ’、‘無原罪の御宿’、‘猪狩り’。ここでベラスケスが7点もみれるとは思ってもみなかった。満足々!

館内の右サイドはイギリスやフランスで1700~1900年に活躍した画家の絵が展示してある。イギリス人画家で関心のあるのはターナー、コンスタブル、ブレイク、そしてラファエロ前派のロセッティ、ミレイ、バーン=ジョーンズ、モリスあたりで、ほかの例えば、レノルズ、ゲインズバラ、スタッブズ、ホガースらへの関心は薄い。で、ここの部屋はいつも軽くみているのだが、今回フランスの超美貌の画家、ルブラン(1755~1842)が描いた‘麦わら帽子の自画像’だけはしっかりみた。

2年前は気にもとめなかった絵にどうして惹かれたか?それは9月、損保ジャパン美の‘ウフィツィ美 自画像コレクション’展でルグランの絵をみたから(9/15)。ルブランの名前は知っていたが、これほどの美貌の持ち主だったとは!これでいっぺんにルブランに嵌り、この絵は必見リストの上位に載せていた。じつに魅力的な肖像画である。口ぽかんでしばらくみていた。夢でもいいからこんな綺麗な画家に肖像画を描いてもらいたい。来年、三菱一号館美で開催される‘ルブラン展’(3/1~5/8)がとても楽しみ。

ここにあるルノワール(1841~19199)で残っていたのが‘初めての外出’。やっとみれた。観劇慣れしてなくて緊張気味の心のうちが横向きの表情からみてとれる。印象派は収穫が多かった。マネの‘エヴァ・ゴンザレスの肖像’、ドガの‘少年たちを挑発するスパルタの少女’、セザンヌの‘父の肖像’、‘庭師’、ピサロの‘セザンヌの肖像’。これで印象派は一息できる。

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2010.12.23

テート・ブリテンのターナーとコンスタブル!

2227_2      テート・ブリテンの外観

2225_2     ターナーの‘難破船’

2226_2     コンスタブルの‘フラット・フォードの製粉場’

2228_2     ホイッスラーの‘ノクターン:青と銀色ークレモンの灯’

歴代のイギリス絵画がたっぷりみれるテート・ブリテンは2年前訪問したので、今回はオプション扱いにしていた。時間と体力が残っていれば出かけようという作戦。そうはいっても前回みれなかった絵のリカバリーのため、必見リストはちゃんと用意してある。

美術館めぐりはおもしろいもので、こちらの気合にすこしでも緩みがあると美術館との相性はえてしてよくない。館のソファでお休みタイムに入った隣の方と時間の打ち合わせをして、一人でターナー(1775~1851)の作品があるクロア・ギャラリーへ向かったものの、お目当ての絵がことごとく姿をみせてくれない。これで気分はだいぶへこんだ。

この度はみれるだろうと思っていた絵はどの画集にも載っている有名な‘吹雪’と‘雪の嵐ーアルプスを越えるハンニバルの軍勢’、‘雪崩で破壊された小屋’の3点。残念!展示してあったターナーの作品は20点くらい。なんといってもここはターナー絵画の殿堂だから、気持ちを切り替えてみた。

収穫のひとつが‘難破船’。こういう荒れ狂う波の光景をみると自然の怖さを感じずにはいられない。形の定まらない波の描写はとても難しいと思うが、ターナーは高い技量を発揮して、難破する船を激しくダイナミックに描いている。まったく見事な海景画である。前の日、ナショナル・ギャラリーで同じように波が大きくうねる‘カレーの桟橋’がみれたから、今回のターナーはこれでよしとした。

クロア・ギャラリーはターナー専門の展示室なのに、なぜかコンスタブル(1776~
1837)のいい絵が2点あった。‘フラット・フォードの製粉場’と‘ハドリー城、テムズの河口-嵐の夜の翌朝のための習作’。あとでわかったのだが、現在館内は近・現代絵画だけはみれるがほかは工事中で閉鎖されている。で、一部の作品が本来ある場所からクロア・ギャラリーに移ってきていた。

‘フラット・フォードの製粉場’は98年に東京都美であった‘テート・ギャラリー展’にもやってきた絵で、コンスタブルの代表作のひとつ。この絵の5年あとに制作された‘干し草車’の水面のようには光は感じられないが、広がりのある空間、そして川沿いの道や手前の大きな木や遠くの樹木にみられる細かい描写が心をとらえて離さない。なんでもない田園風景だが、そこがかえって親しみがもてていい。いつかコンスタブルの生地を訪ねてみたい。

この部屋にもう一点惹かれる絵があった。それはホイッスラー(1834~1903)の‘ノクターン:青と銀色ークレモンの灯’。こういう日本テイストに満ちた絵が現れてくれると心が落ち着く。手前下では葦が画面の下にはみだし、靄のかかったテムズ河は簡略的に描かれた筏のほかには何もみえず、右上では川面に燈火が映っている。無用なものは一切カットされた茫漠としたし詩情あふれる光景をじっとみていると、どこからともなく静かなピアノの音色が聴こえてきた。

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2010.12.22

コートールド美で‘セザンヌのカード遊びをする人たち’展をみた!

2222_2     ‘カード遊びをする人たち’(オルセー美)

2223_2     ‘カード遊びをする人たち’(コートールド美)

2221_2     ‘カード遊びをする人たち’(メトロポリタン美)

2224_2     ‘喫煙する男’(エルミタージュ美)

コートールド美で想定外の企画展、‘セザンヌのカード遊びをする人たち’展に遭遇した。作品数は1890年代に描かれたカードで遊ぶ農民や喫煙する男の絵など油彩13点とデッサン6点。数からいうとセザンヌ(1839~1906)のミニ回顧展なのだが、画集に載っている有名な絵が結集しているので、内容はとびっきり充実している。大変ラッキーなめぐり合わせだった。

これはコートールドとメトロポリタンの共同企画、ここで10/21~1/16まで開かれたあと、2/9~5/8にはメトロポリタンで行われる。オルセー美は現在工事のため休館中だが、印象派・ポスト印象派の名画は世界中の美術館から引っ張りだこのようだ。日本では‘マネ展’(三菱一号館美)、世界巡回展の‘ポスト印象派’(国立新美)、‘ドガ展’(横浜美、12/31まで)が行われたし、パリの‘モネ展’、そしてここロンドンのミニセザンヌ展もオルセー蔵の絵を軸に構成している。

‘カード遊びをする人たち’が3点並んでいる。向かいあう2人の人物を横から描いたオルセー(拙ブログ08/2/17)とコートールドのものとメトロポリタンにある3人でカードを楽しむ場面を描いたもの。セザンヌはもう2点描いている。展示されてはいないが、図録には出品作と同じ大きさで収録されているバーンズ・コレクション(3人、94年日本にやってきた)と個人蔵(横向き2人)。制作の時期としては、3人プレイヤーのほうが先に2点描かれ(1890~92)、その後2人が対面する3点を完成させた(1892~96)。

さて、3つの絵はどれがお好みだろうか?パリの‘モネ展’をみてつくづく回顧展はいいなと思ったことがある。大規模な回顧展だから同じモティーフの絵が数点でてくる。‘サン=ラザール駅’、‘睡蓮の池’など々。単独でみたときの感動を思い起こすと、1点々は相当いい絵。でも、それらを絵の構成、色合い、形態、筆致の丁寧さや勢い、さらに絵のサイズなどから見比べてみると、やはり心が最もむかう絵がある。これがわかるのはとても嬉しいし、その絵が前より2倍も3倍も好きになる。

2年ぶりにみたオルセーの絵が前にも増して好きになった。コートールドのものより、右の男の背中が画面から消えるほど人物への接近度が大きく、カード遊びを一緒になって楽しんでいるように思えるからかもしれない。

‘喫煙する男’もテーブルに右ひじをつき煙草を吸っている農夫の姿を描いたものが3点並んでいる。画像のエルミタージュ、マンハイム美、プーシキン美。エルミタージュのものは11年前現地でみたとき、図録に◎をつけた絵。久しぶりの対面となったが、再度ぐっと惹きこまれた。

今年は本当に印象派イヤーだった。ルノワールからはじまり、マネ、スーラ、ドガ、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ。沢山の名画に引き合わせてくれたミューズに感謝々である。

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2010.12.20

心に響く印象派・ポスト印象派の傑作!

2217_2     モネの‘アンティーブ’

2219_2     セザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’

2220_2        ゴッホの‘耳を切った自画像’

2218_2            スーラの‘化粧する若い女’

コートールド美の印象派・ポスト印象派のコレクションには美術本に載っている名画がいくつもあるので、どれをとりあげるか選択に迷う。こういうときは‘複数ある絵のなかでお好きなものをさしあげます’と仮にいわれた場合の素直な答えにそって決めている。

ここに飾ってあるモネ(1840~1926)は2点だが、最もいい絵は今パリのグラン・パレで開かれている‘モネ展’(来年の1/24まで)に展示されている。その絵は地中海の強い光と色彩を描いた‘アンティーブ’。97年日本橋高島屋であった‘コートールド・コレクション展’ではじめてみたときの感激がグラン・パレの会場で熱く蘇ってきた。風は強く吹いているのか緑と青で表された波は大きく揺れている。

目を奪われるのが中心をすこしずれたところから斜めにのびる木の幹。幹の先は画面の外にとびだしている。三角形をした木の葉は遠くの山々を覆うように横に広がっている。浮世絵が好きな方はすぐ歌川広重の‘名所江戸百景’の中にでてくる絵を連想されるにちがいない。だが、当時浮世絵を知らなかった普通のフランス人美術愛好家は‘どうして、真ん中に大きな木を描くの?美しい海の光景の邪魔だよ!’というのが率直な反応ではなかったか。

セザンヌ(1839~1906)の風景画は4、5点あった。そのなかでお気に入りは‘サンク=ヴィクトワール山’と‘アヌシー湖’。セザンヌは故郷のサンク=ヴィクトワール山を何点も描いているが、この絵は構図がとてもいい。左端に立つ松の木の枝が山の稜線をなぞるようにぐうーっと横にのびている。よくみると右の枝は左の木のものではないから、画面の外にはもう1本の松があることになる。松の枝がちょうど窓枠のようになっており、そこに安定感のいいヴィクトワール山がおさまっている感じ。山のフォルムも晩年に描かれた作品のように角々してなく、なだらかに表現されているので落ち着いてみられる。

ゴッホ(1853~90)の‘耳を切った自画像’も高島屋にやってきた。今から思うと昔のデパート系の展覧会はすごくレベルが高かった。コートールド展は95年(?)と97年と短期間に2回もあり、この自画像は1回目に出品された。だから、15年ぶりの対面。ショッキングなゴッホのアルルでの耳切り事件はゴッホという画家に関心をもちはじめたころからずっと白い包帯をしたこの絵でイメージづけられている。ゴッホはこういう姿の自画像もちゃんと描くのだから、精神的には覚めている。一時的な発作に見舞われ苦しむのは本当につらかったにちがいない。

今年はスーラ(1859~91)が大当たり!国立新美の‘オルセー美、ポスト印象派展’に沢山出品されたし、現在行われている‘ゴッホ展’でも‘オンフルールの港の入り口’(クレラー=ミュラー美)をみた。そして、ここで緻密な点描法に吸い込まれる‘化粧する若い女’と‘クールブヴォアの橋’。もう一点オマケがあった。どういうわけかナショナル・ギャラリーに展示してあったテート・モダン蔵の‘グランカンのオック岬’(拙ブログ8/28)。

スーラの恋人を描いた‘化粧する若い女’はちょっと不思議な絵。室内は静かなはずなのに、女の黄色の衣裳と扉の下に螺旋状の線がみえ空気が渦巻いているよう。女の太めの姿態には惹かれないが、動きのある構成と気の遠くなるような赤や橙色の点々には見入ってしまう。

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2010.12.19

コートールド美の珠玉の印象派コレクションと再会!

2213_3     コートールド美の建物

2214_2     マネの‘フォリー・ベルジェールのバー’

2215_2           ルノワールの‘桟敷席’

2216_2           ドガの‘舞台の二人の踊り子’

コートールド美はテムズ河畔に立つ四角の形をしたサマセット・ハウスの一角にある。地下鉄の最寄駅はテンプル駅、ここから歩いて10分くらいで着く。コレクションの数からすると大きな美術館をイメージしていたが、意外に小さな邸宅美術館だった。

クリスマスの時期を除いて年中無休だが、料金は5ポンドとられる。ここでの楽しみは二つあった。ひとつは拙ブログ7/22でとりあげたルーベンス、ボッティチェッリ、ブリューゲルの絵。もうひとつは世界的に有名な印象派コレクションとの再会。ルーベンスの‘月光の風景’はあのダイナミックな神話や歴史の場面を描いた絵とはおよそかけ離れた静寂な絵。明るい月明かりと星を表す白の点々が胸に刻み込まれた。

ボッティチェッリの絵に登場するマグダラのマリアの異常に長い栗毛色の髪に目が点になったが、ブリューゲルの‘エジプトへの逃避途上の風景’と‘キリストと姦通女’も夢中になってみた。また、ベリーニの宗教画やゴヤの男性肖像画に遭遇したのもプラスαの収穫。

再会を楽しみにしていた印象派の絵は2階の3つの部屋に展示してあった。今年前半、三菱一号館ですばらしいマネ展があったので、足はひとりでにマネ(1832~1883)の‘フォリー・ベルジェールのバー’(09/5/31)へむかう。十数年ぶりの対面。隣の方に是非みせたかったのがこの絵とルノワールの‘桟敷席’。

今回とくに関心をもってみたのが正面をむいているバーメイドと後ろの鏡に映ったこの女の後ろ姿の奇妙な位置関係。どうみても鏡に映った女が視線を惹きつけるバーメイドとは思えない。そもそも、ぱっとみてこの場面に鏡の存在を感じないのである。大理石のバーカウンターはぐるっと一周している感じで、向こう側で別のメイドが客と対応しているようにみえる。

鏡を描いたのはカイユボットの‘カフェにて’(9/14)に刺激を受けたからともいわれているが、マネのすごいところは鏡に映るメイドの姿を平気で不自然な位置に変えたこと。
1月に放送された日曜美術館のマネ特集のなかで、現役のフランス人画家がアトリエにマネがやったようにバーカウンターをつくりにそこにモデルを立たせ、マネの描き方を推理をしていた。これはすごく説得力があった!おもしろいのでかいつまんで紹介したい。

アトリエには女性と男性客のモデルがいたと画家のアラン氏は推測する。画家の実体験として、絵を描いていると疲れて一息いれたくて歩き回ることがあるという。マネがメイドの正面に置いたカンバスから離れてれ右に行き休んでいたとき、右側にいた男性は女性の前に行き話しかける。その二人の姿が鏡に映る。マネがいた右の位置からみるとその光景は絵のようにみえる。つまり、マネは一つの画面に正面と右のふたつの視点からみた光景を組み合わせたというわけ。

アラン氏はこう続ける。‘こういうことは前々から計画していたことではなく、ふと目に入ったものでこういうことが起きる。絵にはみえない道筋のようなものがあり、発見して描く、客観的に描く、その繰り返し。そして描いている間におこる偶然の出来事をとり入れて絵を変化させる。それが絵の道筋なのである’。なるほどね、マネはこれをこの最後の大作で実践していたのか!これで鏡に映る奇妙な後ろ姿の謎が腹にストンと落ちた。この美術館が行ったX線調査からもアラン氏が推理する絵の変化の過程が読み取れるという。いい話を聞いた。

ルノワール(1841~1919)が1874年の第一回の印象派展に出品した‘桟敷席’にまた会えてご機嫌。何度みてもこの絵の前では目がとろんとなる。やわらかくて気品があって、もう最高!また、今年は横浜美でドガ(1834~1917)の回顧展(10/27
12/31まで)がありドガへの思い入れが強いから、ここの踊り子の絵にも吸い寄せられる。

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2010.12.18

レンブラントとフェルメールの名画があるケンウッド・ハウス!

2209_2           レンブラントの‘自画像’

2211_2           ハルスの‘ピーテル・ファン・デン・ブロッケの肖像’

2210_2           フェルメールの‘ギターを弾く女’

2212_2           フラゴナールの‘サクランボを摘む人々のいる風景’

ケンウッド・ハウスを訪問するため、まず地下鉄ノーザンラインのハムステッド駅をめざした。じつは若い頃、ノーザンラインのエンドの駅エッジウエアーに3ヶ月住んでいたことがあり、この駅はよく途中下車した。だから、名前はとても懐かしいのだが、もう28年前のことだから当時の記憶はまったく消えている。タクシーをつかまえようとあたりをきょろきょろするが、ケンウッド・ハウスはどっちの方向やら見当がつかない。

やっと止まってくれたたタクシーに乗ると10分するかしないうちにケンウッド・ハウスの入り口についた。運賃は5ポンドくらい。そこから、美術館の入り口までは歩いて5分ほど。白い館が現れた。ここも無料。イギリスの美術館は無料のところが多いから好感度は各国のなかでは一番高い。

ここで注目の絵は‘いつか行きたい美術館’(拙ブログ09/4/19)でとりあげたようにレンブラント(1606~1669)とフェルメール(1632~1675)の2点買い。平常展示に使われているダイニングルームにあった。レンブラントの数ある自画像のなかでとても惹かれるのがここにある1665年ころ描かれたもの。

左から光をうけている顔の表情はちょっと不機嫌というか憂鬱そうな感じだが、静かな室内のなかで深い内面性をとらえた描写がすごくいい。この絵をとても穏やかな気持ちでみれるのは着ている茶色の衣服が三角形の形で安定した構図になっているから。そして、背景にみえる2つの円も心を鎮めてくれる。こういうすばらしい肖像画に会える機会はそうないだろうとこの一会を噛み締めながらみていた。

これで追っかけ自画像で残っているのはマウリッツハイスとアムステルダム国立美蔵の2点になった。12年、新東京都美で開催される‘マウリッツハイツ美名品展’にフェルメールの‘青いターバンの少女’などがやってくるが、このなかにレンブラントの自画像も入っていることを祈りたい。東京都美さん、お願いしますよ!

フェルメールの‘ギターを弾く女’も期待通りの名画だった。印象深いのが右からおでこと頬にあたる光と白い衣裳の襞の凹凸の精緻な表現。背景は壁に掛けられた風景画と机の本だけといたってシンプルだが、ギターを演奏する女性の姿が画面を大きくしめているので、音楽を真近で楽しんでいる気分になる。この親密感がいい。

ハルス(1581~1666)の肖像画に登場する人物は皆生き生きとした表情をしている。とくに笑い顔ならこの画家の右にでるものはいない。この赤ら顔の人物にもつい声をかけたくなる。ウォレス・コレクションの‘笑う騎士’とこの絵をみて、ハルスとの距離が一気に縮まった。ミューズに感謝!

ここにもフラゴナール(1732~1806)が4点あった。そのなかの‘サクランボを摘む人々のいる風景’を長くみていた。エプロンをひろげてはしごに登った男からサクランボを受け取っている若い女性のシルエットがとても愛くるしい。ロンドンでフラゴナールの絵を沢山みれたので、次のターゲットは08年に訪問したとき工事中のため少ししか展示されてなかったワシントン・ナショナル・ギャラリー。期待して第2ラウンドを待ちたい。

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2010.12.17

傑作揃いのウォレス・コレクションにびっくり仰天!

2206_2     ウォレス・コレクションの建物

2205_2          フラゴナールの‘ぶらんこ’

2207_2       ブーシェの‘ポンパドゥール夫人’

2208_2     ルーベンスの‘虹のある風景’

ウォレス・コレクションが所蔵する絵画、陶器、工芸は予想をはるかに上回るすごいものだった。18世紀に建てられたこの赤レンガの美術館は地下鉄のボンド・ストリート駅から歩いて10分くらいの静かなところにある。ここは国立の美術館なので無料。開館時間は10時から午後5時まで。休館日は12/24~26だけであとはいつ行っても開館している。

ここでみたい絵はなんといってもフラゴナール(1832~1806)の‘ぶらんこ’。拙ブログ09/4/2でとりあげたように対面をずっと待っていた。もっと大きい絵をイメージしていたが、縦81cm、横64cmと意外に小ぶりの絵だった。目が吸い寄せられるのが中央でぶらんこに乗っている女性。この女性は左上から射す光で気分がハイになったのか演出心に火がつき、揺れるぶらんこにあわせて左足にはいていた靴を上にぴょんと跳ね上げている。口がぽかんとあくような光景とはこのこと。

宙に舞う靴の横に目をやると石彫のキューピッドが唇に指を押し当てている姿が。その真下には若い男が花園のなかに横たわり顔を紅潮させている。楽しみの絶頂といったところか。男はこの絵を依頼したサン=ジュリアン男爵で、ぶらんこに乗っているのは男爵の愛人。とてもあぶない絵なのだが、心がザワザワすることはない。ここに漂っているのは軽いというか悪ふざけ感覚のエロティシズム。ロココ様式にかかるとエロティックムードもカラッとし、美しさにくるまれてくる。

フラゴナールの師匠、ブーシェ(1703~1770)も傑作揃い。玄関ホールの前にある立派な階段をのぼると大作‘日の出’と‘日没’があった。これはギリシャ神話の太陽神アポロンを描いたもの。ふたつを比べると‘日の出’のほうに惹かれる。ニンフに囲まれ天空に上がるため直立したアポロンの顔が女性のように美しい。また、下の海でイルカと遊んでいる可愛いプットに心が和む。

やわらかい肌、小さい顔に大きなまるい目、ブーシェが描く女性にはいつも心がとろけそうになる。ブーシェのパトロン、ポンパドゥール夫人の肖像に大変魅了された。ロンドン・ナショナル・ギャラリーにもドルーエが描いた夫人の絵があるが、ブーショの絵も魅力いっぱい。しばらく息を呑んでみていた。

‘ぶらんこ’とともに最も期待していたのがルーベンス(1577~1640)の風景画の大作‘虹のある風景’。これはナショナル・ギャラリーにある‘ステーンの城館のある風景’の対画として制作された。図版で惹かれていたが実際、見事な風景画だった。ブリューゲルが描いた農民画同様、こういう自然と人物が一体になった絵をみるのはとても楽しい。

画面の左側では干し草づくりが行なわれており、馬を引く荷馬車の横では娘2人と農夫が1人歩いている。農夫は娘たちに‘今日は忙しかったな、酒屋で一杯やろうか’とかいって誘っているのだろうか?牛の群れやその右にいるアヒルをじっとみたあと、視線はすうーっと木々の上に掛かるきれいな虹へとむかう。それにしても木々や遠景の描写がじつに丁寧。風景画家、ルーベンスに熱いエールを送りたくなった。

必見リストに載せていた絵は皆展示してあった。ヴァトーの‘生の魅惑’、‘庭園の宴’、ヴァン・ダイクの見事な肖像画‘ラベル殿、フィリップ・ル・ロワ’、ティツィアーノの‘ペルセウスによるアンドロメダの解放’、プッサンの‘時の音楽のための舞踏’、ハルスの‘笑う騎士’、ドラクロアの‘総督マリノ・ファリエロの処刑’。大収穫だった上、レンブラントの自画像や息子の絵のオマケつき。満ち足りた気分で館を後にした。

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2010.12.16

ロセッティの傑作‘白日夢’と対面!

2204_2           ボッティチェッリの‘婦人の肖像’

2203_2            ロセッティの‘白日夢’

2202_2      バーン=ジョーンズの‘水車小屋’

美術館に入館すると館内の展示地図を一応手に入れるが、はじめてのときはこれがあまり役立たない。世の中には街の地図をみて自分の今いる場所と目的の場所の位置関係がすぐイメージできる人がいる。こういう人をいつも羨ましく思っている人間だから、慣れない美術館では体だけはやたらと動くがその流れは行き当たりばったりが多い。

ヴィクトリア&アルバート美はとても大きな美術館で、展示室の数が多いからお目当ての場所にたどりつくのに時間がかかる。ボッティチェッリ(1445~1510)の初期の作品‘婦人の肖像’を見つけるのに一苦労。

ある係員は‘これは2階の絵画のコーナーにある’といい、別の係員に聞くと‘あの階段を上がって右に進め’とかいろいろ案内してくれるのだが、どこへ行っても姿をみせない。もう、嫌になってルネサンスの彫刻の展示室へ先に行きドナテッロの浮彫りで思いの丈をとげ、さてほかへ移動しようとしていたら、ひょいと現れた。隣の方と顔を見合わせて‘ここにあるじゃない!’ まったく疲れる。

‘婦人の肖像’はボッティチェッリの20代後半の作品。初期の肖像画では、ボッティチェッリは光と陰により顔を生き生きと描いているが、この婦人にもそれがみられる。ボッティチェッリは大好きな画家だから、ラファエロのように全点鑑賞をライフワークにしている。残り2点のラファエロに比べると少し遅れをとっているが、一歩一歩追い上げたい。

狙いのルネサンスが済んだので、次はラファエロ前派のロセッティ(1828~1882)とバーン=ジョーンズ(1833~1898)の絵(拙ブログ09/5/17)。これらは3階のルーム81にあった。途中に目がくらくらするジュエリーの部屋があったが、時間がないので今回はパス。

‘白日夢’はロセッテイが亡くなる2年前に描かれた。期待通りのすばらしい絵だった。あの代表作‘プロセルピナ’(08/2/9)同様、女性から発せられる官能的な香りはまさに生唾もの。それもそのはず、モデルは‘プロセルピナ’同様ジェインで、彼女は同じ絹のドレスを着てポーズをとっている。

ロセッティは‘白日夢’にこんな詩を添えている。
‘女は夢見る、忘れられた書物のうえに
その手から忘れられた花が落ちるときまで’

女性を単独で描いた絵でこれまで体験したものや画集で知っているものをざっとレビューしてみると、‘プロセルピナ’と‘白日夢’はやはり特別な感じがする。傑作2点をみれたのだから、これ以上の幸せはない。

バーン=ジョーンズは期待していた‘愛の車’とは会えず、何年か前日本にやってきた‘水車小屋’が展示されていた。ロセッテイでもバーン=ジョーンズでもみたい絵がまだいくつも残っている。願いを叶えるため、いつかイギリスにある日数滞在して所蔵する美術館、例えば、テート・ブリテンとかマンチェスター市美とかアシュモリアン美を訪問してみたい。

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2010.12.15

ヴィクトリア&アルバート美で念願のラファエロ・カルトンをみた!

2199_2     ラファエロの‘奇跡の漁り’

2200_2     ラファエロの‘聖ペテロへの鍵の授与’

2201_2     ラファエロの‘アテネ人に説教する聖パウロ’

2198_2     ドナテッロの‘キリスト昇天と鍵の授与’

ヴィクトリア&アルバート美ははじめて行く美術館。ガイドブックによると地下鉄のサウスケンジントン駅から徒歩5分となっているのに、どこをどう間違えたか変な方向に進んでいったため、20分もかかってしまった。

出だしでつまずいたので、悪い予感。お目当てのラファエロ・カルトンはスムーズにみれたのだが、そのあとがいけない。広い館内で何度も迷い子状態になり、効率の悪い鑑賞になってしまった。はじめての美術館だから、これは仕方がない。

‘いつか行きたい美術館!’(拙ブログ09/5/17)でとりあげたラファエロ(1483~
1520)がタペストリーのために描いたカルトン(原寸大下絵)は1階のラファエロ・カルトン・コートと呼ばれる専用の大ギャラリーに展示してあった。全部で7点。タペストリーはシスティーナ礼拝堂の下の壁面用に10点つくられ、現在ローマのヴァティカン博物館が所蔵しているが、そのカルトンは3点が失われ今は7点しか残ってない。

いずれも縦3m以上、幅4~5mのビッグサイズ。美術本の図版では絵の大きさがイメージできないから、‘こういう絵があるんだ’とさらっとみてしまうが、本物の前に立ってみると‘これがラファエロ・カルトンか!すごいな’という感じで、ヴァティカン博の‘ラファエロの間’にいるときのように気分がかなりハイになった。

十二使途の2人のペテロとパウロの物語を描いた7点は矩形の展示室に時計の逆まわりの順で次のように並べられている。‘奇跡の漁り’、‘聖ペテロへの鍵の授与’、‘足の不自由な男の治癒’、‘アナニアスの死’、‘アテネ人に説教する聖パウロ’、‘リストラにおける生けにえ’、‘エリマス盲目にされる’。

どの絵でも人物は大きく描かれ、身振りも力強く迫真的なのでドラマチックなバロック絵画をみているよう。また、背景の建物にはベルニーニのつくった螺旋模様に似た柱などがみえ、舞台装置もバロック的。このギャラリーに足を踏み入れたことは一生の思い出になる。

感情が昂ぶったまま、次のターゲットを求めて2階のルネサンスコーナーヘむかった。そこにあったのがドナテッロ(1386~1466)の期待の彫刻3点。そのなかで浮彫りの‘キリスト昇天と鍵の授与’に大変魅せられた。

ドナテッロの彫刻は1月フィレンツェのパルジェロ国立美で‘ダヴィデ’をみて完全に嵌った。ロンドンでパート2があったから、また鑑賞機会に恵まれるようミューズに祈りをささげた。

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2010.12.14

待望の‘カンディンスキーと青騎士’展!

2194_2     カンディンスキーの‘印象Ⅲ(コンサート)’

2195_2     カンディンスキーの‘コンポジションⅦの習作’

2196_2     マルクの‘牛、黄ー赤ー緑’

2197_2         マルクの‘虎’

三菱一号館美では現在、‘カンディンスキーと青騎士’展(11/23~2/6)が行われている。ミュンヘン、レンバッハハウス美が所蔵する有名なカンディンスキーの絵がやってくるのだから、目に気合が入る。

ミュンヘンは今から27年前に訪問したことはあるが、そのころは美術への関心はルネサンスやバロックのルーベンスくらいにしか向いていなかったから、カンディンスキーの初期の抽象絵画があるレンバッハハウスは知る由もない。時が流れて、日本でその美術館自慢の名画がみれることになった。

幸運な巡りあわせにライドできたのはここが現在工事のため休館しているから。12年の夏、新たにオープンするらしい。来年、ミュンヘンを再訪することを計画しているのだが、新レンバッハハウスができたあと出かけたほうがいいかなとも思っている。迷うところ。

レンバッハハウス蔵のカンディンスキーやミュンターの絵が日本で公開されるのははじめてではない。96年セゾン美(現在はなし)であった展覧会に今回出品されているカンディンスキーの‘シュヴァービング、ニコライ広場’、‘花嫁’、‘ガブリエール・ミュンターの肖像’やミュンターの‘ヤウレンスキーとヴェレフキン’などがでてきた。

カンディンスキー(1866~1944)に関しては一ラウンドこなしているので、お目当てはズバリ‘印象Ⅲ(コンサート)’と青騎士のメンバーであるマルク(1880~1916)の絵。
‘コンサート’は解説文を読まないでこれをみたら、具体的なイメージにはむすびつかない。こういう抽象絵画は単独でみるよりほかの同じタイプの絵と一緒にみるほうがいい。学芸員はそのあたりは抜かりがなく、同じ1911年に描かれた具象の痕跡がすこしイメージできる‘万聖節Ⅰ’と‘即興19A’を横に並べている。

それでも、‘コンサート’をみても音楽は聴こえてこないかもしれない。抽象絵画を無理やり理解してもしょうがないのだけれど、黄色とコントラストをなす縁がぼかされた黒の色面がピアノで、ピアノのまえで傾いているフォルムが聴衆ということになっている。

セゾンにもやってきた‘コンポジションⅦの習作’は‘コンサート’と違って緊張を強いられる。この画面は水墨画のたらしこみをオールカラーにし、複雑にゆがんだ楕円形や柔らかく曲がった三角形を濃い密度で重ね合わせたイメージ。

黄色や青、赤の色面はところどころに凹凸ができ振動しており、強い風に吹かれて色のついた帯が斜めや横に長くのびたり渦を巻いたりしている。これはどうみても混沌とするカオスの世界。02年、東近美であった‘カンディンスキー展’で本画の‘コンポジションⅦ’(トレチャコフ美)をみたが、習作のイメージが大きく変わるものではなかった。

‘コンサート’同様、期待値の高かったマルクの絵は‘牛’と‘虎’の2点プラスワンだったが、どちらもすごくいい絵だからこれで充分だろう。‘牛’は彫刻的なフォルムをした黄色の牛が海老のように反り返る姿にすごく感動する。NYのグッゲンハイムが所蔵する‘黄色い牝牛’を瞬時に思い出した。‘虎’はブロンズに着色された虎の置物が目の覚める緑や紫や赤が塗られた鉄板の台座にまるく横たわっているみたいだが、前方をじっとみすえる目つきがなかなかいい。

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テート・モダンは近・現代絵画の殿堂!

2190_2     ダリの‘ナルシスの変貌’

2191_2       ミロの‘月光のなかの女と鳥’

2193_2     マティスの‘カタツムリ’

2192_2     マレーヴィチの‘ダイナミック・シュプレマティスム’

ゴーギャンのいい絵が沢山みれたから、館をでてほかの美術館へむかってもいいのだが、ここの平常展をそう簡単に見過ごすわけにはいかない。前回会えなかった近・現代絵画の傑作をリカバリーするため、2段ロケットのエンジンを再度点火した。

必見リストに載せているのはデルヴォー、ダリ、マグリット、クレー、ミロのシュルレアリスム絵画とシャガール、モディリアーニ、アンリ・ルソー、マティス、マレーヴィチの絵15点。結果はどうだったか、みれたのはわずか3点にとどまった。世の中、思い通りにはいかないもの。残念でならないのが前回同様みれなかったデルヴォーの‘レダ’(拙ブログ09/1/18)と‘眠れるヴィーナス’。二度もふられるなんてまったく相性が悪い。

ダリ(1904~1989)は‘山の湖’を目のなかにおさめたが、‘秋の食人’は展示されてなかった。久しぶりの対面となったのが代表作‘ナルシスの変貌’。これはダリの作品のなかでお気に入りの絵。カラヴァッジョやプッサンもギリシャ神話のナルシスを描いているが(09/2/11)、ダリの絵が一番体を揺すぶる。

目にまず飛び込んでくるのが水仙の花の差さった卵を持っている大きな指。この指は石化しており、よくみると蟻が何匹もいる。次にギョッとするのは水面に映る自分の影をみつめているナルシス。足と腕はまあみれるが、クルミみたいな形をした顔は目鼻がなくちょっと不気味。ナスシスと指の間をみると、裸婦の一団がかたまって立っており、ここに光があたっている。もっとじっくりみたいところだが時間があまりないので、不思議なダリワールドをまた目に焼き付け絵の前から離れた。

ミロ(1893~1983)の‘月光のなかの女と鳥’はとても楽しい絵。黒と白と赤で描かれた円や三日月のフォルムが記号(シンボル)となってバランスよく並んでいる。第二次大戦以降にミロが描いたこういう記号が自由にとびかう作品は見る者の想像力を突き動かし心地よい刺激を与えてくれる。

パリのポンピドーでマティス(1869~1954)の‘王の悲しみ’にちっとも縁がないのに、テート・モダンにある切り紙絵‘カタツムリ’はまた会った。常時展示してあるのだろうか?2.86mの正方形の絵だから、とても見ごたえがある。といっても緑や赤や紫などで彩られた矩形のつながりがタイトルのカタツムリとはすぐに結びつかない。マティスはカタツムリに対する感情をこんな形と色の切り紙で表したかったのだろう。色の組み合わせはマティスが真のカラリストであることを如実に示している。

抽象絵画はカンディンスキー、マレーヴィチ、ドローネー、モンドリアン、ポロック、
ロスコ、ニューマン、リヒターらのビッグネームの作品がずらっと揃っているが、収穫は過去見る機会がほとんどなかったマレーヴィチ(1878~1935)の‘ダイナミック・シュプレマティスム’。

非対称の三角形の上を矩形や細長い棒が重なるように浮遊している感じ。幾何学的な形で構成される抽象絵画では平凡な組み合わせだとダルくなるが、このようにフォルムにリズミカルな動きがあり、画面全体に秩序と調和が保たれていると見入ってしまう。めったに生み出されない極上の抽象美に出会えたことを心から喜んでいる。

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2010.12.13

テート・モダンの‘ゴーギャン展’は大盛況!

2186_2     ‘説教のあとの幻影’(スコットランド国立美)

2187_2     ‘死霊が見ている’(オルブライト=ノックス美)

2189_2     ‘ネヴァモア’(コートールド美)

2188_2        ‘果物を持つ女’(エルミタージュ美)

ロンドンの美術館めぐりで一番の楽しみはテート・モダン(拙ブログ08/2/11)で開催中の‘ゴーギャン展’(9/30~1/16)。ちょっと信じられないのだが、ロンドンでゴーギャン展が開かれるのは55年ぶりとのこと。このあとワシントン・ナショナル・ギャラリーにも巡回する(11/2/27~6/5)。

グランパレの‘モネ展’で入館にえらく時間がかかったので、この大回顧展も予約なしだとまた待たされるのだろうと思いながら、開館1時間前の9時に並んだ。ところが予想に反して、この時点ではまだ誰も並んでいなかった。人が集まりだしたのは9時40分くらいから。段々列が長くなっていく。ドアがあくと急ぎ足でチケット売り場をめざした。ここは2年前体験したので館内の導線はわかっている。

作品数は油彩が70点くらい。これに水彩、陶芸、彫刻、版画などが80点ある。モネ展同様、事前に作品情報を載せている館のHPにアクセスしてないから、意中の絵に会ったときのサプライズはとても大きい。最も期待し、予想通り展示してあったのが‘説教のあとの幻影’。どのゴーギャン本にも載っている有名な絵で‘いつか行きたい美術館’(09/4/1)でもとりあげたが、本物を所蔵するスコットランド国立美(エジンバラ)で鑑賞する可能性は小さいと思っていた。長年の夢が叶ったので、嬉しくてたまらない。

手前に大きく描かれたブルターニュの女性たちのなかでは左端の女性の目をつぶった横顔に魅せられる。斜めにのびる木の幹で赤い大地は二つに分けられている。右上の天使と聖ヤコブが闘っている場面は象徴的に表された目に見えない宗教世界。ご存知のように2人が闘う姿は‘北斎漫画’を手本にしている。赤の色面と女性たちの被る白い頭飾りの鮮やかなコントラストをみると平板な印象をもつが、左端に集まっている女性たちをみると、上にいくほど体が小さくなっており奥行き感がある。だから、幻影のみえる空間はかなり広く、女性たちは2人を取り囲むようにながめている感じ。

サプライズの絵はこれだけではなかった。なんと‘死霊が見ている’(09/7/11)が目の前に現れた!追っかけ作品が2点もあるのだからテンションは一気にプラトー状態。ゴーギャンが同棲していたテハマナはやはり死霊におびえた表情をしている。それにしてもテハマナはベッドの端に寄りすぎてない?これだと下にずり落ちてしまう。横を向く死霊のパワーがすこしずつ女の体をこちらへ押し出しているのだろうか。

コートールド美蔵の‘ネヴァモア’は十数年ぶりにみた。図録の表紙にこの絵が使われている。目の覚めるような黄色の枕に頭をのせ横たわるタヒチ女の描写は生感覚に近く、その表情は太陽が燦燦と降り注ぐ南海の島の楽園というイメージはなく、寂しさが漂っている。また、ベッドのむこうで難しい顔で話をしている2人の女も気になる存在。物語を感じさせる絵である。

絵の前に長くいたのが‘果物を持つ女’。この絵は‘マリアを拝す’(メトロポリタン美、08/5/17)とともに最も好きな絵。11年前、エルミタージュ美でみて200%KOされたのだが、幸運なことに3年前東京都美の展覧会にやってきた(06/11/3)。そして、ここでまた会った。果物を手にする女の堂々とした立ち姿だけでなく、頭の上に木の枝をのばし、中景、遠景に女性を配する構成がとてもいい。お気に入りNO.1の地位はゆるぎない。ほかで感動した絵は背景のうすピンクの地に惹きこまれた‘嫉妬しているの?’(プーシキン美)。

図録をみると、来年2月に開幕するワシントン展にもすばらしい絵が沢山でてくる。ボストン美の‘われわれはどこから来たのか’(09/7/10)はロンドンにもワシントンにも出品されないが、ワシントンのみに展示されるものとしては‘神の日’(シカゴ美、08/4/4)、‘怒っているの?’(シカゴ)、‘かぐわしき大地’(大原美、06/9/16)、‘夢(テ・レリテア)’(コートールド、09/5/31)、‘自画像’(ワシントン・ナショナル・ギャラリー、08/12/30)など。

ロンドン展をみてびっくりしたのは昨年東近美であったゴーギャン展にでていたものが6点もあったこと。‘パレットを持つ自画像’(展示替えでみれず、09/7/10)、‘どこへ行くの?’(09/7/10)、‘純潔の喪失’、‘原始の物語’、‘おいしい水’、‘タヒチ牧歌’。あらためていい作品が日本にきていたのだなと思った。

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2010.12.12

人気の‘ゴッホ展‘を200%楽しんだ!

2182_2     ‘アルルの寝室’

2183_2       ‘アイリス’

2184_2         ‘灰色のフェルト帽の自画像’

2185_2         ‘カフェにて(ル・タンブランのアゴスティーナ・セガトリ)’

国立新美で開かれている‘ゴッホ展’(10/1~12/20)を遅い出動ではあるが200%楽しんだ。作品はゴッホ(1853~1890)の油彩が36点。ほかは初期の頃の素描
(30点)とモネやシスレーなどの絵(30点)があった。

どんな回顧展でも素描はあまり熱心にみない。だから、関心の中心は本画の油彩。といっても、チラシに載っている絵がすでに鑑賞済みなので、今回は追っかけ作品に期待するときのような高揚感はなく、ゴッホの名画との再会を楽しむ気持ちのほうが強い。音楽でいうとモーツァルトやベートーベンの名曲を別の指揮者の演奏で聴き惚れているようなもの。

心が晴れやかになる絵の筆頭が‘アルルの寝室’。これはゴッホ美が制作した図録‘名画100選’の表紙を飾っている絵で、日本にはじめてやってきた。明るい色調が目を楽しませてくれる。とくに部屋を広くみせる壁のうす青、ベッドの赤い線、床の板を表わす緑の線が胸に深く刻み込まれる。オルセーにも別ヴァージョンがあるが、どちらもすばらしい。

3点ある花の静物画のなかで群をぬいていいのが‘アイリス’。黄色の背景に青の花と緑の葉が生き生きと描かれている。花瓶に逆三角錐のようにささった葉を軸にして量感のある花はとてもバランスよく配置されている。ゴッホが描いた花の絵ではひまわりを横におくと、これとLAにあるポール・ゲティ美蔵の‘アイリス’(拙ブログ8/30)に最も惹かれているから、とても気分がいい。

今年はゴッホの自画像を幸運なことに4点みることができた。‘オルセー・ポスト印象派展’(国立新美)に登場したもの、ロンドンのコートールド美でみた‘耳を切った自画像’、そしてこの回顧展に出品された‘灰色のフェルト帽の自画像’ともうひとつの背景がうす茶色のもの。眼光が一番鋭いのが‘灰色のフェルト帽’。これも日本初公開。人物像ではクレラー=ミュラー美から15年ぶりにやってきた‘ある男の肖像’はとても存在感がある。顔のくずれたマフィアのごろつきみたいな男は一度みたら忘れられない。

‘カフェにて’に描かれた女性をみるたびに、ドガの絵‘アプサント’(08/12/28)が目の前をよぎる。隣にロートレックの‘テーブルの若い女(白粉)’があったが、ビールを前に手にたばこをもっている女のほうにグッと惹きこまれる。絵の吸引力は2倍くらいある感じ。

クレラー=ミュラー美からはじめてやってきた絵に期待したが、足がとまるのはあまりなかった。で、再会した草木の筆触がじつに丁寧な‘サン=レミの療養院の庭’の前に長くいた。クレラー=ミュラー蔵というと、5年前の回顧展(東近美)で傑作‘夜のカフェテラス’などいい絵がいくつも展示されたから、今回はこのくらいで仕方がないかもしれない。あまり欲張ってもいけない。

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パリ・ロンドンの地下鉄 ユーロスター体験!

2179    ホームドアが設置されたロンドンの地下鉄

2180   ユーロスターの始発駅 パリ北駅の構内

2181  ロンドン セントパンクラス・インターナショナル駅内の回転寿司店

今日は美術ネタを離れて、パリ、ロンドンで利用した地下鉄とパリーロンドンを結ぶ国際列車、ユーロスターの話を。

★‘パリ・ロンドンの地下鉄にもホームドアが設置されていた!’

2年前、パリの美術館めぐりをしたときは地下鉄を利用したので、地下鉄の乗り方はだいぶ慣れてきた。前回同様、回数券Carnet(カルネ、10枚、10.9ユーロ)を購入した。これだと1回券Billet(ビエ、1.4ユーロ)より3.1ユーロお得。何回も乗るときはカルネのほうが便利。

外国で地下鉄に乗るときは同じ路線でも行き先が反対の電車に乗ると大変なことになるので、いつも路線図でエンドの駅の名前を確認しとかなくてはいけない。慣れてしまえばどうってことはないが、はじめのうちは緊張する。そのつぎに神経を使うのが路線の乗り換え。パリの地下鉄は全部で14路線ある。車内では日本のように乗り換えの案内など流れてこないから、路線図をよくみて別の路線に進んでいく。

パリの地下鉄はロンドンのように深くないから、わりと楽に路線をスイッチできる。東京の地下鉄では大手町で乗り換えるよりは路線が集中してない他の駅で乗り換えたほうがあまり歩かなくてすむように、ここパリでも同じようなことはあると思うが、一日限りの観光客だからそこまでの情報はない。

前回はみなかったのがホームドア。どこの駅にも設置されているわけではなく、ルーヴル駅だけにこれがあった。ここで乗り降りする観光客が多いから、安全対策として設置したのだろうか。ロンドンでも上の写真のようにホームドアをつけている駅が数箇所あった。パリよりはだいぶ多いという感じ。

ロンドンで地下鉄に乗るのは20年ぶり。昔の地下鉄は深くて、暗くて、臭くて乗り換えに時間がかかるというイメージだったが、これが大きく変わっていた。地下が深いので出口にむかったり乗り換えするときはエスカレーターで見上げるような高いところまで上っていくというのは今も変わりないが、途中動く歩道などがあるので移動が楽になった。それに加え構内が全体的に明るい。パリよりはどうみても数段明るくて清潔。

もうひとつ感心することがあった。車内で次の停車駅や路線の乗り換えがアナウンスされるのである!そして、車内の壁に貼り付けられた電子ボードに駅名や路線情報が流れてくる。これは日本とまったく同じ方式!いつからこれをはじめたのだろうか?オリンピックを2年後に控え、お客様目線でいろいろ改革をしているのかもしれない。パリでは車内案内はないから、ロンドンのほうが日本的になってきた。

★‘ロンドンにも車内で化粧をする女性がいた!’

以前、日本の電車や地下鉄の車内で化粧をする女性が一向に減らないのは日本人の‘公’の意識が薄いからで、欧米の主要都市ではこんな光景は見られない、という記事を書いたが、これは大きな間違いだった。ロンドンの地下鉄車内でも忙しく化粧をする女性がいた。都会で仕事をしている女性はなにかと時間に追いまくられているから、‘公’や‘私’のふるまいはどうでもよくなってくるのだろう。

また、別の路線では若い男性が箸をつかってテイクアウトの焼そばをもくもくと食べていた。日本でもパンやおにぎりを食べたりする人はいるが、箸をつかって弁当を食べる人はあまりみかけない。化粧をする女性と焼そば兄ちゃん、まったく予期せぬ光景だった。

★‘ユーロスターに乗ると2時間でロンドン到着!’

海外旅行をするといろんなことを体験する。今回はパリ北駅からでているユーロスターに乗ることになった。ここでイギリスへの入国手続きをし、出発を待った。停車している車両とホームとの間が日本では考えられないくらい開いているから、乗り込むとき足もとが心配になる。このユーロスターの開業は1994年。時速300kmだから、ロンドンのセントパンクラス・インターナショナル駅まで2時間ちょっとで着く。新幹線に乗っているのとなんら変わらない。快適なユーロスター体験だった。

ロンドンに着きホテルへ向かうバスへたどりつく途中、駅のなかに回転寿司店をみつけた。ロンドンでも回転寿司があるのは聞いていたから、すぐカメラのシャッターをきった。美味しいだろうか?

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2010.12.11

3度目のポンピドーもマティスの‘王の悲しみ’に会えなかった!

2175_3     ピカソの‘オーバード(夜明けのセレナード)’

2177_3     レジェの‘2羽のオウムのコンポジション’

2178_3     カンディンスキーの‘赤い斑のある絵’

2176_3     ロスコの‘無題(赤の上の黒)’

パリ市立近代美とマルモッタンが流れてしまったので、今回はオプションにしていたポンピドーへ行くことにした。ここは夜の9時まで開館しているのでほかの美術館をまわったあと出かけると時間的な流れはいい。体力が残っていればの話だが。隣の方はギブアップの顔。で、ひとりで5階を中心に1時間ちょっとみた。

マティス(1869~1954)の切り紙絵‘王の悲しみ’(拙ブログ09/3/1)を期待したが、展示してあったのは大作の‘ポリネシア’。ここは3度目だから確率的にはそろそろかなと思ったのに、またしても会えなかった。残念!マティスは全部で15点あった。‘ルーマニアのブラウス’、‘文様のある背景の前の装飾的人物’、‘グレタ・プロゾールの肖像’など傑作が勢揃い。ここに‘王の悲しみ’も入っていたら言うことなしだったのに。

ピカソ(1881~1973)もブラック(1882~1963)も同じくらいの数がでていたが、そのなかで収穫はピカソの‘オーバード’。前回購入した館の図録に載っており、関心を寄せていた。描かれている2人は女性で裸婦を水平にマンドリンを持つ女性を垂直にして描く構成が目を惹く。

ピカソと同じ年に生まれたレジェ(1881~1955)の‘2羽のオウムのいるコンポジション’に圧倒された。とても大きな絵(縦4m、横4.8m)で、今年つくられた図録‘ポンピドー100選’(英語版)には代表作‘余暇’ではなくてこの絵が載っている。レジェの絵にでてくる人物は記号化されてインプットされているが、正面むきの彫刻のような丸い顔や太い手足はやわらかくて親しみがもてる。みててすごくいい気分になった。

ちょっとネクラ的なエロティシズムが漂うバルテュスの‘チャティーの化粧’も嬉しい絵のひとつだが、その一方で‘王の悲しみ’同様ずっと待っているルオーの‘鏡の前の娼婦’や‘見習い職人’がまた姿を現してくれない。相性の悪い絵というのはどういうわけか存在する。

カンディンスキー(1816~1944)はNY・グッゲンハイム蔵の‘コンポジションⅧ’とともに最も愛している‘黄ー赤ー青’(08/2/14)との幸運な再会があったほか、‘赤い斑のある絵’とか‘黒い弧のある絵’とか‘古い町Ⅱ’などもみることができた。

明るくて輝く色彩とスッキリした線、円の造形が心地いい抽象美ワールドにいざなってくれる‘黄ー赤ー青’に対して、‘赤の斑のある絵’のイメージはなにか背景に具象をはらむかのように赤や青の複雑な色面が重層的にとけあい壮大な宇宙を構成している感じ。

ここにロスコ(1903~1970)の作品が何点あるかは知らないが、前回の‘NO.14(暗色の上のブラウン)’にかわって‘赤の上の黒’があった。色調は昨年川村記念美でみたものと同じタイプだから、深い瞑想モードにすぐ切り替わった。

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2010.12.09

ルーヴルにあるカロンの絵を知っている?

2171_2     ボッティチェッリの‘ヴィーナスから贈物を授かる若い婦人’

2174_2     ティツィアーノの‘エマオの晩餐’

2172_2    アントワーヌ・カロンの‘ティブルの巫女’

2173_2     グアルディの‘キリスト昇天祭の日、御座船の出航’

ルーヴルでの鑑賞期間は1時間半。2年前、忙しくみてまわったからお目当ての絵はかなりみれたのだが、それでも残念ながら会えなかったのもいくつかある。今回はそのリカバリー。気分的には楽だが、この美術館は広いからのんびり回っているとまた見逃すことになる。で、目に気合を入れてまわった。

ダ・ヴィンチの‘モナリザ’があるドゥノン翼の2階は相変わらず大勢の人がいる。ここでまずめざしたのがボッティチェッリ(1445~1510)が描いたフレスコの祝婚画。前回2点あるうち片方の‘自由学芸の擬人像’はみたのに、もうひとつの‘ヴィーナスから贈物を授かる若い婦人’は不覚にも見逃してしまった。ところどころ壁面の欠けているところがあるが、明るい色彩とボッティチェッリらしい女性の描き方が目を楽しませてくれる。これで一安心。

‘モナリザ’を横目にみながら、体がその裏へ向かう。ここにティツィアーノ(1490~
1576)の絵が展示してある。追っかけリストには5点載せていたが、成果は‘エマオの晩餐’と‘フランソワ1世’。‘兎の聖母’、‘パルドのヴィーナス’、‘鏡の前の女’は次回の持ち越しとなった。2点みれればもって瞑すべしである。

グランドギャラリーをどんどん進んでいくと17~18世紀のイタリア絵画が飾ってあるところにつく。前回裏側の部屋をどうやらパスした感じ。ここに是非みたかったグアルディ
(1712~1793)のヴェネツィア画があった。画面中央にドンと描かれた御座船が印象的な‘キリスト昇天祭の日’と‘サンタ・マリア・デラ・サルーテ聖堂への行進’。

グアルデイやカナレット(1697~1768)のヴェネツィアの絵はとにかく賑やかなのがいい。運河は広々としており、沢山の船やゴンドラは浮かび、橋や陸地には大勢の人がいる。白い波や人物がじつにていねいに描かれているのにも感心する。

今回の収穫はまだ一度もみたことのなかったアントワーヌ・カロン(1520~1600)の絵に遭遇したこと。カロンはフォンテンヌブロー派の宮廷画家。1年くらい前この画家の‘ティブルの巫女’を購入した美術本で知り、本物をみたくなった。この絵がみられるのはリシュリュウ翼3階の14~17世紀のフランス絵画コーナー。ぎょっとする絵‘第二次三頭政治下の大虐殺’とセットで飾ってあった。

時代は16世紀後半、カトリーヌ・ド・メディシスが政治をとりしきるヴァロア朝の末期。宮廷では祭礼の舞台(ページェント)が数多く営まれた。この絵にはその盛大なページェントの様子が描かれている。前景、赤いマントを着て跪くのは古代ローマ皇帝アウグストゥス、書物を手に右上の雲間に出現した聖母子を示しているのが女預言者ティブル。画面の真ん中、欄干のところに立ち姿のカトリーヌ・ド・メディシスが描かれている。

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2010.12.08

パリ装飾芸術美でラリックのジュエリーと対面!

2167_2      ネックレス‘ハシバミの実’

2168_2     チョーカー‘セイヨウサンザシ’

2169_2     ブローチペンダント‘2羽のツバメ’

2170_2            櫛‘2羽の孔雀とゴシック式薔薇窓’

グラン・パレの‘モネ展’で思わぬ長ーい待ち行列を食らったため、あとの美術館めぐりの一部をカットせざるをえなくなった。組み換えはすぐ決まった。モネ展を満喫させてもらったので体験済みのマルモッタン美はパスにして、はじめてのパリ装飾美へ向かった。

昨年、ラリック展があったとき関連本を購入し、この美術館の場所を知った。チェルリー公園を横目にみながらルヴォリ通りをルーヴル美のほうへ進むと10分くらいで着く。ここは装飾芸術作品の蒐集で知られており、中世から現在までのジュエリーや家具調度品などの工芸全般、彫刻、絵画をみることができる。

今回は時間もおしているので、ラリック(1860~1945)のジュエリーがある2階の真っ暗な‘宝飾品室’だけに絞ってみた。入って右手奥に必見リスト(拙ブログ8/5)に載っているラリックの装身具細工の作品が目の前に現れた。もっともゴージャスな印象を受けるのが青と明るい緑のエナメルが目に飛び込んでくるネックレス‘ハシバミの実’。緑の実にはダイヤモンドの粒が埋め込まれている。

チョーカーの‘セイヨウサンザシ’は真珠が見所。よくみるとこの天然真珠は形が不揃いなのだが、それが気にならず真珠の素の美しさがうまく引き出されている。端正な意匠がとてもエレガントな感じで、うっとりながめていた。

ツバメのペンダントや孔雀の櫛は小さいものだが、細工は細部まで手がこんでいる。だから、顔が展示のガラスにくっつくように近づいていく。予定ではアザミと花の指輪と金銀のブローチもみることになっていたが、どういうわけか見当らなかった。

この部屋にはラリックのお宝以外にも目を奪われるジュエリーがずらっと並んでいるので、女性たちはちょっと興奮気味。相当気分がハイなことは仲間とのおしゃべりに声が段々大きくなっていくことで察しがつく。女性にとってジュエリーの魅力は格別なのだろう。

日本でイメージしたパリ装飾美のあとの流れはラリック本店だったが、これは時間がないので次の楽しみにした。念願のラリックのジュエリーをみれたので足取りも軽い。

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2010.12.07

プティ・パレ美のレンブラントが日本にやってくる!

2166_2    プティ・パレ美術館

2163_2     レンブラントの‘東方風衣裳をまとった自画像’

2164_2     クールベの‘火事に駆けつける消防士’

2165_2          セザンヌの‘ヴォラールの肖像’

大モネ展をやっているグラン・パレの向かい側がプティ・パレ。1900年のパリ万博のとき建てられた。19年前一度入ったのに館の内部はまったく忘れているため、はじめての美術館のように落ち着かない。右のほうに進んでいると係員がここは企画展の場所だから有料だという。

で、ここは無料とガイドブックにでているので左へ行くと、部屋の前で係りの人が‘チケットを見せろ’という。えっ?案内デスクで聞くとお金は払わないがチケットらしきものをくれた。どうもこれが必要らしい。変なシステム?でも、無料だから気にしない。

最初の広い部屋にお目当てのクールベ(1819~1877)の‘火事に駆けつける消防士’があった。その隣が心がザワザワする‘眠る女たち’(拙ブログ08/9/29)。‘いつか行きたいプティ・パレ美’(8/8)でふれたように、ここはクールベの宝庫。だから、ドドッと展示してあると思っていたが、どうやら、数点ずつローテーションしている感じ。今回は2点のみ。

‘消防士’はレンブラントの‘夜警’を意識した絵。図版では想像できなかったが、縦3.88m、横5.8mのとても大きな絵。未完成なのだが、そんなことよりその大きさに圧倒され、口あんぐり状態でみていた。画面が暗いので人物の配置がわかりにくいが、右のほうで前方を指差している人物が指揮官だということはわかる。‘夜警’をダブらせる絵で、しかもこれだけ大きいとエポック的な鑑賞体験のひとつになる。

旅行へ出かける前、ここにレンブラント(1606~1669)のいい絵があることがわかり、まずこれをめざしたのだが、展示室が迷路がかってきたので係員にどこにあるか尋ねた。すると親切にも部屋まで案内してくれた上、‘説明文がフランス語で悪いね’といってくれる。とても感じ入ったので、すぐ‘メルシィー、ボクー’と返した。

その絵がレンブラント26歳のときの作、‘東方風衣裳をまとった自画像’。これは岩波の‘世界の美術 レンブラント’(マリエット・ヴェステルマン著、05年)にもちゃんと載っている名画。カラヴァッジョを思わせる明暗表現と衣裳のすべすべした質感描写に魅了される。この絵に関して嬉しいニュースが。なんと来年西洋美で開催される‘レンブラント展’(3/12~6/12)にやってくるのである。どうかお見逃しなく!

印象派ではセザンヌ(1839~1909)が収穫。‘ヴォラールの肖像’が期待通りいい感じ。また、縦長の大作‘四季’も夢中になってみた。必見リストにはコロー、フジタ、ロートレック、ルドンも入っていたのだが、残念ながら姿をみせてくれなかった。だが、ドラクロアの‘ジャウールとパシャの闘い’もみれたから、満足度は高い。

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2010.12.06

ヴァルテール=ギョーム・コレクションと再会!

2162     セザンヌの‘リンゴとビスケット’

2160          アンリ・ルソーの‘女の子と人形’

2159            モディリアーニの‘ポール・ギョームの肖像’

2161     ユトリロの‘メゾン・ベルノ’

地下にある展示室は縦に長く、すっきりしたレイアウトで作品がとてもみやすい。そんなに広くないので30分もあるとだいたい見終わる。画商ポール・ギョームと建築家兼実業家ジャン・ヴァルテールが蒐集したこれらの作品は19年前みたが、はっきり覚えているのは3割くらいで、残りは記憶からまるっきり消えている。

数が多いのがルノワール(24点)とセザンヌ(14点)。ここのルノワールは正直いって夢中にさせるのはあまりない。で、追っかけのセザンヌ(1839~1906)の‘リンゴとびビスケット’と‘息子ポール’をじっくりみた。2枚ともすっきりした印象を与える絵。セザンヌのいい静物画をみたときはとても気分がハイになる。

次のお目当てはアンリ・ルソー(1844~1910)。‘ジュニエ爺さんの馬車’と‘女の子と人形’はよく覚えているが、‘結婚式’(拙ブログ8/6)は大きな絵なのになぜか記憶に薄い。だから、画面の隅から隅まで楽しんだ。やはりルソーはこの3点かな。あとの‘嵐の中の船’、‘アルフォルヴィルの椅子工場’、‘釣り人と飛行機’、‘公園を散歩する人びと’は小さい絵でそれほどインパクトのある絵ではないから、忘れてしまっても仕方ないなと思った。隣の方も同じ感想だという。

ルソーの隣がモディリアーニ(1884~1920)。5点ある。絵の前に立つと記憶が戻ってきた。お気に入りはえらがはった顔が印象深い‘ポール・ギョームの肖像’。写真でこの画商の顔をみるといかにも強気でやり手という感じ。写実的に描かれているわけではないのに、本人のそんな気性が伝わってくるから不思議。モディの肖像画にはなにか惹きつけられるものがあるので1点でも多くみれることを願っている。

ピカソ、マティスも結構あるが、前回同様、足がとまるのは少ない。また、ドラン、スーチンもさっとみて9点あるユトリロ(1817~1955)のところに長くいた。寂しい雰囲気につつまれる‘ベルリオーズの家’や‘モンスニ通り’がお馴染みのユトリロの世界なのに対し、中作の‘メゾン・ベルノ’と‘国旗を掲げた役場’は大勢の人が描かれ風俗画的な画風。人間臭くていい感じ。

ローランサンのいい絵が5点ある部屋では大好きな‘シャネル嬢の肖像’に‘また、会いに来ました’と心のなかで挨拶した。新オランジュリー美への好感度はとても高い。パリへ来たら、いつも足を運びたい。

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2010.12.05

久しぶりのオランジュリー美術館! モネの大連作‘睡蓮’

2155_2      オランジュリー美の入り口

2157_2     モネの‘睡蓮、水のエチュードー緑の反映’(第1室)

2156_2     ‘睡蓮、水のエチュードー夕日’(第1室)

2158_2     ‘睡蓮、水のエチュードー朝の柳’(第2室)

2年前パリを訪問したとき、コンコルド広場の向かいに立つオランジュリー美術館は美術館めぐりのなかに入っていたのだが、‘クールベ展’(グラン・パレ)が想定外の大混雑だったのでやむなく入場を断念せざるをえなかった。そのリカバリーがやっと果たせた(拙ブログ8/6)。

06年に改装が終了し、新たに開館したオランジュリーは前とは展示室ががらっと変わっていた。入館してすぐ前にモネの‘睡蓮の間’があり、地下にセザンヌやルノワール、アンリ・ルソーの絵などがずらっと展示してあった。まずはモネの睡蓮から。

‘睡蓮の間’は楕円形の部屋が2つあり、そこの4つの壁面に睡蓮の浮かぶ水面の絵が飾られている。第1室の右の入り口から入ってすぐの左隣が‘睡蓮、水のエチュードー夕日’、右手が‘朝NO.1’、左手が‘雲’、奥が‘緑の反映’。1室の奥にある2室は同じ並びでいうと、‘木々の反映’、‘朝NO.2’、‘朝の柳’、‘2本の柳’。

この8つは縦は1.97mと同じだが、横が12.71mおよび8.5mと大変長い。ガラス張りの天井を取っ払って上空からみると巨大な8の字の形をしたオブジェが置かれているようにみえるだろう。天井から入ってくる自然光のもとで大きな‘睡蓮’の絵をみれるのだから、理想的な鑑賞体験といっていい。

1室では左手の‘雲’と黄色が目に焼きつく‘夕日’が多分に抽象画の雰囲気をもっているのに対して、右手の‘朝NO.1’と奥の‘緑の反映’はお馴染みの‘睡蓮ワールド’の超横長ヴァージョンといったところ。でもどちらも水面が濃い青紫なので、重厚で神秘的なムードに心をゆっくり震わせながらうす緑やピンクの睡蓮をみている感じ。

2室の入ると緊張感がすこしやわらぐが、感傷的な気分が頭をもたげてくる。それは‘木々の反映’を除いて3面に柳が描かれているから。‘朝の柳’でもその対面の‘朝NO.2’でも、右と左に柳の太い幹が天地をつきぬけ、画面の上から柳の葉が垂れ込め、水面の睡蓮と響きあっている。なんとも日本人の琴線にふれる情景である。モネの心情は日本人そのものではないか。これだからモネ狂いはやめられない。

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2010.12.04

感動の‘モネ展’(グラン・パレ)! 海辺の絵・連作の傑作

2153_2     ‘ブールヴィルの断崖の小道’(シカゴ美)

2154_2     ‘エトルタのマヌポルト’(メトロポリタン美)

2152_2     ‘積みわら、夏の終わり、朝’(オルセー美)

2151_2     ‘睡蓮の池’(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

出品作の数が170点と多く、しかも名作揃いなので鑑賞にはかなりの時間を要する。そろそろ終わりかなと思って‘展示はこれで終わり?’と監視員に聞くと‘ノン、次の部屋もあるよ’と2回も言われた。まったくすごい回顧展だった。

感動の袋は追っかけ作品や図版でもみたことのない名画の鑑賞で予想以上の速さで大きくなっているが、これにこれまで体験したお気に入りの絵が加わるのだから、もうパンパン状態。今日とりあげるのは再会が腹の底から嬉しかった絵。

2年前訪れたシカゴ美は印象派絵画のコレクションでつとに有名だが、連作の‘積みわら’同様、‘ブージヴァルの断崖の小道’にも魅了される。この絵は構図がとてもいい。手前の海にむかってせり出りだす崖は画面の斜め半分を占めており、真ん中あたりに2人の女性が立っている。空はあくまでも青く、横にのびる水平線まで続く波やヨットの帆の白がとても美しい。またまたいい気分でみていた。

モネのエトルタの絵に出会って以来、いつかここを訪れることを夢見ている。この風光明媚な地として有名なエトルタはモネの実家があるル・アーブルの上のほうにある。今回ここを描いた作品はやっとみれたオルセーとリヨン美のものなど5点。そのなかで圧倒的な迫力をもっているのがメトロポリタン美蔵の‘マヌポルト’。マヌポルトはごつごつした断崖の先にある針の穴のようになっている空洞につけられた名前。洞窟に当たる強い光にわけもなく惹きつけられる。

連作シリーズは‘積みわら’(5点)、‘ジヴェルニーのポプラ’(2点)、‘エプ河のポプラ’(3点)、‘ルーアン大聖堂’(5点)、‘睡蓮の池’(3点)、‘セーヌ河’(3点)、‘国会議事堂’(5点)、‘チャリングクロス橋’(2点)など全部で42点。これだけ多くの連作に遭遇するのは20年前、ロンドンのロイヤル・アカデミーでみた‘連作展’(作品数80点)以来のこと。

とくに惹かれているモチーフは‘積みわら’と‘エプト河のポプラ’と‘睡蓮の池’。5点あった‘積みわら’ではオルセーのものがいい。これが好きなのは積みわらの半分は光があたって明るく、後ろ半分は暗く、そして地面に影がくっきり描かれており、光を強く感じられるから。

‘睡蓮の池’はオルセー、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの2点が並んでいるが、絵の完成度からいうとナショナル・ギャラリーのほうがいい。会場に1点だけモネ以外の画家が描いた作品がある。それはリキテンスタイン(1923~1997)の‘ルーアン大聖堂’(5点)。オルセー蔵のモネ作と一緒に楽しめるのは有難い。この趣向は国立新美の‘モネ展’(07年)でもみられた。

これで‘モネ展’は終わり。来年の1/24まで開催されているので、パリへ出かける機会のある方は是非お楽しみ下さい。

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2010.12.03

感動の‘モネ展’(グラン・パレ)! すばらしい花の絵

2147_2     ‘オランダのチューリップ畑’(オルセー美)

2148_2         ‘赤い菊’(個人)

2149_2         ‘花と果物のある静物’(ポール・ゲティ美)

2150_2         ‘ヴェトゥイユの画家の庭’(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

モネの回顧展を開催しているグラン・パレのHPをみると主要な展示作品はわかるのだが、現地で大きなサプライズを味わいたいのであえてチェックしなかった。だから、会場では‘ええー、これもでているの!’という嬉しい出会いがいくつもあった。日頃胸に刻んでいる追っかけ作品がひょいと目の前に現れてくれるときほど嬉しいことはない。

幸せの極みがオルセーが所蔵する‘オランダのチューリップ畑’(拙ブログ9/1)。オルセーはまだ2回しか体験してないので、見たい度の高いこの絵とは縁がなかった。静物画のコーナーにこれを見つけたときはテンションが一気に上がった。

風車の背景の青い空はモネの特徴がおもいっきりでているが、下半分に描かれた赤や黄色のチューリップはゴッホの絵をみている感じ。構成といい明るい色合いといい、気分がぐっと高揚する絵である。

モネの静物画でこれまでお目にかかったのはを2年前シカゴ美でみた‘リンゴとブドウのある静物’(08/4/3)のみ。これすら貴重な鑑賞体験だが、今回5点みることができた。このなかに‘モネにもこんないい静物画があっのか!’とびっくりさせられたのが3点あった。

そのひとつ‘赤い菊’に200%感動した。そして梅原龍三郎の赤い花の絵はもうみれないなと率直に思った。日をあびて赤い菊が輝いている。過去にこんな生命力にあふれる花をみたことがあっただろうか。立ち尽くしてみていた。

ロサンゼルスにあるポール・ゲティ美が所蔵する‘花と果物のある静物画’とここで遭遇するとは思ってもみなかった。‘いつか行きたい美術館’シリーズ(9/23)でこの絵を紹介したが、現地に行かずみれるとは。ミューズに感謝!

花瓶にさされた多くの花のなかで一際目立つのが中央の白い花。これは‘かささぎ’の雪や昨日とりあげた‘鉄道 アルジャントゥイユ’にみられる鉄橋の柱や汽車の煙の白と同様、純度が高く神々しいくらい輝いている。

野外にある草花や人物を描いた絵はいいのが4点あった。そのなかで印象深いのは再会した‘ヴェトゥイユの画家の庭’と‘ひなげし’(オルセー)。‘ヴェトゥイユ’は2年前みたときとても感激した。真ん中を子供と母親が歩いてくる構成がよく、まわりの背の高いひまわりが目を楽しませてくれる。

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2010.12.02

感動の‘モネ展’(グラン・パレ)! 心を揺すぶる風景画

2145     ‘サンタドレスのテラス’(メトロポリタン美)

2143     ‘アルジャントゥイユの情景’(ロードアイランドデザイン学校)

2144     ‘鉄道 アルジャントゥイユ’(フィラデルフィア美)

2146     ‘サン=ラザール駅’(オルセー美)

数多く描かれた風景画で足がとまるのは画面のなかに目いっぱい光が感じられるとき。モネの描く白い雲は本当に輝いている。元来夏が大好きなので、こういう風景にでくわすと嬉しくなる。だから、風景画ではいつも白の部分を一生懸命みている。

メトロポリタン美が所蔵する‘サンタドレスのテラス’はお気に入りの一枚。2年前NYを訪れたとき夢中になってみたが、毎度々、中央の女性がさしている白い傘に視線が釘付けになる。左から当たる強い光は実景そのままといった感じ。そして、目に心地いいのが人物を取り囲む生き生きした赤や黄色の花。うっとり眺めていた。

モネは人々が余暇を楽しむ様子をいろいろ描いた。今回ヨット遊びをモチーフにしたのは3点。そのなかで目を奪われたのが水面の青が目に焼きつく‘アルジャントゥイユの情景’。これは初見の絵だが、これほど青が強烈に輝く絵はみたことがない。眩しい太陽のもと、川をゆっくり進む白いヨットからは休日のレジャーを楽しむ人々の幸せ気分がひしひしと伝わってくる。

同じくアルジャントゥイユの光景を描いた絵では‘鉄道’がとびっきりよかった。隣にオルセー蔵のほとんど同じ構成のものが並んでいたが、鉄橋を支えるまるい柱の白と列車の煙突から噴出す煙の白が輝いているフィラデルフィアのほうに心を奪われた。

オルセーのものも追っかけの対象にしていたので、ふたつ同時にみれたのは嬉しいかぎりだが、フィラデルフィアのがこれほどすばらしかったとは。ヴィヴィッドではつらつとした印象が強く残る絵に出会うと、フィラデルフィア美の質の高い印象派コレクションに心が飛んでいく。なんとしてもこの美術館の体験を実現したい。

モネが近代的な都市風景として描いた‘サン・ラザール駅’は全部で12点あるが、そのうち2点(オルセー美とシカゴ美)が展示されていた。こうして並べてみるとオルセーのほうに惹かれる。機関車の煙突からでる霞がかった蒸気の描写がすごくいいのである。

回顧展のいいところはこのように同じモテーフを描いた作品が複数みられること。2年前シカゴのを単独でみたときは感激したが、こうやってオルセーの隣に飾られるとどうも分が悪い。

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2010.12.01

感動の‘モネ展’(グラン・パレ)! 人物画

2141_2     ‘モネ展’の看板

2142_2     グラン・パレの入り口前の待ち行列

2140_2      ‘草上の昼食’(プーシキン美)

2139_2           ‘カミーユ(緑衣の女)’(ブレーメン美)

パリとロンドンを旅行し、美術館めぐりをしてきたので、しばらくその感想記が続きます。お付き合い下さい。

パリへ来たのは2年ぶり。今回は一日まるまるツアーを離れ、美術館めぐりをした。最大の楽しみはグラン・パレで開催されている‘モネ展’(9/22~1/24)。来年1月末まで4ヶ月のロングラン興行である。その内容がまたすごい!世界中の美術館から代表作が集まっており、印象派の本家が行う回顧展はやはり気合の入り方が違うという感じだった。

最近は人気の画家の回顧展ではインターネットなどで事前に日時を予約するシステムがとられることが多いが、このモネ展も予約を示す紙をもった人たちがどんどんやってくる。そのため予約無しの人は入り口で随分待たされる。

10時開館だから、9時に列に並んだ。前にだいぶ人がいたが、まあ10時になればすぐ入場できると思っていた。ところが、これが大きな誤算。予約の列にいる人たちはドドッと入れるのに、われわれの列は一度に10人くらいしか入れてくれない。で、中に入るのに2時間かかった。モネ(1840~1926)の人気はやはり半端じゃあない。

作品の数は169点。そのうち51点はグラン・パレの目と鼻の先にあるオルセー美蔵のもの。オルセーにあるモネの絵は展示室のスペースの関係で相当足を運ばないと全部はみれない。手元の画集に載っている絵のなかには、すごくみたい絵なのに、まだお目にかかってないのがいくつかあった。それがこの回顧展にどっとでてきたのである。嬉しいめぐり合わせにミューズに感謝々といったところ。感動した作品はオルセー蔵のほかにもいっぱいある。4回にわけて紹介したい。

人物画で大きな収穫はモスクワのプーシキン美からやってきた‘草上の昼食’とドイツのブレーメン美蔵の‘カミーユ’。モネ大好き人間だから画集ではお馴染みの絵である。でも、これをみる機会は一生無いだろうな、と思っていた。その絵が目の前にある、もう天にも昇るような気分。

‘草上の昼食’は油彩スケッチ。本画は4.6m×6mと大きなものだったが完成せず、3つに裁断されたが、今回展示されている左と真ん中(ともにオルセー)のふたつの部分しか現存してない。だから、プーシキンにある下絵は本画をイメージするには貴重な絵。描かれているのはルノワール、シスレーらと通ったフォンテーヌブローの森における昼食の場面。男女12人の表情はちょっと硬いが、くつろいだ感じはよくでている。

‘カミーユ’の前に立ったとき、思わず‘ウワー、こんなすごい絵だったのか!’と唸ってしまった。図版ではイメージできないとても大きな絵(2.3m×1.5m)だった。圧倒的なインパクトをもっているのは緑の衣装と光が当たりピンクがかったカミーユの顔。絵はやはり本物に接しないと本当のすばらしさはわからない。この絵をみてつくづくそう思った。

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