« いつか行きたい美術館! ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美 | トップページ | もっと見たいボスの名画! »

2010.07.26

土用の丑の日はウナギを食べてスタミナ補給!

1774     鍬形蕙斎の‘近世職人尽絵詞・蒲焼屋、居酒屋’(1806、東博)

今日は土用の丑の日なので、ウナギを食べた。鈴木春信(1725~1770)と親交が深かった平賀源内(1728~1780)が土用の丑の日にウナギを食べると元気になるといってから、夏にウナギを食べるようになったという。わが家でも例年美味しくいただいているが、あとは一回あるかないか。

これまでウナギが腹のなかに入った回数は名古屋に住んでいたときが一番多い。熱田神宮に‘ひつまぶし’で有名な店があり、よく通った。あるとき、本店へ出かけたら女将がいて、名古屋弁丸出しで‘みゃー、みゃー’いっていた。すぐ、往年の喜劇俳優、南利明(みなみとしあき)を思い出し、笑いを押し殺すのに苦労した。南利明って誰れ?知っている人は知っている。

浜松のおいしいウナギも出張するたびに食べ、お土産にはいつも‘うなぎパイ’を買った。このパイは高速走行中トイレ休憩でSAに入ったときもつい買ってしまう。だいぶ前になるが、横浜のJR関内駅の近くにある‘わかな’という店で鰻重を2,3回食べたことがあるが、最近はとんと出かけない。

江戸時代の文化・文政年間(1804~1828)には蒲焼は今のようなものになっていた。鍬形蕙斎(くわがたけいさい)が描いた‘近世職人尽絵詞’の中巻に‘蒲焼屋’(左側)がでてくる。ウナギの蒲焼はそのまま食べるのとご飯の上にのせる鰻飯がある。鰻飯は鰻丼と鰻重。

佐藤雅美氏が書く江戸物小説をかれこれ20年くらい愛読している。‘物書同心居眠り紋蔵’(講談社、拙ブログ05/8/8)、‘縮尻鏡三郎’(文藝春秋)、‘半次捕物控’(講談社)、‘八州廻り桑山十兵衛’(文藝春秋)、‘町医北村宗哲’(角川書店)といった人気のシリーズがあり、その中に鰻飯のことがでてくる。

鰻飯は水戸家から禄をもらっている大久保今助なる人物が考案した。今助は長棒駕籠に乗るまでにキャリアをステップアップしたのだが、元は草履取り。その次は瀬川菊之丞という役者の衣装番。今助はこのとき上総屋今助を名乗っており、役者や裏方に金を貸すのを本業にしていた。中村屋と市村屋の楽屋に詰めていたが、鰻が大の好物で毎日のように取り寄せていた。

そのころのウナギは蒲焼しかなく、皿に盛られていたこともあり、楽屋に届くころには冷めてまずくなっていた。で、今助は鰻家に‘丼に炊きたての飯と蒲焼を入れ、蓋をして持ってきてくれないか’と頼んだ。店の者が注文どうりにつくり、もっていくと、蒲焼が冷めてなく、たれがご飯に染みついてご飯がまた美味しい。これはいけると、今助は大喜び。毎日のように注文していると、役者も裏方もこれを真似て注文するようになり、それが一般にひろまった。これが鰻飯のはじまり。

では、鰻飯の値段はどのくらいだったか。今でも高いが、当時も高価な食べ物だった。鰻飯は200文から300文、蒲焼になるともっと高く、500文から600文もした。このころ、職人の手間が居職でおよそ350文、出職で450文。蒲焼となると職人は一日働いてもこれにはありつけなかった。

|

« いつか行きたい美術館! ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美 | トップページ | もっと見たいボスの名画! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 土用の丑の日はウナギを食べてスタミナ補給!:

« いつか行きたい美術館! ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美 | トップページ | もっと見たいボスの名画! »