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2010.06.30

見逃せない三の丸尚蔵館の‘花ひらく個性、作家の時代展’!

1692_2     川端龍子の‘松鯉図’

1693_2     横山大観の‘くよく(叭々鳥)’

1694_2     新海竹太郎の‘鐘ノ歌’

1695_2     河井寛次郎の‘紫紅四耳壺’

三の丸尚蔵館で3/30から開催されている‘花ひらく個性、作家の時代展’は現在最後の3期(6/5~7/4)に入っている。すでに、1期、2期(ともに12点)でいい日本画や彫刻、工芸を楽しんだが、3期の12点にも魅了される。

日本画は川端龍子(1885~1966)の‘松鯉図’、横山大観(1868~1958)の‘くよく’、土田麦僊の‘罌栗’、堂本印象の‘松鶴佳色’の4点。これらは皇室から直接依頼されて描いたものとか岩崎家が皇室に献上するために画家に依頼したもの。

昭和12年の春に御下命を拝した龍子は構想をねり、翌年の元日に斎戒沐浴して身を清めてから‘松鯉図’の制作にとりかかったという。この絵をみるのは13年ぶり。最初に体験した龍子の回顧展(日本橋高島屋)でみた。

鯉は鯉だけで描かれることが多いが、この絵ではボリューム感のある4匹の鯉が泳ぐ方向に並ぶように松の木が横にのびている。まず惹かれるのがこの構成。そして、鯉の尾っぽの描き方を夫々変えて臨場感をだしている。龍子は奥村土牛、福田平八郎とともに鯉の名手で、My鯉図ベスト5の2点は龍子の鯉。

大観の水墨画は1期に展示された‘飛泉’と‘叭々鳥’。2点とも08年国立新美であった回顧展に展示されたから大観ファンは覚えておられるかもしれない。この絵が大観のほかの絵と違うのは濃い墨の輝き。‘叭々鳥’では頭の部分と左にのびる枝の先で最も墨が濃いが、時が経っているのに全然色が落ちてない。これは中国から輸入された最高級の墨が使われているから。とにかく皇室への献上品だから特別なのである。

新海竹太郎(1868~1927)については‘あゆみ’(1907)をつくった彫刻家くらいの情報しかない。だから、この‘鏡ノ歌’をみても新海竹太郎はまだ遠い存在。だが、この鋳物師の作品は一生忘れないだろう。溶けた金属のはいった容器をペンチの親方のようなもので引き上げようとする姿には職人魂がほとばしっている。

工芸は加藤土師萌の大皿と河井寛次郎(1890~1966)の鈞窯風の色合いを思わせる‘紫紅四耳壺’と各務鐄三のとても美しいクリスタルガラス。河井の作品は今回3点みたが、これと1期にでた‘窯変草花文合子’が心に響いた。

次回の展示は‘虎・獅子・ライオン’(7/17~9/5)。まだ作品内容はわからないが、追っかけている円山応挙の‘群獣図屏風’(拙ブログ09/12/2510/1/10)が登場するのではないかと密に期待している。果たして?

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2010.06.29

カポディモンテ美展でアルテミジア・ジェンティスキの傑作と対面!

1690           ティツィアーノの‘マグダラのマリア’

1691             パルミジャニーノの‘貴婦人の肖像(アンテア)’

1688   アンニーバレ・カラッチの‘リナルドとアルミーダ’

1689         アルテミジア・ジェンティレスキの‘ユディットとホロフェルネス’

昨年3月‘いつか行きたい美術館!’シリーズでとりあげたナポリにあるカポディモンテ美(拙ブログ09/3/31)の所蔵名品展(6/26~9/26)が上野の西洋美ではじまった。作品の数はファルネーゼ家、ブルボン家が蒐集したルネサンス、バロック絵画など80点。

ブログ‘イタリア黒猫日記’をもっておられるイタリア通のAyumiさんの情報によると、カポディモンテ美はローマっ子に聞いた‘あなたの好きな美術館は?’(1/27)で8位にランクされている。因みに1位はウフィツィ美(フィレンツェ)。

これまでナポリは運良く2回訪問したが、カポディモンテ美はまったく縁がない。でも、2年後くらいに計画している次回のイタリア旅行は南イタリア&シチリアと決めているので、この美術館が所蔵する絵画に関する情報はせっせと仕入れている。

だから、ここにどんな傑作があるかはおおよそわかっている。では今回どのくらいのレベルのものがきているか、ズバリ ◎。どこの美術館でも自慢の絵にはランキングをつけており、美術本に載っている人気の絵はまずださない。例えば、ベリー二の‘キリストの変容’、ブリューゲルの‘盲人の寓話’、ティツィアーノの‘教皇パウルス3世の肖像’、‘ダナエ’、カラヴァッジョの‘キリストの笞打’(5/15)、アンニーバレ・カラッチの‘分かれ道のヘラクレス’(4/19)。これは仕方がない。

でも、これに続く名画が今回きている。ティツィアーノ(1485~1576)の‘マグダラのマリア’はとてもいい絵。エルミタージュ美にもそっくりの絵があるが、潤んだ瞳としたたり落ちる涙が悔悛したマリアの喜びを表している。これをみたから、次は‘ダナエ’。会いに行きますからねぇー。

チラシやバナーに使われ露出度が一番なのがパルミジャニーノ(1503~1540)の‘貴婦人の肖像(アンテア)’。この絵に会うのは二度目。03年中欧を旅行したときウィーン美術史美で大回顧展に遭遇し、そこに展示してあった。この婦人は特別美人というわけではなく、性格は生真面目そうにみえる。おもしろいのが真正面を向いているのに、右肩と腕が左腕にくらべてかなり大きいこと。バランスを崩すところはマニエリスム画家の真骨頂。

収穫はNO情報のアンニーバレ・カラッチ(1550~1609)の‘リナルドとアルミーダ’。衣装の襞や葡萄の見事な質感描写を夢中になってみた。今、カラッチの絵に対する見たい度はとても強いから素直に嬉しい。二人の兵士が後ろに隠れているのとその隣にオウムがいるのをお見逃しなく!

この展覧会で最も期待していたのがアルテミジア・ジェンティレスキ(1593~1652)の‘ユディットとホロフェルネス’。1月ウフィツィ美でもうひとつのヴァージョン(2/25)を、また5月の‘カラヴァッジョ展’で同名の絵(5/15)をみたが、感じる暴力性と緊迫度はこの絵のほうが強い。

首を切られるホロフェルネス、その真上で押さえつけるようにアシストしている従者、そしてホロフェルネスの髪の毛をしっかりつかみ渾身の力で首を切り落としているユディット。左から入ってくる光は勇気をもって敵の大将をやっつけようとする二人の女を浮き彫りにしている。普段は弱い女だって覚悟を決めればすごいことをやるのだ。そして、白いシーツに飛び散る血が目に強烈に焼き付けられる。すごい絵をみた!

この強い明暗対比と生感覚の人物描写をみて、この女流画家がホントホルスト(1592~1656)とともに最高のカラヴァッジェスキであることを再認識した。

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2010.06.28

W杯 考えられない誤審とドイツのカウンター攻撃にびっくり!

1687にわかサッカーファンのW杯観戦記の第2弾です。おつきあい下さい。

昨夜の決勝トーナメント、ドイツーイングランド戦は大変おもしろかった。

素人ファンが得ている情報だとドイツのほうが強いという予想。過去3回の大会の記憶をたぐりよせても、ドイツは決勝Tの常連という印象が強い。記録によるとドイツは15回連続でベスト8に入っているとか。粘り強い戦いはサッカーファンの間では常識なのだろう。

前半の2点は決めるところはきっちり決めるドイツサッカーの真髄をみた感じ。これで、もうイングランドは勝てないだろうなと思っていたら、イングランドも流石、実力チーム。アップソンがすばらしいヘディングを決めて1点返した。ビデオをみると前もって早くジャンプしており、理想的なヘディングだった。

これで勢いがでたイングランドはそのすぐあとランパードが放ったシュートが決まり、同点に追いついた!ところが、得点が認められない。TVではすぐビデオ映像が再生される。ボールはクロスバーに当たって真下に落ちており、明らかにゴールラインを割っている。これは大誤審!なんてことをしてくれるのだ。

W杯でこんな誤審がまかり通り、プレーは中断せず、どんどん続けられる。野球好きにはこれが理解できない。これでイングランドは同点に追いついたのだから、その後の試合展開はどうなかったかわからない。勝ちだってあったかも。この誤審をしたウルグアイの副審の責任はどうなるの?国際試合には一定期間出場停止になるのだろうか?これくらいの処分がされなければおかしい。シュートが決まったかそうでなかったかは最も大事なことなのに、副審はどこをみていたのかといいたくなる。

こういうとき選手が文句をいいすぎると多分すぐイエローカードを出されるのだろう。これでは選手はたまらないし、全霊をこめて応援しているイギリス国民が可哀相というもの。FIFAは今年3月にゴールを判定する電子システムの導入を見送る決定をしたという。この組織はビッグになりすぎて相当硬直化している。

W杯という大舞台でこんな馬鹿げた誤審があるなんて興ざめもいいところ。トップレベルのレフリーを召集しているのはわかっているが、そのレフリーが大事な試合でこんなミスをするようでは話にならない。大リーグだってホームランの判定に限ってビデオを使うことにしているのだから、FIFAも電子システムを導入すればいいのである。何かデメリットある?

後半ドイツがみせた2度のカウンター攻撃はすごかった。若い二人のコンビはスピードがあり、シュートも強烈。誤審は余計だったが、ドイツ4本、イングランド1本(?)2本のシュートには大満足。こういう高い技から生み出される得点シーンをみると本当に興奮する。明日の日本ーパラグアイ戦だけでなく、注目の試合は全部みようという気になっている。

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2010.06.27

ポーラ美蔵のアール・ヌーヴォーガラス工芸は一級品揃い!

1684_2        ガレの‘ケシ文花器’

1683_2        ガレの‘草花文耳付花器’

1686_3               ドーム兄弟の‘ダチュラ文花器’

1685_2   ルイス・C・ティファニーの‘花形花器’

ポーラ美ではじめて開催された日本画展を存分に楽しんだあとは、一階下の展示室に飾ってあるアール・ヌーヴォーのガラス工芸を楽しんだ。4,5年前一度ここへ来たときは、この部屋に入ったかどうか記憶はあやふや。で、高い料金(1800円)を払ったのだから、じっくりみた。

作家はエミール・ガレ(1846~1904)、ドーム兄弟(兄1853~1909、弟1864~
1930)、ルイズ・C・ティファニー(1848~1933)の3人。ガラス工芸だけの図録には
158点載っているから、コレクションの総数としてはプラスアαを加えて200点くらい?しかもその質はかなり高い。一級のコレクションといっていい。

部屋は全部を展示するほど広くはなく、ガレは25点(図録には89点)、ドーム兄弟25点(71点)、テイファニーが10点(10点)。企画展が変わる度に作品をローテーションしているのだろう。ドーム兄弟、ティファニーははじめてお目にかかったが、ガレは05年江戸東博であった‘ガレ展’(拙ブログ05/1/30)で見た覚えがある。

Myカラーが緑&黄色なので、この透き通る明るい緑の‘ケシ文花器’(1900)はすぐ思い出した。もうひとつ目に焼きついているのが花器のふくよかな丸みと器面に描かれた蝶に惹きつけられる‘草花文耳付花器’(1895)。下のほうにいる蛙のモティーフは北斎漫画からとられている。

ドーム兄弟への思い入れはガレと同じくらい強い。北澤美だけでなくここにもこんなにすばらしい花器があったのか!という感じ。心に響いた形状は‘ダチュラ文花器’
(1900)。黄色と青の透明地に3つのダチュラ(朝鮮朝顔)が美しく浮かび上がっている。高さ63cmの‘薔薇文花器’に遭遇したのも大きな収穫。今回は風景画や花鳥画をみているような気分にさせてくれるものは登場してなかったから、もう一回来ざるを得なくなった。

ティファニーの‘花形花器’をみるのは7年前に訪問したティファニー庭園美(松江市)以来。左の高脚杯の洒落たフリル状の造形にとても魅せられる。また、蓮の花をイメージさせる花器にも足がとまった。図録に載っているテーブルランプ2点は次回の楽しみ。

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2010.06.26

杉山寧の絵をもとめて再度箱根のポーラ美へ!

1679_2     杉山寧の‘洸’(コウ)

1680_2     杉山寧の‘褆’(テイ)

1681_2     横山大観の‘山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋’

1682_2     川合玉堂の‘秋立湖畔’

ポーラ美で行われている‘日本画展’(2期:6/11~9/5)に出品されている杉山寧
(1909~1993)の絵をみるため、また箱根へ出かけた。1期にでた杉山寧の作品は代表作の‘水’(拙ブログ4/26)など21点、2期は残りの22点。

‘洸’(1992)ははじめてここへ来たときみた。これは杉山が亡くなる1年前の作で、縦1.8m、横2.2mの大作。水牛2頭のうち1頭は正面向きで描かれているから、動物園で水牛を見ている感じ。この絵で魅せられるのは水牛やこれに乗っているインド娘ではなく、光があたる水面のゆらぎ。紫色の水面にうす黄緑で縁どられた水紋はアールヌーヴォー的なやわらかさを感じるとともに、昨年体験した悠久なインドの大地を思い起こさせる。

初見で収穫は‘褆’(1983)の孔雀の白い羽の輝き。羽に当たる光がこれほど目にしみる絵はこれまでみたことがない。赤紫と深い青緑の色面がつくりだす背景は完璧に抽象画の世界。こういう背景になっていても日本人ならここに描かれているのは鳥だから花鳥画だなとまあ抵抗なくみれる。だが、静物画に慣れている西洋の人たちにとって、この絵は具象の鳥が描いてあっても抽象画にみえるだろう。

1期同様、ビッグネーム画家のいい絵が揃っている。横山大観(1868~1958)の‘霊峰四趣 秋’(1940)は大観の絵とは思えないくらいやさしくてきれいな絵。画面いっぱいに描かれたススキの白い穂と黄色の女郎花が心をとらえて離さない。雄大な富士をふわふわっとした野原の向こうにちょこっとみせる構成はとてもいい。

見晴らしのよい山の上からみた農村の風景を描いた川合玉堂(1873~1957)の‘秋立湖畔’にも足がとまる。日本のどこにでもあるような光景だから、すっと絵のなかに入っていける。玉堂の風景画には農村、漁村、山村で働く人々が必ず点景人物として描かれているが、ここではお馴染みの馬を牽く農夫がみえる。

また、右にカーブする細い道を途中でカットし、その先をみせないところもなかなかうまい。これで農夫はこの道をまだ歩き続けることを暗示させ、物静かで穏やかな光景に広がりと奥行き感を与えている。

人気の高い東山魁夷は館蔵の3点に加え、長野の東山魁夷記念館から4点特別出品されているのも有難い。プラス、小林古径のすばらしい柿の絵や前田青邨の鮮やかな赤に魅了される‘薔薇’にも遭遇したから満足度は高い。駐車料金(500円)をとらなかったら、言うことなしなのだが。

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2010.06.25

祝 W杯 日本決勝トーナメント進出!

1678日本はW杯一次リーグでデンマークを
3-1で破り、決勝トーナメントに進出した。拍手々。

午前3時半からはじまった試合は、スタートして10分くらいは、ちょっとデンマークにボールを支配されていた。

W杯のときだけのにわかサッカーファンなので戦術のことはよくわからないが、選手はすこし緊張しているようにみえた。

だが、そのうち、相手ゴールへ松井らがするどく切り込んでいくようになったから、負ける心配はすこし薄れた。そしたら、本田の感動もののフリーキックが決まった。‘うゎー、入った!入った!本、本田すごい’。本田がカメルーン戦に続いてまたも先制ゴール。

こういうフリーキックはポルトガルのロナルドのようなサッカー界のスーパースターにしかできない芸当と思っていたが、わが日本の本田が決めたのである。サッカー素人にはこの一本で十分なのに、遠藤もこれまた世界レベルのフリーキックを右隅に決めた。これはすごいことになった。2-0で前半を終了。日本はこんなに強かったの?という感じ。

引き分けでも決勝トーナメントに進めることはわかっているので、2点差で残り45分は楽な気分。守備陣はよく守っており、デンマークに冷や汗ものの攻撃を許さなかった。長谷部の反則でPKを与え、1点を失ったが、残り時間は10分だから、安心モード。

GKの川島はこのW杯ではじめて知った。川口や楢崎のようなイケ面ではなく、いかにも体育系をイメージさせる精悍な顔つきは平成の弁慶といったところ。経験がないのに岡田監督が抜擢したというが、相手の放ったシュートを読んで一旦は止めるのだから、集中力があって瞬間的判断が優れているにちがいない。鍛錬して身につけたGKの技とワンプレーの流れを読める能力がこうした大舞台で花開くのは本当にすばらしいこと。

試合の終り近くになって、オマケの1点が入った。本田がアシストし、岡崎が決めた。本田のパスまわしはアルゼンチンのメッシのプレーをみているよう。それにしても、本田は冷静だ。カメルーン戦のときは松井からでたボールを軽く左で入れた。今回も、岡崎がいるのをよくみており、いいパスを出した。しかも、この選手はボディバランスがよく、倒れない。こういう強いフィジカルをもったFWが前線にいるのはなんとも心強く、得点が近くなる。

さて次はベスト8をかけてパラグアイと戦うが、是非勝って欲しい。ところで、素人には開幕前の強化試合で負け続けていた日本がW杯の本番でこれだけ強くなった理由がさっぱりわからない。一体何が変わったの?選手を配置するシステムを変えたらしいのだが、本田のワントップとかボランチ3人とか川島の起用とかがいいのだろうか?

戦術のことはわからないが、これが機能しているのであれば、メンバーは同じなのだから岡田監督の戦術が巧みで選手の能力を引き出すのが上手いということになる。有能な経営者はよく‘80%の能力ある人に120%出させる仕組みをつくって、まかせる’といわれる。岡田監督は今これをやっているのだろう。頑張れ!日本。

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2010.06.24

日本人は展覧会が大好き ボストン美展に31.9万人!

1676_2      ‘ボストン美展’(4/17~6/20、森アーツセンターギャラリー)

1677   ‘カラヴァッジョ展’(2/19~6/13、ローマ・スクデリア・デル・クイリナーレ美)

2,3日前の新聞に6/20に閉幕した‘ボストン美展’(拙ブログ4/28)の入場者数がでていた。65日間でなんと、318,970人、一日平均4907人。まったくすごい人気である。この数字をみて、日本人は世界中で最も展覧会が好きな国民かもしれないと思った。

ローマ在住のcucciolaさんのブログ‘ルネサンスのセレブたち’によると、大人気のカラヴァッジョ展(5/13)の入場者数は582,577人。会期が114日あったから、一日平均にすると5088人。過去イタリアで開かれた展覧会の数字を大きく塗り替えたそうだ。グロスの数字は03年にあったゴッホ展の60万人超えが一位だが、一日平均だとカラヴァッジョ展はゴッホ展の3937人を大きく上回ってトップになったとのこと。

カラヴァッジョ展は新聞報道で連日5千人が押し寄せていることがわかったので、出かける前に予約をとり、当日はゆっくりみることができた。そして、館を出たとき、5千人の入場者を実感した。展示室でも時間が経つにつれ人が押し寄せてくるのを予感したが、それもそのはず。入り口の前にできた行列の長さは半端ではなかった。

ローマでは2月から6月までカラヴァッジョ展の話題でもちきりだったのに対し、六本木ヒルズのボストン美展を各メディアがとくに大きく取り上げたという感じではない。こちらもカラヴァッジョ展と同じくらいの人が足を運んでいたが、人気の印象派なら大勢の人が出かけるのは想定の範囲内という受け止め方である。5/26からは国立新美でオルセー美展(8/16まで)がはじまったから、TV,新聞はこの真打展覧会を大きく報道しだした。

先に終わったボストン美展が約32万人、オルセー美展は6/21で20万人に達した。
1ヶ月の実績で一日平均約8300人。これはすごい数字。オルセー美展には傑作が信じられないほど沢山やってきているので、入場者はまだ増えそう。もう一回いこうと思っているのだが、1万人なんてことになったら、無理。7月上旬までに行くことにした。

今年は印象派イヤーだから入場者数は普段の年より多めにでていることは確かだが、日本人はイタリア人やほかのヨーロッパの国の人たちに比べて展覧会をみるのが好きなのかもしれない。とくにゴッホだ、モネだ、セザンヌだ、ルノワールだとなると、‘見に行く、見に行く、どうしても行くわ!’と気分はいやがおうでも高まる。

オルセー美展は20年に一度クラスの大展覧会。印象派に加えアンリ・ルソーとモローの傑作も登場する夢のような展覧会だから、美術好きな人が全国からやって来ているにちがいない。関西圏、岩手、仙台、山形、新潟、長野あたりなら新幹線ですっと来れるし、四国、中国に住んでおられる方だって週末を利用すれば時間的には問題ない。また、北海道、九州の方なら飛行機がある。そして、韓国、台湾、中国の美術愛好家だってこの展覧会を見るために来日しているだろう。

で、ローマのカラヴァッジョ展のようにオルセー美展がこれまでの展覧会の記録を塗り替えるような気がする。

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2010.06.23

山本丘人の‘鳥と風月’と響き合う絵!

1673     山本丘人の‘鳥と風月’(1972)

1672      ドラクロアの‘海老のある静物’(1827)

1675      デ・キリコの‘静物’(1950)

1674      岡鹿之助の‘遊蝶花’(1951)

日本橋高島屋で行われた‘山本丘人展’はまだみてない2点に大きな関心があったのだが、再会を楽しんだ絵もある。そのひとつが1972年に描かれた‘鳥と風月’(箱根・
芦ノ湖、成川美)。

この絵をはじめてみたとき、見慣れた風景画とは随分違うなと思った。それは背景の硬いイメージの白い山々と手前横いっぱいに大きく描かれている草花と一羽の雉が同じ強さで目に飛び込んでくること。普通の風景画だと鳥や花がこんなにインパクトをもつことはない。だから、この絵は静物&風景画である。

この絵からすぐ連想したのがドラクロワの‘海老のある静物’(ルーヴル)。これは背景に広がる風景にはあまり視線はいかないから、絵のカテゴリーとしては静物画に入るのだろう。前景に描かれた死んだ雉や海老はフランドル絵画をみているよう。

丘人は‘鳥と風月’を制作するにあたって、ドラクロワを参考にしたのか、それともアンリ・ルソーの絵の影響をうけたのかはわからないが、手前に対象を大きく描くのは海老の絵と同じ。

ドラクロアの絵がヒントになったのかなと思う絵がほかにもあった。それはローマ感想記で紹介したデ・キリコの静物画(拙ブログ6/5)。回顧展には野原を背景にした果物の絵がもう一点あった。葡萄、リンゴ、ざくろ、洋ナシなどが手前に大きく写実性豊かに描かれているのは海老の絵とまったく一緒。ただ、この絵は窓のところに置かれたリンゴとは違って、果物とともに後ろの館が‘鳥と風月’の山のようにぐっと目に入ってくる。

日本の洋画家、岡鹿之助もドラクロワタイプの絵を描いている。‘遊蝶花’(下関市美)で強烈なインパクトを持っている花瓶の色鮮やかな花はドラクロワ→デ・キリコ→岡のコラボを連想するのだが、アンリ・ルソーの平面的な作風に刺激を受けたのかもしれない。

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2010.06.22

出かけて正解だった‘山本丘人展’!

1671_2            ‘海厳’(1965)

1670_2      ‘夕陽’(1968)

1668_2      ‘残春’(1971)

1669_2      ‘漂壁’(1976)

毎年かなりの数の展覧会を体験するが、なかには行くべきか、パスしてもいいかで心が揺れる展覧会もある。昨日まで日本橋高島屋で行われていた‘山本丘人展’(6/2~6/21)は最後まで迷っていた。結果は出かけて正解!

こういう展覧会に遭遇したときはMy‘展覧会鑑賞の法則!’にしたがって行動することにしている。その法則とは‘気になる絵があったら出かけよ!’。高島屋のHPに載っている絵のなかにとても気になる絵が2点あった。でも、山本丘人(1900~1986)の回顧展はこれまで2回体験しているので(拙ブログ05/11/2906/11/14)、みている絵も多い。たしかに2点は気になることは気になるが、図版が小さいから実際どうなのかグレイなところもある。

初期から晩年の作品まで60点がオーソドックスに並べられている。予想通り、みた絵が多いので気楽に進んでいく。丘人が描く風景画ですぐ思い浮かべるのが‘海厳’タイプの絵。金泥を使って海面や手前から縦に重なるごつごつした峻厳な岩山が描かれている。この絵をはじめてみたとき、金泥はちょっと違和感があった。が、次第に光が当たると海や岩の心象風景はこうなるかもと思うようになった。

お目当ての‘夕陽’が目の前に現れた。‘ううーん、いいではないか!すごくいい’と思わず心のなかで叫んだ。これは佐久市近美の所蔵。その抒情的な雰囲気は横山操の山水画を彷彿とさせる。これで入場料400円(高島屋のカードをもっているので半額)は軽く元をとれた。

さらにもう一つの気になる絵、‘残春’にもグッと惹きこまれる。箱根・芦ノ湖にある成川美にはまだこんないい絵が残っていたとは!桜の花びらがひらひら落ちていく夜の情景は速水御舟の傑作‘春の宵’をさらに幻想的にした感じ。今は夏本番にむかうところだが、花見のころこの絵をみたらさぞかし心が揺すぶられることだろう。

チラシにも使われている女性画‘地上風韻’(05/11/29)と再会し、薄紫色にうっとりしたあと、同じくお気に入りの‘漂壁’の前にしばらくいた。そして、‘気になる絵があったら出かけよ!’の法則はやはり当たっていたなと思いながら、会場を後にした。感動袋が大きく膨らんでいるので足取りも軽い。

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2010.06.21

お楽しみ‘北斎とその時代展’!

1664     ‘江都両国橋夕涼花火之図’

1667     ‘百人一首宇波かゑとき 山辺の赤人’

1665     ‘釈迦御一代記図会’

1666     ‘千絵の海 総州銚子’

太田記念美で開催中の葛飾北斎生誕250年記念 ‘北斎とその時代’(前期6/1~6/27、後期7/1~7/25)を楽しんだ。前後期で作品は総入れ替えとなり、前期には109点でている。そのうち主役の北斎(1760~1849)は72点、脇役は広重(4点)、歌麿(3点)、清長(2点)、勝川春章(2点)、豊国、国貞など。

北斎の画歴は長いので楽しみは美人画、武者絵、小説の挿絵、風景画、花鳥画といといろある。このなかで、美人画は昔から惹かれない。で、夢中にさせるのはやはり風景画と花鳥画。また、モノクロの北斎漫画や読本も興味が尽きない。

花火の絵はお気に入りの一枚。北斎以外の絵師も両国の花火を沢山描いているが、花火の描き方は数種類のヴァリエーションがある。北斎のこの絵では橋の上と遠くの2箇所で花火があがっている。今の花火は大きくてあっと驚くようなイリュージョンをみせてくれるが、江戸のころはシンプルに‘ドーン、パッ’とはじけたのだろう。昔も今も大江戸・東京の一番のエンターテイメントは春の花見と夏の花火。

富士を背景にして右手前、山道を進む旅人を描いた‘山辺の赤人’は構図といい色の組み合わせといい一級の風景画である。太田の所蔵するものは流石に摺りの状態がよく色は鮮やかにでている。後期にどっとでてくる‘富嶽三十六景’、‘諸国瀧廻り’、‘諸国名橋奇覧’の前ふりとしてはもってこいの絵かもしれない。

北斎が一生を通じて描いたモノクロの版本をみるのは3年前、江戸東博であった‘北斎展’以来。目を奪われるのが北斎86歳の作、読本‘釈迦御一代記図会’(4点)。釈迦の物語を臨場感いっぱいに描いた場面のなかで、とくに目を奪われるのが渦巻きのなかで構える鬼。そのすさまじい迫力にちょっと足がすくむ。

風景画にも迫力満点の絵がある。‘総州銚子’はみるたびに‘うぁー、すごい波、舟が転覆するー!’とはらはら気分になる。有名な‘神奈川沖浪裏’では浪のお化けが舟を飲み込むようで戯画的なところがあるが、こちらは荒れた海の怖さがじつにリアルに描写されている。北斎の絵はやはり特別!まったくすごい絵師である。

今回は図録が用意されているので、大満足。これをみると初見の気になる絵が数点ある。後期がとても楽しみ。

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2010.06.20

若冲展で好感度が急降下した細見美術館!

1663_3            ‘海老図’(細見美)

昨年信楽のMIHO MUSEUNで開催された‘若冲ワールド’と今回の‘伊藤若冲 アナザーワールド’(静岡県美&千葉市美)を体験し、図らずもある美術館の嫌な体質がわかった。

‘若冲ワールド’の感想記のなかで、若冲作品を所蔵している美術館やお寺のことにふれた(拙ブログ09/10/8)。この回顧展に若冲コレクションでは名の知れた細見美(京都市左京区)からは1点もでてなかった。で、MIHO MUSEUMとは相性が悪いのかなと余計な想像をめぐらしてしまった。今年、再び‘アナザーワールド’が行われることになり、細見の20点ちかくある絵でまだみてないものが出てくるのをすごく期待していた。

ところがふたを開けてみたら、出品作は‘海老図’だけ。これはどうしたことか?この回顧展には若冲の画集に載っている有名な絵が数多く展示されている。主だったところをあげてみると、京博は‘石灯籠図屏風’、‘果蔬涅槃図’など5点、大阪の西福寺は重文の‘仙人掌郡鶏図’(5/17)や‘蓮池図’(6/1)など4点、また、京都の鹿苑寺、禅居庵、石峰寺、和歌山の草堂禅寺といったお寺関係、黒川古文化研究所、平木浮世絵財団、イセ文化基金の作品など、、そして、個人蔵でも画集に載っている有名なものやまだこんなのがあったの?と驚かされる屏風も登場した。

2度のビッグな若冲展には日本にある代表的な若冲作品が相当数結集したことになる。昨今の若冲人気に応える大イベントというのに、20数点も所蔵している細見美は1点しか協力しないのである。何故か?細見にとって自慢の絵‘糸瓜群虫図’、‘瓢箪・牡丹図’、屏風の‘菊花図’、‘群鶏図’などを出品するメリットはない。こういう回顧展にだすと美術ファンが自分とこの美術館に来てくれなくなる、だからいい絵は絶対出さないのである。

若冲本に図版を載せるのは出版社からお金も入るし、館のPRになるから。‘伊藤若冲大全’(京博編、小学館)や‘もっと知りたい若冲’(佐藤康宏著、東京美術)や‘異能の画家伊藤若冲’(狩野博幸著、とんぼの本・新潮社)にはいくつも載っている。またこの美術館はデパートでは館蔵名品展をやる。過去、日本橋高島屋で2回あった。06年の‘京琳派・神坂雪佳展’と昨年の‘日本の美と出会う’(09/6/3)。

本格的な若冲展には出品しないで、‘日本の美と出会う’には数点若冲の絵をだす。これはどうしてか?簡単なこと。デパートに出すとお金がもらえるし、ランキング下位のものでも文句は言われないから。どうせデパートにくる女性客が相手だから高島屋はそこそこの若冲があれば即OK。

が、本格的な回顧展となると一番いい絵を主催者から依頼される上、原則貸し出し料は入ってこない。‘そんな算盤勘定に合わないことはしたくない、うちのセリングポイントは人気の若冲なのだから、見たければ美術館へ来てくれ!’といいたいのであろう。今回の若冲展でこの美術館の素性をみた思いである。

ここは2度訪問したが、毎度いいイメージがない。料金が高いし、ニュースレターも有料。そして、ショップスタッフの無愛想な態度が致命的!ここの一族がどうやって資産を形成したかは知らないが、若冲作品を貸し出さないその了見の狭さ、態度の悪いスタッフをみれば、まぁーお里が知れるというもの。

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2010.06.19

展示方法にガッカリの‘伊藤若冲 アナザーワールド’!

1660_2        ‘百合図’(部分)

1661_2            ‘鯉鯰図’

1659_2     ‘鶏図’

1662_2     ‘象と鯨図屏風’(右隻)

千葉市美で開催中の‘伊藤若冲 アナザーワールド’(後期6/8~6/27)をみてきた。若冲作品は前期と大半が替わり72点(うち通期展示は7点)。静岡展(拙ブログ5/17)で半分みたから、目に力を入れるのは19点プラスα。

今回の回顧展は初見のものですごく魅せられるのが数点あった。その筆頭が‘百合図’。これは個人蔵で手元にある若冲本には載ってない。手前の百合は墨と白、黄色で描かれているのに対し、後ろの背の高い百合は墨一色なのが不思議な感じ。目を楽しませてくれるのはその構図。岩の上に立つ鳥が上に長くのびる百合をじっとみつめる姿がとてもいい。

会期中出ずっぱりの‘鯉鯰図’もお気に入りの絵。鯉の絵(5点)はどれも魅了されるが、東芸大美のもの以外は胴体の一部が掛け軸から外にはみ出している。量感のあるぴちぴちした鯉をこういう風に大胆な描き方でみせるのが若冲の真骨頂。

鶏が描かれた屏風は昨年の‘若冲ワンダーランド’に数点あったが、初見のものがまた登場した。静岡のときと同様、時間をかけてみたのが‘鶏図’(個人蔵)。屏風と掛け軸にとうもろこしや稲穂などを背景にして鶏のヴァージョンが全部で11。どの場面もぐっと惹きこまれる。

親鶏はいつも3羽、これにヒヨコ3羽ないし5羽が一緒に描かれたり、親単独だったりする。じっとみてしまうのが後ろやまわりに描かれているまっかうり、トウモロコシ、糸瓜、稲穂、隠元豆、、コンディションが少し悪いが、大収穫の絵だった。鶏の屏風では、もう1点、傘のなかに顔を突っ込んだり、車輪の上に乗る鶏などが登場する屏風もみてて楽しい。

6月14日から展示された‘象と鯨図屏風’(六曲一双)のまえでは拍子抜けした。これを所蔵するMIHO MUSEUMで展示されたとき(09/10/6)は屏風を曲げないで、横に広げてみせていた。だから、4度いい気分でこの傑作を楽しんだ。ところが、ここでは横にひろげられるスペースがないため、窮屈に折り曲げているのである。もちろん、屏風だからこれが本来の姿かもしれない。

だが、だが、である。これではこのすばらしい象と鯨が死んでしまう。せっかく、関東にお目見えしたのにじっくり楽しめないではないか。もうガッカリ!はじめてみる方はお気の毒というほかない。隣にある象や鯨の絵はほかへもっていくか、それでもスペースが足りないのであれば、とにかく曲げないでおさまるスペースを確保して展示すべきではなかったか。工夫が足りないし、見る人の気持ちがわかってない。話題の‘象と鯨’がアナザーワールドの楽しみのど真ん中にあるのに。どうして、皆の期待値が読めないの?

同じことが静岡県美蔵の‘樹花鳥獣図屏風’(6/1)でもいえる。これもせせこましく展示してある。静岡では曲げてなかったので右の動物から左の鳥までこころゆくまで若冲ワールドに浸ることができた。目玉の二つの屏風がこんな展示の仕方なので、すごく消化不良になる。展示スペースがはじめから狭いことがわかっているのに、‘江戸のみやげ 所蔵浮世絵名品展’を一緒にやっている。見ごたえのある‘象と鯨図’を殺してまでやる必要があるのだろうか?ここのスペースも全部若冲展に使えばいいのに。

もしこの展覧会が東博で開催されたら、こんなことはなかったのにとつい思ってしまう。若冲はもう日本美術のメジャーになったのだから、ビッグな回顧展の場合、千葉市美には悪いが展示する美術館は東博とか国立新美のような広い展示スペースをもつところのほうがふさわしいのではなかろうか。

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2010.06.18

ミューズが呼んでくれた‘濱田庄司展’!

1655_2     ‘青釉白黒流描大鉢’

1657_2            ‘赤絵角瓶’

1656_2               ‘地釉茶碗’

1658_2                ‘振分指描土瓶’

昨日、濱田庄司(1894~1978)の回顧展をみるため宇都宮へ行ってきた。背中を押してくれたのはたまたまみた今週月曜のNHKのローカルニュース。現在栃木県美で開催中の‘濱田庄司展’(4/25~6/27)が紹介されたが、そこに映し出された大鉢がとても気になってしょうがない。で、美術館のHPをみたら、出品作はなんと!大阪市立東洋陶磁美にある有名な堀尾コレクションだった。

これは最後に残った濱田庄司の作品で、いつか現地へ出向くことにしていたもの。今年は濱田が初めて益子を訪ねてから90年という節目の年。で、東洋陶磁美から130点あまりが里帰りしたというわけ。うかつにもこの情報はまったくNOタッチ。このように偶然いい展覧会に遭遇したときはミューズが呼んでくれたと思うことにしている。

栃木県美を訪問するのははじめて。というより宇都宮の街をみるのがはじめてなので、少し落ち着かない。でも、美術館へのアクセスは簡単。駅前のバス乗り場から55番のバスに乗ると15分くらいで着く。駅から大通りがまっすぐにのびているからじつにわかりやすい。途中、県庁があったり、東武電鉄の駅がみえる。東武線の近くにはPARKOなどがあるから、このあたりが最も賑やかなところだろう。

栃木県美は足利銀行本店の裏側にある。建物は予想に反して大きくない。館内のレィアウトがよくつかめないまま、念願の濱田作品と対面した。前期と後期で一部展示替えがあるから、作品の数は115点くらい。08年に川崎市ミュージアムであった回顧展(拙ブログ08/10/18)と同じように、心がはずむのが大鉢。濱田流アクションペインティングが冴える‘青釉白黒流描’と‘白釉黒流描’。ともに直径50cmの大鉢に勢いのある白や黒の線で抽象画風の文様が描かれている。青地の流描ではこの作品だ最もいいかもしれない。これは大収穫。

赤絵には目がないので、お馴染みの糖黍文がシンプルなフォルムで表現された角瓶を夢中になってみた。赤絵はほかにも緑と赤の対比が心地いい角鉢や丸文段重や急須などが揃っており、気持ちがだんだんハイになっていく。

今回の見所の一つは故堀尾幹雄氏(1911~2005)が蒐集した茶碗の名品の数々。濱田と堀尾氏は深い交友関係で結ばれていたようで、堀尾氏は益子へ何度も足を運び、お気に入りの茶碗を手に入れている。展示されている37点はどれもすばらしいので、選択に苦労する。‘お好きなものを一つ差し上げます’といわれたら、形のよさと無地の美に惹かれる‘地釉茶碗’をいただきたい。

ずっしりとして力強い印象を与えるのが素地に釉薬を掛けた後、まだ乾かないうちに指で釉薬を掻きとって曲線の文様を描く‘指描’。ピッチャー、壺、大鉢、土瓶、蓋物などいろいろある。家にひょいと持って帰りたくなるのが‘振分指描土瓶’。これを見ていると背筋がしゃんとする。

図録は東洋陶磁美が2年前につくったものがここでも販売されていたのだが、もう完売していた。で、東洋陶磁美に直接申し込んだら、今日届いた。これで一安心。図録でしばらくこの展覧会の余韻に浸りながら、秋に開かれる‘河井寛次郎展’(9/14~
11/23、日本民藝館)をじっと待つことにしよう。

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2010.06.16

散歩で街角ウォッチング! 紫陽花の青が目に沁みる

1654_2          山口蓬春の‘榻上の花’

日本列島は全国的に入梅したから、しばらくは散歩も休みの日が多くなる。家のまわりには紫陽花が結構あるが、雨にぬれるとその青や紫の花が一層目に沁みる。散歩に限らず歩いているとき、すれ違う人の顔をみるのが好きで、顔の特徴は無制限に頭のなかにインプットされている。一方、花などは女性とは違ってそれほど熱心には見ない。だが、紫陽花は例外で心が寄っていく。

これは紫陽花が梅雨のシーズンに咲くため、水分をたっぷりふくみ花が瑞々しくみえるからかもしれない。日本画で紫陽花の絵というとすぐ思い出すのが山口蓬春(1893~1971)。とても気に入っている絵が葉山の蓬春記念館(拙ブログ06/6/22)、山種美(09/6/24)、東近美(上の絵)にある。

‘榻上の花’(1949)の榻(とう)は腰掛のこと。濁りのない鮮やかな青、紫の紫陽花はとても爽やかでそのモダンな画面構成はマティスの絵をみているよう。近代日本画家のなかで、速水御舟、小林古径もいい静物画を描いているが、紫陽花は蓬春が最も上手いかもしれない。

散歩をしていると、いろんな人にでくわす。どうでもいいことを少し。5年近く散歩をしているから、前はこんな光景はあまり見なかったなということも多い。缶ビールあるいは発泡酒を歩きながら飲む中高年が多くなったことを以前書いたが、この傾向は変わらない。気温が上がってきたから少しずつ見かけるようになった。梅雨が明け夏本番になると、その数はぐっと増えるに違いない。

最近、物を食べながら歩く女子中学生が目立つ。昨年と比べるとだいぶ多い。ある子は長いフランスパンをもぐもぐ食べながら歩いていた!よほど腹が空いてたのだろう。また、お菓子を楽しそうに食べている二人連れにもよく会う。

5月に訪れたローマでは、昼時歩きながらピザを食べる大人たちや子どもたちをよく見かけた。だから、日本でこういう光景をみても驚くことはない。おもしろいのが男の子はそうでもないこと。どうみても女の子のほうが多い。これはなぜ?単にサンプルが少ないからそうみえるだけで彼らも口を動かしている?

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2010.06.15

ミュシャデザインのゴージャスな宝飾品にメロメロ!

1650_2         ミュシャの‘夢想’

1651_2    ミュシャデザインによる蛇のブレスレットと指輪

1652_2    ‘サマリアの女’

1653_2    ‘自力Ⅱー犠牲と勇気’

ミュシャがデザインした有名な宝飾品をみるため、三鷹まで足をのばした。今年はミュシャ(1860~1939)の生誕150年に当たり、これを記念して現在、三鷹市美術ギャラリーでは回顧展(5/22~7/4)が行われている。ギャラリーはJR三鷹駅の改札を出て左手に進んですぐのビルの5階にある。ここへ来るのは二度目だが、駅に隣接してるのと同じだからアクセスは楽。

ミュシャ展へ3回もでかけるのは少女雑誌にでてくるような麗しい女性の絵とプラハ時代の油彩のヴァリエーションを増やすため。装飾パネル‘夢想’は東京都美(拙ブログ05/1/29)にも日本橋高島屋(07/1/11にもあったが、装飾的にデザインされた円形の花柄模様を背にした美形の女性を毎度うっとりながめてしまう。これと同じくらい好きな‘黄道十二宮’も軽く会釈をしてみた。

ビスケットやビールの宣伝ポスターや女優サラ・ベルナーレが主演した舞台、‘ジスモンダ’や‘メディア’などの縦長ポスターをみながら進んでいるが、心はミュシャがデザインした蛇のブレスレットと指輪に向かっている。ありました、ありました!このゴージャスな宝飾品が堺市のミュージアムにあることを知ったのは5年前。いつかここを訪れなければと思いつつも、なかなか機会がなかった。それが幸運なことに三鷹までお出ましいただいた。ミューズに感謝!

蛇が苦手なんていってられない。金に七宝、ルビー、ダイヤモンドをはめこんだこの指輪とセットになった腕輪を夢中になってみた。フーケはこれを複数つくったが、その一つが日本の土井君雄氏(故人、カメラのドイの創業者)のコレクションのなかにあったというのがすごい。これをみれたのは一生の思い出になる。

東京都美の展覧会ではミュシャがプラハに帰ってから描いた油彩に心を揺すぶられたが、今回もいいのが揃っている。そのなかでとくに魅せられたのは‘少女の像’(西ボヘミヤ美)、‘サマリアの女’(プラハ国立美)と大作‘自力Ⅱー犠牲と勇気’(プラハ市美)。ミュシャの作品を存分に楽しむことのできるすばらしい回顧展だった。

なお、三鷹のあと次の美術館を巡回する。
・北九州市美:7/17~8/29
・高崎市美&高崎市タワー美:9/18~11/7
・堺市博:11/2/5~3/21
・いわき市美:4/9~5/22
・金沢21世紀美:5/28~6/26

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2010.06.14

ストラスブール美術館を知っている?

1647    コローの‘ヴィル=ダヴレーの池’

1649    モネの‘ひなげしの咲く麦畑’

1648    ドニの‘内なる光’

Bunkamuraでは現在、フランスのストラスブール美蔵の作品による‘語りかける風景展’(5/18~7/11)が開かれている。チラシに載っているシスレーが響かないので、出かけるときはリスク半分の気分だった。でも、好きな風景画にスポットを当てた企画展をみないわけにはいかない。ここは料金は高いけれど2回に1回はホームランを打ってくれるから、どうしても足が向かう。

今回の80点はホームランではなかったが、シングルヒットということはない。心を打つ絵が3,4点あるから○、海外にある作品を集めた展覧会で3点いい絵があったらこれで充分。ストラスブールという街へは行ったこともないし、欧州議会があるところくらいの知識しかない。地図で確認するとナンシーの右手に位置し、ドイツとの国境近くにある。スイスのバーゼルからは列車で1時間20分で着くらしい。

出品作には知らない画家のものが多いので、これはさらっと見て、馴染みの画家の絵をもとめて進んだ。そのうち足がとまる絵がでてきた。コロー(1796~1875)の‘ヴィル=ダヴレーの池’は収穫の一枚。08年の大コロー展(西洋美)では、水辺の光景を描いた絵に大変魅了されたが、回顧展の続きをみているような気がした。コローは人が漕ぐ舟を川の流れに沿って進むようには描かず、いつも左右の岸から反対側の岸に向かうところを描く(拙ブログ08/6/18)。これにわけもなく惹きこまれる。

モネ(1840~1926)の‘ひなげしの咲く麦畑’の前にきたとき、これは1990年、ロンドンのロイヤルアカデミーであったモネの大連作展に出品されていた絵ではないか?と思った。家に帰り分厚い図録をみるとやはり載っていた。モネは連作を本格的にはじめた‘積み藁’(1890~91、25点)の数ヶ月前に、いわばプレ連作シリーズとしてこの‘ひなげし’(4点)と‘芥子畑’(5点)を描いた。

うつろいやすい光によって変わるモティーフの色の瞬間性を次々に描いた連作は一緒に見るのが理想だが、連作展は2度はないから、目の前の絵に集中した。咲き誇るひなげしの赤が目に心地いい。これと再会できたから高い料金はもとをとったようなもの。

この展覧会は国立新美のオルセー美展を楽しんだあと寄ったので、目が慣れたドニ
(1870~1943)の‘内なる光’にグッと吸い込まれる。同じような丸顔をした3人の女の子と若い女性は体全体が赤系で彩色され、窓の向こうの明るい空の青との対比がとても印象的。もうひとつ、同じナビ派のスイス人画家、ヴァロットン(1865~1925)の大作‘水辺で眠る裸婦’にも足がとまる。見てのお楽しみ!

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2010.06.13

モローの‘オルフェウス’に釘付け!

1645_2     モローの‘オルフェウス’

1646_2     クノップフの‘マリー・モノン’

1643_3       ドニの‘木々の中の行列’

1644_2            ドニの‘マレーヌ姫のメヌエット’

オルセー美術館の楽しみ方はいろいろ。印象派ならびにポスト印象派に鑑賞エネルギーの大半を使う人もいれば、印象派に軸足をおきながら、ほかの作品もしっかり見る人も多くいるだろう。はじめてのときは頭の中はやはり印象派で占められる。で、ほかの作品がしっかり目のなかに入るのは再訪したときくらいから。館内のレイアウトがわかっているのでは気持ちに余裕があり、足はナビ派とかアール・ヌーヴォーの家具や工芸までのびる。

では、ミレー、クールベ、アンリ・ルソー、モロー(1826~1903)への鑑賞欲はどうだろう。ルソーの‘蛇使いの女’とモローの‘オルフェウス’は高い人気を誇る絵だから、初訪問の際用意した感動袋のなかにはルノワール、モネ、セザンヌ、ゴッホの絵に交じって入っているに違いない。今回、日本で一緒にみられのである。なんという幸せ!

日本にはモロー愛好家が多いので、‘オルフェウス’(拙ブログ08/2/20)を目当てに出かける人も結構いたりして。07年のオルセー美展に出品された‘ガラテイア’やBunkamuraで公開された‘一角獣’(モロー美)もいいが、これが代表作中の代表作だから、テンションはいやがおうでも上がり、心のひだが敏感に揺れ動く。

ギリシャ神話は本を読むだけだったら、楽しみはかなり減じられる。こういう絵やデルヴィル(1867~1953)の‘死せるオルフェウス’(05/4/24)があるお陰で、幻想的な神話の世界に遊ぶことができる。モローファンは美欲をどんどん膨らませ、もう次の楽しみを夢見ているかもしれない。思い浮かべるのは同じ絵?‘出現’(モロー美)と‘オイディプスとスフィンクス’(メトロポリタン、08/5/13)。日本でみれれば嬉しいのだが!

再会したクノップフ(1858~1921)の‘マリー・モノン’は2年前よりも惹きこまれた。ベルギー象徴派を代表するクノップフはモローやイギリスのラファエロ前派の影響を受けており、この椅子に座る女性の絵は‘オルフェウス’の若い娘がダブってくる。

オルセー以外の美術館でナビ派の絵をみる機会はほとんどない。ナビ派に特別な思い入れはないが、ドニ(1870~1943)の絵には関心があり、どこかの美術館で回顧展を開催してくれないかなとアバウトに願っている。惹かれるのは簡潔で平面を強調した装飾的な描写と濁りのない明るい色調。今回10点ある。

‘木々の中の行列’は45cmの小さな絵でぱっとみると子どもの絵本。でも、しばらく絵の前にいると魅了される。林立する緑の木のなかをうすピンク一色で描かれた少女たちがうつむき加減に進んでいく姿は尼さんのイメージ。宗教画をみているようで心が落ち着く。

‘マレーヌ姫のメヌエット’は点描風の描き方が一部みられるが、普通の人物画と変わらない。大作‘ミューズ’では女性たちは類型化されたふっくら顔と装飾的文様の衣服で描かれているのに対し、この女性の表情はリアルで個性的。女性画はライフワークだから、こういう女性にはすぐ反応する。

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2010.06.12

アンリ・ルソーの‘蛇使いの女’がやってきた!

1642_2    ルソーの‘蛇使いの女’

1641_2    ルソーの‘戦争’

1639_2    シャヴァンヌの‘貧しき漁夫’

1640_2           ルドンの‘目を閉じて’

有名な画家だと、画家と絵がセットになってイメージされる。アンリ・ルソー(1844~
1910)というと、すぐ‘蛇使いの女’と‘眠れるジプシー女’(NY、MoMA拙ブログ09/9/6)を思い浮かべる。その‘蛇使いの女’が日本でやってきた。‘眠れるジプシー女’のほうは93年上野の森美であった‘MoMA展’に展示されたから、夢のような展示が二度も実現したことになる。‘待てば海路の日和あり’である。

今回の公開がすごく印象深いのは‘蛇使いの女’の隣に‘戦争’があること。ともにルソーの豊かな想像力が存分に発揮された作品だから、じわじわと神秘的で不思議な空気が漂うルソーワールドに嵌っていく。蛇は苦手だが、2年前現地でみたとき同様(08/2/21)、何匹いるか数えた。うん、5匹。

女の吹く笛の音色に誘われて右の木からするすると近づいていく蛇をみていると、だんだん呪術的な世界に絡めとられていくようで緊張してくる。蛇の上には枝にとまった鳥が3羽おり、また左にも大きな鳥がいるのだが、どうしても視線は蛇と女と明るい月に集中する。

‘戦争’はじっくりみると怖い絵。とくにギョッとするのが両端のカラスが赤い血に染まった肉片を食べているところ。テーマが戦争の悲惨さだからこういうシーンがでてくるが、ルソーは残虐的な場面は得意中の得意。緑の熱帯風景ではトラと水牛が闘っていたり、黒人が豹に襲われたりする。だから、この戦争の絵でも手足の一部が無くなっている死体をごろんと横たわらせている。

シャヴァンヌ(1824~1898)の代表作‘貧しき漁夫’が日本でみれるのもすごいこと。2年前、この象徴主義の画家に開眼した(08/2/20)。この絵は表面に油気が感じられないので、最初の印象は弱い。でも、しばらくその無駄なところをそぎ落とした静かな画面をみていると、倹しく生きるこの漁師一家の姿に心打たれ、この絵は一生忘れないだろうなという気になる。

ルドン(1840~1916)は2点でているが、‘目を閉じて’は前回現地でどういうわけか展示されてなかったので収穫の一枚。ルドンは画業の前半、黒一色で一つ目小僧やクモのような変てこな絵を描いていた。が、この絵以降は作風をからっと変え、鮮やかな色彩を多用するようになる。これはその過渡期の作品で、瞑想する女性の肩から上だけを描いており、画面いっぱいにモティーフを神秘的に描く前のスタイルがまだ残っている。

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2010.06.11

さあ 感激のゴッホ、ゴーギャン!

1636_2     ゴッホの‘アルルのゴッホの寝室’

1635_2     ゴッホの‘星降る夜’

1637_2     ゴーギャンの‘タヒチの女たち’

1638_2     ゴーギャンの‘ブルターニュの農婦たち’

ポスト印象派のど真ん中にいるのがゴッホ(1853~1890)とゴーギャン(1848~
1903)。昨年の夏、東近美でビッグな‘ゴーギャン展’があり、今年はこのオルセー美展が終了すると秋には同じ国立新美で‘ゴッホ展’が開催される。海外へでかけなくて、二人の傑作を楽しめるのだから日本は本当に印象派天国。

ゴッホは7点ある。オルセーはアムステルダムのゴッホ美とオッテルローのクレラー=ミュラー同様、ゴッホの傑作を数多く所蔵している。だから、どの絵を世界巡回展に貸し出すかは悩ましいところだろう。大リーグのオールスターゲームのように‘オーヴェルの教会’、‘医師ポール・ガッシェ’、‘昼寝’(拙ブログ08/12/28)、‘芸術家の肖像’を全部というわけにはいくまい。

今回の目玉はズバリ、07年にも展示された‘アルルのゴッホの寝室’(07/1/29)、‘星降る夜’(08/2/19)、‘自画像’。3点ある‘ゴッホの寝室’のなかで最も気に入っているのがこの絵。色合い、筆遣いともにていねいに仕上げられており、何度みてもグッと惹きこまれる。

‘星降る夜’は08年現地で大変感動した絵。これが日本にやってくるなんて夢のよう。絵の前では大勢の人がうっとりした顔でみている。入館者にどの絵がよかったか?と聞いたら、この絵の人気が一番かもしれない。夜空に煌く星をよくみると、中央で最も輝いている星は白の絵の具が盛り上っている。心を強く揺すぶるのが川面に映る街の明かり。縦に長くのびる光は天空の星に呼応するように横に広がり、星空の美しさを一層際立たせている。

ゴーギャンの絵をみる一番の楽しみは平板な色面から生み出される色彩美。出品作8点のなかでこれを存分に感じさせてくれるのが傑作‘タヒチの女たち’(08/2/19)と‘ブルターニュの農婦たち’。とくに目に焼きつくのがどちらの絵にも描かれている女性の赤い衣服。また、‘レ・ザリスカン’でも右の草木の赤、‘黄色いキリストのある自画像’では黄色が強く印象に残る。

昨年のゴーギャン展(09/7/10)をみられた方はこれでゴーギャンは済みマークがつけられかも。最高傑作の‘われわれはどこから来たのか’(ボストン美)と‘かぐわしき大地’(大原美)を鑑賞し、ここで美術の教科書にでてくる‘タヒチの女たち’。日本に居ながらすごい体験!作品数も二つの展覧会を合わせると全部で60点近くになる。

1年でこれほど贅沢なゴーギャン作品がみれれば言うことなし。また、現在、三菱一号館美で開催中の‘マネ展’(7/25まで)にもゴーギャンが若い頃描いた‘イエナ橋とセーヌ川、雪景色’が出品されているのでどうかお忘れなく!

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2010.06.10

点描画尽くしとセザンヌの傑作にくらくら!

1632_2      スーラの‘ポール=アン=ベッサンの外港、満潮’

1634_2     シニャックの‘マルセイユ港の入り口’

1631_2     セザンヌの‘水浴の男たち’

1633_2     セザンヌの‘台所のテーブル’

今回のオルセー美展は点描画を楽しむには絶好の機会。習作を含めると全部で19点でている。そのうち11点(習作4点を含む)がスーラ(1859~1891)。これに‘サーカス’があったらもう完璧だった。

07年のときもやってきた‘ポール=アン=ベッサンの外港、満潮’は海風画シリーズの一枚。船着場やヨット、遠くにみえる岩山や家々を平行的に配置するのは浮世絵の影響。明るい光が差す静かな港の光景なのだが、人がおらず、デ・キリコの形而上絵画の雰囲気も多少ある。スーラは額縁にも点描法を用いているが上下、左右は均一ではなく、右はカンバスに描かれた岩山と連続させるため赤茶色の点を濃くしている。

シニャック(1863~1935)は大作‘マルセイユ港の入り口’が目を楽しませてくれた。光をこれほど眩しく感じたのは西洋美に展示してある大きな絵‘サン=トロペの港’をみたとき以来。点描画は離れてみないとその色の輝きを楽しめないのでこの絵だけはすこし下がってみたが、賑やかで開放的な港に降り注ぐ強い太陽の光がそのままこちらにのびてくる感じでパラダイスな気分になった。

再会したレイセルベルヘ(1862~1926)の‘舵を取る男’(拙ブログ07/1/30)の前でも足がとまる。手前に帆を大きくしかも大半を画面からはみだした形で描くのは明らかに広重の‘江戸名所百景・高輪うしまち’などを参考にしている。どうでもいいことだが、クロスの‘エクトール・フランス夫人’をみるといつもかつての映画評論家、小森のおばちゃまを思い出す。小森のおばちゃま?はい、知っている人は知っている。

8点あるセザンヌ(1839~1906)では、男性ヌードの傑作‘水浴の男たち’がやってきたのは特筆もの。オルセーには‘カード遊ぶをする男たち’、‘リンゴとオレンジ’、‘レスタック’、‘婦人とコーヒー沸かし’のような名画が揃っているがセザンヌは近代絵画史における重要な画家だからあれもこれもというわけにはいかない。

‘サント=ヴィクトワール山’や‘シャトー=ノワールの森の岩’はモネの‘ボルディゲラの別荘’同様、アベレージの絵だが、‘水浴の男たち’と静物画では‘リンゴとオレンジ’の次にいい絵‘台所のテーブル’があるのだから、大収穫である。

‘水浴の男たち’の中央のいるアスリートのような男性ヌードはルーヴル美にある古代ローマの彫刻がモデル。画面全体が光に満ちており、男性が右手にもつ布と空の雲の白が目に焼きつく。真ん中にあつまる男たちの力強い動きからは生きる喜ぶがひしひしと伝わってくる。

セザンヌの静物画をこよなく愛しており、なかでも‘リンゴとオレンジ’と今回登場した‘台所のテーブル’はカラヴァッジョの‘果物籠’とともにMy好きな静物画の上位に入れている。果物、壺、水差しのまるい形がリズミカルに連続する‘台所のテーブル’をしばらくいい気持ちでながめていた。

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2010.06.09

ストロング‘オルセー美展2010 ポスト印象派’ ミニモネ展!

1628_2     モネの‘国会議事堂、霧の中に差す陽光’

1627_2     モネの‘睡蓮の池、緑のハーモニー’

1630_2     ピサロの‘ルーアンのボデルデュー橋、夕日、霞のかかった天気’

1629_2     ドガの‘階段を上がる踊り子’

国立新美で開催中の‘オルセー美展2010 ポスト印象派’(5/26~8/16)へ出かけてきた。朝、10時10分に入館したら、もう絵の前に大勢の人がいた。予想以上の出足にびっくり。土日は大変だろう。チラシのキャッチコピー‘モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルソー、傑作絵画115点、空前絶後’が効いているのかもしれない。

展示内容からすると、まさに空前絶後、これを3ヶ月間言い続けたらいい。印象派関連でこれほどすごい展覧会が行われるのは1994年の‘バーンズ・コレクション展’(西洋美)以来。20年に一度クラスの大展覧会である。この展覧会の軸足はポスト印象派にあるのだが、自称‘印象派ならまかせなさい族’だから、主催者の意図は横に置きモネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、そしてプラスαのルソーの傑作を目いっぱい紹介したい。まずはモネの絵から。

モネ(1840~1926)は5点ある。このうち‘日傘の女性’と‘ボルディゲラの別荘’は3年前の大モネ展にもやってきた。はじめて公開される‘ロンドン国会議事堂’はすばらしい絵。図版では陽光の赤がうすれるが、絵の前に立つと深い霧の中の差し込む太陽の光にびっくりされるはず。My光の赤の輝きベスト3はこの絵と‘大運河’(ボストン美、拙ブログ07/4/23)と現在、森アーツセンターギャラリーにでている‘積み藁(日没)’(08/6/1)。

‘睡蓮の池’も傑作。緑一色の画面にあって、段々畑に咲く花のように整然と描かれた小さなうすピンクの蓮の花がえもいわれず美しい。この太鼓橋のある緑のハーモニータイプのもので有名なのはこの絵、プーシキン美(05年プーシキン美展で展示)、プリンストン大学美(94年のモネ展に展示)、ロンドンナショナルギャラリーの4点。これで、3点が日本にやってきたことになる。

今、東京ではミニモネ展と呼んでもいいすばらしいこコラボレーションが3つの美術館で実現している。国立新美5点、森アーツ10点(ボストン美展6/20まで、4/28)、
Bunkamura1点(語りかける風景展7/11まで)。Bunkamuraの展覧会はこのあとアップする予定だが、ここにストラスブール美蔵の‘ひなげしの咲く麦畑’が出品されている。この絵は1990年ロンドンのロイヤルアカデミーであった‘モネ連作展’にも展示されたとてもいい絵。モネ好きなのでつい余計なおせっかいをしたくなるが、幸運にも日本で響き合うモネの傑作の数々をお見逃しなく!

今回、ピサロ(1830~1903)の絵は‘ルーアンのボワルデュー橋、夕日、霞のかかった天気’と点描の‘白い霜、焚き火をする若い農婦’、どちらもすごく惹きこまれる。現地ではみたことない絵なので、すごく得した気分。

ドガ(1834~1917)の‘階段を上がる踊り子’はとても興味深い絵。踊り子が階段から上がってくるところを横から描くのは浮世絵の影響。広重の‘名所江戸百景’のなかには人々が坂を上ってきたり、神社の石段を登ってくる場面がよくでてくる。

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2010.06.08

ルーシー・リーのピンクに魅せられて!

1623_2     ‘青釉鉢’(1978)

1625_2     ‘ピンク線文鉢’(1980)

1626_4       ‘線文円筒花器(ピンク)’(1980)

1624_2     ‘熔岩釉大鉢(マーブル)’(1979)

国立新美で行われている‘ルーシー・リー展’(4/28~6/21)は閉幕まで残り2週間。東京展のあとは次の美術館を巡回する。
・益子陶芸美:8/7~9/26
・MOA美:10/9~12/1
・大阪市立東洋陶磁美:12/11~2/13
・パラミタミュージアム:11/2/26~4/17
・山口県立萩美・浦上記念館:4/29~6/26

この展覧会は開幕した4/28に出かけた。今頃アップするのは満足度が低かったためでは決してなく、カラヴァッジョ熱がまだ続いているため。女流陶芸家ルーシー・リー
(1902~1995)の回顧展を体験するのは二度目。05年、ニューオータニ美(拙ブログ05/12/28)で花生、鉢、テーブルウエア、陶器製ボタンなど60点をみた。これがこの陶芸家との付き合いのはじまり。

そのあとは東近美・工芸館で3回くらいみる機会があった。今回の大回顧展を企画したのは東近美。そのため、出品作250点のなかに東近美蔵のものが11点でている。これらは07年人間国宝コーナーで特集展示された‘ルーシー・ルーとハンス・コパー’でお目にかかったので、しっかり覚えている。

が、‘青釉鉢’はみた記憶がない。これだけインパクトのある青を忘れるはずがなく、またチラシにも載ってなかったので、このときはまだ館の所蔵ではなかったのかもしれない。それとも名品ほど出したがらないという美術館の性のため?青の鉢はもう1点あるが、チラシに使われているこちらのほうが断然いい。

ルーシー・リーの作品でぐっと惹きこまれるのは1978年以降につくられたもの。器の造形美を最も感じるのが口縁の直径に比べて高台の小さい朝顔型の鉢。そのシンプルで静けさを感じる造形は明らかにウィーンで誕生したモダン・デザインを受け継いでいる。色では青以上に美しいピンクに魅了される。‘ピンク線文鉢’は口縁のブロンズ色と象嵌による緑の線が入ったピンクの取り合わせが目に心地いい。

‘線文円筒花器’は感慨深い作品。これは07年、新橋の東京美術倶楽部であったアートフェアの水戸忠交易のブースに展示されていた。値段を聞くと280万円。どなたかがこれを購入し、今回貸し出してくれたのだろう。ピンクの作品で期待していたのはニューオータニのとき出品されていたスパイラル文様の花生だったのだが、残念ながら1点もなかった。これはちょっと消化不良になる。

厚く釉薬をかけた‘熔岩釉大鉢’の表面にできる景色は宇宙空間のイメージ。つぶつぶによるザラザラ感と濃淡のついた輪のうねりは松井康成が制作した練上の大壺を彷彿とさせる。

さて、ルーシー・リーの次は盟友ハンス・コパーの回顧展(6/26~9/5、パナソニック電工 汐留ミュージアム)。開幕が待ち遠しい。

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2010.06.07

‘住友コレクションの茶道具展’で茶入の名品と遭遇!

1620_2       ‘唐物文琳茶入 銘 若草’(南宋~元時代・13~14世紀)

1622_2       ‘紅葉呉器茶碗’(朝鮮時代・16世紀)

1621_2      野々村仁清の‘色絵龍田川水指’(江戸時代・17世紀)

泉屋博古館分館で現在行われている‘住友コレクションの茶道具’(4/24~6/20)をみると、財閥系の蒐集品はやはり格が違うなという思いを強くする。京都にある泉屋博古館は今年、開館50周年を迎えるそうだ。02年に東京の六本木に分館ができた。この分館へは6年前からよく通っているが、行くといつも収穫がある。だから、今回も期待していた。

特別展なので住友家の自慢の茶道具が68点出ている。お目当ては‘唐物文琳茶入 銘 若草’。文琳は林檎のこと。茶入の形が林檎に似ているからこう呼ばれている。赤みがかった茶色に浮き上がるV字のなだれが印象的。茶入はほかに4点ある。

昨年10月に畠山記念美で‘唐物肩衝茶入 銘 油屋’(重文、拙ブログ09/10/29)に出会って以来、茶入の名品に恵まれている。今年1月に根津美で同じく唐物肩衝の‘銘 松屋’(重文、09/12/31)と遭遇し、3月には静嘉堂文庫で‘唐物茄子茶入’(3/21)もみることができた。なだれの景と‘茶褐色の美’にますます惹きこまれていく。

渋い朝鮮のやきものは‘紅葉呉器茶碗’、‘小井戸茶碗 銘六地蔵’&‘銘 筑波山’、‘黄伊羅保茶碗’の4点。お気に入りは釉の掛けはずしでできた斜めに並ぶ4つの丸がアクセントになっている‘紅葉呉器茶碗’。色といい、お椀の形といい洒落た感じ。

野々村仁清の‘色絵龍田川水指’は‘どこかでみたぞ!’と思われる方がいるかもしれない。そう、08年東博であった‘対決 巨匠たちの日本美術ー仁清 vs 乾山’に登場した。棗(なつめ)の形と絵付けがぴたっと合っており、絵をみているよう。じっとみていたくなるのが白地に描かれた柳。横に広がる幹からでた小枝が下に垂れる様はとても風情がある。

もう一点あった仁清の‘白鶴香合’は追っかけリストに入っているもの。これはまったく想定外だったから、嬉しくなる。いつものように気分よく館をあとにした。

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2010.06.06

ビバ!ローマ  カラヴァッジョ展に幼稚園児がやってきた!

1617_2      サン・ピエトロ広場

1618_2     ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂

1619_2     ファルネーゼ宮殿

よその国へ出かけると、名所観光とはいえそこで生活している人たちの行動スタイルを垣間見、交通システムとかショップやレストランでのサービスを実際に体験するので、感じのいいこと嫌なことがない交ぜになって心のなかへどっと入ってくる。今回のローマ訪問で心に深く残ったことやイタリア人気質について少しふれてみたい。

★‘カラヴァッジョ展に幼稚園児がやってきた!’

大人気のカラヴァッジョ展は残り1週間(6/13まで)。最後の最後まで長い列ができ、展示室は大混雑だろう。1ヶ月前、9時半に開館したとき予約なしの列には200人くらいいたが、今はもっと多くの人が並んでいるにちがいない。まったくすごい人気!

1時間かけて全作品をみたあと、また2階にもどり、お気に入りの絵を中心にみていた。そこへ、なんと可愛い幼稚園児が保育士のお姉さんに付き添われてやってきた!そうのうち、保育士は絵の前に園児たちをお行儀良く座らせ、話をはじめた。これをみて大変感激した。まだ小学校にあがってない幼児にカラヴァッジョの宗教画を見せ、キリストや聖母マリアの話をするのである。

展示されている部屋は決して広くない。幼児が座ると大人たちはその後ろからみざるをえない。でも、これに文句をいう人は誰もいない。この絵を一緒にみていたら、今度は中学生グループが大勢入ってきた。先生は課外授業として予約を入れ連れてきたのだろう。カラヴァッジョ展にはイタリア人だけでなく世界中から愛好家が集まってきており、中は相当混雑していることは先生もわかっている。

日本の先生だと、‘こんな混雑した人気の展覧会で課外授業なんて無理々、一般客に迷惑がかかるわよ’で検討すらされない。ところが、ローマの幼稚園や中学校は違う。‘イタリアは芸術の国よ、偉大な芸術家、カラヴァッジョの何十年に一度かもしれない大回顧展を見逃すことはないわ、是非子どもたちに見せましょう!’ エライね、この国の先生は。

この部屋に幼稚園児がいたのを日本の展覧会で例えると、08年東博であった‘大琳派展’にちびっ子たちの姿をみるようなもの。でも、日本美術のど真ん中にあり好きな人の多い琳派の展覧会に園児を連れて行って、‘この風神さん、雷神さんはね、、、’と話して聞かせる保育士は日本中どこをさがしてもいないだろう。

今、国立新美で‘オルセー美展2010 ポスト印象派’(5/26~8/16)が開催されている。名画が沢山展示されているので、中学生や高校生が課外授業でみにいけばいいと思うが、大勢の一般客に遠慮して先生はそんな計画は立てないだろう。美術の教科書に載っている名画がパリからどっとやってきたのだから、美術館側に求められるのは学校関係者が大勢の生徒たちを連れてきてくれることはウエルカムという姿勢。

だが、これまでの経験からすると、国立新美はそんなことは考えてないような気がする。日本でもカラヴァッジョ展のように大人に交じって園児や子どもたちが大勢いるような展覧会にいつか出くわしたいものだが。日本は何年たっても無理か?

★‘歴史上最も偉大な芸術家は?1位ミケランジェロ、2位カラヴァッジョ!’

最近知り合いになったブロガー、‘イタリア黒猫日記・イタリア美術とジュエリー’さんが1/27に大変興味深いことをお書きになっている。昨年ローマへ出かけられたとき入手されたフリーペーパーに載ったアンケート結果‘歴史上最も偉大な芸術家は?’によると、ベスト10は次のようになっている。

1位 ミケランジェロ
2位 カラヴァッジョ
3位 ダ・ヴィンチ
4位 ピエロ・デッラ・フランチェスカ
5位 デュシャン
6位 ピカソ
7位 ラファエロ
8位 ティツィアーノ
9位 セザンヌ
10位 ベラスケス

ローマっ子にカラヴァッジョ信奉者が多いことはこの調査結果からもよくわかる。ダ・ヴィンチ、ラファエロより上にランクされているのだからすごい!

★‘イタリア人は大阪人によく似ている!’

マッシモ宮の前のサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会は現在、修復中で周囲は白いテントで囲まれている。ここにモディリアーニが描いた肖像画を使い何かが案内されていた。イタリア語が読めないのだが、どこかでモディリアーニの回顧展でもやっているのかと思い、近くの小さなショップにいた若い男性に英語で尋ねた。どうも、回顧展のことではないようだから、ほかへ進もうとしたら、前で中年のイタリア人男性が待っていて‘この情報はこういうことで、、、展覧会の案内ではないよ’と親切に英語で説明してくれた。われわれの話を通り過ぎるとき聞いていたのである。

なんだか、大阪の街を歩いているような気分になった。以前難波の駅で‘あそこはどう行くのかな?’という顔をして立ち止まっていたら、おじさんがつかつかと寄ってきて‘どこ、行きはるの?’と声をかけてくれた。大阪ではこういうことがよくある。隣の方に‘駅はどっちの方向かな?’というと、すかさず近くにいた女性が‘あっちです’と問うてもいないのに教えてくれた。見知らぬ人にも気軽に声をかけてくれるのが大阪人のいいところ。よく大阪の人はイタリア人気質といわれるが、今回のローマ滞在でそのことがよくわかった。

2月の‘ビバ!イタリア’に続きまして、カラヴァッジョ&ローマ感想記にもお付き合いいただきありがとうございます。これで終了です。

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2010.06.05

オマケの‘デ・キリコ展’がすごかった!

1614_2        ‘デュオ’(1915、NY・MoMA)

1613_2        ‘不安を与えるミューズたち’(1925、ローマ・国立近代美)

1616_2     ‘海辺の家具’(1927、個人蔵)

1615_2       ‘静物’(1966、ローマ・ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団)

今回のローマ旅行はカラヴァッジョ展をみるのが目的だったが、幸運にもビッグなオマケがついていた。共和国広場から南西にのびているナツィオナーレ通りに面した展示館では現在、‘デ・キリコ展’(4/9~7/11)が行われている。

ローマ三越ちかくのバス停で40番のバスに乗ったら、数分もたたないうちに右手にこの回顧展の大きなバナーがみえてみた。そこに使われている絵が‘デュオ’。すごく惹き付けられたので、当初予定していた教会などの訪問計画を調整し翌日足を運んでみた。

デ・キリコ(1888~1978)が形而上絵画(イタリア語でメタフィジカ)を描いたのが
1910年。今年が形而上絵画が誕生して100年になるので、この回顧展が企画された。作品は全部で142点、1910年代の作品や1960年代以降の新形而上絵画、静物画がずらっと揃っている。日本では絶対お目にかかれないデ・キリコの一級の回顧展に遭遇するなんて思ってもみなかった。ミューズに感謝!

出品作ではジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵のものが沢山でている。この新形而上絵画の中に05年大丸東京店であった回顧展(拙ブログ05/10/8)でみたものが
16点あった。一度目が慣れているので、ヴァリエーションを楽しんだ。これらよりも関心の高いのはやはり1910年代に描かれた街角、広場、像、塔、駅、汽車が登場する絵。広場は神秘的な詩情につつまれ、人物や像、建物の長くのびる影が見る者を不安にさせる(05/7/11)。

1910年代に描かれた絵は7点と少ないのだが、どれも画集でもお目にかかったことのないとてもいい絵だった。なかでも魅了されたのがマネキンと広場を組み合わせた
MoMA蔵の‘デュオ’。パンフレットにも使われており、二人の白い頭の強い明暗対比と足の細長い影が目に焼きつく。これは大収穫。

1925年に制作された‘不安を与えるミューズ’は落ち着いてみれない絵。二人のマネキンミューズがいる床は奥に向かってせりあがっているようにみえ、先は崖になっている感じ。ここで表現されている遠近法は安定感をもたらす一般的な遠近法とは違い、複数の視点から描かれているのである。そして、長い影が不安な気分と不思議な感覚を増幅させる。

‘海辺の家具’は1920年代に登場した家具シリーズの一枚。家の前に出された椅子が海を背景にして描かれている。どことなくマグリットの絵を彷彿とさせる。この意表をつく構成にマグリットは刺激されたのかもしれない。家具の絵はほかにも5点あった。

デ・キリコが描く静物は背景を風景にしていることが多い。とくに惹かれたのが窓のところに三角形の構図でリンゴと葡萄を描いたもの。カーテンは引かれ、リンゴの山の向こうに野原が広がっている。どこかにこれと同じような絵があった。そうだ!ルーヴルにあるドラクロアの‘ロブスターのある静物’(1827)。デ・キリコの頭のなかにはこのロブスターがあったにちがいない。

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2010.06.04

久しぶりのフォロ・ロマーノ、コロッセオ見学!

1610_2      フォロ・ロマーノ・セヴェルス凱旋門

1609_2            元老院

1611_2                   コロッセオ

1612_2     コンスタンティヌスの凱旋門

カンピドーリオ広場の正面奥にある市庁舎の横をぬけていくとフォロ・ロマーノ全体が見渡せるところへでる。ローマ帝国の政治、経済、文化の中心であったフォロ・ロマーノは99年のとき中に入りゆっくりみたので、今回はここからしばらく眺めていた。

すぐ前にみえる威風堂々としたセヴェルス凱旋門(203年)のレリーフには軍隊が行進する場面などが描かれている。コロンナ広場とかローマ国立博でみた古代ローマ時代のレリーフにすっかり嵌っているので、双眼鏡をとりだし隅から隅までしっかりみた。

前回の記憶が一番残っているのが凱旋門の左手にある元老院。中に入ってみて意外だったのが部屋の狭さ。ここは議員たちが白熱した議論を交わしたところだから、もっと広い議場をイメージしていた。元老院同様、ブルータスに暗殺されたカエサルが荼毘にふされた場所もよく覚えているが、ここからは離れすぎているので見えない。

コロッセオは近づけば近づくほどその大きさに圧倒される。人気の観光名所だから、入り口には大勢の人が並んでいる。今回は中に入らずぐるっと一周した。歩いていると自然に映画‘グラデイエーター’の剣闘士の壮絶な戦いの場面が目の前に浮かんでくる。

80年頃に完成したこの円形闘技場で行なわれた過激な殺戮ショーは2本立て。まずは猛獣と人間の戦い。ライオンをやっつけるのは簡単なことではない。何人もかかってやっと横にごろんとさせたことは容易に想像できる。これで観客の気分が相当ハイになったあと、お待ちかねの剣闘士の真剣勝負。一対一の一組だと席の位置によって戦いがよくみえないことがあるので、アリーナでは複数の対戦が繰り広げられた。

われわれは映画だからまあ楽しんでみているのに、当時のローマ人にはこの殺戮エンターテイメントを生でみるのが最高の娯楽だった。食料の心配もなく平和ボケすると、刺激をこういう過激なショーに求めるようになるのだろう。戦いに勝った剣闘士は褒美をうけとり、7万の大観衆の喝采をあびて退場する。

コロッセオを横に見ながら元のところへ戻る途中に大きなコンスタンティヌスの凱旋門がみえてくる。これも立派は凱旋門で、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝
(在位310~337年)が315年に建造した。戦闘シーンが描かれたレリーフをまた夢中になってみた。

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2010.06.03

タイムスリップ古代ローマ!

1605_2     コロンナ広場にある円柱のレリーフ

1606_2    ハドリアヌス帝の時代の神殿跡

1607_2   現在よりも低かった神殿の地面のレベル

1608_2    パンテオンのクーポラ

ローマへはじめて来た時はサン・ピエトロ大聖堂とかトレヴィの泉とかフォロ・ロマーノなど名所・遺跡をいろいろまわったから、街がとても広く感じられた。カラヴァッジョ、ベルニーニ作品のある教会をタクシーでまわった06年のときもまだそのイメージ。このように観光バスやクルマで点と点を線でむすぶ動き方をすると、その線がすごく長く感じられるのである。

今年1月はタクシーにも乗ったが、教会から次の教会あるいは美術館へ歩いていくことも多かった。歩く時間と目的地の距離の関係がわかってきて動きが面的になると、だんだん‘ローマはそんなに広くないな、あそこへは歩いても行ける距離なんだ!’という感覚になってきた。で、徒歩で古代ローマめぐりをしてみた。

前回は通りすぎるだけだったコロンナ広場に建っている円柱のレリーフを双眼鏡も使ってじっくりみた。円柱の高さは42mあり、本の形をとって(巻物と同じ)ドイツへ遠征したマルクス・アウレリウス帝がゲルマン人部族と戦って勝利した場面が描かれている。一番下の部分はドナウ川をボートが進むところ。完成したのは190年頃だが、最近行われた調査によると、この円柱は着色されていた。

コロンナ広場とサンティニャーツィオ教会の中間あたりにハドリアヌス帝(在位117~
138年)の時代の神殿跡がある。今から1880年くらい前に建てられた神殿の一部が教会やファッションモールなどと一緒に視界に入ってくるというのは不思議な体験である。円柱の下は深い溝になっており、神殿が建つ地面のレベルは現在よりは6、7m低いところにあったことがわかる。

ラファエロの墓をみたくてパンテオンへ行った。ここへ来るのは26年ぶり。16本の円柱が並ぶ柱廊玄関はまったく忘れている。現在、玄関の右が修復中で鉄の足場が組まれているので前のロトンダ広場からの写真は撮らないでもいいのだが、久しぶりだからシャッターは押したくなる。愛するラファエロの墓に祈りをささげたあとは、古代ローマ建築の技術力の高さをみせつけるクーポラを見続けていた。

クーポラと呼ばれるドーム建築はハドリアヌス帝が再建したとき、新たに造られた。ドームは直径43.3m、高さも43.3m。建築材料はコンクリート。円筒部分のコンクリートの厚みは6.2mあるが、ドーム部分では次第に薄くし、天窓(オクルス)のところでは1.2mの薄さ。こうして厚い部分に重量がかかるようにしている。

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2010.06.02

驚愕する‘細川家の至宝’!

1601    ‘時雨螺鈿鞍’(国宝、鎌倉時代)

1602            ‘桜に破扇散図鍔’(重文、桃山時代)

1603    横山大観の‘柿紅葉’(1920)

1604    菱田春草の‘落葉’(重文、1909)

東博で開催中の‘細川家の至宝展’(4/20~6/6)は残り4日となった。2回出かけ全部の作品をみたのに、ローマ滞在の話が続き、感想記を書くのが遅れてしまった。後期にでている作品をまだみられてない方のために驚愕のお宝をとくにピックアップしてみた。

後期展示の見所の一番はなんといっても国宝の‘時雨螺鈿鞍’。永青文庫コレクションにはもうひとつ同じく国宝の螺鈿鞍‘柏木莵’(かしわみみずく、4/20~5/9)があるが、こちらのほうが螺鈿も豊富でうすピンク、緑が一際輝いている。そして、鎌倉時代の美意識の高さを表しているのが松や葛の文様のなかに隠された文字。

これは葦手絵(あしでえ)といわれるものだが、‘わ’、‘か’、、がどこにあるか?04年、永青文庫であった‘国宝展’で夢中になって探した。これがじつに楽しい。是非トライしていただきたい。この螺鈿鞍の最高傑作である‘時雨’が展示されたのは6年ぶりだから、次にでてくるのは5年以上先と思ったほうがいい。お見逃しなく!

この展覧会のお目当ては桃山時代につくられた‘桜に破扇散図鍔’。‘国宝展’には所蔵の国宝、重文が相当数展示されたのだが、この鍔はなかった。普段、鍔の名品をみる機会は東博本館1階の刀のコーナーしかないので、このように鍔がどっとでてくると興奮する。世の中には鍔の愛好家もかなりいるだろうから、目の前の鍔がどのくらいすごいのか聞いてみたくなる。鍔の意匠にまったく目が慣れてないが、‘桜に破扇散図’の破れ扇子というのはすごく新鮮。工芸でこういう意匠はははじめてみた。

最後のコーナーの一つ手前に細川護立が集めた近代日本画、洋画の名品がずらっと並んでいる。まさに驚愕の絵画コレクションである。白洲正子が美術品鑑賞を指南してもらった細川護立は天才コレクターと呼ばれているが、その蒐集品をみたら即納得する。とにかく一級品中の一級品を見つけ出すのだから、その美をみる力は並みのレベルをはるかに超えている。

日本画の名品はまず横山大観(1868~1958)の‘柿紅葉’。琳派風に装飾性の高い絵は回顧展によくでる‘秋色’など4点あるが、最後に描かれたこの絵は色彩が一際美しく輝いており、最も魅了される。これは熊本県美に寄託されているため、見る機会がほとんどない。17年前京都文化博であった回顧展でみたのだが、左隻の紅葉した柿の葉に大変感動したのを今でもよく覚えている。再会できることをずっと願っていたがやっと叶った。秋のシーズンにみたら体が震えるかもしれない。大観が描いた着色画では‘夜桜’と並び称される傑作である。

菱川春草(1874~1911)の‘落葉’がまたみれて嬉しくてたまらない。04年、東近美であった琳派展以来だから6年ぶり。この絵をみていると長谷川等伯の‘松林図’(国宝)がダブってくるし、光琳の絵も目の前にちらつく。葉が2,3枚ひらひら落ちてくる様はあくまで静かで、その落ちた葉の重なりが意匠化され横、斜めにリズミカルにのびていく。静謐な空間に心が静まり、その豊かな装飾性にハレの気分が刺激される。時間が経つのも忘れてながめていた。

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アゲイン 傑作彫刻を求めて!

1597_2     ‘マルクス・アウレリウス帝の騎馬像’(カピトリーニ美)

1599_3          ミケランジェロの‘復活のキリスト’(ミネルヴァ教会)

1600_2            マンズーの‘死の扉’(サン・ピエトロ大聖堂)

1598_2    ポモドーロの‘球のある球体’(ヴァティカン博)

カンピドーリオ広場はローマ観光の定番スポットだから、‘マルクス・アウレリウス帝の騎馬像’の前では大方の人が記念写真を撮られるのではなかろうか。ガイドさんの説明によると、これは複製で10年ぐらい前までは本物があったという。複製に置き換えざるをえなかったのは酸性雨などによるダメージが深刻になってきたから。で、本物は右の建物、カピトリーニ美でみることになる。

1月この美術館で‘瀕死のガリア人’や‘ヴィーナス’を心ゆくまで楽しんだのに、どういうわけか目玉の一つだった‘マルクス・アウレリウス像’をみないまま館をでてしまった。あとで図録に載っているガラス張りのホールとそこに展示してある騎馬像と黄金のヘラクレス像に気づき、‘このガラス張りのホールへ行ってないよね、どこにあったのかな?’と間の抜けた会話をする始末。

この像のリカバリーが目的だから館に入るとすぐ騎馬像の場所を聞いた。ところが、現在、そこで学会の研究会が開かれており入れないと言う。またも縁がないかとあきらめていたが、導線を進むうちに大勢のジャーナリストや学者がいる件のホールがみえてきた。中に入れないので騎馬像の近くには行けないが、まわりの通路からでも充分みえる。このところどころ黄金色に輝くブロンズ像ができたのは176年。ローマ時代にほかの皇帝の騎馬像もつくられたが、現存しているのはこれだけ。当時は全身が金で覆われていたから、見栄えのする堂々とした騎馬像だったにちがいない。

ローマにあるミケランジェロ(1475~1564)の彫刻は‘ピエタ’(サン・ピエトロ大聖堂)、‘モーゼ’(サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会)、‘復活のキリスト’(サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会)の3点。いずれもみているのだが、今回ミネルヴァ教会を訪問したので、以前フィレンツェであった展覧会で遭遇した‘復活のキリスト’(1521)と再会することになった。設置場所は内陣左の基柱。横の十字架を両手でつかみ、体をひねるポーズが印象的。ブロンズの腰布はいかにも不自然だが、16世紀末からこうなっている。

中へ入るのに1時間もかかったサン・ピエトロ大聖堂ではベルニーニの彫刻などを一通りみたあと、帰り際熱心にみたものがある。それは玄関廊の一番左のブロンズ製大扉‘死の扉’(1964)。制作したのは教皇ヨハネス23世にかわいがられたジャコモ・マンズー(1908~1991)。人間のさまざまな死に方を大胆に現代感覚で描いている。
1月のときは時間がなく5つの扉のどれかわからないまま引き上げたが、今回は首尾よく対面できホットした。

ヴァティカン博のピーニャの中庭にあるアルナルド・ポモドーロ(1926~)の‘球のある球体’(1990)も強いインパクトをもった作品。99年ここを訪れたとき、そのユニークな造形に惹き込まれた。ピカピカした黄金色の球体に裂け目が入り、そのなかにまた小さな球体がある。これも中央が割れ溝ができている。

黄金色はブランクーシを彷彿とさせるが、ポモドーロはつるつるの表面を切り裂き、環境破壊やシステムの秩序の崩壊を表現している。日本にもポモドーロの球体がいくつかあるようだが、広島にいるときふくやま美で別ヴァージョンをみたことがある。

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2010.06.01

‘伊藤若冲アナザーワールド’に誘われて千葉へ!

1593     ‘花鳥版画・雪竹に錦鶏図’

1596     ‘蓮池図’

1594     ‘樹花鳥獣図屏風’(右隻)


1595     ‘樹花鳥獣図屏風’(左隻)

期待の‘伊藤若冲 アナザーワールド’(5/22~6/27)を千葉市美でみてきた。静岡県近美(拙ブログ5/17)からの巡回なので作品は同じもの(数点異なる)。で、静岡(後期)でみたものはどんどんパスして、このときみれなかったものを中心にみた。前期(5/22~6/6)のプラスαは15点、後期は(6/8~6/27)は19点。目に力をいれるのはこれだけだから、鑑賞時間は40分ほど。

まず、千葉で最もみたかった2点から。昨年滋賀のMIHO MUSEUMであった‘若冲ワンダーランド’(09/10/6)で縁がなかった‘花鳥版画・雪竹に錦鶏図’(平木浮世絵財団、06/8/19)を漸くみることができた。背景の黒地に浮かび上がる錦鶏の美しいこと。真に惚れ惚れする花鳥画である。胸の赤には金色の小さな点が無数にあり、5つくらいの模様で意匠化された羽に見入ってしまう。これは前期だけの展示。おそらく、この展覧会が終わったら4、5年は出てこないと思われるので、お見逃しなく!

モノクロで目を惹いたのはなんといっても‘蓮池図’(重文、大阪・西福寺)。これは千葉だけの展示で会期中出ずっぱり。図版のイメージとは違って、大きな屏風だった。右隻ではすっと立った蓮の花と大きな葉が描かれているのに対し、左隻では花の散った蓮が横にべたっとしている。土色の大きな画面のなかで視線があつまるのは虫に食われて穴の開いた葉だけで、あとはさらっとみてしまうような絵だが、それがかえって何の変哲もない蓮の変化にはふさわしい表現のように思える。

再会したモザイク画の‘樹花鳥獣図屏風’(静岡県美)をじっくり楽しんだ。右隻に登場する動物(23種)でお気に入りは月の輪熊、頭を天に垂直に向けている鹿、水辺にかかる木の枝でブランコ遊びをしている猿。左隻の鳥(35種)では中心にいる鳳凰に釘付けになる。茶色の尾っぽをリズミカルに動かし、白い羽を大きくひろげる鳳凰の姿はじつに優雅で神々しい。そして、水面を泳ぐ鴛鴦の群れにも癒される。

昨年、若冲ワンダーランドの感想記(09/10/8)で、プライス氏蔵の‘鳥獣花木図屏風’を若冲の回顧展に展示するのはふさわしくなく、これからはこの‘樹花鳥獣図’を定番にすべきだと書いたが、これが予想外に早く実現した。6/14から‘象と鯨図屏風’が展示されるから、‘樹花鳥獣図’と一緒にみれるのもありがたい。理想の形に一歩近づいた。

1ヶ月前、朝日新聞にモザイク画の論争に関する記事が載った。若冲が好きな人だったら10人いたら10人、‘鳥獣花木図’が若冲の卓越した技も絵心も全然伝わってこない単なるデザイン画であることはわかると思う。ところが、美術史家の山下氏はなぜか‘鳥獣花木図のほうが樹花鳥獣図より美しい’(ユリイカ09年11月号、若冲特集)と主張している。この人の審美眼はどこか狂っている。若冲がこれほど日本美術のメジャーになり、多くの人が若冲の絵に関心を寄せ、鑑賞しているのに専門家とはとても思えないようなことを言う。まったくあきれ果てる。

朝日の記事では専門家たちは‘全否定する側には与したくない’とか‘若冲がなんらかの形でかかわったと考えるのが自然だ’などと相変わらず煮え切らない議論を続けている。もういい加減、プライス氏に遠慮したような大人の会話はやめて‘鳥獣花木図’は‘伝若冲’とか‘若冲デザイン’にしたらどうか!

‘鳥獣花木図’を誰が描いたかはどうでもいいこと。素直に絵に向かい合って、これは若冲の心が伝わってこない絵だと多くの人が感じるのだから、展示は無しにすべきなのである。若冲は極楽浄土で‘俺は観る者が感動しないこんな下手糞な絵は描いてないぞ!’と顔をしかめているにちがいない。

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教皇、パトロンに愛されたラファエロ!

1589_2             ‘預言者イザヤ’(サンタゴスティーノ教会)

1591_2    ‘キージ礼拝堂のクーポラ’(サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)

1592_2       ‘フォリーニョの聖母’(ヴァティカン博)

1590_2    ‘ナヴァジェーロとべアッツァーノの肖像’(ドーリア・パンフィーリ美)

ローマは芸術の町だから楽しみは尽きず、感動をつめこんだ大きな袋はいつもはちきれそうになる。今回の重点鑑賞はカラヴァッジョとローマバロックの主役ベルニーニとボッロミーニだったが、ラファエロ(1483~1520)の追っかけもしっかり入れておいた。

1月に対面した‘ガラテアの勝利’(ファルネジーナ荘、拙ブログ3/11)同様、大変魅了されたのが‘預言者イザヤ’(1512)。これは大きなフレスコ画(縦2.5m、横1.55m)で、カラヴァッジョの傑作‘ロレートの聖母’がみられるサンタゴステイーノ教会の身廊の柱に飾ってある。ラファエロはミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の壁画に描いた彫刻のような人物に強い影響を受けており、イザヤのポーズ、衣装の鮮やかな青や黄色は天井画に登場する預言者や巫女を彷彿とさせる。

ラファエロのパトロンだったアゴスティーノ・キージに依頼されたポポロ教会の礼拝堂のクーポラ(1516)は4年前ここへやって来たときは見ていない。いつもはラファエロの大ファンなのに、このときは限られた時間のなか、タクシーでカラヴァッジョとベルニーニを忙しくみてまわったのでラファエロをみる余裕がなかったのである。

美術本をみると大きなクーポラのイメージだったが、見上げるような感じでもなかった。天井のゴールド装飾はモザイク。中心に父なる神、そのまわりに7つの惑星、一つの恒星天に呼応する神話の神々が描かれている。これをみるとラファエロは単なる絵描きではなく、建築家、装飾デザイナーとしても豊かな才能を持ち合わせていたことがよくわかる。

ナヴォーナ広場の裏にあるサンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会をなんとか見つけ、ラファエロが描いたフレスコのだまし絵‘巫女たち’を見るぞ!と意気込んでいたら、なんと閉まっていた。事前に現地の日本人ガイドさんから、教会が閉まっていたら2階のレストランへ行くとそこから‘巫女たち’がみえるという情報を得ていたので、上へあがってみたが、窓がクローズされており内部はみえなかった。残念!ここは閉まっていることが多いようなので次回みれるかどうかわからない。

ヴァティカン博の絵画館には1月と較べると2倍くらいの人がいた。前回修復中で展示されてなかったクリヴェリの‘聖母子と4人の聖人’との遭遇を喜びながらどんどん進み、ラファエロの絵が展示してある広い部屋で一息ついた。‘キリストの変容’の右にあるのが‘フォリーニョの聖母’(1512)。金色に輝く円板を背にして宙に浮く聖母子とその下で文字板を持っている可愛い天使に視線が集中する。ラファエロの聖母子像をみていると自然に心が穏やかになるのだから、絵画は薬以上に大事なものかもしれない。

再訪したドーリア・パンフィーリ美で足がとまったのが二人の男性の肖像画(1516)。1月もこれに惹かれたが、カラヴァッジョの明暗対比の強い絵をみたあとだから、また敏感に反応した。ラファエロとカラヴァッジョの人物画がこれほど響き合っていたとは。これは大きな発見。

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