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2010.05.31

ボッロミーニのバロック建築をはじめてじっくりみた!

1585_2          サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会

1586_2    フォンターネ教会前の四つ角の噴水

1587_2    サンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会

1588_2          サンティーヴォ・アッラ・サピエンツァ教会

万能の芸術家、ベルニーニ(1598~1680)の強力なライバルだったのがボッロミーニ(1599~1667)。これまでこのバロック建築家とは縁がなく、知らないに等しい。で、今回はボッロミーニが設計した教会をみてまわることにした。

1月ローマに滞在したとき、バルベリーニ宮殿から歩いて10分くらいのところにあるサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会(1638)は重点鑑賞のひとつにしていた。ガイド本に載っている外観のうねる壁面にすごく惹かれたのである。教会前の四つ角の噴水に遭遇するやいなや、4年前もここを通り横になっている4人の彫像をしっかりみたことを思い出した。‘なんだ、ここだったのか!’と隣の方と顔を見合わせた。

だが、教会についてはボッロミーニのボの字も頭にないから、噴水同様、壁がえらく黒ずんでいる教会だな!という印象がかすかに残っているだけ。これが本に載っているフォンターネ教会だった!でも、ボッロミーニが建てた有名なバロック建築にしては小さな教会だな!というのは率直な感想。今回も四つ角の同じ場所から眺めたが、やはりぐっとこない。壁面が曲がるフォルムは確かに興味深いのだが、教会自体が大きくなく外観がすごく汚れているので見栄えがしないのである。

この教会の見所は内部にあることが日本に帰ってみた収録ビデオの映像でわかった。カラヴァッジョやベルニーニは出かける前にいくつかのビデオをみて見所ポイントをシミュレーションしたのに、ボッロミーニの楕円形ドームまで気がまわらなかった。惜しいことをしたが、またローマへ来るインセンティブになると思えばいい。

ナヴォーナ広場の‘四大河の噴水’(1651、ベルニーニ作)と向き合うように建っているサンタニェーゼ教会(1655)をはじめて写真におさめた。この広場は何度も来ているのにこの教会がボッロミーニが設計したものだということを長らく知らなかったし、じっくり見たこともない。今回も中に入らず、外観をみるだけ。

マダマ宮の裏にあるサピエンツァ教会(1650)は中に入れなかった。中庭を囲む回廊が左右にあり、その壁面はフォンターネ教会のように緩やかに波打っている。ドームとその上の塔にもやわらかい曲線美がみられるので、内部の装飾もよさそうな感じがする。いつかみてみたい。

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2010.05.30

石田徹也全集ー出版記念および五周忌展!

1582    ‘みのむしの睡眠’(1995)

1583    ‘救出’(2003)

1584    ‘配達’(1999)

5月19日の朝日新聞に5年前31歳の若さで亡くなった石田徹也の記事が載っていた。それによると、最近、求龍堂から作品217点を収録した‘石田徹也全作品集’
(8500円)が刊行され、また五周忌展が銀座1丁目のギャラリーQで5/17から5/29まで開かれているという。関心の高い画家なので見逃すわけにはいかない。5/27に作品12点をみてきた。

ギャラリーめぐりをする習慣がないので、ギャラリーQがすぐには見つからない。で、近くの画廊の人にサンクスの隣のビルにあることを教えてもらった。画廊に入るときはいつもどぎまぎする。3階の部屋は想像していた以上に狭い。ギャラリーGはこの業界でどんなポジション?まあ、そんなことはどうでもいい。すぐ、見るぞ!モードに入った。

12点のうち半分は過去2回体験した回顧展(拙ブログ07/11/1508/11/14)でお目にかかった。初期の絵は明るい色が多いが、‘みのむしの睡眠’(1995)は気に入っている。小さい頃、みのむしを見つけ殻をやぶることはよくあった。そのみのむしに若い丸坊主のサラリーマンがなって公園のベンチで寝ている。みのむしのフォルムをハンモックにダブらせるところは並みの才能ではない。

‘救出’(2003)の別ヴァージョン2点(ともに2000)もみているが、これに最も惹かれる。消防士と幼児が乗るワゴンの背景の部屋は白い煙に包まれ、消防士の緊張した表情が心を打つ。このころ描かれた人物には不安な感情や孤独感がストレートにでているのに、この絵にはそういう心情から離れて幼い頃の純なところに戻りたい気持ちがかいまみられる。

石田徹也の絵のなかには切断された首とか胴体がすっとでてくるのでドキッとする。でも、それは比類のないシュールさで表現されているので、怖いとか寒々するいう感情のレベルをこえた深い芸術的な表出のように思えてくる。今回はじめてみた‘配達’
(1999)は大好きな‘回収’と同じタイプの絵。

全集が手に入ったのは大きな収穫。いつかまた回顧展が開かれることを期待している。

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ひきこまれるバロックイリュージョン!

1578_3     サンティニャーツィオの‘だまし絵クーポラ’

1579_3     祭室のほうからみた‘クーポラ’

1580_3    祭室のほうからみた天井画‘イエズス会の伝道の寓意’

1581_3             スパーダ宮殿の‘プロスペクトの間’

コルソ通りに面しているコロンナ広場とドーリア・パンフィーリ美の真ん中にあるサンティニャーツィオ教会(拙ブログ3/7)をまた訪れた。1月のときは雨が降っていたため教会の中が暗く、お目当ての天井画やだまし絵のクーポラ(丸屋根)はよくみえなかった。だから、もう一度でかけこのバロックイリュージョンをクリアにみようと思ったのである。

ところが、世の中自分の思った通りにはいかないもの。この時期のローマは一日中雨が降ったり止んだりで、天候は不安定。朝方はだいたい小雨が降っており、‘今日の名所めぐりはシンドイな’と悲観しているとそのうち青空がみえてきて大丈夫モードになる、が、そにうちまたパラパラ降ってくる。

こんな調子なので教会の明るさは前回よりはましだが、理想の半分くらいだった。写真はフラッシュがたけないのでクーポラの画像が残念ながら鮮明でないが、これから出かけられる方のために2枚撮った。最初はここから上をみなさいというポイントから撮ったもの。丸い屋根の感じはどうみても本物。クーポラ頂点の採光窓から光が差し込んでくるようにみえる。

が、ここを離れ祭壇近くのほうに進み、そのあたりからかみると、これがだまし絵だということにすぐ合点がいく。天窓が真ん中ではなく下のほうにみえるのである。ここへ来られたら是非ご自分の目でお確かめいただきたい。ポッツォ(1642~1709)が描いた身廊の天井画‘イエズス会の伝道の寓意’も下のベストポジションからみると、人物が宙に浮かぶイリュージョンに完全に嵌り、自分の足が床から離れ天に昇っていくような錯覚を覚える。

だが、これをクーポラを見直したのと同じところからみると、絵の体をなさなくなる。地震で積み木が崩れるように人物たちは一斉に前に崩れ落ち、構成がばらばらに分解されていく感じ。高度な遠近法を駆使して描かれたこの天井宗教画はある1点からみることを前提にして壮大なイリュージョンが生み出されていたのである。バロック芸術に幻惑され続けたいと思う方は、ここからはみないほうがいいかもしれない。

ファルネーゼ宮殿の近くにあるスパーダ宮殿(なかに美術館がある)でも不思議な体験をした。ここはセカンド・プライオリティだったので、期待値は高くない。美術館の入り口は入ってそのまま奥に進み、左手にある。足がとまる絵がなかったのは予想通り。で、ガイド本にでており、パンフレットに載っている‘プロスペクトの間’がどこにあるのか係員に尋ねた。すると、中庭に案内された。

目の前にあるのは左右に列柱が並ぶ通路。一番奥の柱のずっと先に古代ローマの兵士の彫像がみえる。通路のなかには入れず、写真撮影もダメだという。これはだまし絵の技法を使っただまし建築物、彫像なのである!はるか先にみえる彫像までの距離はじつは9m。ぱっとみると30mくらいにみえるのだが。

これを設計したのはベルニーニ(1598~1680)のライバル、ボッロミーニ(1599~
1667)。遠近法つながりでこれをみれたのだから、ポッツォに感謝しなければいけない。

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2010.05.29

噴水の町、ローマ!

1574_2      トリトーネの噴水

1575_2      蜂の噴水

1576_2      亀の噴水

1577_2      トレヴィの泉

ローマを歩いているといたるところで噴水に出会う。大小合わせると1500くらいあるという。今回のベルニーニ追っかけには野外彫刻の噴水も入っている。収穫の2点と定番の‘トリトーネの噴水’と‘トレヴィの泉’をお楽しみいただきたい。

‘トリトーネの噴水’(1643)があるのはバルベリーニ広場。ベルニーニ作のこの噴水はびっくりするような大きさではないが、貝殻の上に乗っている海神トリトーネの姿が目を楽しませてくれる。顔を天に向け思いっきり吹くほら貝からは水が吹き上がっている。はじめての時はこのトリトーネを見ている時間が8割くらい占めるので、下にこれをつくらせた教皇ウルバヌス8世の実家、バルベリーニ家の紋章となっている蜜蜂が3匹彫られているのに気がつかない。

この噴水から20mくらい行ったところに同じくベルニーニがつくった‘蜂の噴水’
(1644)がある。ガイドブックをよく読まず、‘トリトーネから歩いて5分くらいの場所’で頭がフリーズ。五つ星の高級ホテルが建ち並ぶヴェネト通りを登り進み、また、アメリカ大使館の方まで行ったが見つからない。途中、レストランの男性に蜂が飛ぶパフォーマンスをしたところで噴水のイメージは伝わらない。どうみても離れすぎ。で、元の広場に戻ったら、なんとヴェネト通りがはじまるところにあった。

白の帆立貝を垂直に立てる造形がなかなかいい。貝は命と豊饒の象徴、これとバルベリーニの蜂の組み合わせはなぜか違和感もなくすっと楽しめる。丸みのある蜜蜂がしっかり目の中に入り、水の音に心が和む。

もうひとつとても魅せられる噴水があった。それはパラッツォ・マッテイの前のマッテイ広場にある‘亀の噴水’。ここへたどり着くのにも時間がかかった。広場というとどうしても広い広場をイメージしてしまう。ここは広場というよりは建物の前のちょっとした空き地という感じ。観光客が本をみながら進んでいたので、後に続くとお目当ての噴水が現れてくれた。

16世紀後半にできたものだが、青年が支えている上の水盤によじ登ろうとしている4匹の亀は後にベルニーニがつけ加えたといわれている。亀の‘よっこらしょ’という動きがとてもユーモラスで思わず笑みがこぼれる。この噴水の近くにカラッチの描いた‘聖マルガリータ’を所蔵するサンタ・カテリーナ・デイ・フナーリ教会があるので寄ってみたのだが、長らく閉まっている様子で期待の絵をみることは叶わなかった。

99年ローマを訪れたときは‘トレヴィの泉’(1762)は工事中でみれず、4年前はパスしたから、ここへ来るのはかれこれ26年ぶり。有名な名所だから相変わらず観光客が多い。皆後ろ向きにコインを泉に投げ入れている。はじめて来たみたいなものだから、またローマへ来れることを願って1枚投げた。

これはバロックの終り頃に完成したが、当初はベルニーニも関わっており、ニコラ・サルヴィはナヴォーナ広場にある‘四大河の噴水’(1651、拙ブログ09/5/27、現在修復中で水は抜きとられている)にも強い影響を受けているから、中央のネプトゥヌスなどの彫像にはダイナミックな動感がみられ、噴水全体が静と動を見事に融合させた劇場空間になっている。噴水の町、ローマを200%エンジョイした。

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2010.05.28

怖い‘メドゥーサ’と楽しくなる‘象のオベリスク’!

1570_2     ‘メドゥーサの胸像’(カピトリーニ美)

1571_2         ‘象のオベリスク’(ミネルヴァ教会の前)

1573_2        ‘ウルバヌス8世の墓’(サン・ピエトロ大聖堂)

1572_2        ‘聖ロンギヌス’(サン・ピエトロ大聖堂)

海外の美術館へでかけるときは事前に重点鑑賞作品のリストをつくり、それをもとに鑑賞することにしている。これのメリットは限られた時間のなかで、お目当てのものが高い確率でみられること。だが、思わぬ失敗もある。

1月に訪問したカピトリーニ美ではベルニーニの‘メドゥーサ’を見逃してしまった。リストアップされた傑作を探すのに夢中になりすぎて、作品の前のプレートをしっかりみてないのである。で、図録をみて‘あの部屋にメドゥーサがあった?’と隣の方に聞くと‘うん、みたわよ!’ガックリ。だから、この度はそのリカバリー。

ペルセウスに首をはねられるメドゥーサは眉間にしわを寄せて悲痛に満ちた表情をしており、頭には体をくねらせる蛇が何匹もいる。右の蛇は別の蛇の頭をくわえている。髪を表わす蛇はやはりカラヴァッジョの‘メドゥーサ’(拙ブログ2/25)を参考にしたのだろう。ベルニーニ作品はカラヴァッジョの絵のように色がついてないから瞬間的な怖さはカラヴァッジョのほうがあるが、3次元の彫刻だから蛇がこちらに飛びかかってくるような怖さがある。蛇は大の苦手だが、I LOVE ベルニーニなので我慢してみた。

‘象のオベリスク’はミネルヴァ教会の前の広場にある。ミネルヴァ教会で小さなオベリスクが見つかり、ベルニーニは教皇アレクサンドル7世からその装飾を依頼された。象の背中にオベリスクか!おもしろい組み合わせだから、土産物屋にこの置物があれば買ったのだが、残念ながらその機会はなかった。

サン・ピエトロ大聖堂は1月とはうって変わって大勢の観光客がいた。しかも、聖堂へ入る前の手荷物検査が厳しくなっており、機械にバッグを通すのに時間を食い広場の端のところまで大行列。中へ入るのに1時間もかかった。夏になると一体何時間待たされることやら。

ここにあるベルニーニ作品のうち、近くでみられるのが‘アレクサンドル7世の墓’と‘ブロンズの天蓋’(3/17)と‘聖ロンギヌス’。後陣(アプス)にある‘ペトロの司教座’(カテドラ・ペトリ)とその右の‘ウルバヌス8世の墓’はすこし離れているので双眼鏡でも使わないと細部はみえない。

‘ウルバヌス8世の墓’は完成するのに20年かかった。上で手をひろげる教皇は黒色ブロンズに鍍金されたものだから、その身振りに近寄りがたいほどの威厳さを与えている。下の女性像は‘慈愛(左)と‘正義’(右)の寓意像。おもしろいことに‘アレクサンドル7世’同様、ここにも骸骨の姿をした死の像がみられ、過去帳に教皇の名を書き入れている。

高さ4.4mもある‘聖ロンギヌス’は何度みてもその手を大きく上げるポーズと見事な衣襞(ドレーパリー)表現に圧倒される。ベルニーニの技で驚愕するのがこの衣襞のフォルム。風になびくようにやわらかく曲がった衣襞にあたる光と影がキリストの左脇腹に槍を突き刺したローマの兵士ロンギヌスの姿をいっそう劇的にみせれくれる。これぞバロック彫刻の真髄。時間が経つのも忘れてみていた。

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2010.05.26

ベルニーニめぐりに欠かせない2つの教会!

1566_5      ‘聖女テレジアの法悦’(サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会)

1567_3   ‘コルナーロ家の人々’(サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会)

1568_3    ‘ドーム’(サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会)

1569_4    ‘聖アンドレア像’

宿泊したホテルが1月と同様、テルミニ駅周辺にあったので、ベルニーニの傑作‘聖女テレジアの法悦’(拙ブログ05/5/22)があるサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会へは朝食後の運動をかねて歩いて行った。たいした距離ではなく10分ちょっとで着いた。

4年前はタクシーで来たので、このあたりの土地感覚がないまま歩いていたが、教会横の交差点のところで記憶が戻ってきた。ガイドブックによると6時半から中へ入れるはずなのだが、入り口の前で女性が立っている。まだ、開いてないのかなと思いながら近づくと、この女性は物乞いだった。そういえば、前回も扉を開けてくれ退出の際手のひらを出す女がいた。

ここへまたやってきたのはじつは‘聖女テレジア’の左右の壁面にある‘コルナーロ家の人々’をあらためてみるため。美術鑑賞というのはおもしろいもので関心の高い作品ばかりに目がいくとほかの印象が薄くなり、‘あれも一応みたつもりだが、しかとみたという感じがないんだよな’ということがよくある。目にしっかり焼きついてないとやはりみたという実感がもてない。‘コルナーロ家’も記憶がすっかり消えている。

この人物群像は劇場の桟敷にいる観客を思わせる。左右の4人は聖女テレジが体験した法悦を眺め、書物をみたり、互いに話し合ったりしている。コルナーロ家はヴェネツィアの名家で、礼拝堂の装飾をベルニーニに依頼したフェデリーコ・コルナーロはヴェネツィアで大司教をしていた後、晩年ローマに移り住んでいた。フェデリーコは父親、そして一族の者6人も一緒に造形させている。

恍惚とした表情をみせる聖女テレジア像は‘官能美’の系譜では一際輝いている傑作。昨日紹介したフラッテ教会の‘巻紙を手にする天使’は官能美がまだ全開しておらず大関といったところだが、これとはサン・フランチェスコ・ア・リーパ教会にある‘福者ルドヴィーカ・アルベルトーニ’(06/5/18)は正真正銘の横綱。聖女テレジアを長くみすぎてふわふわ状態になってもいけないので、目にぐっと焼き付けたところでひきあげた。

カラヴァッジョ展をみる前、すぐ近くにあるサンタンドレア・アル・クイリナーレ教会を訪問した。これを設計したベルニーニがとても気に入っていたというから期待していたが、想像以上にすばらしいバロック建築だった。目を見張らされるのが横長の楕円形のドームと主祭壇の上におかれた‘聖アンドレア像’。ドームの金色と頂上のランタンから入る光はえもいわれず美しい色彩をつくりだし、花飾りをもったプットーたちと手を大きく広げた聖アンドレアを引き立てている。

ベルニーニはあるとき息子にこう言ったという。‘この建築だけには、私は心の底からの格別な喜びを感じ、自らの作品に慰めを求めるべく、制作に疲れるとしばしばここに足を運び、労苦を癒したのだ’。なるほどね。そんなベルニーニの気持ちのつまった内部空間を体験できた幸せを噛み締めながら教会を後にした。

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2010.05.25

ローマで二度目のベルニーニ追っかけ!

1563_3     ‘ガブリエール・フォンセカの胸像’(サン・ロレンツォ・イン・ルチーカ教会)

1562_4     ‘巻紙と茨の冠を手にする天使像’(サンタンドレア・デッレ・フラッテ教会)

1565_2     ‘主祭壇の天使像’(サンタゴスティーノ教会)

1564_2     ‘修道女マリア・ラッジの墓’(サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会)

1月ローマで美術めぐりをしたときは、ベルニーニ(1598~1680)の彫刻は重点鑑賞に入ってなく、関心はもっぱらローマ国立博やカピトリーニ美にある古代ギリシャ・ローマ彫刻へ向かっていた。

今回またローマにやってきたのは‘カラヴァッジョだけでなく、ベルニーニの彫刻もしっかり楽しみなさい!’というミューズのお導きだと理解し、2度目のベルニーニ追っかけを敢行した。出かけたのは教会とベルニーニがつくった噴水の彫刻がある広場。まず、教会にある彫刻から。

事前につくった教会の訪問計画で苦労したのがその場所。手持ちの分厚いイタリア本、‘るるぶ ワールドガイド’(JTBパブリッシング)には目指す教会は全部載ってない。で、ネットでいろいろ検索していると有難いことに‘ローマ教会マップ’なるものが見つかった。すぐこれをコピーし訪問する順番を決めた。教会が開いている時間に関する情報はないが、午前中に行けば入れると思い、このマップで知った教会は朝早い時間帯に行くことにした。

ルカーチ教会はコルソ通りに面するコロンナ広場からポポロ広場方向へ進み、4つ目の交差点を左へ曲がったところにある。最もみたかった‘ガブリエール・フォンセカ’は主祭壇の右側で対面した。この人物はポルトガル人でインノケンティウス10世(拙ブログ3/4)の外科医。祈りの姿が彫られているが、上半身が壁の窪みから前にぐっとでてきたようになっているので、本人が目の前にいるような感じ。ベルニーニの肖像彫刻はみればみるほどすごいなと思う。深い精神性がみられるこの像は一生忘れることはないだろう。

サンタンジェロ橋を飾る10体の天使像のうち2体をベルニーニが制作した。でも、橋にあるのはコピー(残りも同様)。オリジナルはフラッテ教会にある。ここはトリトーネ広場からポポロ広場へのびているバブイーノ通りの最初の交差点を左折するとすぐみえる。釘付けになるのが身廊奥の右側の高い台座にのせられている‘巻紙をもっている天使’。隣でミサが行なわれているので落ち着きのないそぶりはできないが、その恍惚とした表情に心はザワザワしっぱなし。

左の‘茨の冠をもつ天使’が悲しそうな顔をしているはわかるが、サンタゴスティーナ教会の主祭壇にある天使像でもなぜか左の天使は悲しい表情をみせている。4年前、この教会へ来たときはカラヴァッジョの‘ロレートの聖母’しか頭になく、ベルニーニが設計した立派な祭壇や身廊の柱にあるラファエロのフレスコ画‘預言者イザヤ’は見ずじまい。今回は入念にリカバリーしたから、収穫は大きい。

パンテオンのすぐ近くにあるミネルヴァ教会で‘修道女マリア・ラッジの墓’を熱心にみた。驚かされるのが柱につけられた黒大理石のたれ幕。風になびいてやわらかく折れ曲がっているのである!固い大理石でこんなリアルな質感をだすなんて、ベルニーニの技は神業的。すごいものを体験した。

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2010.05.24

響き合うカラヴァッジョ、レンブラント、ラ・トゥール!

1560_2       カラヴァッジョの‘聖パウロの回心’

1559_2       レンブラントの‘目を潰されるサムソン’

1561_2       カラヴァッジョの‘女占い師’

1558_2       ラ・トゥールの‘女占い師’

カラヴァッジョが1610年、39歳で亡くなった後、その光と影を強烈に対比させる画風は17世紀以降に活躍した多くの画家の心をとらえていく。ルーベンス、ベラスケス、
レンブラント、ラ・トゥール、フェルメール、そして、ドラクロア、クールベ、マネ。

絵画の伝統を継承しつつ革新を行うのが大画家の証だから、どの画家もカラヴァッジョの絵に影響を受けながら独自の表現を追求し、数々の傑作を生み出してきた。カラヴァッジと後世の画家がどんな響き合いをしているのか、レンブラントとラ・トゥールの絵でみてみたい。

カラヴァッジョ展に出品された大作‘聖パウロの回心’(1601、ローマ・オデスカルキ=バルビ・コレクション)をみながら、ある絵のことを思い出していた。それは8年前‘大レンブラント展’(京博)でみた‘目を潰されたサムソン’(1636)。これは拙ブログ09/4/9で紹介したように、フランクフルトのシュテーデル美が所蔵する有名な絵。大変感動したのでレンブラントのお気に入り絵画の2位に即登録した。1位は言わずもがなの
‘夜警’。

目に両手をあてキリストの声で回心するパウロに対し、兵士に目を潰されて悲鳴を上げるサムソン。人物の配置が逆になっているが、体に斜め上から強い光があたっているのは同じ。レンブラントはひょっとしてカラヴァッジョの絵をみたのかもしれない。

絵の完成度としてはレンブラントのほうが上。‘パウロ’はちょっとごちゃごちゃした構成になっており、わかりにくいところがある。‘サムソン’は洞窟の出口が広く明るい光が切り取った髭を持ち‘してやったり!’の表情をみせるデリラと兵士を浮かび上がらせている。この人物配置と光と影の強い対比が見事!

シュテーデル美蔵の名品が来年Bunkamuraで公開される(3/3~5/23)ことがつい最近発表されたが、フェルメールの‘地理学者’が目玉になっているから、この絵は入ってないだろう。残念だが、フェルメールならなんでも日本人は喜ぶと思っているから仕方がない。

大好きなラ・トゥールの‘女占い師’(1630年代、メトロポリタン美)はカラヴァッジョの‘女占い師’(1598、ルーヴル美)や回顧展にも展示されている‘いかさま師’
(1595、フォートワース・キンベル美)の完璧なラ・トゥールヴァージョン。お気に入り風俗画(09/1/7)で取り上げた3点が全部みれたので、今は満ち足りた気分。

風俗画の次の追っかけはラ・トゥール。まずはロサンゼルス郡美蔵の‘ゆれる炎のあるマグダラのマリア’とMETの‘女占い師’。‘女占い師’と再会し、右にいる老女のインパクトのある顔と若者の両サイドで女が装身具や財布を盗もうとしているところをじっくりみるのが先になりそう。

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2010.05.23

ファン・エイク、ホルバイン、カラヴァッジョにみる神業的写実力!

1556_2      ヤン・ファン・エイクの‘ファン・デル・バーレの聖母子’(部分)

1557_3      カラヴァッジョの‘キリストの捕縛’(部分)

1554_3      ホルバインの‘商人ゲオルク・ギーゼ’

1555_5        カラヴァッジョの‘トカゲに噛まれた少年’

スクデリア・デル・クイリナーレで開催中の‘カラヴァッジョ展’(6/13まで)で絵にできるだけ近づき、また単眼鏡を使って食い入るようにみたのは信じられないほどリアルに描かれている果物やガラスの瓶、鎧。この見事な質感描写はまさに神業的。神業的写実力で名高い画家はもう二人いる。ヤン・ファン・エイク(1390~1441)とホルバイン
(1497~1543)。で、3人が描いたサプライズの絵を並べてみた。

カラヴァッジョの‘キリストの捕縛’(1601、拙ブログ5/15)はキリストを捕らえる兵士が身につけている鎧や兜を息を呑んでみた。腕の鎧や兜に当たる光により金属の光沢感、まるみが実感され、本物をみているよう。また、‘勝ち誇るアモール’にでてくる鎧も表面のすべすべした質感がよくでている。こういう驚愕の写実描写は並みの画家の手からは生まれてこない。ごく限られた天分に恵まれた者にしかなしえない奇跡かもしれない。

‘キリストの捕縛’の鎧をみたので、次の狙いはファン・エイクの‘ファン・デル・パーレの聖母子’(1436)。この絵はブリュージュにあるフルーニンゲ美の所蔵だが、右にいる聖ゲオルギウスの茶褐色の鎧に目が点になる。表面いっぱいに施された細かい装飾がじつに精緻に描かれている。2年前、ワシントンナショナルギャラりーとメトロポリタンで体験したファン・エイクの絵に200%魅了され、代表作はカラヴァッジョのように全点みたくなった。‘ファン・デル・パーレの聖母子’は3度目のブリュージュのときお目にかかろうと思っている。

カラヴァッジョ作品でガラス瓶が描かれているのは5点ある。‘トカゲに噛まれた少年’(1593、ロンドン、ナショナル・ギャラリー)、‘バッカス’(1595)、‘悔悛のマグダラのマリア’(1595)、‘リュート弾き’(1595)、‘エマオの晩餐’(1601、ロンドン、ナショナル・ギャラリー)。このなかで最も魅せられているのは‘トカゲに噛まれた少年’。これが一番透明度が高く、光があたる部分の薄青紫色のガラスと水がなんとも美しい。

そして、ガラスの表面に部屋の窓が映っているのにもびっくりする。これは明らかにフランドル絵画の影響。ファン・エイクの‘アルノルフィーニ夫妻の肖像’(1434、ロンドン、ナショナル・ギャラリー、08/2/5)で夫妻と二人の人物が映っている後ろの凸面鏡に刺激されたのだろう。

ホルバインの‘商人ゲオルク・ギーゼ’(1532、ベルリン・国立絵画館)はまだ縁がないが、見たい度の大変高い絵。テーブルにある金属の小物入れやはさみの細密描写にも感心するが、カーネーションが入っているガラス瓶の透き通る質感が本当にすごい。来春予定しているベルリン美術館めぐりではこれを追っかけリストの上のほうに載せておこうと思う。

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2010.05.22

カラヴァッジョはヴェネツィアヘ行ったのか?

1551_2      ティツィアーノの‘イル・ブラーヴォ’

1550_2       カラヴァッジョの‘イサクの犠牲’(部分)

1553_2       ジョルジョーネの‘老婆’

1552_2       カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(部分)

絵画を楽しむとき好きな画家だとお目当ての名画をみるとすぐ‘次はあの絵を、その次はあの絵を’と‘美欲’(My造語)はどんどん膨らんでいく。今、カラヴァッジョ以外で関心の高い画家はヴェネツィア派のジョルジョーネ(1476~1510)、ティツィアーノ(1485~1576)、ティントレット(1519~1594)。

1月訪れたアカデミア美ではベリーニ(1434~1516)が描いた聖母子像の色の輝きに心を奪われるとともにカルパッチオ(1480~1526)の風俗画的な宗教画にも開眼した。だから、次回のヴェネツィア旅行はこうした画家の作品を所蔵する教会へいの一番に出かけることを今から決めている。

好きな画家の絵をみる機会が多くなると時々、強い衝撃を受ける作品に遭遇することがある。ティツィアーノの‘イル・ブラーヴォ’(1520、拙ブログ09/10/23)を昨年あった‘ハプスブルク展’(国立新美)でみたときはそのカラヴァッジョ風の写実表現にびっくりした。右の短刀を左手に握り締めているブラーヴォ(雇われた刺客のこと)をみつめる若者の顔は青ざめひきつっている。

若者の内面をこれほどリアルにとらえたティツィアーノの絵と父親のアブラハムがつきつけるナイフに悲鳴をあげ怖がっているイサクを描いたカラヴァッジョの‘イサクの犠牲’
(1601、5/16)は絵から受ける緊迫感がよく似ている。

1月に再会したジョルジョーネの‘老婆’(1508)にも驚愕する。‘老婆’も‘ブラーヴォ’も描かれたのは16世紀のはじめ。カラヴァッジョより80年から90年前に近代の絵画が表現したのと変わらない‘現実’を描いていたのである。よくカラヴァッジョが‘現実’を描いた最初の画家といわれるが、ジョルジョーネやティツィアーノの絵のなかにも近代絵画をずうーっと先取りする絵があったことを忘れてはならない。

ミラノでの絵画の修行を17歳で終えたカラヴァッジョは21歳のときローマに向かう。だが、その間の4年をどこで過ごしていたかはわかってない。ミラノとヴェネツィアの距離は230km。カラヴァッジョの師匠はティツィアーノの弟子だったから、ヴェネツィアヘ行った可能性は充分ある。そして、ヴェネツィア派の絵をしっかり学んだのかもしれない。

‘エマオの晩餐’(1606、ブレラ美、5/16)に登場するしわくちゃ顔の老女や‘イサクの犠牲’をみていると、どうしてもカラヴァッジョはジョルジョーネやティツィアーノの絵を脳裏に深く刻みこんだのではないかと思いたくなる。

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2010.05.21

ダ・ヴィンチにも深く傾倒していたカラヴァッジョ!

1548_2     ダ・ヴィンチの‘アンギアーリの戦いのための老戦士の習作’

1547_2     カラヴァッジョの‘聖マタイの殉教’(部分)

1549_2         ダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’

1546_2    カラヴァッジョの‘エジプト逃避途上の休息’

カラヴァッジョが描く聖書のエピソードや聖人像をみた人はそれまでにはなかったリアルな人物描写と強い明暗対比に大きな衝撃を受けたにちがいないが、しばらくすると見慣れたミケランジェロやラファエロの描き方が取り入れられていることに気づき、少しは冷静になることもあっただろう。

その心を静める役割を果たしたのはミケランジェロ、ラファエロだけではなかった。当然のごとくレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)の絵にもカラヴァッジョは深く傾倒していた。最もわかりやすいのが‘聖マタイの殉教’(拙ブログ5/17)に登場する刺客の般若のような顔。4年前、この絵をみたときすぐダ・ヴィンチが‘アンギアーリの戦い’のために描いた老戦士の習作を思い出した。じつによく似ている。カラヴァッジョがこのすさまじい形相をした老人の顔を参考にしたことは200%確信している。

ミラノに生まれたカラヴァッジョはローマへ行く21歳までこの地にいたから、1482年から1499年までミラノで活躍していたダ・ヴィンチのことは常日頃特別の存在としてみていたにちがいない。

ご承知のようにダ・ヴィンチは肖像画では背景を黒くしているし、聖母子でも画面全体を暗い色調で描いている。光と闇のコントラストが強烈なカラヴァッジョの絵と理想化された美が表出されているダ・ヴィンチの絵とでは受ける印象は大きく違っているが、暗い色調という点では同じタイプの絵である。

カラヴァッジョの‘エジプト逃避途上の休息’(ドーリア・パンフィーリ美)とダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’をよく見比べてもらいたい。人物手前の立体的に描写された植物と後ろの遠景への誘い方がとても似ているのである。カラヴァッジョは‘岩窟の聖母’を下敷きにして‘エジプト逃避’を描いたのではないかと思う。

存在感のある植物は‘エジプト逃避’のほかには‘洗礼者ヨハネ’の3点(3/35/162/15)にもでてくるが、とくにネルソン=アトキンズとカピトリーニのものがあまりに見事に描かれているので食い入るようにみた。回顧展で対面しているときはカラヴァッジョが得意とした静物をここでもみせつけているなという感じだった。

ところが、後でダ・ヴィンチの画集をじっくりみていたら、‘岩窟の聖母’のところで目が点になった。‘聖マタイの殉教’の刺客だけでなく、草花の配置や背景の自然の描き方についてもダ・ヴィンチから強い影響を受けていたのである。

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2010.05.20

ラファエロのマニエリスム様式とカラヴァッジョの関連性!

1542_2      ラファエロの‘キリストの変容’(部分)

1543_2      ラファエロの‘ボルゴの火災’(部分)

1544_2      カラヴァッジョの‘キリストの埋葬’(部分)

1545_2      カラヴァッジョの‘キリストの捕縛’(部分)

カラヴァッジョがミケランジェロの絵にかなり影響を受けていたことは代表作の‘聖マタイの召命’におけるキリストの手をみるとよく理解できるが、ミケランジェロ同様ローマでその才能を大きき花開かせたラファエロ(1483~1520)についてはどうだろうか。ラファエロが晩年に描いたとても気になる絵とカラヴァッジョの関連性に少しふれてみたい。

1月、ヴァティカン博の絵画館でラファエロの‘キリストの変容’(拙ブログ3/13)と再会した。以前からこの絵の右にいる少年の表情が頭から離れない。この子が悪魔に憑かれていることはその顔をみるとすぐわかる。落ち着きがなく視線が定まらない表情は気がふれている人間の典型的な特徴である。おもしろいことにこの子を後ろから支えている男も目をむいているから、同じ症状かと見まがう。

この絵はラファエロが亡くなる1,2年前の作。画面の下半分はマニエリスム様式そのものだから、あの聖母子像の画家、ラファエロは晩年、ここまで作風を変えたのか!と戸惑いすら覚える。

もう一点、同じくマニエリスム全開といった絵がある。それはヴァティカン宮殿の‘署名の間’の隣にある‘火災の間’に描かれた‘ボルゴの火災’(3/14)。部分図は右の場面で火を消すため、女たちは叫び声をあげ必死に水をリレーしているところ。女のそばにいる幼児の顔が火災の恐怖でひきつっているのがじつに印象的。

カラヴァッジョが描く人物の顔にはユディットに首を切られる‘ホロフェルネス’(5/15)や‘メドューサ’(2/25)のように思わず顔を背けたくなる強烈なものもあるが、この二つを除けば、普通の人たちの自然な感情表現をそのまま、あるいは抑制気味に描いている。また、男性でも女性でも美形の顔立ちも多い。ところが、全作品を見渡して2点だけ異様な表情をみせる人物がでてくる。

それは‘キリストの埋葬’(3/13)の両手をあげているクレオパのマリアと‘キリストの捕縛’(5/15)の左端で衣をおいて逃げ出す弟子のヨハネ。二人はほかの人物とはまったく異なる表情をみせている。普通の人の顔ではないのである。これはラファエロの‘キリストの変容’にでてくる男の子のように憑かれた顔。気がふれ、錯乱状態にある人間の顔といっていい。

‘キリストの笞打ち’(5/15)に登場する残虐な顔をした男に対しては憎たらしい感情がわきあがってくるものの、これはこれでリアルな人物描写としてちゃんとみれる。だが、こういう気がふれたような人物がいると、なにか落ち着かない。カラヴァッジョは自然主義の画家で反マニエリスムなのだが、一部マニエリスム様式がみえる。これはラファエロの影響のような気がする。

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2010.05.19

ミケランジェロの天井画から霊感を受けたカラヴァッジョ!

1540_3     ミケランジェロの‘アダムの創造’(システィーナ礼拝堂天井画)

1539_5       カラヴァッジョの‘聖マタイの召命’(部分)

1538_4    ミケランジェロの‘日と月と草木の創造’(システィーナ礼拝堂天井画)

1541_3       カラヴァッジョの‘ロレートの聖母’(部分)

カラヴァッジョは初期に得意の静物や風俗画を画いたが、その後は聖書を題材にした宗教画の制作に専念し、画壇の寵児になっていく。真に迫るリアリズムと光と闇の強いコントラストを特徴とするその革新的な作風はそれまでの絵になかったものだが、この新機軸だけで高く評価されたのではない。

カラヴァッジョは先達の画家たちが描いた宗教画について人物描写や構成などをよく研究しており、これらを消化しつつ新しい絵画を生み出し、バロック美術の扉を開けたのである。誰の絵のどんなところを取り入れたかを代表作を例にとりみてみたい。まずは、ミケランジェロの影響から。

出世作となった‘聖マタイの召命’(拙ブログ5/17)の右にいるキリストのポーズをみると、ルネサンス絵画が好きな人ならすぐ‘ミケランジェロの絵のなかにこんなのがあったよな’と気づくだろう。そう、システィーナ礼拝堂の天井に画かれた‘天地創造’のなかで最も有名な‘アダムの創造’の場面である。マタイではこれが右手に変わっている。

ミケランジェロが描いたこの壮大な天井画をじっくりみていたら、‘カラヴァッジョはこのポーズを参考にしたのではないか?’と思われるのがいくつかあった。所詮勝手な妄想かもしれないが、、‘ロレートの聖母’(5/17)、昨日紹介した‘聖ペテロの磔刑’、‘ロザリオの聖母’(ウィーン美術史美)の3点に、カラヴァッジョは汚い足の裏をみせる男を描いているが、この姿は‘日と月と草木の創造’の左にいる神に霊感を得たのではないかと直感した。大きなお尻もよく似ている。

また、右で両手を広げて太陽と月を指先からつくりだしている神もなにか匂う。そうだ、‘エマオの晩餐’(ロンドン、ナショナル・ギャラリー、5/16)で右にいる男!短縮法で描かれた神の両手を時計回りに真横にするとこの男のポーズになる。前々からこの男の手は短縮法の名手、マンテーニャの影響かなと思っていたが、霊感源はカラヴァッジョにとっては身近なところ、システィーナ礼拝堂の天井や正面の‘最後の審判’にあったのである。

‘エマオの晩餐’のキリストのポーズが‘最後の審判’のキリストからとられていることは宮下氏が‘もっと知りたいカラヴァッジョ’(東京美術、お気に入り本を参照方)で指摘しておられる。この‘最後の審判’も隅から隅まで時間をかけてみると、カラヴァッジョの動きのある人物描写がイメージできてくる。例えば、‘聖マタイと天使’でマタイのところへ急降下してやってきたような天使の体の曲がり具合はリュネット(半円の区画)にいる垂直的な姿勢で宙を舞う天使の姿を彷彿とさせる。

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2010.05.18

ローマで出会えるカラヴァッジョ!

1536        ‘聖パウロの回心’(サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)

1537        ‘聖ペテロの磔刑’(サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)

1534     ‘悔悛のマグダラのマリア’(ドーリア・パンフィーリ美)

1535     ‘洗礼者ヨハネ’(コルシーニ美)


ポポロ門の近くにあるサンタ・マリア・デル・ポポロ教会(7時~12時、16時~19時、休みなし)で‘聖パウロの回心’、‘聖ペテロの磔刑’と再会した。ここもフランチェージ教会と同じく、カラヴァッジョの絵がある主祭壇左手のチェラージ礼拝堂の前には沢山の人がいる。

写真撮影がNGで前回もそうだったか覚えてないが、お爺さんがしっかり見張っており、単眼鏡でみているとカメラと思ったのか声を出そうとした。右にある‘聖パウロの回心’は画面いっぱいに大きな馬が描かれ、その下では頭をこちらにむけて横たわる若い兵士が手を広げるポーズをとっている。瞑想するパウロに光を当ててイエスに回心する奇跡を表現するのはカラヴァッジョにしか思いつかない構成。しかも、馬と男のクローズアップだから、これをみた人は大きな衝撃を受けたことだろう。

左の‘聖ペテロの磔刑’でも逆さ十字架にかけられたペテロと3人の処刑人はそれぞれ強い存在感をみせている。ペテロがいなければ、家の一部かなにかを建てている現場に居合わせたような感じである。ペテロのモデルは‘イサクの犠牲’のアブラハムや‘聖マタイと天使’のマタイにも使われた人物だから、絵にとても親近感を覚える。

教会にあるカラヴァッジョ作品の次は1月見逃した‘悔悛のマグダラのマリア’、ヴェネツィア広場から歩いて4、5分のところにあるドーリア・パンフィーリ美ヘ急いだ。回顧展の前半にでていた‘エジプト逃避途上の休息’は今はここになく、別の美術館で開かれているカラヴァッジョ展にまた貸し出し中とのこと。

‘マグダラのマリア’はどうみても風俗画。うたた寝している若い女性のそばにいつまでもいたい気持ちになる。マグダラのマリアの持物である香油壺が床にあり、スカートの文様が壺になっていても、この絵を宗教画としてみる雰囲気ではない。ここはこの1点だけなので20分で引き上げた。開館時間は10時~17時、木曜は休み。

回顧展に今も展示中の‘洗礼者ヨハネ’を所蔵しているコルシーニ美はファラエロの傑作‘ガラテア’があるファルネジーナ荘のすぐ前。この二つは連チャンで行かれるのがいいと思うが、日曜と月曜はダメ。ファルネジーナは日曜、コルシーニは月曜が休み。

今回のローマ滞在で鑑賞したカラヴァッジョ作品は回顧展とあわせて31点。次の大きな追っかけはマルタにある‘洗礼者ヨハネの斬首’(拙ブログ2/14)。実現にはだいぶ時間がかかるかもしれないが、その日がくるのを夢見ていたい。

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2010.05.17

大ホームランの‘伊藤若冲 アナザーワールド’!

1531    ‘蔬菜図押絵貼屏風’

1532    ‘野晒図’(大阪、西福寺)

1533    ‘仙人掌群鶏図’(西福寺)

静岡県美で昨日まで開催されていた‘伊藤若冲 アナザーワールド’(4/10~5/16)を15日(土)にみてきた。この若冲展は5/22から場所を千葉市美に移してまた行われるので、今回は目慣らしと静岡にしかでない絵の鑑賞を兼ねてクルマを走らせた。自宅から2時間弱で美術館へ到着するから気分的には楽なドライブ。

まず、見逃したくなかった静岡だけにでる絵は次の4点。
★‘山水図’(大阪、西福寺)
★‘野晒図’(西福寺)
★‘仙人掌群鶏図’(重文、西福寺)
★‘菜蟲譜’(重文、佐野市立吉澤記念美、拙ブログ06/4/7

ちなみに、千葉だけにでるのは、
★‘蓮池図’(重文、西福寺)
★‘花鳥版画’(平木浮世絵財団、09/10/6
★‘樹下雄鶏図’(イセ文化基金)
★‘葡萄に小禽・枯木に鳥図’(個人蔵)

若冲の絵は全部で135点ある。このうち昨年信楽のMIHO MUSEUMであった‘若冲ワンダーランド’にも出品されたのは49点。だから、ワンダーランドを体験された方のプラスαは86点。若冲ファンにとって、これは大きな楽しみだろう。今回みたのは後期だからその数は半分くらいだが、千葉で前・後期2回通へば全部みられる。

MIHOで2回もふられた‘蔬菜図’をやっとみることができた。茄子、南瓜などが画面いっぱいに大きく描かれている。みてて楽しくなる。これの色つきヴァージョンが‘菜蟲譜’の最後のところにでてくる。今回の‘アナザーワールド’は‘蔬菜図’のリカバリーが一番の狙いだったから、今は大仕事をしたような気分。

西福寺にある4点は年に一度11/3に公開されることになっているが、大阪に出向かずに髑髏の絵‘野晒図’がみれたのは幸運だった。なんだか出光にある仙厓の髑髏の絵をみているよう。モノクロでは千葉に‘蓮池図’が登場する。対面が待ち遠しい。

色が鮮やかな‘仙人掌群鶏図’は2年前、東博であった‘対決 巨匠たちの日本美術’に展示された。いつもじっとみてしまうのが右隻の左端にいるゴールドの豪華な毛をした正面向きの鶏と左隻の足を大きく広げて立つ雄鶏。この雄鶏の堂々とした姿にとても魅せられる。

いい絵がほかにも沢山あるので、それらは千葉市美でまたはじまったら書き加えたい。

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カラヴァッジョの聖地 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会!

1527_3     ‘聖マタイの召命’(サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会)

1528_2     ‘聖マタイの殉教’(サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会)

1530_2     サンタゴスティーノ教会の内部

1529_2             ‘ロレートの聖母’

カラヴァッジョの回顧展をみるためローマをまた訪れたのだから、4年前体験した教会にある絵もこの際みておこうと思い、3つの教会へ足を運んだ。

ナヴォーナ広場の裏手にあるサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会はカラヴァッジョが好きな人にとっては聖地みたいな所。ここにはカラヴァッジョの出世作‘聖マタイの召命’(拙ブログ06/5/21)、‘聖マタイの殉教’、‘聖マタイと天使’がある。教会の開いている時間は午前が8時~12時半、午後は3時半~7時、木曜の午後は休み。

絵があるのは入って左側の奥。前回同様、大勢の人がいた。今年はカラヴァッジョ展を開催中だから、展覧会をみた後、教会巡りをする人も多いにちがいない。日本人も数人いた。ときどき照明が消えるが、誰かがすぐコインを入れるのですぐカラヴァッジョの世界に戻れる。

‘聖マタイの召命’と‘聖マタイの殉教’はほとんど同じ大きさで、真四角の画面
(縦3.22m、横3.4m)。ともに傑作だが‘静’の‘召命’に対し、‘動’の‘殉教’といった感じ。‘召命’であらためて感動したのが、右上から入ってくる光に照らされてテーブルのまわりにいる人物たちが浮かび上がっているところ。そして、強い光があたった衣装の洒落た柄や光沢のある生地の色の輝きにも釘付けになる。とくに印象深いのが左端でうつむいている若者(マタイ)の右腕の赤と右手前の男の両腕の輝く白。

‘殉教’は動きのある人物描写や奥行きのある構成がすばらしい。下に倒れているマタイの白い衣服には鮮血が飛び散り、真ん中で仁王立ちになった刺客はすざまじい形相でマタイにとどめを刺そうとしている。この絵をはじめてみたとき、最も惹きつけられたのがこの刺客の般若のような顔とその横で手を大きく曲げて叫び声をあげている少年。この少年の手の動きは‘エマオの晩餐’(ロンドン、ナショナルギャラリー)の右にいる男の短縮法で描かれた手と同じくらい強いインパクトをもっている。

フランチェージ教会からテヴェレ川の方向へ歩いて2,3分のところにあるのがサンタゴスティーノ教会(8時~12時、16時~18時半、休みはなし)。入ると急いで左の‘ロレートの聖母’の前へ行きたくなる。好きな聖母子像というとラファエロが長いこと独占していたが、カラヴァッジョのこの絵(07/1/28)に出会ってからはラファエロ&ロレートの聖母になった。

これは聖母の頭の上に光輪があるから、宗教画には間違いないが、右で跪いて手を合わせる親子は町のどこにでもいる普通の人だから絵の雰囲気は重々しくなく、これをみた人々の心のなかには聖母信仰が強く植えつけられるのではなかろうか。聖母と信者の視線が真ん中で交じり合う構図といい、同時代を生きる人物の写実性の高い描写といい、カラヴァッジョ作品の中でも最上位にランクされる傑作である。

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2010.05.16

大盛況のカラヴァッジョ展 サプライズの‘洗礼者ヨハネ’!

 1523_4        ‘洗礼者ヨハネ’(カンザス・シティ、ネルソン=アトキンズ美)

1524_2     ‘イサクの犠牲’(フィレンツェ、ウフィッツィ美)

1526_2     ‘エマオの晩餐’(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)

1525_2     ‘エマオの晩餐’(ミラノ、ブレラ美)

カラヴァッジョ展の図録のお値段は32ユーロ。247頁使って出品作20数点の解説がたっぷりなされている。図版は見開き2頁にわたるものが多く、そしてカラヴァッジョ絵画の特徴である細部の写実描写をみせる部分図が2,3枚ある。ここには展示期間の終わった作品、‘エジプト逃避途上の休息’(ローマ、ドーリア・パンフィーリ美、拙ブログ
3/4)とこれから登場する?‘聖ルチアの埋葬’(シラクーザ、パラッツォ・ベッローモ州立美)も載っている。

不思議なのが展示されたという情報が伝わってこない‘アレクサンドリアの聖カタリナ’(マドリード、ティッセン=ボルミッサ・コレクション)の図版があること。この絵はいつかこの目でと思っているのだが、出品が決まっていたのに何らかの事情でキャンセルになったのかもしれない。逆に図録に載ってないのに展示されていた絵も1点あった。

3階の最後のコーナーに4/4まで‘ボルゲーゼ美展’(東京都美)に出ていた‘洗礼者ヨハネ’(2/15)がひょこっと現れたのである。で、今回ヨハネの絵が4点も揃いことになった。コルシーニ美にある絵は1月出かけた日が休館日で残念な思いをしたが、予想外に早くリカバリーが果たせた。だから嬉しいのだが、隣にあるネルソン=アトキンズのヨハネがサプライズ200%のすばらしい絵なので、コルシーニの絵がかすんでしまった。

これもカポディモンテの‘キリストの笞打ち’と同じく、図版では実感できない堂々たる人物画(縦1.73m、横1.32m)だった。ヨハネの左上から強い光が当たりわき腹のところに腕の暗い影ができている。肌の描写だけでなく腰のまわりにある毛皮の毛一本々はとげとげ感があり、赤い布の折れ曲がり具合もじつにリアル。そして、何よりもヨハネの端正な顔立ちがこの絵の魅力を高めている。米国にあるカラヴァッジョの傑作は‘いかさま師’だけと思っていたが、もう1点あった。

カラヴァッジョの絵でつくづく感心するのが豊かな感情表現。‘解放されたイサク’や‘勝ち誇るアモール’では少年はびっくりするほどの笑顔をみせている。宗教画一色の時代に笑う人物を描くこと自体が革新的なことである。こんなすばらいい笑顔を描く一方で、カラヴァッジョは人間の残虐性や恐怖心をも高い写実力で表現する。‘イサクの犠牲’に登場するイサクは父親のアブラハムに首根っこを押さえつけられて今にも泣き出さんばかりにおびえている。今時こんな行為をしたら少年虐待でアブラハムはすぐ市役所や警察行き。それほどこの絵は真に迫っている。

2点ある‘エマオの晩餐’が一緒にみれるなんて夢のよう。1601年ごろ描かれたロンドンのナショナルギャラリーにある絵は2年前(08/2/6)、その5年後に描かれた2作目は4年前ミラノのブレラ美(09/3/26)でみた。最初のほうが明暗対比がはっきりしていて、テーブルの白い布に静物の濃い影が映り、立っている男の影も後ろの壁にほかの絵よりくっきり描かれている。またキリストの手や右の男の両手を広げる大きな身振りが奥行きのある劇的な空間をつくり出している。

これに対し、ブレラの‘エマオの晩餐’は画面全体が暗く、手前の男の驚きの表情も抑制気味で視線はもっぱら青白い顔をしたキリストにむかう。この絵をブレラでみたときはその深い内面描写に心を打たれた。今回は照明の巧みな演出により、絵が神秘的な光につつまれているような気がした。また、右端の額にしわのある老女をみていたら、ふとジョルジョーネの描いた‘老婆’(4/16)が目の前をよぎった。ひょっとしたら、カラヴァッジョはこのジョルジョーネの風俗画の影響を受けたのかもしれない。

1月ヴァティカン博でみた‘キリストの埋葬’(3/13)や初見の‘聖パウロの回心’(ローマ、オデスカルキ=バルビ・コレクション)の前にも多くの人がいる。カラヴァッジョの宗教画は浮世絵師の鈴木春信が描く見立絵と同じ発想。同時代の人たちが生活そのものの身なりで描かれているから、聖書の一場面もローマで起こっている出来事のように思えてくる。

これでカラヴァッジョ展の感想は終り。この歴史的な大回顧展を体験できたのは生涯の喜び。ミューズに感謝々である。

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2010.05.15

大盛況のカラヴァッジョ展 言葉を失う強烈な明暗表現!

1520_2             ‘キリストの笞打ち’(ナポリ、カポディモンテ美)

1521_2    ‘キリストの捕縛’(ダブリン、アイルランド国立美)

1522_2      ‘ユディットとホロフェルネス’(ローマ、バルベリーニ宮国立古代美)

1519_2              ‘ダヴィデとゴリアテ’(ローマ、ボルゲーゼ美)

カラヴァッジョの絵にどうしようもなく惹きこまれるのはその写実性の高い描写と劇的な明暗対比。この展覧会ではカラヴァッジョの魅力を最大限引き出そうと照明の仕方にも知恵を絞っている。これがなかなかいい。会場全体を暗くし、画面にみられる光と同じ角度から照明を当てているのである。この演出で光と闇のコントラストがより強調され、絵自体がとても神々しくみえてきた。こんな体験ははじめて。

今回最も感動したのはみたくてしょうがなかった‘いかさま師’でも何度も肩透かしを食らった‘ユディットとホロフェルネス’でもなく、ナポリのカポディモンテ美からやってきた‘キリストの笞打ち’だった。まずびっくりしたのが絵のサイズ。図版では想像もつかなかった縦2.66m、横2.13mもある大きな絵。

そして、視線が集中するのは笞打たれるキリストの体と後ろの柱に当たる強い光。この画面中央、垂直にのびる光と体を曲げるキリストに言葉を失った。これまでこの絵は笞をもつ男の過激な暴力性ばかりに目がいっていたが、絵の前に立つとキリストと柱に釘付けになった。

米国のフォートワースやカンザス・シティ同様、アイルランドのダブリンも普通のツアー旅行ではまず行かないから、大回顧展がなければ国立美蔵の‘キリストの捕縛’とはずっと縁がないところだった。また、この絵に対する期待値は鎧のリアルな質感描写にあった。だが、実際にはものすごく惹かれた。

兵士たちはユダがキスをした男がキリストであることがわかっている。ここには捕まえるキリストが特定でき、‘さあー捕まえるぞ’という緊迫した場面がじつによく描かれている。民間のテレビ局が制作する‘刑事追っかけドキュメント’のシーンをみているよう。
カラヴァッジョの絵で驚かされるのはこの現実感。

バルベリーニ美で2度ふられた‘ユディットとホロフェルネス’(拙ブログ2/14)とようやく会うことができた。もう目に焼きついているので新鮮さが薄れていることは確かだが、本物の絵の迫力はやはりすごい。目をむいて断末魔の苦しみを味わっているホロフェルネスを妙に落ち着き払って眺めている婆さんの姿が印象的。

ゴリアテの首を自画像にして描いた‘ダヴィデとゴリアテ’は4年前、ボルゲーゼ美を訪れたときはアムスで開催されていた‘カラヴァッジョとレンブラント展’に貸し出されていた。このリカバリーはベルニーニの傑作‘アポロンとダフネ’をまたみたくなったときで、だいぶ先だと思っていた。だから、‘ユディット’と一緒に見れたのが嬉しくてたまらない。

人を殺めた罪をあやまり、法皇に哀れみを請うためカラヴァッジョはこの絵を描いたが、やっとでた法皇の恩赦を知る前に死んでしまった。カラヴァッジョがこの絵にこめた気持ちを思いながらみていた。

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2010.05.14

大盛況のカラヴァッジョ展 念願の‘いかさま師’と対面!

1515_2    ‘いかさま師’(米国・フォートワース、キンベル美)


1516_2       ‘勝ち誇るアモール’(ベルリン、国立絵画館)


1518_2     ‘リュート弾き’(サンクト・ペテルブルク、エルミタージュ美)


1517_2     ‘果物籠をもつ少年’(ローマ、ボルゲーゼ美)

今回展示されている24点のうち初見のものは半分の12点。このなかで最も期待していたのがお気に入りの風俗画‘いかさま師’(拙ブログ09/1/7)。もっというとローマへ出かけたのはこの絵をみるためだった。

小学館から06年12月に‘西洋絵画の巨匠シリーズ・カラヴァッジョ’(宮下規久朗著、お気に入り本を参照方)が発売されたときすぐ手にいれたのだが、この絵の図版をみて息を呑んだ。このシリーズはどの画家の本も実際の絵の色が信じられないくらいよくでているのがわかっているから、この左にいる若者のピンク色の頬をいつかみたいと強く思った。

その絵が目の前にある。図版のイメージ通り、後ろの男に持っているトランプのカードを見られているのにも気づかない甘ちゃん若者の顔は女性のようにみずみずしく輝いている。これが描かれたのは1595年ころで、2月にみた映画‘カラヴァッジョ’ではカラヴァッジョの最初のパトロンとなったデル・モンテ枢機卿の部屋に飾ってあった。

驚かされるのが1987年にこの絵が世に出たこと。こんなすばらしい絵だからどの美術館も手に入れたかっただろうが、キンベル美におさまった。テキサスへ行かずに、ローマでこの絵をみれたのは本当に幸運だった。一生の思い出になる。

‘勝ち誇るアモール’もみたくてしょうがなかった絵(09/2/10)。来春、ベルリンにある美術館めぐりを計画しているが、この絵だけは鑑賞が一年早まった。‘いかさま師’の若者同様、その肌のリアルな質感描写に驚愕する。1月カピトリーノ美でもみた‘洗礼者ヨハネ(解放されたイサク)’(3/3)もびっくりするほどやわらかい肌をしているが、二人の少年の肌の色はほとんど変わらない。残念なことに‘ヨハネ’は画面にひび割れがある。

このアモールで見入ってしまうのが足元にある鎧。表面に光が当り光沢のある金属の質感がよくでている。また、後ろにある短縮法で描かれたリュートやバイオリン、隣の頁が折れ曲がっている楽譜、定規にも目がいく。アモールの無邪気な笑顔がとてもいいので、‘愛は科学、芸術、権力などすべてのものに勝る’という寓意のことはつい忘れてしまう。

メトロポリタン美からやってきた‘合奏’(08/5/7)の隣にカラヴァッジョの初期の作品としては最高傑作といわれる‘リュート弾き’がある。この絵は99年エルミタージュ美でみたが、その感動が体の中に長くとどまっており、いつかこの美術館で再会したいと思っていた(09/6/2)。大回顧展のお陰でまたみれることになったので、サンクト・ペテルブルク行きのインセンティブはしぼんでしまった。

久しぶりなので、単眼鏡を使って花瓶の色鮮やかな花やテーブルの上にある果物の精緻な描写をじっくりみた。よく見ると‘果物籠’と同じように、手前の二つの梨、その隣のふたつ、そして後ろの緑の葉っぱと全部で6箇所水滴がついている。今回照明を落とし部屋全体を暗くした展示の仕方になっているので、こういう静物・風俗画では細部が見づらくなっている。また、どの絵も最接近してみれないように線が引いてあるので、これから出かけられる方は単眼鏡をもっていかれることをお奨めしたい。

01年日本ではじめてカラヴァッジョ展が開かれたときやってきた‘果物籠をもつ少年’では果物や葉っぱに水滴はついてないが、ウフィツィ美蔵の‘バッカス’(2/25)にはガラスの杯をもつ左手の下にある葉っぱの裏側と頭に飾った表の葉の2箇所に水滴がみえる。

‘バッカス’の前ではイタリアの中学生が先生の解説であるところを熱心にみていた。それは画面左のワインのフラスコ。ここにカラヴァッジョの顔が映っているのである。はたして、目をこらすと見えるか?

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2010.05.13

大盛況のカラヴァッジョ展 ‘果物籠’と再会!

1512_2   スクデリア・デル・クイリナーレ美


1513_2   ‘果物籠’(ミラノ、アンブロジアーナ美)


1514_3    ‘果物籠’(部分)

大好きなカラヴァッジョ(1571~1610)の没後400年を記念する大回顧展
(2/19~6/13)をみるため再度ローマを訪れた。しばらくこの感想記とベルニーニなどの話が続きますのでお付き合いください。

カラヴァッジョ展の情報が入ってきたのは1月のイタリアツアーを申し込んだ後。このツアーはローマの自由時間が2日あったから、タイミングの悪さが悔やまれた。イタリアから帰り、また出かけるかどうか迷っていたが、ブログ仲間でカラヴァッジョのことなら一番の‘花耀亭日記’さんがつくられた出品リストをみて、4月に予定していた中国・敦煌旅行をキャンセルしてローマへ行くことを決断した。Juneさん、背中を押していただき有難うございました。

3/31の朝日新聞にこの展覧会の取材記事が載ったが、これによると会場のスクデリア・デル・クイリナーレ美には世界中から連日5千人以上の美術好きが押し寄せているとあった。まったくすごい人気である。その高い人気は出品作の内容をみればすぐ納得がいく。とにかく没後400年にふさわしいカラヴァッジョの傑作がずらっと揃っている。美術史家の宮下氏(拙ブログ04/12/23)が‘生誕500年にあたる2071年まで同規模の展覧会が開かれることはないだろう’と仰っているがその通りだと思う。

これから出かけられる方もおられるだろうから、作品を全部紹介したい。スクデリア・デル・クイリナーレ美は広場をはさんでクイリナーレ宮殿の向かい側にあるからすぐわかる。現在でているのは24点、2階と3階に番号の順に展示されている。

(2階)
1 ‘果物籠をもつ少年’(ローマ、ボルゲーゼ美)
2 ‘果物籠’(ミラノ、アンブロジアーナ美)
3 ‘合奏’(NY,メトロポリタン美)
4 ‘リュート弾き’(サンクト・ペテルブルク、エルミタージュ美)
5 ‘いかさま師’(米国・フォートワース、キンベル美)
6 ‘バッカス’(フィレンツェ、ウフィツィ美)
7 ‘聖パウロの回心’(ローマ、オデスカルキ=バルビ・コレクション)
8 ‘荊冠のキリスト’(ウィーン美術史美)
9 ‘キリストの埋葬’(ローマ、ヴァティカン博)
10 ‘キリストの笞打ち’(ナポリ、カポディモンテ美)
11 ‘羊飼いの礼拝’(シチリア、メッシーナ州立美)

(3階)
12 ‘勝ち誇るアモール’(ベルリン、国立絵画館)
13 ‘ユディットとホロフェルネス’(ローマ、バルベリーニ宮国立古代美)
14 ‘エマオの晩餐’(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)
15 ‘洗礼者ヨハネ(解放されたイサク)’(ローマ、カピトリーニ美)
16 ‘キリストの捕縛’(ダブリン、アイルランド国立美)
17 ‘イサクの犠牲’(ウフィツィ美)
18 ‘洗礼者ヨハネ’(カンザス・シティ、ネルソン=アトキンズ美)
19 ‘洗礼者ヨハネ’(ローマ、コルシーニ美)
20 ‘エマオの晩餐’(ミラノ、ブレラ美)
21 ‘洗礼者ヨハネ’(ボルゲーゼ美)
22 ‘眠るアモール’(フィレンツェ、ピッティ美)
23 ‘ダヴィデとゴリアテ’(ボルゲーゼ美)
24 ‘受胎告知’(フランス、ナンシー美)

これをみられてお気づきになるように、イタリアは自分の国が生んだ大巨匠だからローマ、フィレンツェ、ナポリ、シチリアなどから傑作をどどっと集めている。また、ロンドン、ベルリン、ダブリンからもすばらしい絵がきている。さらに、米国もすごく協力的。どうしてもこの展覧会を見逃したくなかったのはキンベル美蔵の‘いかさま師’をみたかったから。テキサス州まではなかなかいけないので、これは有難い展示である。

これに対し、3点所蔵するルーヴルからは1点もでてない。察するに今、オルセー美が工事中だからルーヴルとしては観光客の気持ちを意識して人気のカラヴァッジョ作品を出したくなかった?それともイタリアに冷たいだけ?‘ロザリオの聖母’をもっているウィーン美術史美も日本にも以前やってきたランクの下がる‘荊刑のキリスト’で勘弁してくれというところか。

4回にわけて感想を書こうと思うが、その前に開館時間のことを。曜日によって時間が異なる。
・月~木 9:30~20:00
・金    9:30~23:00
・土    9:00~23:00
・日    9:30~22:00

この展覧会は予約システムがあるのでこれを利用し、10時の予約をとり9時半にスタンばった。この時点で一般の列は200人くらい並んでいた。先頭は2人の日本女性。8時くらいに並んでいたのかもしれない。予約なしで出かける方はやはり朝一番に行くのがよいと思う。ある日本の男性の話だと、夜7時に行ったら、かなりの人が閉館8時のため列に並ぶのができなかったらしい。その人はその日は運良く並ばせてもらったようだが、次の2日7時にでかけたら2日とも大勢の人がいて入館できなかったそうだ。

開館してすぐ入ったので前にいるのは数人。ゆったりカラヴァッジョの名画をみることができた。これほど嬉しいことはない。まず、じっくりみたのが4年前ミラノで体験した‘果物籠’(06/5/3)。この絵は館から門外不出だが、はじめて貸し出された。

前は時間があまりなくさっとみただけだったが、今回は梨や八手みたいな葉っぱについている水滴を単眼鏡でみた。部分図を拡大してこの水滴を是非みていただきたい。同時代の画家でこんなリアルな質感描写ができるのはほかにはいない。カラヴァッジョの比類のない画技の高さに脱帽である。

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2010.05.02

お知らせ

拙ブログは5/12までお休みします。

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2010.05.01

今年の西洋絵画展は印象派の当たり年!

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今日からGW本番、美術館へ出かける人も多いことだろう。人気の展覧会では待ち時間が長くなり大変な労力がいるが、好きな美術品をみるためだから足に目に力を入れてがんばるしかない。大勢の人が押し寄せそうな展覧会は、

(東京)
★‘マネ展’(4/6~7/25):三菱一号館美(拙ブログ4/6
★‘ボストン美展’(4/17~6/20):森アーツセンターギャラリー(4/25
(京都)
★‘長谷川等伯展’(4/10~5/9):京博
(奈良)
★‘大遣唐使展’(4/3~6/20):奈良博
(大阪)
★‘ルノワール展’(4/17~6/27):国立国際美(4/21

東京でも関西でも今年は印象派の展覧会の当たり年。日本ではモネやゴッホなどの回顧展は結構開催されるから、つい‘また印象派をやっているのね’と思われがちだが、今年の印象派展は特別。一年間にこれほど質の高い作品が登場する展覧会がいくつも行われるのは過去に例がない。とにかく年末まで切れ目なくすばらしい印象派展が続く。

自称‘印象派ならまかせなさい族’としては、印象派に目覚めた、あるいは虜になりつつある若い方に余計なアドバイスをしたくなる。で、今計画している印象派鑑賞大作戦をご披露したい。

まず、これから12月までに開かれるビッグな3つの展覧会のことから。
★‘オルセー美展2010 ポスト印象派’(5/26~8/16):国立新美
★‘ドガ展’(9/18~12/31):横浜美
★‘ゴッホ展’(10/1~12/20):国立新美

5/25からはじまる‘オルセー美展’にはすごい100点がやってきそう。チラシにはゴッホの‘自画像’やゴーギャンの‘タヒチの女たち’、セザンヌの‘水浴の男たち’、素朴派のアンリ・ルソーの‘蛇使いの女’などの傑作が載っている。オルセー美が工事のためこんな贅沢な展覧会が実現するのである。

オルセーにある印象派の名画はここ数年でみても、‘オルセー美展’(東京都美)、‘モネ展’(国立新美)、‘ルノワール展’(Bunkamura)、‘ロートレック’展(サントリー美)でかなりの数が公開された。今年は‘マネ展’に‘エミール・ゾラ’や‘ベルト・モリゾ’ など有名な絵がでているし、秋の横浜美の‘ドガ展’には目玉の‘エトワール’のほか数点が展示されるだろう。

パリへ出かけずに質の高い100点がみれるのだから、会期中何度も通って目に焼き付けるのもひとつの方法。1500円の入館料を5回払って図録を買えばちょうど1万円くらい。前売り券を買えば1000円引き。フランス旅行の費用に較べれば安いもの。

日本で開かれる展覧会でオルセーの作品が出品されるときは欠かさず出かけ、それでオルセーは見たことにし、印象派の傑作がどっとある米国のシカゴ美やワシントンナショナルギャラリー、メトロポリタン美を訪問すると印象派は一気に済みになる。このオプションも検討されることをお奨めしたい。

横浜美の‘ドガ展’はチラシに‘待望の大回顧展’とあるから、とても期待している。一級の‘セザンヌ展’を実施した実力を再度みせつけて欲しい。国立新美は秋にまたビッグな‘ゴッホ展’(10/1~12/30)を開催する。これは5年前、東近美であった‘ゴッホ展’のパートⅡ。アムスのゴッホ美とクレラー=ミューラー美から油彩35点が公開されるのでワクワクする。

気になる展覧会がもう二つある。
★‘ストラスブール美展’(5/18~7/11):Bunkamura
★‘ザ・コレクション・ヴィンタートゥール展’(8/7~10/11):世田谷美

チラシだけの情報だが、ストラスブールはモネやシニャックの作品が、ヴィンラートゥールはゴッホ、シスレーが載っている。印象派好きとしてはみておきたい。

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