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2010.04.04

日本の美 さくら満開! 心に響くさくらの絵(4)

1421_2   横山大観の‘夜桜’(大倉集古館)

1423_2   加山又造の‘春秋波濤’(東近美)

1422_2   奥村土牛の‘吉野’(山種美)

1420_2   川合玉堂の‘行く春’(東近美)

浮世絵ではさくらは花見をする人たちと一緒に描かれることが多い。天下泰平の江戸時代、春はさくらの下での宴会が武家にとっても町人にとっても一番の楽しみ。この浮世を描かずして何が浮世絵かである。

社会の仕組み、政治の体制ががらっと変わった明治になると、浮世絵はだんだん消えていく。が、さくらを愛する日本人の心は変わらないから、さくらは引き続き絵描きの表現意欲を掻き立てる。でも、描かれ方は浮世絵とはだいぶ違う。

人物が登場する風俗画風の表現ではなく、画家はモティーフとしてのさくらに真正面から向き合い、近代絵画としてのさくらの絵の完成度をあげる。そして、心を揺すぶる傑作が沢山生まれてきた。

さくらが好きな日本人のDNAは将来にわたってもずっと引き継がれていく?仮に100年後はどうだろう。たぶん大方の人は日本人のさくら好きは変わらないと答えるはず。となると、昨日取り上げた150年前頃描かれた北斎や広重の絵がわれわれの心に響くように、100年後に生きる人たちにとっても明治以降描かれたいいさくらの絵は心を打つにちがいない。

近代日本画の名画を長い伝統をもつ日本画の系譜に置いてみたとき、将来の時点でどの絵が古典として位置づけられ、輝きを保っているかをときどき想像することがある。今焦点を当てているさくらの絵ではどの絵だろうか。

横山大観の‘夜桜’(1929)と加山又造の‘春秋波濤’(1966)はやまと絵、琳派の
DNAを200%受け継いだ傑作だと常々思っている。今すぐ重文指定になってもおかしくない。

宗達や光琳がひょいと現れたら‘大観、又造とかいったお二人、お前さんたちはまったくすばらしい絵を描くね!’と仰天の眼差しをむけ、また‘日月山水図’(重文、大阪・金剛寺)を描いた絵師だって‘又造はん、中央の桜の山は真に見事でんな’と感心するだろう。

奥村土牛はさくらの絵のとびっきりの名手。‘吉野’(1977)をみていると心が軽くなり、満開の吉野のさくらを空の上から楽しんでいるような気になる。さくらの美しさだけでなく、吉野の山全体の穏やかな雰囲気が心をとらえて離さない。

川合玉堂の‘行く春’(1916、重文)は東近美の春の平常展では定番の作品。六曲一双の大きな屏風でこれは左隻のほう。画像ではわかりにくいが、風に流され散るゆく桜吹雪がじつに感動的。さくらの臨場感が一番感じられるこの絵の前ではいつも言葉を失い見入ってしまう。

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コメント

連日、浮世絵を始め、見事な桜ばかりですねぇ。
浮世絵は初めて見る作品が多かったです。
いつもいづつさんのアップされる画像は、それまで見たことない作品が多く、大きくて鮮明で、素晴らしいものばかりです。
ありがとうございました。

投稿: アキラ@ | 2010.04.06 12:36

to アキラ@さん
桜の絵は沢山ありますので、選択に困ります。
こういうときはもし所有者から‘1点差し上げ
ます!’といわれたと仮定し、決めるようにし
てます。

究極の選択となると好みの強さが浮き上がり
ますから、これが一番いいやり方ではないで
しょうか。

投稿: いづつや | 2010.04.07 00:53

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