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2010.04.30

期待値が半分あたった‘ピカソと20世紀美術の巨匠たち展’!

1505_3     デルヴォーの‘森の精’

1508_3              モディリアーニの‘アルジェリアの女’

1506_4            リンドナーの‘ヒョウのリリー’

1507_3    ウォーホルの‘ペーター・ルートヴィヒの肖像’

横浜そごうで開かれている‘ピカソと20世紀美術の巨匠たち展’(4/8~5/16)は期待値半分、リスク半分だった。

作品を所蔵するケルンのルートヴィヒ美については、2年前名古屋市美であった一級のモディリアーニ展に‘アルジェの女’を出品していたことがインプットされているだけなので、作品情報はゼロに等しい。だから、出かけたのはいいが満足する絵はたいしてなかったということもありうるなと思っていた。

果たして、その予感は半分当たっていた。目玉のピカソは8点あるが残念ながらグッとくるのが1点もない。昨年Bunkamuraにやってきたノルトライン=ヴェストファーレン美が所蔵する‘鏡の前に座る女’(拙ブログ09/2/27)などと較べて随分見劣りがする。ズバリいってピカソは期待しないほうがいい。

でも、ほかの画家の絵(52点)にかなりいいのがあるからトータルでは○。ご心配なく。最も魅了されたのがデルヴォー(1897~1994)の大作‘森の精’。デルヴォーのいい絵をみる機会がなかなかないが、この絵は06年ベルギー王立美で遭遇した傑作の数々(09/6/19)同様気分をハイにさせてくれる。

昨日紹介したユトリロの風景画のように画面の上半分は完璧な遠近法で道や建物が描かれている。沢山の森の精がおり、大半は裸婦だが衣服を着ている女性もいる。手前、中景、遠景で背の高さはだんだん低くなり、正面、横、斜め、後ろ向きといろいろなポーズをとっている。不思議なのが森の精なのに、立っているのは波しぶきがみえる海の上。ボッティチェリの‘ヴィーナスの誕生’のシュールヴァージョンをみるよう。

モディリアーニ(1884~1920)の‘アルジェリアの女’は名古屋ですごく目に焼きついているからすぐ反応した。モディリアーニやゴッホの人物画をみると一から十まで写実的に描かなくても人の外観や内面は表現できるのだということを思い知らされる。

今回はじめてお目にかかる画家が何人かいた。ハンブルク生まれのリチャード・リンドナー(1901~1978)もそのひとり。へんてこな女‘ヒョウのリリー’をみてすぐ思い出しのが4年前みたニキ・ド・サンファルの女性像(06/6/2)。赤や黄色といった原色が目にとびこんでくるのも似ている。

ポップアートの旗手、ウォーホル(1928~1987)が制作したコレクター、‘ペーター・ルートヴィヒの肖像’に足がとまった。顔を斜めに横切る青、薄ピンク、朱色の色面はとても印象的で現代感覚あふれる魅力的な肖像画になっている。また、お馴染みのステラやアルバースの正方形画面とは自由に遊べるし、フランケンサーラーの横長の作品にも惹かれる。

なお、この展覧会はこのあと次の美術館を巡回する。
・宮城県美:5/22~7/11
・鹿児島市美:7/23~9/5

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2010.04.29

2度目のユトリロ展!

1502_2     ‘ラパン・アジル’

1504_2     ‘カルボネルの家’

1503_2     ‘サン=バルテルミィ広場と教会’

新宿の損保ジャパン美で開催中の‘ユトリロ展’(4/17~7/4)をみてきた。ユトリロ
(1883~1955)の回顧展を体験するのはこれが2度目。5年前、日本橋高島屋(拙ブログ05/9/25)のときは80点あったが、今回は90点。フランスの個人コレクターが所蔵するもので、日本初公開。

ユトリロの絵に夢中というわけではないが、風景画を見るのは女性画同様、絵画鑑賞の大きな楽しみだから、ユトリロの描くパリの街やフランスの風景にもおおいに魅せられる。最近は絵のサイズは違うが、ビュフェの絵をみているときの感じ方と似てきた。

白の時代(1908~1914)に描かれたものではやはり‘ラパン・アジル’に目がいく。右の白い壁をよくみると、小さな石ころが混じっている。ユトリロは孤独を紛らわせるため、キャバレー、ラパン・アジルで飲んだくれていた。15歳でアル中というのだから半端な酒好きではない。

1915年以降は明るい色彩の画風になり、画面から暗さが消える。モティーフの大半は建物と通り。パリやそのほかのフランスの街を自由気ままに歩いたことがないから、絵に描かれた場所にヴィヴィッドに反応できないが、モンマルトルの坂に限っていえば数回体験したから、雰囲気はよく伝わってくる。

建物を中心に描くといっても、構成が平凡な街の風景だと誰も見てくれない。ユトリロは建物や道の切り取り方をよく心得ている。道の角に立つ家を中央に配置して奥行きをつくったり、画面の手前に道が右とか左に曲がるところを描き動感を与えている。‘カルボネルの家’の前では思わず足がとまった。道を歩く人々については向こうむきの人が多い。男も登場するが大半は女性。

もう一つ惹きつけられるのが遠近法を用いた絵。‘サン=バルテルミィ広場と教会’では道はずっと遠くまでのびている。画面の多くが青い空と白い雲で占められ、広々とした空間が一際存在感のある教会の塔を引き立てている。

大きな満足が得られた回顧展だった。このあと、次の美術館を巡回する。
・新潟県近美:7/10~8/25
・美術館「えき」KYOTO:9/9~10/17
・豊橋市美博:10/22~12/5

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2010.04.28

ボストン美展は印象派の傑作が目白押し!

1498             レンブラントの‘ヨハネス・エリソン師’

1501     ミレーの‘馬鈴薯植え’    

1500    マネの‘ヴィクトリーヌ・ムーラン’

1499           ルノワールの‘ガーンジー島の海岸の子どもたち’

森美で行われる展覧会はあまり関心がないので、六本木ヒルズへ行くことはほとんどないが、‘ボストン美展’(4/17~6/20、森アーツセンターギャラリー)があるので出かけざるをえない。ここは値段が高いので好感度ははっきりいって低い。だが、常時夜
8時までやっているのは評価できる。

森アーツでボストン美展をみるとはまったく想定外。勝手が違うが、いい絵がみれるのならどこだっていい。今回出品リストはなかった。出品リストが用意されてないとよく不満をもらす人がいるが、西洋画では基本的にはいらないと思っている。展示替えのある日本画では全部みたいときはリストがないと困るが、会期中作品が出ずっぱりの西洋画の展覧会では必要ない。

図録を買わない人で作品の内容を記憶にとどめておきたいのであればメモをとればいい。図録を買わせようとする美術館の姿勢が気に食わないとケチをつけるのはとんだお門違い。海外のブランド美術館で行われる企画展ではリストはないのが普通で、誰も要求しない。

日本ではボストン美展は定番の企画展といっていい。いつも印象派の作品をメインにして、これにプラスαを取り混ぜて観客動員を図る。今回も基本的にはこの展示方法と変わりない。でも、内容は相当レベルが高い。作品は全部で80点。会場を回りながら、三菱一号館美の‘マネ展’はこちらに食われるかもしれないと思った。このびっくりする出品内容が実現したのはオルセー美同様、ボストン美も現在工事中のため。お陰で東京にいながら、名画が楽しめる。

プラスαの目玉はレンブラントの夫婦で対になっている全身肖像画‘ヨハネス・エリソン師’とベラスケスの‘ルイス・デ・ゴンゴラ’(拙ブログ08/4/20)。お気に入りの‘ルイス’があったので、予想以上にいい絵がきていることを直感した。その思いは部屋を進むにつれて強くなった。

ミレーの‘馬鈴薯植え’はボストンが所蔵する自慢のミレーコレクションのなかでも上位にランクされる傑作のひとつ。視線が集まるのが二つの馬鈴薯が女の手から離れ下へ落下するところ。静かな農民風俗画でモティーフをストップモーション的に描写するのは珍しい。

メインデイッシュの印象派を横に押いやるのではと思われるのはまだある。2年前にあった回顧展に展示されたコローの‘鎌を持つ草刈人’と‘フォンテーヌブローの森’、そしてコンスタブルの‘ストゥア谷とデダム教会’。

さて、ハイライトの印象派。マネは2点ある。額に当たる強い光とじっと見つめる表情が気になる‘ヴィクトリーヌ・ムーラン’と大作の‘音楽の授業’。三菱一号館美には‘街の歌い手’(4/6)が展示されているから、今ボストン美にあるマネの名画が3点もみられる。これはすばらしい!

ルノワールも同じことがいえる。大阪の国立国際美には最も人気のある‘ブージヴァルのダンス’(2/21)がでているし、ここではとても明るい色調の‘ガーンジー島の海岸の子どもたち’が目を楽しませてくれる。また、緑の草花と白の衣服が目に飛び込んでくる‘日傘をさした女性と子ども’もルノワールらしい絵。

ボシトン美といえばモネのコレクション。風景画10点と定番の人物画‘カミーユと子ども’。これらは2年前名古屋ボストン美にやってきたもの。大好きな‘積み藁、日没’(08/6/1)をまた気分よくながめていた。いずれも心を惹きつけてやまない傑作である。

ドガの‘田舎の競馬場にて’(08/4/23)と‘エドモンドとテレーズ・モルビッリ夫妻’はボストン美の図録に載っているとてもいい絵。チラシに‘名画のフルコースをどうぞ’とあるが、東京都美がよくやる誇大なフレーズでは決してない。久しぶりに六本木ヒルズへ大勢の人が押し寄せるような気がする。

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2010.04.27

国芳展の勇ましい絵をみて元気200%!

1494_2            ‘坂田怪童丸’

1496_2      ‘朝比奈小人島遊’

1497_2      ‘近江の国の勇婦於兼’

1495_2      ‘竜宮玉取姫之図’

国芳展(府中市美)の後期(4/20~5/9)は前期(拙ブログ3/24)同様、楽しみが尽きない。摺りの状態がいい武者絵や美人画、迫力満点のワイドスクリーン画、ユーモラスな戯画、北斎や広重とはまた違った魅力のある風景画、これほどバラエティに富んだすばらしい国芳の絵が府中で全開中なのである。美術館から宣伝部長を仰せつかっているわけではないが、浮世絵ファンとしてはついついPRしたくなる。お見逃しなく!

楽しみにしていたのが‘坂田怪童丸’。この勇ましい絵と会うのは97年の回顧展(サントリー美)以来。国芳は金太郎と鯉の組み合わせで数点描いているが、これが最もぐっとくる。いわゆる子供絵としては最上位のランクづけをしている。滝のしぶきがとび散るなか、大きな鯉を捕まえる金太郎の元気のいいこと!

‘朝比奈小人島遊’は日本版ガリバー物語。‘国芳はガリバーの話も思いついたのか?すごい想像力!’なんて早合点しないこと。国芳は長崎から入ってきた巨人ガリバーと小人の絵をしっかりみている。才能のある人間はこういう絵をみると自分流の巨人画を描きたくなるのだろう。

この絵は96年と97年にあった2回の回顧展に出品されなかったから、ずっと追っかけていた。ようやく対面できた。なんとも愉快な絵。横に寝そべる朝比奈ガリバーは小人の大名行列を楽しそうに眺めている。巨人と小人の差がこれくらいあるとわれわれはとてつもなく大きな空間にいることになる。想像力を掻きたててくれる絵はやはり特別の存在感がある。

子供の怪力NO.1が金太郎なら、怪力女で名が通っているのが近江の国の宿場女、お兼。風呂上りで涼んでいたら馬が暴れだした。男たちはいるのに誰もこれを制せられない。これを見たお兼は‘役に立たねえ、男どもだなあ!’とつぶやき、暴れ馬の手綱を下駄でぐっとふんで取り押さえた。肩に手ぬぐいをかけ、見得をきるポーズが決まっている。

朝比奈ガリバーとともに見たくてたまらなかったのが‘竜宮玉取姫之図’。左端で海女が刀をふりかざして追っかけてくる龍や蛸や魚たちを威嚇している。海女はどうして追われているのか?藤原鎌足は娘を唐の皇帝嫁がせその返礼として宝珠を贈られたが、途中で龍神に奪われる。

だが、鎌足から依頼された志度の浦の海女はこれを奪還する。これですんなりとはいかない。龍神は海老、蛸、魚、貝などを手下にして逆襲してくる。で、海女は宝珠を乳房の下に隠し、なんとか逃げようとしているのである。真ん中の緑の龍神のくねくねする動きとそれに呼応する大きな波のうねりに視線が集中する。また、手前で横に描かれている手下たちの小悪党風の描写もおもしろい。

目に力が入る絵はまだまだいっぱいある。あとは見てのお楽しみ!

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2010.04.26

ポーラ美の杉山寧コレクションに大感激!

1490      ‘水’

1492      ‘奏’

1493      ‘翕’

箱根にあるポーラ美では現在、所蔵の‘日本画展Ⅰ期’(3/13~6/8)が行われている。チラシに使われている杉山寧(1909~1993)の‘水’は追っかけリストに入っている絵なので、この1点のため6/8までにはクルマを走らせることを決めていた。それが、急に岡崎市美へ行くことになったので、帰路ポーラ美へも寄ることにした。

この美術館へ来るのは2度目。御殿場ICからは20分くらいで着いた。前回、駐車料金を500円とられ、1800円もの高い入館料を払ったので、二度と来るのは止めようと思っていたが、今回はどうしても‘水’がみたかったので例外扱い。

ここが所蔵する印象派の作品は大阪で開催中の‘ルノワール展’に‘レースの帽子の少女’などが出品されているように、印象派展ではよくみかける。でも、日本画についてはほとんどみたことがない。こうした日本画の展覧会は開館以来はじめてのことらしい。これにあわせて、Ⅰ期60点、Ⅱ期59点のなかから50点を収録した図録が作成されている。

当初は作品の情報がなかったから、Ⅱ期(6/11~9/5)はパスだったが、図録に載っている杉山寧の絵をみたら、計画を変更せざるをえなくなった。この画家の絵をここが
43点ももっていることはまったく知らなかった。Ⅰ期に21点、Ⅱ期に22点でてくる。

杉山寧のほかでは12人の作家の作品が並んでいる。前期だけでいうと、横山大観
(2点)、小林古径(1点)、安田靫彦(2点)、前田青邨(3点)、高山辰男(4点)、山本丘人(2点)、徳岡神泉(4点)、福田平八郎(3点)、東山魁夷(3点)、加倉井和夫
(1点)、横山操(3点)、平山郁夫(10点)

明治以降に活躍した日本画家で現在、その回顧展との遭遇を最も希望しているのは杉山寧と横山操。早くみたいのだが、なかなか実現しない。だが、杉山寧についてはその願いはこの展覧会で叶えられそう。これまで体験した寧の絵は‘気’(拙ブログ07/8/2)や裸婦を描いた‘晶’(08/1/12)など20点くらいしかないが、これで杉山ワールドへかなり近づけた。

長年待ったエジプトシリーズの一枚‘水’は心に響く。背景に流れるナイル川の深い青色に水甕を頭に乗せた黒衣の女性が浮かび上がっている。ザラザラした感じのマチエールが杉山の特徴。深くて密度の濃い色調と強い造形性にとても惹きつけられる。

モティーフを寧は正面向きで描く。そのため見た瞬間絵が強いインパクトをもって迫ってくる。5匹の鯉を描いた‘奏’では2匹は手前と反対方向に泳いでおり、それを俯瞰の視点でとらえている。しかも鯉の量感描写が見事なので、目の前で泳いでいるのではないかと錯覚する。

3羽の白鳥がこちらに向かって飛んでくる‘翕’の前では思わずのけぞった。水面に飛び散る水しぶきがじつにリアル。図録をみるとⅡ期に登場する作品もいいのが沢山ある。すごく楽しみ。

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2010.04.25

鏑木清方の‘祭さじき’が突然目の前に現れた!

1488_3                       ‘祭さじき’

1489_2                       ‘薄雪’

1491_2          ‘妖魚’

美術館へ通っていると時々‘犬も歩けば棒に当たる’を実感することがある。松伯美のミュージアムショップに図録や絵葉書を買うため立ち寄ったら、そこに岡崎市美の企画展‘福富太郎コレクション 近代日本画にみる女性の美’(4/3~5/16)のチラシがあった。サプライズは裏面、追っかけ作品の鏑木清方の‘祭さじき’が載っているではないか!

お気に入りの日本画家、鏑木清方の絵はサントリー美であった回顧展で運良く‘秋の夜’(秋田県近美、拙ブログ09/12/3)と遭遇した。で、清方は一休み、あとは残る1点、‘祭さじき’(09/12/23)が鎌倉の清方記念館に出品されるのをじっと待っているつもりだった。

その待ち焦がれている絵が岡崎市美で展示されているのである(会期中展示替えなし)。これはもう出かけるしかない。土曜日は高速道路料金が1000円だからガソリン代はかかるが、安いコストで思いの丈を叶えることができる。朝、8時半に家をでたら、3時間半で着いた。いつもだと3時間でトイレ休憩なのだが、今回はノンストップで走った。

福富太郎コレクションは鏑木清方、池田輝方&池田蕉園の美人画で有名なことは以前から知っているが、こういう風にまとまった形でみる機会がなかった。お目当ての清方作品は20点ある。サントリー美にでた7点のうち‘薄雪’、‘妖魚’、‘廓の宵’とも再会した。次に多いのが関西の女流画家、島成園(6点)、そして池田輝方と妻の蕉園、北野恒富が4点ずつ。

関心の高い画家でいうと上村松園、伊東深水は1点しかない。深水の‘戸外は春雨’は日劇ミュージックホールに出演している踊り子の楽屋での様子を生き生きと描いた現代風俗画。画集には必ず載っている有名な絵である。福富太郎がこれにとびついたのはよくわかる。また、竹久夢二もしっかり2点あった。

‘祭さじき’の女性と‘雪’、‘金魚’、‘南枝綻ぶ’の女性は目や細長い顔がよく似ているが、賑やかな祭の雰囲気が桟敷席にいるこの女性の美しさを一際輝やかせている。きれいな図版が手に入ったので、浮き浮き気分。これで追っかけていた清方の美人画は全部みることができた。ミューズに感謝!

‘薄雪’は‘秋の夜’と同じく丸顔美形タイプの美人画。これをみているといつも女子フィギュアの浅田真央ちゃんを連想する。‘妖魚’の人魚は松園の‘焔’(08/9/28)とともに艶かしい日本画の代表格のような絵。心がザワザワするのであまり長くみつめないようにしている。

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2010.04.24

ミューズが誘ってくれた松伯美術館の‘上村淳之展’!

1485_2     ‘雁金’

1487_2     ‘水辺の朝’

1484_2     ‘早苗田’

1486_2           ‘晨’

これまで奈良博を訪問したときは、ついでに大和文華館へも寄ることが多かった。近鉄線の学園前(奈良から3つ目)で下車し、タクシーを利用すると5分くらいで着く。

今回はこの美術館はパスし、線路の反対側にある松伯美へ向かった。現在、行われている‘上村淳之展’(3/21~5/16)をみるためである。

ここへははじめて来た。土地勘がないから、どのあたりにあるのかはよくわからない。このこじんまりとした美術館が所蔵するのは上村松園、松篁、淳之三代の作品。今は企画展の‘上村淳之展’と併設展示の松園と松篁(3点ずつ)。

上村淳之(1932~)の作品25点は1点のみがここの所蔵でほかは個人と大松美のもの。08年、09年と2年連続で回顧展に出会ったから(拙ブログ09/3/7)、目が慣れている絵が多い。‘雁金’はお気に入りの一枚。雲にかすんだ月を背景にして2羽の雁金が悠々と飛んでいく。もし、‘一点差し上げる’といわれたら、躊躇せずにこれをいただきたい。

羽を広げ低空で飛んでいく鳥の群を描いた作品は数点あるが、どれも水面に影が映りこんでいる。‘水辺の朝’は白とグレーを基調にして構成されたとても静かな絵。朝のひんやりした空気のなかを音もたてず、すーっと飛んでいく3羽の鳥が心を揺すぶる。

1600羽もの鳥たちと一緒に生活している淳之は目をつぶっても鳥の動きは克明にとらえられるにちがいない。‘早苗田’は肩の力が抜けるとてもいい絵。小刻みに体を動かす子鳥とは対照的に子鳥に近づく親鳥は慈愛に満ちやさしく見守っている感じ。

白鷹の絵‘晨’にもすごく魅了される。淳之の父、松篁は長年白鷹を描きたかったが叶わなかったという。併設の部屋に普通の鷹の絵があった。淳之が描きあげた白鷹をみると、父を超えようとする意気込みが伝わってくる。

‘大遣唐使展’の開催時期と上村淳之展が重なったのは幸運というほかない。いつか訪問しようと思っていたこの美術館でミューズは淳之のすばらしい花鳥画を取り揃えてくれていた。思い出に残る奈良美術旅行だった。

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2010.04.23

遣唐使が持ち帰ったお宝がここにもあそこにも!

1483_2    ‘諸尊仏龕’

1481_3         ‘菩薩半跏像’

1480_2    ‘三彩有蓋短頸壺’

1482_2                  ‘禽獣葡萄鏡’

630年にはじまった遣唐使により、日本へ大陸の文物、仏教の情報が入ってきて、それをもとに日本国の政治、宗教システムが出来上がったことは歴史の教科書で学んだから、遣唐使のことは一応頭のなかにインプットされている。

書物の文字情報で得た知識が実物の‘もの’や‘こと’で肉付けされるこういう歴史レヴュー型の展覧会は知識の立体化が図れる貴重な体験。ここで手に入れた図録はほかの関連本などとくっつけて一気に読み込み情報のリファイン化を行っている。

今回は大遣唐使展だから、大勢の人々が命を賭して日本にもたらした一級の文物がここにもあそこにもある。国宝‘諸尊仏龕’(しょそんぶつがん、金剛峯寺)は空海が持ち帰った携帯用の小仏龕。7年前京博であった‘空海と高野山展’にも出品されていた。狭い空間に多くの尊像がこまかく彫られている。制作時期は7世紀後半から8世紀のはじめ。

初公開されるフィラデルフィア美蔵の金銅仏‘菩薩半跏像’は眉間にしわを寄せるぽっちゃり菩薩の表情とちょっと艶かしい半跏のポーズにグッと惹きこまれる。フィラデルフィア美はまだ訪問してないが、西洋絵画だけでなく東洋美術のコレクションもこの1点をみただけで相当質が高いことがうかがえる。早くなんとかしたい。

‘吉備大臣入唐絵巻’とともに大きな収穫だったのは三彩。唐三彩が東博、出光美から2点づつ4点、これをまねてつくられたな奈良三彩が2点。倉敷考古館が所蔵する奈良三彩の壺(重文)は追っかけていたものだから、嬉しくてたまらない。壺の形といい美しい緑の発色といい、本当にすばらしい。息を呑んでみていた。

初見の国宝‘禽獣葡萄鏡’(唐時代・7~8世紀、愛媛 大山祗神社)も施された文様が目を楽しませてくれる。鏡背には獅子、鳳凰、孔雀、鴛鴦、葡萄が円にそってリズミカルに配置されている。隣の‘海獣葡萄鏡’(千葉 香取神宮)も国宝。これはラッキー!

ほかにも‘聖観音菩薩立像’(薬師寺、拙ブログ08/5/27)、‘天寿国繡帳’(中宮寺、展示は4/25まで)や‘興福寺鎮檀具’(東博)など見慣れた国宝がずらっとあるから、テンションは上がったまま。満足度200%の展覧会だった。

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2010.04.22

奈良博の大遣唐使展に‘吉備大臣入唐絵巻’が里帰り!

1476_2    ‘吉備大臣入唐絵巻’の‘遣唐使船の到着’(一巻)

1477_2     ‘吉備大臣と名人の囲碁勝負’(四巻)

1479_2     韓幹の‘照夜白図’

1478_2     ‘仕女図’

平城遷都1300年を記念して開催される‘大遣唐使展’(奈良博、4/3~6/20)は10年に一度クラスの大展覧会。会期中、絵画、書、彫刻、やきもの、工芸などが全部で
261点展示される。その内容がすごい!わが国の国宝41点だけでなく、中国、米国からやってきた一級の文物も沢山ある。こんな機会は滅多にないから目に力をいれてしっかりみた。

この特別展のお目当てはボストン美から10年ぶりに里帰りする‘吉備大臣入唐絵巻’(一巻、四巻)。2000年、東博であった国宝展に出品されたのを見逃したから、今回はなんとしても見なくてはという気持ちが強い。

この絵巻は吉備真備(きびのまきび)の説話を絵画化したもの。制作の時期は平安時代、12世紀の後半とみられている。遣唐使として中国に行った吉備大臣は唐の皇帝によって楼にとじこめられ、難題をいろいろふっかけられる。だが、これを鬼となっていた安倍仲麻呂のアシストを得て難なく解決し、‘文選’‘囲碁’などの宝物をもって無事日本に帰還する。

一巻は吉備大臣の乗った船が唐に到着する場面。紙のかすれがあり体全部はみえないが、右にいるのが吉備大臣。岸には武官たちが待ち受ける。人物の顔をみると、伴大納言絵巻に登場する人たちの顔とよく似ている。四巻に描かれているのは囲碁の勝負。異時同図法が用いられ、右から左へ3つの場面が展開する。

一番右では唐の名人と真剣勝負の真っ最中。なかなか勝負がつかない。で、吉備大臣はズルをする。黒石をひとつ飲み込むのである。これが占いでバレたので強力な下剤を飲まされる。だが、吉備大臣は気合をいれてこれを腹に残して、勝負を決着させる。真ん中は衣服を脱がされてチェックされてるところ、左では臭いのを我慢してみるが黒石は発見できないでいる。

この絵巻の全体がどうなっているかは第2会場へ向かう途中に設けられた大型画面にデジタル画像による解説があるのでしばらくいるとおおよそわかるし、人物表現のおもしろさ、動きのある描写を楽しむことができる。

びっくりする絵画があった。08年、メトロポリタン美でみた‘照夜白図’が展示されている!この白馬は玄宗皇帝の愛馬。たて髪の細かい描写と顔をぐっと上げて立ち止まる躍動感あふれる姿を釘付けになってみた。また、隣にある同じくMET蔵の周文の‘琉璃堂人物図’にも足がとまる。

皇帝の王子の墓に描かれた壁画、‘仕女図’(陝西省考古研究院)をみるのは2度目。4,5年前あった‘中国国宝展’に出品された。とくにひ惹きつけられるのは右の女。ふっくらした顔をとらえた線描と口紅の赤を再度目に焼き付けた。

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2010.04.21

ルノワールの‘可愛いイレーヌ’を追っかけて大阪へ!

1473_2     ルノワール展のチラシ

1474_2             ‘可愛いイレーヌ’

1475_2    ‘シャトゥーのセーヌ河’

国立国際美で4/17からはじまった‘ルノワール展’(6/27まで)に出品されている
‘可愛いイレーヌ’(チューリヒ、E.Gビューレー・コレクション)を追っかけて大阪へ行ってきた。

東京展(国立新美:1/5~4/5、拙ブログ2/21)をみたとき、‘可愛いイレーヌ’は大阪だけにやってくることを知り、即追っかけを決めたのだが、奈良博の‘大遣唐使展’
(4/3~6/30)との抱き合わせにするため日程を調整していた。

最初に行った奈良博で手に入れたチラシはぱっとみると、‘えっ、なにこのルノ。?’よくみると‘見ルノ、知ルノ、感じルノ。’ルノワールの頭のルノで言葉遊びしているのである。‘努力したので賞’(古いフレーズで恐縮)をあげたいが、隣の方とは‘なくてもよかったネ’で一致。‘ルノアール’を‘ルノ’に縮めるのは無理があるような気がするのだが。皆さん、どう思われます?

作品の数は東京展に出ていたものが8点なく、そのかわり大阪だけの作品が4点。差し引き東京より4点少ない81点。でも、海外からやってきたものは引き続き展示され、‘可愛いイレーヌ’というビッグなプラスαがあるからトータルではこちらのほうがいい。

1880年に描かれたイレーヌ嬢は当時8歳。ユダヤ人銀行家の娘である。画集でみても惹かれるが、本物はもっといい。しばらく見続けたのが栗毛色の髪。1本々濃いところとうすいところがしっかり描き分けられ、後ろを青いリボンでまとめている。白い顔のやわらかい描写がなんともいい。横顔にくらべると白と青のスカートの上にのせた手はぼかし気味。大満足!この絵1点のために大阪まで足をのばした甲斐があった。

思いの丈が叶えられたのであとの作品は気楽にみた。ルノワールの風景画はそれほど惹かれないが、‘シャトゥーのセーヌ河’(1881年、ボストン美)は別。それにしても
1879年から1881年頃に描かれた作品は人物画でも風景画でも色が輝き、心を揺すぶる。

女性画はお気に入りの‘団扇を持つ若い女’、‘ブージヴァルのダンス’などを再度目に焼きつけ、気分が最高にハイのまま館をあとにした。

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2010.04.19

いつか見たいファルネーゼ宮殿の天井画!

1471_2      ファルネーゼ宮殿

1470_2    カラッチの‘バッカスとアリアドネの勝利’(大広間天井画)


1472_2            ファルネーゼ宮殿のカメリーノ(小部屋)

歌劇‘トスカ’の2幕の舞台であるファルネーゼ宮殿はまだ行ったことがない。1月に訪問したファルネジーナ荘からはテヴェレ川をはさんでちょうど真向かいのところにある。

ここはファルネーゼ家が住んでいた宮殿。1517年から建設が開始されたが、1543年枢機卿だったアレッサンドロ・ファルネーゼが教皇パウルス3世になると、3階のコーニスと屋根、中庭のデザインをミケランジェロに依頼し、1589年に完成した。現在、ここはフランス大使館。だから、中には入れない。

手元にあるイタリアガイドブックのローマの地図にはこの宮殿はもちろん載っているが、内部見学ができないから紹介記事はなし。で、内部がどうなっているかについてはNO情報だが、ここの大広間(ガレリア・ファルネーゼ)の天井にカラッチ(1560~1609)が描いたすばらしい絵‘バッカスとアリアドネの勝利’があることはわかっている。

これが完成したのは1600年。カラヴァッジョ(1571~1610)がちょうど同じ時期に描いた出世作‘聖マタイの招命’(拙ブログ06/5/21)や‘聖マタイの殉教’(ともにサン・ルイジ・デイ・フランチャージ聖堂)同様、大勢の人がこの天井画をみるためにやってきたという。

こういう絵は特別のコネクションのある専門家しかみる機会はない。たぶん縁がないだろう。可能性があるとすれば将来‘カラッチ展’が開催されたとき。これに関連して特別に公開されるかもしれない。

でも、カメリーノの天井に描かれた‘分かれ道のヘラクレス’はがんばればみれる。現在、この絵はナポリのカポディモンテ美が所蔵している。じつは、この絵だけカンヴァスに描かれていたため、取り外されてパルマ、ナポリと移されたのである。宮殿に飾ってあるのは後世の模写。

カラッチの絵はまだ片手くらいしかみてない。まずはカポディモンテ美を体験し、あとは‘バッカスとアリアドネの勝利’を夢みていたい。

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2010.04.18

話題のチューリヒ歌劇場の‘トスカ’を観た!

009_2

16日(金曜)のNHK芸術劇場はチューリヒ歌劇場の‘トスカ’(プッチーニ、全3幕)をやっていた。昨年4月の公演。最近は美術のほうへエネルギーを注いでいるため、TVでオペラを聴くことがめっきり少なくなった。だから、たまに観る人気の演目がすごく新鮮。

昨年の11月か12月に放送されたミラノ・スカラ座の‘アイーダ’(バレンボエム指揮)はアイーダ役のヴィオレッタ・ウルマーナ(ソプラノ)の美しい歌声にとても感激したが、この‘トスカ’にもすばらしいテノール歌手が出演していた。

画家カヴァラドッシを演じているのはミュンヘン生まれのヨナス・カウフマン(上の画像)。今、ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場などで引っ張りだこのテノールだそうだ。イタリア語、フランス語、スペイン語がしゃべれ、ドニゼッティ、ヴェルディ、プッチーニと幅広いレパートリーをもっているという。はじめてその歌声を聴いたが、なかなかいい。しかも、すごいイケ面。人気が出て当たり前だなと思った。

警視総監スカルピアのトーマス・ハンプソンはしばらくみないうちに、髪には白いものがみえ恰幅のいい中年男になっていた。バリトンというとホアン・ポンスをすぐ思い浮かべるが、ハンプソンのスカルピアのほうがポンスより凄みがあり残忍な性格がよくでている。

嫉妬深いトスカ役のエミリー・マギーははじめてみた。瞬間的に脂肪のついた松坂慶子を連想した。ワルのスカルピアと美貌の歌姫トスカの裏切り合いについてはゲーム理論との関連で拙ブログ07/7/10でふれた。

この公演では二人のやりとりが観客の心にぐさっとくるような演出になっている。琴線にふれる‘歌に生き、恋に生き’をトスカが悲しみのはてに歌うのをスカルピアは壁にもたれかかり聴いている。上半身には強く光が当たり、その迫真的な明暗描写はまるでカラヴァッジョの絵をみているよう。

残念だったのがカウフマンが歌う名アリア‘星はきらめき’(05/1/2)。マイクの設置がうまくいかなかったのか声をよくひろってなく、音量が落ちていた。このオペラ一番の聴かせどころを楽しみにしていたのに、ちょっと拍子抜け。でも、これはご愛嬌。

こういうすばらしいオペラをみると、ヨーロッパに住んでいる人が羨ましくなる。魅力のテノール、カウフマンと話題の演出で注目をあつめるチューリヒ歌劇場がしっかりインプットされた。オペラ戻りに拍車がかかりそう。

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2010.04.17

大リーグ、開幕11試合のイチロー、松井の調子はどう?

1469大リーグは開幕してから11試合を経過。

シーズンは162試合の長丁場だから、今の時点での順位でチーム力を判断するわけにはいかない。

一般的には30試合くらいを戦った時点でチームの戦力はかなり明確になってくる。

でも、今年同じ西地区で戦うことになったイチローと松井がいるマリナーズとエンゼルスの戦績はやはり気になる。

1位 アスレチックス 8勝4敗
2位 レンジャーズ  5勝5敗
3位 マリナーズ   5勝6敗
4位 エンゼスル   4勝7敗

アスレチックスがいいスタートをきっているが、まあ横一線。エンゼルスは松井のサヨナラヒットで5連敗を免れたが、続くヤンキース戦では1勝2敗と負け越した。今日は松井は1安打を放ち、チームも勝った。松井はこれで3ホームラン、打率0.317と調子がいい。

一度フルイニングでレフトの守備についたから、膝の状態は今のところ大丈夫のようだ。怪我に悩まさられることなく打席に立つのだから気分が悪かろうはずがない。体調さえよければいいところで打つようになっているスター選手なのだから、今年はかなり期待できそうな気がする。

イチローは2試合続けて2安打。相変わらず打って走って観客の目をを楽しませてくれる。身体検査の結果では体力の衰えはまったくないらしい。35歳を過ぎれば、それなりに脚力とか動体視力は落ちてくるはずなのだが、これを防ぐため日々トレーニングを積み重ねているのだろう。こういう怪我と縁がないというのがイチローの最大の強み。これは誰も真似ができない。本当にすごい選手である。

今年、ナリーグのパイレーツでプレーすることになった岩村は一番2塁でまずまずのスタート。昨年はレイズの2塁のレギュラーだったが、途中で大怪我をして、思うような成績を残せなかった。だが、新天地ではリードオフマンとして、また活躍するだろう。イチローもそのプレーを高く評価しているという。今年はなんとか3割を打ってもらいたい。がんばれ、岩村!


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2010.04.16

ヴェネツィア絵画の気になる人物描写!

1468_2     ジョルジョーネの‘老婆’

1466_2    ティツィアーノの‘聖母マリアの神殿奉献’

1467_2                             カルパッチオの‘聖女ウルスラ伝’

ここ数年海外の美術館をまわるとき、ヴェネツィア派のティツィアーノとティントレットの絵画を必見リストの上位におき、目に力をいれてみてきた。1月に訪問したヴェネツィアでも幸運にも再会したものも含めていくつもみることができた。

画集に載っている代表作に一つ々済みマークをつけるのは楽しいもので、次回この水の都へ来たとき出かける教会や美術館は今から決めている。

鑑賞した作品が増えてくると、画業の変遷や作風がいろいろわかってくる。そして、ダヴィンチ、ボッティチェリ、ミケランジェロ、ラファエロらのフィレンツェ派との技法や表現方法の違いとかバロック絵画との共通性にも気づくようになる。今回、ヴェネツィア絵画で感じたことをすこし。

2度目のアカデミア美ではおおいに刺激された。印象深い絵はジョルジョーネ(1476~1510)の‘老婆’(拙ブログ2/3)。感想記でも書いたようにこの現実感のある人物描写は近代絵画そのもの。

宗教上の出来事に当時の人々を登場させ、それまでの宗教画以上に神秘性を画面に与えたカラヴァッジョ(1571~1610)の絵に腹の底から惚れているが、ジョルジョーネのリアリズムにも仰天する。ひょっとしてカラヴァッジョはローマへ出る前、ヴェネツィアを訪れ、この絵をみたのかもしれない。

ティツィアーノ(1485~1576)の‘聖母マリアの神殿奉献’(部分、2/5)とカルパッチオ(1460~1526)の‘聖女ウルスラ伝’(部分、2/6)はともに宗教画ではあるが、半分は風俗画。輝く光の輪につつまれた聖母がティツィアーノの絵の主役だが、視線はそこから離れそのすぐ下にいる卵売りの老母のほうへ向かう。この横向きの年老いた女の存在感がありすぎるのだ。

こういう宗教画のなかに市井の人を描き込むのはヴェネツィア派の特徴。カルパッチオの絵にでてくる女のつまらなさそうな顔がとても気になる。これは連作の一枚なのだが、中央に描かれるハイライトの場面とは対照的にこの階段に腰をかけている女(給仕女?)に漂う無気力感はドイツの表現主義の絵をみているよう。

カルパッチオは別の一枚では川べりに疲れたような表情をみせる若い兵士を正面向きに描いている。この画家の内面描写に大変惹かれたので、ヴェネツィア再訪のときはまだ残っている傑作をいの一番にみようと思っている。

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2010.04.15

金沢文庫で国宝肖像画を展示中!

1464_2          ‘北条実時像’


1463_2    ‘金沢貞将像’           ‘金沢貞顕像’         ‘北条顕時像’


1465_2           ‘十二神将像のうち寅神’

4/5の日曜美術館のアートシーンにNOチェックだった‘金沢文庫の絵画展’(2/18~4/18)が紹介された。金沢文庫は昨年10月、仙台市博が所蔵する国宝‘支倉常長像’を展示してくれたのですごく好感度が高いのだが、今回のお目当ては金沢北条四代を描いた世にいわれる‘金沢四将像’(いずれも国宝)。

この肖像画が展示されるのは極めて少ないから、つい国宝の追っかけリストから漏れていた。それが、偶然アートシーンに登場してくれ、後期(3/24~4/18)のみ展示されるという。今年は金沢文庫が開館して80周年にあたり、これを記念しての特別公開なのである。18日まで展示されているので関心のある方はお見逃しなく!

金沢四将像は13世紀後半から14世紀半ばにかけて描かれた。法体で表されているのが金沢文庫を創設した北条実時(1224~76)と息子の北条顕時(1248~
1301)、そして見栄えのする衣装に身をつつみ威厳のある鎌倉武将の姿で描かれているのが顕時の子、金沢貞顕(12178~1333)と四代の金沢貞将(1302~33)。

貴族や僧侶、武将などの肖像画はこれまでいろいろみてきたが、国宝指定となるとやはり、ほかのものとはどこか違う。顔の表情、とりわけ目の描き方がすごく真に迫っている感じで、その存在感に圧倒される。長くみていたのは北条実時とひ孫の金沢貞将。二人の目とか雰囲気が驚くほど似ている。

もう一点目を惹く絵があった。チラシに使われている‘十二神将像のうち寅神’(重文)。顔や手から衣装まで緑づくし。黄金の装飾と緑の鮮やかな対比に目がくらくらする。‘こんなインパクトのある十二神将の絵をこれまでみたことあった?’と過去の画像ファイルを思い起こしてみたが、すぐにはでてこなかった。

これも後期の展示だから、このタイミングで出動したのはいいことだらけ。ミューズに感謝々!満ち足りた気持ちで館を後にした。

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2010.04.14

フラ・アンジェリコの手 vs シュルレアリストの手!

1462_2    フラ・アンジェリコの‘キリストへの嘲笑’

1461_2   マグリットの‘エリプス’

1459_3              クレーの‘頭も手も足もハートもある’

1460_2   レンピッカの‘手と花’

絵画を鑑賞するときは目の前の作品に集中するように心がけている。解説文はタイトルと所蔵先をちらっとみるだけなので、絵がいつごろ、どういう状況で描かれ、何を表現しているかという情報が抜けていることが多く、作品は自分の印象だけで記憶されている。

こういう鑑賞だと絵のなかにでてくる気になる描き方とかモティーフが強く体に残り、なにかの拍子で不思議に思っていたことが一気に解決することがある。1月のイタリア美術めぐりで大きな体験があったので、そのことをすこし。

その絵は感想記でもふれたフラ・アンジェリコ(1395~1455)が僧房に飾る絵として描いた‘キリストの嘲笑’(拙ブログ2/19)。キリストの上腕部のまわりに描かれた4つの手をみた瞬間、ベルギー王立美で遭遇したマグリット(1898~1967)の‘エリプス’の手を思い出した(05/4/25)。当時、この絵が強烈なイメージで迫ってきて、マグリットの比類ないシュール感覚に脱帽という感じだった。

だが、アンジェリコの手をみてしまったのである。‘エリプス’はマグリットの頭のなかから生まれたものではなかった!西洋絵画におけるビッグネーム画家は皆小さい頃からルネサンスやバロック絵画をいろいろみており、古典の名画をよく研究している。マグリットも例外ではない。マグリットはおそらく中世のころから嘲笑を表す図像としてこういう手があったことを知っており、アンジェリコの絵もみていたのだろう。そして、これを霊感源にして自分流のシュールな作品に仕上げたものと思われる。

これでマグリットの作品の価値が下がることには勿論ならない。作品の創作にあたって先行例からヒントを得るのはよくあることで、まったくのオリジナルというのは絵画ではありえない。どんな傑作でもいろんな形で過去の絵から影響を受けていることはいうまでもない。

クレー(1879~1940)の絵もマグリットと発想が似ている(06/7/4)。こちらは手だけでなく足も体から分離されて宙に浮遊している。こういうドキッとする形を初期ルネサンスの時代に生きたアンジェリコは中世からのお馴染みの図像から思いついたのだが、シュルレアリスム絵画を体験したわれわれの目からすると‘なんて豊かなシュール感覚なんだ!’と戸惑い半分驚き半分でみてしまう。

イタリアから帰って出かけたBunkamuraの‘レンピッカ展’(5/9まで開催、3/19)でまたシュールな手に遭遇した。レンピッカ(1898~1980)はこの‘手と花’を描いた
1949年ころはイタリアに滞在していたから、彼女もアンジェリコの絵をサンマルコ寺院でみたのかもしれない。

マグリットの‘エリプス’は1948年ころの作品、期せずして手が重なる同じ構成の絵が誕生したことになる。それとも、レンピッカは‘エリプス’に刺激を受けた?

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2010.04.13

もっとみたい文字絵!

1455_2             ‘信’

1456_2   ‘禮義’            ‘孝悌’              ‘忠信’

1457_2    ‘風雨風虎’                  ‘龍馬’

1458_2           ‘忠’

06年、民藝館であった‘朝鮮民画展’のとき、図録はいつものように用意されてなかった。が、前年の05年9月にソウル歴史博物館で開催された‘うれしい!朝鮮民画展’の図録があったので、すぐこれを購入した。

この展覧会には日本民藝館、倉敷民藝館、静岡市芹沢銈介美、高麗美、天理大学付属天理参考館などが所蔵する民画120点が出品されたが、大半は日本の美術館にあるものだった。

日本でもこの展覧会が開催されることを強く願っていたが、残念ながら実現しなかった。でも、この図録が手に入ったから時々頁をめくり、民藝館蔵品やほかの美術館にある民画のいろんなヴァリエーションに感じ入っている。一人で楽しむのはもったいないので、おもしろい文字絵をいくつか紹介したい。

‘信’は昨日取り上げた初期の文字絵と同じタイプのものだが、字の中に挿入された絵がくっきりわかるのでみてて楽しい。‘ィ’(にんべん)には虎がおり、‘口’の左には頭が人で身が鳥の鳥人間がみえる。この鳥人間をはじめここに登場するモティーフは‘信’という文字に関連する故事を表すために描かれている。

大変興味深いのが飛白体の‘禮義、孝悌、忠信’。飛天を連想させる流れるような字画に人物や鳥、魚が描かれている。絵と文字のこの見事なコラボのインパクトは大きい。ダリやマグリットのダブルイメージから受けるのと同じくらいの新鮮さがある。とくにハットするのが人物。この図録には49の文字絵が載っているが、人物画がでてくるのはこの3点だけ。朝鮮の絵師たちの豊かな発想にはまったく恐れ入る。

‘風雨風虎、龍馬’も同じく飛白体の文字絵。じっと眺めていると、文字と絵がじわじわ融合してきて、タイトルがイメージできるようになる。‘風雨風虎’はまわりの角々した枠は風の字を思わせるし、上のほうは雨の感じ。‘龍烏’も上のくねくね曲がる線が龍で、下が馬の字というのがなんとなくわかる。絵が上手いとか下手とかでこれをみてもしょうがない。自由で屈託のない絵心にとても惹かれる。

‘忠’という字で最もおもしろいのが龍、鯉、亀が描かれたもの。ソウルであった展覧会のタイトルの通り、‘うれしい!文字絵’である。一番上の‘信’を除く3点は静岡の芹沢美の所蔵。いつか、ここで本物と対面したい。

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2010.04.12

朝鮮民画をみる楽しみ!

1451_2             申師任堂の‘草虫図’

1452_2           ‘山神図’

1454_2    文字絵‘悌、孝’

1453_2    文字絵‘義、禮’

民藝館の今回の朝鮮陶磁展では、民画が25点くらいやきものと一緒に展示してある。まとまった形で民画をみる機会は06年にあった‘朝鮮民画展’(拙ブログ06/10/10)以来なので、しっかり楽しんだ。

4年前展示された100点のなかにあったのか、それともそれ以前にみたのかは記憶が定かでないのだが、再会した‘草虫図’を釘づけになってみた。これともう一幅が対になって飾られている。この絵、どこかでみたことがあるぞ!? そう、若冲ファンならすぐピンとくる絵、‘動植綵絵・池辺群虫図’(09/8/19)。

左の下に描かれている蛙や上の蝉、そして右の蝶の形や向きがまったくよく似ている。隣の一幅にも同じ方向の下へ飛ぶ蝶がでてくるが、これも若冲の蝶と色は違うが形、向きがそっくり。これが描かれたのは朝鮮時代の16世紀だから、若冲はこの絵をみていることを以前から200%確信している。若冲が好きな人はこれだけでも民藝館へ出かける価値がある。是非ご自分の目で。

‘山神図’は不思議な形をした絵で、虎と人物の絡みはどうなっているの?という感じ。4年前、はじめてみたとき瞬間的に‘ちびまるこちゃんのおじいさんがいる!’と思った。虎よりこのおじいさんの顔が気になってしょうがない。ここにはとびっきりいい虎の絵‘虎とかささぎ’があるが、今回はでてなかった。

花鳥画では2階のメイン展示室にある大作‘蓮花牡丹鴛鴦’の全体の構成と鮮やかな色が印象深い。また、ほかの‘蓮花’ヴァージョン、‘遊魚’、‘水禽’、‘飛鶴’などにも足がとまる。

前回と同じように文字絵(4点)をじっくりみた。‘孝、悌’は初期の文字絵で文字を形づくる太い墨線のなかに文字が示す内容をあらわす中国の故事が描き込まれている。‘悌’は上に孔雀、真ん中に人物、下には筍がみえる。こういう文字絵を使い、親は子供たちに儒教思想における根本の徳目、孝、悌、忠、信、禮、義、廉、恥を教えたのである。

鳥や花などのモティーフが文字の外に出て、字画のひとつとなったタイプのものが次の‘禮、義’。‘禮’には亀、草花、鳥が使われ、‘義’ではてっぺんで二羽の鳥が交差し、文字を一部をつくっている。府中市美の‘国芳展’に猫の当字、‘ふぐ’が展示されていたが、国芳は朝鮮の文字絵に霊感を得たにちがいない。

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2010.04.11

日本民藝館の‘朝鮮陶磁展’は図録付き!

1447_3    ‘染付秋草文面取壺’

1448_2    ‘白磁壺’

1449_2    ‘大井戸茶碗 銘山伏’

1450_3    ‘刷毛目鉄絵草花文俵壺’

日本民藝館の‘朝鮮陶磁展’(4/1~6/27)を楽しんだ。今年は柳宗悦(1889~
1961)が亡くなって50年にあたる。で、柳が民藝運動を進めるきっかけとなった李朝の陶磁270点を館の展示室を全部使って一挙公開。これはたまらない。しかも嬉しいことにこれらを収録した図録が作成されていた!

これまで有名な‘染付秋草文面取壺’や白磁の大壺などを沢山ここでみたのだが、図録がないためその感動を体のなかにとじこめられずにいた。だが、これからは朝鮮陶磁の魅力が手元の図録でより身近に感じられるようになる。

柳が集めた朝鮮陶磁器(約600点)の大半は李朝時代17世紀末から19世紀後半のもの。日本では質、量ともに一番のコレクションである。朝鮮茶碗、白磁、染付、鉄砂、辰砂、文房具などをじっくりみてまわった。やきもののほかに民画も飾られているが、これは明日取り上げる。

形でわけもなく魅了されるのが面取壺や鉢。民藝館の顔になっているのが‘染付秋草文面取壺’。高さ12.8cmの小さな壺だが、その端正な形と素朴な草文が心に響く。また、‘白磁鉢’や‘染付草花文瓶’にも足がとまる。

白磁の大きな壺にもぐっと惹きこまれる。ここには高さ54cmの堂々とした壺が2点ある。これはチラシに使われているもの。形はよく似ているがじっとみていると違いがわかる(別々に展示)。ともにすばらしいものだが、‘どちらか一つ差し上げます’といわれたら、こちらを指差したい。これは好みの分かれるところ。見てのお楽しみ!

茶人たちが好む大井戸茶碗はもとは李朝初期の雑器。ここにある‘銘山伏’は鎌倉の骨董商が‘柳が大井戸茶碗を所持してないのは忍びない’といって、半値で提供してくれたもの。昔から美を愛でる人にはまわりの人が支援してくれることになっているようだ。こういう話を耳にするたびに帆は高く上げておくものだなと思う。

面取り壺同様、大好きなのが俵壺。2点あった。みての通り、俵の形に似ている。水や酒、醤油を入れ、時には尿器としても使ったという。この俵壺をみていたら、広島にいたころ出雲へ出張した際いつも購入していた銘菓‘俵まんじゅう’を思い出した。

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2010.04.10

心を揺すぶる根津美の特別展‘胸中の山水・魂の書’!

1444_2                夏珪の‘風雨山水図’

1443_2     牧谿の‘漁村夕照図’

1445_2          賢江祥啓の‘山水図’

1446_2   因陀羅の‘布袋蒋訶問答図’

根津美では現在、新創記念展の第4弾‘胸中の山水・魂の書’(3/13~4/18)が行われている。1年間は所蔵の名品がそれこそ全部でてくる感じなので毎回、大きな満足が得られる。

今回スポットが当てられるのは中国の山水画とそれに影響を受けた日本の禅僧たちの絵、そして書。最初の頃、馬麟の‘夕陽山水図’(重文)が登場したが、馬麟の父、馬遠と南宋の同時期に活躍したのが夏珪。

ざざっと描かれたような‘風雨山水図’(重文)はその粗い筆跡がかえって雨が激しく降り、風の強い情景をよく伝えている。傘をすぼめ腰をかがめて橋を渡る男の動感描写は心憎いばかりに上手い。

牧谿(もっけい)の有名な絵、瀟湘八景の一枚‘漁村夕照図’(国宝)はこの美術館の誇るお宝の一つ。04年にあった‘南宋絵画展’以来だから、6年ぶりの対面。八景のなかで最も気に入っているのがこの絵。

目の前の景色は全体に霞がかかり、時間の経過とともに湖辺の大気や光が微妙に変化していく様子がうかがえる。中央には釣り舟が4隻、右端の漁師は投網をしている。シルエットになってみえるその姿が心を揺すぶる。

昨年、畠山記念館で公開された同じく国宝の‘煙寺晩鐘図’をみられた方はこれも是非。牧谿の八景はどの美術館でも展示される機会が少ないから、南宋絵画の真髄にふれるにはもってこいの流れである。

日本の禅僧が描いた山水もいいのがある。周文の‘江天遠意図’(重文)と賢江祥啓の‘山水図’(重文)。周文の絵はやっとお目にかかった。3年前、東博であった‘京都五山 禅の文化’展に周文の名画がかなり揃ったのだが、残念ながらこれは展示されなかった。これで周文も済みマークがつけられる。

祥啓の絵は墨の画面のなかに松の木などを青緑で彩色しているのが特徴。また、角々した岩の塊を横にのばして四角のフォルムにしているのもほかの山水画と異なるところ。以前展示された芸阿弥の‘観瀑図’(重文)は視線が縦に動くのに対し、この絵は横の広がりがあるのでゆったりみられる感じがする。

因陀羅の国宝の問答図は毎度、布袋の笑顔に心が和む。‘文は人なり’といわれるが、こういう人物画をみると‘絵も人なり’を実感する。これを描いたインドの僧、因陀羅の心根の良さが手にとるようにわかる。

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2010.04.09

横山大観の‘大正大震災大火災’をみた!

1440_2    横山大観の‘千与四郎’

1441_2    横山大観の‘大正大震災大火災’

1442_2    速水御舟の‘朱華琉璃鳥’

1439_2    板谷波山の‘葆光彩磁妙音紋様大花瓶’

野間記念館の開館10周年特別展は‘横山大観’(3/13~5/23)。ここはいつも書いているのだが、休館日は月曜と火曜なので、くれぐれも火曜にはでかけないように。

記念展のチラシに大観が大正12年の9月1日に起きた関東大震災を描いた絵が載っていた。これをみたくて目白へ足を運んだ。いわゆる1点買いの鑑賞なのである。目的はこの絵だったが、オマケもしっかりついていたから満足度は高い。どうでもいいことだが、バスが学習院大学の前を通るとき、愛子さんのことがふと頭をよぎった。学習院でもあんなことがあるなんて思ってもみなかった。

大観の作品は大正期に描かれたものを中心に15点あった。数点を除いてすでに鑑賞済み。‘春雨’(拙ブログ06/3/25)や連なる山々を灰色のグラデーションで美しく描いた‘杜鵑’の前ではいつも足がとまる。

最も見ごたえがあるのは千利休の若いころ(与四郎と名のっていた)を描いた‘千与四郎’(06/11/26)。秋のシーズンにみるのがベストだが、時間を早めて画面の大部分を占める庭木の緑と紅葉した橙色の葉に酔いしれた。とくに鮮やかな橙色が目に焼き付けられる。

お目当ての‘大正大震災大火災’は震災の被害の様子を伝える書籍の表紙に使われた絵。講談社の初代社長、野間清治は親密な交流をしていた大観に依頼した。大混乱のなか用紙の調達や印刷など大変だったのに本は1ヶ月後に刊行された。初刷30万部は売り切れ、さらに10万部を増刷したという。日本の昔の経営者はつくづくエライなと思う。

大観以外の作品では速水御舟の‘朱華琉璃鳥’やはじめてみる橋本雅邦の‘海辺漁舟図’、川端龍子の‘寒鮒’にとても魅了された。やはりこういう記念展のときは普段はみることのできない名画が登場する。最後に大きなオマケがあった。まだ、みてなかった板谷波山の葆光彩磁の大きな花瓶。瑞花紋様で装飾し、真ん中に男の子が獅子に乗り笛を吹くところが描かれている。これは大収穫。

(ご案内)
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2010.04.08

名画がずらっと揃った五島美の‘絵画の美展’!

1436_2   本阿弥光悦&俵屋宗達の‘鹿下絵和歌巻断簡’

1438_2   尾形乾山の‘四季花鳥図屏風’

1437_2         牧谿の‘叭々鳥図’

1435_2   横山大観の‘水温む’

今年開館50周年を迎える五島美では4月からこれを記念する館蔵名品展がはじまった。第一弾は‘絵画の美’(4/3~5/9)、絵巻断簡、歌仙絵、水墨画、琳派絵画、近代日本画、中国絵画を40点ばかり展示している。ここの図録をずいぶん前に購入し時々眺めているのだが、今回これに載っている絵はほとんどでてきた。

美術館が開館○○周年記念展を開催するときは普段はなかなかでてこない名品に会える絶好のチャンス。だから、何はさておいても出かけることにしている。五島美は絵画、書、やきものと質の高いものを沢山所蔵していることで有名。その名品が今年はこれからドドッと公開されることになっているから、4,5ヶ月ここ通へば日本や中国の美術の真髄に相当目が慣れることは請け合い。

国宝の‘源氏物語絵巻’と‘紫式部日記絵巻’は例年だと春と秋に分けて展示されるが、今年は贅沢なことにGW一緒に公開される。‘源氏物語’(4/29~5/3)、‘紫式部日記’(4/29~5/9)。 4/29~5/3は館自慢のお宝が全部みられるから、これまでこの美術館に縁がなかった人にとってはまことに効率のいい鑑賞となる。しかも料金は700円と格安。大勢の人が押し寄せ混雑はするだろうが、こんな機会は滅多にないからがんばってみる価値はあると思う。

見所はいくつもあるが、琳派は目玉のひとつ。光悦と宗達のコラボ作品は‘鹿下絵和歌巻断簡’、‘色紙帖’の2点が目を惹く。光琳は定番の大きな絵‘業平東下り図’と‘紅葉流水図’。そして、特筆ものは展示が極めて少ない尾形乾山の絵、‘四季花鳥図屏風’(展示は4/3~28)と‘雪松図’。花鳥図は15年ぶりの対面だが、雪松図をやっとみれた。2点とも乾山が80歳のころ江戸で描いたもの。見てのお楽しみ!

中国絵画でお気に入りは牧谿の‘叭々鳥’。スピード感のある叭々鳥の形と左からカーブする草がぴったり合っているのにはほとほと感心する。もう一点、徽宗皇帝の‘鴨図’もあるから中国の絵にも最接近できる。

今回足を運んだのは一にも二にも大観の‘水温む(みずぬるむ)’をみるため。この絵は04年の‘横山大観展’(京近美)のとき、展示替えでみれなかった。早いリカバリーを願ってきたものの縁のなさが続き、2年前の回顧展(国立新美)にも姿をあらわしてくれなかった。やっと会えた!嬉しくてたまらない。

図版で惹かれるように、本物はやはりすばらしい水墨画だった。左で岩山に隠れながら下に勢いよく落ちていく滝のまわりの墨色がとくに濃く、ここに視線が集まるように構成している。そして、幅の広い川ではこれも濃い墨で描かれた岩の松が向かい合う。川の真ん中をよくみると一匹の魚がとびはねている。本当にいい絵をみた。

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2010.04.07

マネのここが好き! ベラスケス vs マネ

1433_2    ベラスケスの‘アラクネの寓話(織女たち)’

1434_2    ベラスケスの‘鏡をみるヴィーナス’

1432_2    マネの‘サン・ラザール駅’

1431_2    マネの‘フォリー・ベルジェールの酒場’

西洋絵画でも日本画でも画家とのつきあい方は好みによっておのずと差がでてくる。好きな画家だと、これはもう一生のお付き合いになる。で、これまで出かけた展覧会の図録や画集に載っている作品を頻繁にながめ、ますますのめりこんでいく。

ところが、本物に接する機会が少なくなるとダレることがある。だから、定期的に1、2点でもいいから本物を実際にみて、作品のすばらしさをあらためて目に焼き付けるようにしている。

スペインの画家、ベラスケスは長く付き合おうと決めている画家だが、ローマのドーリア・パンフィーリ美で‘インノケンティウス10世’をみてその思いがさらに強くなった。手元のある画集は図書館にあるような本格的なものではないが、限られた頁に紹介されている絵というのは画家の代表作の上位にランクされる絵であることをこの肖像画の傑作をみて再認識した。

この絵の余韻に浸っていたら先週の日曜美術館でベラスケスがとりあげられた。そして、間をおかずマネの回顧展がはじまり、ベラスケスの影響を受けた‘死せる闘牛士’(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)とも再会した。ベラスケスもマネもお気に入りの画家。で、二人の絵をよく見比べてみたところ、マネに感じていた魅力の源泉がつかめたような気がしたのでそのことを少し。

マネの絵のなかで好き度の最上位ランクは‘サン・ラザール駅’(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)と‘フォリー・ベルジェールの酒場’(コートールドコレクション)。二つの絵には共通点がある。それはこちらに背を向けている人物が描かれていること。

‘駅’では鉄柵に手をかけている女の子。だが、‘フォリー’のカウンターの右にいるのは別の女ではなく、正面をみている女が後ろの鏡に映った像。だから正確にいうと違うのだが、ぱっとみると10人が10人、カウンター内では二人の女性が客を相手にしていると思うだろう。

画面に複数の人物を描くとき、こういうふうに正面と後ろ向きを一緒にして描く画家はそういない。画家の空間表現は天性のものだから、誰でも思いつくというものでもない。ベラスケスの絵には人物を後ろからとらえた絵がいつくかある。

‘アラクネの寓意’(プラド美)の手前右端で糸をつくっている女も‘鏡をみるヴィーナス’(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)も後ろからの姿は‘背中の美’とでもいおうかとても惹きつけられる。そして、後ろ向きの人物を配することで画面に奥行きができ、魅力的で深みのある構成になっている。

マネはこの背中をみせる絵が霊感となって、二つの絵を描いたのではなかろうか。また、トリッキーな描き方をした‘フォリー’はやはり‘ラス・メニーナス’を相当意識したものと思われる。こういう人の意表をつく構成を生み出すのだから、ベラスケスもマネも本当にすごい画家である。

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2010.04.06

赤レンガの三菱一号館美術館にマネの傑作がやってきた!

1427_2              ‘街の歌い手’(ボストン美)

1430_2   ‘浜辺にて’(オルセー美)

1428_2       ‘ビールジョッキを持つ女’(オルセー美)

1429_2   ‘ラテュイユ親子の店’(トゥルネ美)

期待値の高かった三菱一号館美の‘マネとモダン・パリ展’(4/6~7/25)が本日開幕した。美術館があるのは丸ビルのすぐ近く。東京駅からだとほんの5、6分で着く。その赤レンガの洋風建築の前に立つと一瞬明治時代にワープしたのではないかと錯覚する。ここが美術館なのである。おそらくこんな建物のなかにある美術館というのはほかにないだろう。

展示室は導線にしたがってまわっただけなので、館全体がどうなっているのかはまだつかめてないが、なんだかNYのフリック・コレクションのように立派な邸宅にお邪魔して名画を鑑賞している気分だった。東京のビジネス街のど真ん中にこんな美術館が誕生したのは真にすばらしい。

丸の内にある美術館だから、ほかとは異なる開館時間になっている。月曜は休みで水~金は10時から夜8時までオープン、そして火、土、日、祝は6時まで。平日の3日は丸の内界隈で働く人に仕事帰りに入館してもらおうという作戦である。

これは美術が好きな人の固定客化を促進するだけでなく、潜在的な美術ファンの掘り起こしにも効果があるだろう。また、東京に地方から出張できたビジネスマンのなかには新幹線に乗る前、ちょっと美術館へ寄ってみようかという人がでてくるにちがいない。

待望のマネ展は期待通り画集に載っている傑作がいくつもあった。油彩・水彩は海外の美術館や個人から28点、国内から10点、プラス版画が多数。マネ(1832~
1883)の作域は広く、歴史上の出来事、風景、現代生活、肖像、静物といろんな画題にとりくんだ。
 
そのなかには1988年の‘ジャポニスム展’(西洋美)以来の登場となる‘エミール・ゾラ’や‘すみれの花束をつけたベルト・モリゾ’(07年、東京都美のオルセー美展でも展示)のようにどの画集にも載っている名画が含まれている。名画はこれだけではない。まだまだある。今回、追っかけ作品が3点やってきてくれた。嬉しくて天にも昇る気持ち。

ボストン美蔵の‘街の歌い手’は08年にアメリカ美術めぐりをしたとき、どういうわけか会えず残念な思いをした。が、予想以上に早くリカバリーのチャンスがやってきた。これはありがたい。マネの色数はあまり多くない。背景をよくみると黒がだいぶ入った緑。その前にいる流しの女歌手が身につけている服も茶色がかった緑。視線が集まるのが右手に持った赤いサクランボをすこし食べている口元とこげ茶色のギターの胴の側面。このギターがカラヴァッジョの静物画のように、こちらへ飛び出してきそうにみえた。

再会した‘浜辺にて’はとても気に入っている絵。水平線が高いところにあるので、明るい光が降り注ぐ浜辺が画面の大半を占めている。手前に大きく描かれた男女の安定感はすごくいいのだが、絵の中にすっと入れるという感じでもない。ぱっとみると二人に感情移入をしたくなる、でもルノワールの絵のようにはいかない。それは優雅なのにちょっと固く緊張したところがあるから。

こういう印象はマネが画面に二人の人間を描いた絵ではいつもつきまとう。‘ビールジョッキを持つ女’ははじめてみた。ロンドンのナショナルギャラリーにある‘ビアホールのウエイトレス’とよく似た構成の絵であるが、ロンドンのほうがジョッキが全部はいり、客も多くいるので店に活気が感じられる。女の視線は異なり、この絵のウエイトレスはじっとこちらをみているが、女と前の横向きの男とのつながりのなさは都会生活の実相をみるよう。

今回最も期待していたのが‘ラテュイユ親子の店’。画集でみる以上にすばらしい絵。
05年の‘ベルリン至宝展’でみた‘温室’(拙ブログ05/5/3)のときと同じくらい感動した。語らう二人の楽しそうな様子がとてもいい。流石、高橋館長。

ルノワール展に続き、このマネ展も大ホームラン、満足度200%の展覧会だった。
感謝々!

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2010.04.05

ベラスケスの家系はコンベルソだった!

1424_2      ベラスケスの‘ラス・メニーナス’

1425_2      ‘宮廷道化師セバスチャン・デ・モーラ’


1426_2   ‘バッカスの勝利(酔っ払いたち)’

昨日の日曜美術館はベラスケスだった。TV番組情報誌でこれを知ったとき、今なぜベラスケスなの?どこかで大きな回顧展でも行われている?という感じだった。企画の意図はつかめなかったが、ローマのドーリア・パンフィーリ美でベラスケスが描いた肖像画の傑作‘インノケンティウス10世’(3/4)に感動したばかりだから、番組への関心はすごくあった。

話は1999年に明らかになったベラスケス(1599~1660)の出自に関する新事実をもとに、作品に現れた画家の表現行為を読み解こうとするものだった。10年前、プラド美の研究雑誌に載った論考によると、宮廷画家になったベラスケスは自分の出自についてウソをついていた。下級貴族ではなく、平民の出身でコンベルソ(カソリックに改宗したユダヤ教徒)の家系だった。ベラスケスの父方の祖父はポルトガルからやってきたコンベルソだったのである。

コンベルソは日本でいうと隠れキリシタン、厳しい異端審判により公開処刑をされ、公職につけず差別されていた。3年前、スペインを旅行したとき、ガイドさんからユダヤ人が住んでいた所などをよく聞いた。

ゲスト解説していた大高保二郎氏(早稲田大学教授)によると、ベラスケスは自分の描いた作品については何も書き残さなかったようだ。出自を隠すくらいだから、余計なものを残してあれこれ詮索されたくなかったのだろう。

そして、道化師セバスチャン・デ・モーラのような小人や知的障害者をやさしいまなざしで描いた理由もこれで納得。ベラスケスは身分は低いとはいえ貴族の出。だから、小人の肖像画を描くとは、ベラスケスはなんて心根のやさしい人間だなとこれまでずっと思ってきた。でも、画家は差別される人たちへの共感が人一倍あるから、こうした人の肖像を描くことは自然な表現行為だったかもしれない。

興味深い分析だったのが‘ラス・メニーナス’の話。以前撮られたX線写真をみると、左にいるベラスケスは最初は横向きで顔も一回り小さく描かれていた。それを正面向きにして堂々とした姿で描いたのは、ベラスケスは宮廷画家という輝かしい地位にのぼりつめたことを強くアピールしたかったからではないかと読む。これはおもしろい新解釈。

TV画像にでてきた‘バッカスの勝利’をじっとみていて、カラヴァッジョのバッカスとの違いがよくわかった。バッカスのまわりにいる男たちの嬉しそうな顔。お酒を飲んでいるときほど楽しいときはない。この絵をみると、ベラスケスも一緒に浮かれているような気がする。

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2010.04.04

日本の美 さくら満開! 心に響くさくらの絵(4)

1421_2   横山大観の‘夜桜’(大倉集古館)

1423_2   加山又造の‘春秋波濤’(東近美)

1422_2   奥村土牛の‘吉野’(山種美)

1420_2   川合玉堂の‘行く春’(東近美)

浮世絵ではさくらは花見をする人たちと一緒に描かれることが多い。天下泰平の江戸時代、春はさくらの下での宴会が武家にとっても町人にとっても一番の楽しみ。この浮世を描かずして何が浮世絵かである。

社会の仕組み、政治の体制ががらっと変わった明治になると、浮世絵はだんだん消えていく。が、さくらを愛する日本人の心は変わらないから、さくらは引き続き絵描きの表現意欲を掻き立てる。でも、描かれ方は浮世絵とはだいぶ違う。

人物が登場する風俗画風の表現ではなく、画家はモティーフとしてのさくらに真正面から向き合い、近代絵画としてのさくらの絵の完成度をあげる。そして、心を揺すぶる傑作が沢山生まれてきた。

さくらが好きな日本人のDNAは将来にわたってもずっと引き継がれていく?仮に100年後はどうだろう。たぶん大方の人は日本人のさくら好きは変わらないと答えるはず。となると、昨日取り上げた150年前頃描かれた北斎や広重の絵がわれわれの心に響くように、100年後に生きる人たちにとっても明治以降描かれたいいさくらの絵は心を打つにちがいない。

近代日本画の名画を長い伝統をもつ日本画の系譜に置いてみたとき、将来の時点でどの絵が古典として位置づけられ、輝きを保っているかをときどき想像することがある。今焦点を当てているさくらの絵ではどの絵だろうか。

横山大観の‘夜桜’(1929)と加山又造の‘春秋波濤’(1966)はやまと絵、琳派の
DNAを200%受け継いだ傑作だと常々思っている。今すぐ重文指定になってもおかしくない。

宗達や光琳がひょいと現れたら‘大観、又造とかいったお二人、お前さんたちはまったくすばらしい絵を描くね!’と仰天の眼差しをむけ、また‘日月山水図’(重文、大阪・金剛寺)を描いた絵師だって‘又造はん、中央の桜の山は真に見事でんな’と感心するだろう。

奥村土牛はさくらの絵のとびっきりの名手。‘吉野’(1977)をみていると心が軽くなり、満開の吉野のさくらを空の上から楽しんでいるような気になる。さくらの美しさだけでなく、吉野の山全体の穏やかな雰囲気が心をとらえて離さない。

川合玉堂の‘行く春’(1916、重文)は東近美の春の平常展では定番の作品。六曲一双の大きな屏風でこれは左隻のほう。画像ではわかりにくいが、風に流され散るゆく桜吹雪がじつに感動的。さくらの臨場感が一番感じられるこの絵の前ではいつも言葉を失い見入ってしまう。

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2010.04.03

日本の美 サクラ満開! 心に響くサクラの絵(3)

1419_2    葛飾北斎の‘富嶽三十六景・東海道品川御殿山ノ不二’

1417_2    歌川広重の‘東都名所 御殿山花見’


1418_2    歌川広重の‘京都名所之内・あらし山満花’

1416_2    歌川国芳の‘横浜廊之図’

浮世絵の風景画というと誰もが北斎、広重をすぐ思い浮かべる。では、北斎の‘富嶽三十六景’にサクラが描かれているのは何枚ある?答えは‘東海道御殿山ノ不二’。これしかサクラはでてこない。

‘富嶽三十六景’とくると広重の‘東海道五十三次’、じゃあ、ここにはサクラは何点ある?2枚くらいありそうな感じだが、正解はゼロ。

‘東海道品川御殿山ノ不二’は印象深いサクラの絵。そのよく考えられた構図にぐっと惹きつけられる。品川の海が望める御殿山はサクラの名所。見る者の視線を画面中央、丸い円をつくるように描かれた満開のサクラに集め、次に二本の木の間に配された富士にフォーカスさせる。

こうやって主役のサクラと富士をまず目に焼きつかせ、そのあと花見を楽しむ人たちを左から右の対角線上に描いていく。浮かれた気分がそのまま伝わってくるよう。

広重が描いた‘御殿山花見’は広々した空間描写が見事。これは昨年太田記念美であった‘江戸園芸花尽し展’(拙ブログ09/10/16)に展示された。広重は江戸および近郊のサクラの名所を沢山描いている。御殿山、飛鳥山、上野、不忍之池、浅草金龍山、隅田堤、吉原、武蔵小金井。

広重の‘名所江戸百景’は全部で119点あるが、そのうちサクラが描かれているのは
19点。風景シリーズの‘富士三十六景’は‘東都飛鳥山’など3点、‘木曾街道’は‘大宮’、‘守山’。そして‘京都名所’は‘あらし山満花’。この俯瞰の視線でとらえた嵐山のサクラがとても気に入っている。京都にもサクラの名所はいっぱいある、いつかこの目で実感したい。

歌川国芳と渓斎英泉も風景画の名手。英泉のサクラの絵には飛鳥山とか隅田川などがある。これに対し、国芳はこれまで美人画や武者の背景に描かれたサクラを多く体験したが、最近、府中市美で‘横浜廊之図’(4/18まで展示)に遭遇した。広重の‘御殿山花見’のような俯瞰の構図で表現されたサクラ景色が目に心地いい。

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2010.04.02

日本の美 サクラ満開! 心に響くサクラの絵(2)

1413_2   鳥居清長の‘飛鳥山の花見’(東博)

1412_2   喜多川歌麿の‘大黒屋店先’(ブルックリン美)

1414_2   歌川豊国の‘新吉原桜之景色’(マノスコレクション)

1415_2   菊川英山の‘当流御庭桜’(マノスコレクション)

サクラの絵がブレイクするのは浮世絵の世界。絵師は美人群像画の背景や風景のモティーフとしてこぞってサクラを描いた。まずは美人画&サクラから。

満開のサクラが目を楽しませてくれるのは横長のワイド画面に描かれた美人群像画。これをはじめた鳥居清長の絵は3年前、千葉市美であった回顧展に内外の美術館から傑作が集結した。そのうち、サクラが背景に描かれたのは‘飛鳥山の花見’(東博)、‘仲の町の桜’(シカゴ美)、‘隅田川桜の景’など6点。ほかの紅葉や藤などの美人画にくらべると圧倒的に多い。

‘飛鳥山の花見’(大判3枚続)はぞっこん惚れている絵。サクラを対角線に配置し、空間の広がりと奥行き感をつくる構成がまったくすばらしい。この絵は2年に一度くらいのサイクルで平常展に登場する。昨年展示されたから、次は来年の春かもしれない。

歌麿の美人群像画を体験したのはまだ両手くらいしかない。その一つがサクラを楽しむ女たちを描いた‘大黒屋店先’(3枚続)。所蔵しているのはNYのブルックリン美。海外の美術館は本当にいい浮世絵を集めている。10何年か前、これと遭遇したときは羨ましかった。

昨年7月に鑑賞したマノスコレクションはサプライズの連続だったが、すばらしいサクラの絵が3点あった。とくに一生の思い出になるのは豊国の‘新吉原桜之景色’(5枚続)と‘やつし妹背山’(3枚続)。

‘新吉原’は5枚続の超ワイド画面に出会っただけでも大収穫なのに、満開のサクラが横にドドドっと並んでいる画面に200%KOされた。ここでの主役は圧倒的な存在感のあるサクラ、豪華な衣装を着た花魁や旦那衆、太鼓持ちには視線はチラッとしか向かわない。

もう一点目を楽しませてくれたのは菊川英山の‘当流御庭桜’(3枚続)。桜の下の宴会は普通のイメージとちょっと違っていて、右の色っぽい女たちは豆腐田楽をせっせとつくっている。

‘豆腐田楽美味しいでしょう。どんどんつくるから食べておくれ’と愛想のいいお姉さんが皆のご機嫌をうかがうと、‘うん、味噌がぴりっと効いてとてもおいしいわ、それにヘルシーなのがいいよね、あんがとさん、お千代姉さん!’と調子のいい返事。美しいサクラをみると心がひとつになる。日本の春はいいねえ。

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2010.04.01

日本の美 桜満開! 心に響く桜の絵(1)

1408_2   長谷川久蔵の‘桜図壁貼付’

1409_2   酒井抱一の‘桜図屏風’

1411_2   狩野長信の‘花下遊楽図屏風’

1410_2    ‘湯女図’

TVで全国各地の桜の開花情報が流れ、家のまわりにある桜が満開になると暖かい春がやって来たことを実感する。上野公園は連日花見客で大賑わいだろう。で、桜を描いたいい絵をとりあげることにした。

日本画の山水画や花鳥画にはいろいろな花や木が登場する。桃山絵画で桜を描いた名画というとすぐ思いつくのが長谷川久蔵の‘桜図’(国宝、智積院)。等伯の息子、久蔵はこの絵を描いて間もなく26歳の若さで亡くなった。

久蔵にはこれほどのすばらしい絵を描く技量があったから、等伯はこの絵を目をほそめてみていたに違いない。だから、久蔵が亡くなったことは本当に堪えたことだろう。天はときどき不条理でむごいことをする。

琳派の宗達や光琳には桜の絵はないが、抱一は桜をモティーフにしている。バーンズコレクションの‘桜図屏風’は06年東京都美であった名品展に出品された。これは横長の屏風だが、掛け軸では‘十二ヶ月花鳥図’などに雉や小禽との組み合わせで描かれた桜がある。抱一はやはり花鳥画が最も心に響く。

琳派様式で忘れられないのが渡辺始興の‘吉野山図屏風’。緑の半円の山が重なり、その頂上や斜面に満開の桜がとても優雅に描かれている。関西で桜の名所というと吉野山と醍醐寺。風俗画には豊臣秀吉の花見の場面がともにでてくる。秀吉が大きく描かれているのが‘醍醐花見図’(重文、国立歴史民族博)。吉野の桜は2回みたが、醍醐寺はまだ縁がない。いつか実現したい。

東博の国宝室では今、‘花下遊楽図’が展示されている(4/11まで)。この屏風は2,3年前までずっと倉庫のなかにあり展示されなかったが、最近よくでるようになった。コンディションの関係で左の桜が目に焼きつかないのは残念だが、右で男装した女たちが楽しげに踊るのをみると、日本では桜の下というのは特別なエンターテイメント空間という思いを強くする。

風俗画をみる楽しみのひとつが絵の中に登場する男女が身につけている着物の柄。
MOA所蔵の‘湯女図’に描かれた真ん中の湯女は桜の柄の着物を着ている。桜はひとつ々が大きく、横向きの女の顔くらいあるから、どうしてもこの女に視線が集中する。

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