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2009.11.30

その十三 アグラ城は朝6時半に開門!

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2度目の訪問となったアグラ城の前に着いたのは朝6時半。日本の観光名所では考えられないのだが、この時間に門が開くのである。

インド観光も最終日。夕方の便でデリー空港から日本に向けて出発するので、朝早くから動いてアグラ城、タージ・マハル、ファテープル・シクリと3つの世界遺産を見学することになっている。

★アグラ城のアマル・シン門(上の画像)
★ディワニ・アーム(真ん中)
★ジャハーンギル宮殿(下)

デリーから南東へ200kmのところにあるアグラは16~17世紀にかけてムガール帝国(1526~1858)の中心地としておおいに栄えた。この赤砂岩でできたアグラ城は3代皇帝アクバル(在位1556~1605)によって1565年から10年かけて造られた。

タージ・マハルからは3kmしか離れてなく、はじめての人にはここから‘あれがタージ・マハルね。早く見たい!’と心浮く浮き状態になるはずだったが、霧がたちこめているので残念ながらその美しい姿は見えない。

1時間の観光だから、Bさんは見所を重点的に説明し、テンポよく案内してくれる。魅了されるところがいくつもある。ディワニ・アームは皇帝の一般謁見室。玉座の前のホールにある柱とアーチをみていると、コルドバのメスキータで見た馬蹄形アーチが思い起こされた。少し離れた場所からは、回廊のアーチを額縁にして側面の光景がうまい具合に写真に撮れるようになっている。ここでは誰もがパチリ。

この城はアクバルのあと増築が続き、5代皇帝シャー・ジャハーンは愛妃ムムターズ・マハルの居室として豪華なムサンマン・ブルジュを建てた。ところが、シャー・ジャハーンは息子のアウラングゼーブによってここに幽閉されてしまう。失意の9年間、シャー・ジャハーンは愛妃が眠るタージ・マハルを眺めて心を癒していたことだろう。

ほかには私的謁見室、書庫、ハーレムの部屋、危険が迫ってきたとき逃げるための通路などをみてまわった。この城で最も惹きつけられるのはアクバルが息子のジャハーンギルのために造った宮殿。屋根の左右の端にみえるUHOの円盤みたいなドームが強く印象に残る。

アグラ城の観光が終わって、すこし霧が晴れたから、このあと訪れるタージ・マハルでは霧は一気に消えてくれるだろうと期待していたが、これは昨日述べたように変わらなかった。

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