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2009.08.06

日本美術展覧会の展示期間はもっとスッキリできないのか!

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日本美術の展覧会をもう長いこと見ているが、何年たっても進歩がないなと思うのが展示期間。見る者の気持ちをまったく考えず、とにかく細切れに分けてくれる。昨日紹介した三井記念美の‘道教の美術展’(7/11~9/6)を例にとり、どのくらい複雑かお見せしたい。出品リスト(上)の最後に記されている展示期間は全部で12ある。( )は出品数

・7/11~7/26 (3)
・7/11~8/2  (25)
・7/11~8/9  (21)
・7/11~8/16 (3)
・7/11~9/6  (44)
・7/28~8/16 (5)
・8/4~8/16  (14)
・8/4~8/23  (6)
・8/4~9/6   (2)
・8/11~9/6  (22)
・8/18~9/6  (25)
・8/25~9/6  (4)

もう一回出かけることにしているが、どのタイミングで出動するかを検討するにも容易ではない。見たい絵がいくつかあるので、どれを捨ててどれを見るかとあれこれ思案、一応8/25~9/6に決めた。展示期間を細かくわけるのはなにも三井記念美に限ったことではなく、東博でもサントリー美でも相変わらず同じようにやっている。

なぜこの展示方式は何年たっても変わらないのか?理由は簡単。美術館の側にお客様志向の精神がないから!作品の保護とか、所蔵する美術館や個人が長く貸し出してくれないとかいろいろエクスキューズをいっているが、少しでも展示期間をスッキリして、来場者に作品を楽しんでもらおうという気持ちが欠けているのである。

学芸員はこう言いたいのだと思う。‘われわれはいい作品を展示しようと所有者のもとに通い、頭を下げて漸く展示をOKしてもらった。これだけの数を集めるのにどれほど苦労したことか!展示期間が細切れになったけれど、これは仕方がない。展示期間は短くてもお目にかかれないよりはいいだろう。この日程で見ていただくしかない。何回も来れない?それはそちらの都合でしょう。見れるものだけをご覧になれば’。

でも、今そんな‘見せてあげる’的な考えをもっていたら、美術ファンの心をつかむことはできず、逆にマイナスのイメージをもたれる。真のブランド美術館になるためには訪問者の気持ちをいつも考えた運営をしないとダメ。作品の保護という日本美術の特殊性があるにせよ、展示期間には工夫の余地がいっぱいある。

数をどうしても多くしたいのであれば、前期と後期で作品を総入れ替えして、後期の料金を前期の半額にしたらいい。例えば1200円なら後期は半券をみせれば600円とか。数はそれほど多くなければ、前期と後期2回出動すれば作品は全部みれるようにする。

京博であった‘狩野永徳展’(07年)や昨年の‘対決ー巨匠たちの日本美術’(東博)のように、会期は1ヶ月と短いが一度出かければ名品が全部みれる展示の仕方(京博方式と呼んでいる)が一番いいが、普通の企画展の場合、2回ならOK。ダブルのがあるから後半の料金は当然割引く。

とにかく2回で全部見ていただくという前提に立って、作品を選定することが大事。スッキリした展示を貫くためには‘作品を捨てる勇気’をもつこと。所有者の意向で変則的な展示になるのなら、それは外す。重文クラスでもはじけばいい。企画する者としてはあれもこれも集めたいと思うかもしれないが、専門家ではない素人愛好家はそこまで作品にどん欲ではない。数が多いことを期待しているのではなく、質の高い名品がいくつかあればそれで満足するのである。

これまで通りだと、‘展示リストがゴチャゴチャしているね、一体何回来たら全部みれるの?’という印象を見る者に与え、‘日本美術はいい作品にお目にかかれるが、展示替えがありめんどくさいよね’というイメージが定着してしまう。日本美術もスッキリ展示、大幅割引を真剣に検討する時期にきている。

東博で秋に行われる‘皇室の名宝展’は前後期で作品を全部入れ替える京博方式。好感度の高いサントリー美、出光美、三井記念美、江戸東博にたいしても、こういう展示を強く望みたい。

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コメント

提案されたことがらには、強く同意いたします。

私など、この春から美術を見始めた(正確には、子供の頃、家の中には美術全集が転がっていたし、母に無理矢理何度か展覧会に連れて行かれましたが)素人です。

それだけに、この入れ替え方式には面食らいました。1回でスッキリと見せてくれ!、と。

数など多くなくて良い、本当に良いと自信があるお宝を見せてくれれば、こちらは気分良くなるんです。春の三井美展覧会で志野茶碗を観ただけで、他の展示はどうでも良いと思えるぐらい気分が良かったです。

どうにもこうにも美術館が多すぎるのも原因だと思いました。良く言えば、美術界の地方分権が確立しているのでしょうが、美術品の場合、数箇所に「美の巨人」的な美術館を作りそこに殆ど納めれば良いのに、と思います。

あの国土のひろい、アメリカにはこんなにちまちまと美術館があるのでしょうか。

にわか美術ファンとして、この数ヶ月は集中して美術に触れる毎日でした。ですが、ここに来て見たいモノが分散していること、会期で作品が複雑に入れ替えすることなどを経験して、少々美術館ばなれ(美術ばなれではありません)を起こしております。

美術鑑賞の世界とは、受益者の層も薄く、熱狂的なファンと業者さんで成り立っている、という意味では業界は閉鎖的かつ芸能界のようなものなのかな?と感じます。

つい、初心者が偉そうなことを言ってしまいました。お許しください。

たかだか数ヶ月の経験ですが、来館者が至福の気分に浸れる美術館はそうそう多くないことがハッキリと経験できました。

所有者の変遷を経てうち捨てられたような感がある豊洲のUkiyo-e美は、何の変哲もなく企画展毎に幟を立てたり派手なポスターを作るわけでないのですが、多大な印刷費を投じて所詮はゴミになるチラシをばらまいて金に物言わせて集めたお宝を並べた美術館よりもどこよりも、アットホームで落ち着いて観ることができる場所だと思います。

豊洲のUkiyo-e美は、買い物客、親子連れでにぎわうララポートにおける騒騒しい日常における一服の清涼剤、いやそれ以上の意味があるとふんでいます。

投稿: ミネラル | 2009.08.07 10:20

to ミネラルさん
昔の日本美術の展覧会に比べると、若い人の来場
が確実に増えてます。これには若冲人気なども
貢献していると思いますが、このように訪問者の
顔ぶれがだいぶ変わってきているのに、美術館の
なかにいる人の精神状態はものすごく保守的で、
お客のほうを向いてません。

だから、いつまでたってもスッキリした展示の仕方
が実現しません。今は不況ですから、こんなお客の
利便性や楽しみをそぐような展示を続けたら、日本
美術の展覧会は‘阿修羅展’のようなビッグな
特別展以外はお客は集まらないと思います。

でも、ミネラルさん、美術館でも一生懸命に考えて
いるところがありますから、そう悲観しないでくだ
さい。若冲展や曾我蕭白展など展示内容で新しい風
をおこしてきたのは京博ですが、展示の方法でも
狩野永徳展でこれまでの入れ替え方式をやめて会期中
全点展示を実現しました。画期的なことです。

京博は本当にエライと思います。お客の気持ちがよく
わかってます。その影響で、昨年は東博が‘対決展’
‘琳派展’でこの京博方式で展示し、今年は秋の
‘皇室の名宝展’でもこの方法ですし、来年の
‘長谷川等伯展’も同じ展示のスタイルでしょう。

ですから、多くの美術ファンが注目するようなビッグ
な展覧会ではスッキリ展示が定着しつつあるのです。
問題は中規模の企画展です。民間の美術館ではサント
リー美に京博方式でやってくれることを望んでいるの
ですが、今のところダメです。

作品の展示の仕方は見る側にはとても重要です
から、京博、東博の特別展ばかりに人が集まるのでは
ないかと思ってます。

投稿: いづつや | 2009.08.07 15:30

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