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2009.06.30

MoMAのバッラ・ボッチョーニと再会したい!

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ニューヨーク近代美術館(MoMA)はこれまで2回訪問した。前回は93年とだいぶ前のことだから、谷口吉生の設計により04年増改築されたNEW MoMAはまだお目にかかってない。昨年のアメリカ美術館めぐりがいいチャンスだったのだが、日程のめぐりあわせが悪く休館。来年こそは久しぶりのグッゲンハイム、ホイットニー美とあわせて足を運ぼうと思っている。

MoMAでは作品の展示の仕方が変わったから、一体どんなものが常時みれるのか見当がつかない。手元にある館の図録に載っている作品で不運にも見れなかったものをまずリカバリーして、次にお気に入りの絵とまた会うというのがベストシナリオ。再会したい絵は沢山あるが、そのなかに未来派も当然入っている。

★バッラの‘街灯’(上の画像)
★ボッチョーニの‘サッカー選手のダイナミズム’(真ん中)
★ボッチョーニの彫刻‘空間における単一連続体’(下)

‘街灯’(1909)ははじめて見たバッラ(1871~1958)の絵だから、印象深い。現地でも見たが、日本にも2回やってきた。93年に上野の森美であったMoMA展と04年の森美の‘モダンってなに?’。MoMAの所蔵品は過去に結構公開されているから、NYに行かなくてもピカソやマティスなどの近代絵画や抽象絵画、そして現代アートの名品は楽しんでいる。

数限りない赤や青、黄色のV字の記号で表現された街灯の光はいろいろなことを連想させる。線香花火がパチパチ音を立てて燃えてるところとか、光に引かれて集まってくる蛾の群れ、核爆発のときにでる閃光とか光速に近いスピードで正面衝突させられた陽子から生まれる巨大なエネルギーなど々。未来派というとこの絵がすぐイメージされる。

ボッチョーニ(1882~1916)の‘サッカー選手’(1913)も01年上野の森美に展示された(3回あったMoMA展の最後)。これはわかりにくい絵。未来派の絵に精通している専門家でないと、画面からサッカー選手はとらえられない。真ん中で円運動をしているように見える京都のお土産、‘生八橋’みたいな抽象的な形態の重なりが選手の動きを表現しているのだろうか。その選手たちのダイナミックな動きにまわりからスポットライトを当て讃えている。バッラの絵同様、一度見たら忘れることはない。

ボッチョーニがつくった彫刻はこれとローマの国立近代美にあった半分具象的な人物像しか見たことがない。黄金の光が眩しい‘連続体’(1913)には大変魅せられており、抽象彫刻ではこれとブランクーシの作品にぞっこん惚れている。

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2009.06.29

西洋画・日本画比較シリーズ!バッラvs平治物語絵巻・加山又造

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西洋画でも日本画でも、ときどきびっくりするような描写に出合うことがある。今日はその絵を軸にして、意外な類似性をお見せしたい。

★バッラの‘綱でひかれた犬のダイナミズム’:バッファロー、オルブライト=ノックス美(上)
★平治物語絵巻(信西巻):静嘉堂文庫(真ん中)
★加山又造の‘駆ける’:個人(下)

未来派の絵が好きで、3年前ローマの国立近代美にあったバッラ(1891~1958)やボッチョーニ(1882~1916)らの作品をむさぼるようにして見た(拙ブログ06/5/27)。バッラの犬の絵(1912)はまだ本物をみてなく、図版で眺めているだけなのだが、とても惹かれている。

画面には犬だけでなく、上にドレスを着た女性の下半身もみえ、犬と女性の足の動きが連続写真のように描かれている。疾走する馬の運動を分解写真でみせられると、その躍動感がより強く伝わってくるように、この犬も女性もかなりのスピードで前に進んでいることがうかがえる。

問題の絵は真ん中。これは3つある‘平治物語絵巻’の‘信西巻’(重文)。国宝のものが東博にあり、ボストン美にもある(06/2/2008/8/8)。もともとは15巻の長編大作で、13世紀後半に制作されたと考えられている。まだ見てなかった‘信西巻’が静嘉堂文庫で展示されたのは4年前。

美術本に載っている長刀に掛けられた信西の首が見れると思って、足どりも軽く入館した。ところが、展示してあったのはお目当ての場面ではなく、真ん中の公家の牛車のところ。巻き替えがあるとは予想もしてなかった。当てが外れたと溜息まじりでみていたら、目の前にすごい描写があった。

ぱっと見るとこれはあまりおもしろくない場面。牛車が休憩している。だが、手前右の牛車をよくみてもらいたい。牛が猛然と右のほうへ進もうとしているのである。牛車が動いていることは大きな車輪の内側に描かれた3つの黒い輪をみるとわかる(クリックした拡大図でどうぞ)。絵師はここで牛車が走り出すところまでの動きを異時同図法の手法で描いているのである。

車輪が勢いよく回転する様をスポークの黒い輪で表すのをみて、すぐバッラの犬の足を連想した。未来派の画家たちが表現しようとしたスピード感が日本の絵巻のなかでこんな風に描かれていたとは!これには200%参った。

わが愛する加山又造(1927~2004)は若いころ相当未来派にのめり込んだようで、馬の走る姿を連続的に重ねたフォルムで表現した‘駆ける’(1955、部分)は日本のバッラを思わせる。

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2009.06.28

クリムトの黄金様式に魅せられて!

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朝、日曜美術館で特集していた‘クリムト’を興味深く見た。寝坊して頭の15分をみなかったから、今なぜクリムト(1862~1918)の黄金様式を取り上げるのかわからずじまい。今年はオーストリアイヤーで、秋には日本橋高島屋で‘クリムト・シーレ、ウィーン世紀末展’(9/16~10/12)があるから、これを企画したのだろうか?

クリムトの代表作の多くに黄金がふんだんに使われている。黄金の兜がきらりと光る‘パラス・アテナ’(拙ブログ05/7/12)、平べったい黄金の衣装が装飾性に満ち溢れている‘接吻’(6/8)、そして次の3つ。

★アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ:NY、ノイエ・ギャラリー(上の画像)
★ユーディットⅠ:ベルヴェデーレ美(真ん中)
★ベートーベン・フリーズ:分離派館(下)

もとは‘接吻’とともにベルヴェデーレ美の目玉だった‘アデーレ’(1907)は06年、美術品史上最高額の156億円という値がつき、現在ノイエ・ギャラリーの所蔵となっている。今となっては03年ウィーンを訪問したとき、これを鑑賞できたので胸をなでおろしている。もし、どこかへ貸し出し中だったら悔いを残すところだった。

ところで、ノイエ・ギャラリーは誰でも入れる画廊?また、訪ねればクリムトの絵をいつでもみられるのだろうか?もしそうであれば来年のNY再訪の際、出かけてみたいのだが。事前に調べてみようと思う。

アデーレの背景や着ているドレスは目のような模様や渦巻きや四角の文様が繰り返され平面的に構成されている。装飾性を高めるとどうしてもフラットになる。でも、この絵を浮いた気分でみてないのは、この女性の目の大きな顔や手が写実的に描かれ、ちゃんと肖像画になっているから。

番組のなかで、オーストリア応用美術博物館の学芸員が日本の金屏風がクリムトの黄金様式に与えた影響とか、光琳の‘紅白梅図屏風’と‘アデーレ’や‘ダナエ’(06/11/5)の類似性を具体的に指摘していた。‘紅白梅図’(05/3/6)の真ん中に描かれている独特の曲線をもった‘光琳波’が確かにアデーレのドレスの膨らんだフォルム、またダナエの体の一部を隠している茶褐色の布と似ている!この関連性ははじめて聞いたが、なかなかおもしろい。

美術史家、馬渕明子氏が日本の着物や工芸に使われた文様がクリムトの作品のなかにいくつもでてくることをわかりやす例をあげて解説していた。これは15年前、東武美(今は無い)で開催された‘ウィーンのジャポニスム展’で一度理解していたから、すっと頭の中に入った。どうでもいいことだが、昔よく日曜美術館にゲスト出演されていた馬渕氏もだいぶお年をめされた感じ。が、相変わらず品のいい方である。

‘ユーディット’(1901)はわざとぼかして描いてある顔ばかりに目がいくが、見逃してならないのは右下にちらっと見えるホロフェルネスの首。貞淑なユーディットがクリムトの黄金様式にかかると、このように官能的なファム・ファタール(宿命の女)に変容する。

‘ベートーベン・フリーズ’(1902)はコの字型の最後の場面で、‘第9’の第4楽章を表す‘幸福への憧れ’が描かれている。耳をすますと館内のどこからともなく‘歓喜の歌’の大合唱が聴こえてくる。

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2009.06.27

酔いしれるルネ・ラリック展!

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魅惑的なジュエリーやガラス工芸を数多く創作したルネ・ラリックの回顧展(6/24~
9/7、国立新美)を楽しんだ。作品数は400点とラリックの代表作をかなり集めてきているから、大きな満足が得られた。そのなかで見たくてしょうがなかったのがリスボンにあるグルベンキアン美術館が所蔵する‘ティアラ・雄鶏の頭’(上の画像)。

この展覧会の情報に接したとき、ラリック作品のコレクションで有名なあのグルベンキアン美のお宝が入っていることがわかり、胸が高鳴った。この美術館は数年前、NHKで放映された‘世界の美術館’で紹介され、‘グロテスクな装飾の精華’や‘エナメルの鱗をまとった9匹の蛇’といったすばらしい胸元飾りが目に焼き付いている。

これは流石に出さないだろうが、同じくらい惹きつけられるティアラを日本で見られたのは本当に幸せなこと。ジュエリーのコーナーにあるものでは、この‘雄鶏の頭’とオルセー美から出品されたハットピン‘ケシ’が大きさ、装飾性、細工の緻密さの点で群をぬいていい。

ラリックのモティーフで気に入っているのがトンボ。ペンダント、指輪など4点あり、真ん中はペンダント‘四匹のトンボ’。透明感のある羽根がトンボ捕りに夢中になって遊んだ子供の頃を思い出させてくれた。宝飾品は小さいものが多いから見過ごしやすいが、女性だと顔の形、昆虫だと表面の質感などその精緻なつくり込みにおもわず惹きこまれる。そして、女の顔がケシやスミレ、木の枝、水流に変容するところはシュールで夢幻的なイメージが漂う。

ガラス工芸は箱根のラリック美術館で目が慣れているから、ゆったりした気分で見て回った。美しい裸婦像に心がふわっとなる‘三足鉢・セイレン’(拙ブログ05/3/29)や‘花瓶・ナディカ’&‘バッカスの巫女’、量感のあるダリア、雀のフォルムを釘付けになってみた。

今回の収穫は1925年のアールデコ博覧会(パリ)に出品された野外噴水塔‘フランスの水源’。全部で16種類、128体あった河川と泉を象徴する女神像のうち12体が飾られている。これは圧巻!下はそのなかの4点。こういうタイプのガラスの立像は東京都庭園美の玄関にあるものしか見たことがないので、すごく新鮮だった。大半が日本のコレクターが所蔵しているもの。あらためて日本にはガレやラリックの作品を熱心に集めている人が多くいることがわかった。これほど美しいのだから、目の色が変わるのは無理もない。

この先の展示はカーマスコット、置物、テーブルセット、香水瓶、装飾パネル、テーブルセンターピースなど。その中に‘常夜灯・二羽に孔雀’(05/5/5)があった。再会した北澤美の‘センターピース・二人の騎士’に嬉しくなると同時にセットで並べてある初見の‘三羽に孔雀’も息を呑んで見た。

ラリックはこれで一休みできるが、秋に世田谷美で‘オルセー美展 パリのアールヌーヴォー’(9/12~11/29)があるから、そこでもラリックの名品がみれるかもしれない。期待したい。

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2009.06.26

西洋画・日本画比較シリーズ! マンテーニャ vs 広重・国芳

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ここ数年の浮世絵鑑賞で目に力を入れているのは広重と歌麿。東博の浮世絵平常展示を見るのをルーティンにしているのは二人のまだ見ていない絵と遭遇するため。

歌麿の追っかけ作品(残り10点くらい)がすこしずつ姿を現してくれるのに対し、長らく待っている広重の‘東都名所’とか‘江戸名所’シリーズの展示はスローテンポ。ということは絵そのものが無いのかもしれない。

だから、最近TASCHENの‘広重’で目にした‘東都名所’の‘かすみがせき’、‘霞が関夕景’、‘両国花火’、‘新吉原五丁町弥生花盛全図’のような鑑賞欲をそそるものをここに求めても無駄なような気がしてきた。もう5年も通っているのだから、もし所蔵しているのであれば、1回くらいは展示されているはず。頭を切り替える時期かも。

今回の似ている西洋画と日本画はマーテーニャと広重・国芳。最初に頭の中にあったのは広重と国芳の絵で、これにコラボしたのが昨年ルーヴルで会ったマンテーニャ。
★マンテーニャの‘キリストの磔刑’(上の画像)
★広重の‘名所江戸百景・湯島天神社’(真ん中)
★国芳の‘東都名所・かすみが関’(下)

4年前、太田記念美で待望の‘名所江戸百景’と対面した。この美術館が所蔵するものが日本では最も摺りの状態がいいから、夢中になって見た。そして、絵の中に同じような場面がでてくることに気づいた。広重は人々が石段や坂を登ってくるところを正面、あるいは斜め横から描いているのである。

例えば、‘湯島天神社’では画面中央に下から石段を登ってくる二人の男がみえる。なにげない描き方であるが、これで画面に立体感が生まれている。坂を上がってくるところをアップでとらえたのが‘愛宕山’、ほかにも‘上野寛永寺’、‘王子稲荷社’、‘日暮里諏訪の谷’、‘かすみが関’で同じような光景がみられる。傾斜のきつい坂を人々がふうふういいながら登ってくる様子を実にリアル描いているのが国芳の‘かすみが関’。この絵をみるたびに国芳はたいした絵師だなと思う。


マンテーニャが描いた‘キリストの磔刑’は拙ブログ08/2/26でアップしたとき、広重との類似性についてふれた。手前真ん中に男の上半身と頭がみえる。ここはキリストが磔になっているところより低くなっている。そして、キリストの十字架の後ろに目をやると、遠くから坂を登ってきている兵士がみえる(クリックした拡大画面がよりわかりやすい)。

マンテーニャは短縮法を使って向こうから登ってくる坂道、平な磔刑場、そしてこちら側が下っていることを表現している。ルネサンス期に体の一部を画面からはみださしたり、空間を正面から見て高低差があるように描く画家はマンテーニャのほかにはいない。この画面構成は広重や国芳のそれとしっかり響き合っている。

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2009.06.25

サライ最新号は‘浮世絵の見方’を特集!

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最近知ったTV番組‘トラッドジャパン’(NHK教育)のテキストを近くのスーパーで買ったとき、雑誌コーナーに‘サライ’があった。最新号(7/2)の特集は‘浮世絵の見方’(上の画像)。内容をぱらぱらっとみるとコンパクトで新鮮な情報が盛り込まれているので、これも一緒にレジへ持っていった。

構成は①北斎vs広重 二代絵師徹底比較 ②東海道五十三次の絵と街道名物の食べ物、物品ーの二本立て。解説をしてくれるのは千葉市美館長の小林忠氏だから、安心して読める。館長は‘理系の北斎と文系の広重’として、二人の絵の描き方を特徴づける。

‘北斎の画面構成力は力強く、緊張感に満ちて劇的だ。一見すると、演出過多なほどだが、そこに描かれている植物、動物、事象はきわめて写実性が高い。逆に広重の絵はいかにもそれらしく描かれながら、むしろ写実とは違う。それでも、大方の人が共感する詩的な情感表現においては、広重は一段と優っている’。

この後に続く文章のなかに上手いことおっしゃるなと思うのがあった。‘良質な浮世絵は見る人の心情に既視感(デジャ・ヴュ)を想起させる、普遍的な情景を作り出します。それを意図的に表現して、最も上手だったのが広重です。北斎の場合はもっと陰の部分で、構築的に企んでいる。肉筆画では北斎が数段上だと思いますが、風景版画では広重のほうが親しみやすく、より多くの人が共感できたでしょうね’。

‘既視感’はその情景をどこかで見たことがあるとか、あるいは夢の中で出会ったことがあるという意味。これはデ・キリコの形而上絵画を見るとき誰しも感じることだが、最近は日常の会話でも口にする人が増えてきた。ヤンキースの松井も‘デジャ・ヴュのようなホームランでしたね’とシャレたコメントをしていた。これまで広重の風景画を既視感で見たことはないが、いわれてみるとまさにその通り。

二人の絵の違いはほかにも‘水の表現’ー北斎の線描に対して広重のぼかし摺り、‘構図の妙’、‘時間の表現’といった切り口でも分析されている。


もう一つ6月に刊行された浮世絵本のことを。下はTASCHENの‘ニュー・ベーシック・アート・シリーズ’(日本語訳版)からでている‘歌川広重’(アデーレ・シュロンブス著)。英語版には北斎や写楽があるのか確認してないが、広重が日本の絵師のトップバッターとして登場した。このシリーズはすでに好きな画家のものを30冊ほど読んでいるが、世界的に知られている画家のなかにわが広重が入っているのである。とても感慨深い。

本に使われている絵はすばらしいのが揃っている。アメリカのウィスコンシン大学マディソン校に付属するチェイゼン美術館ヴァン・ヴレック浮世絵コレクションのものだが、これまで見たことないのがいくつもでてくる。外国の浮世絵愛好家のほうが先にTASCHENで広重の名画を楽しんでいるのだから、ちょっと複雑な気持ち。

毎度感じる‘海外の美術館にはこんないい浮世絵があるの!’であるが、とりあえずは広重が刊行されたことを喜びたい。北斎はある?

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2009.06.24

日本一のアジサイの名所は箱根登山鉄道!

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拙ブログの定番になったアスパラクラブのアンケート‘日本一の○○’(朝日の夕刊)、今回は‘アジサイの名所’だった。その結果は次の通り(回答総数7030人、複数回答)。

1位 箱根登山鉄道(神奈川)     2945人
2位 明月院(神奈川)         2532人
3位 三室戸寺(京都)         2212人
4位 矢田寺(奈良)           1311人
5位 六甲山・麻耶山一帯(兵庫)   1238人
6位 成就院(神奈川)          707人
7位 高幡不動尊金剛寺(東京)     604人
8位 神戸市立森林植物園(兵庫)    568人
9位 みちのくあじさい園(岩手)     550人
10位 本土寺(千葉)            398人

山より海の方が好きなので、伊豆には定期的に出かけているが、箱根はまだ片手くらいしか行ったことがない。だから、日本一になった登山鉄道の紫陽花は縁がない。箱根だけでなく、ここに登場した紫陽花の名所はどこも行ってない。といっても、梅雨時の紫陽花は家にまわりに結構あるから、散歩の途中青やピンクの花を楽しんでいる。

紫陽花を満喫した経験がこれまで一回ある。広島から温泉旅行で島根県の浜田をめざしてクルマを走らせていたとき、花街道という道路の両側に紫陽花が何㎞にもわたって咲いていた。その鮮やかな紫がかった青やピンクの色が今も目に焼き付いている。 

これまで紫陽花の絵を取り上げたのは一度だけ(拙ブログ06/6/22)。梅や桜に比べると描かれることはだいぶ少ないが、すぐ思いつくのを3点紹介したい。 
★山口蓬春の‘梅雨晴’:山種美(上の画像)
★速水御舟の‘翠苔緑芝’(左隻):山種美(真ん中)
★北斎の‘紫陽花に燕’:ベルリン東洋美(下) 

日本画で紫陽花の名手は山口蓬春。葉山の記念館と山種美にあるのがとくにすばらしい。四曲一双の金地屏風に兎と一緒の描かれた御舟の絵も見ごたえがある。新山種美のオープン展でまた会えるだろう。北斎の絵は燕を上から急降下してきたように見せるところが秀逸。      

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2009.06.23

アテネの新アクロポリス博物館

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696_26月21日にオープンしたアテネの新アクロポリス博物館のことが昨日の新聞にでていた(上の写真)。パルテノン神殿の裏手にあった元の博物館(1866~1873年に設立)にかわるものとして、ギリシャ政府は遺跡のふもとに総工費約174億円をかけて新博物館を建設した。

展示スペースは10倍になり、これまで未公開のものも含め4千点が展示されるというから、丘の上にあったときに比べると格段に立派な博物館に生まれ変わったのだろう。アテネの新しい観光名所として大勢の人が訪問するにちがいない。写真を見ると館内からパルテノン神殿が見えるようだ。すぐにでも飛んで行きたくなる。

アクロポリスで発掘された出土品や神殿を飾っていた大理石彫刻を陳列する博物館を別のところに新たに建設中であることは前から知っていた。一級の博物館を建てるのはロンドンの大英博物館にある‘エルギン・マーブル’の返還を実現させるためだという。

写真の右に真っ白なレプリカがみえる。茶色に変化した本物の彫刻と対比させて、‘われわれギルシャ国民は本気モードなんだ!’ということを世界からやってくる人たちに精一杯アピールしているのである。その気持ちはわかりすぎるくらいわかる。でも、ギリシャ側が彫刻の保存能力があることを見せつけたって、大英博物館は返還に応じないだろう。

イギリスは昔からしたたかさではどこの国にも負けないから、この問題は何年経っても議論が進まないのではなかろうか。返還要求は真に正論なのだが、相手が悪すぎる。大学時代の恩師が‘出来ることならつきあわないのがいいのは、イギリス、ロシア、中国!’と口癖のように仰っていたことがよくわかる。

次回のアテネ旅行がいつになるかわからないが、記憶に残っている彫刻の数々と是非再会したい。印象深いのを2つあげてみた。
★仔牛を肩に担ぐ青年(真ん中の画像)
★パンアナテイア祭の行列・水がめを肩に担いで運ぶ若者(下)

アルカイック期の傑作である‘仔牛を肩に担ぐ青年’がつくられたのは紀元前560年ころ。若者の肩と腕が太くてたくましいこと!そして、まるい大きな目(玉がはめこまれていた)がとても印象的だった。また、アルカイックスマイルを見せるコレー(乙女)像や‘馬上の青年’(オリジナルはルーヴル美)にも心が和らぐ。

‘水がめを運ぶ若者’はクラシック期のすばらしい浮き彫りレリーフのひとつで、パルテノン神殿の北側のフリーズにあった。ほかの‘馬上の青年’、‘楽隊’、‘チャリオットを猛スピードで御す兵士たち’なども目が釘付けになる。

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2009.06.22

鏑木清方記念美の清方と隅田川展

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鎌倉にある鏑木清方記念美は主要な所蔵品をほとんど鑑賞したので、昨年あたりから訪問することが少なくなった。ここの展示は所蔵作品だけと他館のものを加えた特別展が半々。

現在行われている特別展‘清方と隅田川’(5/30~7/5)にとても魅了される美人画があった。それは川口市が所蔵する二幅の‘隅田川両岸’。上の画像が右幅で、真ん中が左幅。これは手元にある数冊の清方の画集にも載ってない。館の方によると、川口市でもなかなか公開されないとのこと。とくに惹かれるのが右幅のほう。橙色の地に散らされた草花模様の着物と手にもっている花びらの入ったまるい籠に視線が集中する。清方の美人画では久しぶりにいい気持になった。

下の六曲一双の屏風‘墨田河舟遊’は東近美が所蔵しているもの。東近美は最近すっかりご無沙汰しているが、よく通っていたときは年に一回はみていた。同じ絵なのに、記念館の展示スペースは狭いためすごく近い距離でこの大画面を見ている感じになる。

‘吉野丸’は隅田川の花火見物を描いた浮世絵に登場する定番の屋形船。船内では歌舞音曲などが催されるが、ここでは人形芝居の真っ最中。楽しんでいるのは旗本か大名の娘かお部屋様。また、左隻には若侍と歌妓を乗せたひとまわり小さい屋形船が描かれている。横に広がる画面構成と浮世絵とはまた違った華やかな群像表現をしばらく息を呑んでみていた。

特別展には福富コレクションがよくでてくる。今回は‘山谷堀’と‘社頭春宵’。数はいつものように20点くらいと少ないが、初見の川口市蔵に遭遇したので満ち足りた気分だった。

館を出た後、馴染みの古本屋に寄ったら、1982年新宿・小田急百貨店で開催された清方の回顧展の図録があった。ぱらぱらめくると未見のいい絵がいくつも載っていたので、即買った。画集にでている代表作はかなり見たつもりだっが、これで追っかけモードに再点火せざるを得なくなった。

そして、すぐ思い浮かべたのがサントリー美で行われる‘清方/Kiyokata ノスタルジアー江戸の粋を愛した日本画家鏑木清方のまなざし’(11/18~来年1/11)。サントリー美と鏑木清方の回顧展がどうしても結ぶつかず、期待値は半分なのだが、偶然手に入った図録の絵がここに展示されるのを願ってもみたくなった。さて、思いがヒットするだろうか。

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2009.06.21

大リーガー松坂と松井が心配!

690_3日本人大リーガーのなかでまったく想定外の不振に陥っているのがレッドソックスの松坂とヤンキースの松井。この先、とても心配である。

昨日、ブレーブスとの交流戦に川上憲伸と投げ合った松坂は4回3失点で5敗目を喫した。

開幕直後に余儀なくされた1ヵ月の調整で修正してくると思っていたが、1勝はしたものの本来の調子にはほど遠く、復活の兆しが見えない。

どうしたの?WBCの疲れはもうないだろうから、投球に勢いが戻ってこない一番の原因は何なのか。マリナーズでストッパーをやっていた大魔人、佐々木の指摘が当たっているのかもしれない。大リーグのマウンドが硬いことが影響して、松坂は投げたときのステップが日本にいたときより狭くなり、上半身の力に頼った投げ方になっているという。

WBC前のキャンプや本番でのピッチングをみて、それが気になっていたらしい。専門家がみてそういう悪いフォームになっていたら、誰かがそれをアドバイスをしているはずだが、すぐには元にもどらないのだろう。これは相当深刻!

監督の話だと、次回の先発は無いという。そうなると、またマイナーでの調整になる。チームは今、ヤンキースに3ゲーム差をつけて首位を走っているから、調子の上がらない松坂は使いたくない。松坂は3年目にして大きな壁にぶちあたった。開幕前は予想だにしなかった事態である。投球フォームを徹底的にチェックし、また戻ってきてほしい。

松坂の低迷がほかの日本人投手にも目に見えない形で作用しているのか、ドジャースの黒田は2勝目がなかなかゲットできない。こちらも気になる。一方、4勝目をあげたブレーブスの憲伸はここ2試合いいピッチングが続いている。チームは現在3位につけ、プレーオフ進出の可能性はまだ十分あるから、打線が憲伸の勝ち星を後押ししてくれるだろう。10勝はいけそうな感じ。

これに対し、いまだ2勝の上原は投球に粘りがなくなっており、先行き不安になってきた。コントロールがいいから、バッターはスピードが落ちるとすごく打ちやすくなる。打ち気をはずす巧みな投球術で抑えるしかない。大リーグは後半戦になると、上位の2,3のチームは優勝が無理でもワイルドカード狙いで最後までがんばるが、優勝争いに関係ない下位チームは士気が低下し、どんどん負けていく。だから、上原は最下位のオリオールズで勝ち星をあげるのは大変。5、6勝くらいに終わるかもしれない。

ヤンキースはナショナルリーグのマーリンズとの試合中。敵地でDHがないため、松井は出番なし。今日はPHでヒットを打ったが、打率は0.253。この調子だと、0.280まであげるのが精一杯といったところか。ホームランは10本。あと何本打てるだろう?松井は期待に応えて、徐々に調子をあげてくると信じているのだが。でも、心配してないといったら嘘になる。

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2009.06.20

どうした! 阪神タイガース 

689プロ野球がはじまったとき、チーム成績や期待する選手について予想したが、前半戦が残り1ヶ月になったところでの成績をみてみると、いくつか予想を大きく下回ることがでてきた。

セリーグの順位予想で大ハズレなのがタイガース。2位にしていたのに、23勝32敗で現在5位、首位の巨人からは
13.5ゲーム離されている。

投手陣もピリットしないが、低迷の最大の原因は打線。3割バッターはひとりもいなくて、一番いいのが狩野の0.288、金本の0.282というのが打てない打線を象徴している。

三番の新井は0.218ですっかり広島で打てなかったころの新井に戻ってしまった。チームを引っ張っていかなくてはいけない一番の赤星(左の写真)も今年はダメで
0.256。

巨人は若い選手が活躍しているのに、タイガースは生きのいいのがでてこない。選手の能力、監督、コーチングスタッフの問題、フロントの責任、低迷の原因はどれも絡んでいるだろう。ズバリいうと今のタイガースはフロントが機能してない。もともと古い体質でアバウトなチーム編成しかしてこなかったから、そのツケが一気にふきだしてきた。このままでは4,5年前、Bクラスに沈んでいた巨人のように、しばらく浮上できないのではないか。

こういう緊急事態に大人しい真弓では監督は無理。こうなったら、岡田を呼び戻すしかない。来年復帰させたらいい。昨年、タイガースが巨人に大逆転されたとき、岡田にはすこし厳しすぎることを書いた。あとで、なぜあんなぶざまなことになったのか週刊誌やスポーツ記事を読んでみて、岡田の監督術の問題もあるが、それよりもっと大きな原因が潜んでいたことがわかった。監督とコーチの仲が悪く、首脳陣が一つにまとまっていなかったことが一番の原因だった。

チームが負け続けてゲーム差がどんどん縮まるのに、2軍にいる選手も含めて、投手、打者の入れ替えがうまくできなかったのである。なぜか、それは岡田監督があのアホ星野の子分である打撃コーチの広沢や2軍監督の平田を信用せず、NOコミュニケーションだったから。岡田は早稲田の出身で、星野、広沢、平田は明大出。プライドの高い岡田は星野が大嫌いだから、明大閥の親分である星野がコントロールしている二人の意見など聞けるかという感じ。

岡田は意地を張りすぎて、優勝を逃したといってもいい過ぎでない。とにかく岡田は頑固でプライドを捨てないから、コーチの意見をうまく取りいれられない。そういうベンチの空気は選手にも敏感に伝わる。星野に可愛がられた選手はまだ残っているから、選手間の連携にも微妙に影を落とす。

強いタイガースを復活させるためには岡田の勘が鈍らないうちに、来年復帰させる。そしてヤンキースに飼い殺しにされている井川を獲得する。また、フロントも一新する。もちろん、高い給料をもらっているのに、なんの仕事もせず巨人に70%身を売っているアホ星野は追い出す。

でも、これが実現する可能性は10%くらいしかない。誰もチーム改革に手をつけないだろう。それは、チームはAクラスの実力はあると思っているから。一時的に調子が悪いだけと思いたいだろうが、チームは昨年の後半から相当ガタがきている。悔しいだろうが、これが現実!

タイガースファンは選手にも球団にも甘く、ダメ虎の楽しみ方を知っているから、‘真弓に3年くらいやらしたらええがな’ということで落ち着く。が、原監督といい勝負ができるのはやはり岡田しかいない。このままいくと、原巨人の天下が当分続く。タイガースファンは‘岡田コール’を早く合唱したほうがいい。

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2009.06.19

夢幻的なデルヴォーワールドに魅せられて!

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ベルギー王立美にはマグリット同様、デルヴォー(1897~1994)の展示室があり、傑作がずらっと並んでいる。とくに魅了されたのをあげてみると、

★民衆の声(上の画像)
★夜汽車(真ん中)
★スピッツナー博物館(下)
★ピグマリオン(拙ブログ05/4/26
★ノクターン(06/9/29

‘民衆の声’(1948)は縦1.52m、横2.54mの大きな絵。画面手前に横たわっている裸の女に目が釘付けになる。売春宿にいる女を連想するが、それでも心臓はバクバクしない。それはデルヴォーが描く女は人形のようで生々しさが感じられないからである。このイメージはベッドのむこうで紫の大きなリボンを髪につけ、黒い喪服を着ている3人の女でも同じこと。部屋の外は透視画法で街の様子が描かれ、真ん中に走り去ろうとしている路面電車がみえる。

マネキンのような女、夜、そして電車とデルヴォー絵画でお馴染みのモティーフだが、一体何がここに描かれているのか?デルヴォーはマザコン、35歳のとき母親が亡くなった。裸の女は母親の象徴で、これから黄泉の国へと旅立つところ。

‘夜の汽車’(1957)はデルヴォーに大きな影響を与えたデ・キリコの形而上絵画を彷彿とさせる。去っていく汽車とプラットホームに漂うなんともいえない寂しい空気が長くのびるレールや柱影と木柵のうしろで見送っている少女の姿で表現されている。

デルヴォーの絵には死を意味する骸骨がよく登場するが、それは1932年に起きたある出会いがきっかけになっている。医学知識の啓蒙のために、仮設テントのなかに性病に冒された人体の模型や骸骨などを並べた‘スピッツナー博物館’をデルヴォーは見たのである。それを描いたのが下の絵(1943)。

ピグマリオンで印象深いのはデルヴォーの絵とメトロポリタン美にあるジェロームの絵(08/5/13)。西洋美であった展覧会に出品された‘ノクターン’もなかなかいい。

これからの鑑賞ターゲットにしている絵は結構ある。いつか訪問しようと夢見ているポール・デルヴォー美術館が所蔵する作品、昨年見れなかった‘人魚の村’(シカゴ美)、‘眠れるヴィーナス’&‘レダ’(テートモダン)。済みマークがつくのはだいぶ先になりそう。

今年後半に開催される西洋画の展覧会のなかに、損保ジャパン美の‘ベルギー近代絵画のあゆみ’(9/12~11/29)がある。これはベルギー王立美蔵の70点で構成されるので、このなかにマグリットやデルヴォーの絵があるかもしれない。詳しいことはまだわからないが期待したい。

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2009.06.18

もう一度見たいベルギー王立美術館のマグリット!

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シュルレアリスム絵画を見るときはほかの絵と違って、心の中はかなりザワザワする。対象の不思議な組み合わせや想像力のキャパシティをはるかに超えたシュールな世界に思わずのめり込むというよりは、体も心もちょっと引き気味になることのほうが多い。

同じシュルレアリスムでも、ぬめっとしたところがあり緊張を強いられるダリの夢の世界に較べると、マグリットの絵は見慣れた現実の光景がベースになっているから、そのイリュージョンの中になんとか入っていけそうな気がする。と同時に、こんな不思議な構成やフォルムは並の才能ではとても創造できないことも思い知らされる。

Bunkamuraの‘だまし絵展’でマグリット(1898~1967)の世界に誘われたので、ベルギー王立美にある作品をまた見たくなった。05年に訪問した際の感想記では、‘エリプス’(拙ブログ05/4/25)のみだったから、まだあるお気に入りの絵を紹介したい。

★光の帝国(上の画像)
★アルンハイムの領土(真ん中)
★宝島(下)

マグリットが1952年から描きはじめた‘光の帝国’は全部で22点ある。これは1954年の作で、1961年に制作された別ヴァージョン(個人蔵)が02年の回顧展(Bunkamura)に出品された。王立美のは照明灯に照らされた建物のシルエットとそれが前の池に映り込むところが実に美しい。この絵はぱっと見ると不思議な感じがしない。日本の夕方でもこんな光景を体験することがある。

でも、建物のまわりの木々の暗さをみれば、この時間が陽が落ちる前ではないことがわかる。となると、この絵はどうなっているの?白い雲が沢山漂う空は昼で、下の風景は夜!じわりじわり、マグリットの意表を突く発想に心が揺り動かされる。こういうのは‘コロンブスの卵’で、説明されると‘なんだ、そうか!’となるが、数少ない人だけが思いつく。何事も最初に考えた者が一番エラくてすごい。

‘アルンハイムの領土’(1962)に表現されているダブルイメージはすぐわかる。三ヶ月の下の山の稜線が鷲の形をしている。が、その鷲の真下にある卵の読み方が難しい。これは何を意味しているのだろうか?岩になった鷲がこの卵を産んだのだろうが、これから卵をどうやって雛にするの?それともただ遠くで見守っているだけ。動物や人間が卵を持って行こうとしたら、岩から飛び出してくる?

下の‘宝島’(1962)に描かれている‘葉の鳥’もすんなりイメージできる。この絵はマグリットが思いついたメタモルフォーズ(変容)、つまり、ある物が別の物になることを表現している。マグリットは‘満開の花に少女を想像するとしたら、鳥を想像することも許されるだろう’という。ほかに葉がフクロウになった絵もある。

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2009.06.17

西洋画・日本画比較シリーズ! マグリット vs 応挙・北斎

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先ごろスタートさせた‘西洋画・日本画比較シリーズ!’でいつか取り上げようと思っていた絵が‘だまし絵展’(Bunkamura、6/13~8/16)に出品されていたので、今日はその話を。

★マグリットの‘白紙委任状’:ワシントンナショナルギャラリー(上の画像)
★円山応挙の‘龍門鯉図’:大乗寺(真ん中)
★葛飾北斎の‘鯉の滝登り’:大英博物館(下)

7点あるマグリット(1898~1967)の絵のうち、‘白紙委任状’と‘無謀な企て’(豊田市美)は7年前、ここで開催された‘マグリット展’にもでていた。この回顧展はマグリット作品の本家ともいうべきベルギー王立美などからいい絵を沢山集めてきた一級の展覧会だった。

‘白紙委任状’(1965)はTASCHENなどの美術本に必ず載っている有名な絵。これの別ヴァージョンを宮崎県美が所蔵しており、07年埼玉県近美であった‘シュルレアリスム展’(拙ブログ07/2/23)で見た。2つの絵はほとんど同じ構図で描かれているが、宮崎県美のものは馬の尻尾がみえ、馬の前にある木々の数が多い。

応挙(1733~1795)の鯉の絵(1789)とマグリットの絵との類似性を書いたのは
4年前(05/5/14)。この頃は画像は1点しか載せてなかったので、その似た雰囲気を充分伝えられなかったが、こうして2点を並べてみると応挙のシュールさがより引き立てられる。

‘白紙委任状’は見れば見るほど不思議な絵。馬上の女性の背中から腰のあたりに垂直に立っている木は馬の腹の手前にあるのに、上のほうを見ると馬のむこうにある太い幹の木のすぐ横をのびていく。これはエッシャーの塔の絵で、柱がねじれてつながっているのと同じ。この絵でハッとするのは馬の胴体が縦に切断されているところ。今ではだいぶ慣れたが、はじめてこれを見たときは暫く‘オイ、オイ、どうなってんだこの絵は!’と目がバタバタした。

この衝撃が体に染みついているので、応挙の鯉の滝登りに出会ったときは瞬時にこの絵を連想した。鯉の背に流れる塗り残しによって表現された滝の水が馬のカットされた部分とすぐ響き合ったのである。

北斎(1760~1849)の‘鯉の滝登り’(1833)は05年、東博であった‘北斎展’に登場した。すばらしい絵である。緩くカーブを描いて下に落ちる滝の水はうすべったいきし麺みたいで、二匹の鯉はそれに挟まれるように泳いでいる。この絵もマグリットの絵のようなシュール感覚があふれている。北斎にはほかにも似たような感じの鯉や亀の絵がある。

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2009.06.16

いまだに国芳の寄せ絵はアンチンボルドの影響を受けてないと思っているの?

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歌川国芳を好きになって20年くらいになる。96年、97年と二度あった回顧展は迫力満点の武者絵や視点が巧みな風景画、そしてユーモラスな戯画を夢中になって見た。目に焼き付いている絵のなかで、いつも特別な思いでみているのが裸の人を寄せあつめて顔や手にしたおもしろい人物画。

この寄せ絵は‘だまし絵展’にも目玉のひとつとして展示されている。なかでも、‘みかけはこわいがとんだいい人だ’(真ん中の画像、Bunkamuraでは展示なし)が一番おもしろい。この絵の存在を知ったころは、国芳はアンチンボルドの‘四季・夏’(上)を真似たのではなく、独自にこの絵を発想したと思い、この考えを長く持ち続けていた。

ところが、04年末、東芸大美であった‘HANGA 東西交流の波’を見て、国芳の独創説を捨てた。それ以来、国芳はかぎりなく高い確率でアンチンボルドの絵に霊感をうけて、寄せ絵を描いたということを200%確信している。そのように強く導いてくれたのはこの展覧会に出品された国芳の‘唐土廿四孝・ゆきんろう’を解説された東芸大美教授の新関公子氏。

国芳のこの絵は新関氏が載せておられるダヴィッドの有名な絵‘サン=ベルナール峠を越えるボナパルト’(拙ブログ06/6/20)とそっくり。また、同じシリーズの絵でカラヴァッジョの‘ナルシス’(2/11)やティツィアーノの‘聖愛と俗愛’(06/5/22)を想定したとみられるものがあるという。

そして、‘アンチンボルドを連想させる<人をばかにした人だ>などの作品もあり、西洋画(おそらく銅版画であろう)を数百枚傍らにおいて自慢していたという飯島虚心<歌川国芳伝>の記述は、根拠のないものではない’と書いておられる。まさに目から鱗が落ちる感じだった。

さらに、国芳が西洋画をもとに浮世絵を描いていたことを強力に裏付ける話が08年2月、新日曜美術館にでてきた。神戸市立博物館学芸員の勝盛典子氏が国芳が手本にした本を発見されたのである。それは17世紀のオランダで出版された旅行家ニューホフの‘東西海陸紀行’(1682年刊)。

下の絵は‘忠臣蔵十一段目夜討之図’であるが、これはこの本にでてくる当時のバダビア(現在のジャカルタ)の町を描いた挿絵の構図とよく似ている。国芳は原画のやしの木を雪の積もった松の木(画面右の真ん中)、バダビアの有力者と思われる人物を屋敷の前で指揮をとっている大石内蔵助に変えている。この絵だけでなく、‘赤穂浪士の肖像’でも、バダビアのジャングルで毒矢を吹いている男のポーズをまねて浪士の一人を描いている。

番組にゲストで出演していた国芳好きで有名な小説家、高橋克彦さんは‘私も驚きました。これまで夜討之図はリアルな江戸の町だと思っていたが、国芳にだまされました!’と語っていた。そして、番組の冒頭に紹介された国芳の言葉がずしんときた。
‘西洋画は本当の絵だ。自分はいつもこれを習おうと思っているのだが、まだ、それができない’

東京美術から08年3月に刊行された人気シリーズ‘もっと知りたい歌川国芳’(著者悳俊彦・いさおとしひこ、洋画家、国芳コレクター)でも、悳氏がこの言葉を引用し、‘東西海陸旅行’の銅版挿絵が大量に使われていたことにもふれている。

専門家によるこうした地道な調査を通して、寄せ絵がアンチンボルドの絵の影響を受けて描かれたものと考えてもおかしくない状況になっているにもかかわらず、‘だまし絵展’の図録には素人美術愛好家が思うようなことが書いてある。

‘同種の作品の名手アンチンボルドとの関係が話題となることがある。時代的にはアンチンボルドが先行するが、その作品に国芳が出会っていたのだろうか。あったとすればオランダから輸入された本からであろうが、今のところ両者を結び付けるものは見つかっていないようである。ここは、国芳の戯画における発想の豊かさに敬意を表し、独自に考案されたものと考えたい’(名古屋市美、神谷浩氏)。

神谷氏は西洋画の専門家で日本画は知らないのであろうが、それにしてもこれはひどい! これでは誰とはいわないが20年前から美術史家がいっていたのと変わらない。しかも、日本人の独創性コンプレックスの裏返しみたいな情緒的な感想そのまま、美大や大学の文学部でちゃんと美術史を学んだ学芸員の文章とはとても思えない。

神戸市博の女性学芸員が立派な仕事をされ、この驚きの新事実を1年前NHKが全国放送し、また有名な国芳コレクターがそれにも言及されているのに、これらの最新情報を無視して(学芸員なのだからこの情報は知っているはず)、あるいはまったく知らず(だったら、これを担当するのはお門違い)、こんなことを平気で書いている。図録を読んだ瞬間、あきれてひっくり返った。日本のだまし絵は散々だった!

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2009.06.15

日本の描表装はだまし絵としておもしろい?

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だまし絵展(6/13~8/16)は会期中、相当な数の人がBunkamuraに足を運ぶのではなかろうか。目玉のアンチンボルドの‘ルドルフ2世’を見れたのは一生の思い出になる。また、イメージの魔術師、マグリットの絵が7点あったから、西洋画に関しては大満足。大きな拍手を送りたい。

ところが、日本のだまし絵はかなり不満が残る。だまし絵では定番の西洋画が揃ったのだから、日本の絵師や現代作家の作品はもう少しヴァリエーションをもたせて欲しかった。例えば、掛け軸に描かれた猿が画面からでてきて長い手にもった文を遊女に渡そうとしている鈴木春信の絵(拙ブログ08/10/2)とか会田誠のシュールさに驚愕する‘あぜ道’(1/14)とか森村泰昌が王女マルガリータに扮した絵など。

国芳の‘としよりのよふな若い人’(上の画像)の寄せ絵(嵌め絵ともいう)は誰でも喜ぶ絵だからこれはMUST。また、‘弁けい’&‘たいこもち’(2/26)や広重の‘即興かげぼしづくし’(真ん中)の影絵も遊び心があふれていて、おもわず頬がゆるむ。鏡中図もこういう楽しみ方もあったのかと興味深い。

だが、ここにちっともおもしろくないのがある。それは掛け軸の変種、‘描表装’。期間中に全部で15点でてくる。名古屋市美や兵庫県美で展示されるものも図録に載っているが、これらを含めると23点ある。このなかで、この楽しい‘だまし絵展’を構成する絵として、すとんと腹に落ちるのは河鍋暁斎の‘幽霊図’(オランダ国立民族学博物館)と柴田是真の‘滝登鯉図’(京都・野村美、展示は7/21~8/3))の2点だけ。ほかの絵ははっきりいって要らない!

西洋画にカソが描いた額から子供が抜け出そうとしている絵、‘非難を逃れて’があるから、幽霊が絵のなかから出てきたり、鯉が宙に浮いている掛け軸にはすっと入っていける。幽霊図は暗い部屋では怖くてとても見れない。

今回でている掛け軸は確かに普通のものとは違う。本紙のまわりの柱や中廻し、そして天地に木の枝や花模様などが描かれたり、伊勢海老の頭が出てたりするが、それは装飾性をもっと出してみようとしただけで、幽霊ではなく正月の飾り付けや雛人形などをみている限り特別驚きはしない。普通の掛け軸をみている感覚とそう変わりない。‘ほおー、随分装飾が凝っているね!’で終わり。

8/4~16に展示される鈴木其一の‘業平東下り’(下)はお気に入りの絵だが、なにもだまし絵展で再会しようとは思わない。見ている人が10人いれば10人、すばらしい掛け軸に酔いしれる。だまし絵としてこれを楽しむ人はいない。現在、展示されている酒井抱一(伝)の‘蓬莱山・春秋草花図’のどこをだまし絵の感覚で見ろというの?誰も上の風帯がよれたままに描かれているのをみて、おもしろがったりしない。三幅の本紙に描かれた花や鳥を鑑賞しているだけ。そして、‘この掛け軸はなぜここにあるの?’とポカンとなる。

この描表装の出品を強く勧めたのは山下祐二氏(明治学院大教授)だという。この人は装飾性の楽しみ方とだまし絵のおもしろさを勘違いしている。インパクトのあるアンチンボルドの傑作に比べたら、存在感の弱い掛け軸を展示して‘ここに江戸の絵師のアヴァンギャルドの精神が現われている!これを見て欲しい’と主張したい? こんな誰も共感しないことを能天気にいっていたら、美術史家としての実力を見透かされますよ!それでなくても若冲の絵に首をつっこんで評判が悪いのに。

一人で長く考えていると、まわりから見るとたいしたことでもないのに、自分はいいことを思いついたと錯覚することがあるから、くれぐれもご注意を。

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2009.06.14

だまし絵展 奇想の王国

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Bunkamuraの‘だまし絵展’(6/13~8/16)は予想以上の人気だった。初日の開幕直後だから、そんなに混んでないだろうと思っていたら、中に入ると大勢の人がいた。いつもと勝手が違うのが親子連れが多いこと。孫の女の子と一緒にみているお爺さんの姿もあった。皆、絵にだまされるのが楽しいのだろう。

この企画に河出書房新社から出版された‘だまし絵 もうひとつの美術史’(99年)の著者、谷川渥氏(国学院大教授)がかかわっているという。この本は10年前から本棚にあり、取り上げられている絵を何度となくみているから、この中から展示されているものについてははじめて対面する感じがしない。

だまし絵はいろんなタイプがある。ヨーロッパで宮殿観光をしていると、ガイドさんから‘天井をよおーくご覧下さい。実際には天井はあんなに高くないんです。絵が描いてあるのです!’と説明されて、‘なんだ、だまし絵か!それにしても天井そっくりだな’と感心することがよくある。また、壁龕(へきがん、ニッチ)に描かれた聖人などにだまされることもある。こういう建築物でだまし絵を経験するのが一番おもしろい。

絵画で楽しいのはアンチンボルドの奇画、ある視点からでないと像がちゃんと見えないもの、ダリやマグリットらが得意とするダブルイメージのトリック(拙ブログ06/10/1)、エッシャーの不思議な絵。最も見たかったのが上のアンチンボルド作、‘ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)’。スウェーデンのお城にあるこの絵が日本で見られるのだから有難い。これまで見ていたウィーン美術史美の‘四季・夏’(05/2/20)にこの絵が加わったので、これでアンチンボルドは済み。

‘四季’が横向きの人物像なのに対し、これは正面向きだから、頭、顔、首、肩、胸を形どる花や果物がドンと目にとびこんでくる。目が一番に向かうのが洋ナシの鼻、ふっくらした赤いリンゴの頬、次に目立つのは右肩の白が輝いているマドンナリリー。また、いくつも横にでている麦が髪の毛をイメージさせる。

5/17の日曜美術館で紹介されたシェーンの‘判じ絵’(真ん中)の‘フェルディナント1世’は左側からみて王の顔をとらえられたが、もうひとつの‘ヨナと大きな魚としゃがむ男’は見方が思い出せなくて、こんがらがった。で、隣の女性に‘どうやったら見えます?’と聞いた。‘たぶん、こちらの左側からみると、あれが目で、その先が口だと思うのですが―’、そうでした!でもこの図像はかなり圧縮されているので、クリアには見えない。

今度は彼女から逆に‘排泄物はどこにあるのですかね?’、‘ここです、お尻の割れ目がこれでしょう’。こんな共同作業をしたから、ロンドンナショナルギャラリーにあるホルバインの‘大使たち’(08/2/5)をまた見る機会があれば、アナモルフォーズにより描かれたドクロを上手にみれるだろう。

本物の葡萄やロブスターが目の前にあるように錯覚するリアルな静物画はこれまで何度もみているので、その特殊なかたちである‘トロンプ・ルイユ’(目だまし)にはそれほど足はとまらない。ヘイスブレヒツの絵のいくつかは05年マウリッツハイス美を訪問したときにちょうど開催されていた‘だまし絵展’でもお目にかかった。お気に入りはリアルな質感描写に目が点になる‘食器棚’。

エッシャーは06年末、ここであった回顧展にでていた‘昼と夜’と‘滝’(06/12/30)をまた夢中になってみた。エッシャーにはかなり参っているので、いろいろなヴァージョンを見たくなる。下の現代アート作家、ヒューズの作品‘水の都’が大変おもしろい!こんな画面が目の前に飛びだしてくる絵ははじめて見た。さて、どんなイリュージョン?

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2009.06.13

横浜そごうのレオナール・フジタ展

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横浜そごうで昨日からはじまった‘レオナール・フジタ展’(6/12~7/21)を見た。展覧会の情報を手に入れたとき、内容は昨年11月上野の森美でみたものと基本的には同じであることを電話で確認した。

最初はパスのつもりだったが、途中で藤田嗣治が日本に戻ってきたとき描いた大作がいくつか出品される(上野では展示無し)ことがわかったから、ダブりを覚悟で出動することにした。

上野であったのが全国興行パートⅠ(最後のせんだいメディアテークでの公開が6/7に終了)とすると、これは展示の構成は変えず出品作をマイナーチェンジしたパートⅡ。横浜の後、3ヶ所に巡回する。
・松坂屋美:8/1~9/13
・ベルナール・ビュフェ美:9/19~12/25
・大丸ニュージアムKOBE:2010/1/8~1/28

展示の目玉である‘構図’(上のライオンと犬)と‘闘争’(Ⅰ・Ⅱ、拙ブログ08/12/7)を再度じっくりみた。‘ライオンのいる構図’はこれで三度目の鑑賞だが、毎回感心するのは樽やライオンの木の檻にみられる木目の質感描写。筋肉質の男性や豊満な肉体をもつ裸婦が灰色の陰影をつけて彫刻的に描かれているのに対し、お得意の猫は柔らかい毛やでれっとしたポーズが猫そのもの。

お目当ての日本で描いた大作は5点ある。喫茶店‘銀座コロンバス’の天井画(6点、迎賓館蔵)のうち、今回展示されたのは‘野あそび’と‘葡萄の収穫’。3年前、東近美で行われた回顧展のときには‘母と子’、‘天使と女性’があった。もう3点は真ん中の‘野あそび’(志摩観光ホテルクラシック蔵)と‘ノルマンディーの春’(関西日仏学院)と‘優美神’(聖徳大学)。

長く見ていたのは流行の衣装を着た6人の女性と女の子を前景に大きく描いた‘野あそび’。こういう絵はなかなか見る機会がないから貴重な体験である。実は最も期待していたのは何年か前見たウッドワン蔵の‘大地’(2/3)だったが、残念ながら再会はならなかった。

下は上野の森美でもでていた‘花の洗礼’(パリ市立近代美)。三美神を思わせる長身の女性でも上から綺麗な花をまき散らしている天使でも、顔つきは皆同じ。おでこがでていて目と目の間がひろく、丸い瞳はなぜか横によっている。

この冷たいようで可愛らしい顔に惹かれている。それはそれは綺麗な花々に祝福されたら、三美神は少しは頬をゆるめてもいいはずだが、この顔で通すところがいい。日本の美を象徴的に表現する花を三美神とコラボさせて、藤田はこんな魅惑的な絵を描いた。素直に嬉しくなる。

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2009.06.12

西洋画・日本画比較シリーズ! ブリューゲル vs 広重

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西洋画でも日本画でも絵とはじめて対面するとき、それを見ながら同時に過去に見たほかの絵の情報もフル動員して心の目を刺激する。画家の個性や絵の描き方の独自性を感じ取るためである。

で、‘こういうタイプの絵はこれまで経験無いな、インパクトがすごい、これは参った!’とか‘この絵はあの絵の構成に似ているな!でも、こちらの方は色使いが鮮明で、人物描写も生き生きしている’とかいろいろな感想を持つ。

芸術家の存在価値は作品のオリジナリティにあるから、ほかの画家と同じ表現方法はとらない。建前上はそう。でも、すぐにそれが生み出せるわけではないから、素人でも‘なんだ、○○のコピーじゃないか’と思うような絵ができあがる。

本物の絵描きになれるかなれないかはその次の段階での精進の仕方で決まる。世の中で認められる人は先行作をいろいろ消化し、自分の作風を骨太につくりだす。そうなると、誰れ誰れの絵と似たような雰囲気はあったとしても、それはたいしたことではなく、画家が生み出した表現方法に見る者の心は向かっていく。

今日は似ていることが不思議なくらいおもしろいと感じられる絵について少し。前回ウィーン美術史美でブリューゲルの絵を鑑賞していたとき、ふと気がついたことがある。それは浮世絵師、歌川広重が描いた‘東海道五十三次’にでてくる絵と構成が似ている点。

★ブリューゲルの‘牛群の帰還’(上の画像)
★広重の‘東海道五十三次・箱根’(真ん中)
★広重の‘東海道五十三次・日坂’(下)

ブリューゲルの‘牛群の帰還’と広重の絵がよく似ているのは、手前に移動する人物が大きく描かれ、その向こうの風景をパノラマ的に表現しているところ。近景、中景、遠景の描き方は写実性の点で違いはあるものの、二人は基本的には同じように画面を構成しているのである。

‘牛群の帰還’よりもっと‘箱根’との類似性がうかがえるのが‘サウルの回心’。左を見ると、はるか先のV字のような谷底から急な坂道を兵士が登ってきており、画面の右半分にはやっと頂上に着き休息をとっている兵士たちや馬に乗る騎士たちが手前に大きく描かれている。

これが‘箱根’で山中の隘路を進む大名行列の描き方とよく似ているのである。ブリューゲルの絵が描かれたのは1565年ころで、広重の‘東海道五十三次’は1835年ころ。270年の時の流れがあるが、二人の絵描きは同じ風景画をイメージしていた!

以前、よく似た表現がみられる西洋画と日本画の例として‘伴大納言絵巻’とマザッチョの‘楽園追放’(拙ブログ06/10/16)、‘広重とマンテーニャのシュール感覚’(08/6/10)を取り上げた。今後、頭の中にある同じような絵を思いつくまま紹介したい。

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2009.06.11

ウィーン美術史美の至宝 ブリューゲル!

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今年はオーストリアイヤーで、クリムトやシーレの展覧会が久々に開かれるのはこのため。もう一つビッグな特別展が秋に開催される。それは国立新美の‘THE ハプスブルク’(9/25~12/14)。ウィーン美術史美とブダペスト国立美の所蔵するハプスブルク家ゆかりの絵画や工芸の名品が120点やってくる。

チラシに載っているのはベラスケスの‘白いドレスのマルガリータ王女’(拙ブログ08/8/5)と‘フェリーペ王子’。マルガリータの肖像は昨年、なかなか貸し出さない‘赤いドレスの’がやってきたばかりなのに、また2点。これでこの美術館にあるベラスケスの絵は全部公開されることになる。待てば海路の日和ありである。

また、クラナハの凄味のある絵‘ユディト’とデューラーの‘若いヴェネツィア女性の肖像’も嬉しい絵。10年くらい前(?)にいい絵がいくつも展示されたが、質的にはこれと同じくらいの内容だから期待がもてる。ウィーン美術史美もルーヴルやオルセー同様、館の図録にでている名画をポンと貸し出してくれるから、美術館に対する好感度はとても高い。

贅沢をいわせてもらえればブリューゲルの絵を1点でいいからOKしてくれたら最高だったのだが、、これは未来永劫無理だな。ウィーン美術史美にはラファエロの‘草原の聖母’やティントレットの‘スザンナの沐浴’といったすばらしいルネサンス絵画があるが、人気の中心はなんといってもブリューゲル(1525~1569)の絵。このコレクション
(12点)は美術館の一番の至宝といっていい。お気に入りをあげると、

★バベルの塔(上の画像)
★雪中の狩人(真ん中)
★農民の婚宴(下)

‘バベルの塔’(1563)は物語絵のひとつ。美術本に書いてある教訓のことを考えるより、細かいところまでリアルに描きこまれた塔の建築現場や働いている人々の様子を最接近して見るのが一番楽しい。日本画を見るときには欠かせない単眼鏡は西洋画には必要ないが、この絵だけは例外。前回は自分の目でみたが、次はこれで絵の隅々までみたい。

加山又造が‘冬’(2/23)を制作するにあたり参考にしたのが‘雪中の狩人’
(1565)。この風景画は月暦画連作のひとつで冬の情景。6点描かれたが、1点消失した。初春‘暗い日’(ウィーン美術史美)、春(消失)、初夏‘干草の収穫’(プラハ国立美)、盛夏‘穀物の収穫’(メトロポリタン美、08/5/4)、秋‘牛群の帰還’(ウィーン美術史美)。

‘干草の収穫’は何年か前、日本にやってきた。ブリューゲルの絵で日本の展覧会に登場したのは、確かこれと‘絞首台の上のかささぎ’(1568)、‘イカロスの墜落’(05/4/27)の3点。

‘農民の婚宴’(1568)は‘農民の踊り’(1568)とともに風俗画の傑作。この絵で視線が集中するのが手前に大きく描かれている料理を運ぶ二人の男。ブリューゲルというとすぐこの場面を思い浮かべる。再会できることを夢見ている。

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2009.06.10

日本にあるクリムト・シーレの絵

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日本の美術館でクリムト、シーレの絵を所蔵しているのは2館。

★クリムトの‘人生は戦いなり(黄金の騎士)’:愛知県美(上の画像)
★クリムトの‘オイゲニア・プリマヴェージ’:豊田市美(真ん中)
★シーレの‘カール・グリュンヴァルトの肖像’:豊田市美(下)

‘黄金の騎士’(1903)は名古屋にいたとき、愛知県美に出かけたおり、よく見ていたので馴染み深い。これは04年東近美で開催された‘琳派展’でも展示された。クリムトの黄金様式は琳派の装飾的な黄金に直接影響されたのではないが、ウィーン世紀末の絵画や工芸がジャポニスムに大いに刺激されているから、琳派のDNAを海外の作品にも見たいという企画者の思いがわからなくもない。

シルエットに描かれた馬上の騎士は面あてで顔が見えず、右手に大きな剣をもっている。目を楽しませてくれるのは下の緑の草地に咲く白や黄色、赤の小さな花。ひまわりの絵や‘接吻’の花園同様、見てて気持ちがいい。

この絵が制作された前の年にクリムトは分離派館の壁に‘ベートーヴェン・フリーズ’を完成させている。部屋の左側にも黄金の甲胃の騎士が登場する。騎士の姿はたくましく、後ろにいる苦悩する弱い人間を助け彼らに幸せをもたらそうとする気概にあふれている。

真ん中の女性の絵はクリムト52歳のときの作。衣装全面に施された渦巻き、三角形、短冊などの模様の輪郭は少し緩いところもあるが、背景の黄色や紫や青緑、橙色の明るい色調に吸い込まれる。

これを見たのは1989年にあった池袋西武セゾン美の展覧会。当時はまだ豊田市美はできてなく、開設準備室蔵となっていた。現在、東京都美で開かれている‘日本の美術館名品展’(4/25~7/5)が開幕する前、秘かに期待していたのがこの絵。20年ぶりに再会したかったのだが、出品されたのはシーレの絵だった。

この絵のことは知らなかったので収穫のひとつではあるが、どちらを見たいかといえばクリムト。豊田市美としてはランキング1位の絵は出したくなかったのだろう。この名品展は記念展だというのにこういうのが多いから、期待したわりには感動が少なかった。これぞという目玉の絵がない展覧会というのはやはり印象がうすくなる。

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2009.06.09

エゴン・シーレはお好き?

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エゴン・シーレ(1890~1918)の絵を多く所蔵しているのはベルヴェデーレ美、レオポルト美、ウィーン市歴博、そしてアルベルティーナ素描・版画美だが、そのコレクションは日本で結構公開されている。

例えば、‘ウィーンのジャポニスム展’や何度も開かれる‘ウィーン世紀末展’でやってきたり、単独では‘レオポルト美蔵のエゴン・シーレ展’が91年、Bunkamuraで開催された。だから、現地に出向かなくても日本でシーレの代表作の相当数を鑑賞することができた。シーレファンにとって日本はとてもいい美術環境である。

‘シーレが好きか?’と問われたら、‘イエス、イエス、but一部はノー’というのが率直なところ。強く惹かれているのは、
★自画像:アルベルティーナ美(上の画像)
★ほおずきの実のある自画像:レオポルト美(真ん中)
★踊り子モア:レオポルト美(下)
★家族:ベルヴェデーレ美(拙ブログ05/7/10
★縞模様の服を着たエディット・シーレ:ハーグ、ハッグス美(05/4/14
★4本の樹:ベルヴェデーレ美(05/2/5

‘自画像’と‘エディット・シーレ’は05年、アムステルダムのゴッホ美であった回顧展でとても魅了された絵。Bunkamuraに展示されたレオポルトコレクションには‘ほおずき’や‘踊り子モア’のほかいい絵がいくつもあった。シーレの下から見上げるような鋭い目が心をとらえて離さない‘隠者たち’、クリムトの‘接吻’を意識して描かれた‘枢機卿と尼僧’、‘母とふたりの子’(未完成)、‘横たわる女’。

心穏やかな感じの妻の‘エディット’を真正面から平板に描いているのに対し、‘モア’の目とポーズはファッションモデルのよう。ともに感心するのが衣服における赤、うす紫、青、ピンク、オレンジ色など装飾性豊かな色使い。

表現主義による荒々し筆致で描かれることの多い自画像のなかで、上の絵は完成度の高い絵。最も魅せられているのが‘ほおずきの実のある自画像’。白の背景に浮かびあがる赤いほおずきの実が感情の表出をつとめて抑え、顔を少し左に傾けているシーレを引き立てている。

数の少ない風景画は‘4本の樹’がすばらしい。いつかまたお目にかかりたい。風景画というと、03年のサザビーズの競売で‘クルマウの風景’が25億円で落札された。これは写真で見る限りすごく鑑賞欲をそそられる絵。どこかの美術館がシーレの大回顧展を開催し、そこにこれが出品されると幸せになれるのだが。夢だけが見ておこう。

さて、ウィーン市歴博が所蔵する作品はどれがやってくるか?楽しみに待っていたい。

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2009.06.08

ウィーンでまたクリムトに会いたい!

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今年も早いものであと2週間で上半期が終了。で、7/1にアップする恒例の7~12月展覧会情報について漏れがないようにチラシの入手やHPのチェックに余念がない。そのなかから大好きなクリムト関連の展覧会について、先行してお知らせしたい。

前半の展覧会のことを調べていたら、大阪のサントリーミュージアム天保山で‘クリムト・シーレ、ウィーン世紀末展’(10/24~12/23)が行われることがわかった。それによると、作品はウィーン市立歴史博物館蔵のもので、‘パラス・アテナ’(拙ブログ05/7/12)などが含まれている。そのときは、天保山はまだ訪問してないから、大阪美術旅行を70%くらい考えていた。

3月、東京にも巡回するかもしれないと思いサントリー美に電話してみた。すると、嬉しいことに札幌のあと日本橋高島屋で開催されるとのこと。
期間は9/16~10/12。ウィーン市歴博の所蔵作品は過去2,3回お目にかかったから見たものがあるかもしれないが、ファン心理としては未見のものが1点でもあれば出かけたくなる。

日本でクリムトやシーレの絵がみられるのは久しぶりだから、少し落ち着きをなくしている。世紀末モードに浸るのはまだ早いが、クリムトの作品に会うためウィーンの街へ飛んでみた。

人気のクリムトやシーレ作品が展示してあるのは国立オーストリア美(ベルヴェデーレ美)、ウィーン市歴博、国立レオポルト美、オーストリア応用美、オーストリア劇場博、分離派館(04/12/27)、美術史美、ブルク劇場。このうち行ったことがあるのはベルヴェデーレ美、分離派館、美術史美の3つ。残りは次回のウィーン旅行のとき訪問するつもり。

画集を眺める度に心を揺すぶるクリムト(1862~1918)の絵は、
★接吻:ベルヴェデーレ美(上の画像)
★ひまわりの園:ベルヴェデーレ美(真ん中)
★生命の樹:オーストリア応用美(下)

‘接吻’(1908)は若い頃、ものすごくあこがれた絵。タイトルからして心をざわざわさせる。この絵を1989年、池袋西武のセゾン美(今は無し)で見たときの感激は今でも忘れられない。‘これがあの接吻か!’と息を呑んでみていた。それから14年後、03年現地で再度会った。そのときは黄金の煌めく装飾的な衣装と二人の足元の花々をじっくり楽しんだ。

画集に載っている絵が展示室に全部あったわけではない。正方形のカンヴァスに描かれた‘ひまわりの園’(1906)や‘水蛇Ⅰ’が残念ながらなかった。もう一つ次回の楽しみにとっておいた‘アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅱ’は06年オーストラリア政府から絵のモデルになった人の姪に返却され、競売でコレクターの手に渡った。だから、もうみる機会はないだろう。本当に惜しいことをした。

‘生命の樹’(1909)はブリュッセルにあるストレク邸の食堂を飾る壁面装飾の原画の一枚。ほかに‘期待’(05/1/22)、‘成就’がある。ストレク邸を見るのは難しいから、これで見たことになればいいのだが。この美術館へは是非行ってみたい。

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2009.06.07

祝 サッカー日本代表 W杯南アフリカ大会出場!

652サッカー日本代表はW杯のアジア予選でウズベキスタンを破り、南アフリカ大会への出場を決めた。拍手々!

サッカーはW杯の予選と本大会しか見ないから、代表選手の顔ぶれや戦術のことはほとんどわからない。

知っている選手はこれまでのW杯でプレーした中村俊輔、中澤、GKの楢崎とかFWの大久保、松井、遠藤、闘莉王くらい。

試合は開始9分に岡崎がヘッドでゴールを決めた。なにか点が入りそうな流れになったな思っていたら、その通りになった。一度GWに当たって跳ね返ったのをヘッドで押しこんだ。こうい敵地での試合で早めに点が入ったのはすごく有利。あとはひたすらウズベキスタンの攻撃をしのいだという感じ。選手たちは相当疲れたのではないか。

日本がどうやって点をとり、またどのように守るかという戦術のことはよくわからないので、あと1点ゴールが決まるのを期待して見ていた。日本の選手が反則プレーを頻繁に繰り返したとは思えないのに、前後半通して何度も反則をとられ、相手ボールになった。アウェイでは審判は地元に有利に判定するのはサッカーでは当たり前なの?それにして相手ボールが多かった。

後半残り15分はヒヤヒヤした。やばいシュートが3本あったが、ゴールにつきささらず本当によかった。最後の最後になって長谷部がレッドカードで一発退場になり、岡田監督までベンチから退席させられたので心配したが、選手たちは残り時間を冷静にプレーし南アフリカ大会への切符をゲットした。まずはめでたし々。

試合はまだ2戦あるが、これまでのアジア予選にくらべると今回が一番安定した戦いだった。これは日本の実力が世界のなかで上がっているためか?それともほかの国のレベルアップが進んでないからか、そのあたりはわからない。日本同様、本大会への出場を決めたオーストラリアや韓国とくらべて、どっちが強い?

南アフリカ大会で戦う相手が決まるのは12月。それから半年後にいよいよ大会がはじまる。4年毎にやってくるサッカー観戦。にわかサッカーファンでも、少しづつW杯モードに切り替わっていく。

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2009.06.06

行きたい白砂青松 ベスト10!

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6/2付の朝日新聞にアスパラクラブのアンケート‘行きたい白砂青松’が載っていた。それによると、上位10は次のようになっている(回答総数4886人、複数回答)。

1位 天橋立(京都)     1534人
2位 三保の松原(静岡)  1424人
3位 松島(宮城)       929人
4位 九十九里海岸(千葉) 928人
5位 襟裳岬(北海道)    807人
6位 浄土ヶ浜(岩手)     618人
7位 虹の松原(佐賀)    553人
8位 湘南海岸(神奈川)   372人
9位 弓ヶ浜(鳥取)      340人
10位 気比の松原(福井)   234人

このなかでまだ行ってないのは襟裳岬、浄土ヶ浜、気比の松原。天橋立と三保の松原の差はあまり無い。白砂青松というとやはりこの二つが人気の名所。天橋立を訪れた方は皆、リフトで‘天橋立ビューランド’へ行かれると思うが、ここからの眺めがすばらしく、日本三景のひとつといわれることに即納得する。天橋立は端から端まで約3.6㎞。智恩寺のあるほうから半分くらいまで歩いて引き返した。

ベスト3は絵によく描かれる。そのなかから3点紹介したい。
★雪舟の‘天橋立図’(国宝):京博(上の画像)
★橋本雅邦の‘三保松原図’:富士美(真ん中)
★‘松島図屏風’(桃山~江戸時代):個人(下)

雪舟の絵は保存状態がすごく良く、惚れ惚れする。お気に入りはもう2つある。広重の‘六十余州名所図会・丹後 天の橋立’(拙ブログ07/8/24)と川端龍子が描いたもの。また、麻田鷹司の‘天橋雪後図’(何必館・京都現代美)を追っかけているのだが、なかなか姿を見せてくれない。

三保の松原は橋本雅邦のほかにも室町時代に天橋立と一緒に描かれたものを2年前、三井記念美の‘旅展’でみた。また、曾我蕭白にも富士山と虹を背景にした三保の松原を描いた屏風の傑作(米国・デンバー、パワーズコレクション)がある。

‘松原図’は旅展にでてたもの。画面中央の上に瑞巌寺、橋のかかった小島に五大堂がみえる。萬鉄五郎も屏風に‘松島図’を描いている。

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2009.06.05

東博浮世絵エンターテイメント! 亜欧堂田善・国芳・広重

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現在、東博の本館に展示中の浮世絵(5/19~6/14)にあまり見られない西洋画の影響を受けた作品があった。司馬江漢の‘不忍之池’と亜欧堂田善の‘エイタイハシノツ’(上の画像)ともう一点。

田善の絵は06年、府中市美であった‘亜欧堂田善の時代展’(拙ブログ06/4/11)を体験したので、目はだいぶ慣れている。このときも出ていた‘永代橋’は江戸の名所を描いた銅板画の一枚。遠近法を使って描かれた左の橋はすごく遠くにある感じなので、題名のわりには印象に残らない。

目につよく焼きつけられるのは茶店の前で団子を食べている二人の男。足の影や顔の陰影にみられる強いコントラストは西洋画と変わらない。東博には今回展示されなかったが、ほかに‘品川潮干’、‘両国橋’、‘榎坂’がある。

国芳の‘二十四孝童鑑’2点は田善の銅版画とよく似ている。5点でている‘東都名所’は絵の全体のイメージは江漢や田善流の洋風画タイプの絵ではなく、北斎、広重と同じ土俵の風景画ではあるが、画面の随所に陰影がみられる。

低い視点から描かれた真ん中の‘東都宮戸川之図’は鰻を獲っているところ。宮戸川は隅田川のこと。これから梅雨に入るので激しい雨を表わす幾本もの垂直線が印象深い‘御厩川岸之図’にも足がとまる。

春信はこれも雨が描かれた絵一点、そして歌麿ははじめて見る‘刺身’と定番組が少なめなのに対し、広重は肉筆の‘冨嶽図’、短冊判の花鳥画3点、東海道五十三次2点の6点。収穫は‘藤花に小禽’と‘菖蒲にかわせみ’と‘薔薇に小禽’。ほかの短冊判シリーズはみたことあるが、これは初見。

下は五十三次のなかではお気に入りのひとつ、‘宮’。宮は熱田神宮の門前町。これは熱田神宮に伝わる馬追祭の場面。駆競をしている2頭の馬と一緒に大勢の男たちが元気よく走っている。二つのグループは馬も人物も大きさを変えて描かれているので、この競争が広々とした場所で行われていることをうかがわせる。広重はこういう動感描写が天才的に上手い!

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2009.06.04

静嘉堂文庫の唐三彩と古代のやきもの展

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静嘉堂文庫では現在、‘唐三彩と古代のやきもの展’(5/30~7/26)が行われている。美術館を訪れる際、展示内容についてHPで事前にチャックし見たい作品を頭にえがいておくときと、なにも情報をもたず白紙状態で会場に入るときがある。この展覧会は後者。

唐三彩は昨年8月松岡美でもみたから(拙ブログ08/8/3)、わくわく気分でもないのだが、ここのやきものコレクションは‘金襴手’で仰天させられているので、またいいものと遭遇するのではという期待が膨らんだりもする。流石、岩崎コレクション、51点のなかには心を打つのがいくつもあった。

上は‘三彩貼花文壺’(重文)。唐三彩の重文は7点。これと東博にある‘貼花文龍耳瓶’&‘有蓋壺’と永青文庫蔵の‘宝相華文三足盤’&‘蓮華文圏足盤’、そして京博の‘三彩釉骨壺’と倉敷考古館の‘三彩壺’。この壺が有名な三彩であることは展示室に入って思い出した。胴のまるみがなんとも美しく、透明釉のかけられた白土の素地に青、緑、褐釉が斑描されている。

人物俑はお馴染みの官人、武人、神将、婦人など。動物俑は松岡美でみたのは駱駝、馬だけだったが、ここには想像上の獣や鴨や獅子(真ん中)があった。この‘獅子’の姿はどこかで見た覚えがある。そう、前田青邨の代表作のひとつ‘獅子図’!(三の丸尚蔵館、06/9/28) 青邨は皇室に献上する‘獅子図’を描くにあたって、岩崎家が所蔵する‘三彩獅子’を参考にしていたのである。この話ははじめて知った。パネル写真に‘獅子図の下絵’(ここの所蔵)が一緒に紹介してあった。

‘獅子図’が描かれたのは昭和10年で、翌年下の別ヴァージョンが岩崎家の玄関広間に飾る衝立として制作された。これは親獅子の左隻で、右隻には子獅子が3頭描かれている(会期中後半に展示)。この絵は三の丸のものを岐阜県美でみて大感動したから、見たい度は少し下がったが、いつかはこの目でという気持ちはあった。でも、この展覧会で対面するとは思ってもみなかった。高額の金粉を散らしているところなどは献上画とまったく同じ。目の前に宝物が急にでてきた感じ、しばらく息を呑んでみていた。

これでここの日本画コレクションは終わりに近づいてきた。残るは橋本雅邦の‘龍虎図屏風’(重文)。来年あたりに見れるか?

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2009.06.03

日本の美と出会うー琳派・若冲・数寄の心ー

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今日からはじまった細見美所蔵品による特別展‘日本の美と出会う’(6/3~6/15)を見るため、日本橋高島屋に足を運んだ。

京都にある細見美は二度訪問し(拙ブログ06/10/29)、自慢の琳派作品は結構見ているので期待値がとくに高いというわけでない。でも、ここは琳派のコレクションでは名が知れているから、琳派狂の心はsomething newに遭遇するのではと揺れ動く。収穫は図録に載っていてまだ見てなかった光琳の‘柳図香包’と鈴木其一の初期の頃の作、‘桜花返吹図扇面’。

抱一は昨年、東博であった‘大琳派展’に出品された‘白蓮図’や‘桜に小禽図’や‘松風村雨図’がある。また、其一の‘雪中竹梅小禽図’も東博でみた。

想定外だったのが若冲。事前に入手した情報はすでに見ている‘糸瓜群虫図’のみだったから、あまり期待してなかったのだが、嬉しいことに全部で9点あった。うち5点はまだみてない絵だから、俄然目に力が入る。

‘糸瓜群虫図’に単眼鏡で最接近していたら、隣りの中年の女性から‘カエルがどこにいるのかわかります?’と尋ねられた。‘カエルはですねェー、ちょっとわかりにくいですがここなんですよ!’。カマキリ、トンボ、カタツムリ、バッタはすぐわかるが、カエルと青虫は、、、

じっくり見たのは上の‘花鳥図押絵貼屏風’。若冲の水墨画のなかには濃い墨面がすごくインパクトをもっているのがあるが、これもそのタイプ。この輝く黒と響き合っているのが花びらや葉っぱや鶏の羽根のやわらかい灰色。これを勝手に‘黒&グレーの美’と呼んでいる。描かれているものでは蝶、トンボ、上空からまっ逆さまに降りてきたような一羽の鳥、くちばしの長いかわせみ、強い風を受けている鴛鴦、そして主役の鶏に視線が集まる。

画集によるとここにはほかに‘菊花図’と‘群鶏図’の押絵貼屏風がある。次のターゲットはこの2点と‘瓢箪・牡丹図’、著色画の‘雪中雄鶏図’。若冲の追っかけはまだまだ続く。

コレクションのなかでまったく縁がなかったのがいくつかあった。興味深く見たのが真ん中の‘観馬図屏風’(江戸時代、これは右隻の部分)。厩図はみているが、こういうペット犬のコンテストみたいに正装した馬を貴人に見せる場面を描いた絵ははじめてお目にかかった。ちょうど、現在の競争馬が出走する前、パドックをぐるぐる回り晴れ姿を観客にみせるようなものだろうか。

やきものでは志野茶碗の銘‘弁慶’は一度みたことはあるが、ほかの志野や織部などは初対面。とても珍しかったのが下の‘志野幾何学文銚子’。そして、グラフのような曲線文様が描かれた‘黒織部沓形茶碗’の現代感覚の意匠にも魅了された。バラエティに富む90点の美術品からはタイトルの通り‘日本の美’がみてとれる。高い満足の得られる展覧会だった。

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2009.06.02

もう一度見たいエルミタージュ美術館のバロック絵画!

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エルミタージュ美訪問(拙ブログ05/9/6)の感動が予想以上に大きかったので、帰国してから美術が好きな人に‘エルミタージュはすばらしいよ!’を連発していた。

ルーヴルにはダ・ヴィンチはあってもゴーギャンやマティスの絵はないが、ここにはダ・ヴィンチ(2点)、ラファエロ(2点)、ミケランジェロの彫刻‘うずくまる少年’と盛期ルネサンスの巨匠の作品が揃っているほか、質の高いレンブラント、カラヴァッジョらのバロック絵画、昨日取り上げた近代の印象派、有名なマティスコレクション、さらに抽象画のカンディンスキーまである。

そうした名画の数々を4時間かけて存分に楽しんだ。ツアーの行程ではここにいるのは1時間半くらいだったのだが、ほかの名所観光をパスしてずっと館内にいたのである。

エルミタージュ美にあこがれるようになったのはその2年くらい前、NHKで放送された‘エルミタージュ美’(10回シリーズ)を見たため。これは作家の五木寛之と美術史家の千足伸行氏がゲストを交えて所蔵作品を案内してくれる極上の美術番組で、毎回ビデオ収録していた。で、出発前このビデオを見て、必見作品を入念にシミュレーションしておいた。

この事前準備の効果はすぐあらわれ、展示してある作品にスムーズに入っていけた。あれほどの数の作品だから、ほわーっとした感じで回っていたら、感動の名画の多くは鑑賞しきれなかったのではないかと思う。

目に焼き付いているバロック絵画でお気に入りは次の3点。
★カラヴァッジョの‘リュート弾き’(上の画像)
★ホントホルストの‘キリストの幼児期’(真ん中)
★レンブラントの‘フローラに扮したサスキア’(下)

‘リュート弾き’(1595)はカラヴァッジョ(1571~1610)が好きになるきっかけとなった絵。カラヴァッジョが若いころに描いた風俗画のなかでは、この絵と‘いかさま師’(1/7)にぞっこん参っている。メトロポリタンにも同名のものがあるが、エルミタージュのほうがかなりいい。

茶褐色の背景に浮かびあがるリュート弾きの若い男の女性っぽい顔つきが忘れられない。この男はカストラート(去勢した男性歌手)。この明暗のコントラストにしばらく惹きこまれ、左の花瓶の花や果物に目をやるとまた吸い込まれる。並の技量ではこれほどリアルな質感はだせない。いつか再会したい。

ホントホルスト(1592~1656)の絵をみる機会はきわめて少ないが、この‘キリストの幼児期’(1620)と遭遇したのは幸せというほかない。真ん中の蝋燭の光がキリストと老人の顔を照らすところはロンドンナショナルギャラリーにある‘大司祭の前のキリスト’(1617、08/2/6)と同じ構成。何時間でも見ていたくなる絵である。

ここのレンブラントコレクションは名作揃い。新妻サスキアをフローラに見立てて結婚直後に描いたこの絵(1634)はレンブラント(1606~1669)が28歳のころの作。ほかにも‘ダナエ’(05/5/26)や‘放蕩息子の帰還’などがある。

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2009.06.01

もう一度見たいエルミタージュ美術館の印象派名画!

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日本の美術ファンには印象派が好きな人が多い。そのため、海外の美術館から頻繁に有名な絵がやってくる。西洋画で印象派作品に限っていえば、たとえ現地に出向かなくても、20年くらい日本で開かれる特別展を見続ければいい絵を相当数見れる。

会社勤めの方でも自営業の方でも、若い頃は仕事が忙しかったり、子育てのため海外旅行を楽しむことはなかなかできない。美術鑑賞を一生の趣味にしようと思っていて、かつ印象派が好きな人にとっては日本の展覧会シーンというのは最高かもしれない。

普通の人の場合、美術趣味はロングレンジの楽しみ。だから、若いときは国内の印象派の展覧会にでかけいい絵を見ておれば、50歳前後から海外の美術館めぐりをはじめたとき、目の前の名画にすっと入っていけることは請け合い。また、日本には大原美とか西洋美、損保ジャパン美などにモネとかゴッホ、ゴーギャンの一級の絵があることも心強い。

では、海外の美術館でどこが印象派の名画を多くもっているか。これまでの経験でいえば、オルセー、コートールド、ロンドンナショナルギャラリー、エルミタージュ、プーシキン、メトロポリタン、シカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、ボストン、バーンズコレクションの10館。もうひとつ未訪問のフィラデルフィア美にも名画が沢山ある。ここは来年訪れるつもりだから、そのすばらしさがわかるだろう。

エルミタージュ美を訪問したのは99年。ちょうど10年前。お目当てはレンブラントとシチューキン&モロゾフが集めた印象派絵画、マティス。再会したい印象派の名画は、
★ルノワールの‘女優ジャンヌ・サマリーの肖像’(上の画像)
★ゴッホの‘エッタンの公園の思い出(アルルの女たち)’(真ん中)
★ゴーギャンの‘タヒチの牧歌’(下)

‘女優ジャンヌ・サマリー’(1878)は現地で見る前、95年ころ(?)損保ジャパン美(当時は安田火災美)で対面した。このころあたりからその後何度か開かれた‘エルミタージュ美名品展’ははじまったのではないかと思うのだが、ルノワール(1841~1919)のこの傑作をみたときの感激は半端ではなかった。心がそれこそ200%とろけ放っし。エルミタージュでも同様にいい気持だった。まさに魅惑のパリジャンヌ像!

ゴッホ(1853~1890)の絵は晩年の作品が4点ある。‘エッタンの公園’(1888)では、赤や青や黄色の細かいタッチが響き合う豊かな色調に釘づけになった。また、野原の緑が目にしみる‘藁葺屋’(1890)にも感動。

ゴーギャン(1848~1903)はタヒチ期の作品が15点も揃っている。レベルの高いすばらしいコレクションである。最も有名なのは06年、東京都美の‘大エルミタージュ美展’に出品された‘果物を持つ女’(拙ブログ06/11/3)。3年前だから、覚えておられる方も多いはず。‘タヒチの牧歌’(1893)もいい絵で、オルセーにある‘アレアレア’
(1892)と構成がよく似ている。

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