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2009.02.28

ピカソのやさしい絵と激しい絵!

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ピカソがわかりにくいキュビスムの絵だけを描いていたなら、この画家に対する興味はそう大きくはならなかったろうが、この天才画家は表現したいモティーフをいろいろな描き方で制作しており、その中には心をとらえて離さない名画がいくつもある。今日は‘ゲルニカ’と同じく、ぞっこん惚れている絵をピックアップした。

★黄色い髪の女 (1931) : NY,グッゲンハイム美 (上の画像)
★夢 (1932) : NY,ヴィクター・W・ガンツ夫妻蔵 (真ん中)
★泣く女 (1937) : ロンドン、テート・モダン (下)

‘黄色い髪の女’は04年、Bunkamura主催の‘グッゲンハイム美展’で日本にやってきた。この展覧会が開催されているとき、上野ではちょうど‘マティス展’があり、そこに‘黄色い髪の女’とよく似ている‘夢’(1940)が出ていた。もし、‘どちらか好きな方を差し上げる‘と言われたら、即座にピカソの絵と答える。

モデルをつとめたマリ=テレーズはピカソの暴力的ともいえるストレートな欲望をまったく鎮めてしまうほど清らかな女性だったのだろうか。このやさしい寝姿を見ていると、そんな女性をイメージする。

この絵の翌年に描かれた‘夢’はまだお目にかかってない。見たい度のすごく高い絵で、これと会えたら心臓がバクバクしそうな気がする。個人蔵だが、これまで展覧会に出品されたことがあるのだろうか?NYの有名な画廊のようなところで見られるのなら、次回美術館めぐりをするときは、万難を排して出向くのだが。

これと同じくらい好きなのがテート・モダンにある‘赤い肘掛椅子の裸婦’(1932)。昨年、テートで会えるものと期待していたが、ふられてしまった。

‘泣く女’は上の2枚のやさしいい絵とは対照的にとても激しい絵。別ヴァージョン(拙ブログ07/3/25)がマドリッドの国立ソフィア王妃芸術センターにあるが、テートのほうが断然いい。あふれ出る涙が三角形の白い面であらわされている。

ドイツ表現主義の画家たちも人間が発する怒りとか悲しみをピカソほどにはとげとげしい直線は使わないが、体をゆがませたりして描いている。ピカソと表現主義派が同じ悲しさを表現しても、見る者の共振度は随分違う。

ピカソの‘泣く女’を見て、‘ドラ・マールはヒステリックに泣いてるが30分もたつとけろっとして、またパリの街にとびだしていくのだろうな’とすぐ思う。これはいうなれば瞬間的な悲しみ。感情の起伏は大きいが長く続くとも思えない。感情の爆発をピカソはキュビスムの描き方で表現した。まさに天才の芸術!

これに対して、グロスやベックマンが描く悲しみの情景は腹にズシンとこたえ、共感する悲しみは心の奥深くに長くとどまる。ワーグナーの歌劇みたいに粘っこいのである。

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2009.02.27

Bunkamuraのピカソ・クレー展

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Bunkamuraで現在開かれているノルトライン=ヴェストファーレン州美蔵の‘ピカソ・クレー展’(1/2~3/22)は目玉のクレー作品を3年前川村記念美で見たから、パスと決めていた。

が、チラシに使われているピカソの絵が頭から離れず、これを見逃すと悔いを残すかなという気分があるような無いような。背中を押してくれたのは美術本。最近読み終えたイヴ=アラン・ボア著‘マチスとピカソ’(日本経済新聞社 00年6月)にもこれが出てきた。そして、何気なしに手にとった本に今回展示してあるマックス・ベックマンの絵があった。‘ええー、これが出ているの!’ で、この2点を見るために渋谷へ足を運んだ。

★ピカソの‘鏡の前の女’(上の画像)
★ベックマンの‘夜’(真ん中)
★シャガールの‘祝祭日(レモンをもつラビ)’(下)

‘鏡の前の女’(1937)は大きな絵で、期待値以上の傑作だった。この美術館の自慢がクレー作品ということは川村記念美での鑑賞でよくわかったが、こんないいピカソがあったとは。ピカソで好きなのは同じキュビスムでも対象を丸く表現した絵。例えば、昨年国立新美&サントリー美であった回顧展に展示された‘ドラ・マールの肖像’(拙ブログ08/10/24)とか‘読書’のように、鋭角的な形とか直線が少なければ少ないほどいい。

‘鏡の前の女’はNYのMoMAにある‘デッサンする少女のいる室内’(1935)やポンピドーの‘ミューズ’(1935)と画面の構成はよく似ているが、女の体の描き方が違っている。足をほかの2つのように前にのばしておらず、あぐらをかいている感じで、鏡の横にある花瓶同様、女の体は丸みをおびている。この柔らかさがとてもいい。いっぺんに好きになった。もう一点、新古典主義時代に描かれた大作‘二人の座る裸婦’(1920)にも圧倒された。

強烈な画面だったのがベックマンの‘夜’(1918~19)。息苦しくなるほどすごい絵である。‘この絵は何を描いているのだろう?’と隅から隅まで神経をピリピリさせながら見た。左の首を吊られている男は苦しそう。これほど残虐なシーンを見たのははじめて。

右で手を縛られ両足を大きく広げている女の顔は見えないが、苦痛で悲鳴をあげているにちがいない。その隣でレーニンみたいな顔をしている男に体を抱えられ、涙を流している女は娘だろうか。赤い衣服の先に出ている足はぐにゃっと上のほうに曲がっている。どんな理由かわからないが、これは一家が惨殺される場面。

ドイツ表現主義でもベックマンとグロスが描く絵からは半端ではない衝撃をうける。日本の地獄絵を見るのは好きだから、こういうタイプの絵はもうイイやということはない。この二人の回顧展とか表現主義展にいつか遭遇しないかなと願っている。

シャガールの絵はオマケだったが、これはただのオマケではない。手元にあるTASCHENのシャガール本には‘祝祭日’(1914)も‘バイオリン弾き’(1911)も載っている。ラビの頭にどういうわけか小人のラビが、これって昨日紹介した春信の浮世之介に似てない!

館自慢のクレーは全作品57点のうち27点ある。お気に入りは‘頭も手も足もハートもある’(06/7/4)や‘黒い殿様’やチラシに使われている‘駱駝’。一度みているのでさらっと見て館を出た。

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2009.02.26

東博浮世絵エンターテイメント! 師宣・春信・国芳

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現在、東博本館の浮世絵コーナーにでている作品の展示期間は2/10~3/1。展示のサイクルは3週間と短いので、うっかりしていると見逃してしまう。

ここが所蔵する浮世絵コレクションは底なし沼と言ってほど沢山ある。ここ5年、鑑賞のど真ん中においている歌麿でも、必見リストには済みマークが増えてきたものの、見たい絵はまだだいぶ残っているし、画集に載ってないものも頻繁に登場する。だから、ぼやっとしていられない。

上は菱川師宣の‘よしはらの躰’。これは吉原の情景を描いた12枚一組の揃物版画の一枚。大半は墨摺りだが、着物には色がついている。師宣の代表作のひとつとして、わりと頻繁に展示されるが、12枚のうち対面したのは3、4点くらい。再会することが多くなったということは、ここにあるのはこれらだけかもしれない。動感描写が巧みなこの絵も目が慣れている。

春信は2点ある。真ん中は春信の代表的な艶本‘風流艶色真似ゑもん’の第21図。われわれが今大変な場面に出くわしたことはすぐわかる。左の遊女はたいそうな剣幕で男に掴みかかている。‘あんた、なんでこの部屋にいるのさ、この女に乗り換えるつもり。悔しいィー!’。

素知らぬ顔で夜見世の支度をしている右の女の隣に変な男がいる。どうしてこんなに小さく描かれているの?この小人は色道の奥義をさとろうと色道修行をしている浮世之介。この艶本は序文と12図の上巻と下巻12図からなっている。これまで見たのはほんの3枚。全点見るのは難しそう。

春信の絵にはサプライズというか不思議な場面がよくでてくる。‘浮世美人寄花 山城屋内はついと 萩’(拙ブログ08/10/2)では、掛け軸の中に描かれた猿が画面から飛び出してきて、美人遊女に恋文を渡すし、この絵では小人の浮世之介が透明人間になりすまして男女の様子を観察している。

シュルレアリストのダリやマグリットとかシャガールがこの絵をみたら、‘日本の浮世絵はこんなにシュールだったの!?’と目を白黒させるのではなかろうか。

今回、国芳のとてもおもしろい絵がでている。下の‘弁けい’(左)と‘たいこもち’(右)。これは見ての通りの影絵。弁慶が三井寺の鐘を曳いてる姿が影絵ではたいこもちの横顔に変わる。広重の影絵だと男の作るポーズが石燈篭になるといった具合にシンプルなものが多いが、国芳のは手が込んでいる。

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2009.02.25

江戸東京博物館の薩摩焼展

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江戸東博で‘薩摩焼展’(2/14~3/22)を楽しんだ。薩摩焼をまとまった形で見るのは十数年前に訪問した長島美術館(鹿児島市)以来。

07年12月から08年2月まで、フランス国立陶磁器美(セーブル美)で‘薩摩焼パリ伝統美展’が開催されたことはパリ在住のあかねさんのブログで知っていたので、これが日本でも行なわれという情報を入手したときはとても嬉しかった。作品は現代の薩摩焼作家の60数点や‘SATSUMA’に影響を受けたフランスの陶芸家の作品11点を含めると約230点。優品揃いなので、存分に楽しめた。

最初のコーナーに興味深いやきものが展示してある。第3回のパリ万国博覧会
(1878)では、日仏間で陶磁器の交換が行われており、フランスに残った4点(セーブル美蔵)と日本にやってきたセーブル焼(一対、東博蔵)が今回一緒に並べてある。お気に入りは京焼をみるような‘色絵金彩手桶形鉢(花瓶)’。

パリやウィーンの万博で紹介された薩摩焼は幕末から明治期、‘SATSUMA’として欧米で大変な人気を博した。好まれたのは金彩の金襴手。上は見事な‘金襴手梅菊文筒型大花瓶’。また、仁清の絵付けを彷彿とさせるような‘色絵金襴手菊流水図蓋付壺’にも足がとまる。薩摩焼はこの華やかな色絵とクリームがかった象牙色の地肌が特徴。

象牙色の美が目を楽しませてくれるのが見映えのする置き物や装飾品。なかでも一際目を惹くのがセーブル美が所蔵する真ん中の‘色絵龍文唐子三脚香炉’。唐子は輸出品としては観音像、布袋像とともに人気があった。長島美で見た作品の記憶が薄れているが、こんな愛らしい唐子があっただろうか?忘れられない一品になりそう。

今回、篤姫(天璋院)が使った白薩摩が15点、特別展示されている。これらは島津斉彬が磯の別邸につくらせた藩窯で焼かれたもの。とくに蓋に獅子がのっている‘錦手獅子香炉’に魅了された。胴のまるみがなんともいい。

緻密な描写に目が点になった下の‘色絵金彩鳳凰文瓶’(佐賀県立九州陶磁文化館)は明治30年頃、磯御庭窯でつくられたもの。また、隣にある大きく羽を広げた鳳凰が描かれ壺(鹿児島銀行)にも見入ってしまう。流石、地元の鹿児島や九州の美術館にある薩摩はすばらしい。こんないいものはそう見れない。

現代の作家が制作したものが沢山みれたのも大収穫。作家の名前をメモしときたくなる印象的な形や模様がいくつもあった。名品が数多く集まった薩摩焼展に遭遇したのを心から喜んでいる。次回、白薩摩や黒薩摩をみるときは落ち着いて鑑賞できるような気がする。

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2009.02.24

感動の加山又造展! その五

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加山又造は絵画の制作だけでなく、版画とか陶器や着物の絵付けなども行っており、最後のコーナーにそれらがずらっと展示してある(43点)。その品がよく美しいデザインに200%魅了された。取り上げた3つはほんの一例。ほかは見てのお楽しみである。

★洋食器セット・撫子(1992) : 個人蔵(上の画像)
★銀摺箔墨絵牡丹訪問着(1985) : 美裳三松(真ん中)
★「新潮」表紙絵(1971) : 個人蔵(下)

陶芸作品は大鉢、重箱、茶盌、湯呑、皿、洋食器など16点。神戸であった回顧展でも見込に大きな牡丹を描いた大鉢を見たが、カップやテーブルセットははじめてみた。なかでもノリタケのテーブルセット‘撫子’、‘萩’の柔らかくて上品な模様にメロメロ。

6点ある着物に施された文様は絵画で使ったモティーフ、笹、波、蔦、千羽鶴、牡丹、桜。加山は染色の図案を描いていた父親の姿を思い出しながら、絵付けをしていたに違いない。

懐かしかったのが白梅、紅梅、雲龍の羽子板。羽子板をみるのは何十年ぶりのことだろう。また、夢中になってみたのが祇園祭りの山車の原画‘飛天奏楽’。リズミカルに天を舞う飛天の体は真白で赤い地に浮き上がってみえる。加山の描く女性はモデルタイプの裸婦が目に焼き付いているので、こんな清楚な天女と遭遇するとちょっと面食らう。と同時に、ほっとする。

‘新潮’の表紙も心を打つ。宗達や光琳の美意識と様式性がさらに洗練され、その軽快で煌びやかな絵柄は神坂雪佳の‘百々世草’の図案同様、見てて楽しい。

加山はCGを使って犬の絵を描いたり、メールも打っていたらしい。小学校のとき、加山は図画、工作に次いで算数が得意だったそうだ。で、父親は加山が絵かきになるのを嫌って、電気系統専門の工業学校へ進学させたがったという。もともと頭がよく、理数系の頭脳の持ち主だったから、現代数学のトポロジーを思い起こさせるようなしなやかでダイナミックなフォルムの波文を生み出すことができ、CGで絵が描けたりするのである。

若い頃の動物画はちょっと角々して直線ばかりが目立つのに、日本古来のやまと絵や琳派のやわらかい曲線の美に接すると、ふっきれたように曲線の形態にのめり込んでいく。そして、晩年に描いた‘仿北宋水墨山水雪景’では、‘冬’にみられるような精緻な木の描写を再び復活させ、この鋭利な直線性と切り立ってはいるが丸みも加えた岩とうまく融合させた画面をつくりだしている。

このように金銀を使った華麗な色彩からモノトーンに変えたり、対象の描き方を直線主体から曲線に切り替えたりするのは簡単なことではない。表現したいイメージを形をいろいろ変えて表出できるのは卓越した技をもっている限られた者だけ。それができる加山又造は真にすごい芸術家である。

これで加山又造展はお終い。

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2009.02.23

感動の加山又造展! その四

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今回出品された作品64点のうち展示替えが4点ある。で、‘華扇屏風’と‘冬’(2/11~3/2)は2回目の訪問で対面することになった。‘冬’はお気に入りの絵。今日はこの絵の画風に関連する話を少し。
★加山又造の‘冬’(1957) : 東近美(上の画像)
★横山操の‘雪原’(1963) : 佐久市近美(真ん中)
★速水御舟の‘丘の並木’(1922) : 個人蔵(下)

加山が30歳のとき描いた‘冬’は構図をブリューゲルの‘雪中の狩人’(1565)に借りている。でも、二つの絵から受ける印象は随分違う。‘雪中の狩人’は風景画というより人々の日常生活を描いた風俗画の一枚という感じで、厳しい冬とはいえ、画面からは人々がたくましく生きている様子がしっかり伝わってくる。

これに対し、‘冬’には人間はどこにも見当たらず、描かれた狼、枝にとまった一羽のカラス、そして谷底あたりを飛びまわっているカラスの群をじっとながめていると、心が寒々としてくる。その寂寥感をさらに深めているのは左の手前からずうーっと向こうまで細密に描かれている木々。沢山ある細い枝が色の濃淡を少しずつ変え一つ々気が遠くなるくらい丁寧に描かれている。

この描写により見る者は今いるところから遠くの木、その向こうの雪山までは相当な距離があることをイメージできる。中景や遠景に数限りない細い垂直線で表した木の林を配置するのが加山の動物画の特徴。こういう描き方は並はずれた精神の集中力と職人的な技をもっている画家にしかできない。

昨日の新日曜美術館は加山又造を特集していたが、番組後半に加山の盟友でありライバルでもあった横山操(1920~1973)のことがでてきた。二人のつきあいがはじまったのは加山が‘冬’を描いた頃。おもしろい話だが、最初は火花を散らし合ったという。でも二人はすぐウマがあい、以後横山が53歳で亡くなるまで仲のいい友人同士であり続けた。

ウマがあうと画風も響き合うのかもしれない。そんなことを思わずにはいられないのが横山の‘雪原’(部分)。山種にある‘越路十景’(1968、拙ブログ05/2/7)は鑑賞済みだが、これとよく似ている‘雪原’は長年追っかけているのにまだ縁がない。横山はハザキの梢を加山の木々を参考にして描いたのではなかろうか。加山の表現にみられる硬さはすこし取り除かれているが、一本々の細かな描写は加山も横山も同じ。この冬の光景をみるといつもしんみりする。

加山は横山の絵画についてこう語っている。‘横山さんの風景画は「寂寥の赤と黒」ということがいわれますが、まさにそうですね。見ていると、なんかこう不思議なところで泣けてくるっていうのかな。見る人のふるさと回帰みたいな気持ちに、絵が直に突き刺さってくるんでしょうね。人の心に、ぐーっとくる。すごいなと思います。なんで僕にこれが描けないんだろうと思う。やっぱり描けないなあ。すごい人ですね’。

サプライズの細密描写というとやはり速水御舟(1894~1935)の絵を連想する。回顧展に出品された‘丘’(08/10/5)、‘平野晴景’(08/11/2)、下の‘丘の並木’の木の線の細さ、乱れのない筆使いにはほとほと感心させられる。

加山の頭のなかには御舟の精緻な描写があり、御舟を尊敬していたのだろう。会場に入ってすぐのところに飾ってある大作‘雪月花’(1978、東近美)の‘花’は御舟の‘炎舞’(1925、山種美、07/6/20)に倣った作品である。

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2009.02.22

感動の加山又造展! その三

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国立新美で開催されている‘加山又造展’(1/21~3/2)にまた出かけた(拙ブログ1/241/25)。お目当ての作品を含め今回紹介するのは次の3点。
★華扇屏風(1966):個人蔵(上の画像)
★天の川(1968):個人蔵(真ん中)
★仿北宋水墨山水雪景(1989):多摩美大(下)

2/18から展示されている‘華扇屏風’に再会するのが目的だけれど、今回はまだ見ていない作品の‘一点買い’鑑賞とは違う。この絵はほかの作品をもう一度楽しむきっかけになってくれたにすぎない。ぞっこん惚れている加山又造の回顧展にはやはり特別な思い入れがあり、はじめから2回鑑賞することを決めている。ほかの画家はこれほど熱くはならない。

加山の全作品のなかで、とくに好きなのが39歳から43歳の頃に描かれた‘華扇屏風’、‘春秋波濤’(1966)、‘雪月花’(1967)、‘天の川’、‘千羽鶴’(1970)。これらの華麗な琳派風の作品は日本美術史のなかでどう位置づけられるであろうか。

例えば、100年後の日本を想像してみるとする。琳派の伝統はその頃でも日本美術のなかに脈々と流れているはず。そして、加山又造は尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一同様、俵屋宗達、本阿弥光悦がはじめた琳派のDNAを受け継いだ歴史的な画家として高く評価されているにちがいない。

‘華扇屏風’(六曲一双、上は右隻)を06年に見たとき、その華麗な現代版‘扇面散らし’に声を失った。扇に描かれた牡丹やあやめ、紅白梅を主役にするため、斜めに流れる水流の波文があまり目立たないようにしている。その抑え気味の装飾性がかえって落ち着きのある優美さを演出し、また細い金の切箔が散らされた右上と左下の青の地が屏風全体をひきしめている。

前回、初見の‘天の川’(右隻)にとても魅了されたので、ここにも長くいた。これは宗達の‘蔦の細道図屏風’(拙ブログ08/7/31)に触発されたことは容易に想像がつく。上の銀の砂子を撒いた青、真ん中の目に心地よいやわらかい球面をイメージさせる波文、そして下のススキ、女郎花、桔梗が美しく咲くうす緑の野原を斜めのばす画面構成は古典に倣いながら、現代的な感性にもフィットする斬新なもの。又造の意匠センスは天才的で、現代の琳派の名にふさわしい。

北宋の水墨画に倣った屏風はこれまで多摩美、個人(1992)、東芸大(1998)がもっているものを見た。最後に描かれた東芸大のはここに登場せず、このあと巡回する高松市美(4/17~5/31)で展示される。禅僧の頃から日本では南宋時代に描かれた牧谿の山水画などのほうが人気が高いから、縦に長く硬い感じの北宋山水は好みが分かれるかもしれない。

最初に描かれた下の‘雪景’(右隻)と2年後に描かれた‘寒林雪山’でまず目に飛び込んでくるのが前景に描かれている木。鋭い針のような細い枝がいくつも出ている老木は映画にでてくる森の悪い精みたい。真っ暗のなか雪明かりが垂直にのびる岩をぼんやりと照らし、木に積もった雪だけが白く輝く。中国の北のほうでみられる宇宙的な広大さがあり、神の存在をいやがおうでも感じさせられる光景をいつか見てみたい。

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2009.02.20

国宝の完全制覇をめざして! 工芸

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国宝の工芸でとくに熱心に見ているのはやきものと蒔絵。達成率はここ数年でぐっとあがり、狙いのものはおおよそ鑑賞済みになったので、昨年からは刀のほうに鑑賞の対象をシフトさせている。また、刀と並行して少しずつ鎧にも目を向けようと思っている。現時点で見たい度の強いのは次の3点。

★曜変天目茶碗 : 京都 龍光院(上の画像)
★倶利迦羅龍蒔絵経箱 : 奈良 当麻寺奥院(真ん中)
★古神宝類・彩絵檜扇 : 京博(下)

国宝指定の名碗は8点ある。このうち5点が唐物の天目茶碗。静嘉堂文庫(拙ブログ07/2/12)、藤田美、まだ見てない龍光院の曜変天目3点。そして、大阪市東洋陶磁美蔵の油滴天目(07/10/23)と相国寺にある玳玻天目(06/2/18)。あと3つは高麗物の‘井戸茶碗 銘 喜左衛門’(孤篷庵蔵)、日本の本阿弥光悦作、‘白楽茶碗 銘 不二山’(サンリツ服部美)、‘志野茶碗 銘 卯花墻’(三井記念美)。

国宝のやきものはこのほかに野々村仁清の‘色絵藤花文茶壷’(MOA)、‘青磁下蕪花生’(アルカンシェール美、07/12/21))など7点あり、全部で15点。見てないのは上の‘曜変天目茶碗’だけ。でも、この最後の一点に時間がかかりそう。

一度、99年にあったビッグな‘宋磁展’に出品されたのだが、展示替えで対面できなかった。以来、これが展覧会にでたという情報が入ってこない。静嘉堂の最も輝いている‘稲葉天目’をみているし、藤田美とも会ったから、‘龍光院は見れなくてもいいかアー’と諦め気分がないでもない。が、こういうセットものは全部みてこそ喜びがますというもの。いつかこの目でという気持ちを切らさないようにしている。

蒔絵の名品もあと4点で完成する。つい最近も東博で‘梅蒔絵手箱’をAKIOさんのお陰で見逃さずにすんだ。次のターゲットにしているのが真ん中の当麻寺奥院にあるものと春日大社蔵の‘本宮御料古神宝類・蒔絵箏’。

その図案にとても惹きつけられる‘倶利迦羅龍蒔絵経箱’は95年、奈良博であった大仏教美術展に出品されたのに、名古屋から出かけたときはもう消えていた。そのリカバリーがまだできてない。もう14年の時が流れた。20年以内に見れるだろうか?

京博蔵の‘彩絵檜扇’(平安時代)は厳島神社にある同じく国宝の‘檜扇’と同類のもの。京博のは浜松が大きく描かれ、色も鮮やかなのでいつか見てみたい。

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2009.02.19

国宝の完全制覇をめざして! 彫刻

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絵画同様、国宝の彫刻ができるだけ多く鑑賞できることを強く願っている。仏像とのお付き合いは大方の人と同じように奈良・京都への修学旅行からはじまった。奈良の東大寺の大仏さんを見て、その大きさにびっくりし、そのあと興福寺で手が何本もある阿修羅像(拙ブログ06/10/26)に釘付け。京都の三十三間堂では、すごい数の千手観音像に圧倒された。

そのあと仏像と縁があるかないかは余暇時間の使い方で決まる。美術鑑賞が好きだったり、旅行に楽しみを求める人は仏像と接することが自ずと増えてくる。

仏像は絵画と違って、いつもあるお寺から移動させるのは大変なので、美術館の特別展で見る機会は少ない。だから、06年、東博であった‘仏像展’に出品された‘菩薩半迦像’(宝菩堤院願徳寺、06/10/11)や‘十一面観音菩薩立像’(向源寺、06/11/20)のように普段なかなか行けないところにある傑作がくると、本当に幸せな気分になる。

また、昨年の‘薬師寺展’(東博)でも、広いスペースにデンと置かれた‘日光・月光菩薩像’や‘聖観音菩薩立像’(08/5/27)がいろんな角度から見ることができた。東博や京博がこうしたお寺展を時々開催してくれるから(東博では3/31から阿修羅展がはじまる)、現地に行かなくても仏像の名品にそこそこ会えるが、国宝クラスをもっとみるためにはやはり計画的なお寺めぐりが必要。

ここ5年は奈良・京都へは年に一、二回くらいしか出かけてないが、以前はクルマで精力的にまわっていた。そうした体験や仏教美術の大きな展覧会などに遭遇したので、現在ある国宝彫刻125のうち109は鑑賞済み。残りは16点。そのなかで、とくに関心の高いのは、

★如意輪観音坐像 : 観心寺(上の画像)
★十一面観音立像 : 法華寺(真ん中)
★五大虚空蔵菩薩坐像 : 神護寺(下)

観心寺があるのは大阪府河内長野市。この官能的な仏像は4月17日と18日にのみ公開される。京博に巡回する‘妙心寺展’の会期と運よく展示が重なるので、観心寺まで足をのばし、長年の思いの丈を果たそうと思っている。

‘十一面観音立像’は4つ残っている。見たい順番は法華寺(奈良市)、聖林寺(奈良県桜井市)、観音寺(京都府京田辺市)、道明寺(大阪府藤井寺市)。

神護寺を訪問したとき、口びるが分厚くてすごくインパクトのある‘薬師如来立像’はみれたのだが、もうひとつのお目当てだった‘五大虚空蔵菩薩坐像’はダメだった。寺の人に聞くと、これは一般公開はしてないとのこと。

‘ではいつみれるのですか?’と尋ねると、‘ご希望があればご連絡ください’との返事。なんだか、‘是非々見せて下さい。これを見るのが生涯の夢なんです!’とかなんとか言うと、‘みせてあげましょう’と対応してくれるような口ぶり!?またクルマで奈良・京都を集中的にまわるとき、問い合わせてみるつもり。

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2009.02.18

国宝の完全制覇をめざして! 絵画

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仕事に達成すべき目標があるように、美術鑑賞でもなにか目標があると、それが刺激になり目に力が入る。

鑑賞意欲を持続させるために定期的に見ているのが1997~99年に刊行された‘週刊朝日百科 日本の国宝’(全100冊、拙ブログ08/7/21)。これはわが家における日本美術のバイブル。使われている写真や図版が大きく奇麗で質感がよくでているので、つまらない展覧会にでかけるより、これを眺めているほうがずっと楽しい。

この本を手に入れて以来、目標に掲げている‘国宝完全制覇!’は‘日本100名山登頂!’にはげんでおられる方とか‘名園めぐり’をされている方と気持ちは一緒。美しいものなら全部見たい!でも、これを実現するには相当な年数を要する。まさにライフワーク。

‘とんぼの本 国宝’(芸術新潮編集部編、新潮社、05年)に載っている04年12月時点の国宝の数は1069。ジャンル別でいうと、
 絵画 157
 彫刻 125
 書   282
 工芸 252
 考古  40
 歴史   1
 建築 212

絵画については、パーフェクトまであと少し。残すは7点のみ。そのなかで待ち焦がれているのは次の3点。
★微宗の桃鳩図(北宋) : 個人蔵(上の画像)
★文殊渡海図(鎌倉) : 醍醐寺(真ん中)
★孔雀明王図(北宋) : 仁和寺(下)

‘桃鳩図’についてはこれまで何回かふれたので、思入れの深さはわかっていただけると思うが、なかなか鑑賞の機会が巡ってこない。昨年、名古屋の徳川美で‘宮女図’(08/11/8)を幸運にも見れたので、次はこの絵の番。ミューズの優しいお心にすがるほかない。

‘文殊渡海図’はこれまであった大きな仏教美術展、‘日本仏教美術名品展’(95年、奈良博)に出品されたのだが、展示替えで縁がなく、また、どこかで開催されているはずの‘醍醐寺展’を見逃しているので、見れずじまい。春と秋に醍醐寺では名宝展があるから、今はこれをじっと待っているところ。

‘孔雀明王図’は2年前に訪れた仁和寺では残念ながらすれ違いだった。ここも醍醐寺同様、定点チェックしている。

見たい度でいうと、この3点ほどではないが、なんとか目に入れたいのは、
★豪信の花園法皇像(室町) : 京都 長福寺
★絵因果経(奈良) : 醍醐寺
★可翁の寒山図(室町) : 個人蔵
★閻次平の秋野牧牛図(南宋) : 京都 泉屋博古館

‘室町将軍家の至宝展’にでていた‘秋野牧牛図’を不覚にも見逃してしまった。鑑賞がまた遠ざかった感じだが、気を取り直して次回の展示を待つことにした。長生きしなくては。

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2009.02.17

妙心寺展 その二

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東博の‘妙心寺’(1/20~3/1)は2/10から後期。意中の絵が出品されるので再度出かけた。前期(拙ブログ1/23)同様、書や僧侶の肖像画はさあーっとみて、関心のある絵画の前に長くいた。

上は国宝‘瓢鮎図’(ひょうねんず、室町時代)。如拙(1394~1428)が描いたこのユーモラスな絵を見るのは三度目。瓢は瓢箪で、鮎は鯰(なまず)のこと。最初、この絵をみたとき、瓢箪をもっている男の顔の輪郭がよくつかめなかった。そして、鯰と瓢箪の組み合わせは何を意味しているのかもピンとこなかった。鑑賞を重ねるにつれて、鼻が低く、蟹のように横に角ばった顔がすりこまれてきた。

風采のあがらないこの男は一体何をしているのか?足利将軍家につかえていた禅僧、如拙は四代将軍・義持から‘つるつるした瓢箪でぬるぬるの鯰をつかまえられるか?’という題で絵を描いてくれと依頼される。無理難題なテーマを‘あーだ、こーだ’と禅問答するのが禅僧たちの一番の楽しみ。でも、瓢箪のなかにどうやってあの大きな鯰を入れるの?男は瓢箪をしっかりつかんでなく、瓢箪は宙に浮かんでいるようにみえる。

東近美にも富岡鉄斎が同じ画題で描いた‘小黠大胆図’というのがある。ここでは男が猿に変わっている。猿智慧を使っても鯰はつかまえられそうにない。

後期のお目当ては真ん中の海北友松(1533~1615)の‘花卉図屏風’(重文、右隻)。友松の絵は建仁寺展(02年、京博)や京博平常展などでかなり見てきたが、この絵は縁がなかった。金地を背景に一花々が存在感のある牡丹が見事に描かれている。しばらく息を呑んでみていた。加山又造にも牡丹を沢山描いた大作があるが、友松のこの牡丹には叶わない。My好きな花鳥画に即登録した。

隣に飾ってある‘寒山捨得・三酸図屏風’は左隻がおもしろい。酢をなめて口をすぼめる三人の顔がとてもリアル。酢が苦手なので早々に移動した。

前期のときふれなかったが、この展覧会で最も有難かったのが白隠作品。図録には全部で17点載っているから、ミニ白隠展をやっているみたいなもの。東博では下の‘自画像’(静岡・龍澤寺)、‘達磨像’(愛知・正宗寺)、‘鼠師槌子図’(大阪市近美準備室)など6点。東博のあと巡回する京博(3/24~5/10)には13点展示される。

17点のなかに追っかけ作品2点があった。‘自画像’(東博のみ)と大分の万寿寺が所蔵する‘達磨像’(京博のみ)。特筆ものは万寿寺の大作‘達磨像’。これはこれまで寺から出たことがない。今後この絵をこうした展覧会でみることはおそらくないだろう。だから、図録を見た瞬間、京都行きを決めた。隣の方も乗り気である。

ここ数年、白隠を重点鑑賞絵師にし、永青文庫などへ出かけ白隠ワールドを楽しんできたとはいえ、大分はあまりに遠い。このコストと比べれば‘一点買い’京博鑑賞は安いもの。今回の17点はベストセレクションかもしれない。本当にいいのが揃っている。‘自画像’は愛嬌があるし、京博にでる‘半身達磨像’や‘法具変妖之図’も鑑賞欲をそそる。京博でこれらと対面するのが待ち遠しい。

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2009.02.16

サントリー美術館の国宝 三井寺展に大満足!

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今年もサントリー美術館へ足を運ぶ回数が多くなりそう。感激の蒔絵展の次は‘国宝 三井寺展’(2/7~3/15)。昨年11月、大阪市美ではじまったこの展覧会を首を長くして待っていた。

お目当ては二つある。1990年以来の公開となる秘仏、‘不動明王像(黄不動尊)’
(国宝、平安時代)と狩野光信が描いた‘勧学院客殿障壁画’(重文、桃山時代)。‘黄不動尊’は2/25からの展示で会えなかった。2回来ることははじめから想定しているから、そうあせることもない。

出品作の数は180点、このうち国宝・重文が60点。現在、東博で開催されている妙心寺展同様、内容の充実したビッグなお寺展を東京へもってきてくれたサントリー美に大きな拍手を送りたい。

三井寺(園城寺)は一度訪問したことがある。でも、秘仏は当然見れず、勧学院も中には入れず外からチラッと眺めただけ。前々から見たいと願っている客殿の金碧画が公開されるのは年1回(いつ?)と聞いていたから、これとの対面はまだ先だなと思っていた。その襖絵が大阪市美にでていることをmemeさんのアップで知り、さらに嬉しいことにサントリー美に巡回することがわかった。よくぞ、東京まで出張していただいた。感謝!

入館してすぐ三井寺を中興した智証大師円珍(814~891)の2体の像(ともに国宝、全期間展示)と対面した。頭のてっぺんがこのようにとがっているお坊さんはこれまでみたことがない。誰かに似ている?!ううーん、この三角おむすび頭はどうみても南伸坊!

ゆるキャラの円珍像のあと、気がぐっと引き締まるのが上の‘不動明王立像’(重文、鎌倉時代、全期間)。公開されることが少ないせいか像のコンディションがとてもいいから、その鋭い目線に射すくめられても、迫力ある姿をじっと見入ってしまう。これは2/25から登場する‘黄不動尊’の模刻像。絵と像ふたつを一緒にみれるのが今から楽しみ。

今回、衝撃的な像があった。‘新羅明神坐像’(国宝、平安時代、全期間)。新羅明神(しんらみょうじん)は異国の神様。円珍が唐から帰国するとき、船中に現われ、円珍の教法を守護すると告げたという。

この像は三井寺新羅善神堂の主神。目にとびこんでくるのが白い顔に浮かびあがる真っ赤な唇、そして下がった目尻。これまで見た仏像・神像のなかで衝撃の強さは、これが一番かもしれない。この異相は一生忘れることはないだろう。

4階の階段を降りたところに狩野光信(1565~1608)の襖絵が飾ってある。下は最も長く見ていた‘四季花木図(一之間)’(左隻、全期間)。幹のゆるく曲がるフォルムが心を揺すぶる杉や檜の木立が画面に奥行きをつくり、対角線上にある枝ぶりのいい梅と響き合っている。

父、永徳の絵が見る者を圧倒するような華麗で力強い画風であるのに対し、これは余白をたっぷりとった安定感のある構成がとても優美で、花木の洗練された描写には気品が感じられる。予想以上の見事な金碧画だった。

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2009.02.15

東博平常展の名品!

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サントリー美で開催された‘蒔絵展’のその二を書いたとき(拙ブログ1/27)、AKIOさんから三嶋大社が所蔵する国宝‘梅蒔絵手箱’(鎌倉時代、上の画像)が東博の平常展に出品されていること(12/23~3/22)を教えてもらった。東博には頻繁に出かけているのに、本館1階の右側は刀以外NOチェックだったので、このアシストはとても有難い。AKIOさん、感謝々です。

手箱とともに鏡箱や白粉箱など内容品も一緒にあった。蓋の表の意匠は想像していた以上にすばらしい。高蒔絵技法を使い、左下の几帳を背景にして梅の木を大きく描き、咲き乱れる梅花を取り囲むように水面に浮かぶ雁とそこから飛び立って空を舞う雁を配している。この構成にすごく惹かれる。

もうひとつ、一生懸命に見てしまうものがある。銀板の象嵌による葦手文字、‘榮、傳、錦、帳、雁’。この文字は唐の詩人、白楽天が友とともに昇進をとげた慶びを詠った詩からとられている。美しい梅や雁の列から自然な情趣を感じさせるだけでなく、葦手装飾によって暗示された文学的な表現をも読み取らせようとするのである。

見る者の心のなかに意匠による美的感覚と言語による認識を同時におこそうというのだから、これはかなり洗練された表現方法。日本美術は本当にすごい!嬉しいことに隣に東博のお宝‘片輪螺鈿蒔絵手箱’(07/11/6)や‘男山蒔絵硯箱’も飾ってあった。

1階のちょうど反対側にある近代日本画のコーナーに足を運ぶとお気に入りの作品が展示してあった(1/27~3/1)。小林古径の‘踏絵(異端)図’(真ん中)と前田青邨の‘お水取り’(下)。ここへはもう4年半くらい定期的に通っているから、古径の名作、‘異端’、‘出湯図’、‘阿弥陀堂’、‘住吉詣’、‘麦図’も二まわり目に入ってきた。‘異端’は題名からくるイメージに反して、明るい色彩の絵。とくに足元の板の黄色に目を奪われる。

‘お水取り’は10年くらい前、十六段全部見たことがある。今回は下の‘十四段 達陀’など13点の展示。これは平木浮世絵財団蔵のはずだが、ここへ寄託しているのだろうか。お水取り(3/1~3/14)は実際に見たことがなく、いつもTVで二月堂の舞台で火のついた松明を振り回す恒例の行事(3/12)みるだけ。

‘お松明’の火の粉を浴びると健康になるとか、幸せになれるというのだが、あの熱そうな火の粉はほんとうに大丈夫なのだろうか?先の健康より、今‘アチチッ!’となってはご利益どころではなくなる。いつもどうでもいいことに関心がいく。‘達陀’は迫力満点。兜のような帽をかぶった二人の練行衆は真ん中で火が燃えさかる松明を床にたたきつけている。

青邨はもう一枚‘唐獅子’がでている。これも二度目の対面。左の獅子はこんなに口を開けていたっけ?という感じ。同じ作品なのに、時の経過とともに見方が変わってくる。鑑識眼があがり、対象の描き方がよくみえるようになったのか?それとも細部に目が行き過ぎているのだろうか?

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2009.02.14

アーツ&クラフツ展 その二

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アーツ&クラフツ展は英国、ヨーロッパ、日本の3部構成。19世紀後半、英国に起こったアーツ&クラフツ運動がそのあとヨーロッパにも広まったことは知識としては頭の中に入っているが、鑑賞体験のあるデザインはウィーンにおけるモーザー、ホフマン、ヴァーグナー、ドイツのベーレンスのものしかない。だから、今回ハンガリー、ロシア、デンマーク、ノルウェー、フィンランドでつくられた家具、陶芸などがみれたのは大きな収穫。

人々が生活する建物の形とか毎日使う食器類とか家具、布地のデザインにはやはりその国の文化とか歴史がそのまま現われる。目を惹いたのがノルウェーの椅子に見られる模様、ヴァイキングの力強さみたいなものが感じられてとても興味深かった。

3部の日本の民藝運動によって発見された朝鮮のやきものや日本国内の生活雑器、衣装、家具、飾り物、そして富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、黒田辰秋、芹沢銈介らの作品は大変充実している。ヴィクトリア&アルバート美の学芸員の美に対するセンスは流石、レベルが高い!

最も目を奪われたのは同館が所蔵する上の‘琉球装束・小袖’。紅型染めの目の覚めるような鮮やかな色彩に声を失った。渋谷の日本民藝館でいい紅型染めを見ることがあるが、それらと劣らぬほどのすばらしい装束。盛岡でつくられた表面に丸い粒のついた茶釜や山形の鉄瓶など民藝館にある馴染みのものに出会うとだんだん鑑賞のリズムがでてくる。

紅型染めと同じくらい感激したのが真ん中の‘堤焼 海鼠釉壺’。宮城県堤町で焼かれたこの壺ははじめてみたが、黒の地にかかる白の海鼠釉に圧倒された。こういうサプライズがあるから民藝品めぐりはやめられない。

民藝運動の象徴的な建物である三国荘の再現展示を時間をかけて見た。ここに飾ってあるものはアサヒビール大山崎山荘美術館でみたことがあるが、当時の部屋が再現されているから感慨深い。

その中にバーナード・リーチの‘ガレラ釉筒描ペリカン図大皿’(拙ブログ08/10/20)や下の黒田辰秋作、‘貝象嵌色字筥’を見つけた。久し振りにみた黒田辰秋の光輝く螺鈿にうっとり。

また、河井寛次郎の代表作‘白地草花絵扁壺’(京近美)、濱田庄司の‘赤絵角皿’(益子参考館)、芹沢銈介の‘沖縄絵図六曲屏風’(ヴィクトリア&アルバート美)、棟方志功の‘ニ菩薩釈迦十大弟子’(京近美)などの名作が目を楽しませてくれる。民藝好きにはうれしい展示空間だった。

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2009.02.13

生活と芸術 アーツ&クラフツ展 その一

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ここ数年、ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツに関連した展覧会は頻繁に開催される。だから、耳に入ってくる展覧会は一度みたことがあり、それが全国を巡回しているのか、また別のものがはじまったのか区別がつかなくなっている。

現在、東京都美で開催中の‘生活と芸術 アーツ&クラフツ展’(1/24~4/5)は04年10月、大丸東京でみたものとは明らかに違うので出かけてみた。

大丸で体験したモリス(1834~96)の布地や壁紙デザインがしっかり体の中に染み込んでいるので、落ち着いてみられる。出品作は家具、装飾品など280点。ロンドンのヴィクトリア&アルバート美が企画したものだけあって、質がよくて目を楽しませてくれるものがどっさりある。

上はモリスの内装用ファブリック‘いちご泥棒’(1883年)。布地や壁紙のデザインは自然を題材にとり、鳥や花のモティーフが繰り返されている。モリスはツグミがイチゴを盗むのを庭でみてこのデザインをイメージしたという。ほかでは再会した‘果実あるいは柘榴’や‘グラナダ’に足がとまった。

今回の収穫は真ん中のモリスがダールと一緒につくった‘タペストリー・果樹園’(部分)。これをみるとモリスがバーン=ジョーンズ(1833~98)とともにロセッテイ
(1828~82)に強く惹かれ、ラファエロ前派を継承したことがよくわかる。

天才に共通する特質はいろんなことを高いレベルでこなす才能をもっていること。モリスも万能の工芸家。機織り、染色、ステンドグラス、木版制作、印刷術、本の装丁の技術を習得し、詩もつくる。モリスが縁枠や表題紙のデザインをした本‘狐のレナード物語’とか‘ジェフリー・チョーサー作品集’の飾り文字にとても魅せられた。

この展覧会でひそかに期待していたのがロセッティ作品。絵画はなかったが、すばらしいステンドグラス・パネル‘聖ゲオルギウス伝’(6枚)に遭遇した。下はハイライトの聖ゲオルギウスがサプラ姫をドラゴンから救う場面。ドラゴンが大きくあけた口に聖ゲオルギウスは左手にもった盾を突っ込み、喉をかき斬っている。

これと同じような光景が日本画にでてくるのでびっくりした。それは吉山明兆の描いた‘五百羅漢図’(京都・東福寺、07年、東博であった京都五山禅の文化展に出品された)。白い龍の口の中で羅漢が前につっかえ棒をして座っている場面がロセッティの絵にそっくり。

ロセッティ同様、お気に入りのバーン=ジョーンズは家具に絵付けしたものとローマにある教会のためのモザイク画習作、‘生命の木’があった。‘生命の木’は1888年のアーツ・アンド・クラフツ展協会の第1回展に出品されている。バーン=ジョーンズ作品の数が増えたのでまずまずといったところ。

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2009.02.12

古代トラキアの秘宝 よみがえる黄金文明展に仰天!

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大丸東京店で行われている‘よみがえる黄金文明展~ブルガリアに眠る古代トラキアの秘宝~’(1/29~2/15)に200%KOされた。

この展覧会はだいぶ前から知っていたが、なんとなくパスの気分だったので元旦のプレビューには載せてなかった。だが、Takさんの感想記を見て気が変わった。やはり黄金の魔力には勝てない。それにしてもこれほどすごい金銀宝飾品が日本にやってきていたとは! 東京会場は2/15で終了だが、この後3つの都市を巡回する。

・広島県美:2/21~3/31
・静岡県美:4/11~5/15
・福岡市博:5/23~7/5

出品作170点のうち目を釘付けにさせるのは黄金のお宝。上は04年、ブルガリアのシプカ村というところで発見された‘黄金のマスク’。つくられたのは紀元前5世紀後半。シュリーマンが1876年、ミュケナイで発掘した‘アガメムノンの黄金のマスク’(紀元前
1580~1500年、アテネ国立博)を見たときも感激したが、このトラキアの黄金の輝きのほうが数倍興奮する。

ミュケナイ遺跡のマスクはトラキアより1000年くらい前のものだから、金細工技術に差があり薄手。これに対し、厚い金板を打ち延ばしてつくられたトラキアのマスクは629gもあるから、マスク全体にふくらみがあり、髪の毛や口ひげ顎ひげもふさふさしている。

真ん中は05年、別の地区で発見された‘黄金の花冠’(前4世紀中頃)。うっとりするほど美しい花の冠である。バラのいい香りがする部屋にあるこの二つが目玉かと思って一息ついていたら、最後のコーナーにも息を呑むほどすばらしい黄金の秘宝が待っていた。

1949年にパナギュリシュテで偶然見つかったリュトン、水指し、アンフォラ、フィアラ杯などの金製容器9点。リュトンは漏斗形や角形の杯のことで、下は4点あるもののひとつ、‘鹿形リュトン’。リアルに形つくられた鹿の角、ヘラクレスが雌鹿を生け捕るところやテセウスが猛牛を退治する場面を描いた見事なレリーフを夢中になって見た。

これらは前4世紀末~前3世紀初頭、小アジアのギリシア都市でつくられたことがわかっており、アレクサンドロス大王の後継者リュシマコスまたはマケドニアの将軍アンティゴノスからトラキア王セウテス3世への贈物であった可能性もあるという。この純金の輝きを目にして王は最高の気分だったにちがいない。

豪華なサプライズお宝を公開してくれた大丸東京に感謝々。一生の思い出になる。

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2009.02.11

美術に魅せられて! ナルキッソス

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手元にあるギリシア神話関連の美術本で愛読しているものをいくつか紹介したい。

■私のギリシャ神話:阿刀田高(集英社文庫 02年12月)
■西洋絵画の主題物語Ⅱ神話編:監修、諸川春樹(美術出版社 97年5月)
■ふくろうの本ギリシア神話・神々の世界篇:松島道也(河出書房新社、01年5月)
■      〃      ・英雄たちの世界篇:松島&岡部紘三(〃02年3月)
■すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画:監修、千足伸行(東京美術 06年3月)

‘西洋絵画の主題物語の聖書編と神話編’、および‘アートバイブルⅠ・Ⅱ’(日本聖書協会)は宗教画のバイブルみたいなもので、大変重宝している。おそらくキリスト教、ギリシア神話を題材にして描かれた絵で有名なものはほとんど載っていると思われる。昨年、海外の美術館めぐりをしたときは図版をコピーしまくって必見作品リストをつくった。

絵入りの本のほかによく読んでいるのは、
■知のカタログ ギリシア・ローマ神話:マイケル・マクローン(創元社 00年9月)
■ギリシア・ローマ神話ものがたり:エスタン&ラポルト(創元社 92年7月)
■図解雑学 ギリシア神話:監修、豊田和ニ(ナツメ社 02年8月)

拙ブログはスタートして4年を超えているから、ギリシア神話画も結構紹介してきたが、心がけているのは話があまり長くならないようにしていい絵をなるべく沢山共有すること。キューピッドのお次はナルキッソス。とっておきの2点は、

★カラヴァッジョの‘ナルキッソス’ : ローマ、バルベリーニ宮国立古代美(真ん中)
★プッサンの‘エコーとナルキッソス’ : ルーヴル美(下)

カラヴァッジョの回顧展が01年12月、岡崎市美で開催されたとき万難を排して、見に行った。感激の連続だったが、このナルキッソスの絵にも痺れた。これ以上にナルシズムを感じさせる絵はない。だから、ナルシストというとすぐこの絵に描かれている美少年を連想する。

プッサンの絵は昨年、ルーブルでお目にかかった。自分自身にこがれて息絶え、水辺に横たわるナルキッソスの姿がとても悼わしい。頭のそばには水仙がみえ、うしろの岩には木霊となったエコーがじっとナルキッソスを眺めている。

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2009.02.10

美術に魅せられて! お気に入りキューピッド

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ウェッジウッドがギリシャ神話の楽しさを思い起こさせてくれたので、本日は絵画に登場するキューピッドのことを取り上げてみたい。

西洋古典絵画を長くみているとキリスト教やギリシャ神話についての知識や理解が、絵画鑑賞を趣味にしていない人と較べると確実にますのではなかろうか。キリスト教徒ではないので聖書をきちんと読んでいるわけではないが、絵画をみたり、宗教画関連の美術本が手元にあるから、旧約・新約聖書に書かれていることが一通りわかるようになった。

また、ギリシャ神話も一時期集中的に岩波文庫の‘イリアス’、‘オデュッセイア’、‘神統記’、‘アエネーイス’、‘変身物語’などを読んだお陰で、絵画化された‘神々の世界’、‘英雄の世界’に今ではすっと入っていけるし、この人間味あふれる物語を存分に楽しんでいる。それもこれも、絵画を鑑賞してきたからである。

で、これまで遭遇した宗教画で感銘深い作品を気の向くまま紹介していこうと思う。最初は軽くキューピッドの絵から。ギリシャ神話ではお馴染みの可愛いキューピッドは英語名で、ギリシャ名はエロス、そしてラテン名はクピドまたはアモル。

ギリシャ神話の本を読んでいて、まず戸惑うのがこの神々や英雄たちの名前。整理されて頭のなかに入ってないから、三つの名前がごちゃごちゃになる。時折、表をみてその名前が英語なのかギリシャ語なのかラテン語なのか確認するのだが、しばらくたつとまた入り混じってくる。あまり気にしないでアバウトに覚えておけばいい。

キューピッドちゃんのお母さんはあのヴィーナス。ではお父さんは?ジュピター(ギリシャ名、ゼウス)といきたいところだが、そうではなく、オリュムポスの十二神のひとり、軍神ジュピター(アレス)。愛をつかさどる童神はいつもヴィーナスにつきそっていたり、神々や人間の恋の場面に愛の象徴として描かれることが多い。

その姿は翼をつけ、矢筒を肩に、小さな弓と二つの矢を手にしている。金のやじりの矢は恋心をおこさせ、鉛のやじりの矢は反対に人を嫌いにさせる。アポロンとダフネの悲恋物語はキューピッドが放った矢が原因。お気に入りのキューピッドは次の3点。

★パルミジャニーノの‘弓を削るキューピッド’ : ウィーン美術史美(上の画像)
★カラヴァッジョの‘勝ち誇るキューピッド’ : ベルリン絵画館(真ん中)
★ベラスケスの‘ヴィーナスの化粧’ : ロンドンナショナルギャラリー(下)

マニエリスム絵画では、パルミジャニーノ(1503~1540)のこの絵とブロンツィーノ
(1503~1572)の‘ヴィーナスとキューピッドのいるアレゴリー’(拙ブログ08/2/4)にぞっこん参っている。パルミジャニーノの描くキューピッドの美少年ぶりといったらない。また、キューピッドの足の間にみえる二人のプットーの表情が実にいい。

カラヴァッジョ(1571~1610)の絵は残念ながらまだお目にかかってない。天真爛漫なキューピッドといつか対面できることを夢見ている。

ベラスケス(1599~1660)の絵では目はもちろん、背中をこちらに向け鏡にうつる自分の顔を見ているヴィーナスにさそわれるのだが、鏡をささえヴィーナスの美しさを演出しているキューピッドの姿にも惹きつけられる。

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2009.02.09

そごう横浜店のウェッジウッド展

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現在、そごう横浜店では‘ウェッジウッド展’が開かれている(1/29~3/1)。ウェッジウッドの創立250周年を記念する展覧会なのに、残念ながら当のウェッジウッドは1月に金融危機の影響により経営破たんしてしまった。だから、ちょっと複雑な感情を心に抱きながらの鑑賞となった。

展示品は初期のものから、現代のデザイナーによるものまで250点。これまで、ウェッジウッドの壺、花瓶、デイナープレート、ティーウェアなどをまとまった形で見ることなかったから、とても興味深い。

上は‘ポートランドの壺’。これは96年、九州陶磁文化館で開催された‘文明とやきもの展’で見たことがある。ローマ時代のカメオ・ガラスの名品をジョサイア・ウェッジウッド(1730~1795)は1790年、黒いジャスパー・ウェアで復元した。この隣には1877年、ガラス職人のジョン・ノースウッドが研磨した同じ‘ポートランドの壺’も飾ってある。

ウェッジウッドというと、この壺のように古代ギリシャやローマの彫刻や陶器にみられる絵柄がレリーフされているものをすぐ思い浮かべる。数限りない実験の末に誕生したジャスパーの色として目に馴染んでいるのはペールブルー(水色)。真ん中は1795年頃つくられたペールブルーのジャスパー本体に白のレリーフが施されている‘プリンス・オブ・ウェールズの壺’。

目に心地いい水色と白の対比とギリシャ風の装飾的文様を釘付けになってみた。正面にプリンス・オブ・ウェールズ(後の国王ジョージ4世)の肖像を表したメダイヨンがあり、左右には英国の紋章からとられたライオンとユニコーンがいる。壺の上で右手をあげているのはブリタニアで、まわりの貝は波を象徴している。

ギリシャ神話が大好きなので、シャーロット王妃に愛された気品のあるクリーム色の陶器、クイーンズ・ウェアの名品より下のようなジャスパーの前にいる時間のほうが長い。これはペールブルーより濃い青のジャスパー、‘アルガン・ランプの台’(1786年頃)で、‘目隠し鬼遊び’をするキューピッドが白で生き生きとレリーフされている。

ほかにも、‘アポロと9人の美神’の球根用鉢とか、1日の時間の精を擬人化した12人の踊る女性を描いた‘ダンシング・アワーズ’が絵柄になっている壺にも魅了された。

現代のウェッジウッドのコーナーにも惹きこまれるものがいくつもあった。なかでもグールドとケロッグがデザインした平皿や水差しの形にすごく魅せられる。また、ウェッジウッドと日本人陶芸家、中村卓夫が共同で制作した花瓶、花入れ、硯箱などの‘ジャパネスク’シリーズにも足がとまった。

なお、この展覧会はこのあと、次の会場を巡回する。
・静岡アートギャラリー:4/11~6/22
・山口県立萩美、浦上記念美:7/4~8/23

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2009.02.05

お知らせ

拙ブログはしばらくお休みします。

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2009.02.04

とても愉快な絹谷幸二展!

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本日から横浜高島屋ではじまった‘絹谷幸二展ー情熱の色・歓喜のまなざし’(2/4~2/16)を見た。この展覧会は昨年9月、日本橋の高島屋でスタートしており、ここが巡回の最後だった。思い起こすとなにかの都合で日本橋をパスしたような、まったく忘れていたような、記憶が全然あやふや。好きな画家なのだから、こういうことではいけないと反省しきり。

というのも、08年に描かれた‘祭り’シリーズ(9点)はどれも元気のでる楽しい絵ばかり。絹谷は日本の祭りのイメージを学生時代から温めてきたそうだ。今回の作品は‘獅子吼える・唐津くんち’、‘炎炎・東大寺修二会’、‘乱舞・阿波踊り’、‘絹の祇園祭り’、‘祭・岸和田だんじり’、‘江戸の賑わい・三社祭’、‘龍鬼渡海・博多祇園山笠’(上の画像)、‘海辺の大漁九十九里浜’、‘蒼天の疾走・相馬野馬追’。

目の覚める青い空をバックに描かれた山笠では多くの担ぎ手は‘おいさ’とか‘前切れ’と大声を出し、左にいる龍は‘ギャオー’と叫び、鬼も‘ブオー’とわけのわからぬ声をだし、興奮している。‘阿波踊り’の吹き出しはお馴染みの‘踊らにゃそんそん’。リズミカルな踊りと景気のいい掛け声は心がはずむ。東大寺修二会はまだみたことはないが、TVの映像をみるより、絹谷幸二の絵のほうが断然迫力がある。これが絵の力か!

風景画は4点あった。海外のものはパリとヴェネツィア、日本は定番の富士山と大和の国。ヴェネツィアの絵は06年にあった回顧展(拙ブログ06/5/29)で見た。一見すると中国の現代アーティストが描いたようにみえたのが‘朝陽パリ飛翔’。画面中央のサーカスに登場する空中ブランコに度肝を抜かれた。‘エッフェル塔や鮮やかな虹を背景になぜサーカスの曲芸!?’という感じ。たしかに人や花びらは飛んでいるが。まったく意表をつく構成に口あんぐりといったところ。

真ん中の腑瞰の視点で描かれた‘大和国原’(1997)にすごく魅せられた。ゴールドの雲、丸っこい赤い山々、そして山の間を蛇行して流れる川が目に焼きつき、右上の数ヶ所から立ち上る白い煙は見る者を時間がゆったり流れていた飛鳥時代に誘ってくれる。

裸婦図でお気に入りは下の‘三美神’(1996)。これは誰がみてもピカソがはじめたキュビスムの絵だなと思う。でも、ピカソやブラックの角々したフォルムとはちがい、この女神の顔はやわらかく温かみがあるから、絵の前でずっと眺めていたくなる。同じ年に制作された‘青春・花飾りの少女’にもぐっと惹きこまれた。これはキュビスム的な描き方とマテイスの色使いをミックスした絵。

絹谷の女性画や自画像(07/2/19)は画面いっぱいに顔を描くのが特徴。だから、印象に強く残る。06年のときにも出品された‘自画像・夢’(2005)と‘漆黒の自画像’(2006)はこの大きな顔を吹き出しの‘色即是空’がしっかりインプットされているので、すぐ思い出した。

50点の作品を存分に楽しんだ。次の作品が待ち遠しい。

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2009.02.03

奈良美智はレオナール・フジタの子供の絵に刺激を受けた?!

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今日は最近読み終えた林洋子著‘藤田嗣治 作品をひらく 旅・手仕事・日本’(名古屋大学出版会、08年5月、上の写真))のことをすこし。林洋子さんは現在、京都造形芸術大学の准教授で、その前は東京都現代美術館の学芸員をやっておられた。

この美術史家はこの本ではじめて知った。昨年、上野の森美で開催された‘レオナール・フジタ展’(拙ブログ08/12/7)を鑑賞したあと、この本を図録と一緒に購入したのは、本の情報を少し前に入手した際、よく書けていると高く評価されていたから。
511頁もある大著であるが、うわさ通りのとてもいい本だった。

美術史の研究では男性よりは女性の方がいい成果をあげているのではないかと思うことが多いのだが、林さんも一流の美術史家。西洋画で世界的に名の通った日本人画家、藤田嗣治について、日本の研究者がこんな立派な本をお書きになった。本当にすばらしい!読んだあと、収穫がどっさりあることは請け合い。いくつかあげてみると。

1.藤田の画業の変遷が多くの作品を使ってわかりやすく説明されている。

2.日本人、藤田がパリにいるとき、日本に帰って来たとき、またフランスに戻ったとき、日本の文化、絵画とどう向き合い、日本をどう表現したかがこと細かに書いてある。

3.藤田は欧州、アジア、中南米、アメリカと旅した。その多文化の経験が作品にどう表出しているかを鋭く切り込んでいる。

4.作品の分析を軸にしているので、藤田の画技のこと、‘乳白色の下地’の秘密、大作壁画‘構図’、‘争闘’の制作過程、藤田が影響を受けた西洋絵画などについてかなり詳しく知ることができる。

5.藤田が愛した女性、仲がよかった日本人画家や外国人画家、またパトロン、作品が展示されたパリと東京の画廊、開催された展覧会といった話がもれなく、実にていねいに書かれている。

過去経験した2回の回顧展(06/4/4)やほかの美術館で対面した作品で疑問に思っていたことや、これまで知らなかったことがこの本でわかった。その小さなサプライズをいくつか。

・以前、笠間日動美で大きな絵‘家族(室内、妻と私)’を見たとき、どうしてこんないい絵がここにあるのか?だったが、その理由がわかった。藤田が日本に一時帰国した際、個展を開いたところが日動画廊だったのである。

・日本にいるとき描かれた‘ブラジル珈琲店の壁画’は今、サイズが縮小された‘大地’となって、ウッドワン美におさまっている。実はこの絵をある展覧会で見たのだが、購入した図録に図版が載ってなかったのですっかり忘れていた。

・シカゴ美で藤田の作品に遭遇し、びっくりしたが、そのシカゴ出身でパリに住んでいた富裕なアメリカ人女性を描いた絵が紹介されていた。これはアメリカの美術館で公開されている唯一の藤田作品。

真ん中は藤田が最晩年に描いた子供の絵、‘朝の買物’。06年の回顧展に出品された。これや隣にあった‘小さな主婦’が大変気に入っている。女の子は額が広く目がすこし吊り上っている。そしてもっとも惹かれるのが子供らしくないところ。この絵を見たときすぐ、下の奈良美智が描く女の子を思い出した。

まったくの想像だが、奈良智は藤田の女の子を見た?! で、藤田のDNAが奈良智に受け継がれたと勝手に妄想し、二つの絵を響き合わせている。

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2009.02.02

美術に魅せられて! 心に響くミレーの農民画

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昨日の新日曜美術館は1/6にオープンした山梨県立美術館・ミレー館を紹介していた。ここはミレー(1814~1875)の‘種をまく人’を所蔵していることで有名だが、昨年あらたに‘眠れるお針子’を購入したのを機にミレーの作品だけを展示する特別の部屋をつくったそうだ。

一度訪問し自慢のミレーコレクションをみているから、再度クルマを走らせることはないと思っていたが、‘眠れるお針子’はぱっとみるとクールベの描く女性を彷彿とさせるので、ちょっと心が動く。背中をポンと押してくれるいい企画展があれば、また訪問するのだが。

代表作のひとつ‘種をまく人’を日本の美術館がもっているのはとても誇らしいこと。そのおかげでミレーのいい作品が海外の美術館からよくやってくる。84年に‘ボストン美蔵のミレー展’(日本橋高島屋)があったし、03年にはBunkamuraで‘ミレー3大名画展’が開催された。

このビッグな展覧会に加え、オルセー、ボストンにも出かけたから、ミレー作品は相当数見た。では、のめり込み度はどのくらいかというと、モネを100%とするとミレーは70%くらい。お気に入りは次の4点。

★落穂拾い(1857) : オルセー(上の画像)
★糸紡ぎ女(1968~69) : オルセー(真ん中)
★春(1968~1873) : オルセー(下)
★干草の山(1968~1873) : メトロポリタン(拙ブログ08/5/11

‘落穂拾い’、‘晩鐘’、‘羊飼いの少女’、‘糸紡ぎ女’をBunkamuraで見たときはここはオルセーかと錯覚した。まさに空前絶後の展示。日本に居ながらミレーの名画が鑑賞できるのだから、夢のような体験だった。

‘種をまく人’(ボストン美、山梨県美)や‘晩鐘’より‘落穂拾い’のほうが絵の前にいる時間が長い。手前で黙々と落穂拾いをする3人の農婦だけでなく、その向こうで作業をする農民たちがじつにリアルに描かれている。この近景と遠景の対比に惹きつけられるのは‘干草の山’でも同じこと。

愛らしい表情をみせる若い女性を描いた作品も胸をうつ。動きの描写が巧みな‘糸紡ぎ女’だけでなく、ボストン美蔵の‘羊飼いの少女’にも限りなく魅せられる。

農民画というよりは風景画の‘春’はまだお目にかかってない。どういうわけか、ルーヴルでもオルセーでも縁がなかった。で、昨年の二度目のオルセーではリカバリーするぞ!と目に力を入れていたのに、またもふられてしまった。早くあの虹が見たい!

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2009.02.01

プロ野球キャンプイン、メジャーリーガー始動!

334プロ野球12球団が今日からキャンプイン。今年の野球エンターテイメントがはじまった。

また、中旬からはチームの主力選手は宮崎で行われるWBCのための合同キャンプに合流する。

キャンプで一番大事なことはケガ人を出さないこと。筋力が衰えているベテラン選手はもちろんのこと、まだ体ができていない若手に負荷をかけすぎて故障させるのは避けなければならない。

キャンプのときはどこの監督、コーチも威勢のいいことを言う。メディアにすこしでも多くとりあげてもらいたいから、どうしてもオーバートークになる。そしてこれに合わせて、キャンプ地を取材したTV局の解説者は甘めのコメントをし、スポーツ記者も提灯記事を書きまくる。

スポーツ新聞を買う人はそんなことは百も承知。贔屓のチームや選手の記事を読んでいい気持になるために130円払っているのだから、正確な記事なんかは期待してない。書いてあることの70%はちょっと良かったこと、欲目の印象、思い入れを大きく膨らましただけにすぎない。

それはそうだろう、球場にはいれば、コーヒーの一杯、あるいは昼の食事だって出してくれるのに辛口のコメントができるわけがない。悪い話は出来るだけ小さく、良い話は2倍、3倍にして読者の気を引くように書くのが鉄則。で、オープン戦が終了するくらいまでは、6球団は皆Aクラス入りする可能性がある雰囲気ができあがる。

だが、開幕して1ヶ月もたつと、チーム力の実態が現れ、‘あの投手コーチの調子のいい話はどうなったの?今年も相変わらずの弱体投手陣じゃーないか、こりゃ、アカン!’となる。

とにかく、野球は投手力のいいチームでないと優勝はできないのだから、キャンプがうまくいったかどうかは投手陣のトータルの力がどれだけ引き上げられたかで決まる。
期待の投手をあげると、
<パリーグ>
ダルビッシュ(日ハム)
岩隈、田中(楽天)
湧井、岸(西武)
小松(オリックス)

<セリーグ>
藤川、岩田(阪神)
内海(巨人)

3月のWBC開幕にむけて、メジャーリーガーも徐々にピッチをあげている。投の大黒柱、松坂が早大大学院への入学が決まった桑田とキャッチボールをしているところが報道された(左の写真)。3年目の松坂がさらにステップアップすることを大いに期待したい。

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