Bunkamuraのワイエス展
渋谷のBunkamuraで開催中の‘アンドリュー・ワイエス展’(11/8~12/23)を見た。この展覧会の情報を得た時、出品作に対する事前の期待は半分々だった。そして、開幕近くになると、昨年福島県美で見た‘ガニング・ロックス’(拙ブログ07/4/18)がチラシで一番大きく扱われていたから、‘あまり期待できないな’という気分。
‘ガニング・ロックス’はとても気に入っている作品だが、これが第一のアピールポイントだとすると、アメリカの美術館からの作品は少ないことはおおよそ察しがつく。
果たして、どうだったか?予想に反して、心に響くいい絵が結構あった。これは嬉しい誤算!ワイエスの画集が手元になく、MoMAにある‘クリスティーナの世界’のほかにどんな絵がこの画家の代表作となっているのかわからないので、胸を打った作品がどのあたりのものかイメージできない。
今回はテーマを‘創造への道程’としているので、最終のテンペラ画とその前の素描や水彩を連続的に展示している。絵描きではないから、習作には興味がない。で、それらをパスして完成した作品だけを時間をかけてみた。ぱっとみて完成作は30点くらいしかなく、残りの120点は習作。アメリカで絶大な人気を誇るワイエスの絵を日本で沢山見れるとははじめから思ってないが、‘30点で1400円もとるのか’というのも率直な感想。
作品自体には青山ユニマット蔵の‘オープンハウス’(07/6/17)などで目慣らしが少しできているので、その繊細な描写が心をとらえてはなさない。上は‘粉挽き小屋’
(1962、フィラデルフィア美)。風がゆるやかに吹いているのか、二本の木の棒をつなぐ鉄線に枯れ草がかかり揺れている。向こうにみえる粉挽き小屋の石の壁がなんともリアル。
草木や木々をこのように一本々実に細かく描く風景画は森本草介(07/5/23)やロシアのポポフ(07/5/22)の絵とよく似ているし、最近見た日本画の速水御舟の‘丘’(10/5)とか石田徹也の‘前線’(11/15)にみられる描写力とも通じるものがある。
これほど繊細なリアリズム画に感動するのはワイエスの描くアメリカの田舎の風景が静謐そのものだからである。鳥が空を飛んでいるとか、馬が走っている光景でもなく、また、雲が早いスピードで動いているとか、風がビュービュー吹いているわけでもない。人の気配がしない、時間が止まっているような実に静かな世界をこういう、ハイパーリアリズムで描くと見る者はいやがおうでも画面の中に惹きこまれる。アメリカの原風景がここにある。
真ん中は鹿が地面に落ちた林檎を食べようとしているところを描いた‘ジャックライト’
(1980、個人蔵)。太い幹が真ん中で左右に枝分かれし、そこに体を寄せるようにしている鹿が真っ赤な林檎のほうへ首をのばしている。光が幹の表面に強く当たるところと下の影のところの対比が目に焼きつく。
下の‘三日月’(1987、個人蔵)も画面手前が強いインパクトを持っている作品。軒下に懸けられている籠を見て、瞬時にダリが描いた‘パン籠’(06/10/2)を思い出した。籠や柱は木の質感が200%伝わってくるのに対し、雪の積った地面や遠くの小山は霞がかかったように描き、クリスマスツリーのような木の隣に三日月を配している。冬の厳しさと幻想的なイメージが溶け合わさった画面を息を殺して眺めていた。
福島県美がワイエス作品をどういう縁で手に入れたのか知らないが、昨年、‘ガニング・ロックス’と一緒に見た‘農場にて’のほかにも裸婦図の‘そよ風’、‘松ぼっくり男爵’など全部で7点あった。青山ユニマット(15点)とともに福島県美がこんなにワイエス作品をコレクションしていたとは。習作の大半は丸沼芸術の森蔵だったが、ぐっとくる完成作がなかった。今回は習作だけに絞って出したのか、それともいいテンペラや水彩は所蔵してない?
ワイエスについては、凄い画家であることは前からわかっているので、一度過去行われた展覧会の図録とかちゃんとした画集を手に入れ、どのくらいの名品がどこにあるのかチェックしてみたい。
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コメント
ワイエスはテンペラ画やドライブラッシュだけが完成作ではありません。結構そう思い込んでいらっしゃる方が多いのですが、もともとワイエスは水彩画家として出発した人です。ですから、その時点その時点での生の感情を描いた水彩作品など、出来のよいものがたくさん出ていました。テンペラ=完成品という固定観念が抜けないと、今回の展覧会の見どころを半分ぐらい損しているように思います。他の人のブログをみると結構「テンペラより習作などの方がいいものがあった」とかいているひとがあるくらいです。入場料は他の会場(愛知県美術館、福島県立美術館)であればもう200円ぐらい安いです。とくに愛知県美術館は中学生以下は無料だそうです。(えらい!)
勝手なことを書いて失礼しました。もも
追伸:今日のNHK新日曜美術館はワイエスの特集でした。
投稿: momo | 2008.12.07 11:19
to momoさん
絵の楽しみ方は人それぞれですが、習作の素描
や水彩ならお金を払ってまでみない、画集や
美術本で十分というのがMy鑑賞スタイルなの
です。
これは今回のワイエス展に限ったことではなく、
どの画家に対してもそうです。ですから、習作
の多い企画展には足を運びません。
それに絵画の創作過程を見せるのは数点でいい
のではないかと思います。全部の作品を最初の
スケッチから最終形のテンペラ、もしくはドライブ
ッシュ、水彩まで連続で見せる必要があるので
しょうか?
こちらは普通の美術愛好家ですから、通や
専門家が好みそうな展示の仕方より、完成作
をもっと見せてよ!という気分です。こういうのは
専門家同士のワイエス研究会でやればいいので
はないでしょうか。日本の美術館の学芸員はどうも
説明過剰です。
ワイエス作品で感動するのはなんと言ってもその精緻
な描写力なので、これがみられる水彩、テンペラだけ
で多くの人は感動するのではないかと思います。
これがワイエスの最大の魅力なのですから。
今回は200%の満足度ではないのですが、完成作
30点のなかにすばらしいのがいくつもありましたから、
値段は少し高めですが大いに満足してます。と同時に、
ワイエスのすごさを再認識しました。これからもよろしく
お願いします。
投稿: いづつや | 2008.12.07 13:44
ガニング・ロックスがお好きなら、ヘルガシリーズも好きになるでしょうね
>今回は習作だけに絞って出したのか、それともいいテンペラや水彩は所蔵してない?
丸沼芸術の森は、水彩画&習作は持っていますが、ペンペラは所有していません
昔、秩父の「加藤近代美術館」がテンペラを幾枚も持っていましたが、今はなくなり作品は行方知れずです
投稿: えみ丸 | 2008.12.08 07:59
to えみ丸さん
昨年、ガニング・ロックスと衝撃的な出会い
をしました。人物画はお察しの通り女性のほう
が断然好きなのですが、この絵に200%
惚れてます。ヘルガシリーズを画集でみて
みます。
丸沼芸術の森にはテンペラはないのですか。
となると、日本にあるコレクションでは福島
県美と青山ユニットがトップということですね。
日本の美術館はもっとアメリカの画家に目を
むけて欲しいですね。今年はシカゴ美でホッパー、
ホーマーの回顧展が見れて最高でした。この二人
とかワイエス、ホイッスラー、サージェント、
オキーフの大規模な回顧展が日本で開催される
ことを夢見ています。
投稿: いづつや | 2008.12.08 17:52
衝撃の出版‘クリスチーナ’に続いて‘エルガ’!
宣伝文句にも誘われての当時の感動を、おもいだします。ヒトはナゼ細密描写に引き付けられるのでしょうか?ワイエスの御先祖様は、ヨーロッパの北部の出身かな、などと想像してます。フランドルでは~?!?。
投稿: Baroque | 2008.12.09 21:22
to Baroqueさん
静かな世界が細密に表現されると、ものすごく
インパクトがありますね。動きのある対象をリアル
に描くと、その動感がかえってでません。
水墨画のように墨の濃淡により、空気の動きや
水の流れをとらえたり、棟方志功が泳ぎ回る鯉
を太い墨線でざざっと描いたりするのとはまったく
逆の描き方です。
ワイエスは時間を止めて、目の前の風景を自分
の素直な心と重ねあわせて表現したかったので
はないでしょうか。
投稿: いづつや | 2008.12.10 09:57