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2008.11.15

驚愕の石田徹也展! その二

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石田徹也が描くものでそのリアルな質感描写に驚かされるのは部屋の畳や床の板、木の椅子・台など。昨年‘回収’(拙ブログ07/11/15)で細密に描写された畳の目をみたときは瞬時に速水御舟の‘京の舞妓’(06/4/5)の畳を連想した。同じことを今回出品されている上の‘おやじ’でも感じた。

この絵をみていると、‘ビートたけし物語’でたけしのペンキ職人の父が卓袱台をひっくり返して大暴れしている場面を思い浮かべるが、視線が向かうのは、興奮して目が血走っているおやじの顔やそこらじゅうに転がっている茶碗や徳利ではなくて、びっくりするほどリアルな畳のほう。表面がだいぶ擦り切れて目がなくなっていたり、ところどころにシミがついている畳を見事に表現している。御舟もこれをみたら、裸足で逃げるのではなかろうか。

また、フロアの板の木目や椅子にも超写実的な描写が見られる。木目の描き方で印象深いのは藤田嗣治の絵とカイユボットの‘床のかんなかけ’(オルセー)だったが、石田徹也の絵はこれ以上に惹きつけられる。真ん中の‘前線’では顔を画面にくっつけてみたが、本物の長椅子が置いてあるようだった。

この絵がほかと比べてすごく落ち着いてみられるのは椅子だけでなく、地面にはえる雑草や後ろの緑の草花がこれまた精緻に描かれているから。これほど草の香りがし、木の匂いがする絵に出食わすことは滅多にない。草木の緑が目にしみる作品はほかにも‘捜索’、‘リハビリ’など4点あった。

この回顧展のサブタイトルは‘僕たちの自画像’。どの絵にも石田徹也自身によく似た若い男がでてくるから、石田は自画像をずっと描き続けてきたとも解釈できる。はじめは現実に目にする現象や光景を、ほかの人間には思いもつかない発想でいろいろ組み合わせて画面を構成し、マグリット流にズバリ本質を切り取ってみせたが、徐々に画風が変質してくる。

石田徹也の心の中で何がおこったのかはわからないが、描く対象が同じシュルレアリスムでもダリのような夢の世界になってくる。だが、その画面には閉塞感が漂い、死の恐怖や悲しみ、不安から逃れられない石田徹也の魂の苦悩が表現されているようにみえる。しかも、質感描写の生々しさはダリのスーパーリアリズム(06/10/2)同様半端でないから、見る者に強い衝撃を与える。

下は見た瞬間体をちょっと引いてしまう‘体液’。男の顔が洗面台の蛇口になっており、涙が下に落ちている。たまった水のところにいるのは寿司ねたの‘しゃこ’?それともカンブリア期の水中生物? 石田が亡くなった年、04年に制作された作品は暴力的な描写があったり、画面が暗くなり死の影がどことなく忍び寄っている。

彼は踏切事故で亡くなったということになっているが、自殺だったのではないかと見ている。最後の作品をみていると、そうとしか思えない。こんな天才画家が31歳で画業を閉じることになったのは残念でならない。日本が生んだ世界的なシュルレアリスト、石田徹也の作品をこれからもずっと眺めていたい。

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コメント

こんばんわ。しばらくお休みされるのですね・・・いづつやさんに教わった石田徹也を見てきました。素晴らしい画家ですね。感謝です。とりいそぎ、ご挨拶まで。

投稿: 高橋一 | 2008.11.20 21:51

to 高橋一さん
返事が遅れて申し訳ありません。
石田徹也の豊かな画才を一緒に感じられ
ることを喜んでいます。マグリットが生き
ていたら見せたいくらいです。

投稿: いづつや | 2008.12.06 23:28

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石田の2000年以前の諷刺画は、産業社会を皮肉ったものが多いが、その諷刺の切り口は古くからあるオーソドックスなもの。私が松本やビュッフェを連想したのは、たぶんそのせい。それと、センチメンタルに堕さない静かな孤独感が共通しているせいもある。... [続きを読む]

受信: 2008.11.20 21:41

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