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2008.10.19

ミューズの微笑み 河井寛次郎記念館

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10月からはじまったNHK教育の新美術番組‘ミューズの微笑み ときめき美術館’
(土曜夜11時~11時30分)で昨日は京都の五条坂にある河井寛次郎記念館を取り上げていた。どんな番組なのか興味深々だったが、‘美の壺’(金曜10時)のしっとりヴァージョンといったところ。

いつも案内役が登場するのかわからないが、今回はミュージシャンの財津和夫だった。河井寛次郎記念館は一度訪問したことがある。京博のちょうど裏側で歩いてもそんなに時間はかからない。

河井寛次郎(1890~1966)は30歳のときここに窯と仕事場を入手し、自身の設計による住居を建て鐘渓窯と名づけた。今でも大きな登り窯が残っている。河井は几帳面な性格だったようで、仕事場にはいろんな道具がきちんと並べられていた。

作品は廊下のところとか囲炉裏のある吹き抜けの部屋などにさりげなく置いてあるから、リラックスして楽しめる。やきものはこういう落ち着いたところで鑑賞するのが一番。やきものだけでなく、河井が木うすを改造して作った椅子、手や兎や母子などを形どった木彫像(拙ブログ05/2/1)、ボリューム感のあるキセルなども展示してある。

やきものについては、4年前、運よく町田市博に巡回した回顧展に遭遇し、この記念館の所蔵品を沢山みた。そこで紹介したのが大好きな‘三色打薬壺’(04/12/2)。河井寛次郎は昨日取り上げた濱田庄司の盟友(河井が4歳年上)で、巡り合わせがいいので、回顧展でみたほかのお気に入り作品を取り上げてみた。

上は5点あった三色打薬のひとつ、‘黒釉三色打薬手壺’。つややかな黒の地に朱と黄色の抽象的なフォルムが浮き上がっている。これが寛次郎流アクションペインティング!河井の色彩感覚はとてもシャープでモダン。河井と濱田はともに東京工業大学の窯業科に学んだ頭のいい陶芸家だから、作品のなかに東洋の古陶磁様式とかイギリスのスリップ・ウェアなどを吸収し、そのなかから自由に発想し新機軸の形や色を生み出した。真に一級の芸術家である。

真ん中は形の良さとすっきりした模様に魅了される‘草花文扁壺’。この作品の姉妹品を親友の川勝賢一氏が出来上がって18年後、1957年のミラノ・トリエンナーレ国際工芸展に河井に黙って出品したところ、グランプリを獲得した。河井本人は作品を他の作品と競争したりすることにはまったく興味がなかったようだ。また、人間国宝や文化勲章も固辞しつづけた。

やきもののなかで、還元焼成により赤に発色する辰砂を生み出すのは大変難しい。河井は下の‘辰砂菱花文蓋物’のように美しい赤の辰砂を何点も制作し、その比類ない釉薬づくりで一躍注目を浴びた。ほかでは小品だが桃の作品、‘桃注’がすばらしい。図録を眺めていたら、また寛次郎の作品が見たくなった。

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