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2008.10.31

高山辰雄展 その二

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練馬区美で開催されている‘高山辰雄展 人間の風景’の後期(10/11~11/3)を楽しんだ。作品数は後期のみの35点、プラス通期展示の30点、合わせて65点。前期(拙ブログ9/23)に大変魅了されたから、新たに登場する作品にも期待していた。

上は東近美蔵の‘いだく’。高山辰雄の絵で最初に見たのがこの絵。以来、何度となく平常展でお目にかかり、いい絵だなと思っていたが、高山辰雄の作品を沢山みて、この絵のすばらしさを再確認した。やはり、絵は数をこなさないと本当の良さがわからない。

描かれているのは同じ年格好の二人の女性と赤ちゃん。ぱっとみるとダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’を連想する。赤ちゃんと横向きの女性には光が強く当たっているのに対し、後ろにいる女性の顔は暗く描かれている。人物の輪郭がよみとれるのは三人の顔のあたりだけ。こういう絵は近くに寄るよりはすこし距離をおいて見るほうがいい。すると、家族の愛情の深さをしみじみ感じることができる。

この絵が展示してある部屋にはほかにも心を揺すぶる‘六月’、‘夕’があるので、とても気持ちがいい。前期のとき長く見ていた‘少女’に‘また、来ました’と心のなかで挨拶し、次の部屋に向かった。

真ん中の大きな屏風絵は高山が73歳のとき制作した‘月’(六曲一双、これは右隻)。時間があればいつまでも見ていたくなるすばらしい絵。高台から少女と犬が山の向こうにある月(左隻)を眺めている。少女が座っているところから下の木の林はかなり離れている感じで、そして上には遠くにみえる雄大な山々が横いっぱいに描かれている。

同じく屏風に描かれた‘朝’、‘夕’(会期中展示)は高山が61歳のとき、ゴーギャンに刺激を受けて描いた作品だが、これよりは‘月’のほうに強く惹かれる。この‘月’と同じ年に描かれた大作‘音’にも思わず息を呑んだ。前期にでていた‘燈’と対をなす作品で、目の前に雪一色の山村風景が広がっている。

下の‘海の見える路’は構成が‘コロー展’に出品された‘ナポリの浜の思い出’(西洋美蔵)に似ている。背の高い木が林立する間に大きくカーブした道があり、その向こうに浜辺がみえる。母娘と犬が手前左にいるが、これから海を見に行くのだろう。

高山辰雄の点描風の画面はほとんどがグレーや土色、青緑など一色でつくられているが、最晩年になると色数が増えてくる。女性の髪には黄色や青、緑、紫などが交りかなり濃密。もともと高山はカラリスト。それは‘丘’のゴーギャンを思わせる色使いをみればわかる。だから、また、豊かな色で表現したくなったのかもしれない。

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2008.10.30

祝 フィリーズ 28年ぶりにワールドシリーズ制覇!

156日本でプレーしたことのあるチャーリー・マニエルが監督をつとめ、選手では田口がいるフィリーズがレイズを4勝1敗でくだし、28年ぶり二度目のワールドチャンピオンに輝いた。拍手々!

本日の試合は2日前雨で中止になった第5戦を6回の裏、フィリーズの攻撃から再開するという変則的なもの。こういうケースはこの先みることがないかもしれない。

フィリーズは先頭バッターがいきなり2塁打を放ち、早くも得点のチャンス。1死後、二塁ベースの後ろにあがったフライは岩村がとってくれるだろうと思ったが、ボールはグラブに当たりはしたが、こぼれてしまった。一応ヒットだが、岩村としては自分のエラーという意識のほうが強いだろう。これでフィリーズがまた、3対2でリードした。

が、レイズは7回表にすぐ下位バッターのホームランで同点に追いつく。そのあともチャンスが続き、岩村のセカンド内野安打の間に、ランナーはホームをつくもアウト。どうしても、勝ち越せない。こういう追いつくが逆転できない試合は延長戦みたいなもので、後攻めの方が有利。

果たして、フィリーズはその裏1点を入れた。直後、二遊間に飛んだヒット性のゴロを岩村は好捕し追加点の芽をつみとった。現地の実況アナウンサーは‘ワオー、イワムラ!’とその横っ飛びプレーを絶賛していた。岩村の運動神経は本当にすごい。

フィリーズはこの1点のリードを守り、リリーフ成功率100%というリッジが最後のバッターを三振に仕留めゲームセット。本拠地でワールドシリーズ優勝が決まったので、球場全体が大騒ぎ。選手、監督、コーチ、満員の観客は歓喜に酔いしれている。

その中に二度目の経験となる田口がいた。残念ながら、この5戦に一度も出場の機会がなかったが、それはそれとしてさぞかし嬉しいだろう。2年前のカージナルスのときに次いで、チームは違うがまた喜びの輪になかにいる。レギュラーではないが、なんとも運のいい選手である。

監督のマニエルは昔、ヤクルトスワローズの4番バッターとしてホームランをよく打った選手で、ヤクルトが1978年に日本シリーズを制覇したとき、そのパワフルなバッテイングでチームの勝利に貢献した。30年前のことだから、マニエルが35歳のころ。当時、ヤクルトの監督はあの知将広岡。その翌年に、西本監督率いる近鉄バッファローズに移籍し、ここでも活躍した。マニエルは赤ら顔だったので、ついたニックネームが赤鬼。

その赤鬼がいまや大リーグの名門チーム、フィリーズの監督になり、昨年はナリーグ東地区で優勝し、今年は念願のワールドチャンピオンになった。めでたい話である。BS1の大リーグ中継でフィリーズの試合をみたのはこのワールドシリーズがはじめてだが、選手の顔ぶれをみると、チャンピオンにふさわしいチームだった。

MVPに選ばれた左腕ハメルズ(24歳)、リリーフエースのリッジ、若き大砲ハワード(ホームラン王、打点王の2冠)、セカンドのスタープレイヤー、アトリーなどなど。ナリーグにもいい選手が沢山いることがこのワールドシリーズでよくわかった。と同時に、大リーグの勢力地図がどんどん変わっていることを実感する。

岩村が引っ張ったレイズは惜しくもワールドチャンピオンは逃したが、アリーグを力で制した。シカゴ・カブスのソリアーノを思い起こさせるアプトンやヤンキースのAロッドに似ているロンゴリア、そして若手の左腕プライスなどこれからどんどん成長していきそうな選手が何人もいる。ヤンキース、レッドソックスもうかうかしておれない。

宇和島が生んだスーパースター、岩村を目いっぱい応援したが、チームは残念ながら総合力で上回るフィリーズに敗れた。岩村は今年は怪我もなく、1年をフルに活躍した。拍手々! 来年また、すばらしいプレーを期待したい。

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2008.10.29

大琳派展 その八

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本阿弥光悦の蒔絵作品は10/28から‘竹蒔絵硯箱’(MOA)と上の‘群鹿蒔絵笛筒’(重文、大和文華館)が前半展示の2点と入れ替わった。東博蔵の‘舟橋蒔絵硯箱’などは会期中出ずっぱり。

二度目の対面となった‘群鹿’は息を呑んでみた。こういうすばらしいものをみると蒔絵は日本の宝という感じがする。硯箱のような縦横の広い面なら細工もしやすいだろうが、これは細長い笛。この表面に下から上に隙間を空けずさまざまな姿態をした鹿が鉛、金、螺鈿を使って描かれている。見る角度をいろいろ変えて光に反射して美しく輝くうすピンクや緑の螺鈿をみていると、平安王朝のファンタジックな世界に遊んでいるような気になる。

書は光悦だが、絵は宗達の手によるものではない‘四季草花下絵千載和歌巻’(個人蔵、10/21~11/3)は以前、一部をみたことがあるが、今回全部公開された。うす青、白、土色の三パターンの地が繰り返され、そこに大きな月やススキなどが描かれている。最後にでてくる金色の松林と飛翔する鶴の群れの場面が圧巻。こんないい和歌巻だったとは。これは大収穫。

光琳は絵描きとして世の中に認められただけでなく、デザイナーとしてもとびぬけた存在だった。その卓越した意匠感覚から生み出された文様は‘光琳模様’として衣装、工芸品など様々な分野で使われた。真ん中はスーパーデザイナー、光琳の最高傑作、‘八橋蒔絵螺鈿硯箱’(国宝、東博)。何度となく見て、このお宝の魅力が体に沁み込んでいる。

光悦の‘舟橋蒔絵硯箱’同様、最初橋に鉛が使われているのを見て、その材質感からちょっと重いなという印象をもったが、今ではこの橋を自在に曲げて5面に連続させるアイデアに感心させられている。香包にも光琳の比類ないデザインセンスが如何なく発揮されており、‘蔦図香包’(個人蔵、拙ブログ07/12/7)にはいつも見入ってしまう。

今回の琳派展は、絵画あり、やきものあり、蒔絵ありで申し分ないのだが、‘光琳模様’をあしらった衣装類も沢山でている。なかでも魅了されるのが光琳が江戸滞在中、深川の材木商、冬木家の妻女のために描いたとされる‘小袖 白綾地秋草文様’(重文、東博)と下の抱一の‘梅樹文様小袖’(重文、国立歴史民族博)。

今は秋だから、白地の余白をよくとりススキ,桔梗、菊、萩がバランスよく配置された光琳の小袖が心に響く。そして、抱一の白地に映える梅の赤にもぐぐっと惹きこまれる。抱一の赤は本当に体が熱くなるくらい感動する。

抱一の後半に登場した作品では、出光蔵の‘八橋図屏風’(1/18)とはじめてお目にかかる‘兎に秋草図屏風’(三井記念美)を楽しんだ。また、再会した‘鹿・楓図団扇’(細見美、06/10/29)の鹿にも心が和む。

もう一回訪問する予定なので、続きはまたそのときに。

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2008.10.28

大琳派展 その七

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東博の‘大琳派展’(10/7~11/26)に今日から宗達の‘風神雷神図屏風’(上の画像、拙ブログ06/9/27)が登場した。これで、われらが雷神ちゃん、風神ちゃん4点(宗達、光琳、抱一、其一)が全部揃った。時をこえてこれらの作品が響き合う展示空間にいられる幸せをしみじみ噛みしめている。

抱一までは明らかに一見すると同じ風神雷神図のように見えるが、其一はこのモティーフをかなり変奏している。其一のは屏風ではなく、襖8面に描かれており、風神雷神の周りの雲の描き方が3人とはまったくちがう。

墨のたらし込みで表現されたこの雲は風神のまわりでは風で斜めに流れるのに対して、雷神のところではボリューム感と動きを墨のにじみやかすれにより巧みに表現している。94年の琳派展でこの絵と会ったときは、光琳の方に気がいっていたので印象が弱かったが、今回は等伯の‘松林図’を彷彿とさせる雲にすごく惹きつけられた。

宗達の原画では、風神より左の雷神がお気に入り。宗達の雷神はどういうわけか‘ケ、ケ、ケ、、’と笑っているように思えてならない。光琳、抱一の雷神からは笑い声は聞こえてこないのに、宗達の雷神ちゃんはすごく人間くさいから、親しみやすい。

光琳の風神雷神図(06/4/15)で目を楽しませてくれるのが金地に映える鮮やかな緑や赤やピンク。雷神にユーモラスさはないが、‘俺のこのポーズ、カッコいいだろう!’と言ってるようにみえるし、風神も‘太腿のところや腹のうすピンク色見てくれた。俺、色のセンスいいだろう’と胸張っている感じ。こちらもすぐ‘わかっているとも!ご両人’と合いの手をいれたくなる。抱一の風神雷神はイマイチの感じ。どうも輪郭線が光琳にくらべるとのびやかでないのが気になる。

今回見た新規の作品は51点。これに同じ絵でも場面が変わったり、シリーズものでほかの作品がでているのが20点あるから、これらを見るだけでも結構時間がかかる。会場は大勢の人であふれかえっている。腰の曲がったおばあさんを見ると‘琳派はこんなお年寄りまで惹きつけるのか!‘とすこしびっくりする。

真ん中は光琳の‘西行法師行状絵巻第四’(三の丸尚蔵館)。これは宗達の原画第二ヴァージョンを模写したもの。美しい萩の花、跳びはねている鹿、うす青、緑、白の棒のような横線が目に心地いい。

以前からいつか見たいと思っていたのが下の其一の‘流水千鳥図’(島根県美)。とくに惹かれるのが下のポップな流水のフォルム。光琳の‘流水図広蓋’(大和文華館)にみられるモダンな意匠感覚をしっかり継承し、草や千鳥と組み合わせている。まさに継承と変奏。其一は本当にたいした絵師である。

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2008.10.27

野村監督とイチローに救われた王さん!

149WBCの監督が巨人の原監督に決まった。これで王さんもなんとかイメージダウンを免れた。

最初の検討会議のときすでに決定していた星野監督へつき進んでいたら、王さんはW爺さんが陰で操っていた出来レースの肩棒を担いだことになり、星野へのバッシングだけでなく、王さんへの批判が高まるところだった。

‘日本では一度失敗したら、当分はおとなしくしているのがまともな大人のとる行動だということが台湾人の王さんにはわからないのだな。野球にあまり縁のない人でも、野球ファンでも多くの人は潔さが微塵も感じられない星野にはNOなのである。それなのに星野がいいと言うのなら、王さんはプロ野球がファンに支えられて成り立っていることが腹の底からわかってない。

人間は究極の選択を迫られたとき、本当の自分がでる。これでは今のプロ野球界の内向き体質と一緒。Wさんにとって、これほどやりやすいことはない。王さんが保守的な考えの持ち主であり、巨人のOB意識が強くあることを知りつくして上手い具合に利用している。王さんはやはり読売の一員だな’と失望した人がかなりいたはず。

ところが、そのあと野村監督の出来レース発言がとびだし、さらに海の向こうにいたイチローから選考に対する強烈な批判メッセージが発せられた。これが無ければ、星野はシナリオ通り監督を要請され‘本当は辞退したいのだが、コミッショナー、王さんから強く要請されたから恥を忍んでお受けいたします’とかなんとか言って見え見えのパフォーマンスをしていただろう。

世の中、そう易々と自分たちの都合のいいようにはならない。金融危機により実体経済が悪くなり、株価がどんどん下がるなか、人々の不安、イライラが募っているから、世間は‘星野のWBC監督は出来レース’の記事に怒りの感情をこめて敏感に反応する。野球は日本では国民的スポーツなのだから、当たり前である。この際、WBCが米大リーグ機構のさらなる発展のためにおこなわれるプロモーションイベントであることが人々に認知されているかはどうでもいいこと。

星野には五輪後に多くのファン、五輪に参加した代表選手、野球界のOBたちがNGを出しているにもかかわらず、NPBはWBC監督選出に動くのだから、どうしようもなくダメな組織と言わざるをえない。

星野がメディアから激しく批判されたため、最初に自分のブログでWBC監督辞退を表明せざるをえなくなったのはW爺さんの入れ知恵ではないかとみている。‘ここは辞退しますと言っておいてくれ。これから王さんと話をして、お前さんを指名させるから。監督を引き受けるときは王さんの意見を聞き、選手のやる気を最大限に引き出しますくらいのことを言っとけばいい。世間は王さんが総監督的なアドバイスをするならまあ、いいかということになる。頼むよ、星野君!’

王さんの人柄を利用するWさんのシナリオは野村監督、イチローの見事なコラボレーションによって消滅した。ファンが納得する原は巨人の監督だから、Wさんの機嫌が悪かろうはずがない。でも、原監督ががんばってWBCが盛り上がり、大リーグにとってのアジア市場がますます広がると日本のプロ野球にとっては何のメリットもないから、心のなかは複雑かもしれない。

王さんのイメージダウンは野村監督、イチローのとったリアクションにより運よく消された。つまらない男、星野のために泥まみれになるところだった。王さんは二人に感謝すべきではないか。

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2008.10.26

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その三

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170点を展示する国立新美のテーマは‘愛と創造の軌跡’。これに対し、60点のサントリー美は‘魂のポートレート’。

ピカソが女性への愛や時代の空気、社会状況にたいする内面の揺れを表現するとき、その表現方法はいろいろ変化する。丸っこい顔をした清楚な女性が静謐な雰囲気につつまれ眠っていたり夢を見ている作品がある一方で、‘泣く女’や‘ゲルニカ’のように、大胆にデフォルメされた人物や動物なのに、内面の苦しみや悲しみが強烈に伝わってくる絵もある。

ロンドンのテート・モダンで‘3人に踊り子’(1925、拙ブログ2/11)を見たとき、ピカソのキュビスムというのは喜びにしろ悲しみにしろ感情を暴力的なほど激しく表現するにはもってこいの描き方だなと思った。上の絵は‘磔刑’(1930)。これをみるとカラリスト、ピカソを強く意識する。黄色や赤、緑、青の原色が目を楽しませてくれるので、ここに何が描いてあるのかはどうでもいいのだが、タイトルが‘磔刑’となっているので、古典画を思い起こしながらピカソ流の宗教画と向き合った。

十字架に磔にされたキリストやまわりにいる人物の体は‘3人の踊り子’のように極端に長細く、また手を上にあげている。左で口を大きく開けた人間は悲しみに暮れているのであろう。この口を開けて顔をそっくり返し声を発する姿は‘ゲルニカ’(07/3/25)に描かれた右の女にも見られるが、これをみるといつも昔楽しんだ谷岡ヤスシのギャグ漫画を思い出す。どうでもいいことだが、ニワトリの‘アサー!’はゲルニカにヒントを得たのだろうか?!

真ん中の‘コリーダ:闘牛士の死’(1933)は04年、東京都現代美にも出品された。これほど鮮烈なイメージが体に植えつけられる絵はそうない。視線は牡牛に一撃を食らって耐え難い苦しみを味合わされている白い馬に集中する。思いっきり曲がった首が痛々しい。

エネルギーの塊のような茶褐色の牡牛は古代社会における圧政の王のような感じで、背中にKOした闘牛士を乗せている。題名は‘闘牛士の死’となっているが、首が胴体から離れているように見える闘牛士より、白い馬と牡牛のほうが数倍インパクトがある。可哀そうな白い馬と強い牡牛は3年後に描かれたミノタウロスの絵、そして1937年の傑作‘ゲルニカ’にも登場する。

92歳まで生きたピカソが晩年に制作した絵は画面構成がゴチャゴチャしすぎで、退屈な絵が多いが、下の88歳のとき描いた‘接吻’(1969)は例外的に惹きこまれる。ピカソのお相手は2番目に妻、ジャクリーヌ・ロック。でも、‘抱擁’(1970)となると‘もういいよ!’という感じ。大回顧展をみたからピカソは当分お休み。

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2008.10.25

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その二

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ピカソの絵が全部が全部好きというわけではないから、大回顧展とはいえ二つの会場をじっくり時間をかけてみることはしない。関心があるのは若描きの作品、カラリスト・ピカソ、彫刻のような人物画、そしてゲルニカ。

対象が三角錐とか四角柱など鋭角的な線や角々した面でデフォルメされた作品は好みではない。だから、同じキュビスム作品でも丸いフォルムが多い作品の前にいる時間が長い。

上のピカソ、青の時代の傑作、‘自画像’(1901)を久し振りにみた。現地で見た時もこの絵と昨日取り上げた‘ドラ・マールの肖像’に一番感動したが、今回も同様の思いである。ピカソというと晩年の頭の毛がなく、鷲のような鋭い大きな目がすぐ思い浮かぶから、20歳のころのピカソがこんな頬骨がでた筋肉質タイプの人間だったとは思えない。こういう顔でありたいという願望が入った自画像というべきだろう。

背景、衣服、髪の毛が青一色で描かれ、青白い顔を浮き上がらせてる。口ひげ、あごひげに色調を抑えたゴールドが使われているが、当時はそんなところまで見てなかった。バラの時代の‘二人の兄弟’(1906)も好きな絵。ワシントンナショナルギャラリーで見た‘サルタンバンクの一家’(1905、拙ブログ4/16)に描かれた人物を連想した。

ピカソが古典主義の絵画に刺激を受けて描いた彫刻のような絵が今回、4点ある。‘座る女’(1920)、大作の‘手紙を読む’(1921)、真ん中の‘海辺を走る二人の女’
(1922)、そして目を見張らされる大きな絵‘牧神パンの笛’(1923)。どれも魅力的だが、動きのある‘海辺を走る二人の女’が最も印象深い。

03年、上野の森美で再会したときはもっと大きな絵ではなかったかと思ったが、実際は小さな絵。絵というのはおもしろいもので、二人の女性の横や上にあげた太くて長い手やボリューム感のある足が鮮烈にインプットされていて、大きな絵というイメージができあがっていたのである。

今回、じっくりみたのが記憶がだいぶ無くなっており、初見同然の‘牧神パンの笛’。肌に光が当たっているところがくっきり描かれ、陰影もつけられているから、生命力あふれる若い男の体は彫刻のようにみえる。しばらく立ち尽くしてみていた。

下のユーモラスでエロティックな‘海辺の人物たち’もお気に入りの絵。デフォルメされた人体はどこがどうなっているのかわからないが、乳房が見え、舌を出しているから海辺で楽しんでいる男女であることは容易にイメージできる。このフォルムをもう少しそぎ落としてスッキリさせると、いい彫刻作品になる。

キュビスム絵画が楽しいのは対象を分解して、それらをいろんな視点から再構成し絵画空間を立体的にみせてくれるところ。だから、彫刻のように見えれば見えるほど惹きつけられる。こういう丸っこいキュビスム作品なら何点あっても見飽きない。

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2008.10.24

国立新美&サントリー美の巨匠ピカソ展 その一

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パリの国立ピカソ美術館は一度訪問したことがあるが、だいぶ前なので、美術館の記憶はかなり薄れている。現在,改装工事中のようで、そのお陰で所蔵作品約230点が日本にやってきた。国立新美とサントリー美の2会場で展示される(10/4~12/14)。お隣さんの美術館だから、どうせなら続けて見たほうがいい。

この美術館蔵によるピカソ展は過去2回(03年上野の森美、04年東京都現代美)開催されており、これらに今回の作品を加えれば(30数点は二度目の登場)、館蔵品の主だったものはほとんど展示されたことになる。パリに行かないでピカソ、ピカソで頭も心も満腹状態になれるのだから、日本は本当に美術大国。作品を館毎でなく一緒にして、いくつか取り上げて見たい。まずはお気に入りの女性画から。

上は最も気に入っている‘ドラ・マールの肖像’(1937)。これは館の図録でもこの展覧会でも表紙に使われている。キュビスム流の顔の描き方だから横顔がダブルで重なっているが、それほど違和感がなく美しい女性の肖像画をみている感じ。口びる、瞳、手の指のマニキュアの赤と手と顔の黄色の対比が目に焼きつく。モデルをつとめたドラ・マールはたとえキュビスム風に描かれても見る者をこれほど惹きつけるのだから、それはそれは華のある女性だったにちがいない。

が、彼女が感情を昂ぶらせて泣き出すともう手に負えない。‘泣く女’(テート・モダン)やマドリードの国立ソフィア王妃芸術センターにある別ヴァージョン‘ハンカチをもって泣く女’(拙ブログ07/3/25)では顔は先の尖ったガラスの破片を突き刺したように描かれている。どちらも同じドラ・マール。内面の動きを強烈に表現するにはキュビスムの描き方が一番合っている。

真ん中もお気に入りの‘読書’(1932)。ピカソの作品で最も好きなのは画面のなかに直線はわずかしかなく女性の体が丸みをおびたやわらかい線で描かれているもの。Myベスト3(順位なし)は‘黄色い髪の女’(1931、NYグッゲンハイム)、まだお目にかかってない‘夢’(1932、NYガンツコレクション)、そして‘読書’。

‘読書’は04年の東京都現美にも出品されたから、4年ぶりの対面。女性の体は紫で描かれている。乳房や曲がった手はきわめて平板に描かれているのに、顔だけは鼻のまわりが彫刻のように立体的。‘夢’との対面をもう何年も待っているが、なかなか実現しない。‘夢’のすれ違いに終わるのだろうか?

下は角棒や角箱を組み合わせたような‘膝をかかえるジャクリーヌ’(1954)。ジャクリーヌ・ロックはピカソが72歳以降、一緒に生活した女性。全体のイメージは角々していて硬い感じだが、鋭い目をした横顔に視線が集中する。すごく理知的な雰囲気をもった女性である。

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2008.10.23

三の丸尚蔵館と三井記念美で名品鑑賞!

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一度美術館へ出向くと出品作が全部みれる西洋絵画とちがって、日本美術の展覧会には展示替えがつきもの。コストもかかり鑑賞の効率が悪いのだが、作品のコンディションを第一に考えなるべく展示期間を短くしたい所有者がいるなかで、多くの作品を揃え展覧会としての体裁を整えようとすると、展示替えが多くなるのは仕方のないことだから、あまり気にしてない。

やきものとか工芸品の場合は会期中出ずっぱりのことが多いが、絵画での展示替えは宿命みたいなもの。だから、見逃したら、ゆったりとした気持ちで次回の展示を待つようにしている。日本美術の鑑賞は長く生きることを前提とした長期戦。時間をかけて名品を追っかけることになるので、いつも書いているようにせっかちな人には向かないかもしれない。

会期が5ヶ月もある‘帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会展’(三の丸尚蔵館、
7/19~12/14)は現在3期(10/4~11/9)に入っている。出品作の中にお目当ての絵があるので、また出かけた。ここは無料だから、いつも気が楽。今回は見るものが決まっているから、鑑賞時間は10分くらい。でも、作品のレベルが高いので充実感はものすごくある。

上は彫金家海野勝珉(うんのしょうみん、1844~1915)の‘太平楽置物’で、明治
33年に開かれたパリ万博へ出品するためにつくられた。これとはじめて対面したのは
99年末にあった‘皇室の名宝展’(東博)。もう一つの代表作である‘蘭陵王置物’と一緒に飾ってあった。

舞楽太平楽の演者のリアルな顔と床のところで折れ曲がっている後ろの横幅の装束を釘付けになってみたのをよく覚えている。いかにも皇室にある置物という感じで、精緻さのレベルが美術館でみる上物の置物と較べてもワンランク上。今回で4度目の鑑賞となったが、神業的な技量に毎度見惚れてしまう。

お目当ての絵だったのが真ん中の今尾景年作、‘花鳥之図’(六曲一双)。図録を見ていい屏風のような気がしたので、楽しみにしていた。これは左隻のほうで、太い幹の松を対角線的に配置し、その幹と上から垂れる枝に囲まれるように色鮮やかな錦鶏を描いている。そして、上では鳥が松とクロスするように飛び、緑の菊や水仙、藪柑子が金地に浮かびあがっている。画面構成が巧みな期待通りの屏風だった。

次に目指したのが‘森川如春庵の世界’(10/4~11/30)が行われている三井記念美。10/15~10/26だけに展示される下の‘佐竹本三十六歌仙切・藤原敏行像’を見るためである。この機会を逃すと、もう見れないかもしれないから、この1点のために1000円払った。前回見た作品は全部とばして、‘藤原敏行像’の前にまっしぐら。口びるの赤がほかの歌仙同様目につき、頬はふっくらして、あごひげをたくわえている。

これで佐竹本歌仙とは14人対面した。まだまだ、残っている。全員に会えることを夢見ていたい。

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2008.10.22

源氏物語の1000年展 その二

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横浜美で行われている‘源氏物語の1000年展’(8/30~11/3)へ再度出かけた。前期(拙ブログ9/11)のとき、予想以上にいい源氏絵があったので、出品リストとにらめっこし狙いの作品をじっくりみた。

上はこの展覧会で一番みたかった‘源氏物語図扇面貼付屏風’(部分、重文、広島・浄土寺)。同じ室町時代に描かれた海北友松の下絵による‘扇面流貼付屏風’(前半展示、出光美)がコンディションが悪くて、長くは見ていられないのに対し、この屏風は金箔の金雲と緑の大きな蔦の葉が目に焼きつき、源氏物語の世界にどっぷりつかれる。

六曲一双の各扇に源氏物語の場面を絵画化した扇面が五面ずつ六十面が貼り付けられている。六十面といっても‘源氏物語’五十四帖のうち十四帖は欠けており、一部の帖では場面が複数ある。物語の巻の順番ではなく、扇面に描かれた題材を春夏秋冬の順で並べている。

右から左へ視線を移動させると、いろんなイメージが湧いてきてとても楽しい。金雲で囲まれた画面には源氏と恋の相手、また源氏の友達などがひとまとまりにされ比較的大きく描写されているので、どんな場面なのかがわかりやすい。そして、まわりの情景には梅の木にとまる鶯とか風になびく柳、馬などが描かれ、また鷹匠も登場する。

この屏風を知ったのは随分前のことで、いつか見たいと願っていたが、思いの丈が叶い満足感でいっぱい。会期が終了するまで展示されている。関心のある方は是非ご自分の目で。

真ん中は今、東博の開催中の‘大琳派展’とうまい具合にコラボする宗達の‘源氏物語図屏風残闕 初音’(11/3まで)。前回、‘葵’と‘少女’(いずれも出光美、展示は終了)をみたが、以前みたことがあったので、はじめての‘初音’への関心が高い。宗達の源氏物語絵を見たのはこの3点と‘朝顔図’と‘鈴虫図’(ともに個人蔵)。

一体、全部で何点現存しているのだろうか?個人コレクター所有が多そうだから、これからも見る機会は少ないだろう。こういう絵の場合、つい期待したくなるのが出光美。伊勢物語絵のように沢山見せてくれると嬉しいのだが。

下は江戸時代に狩野養信が描いた‘源氏物語屏風’(八曲一双の左隻部分、重文、香川・法然寺)。中央の舞楽の舞に見入ってしまった。図録を見て、これは是非見なくてはと思ったが、期待通りのすばらし絵だった。展示は11/3まで。

もう一点、対面を楽しみにしていたのが、松岡映丘の‘宇治の宮の姫君たち’(姫路市立美、11/3まで)。が、それほど感激しなかった。人物描写が大きすぎて、全体の情景がよくみえないからかもしれない。好みとしては前半に出ていた‘住吉詣’(三の丸尚蔵館)のほう。

あまり早く出るのも入館料1300円がもったいないので、会期中出品されている上村松園の‘紫式部図’や伊藤小坡の‘待月’を楽しんだ。これで帳尻が合ったような気がする。

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2008.10.21

イチロー発言はWBC監督選考に対する外圧!

133大リーグでは昨年まで万年最下位だったレイズが7戦までもつれたレッドソックスとの戦いを制し、アリーグチャンピオンとなり、全米の野球ファンの注目を集めているというのに、日本では盛り上がりに欠けるクライマックスシリーズをセパ別々に試合間隔をたっぷり開けてやっている。

23日からはじまる大リーグのワールドシリーズ(フィリーズ対レイズ)は岩村が出場するので、待ち遠しくてたまらないが、日本シリーズへのワクワク感はどこにもない。

日本プロ野球組織(NPB)がどうしようもなく権威主義でダメな組織だから、いつまでたっても改革が進まず、日本シリーズの価値を高める努力がちっともなされない。このつまらなさ加減はこれまで何度も書いた(拙ブログ05/10/1907/11/3)。

毎年のように日本人選手がワールドシリーズに出場し、そのプレーがBS放送で映しだされ大リーグがすごく身近に感じられるようになると、多くの野球ファンの関心はただ日程を消化しているだけの日本シリーズから、ワールドシリーズのほうに確実に移っていく。調査会社に依頼してリサーチでもかければ、このトレンドが浮き彫りになることは間違いない。

こんな日本のプロ野球界だから、WBCの監督選考でもファンの気持ちや世間の目とはまったくかけ離れたところで決着させようとしている。10/15に開催された検討会議に出席した野村監督が‘出来レース’、‘王は星野がいいと言っていた’と会議内容を暴露した。そもそも会議のメンバーを見れば、読売のW爺さんが陰でコントロールしていることくらい、野球が好きな人なら誰でもわかる。加藤コミッショナー(元外務省)はただの飾り。コミッショナーは昔から高級官僚の天下りポストと決まっている。Wさんのお墨付きを得て就任した。

会議の前に周到にWさんの部下と協議し、メンバーを選んだのだろう。王さんの人柄を利用して、星野を世間に納得させるというシナリオはとっくの前からできており、後はセレモニーを粛々とこなすだけ。こんな猿芝居は子供でもわかるのだが、スーパーKY集団だから、臆面もなくやる。

王さんはWさんの意向がわかっているから当然のごとく大人の対応をする。もともと王さんは改革を自分から率先して実行していくようなタイプではないし、Wさんの意に反するようなことは言わない。だから、口がさけても‘野村監督とかバレンタイン監督’は指名しない。結局、星野にダメ出しをする大勢の日本人のメンタリティーが分からず、出来レースの肩棒を担ぐはめになった。体調が悪いのだから、しばらく休んでいたらよかったのに。世界の王さんのイメージダウンになることでもWさんは平気で押しつける。まったくたちが悪い。

高田ヤクルト監督は元巨人のVナインメンバーだし、野村謙二郎は日本TVの解説者。星野がこの会議にでて意見をいうこと自体、世間の感覚からズレているが、W爺さんの頭には野球ファンや世間の目、そして星野を嫌っている北京五輪代表選手の気持ちなどはこれっぽっちもないのだから仕方がない。

野村監督がなぜ呼ばれたのか。これは企業の会議でもよくやる手。会議を主催する部署の‘この問題はあそこの部署には直接関係ないが、あとで俺たちになぜ声かけなかったのかと言われると面倒だから一応招集しておこう。あの部長はご意見拝聴というと機嫌がいいから’というやつ。

野村監督はこのうるさい部長の役どころで、いろんな人の意見を聞いたということにするために呼ばれたにすぎない。発言はさせてもらえるが、言ったことが真剣に討議されることはない。異質の人間が1人と巨人カラーに染まった5人だから、どうすることもできない。こういう雰囲気で、しかも自分の名前が全然出てこないから野村監督はつい‘出来レースじゃないか!?’と馴染みの野球記者にグチる。

この野村監督お得意のグチがシアトルにいるイチローの強烈なメッセージを引き出した。‘最強のチームをつくるという一方で、現役監督から選ぶというのは難しいでは、本気で最強のチームをつくろうとしているとは思えない’、‘大切なのは足並みをそろえること。(惨敗)の北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能’。

これは‘星野さんが監督をやるのなら私は出ませんよ!’と言っているようなもの。パリーグ出身の大リーガー松坂、城島、井口、松井稼は皆、パリーグの野球を軽視している星野とは一緒にやりたくないだろう。イチローがどの現役監督のことを頭に描いているのかはわからないが、バレンタインか日本シリーズを制したチームの監督のことではないか。一番透明性のある選び方は日本一になった監督。原、落合、渡辺、梨田たちがWBCの指揮をとるなら誰もが納得する。

王さんは自分の経験から現役監督はキツイといっているが、全部の監督がそう思っているとは限らない。イチローや松坂、黒田など大リーガーを含めた最強のドリームチームを率いられるのは監督冥利につきると感じ、シーズン前が忙しくても有難い経験と前向きに考える監督もいるだろう。それにWBCがあるのは3年に一回のことだし。

8/26に書いた通り、米国の大リーガーたちはあまり本気モードでやらないことが想定され、監督はOBかもしれないが、日本のイチローがWBCをすばらしいものにするため本気で戦うと宣言すると、ヤンキースのジーターやレッドソックスのオルティーズらが共鳴する可能性もある。イチローはこう言っている。‘もう一度、本気で世界一を奪いにいく。WBC日本代表のユニフォームを着ることが最高の栄誉であるとみんなが思える大会に自分たちで育てていく’。

イチローがWBCをこのようにとらえていたとは思ってもみなかった。マリナーズという弱いチームにいるからフラストレーションが相当たまっているはず。だから、チームメイトと言葉の壁が無く、存分にリーダーシップが発揮できるWBCへの期待が人一倍大きいのかもしれない。ほかのスーパースターにも強い影響力を持っているイチローの発言は無視できないだろう。日本のプロ野球界にとって、これはまさに身内から発せられた外圧である。

イチローのWBCに対する熱い思いや野球ファンの声を無視して、責任の取り方がわからないアホな星野を監督に選ぶようでは、せっかく大逆転した巨人のイメージは半減し、野球を愛する人々の心は日本のプロ野球からますます離れていくだろう。

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2008.10.20

バーナード・リーチの動物文やきもの

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民芸派の陶芸家、濱田庄司、河井寛次郎とくれば、バーナード・リーチを取り上げないわけにはいかない。リーチ(1887~1979)の作品はこれまで二つ紹介した。ともにお気に入りの動物を描いたもので‘楽焼大皿兎’(1919、日本民藝館、拙ブログ07/9/25)と‘ガレナ釉筒描蛸図大皿’(1925、東近美工芸館、05/12/27)。

動物図はほかにもいくつかの美術館でみたが、その中でとくに魅せられているのは次の3点。
★ガレナ釉筒描ペリカン図大皿:1925、アサヒビール大山崎山荘美(上の画像)
★鉄絵組合せ陶板‘獅子’:1930、大原美(真ん中)
★ガレナ釉筒描山羊図大皿:1952、日本民藝館(下)

リーチは1920年から故国イギリスのセント・アイヴスに若き友濱田庄司(リーチが7歳年上)と一緒につくった窯で、当時廃れていたスリップウェアと呼ばれるガレナ陶器の復興に取り組んだ。蛸やペリカンはこの時の作品。セント・アイヴスはイギリスの最西端コーンウォー州の小さな漁業の町。

このペリカン図は本当にすばらしい。首を曲げて胸を前に突き出す格好をした母鳥が三羽の雛を育む様が微笑ましく、母鳥の大きな愛情を感じる。同じカレナ釉の皿では大原の‘人魚図’や大山崎山荘の‘グリフィン図’なども大皿の底面に躍動的に生き生きとした姿で描かれている。

陶板の‘獅子’を大原美で見た時の衝撃はいまでも忘れられない。これもリーチ・ポタリー(製陶所)でやかれた。目を見張らされるのが左右の陶板4枚にバランスよく配された鋭い爪をした足と尾っぽ。ひねった胴体の周りに波の様な図案を連続させ、獅子の獰猛さをより印象づけているところにも感心させられる。

リーチは日本に13回やってきているが、下の‘山羊図’は1953年の来日の前年にセント・アイヴスで制作されたもの。リーチはこのとき65歳。黄色の地に勢いよく走る山羊だけが描かれており、そのシルエットがとても美しい。

リーチが60年間生活し制作に励んだリーチ・ポタリーは02年の頃、すっかり荒廃し売りに出されるという存亡の危機に直面したが、イギリスと日本の有志からの寄付により修復が進み、今年の3月に一般公開がスタートしたという。これからは教育施設として、また現代陶芸家の作品を展示する場所として活用されるとのこと。とてもいい話である。

日本の美術館でリーチの作品を沢山持っているのは日本民藝館、大原美、大山崎山荘美。民藝館に常時展示してあるのはそう多くないが、大原と大山崎山荘は結構あるからリーチ芸術を満喫できる。もうひとつ個人コレクターの美術館を以前TVでみたことがあるが、どこだったか記憶が蘇らない。

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2008.10.19

ミューズの微笑み 河井寛次郎記念館

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10月からはじまったNHK教育の新美術番組‘ミューズの微笑み ときめき美術館’
(土曜夜11時~11時30分)で昨日は京都の五条坂にある河井寛次郎記念館を取り上げていた。どんな番組なのか興味深々だったが、‘美の壺’(金曜10時)のしっとりヴァージョンといったところ。

いつも案内役が登場するのかわからないが、今回はミュージシャンの財津和夫だった。河井寛次郎記念館は一度訪問したことがある。京博のちょうど裏側で歩いてもそんなに時間はかからない。

河井寛次郎(1890~1966)は30歳のときここに窯と仕事場を入手し、自身の設計による住居を建て鐘渓窯と名づけた。今でも大きな登り窯が残っている。河井は几帳面な性格だったようで、仕事場にはいろんな道具がきちんと並べられていた。

作品は廊下のところとか囲炉裏のある吹き抜けの部屋などにさりげなく置いてあるから、リラックスして楽しめる。やきものはこういう落ち着いたところで鑑賞するのが一番。やきものだけでなく、河井が木うすを改造して作った椅子、手や兎や母子などを形どった木彫像(拙ブログ05/2/1)、ボリューム感のあるキセルなども展示してある。

やきものについては、4年前、運よく町田市博に巡回した回顧展に遭遇し、この記念館の所蔵品を沢山みた。そこで紹介したのが大好きな‘三色打薬壺’(04/12/2)。河井寛次郎は昨日取り上げた濱田庄司の盟友(河井が4歳年上)で、巡り合わせがいいので、回顧展でみたほかのお気に入り作品を取り上げてみた。

上は5点あった三色打薬のひとつ、‘黒釉三色打薬手壺’。つややかな黒の地に朱と黄色の抽象的なフォルムが浮き上がっている。これが寛次郎流アクションペインティング!河井の色彩感覚はとてもシャープでモダン。河井と濱田はともに東京工業大学の窯業科に学んだ頭のいい陶芸家だから、作品のなかに東洋の古陶磁様式とかイギリスのスリップ・ウェアなどを吸収し、そのなかから自由に発想し新機軸の形や色を生み出した。真に一級の芸術家である。

真ん中は形の良さとすっきりした模様に魅了される‘草花文扁壺’。この作品の姉妹品を親友の川勝賢一氏が出来上がって18年後、1957年のミラノ・トリエンナーレ国際工芸展に河井に黙って出品したところ、グランプリを獲得した。河井本人は作品を他の作品と競争したりすることにはまったく興味がなかったようだ。また、人間国宝や文化勲章も固辞しつづけた。

やきもののなかで、還元焼成により赤に発色する辰砂を生み出すのは大変難しい。河井は下の‘辰砂菱花文蓋物’のように美しい赤の辰砂を何点も制作し、その比類ない釉薬づくりで一躍注目を浴びた。ほかでは小品だが桃の作品、‘桃注’がすばらしい。図録を眺めていたら、また寛次郎の作品が見たくなった。

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2008.10.18

川崎市市民ミュージアムの濱田庄司展

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濱田庄司展(10/4~11/30)を見るため川崎市市民ミュージアムへ出かけた。ここははじめての美術館。東横線の武蔵小杉駅で下車して、バスで10分くらいのところにある。

美術館は等々力公園の一角にあり、近くにサッカー場があった。サッカーはワールドカップのとき以外は縁がないので、試合会場についてはまったくうとい。スポーツ記事で目にする等々力サッカー場というのはここだったのか!という感じ。

市民ミュージアムのチケット(800円)は自販機で買った。これまで多くの美術館に足を運んだが、チケットが自販機から出てきたのはここと生田緑地にある岡本太郎美術館だけ。一瞬、ここはラーメンのチェーン店かと思った。

濱田庄司(1894~1978)は現在の川崎市高津区溝口に生まれている。で、ここはこの陶芸家の作品を沢山所蔵している。今回出ているのはこれらを中心に他館蔵も含め148点。この後、来年1/23~3/22には茨城県陶芸美でも開催される。

これまで、富本憲吉や河井寛次郎、バーナード・リーチの回顧展には遭遇したのに、どういうわけか濱田庄司とは巡り会えなかった。今年6月に、日本民芸館で130点くらい見たが(拙ブログ6/29)、ここは図録を作ってくれないから、作品の記憶は時間が経つと消えてなくなる。だから、この回顧展は名品を鑑賞するだけでなく、図録をゲットすることも目的のひとつ。今、満ち足りた気持ちで図録を眺めている。

作品のなかで楽しみにしていたのが大鉢。口径50㎝以上の大鉢がなんと8点あった。これは圧巻!もう、夢中になって見た。上は追っかけリストに入れていたこのミュージアム蔵の‘白釉黒流描’。白色の釉の上に、黒の釉で線が並列的に流し掛けされている。下のほうで線が横に曲がるフォルムにグッと惹きつけられる。

これはやきもののアクションペインティング。晩年の濱田はいかにも腕のいいやきもの爺さんという感じだが、やっていることはポロックと同じ。まったくすごい創作力である。ほかには黒の地に柿色で十字文、また青の釉に黒や白の結文を表したものなどがある。勢いがあって思い切りのいい文様を息を呑んでみていた。

真ん中は久しぶりに対面した‘白掛藍糖黍文花瓶’。これは倉敷の大原美術館の所蔵。濱田は若いころ沖縄の壺屋で現地の人と一緒に作品を制作しているが、畑でみた砂糖黍を文様に使っている。最初のころはこのように写実的な描写だが、のちの赤絵ではシンプルな線でやや抽象的な糖黍文に変わっていく。

大鉢とともに気に入っているのが赤絵。全部で26点ある。目に心地よい赤や緑のくっきりした線をたっぷり楽しませてもらった。最も惹きつけられたのが下の‘赤絵皿’(東京工業大学百年記念館蔵)と‘柿釉赤絵角皿’(ミュージアム蔵)。念願の大鉢や赤絵をこれほど沢山みれて、大満足。

日本民藝館、川崎市民ミュージアムが済んだから、次のターゲットは大阪市立東洋陶磁美。いつか機会があれば訪ねてみたい。

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2008.10.17

レッドソックス、レイズに大逆転勝利!

123今日行なわれたアリーグ優勝決定シリーズ第5戦、レッドソックス対レイズはまさに筋書きの無いドラマだった。

リーグチャンピオンに王手をかけた岩村のいるレイズが先発の松坂からホームラン3本で5点をとり、7回にも2点追加して7-0で大量リード。この展開なら誰だって、レイズの勝ちを予想するだろう。

ところが、7回の裏からレッドソックスが大反撃に転じた。まず、7回に三番の強打者オルティーズの3ランホームランなどで4点返し、3点差とした。続く8回の攻撃もすごい。バッティングセンスのいいドルーが狙いすましたようにライトスタンドに2ランホームランをたたき込むと、2アウトから2塁打を放ったコッツィを一番のセンター、クリスプがライト前ヒットで返し、同点に追いついた。もう流れは完全にレッドソックス。

同点となって迎えた9回表、レイズは1アウト1,2塁で勝ち越しのチャンス。が、このピンチを5番手投手のマスターソンが3回にホームランを打っている3番のペーニャを内野ゴロのダブルプレーに仕留めた。こうなると、レッドソックスのサヨナラ勝ちの雰囲気がでてきた。果たして、その裏2アウト1、2塁からふたたびドルーがライトオーバーのサヨナラタイムリーを放ち、劇的な幕切れとなった。

これだから野球はおもしろい。レイズが7点とり勝利を確信しすぎて、気を緩めすぎたから?でも、残り3イニングで8点もとられるとは思わないだろう。レッドソックスにとっては最後まで勝ちをあきらめず、チーム一丸となって勝ち取った勝利だから、残り2試合にもいい影響を与える1勝かもしれない。

この大逆転はシリーズの流れを変えるような気もするが。もちろん、明後日の試合はレイズの本拠地タンパベイで行われるから、レイズの優位は変わらない。しかし、もし、6戦をレッドソックスがエース、ベケットで勝ってタイに持ち込むと、7戦では左腕のレスターも前回の雪辱を期して頑張るのではなかろうか。

となると、レッドソックスがワールドシリーズ連覇へ向かって前進できるかどうかはエース、ベケットの右腕にかかっていると言っても過言でない。さて、どうなるか?今年調子の上がらないベケットが大一番に意地をみせるか、それとも勢いのあるレイズ打線にまた打ちこまれるか。予想は7:3の割合でレイズのリーグ初制覇。7戦までいかない。当たるだろうか?

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2008.10.16

ボストン美浮世絵名品展 その二

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ここ数年重点鑑賞絵師にしているのは広重と歌麿。だから、海外のブランド美術館からやってくる作品のなかに二人の初見のものがあると天にも昇るような気持ちになる。今回見た歌麿作品5点は‘蚊帳’を除いてはじめてお目にかかった。

そのなかで大変魅了されたのが上の‘青楼仁和嘉女芸者之部 扇売 団扇売 麦つき’と真ん中の三枚続‘鷹狩り行列’。図録にはもう一点、すごく見たくなる三枚続の‘柿もぎ’が載っているが、ここでは展示なし。こんないい絵を見逃したのが悔やまれてならない!だが、ふたつもすばらしい絵がみれたのだから、もって瞑すべし。

ベルギーロイヤルコレクション展で同じような大首絵‘当時三美人’をみたばかりだが、この3人に比べるとこちらの女芸者の顔は皆ちょっと短くて初々しい感じがする。真ん中の麦つき役の女に一目惚れした。画集に載っていると‘ああー、これを見たかったのだ!’と安心感と満足感のないまぜ状態なのだが、いきなり目の前に現れると、街で美女と遭遇したときのように落ち着きがなくなる。

‘鷹狩り行列’はとても賑やかな絵。色合いもすばらしく、隼を手に乗せている若衆の後ろにみえる黄色の小山が目に飛び込んでくる。また、籠から降りた女主人公の着ている内掛けの鶴の文様がなんとも豪華。遠くの富士山と行列との距離感を見せるのに、歌麿は中景の川岸の人々や川を渡る舟を‘これほど小さくしちゃったの!’というくらい小さく描いている。

歌麿同様、いい気持ちにさせてくれるのが鳥居清長。どれも摺りのいいのが4点ある。これほどサプライズな清長作品を見る機会はめったにない。下は昨年、千葉市で開かれた清長の大回顧展の図録に参考図版として掲載されていた‘当世遊里美人合(花下酔美人)’。

一目みただけで気分がすぐハイになる典型的な絵である。左のかなり酔いがまわり、黒い着物がはだけている女を右の三人が笑いながら見ている。‘お駒姉さん、いつもの通り、出来上がっちゃってるよ。まあ、こんなきれいな桜のもとではお酒のピッチがあがるのは仕方ないわね’。

隣に飾ってある‘日本橋の往来’も絶品。回顧展ではホノルル美蔵が出品されていたが、二つは女の着物の柄や色が一部異なっている。摺りのコンディションとか色彩の対比、柄の模様はボストンのほうがだいぶいい。

入館してすぐのところに展示してある春信は美人画では一番多く15点。これも一級のコレクション。見てのお楽しみ!

広重の武者絵に驚いたが、絵の完成度としては国芳の大作‘鬼若丸の鯉退治’や‘讃岐院眷属をして為朝をすくふ図’のほうが一枚も二枚も上。この2点と‘東都富士見三十六景 佃沖晴天の不二’など風景画6点は最上レベルの摺り。お見逃しなく。

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2008.10.15

ボストン美浮世絵名品展 その一

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江戸東博で行われている‘ボストン美浮世絵名品展’(10/7~11/30)を楽しんだ。作品は下絵、版本なども含めて137点。展示替えがなく、一回の訪問で全部みれるから、館を出るとき、いい浮世絵を沢山見たなという気分になる。そして、心はボストン美浮世絵ファンクラブの会員に。もう2回公開してくれるというから、ますます期待がもてる。

海外から里帰りする浮世絵にはサプライズが二つある。摺りの状態と日本ではこれまで見たこともない絵。今回のボストン美所蔵品もサプライズの連続。摺りの良さは言うまでもない。で、‘こんな絵があったの!?’と心に強く残った絵をとりあげてみた。

上はチラシに使われている歌川国政の‘市川鰕蔵の暫’。国政の絵をほんの数点見た覚えはあるが、どんな絵だったかすぐには思い浮かばない。ということは、印象が薄い絵師だということだが、その国政がこんな衝撃的な役者絵を描いていた!驚愕すると同時に、これが日本になくて、ボストン美にあることにすごくショックを受ける。

度肝を抜かれるのが隈どりした役者の顔を真横から画面いっぱいに描く構図。顔と同じくらいの大きさをもつ茶色地の衣装は三角フォルムのデザイン紙が貼りつけてあるようにみえる。インパクトのある鷲鼻をした顔とデフォルメされた衣裳の組み合わせがとても斬新。一生忘れられない絵になりそう。国政はもう2点ある。

真ん中の三人の役者が登場する絵を描いたのは一筆斎文調とともに役者似顔絵を創始した勝川春章。春章というと人生の後半に描いたすばらしい肉筆美人画ばかりに目がいくが、立ち姿の役者絵も名品が多い。この絵で目が点になるのが中央の役者が手に持っている香炉から吹き出しがでて、そこに富士山が描かれているところ。アラジンの魔法のランプみたい。春信は掛け軸から猿を出してくるし、春章は吹き出しに富士山を描く。浮世絵師はおもしろいことをいろいろ思いつく。

14点ある広重の収穫は下の三枚続の大作、‘源頼光一代記’(部分)。これは広重20代の作品。国芳が得意とする武者絵を広重も描いていたとは!画面にはいくつもの場面が描きこまれている。真ん中の上は土蜘蛛の妖怪が病に悩まされる頼光の前に現れるところで、下の赤い衣装を着た大男は都に近い大江山に住む鬼の棟領酒天童子。

頼光が差し出した神酒を上機嫌で飲んでいる。よくみると、頼光の前にある台の上には切り取られた鹿の胴と足が置かれている。‘鹿も持ってきましたから、どんどんお飲みください’と頼光は言っているのだろう。興味の尽きない絵である。

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2008.10.14

大琳派展 その六 鈴木其一

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鈴木其一作品は全部で25点あり、うち9点は後半の展示。最も好きな‘夏秋渓流図屏風’(根津美、拙ブログ06/6/147/22)は11/5から登場する。

其一の絵の特徴やどんなモティーフを描いているのかはこれまで94年の名古屋市博、04年の東近美、日本橋三越で開かれた琳派展、そして06年、東博であったプライスコレクション展を経験したからだいたいつかめてきた。でも、宗達や光琳に比べると初見の作品が多いので、少し緊張気味。

其一は1796年に生まれ、1858年(63歳)に亡くなった。浮世絵師の歌川広重
(1797~1858)や歌川国芳(1797~1861)とほぼ同時代を生きた人である。其一と広重が亡くなった1858年は安政5年で、日米修好条約が締結されている。師匠の酒井抱一(1761~1828)は35歳年上。

其一は江戸j時代でも終りの頃の絵師だから、琳派のDNAはしっかり継承しているが、変奏の幅が広く、まったく琳派的でない絵もある。例えば、‘吉原大門図’(ニューオータニ美、05/8/9)やぞっこん惚れている‘群舞図’(プライスコレクション、7/22、今回展示なし)などは浮世絵師、其一としての作品である。また、抱一に倣って‘釈迦三尊十六善神像’なども描いている。

本流の琳派の香りがする絵はいくつもある。目を見張らされるのは上の‘群鶴図屏風’(二曲一双、ファインバーグ・コレクション)。前半出ているものでは最も見ごたえがある。これは94年の琳派展にも出品されていた。2年前見たプライス・コレクションの鶴もすばらしかったが、これも200%感動する。

宗達の‘風神雷神図’を後の3人が模写したように、抱一と其一は光琳の生み出した真鶴が横に並ぶ‘群鶴図’(フリーア美、4/18)の型を継承しつつ、自分流の感性で鶴の一群を描いた。抱一のもの(ウースター美)も94年のとき一緒に見たが、其一の鶴は図案的でなく、いろいろな姿で描かれており、高い装飾性と写実性がうまく融合した群鶴図に変奏している。

其一には宗達から続く琳派の画風を消化した作品とともに、抱一の精神や描き方を受け継ぐものも多い。照明を強くしたり弱くしたりして画面の変化を見せていた‘秋草・月に波図屏風’や真ん中の‘萩月図襖’(東京富士美)は抱一の‘夏秋草図屏風’とか‘四季花鳥図巻’にでてくる草花を連想させる。‘萩月図’とは3度目の対面だが、いつみてもうすピンクや白の小さな花びらに心を揺すぶられる。其一の描く花は抱一のように品がいいが、同時により自然で生き生きとしているところも大きな魅力。

下の‘雨中桜花楓葉図’(静嘉堂文庫)も印象に強く残る絵。視線が集まるのがうす土色の背景に紅葉の楓と斜めから激しく降る雨を描いた左のほう。こういう絵は抱一にはなく、其一はまわりの自然をよくみつめ、春と秋にみた雨の情景を桜と楓で対比させて描いている。いつまでも心の中に残る名品ではなかろうか。

これで大琳派展はひとまず終了。その七、八?は再訪問したときにでも。

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2008.10.13

大琳派展 その五 酒井抱一

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江戸琳派の酒井抱一や鈴木其一は宗達、光琳の画風やモティーフを継承した作品だけでなく、オリジナルの花鳥画、さらに仏画や浮世絵に近い風俗画も描いているから、100%琳派の視点で見るわけにはいかない。二人の絵には宗達、光琳とは違った魅力があり、目を見張らされる名画が沢山ある。

抱一は全部で40点、それに原羊遊斎とコラボした蒔絵の下絵が6点見られる。画集に載っている代表作はほとんど出ているから、この展覧会で抱一の通になれることは請け合い。東博からは抱一の代名詞‘夏秋草図屏風’(重文)と‘四季花鳥図巻’(真ん中の画像、拙ブログ05/9/15)。陽明文庫の‘四季花鳥図屏風’(06/8/1508/1/10)、MOAの‘雪月花図’(05/7/2)、細見美の‘桜に小禽図’(06/10/29)。

出光美からは屏風が4点。銀地の‘紅白梅図’(10/7~19)と10/21~11/16に展示される‘風神雷神図’、‘燕子花図’、‘八橋図’(08/1/18)。また、山種が所蔵するとてもいい絵‘秋草鶉図屏風’、‘菊に小禽図’、‘葦に白鷺図’も10/19まで出ている。昨年末、三井記念美で見た‘水月観音図’(07/12/24)とも再会した。

心を揺すぶる絵はまだ続く。上の‘柿図屏風’(メトロポリタン美)を開幕前、出品リストで見つけたときは跳び上がるほど嬉しかった。光琳の‘波図屏風’とこれをMETから里帰りさせたのは大ヒットである。右に余白をたっぷりとり、左から斜め上にのびる柿の木を描いている。その単純化された幹の形や赤い柿の実からは寂寥感ただよう秋の情景がしみじみ伝わってくる。

もう一つある柿の絵、‘柿に目白図’(米国・ファインバーグ・コレクション)にも魅了される。隣に飾ってある山種の‘赤い菊’と赤の競演である。抱一は赤の見せ方がまったく上手い!ファインバーグ・コレクションは10/21から展示される‘十二ヶ月花鳥図’への期待がふくらむが、この柿と目白もすばらしい。

抱一作品で心を虜にするのは画面がすっきりしていてすごく洒落た感じのする花鳥画。これが抱一の一番の魅力!お気に入りのベスト3(順位なし)は‘四季花鳥図屏風’(陽明文庫)、真ん中の‘四季花鳥図巻’(東博)、‘十二ヶ月花鳥図’(三の丸尚蔵館、06/7/28、今回展示なし)。三の丸の‘花鳥画’があったら完璧だったが、これはファインバーグを楽しむことにした。

‘四季花鳥図巻’の楓の幹にとまる赤ゲラや白梅に積る雪を見ていい気持になっていたら、最後のコーナーでも大きなサプライズがあった。抱一が下絵を描いた原羊遊斎の‘四季草花蒔絵茶箱’(下の画像)。画集では何度も見ているが、こんなにすばらしい蒔絵だったのか!という感じ。また、隣にある同じく二人の合作‘蔓梅擬目白蒔絵軸盆’にも目を奪われた。抱一の洒脱なデザインセンスにはほとほと感心する。

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2008.10.12

大琳派展 その四 尾形乾山

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尾形乾山の作品はやきものが17点、絵画が4点の計21点。後期(10/28~
11/16)に出品される藤田美蔵の角皿2点以外は会期中展示される。

これまで、乾山のやきものは昨年の‘乾山の芸術と光琳展’(出光美)など大きな回顧展があるたびに欠かさず見てきたので、再会するものが多い。だから、乾山ワールドをまた楽しむといった感じ。

‘色絵定家詠十二ヶ月和歌花鳥図角皿’は上の個人蔵、MOA、出光美蔵と3つあるが、今回でているものが構図の取り方や描写の丁寧さでは一番いい。四つの皿は1~4月に詠まれた歌を絵画化したもの。‘二月’(右下)の花と鳥にとりわけ惹かれている。

全体的に余白の多い白の素地に、スッキリした印象を与える緑や朱を使って詩情豊かに山々や木、草花を描き、その中に愛らしい鳥を一羽、ないし数羽配置している。こういう角皿が手元にあっていつも眺めていられたら、どんなに幸せか。

会場の一角に角皿が4点並べてある。兄の光琳が絵付けをした‘銹絵観鷗図’(重文、東博)と‘銹絵牡丹図’(MIHO MUSEUM)、そして乾山自身が描いた‘色絵桔梗図’(拙ブログ07/12/7)と‘色絵桜図’。‘桜図’を春の時分にみると爽快な気分になるだろう。

同じことが真ん中の白い桜が咲き誇る‘色絵吉野山図透彫反鉢’(MOA)にも言える。口縁を切り込み、円形の透をあけた乾山の反鉢には桜や紅葉や紫陽花を描いたものがあるが、春の桜を選んだのは隣の‘色絵龍田川文向付’(大和文華館)が紅葉の形をしているから、紅葉ばかりでは面白くないと思ったからだろう。この龍田川文は大きくて見ごたえがあり、以前みた逸翁美蔵同様、心に響く。

大和文華館からは定番の名品がもう二つ出品されている。空を飛ぶ菱形の鳥と赤ん坊の手のような波頭がどこかユーモラスな‘武蔵野隅田川図乱箱’(重文)と光琳との合作‘銹絵山水楼閣図四方火入’。

絵画の‘定家十二ヶ月花鳥図’(4点)は出光美でもお目にかかったからさらっとみて、下の‘立葵図屏風’(二曲一双)に急いだ。94年に名古屋市博であった琳派展のとき、この絵は展示替えのため見れなかった。以来、いつかこの目でと思い続けてきたが、ようやくそれが実現した。

図版のイメージとは違って意外に大きな屏風だった。光琳も‘孔雀立葵図屏風’で立葵を描いているが、乾山の立葵のほうがより意匠化されている。また、光琳に比べ色数が多いだけでなく、一つ々の花びらや葉はエレガントかつ装飾的に描かれている。

白の花の中にさらにうす茶色の点を加えるところや黒に近い青の葉に使われた緑のたらし込みなどは現代でも充分フィットする意匠感覚。本当にすばらしい立葵だった。今、この絵の余韻に浸っている。

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2008.10.11

大琳派展 その三 尾形光琳

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今年は尾形光琳が生まれて350年目にあたる。美術館で働く学芸員の手元にはビッグネーム作家の生誕○○○年とか没後○○○年のリストがあり、中期的な展覧会計画を立てる際、これも頭のどこかに置いているのだろう。

光琳にとって節目の年だから光琳が中心というわけではく、作品の数はバランスがとられていて会期中36点。これに加え、弟の乾山のやきものに絵付けをしたのが5点ある。

東博所蔵の‘風神雷神図屏風’(重文、拙ブログ06/4/15)は会期中出ずっぱり。今回、われらが‘風神ちゃん、雷神ちゃん’は宗達(10/28~11/16)、光琳と其一(通期)、抱一(10/21~11/16)の4点出てくる。これらを見比べられるのは10/28から。どれに熱い視線を送るかはお好み次第。

出光で其一を除く3点が揃ったときは混雑のため、じっくり見れなかったが、ここはそんな心配がないから展覧会のテーマである‘琳派芸術の継承と変奏’を体のなかにしっかり沁み込ませることができそう。

宗達の原画をのちに光琳が模写した金屏風は‘風神雷神図’、‘松島図’(ボストン美)、‘槇楓図’(上の画像)の3点。作品全部でなく一部のモティーフを写したのが真ん中の‘波濤図屏風’(メトロポリタン美)。

光琳の屏風で誰もがすぐ思い浮かべるのが‘紅白梅図’(国宝、MOA、05/3/6)と‘燕子花図’(国宝、根津美、05/10/13)。二つを一緒に見たかったが、あまり欲張ってもいけない。3年ぶりに対面する‘燕子花図’をしばらく眺めていた。

秋の季節に相応しい‘槇楓図’(重文、東芸大美)は金地に浮かび上がる楓の赤が印象的。‘風神雷神図’は宗達のほうに気持ちがのめり込んでいるが、この‘槇楓図’は光琳の明るくてとても装飾的な画面の前にいる方がずっと楽しい。

3月、メトロポリタン美を訪問したとき‘波濤図’と長澤芦雪の‘海浜奇勝図’と対面できるかなと胸をふくらませていたが、残念ながら二つとも姿をみせてくれなかった。が、嬉しいことに日本でリカバリーできた。‘対決’に‘海浜奇勝図’が出たし、ここで‘波濤図’と対面である。作品のほうから追っかけて来てくれるのだからたまらない。こんなにうまくいっていいのだろうか。

‘波濤図’は波のお化けが襲ってきそうな感じ。下から大きくカーブして上からザザーと落ちる波頭の姿をみると、音が聞こえ、画面が揺れ動いているよう。日本絵画のなかで、波の情景を描いた絵は沢山あるが、ダイナミックさでは‘波濤図’と北斎の‘冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏’が一番ではなかろうか。念願の絵を見れたから上機嫌。

宗達の物語絵に登場するやさしい顔をした人物を光琳も受け継いでおり、下の‘鵜舟図’(静嘉堂文庫)の鵜匠でも、布袋さん(07/4/9、今回展示なし)でも、大黒天さん(06/1/21、展示なし)でも皆丸顔でやさしい目をしている。

‘鵜舟図’と同じくらい好きなのがあまり怖くない虎を描いた‘竹に虎図’(京博、05/8/30)。やぶにらみの虎の表情をみていたら、Bunkamuraのミレイ展に展示してあった‘両親の家のキリスト’を思い出した。右端で、水をもって立っている幼い洗礼者ヨハネの横を見る目つきが虎の目つきとよく似ている。

また、‘太公望図屏風’(重文、京博、06/3/13)や見ててうっとりする‘扇面貼交手筥’(重文、大和文華館)、定番の国宝‘八橋蒔絵螺鈿硯箱’(東博)にも足がとまった。時間が経つのも忘れる名品の数々に大満足だった。

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2008.10.10

大琳派展 その二 俵屋宗達

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俵屋宗達の目玉、‘風神雷神図屏風’(拙ブログ06/9/27)は10/28~11/16の展示。これをみないと宗達モードは全開にならないが、会場に現れるまではほかの作品(会期中37点)を楽しむことにした。

最初に展示してある‘平家納経 願文・見返し’には光悦との合作でお馴染みの鹿が描かれている(05/3/30)。初見で収穫は上の‘平家物語忠度出陣図屏風’。これまで、‘対決’にでてた‘扇面散屏風’(三の丸尚蔵館)などで保元・平治の合戦は何度かみてきたが、このように大画面に武者が描かれているのを見たのははじめて。

これは都落ちする平家一門の忠度と和歌の師匠である藤原俊成との別れの場面で、五騎の武者のうち、真ん中で後ろを振り返っているのが忠度。右下の門のところで俊成が見送っている。画面は右の門と向こうの松が金地と胡粉の白で彩色された道を対角線ではさむようになっており、その幅広の道を武者を乗せた馬が疾走していく。

物語絵は‘源氏物語’が‘空蝉’、‘篝火’、‘夕霧’(いずれも通期展示)、そして59点あるといわれる‘伊勢物語’からは6点。真ん中は‘伊勢物語’では一番有名な‘芥川’(大和文華館)。前期(10/7~10/26)はほかに‘水鏡’(サントリー美)、‘月のうちの桂’がある。

源氏物語を絵画化したものは現在、横浜美で開催中の‘源氏物語の1000年展’でも‘葵’など3点みたが、二つを比べると好みは伊勢物語のほう。理由は伊勢物語では人物の描かれる情景が屋敷の中だけでなく、野原や山のなかとか、傍を川が流れるなどいろんな場面がでてくるから。そして、源氏物語と違って一人々が大きく描かれているので、とてもみやすく画面の中にすっと入っていける。

1月、出光美の‘王朝の恋展’(1/18)に出品された29点に入っていなかった‘芥川’はお気に入りの一枚。念願の美女を背負う男は今が人生最良の時。まわりをゆるやかに流れる青と緑の川は幸せな男を祝福するかのようであり、ふたりのやさしい顔つきに心が和む。でも、このあと、‘扇面散屏風’(7/29)に描かれているようにこの女は鬼に食べられてしまう。

宗達は水墨画の達人。下の‘蓮池水禽図’(国宝、京博)のすばらしさに声がでない。二羽の水鳥の並び具合がよく、目がそのまま上の大きな蓮にむかう。たらしこみによる墨の微妙な濃淡は蓮の存在を際立たせ、鳥に動きを与えている。年を重ねるにつれ、この絵の魅力がわかるようになった。

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2008.10.09

大琳派展 その一 本阿弥光悦

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東博ではじまった‘大琳派展’(10/7~11/16)は‘対決ー巨匠たちの日本美術’に続く、美術界の一大イベント。展示作品は241点もあるから、全部見ようとすると3回出かけなくてはならない。まさにタイトル通り、琳派の名品があれもこれもあるといった感じ。これを見逃すと次は20年くらい先になりそう。まずは、本阿弥光悦から。

宗達の絵とコラボした和歌巻物や色紙、陶芸、漆芸の代表作はほとんど出品されている。光悦の下絵入り書が会期中21点もでるなんて本当にすごい!そのなかで群をぬいていいのが定番の上の‘鶴下絵三十六歌仙和歌巻’(重文、京博)と‘四季草花下絵古今和歌巻’(重文、畠山記念館)。

‘鶴下絵’は‘対決’(拙ブログ7/8)にも登場したが、上の画像は鶴の群れが上から下へ降下している場面。上の鶴は体の半分が画面からはみ出したり、首と頭だけだったりするから、鶴が上空から降りてきているのがすっとイメージできる。日本画は江戸時代の初期の頃から、こういうトリミングの手法を使って空間の広がりや奥行きを表現していた。‘四季草花’は畠山記念館で展示されるときはスペースの関係で一部だけ。今回、はじめから終りまで見て、連続する太い竹などこの巻物のすばらしさを再認識した。

やきものは‘黒楽茶碗 銘雨雲’(重文、三井記念美)、‘赤楽茶碗 銘峯雲’(真ん中の画像)、‘飴釉楽茶碗 銘紙屋’の3点。いずれも名品として有名なもの。お目当ては追っかけリストに入れていた‘峯雲’。腰の丸みと横に流れる雲のような白が心に響く。予想以上の名椀だった。今年は光悦の茶碗の当たり年。念願だった‘加賀光悦’、‘時雨’ときて‘峯雲’。これほど嬉しいことはない。ミューズに感謝。

蒔絵7点のうち、硯箱の下の‘舟橋’(国宝、東博)や‘樵夫’(重文、MOA)には目が慣れているが、東博蔵の‘舞楽蒔絵硯箱’と‘子日蒔絵棚’(ともに重文)、滴翠美の‘扇面鳥兜蒔絵料紙箱’ははじめて見た。じっくり見たのが‘子日’(ねのひ)。天板に細かく描かれた松の葉や棚のまわりの楓を夢中になってみた。上段の扇子が途中から折れて要が中段の扉のほうにいっているのをみて、ふとダリの代表作‘記憶の我執’に描かれたくにゃっと曲がる時計を思い浮かべた。

蓋の甲が山形に盛り上がった‘舟橋’をみると、いつも、おかずがぎゅうぎゅうに詰まった弁当箱をイメージしてしまう。はじめてみたとき、橋には鉛の板が使われていることがすぐには理解できなかった。今では違和感がなく、上に銀で装飾的に表わされた‘東路’にすぐ目がいくようになった。

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2008.10.08

森川如春庵の世界

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10/4から三井記念美ではじまった‘森川如春庵の世界’(10/4~11/30)はパスするつもりだったが、展覧会の目玉である‘対決ー巨匠たちの日本美術’で見た光悦の‘黒楽茶碗 銘時雨’(重文、名古屋市博、上の画像)だけでなくほかにもいいやきものが出ているという情報が入ってきたので、急遽出かけることにした。

益田鈍翁(どんのう、1848~1938)とか森川如春庵(にょしゅんあん、1887~
1980)については、有名な絵巻や名碗の元所有者としてよく目にするので、日本の美術品コレクターとしては群を抜いた存在だったことは前々から知っている。でも、ちゃんと本を読んだわけではないから、断片的な知識のみで、森川如春庵のコレクションの全貌はNO情報。図録でチェックすると、如春庵は光悦の茶碗だけでなく、よく知っている美濃のやきものなどを相当数所有していたことがわかった。

光悦の茶碗は有名なのが2点ある。一緒に展示されるのは久し振りとのこと。‘時雨’は‘対決展’ではじめてみたが、真ん中の‘赤楽茶碗 乙御前’(おとごぜ)は以前、五島美であった‘茶の湯 名碗展’で対面した。如春庵は16歳のとき‘時雨’を、そして3年後に‘乙御前’を手に入れている。もちろん、親の金で。

16歳で‘お父さん、僕、光悦の時雨が欲しいんだ、買ってよ!’と親にせがむのだから、もう数寄者の道へまっしぐらという感じ。鈍翁は‘おまえさん、10代で光悦を2点もっていたのかい?!’と驚いたというが、鈍翁でなくともそんな話を聞けば誰でも、如春庵の審美眼の高さに仰天する。宗達の絵に光悦が和歌を書いた下の‘蓮下絵百人一首和歌巻断簡’も如春庵の旧蔵。なんだか東博の‘大琳派展’の続きを見ているよう。

会場の一角に‘佐竹本三十六歌仙絵 斎宮女御’(展示10/4~10/13、拙ブログ06/1/31)が特別出品されている理由が最初わからなかったが、図録を読んで納得した。この歌仙絵巻を切断した際、如春庵は一番籤を引き、意中の‘柿本人麿像’を手に入れている。この人は強運の持ち主だったようだ。質の高いコレクションは資金力だけでつくれるわけではなく、たしかに運も必要だろう。また、‘紫式部日記絵詞断簡’(重文)のような名品も集めている。

やきものはぐっとくるのがいくつもあった。なかでも‘鼠志野葦雁文額皿’、‘織部四方手鉢’に会えたのは大収穫。予想を大きく上回るとてもいい展覧会だった。

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2008.10.07

古伊万里展&橋本雅邦展

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松岡美術館の現在のメイン展示は‘古伊万里展’(9/30~12/23)であるが、これはだいだい見ているので、鑑賞の軸足は隣の部屋の‘橋本雅邦展’(9/30~11/9)のほうにある。1月、川口市美で念願の雅邦の回顧展を見たから、ここのコレクションは雅邦作品の締めに位置づけていた。

作品は14点。図録には上の‘雨中山水図’など3点しか載ってないから、まあ5点くらいかなと想像していたら、3倍近くあった。そのなかでとくにグッとくるのが‘雨中山水図’。回顧展に出品された作品やほかで見たものを含めても、上位ランクにあげたい名品である。

激しい雨が降るなか、笠と蓑をまとった男が棹を肩に、急ぎ足で山道を進んでいる。この動感表現にとても惹きつけられる。そして、打ちつける雨脚を表す白い斜めの線が印象的。山水画で雨の情景を広重の‘東海道五拾三次之内 庄野 白雨’のように描いたのはほかに見たことがない。雅邦の頭のなかには浮世絵の雨の表現があったのかもしれない。構成も秀逸。深い霞が漂っている山頂付近と雨が降っている下との間に横にひろがる明るい光が描かれているので、雨の情景が浮かび上がってみえる。ずっと見ていたくなる山水画だった。

古伊万里展はパスしてもよかったが、ものにはついでということがあるから、一通り見た。軽く見るつもりでも、大好きな古九谷様式の黄色や緑の世界を目の前にすると、気持ちはすぐ、‘見るぞ!’モードに切り替わる。

真ん中の‘色絵芭蕉柳図輪花鉢’は‘これぞ、九谷!’と思わせる絶品。芭蕉、柳や幾何学文様が黄色や深い緑、青で描かれている。22点の古九谷に酔ったあとは余白の白にゆったりした気分になれる柿右衛門。ここにも館自慢の名品が揃っている。お気に入りは下の‘色絵唐人物図大壺’と‘色絵花鳥文六角壺’(拙ブログ05/9/30)。

ほかでは定番文様の栗鶉文や花鳥文に足が止まった。今回の収穫はまだ見てなかった鍋島の‘色絵紫陽花図皿’と‘色絵岩牡丹図皿’。白の素地にスッキリ描かれた紫陽花と牡丹をうっとりしながら眺めていた。つくづく鍋島は品があるなと思う。やきもののなかでも大皿や大壺は圧倒される。青の発色がすばらしい‘染付鳳凰文八角大壺’、豪華な‘色絵鷲雉子図大皿’を息を呑んでみた。

さらっとまわる予定だったが、いいやきものの前ではそうもいかない。古伊万里の名品を存分に楽しませてもらった。

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2008.10.06

茅ヶ崎市美のS氏のコレクション展

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毎日の散歩のように日々の暮らしのルーチンになっている絵画鑑賞でも、ときどき何の予告もなく名画が目の前に現れることがある。その絵を見るため、現在茅ヶ崎市美で行われている‘S氏のコレクションー日本画の名品を中心にー’(9/14~11/9)に出かけた。

平塚にお住まいのS氏は70代後半の実業家らしい。今回そのコレクションの中から日本画57点、藤田喬平のガラス作品3点、青磁の人間国宝、中島宏のやきもの3点が展示されている。日本画は安田靫彦、前田青邨、川端龍子などビッグネームの作品があるが、お目当ての絵はこちらではなく上の山口蓬春の‘水田’。

この絵を一ヶ月くらい前、どこかの美術館にあったチラシでみたとき、すごく惹きこまれ、名品であることを直感した。実際、その通りのすばらしい花鳥画だった。白鷺に使われている胡粉や水草のうす緑にはまったく濁りがなく、とても瑞々しく明快な感じがする。日本画の美しさが200%でている絵かもしれない。

蓬春の描く鳥の絵では、羽ばたく鴨を描いた‘月明’(05/3/1)を最も愛していたが、‘水田’はこれ以上に魅せられる。2年前、神奈川県近美葉山館で開催された蓬春の回顧展にも出品されなかったから、よけいにサプライズの思いが強い。ちなみにこれは蓬春が亡くなる5年前、73歳のときの作品。本当にいい絵をみせてもらった。

真ん中は平塚市美の‘山本丘人展’(06年10月)にも出品されていた‘岩壁’。金色で彩色された角々の岩山の中央を流れおちる瀧の白が目に焼きつく。こういう男性的な風景は写実的に描くより、ザッザと筆を走らせ、色面で構成するほうがかえって自然のもつ荒々しさや力強さが伝わってくる。‘夕焼け山水’(06/11/14)同様、丘人作品を代表する一枚に数えられる名品ではなかろうか。

S氏は平塚に居を構える工藤甲人や茅ヶ崎生まれの鈴木至夫など、この地域ゆかりの画家の作品を多く蒐集している。工藤甲人の描く独特のシュルレアリスム日本画にはとても関心があるので、今回5点見れたのは幸運だった。とくに惹きつけられるのが代表作の‘夢と覚醒’(06/9/25)を思い起こさせる下の‘春を呼ぶ’。口を大きく開けた女性の顔を横から描き、そのまわりに蝶やわらびなどを装飾的に配置する構成はシュールで夢幻的な雰囲気に満ち溢れている。

どこかの美術館が工藤甲人の回顧展をやってくれると嬉しいのだが。期待して待ちたい。

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2008.10.05

速水御舟展 その二 風景画

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御舟が描いた南画風の風景画は黄土を基調にしているので、画面が明るく、温かい空気が流れている感じがする。お気に入りは東博蔵の‘近村 紙すき場’(拙ブログ05/12/15)と久し振りにみた広島県美蔵の‘隠岐の海’。幅の狭い縦長の画面一杯を使って家や海、田畑、人々を低空で飛ぶヘリコプターから眺めたような感覚で描いている。おもろしいもので画面が窮屈な割には奥行きが感じられ、広々とした空間をイメージできる。

御舟の創作活動に大きな影響を与えた今村紫紅が35歳で亡くなったあと、御舟は京都に滞在する。そこで生まれたのが上の‘洛北修学院村’。御舟が黄土の次にとりつかれたのが青。この群青は半端な群青ではない。とても深い青で神秘的な雰囲気が漂う村の風景は過去の出来事や思い出が突然フラッシュバックとなって出てくる映画の一シーンを見ている感じである。日本画の風景画というより表現主義の画家が描く風景画に近い。久しぶりの対面だったが、再度ズキンと心の襞に刻みこまれた。

日本海の深いところで山々の心象風景をイメージするような‘洛北修学院村’に比べて、真ん中の‘丘’はよくみる光景が実にリアルに描かれている。少し傾斜した地面に伐採された切株と三角形に積まれた薪がみえる。その後ろには幹が一部白くなった雑木林が細密に描かれ、右には赤松の若木が一本まっすぐにのびている。

今回、御舟の木の幹や細い枝の描き方が加山又造と似ていることに気づいた。細い枝の一本々をこれほど精緻に表現する画家は御舟と加山又造のほかにはいない。若い頃の加山は木々をデザイン的に描いているのに対し、御舟は‘丘の並木’に見られるように細い木でも強い生命力でしっかり立っているように表現している。

下の‘京の家・奈良の家’(これは奈良の家)では画風がまた変わる。家の壁が白や土色の色面で構成されたこの絵をみているとすぐ奥村土牛の‘大和寺’(9/19)を連想する。この絵とは4年前、東近美の平常展で対面し大変魅せられたが、その後なかなか登場しなかった。東近美蔵ならいい絵は2,3年のサイクルで展示するのに、なぜか遅いな思っていたが、その理由がわかった。これは東近美蔵ではなく、個人が寄託していた作品だった。

今回の収穫のひとつが御舟が欧州を旅行したときの印象を描いた‘アルノ河畔の月夜’。本当にすばらしい絵。見てのお楽しみ!

この回顧展には‘名樹散椿’(05/3/9)や‘炎舞’(07/6/20)など山種美が所蔵する作品が一点もでてない。これはどうしたことか?山種は来年秋、広尾にオープンする新館の開館記念展を速水御舟展にすることをなっている。で、元山種にいた草薙奈津子氏が館長をしている平塚市美は貸し出しの依頼を遠慮して、山種以外の美術館や個人がもっている作品に絞り、二館で展示作品の棲み分けを行ったのだろうか?それとも草薙館長と山種の若い女性館長は仲が悪い?

展覧会は大満足だったのに、帰るときどうでもいいことをあれこれ考えてしまった。

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2008.10.04

平塚市美の速水御舟展 その一 静物画

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まったくノーマークだった平塚市美で本日から‘速水御舟展(10/4~11/9)がはじまったので早速出かけた。速水御舟は一生付き合おうと思っている画家なのに、迂闊にもこのビッグニュースを知ったのはつい二日前。心やさしいミューズが朝日新聞の展覧会情報で教えてくれた。

この美術館へ来るのは06年にあった‘山本丘人展’以来。展示会場が広いので、東近美が主催するクラスの回顧展が立派に行なえる。今回、御舟(1894~1935)の初期の作品から絶筆まで120点が展示されている。このなかには画集に載っている作品でまだお目にかかてないものが8割くらいあったから、もう興奮状態でまわった。御舟ワールドは1回では言い尽くせないので、2回書くことにした。まず、人物、鳥、花、そして果物などを描いたものから。

歴史画から画業をスタートさせた御舟が15歳のとき描いた‘小春’が一番最初に飾ってある。山種にある小林古径の‘闘草’を彷彿とさせる絵をこの年で描くのだから、その技量はとびぬけている。拙ブログ07/9/5で紹介した‘伊勢物語’との再会を楽しんだあと、東博にある‘京の舞妓’(06/4/5)の前でしばらくいた。

いつも釘付けになるのが目の覚めるような青い着物の染めの絞り目と畳の目の質感表現。普通の集中力ではとうていこのような超写実的な細密描写はできない。感心するといったレベルを超えて、神業的な絵を見ている感じ。これに対し、最後のほうに飾ってある横向きの芸者を描いた‘女二題’(福島県美)は随分画風が変わり、小倉遊亀とか伊東深水が描く女性画に似ている。

花の絵はあれもこれも心に響く。金地の屏風に描かれた上の‘菊花図’(四曲一双の左隻)の前では思わず、‘うわっ!’と声が出た。油絵風の色遣いで赤、うす青、黄色の菊が細密に描かれている。真ん中の‘向日葵’も目を楽しませてくれる。ひまわりというとゴッホの絵にぞっこんなのだが、山口蓬春の向日葵(06/12/14)も大変気に入っていた。今回これに御舟の向日葵が加わった。日本の洋画家の描くひまわりに好きなのがあってもおかしくないのに、なぜか日本画家のひまわりに魅せられる。

ひまわりの絵は西洋絵画の静物画といって変わりないが、日本画の画材でこれほど質感描写ができるのかとびっくりするのが柘榴や西瓜(07/8/12)の絵。そして、下の‘寒鳩寒雀’にみられる鳥の羽根の描写も見事!小さい頃、空気銃を持った若いお兄さんが死んだ雀を何羽もこの絵のようにひもでむすんで腰からぶら下げていたのを思い出した。

並みの画家なら死んだ鳥なんて描かない。でも、御舟は目に心地いい対象だけでなく、死んでいる鳥のような醜いものも一緒にみて、実在のなかから新しい美をさぐろうとした。やはり、すごい画家である。

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2008.10.03

正木美術館名品展 禅・茶・花

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新橋にある東京美術倶楽部では現在、大阪の正木美術館の名品を展示した特別展‘禅・茶・花’(9/23~10/12)が開かれている。

この美術館は訪問したことはないが、室町時代に描かれた水墨画の名品があることは前から知っていた。開館して40年になるそうで、館外でそのコレクションが公開されるのははじめてらしい。大阪に出かけずに見られるのだから、これはラッキー!

展示品は書、やきもの、絵画など70点。どれも味わい深いものばかりで、これらをみればコレクター、正木孝之氏(1895~1985)が一級のコレクターだったことはすぐわかる。小野道風筆 ‘三体白氏詩巻’(国宝)などの書や墨蹟は例によって、書の雰囲気を感じる程度の鑑賞。やきものの収穫は本阿弥光悦の‘飴釉赤茶碗 銘園城’。形や深い飴釉の色は同種の‘銘紙屋’(東博の大琳派展に展示)によく似ている。

お目当ての水墨画でこれまで見たことのあるのは2点しかない。その一つが如拙の上の‘墨梅図’(重文、部分、室町時代)。思わず見とれてしまうのが梅の枝のフォルム。画面の上から下にむかってのびる梅の枝は緩やかに湾曲しているのに対して、下に見える梅は細い枝が上や斜めにまっすぐのびている。枝の見事な曲線美に加え、心を打つのが実に丁寧に描かれた白梅の花びら。今回、同じような墨梅図が3点一緒に飾られている。

真ん中の能阿弥の‘蓮図’も館自慢の名品。右上は大きく余白をとり、左におおぶりな蓮をトリミングしながらまとめる構成にとても魅了される。じっとみていると宗達の‘蓮池水禽図’(国宝、京博)が頭をよぎった。山水画で追っかけリストに入れていたのが大徳寺を拠点にした画僧文清が描いた下の‘湖山図’(重文)。

室町時代の禅僧たちは中国の浙江省にある西湖の風景に憧れていたから、この湖を西湖に見立てて感動したという。手前の安定感のある形をした松の下に、これから橋を渡ろうとしている男がいるが、小さいので単眼鏡でないと見逃してしまう。隣にある岳翁の‘春景山水図’もなかなかいい。角々した岩山の間から流れ落ちる瀧や霞のかかる広々とした遠景を時間がたつのも忘れて眺めていた。

後期(10/2~12)には、以前あった雪村の回顧展で見逃した‘瀟湘八景図巻’が展示されるので、再度出かけることにした。

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2008.10.02

東博浮世絵エンターテイメント! 春信・清長・北斎

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定番の東博浮世絵エンターテイメント!は現在展示中(9/23~10/19)の中から鈴木春信、鳥居清長、葛飾北斎をセレクトした。

★春信 ‘浮世美人寄花 山城屋内はついと 萩’(上の画像)
★清長 ‘品川座敷の遊興’(真ん中)
★北斎 ‘黄鳥 長春’(下)

5点ある春信でははじめて見る2点に感激した。‘浮世美人花寄・娘風’は睦まじい男女の気分を演出する華やいだ色合いの花々にとても惹きつけられる。‘調布玉川 定家’には参った!玉川で水洗いしている布が水面に沈む様子や作業をしている女や男の子の水に漬かった足の描写が見事。水面のさざ波に合わせて、水中の布や足もゆらゆらしている感じ。

‘山城屋はついと 萩’を最初みたとき、そのシュールさに唖然とした。掛け軸に描かれた猿は萩の花のように美しい遊女に恋して、長い手にもった文を渡そうとしている。‘猿が絵の中から飛び出してくる?春信はシュルレアリスト!?’と錯覚しそうになるほど発想がユニーク。‘あら、なにかしら?’と萩の葉をデザインした打掛を着たはついとはお付きの禿(かむろ)の帯を締めながら横の文をみている。

清長は2点ある。ワイド画面の‘品川座敷の遊興’(3枚続)は2,3年前にもここで見たような気がする。真ん中でお面をつけて踊っている二人をみて、まわりの女たちは楽しそうにゲラゲラ笑っている。こんな大盛り上がりの宴席ならタイムスリップして同席したい気分になる。現代アーティストの山口晃なら、ちょび髭を生やした中小企業の社長さんをこのなかに一緒に描くかもしれない。

東博はこの絵のほかに‘飛鳥山の花見’とか‘吉原歓々楼遊興’といった3枚続の名品を所蔵している。‘飛鳥山の花見’は千葉市美の‘鳥居清長展’(07年)に出品されたが、まだ平常展には登場してない。来春あたりは展示されるかも?

北斎の花鳥画、‘鶺鴒 藤’(せきれい ふじ)と下の‘黄鳥 長春’(こうちょう ばら)を息を呑んで見ていた。‘黄鳥 長春’は背景の白とうす青の色面、黄色い鳥、赤のバラが目を楽しませてくれる。そして、絶妙に配置されたバラの枝に正面向きの鳥をとまらせる構成がすばらしい。

今回の特筆ものは窪俊満の‘六玉川’シリーズ3点。これまでみた俊満の絵のなかでは一番いいのに出会ったという印象を強くもった。見てのお楽しみ!

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2008.10.01

東博表慶館のスリランカ展

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東博表慶館で行なわれている‘スリランカ展’(9/17~11/30)に対する期待値は普通だったが、目を奪われる仏像や宝飾品などが結構あったので大きな満足が得られた。

日本以外の国にある仏像を見るのは3年前の‘大アンコールワット展’(そごう美、拙ブログ05/11/4)以来だから、最初はまだ目が慣れてないのに、入館していきなり立派な‘如来坐像’(上の画像、9世紀、銅造鍍金)が出迎えてくれた。先へ進んでいくとほかにも同じ姿の‘如来坐像’が7、8点展示してあるが、これが群をぬいてよかった。

同じく9世紀につくられた真ん中の‘観音菩薩坐像’が息を呑むほどすばらしい!これはチラシに使われていたから期待していたが、これほど魅了されるとは思わなかった。観心寺にある‘如意輪観音坐像’(国宝)のように右膝を立て、体をひねるポーズにとても惹きつけられる。ぐるっとまわってみると、そのフォルムはどの角度からでも美しくみえる。スリランカの国宝であることはまちがいない。

お宝はこれくらいかなと思っていたら、思わず足がとまるものがまだまだあった。‘観音菩薩坐像’同様、時間をかけてじっくりみたのが下の‘シヴァ・ナタラージャ像’(12世紀)。これはシヴァ神が踊っている姿。03年の森美開館記念展‘ハピネス’で970年頃南インドでつくられた同じタイプのものを見てその形に大変魅せられたから、今回も食い入るように見た。

火炎輪を背にして左足をあげて踊っている姿は動感にあふれている。手は4本あり、後ろの右手に持っているのは両面太鼓で、左手に持っているのは鉾。頭の文様は小さな噴水。ヒマラヤ山脈から流れ出るガンジス川の水を表す。顔のまわりからのびているのは首を持ち上げたコブラ。

神話によると、森に住む異教徒の聖者はシヴァ神を呪文で殺そうとした。まず、火の中から虎をだしてみたが、シヴァ神は簡単にやっつけ、虎の皮を腰に巻く。じゃー、大蛇ではどうだとしかけるが、これも難なく殺し、首に巻いてしまう。最後に悪魔をだしたところでどうにもならない。シヴァ神が右足で踏みつけているのがこの悪魔。

18~19世紀ごろの‘仏涅槃像’では細い線で表わされた流れるような衣文の襞に目が点になった。こういう細工ができるスリランカ人の高い技量と美意識に脱帽である。宝飾品の見どころは象牙でつくったものと剣。とくに剣は見てのお楽しみ!

スリランカを旅行することはないだろうから、ここでコロンボ国立博物館などが所蔵する名品を見れたことを心から喜んでいる。

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