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2008.09.21

出光美の近代日本の巨匠たち展 その一

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出光美の所蔵品による‘近代日本の巨匠たち展’(9/6~10/26)へ出かけたのはチラシに使われている上村松園の‘灯’(上の画像)と小杉放庵の‘山中秋意’(下)を見るためだったが、ほかにもサプライズがあり、見終わるといつものように満ち足りた気分になった。

上村松園の美人画が出光美にあってもおかしくはないが、この‘灯’はとびっきりいい絵なので唖然とする。これは02年に購入した‘週刊 日本の美をめぐる 上村松園と美人画の系譜’に載っていたから、存在自体は知っていたが、このときは個人蔵となっていた。で、いつかお目にかかりたいなと願っていたら、なんと出光の展覧会のチラシに突如姿を現した。‘ええー!いつ出光はこれを手に入れたの?’これほどの名画だと○千万円では買えないだろう。だぶん○億円。

松園の美人画には見てて安定感のいい上半身を描いた名画がいくつかある。お気に入りベスト3は‘灯’、05年の‘上村松園展’(山種美)にも出品された‘つれづれ’(拙ブログ05/10/24)、松伯美の‘鼓の音’。‘灯’では視線は顔と同時に手に持っているろうそくにいく。燭台と手が全部描かれてないので、自然とろうそくの丸い炎に目がいくのである。まったくよく考えられた構成。美しい線描と巧みな構成、いっぺんに惚れてしまった。

この絵の隣に展示してある平櫛田中の‘張果像’も大収穫。ここ数年、田中の木彫は心の中をかなり占領しているから、こういう作品に遭遇すると嬉しくなる。中国、唐代の仙人、張果がじっと見ているのは瓢箪から頭をちょこっと出している白驢(白いロバ)。この姿が実にいい。

‘瓢箪から駒’は張果と白驢の話からきている。張果は驢に跨り一日に数万里行き、休憩するときは驢を瓢箪に納め、また動きだすときはここから出したという。単純な疑問はなぜ、瓢箪のなかに驢を入れるの?近くの木に縄をくくりつつけておけばいいのでは。賊に驢を盗まれるのを避けるためだろうか?

上村松園とともにお目当てだった小杉放庵の‘山中秋意’をじっくりみた。これは近代日本画のバイブルにしている‘昭和の日本画100選展’図録(89年、朝日新聞社)に入っている絵なので、ずっと対面を待っていたが、ようやく思いの丈を叶えることができた。画面いっぱいに紅葉を意匠的な造形で描き、真ん中の枝に山鳥をとまらせている。輪郭を少しぼかし、墨をにじませる南画的な作風は‘対決ー巨匠たちの日本美術’に出品された蕪村の‘鳶烏図’(7/11)に通じるものがある。

放庵作品は全部で8点あるが、2年前ここで見た‘天のうずめの命’(06/11/22)と似たポーズをとっている‘金時遊行’も目を楽しませてくれる。出光コレクションと日光の記念館にある代表作を見たから、これで放庵は終了。

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