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2008.09.30

ジョットとその遺産展

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現在、新宿の損保ジャパン美で‘ジョットとその遺産展’(9/13~11/9)が行われている。日本にいてジョットの絵がみれるなんて滅多にないから見逃すわけにはいかない。4点ある(うち1点はステンドグラス)。

★聖母子:フィレンツェ、サント・ステーファノ・アル・ポンテ聖堂美(上の画像)
★聖母子:フィレンツェ、サン・ロレンツォ教区聖堂(真ん中)
★嘆きの聖母:フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂美(下)

上の‘聖母子’は画集に載っているジョットの初期の作品で、アッシジにある壁画連作‘聖フランシスコの生涯28場面’(拙ブログ06/5/14)と同じ時期に制作された。聖母の表情がちょっと硬い感じだが、衣服の青や後ろの赤の鮮やかない色合い、丁寧な文様描写にとても惹きつけられる。こういう名画が東京で鑑賞できるのだから、本当に日本は美術大国。真ん中の聖母子は左のほうに描かれたキリストがごっそり消えている。残った聖母の顔の描き方は上とほぼ同じ。

ジョットの代表作の一つ‘聖フランシスコの死’があるサンタ・クローチェ聖堂は訪問したことがあるから、‘嘆きの聖母’は見たのかもしれないが、記憶にない。ジョットの作品でびっくりするのが悲しみの表現力。‘聖フランシスコの死’に描かれた聖人の死を悼む修道士たちの涙も心を打つが、この聖母のみせるとても人間的な悲しみの表情にもにジーンとくる。

この‘嘆きの聖母’をみると、どうしようもなくパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂にある‘キリストの生涯’の‘哀悼’の場面を見たくなる。死んだキリストを抱きかかえ絶望的な顔をしている聖母やその上でこれ以上の悲しみはないといわんばかりに体をのけぞらしたり、嘆き叫んでいる天使たちを図版でみているだけでも、深い悲しみが伝わってくる。

ジョットのほかに後継者たちの祭壇画などが30点くらいあったが、これらはさっとみて終りにした。ジョットの4点でOKという展覧会であった。

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2008.09.29

ティツィアーノ、カラヴァッジョ、クールベの官能的すぎる女性画!

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本日取り上げるのは象徴派やクリムト以外の作品で心がざわざわする女性画。大げさに言うとMy究極の官能的女性画。

★ティツィアーノの‘ダナエ’: プラド美(上の画像)
★カラヴァッジョの‘マグダラのマリアの法悦’: ローマ、個人蔵(真ん中)
★クールベの‘眠る女たち’: パリ、プティ・パレ美(下)

西洋の古典絵画を鑑賞していると、ヴィーナスをはじめとする裸婦図に数多く遭遇するが、気持が異常に興奮するようなことはない。でも、ヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノが描いた‘ダナエ’だけは例外で、見てると自然に心拍数が上がる。

プラド美の鑑賞記でも書いたが(拙ブログ07/3/23)、こんな時代によくこれほど官能的に描けたなと感心する。右に醜い老婆がいるからダナエの美しさ、艶っぽさが余計に引き立つ。ルネサンス期に描かれた女性像でエロティシズムを感じさせるのはこの‘ダナエ’とクリヴェリが描く聖女。これが官能女性画の1号ではないかと思っている。

‘マグダラのマリアの法悦’の恍惚とした表情はそれこそ生唾もの。岡崎市美術博物館であった‘カラヴァッジョ展’(01年)におけるこの絵との対面は本当に衝撃的だった。‘カラヴァッジョは凄い、凄すぎる!’と心のなかで何度もつぶやいていた。以来、これを官能女性画のNo.1にしている。

バロック美術には恍惚さではこれと同じくらい心臓がバクバクするのがもう二つある。それはベルニーニの彫刻、‘聖女テレジアの法悦’(05/5/22)と‘福女ルドヴィカ・アルベトーニ’(06/5/18)。

近代のクールベ作品にも官能的すぎる絵があることを1月パリでみた大回顧展で実感した。クノップフやクリムトの描く女性像にもクラクラするが、衣服を着ていたり、図案化された装飾的な文様も一緒に描かれているので、その官能性は神秘的、夢想的なイメージにつつまれている。これに対し、クールベは女性を肌の匂いが感じとれるように写実的に描いているので、すごく近づきやすく、そして見る者を興奮させる。

同性愛を描いた‘眠る女たち’はあけすけに官能的な美術を鑑賞することに熱をあげていたトルコ人パトロン(オスマン・トルコのパリ駐在大使)の依頼によるもの。‘女とオウム’(メトロポリタン、2/23)もかなりエロティックだが、‘眠る女たちは’はもっと激しい。

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2008.09.28

日本画にみる妖しい美人画!

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西洋画でも日本画でも女性を描いた絵をみるのが絵画鑑賞における大きな楽しみだから、これまで感動したり、印象深かった作品は頻繁に図版を眺めている。クノップフ、クリムトの心をざわざわさせる女性像を取り上げたので、日本画の妖しい美人画も並べてみたい思う。数は少ないがあることはある。

象徴派では、クノップフのほかにも、ロップス、デルヴィル、シュトゥックらは神秘的なエロティシズムを強烈に発している女性とか冷ややかでぬめっとした空気につつまれた想像上の女などを描いているが、なかにはあまり長く見てられない絵もある。これに対し、次の3点は絵の完成度が高く、心のざわざわ感が静かにしばらく続くといった感じの絵。

★上村松園の‘焔’: 東博(上の画像)
★鏑木清方の‘遊女’: 横浜美(真ん中)
★鏑木清方の‘妖魚’: 福富太郎コレクション(下)

‘焔’(拙ブログ07/5/29)はあの上村松園がこんな凄絶な絵を描いたの?と誰しも戸惑うに違いない。後れ毛をおはぐろをつけた歯で食いしばっている姿をみると、六条御息所は燃えさかる嫉妬の思いで体が震えんばかりだということが容易にわかる。感情のなかで最も激しい嫉妬をこれほど迫真的に描く松園の感性は本当にすごい。

‘遊女’は昨年、鎌倉の鏑木清方記念館で対面した。これは清方美人画のなかで最も妖しげなエロティシズムが漂っている作品で、火鉢に肘をついている遊女にクラクラっときた。胸をすこしはだけ、いかにも遊女の仕草だが、浮世絵の菊川英山や弟子の渓斎英泉が描いたデカタンス美人とちがって、肌は白く顔は美形なので、いつまでもこの絵の前にいたくなる。

‘焔’とこの‘遊女’は同じ年(大正7年)に描かれており、2年後に清方はこれまた妖艶な‘妖魚’を描いた。3年くらい前、東近美であった‘日本のアール・ヌーボー展’ではじめて‘妖魚’(六曲一双屏風)を見たとき、びっくり仰天した!‘ええー、これ清方の作品!?’豊満な体に長い黒髪がまきつくように垂れ下がる官能表現にまったく声がでなかった。

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2008.09.27

もっと見たいクリムトの女性画!

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西洋画家のなかには、画集に載っている作品は全部みたいと思うほど惚れこんでいる画家がいる。クリムトもそのひとり。とにかくこの画家の絵に200%魅せられている。

最近は日本でクリムトの主要作品を展示する展覧会をみかけなくなったが、一時期エゴン・シーレとセットでいい作品が度々海外からやってきた。こうした特別展の鑑賞に加え、ウィーンのベルヴェデーレにあるオーストリア美術館とか分離派館の訪問により‘接吻’、‘ベートーベン・フリーズ’など代表作の7割くらいを眼の中におさめてきた。

でも、残りのなかにクリムト全作品中、見たい度上位の絵があるので、満ち足りた気分にはなっていない。そのなんとしても見たい絵は次の4点。図版をみてるだけで心がざわざわし、心拍数があがってくる。

★ダナエ: 個人蔵(拙ブログ0611/5)
★金魚: スイス、ゾロトゥルン美(上の画像)
★ユーディットⅡ: ヴェネツィア、近代美術館(真ん中)
★水蛇Ⅱ: 個人蔵(下)

西洋画の女性像のなかでもっともエロティシズムを感じるのが‘ダナエ’と‘金魚’。個人蔵の‘ダナエ’を見れる確率はとても低いが、巨大な金魚にびっくりし、大きなお尻をした女の怪しげな目に心臓がバクバクするする‘金魚’はスイスの美術館の所蔵だから、その気になれば会える。だが、一度訪問したことのあるベルンとバーゼルのちょうど中間くらいのところにあるソロトゥルンへ行くのは心理的にはかなりしんどい。

1989年、セゾン美であった‘ウィーン世紀末展’に展示された‘ユーディットⅠ’より‘ユーディットⅡ’のほうが気に入っている。痩せたユーディットが骨ばった指で目を閉じたホロフェルネスの髪の毛をつかんでいる。なんとも不気味で恐怖心を覚える絵。細身のユーディットだけによけいに凄味を感じ、‘女を軽く見ると、このホロフェルネスのような目にあうわよ!’の声が聞こえてきそう。‘ハイ、重々わかっております’。

画面構成が少しゴチャゴチャした感じの‘水蛇Ⅰ’に対し、‘水蛇Ⅱ’ではうつぶせになった横向きの裸婦がとてもきれいに描かれ、その官能的な姿態が体のまわりに施された装飾文様によりいっそう引き立てられている。この絵も個人蔵だから、お目にかかるのは無理だろう。ミューズの優しい御心におすがりするほかない。

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2008.09.25

気になるクノップフの女性画!

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先週土曜にあったTV東京の‘美の巨人たち・クノップフ’を興味深くみた。代表作の‘愛撫’(拙ブログ05/4/23)を100%取り上げると思っていたが、この絵ではなく‘メモリー・芝生のテニス’(上の画像)のほうだった。3年前、ベルギー王立美を訪問したとき、どちらもみることができた。

クノップフの絵の印象を言葉で表現するのはなかなかしんどい。見てて不思議な感覚におそわれる絵というのはそう多くあるわけではないから、‘芝生のテニス’は長く心のなかにとどまっている。番組では得意の‘語り’でこの絵の謎解き、すなわちクノップフがこれをどういう風に描いたのか、そして何を表現したかったのかについて、ズバッと切り込んでくる。

この絵に描かれている7人の女性は最初、別の人物と思って誰しも見るが、そのうち皆同じ顔をしていることに気づく。と同時に、皆視線を合わさず違った方向をみていることもわかる。日本の‘伴大納言絵巻’の子供の喧嘩の場面で、ひとりの子供の動きを連続的に描く‘異時同図’がみられるが、これは画面のなかで時間の推移を表している。

これに対し、テニスのラケットを持っている女性は皆違う服装を着ているから、時間が連続しているというイメージではない。これは現代アートでいうと、同じ人物を異なるシチュエーションにおき、その百面相的な姿や表情を切り取って貼り付けたコラージュ作品のようなもの。

クノップフは妹のマルグリットにモデルになってもらい、写真をとり、それをもとに本作を制作したようだ。ただ、左端手前の女性はラケットをもっておらず、スケッチも写真もない。この女性は2年前の妹の肖像画をベースにここでは違うポーズで描かれている。元になったいかにも純潔の女性を思わせる肖像画は当時、どういうわけか展示されてなかったが、いまから思うと惜しいことをした。

クノップフ作品に関心をもつきっかけとなったのは96年、Bunkamuraで開催された‘象徴派展’。ここで真ん中の絵、‘私を解き放してくれる者は誰れ?’と衝撃的な出会いをした。心がざわざわしてくる魔性のまなざしに体が凍りつく感じだった。

もう一枚、同じ感覚にとらわれる絵がある。下の‘私は私自身に扉を閉ざす’(ミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク)。まだ、お目にかかってないが、追っかけ西洋画のなかでは上位にリストアップしている作品だから、なんとしても見たい!

Bunkamuraが象徴派展をまた別の視点から企画し、この絵が展示されることを勝手に妄想していたい。

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2008.09.24

王監督退任で監督の世代交代が進む!?

56ソフトバンクの王監督が退任を表明した。

体調の問題もあって指揮をとるのは今年が最後かなと思っていたが、やはりそれが現実のものになった。

王さんはもう14年もダイエー、ソフトバンクの監督をしていた。これだけ長く同じチームを率いた監督はほかにいない。

弱体チームを毎年優勝を争う強いチームにしただけでなく、パリーグ全体の人気向上に果たした王監督の貢献は計り知れないくらい大きいものがある。拍手々!

長嶋さんと同じく、日本一に2度輝いたし、06年のWBCでも日本を優勝に導いた。チームが絶頂期にあったのが03年~05年。03年は阪神を破り日本シリーズを制したが、04、05年はシーズン首位で終わりながら新たに導入されたプレーオフで敗退し、日本シリーズに進めなかった。

このときチームは最強バッターの松中や安定したエース斎藤を中心に他のチームを寄せつけなかった。ところが、2位と3位の勝者と戦うまで実戦から遠ざかったため、打線がクールダウンし、あえなく西武とロッテに負けてしまった。王監督はさぞかし悔しい思いをしたことだろう。このことは拙ブログ(05/10/19)に書いた。

王さんがユニフォームをぬぐことになり、これから監督の世代交代が進むだろうし、監督の役割についての考え方も変わってくると思う。セパの上位チームと下位チームの監督の年齢をみると、それを確実に予感させる。

<セリーグ>
巨人 原(50歳)
阪神 岡田(50) 
広島 ブラウン(45)
中日 落合(54)
ヤクルト 高田(63) 
横浜 大矢(60)

<パリーグ>
西武 渡辺(43歳)
オリックス 大石(49)
日本ハム 梨田(55)
ロッテ バレンタイン(58)
ソフトバンク 王(68)
楽天 野村(73)

勝負事は監督および選手全体のパワー、エネルギーの総量が相手より上回っていなければ勝てない。選手は指揮官の体からでてくる元気さにすごく敏感。もちろん、熟成された監督術もチームの勝利に必要だが、あまり年をとった人が監督をやると元気のなさのマイナス面のほうが強くでてしまう。また、若い選手とのコミュニケーションもなかなかとりにくくなる。だから、監督のつとまる年齢はせいぜい65歳くらいまでだろう。

年齢とともに大事なことがある。それは監督の人格。どの組織でもリーダーの人格というのはとても大事。日本では大リーグと違って監督はものすごく偉い存在。この偉さを選手やコーチに感じさせないでやっている監督が率いるチームはだいたいうまくいく。逆に威張っている監督のいるところは安定して勝てない。監督然としてコーチや選手のことをあまり考えない監督はチームの成績をみるとおよそ察しがつく。

西武の渡辺監督は最年少の43歳である。前任の元名捕手だった伊東は西武のエリートとして育てられたから、若いのにすごく威張っていた。チームが弱くなったのはズバリ、監督のせい。今年、西武が生まれ変わったように強いのは苦労人の渡辺監督が選手にのびのびプレーさせているからだし、2位につけているオリックスも途中から交代した大石監督が選手に信頼されていることが大きい。

巨人の原監督もうまくチームを率いている。ついに阪神をとらえ、首位になったが、この勢いでいくとCSも勝つような気がする。野村監督に‘馬っ鹿じゃなかろかルンバ’とコメントされたのが逆によかったかもしれない。人間、馬鹿にされたり苦労すると、反省もし、また歯をくいしばって頑張る。きっちり仕事をする主砲ラミネスの打撃力と原監督のあの笑顔がチームを活気づけた。

阪神の岡田監督をちょっと買いかぶりすぎていた。昨年低迷したとき、岡田が監督然としすぎで、コーチの意見に耳をかさないのが原因ではないかと思っていたが、どうやらこれが当たっていた。2位を最大13ゲームも離していて、このザマでは監督の能力はないと思ったほうがいい。少しキツイ言い方だが。CSで巨人に敗れたら責任をとって監督をやめるべきである。頑固で威張り体質の監督のもとではチームは強くならない。そのことは弱くなった落合中日で証明済み。

6月の時点で中日はいずれ巨人に抜かれると書いたが、このままでは広島に3位の座を奪われそう。‘敗戦を悔しがることもしない’と落合は選手をなじっていたが、監督がこんな言い方をするのは選手との関係が末期的な状態になっているからだろう。本来なら責任とって辞めるのが筋なのに、中日首脳は落合とまた契約するという。これもどうかしている。選手、コーチの心が監督から離れているのにこれが見えないのだから中日新聞もたいしたことはない。

もう、星野のように‘オリンピックに出たいのか出たくないのか?よーしわかった’とやたら気合いで選手を起用したり、攻めずに守りの采配する男とか、落合や岡田や伊東のように‘俺は監督だ!’といばり散らすような人物が監督をやるような時代ではない。多くの野球ファンは球場へ行くと若くて有能な監督の下、選手がプロらしいすばらしいプレーを見せてくれることを期待している。王監督だって‘今は監督が前面にでる時代ではない!’と言っているではないか。

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2008.09.23

練馬区美の高山辰雄展

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現在、練馬区美で開かれている‘高山辰雄展’(前期9/13~10/5、後期10/11~
11/3)を見た。昨年9月、95歳で亡くなった日本画家、高山辰雄はよく日曜美術館にゲスト解説で出演していたので、顔はよく知っている。でも、回顧展に縁がなかったから、画業全体が見えず、これまで鑑賞した作品は両手くらいしかない。

一番慣れ親しんでいるのは東近美の平常展示で定期的にお目にかかる‘いだく’(後期展示)。また、たまに見る‘穹’とか‘北国’(後期)も印象に残っている。

今回は前後期で作品がだいぶ入れ替わり全部で105点展示される。前期は68点(うち30点は通期展示)。人物画でも風景画でも、この画家の描く絵はすごく静謐で神秘的な空気に包まれている。だから、こういう画風の絵がいくつも並んでいるのかなと想像していた。が、展示の前半はまだ複雑なマチエールをもった絵は登場せず、鮮やかな色で平面的に描かれた女性像が多くみられる。

‘高山辰雄は結構カラリストだな’と思いながら進んでいると、ハッとする大きな屏風、‘朝’と‘夕’が現れた。これをみたら絵の好きな方なら誰でもすぐゴーギャンの傑作‘われらは何処から来たのか、われらは何者か、われらは何処へ行くのか’(拙ブログ4/23)を思い浮かべるにちがいない。上はなぜか‘朝’より明るく描かれている‘夕’(右隻)。

母親も女の子も手の描き方が独特。女の子はそんなに手首が曲がるの?というくらいやわらかく曲げているし、母親の方は腹のあたりで交差させている。ともに量感のある体ではなく、子供の絵描きノートに人間のシールを貼ったような感じ。

2階会場の入って2番目と3番目の部屋に飾ってある作品にとても魅了された。心を打つ女性画がいくつもある。背景の土色と同じ色で描かれた猫と少女の顔を無理やり正面にむけているように見える‘少女’(通期)、最も魅了された真ん中の‘青衣の少女’、暗い部屋のなかで幻想的な美を漂わせている女に体がとろけそうになる‘白い襟のある’、うす青の羽をした鳥が少女の手にとまっている‘鳥と’。

‘いだく’のほかにもグッとくる女性像がこんなにあったのか!というのが率直な印象。これまで高山辰雄に対する好み度は中くらいだったが、心の深いところでやわらかくつつかれる感じがするこれらの作品を見て、評価は一気に特Aに変わった。

下の絵はいくつかある風景画のなかで一番長くみていた‘燈’。こんな山奥にも人間が住んでいるのだなと思わせる光景が大きな縦長の画面に描かれている。田んぼの向こうにある家の明かりを幽玄的にみせる緑と霞がかかったようなマチエールを吸い込まれるように眺めていた。

こんな立派な回顧展が500円で鑑賞できるのである。感謝々。後期も期待して出かけることにした。

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2008.09.22

近代日本の巨匠たち展 その二

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この展覧会には板谷波山のやきものが19点出品されている。ある程度期待していたが、予想を上回る数だった。出光のつとに有名な波山コレクションのなかから、名品がずらっと並ぶとさすがに気分が高揚する。波山がこれだけ多く展示されたのは何年か前にあった回顧展以来ではなかろうか。

今回、近代工芸のパイオニアとして波山と一緒に富本憲吉作品も11点展示してある。これらは2年前、松下電工ミュージアムであった‘富本憲吉のデザイン空間展’で皆お目にかかった。そのとき‘流石、出光。富本作品もきっちり集めているな!’と感心した‘色絵金銀彩羊歯模様角瓶&大飾皿’と‘色絵四弁花文菓子皿’と再会できたのはラッキーであった。冨本憲吉とか板谷波山のやきものはすでに見ているものでも、また会えただけで感激する。

目の前にある波山作品も大半が鑑賞体験があるもの。波山の高い技量と豊かな美意識がそのかたち、デザイン、色彩に現れた名品揃いなので、どれを紹介したらいいか迷う。上は見ごたえのある大作‘葆光彩磁鸚鵡唐草彫嵌模様花瓶’。器面の真ん中にまわりを大ぶりな唐草文にかこまれた鸚鵡が羽を広げている。鸚鵡が羽を広げる文様はあまりみないが、波山は丸い花瓶の形にあわせて独自の鸚鵡文様を創造したのであろう。

この花瓶の青の地も鮮やかだが、これよりもっと惹きつけられるのが真ん中の‘彩磁延寿文花瓶’。目の覚めるような青が美しい桃をいっそう引き立てている。言葉を失う名品である。この二つの花瓶の文様モティーフが東洋の伝統的な吉祥文であるのに対し、下の‘彩磁桔梗文水差’では大きく描かれた花弁の間にデザイン化された桔梗をリズミカルに配している。波山独特の淡い品のある紫の花をうっとりしてみていた。波山は81歳になってもまだこんなみずみずしい作品を生み出すのだから恐れ入る。

これと同じくらい感激するのがアールヌーボーの香りが漂う‘葆光彩磁草花文花瓶’。いくつかヴァージョンがあり、茨城県陶芸美でもほど同じものをみた(拙ブログ05/10/21)。

長年波山を追っかけているから、美術本に載っている代表作はほとんど鑑賞した。ご参考までに波山作品を所蔵している美術館(出光美以外)をあげてみた。

★茨城県陶磁美:彩磁八手葉花瓶、葆光彩磁葡萄文様花瓶など。常設展示室に波山コーナーがある。
★敦井美:彩磁禽果文花瓶(重文)、葆光彩磁花卉文壺など。数は出光美についで多い。敦井美は新潟駅前にある。(住所)新潟市東大通1丁目北陸ビル(ガスビル)
★MOA:葆光彩磁和合文様花瓶、彩磁椿花香炉など。年に1,2回展示。
★泉屋博古館:葆光彩磁珍果文花瓶(重文)、彩磁更紗花鳥文花瓶、葆光彩磁葡萄唐草文花瓶など。最高傑作と言われている‘珍果文花瓶’は年に1回くらいは東京の分館でも展示される。

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2008.09.21

出光美の近代日本の巨匠たち展 その一

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出光美の所蔵品による‘近代日本の巨匠たち展’(9/6~10/26)へ出かけたのはチラシに使われている上村松園の‘灯’(上の画像)と小杉放庵の‘山中秋意’(下)を見るためだったが、ほかにもサプライズがあり、見終わるといつものように満ち足りた気分になった。

上村松園の美人画が出光美にあってもおかしくはないが、この‘灯’はとびっきりいい絵なので唖然とする。これは02年に購入した‘週刊 日本の美をめぐる 上村松園と美人画の系譜’に載っていたから、存在自体は知っていたが、このときは個人蔵となっていた。で、いつかお目にかかりたいなと願っていたら、なんと出光の展覧会のチラシに突如姿を現した。‘ええー!いつ出光はこれを手に入れたの?’これほどの名画だと○千万円では買えないだろう。だぶん○億円。

松園の美人画には見てて安定感のいい上半身を描いた名画がいくつかある。お気に入りベスト3は‘灯’、05年の‘上村松園展’(山種美)にも出品された‘つれづれ’(拙ブログ05/10/24)、松伯美の‘鼓の音’。‘灯’では視線は顔と同時に手に持っているろうそくにいく。燭台と手が全部描かれてないので、自然とろうそくの丸い炎に目がいくのである。まったくよく考えられた構成。美しい線描と巧みな構成、いっぺんに惚れてしまった。

この絵の隣に展示してある平櫛田中の‘張果像’も大収穫。ここ数年、田中の木彫は心の中をかなり占領しているから、こういう作品に遭遇すると嬉しくなる。中国、唐代の仙人、張果がじっと見ているのは瓢箪から頭をちょこっと出している白驢(白いロバ)。この姿が実にいい。

‘瓢箪から駒’は張果と白驢の話からきている。張果は驢に跨り一日に数万里行き、休憩するときは驢を瓢箪に納め、また動きだすときはここから出したという。単純な疑問はなぜ、瓢箪のなかに驢を入れるの?近くの木に縄をくくりつつけておけばいいのでは。賊に驢を盗まれるのを避けるためだろうか?

上村松園とともにお目当てだった小杉放庵の‘山中秋意’をじっくりみた。これは近代日本画のバイブルにしている‘昭和の日本画100選展’図録(89年、朝日新聞社)に入っている絵なので、ずっと対面を待っていたが、ようやく思いの丈を叶えることができた。画面いっぱいに紅葉を意匠的な造形で描き、真ん中の枝に山鳥をとまらせている。輪郭を少しぼかし、墨をにじませる南画的な作風は‘対決ー巨匠たちの日本美術’に出品された蕪村の‘鳶烏図’(7/11)に通じるものがある。

放庵作品は全部で8点あるが、2年前ここで見た‘天のうずめの命’(06/11/22)と似たポーズをとっている‘金時遊行’も目を楽しませてくれる。出光コレクションと日光の記念館にある代表作を見たから、これで放庵は終了。

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2008.09.20

百寿を超えて その二

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明治以降に活躍した女流日本画家で好きな画家は?と問われると、すぐ上村松園、小倉遊亀、片岡球子と答える。その遊亀と球子の絵が土牛と一緒に飾ってある。遊亀が5点、球子が6点と数は少ないが、山種が所蔵するベストのものが全部でているからとても楽しい。

二人の絵を見る機会はそれほど多くない。東近美で定期的に展示される遊亀の‘浴女その一、二’は印象深く体の中にインプットされているが、そのほかの花の絵などは山種でたまにみるくらいであり、球子の‘面構’シリーズや富士山の絵ともなかなか会えない。だから、わずかな数でも貴重な鑑賞体験である。

今回取り上げたのは大変気に入っている遊亀の‘舞う’(上の画像)、‘涼’(真ん中)、そして球子の‘むすめ’(下)。流石、山種はいい絵を所蔵している。‘舞う’は2点が一緒に並べてあり、これは左の‘舞妓’で、右は‘芸者’の舞。遊亀の描く女性は丸顔でちょっとえらがはっているのが特徴。誰かに似ている?!そう、安達裕美を舞妓に変身させたらきっとこんな感じになる。

コローの‘草地に横たわるアルジェリアの娘’(拙ブログ6/19)が不機嫌なときの安達裕美なら、この舞妓はあの子役のとき(今でもそうだが)のニコニコ顔の裕美ちゃん。安達裕美がとくに好きというのではないが、このすばらしい美人画を最初にみたとき、当時子役の裕美ちゃんをすぐ思い浮かべたから、そのイメージが体に沁みこんでいる。

今は彼女も結婚して子供もいる大人の女性なので、右の黒地の着物を着ている芸者のほうに似てきた。この‘舞う’を見るのは3度目くらいだったが、いつも爽快な気分になる。

真ん中の‘涼’のモデルは京都先斗町の老舗料亭の女将。旅先の旅館で女将が正座して挨拶する姿に感じ入ることが多い。旅館とか料亭で働く女性の当り前の作法とはいえ、この絵の女将のようにおもてなしの心が直に伝わってくる女性に接し、くつろぎのひと時を過ごせたらいいなと思う。

球子の絵は面構シリーズの‘北斎と馬琴がゆく’、‘鳥文斎栄之’など4点と‘むすめ’が2点。目を楽しませてくれるのが青の背景に描かれた卵型の白い顔がとても可愛い下の‘むすめ’。My好きな女性画の上位は鏑木清方の絵で占められているが、この絵もそれらに伍して存在感を発揮している。記憶に長くとどまる遊亀・球子の作品だった。

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2008.09.19

百寿を超えて 土牛・遊亀・球子展 その一

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日本画家のなかで長寿画家というとすぐ思い浮かべる奥村土牛(101歳)、小倉遊亀(105歳)、片岡球子(103歳)の作品を展示する‘百寿を超えて’(9/13~11/3)が今、山種美で開かれている。

三人の作品は均等というわけではなく土牛の絵が中心で、34点のなかには代表作がほとんど含まれている。土牛の名品の大半は山種にあるから、これをみれば土牛は当分パスできる。これまで紹介した‘醍醐’(拙ブログ06/3/15)、‘鳴門’(07/6/20)、‘那智’(06/7/25)も当然展示してある。

手元にある画集でまだ見てなかったものが、この回顧展に出品されるだろうと予想し、今年のはじめから対面を楽しみにしていたのが上の‘城’と下の‘聖牛’。この2点は4年も待たされたので感慨深い。

‘城’は姫路城を描いたものである。この城は一度訪問したことがあるが、下から見上げるとちょうどこんな感じにみえる。胡粉をたっぷり塗り重ねて描いた外観の白が美しく輝き、鼠色の屋根瓦で輪郭された角々の城の天守閣を浮き上がらせている。線と色面がうまく溶け合った期待通りの名画だった。

‘茶室’と姫路城の‘ろの門’を描いた‘門’も‘城’同様、対象を真正面からとらえ、空間や奥行きを表現した作品。四角の面と縦横の直線で構成された画面からは静かな空気と落ち着きのあるたたずまいがしみじみと伝わってくる。

真ん中の‘大和路’もお気に入りの絵。横から眺めた家の屋根や塀のシルエットがすっきりしていて、やわらかい土色が目にやさしい。時間がゆったり流れている大和路の光景をまさにみているような気になる。

下の‘聖牛’はインド牛の親子が量感豊かに描かれている。‘聖’のイメージを強く感じるのは胡粉の白が目にしみるほど美しいから。背景には何も描かず、この聖牛だけなのにグッと惹きこまれる。これまで見た牛の絵で印象の強さはこれは一番かもしれない。牛を愛している土牛だからこそ生まれた傑作といえよう。

ほかにも生き物を描いたいい絵がある。初見の‘鹿’、いつも鋭い目にドキッとする‘軍鶏’、3羽の鵜のひろげた羽が横につながった形がおもしろい‘鵜’。人物画は残念ながら大好きな‘舞妓’はお休みだったが、有名な‘踊り子’や丸顔の仏さんに心が和む‘浄心’を心ゆくまで見た。

今回、オヤッという絵に遭遇した。あの栃若時代の栃錦を描いた‘稽古’。相撲は野球とともに小さい頃から親しんでいるスポーツだから、体が自然に絵の前に寄っていく。相撲取りの絵は橋本明治が初代貴ノ花を描いたものを一度みたことがあるが、土牛が相撲好きだったとは知らなかった。これは大収穫。

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2008.09.18

ベルギーロイヤルコレクション展(後期) その四

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海外の美術館から北斎や広重の風景版画が出品されるときは代表作中の代表作とか、シリーズのなかでも斬新な構図で描かれたものが多い。しかも色合いがとびっきりいいので、もう夢中になって見てしまう。

北斎の‘冨嶽三十六景’は上の‘甲州石斑沢’(こうしゅうかじかざわ)、‘駿州片倉茶園ノ不二’、‘凱風快晴’の3点。図録にはお馴染みの‘神奈川沖浪裏’や‘山下白雨’が載っているから、次に巡回する高島屋京都店(09/1/7~1/19)か高島屋日本橋店(4/29~5/11)で展示されるのだろう。

‘石斑沢’を見るたびに感心するのが北斎の画面構成力。突き出した岩に立ち、網を打つ父親と網、後ろの子供で作る三角形が上の輪郭線でさっと描かれた富士山と相似形になっている。北斎は若い頃、円と角を使って万物を描く方法を研究したから、いろんなフォルムが瞬間的に閃くのだろう。

広重作品はどれもすばらしい。前後期で4点ある‘江戸高名会亭尽’は昨年サントリー美であった‘水と生きる展’でもみたが、摺りの状態はこちらのほうが断然いい。目に焼きつくのが‘今戸橋之図’や‘池之端’にみられる川や池の青の微妙な諧調。太田記念美が所蔵する最上クラスの‘江戸名所百景’や平木浮世絵財団の‘諸国六十余州旅景色’と遜色ないほど鮮やかなので、釘付けになってみた。

そして、驚愕の一枚が真ん中の‘東海道五拾三次之内 庄野・白雨’。この摺りはまったくすばらしい!これほど質の高い‘庄野’をみたのは03年の‘ホノルル美浮世絵名品展’以来。墨の色を変えて雨風になびく竹藪が重なりあうように描かれているところが心を揺すぶる。こういう一級の浮世絵をみると真に幸せな気分になる。

国芳の下の‘東都名所 かすみが関’は昔から大好きな絵。荷車を引いている男、顔の前で扇子をぱたぱたさせている右のお侍の様子をみると、むこうからの道は相当急な坂道であることがわかる。広重も‘江戸名所百景’のなかで画面の一部に人々が坂道を上ってくる場面を描いているが、この絵では遠近法を使い、広々とみせる空間いっぱいに坂道をイメージさせている。国芳の意表をつく構図も北斎、広重に負けず劣らずすごい。

来年4月、この展覧会が高島屋日本橋店に戻ってきたとき、図録に載っている国芳の‘相馬の古内裏’とか男たちの体によって人の顔がつくられている寄せ絵、‘人をばかにした人だ’などが入っているだろうか?いずれにせよもう一回このコレクションがみれるのは本当に有難い。これで来年の絵画鑑賞の楽しみがひとつ担保されたようなもの。

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2008.09.17

浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展(後期) その三

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太田記念美で開催されている‘浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展’(9/2~
9/28)は前期があっという間に終わり、今日から後期。お目当ては前期の印象が強い春信、国芳の‘金魚シリーズ’、そして歌麿の‘高名美人見たて忠臣蔵’。

今回の春信作品は本当に楽しい!後期は7点。そのなかで初見の‘娘を背負う奴’、‘洗濯’、上の‘五常 信’に足がとまった。‘奴’の後ろに流れる川の描き方は東博の‘見立菊慈童’と似ており、水の流れと同じような勢いで奴は娘を背負って駆けている。春信や師宣はどうしてこんなに動感表現が上手いのか!

‘洗濯’を見ていて、ドガの‘アイロンをかける女たち’(拙ブログ2/17)をふと思い出した。どちらの絵も普通の人々のなにげない日常生活のひとコマを描いている。ドガは浮世絵の構図や色彩だけでなく、題材も参考にしたのだろうか?

今、横浜美で行われている‘源氏物語の1000年展’に出ている春信の‘八景 石山秋月’と‘五常 信’は紫式部が琵琶湖を眺めている向きが右と左で違うだけで構成は基本的には同じ。嘘でない真実、誠実という意味の‘信’に石山寺で源氏物語を執筆する紫式部が使われたのはなぜ?二枚を比べてみると左向きの‘五常 信’のほうがどういうわけか落ち着いてみられる。

前期思わず笑った北斎の戯画、‘鳥羽絵’がまた2枚出ている。真ん中は‘出語’、前の舞台では体をうしろにそり返し大声でわめいている女に対し、後ろの男は口をつむんで不機嫌そうにしている。演じられているのは‘あんた、あの女と浮気したのね、悔しいー’、‘勝手に気をまわしやがって、知るもんか’といった夫婦喧嘩の場面だろうか?お囃子方の口の描き方が三者三様なのが面白い。

国芳の‘金魚’は3点。前期同様あまりのおもしろさに夢中になる。見てのお楽しみ!

歌麿の代名詞である美人大首絵のうち‘当時三美人’は消えたが、‘高島おひさ’と‘富本豊ひな’は最後まで展示されている。この3点は以前もう少し摺りのいいのを見たので今回は‘高名美人見たて忠臣蔵’(全部で12点、うち後期5点)に鑑賞エネルギーを集中させている。

下は構成を感心して見ていた‘十二段つづき 八だんめ’。二人の女のかぶる傘の黄色に魅せられるが、じっくりみるとおもしろいのが後ろの光景。前景の二人の大きさに比べると極端に小さく籠引きの男を中景の左端に描き、さらに遠くの人々は米粒くらいにし、その向こうの富士山はどーんと見栄えよく大きく描く。

歌麿は美人画でも風景画でもトンボや貝殻の絵でもなんでも描ける。天才というほかない。‘忠臣蔵’シリーズをこれだけ多くみられたのは大きな収穫だった。

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2008.09.16

大リーグ終盤戦 松坂17勝目!

34大リーグのレギュラーシーズンは残り
10数試合。各地区の優勝チームがだいたい決まり、ワイルドカード(2位の最高勝率)でプレーオフに進むチームも絞られてきた。

本日のレッドソックス対レイズの試合はレッドソックスが大勝し、松坂が17勝目をあげた。

これでレイズとレッドソックスは同率首位。岩村のいるレイズはここにきて緊張のためか疲れが出てきたためか、負けがこんでおり、最終的にはレッドソックスが逆転優勝するような気がしてきた。

松坂はあと2回登板の機会があるから、あと一つ勝って今シーズンは18勝2敗で終りになるのではなかろうか。昨年と比べ着実に進化し、レッドソックス投手陣の勝ち頭になった。防御率も2.93とすばらしい成績。最近故障から復活したエース、ベケット(12勝9敗、防御率も4.1)に代わり、プレーオフでも軸になる投手として活躍が期待される。

プレーオフになると地区を制したチームはワールドチャンピオンをめざして目の色を変えてギンギンに戦ってくる。こういう大試合で松坂がどれだけいいピッチングをしてくれるか今から楽しみである。

岩村は地区優勝するにせよワイルドカードにせよプレーオフに出られるのは確実だから、さぞかし嬉しいだろう。今年は本当によく頑張っている。リードオフマンとしてチームを引っ張り、勝利に貢献しているのは誰もが認めるところ。昨年レイズはいつもの最下位だったのに、今年は若手の投手陣が頑張り、あのヤンキース、レッドソックスの上をいくのだからまったくすごい。ひょっとすると大サプライズがあるかも?となると、岩村は昨年ロッキーズで大活躍した松井稼頭夫のような存在?最後まで頑張ってほしい。

ナリーグの注目は福留のいるカブスと黒田、斎藤のいるドジャース。カブスは2位に8ゲームの差をつけており、楽々中地区を制しそう。だが、福留はプレーオフで活躍の機会が与えられそうにない。春先はガンガン打った福留だが、最近はさっぱり打てないから、レギュラーから外されてしまった。

打率0.261、ホームラン9本、打点54点では代打に格下げされても文句は言えないだろう。チームはワールドチャンピオンを狙っており、調子の悪い福留はこれからの試合は代打か守備固めでの出場となる。もう開き直って、代打で出た時ガツンといくしかない。もともと勝負強い選手だから、それを期待して応援しよう。

トーリ監督率いるドジャースも西地区で優勝する可能性が高くなった。黒田は今日9勝目をあげたし、怪我で休んでいたリリーフの斎藤は復活した。黒田は二桁勝利にあと一つだから、気合いを入れなおして次回のピッチングもがんばってもらいたい。10勝して、その調子を維持してプレーオフへ進む。カブスとドジャースがリーグチャンピオンを争うことになると最高に面白いのだが。

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2008.09.15

もう一度見たいロセッティ、ウォーターハウス、サージェントの名画!

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1,3月の海外美術館巡りのあと、感動した作品を毎日3点ずつ紹介したが、ほかの画家とのバランスとかでいい絵なのに割愛したものがいくつかあった。3日前からラファエロ前派作品が続いているので、こぼれおちた名画のなかからこれらと響き合うとっておきの3点に急遽登場してもらった。

★ロセッティの‘ベアタ・ベアトリクス’: シカゴ美(上の画像)
★ウォーターハウスの‘レイディ・オブ・シャロット’: テート・ブリテン(真ん中)
★サージェントの‘マクベス夫人に扮するエレン・テリー’: テート・ブリテン(下)

テートのロセッティ作品では、一度みたことのある‘プロセルピーナ’より東京都美にやってこなかった‘ベアタ・ベアトリクス’(ラテン語の祝福されたベアトリーチェという意味)に期待していたのだが、どういうわけか‘プロセルピーナ’しかなかった。スペースの関係で二つは同時に展示しないのか、それともどこかへ貸し出し中だったのか?残念だったが、ウィンスロップコレクション展のとき、水彩のレプリカを見ているので、体中の力がドッとぬけるほどのことはなかった。

この絵のレプリカが6点あるらしいが、上のシカゴ美蔵は1872年に描かれた油彩のレプリカ。テートの原画よりは輪郭がすこしはっきりしており、下のプレデッラには‘神曲・煉獄編’で地上の楽園に来たダンテがベアトリーチェと再会する場面が描かれている。

この絵の前で興味深い光景をみた。70歳をこえている二人のお婆さんが少女のようなまなざしでこの絵を見みつめ熱心に話をしているのである。モネやルノワールの絵の前なら、とくに気にもとめないのだが、普通のお婆さんがラファエロ前派についてしゃべっているのにはちょっと驚いた。この街の文化・芸術度の高さを見せつけられた。二人の会話はこんな風だったかも、

‘ベアトリーチェのモデルはロセッティの死んだ妻よね。瞼を閉じ恍惚状態のベアトリーチェの手に小鳥が死の象徴である芥子の花を落としている’
‘そうね、後ろはフィレンツェの街でしょ。右にいるのがダンテで左が愛の姿ね。ダンテの前の日時計はベアトリーチェの死の時刻を示し、愛の手の消えかかった炎はベアトリーチェの命を表しているのね’

ウォーターハウスが‘オフィーリア’に想を得て描いた‘シャルロット’はいつか見たいと願っていたが、実際絵の前に立つと言葉がでないほど絵のなかに惹きこまれた。ほかにあったウォーターハウス作品にはそれほどぐっとこなかったが、これは別格。まったくすばらしい絵。小舟のまわりの草木や水面を流れる葉などリアルな小川の情景は‘オフィーリア’の雰囲気と似ている。呪いがふりかかり夢遊病者のような目つきになっている美しいシャルロットは、恋い焦がれるランスロット卿がいるキャメロット城のある岸に小舟が辿りつくころまで、命を持ちこたえられるだろうか?悲劇の結末が待っているような気がする。

サージェントの思わず‘うぁー’と声が出そうになる肖像画はラファエロ前派との関連はないが、見ていると体がフリーズする点では‘プロセルピーナ’と同じタイプの絵。まさに目の前の舞台で名女優がシェークスピア劇を演じている感じ。そして目が釘付けになるのは目の覚めるような青や緑の衣装描写とゴールドの飾り物の輝き。この絵と出会ったことは一生の思い出になる。

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2008.09.14

もっと見たいバーン=ジョーンズの名画!

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ロセッティやミレイより少し若いバーン=ジョーンズもこれからその作品を熱く鑑賞したい画家。バーン=ジョーンズの絵をまとまって見たのは02年に西洋美であった‘ウィンスロップコレクション展’と今年の海外美術館めぐりの2回だけで、まだ十数点しかない。

絵の記憶が今も鮮明に残っているのが1月、3月にみたテート蔵の‘黄金の階段’(拙ブログ2/9)、‘コーフェチュア王と乞食娘’、オルセーの‘有為転変’、ボストンの‘希望’(4/24)。ウィンスロップ展では‘深海’と‘バーンとプシュケ’が印象深い。

テートでは2点しかみれなかったが、ロセッティ、ブレイクと一緒にこの画家の本を買ったので、今はこれで作品を楽しんでいる。画集に載っている作品のなかで是非お目にかかりたいものを3点あげると、

★真鍮の塔が建設されるのを見るダナエ: グラスゴー美(上の画像)
★ウェヌスの鏡: リスボン、グルベンキアン美(真ん中)
★眠り姫: ロンドン、ファリドン・コレクション・トラスト(下)

‘ダナエ’(1888)はバーン=ジョーンズの豊かな想像力に感心させられる絵。よく知っている‘ダナエ’の絵は例えば、ティツィアーノ作品(07/3/23)のように、閉じ込められた部屋にいるダナエにゼウスが変身した黄金の雨が降り注ぐ場面だが、この絵ではダナエがいずれ中に入れられる真鍮の塔の建設現場を手前の部屋から見ているところが描かれている。ちょっと思いつかないアイデアである。神話を題材にするにしても、型にはまった描き方をしないところがラファエロ前派流。

‘ウエヌスの鏡’(1873~1890)にもすごく惹きつけられる。左に立っているのがウェヌスで膝をついて水面をのぞいているのはお付きの女たち。ウェヌスをふくめここにいる女性は皆同じような顔をしている。これはロセッティの絵に登場する女性たちにも言える。もう一つのウェヌスの絵、‘ウェヌス礼讃’(ニューキャッスル・アポン・タイン、レイング・アート・ギャラリー)の装飾性の高い描写と巧みな構成にも魅了されるので、2枚の絵を並べて見てみたくなる。

話が横に逸れるが、リスボンにあるグルベンキアン美の名品展をどこかの美術館で開催してくれないかとひそかに願っている。オルセー、ルーヴル展のシリーズも大歓迎だが、バーン=ジョーンズの絵のほかにもラリックの有名な宝飾品など質の高いコレクションを誇るグルベンキアン美とか古典絵画の傑作が揃っているナポリのカポディモンテ美なども積極的に新規開拓してもらいたい。

バーン=ジョーンズ作品には人物が眠っているのがいくつかあるが、‘眠り姫’(1870~76)はそのひとつ。おとぎ話から霊感を得て甘美に描かれた王女や待女の眠る姿をまじかで見たい衝動に強く駆られる。

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2008.09.13

もっと見たいロセッティの名画!

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昨日はミレイだったので、その関連でラファエロ前派の仲間のひとりであるロセッティの絵をとりあげることにした。

テートで関心の高い画家はやはりロセッテイ。事前に作った必見リストのうち3割くらいは姿をみせてくれなかったが、最も有名な‘プロセルピーナ’(拙ブログ2/9)や初期の作品、‘聖母マリアの少女時代’、‘受胎告知’などはしっかりみることができた。

館を出る前、ミュージアムショップで図録をチェックしていたら、この美術館が発行したロセッティのモノグラフ(英文)があったので、すぐに購入した。この本や手元にある美術本に載っている作品をながめていて、いつか対面したい絵が絞られてきた。それは次の3点。

★レディ・リリス: メトロポリタン美(上の画像)
★ダンテの夢: リヴァプール、ウォーカー・アート・ギャラリー(真ん中)
★アスタルテ・シリアカ: マンチェスター市立美(下)

1867年に制作された‘レディ・リリス’は3月、メトロポリタンを訪問した際、一生懸命にさがしたのだが、どこにもなかった。手鏡をみながら長い金髪をなでている色白の美女は図版でみてもうっとりするのだから、本物はさぞかし魅惑的だろう。またNYへ行く機会があったら、是非思いをとげたい。ちなみに、いくつか回ったアメリカの美術館でラファエロ前派の絵をみたのはシカゴ美に飾ってあったロセッティの‘ベアタ・ベアトリクス’の別ヴァージョンのみ。

テートの本にも載っている‘ダンテの夢’(1871)はウンベルト・エーコ編著の‘美の歴史’(東洋書林、05年11月)で知った。見た瞬間、体中を電流が流れるような感じで、すごく惹きこまれた。なんとか見たい絵だが、リヴァプールにあるのでは実現は難しい!リヴァプールは出張で一泊した記憶があるが、そのころはまだロセッティに目覚めてなかったからこの絵は知る由もない。

‘アスタルテ・シニアカ’のモデルは‘プロセルピーナ’と同じジェーン・モリスで、この2点はロセッティが亡くなる5年前の1877年に描かれている。ロセッテイは体の調子が悪くなり1878年には制作活動を注するから、古代シリアの愛の女神アスタルテを真正面からとらえた‘アスタルテ・シニアカ’は最後の絵である。所蔵しているマンチェスター市立美も縁遠い美術館。国内の美術館が大ラファエロ前派展を開催する可能性はゼロではないが、こういう名画はマンチェスターへ出かけないとまず見れないだろう。

‘ダンテの夢’と‘アスタルテ・シニアカ’はいつか対面できることを夢見つつ、マンチェスターとかリヴァプールが観光コースに入っているイギリスツアーがあるのか一度調べてみようと思う。

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2008.09.12

Bunkamuraのミレイ展

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待望の‘ミレイ展’(Bunkamura、8/30~10/26)を見た。1月に訪問したロンドンのテートブリテンで一足お先にミレイ作品を見る予定だったが、どういうわけか‘オフィーリア’(真ん中の画像)をはじめミレイの絵が消えていた。一枚も飾ってないのである。あとでわかったのは10日くらい前までここで大回顧展を開催していたためだった。だから、日本に巡回してきたこの回顧展はリカバリーの意味もこめて熱心にみた。

作品は75点ある。大半はテートやイギリスの美術館が所蔵するものだが、日本の西洋美と郡山市美からも3点出品されていた。作品を全部見終わったあとの率直な感想は、感動の総量はミレイがラファエロ前派を結成したときに制作した作品に使い果たしたという感じで、会場を進むにつれて興味が薄れてきた。やはりミレイは初期の作品がベストではないかと思う。

鮮やかな色彩と徹底した細部描写にあっけにとられる絵が最初に2点でてくる。男の子の赤い服と強い光の表現に惹きつけられる‘木こりの娘’と上の‘マリアナ’。腰の後ろに両手を当て体を少し後ろにそらすマリアナのポーズも気になるが、それよりも数倍のインパクトをもっているのが目の覚めるような青の衣服と半分光が当たっている椅子の赤い布地。青と赤が柔らかい生地の質感をいっそう引き立てている。

この絵の隣にお目当ての‘オフィーリア’がある。10年前東京都美であった‘テート・ギャラリー展’で見て以来、何度となく画集で眺めてきた絵だから、もう何回もみたような気になっている。大げさに言うと‘オフィーリア’はボッティチェリの‘ヴィーナスの誕生’、‘春’とともに西洋絵画の金字塔。

これほどすばらしい絵をイギリスの22歳の画家が描いたというのがまさにサプライズ!川のまわりの大半を緑の草木がしめ、水面に白い顔と胸、手のひらを出し、ぷかっと浮いているオフィーリアの胴体から足元にかけて、薔薇、ケシ、雛菊などが一緒に流れていく。美しいオフィーリアをどこまでも追っかけて行きたくなる。

下の‘ローリーの少年時代’に大変魅了された。海のほうを指さしている手前の男の姿をみてすぐ思い出したのがナショナルギャラリーにあるカラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(拙ブログ2/6)に描かれた右の男の両腕。ミレイはこの短縮法で描かれた腕を参考にしたのだろうか?また、惹きこまれるのが男の冒険話をじっと聞いている二人の少年の目。人物画で一番大事なのは目だが、この真剣な目つきをみると将来この少年は立派な船乗りになるにちがいない。

肖像画でお気に入りは可愛い女の子を描いた‘連隊の子ども’,‘初めての説教’と‘ハントリー侯爵夫人’、‘トマス・オールダム・バーロウ’。ミレイは本当に子供を描くのが上手い!夫人や紳士をモデルにした絵は初期のように細部にこだわって描かれてないものが多いが、この2点は色の塗りがていねいで細部にまで筆が入っている。

日本でミレイの代表作がこれほど沢山みれるなんて夢のよう。満足度200%の展覧会だった。

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2008.09.11

源氏物語の1000年 あこがれの王朝ロマン

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横浜美で開催中の特別展‘源氏物語の1000年’(8/30~11/3)への期待はそれほど高くない。追っかけリストに入っている‘源氏物語扇面散屏風’(広島・浄土寺)を見たくて出かけたが、これは10/10~11/3の展示だった。で、また足を運ぶことになりそう。

‘まあ見ておこうか’という展覧会のときは作品の展示時期を確認せずアバウト感覚で入館するから、結果的には効率の悪い鑑賞となる。でも、購入した図録をみると10/3~11/3に展示される狩野養信の‘源氏物語図屏風’とか勝川春章の‘雪月花’とか松岡映岡の‘宇治の宮の姫君たち’に惹きつけられるので結構楽しめそう。

展示作品には上の‘紫式部日記絵巻’、‘御堂関白記’、‘倭漢抄’などの国宝が5点も含まれてから、特別展にふさわしい内容だが、いずれも過去見たことがあるので、みている時間は短い。‘紫式部日記絵巻’(展示は9/6で終了)は酔っ払った公卿たちが女房に言い寄っている場面が描かれている。斜め二列に配置されている公卿が着ている黒の直衣(のうし)の柄をみるため、腰をかがめたり、角度をいろいろ変えてみた。

源氏物語の各シーンが描かれた扇子が一面に貼られた屏風とか金雲の切れ目に邸宅が沢山描かれた屏風をみるにはかなり体力を消耗するので、あまりのめりこまないようにしている。この手の屏風や‘洛中洛外図屏風’は一回は単眼鏡でじっくりみる価値はあるが、2度目はもうイイという感じ。出光美蔵の‘澪漂図’は05年にあった‘源氏絵展’にも出品されたが、コンディションがあまりよくないため、とても疲れた経験があるから素通りした。

気分が一番ハイになったのが最後のほうに飾ってある‘源氏物語絵巻’の復元模写、‘蓬生’(よもぎう)、真ん中の‘柏木一’、‘竹河一’。このすばらしい模写はこれまで拙ブログで‘柏木三’(05/11/14)、‘竹河二’(06/2/19)、‘東屋一’(07/11/30)を紹介した。‘柏木一’は悲しい場面。左側で顔を隠して泣いているのが女三宮。その前の法衣を着ているのが女三宮の父、朱雀院。手前にいるのが光源氏。

‘お父さん、私の出家を許して。ね、お願い!柏木と不倫して子供を生んだ以上、もう出家しかないわ、毎日が苦しいの!’と女三宮。朱雀院‘でもなー、お前、、’。光源氏‘出家なんかしないでくれ!女三宮’。かつて義理の母と密通して子をもうけた光源氏はわが身の因果に心が揺れ動いていることだろう。

下は構図のよさと美しい線描に目が釘付けになる安田靫彦の‘紅葉賀’。これは大収穫だった。また、鈴木春信の‘八景 石山秋月’や上村松園の‘紫式部図’にも魅了された。お目当ての絵はみれなかったが、復元模写、浮世絵、近代日本画家の手がけた源氏絵などぐっとくる作品がいくつもあったから、館を出るときは後期でもいい気分になれそうな予感がした。

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2008.09.10

ベルギーロイヤルコレクション展 その二

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日本に里帰りする浮世絵をみていつも感心させられるのが海外コレクターの審美眼の高さ。ハッとする構図や鮮やかな色合いで描かれたものは、東博や国内の美術館にあるものより海外の美術館蔵のほうがはるかに多い。

今回出品されたなかにもサプライズがいくつもある。その筆頭が上の歌川国貞の‘大当狂言之内 菅丞相’。チラシで見てから気になってしょうがなかったが、予想通り衝撃度200%の役者絵だった。藤原時平の讒言により太宰府に左遷されることになる菅原道真(菅丞相)がド迫力で怒っている様が、顔の朱のくまどりや両頬のまわりまでなびかせた髪からストレートに伝わってくる。

一度みたことのある勝川春章の‘五代目市川団十郎の菅丞相’は髪の描写や口に食わえた梅の木などは似ているが、立姿のためか、道真の怒りはこの絵の半分くらいしか感じられなかった。とにかくこの菅丞相は一生の思い出になる。なお、現在、東博の浮世絵コーナーにもぱっと見ると同じような印象をもつ国貞の‘五代目市川団十郎の景清’が展示してある。

数の多い写楽作品には世界で一枚しかないのが3点でている。真ん中の‘二代目嵐龍蔵の奴なみ平 とら屋虎丸’と期間中ずっとでている立姿の‘四代目岩井半四郎の鎌倉稲村が埼のおひな娘おとま’と‘三代目市川高麗蔵の廻国の修行者西方の弥陀次郎’。こういう話をきくとこのコレクションのすごさがわかってくる。

‘奴なみ平’は95年の‘大写楽展’(東武美、現在はない)にも出品されたが、同じ役者が演じた‘金貸石部金吉’(後期展示)とポーズの取り方が似ている。月代のうす青が印象的な‘ぼうだら長左衛門と船宿かな川やの権’は昨年あったギメ美展でもみたが、ロイヤルコレクションの質の高さにびっくりした。後期に登場する4点も楽しめそう。

歌麿のサプライズはこれまでみたことない下の‘河童’と‘見越入道・一つ目’。美人画絵師のイメージができあがっている歌麿にこんな妖怪絵があったとは!もっとも歌麿は鳥山石燕に師事していたから、師匠が描いた妖怪絵本に刺激をうけてこういう見る者をドキッとさせる絵を描いてもおかしくはない。収穫の多い展覧会である。

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2008.09.09

浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展 その一

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太田記念美術館で現在行われている‘浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展’(9/2~9/28)には期待値を大きく上回るすばらしい浮世絵が出品されている。

作品数は前期(9/2~15)が79点、後期(9/17~28)が80点。このうち通期に出ずっぱりのものが8点あるだけで、作品は総入れ替えになるから、あまりのんびりしてはいられない。前期を見られ、図録を購入された方はたぶん後期にもでかけなくてはと思われるかもしれない。

摺りの良さといい、国内でみたことのない画題といい極上の浮世絵コレクションである。数が多いのが春信(7点)、歌麿(17点)、写楽(9点)、後期にもこれと同じくらいの数が出てくるのだから驚き。もちろん、北斎、広重、清長、春章、国貞、国芳なども揃っているから、‘浮世絵は楽し!’モード全開といった感じ。

感激が全身に広がったのが春信作品。すばらしい色合いに息を呑んでみた。しかも、これまでみたことのないものがいくつも含まれているからスゴイ。上ははじめての‘めだかすくい’。小さい頃、川でよくみたメダカだが、春信は懐かしい遊びを思い出させてくれた。これが絵の力。本当に有難い。

淡い中間色に震えるくらい魅せられるのが‘漢詩を作る若衆’と‘三十六歌仙 素性法師’。春信には‘夜の梅’とか‘夜の萩’といった背景に使われた‘黒の美’に200%心打たれる絵がいくつかあるが、今回これらと同じくらい惹きつけられる‘寄菊’があった。後期にも赤丸つきがあるのでワクワクしている。

真ん中は国芳の戯画シリーズ‘金魚づくし’の一枚‘にわかあめんぼう’。ほかに‘さらいとんび’、‘酒のざしき’、‘まとい’がある。あめんぼうともよく遊んだ。あめんぼうというのは雨が降ると池の水面をよけいに元気にスイスイと動き回る。一方、金魚たちは突然の雨に大慌てで、蓮の葉や自分の尾びれを傘にしている。

10年くらい前、サントリー美であった国芳の大回顧展でもこの絵はみたが、今回の金魚の赤や画面上の藍色のほうが数段いい。この絵のように、海外から里帰りした摺りの状態のいいものをみるたびに、‘浮世絵の楽しみは色!’を再認識する。

下の広重作、‘東都名所高輪廿六夜待遊興之図’も収穫の一枚。興味深く見たのが道を行きかう人々の後ろに並ぶ屋台。画面の左から‘おしるこ’、‘団子’、‘そば’、‘天ぷら’がみえる。この画像にはでてこないが右のほうには‘寿し’がある。好物を食べながら花火を楽しむ。江戸の庶民にとって幸せな気分になれるひと時だったにちがいない。

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2008.09.08

東博平常展の名画! 鏑木清方・春信・歌麿

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東博の平常展に登場する作品のうち、浮世絵はまだ初見のものが多いが、1階左の近代日本絵画の場合、4年も通っているとこれまで見た絵にでくわすケースが多くなってくる。8/19~9/28に展示される5点はいずれも鑑賞済み。だから、絵の楽しみ方は東近美における岸田劉生の‘麗子肖像’とか安井曾太郎の‘金蓉’などの洋画の定番名画と同じになる。

今回心穏やかに見たのは小林古径の‘出湯’、安田靫彦の‘二少女’、上の鏑木清方の‘黒髪’(右隻)。なかでも‘黒髪’にぞっこん。こういう絵をみているとき、男の心の中はちょっとざわざわする。腰をかがめ川の水で髪を洗う女とその横で髪を梳る(くしけず)女を手前の木の影からこっそりみている感じ。ちょうど西洋画に描かれる‘水浴するスザンナ’を長老が覗き見するのと似ている。

今でている浮世絵の展示期間は8/26~9/21。定番の春信は‘五常・智’、‘風俗四季哥仙・菊月’、そして真ん中の‘見立菊慈童’。春信の絵には海の情景や河の流れがよくでてくるが、この‘見立菊慈童’に描かれた水流が一番見る者を惹きつけるかもしれない。座って菊をとっている女の子の前は小さな滝のようになっており、滝壺の水の流れは上の緩やかな流れと違って勢いがあり、飛び散る水しぶきの音が聞こえてくるよう。

また、隣に飾ってある秋らしい画題の鳥居清長の‘子宝五節遊・重陽’や北斎の‘風流子供遊五節句・きく月’にも心が和む。北斎の絵ははじめてみた。

いつもお目当ての歌麿は3点ある。下は長いこと対面を待っていた‘当時全盛美人揃・兵庫屋内花妻’。もう一点ある同じシリーズの‘越前屋内唐土’も含めて、歌麿は全部で10点描いたようだが、手元の画集には‘兵庫屋内花妻’しか載ってないので、あとの8枚が東博にあるのかどうかわからない。だぶん、ないだろう。

‘花妻’で視線が集まるのは女が胸元で文をぎゅっとねじっているところ。歌麿の美人画が見てて飽きないのは女がいろんなポーズをとっているから。‘文を顔の前にあげて読んでいる女’、‘ポッピンを吹く女’、‘化粧鏡の前で髪を梳いている女’など々。黄色の背地に浮き上がる花妻を時間を忘れて眺めていた。

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2008.09.07

帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会

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東博の平常展同様、展示品を定点観測している三の丸尚蔵館では現在、‘帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会’(無料、7/19~12/14)を開催中。会期は4期あるが、お目当ての橋本雅邦の‘龍虎図’(上の画像)が展示される2期(8/30~9/28)になったので早速出かけた。

あまり広くない部屋に会期中35点でてくる。見どころはなんといっても1900年のパリ万博に出品された絵画、やきもの、彫刻、明治七宝などのお宝15点。これらを制作したのは超一級の技をもった帝室技芸員。

15点のうち半分くらいをこれまで‘皇室の名宝展’(東博、99年)などで見て、そのすばらしさを体験済みだから、初見の‘龍虎図’にも胸がふくらむ。右上にいる龍はあまり目立たないが、左の岩の上にいる虎に見入ってしまう。そして、龍と虎の間に描かれた波のうねりが虎に負けず劣らず迫力がある。波頭の先はなんだか燃えさかる炎みたいだし、小さな白い点々で表現された波しぶきにも目が点になる。

これほどダイナミックにかつ繊細に描かれた波は見たことがない。06年、新橋の東京美術倶楽部で開かれた‘大いなる遺産 美の伝統展’でみたこの絵の別ヴァージョンや今年1月の‘橋本雅邦展’(川越市美)で出品されていた下図に比べると数倍の満足が得られた。

長年の思いの丈が叶えられたので、あとは気楽に鑑賞した。真ん中は過去数回みて目が慣れている石川光明の牙彫作品、‘古代鷹狩置物’。こんな象牙の置物がリビングにあると毎日が楽しいだろうなあー!柔らかい象牙の質感と見事な彫りに思わず手にとって見たい衝動に駆られる。

下は‘明治の七宝展’(泉屋博古館分館、7/19~9/15、拙ブログ8/2)で紹介した並河靖之が制作した‘四季花鳥図花瓶’。これは背面のほうで、艶のある黒地に映える緑の紅葉がえもいわれぬ美しさを漂わせている。表面の山桜にくらべると、紅葉の背景がたっぷりとられており、枝にとまったり飛翔する鳥にも吸い寄せられる。

名品はほかにもある。音楽が流れているのではないかと錯覚する川之邊一朝の‘石山寺蒔絵文台硯箱’や佐々木清七の作で、大変コンディションのいい大きな‘大太鼓図織物壁掛’にも魅了された。

当初は2期だけで充分と思っていたが、図録をみるとパリ万博の出品作ではないが、今尾景年の‘花鳥之図’にすごく惹かれるので、これが展示される3期(10/4~
11/9)にまた訪問することにした。

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2008.09.06

東芸大美の狩野芳崖展

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東芸大美で開かれている‘狩野芳崖 悲母観音への軌跡’(8/26~9/23)に対する事前の期待値は中くらいのだったが、展示されている作品(58点)をみて仰天した。これはまさに長らく待ち望んでいた狩野芳崖の回顧展そのもの。

タイトルからするとてっきり、‘悲母観音’(重文、下の画像)を中心にここの美術館が所蔵する作品をいくつか展示した軽い企画展とばかり思っていたから、うれしい誤算。だから、すぐ本気モードに切り替え夢中になってみた。

狩野芳崖(1828~1888)は長府藩(現在の山口県下関市)に生まれたので、下関市立美には芳崖の作品がいくつもある。ここから画集に載っている‘懸崖山水図’など9点、そして山口県美からも真ん中の‘羅漢図’など4点が展示されている。あとは東芸大の所蔵品が40数点と個人蔵の有名な作品‘仁王捉鬼図’(拙ブログ06/11/19)や‘桜下勇駒図’など。

国内にある芳崖の名画がほとんど揃ったと言っても過言でない。とにかく、画集に出ているのは全部あるという感じ。今年は1月に川越市立美で‘橋本雅邦展’があり長年の夢が一つ実現したから、これで充分なのに狩野芳崖展も見ることができた。ミューズに感謝々。

上の‘羅漢図’は追っかけリストに入っている作品。予想上回るすばらしい絵で一番長くみていた。とくに右に惹きこまれる。雲に乗った尊者の下で体をくねらせている龍の迫力のある姿態とトンネルのようにみえる波の荒々しい造形に釘付けになった。初見の真ん中の‘大鷲’(部分)は馬鹿デカイ絵。縦3.25m、横2.03mある。図版でみるイメージとはまったく違った。見てのお楽しみ!

フェノロサの影響のもとに描いた作品のなかで一際目立つのがやはり‘仁王捉鬼図’。仁王に左手で首を絞められている鬼は目が飛び出し、足をばたつかせている。これは絵というより漫画スタイル。筋肉マンのような仁王とユーモラスな鬼の対比が実におもしろい!この茶目っ気のある描写にいつも面食らう。素の狩野芳崖は案外おもしろい人だったのかも?

最後の部屋に‘悲母観音’が飾っている。目は悲母観音よりもどういうわけかまん丸頭の赤ん坊のほうへいく。大きな掛け軸で、動きのあるポーズで母親を必死にみつめる赤ん坊がちょうど目の前あたりにくるからかもしれない。東博にある‘普賢菩薩像’とか‘虚空蔵菩薩像’(ともに国宝)と‘悲母観音’を比べると衣裳の描き方がかなり違う。悲母観音では天衣の下への垂れ方がリズミカルで細い飾り紐も複雑に絡まっている。芳崖は紋切型の形にならないように工夫し、また色の使い方にも気を使ったにちがいない。

満足度200%の展覧会だった。東芸大のあと、下関市立美でも開催される
(10/4~11/5)。

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2008.09.05

瀧下和之 The 軸と屏風展

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PCが回復しましたので、拙ブログを再開します。また、おつきあい下さい。

シブヤ西武のB館8階美術画廊で9/7まで行われている‘瀧下和之 個展 The軸と屏風展’を8/26の初日に見た。作家の名前も作品もこれまでまったく縁がないのに、初日に出かけたのは町田久美が特集されていた‘アートトップ7月号’に紹介されていた屏風や掛け軸にとても惹きつけられたから。

そして、もうひとつ面白いものがここに載っていた。それはこれからの画業を‘螺旋状にステップアップ’するというポンチ絵。‘2012年、37歳、画集刊行’といったことが45歳まで書かれている。これはMy螺旋式読書法とまったく同じ発想。‘世の中には同じことを考える人がいるものだ!’とにわかにこの現代アーティストに親しみを覚えた。

作品は全部で20数点。これらをみてすぐ頭に浮かんだのが村上豊の戯画‘新・義経物語’(06/10/17)。中でも200%目を楽しませてくれたのが上の‘風神雷神図屏風’(二曲一双)。お値段も一番高い。宗達の‘風神雷神’が現代アーティストの手にかかると、こんな色鮮やかでユーモラスな作品になるのかという感じ。この絵で即、瀧下和之のファンになった。風神雷神の絵にはもう一点、富士山と組み合わせた‘冨嶽風神雷神図’がある。

真ん中の‘龍虎図’にも魅せられた。画面中央の虎を真正面に向かせ、後ろの龍を横のシルエット風に描く構成がなかなかいい。画面の大半を占める背景の赤がそれほど強烈に感じられないのは上下に‘風神雷神’にもみられる白と薄青のまじったふわふわした色面をもってきているからだろう。

瀧下は9年も‘桃太郎シリーズ’を描いているらしく、その数は500にもなるという。思わずニヤニヤしてしまうのが下の‘桃太郎図ノ四百伍捨伍 鬼ヶ島で鬼退治’。鬼の親子5人が目の覚めるような赤、緑、青、黄色で描かれている。筆運びのぎこちなさをよしとして、瀧下はあえて左手で描き続けているそうだ。

なるほど、それで、鬼の動きが漫画チックで生き生きしているのか!ほかには絵とおもしろい題名がよくマッチしている‘メシはまだか’、‘鬼に金棒’、‘ユキヤコンコ’、‘アラレヤコンコ’に足がとまった。

これに続くのが最近作の‘鳥獣戯画シリーズ’。存在感たっぷりの‘梟’とか猿が綱引きをし、ウサギが審判役をつとめている‘つなひきワッショイ’を熱心に見た。これから期待のもてそうな作家に遭遇したのはなにかの縁かもしれない。また、いつか、まとまったかたちで作品をみれればいいのだが。

なお、この個展は東京のあと、松坂屋名古屋店でも11/5~11/11に開催される。

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