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2008.07.05

東海北陸道、全線開通! 七尾(長谷川等伯の生地)が近くなる!?

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中部地方を縦断する東海北陸道が本日、飛騨清見~白川郷インターチェンジ間の24.9キロ(上の地図の赤破線部分。拡大できます)がつながり、全線開通した。これで愛知県の一宮JCTから小矢部砺波JCTまでの185キロが約2時間半で結ばれる。

2年前、白川郷や金沢をバスツアー旅行したとき、飛騨清見ICから荘川ICまで下って、そこから白川街道で上のほうにある白川郷に入ったように記憶している。これが飛騨清見から白川郷ICまですっと行くのだから、東京方面から高山を経て白川郷に行く際の所要時間はだいぶ短縮されるのではなかろうか。

東海北陸道が全線利用できるようになったので、まだ行ってない能登半島とか富山市が近くなったような気がしてきた。富山県は高岡市にある大変立派な端龍寺を見に行ったことがあるが、富山市には立ち寄ったことがない。ここにあるシュルレアリスムや現代アートのいい作品を所蔵する富山県立近代美術館を前々から訪問したいと思っていたが、その計画が実現するかもしれない。

富山とともに是非行ってみたいのが能登半島の真ん中に位置する七尾。ここは長谷川等伯が生まれたところだし、人気の和倉温泉もある。いつか訪問することを想定して寿司屋までチェックしている。七尾美術館で等伯の絵をみたら、ついでに日本海側の羽咋(はくい)まで足を伸ばし、“松林図”に描かれているような松が立ち並ぶ風景を見てみたい。

7/8から東博で開幕する“対決ー巨匠たちの日本美術”(7/8~8/17)では 等伯の“松林図”は永徳の“檜図”と並んで展示されることになっているから、秋あたりに羽咋の松林を見るのが理想的な流れ。能登半島というとまず頭に浮かぶのが輪島。朝市に出かけたり、輪島塗りの工房見学となるだろう。

実際、和倉温泉まで横浜から何時間かかるだろうか?東名の豊田JCTで東海環状自動車道に入り、東海北陸道の美濃関JCTから小矢部砺波JCTまで一気に走る。ここまでが6時間くらい?そしてここから和倉温泉までもう1時間半?となると、休憩タイムを入れ8時間ちょっとだろうか。だんだん本気モードになってきた。

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コメント

こんばんは。「また、気軽に~」のいづつやさんの
言葉に誘われて、お邪魔します。

能登半島や富山に行ったら、是非、
感想をブログで聞かせて下さい。私も行った事ないので。

七尾美術館に等伯の絵があるんですか?。
「松林図」に描かれているような松が立ち並ぶ
風景って、今も見られるんでしょうかね。

「松林図」と言えば、洞爺湖サミットの会議場に
「風神雷神」と共に飾られてますね。レプリカだけど(笑)。
テレビでちょっと映ると嬉しくなってしまいます。
各国の首脳達が目にしてると思うとね。

私は等伯の「松林図」を見た事がないのですが、
「巨匠たちの~」では「個人蔵」の方が見たいので、
「松林図」は次の機会にとっておきます。
今回も展示替えが多くて、私は会期中1度しか見れないので、
悩み所です(笑)。京博のような展示になるといいのに。
いづつやさんは3回見るとの事、理想的ですね。

ところでここにコメントを書き込む時に、
メルアドの項目には「任意」と書かれてあるのに、
送信を押すとメルアドを書かないと、
書き込めない様になっているのは、何故なのでしょうか?。
ちょっとした疑問でした。失礼しました。では。

投稿: ヒロ | 2008.07.08 19:52

to ヒロさん
こんばんは。七尾美術館には等伯の絵が数点
あるはずです。羽咋の海岸には今も松林がある
のですよ。これを前から一度見てみたいと
おもってました。

“個人蔵”とは?新発見の永徳の“松に叭叭鳥
・柳に白鷺図屏風”のことですか。もしそうで
したら、等伯の“松林図”と“松に叭叭鳥”は
7/8~7/27までなら一緒にみられますよ。

投稿: いづつや | 2008.07.09 00:03

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