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2008.05.11

その九 コンスタブル  ミレー  フレデリック・チャーチ

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ロンドンのテート・ブリテンではターナー(1775~1851)はお目当ての絵があまり見れなかったのに対し、コンスタブル(1776~1837)は高いヒット率であったが、これはどういうわけかアメリカの美術館でも変わらなかった。

こちらの気持ちがコンスタブルのほうへ傾いているのをターナーは感づいているのだろうか。で、メトロポリタンのターナーの“ヴェニス 大運河”が姿を現してくれず、コンスタブルの“主教の庭からみたソールズベリー大聖堂”(上の画像)だけの鑑賞となった。

この絵は構成がよく似たヴェージョンが5点あるらしい。最初に描かれたもの(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館蔵)は暗い曇り空を背景にして大聖堂が描かれていたため、注文した主教は満足しなかったようだ。そのため、コンスタブルは空をもっと明るくし、聖堂を囲むように見える近景の木の枝や葉を少し削り、開放的な感じが出るように描き直した。

これは第二ヴェージョンの一枚。フリックコレクションにもほとんど同じものがある。陽光に輝く大聖堂の尖塔がまことにカッコいい。左側の小道に立っている主教と妻はその美しい姿に感激している様子。すぐにでもこの絵が描かれた場所に飛んでいきたい気持ちになった。コンスタブルは狙いのこれと“干草車”(拙ブログ2/7)がみれ、またワシントン、ボストンでも白い絵の具が目に焼きつくいい風景画と対面できたから大満足。

真ん中の絵はミレー(1814~1875)の“干草の山:秋”。ここにはミレー作品は5点あった。日本では昔からミレーはモネとともに人気があり、これまでボストン美と山梨県美にある“種をまく人”が一緒に展示されたり、オルセーの“落穂拾い”、“晩鐘”、“羊飼いの少女”がやってきたから(03年、Bunkamura)、ミレーがすごく身近に感じられる。同じように思われている方が多いのではないだろうか。

で、ボストンやここではミレーの絵の前にはあまり長くいなかったのだが、この絵だけは別。前回不覚にも見逃したので、じっくりみた。遠くに長い地平線がみえ、広大な平原を感じさせる大地の真ん中に描かれた大きな干草の山には圧倒的な存在感がある。

この干草の塊を見るたびに小さい頃、楽しんだドングリ駒を思い出す。ドングリ駒?知っている人は懐かしく、知らない人は何それ?干草の前にいるたくさんの羊を線遠近法における消失点に収束する直線のように配置しているのがとても興味深い。これにより視線はすっとまるで生き物みたいな干草に向かう。

下は今回のメトロポリタン訪問では目玉のひとつにしていたハドソンリバー派絵画、“アンデスの山奥”。今、この絵が本来展示されている2階のアメリカン・ウイングが工事中のため、アメリカ絵画の大半は収蔵倉庫におさまっている。描いたのはアメリカ人画家、フレデリック・チャーチ(1826~1900)。縦1.7m、横3mの大きな絵で、スケールの大きいアメリカの大自然がびっくりするほど緻密に描かれている。

このような雄大な景観の前では人間はものすごく小さな存在であることを認識させられる。トマス・コール(1801~1848)やアルバート・ビーアスタット(1830~1902)の同じく超精緻に描かれた大風景画も一緒に見たかったのだが、残念なことに見当たらなかった。この2点は次の楽しみにとっておくことにした。

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