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2008.05.18

その十五 ゴッホ  ダリ  バルテュス

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今回訪問したシカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、ボストン、メトロポロタンはどこもゴッホ(1853~1890)の名画を揃えており、メトロポリタンにある静物画、風景画、人物画も魅力一杯。

静物画で惹きつけられるのはゴッホが死の数ヶ月前に描いた“アイリス”。背景の白地のほぼ中央におかれた花瓶には紫が目にしみるアイリスが沢山差し込まれている。ここではあのゴッホ独特の荒々しい筆使いは抑えられ、花の絵らしいやわらかい雰囲気が見る者を和ませる。糸杉が描かれた2点にも足が止まる。燃え上がるような鮮烈なタッチが印象深い厚塗りの縦長の絵とロンドンのナショナルギャラリーにあるのと構成がほとんど同じ“糸杉のある麦畑”。

人物画はお馴染みの“自画像”、“ルーラン夫人”、上の“ジヌー夫人(アルルの女)”が目を楽しませてくれる。ジヌー夫人はアルルの駅前でカフェを営んでいた。一緒に生活していたゴーギャンが夫人にモデルになってくれないかと説得している間に、ゴッホは一気に描き上げたという。背景の黄色に映える夫人の彫刻的な顔と黒い衣装に圧倒される。ローマ近代美術館で別の角度から描いたジヌー夫人をみたことがあるが、顔が丸く描かれていた。好みはメトロポリタンにあるほう。

ゴーギャンもカフェの中にいる夫人を描いているが、ゴーギャンは“ゴッホはこの店が気に入っていたが、俺はここの色が好きではない”とベルナールへ宛てた手紙に書いている。ゴーギャンにとってアルルは心を虜にする町ではなかったようだ。

真ん中は対面を心待ちにしていたダリ(1904~1989)の“超立方体:磔刑のキリスト”(部分)。縦1.94m、横1.24mの大きな絵である。必見リストに入れていたダリの絵はこれとワシントンナショナルギャラリーにある“最後の審判”の2点。“最後の審判”は展示してなく、ガックリだったが、これは1階の近代美術とアフリカ美術の間にある通路の壁に飾ってあった。

聖職者に見立てられたガラが見上げているキリストの体は手にも胸にも釘の跡はなく、筋肉のしまったアスリートのように美しく描かれている。目を見張らされるのが十字架のフォルム。よくみると、表面のなめらかな8個の立方体でできている。ルービックキューブの形をした宇宙船がキリストを背中に乗せてこれから宇宙に向けて打ち上げられるようなイメージである。

下はバルテュス(1908~2001)の代表作“山”。これは近代絵画のなかではピカソの“ガートルード・スタインの肖像”(拙ブログ05/2/11)などとともに館自慢の作品。一度みたら忘れられない絵である。02年の“メトロポリタン美展”(京都市美)にも出品されたから、これで3度目の対面。黄色の岩肌にあたる強い陽光をみると、ホッパーの絵を連想させるし、手前に描かれた3人の男女の姿態はデ・キリコやシュルレアリストのデルヴォーが描く形而上的でシュールな絵を見ている感じもする。

バルテュスの絵では、隣に展示してある大人じみたポーズでこちらを挑発するように見ている少女を描いた“目を覚ましたテレーズ”がドキッとする。バルテュスの絵をまとまった形でみた経験はないが、この“テレ-ズ”とかポンピドーにある下着がちらっと見える“アリス”やMoMA蔵の床の上で少女が肘と膝をついてうつぶせになって本を読んでいるところを真横から描いた“居間”をみると、バルテュスは“危険な少女”を描く画家というイメージが強い。

少女たちの鋭い目つきやポーズ、エロティックな描写は不安な感情を掻き立て、心をざわざわさせるが、絵のなかにぐっと引き込まれるから、絵の力はかなりある。どこかの美術館でバルテュスの回顧展をやってくれると有難いのだが。

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