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2008.04.14

その五 ヴァトー  ゴヤ  ホイッスラー

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訪問する美術館でお目当ての名画がすべて鑑賞できれば申し分ないのだが、そうは問屋がおろさない。ここでの誤算は隣の方に是非見せたかったグレコの“ラオコーン”が展示されてなかったことと、特○のフラゴナールの“読書をする少女”に会えなかったこと。現在、スペイン絵画、18~19世紀初期フランス、そしてイギリス・アメリカ絵画の展示室が工事で閉鎖されている。前回パスした“読書をする少女”と対面できないとは。残念でならない!

一部の作品は1階に設けられた臨時の展示室に飾られているというのでまわってみると、リストに載せていた作品がほんの数点あった。上はヴァトー(1684~1721)の“イタリアの喜劇役者たち”。これはルーヴルにある有名な“ピエロ”の別ヴァージョン。ピエロはここでもあまり感情を外にださず、舞台中央でポーズをとっている。足下に白いバラの花綱が撒かれているから、この場面は幕間の一瞬かカーテンコールなのだろう。やさしそうな顔つきをしているが、まわりの人物とは違い何か醒めている感じのピエロが強く印象に残る。

ここでゴヤの画集にでている名画2点に会うのを楽しみにしていたが、見れたのは真ん中の“若いポンテーホス女侯爵の肖像”だけ。ゴヤの描いた女性の肖像画では最も魅了される“サバーサ・ガルシア”との対面は次回に持ち越されることになった。だから、嬉しさも中くらいなりといったところ。

“ポンテーホス女侯爵”は緑豊かな自然を背景にしたロココ風の肖像画。昨年プラド美術館でみた“オスーナ公爵夫妻と子供たち”(07/3/20)と雰囲気がよく似ている。女侯爵が着ているのは当時フランスで流行っていたポロネーズというドレス。目を奪われるのが銀灰色のレースや紗の生地。こんな繊細な質感が出せるのはゴヤのほかにはゲインズバラしかいない。

繊細でほんわかとした空気が漂う画面の中で、ちょっとくつろげるのが右の下に描かれた子犬。左の前足を少し上げ正面をむいている。円山応挙が描く子犬のようなには可愛くはないが、不思議と違和感を感じない。この絵は女侯爵の結婚記念として制作されたものだから、この犬は古典画同様、貞節を象徴している。が、絵をじっとみていると貞節の意味はどこかへとんで、子犬はヴァン・ダイクが王妃の美しさを引き立てるのに使った小人やサルと同じ役割ではないかと見てしまう。

下の絵はホイッスラー(1834~1903)の“白のシンフォニーNo1白衣の女”。これは美術の本にのっている代表作のひとつだから、いつか会いたいと思っていた。背景と女性を同じ白で描くというのはゴッホの“ひまわり”の色彩表現と同じ発想。そして、足元に置かれた熊の敷き皮はヴァン・ダイクやゴヤのサルや犬と同じ役割だろう。

目鼻の整った女性が描かれた魅力的な肖像画なのに、発表当時は女性が持っている白ユリがしおれており、“これは処女喪失の絵だ!”と辛らつに批判された。日本画に描かれる花や鳥と違って、西洋の宗教画では花は何かの象徴(この絵の白ユリは純潔)を表すことが決まりになっているから、もう大変!そんなお話は忘れてこのホイッスラーの名作をじっくり味わった。

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