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2008.04.23

その四 ゴーギャン  ゴッホ  ドガ

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ボストン美術館自慢の印象派絵画のなかで作品の前に一番長くいるのはゴーギャン(1818~1903)の最高傑作“われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処に行くのか”(上の画像)ではないだろうか。

この絵はタイトルの長さに合わせるかのように横にえらく長い。縦1.4mに対し、横は3.8mある。画面には南国の楽園、タヒチの人々がいろんなポーズで描かれており、一体どこから見ていけばいいのか誰でも最初は戸惑う。まず目がいくのが中央で天地いっぱいに描かれた男。イヴがリンゴをとったように上の赤い果実をとっているから(人類の原罪)、これが“われわれは何者なのか”を表現している。

この男の右隣を見ると純粋無垢な若い女性が二人こちらを向いて座っている。ゴーギャンはこのポーズを“ボロブドゥールの浮き彫り”からとっている。タイトルの1番目の問い“われわれは何処から来たのか”を表すのが右端で寝ている赤ん坊。死んだ者はこの赤ん坊のようにまた生まれかわり、輪廻転生を繰り返す。絵を見る順番としては命が誕生するここがスタート。真ん中は日々の生活が、そして左端は死を目前にした老婆のうずくまる姿、つまり“われわれは何処に行くのか”が描かれている。

ゴーギャンが遺言のつもりで描いたこの絵には、画家が過去に描いたモチーフがフル動員されており、左上の呪術的イメージを想起させる青白い偶像はシカゴ美のところで紹介した“神の日”(拙ブログ4/4)がベースになっている。愛する娘が亡くなり、悲しみのどん底にあったゴーギャンは本気で死ぬ気だったから(実際、作品完成のあとヒ素を飲んだ)、人間の根源と一生という重いテーマの絵が描けたのだろう。みてて緊張を強いられ、精神の奥底から突き動かされる絵である。

真ん中はゴッホ(1853~1890)の有名な肖像画“郵便配達夫ルーラン”。シカゴ美で取り上げたのはこの人の妻(4/5)。ゴッホが描いた男性の肖像画でお気に入りはこれと“ポール・ガシェ医師”(2/19)。ガシェ医師は内面をとらえる表現主義的な描写がみられたのに対し、アルル時代に描かれこの絵は丁寧な筆致と髭や手の黄色とダークブルーの衣服の効果的な対比により写実的な仕上がりになっており、モデルの威厳があって親切そうな人柄がそのままでている感じ。

この絵の隣に展示してあった緑色が強く印象に残る“オーヴェールの家並み”は家の屋根や壁は原色のタイルをモザイク状にはめ込んだみたいに描かれ、そのまわりをうねるような緑の筆致で表現された木や草が囲んでいる。風景を描きながら不安な内面がみてとれるゴッホらしい絵におもわず惹きこまれた。

6点あったドガ(1834~1917)の作品では肖像画の名作“モルビリ公夫妻”がなく、ちょっとがっかりしたが、下の“プロヴァンスの競馬場”と再会できたのですぐ元気になった。これは第一回目の印象派展に出品された絵。競馬場なのに、手前に大きく描かれているのは馬車に乗っている家族の光景。パラソルの下では母親が赤ん坊をじっと見つめ、犬まで皆と一緒にきょろきょろせず顔を下のほうへ向けている。

では、一体、競走馬はどこを走っているの?中景の左端に疾走する2頭がみえる。ドガが描きたかったのはレースそのものではなく、地方の競馬場で偶然とらえた家族の風景だった。切り取られた風景の瞬間の構成は浮世絵の描き方と同じだから、ドガは心底浮世絵の構図に魅せられたのであろう。とても親近感を覚える絵である。

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