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2008.04.04

その二 スーラ  マネ  ゴーギャン

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西洋絵画のなかには死ぬまでに一度は見てみたい絵が何点かある。そのひとつがコレクターの遺言でこの美術館から門外不出となっているスーラ(1859~1891)の上の“グランド・ジャット島の日曜日の午後”。この絵の存在を知ってもう何年にもなるが、ようやく生の絵の前に立つことができた。

はじめは画面に近づいて、小さな斑点にはどんな色が使われているのかをじっくり見てみたが、赤の点々がもっとも目に飛びこんでくる。画面のなかで、日差しが強いのは手前で背中を草地につけ横を向いている男とそのむこうに座っている男女のところとか、こちらを向いて日傘をさしている母と女の子のあたり。

この島は週末多くの人があつまる行楽地だから、実際は賑やかで活気にあふれていたはず。その雰囲気は点描法が生み出した美しく明るい色彩から充分伝わってくるのだが、音はまったく聞こえてこない。なんとも静かな世界。そして、人物一人々の描き方がとても上品。横向きの多い人物を奥行きのある画面に整然と配置した構成は絵を見ているというよりはイラストとかポスターを楽しむ感覚に近い。

3,4m離れてこの絵をしばらく見ていたが、最後にもう一度絵に接近してみた。この小さな色の斑点を置いて対象のフォルムを作っていくのはシンドイ作業にちがいない。スーラはわれらが伊藤若冲同様、規格外の集中力と粘り強さを持っていたのだろう。でないとこんな完成度の高い点描画は描けない。おもしろいことに二人とも超オタクだった。スーラも若冲並に長生きしていたら、われわれの眼をもっと楽しませてくれたかもしれない。32歳で天に召されるなんてあまりに短命すぎる!

マネ(1832~1883)の絵はリストに2点入れていたが、これを含めて8点あった。その中には以前日本で開催された“シカゴ美展”に出品された“新聞を読む女性”もあった。とくに見たかったのが真ん中の“ロンシャンの競馬”。ドガにも競馬の絵がいくつかあるが、マネを競馬場に誘ったのはドガらしい。

ドガの絵が馬や騎手の一瞬の動きに焦点をあてているのに対し、マネは競馬場全体を画面におさめ、疾駆する馬を前面からとらえている。日本画に描かれた馬、そして西洋画ではジェリコーやスタッブズが描く馬の絵などをみてきたが、この絵のようにこちらに走ってくる構図は一枚もなかったから、とても新鮮。マネの絵では忘れられない一枚になった。

下のゴーギャン(1848~1903)の“神の日”はとても印象深い絵。画面の上半分が偶像、月の女神ヒナを中央に描きその左右にタヒチの女性や子供を平板的に配置しているのに対し、下の青や赤の原色の色面で表現された浜辺に打ち寄せる波は抽象模様風で装飾的に描かれている。

数日後再会する“われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処に行くのか”(ボストン美)のなかにでてくる偶像はこの絵からもってきたものだから、ちょうどいい目慣らしになった。シカゴ美術館の印象派のコレクションはオルセー並の質を誇ると言われるが、こういう絵をみるとそれを実感する。名画が目の前に次々と現れるのでテンションは上がりっぱなし。

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