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2008.04.24

その五 オスカー・ココシュカ  バーン=ジョーンズ  ジョン・マーチン

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1992年、講談社から発行された週間美術本“世界の美術館 ラ ミューズ”
(当時500円、全50冊)はコンパクトに美術館自慢の名画を紹介したすばらしい本で、今でも時々眺めている。“No9 ボストン美術館”ははじめてここを訪問するときには購入していたが、なにぶん印象派ばかりに心が向かっていたから、この本に載っている名作を何点も見落としてしまった。だから、今回はそのリカバリーに懸命。

が、近代絵画の部屋が工事でクローズされていたから、当時見たのだろうが見たという記憶がないピカソの“サビーニの女たちの掠奪”や再会を楽しみにしていたオキーフのクローズアップされた花の絵“白バラとヒエン草”とは残念ながら対面できなかった。首尾よくリカバリーできて喜んでいるのが上のオスカー・ココシュカ(1886~1980)の
“愛しあう二人”と真ん中のバーン=ジョーンズ(1833~1898)の“希望”。

これまで、ココシュカの絵を見た経験はきわめて少ない。1987年、池袋にあったセゾン美術館(現在はない)で“ウィーン世紀末展”というクリムトやシーレの代表作が沢山出品された感激の展覧会があったとき、ココシュカの絵も肖像画や版画など10点ちょっとあった。このときはいい絵をみたという印象がなく、何年か前訪れたウィーンのベルヴェデーレ美術館でも、どういうわけか館の図録に載っている静物画や母親の肖像画とは対面できずじまい。

で、ココシュカのイメージに直結しているのは東近美の常設展示で頻繁にお目にかかる“アルマ・マーラーの肖像”。この絵ではアルマの激情的な性格がよくでているが、全裸で抱き合う“愛しあう二人”はココシュカとアルマの表情が虚ろ。この表現主義特有の強い色彩をみるといつも、バブル時代一世を風靡したジュリアナトーキョーで若い女性たちが七色のスポットライトを浴びて享楽的に踊るシーンが頭をよぎる。この絵を見たからには2年後に描かれた代表作“風の嵐”(バーゼル美術館)ともなんとか対面したい。いつものようにミューズにお願いすることにした。

バーン=ジョーンズ(1833~1898)が亡くなる2年前に描いた真ん中の“希望”は二重丸をつけていた作品だから、大変感激した。足を鎖でつながれた女性の右手に白い花をもち、左手を高く上にあげるポーズがそのまま題名の“希望”を表している感じ。アメリカの美術館ではハーバード大のフォッグ美術館がバーン=ジョーンズの作品を沢山もっているが、シカゴやワシントンにはなく、ボストンとメトロポリタンに1点ずつあるだけだから、目に力を入れてみた。

下はイギリスの画家、ジョン・マーチン(1789~1854)が描いた壮大な作品“エジプトの七番目の災難”。ロンドンのテート・ブリテンにあった“神の怒りの日”などで少しは目が慣れているとはいえ、旧約聖書やミルトンの文学的な主題を題材にとり、崇高の美を表現した大作の前では言葉がでない。こういう嵐や火山の噴火など圧倒されたり、恐さを感じる自然現象には普段縁がないから、ロマン主義的に表現された自然の崇高さに強く惹き込まれる。

これでボストン美術館は終了。残るはNYのメトロポリタン、フリックコレクション。

なお、拙ブログは4/25~5/2お休みします。

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2008.04.23

横須賀美術館の中村岳陵展

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数年前から、日本画家、中村岳陵の回顧展をどこかの美術館でやってくれないかなという漠然とした希望を胸にひめていたが、昨年開館した横須賀美術館がこれを実現してくれたので、喜び勇んでクルマを走らせた。自宅から一時間ちょっとで着いた。観音崎の灯台のすぐ近くにあるこの美術館は外観、内装が白一色で統一され、さらに外光を多く取り込む設計になっているから、館内がとても明るい。

特筆すべきは館内にあるレストラン。ここからの眺めがすばらしい!眼前に広がる青い海にはヨットが数隻みえる。これから天気がいい日には絵をみるためではなく、ここで海をみながら、ゆったりとコーヒーを飲んだり食事をするためにやってくる人が増えるかもしれない。すでにそうなっている?!

中村岳陵の絵は過去数点取り上げたことがあるが、鑑賞した作品は十点ちょっとだから、今回出ている作品50点の大半は初見のもの。岳陵は豊かな感性と高い技量で歴史画、人物画、風景画、現代風俗画などを制作してきた。これだけ広い画域をこなせる画家はそうはいない。

上は最も惹かれた“貴妃賜浴”。真ん中にいるのは半裸の楊貴妃。顔の輪郭や表情は東博の“薬師寺展”に出品されている“吉祥天像”をベースにして描かれている。日本の源氏物語物語絵巻の世界に誘う縦長の“春興秋思図”も絵の前に長く立っていたくなる。何年か前、この絵をみて驚愕した。近代の日本画家でこういう平安時代の姫君や女房を源氏物語絵巻風に描けるのは上村松園と中村岳陵しかいない。

真ん中の“白狗”(びゃっく)は04年東近美で開催された“琳派展”ではじめてみた。その時横に飾ってあった山口蓬春の“扇面流し”や福田平八郎の“花菖蒲”と比べると装飾性は強くないから、この絵は無くてもいいと思ったが、たらしこみで描かれた緑の草地の囲まれて画面中央に座っている白犬にぐっと惹きこまれ、毛並みの精緻な描写をしっかり見た記憶がある。今回も釘付けになってみた。

鳥を描いたものでは横浜美蔵の“砂浜”(拙ブログ05/8/7)がとびぬけていい。昨年のホテルオークラのチャリティ-展覧会に出ていた鯉の絵“潜鱗”は一部コンディションの悪い箇所がある。風景画で心を打つのが“日展100年展”(07年7月、国立新美)にも展示された“残照”(07/3/31)。岳陵の絵のなかでこれが一番気に入っている。まだ、目に焼きついているからあまり長くはみなかったが、隣に別ヴァージョンの“清暁”があった。

下の現代風俗を描いた“都会女性職譜”はカラリスト、中村岳陵の豊かな色彩感覚が存分にうかがえる作品。前期(4/1~25)は6点あるうち、“女店員”、下の“女給”など4点がでていた。“女給”ではシルエットになっている恋人を戸惑いつつ好奇心の入り混じったまなざしでみつめる店員の気持ちが手にとるようにわかる。つくづく上手だなと思う。東近美にある“気球揚”もあると完璧だったが、そう理想通りにはいかない。満足度200%の展覧会だった。横須賀美に感謝!

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その四 ゴーギャン  ゴッホ  ドガ

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ボストン美術館自慢の印象派絵画のなかで作品の前に一番長くいるのはゴーギャン(1818~1903)の最高傑作“われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処に行くのか”(上の画像)ではないだろうか。

この絵はタイトルの長さに合わせるかのように横にえらく長い。縦1.4mに対し、横は3.8mある。画面には南国の楽園、タヒチの人々がいろんなポーズで描かれており、一体どこから見ていけばいいのか誰でも最初は戸惑う。まず目がいくのが中央で天地いっぱいに描かれた男。イヴがリンゴをとったように上の赤い果実をとっているから(人類の原罪)、これが“われわれは何者なのか”を表現している。

この男の右隣を見ると純粋無垢な若い女性が二人こちらを向いて座っている。ゴーギャンはこのポーズを“ボロブドゥールの浮き彫り”からとっている。タイトルの1番目の問い“われわれは何処から来たのか”を表すのが右端で寝ている赤ん坊。死んだ者はこの赤ん坊のようにまた生まれかわり、輪廻転生を繰り返す。絵を見る順番としては命が誕生するここがスタート。真ん中は日々の生活が、そして左端は死を目前にした老婆のうずくまる姿、つまり“われわれは何処に行くのか”が描かれている。

ゴーギャンが遺言のつもりで描いたこの絵には、画家が過去に描いたモチーフがフル動員されており、左上の呪術的イメージを想起させる青白い偶像はシカゴ美のところで紹介した“神の日”(拙ブログ4/4)がベースになっている。愛する娘が亡くなり、悲しみのどん底にあったゴーギャンは本気で死ぬ気だったから(実際、作品完成のあとヒ素を飲んだ)、人間の根源と一生という重いテーマの絵が描けたのだろう。みてて緊張を強いられ、精神の奥底から突き動かされる絵である。

真ん中はゴッホ(1853~1890)の有名な肖像画“郵便配達夫ルーラン”。シカゴ美で取り上げたのはこの人の妻(4/5)。ゴッホが描いた男性の肖像画でお気に入りはこれと“ポール・ガシェ医師”(2/19)。ガシェ医師は内面をとらえる表現主義的な描写がみられたのに対し、アルル時代に描かれこの絵は丁寧な筆致と髭や手の黄色とダークブルーの衣服の効果的な対比により写実的な仕上がりになっており、モデルの威厳があって親切そうな人柄がそのままでている感じ。

この絵の隣に展示してあった緑色が強く印象に残る“オーヴェールの家並み”は家の屋根や壁は原色のタイルをモザイク状にはめ込んだみたいに描かれ、そのまわりをうねるような緑の筆致で表現された木や草が囲んでいる。風景を描きながら不安な内面がみてとれるゴッホらしい絵におもわず惹きこまれた。

6点あったドガ(1834~1917)の作品では肖像画の名作“モルビリ公夫妻”がなく、ちょっとがっかりしたが、下の“プロヴァンスの競馬場”と再会できたのですぐ元気になった。これは第一回目の印象派展に出品された絵。競馬場なのに、手前に大きく描かれているのは馬車に乗っている家族の光景。パラソルの下では母親が赤ん坊をじっと見つめ、犬まで皆と一緒にきょろきょろせず顔を下のほうへ向けている。

では、一体、競走馬はどこを走っているの?中景の左端に疾走する2頭がみえる。ドガが描きたかったのはレースそのものではなく、地方の競馬場で偶然とらえた家族の風景だった。切り取られた風景の瞬間の構成は浮世絵の描き方と同じだから、ドガは心底浮世絵の構図に魅せられたのであろう。とても親近感を覚える絵である。

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2008.04.22

その三 ルノワール  モネ  サージェント

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前回ここへ来たときは頭の中はルノワール、モネ、ゴッホ、ゴーギャンの絵で占領されていたから、お目当ての絵はしっかり目にやきついている。だから、二度目の鑑賞は肩の力をぬいてじっくり味わうつもりでいた。ところが目はリラックスしているのに、心のほうは次第に“見るぞ!”モードになっていく。

ルノワール(1841~1919)の大好きな絵“ブージヴァルのダンス”(上の画像)と再会した。この絵は何年か前に日本にやってきたから3度目の対面である。1月にオルセーで“都会のダンス”、2月Bunkamuraで“田舎のダンス”(拙ブログ2/18)、そしてこの絵はボストン美でと短い間に運良く3部作全部をみることができた。ミューズに感謝々。

3つとも大きな縦長の絵だが、最初に描かれた“ブージヴァル”(縦179cm、横96cm)はほかの”2点と比べて縦はほぼ同じだが、横は6cm長い。この踊りの絵はルノワール全作品のなかでもお気に入りの上位に入っている作品だから好みに差がないのだが、あえて順番をつけるとすると“ブージヴァル”、“田舎”、“都会”の順。

3点のなかでは“ブージヴァル”の踊りが一番生き生きしている。男の紺との対比で女性が着ている白の衣服が鮮やかに浮き上がり、その裾はワルツのステップにあわせて軽やかにゆれている。画面には男女の赤や黄色の帽子といい、後ろで談笑している人たちが座っているテーブルの青といい、暖かく豊かな色彩にあふれ、幸せ気分満載。

アメリカの美術館にあるモネ(1840~1926)のコレクションはどこもトップクラスのものを揃えている。シカゴ、ワシントンナショナルギャラリーに続き、ボストンでも名作の数々に感激した。お馴染みの“積みわら”、“ルーアン大聖堂”、“睡蓮”に酔いしれたあと、真ん中の“ラ・ジャポネーズ”の前にしばらくいた。これも1992年Bunkamuraで開催された“モネと印象派展”に出品された。この時はボストン美がもっているモネの名画がたくさんやってきたから、モネ好きの方はこぞって出かけられたのではないだろうか。

モネの楽しみはなんといっても風景画だから、ルノワールの絵と違って人物を描いた作品への関心は薄い。でも、この“ジャポネーズ”とワシントンにある“日傘をさす女”(4/15)は別。前回みたときは金髪のカツラを被った妻カミーユの愛らしい笑顔に夢中になったが、今回圧倒的なボリューム感で迫ってきたのは豪華な刺繍のある真っ赤な打掛。

これがホイッスラーの“磁器の国の姫君”とともに西欧のジャポニスムへの傾倒ぶりを象徴する絵として見られているのは、この荒々しい姿の武者とやわらかいイメージのカミーユの組み合わせがいかにも異国趣味の気分を表現しているからだろう。余談だが、このエキゾチックなイメージがうけて、戸外の光で描いた自信作の風景画は見向きもされず、この作品だけが高値で売れ、世間の注目をあびた。モネはさぞかし複雑な気持ちだったにちがいない。

下は誰の絵とお思いだろうか?これはアメリカ人画家、サージェント(1856~1925)が描いた“エドワード・ダーレイ・ボイドの娘たち”。この絵と15年前に対面したとき腰がぬけるくらいびっくりした。上のルノワールとモネの絵以上の衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えている。

それまで、近代絵画における女性画の名作というとマネとかルノワールの絵をすぐ思い浮かべていたから、“こんないい絵を描く画家がアメリカにいたの?”というのが率直な感想だった。館を出るとき買った図録(英文)の表紙にこの絵が使われているので二度びっくり。ボストン美自慢の名画だったのである。

目が釘付けになるのが左に描かれた両手をうしろにまわし、こちらを見ている少女。まるで人形のようなかわいい顔をしている。手前で座っている子はだいぶ幼い。二人のところに左から光が強くあたり、暗い背景に白い衣装が際立っている。後ろの暗いところに立っているは長女とその下のお姉ちゃん。

奥行きのある構図と明暗対比はどこかで見たような絵を連想させる?そう、サージェントはプラド美術館にあるベラスケスの名作“ラス・メニーナス”の構成を意識してこの絵を描いている。このすばらしい絵を再度、感情のひだに深くきざみこみ、別の部屋へ移動した。

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2008.04.21

ガレとジャポニスム展

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サントリー美術館の開館1周年を記念する特別展は“ガレとジャポニスム”(3/20~
5/11)。4年前訪れた諏訪湖のほとりにある北澤美術館でガレのガラス作品に開眼した。以来、ガレの展覧会は欠かさず出かけ、拙ブログで感想記を書いてきた。

作品の質の高さ、数の多さで強く印象に残っているのが05年の“ガレ展”(江戸東博)。また、Bunkamuraの“ガレとドーム兄弟展”(06年7月)と昨年MOAであった“ガレ、ドーム、ラリック展”も大きな満足が得られた。

さて、今回のガレ展である。期待以上のいい作品が集まっている。ガレの作品だけでなくプラスアルファのおまけの展示が目を楽しませてくれる。このおまけはガレが影響を受けたジャポニスムとは何ぞや?を理解するために展示してあるものだが、切り離してみても十分楽しい。で、まずその作品のことから。

お気に入りの北斎の絵が2点ある。“北斎漫画・魚濫観世音”(拙ブログ08/1/9)と“富嶽百景・登龍の不二”。横道にそれるが、横山大観が描いた“生々流転”の最後の場面にでてくる龍は“登龍の不二”に霊感を得ている。広重は“江戸名所百景”から“堀切の花菖蒲”(3/20~4/14)と“亀戸梅屋敷”(4/16~5/11)。

さらに豪華なのがガレの作品との取り合わせで対面するとは思いもしなかった“鹿下絵新古今和歌巻断簡”(本阿弥光悦・俵屋宗達)(3/20~4/7)。工芸品にもすばらしいのがある。クリストファー・ドレッサーがデザインした壺“日本女性像”の目の覚めるような青を息を呑んでみた。

ガレの初期から晩年までに制作されたガラス作品50点あまりはほとんどがはじめて見るものだった。描かれている花や蜻蛉や昆虫などは目新しくはないが、作品の形とか色合いなどがすばらしいので、とても新鮮に感じられる。取り上げた3点はとくに魅了されたものだが、別に意識したわけではないのにどれもサントリー蔵のもの。サントリーがガレのいい作品を所蔵していることは知っていたが、これほど質の高いコレクションだとは思わなかった。

上の“花器”は透明感のある素地に浮かび上がるバッタが印象深い。真ん中の紫と白の色使いと先が開いた美しいフォルムが心に響く“花器・蛾・昼顔”も名品。そして、下の脚付杯“蜻蛉”が今回の目玉。ガレの親族が所有していたものを近年、サントリーが入手したとのこと。期待値以上の出来栄えにKOされた。

朝日新聞にこの展覧会の紹介記事が載っており、西洋でイメージされる蜻蛉のことが解説されていた。西洋人にとって蜻蛉は“ドラゴン(悪竜)フライ”で、ヘビやイモリを連想させる不吉な虫だそうだ。だから、ガレのように杯や花器の装飾模様に蜻蛉を使うなんて誰も考えない。

ところが、美しい自然に囲まれて育ち、小さいころから花や昆虫と遊んでいたガレは日本人同様、蜻蛉に対してマイナスのイメージがないから、こんな立派な蜻蛉の杯が出来上がる。良質のガラス作品はジュエリーなどの装飾品と同じ。ガレの展覧会ではいつも宝物をみたようないい気分になる。今回も二重丸。

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その二 カナレット  ヴァトー  ブーシェ

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現在、ボストン美術館はルネサンスや近代絵画や現代アートの作品が飾ってある部屋は工事で封鎖されている。このため、前回はまったく関心の外にあったのに最近のめりこんでいるクリヴェリの細密画やファン・デル・ウェイデンの“聖母子を描く聖ルカ”とは対面できなかった。

ルーヴルの“大作の間”をすこしスケールダウンした部屋にあったティツィアーノ、ティントレット、そして昨日紹介したグレコ、ベラスケスなどをみたあと向かったのが17世紀、18世紀西欧絵画のコーナー。上はカナレット(1697~1768)の“ヴェネチア風景”。

水の都ヴェネチアを描いたカナレットの作品はこれまで日本で開かれた展覧会などでも何度かみたことがあるから、ロンドンのナショナル・ギャラリーでもはじめはそれほど目に力をいれてなかった。が、そこにあるのは絵のサイズが大きく、精細さのレベルがワンランク上の感じ。だから、“これはすごい!”と心の中でつぶやきながら、明るい光、なめらかな仕上がり、白の線で丁寧に表現された波の揺らぎを夢中になってみた。

この絵も一級品。ロンドンでみたときと同じくらい感動した。1730年代、40年代イギリスでは“グランド・ツアー”が流行し、ヴェネチアへ旅行したイギリス人は皆カナレットの絵をお土産に買って帰ったという。また、カナレットが1740~50年代イギリスに滞在したときには、多くの人が田舎の邸宅の眺めを描いてもらっている。それらがナショナルギャラリーに寄贈され一大コレクションになっているのである。この絵もヨークシャー地方の城にあったもの。

ロココ絵画で魅了されたのが真ん中のヴァトー(1684~1721)の“公園からの眺め”と下のブーシェ(1703~1770)の“市場からの帰り”。ヴァトーの絵は愛のファンタジー画。おとぎ話にでてくるような公園には何組かの男女のカップルがいる。女性が当世風のきらめく絹の衣装を着ているのに対し、男性のは17世紀の衣装。

目が釘付けになるのが手を横に広げた男としゃべっている女性。うなじから背中をとおる線がきりっとした美しい立ち姿にうっとり。フランス的な身振り、態度はヴァトーによって決定されたと言われ、ドガもヴァトーからシルエットの美しさを学んでいる。

ブーシェの大きな絵の前では全身が雅なロココモードに包まれる。真ん中と右下に白い肌がまぶしい若い女性、そして左には動感のある男を配して三角形の安定した構図をつくり、3人のまわりには牛や羊、愛らしい子供たちを描いている。優美で明るく軽妙な空気の漂う田園風景に心がふわふわしてくる。

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2008.04.20

ボストン美術館 その一 若冲  グレコ  ベラスケス

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1993年、はじめてボストンへ行ったときは美術館めぐり(ボストン、イザベラ・ステュワート・ガードナー、フォッグ)に終始し、名所を見学したり名物の料理を食べる機会がなかった。今回はボストン美術館へ入るまでに市内観光をし、現地の日本人ガイドさんから町の歴史・文化、そして今流行のスポットや動向などについても教えてもらったから、ボストンという町の雰囲気が少しばかりつかめた。で、美術館の感想を述べる前に観光のことを少々。

歴史の町ボストンのなかでもっとも昔の雰囲気が残っているところがガス灯とレンガ造りの家々が美しいビーコンヒル。ヨーロッパの町の住宅地に迷い込んだ感じである。この地区にあるセブンイレブンは看板の色や外観を町の景観に合うようにおとなしい色に変えていた。日本の京都も景観を大切にしていることは間違いないが、ここまでやっているのだろうか?

ショッピングタイムで行ったクインシーマーケットは日本にもあちこちできている複合ショッピングセンター。名物料理ではここから歩いて5分くらいのところにあるお店でクラムチャウダーとロブスターを美味しくいただいた。ボストンレッドソックスの本拠地、フェンウェイパークのグッズ売り場の中にも入ったのだが、この話は大リーグの記事を書いたときにでも。

ボストン美術館のなかにいたのは2時間。前回の経験からすると全部のセクションを見尽くすには足りないが、絵画部門だけに絞って回ればこれくらいで十分。館内の地図を手にしても、いつものように導線や展示室のレイアウトはほとんど忘れているから、はじめて来た方と変わらない。

回る順番としては、まず、前回パスした日本美術の展示室をめざした。ここは日本美術の宝庫だから、事前チェックは怠りない。“毘沙門天像”、“吉備大臣人唐絵巻”・“平治物語絵巻三条殿夜討の巻”(この二つは日本にあったら間違いなく国宝)、狩野元信の“白衣観音像”、長谷川等伯や円山応挙の“龍虎図”、曽我蕭白の“龍図”などの図版が載っているリストを握り締め、緊張気味に部屋へ入った。

結果は?“大日如来坐像”や快慶の“弥勒菩薩立像”の立派な仏像はあったものの、お目当ての絵画はほぼ全敗だった!やはり特別展のようなときにしかこうした名品はでてこない。救いは上の伊藤若冲(1716~1800)の“松に鸚鵡図”。これはここが所蔵する若冲作品4点の一つ。若冲の絵を見ることを一生の楽しみにしているから、大収穫である。

左右に鋭くのびる松葉の描き方と鸚鵡の口ばしのうす青色(白群、群青のもっとも淡い色)にしばし見とれていた。口ばしの色を見るたびに若冲は天性のカラリスト(拙ブログ06/8/19)だなと思う。著色画でこの美しいうす青色が使われているのは二つしかない。“動植綵絵”の“老松鸚鵡図”などにもみられる鸚鵡の口ばしと“菜虫譜”のはじめにでてくるクワイ。ここにある若冲の次のターゲットは“旭日鳳凰図”。いつかこの絵と遭遇することを夢見ている。

真ん中はグレコ(1541~1614)の晩年の作品“修道士パラビシーノ”。絵にとても力がある。トレドでグレコは当時一流の学者や作家と交際していたが、パラビシーノは仲のよい友人の一人。フェリペ2世の宮廷の説教師であり、詩人でもあったハラビシーノはグレコを讃えるソネットをいくつも書いている。

アメリカのブランド美術館にはグレコの名作が何点もあるから、グレコ好きにとってはワクワクする。ワシントンでは期待の“聖マルティネスと乞食”や“ラオコーン”は現れてくれなかったが、“神殿から商人を追放するキリスト”や“聖ヒエロニムス”はみれたし、シカゴ美ではすばらしい“聖母被昇天”とも会った。そして、ボストンのあと紹介するメトロポリタン、フリックでも心を奪われる名作が待っていてくれたからご機嫌々。その絵はいずれ。

下の絵はベラスケス(1599~1660)の出世作“詩人ルイス・デ・ゴンゴラ”。23歳のときマドリッドで描いたこの肖像画が評価され、べラスエスは翌年、フェリペ4世の宮廷画家となった。あまり強くない色調でバランスよく描かれた詩人の姿には豊かな人間性と荘重さが感じられる。男の肖像画はレンブラントにもっとも魅了されているが、ベラスケスにも嵌りそう。

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2008.04.19

ルオーとマティス展

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沢山ある展覧会の中で、開館○○周年記念特別展と銘打ったものはこれまでの経験からするとあまり期待を裏切らない。汐留にある松下電工ミュージアムは今年、開館5周年を迎える。ここで今、所蔵する自慢のルオー作品とパリ市立近代美術館のもっている作品などを展示した“ルオーとマティス展”(3/8~5/11)が開かれている。

ロンドン、パリおよびアメリカにある美術館めぐりをする際つくった名画必見リストのヒット率を画家ごとに見てみると、ルオーは“残念でした!”のグループ。7点のうち見れたのはテートモダンの“3人の裁判官”とポンピドーの“傷ついた道化師”の2点のみ。最も期待していたポンピドーの“ベロニカ”や“鏡の前の娼婦”、シカゴの“小人”、ボストンの“ピエロの頭部”と対面できなかったので消化不良の感が強い。でも、その気持ちをこの展覧会が少しやわらげてくれた。

ルオーの好きな絵は今回出ている“秋の終わり”のような宗教画ではなく、ピエロや女性を画面いっぱいに描いたものとか数人の裁判官を描いたもの。チラシをみて期待していたのが上の“娼婦ー赤いガーターの裸婦”(パリ市近美)。これは一度現地でみており、よく覚えている。画面全体に使われている青が女の白い肌を浮かび上がらせ、社会の底辺で刹那的に生きる娼婦の悲哀が切々と伝わってくる。

同じ色調で描かれている“タバランー騒々しい踊り”もすごくインパクトのある絵。腰に手をあて右足をピントのばし上に高くあげる姿に釘付けになる。“流れる星のサーカス”はお気に入りの版画。再会した“曲芸師”(拙ブログ05/2/24)をはじめ一点々足をとめて楽しんだ。

モローの教室でルオーとマティスが一緒に絵を学んでいたことは知っていたが、二人が50年間も熱い友情で結ばれていたという話ははじめて聞いた。先週の新日曜美術館で二人の間で交わされた手紙が紹介されていたが、相手を思いやるやさしい気持ちが文面のはしばしにみられ、深く感銘した。展覧会の情報が入ってきたとき、どうしてルオーとマティスなのか?だったが、二人をコラボさせる友情物語があったのである!

が、今回でているマティスの作品への期待は正直言ってあんまり高くなく、真ん中の“肘掛椅子のオダリスク”(パリ市近美)以外はそれほどぐっとこなかった。これは“赤いガーターの裸婦”同様、オダリスクの背景の鮮やかな赤や衣装の青が目に焼きついているのでしっかり記憶に残っている。ちなみに2点はパリ市近美の図録に掲載されている作品。

この絵よりもっと目を楽しませてくれたのが下の切り紙絵“ジャズ・ピエロの葬式”。04年にあったマティス展ではじめてみた“ジャズ”(04/12/9)はエポック的な鑑賞体験だった。また全点みれて体が熱くなった。

海外から作品を持ってくる西洋画の展覧会の場合、ぐっとくる絵が3点もあれば立派な企画展。常設展示の“女曲馬師”、“法廷”も一級品だから、充実したルオー展といえる。ここを見て、6月から出光美術館ではじまる“ルオー大回顧展”(6/14~8/17)にも出かけるとルオーの通になれることは請け合いである。

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その二 ホイッスラーコレクションと孔雀の間

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フリーア美術館訪問の大きな目的は質の高い日本絵画を見ることだったが、もうひとつホイッスラー(1834~1903)の作品にも期待していた。フリーアはロンドンにいたこの20歳年上のアメリカ人画家と交流を深め、1200点の作品を手に入れている。それらは2つの部屋で展示されており、隣には“孔雀の間”(上の画像)がある。日本美術を見たあと早速興味津々の“孔雀の間”へ向かった。

これは元はロンドンの富豪の食堂。富豪がこの部屋に飾った“バラ色と銀・磁器の国の姫君”(真ん中)に合わせてホイッスラーが改築した。青く塗りつぶされた背景に装飾的に描かれている“二羽の金色の孔雀”(横長の絵)と“磁器の国の姫君”は向かい合う形になっている。そして、部屋の側面の一方には別のフォルムの孔雀が舞い、その向かい側には磁器の壺や大皿が飾ってある。

部屋をぐるっと見渡したあと体が自然とむかうのが日本の着物を着たエキゾチックな姫君。よく海外の日本フェアで現地の女性が着物姿になるときは日本から出向いている年配の方が着せてくれるから変な格好にはならないが、その立ち姿にはいつものこの姫君をダブらせてしまう。

“磁器の国の姫君”は19世紀後半から20世紀初頭にかけて西欧を熱狂させた“ジャポニスム”を象徴する絵。だから、ホイッスラーの絵というと、10年前あった“テート・ギャラリー展”(東京都美)に出品されたとても魅力的な少女の肖像画“シシリー・アレキサンダー嬢、灰と緑のハーモニー”と遭遇するまでは、この絵を思い浮かべていた。

本物の絵が目の前にある。細身で長身のモデルの流れるようなS字形の線がとても魅惑的。後ろの琳派風の花鳥の屏風や大きな花瓶、そして敷物はさらさらと仕上げたという感じだが、右手にもっている団扇は白地に花がしっかり描かれている。これはホイッスラーが鳥居清長の大判揃物“美南見十二候”(みなみじゅうにこう)をいくつかもっており、美人画では団扇が大事な持ち物であることをよく知っていたからだろう。

また、ほかの作品にも浮世絵の影響がみられる。展示室にあったテムズ川を背景にして着物姿の女性が三味線を弾いているところや手すりに寄りかかり遠くを眺める女を描いた“バルコニー”の構成は明らかに清長の絵を参考にしている。

“姫君”とともに忘れられない絵となったのが下の“紫と金の狂想曲No.2 金屏風”。図版でイメージしていたのとは異なり、小さな絵だった。赤の帯を締め濃い紫の着物を身にまとったモデルの小さな横顔が心をゆすぶる。また、気になるのが手にもち熱心に眺めている浮世絵。敷物の上に散らばっているのをみると広重の“六十余州名所図会”のようだ。

これでワシントンは終わり。明日からはボストン美術館の名作。

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2008.04.18

フリーア美術館 その一 尾形光琳  葛飾北斎  高麗青磁

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スミソニアン協会本部の隣にあるフリーア美術館を訪問するのが長年の夢だった。夢のど真ん中にあるのが俵屋宗達の“松島図”。アメリカへ出発する前、美術館のHPを開けばこの絵が展示してあるかどうかはわかるのだが、美術館に入ったときのサプライズのためにあえてこれを見なかった。

はたして、わが愛する琳派の最高傑作は目の前に現れてくれたか?入館する前、飾りつけのバナーに絵の一部が描かれていたから、“これは展示されているかも?!”と色めきたったが、ううーん、ダメだった。残念、残念!見れる確率は30%くらいと思っていたからこれは仕方がない。

ここには“松島図”のほかにもチャールズ・ラング・フリーア(1854~1919)が蒐集した日本画の傑作が沢山ある。それらがもし出ていたら見逃すと悔いが残るから、事前に美術本でフルチェックしていた。ざあーっとあげてみると、

★宗達 “雲龍図”、“扇面貼付屏風”
★尾形光琳 “群鶴図屏風”、“伊勢物語図”、“菊流水・蔦の細道図団扇”
★酒井抱一 “三十六歌仙図屏風”
★鈴木其一 “白椿・薄野図屏風”
★狩野永徳 “琴棋書画図屏風”
★狩野山楽 “花鳥図屏風”
★狩野光信 “玄宗・楊貴妃図屏風”
★円山応挙 “雁図”
★英一蝶 “田園風俗図屏風”
★渡辺崋山 “佐藤一斎像”
★喜多川歌麿 “月見の座敷図”(肉筆画)
★葛飾北斎 “富士と笛吹童子”、“波濤図”、“海浜富士遠望図屏風”、
  “富士の見える田園風俗図屏風”(すべて肉筆画)。 

いずれも図版をみるかぎりどうしようもなく見たくなる絵。このなかで二重丸は宗達の“雲龍図”、光琳の“群鶴図”、応挙の“雁図”、そして歌麿と北斎の肉筆画。

館内は中国、日本、インド、イスラム、ホイッスラーコレクションなど20の部屋からなり、日本美術は4つの部屋に展示されている。作品は快慶の“菩薩坐像”などの仏像、“阿弥陀二十五菩薩来迎図”、日本画、浮世絵(今回は相撲絵)、陶磁器など。こういう展示の構成だから、リストに載せていた絵画では宗達の“扇面貼付屏風”、上の光琳
(1658~1716)の“群鶴図屏風”しか見れなかった。

“群鶴図”(六曲一双、上は左隻)はコンディションが少し悪いが、金地に様式化した鶴を横にリズミカルに配置する構成に魅了される。江戸琳派の酒井抱一、鈴木其一はこの絵を模写しており、其一の絵は06年東博で開催されたプライスコレクション展に出品されたので記憶に新しいところ。

北斎(1760~1849)の“富士と笛吹童子”(拙ブログ06/3/22)と対面できなかったのは残念でならないが、真ん中の“雷神図”と“玉川六景”(ともに肉筆画)がみれたのは大変ラッキーだった。この2点は06年の3月から5月にかけて、フリーア美術館と同じ敷地内にあるサッカラー美術館で開かれた北斎展に出品された肉筆画40数点のなかに入っているものだし、東博の図録で惹きつけられた躍動感あふれる雷神図と遭遇したのは大きな収穫である。

もうひとつのサプライズが下の“高麗青磁辰砂彩水注”(1250年)。13世紀に流行した辰砂彩は銅が紅色に発色するが、安定した発色を得ることがなかなか難しい技法。筍の皮を縁どったような鮮やか紅色と形のよさに200%感動した。

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2008.04.17

その八 マティス  ミロ  オキーフ

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20世紀美術が展示してある東館は巨大な吹き抜けになっているところだけはカルダーのモビールがあったので記憶がよみがえってきたが、ほかはまったく忘れている。だから、常設展示のある3階の展示室にたどりつくのにえらく時間がかかった。全部の作品をみるのに時間はあまり要らなかったが、リストに載せていたお目当ての作品とは半分くらいしか会えなかった。

一番消化不良感が強いのがモディリアーニの“赤子を抱くジプシー女”。残念!前回強く印象に残っているマティスの大きな切り紙絵の展示室は工事で閉鎖中だったのも想定外。また、大好きなステラやロイ・リキテンスタインの作品との対面を楽しみにしていたが、これも叶わなかった。

でも、収穫も多かったのでトータルの満足度は大きい。上はマティス(1869~1954)の“窓”。これは手元にある“世界名画の旅 朝日新聞日曜版”(全5冊)(朝日新聞社 1987年)でも取り上げられている有名な絵。一瞬、頭がくらくらした。“この絵はここにあるの?”本が出版されたときは個人蔵となっていたが、1998年、ここに寄贈されていた。宝物が急に目の前に現れたような感じである。

この絵が描かれた1905年はマティスの創作活動の転換期だった。この年マティスは北フランスからスペインとの国境近くの漁村コリウールヘ妻や娘と一緒にやってくる。これまですごしてきた暗くてさびしい色につつまれた故郷とは違い、ここでは明るい陽光のもと、家々の壁にはさまざまな色が自由に塗られていた。

これをみてマティスは色に目覚める。“もっと自由に色と遊ぼう、現実の色をこえて心に浮かぶ色を自由に表現しよう!”色彩の革命、フォーヴィスムのはじまりである。“窓”があいた部屋の壁は右がピンクで左は緑。窓から見える赤や緑、紫に塗られた船は波で船体を左右に揺らしている。目に心地よく、深い安らぎを覚える絵である。本当にいい絵に出会った。

真ん中のミロ(1893~1983)の“農園”も嬉しい一枚。昔からミロの大ファンなので、この初期の傑作には長らくフルマークがついている。所蔵していたヘミングウェイ家から1987年、ここへ寄贈されたから、前回の訪問では対面を楽しみにしていたが、どういうわけか展示されてなかった。やっとリカバリーできた。

モンロチの農村風景を描いたこの絵のなかには農婦、農機具、鶏や馬まど馴染みの動物、ユーカリの木、農家、家畜小屋などがきわめて平面的に描き込まれている。何人かの子供に農村の風景という題を与えて描かせ、そのあと一枚の大きな紙に貼り付けるとこんな仕上がりになる?ミロの詩的な感性にはまるで子供たちがもっているさまざまな夢やイメージがモザイク的に組み込まれているよう。

シカゴ美に続き、ここでもジョージア・オキーフ(1887~1986)の目の醒めるような絵と遭遇した。下の大きな花シリーズのひとつ“ジャック・イン・ザ・プルピットⅣ”。これは6点ある連作の4作目。展示されていたのはこの1点のみ。手元にある画集でみると花のフォルムは次第に抽象へ向かい、最初の作品と比べリアルな部分を残しているのは雄しべだけ。

拡大された花は小さく描かれたときは見えなかった細部が強調されてその美しさに思わず惹きつけられる。が、画面からはみ出すくらいに拡大されると具象としての花のイメージが消え、抽象美の世界に入ってくる。この具象をイメージさせながら抽象へ誘う画風がオキーフの一番の魅力。ここにはクプカの絵(拙ブログ04/12/6)を見るときのような気持ちのいい刺激がある。

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2008.04.16

花下遊楽図屏風 & 四条河原遊楽図屏風

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東博本館の国宝室で久しぶりに狩野長信作“花下遊楽図屏風”(3/25~4/20)をみた。同じ国宝で狩野秀頼が描いた“観楓図屏風”のほうは毎年のように展示されるのに、この風俗画はなかなか姿を見せなかった。はじめてお目にかかったのはもう16年前だから、04年横浜に戻ってきたとき、この絵との再会を切に願っていた。でも、なかなか実現せず、4年経ってようやく対面することができた。

これを頻繁に展示しない理由がわからないのだが、それは屏風のみてくれにあるのかもしれない。六曲一双の屏風の右隻三・四扇は関東大震災で焼失したから、そこだけがぽこっと空いている。学芸員はこんな屏風の美しくない姿をあまり見せたくないと思っているのだったら、その気持ちはよくわかる。それともコンディションの問題?

上は左隻(部分)で綺麗な衣装を着て踊っているのは男ではなくて男装した女たち。全部で8人いるが左右4人ずつでグルーピングされている。右のグループのほうが一人々が互いに重ならないように描かれているので、体の動きや身のこなし方をしっかり目に焼きつけられる。一番動きのある姿で描かれているのが右から二番目の麗人。刀を首のところにまわして両手でもち、腰を思いきり左のほうへつき出している。それに呼応するかのようにその左隣にいる男は綱引きをしているような格好で左の足をすこし上げ、重心をうしろのほうへもっていっている。

左のグループの四人は衣装の色が地の土色と似ていることと、互いの間隔が狭いので、踊っている様子にいまひとつインパクトがない。よくみると体の形は右のほうの四人と似てなくもない。ここでも目がいくのが扇を手にして右の赤い着物の男のように、体を大きき横に曲げて踊っている男。こういう風流踊りの絵をみるのは実に楽しい。

静嘉堂文庫で行われている“遊びと装い展”(4/12~5/25)に修復の終わった“四条河原遊楽図屏風”(重文)が展示されるというので初日にでかけた。前回見たのは03年の10月。この展示の後、屏風の全面的な修理がなされていたので4年半ぶりの登場である。パネルで修復された箇所の前と後の変化が解説されていたが、確かにコンディションは前よりずっと良くなっている。

これは二曲一双の屏風で、400年前、京でもっとも賑やかな場所だった四条河原界隈が描かれている。真ん中は左隻のほう。右の川は鴨川。川は右隻の左上にも描かれており、男が投網しようとしているところや別の男が魚のかかった網を引き上げているところなどがみえる。この青く流れる鴨川をへだてて、ふたつの遊女歌舞伎の舞台とさまざまな芸能や見世物小屋が並び、流行のエンターテイメントをもとめて大勢の老若男女が行き交っている。

左上の舞台で華麗に踊っている女たちの白い顔はみなきれいに描かれている。そして、この晴れやかな舞台を色鮮やかで洒落た意匠の模様をした衣装に身をつつんだ男や女たちが熱いまなざしで眺めている。下は見世物小屋のひとつ、風流笠をつけた尺八演奏。客は生け花と尺八を一緒に楽しめるのだから、風流きわまりない。これをみると日本の芸能の伝統というのはすごいなと思う。小屋はほかに四つある。おもしろい動物もいるからこれは見てのお楽しみ!

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その七 ゴッホ  ロートレック  ピカソ

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5点あったゴッホ(1853~1890)の作品のなかで、前回見たときの記憶がよく残っているのが上の“ムスメ”。これはゴッホがアルルにいたとき、“お菊さん”という長崎を舞台にしたピエール・ロティの小説にいたく感銘し、地元の少女を日本人のムスメ風に描いたもの。絵の描かれたいきさつを知ってしまえば、“ああー、そういうとこでムスメになっているのか”と納得するが、ゴッホには悪いがこれを見て日本の田舎の娘をイメージすることはない。

どこからみてもこれはアルルの素朴な少女の肖像画。たぶん大半の日本人は、いや日本を知っている外国人だってそう思うにちがいない。惹きつけられるのがその曲がり具合が体の細さを強調するブラウスの赤と紫のストライプとびっちり描かれたスカートの水玉模様。装飾的で強い色彩表現がおとなしそうだが芯の強そうな少女の個性を見事に引き出している。

日本人に心酔したゴッホは頭を丸め、背景を“ムスメ”と同じうす青緑にして自画像(ボストン・ハーバード大フォッグ美蔵)を描いた。目はうす緑に描かれ、その姿は修行する僧侶というよりは神経がピリピリしている人間のイメージ。背景の色、右斜め前方を向くポーズが“ムスメ”と同じなので、この少女の絵を見るたびにあの異様な雰囲気の漂う自画像が頭をよぎる。

真ん中はロートレック(1864~1901)の“ルーラン・ルージュのカドリール踊り”。ロートレックはスーラ、ドガとともに今回のアメリカ美術館めぐりでの重点鑑賞画家。だから、必見リストには画集からピックアップした傑作がいくつもコピーされている。シカゴでは“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”は現れてくれなかったが、念願の“ムーラン・ルージュにて”(4/6)と“フェルナンド・サーカスの曲芸師”がみれたからまずまずの出だし。

ここには真ん中の絵のほかに同じくリストに入れていた人物の輪郭がはっきり描かれた“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの一隅”など4点あった。“カドリール踊り”は“ムーラン・ルージュにて”と見たい度が同じくらいの絵。視線が集中するのが足をガット開き、うす緑のドレスをたくりあげているダンサー。この気の強そうなおばさん顔の女には圧倒的な存在感がある。そして、ダンサーと斜めに向かい合う形で二人連れの客を大きく前景に描く構図にうならされる。山高帽を被った男の体半分を画面からはみ出させるところなどは広重の絵そっくり。

ドガも人物の何気ないしぐさや動きを切り取る達人だが、ロートレックは絵の中にもっと多くの人々を登場させ、対角線上に配置したりあるいは平行に並べたりして奥行きをつくったり、またトリミングを多用して画面を大きくみせている。北斎や広重が風景表現に使った極端に拡大された近景と遠景を対比させる方法を自分流にアレンジして、ここで働いている踊り子の気分と客の浮き浮きした様子を一緒に画面のなかに写し取るロートレックの才能にはほとほと感心する。

下は東館の3階に飾ってあるピカソ(1881~1973)が“バラ色の時代”に描いた“サンタンバンクの一家”。縦2.13m、横2.30mの大きな絵だから、とても見ごたえがある。サンタンバンクは道化師役といった意味。左の端で花かごをもつ少女の手をにぎっている若いアルルカンはピカソ24歳の自画像。

青一色からピンクを基調色にしたとはいえ、この絵には隣にある“青の時代”の作品“悲劇”と同じようになにか抑圧された雰囲気が漂っている。ピカソのキュビズム前の作品には深い感動を覚えることが多いが、この絵も心をかきむしる。

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2008.04.15

その六 マネ  ルノワール  モネ

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シカゴ同様、ここの印象派コレクションも充実しており、画集に載っている名画が続々と現れるので次第に興奮してくる。狙っていた作品の8割くらい見れたので2度目の鑑賞としては上出来である。大好きな印象派だから、前回見た作品でも再会がすごく楽しみ。なかでもワクワクするのが上のマネ(1832~1883)の“サン・ラザール駅”。

18年前この絵と対面し、マネの女性画に開眼した。以来マネの女性の絵に高い関心をもってみてきたが、依然としてこの絵がベストワンを保っている。ちなみにこれに続くのは05年にあった“ベルリンの至宝展”で出品された“温室にて”(拙ブログ05/5/3)と“フォリー・ベルジェールのバー”(ロンドン、コートールドコレクション)。

ルノワールが描く若い女性や無邪気な女の子がその明るい色彩と軽妙な筆使いで見る者を愉快で心地よい気分にさせてくれるのに対し、マネの女性像は見た瞬間、画面に惹きこまれるというのではなく、しばらく絵の前に立っているとじわりじわり、えもいわれる魅力に体全体がつつみこまれるといった感じ。これはドガの絵から受ける印象に近い。ドガの絵と較べてみると、マネは人物の輪郭をはっきり描き、色彩表現で白や黒を多くつかうといった点ではドガとは異なるが、顔の表情とか画面構成はドガと似たところがある。

この“サン・ラザール駅”の構図はとてもドガ的。本を膝におき、こちらをみている女性の横で少女が後ろ向きで鉄の柵につかまり、駅から出発する汽車の煙をながめている。こういう光景はすぐイメージできるが、かわいい女の子の顔を描かない構成には誰もがハットしたに違いない。生きる喜びを描きたいルノワールからはこんな絵は絶対生まれない。

マネの傑作はこの絵だけではない。ドガの“アブサント”を連想させる“プラム”とかベラスケスの影響が強くでている“悲劇役者”や“死せる闘牛士”、そして黒の衣装が一際目立つ“オペラ座の仮面舞踏会”に釘付けになった。前回は“サン・ラザール駅”に目が眩みすぎて、これらの作品がおろそかになっていたので、しっかり目にやきつけた。オルセーに次ぐ質の高いマネコレクションと遭遇できたことを心から喜んでいる。

真ん中はここが誇るルノワール(1841~1919)の名作、“じょうろをもつ少女”。頭に赤いリボンを結んだ少女が着ている衣装が豪奢なこと。少女を描いた作品ではこれとブリジストンにある“すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢”にたまらなく魅せられている。隣にあった“踊り子”は昨年のフィラデルフィア美展でみた“ルグラン嬢”と顔がよく似ているので、是非ともみたかった絵。

どうみてもこのモデルはルグラン嬢!大人っぽい美しさをたたえた踊り子に胸が高まった。でも、ドガの踊り子と違って足が太いのでちゃんと踊れるか心配になる。ほかでは初期の作品、古典画風の“ディアナ”やドラクロアの影響をうけて描いた“アルジェの女”と対面できたのも大きな収穫。

ここが所蔵するモネ(1840~1926)の絵で有名なのはなんといっても下の“日傘をさす女・モネ夫人と息子”。オルセーにある“日傘の女”(2/28)ではモデルの顔が描かれてないのに、妻カミーユと息子を描いた最初の絵では、顔の前に引かれた白い線の間からカミーユの大きくて可憐な瞳がみえる。しばらく息を呑んでみていた。さらに、“ヴェトゥイユの画家の庭”、“アルジャントゥイユの橋”とも再会できたから満ち足りた気分になった。

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2008.04.14

その五 ヴァトー  ゴヤ  ホイッスラー

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訪問する美術館でお目当ての名画がすべて鑑賞できれば申し分ないのだが、そうは問屋がおろさない。ここでの誤算は隣の方に是非見せたかったグレコの“ラオコーン”が展示されてなかったことと、特○のフラゴナールの“読書をする少女”に会えなかったこと。現在、スペイン絵画、18~19世紀初期フランス、そしてイギリス・アメリカ絵画の展示室が工事で閉鎖されている。前回パスした“読書をする少女”と対面できないとは。残念でならない!

一部の作品は1階に設けられた臨時の展示室に飾られているというのでまわってみると、リストに載せていた作品がほんの数点あった。上はヴァトー(1684~1721)の“イタリアの喜劇役者たち”。これはルーヴルにある有名な“ピエロ”の別ヴァージョン。ピエロはここでもあまり感情を外にださず、舞台中央でポーズをとっている。足下に白いバラの花綱が撒かれているから、この場面は幕間の一瞬かカーテンコールなのだろう。やさしそうな顔つきをしているが、まわりの人物とは違い何か醒めている感じのピエロが強く印象に残る。

ここでゴヤの画集にでている名画2点に会うのを楽しみにしていたが、見れたのは真ん中の“若いポンテーホス女侯爵の肖像”だけ。ゴヤの描いた女性の肖像画では最も魅了される“サバーサ・ガルシア”との対面は次回に持ち越されることになった。だから、嬉しさも中くらいなりといったところ。

“ポンテーホス女侯爵”は緑豊かな自然を背景にしたロココ風の肖像画。昨年プラド美術館でみた“オスーナ公爵夫妻と子供たち”(07/3/20)と雰囲気がよく似ている。女侯爵が着ているのは当時フランスで流行っていたポロネーズというドレス。目を奪われるのが銀灰色のレースや紗の生地。こんな繊細な質感が出せるのはゴヤのほかにはゲインズバラしかいない。

繊細でほんわかとした空気が漂う画面の中で、ちょっとくつろげるのが右の下に描かれた子犬。左の前足を少し上げ正面をむいている。円山応挙が描く子犬のようなには可愛くはないが、不思議と違和感を感じない。この絵は女侯爵の結婚記念として制作されたものだから、この犬は古典画同様、貞節を象徴している。が、絵をじっとみていると貞節の意味はどこかへとんで、子犬はヴァン・ダイクが王妃の美しさを引き立てるのに使った小人やサルと同じ役割ではないかと見てしまう。

下の絵はホイッスラー(1834~1903)の“白のシンフォニーNo1白衣の女”。これは美術の本にのっている代表作のひとつだから、いつか会いたいと思っていた。背景と女性を同じ白で描くというのはゴッホの“ひまわり”の色彩表現と同じ発想。そして、足元に置かれた熊の敷き皮はヴァン・ダイクやゴヤのサルや犬と同じ役割だろう。

目鼻の整った女性が描かれた魅力的な肖像画なのに、発表当時は女性が持っている白ユリがしおれており、“これは処女喪失の絵だ!”と辛らつに批判された。日本画に描かれる花や鳥と違って、西洋の宗教画では花は何かの象徴(この絵の白ユリは純潔)を表すことが決まりになっているから、もう大変!そんなお話は忘れてこのホイッスラーの名作をじっくり味わった。

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2008.04.13

その四 ラ・トゥール  フェルメール  レンブラント

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この美術館めぐりツアーは今、展覧会が開催されたらいつも大勢の人が押し寄せる超人気の画家、カラヴァッジョ、ラ・トゥール、フェルメールが好きな方にとってはとりわけ魅力的かもしれない。鑑賞できる作品の数が多いのがフェルメール、仮にNYにおける自由行動でフリックコレクションを訪問するとした場合、全部で12点みられる(ワシントンナショナルギャラりー4点、メトロポリタン5点、フリックコレクション3点)。

これは現存する30数点の1/3にあたるから、一気にフェルメールの通になれる。
My“通”の定義は絵画の理屈に精通している人ではなく、本物の絵を沢山鑑賞している人のこと。だから、本物を見さえすれば誰もが“通”。カラヴァッジョについては2点(メトロポリタン)、そしてラ・トゥールは3点(ナショナル・ギャラリー1点、メトロポリタン2点)。この2人の通になるにはまだ先は長いが、両館にあるのは人気の高い作品なので、大きな一歩をふみだすことは間違いない。

ルーヴルでいい気分にさせてくれたラ・トゥール(1593~1652)の作品にここでもすごく魅了された。上の“鏡の前のマグダラのマリア”は1974年、この美術館に入った。ルーヴルの“灯火の前のマグダラのマリア”(拙ブログ3/30)と較べ、画面の闇の部分がさらに多い。

横向きの髑髏のむこうに置かれた蝋燭は“灯火の前の”よりだいぶ明るく、右手で頬づえをつき、うつろなまなざしをしたマグダラのマリアの顔を美しく照らし出している。なんとも神秘的で静謐な世界である。息を呑んでながめていた。“マグダラのマリア”はメトロポリタンにもう1点あるが、ラ・トゥールの作品に用意していた感動のタンクは満杯寸前。もっと大きいのに取り替えないと溢れ出そう。

4点あるフェルメール(1632~1675)の部屋にはひっきりなしに人がやってくる。ロンドンのナショナル・ギャラリーやルーヴル同様、皆絵の前で食い入るようにみている。フェルメール人気は衰えることなく、どんどん上昇していく感じ。“天秤を持つ女”、“手紙を書く女”、“赤い帽子の女”、“フルートを持つ女”(これはフェルメールに属する作品)はいずれも小つぶな絵で、お気に入りの真ん中の“天秤を持つ女”は縦40cm、横36cmしかない。

この絵は8年前大阪であった展覧会にやって来たから、これで3度目の対面。フェルメール作品のなかではこの画面が一番暗い。だから、はっきりとらえられないテーブル上の真珠やウルトラマリンブルーで描かれた青い布よりも、左上の窓からかすかに入ってきた光線が照らす女性の頭にかけているスカーフや衣服の白に視線が吸い寄せられる。

女性がもっている天秤ばかりの皿には何も載ってないのに、一体何を測っているのだろう?後ろの壁に掛けられている絵には最後の審判の場面が描かれている。だとすると、世俗の富の大きさを測っているのではなく、天国行きか地獄行きかを決める人々の行為や魂のあり方をはかりにかけている?うす暗い部屋のなかで、やわらかい光があたってきらめく真珠の質感描写を目に焼き付けて次の部屋に移動した。

下はチェックリストに載せていたレンブラント(1606~1669)の“ルクレチア”。専制的なローマ王の息子に陵辱を受けたルクレチアが自害する直前の瞬間が描かれている。レンブラントに惹かれるのはこういう物語や事件の決定的瞬間を表現するとき、人物の肉体的な苦痛や悲しみや苦悩といった心の内面を顔の表情や身振りで表し、緊張感あふれる画面をつくりだしているところ。収穫の一枚だった。

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2008.04.12

その三 ルーベンス  ヴァン・ダイク  ティエポロ

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西洋絵画を鑑賞していて作品の数で圧倒されるのがバロックの絵画。なかでも、どこの美術館へ行ってもどうしてこんなにあるの?というくらい飾ってあるのがルーベンスの絵とヴァン・ダイクの肖像画。ナショナル・ギャラリーにも質の高い作品が並んでいる。ルーベンス(1577~1640)が7点、ヴァン・ダイク(1599~1641)はこの倍の14点。

ルーベンスに目をみはる絵があった。それは大作の“ライオンの中のダニエル”。預言者ダニエルは動物園の飼育係りではないかと錯覚するほど多くのライオンに囲まれている。数えてみたら、実物大のライオンが10頭いた。ライオンの登場する宗教画ですぐ想い浮かべるのは“聖ヒエロニムス”。このライオンは聖人に足に刺さった刺をぬいてもらったので、従順でおとなしい。

ダニエルとライオンの関係も悪くない。名声の高まった預言者ダニエルはねたまれて、ライオンの洞窟に投げ込まれるが元気一杯のライオンは何の危害をも加えようとしない。でも、ダニエルのまわりにいるライオンは本物そっくりで生き生きと描かれているので、よくニュースで流れてくる動物学者とかサーカスの調教師、動物園の飼育係りが油断してライオンに襲いかかられるショッキング映像を勝手にイメージしてしまう。

心がざわざわしないでうっとり眺めていたのが上の“侯爵夫人ブリジダ・スポノラ=ドーリアの肖像”。まばゆく輝く小さめの顔と金銀の模様が精緻に織り出されたサテンのドレスのなめらかな質感描写に目が点になる。ヴァン・ダイクの女性肖像画を彷彿とさせる衣襞の描き方にまったく心を奪われた。これまでルーベンスの女性画を何点もみてきたが、この夫人の衣装が一番輝やいている。これは一生の思い出。

そして、ヴァン・ダイクの真ん中の“王妃ヘンリエッタ・マリアと小人”もとびっきりの肖像画。これは手元にある画集でもう何年もながめていた憧れの絵。色白で大きな目をした王妃の目線に体がとろけそうになる。やわらかく折れ曲がる衣襞の描写も完璧。このイギリス国王チャールズ1世の王妃は実際はこんなに美人ではなく、ヴァン・ダイクは大いに美化して描いた。

国王の首席宮廷画家ともなると、モデルの願いを無視して描くなんてことは許されない。多少、いや大胆に美化して理想的な女性に仕上げるのが大事な勤め。で、ヴァン・ダイクが描く女性モデルたちはその個性があまり感じられず、だれもが王妃ヘンリエッタ・マリアとよく似たイメージになる。王妃の絵がどうしようもなく好きだから王妃の増殖は大歓迎。この絵をMy好きな女性画の最上位の席にお迎えした。

下の絵ははじめて取り上げるティエポロ(1696~1770)の“アポロンとダフネ”。この絵を是非紹介しようと思ったのはダフネを必死に追うアポロン君が泣