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2008.02.12

その二 ミロ  エルンスト  グロス

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テート・ギャラリーからテート・モダンに移管された作品のなかで核となるのがダリらシュルレアリストの作品。だから、必見リストには前回訪問時購入したシュルレアリスム小冊子に載っている絵がいくつも入っている。で、ひたすらダリの傑作“ナルシスの変貌”や見逃したデルヴォーの“眠れるヴィーナス”や“レダと白鳥”を探した。

ところが、ダリもデルヴォーも一点もない。どうしてー?!美術館の人に聞くとダリの作品はアメリカに貸し出されているという。隣の方に“ナルシスの変貌”やハッとするオブジェ“ロブスター電話”をみせたかったのだが、残念!二重丸の“レダと白鳥”と対面したかったのに。デルヴォーはこれで二連敗。

そのかわり、マグリット、ミロ、エルンストは予定していた作品をほぼみることができた。上はミロ(1893~1983)がマッソンに誘われてオートマティスム(自動記述)で描いた“ペインティング”。これは横に飾ってある丸いフォルムを基調にしたユーモラスな鳥や女、月が登場する“月光のなかの女と鳥”とか昨年、埼玉県近美でみた“夜の中の女たち”(拙ブログ07/2/23)と違って、抽象度の高い絵。

アートマティスムというのは何も考えず、頭を空にした状態で筆の動くままに描き、フロイトの主張する意識下の世界を形にする実験だから、フォルムは具象とはおよそかけ離れ、抽象的なものになる。でも、印象に強く残る色の組み合わせと簡潔なフォルムはその後のミロの静寂と夢の世界を少し匂わせる。

真ん中はエルンスト(1891~1976)の代表作のひとつ“セレベスの象”。この絵と出会ってからはエルンストというとすぐこの絵を思い浮かべるようになった。画家がフロッタージュの技法で制作した作品は山に生えている苔のお化けとか川のヘドロが連想され、生理的にしっくりこないのだが、この象には腹の底から魅せられている。

怪物のようだがどこか愛嬌のあるこの象は人類学の雑誌で偶然見たスーダン人のとうもろこし貯蔵容器の写真から霊感を得たらしい。右下には首のない裸婦がいたり、象の隣には細長い兵士らしき人物が横向きに立っている。ダリともマグリットとも異なるエルンスト独自のシュールな画風をしっかり楽しんだ。

初見の絵でギョッとしたのは下のグロス(1893~1959)の絵。見ればすぐわかるが自殺の場面が描かれている。題名は絵のままの“自殺”。真ん中で倒れている男はいましがた拳銃で頭をぶち抜いたのであろう。左では男が首をつっている。画面全体を塗りつくした赤は男の頭から流れ出る血と爆弾の投下で街が燃え上がる炎のイメージ。

反軍国主義をとなえ、社会を辛らつに風刺した“社会の柱石”(06/2/2)も鮮烈なイメージをもった絵だが、第一次世界大戦さ中、不安や閉塞感に精神を圧迫された人間の悲しい結末を赤と黒で描いたこの絵も胸をかきむしる。

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