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2007.11.11

仁和寺と仁清の御室焼

63今回の京都美術旅行は狩野永徳展をみるのが目的だから、このあとどこへ行くかは京博にとられる時間をみて決めることにしていた。

10時10分くらいに入館し、出たのは
12時半。予定の時間を30分オーバーしている。

“洛中洛外図”を一度観ていたから、これくらいの時間ですんだが、初見だったら、もう30、40分必要になるところだった。12時を過ぎているので、あまり欲張った訪問計画は立てられない。

で、平常展にタイミングよくでていた追っかけ作品の“仏眼仏母像”(国宝、高山寺)を素早くみて、仁和寺へ向かった。ここは当初予定になかったのだが、新幹線の新横浜駅でたまたま手に取った京都案内チラシに“仁和寺霊宝館名宝展”(10/1~11/25)が掲載されていたから、急遽プライオリティを一番にしたのである。

狙いは長らく対面を待っていた“孔雀明王像”(国宝、北宋時代)。これは仁和寺自慢のお宝のひとつ。これまで見る機会はあったのに、展示替えなどで縁が無かった。展示作品のなかにこれを見つけたときは“今日は早朝からツイてるぞ!”と小躍りした。

が、また残念な結果に終わった。京都駅からバスで45分もかけて仁和寺まで出かけたのに、この絵の展示は10/1~15と既に終了していた。ドッと疲れがでた。チラシにはこの絵の展示期間まで書いてないからてっきり全期間飾られているものと思う。残念だが、こういうこともある。

何年か前に来たときは、霊宝館は閉まっていたから、気を取り直して別のお宝をみた。仁和4年(888)に建立された金堂(国宝)の本尊である“阿弥陀三尊像”(国宝)とは初対面。檜を用いた一木造で、真ん中の柔らかい肉付けが特徴の阿弥陀如来像はあまり大きくない。両手で結ぶ定印の印相は、これが日本では最も古いらしい。チラシに使われていた“愛染明王座像”(重文)が隣に飾ってあったが、暗くて肝心要のインパクトのある顔がはっきり見えない。よほど前の囲いを飛び越えようかと思った。

右は野々村仁清作、“色絵瓔珞文花生”(いろえようらくもんはないけ、重文)。この大きな花生と会うのは3度目。昨年、京博であった“京焼展”でもみた。これは仁和寺の門前に窯を開いていた仁清が寺に寄進したもの。京焼随一の名工、仁清は野々村清右衛門という名前だったが、自分の窯でやいた製品に、仁和寺の仁と清右衛門の清を併せた“仁清”という印を捺したために、“野々村仁清”と呼ばれるようになった。

この窯で御室焼がつくられていたのは1648年あたりから1699年の頃まで。仁清から釉薬や土の調合の仕方を教わった尾形乾山の鳴滝窯は仁和寺の北西、そう遠くないところにある。“孔雀明王像”には会えなかったけれど、大好きな陶工、仁清の花生を見れたから気分をよくして寺を出た。

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コメント

乾山、今出光でやっていますがこれが質も高いしNHKが絡むとやはりすごいなあとー。
鳴滝の窯の発掘調査の研究披露という意味合いを兼ねた展覧会ですね。
いづつやさんは「ぐるっとパス」ですか、それなら無料ですよね!
しかし素晴らしい展覧会なのにお客さんが少なかった。
仁清も三点出ています。

投稿: oki | 2007.11.12 10:57

to okiさん
この展覧会で秘かに期待しているのは乾山の絵
なんですよ。ずっと追っかけているのが入って
いれば最高なのですが。ぐるっとパス券を使い
14日出動の予定です。

投稿: いづつや | 2007.11.12 15:22

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