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2007.11.30

大徳川展の源氏物語絵巻

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10/10から開催されている“大徳川展”(東博、12/2まで)が大盛況である。一度みているので(拙ブログ10/16)、後期はお目当てのものをさらってみて出てくるつもりだったが、入りのところでストップをかけられてしまった。開幕直後だというのに入館30分待ちだという。長いこと東博に通っているが、入場制限されたのははじめて。

これほど混んでいるとは思ってもみなかった。この調子だとお昼ごろは1時間は軽くこえる待ち時間になりそう。大盛況の理由はいまひとつわからないが、再度の対面を楽しみにしていた刀や“初音の調度”がしっかりみれるかあやしくなってきた。

中に入ると当初の作戦通り、まず酒井抱一の“双鶴・七草図”をめざした。ある程度予想していたことではあったが、鶴も七草もそれほど響かない。まあ、アベレージといったところ。琳派狂いとしては保険のつもりだから、これはこれでいい。

次は“初音の調度”。このあたりになると皆見疲れているから、展示品の前では“綺麗ね、豪華だね!”と感嘆の声があちこちで上がる割りには列は停滞しない。で、狙い通り、鶯や梅、池に浮かぶ龍頭の舟、和歌の文字などの意匠が精緻に施された蒔絵調度をしっかり目に焼き付けた。これほど多くの“初音の調度”を見る機会はこの先当分はないだろう。一生の思い出になる。

名古屋の徳川美術館からやってきたお宝のもう一つの目玉が“源氏物語絵巻”。所蔵する15場面のうち3つ(柏木一、橋姫、東屋一)が会期中3回に分けて展示され、今は上の“東屋一”が出ている。これを見るのは3度目。2年前、徳川美で下の復元模写と一緒にじっくりみたので作品との親和性がとても高い(05/11/14)。また、昨年、五島美でも巡回展(06/2/19)をみたから、絵巻全体が体のなかにしみこんでいる。

原画で印象深いのは右にいる待女が着ている装束の橙色、襖障子に描かれた木々の細かな描写、そして左の上のほうで絵草紙を見入っている浮舟や待女たちの長い黒髪。下の復元模写をみるとこの絵巻のすばらしさが実感される。原画だと真ん中の几帳の意匠は肉眼では全く見えないのに、実際には草や小さな鳥が描かれていた。そして、目を奪われるのが絢爛たる色彩で緻密に描かれた装束。

この絵のなかで不思議に思うことがふたつある。浮舟と右にいる待女の顔と二人の向きがまったく同じなのと待女に髪を梳かせる異母姉妹の中君の頭が異常に小さいこと。

最近、テンションをあげてみている刀は鑑賞にかなり時間がかかったが、なんとか国宝の刀に表れた美しい刃文をみることができた。予定の時間を大幅にオーバーしたものの、今回も大きな満足が得られた。

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2007.11.29

年末は懐かしのポップミュージック三昧!

89例年、11月、12月はBS2やNHKの音楽番組から録画したMy好きな音楽ビデオを聴いて過ごしている。

トータルすると30時間くらいのテープにオムニバス風に入っているのはとくに好きなクラシック、オペラのアリア、海外のポップス、日本の小田和正の歌から美空ひばりの演歌など々。

このビデオづくりは実に楽しい。が、夢中にさせる曲が番組のなかで流れてこなければビデオのしようがないから完成するのに時間がかかる。

出来上がったものは“α波が出る名曲50選!”、“気がめいったとき聴きたい楽しい曲!”といったタイトルでレコード会社が売り出しているCDのように整理された編集ではないが、一応ときどきの気分によりテンポや曲想をチョイスできるラインナップにはなっている。

人に聴かせるためにつくっているのではないが、テープの完成度を上げるため、曲の入れ替えは欠かせない。時代の空気や自分の心の変化とともに、音楽の好みが変わることはよくある。だから、あまりフィーバーしなくなった曲とか曲同士の響き合いがしっくりこないものは消して別の曲に入れ替える。

今、多くの時間を割いて聴いているのが海外の懐かしいポップミュージック。英語の勉強も兼ねて小さいころからアメリカやイギリスのポップスを数えきれないほど聴いてきた。だが、手元には若いころ夢中になって聴いたレコードやCDは一枚もない。これはある時期から聴く対象がクラシックとオペラ一辺倒になったため。もともとコレクションの趣味が無い。

で、3年くらいまえBS2で放送していた“懐かしの1960年代、70年代、80年代ポップス!”に流れた曲を録画し、これでいい気分になっている。そのなかから大好きな曲をいくつか。モータウンレコード系の黒人歌手が歌った曲に好きなのが多い。

★‘悲しき雨音’(1963) カスケード
★‘マイ・ガール’(1964) テンプテーションズ
★‘ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ’(1965) シュープリームス
★‘マサチューセッツ’(1967) ザ・ビージーズ
★‘花のサンフランシスコ’(1967) スコット・マッケンジー
★‘青い影’(1967) プロコルハルム
★‘スィート・キャロライン’(1969) ニール・ダイヤモンド(左の写真)
★‘明日に架ける橋’(1970) サイモン&ガーファンクル
★‘いとしのレイラ’(1970) エリック・クランプトン
★‘雨にぬれた朝’(1971) キャット・スティーブンス

★‘ユー・ガット・ア・フレンド’(1971) キャロル・キング
★‘夜汽車よジョージアへ’(1973) グラディス・ナイト&ピップス
★‘やさしく歌って’(1973) ロバータ・フラック
★‘トップ・オブ・ザ・ワールド’(1973) カーペンターズ
★‘セイリング’(1975) ロッド・ステュアート
★‘ホテル・カリフォルニア’(1976) イーグルス
★‘ダンシング・クィーン’(1976) アバ
★‘夢のシャイニング・スター’(1980) マンハッタンズ
★‘エンドレス・ラブ’(1981) ダイアナ・ロス&ライオネル・リッチー
★‘ニューヨーク・シティ・セレナーデ’(1981) クリストファー・クロス

★‘愛と青春の旅立ち’(1982) ジョー・コッカー
★‘哀愁のヨーロッパ’(1982) サンタナ
★‘ハイスクールはダンステリア’(1983) シンディ・ローパー
★‘オール・アット・ワンス’(1985) ホイットニー・ヒューストン
★‘オールウェイズ・ラブ・ユー:映画「ボデイーガード」’(1992)ホイットニー・ヒューストン
★‘オール・フォー・ラブ:映画「三銃士」の主題歌’(1993) ブライアン・アダムス
★‘タイム・トゥ・セイ・グッバイ’(1996) サラ・ブライトマン
★‘アルゼンチンよ泣かないで’(1997) マドンナ
★‘マイハート・ウィル・ゴーオン:映画「タイタニック」’(1997) セリーヌ・ディオン

今年、よく聴くのがニール・ダイヤモンドが歌って大ヒットした“スィート・キャロライン”。ワールドチャンピオンになった松坂、岡島が所属するレッドソックスの本拠地、フェンウェーパークでは8回表の相手チームの攻撃が終わるとこの曲が場内に流れ、皆が“♪♪スィート・キャロライン、オーオーオー”の大合唱。つられてこちらまで“♪♪スィート・キャロライン”を口ずさむ。

“マイ・ガール”と“夢のシャイニング・スター”は歌もすばらしいが、踊りのふりがものすごくカッコいい。“夜汽車よジョージアへ”なんかは今聴いても鳥肌がたつくらいいい曲。これの日本版がBOROが歌った“大阪で生まれた女”。次回は好きな日本の歌を。

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2007.11.28

東博浮世絵エンターテイメント! 春信・歌麿

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東博平常展の浮世絵コーナーに嬉しい絵が出ていた(展示期間は11/20~
12/16)。それは上の鈴木春信作、“紅葉舞”。この絵を知ったのはつい最近。“週間アーティストジャパン・鈴木春信”(デアゴスティーニ)の最初の頁に載っていた。所蔵しているのはボストン美とある。まだこんないい絵が残っていたとは!流石、ボストン美という感じ。

追っかけリストに即加えたが、会えるのはかなり先のことかなと思っていた。ところが、東博がこれをもっていて、平常展に出てきたのである。天にも昇る気持ちで対面した。言葉を失うほどすばらしい絵。あの小柄な春信美人が両手に傘をもち、紅葉が舞い散る中、軽快に踊っている。視線が自然に二つの傘の間にいき、女のしなやかな舞の姿と体の動きにあわせて真横に曲がる着物の袖や裾のフォムルに見入ってしまう。

隣にある同じく春信が描いた釣竿と鯛の玩具を持つ若衆を恵比寿さんに見立てた“見立恵比寿”もぐっとくる。ミネアポリス美に続き、またまた春信のいい絵と遭遇した。“春信をもっともっと楽しみなさいな”というミューズの声が聞こえてくるようだ。

今回は歌麿も豪華3点セット!まず、大作の“橋の上下”。3枚続で橋の上の光景と下の屋根船における遊興の場面を描いている。船頭の2人をのぞく女性群像図は見ごたえがある。手前のお酒を飲んだりして船遊びを楽しんでいる女たちばかりに目がいくが、太い橋柱の間からみえる遠景に目をやると、水面のさざなみや川の両サイドにある家々、米粒みたいに小さな人たちがしっかり描かれている。遠くに浮かぶ船の縮め方が実に上手いので、非常に奥行きを感じる空間になっている。

下は“高名美人六家撰 辰巳路考”。歌麿の美人画のなかではお気に入りの一枚。耳のうしろに手をやるしぐさが愛らしい。富本豊雛(拙ブログ07/8/30)に較べ、色数が多く、袖口の緑との対比が目につく黒襟が画面をひきしめている。もう一枚はこれも傑作、“姿見七人化粧・びん直し”(06/12/10)。襟足の美しさと鏡のなかに表情をもみせる構図が巧み。モデルは難波屋おきた。寛政期、美人の誉れ高かったのがおきたと高島屋おひさ。人気はおきたのほうがあったようで、歌麿もおきたの大首絵を多く描いている。

ここ数年一貫して追っかけている歌麿の名画には会えるし、リーチ一発ツモで春信の絵との対面が実現するし、こんないいことばかりあっていいのだろうか!浮き浮き気分で次の美術館へ向かった。

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2007.11.27

TV映画「点と線」

853連休にテレビ朝日で放送された松本清張作、ビートたけし主演の“点と線”の余韻に浸っている。

土日、リアルタイムでは見ずビデオ収録したのを昨日一気にみた。5時間もTV画面と向き合うのはBS2でよくやる“○○美術100選”くらいなもの。

途中で退屈するところが全然なく、劇場で映画をみているのと変わりなかった。TV史上に残る超一級の作品といってまちがいない。好きな事件物映画はこれまで“天国と地獄”(1963)、“飢餓海峡”
(1965)、“砂の器”(1974)をベスト3にしていたが、劇場映画ではないがこの“点と線”を即加えた。

原作がとびぬけて面白いことがこのドラマに夢中にさせる一番の理由だが、出演している役者の高い演技力が心を揺すぶる。博多に住む普通の刑事鳥飼に扮したビートたけしの演技が秀逸。喜劇でもシリアスな役でもすばらしい演技をみせた役者としては、“飢餓海峡”に同じく刑事役で出演した伴淳三郎がいるが、たけしは伴淳同様、哀愁を漂わせながらベテラン刑事を演じている。

捜査が行き詰まり、活路が見出せないとき、犯人を絶対捕まえるという刑事魂と執念がよびこむのであろうか、鳥飼と警視庁のエリート若手刑事三原(高橋克典)は犯人がしかけたトリックを解き明かしたり、アリバイを崩すヒントをひょうんなことから偶然思いつく。この状況が急転回するところがサスペンスドラマの一番の見せ場。はじめのころ、東京から来た三原刑事のことを鳥飼刑事がへらへらしながら“三原さんは勘が悪いよね!”と三原がいないところで言う場面が笑わせる。

二人の犯人安田(柳場敏郎)へ立ち向かう心が強く響き合うにつれ、犯人が飛行機を使って福岡から札幌に移動し事件当日のアリバイをつくったことや汚職の鍵をにぎる官僚と料亭の仲居が情死したと見せかける偽装トリック、そしてあの“東京駅の4分間のトリック”を解き明かしていく。

ミステリー史に残る“空白の4分間”のアイデアを松本清張はどうやって思いついたのだろうか?病気のため外に出られない犯人安田の妻亮子(夏川結衣)は時刻表を見ながら想像をめぐらす。“私はふと時計を見る。午後1時36分である。私は時刻表をくり、駅名をさがす。全国のさまざまな土地で汽車が一斉に止まっている。たいそうな人たちがそれぞれの人生によって、降りたり乗ったりしている。目を閉じてその情景を想像する” 

空間的には離れているいくつもの駅(点)がその時間に結ばれ(線)、瞬間的に関係づけられる。だが、つぎの瞬間にはその線は消え、また別の駅と駅が結ばれ、それぞれの町、乗客、そしてその人たちの色々な生き様が現れる。My“点と線”は“洛中洛外図屏風”のイメージ。一生の思い出になる“点と線”だった。

テレビ朝日は名作のリメークに気合が入っている。“天国と地獄”、“点と線”と続けば、当然次は“飢餓海峡”だろう。来年是非つくってほしい。

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2007.11.26

乾山の芸術と光琳展

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現在、出光美術館で行われている“乾山の芸術と光琳展”(11/3~12/16)は予想を上回る乾山の大回顧展だった。焼き物の本によく載っている個人や美術館の所蔵する代表作がほとんど結集しているといって過言でない。

出光美は今年、“志野と織部展”(2月)とこの乾山展と2本もホームランをかっ飛ばしてくれた。“志野と織部展”は出光だけの展示だったが、本展は出光のあと、MOA
(08/1/18~2/26)、京都文化博物館(3/8~4/13)を巡回する。

作品は尾形光琳の絵が数点あるが、ほとんどが尾形乾山のやきものと絵。また、今回の楽しみでもある兄の光琳が絵付けをし、乾山が詩賛を書いた兄弟合作の角皿などは会期中12点展示される。これだけ多くみれるのはめったにないから、ニコニコしながら見た。上はそのひとつ、“銹絵寒山図角皿”。光琳が描く寒山は中国画とはちがい、ふっくらとまるく愛嬌のある顔をしている。親しみが持てるのは光琳の“兼好法師図”(MOA)も同様。二人の顔はそっくり。

数多くある乾山のやきもののなかで、印象深いもののひとつが真ん中の“銹絵百合形向付”(MIHO NUSEUN)。新興の元禄町人のニーズに応えるため、乾山は茶器をメインとせず日常的に使われる会席道具をたくさんつくった。これはとてもインパクトのある向付。変形の六弁花形と銹絵ではっきり描かれた輪郭と百合の花がいつまでも頭から離れない。ほかで“茶色の美”が目一杯感じられるのが初見の“銹絵染付絵替土器皿”(MIHO MUSEUM)や“銹絵染付春草文蓋茶碗”。

色絵の作品をみるたびに乾山の豊かな色彩感覚に驚かされる。乾山は現代でも充分に通用するカラリスト&デザイナーと思わせるのが下の“色絵石垣文角皿”(京博)。この氷裂のデザインは中国明末の絵や陶磁を参考にしたものだが、これは色数も多く、緑や黄色の色面の形がとてもやわらかく洒脱な感じ。この時代を突き抜けるデザイン感覚にいつも言葉を失う。これと似た模様は“色絵紅葉文壺”(出光美)でも楽しめる。

定番の“色絵定家詠十二ヶ月和歌花鳥図角皿”が3つ(MOA、出光、個人)もみられるのは大回顧展ならではの醍醐味。月毎に鳥や花の描き方、構成を較べてみるとどれが一番魅力的かがわかる。やきものに慣れてない方でも、MOA、個人、出光(拙ブログ05/9/4)の順番になるのではないだろうか。

乾山がやきものを学んだ楽焼、仁清の作品も数点あるから、京焼の流れ全体がつかめる上、琳派芸術が堪能できる。満足度200%の特別展であった。

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2007.11.25

東京コンテンポラリーアートフェア2007

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新橋の東京美術倶楽部で開かれていた“東京コンテンポラリーアートフェア2007”
(11/23、24、25)をのぞいてきた。日本における最前線のコンテンポラリーアートについてはまったく知らないから、48あるギャラリー・画廊をまわるのもおっかなびっくりな感じで、目線がどうも定まらない。

4Fからスタートした。西村画廊に今注目している町田久美の“レンズ”があった。少年が坊主頭の後に両手をまわし、皮膚を切り裂くようにして中にある目ん玉をみせている。束芋、石田徹也、町田久美ら最近のアーティストは体をよく切り刻む。町田久美の作品をみるのを楽しみにしていたが、1点だけだったのは残念。画廊通いをしないから、どこの画廊がこの業界で大手なのかわからないが、ここはスペースがほかより倍くらいあったから、トップクラスの画廊にちがいない。

この前に韓国のギャラりーが5つ並んでいた。そのひとつUMギャラリーにいい絵があった。上はDong-Heon、Yeoの作品。草原を移動する豚、ライオン、牛、羊らの群れが画面いっぱいに描きこまれている。明るく彩られた可愛い動物キャラクターのシールをペタペタ貼ったよう。ぱっとみてすぐ、村上隆の“COSMOS”(拙ブログ05/2/14)が頭に浮かんだ。置いてあったパンフレットには同じような絵が2点載っていた。まるで知らない作家だが、韓国では人気のアーティストのような気がする。

次のブースにでていたLee-Nam、LEEの屏風映像を夢中になってみた。8扇のひとつ々にちがった花鳥画が描かれており、そのひとつが宗達の“蓮池水禽図”。これをじっとみていると2羽の水禽が池の中を動き回り、水の流れも微妙に変化する。また、右端扇の枝にとまっている数羽のスズメが一羽ずつ飛んでいき、隣の扇子に入り込んでいく。はっとするアイデアは絵だけではない。バックミュージックに使っているのが大好きな曲、バッヘルベルの“カノン”!東洋の絵と西洋の音楽をうまく組み合わせているのである。この美的センスはすごい。200%感動した。こういうのを見ると現代アートも面白いなと思う。

3Fにあったギャラーで足をとめてじっくり見たのが大島梢の“無辺りの指標Ⅲ”。海の波しぶき、鳥の羽、空の雲のボリューム感あふれる描写に釘付けになる。

彩鳳堂画廊には、このフェアで是非見たかった榎俊幸さんの作品、“秋鳳図”があった。榎さんはアーティストらしい上手いネーミングの“絵ノローグ”というブログをもっておられ、今回の作品のことを書かれているので、絵のほうはそちらで見ていただきたい。日本橋三越であった個展(9/25~10/1)にも白い鳳凰の絵が3点あったが、ここに展示されているのはこれらより大きい100Fの絵。

以前、狩野探幽の“桐鳳凰図屏風”(サントリー美、07/4/8)を取り上げたとき述べたように、鳳凰の絵はあまりお目にかからない。平等院や金閣寺の屋根の上に飾られたものは遠くにあるので、その姿は実感できない。で、鳳凰のイメージは探幽と若冲(06/7/8)の絵と8年前あった“宋磁展”(山口県立萩美・浦上記念館)で見た下の“白磁刻花牡丹唐草文鳳首瓶”(大英博物館)や東博の“白磁鳳首瓶”(現在、東洋館で展示中)で形成されている。

これらと較べると榎さんの鳳凰は嘴や目の鋭さが消え、とても品があって優雅な鳳凰である。気に入っている若冲の鳳凰は地の色と羽の茶色が重なったり、隣にもう一羽いることもあり、鳳凰のフォルムがぱっとつかめない嫌いがあった。これに対し、目に前にいる尾っぽを長くのばした白い鳳凰は圧倒的な存在感で描かれている。羽一枚々の描写が実に精緻。胸の後ろあたりはうすピンクでその下の左右の羽を大きくひろげたところには金色で彩色されている。そして、えもいわれぬ美しさなのが先っぽの目玉柄。うす黄色とうす青がなんとも目にやさしい。見事な鳳凰図というほかない。

榎さん、すばらしい絵をみせていただき有難うございました。

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2007.11.24

山種美の秋の彩り展

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日本には四季があり、誰しも気温の変化や日常生活のなかでみかける木々の色づき具合、草花の種類や色で季節の移り変わりを敏感に感じとる。世の中、日本画が好きな人ばかりではないが、風景画をみることが生活の一部を占めるようになると、今生きている生の自然よりその季節を深く感じさせてくれる絵が無性に見たくなる。

そんな願いを叶えてくれるのが現在、山種美で開催されている“秋の彩り展”(11/17~12/24)。今回の作品は43点。いつもながらいい絵が揃っている。ここの所蔵品は東博の浮世絵コレクション同様、訪問するたびにはじめて見る絵が目の前に現われる。まるで底なし沼のよう。

上の東山魁夷の“秋彩”はそんな一枚。絵は画集などで知っていたが、どういうわけかこれまで縁がなかった。紅葉の真っ盛りでまさに日本の秋という感じである。山種が所蔵する東山魁夷の作品は画家のトレードマークになっている大きな絵ではなく、小さい部類の絵だが、いずれも心が洗われるすばらしい絵。まさに珠玉のコレクションである。

大作で目一杯秋を満喫できるのが奥田元宋の“奥入瀬(秋)”。昨年、奥入瀬に行ったから、この絵が紅葉が色づくころの美しい渓流をイメージさせてくれる。いつかこの時期にここを訪れてみたい。

下は小林古径の“しゅう采”。これは古径の数ある花の絵で最も好きな絵。背景に何も描かず、左から横にすっとのびた枝に実った今が食べごろの柿を見事に表現している。巧みな構成で、柿をこんなに品よく描いてみせるのだから、小林古径の感性と技量はやはり超一級。

そして、近代の日本画だけでなく4点ある酒井抱一の作品が目を楽しませてくれる。“秋草鶉図”、“飛雪白鷺”は既に何度も感じ入っているが、はじめて見た“菊小禽図”と“秋草”もぐっとくる。とくに、白、黄色、赤の菊が目に心地いい“菊小禽図”がすばらしい。

これで今年の山種通いは終了。日本画の魅力をたっぷり味わせてもらった。

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2007.11.23

佐野美術館の備前一文字展

77備前刀の名刀をみるため、静岡県三島市にある佐野美術館を訪れた。

現在、ここで“備前一文字展”(11/10~12/17)が開かれている。

東博の“大徳川展”(拙ブログ10/16)で名刀をいくつかみて、すっかり日本刀の虜になってしまった。

刀への関心が強くなると、不思議なもので、刀剣に関する展示情報がひとつふたつと入ってくる。東博平常展で包平の大太刀など国宝4口に出会い、次がこの“備前一文字展”。

日本刀の本格的な展覧会をみるのははじめてだが、素人ながら本展が大特別展ということがわかる。佐野美術館のあと、岡山市・林原美術館(08/2/23~3/30)、大倉集古館(4/6~5/18)、名古屋市・徳川美術館(5/24~7/6)を巡回する。

刀は全部で51点あり、このうち国宝7点、重文20点と名刀がずらっと並ぶ。鎌倉時代になり、備前の刀の基礎を築いた“古備前”(平安時代末~鎌倉時代初)の刀鍛冶の中から“一文字派”と呼ばれる流派が生まれる。当時、交通・経済の拠点だった“福岡”で作刀をはじめた“福岡一文字”である。

“福岡”は国宝“一遍聖絵”にも描かれている備前福岡の市で、吉井川と山陽道が交差する交通の要衝。ちなみに、鎌倉時代の中頃から室町時代末にかけて栄える長船派(おさふね)は福岡の上方2kmあたりにある。

今回幸運だったのは団体客が同じタイミングで入館したので、案内をされた女性館長さんの解説が聞けたこと。お陰で本だと分かりにくい刃文のタイプとか焼入れで生じる刃文と地の境目に表れる“沸”(にえ)と“匂”(におい)の違いが理解できた。刀全般の知識はおいおい蓄積するとして、今は刀に慣れることが日本刀の美へ近づく第一歩だから、見るポイントを刃文に絞ってみた。

一文字派の刃文は華やかだということはとくに国宝や重文のものをみるとよくわかる。右は福岡一文字を代表する名工と言われる吉房(よしふさ)の“太刀 銘 吉房”(国宝、林原美術館)。華やかな大丁子、重花丁子の刃文を食い入るように見た。もう一つの国宝(個人蔵)の華麗な刃文にも釘付けになる。

また、3口ある助真(すけざね)の重文の太刀の前では、館長に備前打といわれる“匂出来”(粒子が細かく、ぼおっと霞んでみえる)と助真が鎌倉で作刀したときの鎌倉打とされる“沸出来”(粒子が粗く、肉眼で明るくみえる)を丁寧に説明してもらったので、一文字派の生み出した桜花の爛漫と咲き匂うがごとき刃文がかなり実感できた。

最初からこんないい展覧会とめぐり合ったのはミューズのお計らいかも。これから刀剣にまっしぐらである。

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2007.11.22

日本彫刻の近代展

76東近美では現在、“日本彫刻の近代展”(11/13~12/24)が行われている。

日本の彫刻については洋画以上に知らないから、この展覧会で特別見たい作品があったわけではない。彫刻を少しまとめて見てみようというごく軽い気持ち。

過去の経験からすると、こういう振り返り型の企画展でつくられる図録はよくできていることが多い。だから、これをゲットすることも目的の一つ。

この展覧会は彫刻を鑑賞する流れとしては申し分ない。7月の“日展100年展”(国立新美)で代表的な彫刻をいくつもみたし、小平でも平櫛田中の木彫やブロンズ作品を見る機会に恵まれた。今回は写実彫刻および抽象彫刻が100点くらい展示されている。知らない名前がほとんどだし、はじめてみる作品ばかり。こういうときは目が少し慣れている作品を頼りに進むしかない。

最初にお誂えむきの作品があったので一安心。東博でときどきお目にかかる右の高村光雲作、“老猿”(重文)。はじめてこれをみたときはなんと見事な置物かと思った。彫刻にはちがいないが、西洋彫刻のイメージではない、まさに職人技的な伝統木彫。目を奪われるのが毛並みの質感表現。思わずそのウェーブがかかった柔らかい毛を触ってみたくなる。

竹内久一の“神武天皇立像”は見上げるほど大きな作品。高さは3mある。東芸大美の“岡倉天心展”に出てた“伎芸天”も背が高かったが、これを上回る大きさ。日展で魅せられた朝倉文夫の“墓守”とまた会った。心のなかで“どうも、どうも”という感じ。橋本平八の“幼児表情”は子供の彫刻なのにすごくインパクトがある。下唇を上唇のうえにのせた顔をみると、この子はきかん坊で我が強そう。

舟越保武の作品をみるのは埼玉県近美にあるダミアン神父の像につづいて2回目。大理石を使った“婦人胸像”は一瞬、息子の舟越桂の作品かと錯覚した。これは意外!舟越桂が親の作風を受け継いでいるとは思わなかった。帰りがけに買い求めた図録は期待通り、市販もしている教科書のような本(07年8月、淡交社)。しばらくこれを読むことにした。

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2007.11.21

平櫛田中名品展

75小平市の平櫛田中彫刻美術館で井原市立田中美蔵品を中心とする企画展を見てきた(展示は11/18で終了)。

平櫛田中の彫刻は興味はあるものの、横浜からはすこし遠い小平まで足を運ぶところまではいってなかった。

が、今回広島にいるとき行きそびれた井原市の記念館にある作品が紹介されるということなので、リカバリーを兼ねて出かけてみた。

井原からは7点、個人蔵が5点、それにここの所蔵品が33点。彫刻のほかに田中の書が8点ほど飾ってある。井原からの出品がもっと多くあるイメージだったが、勝手がちがった。作品のなかで惹きつけられたのは井原からきたものより、ここのものが多かった。

館に入ってすぐ目に飛び込んでくるのが“転生”。これは不動明王を想像させる筋肉隆々とした鬼の立ち姿のブロンズ彫刻。2.38mもある高さに驚かされるが、それ以上にハッとするのが鬼の口のなか。よくみると、さかさまになった人間を吐き出している。制作のいきさつがおもしろい。“鬼は生ぬるいものは食わない。食っても、あまりのまずさに吐き出してしまう”という田中が小さい頃、郷里井原で聞かされた話しを思い出してつくったという。

右の“気楽坊”は怖いイメージの“転生”とは対照的に底抜けに楽しい彩色木彫。衣装の模様に色がついてない木彫もある。こういう指人形があるらしいのだが、これまでお目にかかったことがない。小さい頃は、この坊さんのように口を大きく開けて豪快に笑う人がよくいたが、今は酒の席でもこんないい顔をした人はまれにしか見かけない。彫刻は絵画とちがい、人物を立体的に表現するから、その精神性や表出された感情がよりストレートに伝わってくる。

“鏡獅子”(拙ブログ07/1/22)がここにもあった。これは国立劇場の鏡獅子が完成したあと、サイズを縮小してつくったもの。田中はこれをここの自宅に長く置いていたという。六代目尾上菊五郎の隈取された顔がすごくいい。惚れ惚れするほどすばらしい彫刻である。しばらく息を呑んで眺めていた。

また、地下の展示室にあった横綱玉錦の立会い前の姿を作品にしたブロンズ像にも魅了された。相撲好きだから、このミニチュアがあるとすぐにでも購入するのだが。これまで見たことのある岡倉天心像や“尋牛”などを一通りみて、とても満ち足りた気分で館をあとにした。

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2007.11.20

和光ホールの村上豊展

74銀座の和光ホールで“光 村上豊”
(11/13~21、無料)を見た。

村上豊の作品を見るのはこれで3度目。目が作風に慣れるにつれ、ますますこの画家にのめりこんでいく。

今年4月、講談社の野間記念館での個展同様、思わず笑いがこぼれる人物や動物を描いた作品や郷愁をそそられる風景画が70点あまりある。会場に入るまで知らなかったのだが、これらの作品には皆値段がついている。三越や高島屋のなかにある画廊コーナーで開かれるのと同じで、販売を目的とした個展である。

村上豊の作品で夢中にさせられるのが女性を描いたもの。一つは赤ん坊や子供と一緒の母親、もうひとつは妖艶な若い女。さらに今回新しいタイプの女性画があった。

母親シリーズはいろいろなヴァージョンがあり、どれも題と絵がよく合っている。“ほっぺ”では赤ん坊のほっぺたをやさしい顔をしたお母さんが指で触っている。“おかあたん”もわけもなく惹きつけられる。赤ちゃんはおかあたんの乳をしゃぶり、猫と女の子は腰辺りにへばりついている。

右は“あぶあぶ”という題名の絵。日常生活のなかでよくみかける母と子供の微笑ましい光景である。手や足が異常に長く、アクロバティックな曲がり方をするのが村上豊が描く女性の特徴だが、これが妙に色っぽい。

エロティシズムの香りが漂う絵は3点ある。野間記念館で見た“月の女”(拙ブログ4/10)のように、いずれも体の一部になにかが描かれている。“調”では片足を高く上げバレエを踊る女の腹あたりに赤い鳥がおり、大きな足の真ん中には三ヶ月がみえる。最も妖艶なイメージのする若い裸体の女を描いた“ぬくもり”では胸に抱いた赤ん坊のまわりに猫が3匹いる。

普通の半分くらいの屏風に描かれているのは前の二つとは別のタイプの女性。アイデアがなかなかおもしろい。“悠久”は頭をのぞく手足、胴体に村の風景が描かれている。家々が立ち並び木々や草花があり、月もでている。なんともシュールで幻想的。シャガールがこれを見たら裸足で逃げ出すにちがいない。

“飛天”の女性はさらに優雅でメルヘンチック。飛天が二人描かれ、一人は女の上の方で白い花びらを蒔き、もうひとりは女の体にいる。女の体は蓮の花でいっぱい。池には蛙や河童がおり、その上を飛天とトンボが飛びまわっている。村上豊は真にイメージ力に秀でた画家である。

東近美によく展示してある日本のシュルレアリストの絵には全く関心がない。日本人画家の作品でシュールぶりが際立っているのは谷内六郎(06/2/14)、村上豊、そして最近発見した石田徹也(11/15)。この3人には日本人の感性によって生み出された独自のシュールさがある。ダリやエルンスト、マグリットもびっくりするのではなかろうか。

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2007.11.19

サントリー美の鳥獣戯画がやってきた!

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サントリー美術館で今、開催中の特別展“鳥獣戯画がやってきた!”(11/3~
12/16)は楽しくて、あまり時間を食わない展覧会。鑑賞期間は30分なのに、館を出るときはすごくいい気分だった。

甲、乙、丙、丁巻が一度に全部見れるのが理想だが、これは学校の体育館みたいなところでないと無理。ここにはそんなに長くとれるスペースがないから、各巻前半部分と後半部分は前期(11/3~11/26)と後期(11/28~12/16)にわけて展示される。今回は鑑賞済み甲巻と乙巻(拙ブログ05/5/17)のほか、丙、丁の2巻も一緒に見られる。4巻まとめてみれるというのはそう度々あることではないから、これを企画したサントリー美に拍手を送りたい。

現在、日本が世界のアニメ界を席巻しているのはこの鳥獣戯画のお陰かもしれない。手塚治をはじめ多くの漫画家やイラストレーターがこの鳥獣戯画から多大な刺激を受けている。とくに上の甲巻に出てくる擬人化された兎や猿、蛙のおもしろさといったらない。ユーモラスでスピード感に富む動きや笑いの表現をはじめてみたとき、平安末期の頃にこんなすばらしい戯画があったのかとびっくりした。同じような体験をされた方は多いのではあるまいか。

で、この絵巻をいつも見たいと思う気持ちがむくむくを生じ、ミニ絵巻を購入した。京都の便利堂がつくっている天地11cmのもので、買った当時は頻繁に眺めていたから、甲巻に関しては場面が全部頭の中に入っている。上は猿と兎が繰り広げる弓の競技の場面。蓮の葉の的をめがけ、兎が矢を放とうとしている。絵師の高い描写力が出ているのが下で自分の番を待っている蛙たち。矢が曲がってないか確認したり、弓の張り具合を入念にチェックしているところをしっかり描いている。競技者の心理を巧に捉えた心憎いばかりの描写である。

乙巻は様々な動物が登場する動物図鑑風の絵。後期に展示される場面には当時日本にはいなかった象やライオン、また、空想上の動物、龍、麒麟などがでてくる。前半に描かれているのはよく見慣れた馬、牛、犬、鶏、鷹、鷲、隼。下は二頭の牛が角突き合わせて激突するところ。体の輪郭や筋肉の盛り上がりを表す打ち込みの目立つ墨線に惹きつけられる。

遊びに興じる人間の様子がユーモラスに描かれた丙巻は墨がうすく、また同じく人間だけがでてくる丁巻はかなり略画的な描き方なので、絵の雰囲気は甲乙巻とは随分ちがう。丙巻で興味深いのは様々な遊び。引っ張り合いの勝負は色々ある。首引きは知っていたが、耳引きや腰引きははじめて見た。また、目くらべ、にらめっこの勝負では男たちの表情を思わずじっと見てしまう。そばで見ている僧の笑い声が聞こえてくるようだ。

後期も笑いの場面に誘われてまた出かけることになりそう。

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2007.11.18

東京国際女子マラソン、野口みずきが優勝!

71今日は来年の北京五輪代表選考会を兼ねた東京国際女子マラソンを最初から見ていた。

マラソンは野球とともに大好きなので、例年数回あるレースを楽しんでいる。

今年のこの大会はアテネで金メダルをとって以来、怪我などでレースへの出場を見合わせていた野口みずきが久しぶりに走るのでいつになく目に力が入る。2時間20分を切る記録をもつ渋井陽子も走るから、二人がどんな戦いをするのかレースがはじまる前から期待が高まる。

が、皆が想像してた二人の激走はまったく見られず、結果は野口の圧勝。タイムもすばらしく、2時間21分38秒の大会新記録で初優勝した。これで五輪代表は確実。それにしても、野口は強かった。ほかの選手とはものが違うという感じ。

あのぐんぐん出て行く走りは見ていて気持ちがいい。肩の筋肉などをみると相当なトレーニングをつんでいることは素人にもわかる。折り返し点をすぎて、これから野口、渋井、ケニヤのコスゲイ3人の熾烈な駆け引きがはじまるかなとかたずをのんでみていたが、30km手前で渋井が遅れた。“渋井、またダメなの!?” レースが一気につまらなくなる。この選手はいつも肝心なレースで力が発揮できない。こう何度も期待を裏切るということは力そのものが無いのかもしれない。

女王、野口は終盤に入っても疲れを見せず快調な走り。必死についていたコスゲイを
35kmからの一番キツイ登り坂で逆に引き離す力強さ。こんなすごい走りを見せつけられると、2大会連続金メダルも夢ではないなと思ってしまう。スポーツ選手でもアーティストでも、高い才能をもった人はいつも期待を上回るパフォーマンスで感動させてくれる。

これで代表枠3つのうち2人が決まった。土佐、野口に続くのは誰か?大阪(来年1月)、名古屋(3月)の2つレースも目が離せない。

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2007.11.17

大倉集古館の富岡鉄斎展

70現在、大倉集古館では“富岡鉄斎展”(10/6~12/16)が行われている。

普段、最後の文人画家といわれる富岡鉄斎(1836~1925)の絵を見る機会はほとんどないから、画家のイメージが涌かない人のほうが多いかもしれない。

東博では最近も展示してあった大きな絵“旧蝦夷風俗図”が2年に一度のペースででてくる。目を惹くのがアイヌの人たちは着ている黄色の衣装。この画家の素晴らしい色彩感覚はこの絵を見ると即納得できる。東近美だとお目にかかれる作品の数は東博より多く、4,5点が4ヶ月くらいのサイクルでローテーションしている。ここには猿が鯰を瓢箪のなかに入れようとしているおもしろい絵がある。

大倉集古館に今、展示されているのは奈良にある大和文華館のコレクションで、書画が50数点。11年前、名古屋に住んでいたとき、鉄斎の大きな回顧展(愛知県美)をみたから、どんな画風かは目が慣れている。文人画だからしっかり見たいのはやはり山水風景画。お気に入りは雨の情景を斜めのうすい墨線で表現している“山荘風雨図”と緩やかなカーブをえがいて上にのびる梅の木を掛け軸全体に配し、そのむこうに大きな月を描いた“寒月照梅華図”。

今回の収穫は割りと多くあった魚などの絵。福神が鯛を釣り上げているのやら、朱が鮮やかな伊勢海老を描いたものやら、右の“魚藻図”のようなのもある。自由奔放な筆使いで対象を生き生きと描くところが鉄斎の一番の魅力。“魚藻図”を釘付けになってみた。そして、すぐ尾っぽを横に元気よく曲げた前の魚が棟方志功が描いた“御群鯉図”(拙ブログ06/10/18)と響き合った。人物画では2点ある“錘馗図”の顔の表情に親しみを覚える。

大和文華館が有難いオマケをつけてくれた。それはいつかみたかった若冲の“釣瓶に鶏図”。見てのお楽しみである。ついでに言うと、その隣にある抱一の絵はあまり期待されないほうがいい。

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2007.11.16

マリーナ・カポス展

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渋谷パルコの前にあるトーキョーワンダーサイト渋谷で女性画家、マリーナ・カポスの絵を楽しんだ。今、ここのスタジオ風の部屋に12点の作品が飾ってある(9/8~11/25、無料)。

昨年開催された“ポップアート1960’s~2000’s展”(ミスミコレクション、拙ブログ06/7/13)でこの画家の作品にすっかり魅了された。で、以後追っかけモードに入っているのだが、アメリカの作家のため、日本にいては作品をみる機会はあまりないから、ロングレンジの追っかけにならざるをえない。だが、優しいミューズが意外と早く次の作品を見せてくれた。

トーキョーワンダーサイトが昨年11月、日本に滞在する海外アーティストのためにつくった青山のレジデンス施設でカポスは“東京”を題材にした新作を制作していたのである。それらが目の前にある作品で、上はもっとも気に入った一枚。これも昨日紹介した石田徹也同様、マグリットの画風が頭をよぎる。正面向きの自分の顔を縦に半分に分け、ずらして描いている。これは見る者が顔の色も衣装の色も違う左右半分の顔を自由にスライドさせて遊べるのがいい。

カポスの作品には3つのモティーフがある。自画像、人物と生き物を一緒に描くもの、そして風景画&花鳥画。グラフィカルで平面的な描き方は日本画と似ているが、画面のなかに色々なイメージを組み合わせる構成は現代アートそのものでシュール感覚。でも、シュールさは不思議なシュールというよりは洒落たシュール。

すっきりした画面構成とともに心を魅了してやまないのがその明るい色使い。アクションペインティング風に黄色や緑、ピンクで彩られた花の絵や日本を意識したのかゴールド地に赤の蛸と花を浮かび上がらせた作品が目を楽しませてくれた。また、広重の魚絵を連想させるような下の2匹の魚を黒とうす青で横から描いた絵もなかなかいい。

本当にいい画家と出会った。作品は結構日本画の匂いがするから、もっともっと見たくなる。これからの創作活動をしっかり追っかけたい。

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2007.11.15

石田徹也ー小さな展覧会

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1年くらい前からとても気になる絵がある。画家の名前は2年前、踏切事故により31歳の若さで亡くなった石田徹也。今年の7月静岡県美で開かれたこの画家の“悲しみのキャンパス展”を時間の折り合いがつかず、パスしたが、あとでこれを見逃したのはちょっと失敗だったなという気分が強かった。

が、最近、なにかの拍子でCB COLLECTION 六本木で“石田徹也ー小さな展覧会”(9/8~11/24、日曜休み、12:00~19:00)の情報が入ってきたので、何点展示してあるかもわからないのに、とにかく出かけてみた。場所は地下鉄日比谷線の神谷町駅(2番出口)からオランダヒルズ森タワーの方角へ徒歩5分のところにあるノアビル(1階)。

作品は16点しかないので、10分もあれば見終わる。でも、この10分が衝撃の時間だった。上の“囚人”(99年頃)は静岡県美に出品されたのをチラッとみて、すごく見たかった絵だから、食い入るように見た。作家が言わんとすることはなんとなくわかる。石田徹也が日ごろどんなことを考えて絵を描いていたかは全く知らない。この16点に現れた画風で画家の心の中を読むしかない。

この絵をしばらくみて、ほかの画家では誰の絵と雰囲気や描き方が似ているかを思い浮かべてみた。すぐ頭に浮かぶのはマグリット。“大家族”(10/27)などにはこれと同じ色調の青い空や白い雲がでてくるが、こんな孤独感にさいなまれ、恐怖におびえているような顔をした人物は登場しない。

校庭や校舎のなかにいる男子生徒は等間隔に配置され、校舎を胴体にした若い男(石田徹也の自画像)が横になっている。巨大な人物を登場させてびっくりさせるのはコメディの一つの手法だが、石田徹也は社会批評や風刺にこれを使う。規則でがんじがらめにされている学校生活は牢獄に閉じ込められている囚人と同じと言いたいのだろうか。普通の画家はこんなシュールなイメージにたどりつかない。とにかくこの絵は腹にズキンとくる。

対象の豊かな写実描写に驚かされるのが下の“回収”(98年)。皆が座っている畳の質感表現が速水御舟の“京の舞妓”(東博、拙ブログ06/4/5)とあまりに似ているのでびっくりした。この描き方ひとつをとってみても石田徹也がすごい技量をもった絵描きであることがわかる。物の質感を捉える才能は部屋のなかに墓石を描いた作品にみられる床板の木目や板と板の間から出てくる草でもいかんなく発揮されている。

“回収”は何が描いてあるのかはパッとみるだけではわからない不思議な絵。わからないまま、視線は手前に置かれた発砲スチロールに入っている切断された首や手、胴体にいく。人間の体をいとも簡単にバラバラにし、血糊をドバッとみせるので、束芋の映像インスタレーションとイメージが重なってくる。この2作品のほかにも衝撃度200%の絵がいくつかあった。

ギャラリーで購入した“石田徹也遺作集”(求龍堂、06年5月)に今回の作品が載っているから、毎日眺めているが、すごい画家に遭遇したという感じ。香港で開催されたクリスティーズオークションで作品が1200万円で落札されたというのがよくわかる。この画家は今後世界的に評価されるのではなかろうか。

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2007.11.14

鉄腕稲尾和久 死去

66プロ野球界の大投手、鉄腕稲尾が昨日未明、悪性腫瘍のため亡くなった。70歳。

2週間前は元気だったというから、ご家族、知人、友人は大変なショックだろう。ご冥福を心からお祈りしたい。合掌!

稲尾が黄金時代の西鉄ライオンズに入団し、大活躍をしたのはちょうど小学生の頃で、鉄腕稲尾は一番好きな投手だった。一年目からいきなり21勝し、翌年から3年連続で30勝以上の勝ち星をあげ、1961年には今では考えられない年間42勝のプロ野球記録をつくった。稲尾が投げてチームが勝つ度に新聞のスポーツ欄には“神様、仏様、稲尾様”の活字がおどった。

コントロールが抜群で、得意球のシュート、スライダーを武器にとにかく相手チームに点を与えない。当時の西鉄ライオンズの三原監督は稲尾を信頼しきって、何度も登板させた。これだけ使われれば並みの投手ならすぐにパンクするが、稲尾はその超人的は体力にものをいわせ、勝ちまくった。

こんな獅子奮迅の活躍だったから、“鉄腕投手 稲尾物語”という映画までできた。漁師だった父親の手伝いで稲尾少年が小船で櫓を漕ぐシーンを稲尾本人が演じていた。小さい頃のこの櫓漕ぎが足の裏を全て地面につけず、爪先で立つように投げるフォームに役立ったというセリフは今でもよく覚えている。

楽天の野村監督がライバルだった稲尾について語っている話が面白い。当時南海ホークスのスター選手だった野村は稲尾の投げるシュート、スライダーが打てなかったので、色々研究したらしい。で、球種によって握り方に違いがあることに気づき、それから打ち返せるようになったという。ところが、オールスターのパリーグのベンチで同僚のエース、下手投げの杉浦忠が“野村は研究熱心な男だよ!”と稲尾に気軽にしゃべったらしい。

飲み込みの早い稲尾はそれを聞いて、自分のフォームを鏡でチェックし、スライダー、シュートをストレートと同じ握り方に変えてきたので、今度は野村のほうが面食らったという。あの頃のプロ野球の一流選手たちはお互いに切磋琢磨して、投打の技術を磨き、真剣勝負をしていたのである。

悲しいことに鉄腕稲尾は本当に神様、仏様になってしまった。大勢の野球ファンを熱狂させたあのカッコいいピッチングは一生忘れないだろう。

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2007.11.12

醍醐寺は宗達作品の宝庫!

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5月の京都訪問の際は、有名な五重塔を見るため醍醐寺へでかけた。ここは五重塔だけでなく、霊宝館にあるお宝がすごいから、帰るとき、これらの鑑賞で来年もう一度来る機会があるなと思っていた。ところが、アイレさんの記事で予定が早まった。

琳派狂いにはとっておきのプレゼントみたいな、俵屋宗達作、“舞楽図屏風”、“扇面散貼付屏風”、“芦鴨図衝立”(いずれも重文)が飾られているのである。永徳&宗達ーこれ以上ない組み合わせ!ここは春と秋の霊宝館の特別公開が恒例行事となっており、現在仏像、絵画、工芸など60点あまりが展示してある(10/6~12/2)。永徳展に気をとられ秋の展示をすっかり忘れていたから、宗達の作品を危うく見逃すところだった。アイレさんに感謝である。

3つのなかで見たことがあるのは“舞楽図屏風”だけで、“扇面散”は二つの琳派展(
94年名古屋市博、04年東近美)にも出品されなかったから、長いこと対面を待っていた。また、94年のとき展示替えで見れなかった“芦鴨図衝立”も待望の絵。そして、上の“舞楽図”は最近ある作品をみたことで、関心が高くなっていたところ。

先般、琳派百図展の会場で思いもかけなかった宗達の“犬図”(拙ブログ10/21)を見て、大げさにいうと“宗達がわかった!”という感じがした。この犬のさみしげな様子がゴヤが描いた“砂に埋もれる犬”(3/20)とダブってきた。“犬図”には犬の気持ちが現れている。ゴヤ同様、この犬には宗達の感情がでているのかもしれない。これは現代にも通じるすごい絵画表現で、宗達は職人的な絵師を超えた人間の感情や内面を作品で表現するアーティスト!

こんな風に宗達の絵を見ると、面白いもので、04年の琳派展のとき“舞楽図”に登場する怖い顔の面をした“還城楽”(げんじょうらく、赤い衣装を着て踊る二人の上のほう)で感じた尋常ならざる緊張感がストレートに受け止められ、また、“風神雷神図”(06/9/27)のあの“ケ、ケ、ケ”と大笑しているように見える“雷神”の姿が以前にもまして人間臭く思えるようになった。目の前にいる“還城楽”にはやはりすごい緊迫感が漂っている。このあとすぐにでも“雷神”を見たくなった。

真ん中は二曲一双の金屏風に貼られている11の扇面の一つ“田家早春図”。藁葺き屋根のもっこりした家になぜか惹きつけられる。宗達は絵屋を営んでいたから、末広がりの扇面の形にあわせて家の形をうまく調整して配置するのはお手のもの。ほかでは二匹の犬が吼えあっていたり、牛が米俵を載せた荷車を引いている扇面などが目を楽しませてくれた。

水墨画の“芦鴨図”は3羽の鴨が右斜め上に向かって飛翔する構図がなかなかいい。保存状態があまりよくないが、鴨の動感表現と描線の美しさが心につよく印象づけられる。琳派作品とともに国宝の“薬師如来像”やちょっと官能的な“如意輪観音座像”(重文)、快慶作“不動明王座像”(重文)なども見れたから大満足。

次回は“文殊渡海図”(国宝、鎌倉時代)と是非対面したい。

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2007.11.11

仁和寺と仁清の御室焼

63今回の京都美術旅行は狩野永徳展をみるのが目的だから、このあとどこへ行くかは京博にとられる時間をみて決めることにしていた。

10時10分くらいに入館し、出たのは
12時半。予定の時間を30分オーバーしている。

“洛中洛外図”を一度観ていたから、これくらいの時間ですんだが、初見だったら、もう30、40分必要になるところだった。12時を過ぎているので、あまり欲張った訪問計画は立てられない。

で、平常展にタイミングよくでていた追っかけ作品の“仏眼仏母像”(国宝、高山寺)を素早くみて、仁和寺へ向かった。ここは当初予定になかったのだが、新幹線の新横浜駅でたまたま手に取った京都案内チラシに“仁和寺霊宝館名宝展”(10/1~11/25)が掲載されていたから、急遽プライオリティを一番にしたのである。

狙いは長らく対面を待っていた“孔雀明王像”(国宝、北宋時代)。これは仁和寺自慢のお宝のひとつ。これまで見る機会はあったのに、展示替えなどで縁が無かった。展示作品のなかにこれを見つけたときは“今日は早朝からツイてるぞ!”と小躍りした。

が、また残念な結果に終わった。京都駅からバスで45分もかけて仁和寺まで出かけたのに、この絵の展示は10/1~15と既に終了していた。ドッと疲れがでた。チラシにはこの絵の展示期間まで書いてないからてっきり全期間飾られているものと思う。残念だが、こういうこともある。

何年か前に来たときは、霊宝館は閉まっていたから、気を取り直して別のお宝をみた。仁和4年(888)に建立された金堂(国宝)の本尊である“阿弥陀三尊像”(国宝)とは初対面。檜を用いた一木造で、真ん中の柔らかい肉付けが特徴の阿弥陀如来像はあまり大きくない。両手で結ぶ定印の印相は、これが日本では最も古いらしい。チラシに使われていた“愛染明王座像”(重文)が隣に飾ってあったが、暗くて肝心要のインパクトのある顔がはっきり見えない。よほど前の囲いを飛び越えようかと思った。

右は野々村仁清作、“色絵瓔珞文花生”(いろえようらくもんはないけ、重文)。この大きな花生と会うのは3度目。昨年、京博であった“京焼展”でもみた。これは仁和寺の門前に窯を開いていた仁清が寺に寄進したもの。京焼随一の名工、仁清は野々村清右衛門という名前だったが、自分の窯でやいた製品に、仁和寺の仁と清右衛門の清を併せた“仁清”という印を捺したために、“野々村仁清”と呼ばれるようになった。

この窯で御室焼がつくられていたのは1648年あたりから1699年の頃まで。仁清から釉薬や土の調合の仕方を教わった尾形乾山の鳴滝窯は仁和寺の北西、そう遠くないところにある。“孔雀明王像”には会えなかったけれど、大好きな陶工、仁清の花生を見れたから気分をよくして寺を出た。

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2007.11.10

大イベント 狩野永徳展!その二

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永徳作品のなかで、誰もがもっとじっくり見たかったと思うのは“洛中洛外図屏風”上杉本(国宝、米沢市上杉博物館)ではなかろうか。この屏風の前が一番混んでいる。これだけ大勢の人がいると、最前列でガラスにへばりついて見るなんてことはとてもできない。幸いこの絵は2年前、現地の博物館で1時間かけて鑑賞し、細部まで目に焼き付けているから(拙ブログ05/11/9)、後ろの列で光り輝く金雲をざあーっとみるだけで、お目当ての新発見屏風のほうへ急いだ。

昨年9月の新聞記事に載った“洛中名所遊楽図屏風”は四曲一双と上杉本より一回り小さい。上は平等院と宇治川を描いた左隻(部分)で、右隻には嵯峨、嵐山の風景・名所が描かれている。ほかの洛中洛外図と較べてコンディションが抜群にいい上杉本の前では、まばゆいほどの輝きを放つ金箔の金雲や金地が心の大部分を占領するのに対し、この屏風の金雲は金泥だから、同じ金色でも高揚感は少し緩む。

洛中洛外図を見る楽しみは画面から人々の仕事や遊興ぶり、お祭りの喧騒、寺社への参拝の様子などがリアルに生き生きと伝わってきて、こちらのイメージを刺激してくれるところ。今とは髪の形や着るものはちがっているが、人物の表情や動きなどには共感を覚えることが多く、時間が経つのも忘れて画面に没頭してしまうことがしばしば。これが技量一等の狩野永徳の絵となると、楽しさはもう特○。

細部まで見逃せないので単眼鏡は欠かせないツールであることはいうまでもないが、事前にどこに面白い場面が描かれているかがわかっていると見落としが少ない。で、普段は作品を見る前に情報を入れないのだが、今回は例外的に細部を拡大した図版をいくつも載せてくれた“芸術新潮11月号、天下の狩野永徳!”と“別冊太陽 桃山絵画の美”(平凡社、07年3月)をコピーし、それでチェックしながら、単眼鏡を覘きこんだ。

一つ々“あった、あった!”と必死に探す。真ん中は右隻の米屋の前。米俵を積んだ牛や馬がおり、手前では子供たちが竹馬で遊んでいる。また、左端には琵琶法師を追っかける犬と男の子がみえる。米沢市博の“上杉本”や東博の“舟木本”同様、本の案内を参考にして画面の隅から隅までじっくり見た。洛中洛外図はこの3つで充分。今は満ち足りた気分である。

下は“織田信長像”。信長を当然のことながらよく知っていた永徳が描いた肖像画だから、“信長はこんな顔をしていたのかな!?”という気にさせる。日本画にでてくる肖像画をこれほど深い思いをもって見たのははじめて。狩野永徳展のあと、3年後に長谷川等伯展をやるという。流石、京博である。期待して待ちたい。

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2007.11.09

大イベント 狩野永徳展!その一

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今年の日本美術関連展覧会では一番話題性の高い“狩野永徳展”(京博、10/16~11/18)をみてきた。会期もあと10日しかないので、観客は開館時間の9:30からどんどん集まってくる。5年前の“雪舟展”を思わせる賑わいである。入館するのに30分かかったが、中に入ると、そこそこ列は前に進むので、一つ々の絵が消化不良になるということは無く、心ゆくまで狩野永徳の絵画が楽しめた。二回にわけて感想を述べてみたい。

作品数71は数点を除いて、会期中ずっと展示されている。しかも、有名は代表作は全部出ずっぱりだから、プロ野球のオールスター戦を観戦している気分。だから、観終わったあとの満足度はとてつもなく大きい。展示期間が短くても、展示替え無しで多くの名作がずらっと並ぶこういう展示方法のほうがいいかもしれない。

出品作のうち、画集にのっている有名な絵の多くは過去観たから、今回、注目の絵はまだお目にかかってない上の“唐獅子図屏風”(三の丸尚蔵館)と新たに発見された“洛外名所遊楽図屏風”だった。“唐獅子図”は会場の最後に飾ってある。この絵の前に立つのに8年も要した。99年にあった“皇室の名宝展”(東博)でわくわくして展示室へむかったのに、この絵は展示替えのため消えて、飾ってあったのは真ん中の“檜図屏風”(国宝、東博)。ガックリしたが、“檜図”もはじめてだったから、気持ちを切り替えて一生懸命みたことをいまでもよく覚えている。

2頭の唐獅子は小さいときから目の中に入っているが、絵がこんなに大きなものだとは思わなかった。天地は2.24mある。図版は画面の大きさまでは伝えてくれない。金箔を使った金ピカの背景は金雲なのか金地なのか区別がつかず、抽象的な空間にも思える。平面的に描かれた右の獅子の頭や尾っぽ、足の毛は緑と金色による渦巻き模様になっている。これに対し、左の口のなかが赤い正面向きの獅子は濃いこげ茶と金色の色違い渦巻き毛。この力強くて迫力満点の唐獅子を観た勇猛かかんな武将たちの体からはアドレナリンがどっと出てきたにちがいない!これぞ、桃山の金碧障壁画!という感じである。

“檜図”も同じ部屋にある。この絵は全作品のなかで、色が一番濃くて鮮やか。装飾的な金雲に囲まれる大きな樹木がドンと豪快に描かれている。強い茶色の太い幹は画面をつき抜け、枝がそこから左右にのたうちながらのびる。生命力を目一杯感じる幹や枝の勢いのある筆さばきとは対照的に、繊細に描写された緑の葉が印象的。そして、左上の先が三角にとがった岩が鮮やかな群青の水から浮き上がるように金雲の間から顔をだし、下の岩や右の巨木との間に奥行き感をつくりだしているのにも視線がいく。

永徳晩年の作といわれる“檜図”と最近の研究では40歳代に描かれたのではないかとみられている下の“花鳥図襖”(国宝、大徳寺・聚光院)を見比べてみると、大きな檜の木と下の梅の木のフォルムは明らかに似ている。さらに、祖父、元信の“松梅に小禽図”を横におくと、3つの木は幹の太さは違うものの、幹の曲がり方や枝ぶりは同じであることがわかる。元信がつくった樹木のマニュアルをベースにして、永徳は桃山時代が要求する力強くのびのびした木を描いたのである。これは今回の収穫だった。

入館してすぐの部屋に展示してある“花鳥図”や“琴棋書画図”は3度目の対面なのでさらっと観て、次の絵に進んだ。

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2007.11.07

岸田劉生の麗子像

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日本の洋画のなかでは最も好きな上の岸田劉生作、“麗子微笑”を東博の平常展でみた。03年、ふくやま美術館であった“麗子展”で見て以来だから、4年ぶりの対面である。この前東博でみたのがいつだったか思い出せないのだが、この3年間は見た記憶がない。

久ぶりのお目見えだからかもしれないが、かなり長い期間、1階左の部屋で展示される。①10/16~11/25、②11/27~12/16、③08/1/2~1/20。

何度みてもこの絵はすごいと思う。絵のことがわかるようになればなるほど、その思いが強くなる。日本の画家がヤン・ファン・エイクやデューラーの絵に霊感を得て、これほど細密な人物画を描いたのである。世界のどこに出しても通用する名画といっていい。

えんじ赤や緑をした毛糸の肩掛けの質感に目を奪われるとともに神秘的な麗子の微笑みが心をとろけさす。近づいてみると顔に当たる光を表現した白い肌の輝きや肩掛けにみられる小さな光が丁寧に描かれている。岸田劉生のこうした高い画技は天才としかいいようがない。

これまでみた麗子像のうち、感激度の高いのはこの“麗子微笑”と泉屋博古館が所蔵する大きな絵、“二人麗子像”(拙ブログ06/9/7)。この2枚は顔の描写がよく似ている。残るターゲットは立姿の“麗子住吉詣之立像”。これは個人蔵だから、いつ遭遇できるか見当がつかないが、会えることを信じて待つしかない。

下の絵は昨年の“揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに”(東近美、06/12/9)に出品された“野童女”。“麗子微笑”が西洋の写実主義にもとずく細密描写で“内なる美”を求めた作品であるのに対し、この絵の麗子は中国の“寒山捨得図”同様、口を大きくあけグロテスクな笑いをみせている。

“麗子微笑”を描いたあと、岸田劉生は中国の宋元画や日本の初期肉筆浮世絵に魅せられ、画風を大きく転換させる。画家は寒山拾得の野卑な笑いに面白みを感じたようで、寒山風麗子像を何点も描いている。画風は変わってもそこに深い美を感じさせるところが天才の証。

今、久々にみた“麗子微笑”の余韻に浸っている。

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2007.11.06

東博平常展の名品

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頻繁に出かけている東博の平常展で久しぶりに1階右側の展示室をまわってみた。ここには仏像、やきもの、漆工、刀剣などが展示してある。

実は今、刀剣に夢中なのである。刀はここやほかの美術館で国宝クラスの名刀を相当数観ているのだが、まだ、のめりこむところまではいってなかった。が、平成館で現在行われている“大徳川展”(拙ブログ10/16)に出品されていた何点もの国宝の刀を見て、すっかり刀剣の美に魅せられてしまった。こうなると追っかけモードに即切り替わる。

いいタイミングで、平常展にも12/16まで名刀がでているから、喜び勇んで刀剣のコーナーをめざした。いつものスタイルで、解説を読むのは最小限にとどめ、国宝5点、“直刀 号七星剣”(飛鳥時代・7世紀)、“太刀 銘備前国包平作(名物 大包平)”(平安時代・12世紀)、“太刀 来国行”(鎌倉時代・13世紀)、“短刀 新藤五国光”(鎌倉・13~14世紀)、“太刀 長船景光(名物 小龍景光)”(鎌倉・1322)を刃文の違いなどに注目し、ひたすらみた。

“号七星剣”の名前がかっこいいので顔を近づけみると、二筋の樋に七星文、瑞雲文が金象嵌されている。飛鳥時代のほかの文物にみられる文様がこういう刀にも装飾として使われているのである。体中を新鮮な感動が走った。“名物 大包平”は現存作刀の中では一番の刀剣といわれている。でも、ほかと較べてどういいのかまだわからない。これからいくつも数をこなし、またこの刀と向かい会いたい。

刀剣の隣にあった上の“片輪車螺鈿蒔絵手箱”(国宝、平安・12世紀、12/16まで展示)はいつになく感激した。これは過去何度も見ているのに今回、この蒔絵の名品に心を奪われたのには理由がある。はじめ一箇所からだけから眺め、螺鈿の片輪車が一部しかうすピンクとかうす緑に輝かないので、“こんな螺鈿の輝きでは物足りないな!”と思いながら、展示ケースをゆっくり回ってみた。

こういう動き方をすると、なんと夜光貝で形どられた片輪車が全部輝きだした。これまではみる位置や角度が悪かったのだ。最上の楽しみ方を会得すると、水に浸かる片輪車の立体的なフォルムや川の自在に流れる水を表現した美しい流水文がより一層心に響く。

下は名刀とともに是非見たかった“粉青鉄絵魚文瓶”(朝鮮時代・15~16世紀)。なんだか、今、三井記念美で公開されている安宅コレクションの朝鮮陶磁(10/24)の続きをみているよう。瓶の形だけでなく、器体に鉄絵具を用いて描かれた魚が実にいい。背びれや鱗が大胆にざざっと線描きされた魚はどこかユーモラスで生き生きしている。

ここの“奔放なる鉄絵の世界”(12/16まで)には粉青のほかに鉄砂のいいのがでており、目を楽しませてくれる。収穫の多い平常展だった。

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2007.11.05

鎌倉人の地獄と極楽展

52鎌倉・鶴岡八幡宮の境内にある国宝館で行われている“鎌倉人の地獄と極楽”(10/5~11/11)では、神奈川県立歴史博物館とコラボするかのように、冥府彫刻や十王図、地獄絵の優品がいくつも展示してある。

今年の後半は2、3年前から関心を寄せている地獄絵や羅漢図が予想外に多く目の前に現れる。

“京都五山展”(東博)、“院政期の絵画展”(奈良博)に続いて、近場の歴博および国宝館で追っかけていた作品に遭遇できるとは思ってもみなかった。これで地獄や羅漢関係の絵は一気に済みマークがついた。

鎌倉国宝館は五月の“鎌倉の名宝展”で所蔵の国宝などが目を楽しませてくれたが、今回も“よくこんないい絵をもってきてくれたな!”と思うほど充実した内容。しかも、図録つき。名宝展のときとちがい、入って右の常設スペースにも作品を展示している。はじめてみる冥府彫刻の数々を夢中になってみた。

そのなかで心をとらえて離さないのが右の“初江王座像”(重文、鎌倉・円応寺)。初江王は十王のうち亡者を二七日目に裁く冥界の王。目を大きく見開き、右斜め前方を忿怒の形相で見つめる姿に身が震えるくらい圧倒される。顔だけでなく肩の辺りまで上げた左手からも怒りのパワーが出ている感じ。制作されたのは鎌倉時代の1251年。運慶様式による力強い作風は関東における鎌倉彫刻を代表する作品といわれている。彫刻鑑賞のなかではエポック的な出会いとなった。

また、隣にある同じく円応寺が所蔵する“倶生神座像(ぐしょうじんざぞう)”(重文)2体にも惹きつけられる。でっぷりしたじじい顔で観る者を威圧するように両手をひろげている倶生神は、人が生まれたときから常に左右の肩につきまとい、善悪の所業をチェックし、その人が死んだあと、閻魔王に報告する神のこと。これらの彫刻作品と地蔵菩薩像はすべて会期中出ずっぱり。

出かけるきっかけになった金戒光明寺蔵の“地獄極楽図”(重文)や出光美の“十王地獄図”(重文)は展示替えで今は見れないが、国宝の“当麻曼荼羅縁起絵巻”(5/27)とか“六道絵”(滋賀・聖衆来迎寺蔵の模本、05/11/206/3/30)、そして称名寺や神奈川歴博の“十王図”などは最後まででている。

たまにつくる図録なのでチェックが甘いのか、図版が左右逆になっているのが数点あったが、これはご愛嬌。

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2007.11.04

宋元仏画展

51神奈川県立歴史博物館では現在、“宋元仏画展”(10/13~11/25)を開催中。

開館40周年を記念する特別展なので、集められた作品(47点)は質が高く見ごたえがある。

展示替えのため2回出向いたが、もう一度みることになりそう。今は真ん中の展示期間(10/30~11/11)で、最後の展示は11/13~25。

目に前にある中国の仏画は一度みている国宝“十六羅漢図”(北宋、京都・清涼寺)など2,3点を除いて初見のものばかり。見慣れている日本の仏画と較べるとあまり変わらないのもあるが、やはり宋、元の匂いがする。画題としては“十六羅漢図”が多く、全部で13点ある。また、円覚寺蔵の“五百羅漢図”が2点でている。

今回のお目当ては“十王図”。南宋時代の陸信忠作(終了)と元時代に描かれた右の陸仲淵作(展示中)。ともに重文で奈良博が所蔵している。画面全体が暗くて何が描いてあるのか見分けるのがシンドイ作品が多いなか、この2点と陸信忠の“仏涅槃図”(奈良博、終了)は群をぬいて色が鮮やかなので、細部までじっくり見ることができる。色の調子はちょうど“京都五山展”(東博)にでていた陸信忠の“十六羅漢図”や明兆の“五百羅漢図”と同じ。

陸仲淵の十王図は現存する3点の2点が今飾られている。十王は冥府で亡者を裁く十人の王で、初七日から3回忌までの忌日に一人ずつあてられる。今回の2点はよく知られる“閻魔王”(五七日)と右の七七日の“泰山王”。陸信忠の“十王図”(4点)に較べて、地獄での責め苦の場面がばっちり描かれている。怖い獄卒は亡者をいじめ放題。蛇が放つ炎で煮えたぎる釜のなかに男が放り込まれ、その上では針の山につき出され、手をバタバタさせている。

何点もある“十六羅漢図”で興味深く見たのが羅漢の濃い眉毛。なかでも称名寺蔵品はどの羅漢も奇怪な風貌をしており、眉毛がグロテスクなほど超ロング。こんな個性豊かな羅漢図は見たことがない。次回の期待は国宝の十六羅漢図(会期中6点)の残り2点。どんな羅漢だろうか、楽しみである。

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2007.11.03

こんな日本シリーズでいいのか!

50ここ数年、盛り上がらない日本シリーズが続いている。

セパ両リーグの代表による頂上決戦がこんなつまらない内容だと、野球ファンの関心は、ますます大リーグのポストシーズンの方にむかうのではなかろうか。

今年のように5人の日本人選手が出場し、最後のワールドシリーズでは、予想もしなかったレッドソックスとロッキーズの戦いになり、松坂、岡島、そして松井稼頭夫のプレーがみられるとなると、野球好きなら誰でもBS1の放送に釘付けになる。

2年前には井口、昨年は田口がワールドシリーズに出場したから、大リーグから目を離せない状況が3年も続いている。今や、10月は大リーグを見るのが一番の楽しみになってきた。

このように大リーズで充分野球を楽しんでいるから、日本シリーズへの期待は段々小さくなっている。とくに今年は変質した日本シリーズなので、はじめから大相撲の花相撲の感覚でしかみてない。たぶん、中日の落合監督は日本一になったとはいえ、複雑な心境ではなかろうか。

セリーグ2位のチームがどうして日本一を争う戦いに出られるの?という素朴な疑問を皆今年の日本シリーズでもったはず。クライマックスシリーズのやり方にはいろいろな意見があるかもしれないが、プレーオフを導入するのであればやはり、ここで勝ったチームをリーグ優勝とすべきである。巨人ではなく、中日がリーグチャンピオンとして日本シリーズでパの優勝チーム、日本ハムと戦う。このほうがすっきりする。

厭々ながらプレーオフをやることに同意したセリーグは日ごろからパリーグを馬鹿にしているから、リーグ1位はレギュラーシーズンを制したチームという主張を強引にパリーグに認めさせた。で、その張本人の巨人が5年ぶりのリーグ優勝を祝うパーティをして喜んでいたら、クライマックスシリーズで中日に3連敗。でも、勝った中日は“リーグ優勝は巨人だから”といって落合監督の胴上げを遠慮し、そそくさと球場をあとにする。

そして、原監督はあの偉いWさんから“あっちの監督の方が頭がよかったのでは”とこけにされる始末。セリーグの球団関係者はプライドばかり高くて、野球人気の実態がつかめておらず、ファンが求めてるものが分かってない。自分たちだって、2位の中日が日本シリーズに出たのがしっくりいってないのだから、来年は素直に変更すればいい。

日本シリーズをもっと盛り上げるためにはどうしたらいいか。ずばり、プレーオフはやらないで、昔方式で日本シリーズをやる!

理由はいくつかある。プレーオフはもともと人気でセリーグに劣るパリーグがシーズンの最後までファンに球場に来てもらうためにやったこと。いまではプレーオフ導入やパリーグ球団の経営努力、チーム力の整備により、フランチャイズ制がしっかり根付き、観客数が増えてきた。そして、上位3チームの戦力にあまり差がないから、最後までしのぎを削って優勝争いをしている。であるならば、あえてプレーオフをして盛り上げることもない。

今はパリーグのほうにいい選手が集まっていることは間違いない。投手で言えば、日本ハムのダルビッシュ、西武の涌井、楽天の田中の若手、ソフトバンクの杉内などなど。打ではイチローチルドレン、ソフトバンクの川崎,大砲の楽天・山崎、オリックス・ローズらがいるし、大物ルーキー中田が日本ハムに入団した。これだけパリーグ野球のソフト価値が高くなっているのに、TV局は相も変わらず巨人、セリーグ中心の放送。だぶん、“パリーグの試合だったらほかの野球以外の番組をやる”という考えであろう。となると、期待の選手のプレーを楽しむためには、球場に出かけるしかない。

セリーグははじめからプレーオフはやりたくないのだし、今年みたいに巨人、中日、阪神3チームの間で最後の最後まで熾烈な争いが繰り広げられると、選手、監督はなんでまたクライマックスシリーズを戦わなければいけないのかという気になる。で、セパともにプレーオフは必要ない。

だが、日本シリーズの試合日程は変えたほうがいい。大リーグ方式をとり、全日程を終えて、3日後にスタートさせる。日本の場合、シリーズまでの間隔があきすぎるから、選手の熱気がクールダウンするのである。そして、日本シリーズにすべて照準をあわせる。開幕もセパ同時にし、レギュラーシーズンを同時に終了する。途中、試合が雨で流れたらダブルヘッターをやり、消化試合の調整を行う。

ワールドシリーズのように、とにかく日本シリーズで勝つことを最大の目標にしないと、日本シリーズの人気が落ちていくことは目に見えている。日本のプロ野球機構は全く機能しておらず、お偉いセリーグ球団経営者が球界の主導権を握っている現状では、プロ野球の将来にあまり期待はもてない。だから、このアイデアが実現する可能性はほとんどないだろう。

“日米プレーオフの違い”について拙ブログ05/10/19に書いたので関心のある方はお読みいただきたい。

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2007.11.02

祝 中日ドラゴンズ 日本シリーズ優勝!

49昨年と同じ顔合わせになった日本シリーズ第5戦で、中日ドラゴンズが日本ハムファイターズを破り、4勝1敗として念願の日本一に輝いた。拍手々!

落合監督になってチームは日本シリーズの常連になったが、日本一が意外に遠かった。昨年は日本ハムにいいところなく敗れたから、監督、選手はなんとしても勝ちたかったのだろう。勝利への執念が日本ハムより上回っていたような感じがする。

今年は接戦を予想したが、結果はここ数年同様、面白くない日本シリーズだった。両リーグの代表チームの戦いだというのに、日本ハムが打てなさすぎた。これでは今や日本プロ野球界のエース格に成長をしたダルビッシュがいくら好投しても、勝ち目はない。

一方、中日はレギュラーが日本シリーズに場慣れしているので、ようやく本来の実力を発揮することができた。逆に今年も敗けていたら何を言われたかわからない。落合監督もほっとしていることだろう。落合は選手としては超一流選手だったが、“オレ流”のイメージが強いため、監督としてチームをまとめられるのか疑問視する声が多かったが、これだけの成績を残せば、監督としての能力が高いことを証明しているようなもの。

成功の秘訣は選手を育てるのが上手いことにつきる。これは中学、高校野球の監督と同じ姿勢で選手と向き合っているから。落合は野球が本当に好きなのだろう。野手に対しては延々と猛ノックをやり徹底的に守備を鍛える。これはコーチの仕事なのに、監督がお構い無しにやる。野球はピッチャーをはじめとする守りが強くないと勝てないことがよくわかっているから、個々の守備力をあげ、投手陣を整備する。守りを固めたことが毎年優勝を争えるようになった最大の要因である。

打撃は監督自身が一番分かっているので、3、4番の主軸に長打力のある選手をすえればいい。途中怪我で戦線を離脱した好打者の福留と一発のあるウッズを打線の核にした。福留がいなくなってからはオリックを追い出された中村が期待に応えて打点をあげた。いいバッターに対しては打撃の天才落合のアドバイスは絶大な力を発揮する。ウッズが右にホームランをよく打つようになったのは監督が技術を教えたから。

そして、いつも殺し文句をはいているのではなかろうか。“福留よ、自信もって打てよ。お前は日本一の左バッターなんだから!”、“ウッズ、いい感じだね。このフォームなら右だってポンポンホームラン打てるよ、左にも右にもホームラン打てるバッターなんてそういないよ!”。

では、今後の落合監督は磐石か?選手との間に波風が立つとすれば、あまりにも監督然としているところ。いつまでも高校生扱いされると選手は嫌になる。ペナントレース中、ある選手の活躍で勝利したときのインタビューで“○○がよく打った。褒めてやる!”とこの偉い監督はのたまった。選手が主役のプロ野球で“褒めてやる!”はない。この言い方は日本のプロ野球における監督の地位を象徴している。

ワールドシリーズを制したレッドソックスのフランコーナ監督は“若手はベテランのようにプレーし、ベテランは若手のようにがんばった”と選手を称えた。日米の試合における監督の役割がちがうから、落合のように偉い監督がいるのはしょうがない。でも、“オレは監督!俺の言うことが聞けないやつはいらない”と権威的にやって、ついてくるのは若手だけ。力のある選手やベテランとの関係はしっくりいかなくなり、かれらの力を引き出せなくなる。

だから、ベテラン、若手をうまくまとめるためには、監督の偉さを過度に見せつけたり、コーチの意見を軽く扱ったりしないほうがいい。それさえなければ、落合中日は今よりもっと強くなる。

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2007.11.01

ミネアポリス美浮世絵コレクションの春信

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ミネアポリス美蔵浮世絵コレクション展(松涛美)の後期(10/30~11/25)も前期(拙ブログ10/10)同様、目を見張らされる作品がずらっとある。2階展示室の真ん中にはソファがあり、ひとあたり鑑賞した人たちが喫茶室で注文したコーヒーなどを飲んでいる。こういうくつろいだ雰囲気はホテルのなかで絵画を鑑賞しているみたいで悪くない。

今回もお目当ては鈴木春信。18点ある。前後期あわせて36点もの質のいい春信の錦絵がみれるのだから、これはエポック的な鑑賞体験。専門家たちによって学術的な本をつくるようだが、前回の大回顧展に出品された作品と比較しながら、出品作の摺りのことや色使いについてすこし触れてみたい。

小型版の図録には初摺か後摺かについての記述はないが、手元にある図録(265点収録)とつき合わせてみると、おおよそわかる。作品の多くは色が鮮やかで、これが心を揺すぶることは間違いないが、全部初摺でなおかつ保存状態がいいからこんなに色が残っているということではない。

浮世絵の人気が高ければ高いほど、初摺のあと後摺が多くつくられる。そして、後摺になると、全体的に色彩が濃くなり、使われる色も変わってくる。春信の場合でも、初摺と後摺ではずいぶん色がちがうものがある。版元は買う人のニーズを考え、多くの人に受け入れられやすいはっきりした色調を摺師に指示する。で、春信が初摺で表現した色彩感覚とはちがったイメージのものが存在することになる。

春信の最も早い時期の多色摺版画は中間色の淡い感じを基本にした調和のとれた配色が特徴。上は錦絵スタート時の代表作“座舗八景”の一枚、“扇の晴風”。だが、これは初摺ではない。前期に展示された“塗桶の暮雪”とこの絵の隣にある“行燈の夕照”も同じく後摺。

現在、シカゴ美が唯一所蔵する初摺の8枚(回顧展に展示)と較べてみると、ミネアポリス美の“扇の晴嵐”は初摺の感じが残っているが、前にいる娘の着物の色はうすこげ茶色から深緑色に変わっている。初摺は線の美しさは同じだが、微妙な色合い。好みとしては雪柳が映える緑色のほうがいい。

下はとても気に入っている“採蓮美人”。舟の中から体をかがめて蓮の花を切り取っている。春信は歩いている姿とか、“三十六歌仙 源重之”にみられるような着物が風になびく様子など動感表現が上手い。この絵もこのかがんだポーズに惹かれる。初版(シカゴ美蔵)では舟や立っている女の着物にうす紅は使われてなく、土色と淡い黄色で彩色している。そして蓮の花、葉もうすいこげ茶色。

多くの色が使えるようになった錦絵は春信が生み出したものだが、版元たちは絵師の色彩感覚をとびこえていろいろな色の組み合わせを考え出し、売りまくったのではなかろうか。初期の錦絵はまだ開発途上のところがあるから、初めの版より、春信の手を離れた後摺のほうが人々に好まれるケースもでてくる。初摺がすばらしい作品もあれば、後摺のほうが魅力的な配色になっているのもある。

ちなみに後期の作品で初摺は“見立佐野の渡り”、“見立太田道灌”、“見立羅生門”、“船から下りる芸者”、“桜下の駒”、“見立鉢の木”。

春信のほかにも鳥居清方、歌麿のうっとりする美人画、写楽の人気大首絵“市川鰕蔵の竹村定之進”、国芳の“鯉”、北斎の“百物語”や花鳥画、広重の“魚&鳥画”など心に響く傑作がある。600円で質の高い浮世絵を沢山見せてもらった。松涛美に感謝々!

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