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2007.10.03

BIONBO/屏風 日本の美展 その二

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2回目の“屏風展”(サントリー美、9/1~10/17、1回目は拙ブログ9/10)は9/26から展示される作品を見るため。総出品数101点を半分ずつにして前期、後期の2区分にしてくれるとすっきりするのだが、日本画の場合、そううまい具合にはいかない。展示替リストでチェックし、この期に登場するお目当ての作品めざして進んだ。

“厩図屏風”(重文、東博)は山口晃が参照した絵(8/20)。左隻で、足を上げドタバタしている綺麗な馬の前、将棋をする人のなかに混じって猿がいるのは猿が厩を守ってくれると信じられていたから。山口晃は猿を給仕ロボットに変えていた。

上は今回の見所のひとつである初期洋風画の一枚“二十八都市・万国絵図屏風”(三の丸尚蔵館)。会場入ってすぐのところに飾ってあったサントリー美蔵の“泰西王侯騎馬図屏風”(10/1で終了)が4人の騎馬像であるのに対し、こちらは八曲一双の屏風に8人の王侯が上段に描かれている。おもしろいのが“泰西王侯騎馬図”にしてもこの屏風にしても、馬上の王侯は剣をふりかざし、ファイティングポーズをとっていてもそれほどキツイ顔はしていないのに、馬はどの馬も鋭い目つきをしている。まさに、メンチをきりまくっている感じ。

日本の合戦絵巻のなかで動感表現された馬は体を大きくひねったりしているが、この馬のように感情丸出しの人間みたいな目はしていない。また、西洋絵画に描かれた馬だってこんな目つきはしていないから、こうした馬の描き方はジャパン洋風画のオリジナルである。これは決闘の場面を描くのに、王侯の顔は見たことがなくあまりリアリティが出せないから、見慣れている馬で戦いの迫力をだそうと考えたのかもしれない。背景の山々は西洋画らしく陰影をつけて描いているが、馬のたて髪一本々や尻尾の描き方は平安王朝の女房の髪にそっくり。この立派な西洋画風の絵をみていると、日本人は昔から絵が上手な民族だったことがよくわかる。

対面を楽しみにしていた風俗画、“豊国祭礼図屏風”(重文、狩野内膳、豊国神社)は予想外にコンディションは良くなかったが、生き生きとした踊り手の描写や身につけている衣装の縦の線模様に魅了された。着物の洒落た意匠に釘付けになったのが全期間展示されている下の“賀茂競馬図屏風”(右隻部分、クリーブランド美)。こんなすばらしい風俗画が海外に流失したかと思うと残念でならない。

久隅守景が“賀茂競馬・宇治茶摘図”(重文、大倉集古館、05/12/3)といういい絵を描いているが、この賀茂競馬のほうが見てて数倍楽しい。競馬を眺めている人々の表情が豊かで、皆迫力ある馬の競走に興奮状態。左隻では、騎乗している男が馬から振り落とされそうになるのを周りの者がげらげら笑いながら見ている。これは愉快。女たちは後ろのほうで見物している。そして、最前列で熱くなってみている男たちが着ている衣装の絵柄に目を見張らされる。そのハットするくらい斬新で洒落た文様や鮮やかな色使いにほとほと感心する。

しばらく単眼鏡を使って全部の意匠を見てみた。トンボや蛸の模様があったり、格子文ありと文様は多彩を極め、どの男もちがう柄の衣装をびしっと着こなしている。江戸時代初期に生きた男たちの意匠にたいする鋭い感性や美意識に脱帽である。これまで女性の衣装のデザインばかりに目がいっていたが、男たちがこんなにカッコいい姿で町を闊歩していたとは想像できなかった。

これをアメリカから里帰りした絵で教えてもらうとは複雑な心境だが、この頃の日本人が現在の“十人一色”の選好状況(05/1/17)とはちがって、好みがバラエティに富み、のびのびと個性を発揮して生活していたことを確認できたのはとてもよかった。

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