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2007.10.28

神奈川県近美の戦後の日本画展

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一つの作品が鑑賞のシチュエーションによってちがってみえることがよくある。例えば、回顧展のように画家の代表作が沢山展示されているときはあまり目立たなかった作品が、ほかの画家と一緒に並べられると一際目立ってみえるといったことである。

今回、そのように感じられた絵が現在、神奈川県近美鎌倉別館で行われている“所蔵品にみる戦後の日本画展”(9/26~12/16)に2点あった。鎌倉別館は鶴岡八幡宮の中にある本館から建長寺方向へ歩いて5分くらいのところにある。ここヘ来るのははじめて。入館料250円を払って2階へ上がると近代日本画が26点展示してあった。

この中に見たいピンポイントの絵があったわけではない。HPに女性画家、片岡球子の“面構シリーズ”が展示されるとあったので、2年前葉山館であった回顧展(拙ブログ05/6/12)でみたのとは別の作品がみられるかもと軽い気持ちだった。だが、目の前に現れる絵がなかなかいいのである。のっけから昨年の“前田青邨展”(岐阜県美)でみた肖像画“内山岩太郎像”と再会した。で、すぐ、ここにはいい絵があることを直感した!あります、ありますという感じ。半分はお気に入りの範疇にはいる。

初見で収穫は中村正義の“ピエロ”と近藤弘明の“浄夜”。“ピエロ”は日本画らしくない絵。中村正義の画風である毒気を含んだ戯画的な人間描写に魅せられているが、その作品をまとまってみる機会に恵まれない。早くこの距離を縮めたいと願っている。

とくにぐっときたのはこれまで見たことのある上の山口蓬春作“宴”と下の片岡球子作“海(鳴門)”。過去3回みている“宴”だが、今回はなぜか人をかたどった3体の埴輪のなかにすっと入っていけた。背景に描かれた抜けるような青い空におおい被さるように広がる濃い雲と砂丘のような大地にぽつんと立つ3本の枯れ木からは寂寥感がひしひしと伝わってくるのに、手前に描かれた頭に酒甕を載せ、手にもった杯を上にあげている埴輪はとても豊かな表情をみせている。古代におけるロマンティシズムを見る思い。

片岡球子の回顧展のときは“面構シリーズ”の“足利尊氏”や“葛飾北斎”などに鑑賞のエネルギーを注ぎ、下の“海(鳴門)”にあまり惹きこまれなかった。が、おかしなもので“宴”同様、隣にあった“足利尊氏”と“徳川家康公”と較べるとこの絵のほうに吸い込まれた。場面は平清盛の次女建礼門院徳子とわずか7歳の子の安徳天皇が壇ノ浦で入水するところ。

悲劇のシーンを写実的に描かないところが球子流。二人はお人形さんのように、渦巻く潮は文様的に描き、幻想的な画面に仕上げている。ここの“鳴門”は徳島県の地名ではなく、“干満の潮水がゆきあって鳴りひびく瀬戸”という元の意味。20分足らずの鑑賞だったが、この2点をはじめ深く感じられる作品が並んだ展覧会であった。

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コメント

こんにちは
この『宴』はわたしも好きな作品です。
遠くから声がするような気がします。

ここの所蔵品はなかなか好きな作品が多いです。
近代日本画も近代洋画も。

所蔵名品展などでよい作品を見るのは、本当に嬉しいですね

投稿: 遊行七恵 | 2007.10.29 12:30

to 遊行七恵さん
“宴”は寂しいような楽しいような不思議な絵
ですね。これは一般的にはシュルレアリスム絵画
とはみられないですが、マグリットが“大家族”
でみせた明るい空と暗い空を一緒に描くアイデア
と似てますね。

投稿: いづつや | 2007.10.29 21:29

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