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2007.10.15

屏風展のつぎは狩野永徳展!

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明日から京博でビッグイベント“狩野永徳展”(10/16~11/18)がはじまる。会期が1ヶ月と短いが、これは“唐獅子図屏風”、国宝“洛中洛外図屏風”、“檜図屏風”などの主要作品を全部会期中を通して展示するため。前期、後期に国宝をばらし、2ヶ月くらいの会期にするのがこれまでのやり方。だが、狩野永徳のはじめての大回顧展だから、京博は国内にある代表作は勿論のこと、海外にある優品、また新発見作品を全部一緒にみてもらおうと考えたのであろう。これは大変な英断。京都入りはすこし先だがしっかり見てきたい。

3回目の“BIOMBO/屏風 日本の美展”(サントリー美)のことを書くのに、どうして前フリで狩野永徳展の話をしているかというと、この展覧会に出ている屏風が狩野永徳の作品をみるのにちょうどいい目慣らしになっているから。サントリー美と京博の学芸員が展示内容について申し合わせた訳ではないだろうが、作品のつながりがいいのである。具体的には、狩野派の絵師三人が描いた次の代表作。

★狩野元信作、“四季花鳥図屏風”(重文、白鶴美術館、展示:10/10~21)
★狩野宗秀作、“上と同名”(重美、大阪市立美、終了、永徳展11/6~18に展示)
★狩野内膳作、“豊国祭礼図屏風”(重文、豊国神社、展示:9/26~10/21)

元信の“四季花鳥図”は(上が右隻で、下が左隻)はこの展覧会で再会を楽しみにしていた屏風。所蔵している西宮市の白鶴美術館で見たのは右隻のみ。桃山障壁画の先駆けとなったのがこの華麗な金碧画で、絵画史におけるエポック的な作品である。視線が集まるのは実物大の孔雀や白鷺が描かれた右隻より、はじめてみる左隻のほう。

力強いフォルムをした松の向こうに、滝が優雅なカーブをつくって流れ落ち、中央の岩の上には紅葉の前を飛ぶかうせきれいを見つめる金鶏鳥がいる。目を奪われるのが金地と金雲の区別がつかない黄金色によって引き立てられた滝の白と金鶏鳥の目が醒めるような赤。やまと絵の柔らかさと狩野派の特徴である力強さがうまくとけあい、しかも装飾的な画面構成。なんとも心地いい屏風である。

狩野派の棟梁だった狩野元信の才能は息子の松栄をとびこえて孫の狩野永徳に隔世遺伝する。徳川家康と家光、ルネサンス期におけるメディチ家の老コジモと豪華王ロレンツォと同じ。狩野宗秀は永徳の弟。前期にみた“四季花鳥図”はコンディションが少し悪かったが、見栄えのするいい絵だった。

狩野内膳は松栄の弟子。秀頼の依頼により秀吉七回忌の臨時祭礼を描いた“豊国祭礼図屏風”をみておくと、永徳の国宝“洛中洛外図”がよりいっそう楽しめるかもしれない。幾重にも輪になって大勢の男女が熱狂的に踊る風流踊りが見れたのは貴重な鑑賞体験。岩佐又兵衛が描いた同じ画題の絵(徳川美術館)もいつかみてみたい。

3回目は前に見たのがあったり、また、すでに鑑賞済みのがありで、作品数40点のうち、初見は16点しかなかった。その中で狙っていた“阿国歌舞伎図屏風”(重文、京博)は予想以上に退色していた。風俗画はやはり色が綺麗でないと興味は半減する。逆に収穫だったのが同じく追っかけリストに入っていた式部輝忠の“巌樹遊猿図”(重文、京博)。猿がこんなに出てくる山水画はみたことがない。感心するのが樹や岩の上にいる手長猿の毛の質感描写。この絵師の絵をもっとみたくなった。

これで屏風展は終了。満足度200%のいい展覧会であった。なお、1回目は拙ブログ9/10、2回目は10/3

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