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2007.09.30

連続テレビ小説「どんど晴れ」

1052NHKの朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」が昨日終了した。

7月の中旬からすっかり嵌ってしまい、以後欠かさず観ていた。前回の「芋たこなんきん」もちょくちょくみていたが、毎日見るほどではなかったから、こうして熱心に観たのははじめてのこと。

きっかけは小田和正が歌う主題歌「ダイジョウブ」。耳ざわりのいいこの歌を聴きたくてチャンネルをまわしていたのに、そのうち物語自体にすっかり魅了されてしまい、最後は完全に嵌ってしまった。

で、観ているうちにこの番組の人気の秘密(20%を超える視聴率)がわかってきた。人気の中心はヒロインの浅倉夏美を演じる比嘉愛未(ひがまなみ)。これからすごく人気がでてくるのではないかと予感させるとてもきれいな新人女優で、結婚式の花嫁姿がまばゆいくらいに美しかった。

笑顔のすばらしいヒロインは岩手の民話にでてくる幸せを呼ぶ“座敷童(ざしきわらし)”であるという設定。“座敷童”は旧家に住むと信じられている家神。赤い顔をし、髪を垂らしている童女で番組のなかにときどきファンタジックに現れニコッと笑う。こういうダブルキャラクターが登場する場合、観ている者はストーリーの節目々にこの“座敷童”効果がでてきて、物事はいい方向にむかっていくことはだいたい予想できる。だから、物語への関心事は登場人物同士の衝突、感情のもつれ、思わぬ事態の出現といった観る者をハラハラさせたり、心配させたりする場面が一体どういう風に明るい局面に転換していくかにある。

観はじめたのは、物語の舞台である盛岡の老舗旅館“加賀美屋”で大女将(草笛光子)から跡継ぎに指名された夏美の婚約者、加賀美正樹が色々改革案を提案し、これを実行しようとして板長と衝突するあたりから。出演している役者は芸達者揃い。大女将、女将の宮本信子、南部鉄器職人の長門裕之、妻、正樹を捨てて加賀美屋を出て行った父親役の奥田瑛二、仲居頭のあき竹城、夏美の父親の大杉漣など。

古い番組だが、旅館物語として高い人気を誇った伊豆の熱川温泉旅館の女将が主役の“細腕繁盛記”とのちがいは、この番組では旅館業を生業とする者の心得である“おもてなしの心”が女将や若女将となった夏美の口から繰り返し出てくること。そして,加賀美屋独自のおもてなしの精神が“来る者 帰るがごとし”ー宿泊客が加賀美屋にやってきたとき、自分の家に帰ってきたような気持ちになる旅館でありたい。おもしろいことに秋葉原のメイドカフェでも、だいぶ前から“ご主人様、お帰りなさいませ!”と若い女の子が言っている。

この加賀美屋のキーフレーズは番組の人気が高かったから、全国の旅館の女将や従業員の心をとらえているかもしれない。さらに興味深いことが金曜日の放送に出てきた。外資系による加賀美屋の乗っ取り計画を救った経営者が「加賀美屋の“来る者 帰るがごとし”の心はドイツのローテンブルクの城壁に書かれている“来る者に安らぎを 去り行く者に幸せを”と同じである」と語る場面。心にズキッときた。

旅館、ホテルの経営者たちは安定した経営基盤をつくるため、リピート客の獲得に知恵をしぼっている。そのなかで最も大切なのが常におもてなしの心でお客に接すること。誰でも“頭”ではわかってる。でも、徹底して“手足”をそのように動かすことが難しい。“手足”が動くためには“来る者 帰るがごとし”といったこと(旅館の理念のようなもの)を自分の“心”でいつも感じていないといけない。“頭で理解し、心で感じ、そして手足を動かす!” 成功するビジネスモデルを“どんど晴れ”にみたような思いである。

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2007.09.29

レッドソックス松坂 15勝目!

1051ボストン・レッドソックスの松坂がレギュラーシーズン最後の先発で好投し、日本人ルーキー投手としては最多となる15勝目をあげた。

今日のツインズ戦は打撃陣が効果的に5点をとってくれ、バックもヒット性の当たりをダブルプレーにしとめるなど、松坂の安定したピッチング(8回2失点)を後押ししてくれた。久しぶりの勝ち星。

日本人投手のルーキーイヤーの成績としては、野茂の13勝、石井の14勝を上回り、
1億ドル投手の面目を保った。前期で10勝したから、最終的には20勝近くにいくと思ったが、後半戦は負けが先行し5勝にとどまった。負け数12は期待値からすれば負けすぎだが、通算200イニングを達成し、先発ローテーションをずっと守ってきたのだから、まあ合格点はつけられる。

チームの地区優勝がかかった試合に登板し、きっちりファンの目にその高い能力を見せつけるのだから、やはり並みのピッチャーではない。ポストシーズンは20勝をあげた豪腕ベケットとともに投手陣の柱として、夢のワールドシリーズ制覇にむけてつき進むのではないだろうか。

これでアメリカンリーグでポストシーズンに出場するチームが決定した。東地区はレッドソックス、中地区インディアンス、西地区エンゼルス、そしてワイルドカードはヤンキース。一方、ナショナルリーグは2ゲームを残してまだ熾烈な戦いが続いている。優勝を決めているのは中地区のカブスだけ。

東地区は井口が途中から移籍したフィリーズが今日勝ち、これまで首位を走っていたメッツが敗れたため、フィリーズが1ゲーム差で首位に立った。この勢いを続け、地区優勝を勝ち獲りそうな雰囲気になってきた。西地区も目が離せない。現在、1位ダイヤモンドバックス、2位パドレス(1ゲーム差)、3位は松井稼頭央のいるロッキーズ(3ゲーム差)。3チームの勝率はメッツを上回っているから、2チームが優勝かワイルドカードでポストシーズンに進出する可能性が高くなってきた。

理想的な形はフィリーズが優勝し、ロッキーズがワイルドカードを獲得すること。そうすると、ワールドチャンピオン争いに松坂、岡島、2人の松井、井口の5人の日本人選手が参加することになる。さて、どうなるか?

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2007.09.28

松岡美術館の近代日本画展

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現在、松岡美術館で開催中の“近代日本画展・前期”(9/8~10/28)は東近美か山種美で日本画を見ているような気がするくらい充実している。展示されてる作品は数こそ20点と少ないが、質的にはトップクラスのものがずらっとある。3年前からここへ通っているが、感激度では今回が一番かもしれない。

手元の図録に載っている作品で是非見てみたいと思っていたのが期待値以上にすばらしかった。上の横山操作“暁富士”と下の杉山寧の“黄金の顔”。横山操が描く富士山は昨年、“清雪富士”(拙ブログ06/12/25)といういい絵を見たが、この美術館にも北澤美が所蔵しているのと全く同じタイプの赤富士があった。富士の前に“暁”、“赤”、
“朱”をつけた題名にしているが、使われている色はどの絵も赤と黒、金色の三色。金色は雲、上の絵のように枯れ木、稲妻と色々ヴァリエーションがある。

この絵をじっとみているとなんだか寂しい気持ちになるのだが、同時に魂が揺すぶられ目の前の富士に吸い込まれそうにもなる。これは朱色に染った富士山の山肌が金散らし、凹凸ありで質感のよくでたマチエールになっているからだろう。この赤富士と対面したのが2点にすぎないが、横山はこれを2000点以上描いたらしい。赤富士を欲しがる人が多いので描きまくって、そして沢山稼いだといわれている。

“黄金の顔”は杉山寧のエジプトシリーズの一枚で、あの有名なツタンカーメンの黄金のマスクである。“日展100年展”(国立新美)に展示されていたスフィンクスを描いた“穹(きゅう)”(東近美蔵)では背景が深い青で彩られているのに対し、この絵ではすこし明るい青にし、滑らかな黄金のマスクを浮かび上がらせている。話しが横にそれるが、ビッグネームの画家のなかでこの杉山寧の絵だけはまだ、まとまった形でみる機会がない。で、大回顧展が開かれるのを今か々と待っている。

あと3点、いい絵がある。2年前にとりあげた山口蓬春の代表作“山湖”(05/1/26)、福田平八郎の堂々とした“鯉”、猫の親子を描いた堂本印象の“母子”。はじめてみる“母子”が収穫。白い毛一本々の描写が実に上手いのと眠っていたり母猫のオッパイを夢中で吸っている子猫に心が和む。

川合玉堂の“炭焚く夕山”が登場する後期(10/30~12/24)をみると、ここのコレクションもおおよそ済みになる。もう少しだ。

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2007.09.27

上野の森美術館の山下清展

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展覧会情報の入手が素早いokiさんから教えてもらった上野の森美術館の“山下清展”(9/21~10/9)を200%楽しんだ。

放浪の天才画家、山下清(1922~1971)は芦屋雁之助が演じた関西TVの“裸の大将放浪記”でそのパーソナリティをイメージするだけで、本物の絵をこれまで一枚も見たことがない。図録を読むと、画家・山下清が34歳のとき東京の大丸百貨店で開いた個展(1956)では、80万人の観客があったというし、その人気は半端じゃあないのだから、どこかで作品を見る機会があってもおかしくないのに、どういうわけかこの画家とは縁がなかった。

で、お預けを食らった犬にやっと食事の時間がきたときのように、目の前に展示された作品を夢中になってみた。作品数は山下清の代名詞である貼絵をはじめ、油彩、ペン画、素描、陶器の絵付けなど140点あまり。はじめてみるので作品自体が新鮮そのもの。これが山下清の絵か!という感じである。

切り取った色紙が大きい最初の頃の貼絵からはじまり、段々腕があがり小さな紙や細長い紙を使って表現された風景画や花などの静物画は見る者の心をとらえて離さない。山下清は日本のゴッホといわれるが“栗”や“菊”の絵を見ていると、たしかにゴッホの絵のタッチや色使いを彷彿とさせる。これらは15歳~18歳のとき描かれたのだから驚く。

TV番組では、山下清は放浪の旅にでて、そこで見た風景や出来事を描くという場面が再々でてくるが、これは事実と違うようだ。実際は放浪から戻ってきた八幡学園や実家で描いている。山下清にはスーパー記憶力があり、完成された貼絵と各地の原風景はあまり変わらないという。

今回見ごたえがあったのが、専門の修復家によって修復された8枚の貼絵。どれもすばらしいので、息を呑んでみた。上は代表作の“長岡の花火”(1950)。なんと心に響く絵だろうか。大きな花火が7つ横にきれいに並んでいる。目を見張らされるのがそれを眺めている大勢の人々。

皆向こうむきで、遠くにいくにつれ大きさをすこしずつ小さくしてびっちり描かれている。これを仕上げるには尋常ではない根気や集中力が必要と思われるが、山下清は鍛錬して身につけた高い貼絵技術で美しい花火とこれを楽しむ人々の様子を生き生きとそしてあたたかく描いている。また、北斎や広重が描く浮世絵風景画のような“桜島”やゴッホの女性画を模写した“ラ・ムスメ”、“ロンドンのタワーブリッジ”にも釘付けになった。

下は見たとたんにKOされた油彩画“群鶏”(1960)。Myカラーの緑と黄色が多く使われたこの色使いにもうメロメロ。この絵をよく見て欲しい。そう。これは伊藤若冲の“動植綵絵”のなかの一枚“群鶏図”を模写したもの!山下清も若冲の絵に魅せられていたとは!?(今から47年前) 二度びっくりである。ちなみに美術史家の辻惟雄氏が“奇想の系譜”を書いたのが1988年だから、山下清は辻氏よりずっと前に若冲に注目していたことになる。これってすごいことでは!極楽浄土にいる若冲もこの絵をみてさぞかし喜んでいることだろう。

会期がこんなに短い理由がわからないが、この展覧会はエポック的な鑑賞体験として長く記憶に残りそう。

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2007.09.26

日本橋高島屋の藤田喬平展

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先週日曜の新日曜美術館にたまたまTVのチャンネルがあったとき、丁度アートシーンをやっており、日本橋高島屋で行われているガラス作家、藤田喬平の回顧展(9/19~10/1)のことを紹介していた。これはミューズの優しいお計らいと感謝し、早速でかけた。

藤田喬平がつくる琳派風の“飾筥”(かざりばこ)をみたのはまだ数点しかない。絵でも陶芸などの工芸品でも、それまでは存在を知っている程度だったものが、なんらかのきっかけで一気に作品との距離が縮まり心を奪われることがある。藤田喬平の飾筥は3年前横浜美術館で見て以来、いつかもっとたくさん見れる機会がくるのを夢見ていた。

昨年、宮城県の松島を観光したとき、藤田喬平ガラス美術館があったのに、自由時間を短かったため訪問が叶わず、藤田喬平との縁はまだ先のような気がしていた。最近、日本橋高島屋の展覧会スケジュールは定点観測しておらず、NO情報だったにもかかわらず、偶然この回顧展を知ることになったのは、ひょっとすると奈良博でみた平家納経や扇面法華経冊子などの装飾経が飾筥を呼び込んでくれたのかもしれない。

今回展示されているのは1964年から亡くなった2004年までに制作された120点。斬新なフォルムのオブジェやあの琳派様式の飾筥を目の前にすると、このガラス作家の才能が世界的に認められたことがよくわかる。藤田喬平の代名詞となった飾筥は全部で50点ある。日本にある名品を全部集めてきたのではなかろうか。もともと琳派狂いだから、光悦や宗達を思い出させる金銀箔を使った装飾美に頭がくらくらする。

上は“紅白梅”(京近美)。色々なヴァリエーションで藤田は琳派や平安王朝の雅な世界を表現する。地の黒に金銀箔の“夜桜”、緑地に金の“かぐや姫”、深い青の地に金銀箔を散りばめた“湖上の花”。いずれも息を呑むほど美しい。

ヴェニスのムラーノ島でつくられた作品にも魅了される。藤田喬平は天性のカラリスト。藤田の体にはイタリア人の血が混じっているのではないかとびっくりするのが下の“ヴェニス花瓶”。こんな熱情をかりたてるような色の組み合わせを生み出せるのだから、これは天分の才能としかいいようがない。ほかにも花瓶の形と色彩、模様がぴったり合ったのがいくつもある。見てのお楽しみ!当分、図録を眺めることになりそう。満足度
200%の回顧展だった。

なお、この展覧会は東京の後、次の会場を巡回する。
大阪高島屋:10/10~10/22
ジェイアール名古屋タカシマヤ:08/2/16~2/25
石川県能登島ガラス美術館:3/8~5/11

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2007.09.25

バーナード・リーチ展

1044展覧会が開催されるとき手に入る展示内容に関する情報はチラシか美術館のHPに書かれている案内文くらい。

出品数が多くて展示替えがある場合は作品リストを事前にみることができるが、普通は主要作品を知る程度である。

だから、実際美術館のなかに入って、予想以上のサプライズがあったりすることが多い。逆にこんなはずではなかったとがっかりするケースは出動する展覧会を絞り込んでいるのであまりない。

現在、松下電工汐留ミュージアムで行われている“バーナード・リーチ展”(9/1~
11/25)はチラシもなかったので、回顧展の規模や作品の所蔵先がまったくわからないまま入館した。昨年、兵庫陶芸美術館であった回顧展を日程が合わず見逃したから、この展覧会の情報を得たときは嬉しかった。で、巡回展ではないことはわかっていたが、どんな新規の作品が見られるかと期待が膨らむ。

ところが、作品は見慣れたのが並んでいた。これらはほとんど日本民藝館が所蔵するものだった。そうだったのか!こういうとき普通ならがっかりするのだが、今回は逆にこれはラッキーと思った。それはリーチのちゃんとした図録が手に入るから。

実は04年10月、日本民藝館でリーチと孫の二人展があり、沢山の作品が展示されたのだが、図録がなく、一部の作品が掲載されている館の雑誌“民藝”(01年2月号)でしか作品を思い出す術がなかった。図録を購入すると持ち帰りがしんどいが、これがないと感動を再生することができず、展覧会を鑑賞する喜びが半減するのである。民藝館は残念ながら図録をつくる資金的な余裕がない。で、ここではいつも簡略図入りの詳細なメモをとって後で作品のイメージが思いだせるようにしている。

今回は一度みた作品が多いのであまり時間をかけずにさっとみた。作品は絵画、スケッチ、陶器、リーチがてがけた椅子、棚などが130点あまり。心をゆすぶるのがいくつもあるが、なかでも右の“楽焼大皿 兎”、“筒描皿 ペリカン”、“ガレナ釉筒描山羊文大皿”が気に入っている。

余白をたっぷりとった中国山水画風の絵柄の作品も魅力的だが、一番ぐっとくるのがデザイン化された動物文が描かれたもの。デフォルメされた兎には躍動感があり、いつまでもながめていたくなる。リーチは兎やペリカンのほかにも、グリフィン、カエル、蛸(拙ブログ05/12/27)、ツバメなどを生き生きと描いている。

民藝館は所蔵品を他館に貸し出して図録を作ってもらい、その一部を買い取り、館で販売するつもりなのであろう。この方式で濱田庄司や河井寛次郎の図録もつくって欲しいものである。

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2007.09.24

出光美術館の仙厓展

1043_2今、出光美で開催中の“仙厓展”(9/1~10/28)は展示されているのが色つきでない墨の絵なので、風が体のなかをさあーっと通りぬけていくようなごく軽い展覧会。

が、見終わったあと、どういうわけか対象のフォルムが頭から離れず、また絵の横に書かれた賛のことが気になってしょうがない。堅牢な水墨山水画より仙厓が描く絵のほうがずっと楽しめるかもしれない。

仙厓のコレクションでは日本一を誇る出光美が今回みせてくれるのは書画90点あまり。例によって、見るからに下手くそな絵がある。でもこれはご愛嬌。軽いユーモラスな絵や禅の精神を表した味わい深い絵がこれらを数十倍補ってくれる。

まず、楽しくてかわいい絵から。世の中には笑った顔がすごくいい人がいる。笑顔のすばらしい赤ん坊、子供、若い女性、おじいさん、おばあさんと一緒に暮らしている方は幸せである。そして、漫画や劇画のような表現の世界でも笑いは読者を惹きつける大事な要素。

仙厓の絵はこの漫画と変わらないが、シンプルな描線で表現された笑顔は底抜けに明るい。極めつけは賛に“よろこベ”とある“福釣恵比寿画賛”や“老人六歌仙画賛”(拙ブログ06/3/7)。また、どことなくおかしい蛙の絵“座禅蛙画賛”にも惹きつけられる。賛の“座禅して人か仏になるならハ”(座禅をしてさえいれば悟りが得られるものならば)が意味深。

絵、賛ともにドキッとするのが野辺におかれた骸骨の目や鼻から葦がでているところを描いた“頭骨画賛”。賛には“よしあしハ目口鼻から出るものか”とある。これを何年か前はじめてきたとき、“仙厓は表現主義の画家か!”と仰天した。

右の代表作“○△□”と遭遇した際も言葉がでなかった。この絵には賛がないが、どう解釈するのだろうか?すぐ頭をよぎったのはセザンヌの言葉、“自然のなかに円筒形と球状と円錐形を見なさい”。自然を幾何学的にとらえたセザンヌと同様に、仙厓も自分のまわりの世界を○△□でイメージしていた。

仙厓が亡くなった1837年の2年後の1839年にセザンヌは生まれているから、仙厓はセザンヌの考えを70年くらい先取りしている。日本にはすごい画家がいたものである。

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2007.09.23

谷文晁とその一門展

1042現在、板橋区立美術館で“谷文晁とその一門展”(9/8~10/21)が行われている。

これまで谷文晁の絵は片手くらいしかみたことがないので、この展覧会は文晁の画業を知るいい機会である。

作品の内訳は谷文晁が20点、弟子たちのが56点となっており、一門の絵を沢山集めている。安村館長が精力的に集められた弟子たちの作品ではあるが、今は谷文晁の絵にしか心が向かってないので、これらはさらっとみて、お目当ての文晁の絵に集中してみた。

20点のうち前期(9/8~9/30)にでているのは14点で、残りの6点は後期(10/2~10/21)の展示。鑑賞時間は30分くらいだったが、大きな満足が得られた。代表作、“公余探勝図巻”(拙ブログ07/7/18)の作風が頭のなかを占領しているので、同様の色使いや西洋絵画的な陰影法がみられる作品に釘付けになる。

右ははじめてお目にかかる“山水図襖”。中国北宋系の山水画を彷彿とさせるごつごつした岩山の描写と“公余探勝図巻”と変わらないあの鮮やかな青緑が目にとびこんでくる。山々を左から右に墨の濃淡をつけて重ねていく構図がなかなかいい。

同じく色で惹きつけられるのが近畿地方を旅したときのスケッチ画“西遊画紀行帖・箕面山瀑布之図”と“秋山高隠図”。とくに“秋山高隠図”は強く印象づけられる絵。水晶の結晶サンプルが垂直にのびた感じの岩山は深い青と緑で彩られ、その上に金泥が散らされている。一見するとケバケバしいイメージだが、直線的でボリューム感のある岩山が金泥によりその堅さが和らげられ、さらに装飾的に仕上げられているところが文晁流。南画をそのまま受け継いでいるのとは違う。

弟子の作品でギョットしたのが渡辺崋山の“福海図”。蝙蝠(こうもり)が吉兆文様として陶磁の絵柄に使われるのは見慣れているが、この絵のように岩や波といっしょに描かれた蝙蝠は見たことがない。海上を蝙蝠が何匹も飛ぶ情景はリアリティに欠けるから、絵の画題としてはあまりふさわしくない。波頭と蝙蝠の組み合わせはどうみてもアンマッチ。

後期に展示される文晁の4点をみたいので、またでかけるつもり。

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2007.09.22

美麗 院政期の絵画展 その二

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“美麗 院政期の絵画展”で感心したことがある。それは料金。後期を見る際、前期の
1000円の半券を出すと500円で入場できる。この料金システムを知ってもらうため、大きめの表示板をつくっているので、こちらも半券は失くさないようにしっかりとっておこうという気になる。多くの美術ファンに傑作を観てもらおうという姿勢が料金設定にも現れており、美術館に対する好感度がます。

半券をみせても100円しか割り引いてくれない東京のサントリー美などとはエライ違い。また、図録の値段が1500円と安いのもいい。図録代を含むトータルの支出が
3000円というのは大変有難い。鑑賞コストは安く、展示品の質は超一級。理想的な展覧会である。いくら感謝してもしきれない。

この特別展に駆り立てた一番の作品は上の“釈迦金棺出現図”(国宝、後期展示、京博)。95年の“日本仏教美術名宝展”で見逃して以来、12年かかってやっと願いが叶えられた。この間、この絵を見る機会は数回あったが、どういうわけか縁が無かった。

大規模な仏教絵画の展覧会があるとき、展示される定番の傑作が3点ある。前期にでた“仏涅槃図”(金剛峯寺)、上の絵、そして“阿弥陀聖衆来迎図”(有志八幡講十八箇院、拙ブログ05/8/25)。いずれも国宝。“釈迦金棺出現図”は大画面の絵で、制作された時期は1086年の“仏涅槃図”よりすこし後らしい。釈迦の臨終に間に合わなかった母、麻耶夫人(まやぶにん)のために、釈迦が神通力を使って復活し、説法する場面が描かれている。

大きな金棺より上体をおこした釈迦が放射状の円光背を負い、右下でひざまずく顔の大きい麻耶夫人のほうへ体を傾けている。涅槃図には必ず釈迦の遺品、衣、鉢、錫杖(しゃくじょう)が描かれるが、仏鉢は沙羅双樹に掛けられ、衣は金棺の前の机に、そして錫杖は麻耶夫人がしっかり持つ。釈迦を取り囲んでいる会衆(参集者、菩薩、仏弟子、俗人、女人、八部衆、動物など)は目をかっと開いてこの奇跡をみている様子がひしひしと伝わってくる。

画面全体が茶色で埋め尽くされているが、衣の赤、青、緑、白がまだよく残り、釈迦や麻耶夫人の着衣に施された精緻な截金文様にも惹き込まれる。釈迦の肉身が柔らかく感じられるのは絵絹の裏から白を塗り(裏彩色)、表から白と黄色を塗っているから。

絵巻物は過去何度も観ている作品が多いが、見てて楽しくなる傑作ぞろいなのでとても気分がいい。そのなかでお気に入りは“華厳宗祖師絵伝”(全期間、高山寺、06/6/12)。善妙が変身した巨龍が義湘の乗る船を支えて大海原をざんぶりこ々進む場面は波の描写がすばらしく、おもわず見入ってしまう。このほかにも、物語の展開が面白い“信貴山縁起絵巻”、“伴大納言絵巻(上巻)”、“粉河寺縁起絵巻”があるのだから、仔細にみると時間がいくらあっても足りない。

そして、美しい装飾経として評価の高い“平家納経”(厳島神社)や“扇面法華経冊子”(四天王寺)が目を楽しませてくれる。下は“平家納経”の“厳王品”の見返。経文から射してくる光に向かい、二人の女房が合掌している。銀地に散らされた赤や黄色、青の蓮花、汀に遊ぶ鷺、扇子は現代にも充分通用するほどモダンなデザイン。平安時代に生きた人々の豊かな感性にただただ感服するばかり。

日本美術の真髄がぎゅっと詰まった院政期の絵画。一生の思い出になる展覧会であった。

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2007.09.21

美麗 院政期の絵画展 その一

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奈良博で行われている“美麗 院政期の絵画展”の前期(9/1~17)と後期(9/19~30)を見てきた。サントリー美の屏風展で少し紹介したように、これは十年に一度クラスのすごい展覧会なので、どうしても見逃すわけにはいかない。

ボランティアで作品の解説をしていた方の話しが興味深かった。なんでもこの展覧会は定年でお辞めになった前館長の最後の大仕事のようで、これまでの運営で他館やお寺との間にできた豊富な人脈をフル活用して95年にあった“日本仏教美術名宝展”を彷彿とさせる傑作を目一杯集めてきたとのこと。

会期中に展示される作品は全部で125点。うち国宝が49点。残りも大半が重文。仏画、絵巻物で有名なのがびっくりするくらい出ている。お陰で95年のとき展示替えで見逃した作品をほぼリカバリーし、追っかけていたのにも対面することができた。で、今はすばらしい仏画や絵巻物の余韻に浸っている。傑作があまりに多いので、2回にわけて感想を述べてみたい。

院政期というのはご承知の通り、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけてのころ。白河上皇が1086年に院政を開始し、その後、鳥羽、後白河、後鳥羽と続く。この院政期に美麗な仏画や平家納経などの装飾経、地獄絵、伴大納言絵巻などの傑作が数多く制作された。名品が切れ目なく続くので感動の総量はとてつもなく大きい。

見所のひとつは仏画。最初に飾ってある大きな“五大力菩薩像”からはじまり美術本に載っている代表作がぞくぞくでてくる。これは圧巻。1086年に制作された“仏涅槃図”(前期で終了)は涅槃図の最高傑作。追っかけていた“十二天像”(6点)は前期に展示された色の鮮やかさと綺麗な顔が印象深い“帝釈天”を暫しうっとりしてみていた。

仏画には装飾的な金箔や截金(きりがね)が施されているが、金が一番残っているのが“孔雀明王像”(東博、全期間展示、拙ブログ05/7/14)。ほかの名品と見比べてみても、この截金の精緻さは際立っている。今回最も心を打ったのが12年ぶりに再会した上の“十一面観音像”(奈良博、全期間)。ボストン美からやってきた“馬頭観音像”(全期間)の蓮華座にみられる桃色の照暈(てりぐま)同様、十一面観音の肉身部に施された強い朱の暈取りに目を奪われる。暈取りと斜め向きの姿勢で立体感をだしているので、彫像をみているような気分になる。

仏画のなかで会期中6点みられるのが白象に乗るお馴染みの“普賢菩薩像”。後期に展示される“普賢延命菩薩像”(京都・松尾寺)は昨年、東博の国宝室に登場した。菩薩より白象のほうの目がいくのはこの“普賢延命菩薩像”と象の体に金の飾りを沢山つけている鳥取・豊乗寺蔵の“普賢菩薩像”(前期で終了)。

仏画とともに収穫が多かったのが後白河院のときに描かれた地獄絵。下の“地獄草子”(奈良博、前期)、後期展示の東博の“地獄草子”(06/3/17)、“沙門地獄草子”(5点、五島美ほか)、“餓鬼草子”(東博前期05/12/12、京博後期)、“病草子”(6点、京博ほか)、“辟邪絵(へきじゃえ)”(奈良博05/5/11、全期間)など代表作がほとんどある。

とくにいつか見たいと願っていた下の奈良博蔵“地獄草子・鉄鎧所(てつがいしょ)”が目の前に現れたので、夢中になってみた。昨年の“大絵巻展”(京博)のとき展示替えでみられなかったから喜びもひとしお。これは罪人が獄卒の鬼に捕まえられ鉄の臼(うす)で人肉ミンチにされるところ。右の赤い鬼は骨を処理しながら嬉しそうに笑っている。

恐怖心をうえつけるにはこれ以上ないというほど怖い顔をした鬼のとなりにユーモラスな鬼も描く。日本では、12世紀後半、豊かな想像力をもつ絵師がこんな面白い絵を描いていたのである。

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2007.09.13

ティツィアーノのサロメ

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海外からやってくる西洋絵画の展覧会の場合、いつも言っているように、目玉の作品が2,3点あればそれで充分。このMy評価基準に従うと、現在、Bunkamuraで開催中の“ヴェネツィア絵画のきらめき展”(9/2~10/25)は鑑賞リストに入らないのだが、チラシに使われている上のティツィアーノ作、“サロメ”がどうしてもみたいので、例外扱いで出かけた。

はじめからこの絵しか関心がないから、出足は遅い。ベリーニ、ヴェロネーゼ、ティントレット、カナレットらの出品作は予想通り、アベレージ。ヴェネツィア派の絵画の魅力はあの赤や青など輝く色彩なのに、心ときめくのが1点もないのである。タイトルの“きらめき”に惑わされないように。で、図録は買わず20分で出口に向かった。

さて、お目当ての“サロメ”である。これは美術本や愛読書の宮下規久朗著“カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン”(04年、名古屋大学出版会、拙ブログ04/12/23)、パノフスキー著“ティツィアーノの問題”(05年、言叢社同人)にでてくるのでいつかこの目でみたいと願っていた。

絵を所蔵しているローマのドーリア・パンフィーリ美術館は次回のローマ旅行ではカラヴァッジョの2作品をみるため、必ず訪問しようと思っているところ。日本でこのサロメと対面できるとは思ってもみなかった。

これが描かれたのは1515年頃で、ティツィアーノ30歳の頃。同時期の絵、“聖愛と俗愛”(06/5/22)と較べると、色の鮮やかさとか細かいタッチは“聖愛と俗愛”ほうがだいぶ上。もし“お好きなのを差し上げる”と言われたら、即座に“聖愛と俗愛”に手をかける。

“サロメ”はいつも眺めていたい絵ではないが、不思議な魅力がある。洗礼者ヨハネの首が載せられた大皿をもつサロメはこのおぞましい首がなければ、聖母像にもなるほど柔和な顔をしている。サロメの絵ですぐ思い浮かべるモローの“出現”がサロメを“ファム・ファタル”として妖艶に描いているのに対し、ティツィアーノの“サロメ”は静謐そのもの。

普段はおとなしい女子高生が同級生を殺すといったショッキングな事件に接し、強い衝撃を受けることがあるが、この醒めたサロメにも不気味な怖さが漂っている。現代に生きるわれわれには激情的に表現されたモローのサロメより、こういうサロメのほうが妙にリアリテイを感じてしまう。

大皿の首はティツィアーノの自画像といわれている。聖人ヨハネが首を撥ねられたのは30歳で、これを描いたティツィアーノと同年齢だった。下は後年のティツィアーノの自画像(ベルリン国立美術館)。頬骨の形、鷲鼻などがよく似ている。

昨年のボルゲーゼ美、今年のプラド美(3/23)でティツィアーノの名画を沢山みて、この画家がますます好きになったが、今回のサロメも大満足だった。

なお、拙ブログは9/14~9/20までお休みします。

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2007.09.12

山種美の川合玉堂展

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山種美術館で行われている“川合玉堂展”(9/8~11/11)を楽しんだ。ここで開催されるミニ回顧展を見るのは二度目。

作品数は96年暮れのときが14点だったのに対し、今回は63点もある(そのうち6点は10/2~11/11の展示)。ここに玉堂の絵が何点あるかわからないが、おそらくいい絵は全部でてきたような気がする。4月、日本橋高島屋であった大回顧展(拙ブログ4/11)でも107点みたから、これで川合玉堂も済みマークがつけられる。

最近、ここは作品に光をあててみせるようになった。開館40周年記念展で速水御舟の“炎舞”に上から光が当たっていたのは一時的な演出かと思っていたが、今回も同様の演出があった。これからも続けるのだろうか?

玉堂の作品は色々な楽しみ方がある。初期の頃の作品は師匠である橋本雅邦の影響で、狩野派的な岩や山の描き方が多い。例えば“鵜飼”や“渓山秋趣”は古典的な山水画という感じ。こうした絵の前では見る側もちょっと緊張するが、墨線に色彩が加わり、山道を進む農夫や馬などがでてくるとリラックスして画面のなかに入っていける。

玉堂の絵が多くの人に愛されているのは、懐かしい農村の光景が四季折々情趣豊かに描かれているからだろう。ホットしたり、自然と心がおちつくのが何点もある。なかでもお気に入りは上の“山雨一過”、“残照”、“烟雨”。雨あがりは大気は水分を含んで光の透明度が増すので、空は美しい青色になる。“山雨一過”で心を揺すぶるのは風で左に流れる木々の葉の明るい黄色や緑と坂道を降りる男と馬の向こうに描かれたうす青の山肌。

玉堂には田んぼにおける農作業を俯瞰の構図で描いた作品が数点ある。その一枚が“早乙女”。仕切られた田んぼの中で女たちは田植えに精をだしている。一人、小休止して腰をのばしている女につい“お疲れさん”と声をかけたくなる。単なる風景画でなく、生活感が色濃くでているのがとてもいい。

下は玉堂作品のなかでは異色の絵、“荒海”。はじめてこの絵をみたとき、“玉堂にもこんな荒々しい絵があったのか!”と思わずのけぞった。立体感あふれる波のうねり、黒い岩に激しく打つ寄せ、四方にとびちる波しぶき、そして手前の前後左右に動きまわる蛸の足のような波頭。これは加山又造の“波濤”、東山魁夷の“満ち来る潮”とともに忘れならない絵である。

今回は予想を上回る作品数のうえ、これまで見たこともなかった動物画“猿”と“虎”に遭遇したので機嫌がいい。

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2007.09.11

東近美の平山郁夫展

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今年、東近美で開催された企画展は関心が薄く、平常展で所蔵の名画ばかりみてきたが、やっと目に力の入る“平山郁夫展”(9/4~10/21)がはじまったので、早速出かけた。

作品数83点のうち、21点は全会期中の展示ではないから、もう一回来ることになりそう。今回の回顧展は平山郁夫の生地、広島県瀬戸田町にできた平山郁夫美術館の開館を記念して行われた特別展(97年)を大幅に上回る本格的なもので、初期の作品から最近の院展出展作まで代表作のほとんどが展示されている。で、この先しばらくは、平山郁夫の絵は小休止になりそう。

作品は4つのテーマでくくられている。1章 仏陀への憧憬、2章 玄奘三蔵の道と仏教東漸、3章 シルクロード、4章平和への祈り。1章で気に入っているのは“建立金剛心図”(東近美)と“祇園精舎”(足立美)。釈迦が悟りを開く場面や弟子たちへ説法するところが荘厳な趣で描かれている。まわりの深い緑から漏れ出す金色の光が真ん中にいる釈迦に一際眩しくあたっているのが印象深い。

2章、3章では中国やシルクロードへの旅行心をかきたてる絵が沢山でてくる。大きな画面なので、少し離れてみると一瞬その壮大な光景を現地で見ているような錯覚を覚える。これが平山郁夫の絵の魅力。10年ぶりの“敦煌鳴沙”(拙ブログ05/6/20)・“敦煌三危”を前にすると、なんとしても敦煌へ行かなくてはと気がはやる。

上の“絲綢之路天空”(ししゅうのみちてんくう)はNHK特集“シルクロード”の映像とイメージがダブってくる。右から左へと進むラクダの列とその影がシルクロードの情景にぴったり。絵の力というのはすごいもので、まだみてもいないシルクロードの光景が頭のなかではもう出来上がっている。実際、現地に行ってみて、“絵とは違う!”なんてことにならなければいいのだが。

4章にあるのは“平和の祈りーサラエボ戦跡”を除き、全部日本の風景を描いた作品。広島県立美術館で何度も見、そのつど心を痛めた“広島生変図”がある。下は夜の厳島神社を描いた“月華厳島”。この絵にぞっこんなのである。日本の風景を描いたいい絵がほかにも沢山あるが、これがいちばんの傑作だと思っている。

画家にはパーソナルカラーがある。例えば、グレコの緑、ゴッホの黄色、マチス・奥田元宋の赤、東山魁夷の青など。平山郁夫の場合、緑が多く、青一本ではないが、“平山郁夫の青”も“東山魁夷の青”同様、すごく惹きつけられる。この絵は深い青と釣り灯龍の金色のコントラストが声を失うくらい美しい。また、“ブダガヤの大塔”、“ナーランダの月 インド”、“楼蘭遺跡を行く(月)”(10/10~10/21の展示)も青と金色にぐっとくる。

久しぶりに、平山郁夫の絵画を堪能した。

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2007.09.10

BIOMBO/屏風 日本の美展

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現在、サントリー美術館で開催中の“BIOMBO/屏風 日本の美”(9/1~10/21)は想像以上にすごい展覧会。国内および海外の美術館から質の高い作品が沢山結集している。東博の京都五山展同様、日本美術では十年に一度クラスの展覧会といっていい。

余談だが、実はもうひとつすごいのが今、奈良博で行われている。同館が95年、開館百年記念として行った“日本仏教美術名宝展”の再現かと思わせるほど国宝をいっぱい集めた“美麗 院政期の絵画展”(9/1~9/30)。そして、10月になると、京博でビッグイベント“狩野永徳展”(10/16~11/18)がある。

だから、終了した五山展のあと、東京、京都、奈良で行われる3つの展覧会へ足を運ぶと、美術本に載っている日本画のトップクラスの名作が大変効率よく鑑賞できることになる。これはまたとない機会。長く日本画をみているが、これほど次から次と大展覧会が連続するのは珍しい。

前置きが長くなったが、この展覧会の見所はどの作品か。例によって、出品作101点は7期に振り分けられているから(HPに掲載中)、是非とも見たい絵を軸にして訪問する回数と日を決めなくてはいけない。何点かある追っかけ作品との対面を考えると、どうしても3回の訪問が必要になりそう。今回の料金は前回より300円アップの1300円。2回目以降は割高な鑑賞となるが仕方ない。

章立ては6つ。1章 屏風の成立と展開、2章 儀礼の屏風、3章 BIOMBOの時代 屏風に見る南蛮交流、4章 近世屏風の百花繚乱、5章 異国に贈られた屏風、6章 海を越えた襖絵と屏風絵。 9/1~10と9/12~17にでている屏風のなかで目を見張らせるのは1章、3章、6章に多くある。

上と真ん中は再会を待ち望んでいた“日月山水図屏風”(じつげつさんずい、重文、室町時代、大阪・金剛寺)。上が右隻(春の景色)で真ん中が左隻(冬の景色)。加山又造の“雪月花”(拙ブログ06/3/11)と“春秋波濤”(07/2/20)はこの絵に霊感を得て描かれた。

目に焼くつくのが幾重にも重なった緑の山の親しみやすい形。山は逆遠近法で描かれ、遠くの山のほうが大きい。目を皿のようにしてみたのが左右隻の大半を占める波形。横にのびる波の所々にみられる波頭は様式化され工芸的なイメージなので、見てて楽しい。右隻の左上に金の切箔が残っているものの、その隣に散らされた銀箔は歳月でくすみ暗くなっている。

制作された頃は銀や金が輝き、桜の白と山の緑、そして真ん中の金の日輪がまばゆいばかりに華やかな画面をつくっていたことだろう。また、リズミカルに響きあう左隻の雪山、松の枝、波の曲線フォルムにも魅了される。ここには銀箔の三日月があるのだが、退色しているのでうっかりすると見落とす。

1章では追っかけていた“厩図”(三の丸尚蔵館)と対面した。山口晃が参考にした“厩図屏風”(重文、東博)は9/26~10/1と10/3~8に展示される。下の風俗画は人物描写や着物の柄や色に大変魅了された“邸内遊楽図屏風”。サントリー美にも同名の絵があるが、どちらもいい遊興図で甲乙つけがたい。

今回のいちばんのハイライトは全期間展示される6章の“祇園祭礼図屏風”(ケルン東洋美、サントリー美)、“社頭図屏風”(メトロポリタン美)、“賀茂競馬図屏風”(クリ-ブランド美)かもしれない。これらは4階の階段を下りたところに展示してある。次回、詳しく書くつもりだが、浮き浮きするくらい楽しい屏風絵。見てのお楽しみ!

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2007.09.09

ジョン・コルトレーンの「マイフェイヴァリットシングス」と見立絵

1028時々、クルマのなかで聴いているジョン・コルトレーンの“マイフェイヴァリットシングス”から、あることを思いついたので、今日はそのことを。

モダンジャズ界でマイルス・デイビスとともに一際大きな存在なのがサックス奏者のジョン・コルトレーン。

この巨人が演奏した数々の名曲のうち、“マイフェイヴァリットシングス”は魂の叫びがひしひしと伝わってくる“至上の愛”などと違い、柔らかい音色のソプラノサックスが美しい旋律をはじめから終わりまで奏でてくれるので、体が軽くなるくらいリラックスして聴ける曲。

ご承知のように、これは映画“サウンドオブミュージック”(1964)でジュリーアンドリュースが歌った曲。この曲の魅力はジャズの真髄である即興演奏が存分に楽しめること。はじめは明快な主旋律を繰りかえし、徐々にそれを自在に変奏していく。全部の小節を一斉に変えるわけではなく、正調と乱れが適度に混りながら進行していくので、カオス状態にはならない。それどころか、この正調を外した演奏がすごく心地いい。

横に進む曲線グラフで例えると、中心線の上下に揺れ動く曲線がはじめは太い実線で表されているが、次のゾーンに入ると、前とか真ん中とかの一部が破線に変わり、異なる線になっていく感じ。実際の演奏では、ソプラノサックスとピアノが主旋律を時に激しく、時にソフトに変容させていく。演奏がとても気持ちよく感じられるのはあの琴線にふれる旋律(例えでいうと実線)がいくら部分的には変奏(破線)されていても、いつも聴こえるような気がするから。

で、ふと頭をめぐったのが浮世絵師、鈴木春信が得意とした“見立絵”(拙ブログ07/2/8)。見立絵は故事、物語、和歌などを原案にして、絵師の同時代の風俗に置き換え、作者自身の翻訳を加えたもの。コルトレーンやピアノのマッコイ・ターナーは原曲の“マイフェイヴァリットシングス”をそのときの気分や感情で自由に変えてアドリブ演奏する。聴く者にとって、この自在な変奏はとても刺激的で、原曲以上に楽しめる。

見立絵はつい最近みた山口晃の“厩図2004”(8/20)もそうだし、カラヴァッジョの“バッカス”、グレコの“オルガス伯爵の埋葬”(3/26)、ベラスケスの“酔っ払いたち(バッカスの勝利)”(3/19)も同じ発想で描かれている。現代絵画にもある。ピカソは自分流の“ラスメニーナス”(ベラスケス)、“アルジェの女たち”(ドラクロア)、“草上の昼食”(マネ)を制作した。

また、オペラでも同じことがみられる。例えば、ヴェルディの“ナブッコ”では舞台のセットや衣装にかかる費用を節約するため、物語は古代から現代に変えて上演されたりする。登場人物は皆、現代の衣装を着て出てきたりするから、少々面くらう。これは歌劇場の運営を考えての設定変更という面も強いが、見立と同じ考えに立った演出である。

音楽は目に見えないから、コルトレーンのジャズと絵画やオペラの見立とがすぐには結びつかないが、本質的には同じ行為のように思える。

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2007.09.08

インバル指揮 マーラー「交響曲1番・巨人」

1027昨日のNHK教育でインバルが指揮するマーラーの交響曲を放送していた。

大好きなマーラーをあのインバルが指揮するとなると見逃すわけにはいかない。

最近とんとクラシックを聴いてないので、演奏自体がすごく新鮮に感じられた。マーラーを最も得意とするインバルが率いるのはロンドンのフィルハーモニア管弦楽団。西池袋にある東京芸術劇場で
今年7/4に行われた演奏会である。

交響曲1番はこれまで数えきれないほど聴いたから、1楽章から4楽章までの演奏内容は体のなかに沁みこんでいる。何度もビデオに収録し、そのつど手元にあるものと演奏の出来栄えや録音状況を比較し、いいほうを残してきた。今あるのはアバド指揮によるベルリンフィルの演奏(89年)。これを今回のインバルのマーラーは上回ったか?

聴き終えて体が熱くなるほどすごい演奏だった!会場では“ブラボー!”があちこちから飛び交い、大きな拍手が長く続いた。TVで聴いていても言葉がでないくらいだから、会場に居合わせた観客は感激も極に達し、アドレナリンが出っ放しだったのではなかろうか。

名手が揃ったベルリンフィルの金管楽器パートは過剰なくらい大爆発するという感じだが、フィルハーモニアのトランペット、トロンボーン、ホルンも鳴り響いていた。マーラーの交響曲の場合、弦楽器が演奏する美しい旋律にもうっとりするが、聴きごたえがあるのはなんといっても金管楽器の感情を外へばっと出すような力強い演奏。なかでもこの“巨人”の最終章の圧倒的なフィナーレは感動的。

演奏を一層盛り上げるため、ティンパニの前にいる8人のホルン奏者と1人のトランペット奏者は終わりに近づいたところで一斉に立ち上がる。これがなかなかカッコいい。マーラーの演奏にはこれくらいのパフォーマンスが必要。ベルリンフィルでも“巨人”のときではないが、“5番”の演奏のとき、主席ホルン奏者がホルンを高く上げていた。

マーラーの“巨人”というと、すぐ頭の中に流れるのが3楽章の古いボヘミア民謡の旋律。まずコントラバス、ついでチェロといくのだが、これをマイクが拾ってくれない。オーボエが加わったところでやっと聴こえてきた。残念だが、これはよくあること。会場で聴いている人には関係ない。ベルリンフィルのように小さなマイクを沢山置いてないのだろう。

“巨人”はアバド、インバルともにいいので両方残すことにした。インバルのマーラーは本当にしびれる。フランクフルト放送交響楽団が演奏した“5番”(00年)に続き、この“巨人”も二重丸。会場へ足を運べばよかった。

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2007.09.07

ルチアーノ・パバロッティ 死去

1026パバロッティがすい臓がんのため亡くなった。まだ71歳というのに。

あの美声がもう聴けなくなると思うと悲しくてたまらない。心からご冥福をお祈りしたい。合掌!

パバロッティとのつきあいは90年、ドミンゴ、カレーラスとともにローマのカラカラ浴場で行った野外コンサートあたりから。ワールドカップ決勝戦の前に開催されるこの3大テノールの競演は94年、98年、
02年と4回行われた。いずれもビデオ収録し、Myクラシック・オペラビデオコレクションのなかの貴重な一本になっている。

そのなかでもカラカラ浴場での3人の歌声がいちばん印象深い。パバロッティはこのとき55歳。ときどき聴いているが、高音がよくでており、歌い終わったあとは思わず会場にいる人たちと一緒に手をたたきたくなる。また、あの人懐っこい笑顔がたまらなくいい。

持ち歌はナポリ民謡からヴェルディ、プッチーニまで幅広く、いい曲ばかり歌ってくれる。“帰れソレントヘ”、“オーソレミオ”、、、そして最後にパバロティの代名詞となった“トゥーランドット”の名アリア“誰も寝てはならぬ”を熱唱。このアリアの名曲を希代の名テノール、パバロッティがのびやかな美声で歌い上げる。沢山聴いたオペラやガラコンサートのなかで、感激度いちばんはこのシーン。

3大テノールは日本で2回公演している。96年と02年のワールドカップのとき。96年のパバロッティが面白かった。美空ひばりの名曲“川の流れのように”をカレーラスとドミンゴは歌詞をしっかり覚えて歌っているのに、パバロッティはずるして日本語がでてこない。ご愛嬌である。02年、再度3人で競演したときは、ドミンゴ、カレーラスに較べパバロッティの声は明らかに元気がなかった。

96、7年くらいから生地モデナではじめた“パバロッティ&フレンドコンサート”(孤児救済チャリテイ、2度BS2で放映)には豪華なゲスト歌手が登場する。オペラとロック、ポップスとのクロスオーバーだからメチャクチャ楽しい。とくに99年はスパイクリー監督が撮影を指揮しただけにカメラワークが秀逸。

BBキングのギター演奏やジョー・コッカー、リッキー・マーチン、マライア・キャリー、ライオネル・リッチーなど大御所や人気の若手の歌声に会場全体が大興奮。こういうビッグネームを集められるのだからパバロッティの人脈はすごい。今、多くの仲間たちが彼の死を悲しんでいることだろう。

愛蔵のビデオを流して、パバロッティを偲びたい。

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2007.09.06

上野美術スポットあれこれ

1025東京における美術鑑賞は上野と六本木にある美術館巡りが圧倒的に多い。

とくに上野は毎週行っている感じなので定期券が欲しいくらいである。

上野公園の周辺には東博、国立西洋美、東京都美、東芸大美、上野の森美、国立科学博物館の5つの美術館がある。

このうち国立科学博は“インカ・マヤ・アステカ展”で一回行っただけでなので、まだ館に慣れてないが、ほかの美術館については展示室のレイアウト、導線はもとより、コインロッカー、トイレ、ミュージアムショップのある場所まできっちり頭の中に入っている。鑑賞していて一番疲れるのが東京都美。階段をいつも2回あがることになる。広々とした鑑賞空間なのは東博。本館は平成館にくらべ建物自体が古いこともあり中はちょっと暗いが、今はすっかりこの照明に慣れ、頻繁に替わる作品を楽しんでいる。

美術館に対する愛着が強いか薄いかは建物への好みにもよるが、やはり展示の内容がいちばん影響する。東博のように充実している平常展を見るのも楽しみの一つだが、美術館の評価を決定づけるのが年数回実施される企画展。この企画展で競っているのが東博、東京都美、東芸大美。

東博は“中国国家博物館名品展”、右の“ダヴィンチ 受胎告知”、現在開催中の“京都五山展”。東京都美も強力なラインナップが続いている。“オルセー美展”、“国立ロシア美展”、現在の“トプカプ宮殿展”。そして10月10日からは待望の“フィラデルフィア美展”がはじまる。東芸大美は“パリへ 洋画家たち百年の夢展”と話題の“金刀比羅宮展”。

このなかでどうにも不可解なのが東博であったダヴィンチの“受胎告知”の特別展示。どうして、ダヴィンチの絵が西洋美で展示されないの?西洋絵画、しかもダビンチの傑作が日本・東洋美術の殿堂である東博で公開されたというのは、どんな事情があったにせよ展覧会史上の珍事といっていい。この間、西洋美は“イタリア・ルネサンスの版画展”と“パルマ展”を寂しくやっていた。

ルネサンス美術の鑑賞はMyライフワークだから、“イタリア・ルネサンスの版画展”は出かけたが、“パルマ展”はパスした。理由は明白。今年元旦の展覧会プレビューにはパルマ展を入れていたのに、出来上がったチラシに載った作品がちっとも心を揺さぶらなかったから。こんなマニエリスムのイメージの強い作品は見る気がしない。肝心のパルミジャニーノ(拙ブログ06/5/8)に期待していた作品がなく、出品作の中では最も有名なコレッジョのあまりマニエリスムの匂いがしない“幼児キリストを礼拝する聖母”は昨年ウフィツィ美術館で鑑賞済みだから、迷うことなく出かけるのをやめた。

西洋美前の告知看板には目のまわりにくまができたあの不気味なマニエリスムの人物画が使われていたが、これを見るたびに一体どれだけの人がこの絵に心が和むだろうか?と思っていた。今はこの看板が視線に入らなくなり、ほっとしている。

この展覧会を企画した担当者はルネサンスとバロックの橋渡しをしたパルマ派に光を当てたいのだろうが、パルニジャニーノにしてもコレッジョにしても大半はマニエリスム絵画なのである。ヨーロッパの美術館でポントルモやサルト、フィオレンティーノらマニエリストの回顧展が開かれることはまずない。取り上げられるのはブロンツィーノ、パルミジャニーノだけ。03年、ウィーンの美術史美術館であったパルミジャニーノの回顧展には大勢の人がいたし、見てて気持ちのいい作品がかなりあった。で、この画家のファンになったのだが、ラファエロと較べてどっちが好きかと問われれば、それはラファエロに決まっている。

西洋美の企画力はずばり言って評価していない。今なら東京都美やモネの大回顧展をやったり、9月26日からフェルメールの傑作“牛乳を注ぐ女”を展示する国立新美のほうが断然上。04年の“マティス展”、05年の“ラ・トゥール展”、“ドレスデン美展”はすばらしかったが、昨年(ガッカリさせられたベルギー王立美展については06/9/2910/8)、今年はパットせず期待値を大きく下回っている。誰をも唸らせた04年、05年の頃とはエライ変わりよう。ダヴィンチの受胎告知をもってこれないのは西洋美の現在の実力を反映しているのだろう。

それは学芸員はいい作品を持ってきたつもりだろうが、啓蒙意識が出すぎで、観客が本当に楽しめる作品がわかっていないからではないか。絵としては一番価値の高いコレッジョの名画“幼児キリストを礼拝する聖母”をチラシに載せないのはその表れかもしれない。こんないい絵をチラシに載せないですませる感覚がそもそもずれている。

美術館へ行くのは美術史を勉強するためではなく、絵画そのものを楽しむため。本場ヨーロッパの美術館や欧米の一流美術史家が関心を示さないパルマ派(=マニエリスム)をみせられても、作品自体がバランスのくずれた作風なのだから、多くの美術ファンにアピールするはずがない。

美術史の専門家や通の人に受ける展覧会ばかりやっているとそのうち、一般の西洋絵画ファンは西洋美に行かなくなり(今でもそうだが)、東京都美や六本木に向かうようになるのでは。ホームランを期待されている西洋美が2塁打を打ったぐらいでは誰も満足しないことをわかって欲しい。

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2007.09.05

速水御舟の伊勢物語

1024ホテルニューオータニのなかにある美術館を今年はじめて訪問した。

ここでいま“所蔵作品展”(8/25~
9/24)が行われている。

これまで4、5回足を運び、ローランサンやドンゲンの女性画、ビュフェの作品、浮世絵肉筆画、風俗画、日本画などを一通り鑑賞したので、最近はご無沙汰中。が、たまたま開いたHPに、速水御舟の画集に載っている右の“伊勢物語”が出てきた。これは嬉しい展示なので、喜び勇んで出かけた。

西洋画19点、日本画6点しかないから、15分で見終わる。西洋画はお気に入りのビュフェの“カフェの男”と再会した。初見の絵ではポーシャンの大きな絵“漁夫と娘”とヴァラドンの“座る裸婦”に足がとまった。

“伊勢物語”は御舟が23歳のときの作品。右は伊勢物語・23段、“筒井づつ”の場面。こげ茶色と深い緑で彩色された垣根のところにいるのが在原業平で、屋敷のなかにいるのは幼馴染の女。ここで二人はこんな歌を詠みかわす。

業平 “筒井づつ井筒にかけしまろがたけ 過ぎにけらしな妹見ざるまに”

(幼い頃、井筒と比べたわたしの背丈も、もうすっかり井筒を越してしまったようですよ、貴方とお会いしないでいるうちに) これは求婚の歌。

女 “くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ 君ならずして誰かあぐべき”

(あなたと長さを比べあったわたしの振り分け髪も、肩を過ぎるまでに伸びました。あなたでなくて誰のために髪上げをいたしましょうか) 業平のプロポーズに対する“結婚してあげてもいいわ!”という承諾の返歌。

“井筒”というのは井戸の地上部分の囲いのこと。これが苗字となっているので、この“筒井づつ、、、”の和歌はそらんじている。また、“髪上げ”は女性の成人の儀式であり、女が求婚に応じたことを表す。

幼馴染の二人は長い空白期間のあと愛し合って結ばれたというのに、業平は根っからのプレイボーイだから、別にいい人ができ、夜になるとせっせと愛人宅に通う。今なら絶対こんなことはないが、妻が夜道を行く夫の身を案じて詠む歌は、

“風吹けば沖つ白波竜田山 夜半にや君がひとり越ゆらん”

(風が吹くと沖に白波がたつという名の竜田川を、夜更けにあの方はたったひとりで越えていることでしょう)

なんという度量の大きさ!植え込みのなかにかくれていた業平はこの歌を聞き、かぎりなく妻がいとしくなって以後女の家には行かなくなる。御舟の絵のお陰で昔覚えた懐かしい和歌を思い出した。

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2007.09.04

大リーグ終盤戦 ポストシーズンへ進むチームは?

1023_2大リーグのレギュラーシーズンも残りゲームが30をきり、最後の勝負どころになってきた。

そんな中、イチローは7年連続200安打を達成した。昨年に比べ13試合早い達成。イチローならこのくらいの記録は当たり前という感じだが、一応拍手々。

いつも感心するのは怪我をしないイチロー。マリナースに入団してから一度も捻挫や筋肉痛などで試合を休んだことがない。試合前、入念な準備運動をしていつも体調をいい状態にキープしているとはいえ、思わぬアクシデントに見舞われることがあっても不思議でないのに、無傷で長いシーズンをのりきり、しかもこれを7年続けている。驚異的な体力である。

イチローの活躍もあってマリナースは連敗から脱出した。ここにきての9連敗は痛い!首位のエンゼルスとのゲーム差は6.5に開いた。負けたヤンキースも松坂が勝投手になったレッドソックスとは7ゲーム離されている。両チームとも地区優勝は難しい状況なので、これからはワイルドカードによるポストシーズン進出に頭を切り替えて、残りのゲームを戦うのではなかろうか。

中地区はインディアンスが2位のタイガースに6ゲームの差をつけて優勝に進んでいる。で、ワイルドカードを争うのはヤンキース、マリナース、タイガースの3チーム。はたしてどのチームがワイルドカードを手にいれるだろうか?今年はマリナースに肩入れしたいところだが、最終的にはヤンキースだと思う。残念ながら、イチローの願いは叶えられそうにない。

理由はいくつかある。ひとつはチームの結束力がいまいち弱い。イチローが入団したときにいたマルチネスのような生え抜きの中心選手がいないことも影響している。イチローがチームリーダーであることは間違いないが、言葉の問題もありヤンキースのジーターのような主将の役割が果たせないのが辛いところ。

戦力的には投手陣に絶対的なエースがいないので連敗が止められない。バティスタはチームトップの13勝しているが負けも10ある。一方、ヤンキースには王建民(16勝6敗)がいる。最近は負けが続いているベテランのムッシーナやクレメンスだが、競ったときの戦い方を知っているので、ここぞという一戦には力を発揮するのではないか。

最後に監督の能力。マリナースの新監督はコーチとしては有能だったかもしれないが、大事な時期に9連敗するようでは、監督の能力に?がつく。選手の起用、戦力の整え方が監督のレベルに達してないのかもしれない。

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2007.09.03

肖像画家 渡辺崋山

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昨日の新日曜美術館はドナルド・キーン氏が語る“わが渡辺崋山”だった。日本文学の世界的権威で日本語も達者なキーン氏は現在85歳だそうだが、とてもお元気。最近、渡辺崋山の本をお書きになったそうだ。この情報はNOタッチ。番組を見終わって、本を読んでみたくなった。

これまで渡辺崋山の絵は片手くらいしか見たことないから、ここで紹介された絵が新鮮だった。とくに冒頭に出てきた白い歯を見せて笑っている武士を描いた肖像画には驚いた。崋山の師匠である谷文晁にも大阪の町人学者、木村蒹葭堂(きむらけんかどう)が笑っているところを描いた絵(重文、大阪府教育委員会蔵)があるから、それを真似たのかもしれない。

渡辺崋山というとすぐ思い浮かべるのが上の“鷹見泉石像”(国宝、東博)。この絵は東博の平常展によくでてくる。昨年は5月にでていた。この3年間にたぶん2回展示されたはず。また、儒学者、佐藤一斎の肖像画(重文)もよく会う。目が鋭くて、口のまわりの濃い髭が強烈な印象を与える“佐藤一斎像”に較べると“鷹見泉石像”にはリアリティと同時に品格が感じられる。じっと見ていると本物の武士が目の前に座っているような錯覚に囚われる。

顔の表情は西洋の陰影法を使って描かれているが、ぱっとみて、これまでの日本画とは違う描き方の絵であるという印象は受けない。これは画面の大部分を占めるうす青の衣装が線描表現で描かれているからだろう。苦心してマスターした陰影法を取り込んでも、それがあまり目立たず、顔の部分と明確に引かれた衣紋の線により量感がでた着物がうまく溶け合っている感じ。

この絵をはじめて見たころは渡辺崋山の自画像に思えてしょうがなかった。で、“鷹見泉石”(たかみせんせき)なる人物は誰れ?状態から、この人物が崋山と一緒に蘭学を学んでいた先輩武士ということがわかっても、なにか物足りない肖像画だなというイメージがあった。だが、今はこの見事な肖像画に魅了されている。

下の絵は昨年、府中市美術館であった“亜欧堂田善の時代展”に出品された大作“千山万水図”(重文、部分)。崋山が蛮社の獄(1839)によって田原に蟄居させられていたころの作である。このような透視遠近法的な描き方と俯瞰の視点が組み合わさった雄大な風景画はこれまで見たことがなかったので、息を呑んで見た。

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2007.09.02

土佐礼子 世界陸上・女子マラソンで銅メダル!

1020大阪で開かれている世界陸上・女子マラソンで土佐礼子選手(写真真ん中のゼッケン8)が3位に入り、来年の北京五輪出場を決めた。拍手々!

昨年の東京国際マラソンでも優勝したから、現時点では日本選手のなかで一番強い。来年32歳だが、オリンピックのメダル獲得に期待がもてそうになってきた。

オリンピックの翌年に開かれる世界陸上の成績はあまり当てにならないが、オリンピック前年の大会は実力者や最近好調な選手が出場するから、選手にとっても誰が強いかを見極める戦いでもある。だから、ここで銅メダルを獲得したということは来年の本番にむけていいスタートをきったともいえる。

土佐選手はいつも粘り強い走りで見る者を感動させる。細い腕を一生懸命振り、泣きそうな顔をして必死に走る。38キロまでは8人でトップグループを形成していたが、39キロあたりからばらけてきた。土佐選手はここで5位となり、“ううーん、これはダメかな”とメダルへの期待が崩れかけた。

が、ここから残り3キロで驚異的な粘りをみせる。この粘りがこの選手の真骨頂。40キロをちょっとすぎたあたりで中国選手を抜き3位になった。前を走るのは中国の周選手とケニアのヌデレバ選手。周選手に追いつくのは残念ながら叶わず、結局3位でゴールした。

土佐選手は04年のアテネ五輪の選考レースだった名古屋国際マラソンのときもすごい粘りで逆転優勝した。こういう風に最後まで粘れるというのは人並み以上の強い精神力があるからだろう。日本の女子マラソン界のトップ集団にいる選手たちは体力とか走力とかは世界レベルだから、体調管理を上手くやり、勝負に対するモチベーションの高い選手が最後に栄光をつかむ。

オリンピックへの切符は残り2枚。誰が手に入れるだろうか?アテネで金メダルを獲った野口みずき選手はあれ以来一度も走ってない。足の故障はもう直り、今年の東京国際マラソンで代表切符を目指すらしいが、あのダイナミックな走りがみられるだろうか?潜在的な能力が高いといわれる渋井選手や復活をめざす高橋直子選手の調子は?女子マラソンはメダル獲得の有力種目だから、これからの選考レースが楽しみ。

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2007.09.01

旅展の熊野那智参詣曼荼羅

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旅展の後期(8/23~9/30)をみるため、また三井記念美術館を訪れた(前期は拙ブログ7/19)。展示作品55点のうち、後期だけの8点に800円を払うのは割が合わないのだが、下の“熊野那智参詣曼荼羅”と“伊勢参詣曼荼羅”がどうしてもみたいからいたしかたない。

で、この二つと東海道の宿場風景をコミカルなタッチで描いた広重の“東海道五十三次細見図会・神奈川&程ヶ谷”を30分くらい楽しんでひきあげた。

熊野三山(本宮大社、那智大社、速玉大社)は一度行ったことがあるから、“熊野那智参詣曼荼羅”に対する親しみがグッとます。だが、那智の滝をみたのは随分前なので、滝や大社、お寺がこの絵のような配置になっていたかどうかはあやふや。

興味深い描き方があった。右上の滝に赤い炎が三つ描かれている。これはなぜ?山伏に先導されて進んでいく参詣者の白装束がよく目立つため、参詣の順路がイメージしやすい。注目して見たのは鳥居の前に描かれている補陀落渡海(ふだらくとかい)の場面。この頃、補陀落信仰があった。これは海のかなたにある常世の国にいくと、不老不死の理想郷があるという信仰。常世の国に旅立つことを“補陀落渡海”といった。死を覚悟の上での旅である。

舟の四方に鳥居をめぐらせているのが渡海船で、渡海上人が乗り込むと釘を打って外に出られないようにした。積み込まれるのは30日分の食糧と油だけ。実際、これを実行した者が867年から1722年の間に25人いる。平清盛の嫡孫の維盛(これもり、
1184年)、補陀落山寺の歴代の上人など。同行者を含めると100人以上が海に消えたという。

この熊野那智参詣曼荼羅は今で言うと“観光ポスター”だった。これを使って全国で熊野参詣をセールスしたのが“熊野比丘尼”。平安時代の末期以降、熊野詣の主役になった武士や富農に彼女たちはこの曼荼羅を見せながら、“ほら、見てごらんなさい、上皇、貴族、武士、庶民まで沢山の人が来ているでしょう。参れば、あなたも極楽浄土に行けますよ!”と勧誘した。

熊野詣をはじめたのは皇族や上流階級。宇多法皇が907年に皇族として最初に参詣した。上皇、法皇、女院の参詣記録によると、もっとも多く詣でたのは後白河法皇で33回、2位が後鳥羽上皇の29回、3位は鳥羽上皇23回。

今回、後鳥羽上皇の4回目の熊野詣(1201年)に随行した藤原定家が記した上の“熊野御幸記”(国宝)が全期間、展示されている。現代語訳を読むと、一行の総行程600キロ(往復)は相当きつかったことが窺がわれるが、本宮に到着する直前に定家は“感涙禁じ得ず”と書いているから、熊野三山への参詣が現代に生きるわれわれには測ることができないほど大きな喜びであったのだろう。

この展覧会で参詣曼荼羅をいくつもみれたのは大きな収穫だった。

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