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2007.08.01

安田靫彦の孫子勒姫兵

955日展に出品された日本画は初見のいい絵がいくつもあり大満足だった。

この感動は昨年はじめ、新橋の東京美術倶楽部で開催された“知られざる名画展”のときの興奮と似ている。

中村岳陵の“残照”のようにこれがお目当てとばかりに鑑賞のエネルギーをためていた作品の場合、やはり大きな感動が得られる。そして、これ以上に興奮するというか心がざわめくのが全く思いもよらない名画が目の前に現れたとき。

今回そんな絵があった。右の安田靫彦が描いた“孫子勒姫兵”(1938、第二回新文展、霊友会妙一記念館蔵)である。追っかけリストに入っている絵なので、それこそ夢中になってみた。同時にこれが大学の恩師に教えて頂いた“孫子”の話の場面かと感慨深かった。

右にいるのが孫子で、左には目を奪われるほど鮮やかな赤と白の衣装をつけた宮廷に使える女たちが7人描かれている。孫子は剣を抜き、手に槍を持った宮女たちと一戦交える構え。女たちの顔には緊張感がみなぎっている。そして、緊迫ぶりは両者の表情だけでなく、衣装の描き方からも伝わってくる。宮女の白い衣装の裾は足を踏ん張っているため、左右に広がり、孫子のグレイの衣装も激しい動きで横になびいている。

この場面が“孫子”にでてくるどんな話かについて、少し詳しくふれてみたい。戦術家、孫子はたまたま当時の有名な君子(呉王)に会う。そこで呉王から“お前は兵法の大家だそうだけれども、自分の後宮3千人の中なら選抜した姫兵はわしの言うことを聞かない。あれをひとつ、意のままに動かすことができるならやってみてくれないか”と言われる。

で、孫子は早速、その姫兵を集めて、全員を右に向かせようとして、“右向け右”と号令をかける。すると、ゲラゲラ笑い出して右を向いた女もいれば、左を向いた女もいるし、何もしない女もいる。これをみて呉王は“何だ、兵法の大家だって、女どもを右左に動かすこともできないぐらいなら、大したことないな”と思った。

そうしたら、孫子が呉王に対して“皇帝の一番のお気に入りの方はどなたか?”と聞き、皇帝の返事を待って、刀を抜いて一刀のもとにその女を切り殺した。そして、“右向け右”と再度言うと、全員が右を向いたという。呉王が寵愛した女で孫子に切られたのは長い帯を腰につけている二人の隊長。

ここで孫子が言おうとしているのは“戦術だけでも整備された法律だけでもだめ、力というものを備えなければ、庶民というものは動かない”ということ。昔聞いたこんな話を思い出しながら、この傑作を眺めていた。

なお、“韓非子・説難編”にでてくる話は拙ブログ05/7/26で書いた。ご参考までに。

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コメント

こんばんわ そしてはじめまして

 さっそく、質問ですが「安田 靫彦」さんという画家さんがすよね。で、その人の絵って何派なのか知りたいのですが。(ルネサンス派なのか印象派とか。)分からなければそれで結構ですが。
 なにしろ、無知なもんで・・・。
 できれば早めにお答えを出してくれれば幸いです。ご返答、よろしくお願いいたします。

投稿: tetsu | 2008.11.13 21:53

to tetsuさん
はじめまして。書き込み有難うございます。

明治以降の日本画では、近世の狩野派のような
○○派という区分けは基本的にはありません。
強いて、安田靫彦の系譜をたどるとなると大和絵
の土佐派です。

安田の師匠である小堀鞆音と小林古径や前田青邨
の師匠の梶田半古は土佐派の流れをくんでいます。
で、3人には古典文学とか歴史を題材にした作品
が多いのです。

投稿: いづつや | 2008.11.13 22:30

お返事、ありがとうございました。

投稿: tetsu | 2008.11.14 06:18

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