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2007.08.31

京都五山 禅の文化展 その二

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二度目の“京都五山 禅の文化展”(東博、7/31~9/9)はお目当ての作品を見逃さずにすむ⑤期(8/28~9/2)にした。こういう国宝や重文が沢山展示される展覧会では展示時期の関係で見れない作品がでてくる。これは仕方がないので、どうしても見たい作品を優先して後期の会期を選んだ。

最初の鑑賞(拙ブログ8/8)で展示のレイアウトがインプットされているから、今度は四章“五山の学芸”からスタートした。水墨画の名品がぞくぞく登場する。出品作を全部見たとすると、日本にある水墨画の名画は雪舟、雪村を除きだいたい見たことになるのでないだろうか。そのくらいいいのが揃っている。

⑤の作品で足が止まったのをあげてみると。如拙の“墨梅図”、“渓陰小築図”、岳翁蔵丘の“山水図”、周文の“十牛図”と“四季山水図屏風”。なかでもお気に入りが“墨梅図”。縦長の細い画面で見る者の心をとらえるにはこういう描き方が一番だなと思わせる絵である。画面の上のほうから弓なりになった枝が何本も垂れ下がり、そこに咲いた白い梅の花がその緩やかな曲線のフォルムを際立たせている。枝ぶりに美が感じられる絵はそうない。

次の五章“五山の仏画・仏像”にはお目当ての絵、吉山明兆作、“五百羅漢図”(東福寺)があった。45幅のなかから六幅が展示されるが、⑤では三幅のみ。下はその一枚。京博で一度見たときびっくりしたのが色調の強さ。背景のこげ茶色の岩や松の木とは対照的に、羅漢たちが身につけた袈裟の赤や緑がなんとも鮮やか。そして、視線が集中するのが羅漢たちの上にいる大蛇。大きく開いた口の中で羅漢が瞑想しているのに目が点になると同時に、胡粉で彩色された鱗の白に強い衝撃を受ける。

鎌倉の円覚寺にある五百羅漢図でも、狩野一信が描いたもの(東博)でも、大蛇の口のなかに羅漢が描かれているから、これは伝統的な図様なのであろう。4年前、東博であった“鎌倉 禅の源流展”に中国の絵師が描いた五百羅漢図(大徳寺蔵)が五幅でていた。明兆の絵も円覚寺のもこれを参考にして描かれたというから、いつか大徳寺所蔵の全82幅をみてみたい。

インパクトのある五百羅漢図のあとは、軽く流す感じで、一章、二章に戻り、肖像彫刻や頂相(ちんぞう、禅僧の肖像画)をみてまわった。これまで数回対面している上の“夢窓疎石像”は好きな肖像画。目元がすっきりした顔は冷静沈着でとても頭がよさそうにみえる。今年は京博で“藤原道長展”、東博で“京都五山展”。お寺シリーズはまだ続くのだろうか?

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2007.08.30

東博浮世絵エンターテイメント! 師宣・歌麿

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現在、東博の浮世絵コーナーにある作品(30点)の展示期間は8/28から9/24まで。一度に展示できる数に比べここが所蔵する作品数は膨大だから、毎回はじめてみる作品のほうが圧倒的に多い。

が、ここに通いづめて3年くらいになると、なかには割と早いタイミングで再会する絵も出てくる。上の菱川師宣作、“見返り美人図”は確か一年前くらいに展示されたような気がする。見る側からすると、こういう初期の浮世絵を代表する名画が頻繁に鑑賞できるのはとても有難い。

師宣はどうして後ろを振り向く美人像を描いたのか?これは当時の女性たちの髪形や衣装のファッションと大きく関係している。浮世絵は当世の風俗や流行を写したものだから、絵師は女性の心理には敏感。男たちの目には振りかえるポーズでより強調される女性のしなやかな姿態が焼きつくが、若い女性たちが熱いまなざしをむけるのは最新ファッションの“吉弥結び”という帯の絞め方と髪型の“玉結び”。で、この二つを女性に見せるため、師宣は振りかえるポーズを思いついたのではないかといわれている。

もちろん、ハレ気分をそそる菊と桜模様がきれいな緋色の元禄小袖にも“わたしも着てみたいわ!”となるだろう。男や女の好みや時代の空気を読み取り、斬新な美人像でもってそれに応えるのだから、やはり師宣は並みの才能の絵師ではない。

今回の展示で楽しみにしていたのが、下の歌麿が描いた“高名美人六家撰・富本豊雛”。やっと会えた。こうして東博の平常展で歌麿の名画と月に一度のペースで遭遇するのだからたまらない。内容の乏しい企画展へ出かけるより数倍の満足感がある。

富本豊雛は“寛政三美人”のひとり。この大首絵では、豊雛の顔より襟をつまむ手に目がいく。おもしろいことに扇子のふちと角かくしの線が対応し、その間にある手がゆるやかな曲線をつくっている。白地の多い画面で、すがすがしい感じのする美人画である。画集でみると、同じシリーズの耳のうしろに手をやっている“辰巳路考”や赤い茶托を運ぶ手がかわいい“難波屋おきた”にも魅せられる。いつか見てみたい。

歌麿のいい絵がもう一点ある。“婦女人相学十品 文読美人”。これも代表作のひとつ。数回みたMOAのものより、こちらのほうが着物の柄が多く色の組み合わせもいい。歌麿の美人画をみた最初のころは“歌麿は女性の内面を表した”というのがなかなか感じとれなかった。鳥居清長の全身像の美人画と較べて、歌麿は大首絵という新機軸を打ち出したことはわかるが、顔の描き方はあまり変わらないのではという印象だった。

が、鑑賞する絵が増えるにつれ、顔の表情やしぐさ、ポーズにちゃんと内面の感情がでているのがすこしずつわかってきた。楊枝をくわえている女(拙ブログ07/2/8)もいれば、この“文読美人”のように巻紙の手紙を隠しながら読んでいるのもいる。この女は書いてある内容を他人に見られたくないのだろう。

風景画も見所いっぱい。神奈川県立歴史博物館に今出品されている広重の“甲陽猿橋之図”、“武陽金澤八勝夜景”がここにもあった。そして、お馴染みの北斎の“富嶽三十六景・武州千住&武州玉川”、広重の“東海道五十三次・三島&箱根”。また、久しぶりにみた歌川国芳の“讃岐院眷属をして為朝をすくふ図”にも釘付けになった。青の濃淡でつくる波面の立体感、大鰐鮫の鱗文様の描き分け、薄墨が効果的な烏天狗の動感表現がすばらしい。

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2007.08.29

日光東照宮

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日光東照宮を20数年ぶりに訪問した。で、前回通った道はすっかり忘れている。東北道の宇都宮インターで降りたのは覚えているが、そこから日光までのルートがあやふや。“あの頃、日光・宇都宮道路はあった?”なんて話しているうちに日光インターが近づいてきた。高速道路を走っているので、宇都宮からはすぐという感じ。

そこから先もまだ、道路沿いの景色のイメージが戻ってこない。やっと、日光東照宮に着いたのを実感したのは赤い神橋が見えてきたあたりから。市営の駐車場から階段を上がり、広い表参道に立つと、この道を進んだことをかすかに思い出した。

見学の順番は“日光山輪王寺”、“日光東照宮”、“日光二荒山神社”、最後に“家光廟大猷院”。お目当ては前回、存在すら知らなかった国宝の大猷院(たいゆういん)。輪王寺の宝物館には探幽の3幅の掛け軸があったが、アベレージの作。ここではサプライズはなかった。

で、日本のバロック建築、東照宮へ急いだ。“見ざる・言わざる・聞かざる”の“三猿”の彫刻がある“神厩舎”には白い馬がいた。白い馬は午前中だけここに居るらしい。前回会えなかったのはお昼すぎに到着したからだ。これはラッキー。

いい気分になり、導線を右に曲がると“陽明門”(国宝、上の写真)が目に飛びこんできた。絢爛豪華さに昔ほどびっくりしないが、今は金色ではなくあの胡粉の白に強く惹きつけられる。最高の技で仕上げられた獅子や獏、龍などの彫物を一つ々みていると徐々に気分が高揚してきた。横の回廊に目をやると、美しい緑や赤で彩色された花鳥の彫刻が陽明門をいっそう引き立てている。

唐門のむこうの拝殿、石の間、本殿では案内の人が一通り、社殿の形式、“権現造”や内部に描かれた絵画のことを説明してくれる。真ん中の絵は拝殿の左の間にある狩野探幽作、“白澤(はくたく)”。前回見たはずだが、記憶が全く消えているから、はじめて見るようなもの。平和な世に出現するという白澤は昨年みた狩野一信の“五百羅漢図”(拙ブログ06/3/2)で関心の高かった聖獣だから、とても興味深かった。右の間には青竹と麒麟が描かれていたので見逃してはならじと、大勢の人が出口のほうへむかう中を掻き分けて、逆サイドにある絵の前に立った。“このおっさん、えらく熱心やな!”と思われたにちがいない。

有名な“鳴龍”はこの拝殿の中にあると思っていたら、これは勘違いで“それは陽明門を降りた右側の本地堂ですよ”と言われた。前は自分たちで天井に描かれた龍(下の写真)の頭のあたりで手をパチッとたたいた覚えがある。で、また拍手するのを楽しみにしていたら、かわりに説明する男性がいい音のでる拍子木を数回たたいてくれた。耳をすますと龍の頭のあたりから金鈴のような音が聞こえてきた。何度聞いてもいい音!

最後に見た大猷院の規模は東照宮より一まわり小さいが、豪華さは東照宮と変わりなく、期待以上の満足が得られた。ここの拝殿にも探幽が描いた唐獅子や狛犬があったので、再接近してみた。4つまわったので少しくたびれたが、心地よい疲れだった。

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2007.08.28

小林かいちと絵葉書の世界

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日光東照宮の観光が終わったあと、すぐ近くにある小杉放菴記念日光美術館(日光橋の右隣)を訪問した。放菴の代表作“泉”など沢山の作品がみられると思い、入館したのだが、今は企画展のため作品は7点しかでてないという。当てがはずれたので帰ろうかと思ったが、せっかく日光まで来たのだから、これだけでも見ておこうと考えなおしチケットを購入した。

お目当ての“泉”は展示してあったので、一安心し、あとは企画展なるものをチラッとみて、隣の方との集合場所へ向かうつもりだった。ところが、この企画展、“小林かいちと絵葉書の世界”(7/21~9/2)に展示してあった小林かいちの絵葉書に200%KOされてしまった。日本にこんなすばらしいデザイン作品があったのかという感じである。まさに衝撃的な出会いだった。

これまで全く情報がなかった小林かいちは京都で活躍した謎のデザイナーらしい。わかっているのは関東大震災(1923)の前後から1940年代の後半までの20年間に絵葉書や絵封筒を500点以上制作したことくらい。作品の多くが人々の目に触れたのはボストン美術館の所蔵するコレクションが日本で初公開された“美しい日本の絵はがき展”(04年)だから、世間の脚光を浴びてまだ日が浅い。

今回は200点の作品と同時代の竹久夢二や加藤まさをらの大正ロマンの香りが漂う絵葉書がでている。小林かいちの作品の特徴はアールデコ調。上はビアズレーとかミュシャの絵を思い起こさせる“灰色のカーテン”。女は細い体で背の高さは9~10頭身くらいある。この4枚一組の絵葉書では女の目や鼻は描かれているが、大半は目鼻がない女。真ん中の絵封筒の絵柄のように、女は嘆きの表情をみせ、メランコリーな雰囲気に包まれている。

“灰色のカーテン”に出てくる植物の模様、黒地の背景にあるハート、そして女が手に持っている十字架はよく描かれるモティーフ。ほかには教会、蜘蛛の巣なども登場する。これらのモティーフで構成される小林かいちの木版画はアールデコのスタイルだが、単なるコピーではなく、シルエット、対象が画面から外にはみ出すトリミング、色彩のグラデーションなど浮世絵風景画の要素も取り込んだ斬新な日本的デザインという印象が強い。

そして、すごく圧倒されるのが卓越した色彩感覚。京都のアーティストの伝統かもしれないが、色の組み合わせが抜群。色数は多くなく、緑はあまり出てこず、赤や黒、うす紫の取り合わせたなどが強い印象を与えている。神坂雪佳、堂本印象、福田平八郎同様、小林かいちも天性のカラリストである。

日本人の感性を揺すぶるのが、制作の最後に手がけた“清水寺の桜”や“雪の保津川くだり”などが描かれた“京の四季”や下の絵封筒の“古都京都”。小林かいちに嵌ってしまった。これから作品を追っかけようと思う。

なお、この展覧会はここだけで、ほかには巡回しない。図録はないが、この展覧会に合わせて出版された“小林かいちの世界ーまぼろしの京都アールデコ”(山田俊幸他編、国書刊行会、07年5月)に出品作の多くが掲載されている。ご参考までに。

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2007.08.26

トプカプ宮殿の中国陶磁コレクション

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現在、東京都美術館で開催されている“トプカプ宮殿の至宝展”(8/1~9/24)で思わぬ収穫があった。

年間に何十回と開かれる展覧会の鑑賞計画を立てる際、会期のどのタイミングで見るかは出品作に対する期待値の大きさで決まる。期待の展覧会は当然ながら出来るだけ早くでかける。これに対し、これまでみたことのある美術館の作品の場合、優先順位を少し下げ、会期の中頃か終盤に訪問することが多い。感動した名品をパスするのはもったいないから、やはり見ておこうというスタンス。美術館に足を運んでおられる方は大体同じようなことを考えられているのではなかろうか。

このトプカプ宮殿展は後者。01年に訪問した現地(拙ブログ06/2/12)でみた“ターバン飾り”や上の“金のゆりかご”と再会しようと軽い気持ちで、階段がシンドイ東京都美に入館した。が、最後のコーナーで思いもよらなかったすごいものと遭遇した。それは中国のやきもの。チラシにまったくやきものの情報がなかったので、名品を前に興奮した。

その感動を述べる前にチラシに載っている目玉の作品のことから。“ターバン飾り”は真ん中の大きなエメラルドグリーンと眩しいばかりに輝くダイヤモンドに目を奪われる。“宝飾コーラン・カバー”のダイヤモンド装飾も美しいが、こちらのほうが群を抜いて輝いている。

王子が誕生するとスルタン、母后、大宰相から贈られたという豪華なゆりかごにも釘付けになる。文様の装飾に使われたダイヤモンド、ルビー、エメラルドは一体いくらあるのだろうか?左右に揺れるゆりかごの形と高度な技で造作された文様のフォルムがよく合っており、オスマントルコの豊富な財力を窺がわせる一品である。

今回一番のサプライズだった中国のやきものは10点ある。日本においてこれほど質の高い中国の青磁や青花をみられる機会はめったにない。なかでも、くらくらしそうなくらいすばらしいのが真ん中の“青磁刻花蓮文大皿”、“青磁貼花牡丹文大鉢”、下の“染付牡丹蔓草文盤”。これらは世界的に有名なトプカプ宮殿の中国陶磁コレクションのなかでも目を見張らせる超一級品。

青磁の2点は世界中から名品を集めてきた“宋磁展”(99年、山口県立萩美術館)に匹敵するものだし、“染付牡丹蔓草文盤”は畠山記念館に今出ている“染付龍濤文天球瓶”(8/19)と同じ永楽青花だから、発色のいい藍と白のコントラストに限りない魅力を感じる。やきもの好きな方はお見逃しなく!

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2007.08.24

広重の六十余州名所図会

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“広重が描いた日本の風景展”の後期(8/23~9/17)をみるため、また神奈川歴史博物館を訪れた。前期(拙ブログ8/5)の作品は1点もなく、後期だけの作品が114点展示してある。そのなかのお目当てが“六十余州名所図会”。

揃物の69点が全部ある。過去、数点を見ただけなのでいつか全点みたいと願っていたが、ようやく思いの丈をとげることができた。これが描かれたのは広重の最晩年で、57~60歳のころ。このあと、広重は生まれ育った江戸の各地を題材にした“江戸名所百景”を刊行する。2つの揃物はともに切り取った風景を縦の画面に描いている。

作品を対照させてみると、まず、“六十余州名所図会”でワンラウンドこなし、そこでトライした構図のアイデアを“江戸名所百景”でさらに発展させたのだなというのがよくわかる。例えば、“江戸名所”でお馴染みの手前に対象を大きく描いたり、また画面の端で対象を大胆にトリミングする手法が“六十余州”にもいくつかみられる。

“紀伊 和歌之浦”で2羽の大きな鶴が空を舞う姿は“江戸名所”では、“箕輪金彩三河しま”に登場する異様に大きい鶴や“深川洲崎十万坪”の翼を広げた鷲のようにさらにパワーアップした構図へと変わっていく。ぎょっとするトリミングがみられるのは“安芸 厳島祭礼之図”の鳥居や“隠岐 焚火の社”の日本海の荒波を進む大きな廻船。

“六十余州”はこうした次の作品につながっていく絵柄もあるが、大半は“東海道五十三次”の流れを受け継ぐ名所絵。一部を除いて、実際に見た実景をベースにしてでなく、種本を参考にして描かれている。種本には色がついてないので、広重は色の組み合わせを考え、構図も自分の心象風景に合うように変えた。だが、実際の風景と大きくかけ離れた空想の絵とは違う。これは日本人の感性をゆすぶりすぎるくらいゆすぶるマジック的な風景画かもしれない。

とくに気に入ったのが上の“丹後 天の橋立”と下の“阿波 鳴門の風波”。ほとんどの名所は海や川、滝が描かれているが、この2点に大変魅了された。“天の橋立”はうす緑の地面に松が林立した洲が右下から緩く左にカーブする巧みな構図、洲をはさむように描かれた砂浜に打ち寄せる白波と帆船の美しさに見蕩れてしまう。

“阿波 鳴門の風波”に200%感動した。手前の渦潮はまるで怪物の目玉のように不気味に海面を動き回り、後ろの白い波頭は龍が怒り狂って大暴れしているみたい。これまでこんなすごい広重の風景画はみたことがない。北斎の“神奈川沖浪裏”同様、一生忘れられない絵になりそう。

嬉しいことに“六十余州名所図会”のほかにも、“本朝名所”、三枚続の大作“木曽路之山川”、“阿波鳴門之風景”(05/5/21)、“武陽金沢八勝夜景”、掛物絵“甲陽猿橋之図”といった広重の代表作が展示されている。600円の料金で広重の風景画を満喫させてもらった。感謝々である。

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2007.08.23

文正の鳴鶴図 VS 雪舟の秋冬山水図

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展覧会へ何度も足を運んでいると時々、“あの絵はこれを参考にしたのではないか!”と直感する絵に遭遇することがある。

そんなエポック的な鑑賞体験のひとつが現在、東博で開催中の“京都五山 禅の文化展”に展示されている上の文正作、“鳴鶴図”(重文、中国・明代、相国寺蔵、展示は8/26まで)。2年前、根津美術館で開かれた“明代絵画と雪舟展”でこの絵と対面したときは心の中に小さな衝撃が広がった。

これは2つのある掛け軸の右のほうで、左の画面中央には上方の月を振り返るように立つ一羽の鶴が描かれている。この絵でハットしたのが大きく広げた鶴の羽と背景の描き方。そして、即、思い浮かべたのが若冲の花鳥画と雪舟の“秋冬山水図の冬景”(真ん中の画像)。若冲はこの絵をみたのではないかと直感的に思ったのだが、はたしてこれをもとに“白鶴図”を描いていた(拙ブログ06/8/18)。

羽の白の描写がとても似ていたことにびっくりしたが、それ以上になにか大きな発見をしたような気分になったのが鶴の後ろの背景。左下のくぼんでいるところに水が流れ込み、波頭が沢山描かれている。そのむこうには流水の曲面とは対照的な墨の濃淡で表された角ばった岩がみえる。不思議に思えてしょうがないのがその流水と岩が接するところ。

下の部分が立体的になっている水の流れの面が上にのびる濃い墨線で縁どられ、そのむこうの岩のある面とは劇場の緞帳が重なっているみたいに段差があるようにみえる。この二つの空間をぎこちなくつなげた感じが雪舟の“秋冬山水図”の真ん中にみられる垂直にのびた太い線とオーバーラップするのである。雪舟のこの傑作をみるたびに、“あの垂直線で仕切られた左右の空間のくっつけ方は一体何なのだ?!ピカソのコラージュみたいな感じだな、この時代にどうして現代アートにも通じる表現ができたのか?”と頭の中は疑問符が解消されないままだった。

が、そのもやもやは文正の“鳴鶴図”をみて一気に晴れた。雪舟は美術評論家が得意げにいう抽象画家でもなんでもない!留学した中国や日本で修行した相国寺で接したであろう“鳴鶴図”などの中国絵画の描き方を参考にして、この垂直線を引いたにちがいない。このように一つ々独立した面を不自然に重ねて、少し立体感のある絵画空間をつくる中国の絵は“鳴鶴図”だけでなく、根津美の展覧会に何点かでていた。また、これと似た描き方が若冲の花鳥画にもみられる。雪舟にしても、若冲にしても中国の山水画や花鳥画から大きな影響を受けているのである。

下は美術史家の山下祐二氏が、高階秀爾氏や画家の平山郁夫らが編集者になって出版した画集“二枚の絵”(毎日新聞社、00年5月)で、“秋冬山水図”とペアリングしたモンドリアンの“木々のある風景”(部分、ハーグ市立美術館)。山下氏は雪舟の垂直線でくっつけた空間とモンドリアンの垂直線と水平線で区切られた抽象的な空間を結びつけたいのである。“自分は水墨山水画の専門家だけど現代アートも強いのよ!”とアピールしたいのかもしれないが、受けのいい見方を披露する前に、中国絵画もよく観ておいてねと言いたくなる。

横道にそれるが、山下氏は雪村の展覧会を企画したり、白隠の絵を森美術館の“日本美術が笑う”で沢山展示するなどいい仕事をされている。だから、大変ありがたい美術史家。が、最近首を突っ込んでいる若冲の“鳥獣花木図屏風”(プライスコレクション)では、“もっと知りたい伊藤若冲”(東京美術)の著者、佐藤康宏氏が指摘されている通り、これが素人にも稚拙な模倣作とわかるのに、“真作”と言い張るのだから残念!これでは太鼓持ち美術史家。

素人美術愛好家の強みは作品を自由に鑑賞できること。絵画を素直にみて、楽しめばいい。美術評論家の言葉で頭の中をいっぱいにするくらいつまらないことはない。

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2007.08.22

祝 佐賀北 初優勝!

998佐賀北が出場2回目で全国制覇の偉業を成し遂げた。大拍手!

試合の流れからすると強豪、広陵の勝ちかなと思ったが、8回の裏にドラマが待っていた。

なんと佐賀北の三番副島選手が逆転の満塁ホームランをレフトスタンドに叩き込んだ!

TVの前でも大興奮だから、甲子園は三塁側の佐賀北の応援席をはじめ球場全体が興奮のるつぼと化したにちがいない。こういう劇的なことがあるから野球は面白い。ゲームだから勝つチームと負けるチームがある。勝負は時の運。負けた広陵もすばらしい戦いをした。広陵にも拍手々。

試合は広陵が2回に2点をとり、7回にも野村投手のバットで2点追加し4-0としたから、優勝に限りなく近づいたかなと思った。佐賀北は野村投手に6回までヒット1本に押さえられて、そのまま好投を許してしまう雰囲気だった。

野村投手はキャッチャーのミットめがけて、得意のスライダー、ストレートをテンポよく投げる。キャッチャーも捕球するとすぐ投げ返す。そして、またすぐ投げる。速いこと々!普通の投手が1回投げる間に野村投手は2回投げる感じである。たぶん佐賀北のバッターからすると“そんなにせかせか投げないでよ!”の気分だったろう。野村投手は巨人の上原流の投げ方で7回までバッターにつけいる隙を与えない。

圧巻だったのが6回裏の三者三振。10分くらいで佐賀北の攻撃は終わった。守備時間が短いので守っている選手たちにはこれほど楽なことはない!8回の5点はアットいうまの5点。野村投手の球速が大きく落ちたということでもなく、1アウトからの連打でランナーが塁にたまり、少し緊張してきたかなといった程度。

で、“ここらで佐賀北が2点くらい入れると試合は面白くなる”と思っていたら、押し出しで1点入り、そしてよもやの満塁ホームラン。野球というのは本当にドラマ性に富んだスポーツである。きっと勝利の女神がこのドラマの主役は決勝までの6試合で2本もホームランを打った三番の副島選手に決めていたのであろう。あの副島密と関係あり?それとも佐賀にはこの苗字が多いだけのこと?

佐賀北の最大のヒーローは副島選手だが、ロングリリーフの久保投手もよく投げ、バックも冷静な守備で再三のピンチを最少得点で守りぬいた。あとから振り返ると広陵の攻勢をよく凌いだことが勝利につながった。全員の頑張りで掴み取った栄冠である。どうでもいいことだが、久保投手の顔が“SAGA”で一世を風靡したお笑い芸人のはなわに似ている?また、ライトを守っていたのは“♪♪名前を公表するな!江頭”と同じ苗字の選手。江頭も佐賀には多いのだろうか?

はなわをTVでみなくなったが、佐賀北の優勝でまた“SAGA”が人々の話題にのぼる。東国原知事の宮崎県、高校野球の頂点に立った佐賀北。九州が元気である。

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2007.08.21

岡本太郎の電撃

997南青山にある岡本太郎記念館で今、昨年11月、このアトリエで偶然見つかった右の“電撃”という作品が展示されている(8/1~11/4)。

発見されたあとの修復で色が鮮やかによみがえったこの絵に大変魅了された。

左上から斜め下にのびる鮮やかな赤は稲妻を表し、崖の上のいる上半身裸の男は稲妻に撃たれてのけぞっている。男のまわりに何本も見える左右に曲がったピンク色の線が実に美しい。崖の側面はシュルレアリスムが得意とする岩と人間の顔のダブルイメージ。

手前から中央あたりまでせりだす岩は造形的には硬い感じだが、顔のこめかみ部分のうす緑の花が画面をやわらげている。岡本太郎の作品で写実的な人物が描かれたのはこの絵と“夜”(拙ブログ06/12/20)の2枚だけ。これまで最も好きな絵は“夜”だったが、これからはこの絵も加えなくてはいけない。

“電撃”は岡本太郎が中国から復員して、上野毛のアトリエで絵画制作を再開した
1947年に描かれた。この年、岡本は5月に“電撃”、秋に“憂愁”と“夜”と初期の代表作3点を描いている。これらの絵をみていると、岡本太郎の造語“対極主義”、すなわち、無機質な抽象と超現実主義的具象を拮抗させつつ包括するという考え方がなんとなくわかるような気がする。

芸術家の創作活動のなかでは、新しいコンセプトを引っさげて全エネルギーを注ぎ込んだ初期の作品が重要な位置を占めることが多いが、岡本太郎の絵画作品にもこれが言える。この“電撃”、“夜”と衝撃的な大壁画“明日の神話”が具象抽象画家、岡本太郎の作品のなかでは最も優れているのではないだろうか。

もし、“電撃”が気に入り、出かけてみようか思われた方はここの休館日は月曜日ではなく、火曜日であることをくれぐれもお忘れなく!

<07年後半展覧会プレビューの更新>
次の展覧会を追加した。
9/1~11/25   バーナード・リーチ展       松下電工汐留ミュージアム
10/19~12/9  KYOTOきぬがさ絵描き村展   堂本印象美術館

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2007.08.20

山口晃展 今度は武者絵だ!

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練馬区立美術館で行われている“山口晃展 今度は武者絵だ!”(8/17~9/17)はなかなか面白い。これは回顧展ではなく、学生時代から手がけている“武者絵”をテーマにした最新作のお披露目会。

もっと多数の作品がでていると思っていたが、それほどでもなく、また5月にあった“会田誠・山口晃展”(拙ブログ5/30)で大変魅せられた大作、“渡海文殊”の続編もなかった。この人気アーティストの作品では、現代の“洛中洛外図”よりは“渡海文殊”の方により魅力を感じるので、また日本画の見立絵が2,3点くらい見れるかなと期待していたが当てがはずれた。

でも、満足度が下がるということはない。カッコいい武者絵、しっかり見ると思わず笑ってしまうユーモラスな若冲物語漫画、源頼朝の写し、現代版洛中洛外図などが目を楽しませてくれる。漫画や劇画を見ないので、最新作の“無残ノ介”に目が輝くことはないが、戦いの場に登場するパトカーや戦車はしっかり見た。

“當卋おばか合戦”は上野にも出ていた作品。この絵をしばらくみていて思いついたイメージがいくつかある。一つはこの絵の感じがどこか“束芋”の作風とオーバーラップすること。右の最初の場面では秘書をつれた社長風の男性が“やぁーやぁー”と手をあげて本陣の天幕に入っていく。社員の戦争シミュレーションゲームの現場視察にやって来たという感じ。

のんびりした光景だなとみていると、すぐぎょっとする場面がでてくる。“そこの若い武士!パソコンでそんな卑猥な画像を見るんじゃない!”、“丼物を出前しちゃったの。イージーだな。炊事班が皆の食事をつくるのじゃないの!”とつい口を出したくなる。

また、画面の下のほうでピストルとドスを持ち大喧嘩をしているヤクザとか、決戦の流れ弾があたり顔から真っ赤な血を吹き出している女子高生、そしてその女の子を半狂乱状態で見ている女友達など、この絵には“束芋”の絵に通じる強烈な“毒性”もしっかり描かれている。ピュアなところとエログロ的なモティーフを同時に描くところは会田誠と同じで、表現したいものをストレートに描く現代アーティストの本性がそのままでている。

横道にそれるが村上隆も自分の作品の付加価値を高めるため、ぶよぶよした肉体に絵の具をつけアクションペインティングのパフォーマンスをし、それを撮影させ展示会場のモニターで流していた。ミッキーマウスのような可愛いキャラクターを生み出す一方、平気ですっぽんぽんになっちゃうのである。これぞ現在アーティスト!われわれとは違う世界にいる。

この絵で想起させられるもうひとつのイメージは映画“ロード・オブ・リング”。巨大なクレーンの下で敵軍を蹴散らしているガリバードクロ武士や左側に陣取る悪役のドクロ軍団は“ロードオブリング”の戦いの匂いがする。その中で山口晃オリジナルの“メカ武士”や“バイク馬”が面白い。“テクノロジー日本”に慣れている外国人がこれを見たら、“流石!日本人は芸術の世界にもホンダのバイクをもちこむ”と感心するのではないだろうか。

美しい“バイク馬”が見られるのが上の“厩図2004”。右から二番目の厩にいる馬は前の庭で体の手入れのため、部品をいろいろチェックしてもらっている。下はこの絵の原画、“厩図屏風”(六曲一双の左隻、16世紀、東博蔵)。武士にとり馬は大事な宝だから、立派な厩が建てられた。つくりがいいと多くの人が集まる。で、厩は社交の場となり、囲碁や将棋で遊んだりする。

現代版厩図では、将棋をさす男たちの隣では現代人、公家、町人が酒を酌み交わし、左端では男色遊びの真っ最中。男の子だけでなくロボットが給仕するところが山口晃の現代感覚が冴えわたるところ。一つ々の作品をみると、山口晃の描写力、構想力はほかの作家と較べるとちょっとものが違うな!という気がする。次回の個展では“渡海文殊”シリーズの続編をみてみたい。200%期待したい作家である。

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2007.08.19

染付・呉須・祥瑞 ~青と白のやきもの~

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現在、畠山記念館で行われている“染付・呉須・祥瑞展”(8/14~9/17)にすばらしい永楽青花が展示されている(展示替え無し)。

それは上の“染付龍濤文天球瓶”(重文)。“やきものは形”とよく言われるが、このフラスコ形の大瓶をみていると楽しくなる。そして、息を飲むのが表面に施された文様。皇帝の象徴である龍が白抜きで大きく描かれ、背景は発色のいい濃い藍色の波濤文で埋め尽くされている。

元時代の14世紀前半に誕生した青花(日本では染付)で一番評価が高いのは明の永楽期(1403~24)と宣徳期(1426~35)の官窯でやかれたもの。これはその永楽期につくられた作品。永楽特有のつややかな白磁の肌合いとイスラム圏から輸入された上質のコバルト顔料が発色した深い青に胸がときめく。

この展覧会はパスしてもいいかなと半分思っていたが、訪問して本当によかった。チラシに載っているこの龍が気になってしょうがなかったのは龍が呼んでいたからだろう。展覧会は一つでも気になる作品があるときは出かけるに限る。

この龍の瓶は展覧会のタイトルに直接関係するやきものではなく、染付ということで特別展示されている。現物を見て、この特別という意味がよくわかった。これは“世界やきもの史”(美術出版社、99年5月)にも掲載されほどの青花の優品なのである。これまで見た同様の龍の作品、例えば、大阪の東洋陶磁美術館にある同じ龍と波濤の文様の扁壺や出光美がもっている形、模様が全く同じ天球瓶などを思い起こしてみても、これほどの感動は得られなかった。とにかくここの龍は図抜けていい。

感動のやきものは龍だけではなく、今回のテーマ“染付・呉須・祥瑞(しょんずい)”の28点のなかにもぐっと惹きつけられるのがあった。これらは明時代末期の崇禎年間
(1628~44)に、景徳鎮の民窯(染付、祥瑞)や漳州窯(呉須)で日本の茶人向けにつくられた水指、花入、香合、食器。大きなものはないが、絵付けのハットする模様や青の輝きに気分が段々ハイになった。

下はコバルトが鮮やかに発色した“祥瑞砂金袋水指”。祥瑞は器面を文様で埋め尽くすのが特徴。胴には丸文が8つあり、そこに山水図や青海波、捻文などの幾何学的な文様がリズミカルに描かれている。茶人たちはこういうモダンな意匠の茶陶をつかっていたのだから、彼らの美意識は相当高い。そして、鍋島のデザイン感覚を彷彿とさせる“祥瑞捻鉢”、“横瓜・立瓜香合”にも魅了された。“呉須”ではこれまでみたことのない十二角を面取りした水指が収穫だった。

作品の数は少ないが、タイトルの副題~青と白のやきもの~が満喫できる良質の展覧会であった。

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2007.08.18

日本橋三越の北大路魯山人展

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“北大路魯山人展”(日本橋三越、8/14~8/23)は陶芸家、魯山人の人気の高さを証明するかのように盛況。10時の開店にあわせて入館したのに、後から々人が押し寄せ、じっくり作品をみることもままならない状況。

今回の作品は2年前に訪問した鎌倉の吉兆庵美術館(拙ブログ05/6/13)が所蔵する約100点。感心するのが生活のなかのやきものを実感させる展示の仕方。和菓子のお店のコレクションらしく、小皿や平向に菓子(サンプル用)を盛りつけたり、信楽の大壺に花を生けたりして、“用の美”を演出している。また、やきもののほかに書や絵もある。

入り口のところに飾ってあるのが華やかな桜と楓の文様に目を奪われる大きな“雲錦大鉢”(口径42cm、高21cm)。これより少し大きい作品を“北大路魯山人と岡本家の人びと展”(05/12/29)でも見た。チラシに使われている“織部風あふぎ鉢”は深い緑とまる文に惹きつけられる。また、“織部マナ板皿”も心を揺すぶる。

魯山人は織部でも志野でもオリジナルのよさとか特徴を最大限に引き出し、その上に独自の美をつけくわえる。上は“志野はやはりいいなあー!”と思わず立ち止まってみてしまう“志野四方鉢”。ほかにも“福”の字が書かれた鉢や櫛目文の平向付、赤志野のぐいのみに魅せられる。

魯山人のやきもので一番の楽しみが色絵。魯山人は尾形乾山の再来といっていいほどの天性のカラリスト。2つの“乾山風椿絵鉢”や下の“色絵糸巻文角平向付五人”、“色変立田川向付六人”などをみていると心が浮き浮きしてくる。“色絵糸巻文”にみられる幅のある赤、緑、黄色の直線が見込みの真ん中で交差する意匠はとてもモダンで洒脱な感じがする。

また、一対の魚文を中央に対置し、そのまわりに幾何学文様を施した古九谷風の額皿も印象深い色絵。最近みた“景徳鎮千年展”から借りてきたのではないかと錯覚するのが、明るい黄色と紫の地に牡丹の花を白抜きした“色牡丹皿十人”。ほかの日本人陶芸家の作品でこんな中国のやきもののような色絵はみたことがない。

晩年の魯山人が熱心に取り組んだ備前では、ずっしりとした存在感のある“手桶花入”や緋襷(ひだすき)が味わい深い“土ドラ鉢”に足がとまった。

会場の出口で和菓子の販売を行っていたが、最近はどういうわけか和菓子が重く感じられ、また魯山人のすばらしい作品で満腹にさせられたので、チラッとみるだけでそのまま通りすぎた。

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2007.08.17

やなを支える竹かご職人

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国立新美術館の“日展100年展”(7/25~9/2、拙ブログ7/307/318/1)にすごく惹きつけらる画題の絵があった。それは日本画家、宇田荻邨(うだてきそん)が描いた上の“梁(やな)”。竹のすのこの上を飛び跳ねる鮎と激しい水流の白さに思わず見入てしまった。見るからに涼しげな絵で、暑さを忘れさせてくれる。

ところが、恥ずかしいことにこの“やな”は何なの?状態。山登りにいくとか川で遊ぶという経験が乏しいので、川魚の知識はまるで無い。旅行先の旅館で鮎を食べたことは何度もあるが、この川魚を獲る“やな”のことは全く知らなかった。どういうわけか、TVのニュースでも、“やな”の映像を見たことがない。

昨日、たまたま見ていたNHK夕方6時のニュース、首都圏ネットワークでこの“やな”がでてきた。荻邨の絵が頭にこびりついていたので、“これはいいタイミング!”とばかりにわずか10分くらいのレポートだったが目を皿のようにしてみた。

このやなは栃木県の那珂川町谷田を流れる那珂川にある“高瀬観光やな”(下の写真)。中に石をびっしり入れた竹かごで水流をせきとめ、画面まん中の竹のすのこに打ち上げられる鮎を獲るのである。孫悟空のようにひとっ飛びで現場に駆けつけ、鮎を手でつかんでみたい気持ちになった。

番組に出演した竹かご職人さんたちが竹かご、500個を2ヶ月かけてつくるそうだ。左右に並べられた竹かごの最後の2つは直径、高さが3mもある大きなかご。“太郎かご”、“次郎かご”という名前がついているらしい。シーズンが終わる10月には竹かごは壊し、来年はまたつくるとのこと。“やな”は川魚を獲る漁法として昔から続く夏の風物詩であるが、この仕掛けが長年にわたって培われた竹かご職人さんたちの技に支えられていることを忘れてはならない。

あゆ料理を食べさせてくれるのがやなのそばにある“やな場”(高瀬観光やな)。最近食べる話が多いが、とれたての鮎の塩焼きとか刺身は美味しそう。来年の“やな”旅行が半分くらい固まってきた。

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2007.08.16

もっとみたい応挙・芦雪の名画!

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今、五浦美術館でみた円山応挙の“保津川図屏風”の余韻に浸っている。やっと見れた絵が期待通りの傑作だったので喜びもひとしお。

日本画の場合、美術館へ行くとすぐ対面できる西洋絵画と違い、図録や画集に載っている名画に魅せられたとしても、その絵がすぐ美術館で見られるわけではない。アートコレクション展で見た鏑木清方作、“雨月物語”のように“リーチ一発ツモ”なんてことは極めて稀なことで、大抵は思いの丈をとげるのにながい時間を要する。だから、せっかちな人には日本画の鑑賞はむかない。

特定の作品を意識しはじめると、一応5年スパンで追っかけモードに入ることにしている。別にのんびりした性格ではないが、日本画を好きになった以上これくらいの辛抱は当たり前。5年以内に見れれば御の字である。“保津川図”は応挙の大回顧展(03年9月、大阪市立美術館)で展示替えのため見逃してから、リカバリーに4年弱かかった。昨年奈良であった“応挙と芦雪展”に出品されるのではと期待したが、叶わず、横浜からクルマで3時間半もかかる五浦美でやっと対面できたというわけである。

念願の絵をみたので、応挙も若冲同様済みマークをつけたいところ。だが、なんとしても見たい絵があと2点残っている。上の“百蝶図”(水戸、水府明徳会徳川博物館)と昨年、仙台の宮城県立博物館に出品されたのに日程の調整がつかず見れなかった“群獣図屏風”(三の丸尚蔵館)。象や虎などさまざまな動物が登場する“群獣図”は見る機会がまた遠のいた感じだが、“百蝶図”の方は運が向いてきた。

“保津川図”を見た後、図録とにらめっこして、“よし、百蝶図が展示される予定があるかどうか聞いてみよう”と思い立ち、徳川博物館に電話したところ、なんと、近々展示されるという! しかも、嬉しいことに水戸ではなく、東博で秋に開催される“大徳川展”
(10/10~12/2)。ただし、展示期間は開幕日の10/10から11/4まで。“大徳川展”は鑑賞予定に入っているが、“百蝶図”が含まれているとなると見る眼が違ってくる。ミューズに感謝である。

長澤芦雪の絵についても、奈良の回顧展と今年の3月、府中市美で開かれた“動物絵画の100年展”でほぼ済みになった。また、五浦美では府中市美でみた“朝顔図”(重文、草堂寺)のようにイタチが登場する“花鳥図屏風”が展示してあり、感激した。

下はひたすら展示の機会を待っている“唐子睡眠図”(三の丸尚蔵館)。東博の“皇室の名宝展”(99年12月)に出品されたのに展示期間が合わず、見逃して以来、なかなか現れてくれない。追っかけリストの絵で最後になったこの絵といつか会えることを夢見ている。

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2007.08.15

好きなそうめん ベスト10!

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昨日の朝日新聞に“好きなそうめんは?”というアンケート結果(回答数1万8050人、複数回答)が載っていた。

夏になると、そうめんを頻繁に食べているので、この結果は大変興味深い。全国のそうめん人気ベスト10!は次の通り。

1位 揖保乃糸(兵庫)         12492人(69%)
2位 三輪そうめん(奈良)       9147人(51%)
3位 稲庭そうめん(秋田)       4887人(27%)
4位 小豆島そうめん(香川)      4302人(24%)
5位 島原そうめん(長崎)       2136人(12%)
6位 半田そうめん(徳島)       1312人(7%)
7位 白石温麺(宮城)         1174人(6.5%)
8位 五色そうめん(愛媛)       1067人(6%)
9位 北の手延べそうめん(北海道)  939人(5%)
10位 神埼そうめん(佐賀)        643人(4%)

人気ナンバーワンは“揖保乃糸”。回答数の70%と圧倒的な人気を誇っている。2位は“三輪そうめん”。この2強のあと“稲庭そうめん”、“小豆島そうめん”と続く。わが家の定番、“島原そうめん”は5番目の人気。6位から10位までで知っているのは“五色そうめん”だけ。

これまで食べたことのあるのは“揖保乃糸”、“三輪そうめん”、“小豆島そうめん”、“島原そうめん”の4つ。ひとつ々に味の違いはあるのだろうが、長年食べている“島原そうめん”がわが家ではそうめんの味である。そうめんはつるつるしていてさらさらと食べられるから、暑さで食欲が落ちているときの食べものとしては一番いい。

昼時に食べる量は2束(100g)ほど。カツオ昆布だしに醤油と味りんを入れたつゆにつけ、きゅうり、卵焼き、焼きハムを細かく切った昔から変わらない具と一緒につるつるやる。サントリー美術館で開催している展覧会のテーマ“水と生きる”は食生活ではそうめんがそのまま当てはまる。ガラスのボールに冷たい氷を入れ、真っ白な細いそうめんをすくって食べる。

そして、まさに“水と生きる”なのが“流しそうめん”。世界中どこを探しても、貴族でもないセレブでもない普通の人たちがこんな風流な食を楽しんでいる国はない。涼味なそうめんを食べてこの猛暑をのりきりたい。

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2007.08.14

花鳥礼讃展の若冲

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泉屋博古館分館で開かれている“花鳥礼讃 日本・中国のかたちと心展”(8/4~
9/24)は若冲の画集(02年11月、京博編、小学館)に載っている絵が出品されるので、開幕を楽しみにしていた。上がその絵、“海棠目白図(かいどうめじろず)”。描かれた時期はあの“動植綵絵”(1758年から10年間)の2,3年前だから、初期の作品である。

この絵と似た作品がいくつもあるのですこし整理してみた。これは静岡県美であった“若冲と京の画家たち展”(05年2月)にでた“花卉双鶴図”とほとんど同じ構図で描かれている。そして、この2点の1,2年後に制作されたのが昨年のバークコレクション展に出品された“月下白梅図”や別ヴァージョンの下の“月夜白梅図”(現在、千葉市美の若冲展に展示中)。

“動植綵絵”の前に描かれたこれらの絵はさらに完成度を上げ、“動植綵絵”の中では最初の頃に描かれた“梅花皓月図”や“梅花小禽図”(拙ブログ06/6/18)へと進化していく。だから、“海棠目白図”は若冲の最高傑作、“動植綵絵”の前奏曲にあたる絵といえる。

視線が集中するのが海棠の枝に体をびっちりくっつけてとまっているメジロ。ここに9羽おり、その下と上に1羽ずつで合計11羽。ぷくっと出た腹はいつもの若冲の白。海棠の白い花びらと小さな黄色の点々は昨年、三の丸で酔いしれたあの若冲の彩色美と較べると少し色がほんわかしている感じだが、香りはすでに若冲ワールド。2羽の鶏と海棠の枝に鶯や極楽鳥がいる“花卉双鶏図”よりこの“海棠目白図”のほうに魅了される。

今年は若冲の絵の仕上げの年になった。相国寺では“鹿苑寺大書院障壁画”、今開催中の東芸大美の“金刀比羅 書院の美展”では奥書院の“花丸図”と念願の絵に対面した。で、若冲の追っかけも一段落。あとはららぽーと豊洲にある“UKIYO-e TOKYO”(平木浮世絵財団)が所蔵する“花鳥版画”(06/8/19)が展示されるのをじっと待つだけ。

“花鳥礼讃展”にでているのは若冲1点プラス36点。今回の見所の一つが沈南蘋(ちんなんぴん、清人)の“雪中遊兎図”。この絵をみると、若冲は曲がった木の枝の描き方を沈南蘋から学んだことがよくわかる。また、狩野常信の“白鷹補鴨図”、呉春の“蔬菜図巻”、応挙の“双鯉図”に足がとまった。若冲の絵と前から見たかった沈南蘋の代表作がみれたので言うことなし。

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2007.08.13

千葉市美術館の若冲とその時代展

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千葉市美術館で開催されている“若冲とその時代展”(8/7~9/17)は同時開催の“都市のフランス 自然のイギリス”と較べると軽い扱い。西洋絵画のチラシは色つきのちゃんとしたものなのに、若冲展のほうは画像がはっきりしない安っぽいぺらぺら紙。しかも“菊図”は左右が逆になっている。でも、予算がないからそのままにしているのだろう。

よその美術館からコンスタブルやターナーらの作品を借りて行う企画展だから、こちらをメインにして予算を厚くしているのだろうが、“若冲展”にでている作品がとてもいいだけに何か変だなと思ってしまう。いい絵を200円という申し訳ないような安い料金でみておいて、運営に注文をつけるのは気がひけるが、期待をこめて率直なところを述べてみたい。

いい作品が沢山あり、大きな満足度が得られた企画展の場合、鑑賞後は図録を眺めたり、チラシを見て、感動を体中に沁みこませたいのである。だが、図録がなかったり、貧弱なチラシではこれが叶わない。いつも願っているのは、全部の作品を収録してくれなくていいから1000円程度のミニ図録あるいはパンフレットを用意してくれないかということ。

図録製作はペイしないから、つくりたくないのはわかるが、これだけ若冲や芦雪など江戸絵画の人気が高くなり、千葉市美術館自身がその火付け役になっているのに、“予算の都合でこんなチラシしか出来ません、図録なんて無理々”では、ちょっとさみしいものがある。

出光美術館も2年くらい前は図録無しの企画展が多かったが、訪問する度にお願いしていたら、最近は1000~1500円のうすい図録を必ずつくってくれるようになった。リクエストは伝えておくものである。同じ作戦をここでもとっているが、果たして応えてくれるだろうか?

作品は全部で59点ある。お目当ての若冲は8点。応挙3点、芦雪3点、蕭白3点。流石、千葉市美、グッとくるいい作品が揃っている。この中の若冲の“鸚鵡図”、“寿老人・孔雀・菊図”、“月夜白梅図”、応挙の“秋月雪峡図”、芦雪の“松竹梅図”は05年10月にあった“江戸絵画のたのしみ展”(拙ブログ05/11/16)でお目にかかった。

芦雪の絵のなかではお気に入りの一枚、“花鳥蟲獣図巻”(07/1/25)はこれで3回目の対面だが、ここで見るのははじめて。小犬、スズメ、赤羽インコ、蝶、蜘蛛、みんな愛くるしい。これは館自慢の絵。京都の大回顧展以来の対面となる蕭白の“虎渓三笑図”にも釘付けになる。応挙の3点は“保津川図”のところでふれた。

さて、わが若冲である。はじめてみるのは“旭日松鶴図”、“雷神図”、上の“海老図”、下の“若冲画帖”。びっくりするのが“雷神図”。雷神の体はどうなっているの?逆さになっているようなのだが、最後まで雷神のフォルムが頭のなかに入らなかった。“海老図”は若冲得意の“筋目描”により海老の角や胴、尻尾に白い筋を残し、量感たっぷりに描かれている。

“若冲画帖”は拓版の技法を使った版画集。“蓮池に蛙”は墨絵とは違い白黒が反転した図柄のなかでは人気の一枚。白と黒のコントラストに魅了される。江戸琳派の酒井抱一は若冲の画帖が気に入ったとみえて、11点の図柄を模写し色をつけている。この“絵手鑑”は静嘉堂文庫が所蔵しており、2年前開かれた同館の“琳派展”で夢中になって見たのを思い出した。

この企画展が優れているのは応挙、若冲らビッグネームの絵が楽しめるだけでなく、彼らの画法に大きな影響を与えた沈南蘋や宋紫石の絵もみせてくれるところ。見てのお楽しみ!

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2007.08.12

スイカ

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連日、猛暑が続く。こういう暑い時は横になって何もしないか、冷えた麦茶を飲んだり、甘い桃やスイカを美味しく食べるかどちらかである。

どうせ暑いのなら、美味しいものを食べるほうがいい。せんべいとかスイーツは口のなかが重くなるから、この時期は水気のある桃やスイカを食べている。

2年前、拙ブログ(05/7/25)でもふれたが、近くのスーパーでスイカを買うときは神奈川産とか千葉産には手をださない。甘くないのである。で、もっぱら山形産や熊本産を食べている。こちらのほうがだいぶ甘い。今年は長野産も試してみたが、千葉産よりは甘い。広島にいたときよく食べていた鳥取県大栄町のスイカの味が忘れられないのだが、送料込みで3500円くらいかかるので、今は山形産で満足することにしている。

スイカは美味しいから毎日食べてるが、一つ問題がある。スイカは結構重たいのである。食料品を大量に買い込むとき以外はクルマでスーパーに行くことはないから、普段はスイカはショッピングカートに入れて引っ張るか手に持って帰ることになる。フィルム包装された1/6カットでもかなりずしっとくる。隣の方はほかにも食料品を買うからそれをカートに入れ、スイカの担当は当然こちら。1/4とかにすると2日分だが、これはもっと重い。で、1/6を頻繁に買うことになる。

どうでもいい話しだが、家庭で食べるスイカに較べるとホテルの食事のあとでてくるスイカは一段と美味しい。デザートの良し悪しもホテルに対する好感度を決める要素だから、いい銘柄のスイカを気前よく大きく切って沢山おいている。こういうサービスにスイカ好きはコロッと参る。旅行が終わった後のアンケートでは“スイカを含めて食事が良かった”と大甘コメント。

海外旅行では、トルコ、イスタンブールのホテルで連日食べたスイカをよく覚えている。大変美味しいスイカだった。世界のスイカ生産量統計(04年)によると、1位は中国で全体の71%を占め、その次がトルコ(4%)。ホテルに沢山おいてあったのも納得である。

前回は北斎の西瓜の絵を紹介したが、日本画でも洋画でもスイカを描いた絵は少ない。これまで見たのは北斎の絵と山口蓬春のスイカとレモンが一緒に描かれた絵、“オランダ皿の静物”(松岡美術館蔵)しかない。上はいつか見たいと願っている速水御舟作、“西瓜図”。流石、御舟の細密描写はすごい。食べたくなるようなスイカである。

下は遊行七恵さんの有難いフォローで思い出した昨年のプラド美展(3月東京都美、7月大阪市立美)に出品されたメレンデスのボデコン、“風景のなかの西瓜と林檎”。こちらは売り場に置いてあるスイカそのもの。七恵さんのコメントのお陰でスイカ絵のハッピーコラボレーションになった。

スイカは食べた後、腹がいっぱいになるが、次の日もスイカにニコニコ。当分、スイカ、スイカである。

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2007.08.11

京友禅の華麗な色と文様!

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今年は展覧会で小袖や能装束などを見る機会が多い。サントリー美術館における2回の開館記念展、“日本を祝う”と“水と生きる”(拙ブログ6/27)で30点、6月の東近美工芸館での“友禅と型染展”(6/8)で13点、そして五浦美術館の“京の優雅ー小袖と屏風展”で20点。これに東博平常展で展示されてるものを加えると年間では100点をこえる数になりそう。

能を見たり芝居をみることがないから、着物で一番大事な着姿の美しさは実感できないが、色の華やかさとか文様の特徴、染めや刺繍の技などについてはかなり目が慣れてきた。千總(ちそう)には130点近くの小袖コレクションがあるそうで、今回の展覧会ではこのなかの20点(前期:7/28~8/19)をみることができた。後期(8/21~9/2)には、また別の20点が展示される。江戸時代前中後期に制作された京友禅の優品に接する機会はめったにないから、絵画的な文様や多彩で鮮やかな色を食入るように見た。

上は会場入って最初に飾ってある“紅縮緬地流水に花筏文様打掛”(江戸時代後期)。サントリー美術館の“水と生きる展”で何度もみた流水文が紅縮緬地いっぱいに絵のように自在に描かれている。花筏文は川面に散り群れとなって流れていく花びらを筏に見立てたもの。アクセントとなっている紫の花びらと緑の葉が強く印象に残る。

小袖のほかでも友禅の美に感じ入るのがいくつもある。普段は見れない着物の裾文様見本(昭和5年から15年の制作)には友禅染、刺繍の高い技術が集約されている。絵柄として惹きつけられるのが黒の縮緬地に金色流水文、鯉、牡丹が見事に映えるものとか、熨斗や合貝を配したもの。

また、風俗画の名品“舞踊図”(重文、京都市蔵)を参考にしてつくられた“風俗美人図”を夢中になってみた。4人の立ち姿の美人(原画は6人)が身に纏っている衣装の柄を友禅染で丁寧に染め上げているのがすごい。この友禅作品と出会ったのは大きな収穫。

もう一つ嬉しいサプライズがあった。それは出口近くに展示してある神坂雪佳(かみさかせっか)のすばらしい“元禄舞図屏風”。下は右隻の一部。踊りに興じる老若男女によってできる踊りの輪の描き方にハットする。流石、トリミングの名手!こういう構図があったのかと声を失い眺めていた。興味のある方は会場で六曲一双の屏風を楽しんでいただきたい。

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2007.08.10

円山応挙の保津川図屏風

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茨城県にある五浦美術館で念願の円山応挙作、“保津川図屏風”(重文)を見てきた。ここで今、千總(ちそう)コレクション、“京の優雅~小袖と屏風~”(7/28~9/2)が開かれており、応挙の絶筆であるこの屏風が展示されているのである(全期間)。

千總は1555年に創業した京友禅の老舗で、05年に創業450年を迎えた。で、これを機に優れた染織作品をつくるためにコレクションされた江戸時代から明治にかけての小袖や絵画をまとめて展示する特別展が京都(京都文化博物館、05年6月)からスタートした。昨年は富山、福岡で行われ、今年は五浦のあと、仙台市博物館(9/14~
10/21)、豊橋市美術博物館(10/31~12/1)を巡回する。

この展覧会が2年前からはじまり、全国6ヶ所を回ることは図録で知った。偶然、“保津川図”の展示を館のHPで見つけ、大興奮だったが、こういう巡回展だったら、05年6月に京都で見る機会は充分あった。京都には美術旅行でよく行くが、京都文化博物館はこれまで訪問したことがなく、定点観測の対象にしてなかった。これは迂闊だった。

応挙の追っかけで最後に残っていたのがこの“保津川図”。応挙が亡くなる一ヶ月前(1795年、63歳)に描かれた。八曲一双の横に長い屏風で、上が右隻、下が左隻。右には瀑布、左には渓流が描かれており、真ん中で水流が平たいV字になっている。

目を奪われるのが水流のうす青色と右の瀑布から続く急流の大きく波打つフォルム。ウェーブの底にできるあの水飛沫は右に4つ、左に2つ描かれている。応挙が得意とする瀑布や波濤の絵では、この蛸の足みたいに踊り狂う波頭にいつも吸い込まれる。

それにしても、応挙は水を描くのが神業かと思うくらい上手い。形が複雑に変化するから、水のイメージが形となって定着するには徹底した写生を重ねたのであろう。臨場感豊かに描かれた水流からは激しさと同時に自然の崇高さが伝わってくる。この心に響く傑作を見れたのは一生の思い出になる。

昨年は奈良で“大瀑布図”(拙ブログ06/11/25)と再会し、今年はサントリー美術館の“青楓瀑布図”(8/4)と“保津川図”をみた。これほど幸せなことはない。今、いくつかの美術館で応挙のいい絵が展示されているので、ご参考までに紹介したい。

★千葉市美術館:若冲とその時代展(8/7~9/17)ー“鉄拐蝦蟇仙人図”(東博の禅の文化展に応挙が参考にした絵がでている)、“群鳥・別離・鯉図”(左の鯉図はサントリーの青楓瀑布図に似ているのでびっくりした。また、群鳥は芦雪の百鳥図はこの絵を参考にした?と一瞬おもったほど。これはサプライズの三幅図)、“秋月雪峡図”(これもお気に入りの名画)

★泉屋博古館分館:花鳥礼讃展(8/4~9/24)ー“双鯉図”(二匹の鯉のからみがおもしろいフォルムになっている。見てのお楽しみ!)

★サントリー美術館:水と生きる展(8/1~8/19)ー“青楓瀑布図”

★東芸大美:金刀比羅宮 書院の美展(7/7~9/9)ー“遊虎図”など、“瀑布古松図”(本物ではなく精巧な複製プリントだが、保津川図の右隻とこの一年前に描かれた本画は構図がよく似ている)

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2007.08.09

平木浮世絵財団コレクションの花火絵

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ららぽーと豊洲(地下鉄有楽町線豊洲駅)にあるUKIYO-e TOKYOの夏の企画展、“隅田川で夕涼み”には花火を描いた浮世絵が沢山展示されている(8/3~
8/26)。今、あちこちで花火大会が行われているから、花火のルーツを描いた浮世絵をこういうまとまった形で楽しめるのは嬉しいかぎり。

広重7点、国貞3点、渓斎英泉2点、月岡芳年2点など全部で20点ある。特筆ものは花火を描くのにもってこいの大判三枚続のワイド画面がなんと9点!どれも花火の楽しさ、見物人の遊興振りが巧みな構図、鮮やかな色使いで臨場感いっぱいに描かれている。

上は花火の絵としてはよく知られた広重の“江戸名所百景”の“両国花火”(1858)で、下は同じく広重の“東都両国遊船之図”(三枚続の真ん中と左の二枚、1834~
35)。今回、花火の形が絵師によってどう違うのかに注目してみた。色々なタイプがある。

下は最初のころの花火。火花がとびちる様が紙をはがした傘の骨に赤い団子を沢山つけたように描かれている。これに対し、これから20数年後の“江戸名所百景”では、火花はとげが長くつきでた地雷みたいな形に変わり、より花火が爆発した感じになっている。

また、下の絵と同じ時期に制作された“江戸名所之内・両国花火”(ここには出品されてない)では、花火は赤く染まった瀑布に赤い点の水しぶきが飛んでいるのように表現されている。広重の花火は基本的にはこの3つのパターン。あとは赤の点々の楕円形を二つつくったりとか、パチパチした感じのする地雷が2,3個だけとかのバリエーション。

国貞の花火は広重の地雷型と同タイプだが、とげの長さが長く、点の数は多くなく3、4個。また、英泉が描く花火は三枚続の画面の中央に位置し、しかも橋のすぐ上にある。花火というより太陽が周囲に光を発している感じ。

展示室の一角では、屋形船、船頭、船の中から宴会をしながら花火を楽しんでいる男女を画面ぎっしりに描いた国貞の絵を拡大したパネルで、花火、両国橋、両国広小路、屋形船など船のタイプなどをわかりやすく解説している。

花火のときには4つの船が隅田川に浮かぶ。一番豪華なのが“屋形船”で、船内で歌舞音曲が催される。よく描かれるのは“吉野丸”、“大福丸”、“川一丸”。“屋根舟”は屋形船より小さく、平素の往来や川遊びに使われ、現在“屋形船遊覧”と称しているのはこの屋根舟。名前がおもしろいのは“うろうろ舟”。これは遊興船に呼びかけて、果物や軽食などの飲食物を売る小舟。船の間をうろうろするからこんな名前がついたそうだ。“猪牙舟(ちょきぶね)”は隅田川を行き来する舟で、小回りが利き、快速艇として重宝された。

19点の花火の絵のほかに、“納涼”(14点)と“納涼姿いろいろ”(7点)、“絵本”(5点)もある。これらも広重、北斎、歌麿、豊国、国貞、国芳などオールスター揃い。平木浮世絵財団のコレクションは底なし沼のよう。ここの展覧会は目が離せない。

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2007.08.08

京都五山 禅の文化展

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東博で開催中の“京都五山 禅の文化展”(7/31~9/9)で興味があるのは禅僧の肖像彫刻や書ではなく、水墨画。だから、1~3章まではさらさらと流し、4章の“五山の学芸”、5章の“仏画・仏像”に多くの時間を割いた。

例によってこういう大特別展では出品作は六つの展示期間に細切れに配分されて出てくる。一応前期(7/31~8/19)、後期(8/21~9/9)で区分されているから、後期(4,5,6期)も図録に載ってる作品のなかで是非とも見たいものが多く見れる期間をさがして、また足を運ぶことになりそう。

禅僧画家のなかでは周文の水墨画が会期中沢山でてくる。日本にあるいい絵を全部集めてきた感じ。前半では東博の有名な“竹斎読書図”(国宝)、“蜀山図”(重文、静嘉堂文庫)、“山水図屏風”(重文、大和文華館)がいい。その周文に水墨山水を習った雪舟は4点ある。“破墨山水画”(国宝、東博)、観音図2点、毘沙門天図。

掛軸の大半は上部に多くの詩を書き添えた“詩画軸”。漢詩を理解する知識はほとんどないから、これは横において、下の絵の描写が掛軸に対する好みを左右する。昔、大阪の藤田美術館でみた上の“柴門新月図”(国宝)には今回も魅了された。

門の前で杜甫が友を送る場面である。二人の向こうに見える竹林の描写が心をゆすぶる。墨の濃淡で表現された右左の竹林は幾重にも重なり、互いにお辞儀するようの曲がっているため空間的な広がりができている。詩趣をうまく表現した画面構成に見入てしまう。

はじめてお目にかかる絵で収穫の第一は下の“達磨図”(黒谿筆、一休宗純賛、真珠庵)。目に飛び込んでくるのが精神の強さを感じさせる大きな目、そして勢いのある筆致で描かれた衣文線の濃墨。前々から見たかったこの達磨図に会えるとは予想もしてなかったから、立ち尽くしてみた。

見ごたえのある達磨図がもう一点ある。それは左右に蝦蟇、鉄拐の絵が並んだ吉山明兆が描いた大きな三幅図。面白いことに昨日からはじまった“若冲とその時代展”(千葉市美術館)に円山応挙がこの蝦蟇、鉄拐の絵を真似て描いた“蝦蟇鉄拐仙人図”が展示されている。

また、相国寺の“十六羅漢図”の8点にも釘付けになった。羅漢の衣の赤や緑がびっくりするほど鮮やかで、龍の白も印象深い。図録をみると後期にはこれと同じような強い色調が特徴の“五百羅漢図”(45幅のうち6幅、東福寺)が登場する。京博で一度見たことがあるが、狩野一信の濃密な“五百羅漢図”(東博)が体にしみ込んでいるので、再会がすごく楽しみ。

これだけ後半に見ごたえのある絵があると、最初のコーナーの肖像画をさらっと見たのは正解だった。

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2007.08.07

松涛美術館の景徳鎮千年展

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昨年10月からはじまった“景徳鎮千年展”(7/31~9/17)は松涛美術館が最後。一月、茨城県陶芸美術館で見るつもりだったが渋谷の松涛美に巡回することがわかったので、鑑賞を遅らせていた。

作品127点のうち1975年にやかれたものが74点あるから、清王朝までのものは53点。昔の景徳鎮窯でやかれたものが7割りくらい占めていると思っていたから、これくらいの数だったらわざわざ笠間までクルマを走らせることもなかった。待っていてよかったなという感じ。

展示品は青白磁、青花(染付)、色絵磁器などブランド窯、景徳鎮窯で焼かれた磁器のすばらしさを遺憾なく伝えており、大きな満足が得られた。やきもののタイプでいうと、景徳鎮で関心が高いのはやはり青花と五彩、粉彩などの色絵磁器。

景徳鎮で青花がつくられるようになったのは元時代、14世紀の中ごろ。そして、明時代に宮廷で使う器物を専門に焼成する“官窯”がつくられ、青花をはじめ中国におけるやきものの中心地として発展していく。今回、14点の青花がある。時代の内訳は元2点、明8点、清4点。お気に入りは清時代にやかれた上の“青花宝相華唐草文双耳扁壺”。青の輝きに目を奪われるとともに、心を打つのがリズミカルに繰り返される宝相華や唐草文と扁壺の形が見事に融合しているところ。

明・清のころ技術上の革新を重ね、色の鮮明さが増し、多様な色を使って対象を絵画のように繊細に描けるようになった色絵では、日本のやきものでは見られない色に釘付けになる。黄色一色の“黄釉碗”(明)、下のうすピンクが目を惹く“粉彩唐花文水注”(清)、黄地に花鳥がいっぱい描きこまれた“黄地粉彩花鳥文椀・盤”(清)。こんなきれいなピンクや黄色のやきものがみられるのは中国からやってきた展覧会ならではのこと。台北の故宮博物館にある同じ色の作品を見ているようで久しぶりに興奮した。

また、形のいい花瓶、蒜頭瓶(さんとうへい)の胴の部分に草花模様や生き生きとした鳳凰、龍が描かれた“五彩龍鳳文蒜頭瓶”や日本でもよくみる鹿が沢山登場する“粉彩百鹿文双耳大壺”にも足がとまる。一味も二味も違う本場の中国陶磁を十二分に楽しませてもらった。これが300円で見られるのだから、有難い。

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2007.08.06

Bunkamuraのルドンの黒展

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岐阜県美術館の所蔵するルドンの素描や版画は世界的に有名だということは以前から聞いていたが、まとまった形でみるのはBunkamuraで開催中の“ルドンの黒展”
(7/28~8/26)がはじめて。

色彩を楽しむのが絵画鑑賞の大きな目的となっているので、色彩が咲き誇る花やギリシャ神話を題材にした絵を描くルドンは好きな画家のひとりである。オルセー美術館で見た赤みをおびた茶色のキャンバスに描かれた青や紫、赤、黄色、白の花々、コバルトブルーの天空を駈け巡るアポロンの馬車などが今でも強く印象に残っている。

でも、今回飾られているのは“花のルドン”、“幻想の色彩画家”の作品ではなく、人生の大半、制作し続けた黒一色の木版画や版画(190点)。油彩、パステルも数は少ないが10点ある。ルドンの“黒の世界”で強烈にインプットされているのが気球のように空に浮かぶ大きな目玉や胴体から切り離された首、笑う蜘蛛など奇怪な動物たち。こういうグロテスクで不気味な印象を与える絵が最後まで続く。

一つのタイトルで何点も制作されたのは“夢のなかで”、“エドガー・ポーに”、“起源”、“ゴヤ頌”、“夜”、“陪審員”、“聖アントワーヌの誘惑”、“悪の華”、“幽霊屋敷”,“聖ヨハネ黙示録”。上は“エドガー・ポーに・仮面は弔いの鐘を鳴らす”。この絵をチラシでみて以来、どこかでみた顔と似ているなとずっと考えていたら、それがゴヤの“わが子を食らうサトゥルヌス”(プラド美術館)であることに気がついた。

ルドンはゴヤの“黒の絵”や版画集“ロス・カプリーチョス”、“戦争の惨禍”を称賛しているから、“サトゥルヌス”に霊感を得たのかもしれない。下は“ゴヤ頌・沼の花、悲しげな人間の顔”。葉っぱが人間の顔になったシュールで幻想的な絵である。単独で描かれた“沼の花”でも同じように顔が葉になっているが、顔のサイズが馬鹿デカイのでびっくり度はこちらのほうが上。

作品の大半は不気味で重っくるしい絵。が、その中ではっとするような美しさが感じられるのがあった。それは端正な顔立ちの女性を描いた“夢のなかで・皿の上に”と“光の横顔”。とくにどこかクノップフが描く女性を連想させる“光の横顔”に魅了された。

ルドンが自らの内面とむきあい表現した黒の世界は深い精神性をたたえており、今、のめり込んでいるゴヤの絵と共通するものがある。ルドンの絵に近づけるいい機会であった。

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2007.08.05

広重が描いた日本の風景展

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美術館を訪問した際は必ず、そこに飾られている他館で行っている特別展のポスターやチラシを見ることにしているが、こういう習慣が貴重な展覧会情報をもたらしてくれることがある。神奈川県立歴史博物館で現在開催中の“広重が描いた日本の風景展”
(7/28~9/17)を知ったのは三井記念美術館で旅展を見たときだから、つい3週間前。

来年は歌川広重が亡くなって150年の節目の年。で、これにあわせてこの特別展が企画された。でもなんで歴史博物館が広重展なの?理由はここには広重コレクターだった横浜在住の故丹波氏のコレクションがあるから。そういえば、三井記念館の“旅展”に出品されている広重の“東海道五十三次細見図会”はここの所蔵だった。こうしたユーモラスな道中絵も所蔵しているのであれば、広重のコレクションとしては相当幅の広いものだろう。

で、期待で胸をふくらませて初日に出かけた。歴史博物館はJR桜木町駅から歩いて
10分くらいのところにある。ここははじめてだったので、ちょっと行き過ぎてしまった。館につくまでに来年が没後150年なら、東博が北斎に続き“大広重展”をやるかもしれないな?!と勝手に妄想した。これが実現したら嬉しいのだが。

“広重が描いた日本の風景”は前期(7/28~8/19)、後期(8/23~9/17)で作品がすべて入れ替わる。前期は105点、後期は114点、全部で219点。コレクターの真骨頂は揃物といわれるシリーズものを集めていること。前期は丹波コレクションに一部他の美術館から借りたものを加えた“東海道五十三次”(保永堂版、全点)、“近江八景”、“金沢八景”(ともに全点丹波コレクション)、“東都名所”(全部で21点あるうち15点)。

上は初見の“金沢八景”の一枚。思わず写真を撮りたくなる見晴らしのいい風景である。青い海には帆船が何隻も見え、海岸線に沿った道の両側には松の木が並んでいる。広重は路上の人物をペアリングするのが得意。“東海道五十三次”でも近景や中景で旅人がすれ違う場面が何点かあるが、ここでは丁度いい所で二人を対面させている。広重はこういう光景で見る者をぐっと惹きつけるのである。

下は身を乗り出してみた“東海道之内江之嶋路 七里ヶ濱 江島遠望”。葉山にある神奈川県近美へ行った帰り、由比ヶ浜を左に見ながら車を走らせているとこの絵と似た風景が左前方に見える。江ノ島は見えないがとがった岩山はいつも見ている。この絵は岩をこえたところから江ノ島を描いたものであろう。

後期には追っかけていた“六十余州名所図会”が出てくる。まだ数点しかお目にかかってないこのシリーズが全点みれるのである。今からワクワクする。

<07年後半展覧会プレビュー>
次の浮世絵展覧会を追加した。
8/3~8/26     隅田川で夕涼み展  UKIYO-e TOKYO(ららぽーと豊洲)          
10/2~11/25   ミネアポリス美浮世絵コレクション展  松涛美術館

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2007.08.04

サントリー美術館の水と生きる展 その三

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円山応挙の滝の絵をみるため、“水と生きる展”(後期:8/1~19)をやっているサントリー美術館へ出かけた。これで3回目。前期に応挙の上の“青楓瀑布図”が展示されておれば、2回くらいで済んでたところ。

チラシに載せてる作品を後期に展示するとは観る者の気持ちがわかってない!マーケティングに長けているサントリーとは思えない展示の仕方である。また、作品を3回に分けるのはどうみても多すぎる。前期、後期2回の総入れ替えのほうがよかったのではないか。ガラスや陶磁器(会期中展示)は前期にみているから、中後期にまた同じ料金(1000円)を払うのは割高感が残る。作品が違う前後期2回のほうがすっきりする。こういう鑑賞者の率直な気持ちがどうしてわからないのだろうか?

根津美術館なども会期を3回にわけて料金の割引をしない特別展をよく行うが、サントリー美も同じことをやっている。アートエンターテイメントといった考えがでてきて、最近は昔と比べものにならないくらい多くの若い方が日本美術を見るため美術館へ足を運んでいるのに、美術館の中にいるひとはまだ旦那衆に見せているという感覚が抜け切らない。だから、若い人たちに多く来てもらうために割安の通し券をつくろうという発想は生まれてこない。若い人でもシニアの人でも一回来てもらえればいいという考え。全部見たい人のニーズは無視している。

美術館関係者は心が豊かで、優しいなんて思ったら大間違い。振る舞いはそうだが、画商や美術館関係者、美術評論家は権威主義(要するにお高くとまっている)で保守的な人が多いことは常識(全部とはいわないが)。で、料金とか展示の方法については、昔から愛想をつかしている。サントりーの企画力、展示品がいいだけに、ちょっと運営にも注文をつけたくなっただけ。

さて、応挙の絵のことである。予想以上のすばらしい瀑布図だった。サントリーがこの絵を所蔵していることはまったく知らなかった。これは応挙56歳のころの作で、金刀比羅宮の障壁画に描かれた“瀑布古松図”(現在、東芸大美に複製が展示)の6年前に描かれている。

40歳のときに描いた墨画、“大瀑布図”(拙ブログ06/11/25)では右上から松の木が垂れているのに対し、ここでは楓のうす緑の葉がとても優雅な感じでのびている。滝壷のところは左のほうが白の輝きが強い。目を奪われるのが北斎の絵を思い起こさせる激しい波しぶきや前後左右に盛り上がる水面の立体的な造形。そして、画面全体を引き締めている真ん中の黒い岩と上の楓の葉を呼応させ、動のなかに静をつくる構成にしびれる。

下は展示の順番としては最初にでてくる英一蝶の“田園風俗図屏風”。これは左隻のにわか雨に皆があわてふためく場面。右端には転んだ男の子がみえる。“雨だ雨だ、あそこの小屋へ急ごうぜ!”と大人の男の叫ぶ声が聞こえてくるようである。僧侶は破れ傘を風で飛ばされたのであろうか?この展覧会で英一蝶の絵が2点(これと前期の吉原風俗図巻)みれたのは大きな収穫。

広重の浮世絵が後期に沢山みられる。期待していた“江戸高名会亭尽”の5点と“東海道五十三次”の15点。“東海道五十三次”の雨の描写で有名な“庄野 白雨”や雪景色の“蒲原 夜之雪”を“水の流れ”の表現のひとつとしてみるのも味わい深い。最後の章の“道成寺縁起絵巻”にはぎょっとする場面がでてくる。ストーカー女の執念がすごい。日本の絵巻にはファンタジーがいっぱ詰まっている。

次回の“屏風 日本の美展”(9/1~10/21)も楽しめそう。

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2007.08.03

秘蔵の名品 アートコレクション展 その二

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過去3回のアートコレクション展で大きな満足が得られたのは西洋絵画ではなく、日本画のほう。だから、今回も鏑木清方の“雨月物語”が見れれば、あとの作品はオマケでそれほど期待してなかった。

ところが、最初の西洋絵画(43点)にびっくりするようないい絵が4,5点あった。思わず、“ビッグネーム画家のこんないい絵が日本にあったの?!やはり日本は美術大国だな”と心のなかでつぶやいた。この展覧会はいつも図録はつくらず、300円の小さな図版入りのパンフレットを販売している。ここにサプライズの絵が全部載ってないので、一部しか画像をお見せできない。

上はチラシに使われているモディリアーニの“ポール・アレクサンドル博士の肖像”。昨年あたりからモディリアーニの作品によく出会う。女でも男でもアーモンド形の目した瞳がないあのモディリアーニ独特の人物像ばかり。この男性肖像画は体が細長い点はいつもの調子だが、顔はデフォルメされてなく、ごく普通の人物像。チラッとみえるうす青の袖と襟がアクセントとなって黒衣装を引き立て、立派な髭をたくわえた赤い顔には威厳が感じられる。

この絵以上にサプライズなのが藤田嗣治の“猫の教室”(個人蔵)。隣に飾ってある“力士と病児”(大日本印刷蔵)は昨年あった大回顧展(東近美)でみたが、これはなかった。教室の床や机の木肌の質感表現に驚かされるとともに、表情豊かにそして、ユーモアたっぷりに描かれた先生猫や生徒猫に釘付けになる。

生徒たちはちょっとすました顔の先生の話は聞いてなく、でれっとした猫もいれば、意地悪そうな目をした猫もいる。鳥獣戯画を連想させるこの魅力的な絵に遭遇したのは大きな喜びである。こんないい絵を個人が持っていて、回顧展にもでてこない。展覧会の名前の通り、まさに秘蔵の名品。見てのお楽しみ!

サプライズはまだ続く。シャガールの大きな絵“緑の太陽”にKOされた。シャガールが人生の後半に制作したものは日本の美術館もたくさん持っているが、絵の魅力はそれほど高くない。が、1968~71年に描かれたこの絵は太陽の緑、背景の橙色、馬に乗る女の赤と白の衣装など強い色調が鮮やかで、対象も細部までしっかり描かれている。これも千葉市美術館であったシャガール展に登場しなかった。一体誰が所蔵しているのだろうか?

日本人画家の洋画部門(36点)では、下の佐伯祐三の“パレットを持つ自画像”や萩須高徳の“リオン風景”、北村民次の“女医”に魅了された。佐伯祐三がこんなに惹きつけられる自画像を描いていたとは!今年のアートコレクション展は3つの部門がそれぞれ輝いていた。忘れられない鑑賞体験になりそう。

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2007.08.02

秘蔵の名品 アートコレクション展 その一

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ホテルオークラの夏の恒例イベント、“秘蔵の名品 アートコレクション展”(8/1~24)は今年もまた楽しませてくれた。04年から毎年この展覧会に足を運んでいる。

出品される絵は大半が個人蔵や企業が所蔵しているため、一般の美術愛好家には縁遠く、画集などには載ってないものが多い。なんだか、美術評論家とかコレクターなどの限られた専門家だけが知っている名画の世界をのぞかせてもらったという感じがする。

作品は西洋絵画、日本画、洋画の3つに分かれている。サプライズの西洋絵画をご紹介する前に、今回のお目当てだった日本画のことから。今年は32点でているが、30点は明治以降に制作されたもの。このなかで対面を心待ちにしていたのが鏑木清方が描いた上の“雨月物語”。実はこの絵の存在を知ったのはつい一ヶ月前。うかつにもアートコレクション展を7/1の展覧会プレビューのときは忘れていた。で、運よく思い出したこの展覧会に“雨月物語”が全点展示されるという。

が、手元の画集には載ってないので絵のイメージが涌かない。でも、ミューズがまた手助けをしてくれて、最近復活出版されている“週間アーティストジャパン”の“鏑木清方”を購入したら、見開きの頁にこの“雨月物語”(全8点)が4点載っていた。“これは代表作ではないか!有難いことにこの絵がすぐホテルオークラで見られる。なんというめぐり合わせ!”とニンマリ。大好きなマージャンでいうと、“リーチ一発ツモ!”みたいなもの。

西洋絵画にすごくいいのがあったから、日本画のコーナーへたどりつくまでにかなり鑑賞エネルギーを消費したが、“雨月物語”の前では残りのエネルギーを全部この絵に注ぎ込むぞとばかりに見た。清方は上田秋成の“雨月物語”の“蛇性の婬(じゃせいのいん)”を“雨やどり”、“まろや”、“ちぎり”、“黄金の太刀”、“もののけ”、“泊瀬(はせ)”、“吉野”、“蛇身”の8つに絵画化している。

惚れ惚れするのが衣装の色使いと精緻に描かれた模様。吹抜け屋台の構図を使った“ちぎり”では、座敷の緑に男の紺色、女のうすピンク、待女の青緑が一段と映え、二人の結婚を引き立てるように画面の真ん中には赤い楓が装飾的に描かれている。

上は最後の“蛇身”。女が滝に飛び込む場面である。右上の渦巻きのほうを見つめる女の顔は般若面の形相。暗い部屋でこの女をみると背筋が寒くなりそう。まるで生き物のような波頭と迫力ある渦巻きの動感表現が見事。この“雨月物語”は小林古径の“清姫”(同じく全8点)と並ぶ古典画の傑作ではなかろうか。

感動の絵がもう一枚あった。下の長いこと待っていた杉山寧の“気”。この3羽の鷺は伝統的な花鳥画のスタイルではない。杉山にしか描けない、すごくピュアな鳥の絵。対象以外の余分なものはそぎ落とし、ここには対象の本質を深くとらえられた神秘的な美しさが漂っている。まさに杉山寧ワールド。

ほかにも中村岳陵の鯉の絵、東山魁夷の“晴れゆく朝霧”、上村松園の代表作、“鼓の音”に思わず立ち尽くした。山種の開館記念展みたいに名画の数々に体がほてってくる感じだった。

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2007.08.01

安田靫彦の孫子勒姫兵

955日展に出品された日本画は初見のいい絵がいくつもあり大満足だった。

この感動は昨年はじめ、新橋の東京美術倶楽部で開催された“知られざる名画展”のときの興奮と似ている。

中村岳陵の“残照”のようにこれがお目当てとばかりに鑑賞のエネルギーをためていた作品の場合、やはり大きな感動が得られる。そして、これ以上に興奮するというか心がざわめくのが全く思いもよらない名画が目の前に現れたとき。

今回そんな絵があった。右の安田靫彦が描いた“孫子勒姫兵”(1938、第二回新文展、霊友会妙一記念館蔵)である。追っかけリストに入っている絵なので、それこそ夢中になってみた。同時にこれが大学の恩師に教えて頂いた“孫子”の話の場面かと感慨深かった。

右にいるのが孫子で、左には目を奪われるほど鮮やかな赤と白の衣装をつけた宮廷に使える女たちが7人描かれている。孫子は剣を抜き、手に槍を持った宮女たちと一戦交える構え。女たちの顔には緊張感がみなぎっている。そして、緊迫ぶりは両者の表情だけでなく、衣装の描き方からも伝わってくる。宮女の白い衣装の裾は足を踏ん張っているため、左右に広がり、孫子のグレイの衣装も激しい動きで横になびいている。

この場面が“孫子”にでてくるどんな話かについて、少し詳しくふれてみたい。戦術家、孫子はたまたま当時の有名な君子(呉王)に会う。そこで呉王から“お前は兵法の大家だそうだけれども、自分の後宮3千人の中なら選抜した姫兵はわしの言うことを聞かない。あれをひとつ、意のままに動かすことができるならやってみてくれないか”と言われる。

で、孫子は早速、その姫兵を集めて、全員を右に向かせようとして、“右向け右”と号令をかける。すると、ゲラゲラ笑い出して右を向いた女もいれば、左を向いた女もいるし、何もしない女もいる。これをみて呉王は“何だ、兵法の大家だって、女どもを右左に動かすこともできないぐらいなら、大したことないな”と思った。

そうしたら、孫子が呉王に対して“皇帝の一番のお気に入りの方はどなたか?”と聞き、皇帝の返事を待って、刀を抜いて一刀のもとにその女を切り殺した。そして、“右向け右”と再度言うと、全員が右を向いたという。呉王が寵愛した女で孫子に切られたのは長い帯を腰につけている二人の隊長。

ここで孫子が言おうとしているのは“戦術だけでも整備された法律だけでもだめ、力というものを備えなければ、庶民というものは動かない”ということ。昔聞いたこんな話を思い出しながら、この傑作を眺めていた。

なお、“韓非子・説難編”にでてくる話は拙ブログ05/7/26で書いた。ご参考までに。

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