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2007.07.26

もっと知りたいスペイン! その三 スペインのアメリカ大陸征服

946大規模な“インカ マヤ アステカ展”をみると、どうしてもアステカ、インカを滅ぼしたスペイン人たちのことを整理してみたくなる。

で、“もっと知りたいスペイン!”の三回目はスペインのアメリカ大陸征服について。

歴史好きなので、基本となる歴史書はできるだけ読むことにしているが、新世界発見の本としては岩波文庫の“コロンブス航海誌”と“インディアスの破壊についての簡潔な報告”(ラス・カサス著)が一番役に立つ。今回、カサスの本のなかの、コルテス、ピサロがアステカ、インカを滅ぼすくだりを読み直してみた。NHKスペシャル“失われた文明 マヤ・インカ”(3回)はインカを2回特集していたので、インカの滅亡について少しふれてみたい。

インカ帝国を滅ぼしたのがあの札付きの無法者フランシスコ・ピサロ(1475~
1537)。パナマを拠点にして、ピサロは1524年、1526年、1531年と3回南米北岸を探検している。目的は黄金を手に入れるためである。1531年のころ、インカ帝国内はヨーロッパから伝わった天然痘で亡くなった皇帝の後継者をめぐって二人の息子が争うという内乱状態にあった。これは侵略をもくろむピサロにとっては願っても無い好機。

1532年11月16日、内乱に勝利し、8万のインカ兵に守られたアタワルパは友好を表明したピサロのスペイン軍(歩兵110、騎兵67)と広場で会見する。スキをみせてはならないゴロツキに会ったのが運の尽き。輿に乗ったアタワルパはすぐに捕まえられ、30分の戦闘で2000人が虐殺される。

カサスは“インディオたちは剣がどれほど鋭利なものか、槍がどれほど大勢の人を傷つけるのか、馬がどれほど速く駆けれるのか、スペイン人とは何者なのか、全然知らなかった”と書いている。捕らえられた皇帝は身代金として要求された金を実際は4倍(68トン)も払ったのに、絞首刑ののち、火あぶりにされた。そして、1年後にピサロは首都クスコに入城する。

右は展覧会にでていた“金製胸飾、首飾、耳飾”。征服者スペイン人たちはこうした黄金の品々をみんな溶かしてヨーロッパに持ち帰ったから、現在インカの黄金製品はほとんど残っておらず、これらは王族や貴人の墓に眠っていたインカ以前の文明のもの。黄金の輝きだけに目がくらんだスペイン人にはこの飾りものの美しさが分かるはずがない。発見されなかったのは真に幸運なことだった。

なお、“もっと知りたいスペイン!その二 アントニ・ガウデイ”は拙ブログ7/17

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